○近江
委員 いま大体その比率を言われたんですが、私がここで協会からもらったデータでは、
大阪地区十八社、東京地区十社です。
大阪地区については処理能力月に五千キロリットル、東京地区については処理能力月に三千キロリットルです。そうしますと、
大阪地区に限って言いますと一年間で六万キロリットル、東京地区ではわずか三万六千キロリットルが、廃油の再生処理をフルにやった能力です。
そうしますと、いまあなたがお答えになったそれからいけばどうなるかということですが、この東京で見ますと、出た廃油の二十四万キロリットルに対して三万六千キロリットルといいますと、約一割五分ですよ。
大阪の場合でしたら、いまおっしゃった、約十八万前後で六万というフルに稼働した処理からいっても、三割三分三厘です。したがって、いま御答弁では、四五・八というのは処理しているんだとおっしゃっておりますけれ
ども、その処理業者なんかが持っていったそれも集計しているわけです。実際の
工場の能力からいけば、わずかこれだけしか処理できてないですよ。全部それはこの協会が
指摘しておるように不法投棄しておるわけです。しかも厚生省の先ほどのお話からいっても、モーターオイル等については、はっきりとしたそれがないわけです、この
法案でも。これは大きな抜けですよ。これではたして
水質汚濁がどうやって防げるかということです。たいへんな問題じゃないですか、これ。
私はさらに、ここで協会に来たお手紙を見せてもらいました。名前は私出しません。ですから何かの記号で申し上げておきますが、どういう処理をされているかということをよく聞いてもらいたいと思うのです、読み上げますから。
拝啓
私は、昨年秋に、協会のT様にお電話で自動車廃油の件につきお話しいたし、そのうちお伺いするつもりでおりましたが、廃油回収の仕事が忙しくなり、ついお伺いできませんうちに今日に至りましたが、昨日の朝日新聞の夕刊に、交通関係の廃油処理について実態がよくわかっていないとのことでしたので、私の十五年間の廃油処理の経験を、お役に立てばと思いペンをとった次第です。
自動車廃油の多くは、まず各石油会社の給油所から出されるものです。自動車の走るキロ数(二、〇〇〇〜三、〇〇〇キロ)により、エンジンオイルの交換を行ないます。オイルパンのプラグをはずし、古く、汚れたオイルを出します。これが廃油です。廃油は廃油専用地下タンク及びドラムかんで貯蔵されます。その廃油が一ぱいになるころ、私
どものような廃油回収業者に連絡があり、給油所で回収作業を行ないます。小型のタンクローリー車で廃油を引き上げ、次の給油所へ向かいます。業者の多くは、零細な一人ないし二、三人の者が回収業務を行なっている現状でございます。その廃油は、浴場、養豚場、小規模な
工場等の燃料として売り渡します。
しかしながら、廃油の多く出る夏期、少なくなる冬期を含めて、全部集荷して貯蔵するような能力を持ち得ませんので、都合で廃油を集めたり、もっともらしく理由をつけて集めるのを休んだりいたし、能率の良い給油所のみを集荷するだけになるために、回収されない給油所では、廃油があふれて下水へ流されたり、はなはだしいときは、夜分を見はからい石油かん(十八リットル入)の中に入れて、近くの川あるいは海に投げ込まれます。川岸に沿った自動車修理
工場に面した場所だけ黒く汚れた岸壁が見えるのもそのためです。給油所では処置に困ったあげくに下水溝に流します。これらが
河川、海洋を汚す根本原因になります。
昨年、私が川口の試験場で廃油の検査をしていただきましたところ、硫黄分については、ゼロという結果が出されました。オイル自身、重油に比べて硫黄分が少ないところへ、エンジン熱により、排気ガスとなって外に出るために、廃油として出た時には硫黄分は含まれていないのです。燃料として最適ではありますが、大量に使うところには大量に集荷することが必要となりますが、前に申し述べましたとおりの零細な自分勝手な業者には、とても、貯蔵能力、集荷能力、燃料にするための簡単な、水切り、泥分除去等の設備にまじめに取り組む者はおりません。したがって、浴場等を相手に商売するわけです。注文が来れば、自分の受け持つ給油所、修理
工場、タクシー会社等を回って浴場におろします。単純な商売なので、入れ変り立ち変り、業者も変わりますが、十年ほど前から、全く業者の数は変らず、二十軒位で固まってしまいました。そのため、給油所等で捨てる度合いが激しくなってきました。自動車がふえれば、廃油もふえます。バス会社、タクシー会社は廃油ドラムに収容し、やはりその廃油を集荷業者が回っております。が、集荷し切れず、前に述べた汚れの原因になっております。大きな穴を掘って埋めたために附近の井戸水が濁って大騒ぎになった営業所もあります。
工場廃油の多くは機械油、洗條油等であります。危険物貯蔵所の一角に廃油専用ドラムを置き、やはり業者が回収します。結果は同じことになります。浦和の
工場であふれて流出した廃油が、周囲の畑にしみ込んで、作物ができなくなり、二百万円にも上る弁償をしたところもあります。石油会社とタイアップして給油所、タクシー、バス業界とも話を通して、一か所も残さず回収すれば、確実に
河川、海洋の汚染は防ぐことができます。あとは船舶を
管理するだけになります。早急に
対策を講じる時期が来たようです。
悪筆で読みにくいことと存じますが、一生懸命書いたつもりです。よろしくお願いします。なお、私への連絡がございましたら、文書でお願いします。お役に立てば幸いです。
こう協会に来ているわけです。こういう
現実に対して、
政府が出したこの十四本の
