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貞家説明員
被害者が、
公害によりまして損害をこうむりました場合には、ただいま仰せのとおり民法七百九条による
被害者の請求ができるわけでございますけれども、事実問題といたしまして
因果関係の認定が非常にむずかしい、あるいは故意、過失の認定がむずかしいというような事実がございますことは御指摘のとおりでございます。
御承知のとおり民法におきましては、
加害者の行為が故意または過失によって行なわれたものであること、及びその行為によりまして
被害者に損害が生じたということは、
被害者が立証しなければならないというたてまえをとっているわけでございまして、ここから非常に困難な問題が生じてくるわけでございます。しかしながら、
公害による損害につきましては、その発生の
原因あるいは態様等におきましてさまざまのものがございまして、事実
関係も非常に複雑に競合しているわけでございます。
したがいまして、その場合に、これだけの証拠がなければだめだとか、これだけの証拠があればよろしいのだということを、一律に
断定することは非常にむずかしいわけでございます。したがいまして、
裁判所当局におきましては、現実の事件の
処理におきまして、こういった事情を前提に置かれまして、事実認定上の問題といたしまして
被害の救済に万全を期するような、そういった
運用上の問題として、積極的な態度をもって取り組まれているように見受けられるのでございます。
つまり端的に申しますと、
因果関係と申しましても、これは
科学的な一〇〇%の立証を要求するということは、これは不可能でございまして、もしそれがなければ救済されないというのであれば、これは事実上救済を拒否するという結果にもなるわけでございます。したがいまして、こういった
因果関係の立証なり、故意、過失の立証という面におきましては、
被害者のほうが、つまり
裁判の原告のほうでございますが、いろいろ状況となる事実を間接的に証明いたしまして、そういった間接的な事実によりまして次第に
裁判官の心証が形成されていく、そうして一応の証明があったものというふうに
考えまして、もしそれを争うものであれば、そういった追認をくつがえすために逆に
加害者のほうが反証をあげなければ、結局は立証があったものと認定されるというような形、そういうようなケースは、従来もほかの事件においても見られたところでございまして、ことに
公害におきましてはこういった態度が必要であろうというような——もちろん
裁判所の
意見と申しましても、各
裁判官それぞれ独立に自由な心証をもって認定されるわけでございますけれども、そういった積極的な態度をもって
裁判所が極力
努力されているように私どもは拝見しているわけでございます。私どもといたしましては、こういった
裁判所の態度に敬意を持ちながら動向をながめていきたい、こういうふうに
考えている次第でございます。