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佐藤(達)
政府委員 どこまでいくかと思ってはらはらしながら承っておりましたが、その辺のところで打ちどめにしていただいて安心しました。要するにこの積み残しの問題は、おっしゃるとおり、私
どもとしては特に頭の痛い問題でございます。御
承知のように、
昭和四十年まではそういう計算も何もしないまま、四月
調査そのまま、そして多少残ったものがあっても、これは翌年に回すということでやっておったわけです。ところが、あのころからいわゆる
春闘と称せられる動きがだんだんおくれてまいりまして、そうすると、いままでのようなかたいことをやっておったんでは、せっかくの賃上げの反映が翌年回しになってしまう。それこそ
公務員の
利益保護の
立場からいって、捨てておいてよかろうかということにくるわけです、筋から申しますというと。いま
お話のように、やはり精密な
調査を本
調査と同じように積み残し分についてもしなければならぬということになるわけです。そんなことをいっておっては、要するにいつまでたっても来年回しということになってしまう。そこでいまのような非常に皮肉な
表現によって形容されるようなことであってもそれはしのんで、やはりそれはできるだけ取り入れておいたほうが
公務員諸君の
利益であろうということから、実は勇断をもって
昭和四十年に踏み切ったつもりであります。そういうことでございますから、どうしてもきめのこまかさにおいてはやはり多少違うところがある。しかしながら、それが非常にあいまいなもので何ら正確性のないものかと申しますと、これは翌年の
勧告のときの本来の較差の問題として必ずそれが出てまいりますから、われわれは翌年の
勧告の際の
調査の際の較差を、よくその点を気にしながら見ております。幸いに積み残しの取り入れ方についてあまり誤ったところがないらしいということで、実は安心感を持ってきておるわけです。しかし、これがだんだんといま御心配のように積み残し分がふえてまいりますと、そういうことで一体今後もそのままいけるかどうか。これは深刻なわれわれの不安になっております。といってそれをいかにわれわれとして調整するかということになりますと、これは限界がある。そうなると、いつもこれは申し上げておるのでありますけれ
ども、
春闘というものをなぜそんなにおそくおやりにならなければならぬものか。昔のように早くやっていただけないものでしょうか。
春闘のおくれなり早まりにわれわれが追随せなければならぬということは、どこからくるんでしょうかという
不満さえここで暴露したことがある。外国あたりはみなさみだれ式に年じゅうやっておりますね。これは
春闘というのが一定の時期だけにそういう闘争が行なわれるのは日本の特殊性なんです。これはひとり言であって、こういうところで公言すべき事柄じゃありません。ただ
気持ちを述べておるだけでありますけれ
ども、そういうこともついぐちになって心の中に浮かぶというような事態でもある。そうかといって、われわれは
労働組合に対して早くやってくれという命令権がありませんから、いまのように追随するほかはありませんけれ
ども、それならそれで、いまの四月
調査というのは早過ぎるのではないか。
春闘がおくれるということになるならば六月
調査あるいは七月
調査でつかまえれば大体積み残しの問題がなくなるのではないかという、そっちの方向に問題がいく。そうするとまた、六月
調査七月
実施がどうのこうのというような問題になってまいりまして、これもなかなか軽率に踏み切るべき問題でもないということを
考え合わせながら、われわれとしては当面現在のような措置をとっておりますけれ
ども、確かにこれは重大な
研究課題としてわれわれも頭を悩ましておることには違いありません。