法律の中では、どこにもこれはできないわけですよ。これは、まだまだそういう被害の
実情というものは、ますます拡大してくるわけです。
さらに、この資源化技術協会が
調査をいたしました報告書の中にも、廃油等によるところの被害の発生ということについて報告がされております。ちょっと読んでみますと、
排水、廃油などの
河川、下水管に対する排出は
工場排水法、
水質保全法、
下水道法などで
規制されているが、実際には取締を徹底することはむずかしく、特に小規模の排出防止は困難である。廃油、硫酸ピッチ、廃溶媒などはそれが少量であっても、
河川や下水管内で浮上し、水面を覆うので、火災の発生、悪臭の発生などの原因になりやすく、
河川では表面からの酸素供給が阻害されて、自浄作用を妨害する。
河川、
港湾などでは美観をそこなう損害も無視できない。
大阪市内で
昭和四十二年五月以降に油、溶媒、ピッチなどが原因となって、直接、火災、悪臭、人身事故、爆発などの発生した主な事例を集約すると表一の通りである。それは
河川、池、農業用水路、溝、下水管など種々な場所で、種々な状況で発生している。それらの事故発生は年々増加しているとみられ、廃油の処理を適正に行なう受入れ態勢を完備することによって、その事故の大半を防止することができるとみられる。
これらの事故以外に、
昭和四四年には茨木市内の
河川敷に一夜の内に廃油、硫酸ピッチの入ったドラム罐約二百本が並べて投棄されており、その処分のために市が経費を出して、
大阪市南港埋立地に運び、風向を考慮して野焼きで処分した事例もある。また廃油処理を請負った業者が廃船寸前の船にそれを積み、
大阪湾内でその船を故意に沈め、沈没事故とみせかけて不法投棄するものが後をたたないという(港則法で港域外一万メートル以内での油の投棄は禁止されている。)
このような廃油などの不法投棄はその処分のための排出者分担経費が高くつくと、どうしても続けられると推定されるので、廃油等の処理を
経済的に行なわねば実効が上がらないとみられる。
ここに「
大阪市内における廃油による事故発生状況」が出ております。
四十二年五月十五日、東淀川区田川通六の七(
河川)、浮上油多量、雑草やごみとともに着火炎上、事故の原因、不明。
四十二年五月二十二日、東淀川区上新圧町三−一(
河川)、浮上油多量、雑草やごみとともに着火炎上、事故の原因、不明。
四十三年七月三十日、西淀川区中島公園予定地(池)、約四千平方メートルの池(埋立により公園化しつつある)の浮上油、タール類、池岸の投棄ピッチが燃え、黒煙が二十−三十メートル上がり、消防車が約二十台出動して消火した。池水はPH約四、BOD一三五〇
PPM、腐敗
状態。事故の原因、硫酸ピッチからピッチ油を製造している永大石油が油やピッチを多量に投棄し、それにたき火が引火したもの。その投棄ピッチの熱灼減量は二八・八−九八・一%、高位発熱量は三千四十三−七千七十六カロリー・キログラムであった。
四十三年八月、港区天保山運河(運河)、浮上油と浮上ごみが着火炎上。付近の木造船に延焼しかけた。
四十四年三月十六日、城東区茨田諸口町三反切橋(
河川)、幅四メートルの川に浮上した廃油が炎上、その橋下付近五メートル前後に火が広がり、その木製の橋と南側にある明浜溶工所のへい約十平方メートルを焦がし、黒煙と炎は七−八メートルの高さに達した。事故の原因、発生場所から約二百メートル上流にかけて、電機、製油
工場などが並び、川に突出した土管から廃油が流出し、下流では生コン会社の土砂が流れを防いでいた。それに主婦のたき火の火の粉が飛んで着火した。
四十四年七月十五日、東住吉区加美神武町(農業用水路)、橋のたもとで浮上油が炎上(七月十五日より約百メートル下流)。事故の原因、同上。
四十四年九月二十四日、西淀川区大和田西三−二六(下水管)、五十三歳の男子一人、十日間の火傷。
四十四年九月二十六日、大淀区大淀町南二−六(下水管)、二十三歳の女性約二十日の火傷(入院)、便所とふろ場の壁の一部焦焼。
四十四年十月二十四日、東淀川区南三国町七九(下水管)、私設下水管内に流れた揮発性油に着火爆発。
四十四年十二月三日、大正区鶴町及び福町一帯(下水管)、下水管から黄褐色のベンゾールのような溶媒臭のあるガス発生、住民が悪寒を覚えた。
四十四年十二月二十一日、南区
日本橋筋二−二九(下水管)、マンホール内で突然爆発、コンクリートふたが約二十センチメートルずれた。
四十四年十二月二十三日、大正区大正通四(下水管)、二十四歳の男子が入浴中に中毒、入院、付近住民も悪臭を覚えた。
四十五年一月十三日、西成区津守東七−一四三(私有溝)、山科鉄工所木造倉庫一棟、平野工機従業員寮一棟、広林紙業倉庫屋根などを焼失、人命事故なし。
四十五年三月二十日、福島区大開町一丁目(下水管)、自動車四台小破、電話線断線、民家ガラス十枚破損、下水管、舗装破損、市道下水コンクリートふた七カ所爆発、うち四カ所は二−三メートルの火柱吹き上げ。
四十五年六月九日、東住吉区加美旭町、水路の浮上油が着火炎上。
四十五年六月二十七日、旭区新森小路、古市大通(下水管)、付近道路沿いに二百メートルにわたって溶媒様の悪臭発生。ずっと出ているわけですよ。こういう膨大な廃油量です。これをこのままにしておいて、
水質汚濁に一番責任を持っておる、この
法案を審議をしておるわれわれとして、こういうことを見のがしていいかという問題なんです。
ここにおきまして、私は、いろいろな業者の実態なり事故の実態をずっとお話ししたわけでありますが、これについてどういう感想を持たれたか、両
大臣からお聞きしたいと思います。