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1968-11-12 第59回国会 参議院 法務委員会 閉会後第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十三年十一月十二日(火曜日)    午前十時三十八分開会     —————————————    委員異動  十月十六日     辞任         補欠選任      長屋  茂君     田中 茂穂君      北畠 教真君     井野 碩哉君  十一月十二日     辞任         補欠選任      黒柳  明君     山田 徹一君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         小平 芳平君     理 事                 後藤 義隆君                 宮崎 正雄君                 亀田 得治君                 山田 徹一君     委 員                 上田  稔君                 鬼丸 勝之君                 林田悠紀夫君                 山本敬三郎君                 秋山 長造君                 占部 秀男君                 大森 創造君                 山高しげり君                 安田 隆明君    国務大臣        法 務 大 臣  赤間 文三君    事務局側        常任委員会専門        員        増本 甲吉君    説明員        法務省民事局長  新谷 正夫君        法務省入国管理        局長       中川  進君        厚生省社会局保        護課長      宮嶋  剛君        厚生省援護局援        護課長      山県 習作君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○理事補欠互選の件 ○派遣委員報告検察及び裁判運営等に関する調査  (朝鮮人の再入国に関する件)  (戸籍及び国籍に関する件)     —————————————
  2. 小平芳平

    委員長小平芳平君) ただいまから法務委員会を開会いたします。  委員異動について報告いたします。  本日、黒柳君が委員辞任され、その補欠として山田徹一君が選任されました。     —————————————
  3. 小平芳平

    委員長小平芳平君) 理事補欠互選についておはかりいたします。  委員異動に伴い理事が一名欠員となっておりますので、その補欠互選を行ないたいと存じます。  互選は、先例により、委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  4. 小平芳平

    委員長小平芳平君) 御異議ないと認めます。それでは、理事山田徹一君を指名いたします。     —————————————
  5. 小平芳平

    委員長小平芳平君) 派遣委員報告に関する件を議題といたします。  先日当委員会が行ないました、最近における司法行政及び検察行政監獄法等矯正法規運用並びに出入国管理等に関する実情調査のための委員派遣について、それぞれ派遣委員から御報告願います。  まず第一班の御報告を願います。大森創造君。
  6. 大森創造

    大森創造君 派遣委員を代表して、第一班の調査について報告いたします。  去る九月十六日から二十日までの五日間、小平委員長木島委員及び私の三名で、最近における司法行政及び検察行政監獄法等矯正法規運用並びに出入国管理等に関する事項につき、愛知三重岐阜の三県にわたり調査してまいりました。  まず、九月十六日には、名古屋高等裁判所において同地関係当局会談の後、検察庁庁舎を経て名古屋入国管理事務所視察し、翌十七日には、津地方裁判所において同地関係当局会談の後、津地方検察庁及び三重刑務所視察し、十八日には名古屋入管四日市出張所視察しました。次いで十九日には、岐阜地方裁判所において同地関係当局会談の後、岐阜地方検察庁視察し、二十日には豊橋刑務支所視察の上、帰京しました。  なお、今回の調査にあたり、関係当局から懇切な御協力を賜わりましたことを、深くお礼申し上げます。  以下、調査項目に従って報告いたします。  まず、名古屋高等裁判所管内における受理事件概況について見ますと、民事事件刑事事件とも増加傾向にあり、刑事事件については道路交通事犯の占める比率が高いことも全国的傾向とほぼ同様であります。  管内における特殊な事件としては、津地方裁判所係属中の公害訴訟事件があります。これは、いわゆる四日市ぜんそくにかかった者が、関係会社に対して共同不法行為責任を追求しているものであります。  次に、名古屋高等検察庁管内受理事件概況について見ますと、昭和三十三年度の総受理件数約三十三万件に対し、昭和四十二年度には約九十六万件と、三倍の増加が見られます。  また、刑法犯罪種別受理人員は、最近三カ年を通じ、業務過失致死傷が最も多く、次いで窃盗、傷害という順になっております。なお、交通事犯につき、都市部において業務過失致死傷事件増加が顕著であることは、愛知県が自動車保有率及び交通事故による死亡率において日本一であることとあわせて、注目すべき現象であります。  次に、監獄法等矯正法規運用状況について申し上げます。  名古屋矯正管区内の施設運営概況を見ますと、行刑施設における収容人員は約六千人、うち約一四%が暴力団関係者で占められており、次第に暴力団関係者増加する傾向にあり、処遇上細心の注意が払われているようであります。  また、矯正施設における処遇上最も緊要な問題の一つとして、収容者副食代増額があります。これについては、現在、刑務所は一日平均三十五円四十銭、少年院四十円五十銭、鑑別所四十三円三十銭となっていますが、物価騰貴の折から一〇%程度増額をぜひとも実現してほしいとの要望がありました。  次に、交通事犯による禁錮受刑者を集禁している豊橋刑務支所処遇況状について見ますと、本年九月十九日現在、収容人員二百九十名中二百二十七名が交通事犯による禁錮受刑者であり、その事犯特殊性から、処遇上も特別の配慮が必要であると考えられています。  この点に関し、現地から次のような要望がありました。  第一に、交通事犯による禁錮受刑者は、刑罰以外に多額の賠償責任を負っているのが常であり、またその作業も請願によるものであることなどから考え、賃金制を導入する必要があること。  第二に、この種の禁錮受刑者のほとんどは、入所前正業を持っており、家族の生計、被害者への賠償問題等解決すべき問題を多くかかえており、一時帰休制を導入する必要があることなどであります。  次に、出入国管理に関する事項について申し上げます。  名古屋入国管理事務所管内在留外国人は、約七万八千五百人であり、うち朝鮮人が約七万六千人であります。  まず、在留管理業務について見ますと、最近の傾向として、日韓条約締結以来、韓国向けの再入国許可韓国からの親族訪問及び技術習得等の目的による短期入国者増加が顕著になっております。  次に、出入国審査業務について注目すべきものとして、名古屋管内には職員駐在の港が五港あり、これらの港における業務は、入出港船のあるつど、もよりの出張所から入国審査官を出張せしめて処理している実情であります。  これらの港のうち、富山、衣浦、蒲郡においては、年々外国船の入港も激増しており業務効率的運営上、早急に出張所を開設し、職員を常駐させてほしいとの要望がありました。  最後に、関係庁舎営繕状況について申し上げます。  裁判所並びに法務省関係施設の中には、老朽化したものも多く、加えて事務量増大等に伴い建物の狭隘化を来たし、事務処理上不都合を生じるおそれすら感じるものがあります。  事務量増加に対処するためには、庁舎整備のみならず、職員増員もまた不可欠であります。定員削減の声が高いおりではありますが、現地の実態を正確に把握し、慎重に定員問題に対処すべきであることを申し述べまして、報告を終わります。
  7. 小平芳平

