○矢口
最高裁判所長官代理者 ただいま
お尋ねの会同は、今月の十二、十三日の二日にわたって行なったわけでございます。問題になりました大きな点は二点ございます。
まず第一点は、公害の原因とその公害によって生じたもろもろの結果があるわけでございます。その結果の間のいわゆる因果
関係の問題をどのように
訴訟手続上認定していくかという問題であります。
それと
関連いたしまして、必然的にその因果
関係が認められるとしても、そういった原因から——いわゆるその原因を起こすものは
一般的には企業者ということに相なるわけだと存じますが、その企業者のどのような過失によってその原因があり、その原因によってどのような結果が生じたか、いわゆる過失の問題の認定でございます。
因果
関係の認定の問題と、過失の認定の問題をどのように
訴訟手続の経緯においてとらえていくか。これまでの不法行為論からまいりますと、被害を受けたとして請求をいたします原告の側におきまして、厳格な過失の主張をし、厳格な過失の立証をし、かつ因果
関係について厳格な主張、立証を行なわなければならないということでございますが、このようになってまいりますと、実際問題として、非常に多数ございます被害者は
一般の市民でございますが、専門的な知識も乏しゅうございますし、資力もまた必ずしも十分とはいえないのが実情でございます。したがいまして、いままでの市民法的な原理に立ちます
民事訴訟法のやり方をそのまま適用してまいりますと、どうしても原告と被告の間に実質上の平等ということが期し得ない。その期し得ない間隙をどのような訴訟技術をもって埋めていくかということが会同員一同の最大の関心事であったわけでございます。
その次に問題になりましたのが、現実に日々生起しております被害を目の前にいたしまして、とりあえずその原因の発生をとめていくという観点からの差しとめ請求権というものをどのような形で認めていったらいいだろうかということが第二点であったわけでございます。
このまず最初の点につきましては、訴訟の技術の問題になるかとは存じますが、事実の推定という
考え方あるいは蓋然性の理論、可能性の理論と申しますか、そういったものを広
範囲に取り上げていくととによりまして、
一般的にこういうことからこういうふうになったと思われるような事実
関係が大体わかるならば、逆におれのほうはその結果に対して原因を与えていないんだということを加害者側に立証させること。加害者側がそのような立証ができないならば、むしろ最初の蓋然性そのものによって十分の立証がある、このように
考えていったらどうか。過失の点も同様でございます。そういうふうな
考え方を取り入れることによって、当事者双方の実質上の対等を期していきたいということでございます。
それから差しとめの問題は、これは現在有害な煙を出しておる煙突がかりにあるといたします。その煙突から煙を出すなということは、これまでの訴訟理論によっても当然可能であるように
考えております。しかし、さらにもとへさかのぼりまして、その煙突をこわしてしまえ、あるいはその煙突から煙を出しておるもとの機械を撤去してしまえ、あるいはさらに別の観点から、煙突から煙を出してもいいけれ
ども、有害な煙を出さないような設備をそこにつけていってはどうかというような、いわゆる差しとめといいますと
一般的に消極的なものでございますけれ
ども、これを一歩進めまして、積極的に、ある行為をしろというふうな差しとめができるかどうかということが問題になりました。この点につきましては、ある程度現行法でもできるのではないだろうかというようなことと、それから終局的には、これを満足させるためには新しい立法が必要ではないだろうかという
考え方と、双方とも相譲らない二つの意見が出てきたわけでございます。そういう点につきましては、今後もう少し事件を重ねてまいりませんと、いずれの問題も明確な答えを出し得ないというのが会同員
一般の
考え方でございまして、もしそういうふうな
一つの方向が出てくるならば、それはそれで立法措置なり何なりをまたあらためて検討することにしたらどうかというふうなことで会同を終わった次第でございます。