    委員長小平芳平君) 次に、第二班の御報告を願います。後藤義隆君。
  8. 後藤義隆

    後藤義隆君 派遣委員を代表いたしまして、第二班の調査について報告いたします。  去る九月二十四日から二十八日までの五日間、占部秀男委員安田隆明委員と私の三名が、広島山口及び岡山の三県において、司法行政及び検察行政監獄法等矯正法規運用出入国管理並びに営繕等について調査いたしました。すなわち、  九月二十五日には、広島高裁において同地高裁地裁家裁高検地検法務局矯正管区及び入管の各当局会談の後、岩国空港入管出張所視察し、翌二十六日には岡山地裁において同地地裁家裁地検及び地方法務局の各当局会談を行ない、同二十七日には岡山刑務所の新庁舎建築現場と現在の施設及び宇野入管出張所視察した後、帰院いたしました。  なお、岡山地方においては秋山長造委員が終始調査に参加されました。  日程の前後を通じ資料の作成をはじめ各方面にわたって調査協力された現地裁判所法務省当局各位に対し、厚く感謝の意を表する次第であります。  以下調査項目に従って報告いたします。  まず、第一の調査項目裁判所及び検察庁における事件処理概況について申し上げます。  広島高裁管内事件処理状況は、民事事件についてはこの五年間若干増加傾向が見られ、刑事事件についてはほぼ横ばいながら減少傾向が見られます。この点を広島地裁本庁について見ますと、新受件数では、民事事件昭和三十九年の五千六件以来増勢に転じ、四十二年六千二百十一件まで漸増しておりましたが、昭和四十三年度に入り過去三年度分の合計増加件数に匹敵する増加傾向を示しており民事交通事件では本年八月現在で昨年の受理件数をこえております。これらの事件処理迅速処理重点が置かれ、民事の新受件数増加に劣らず既済件数も順調に伸びております。ただ、この急激な増加がこのまま推移すれば今後の事件処理にも影響があるものと見られるので、注目を要する点であります。  同庁では、これに対処するため、調停関係交通事件専門調停委員会を設け成績をあげていることにかんがみ、すでに置かれている七大都市と同様、交通事件専門部を設置する方向を考えているとのことであります。  なお、同地家庭裁判所における少年保護事件の最近の傾向として、自動車利用輪姦事件が多発していることが指摘されました。  広島高検管内検察行政について見ますと、最近の事件受理状況は年々減少傾向を示しておりますが、これは道交法違反事件漸減傾向を反映しているもので、刑法犯は漸増しております。起訴にあたっては、業務過失致死傷事犯道交法犯など交通関係事犯には厳罰主義をもって臨んでおります。本年刑法の一部改正に伴い業務過失致死傷の罪について懲役刑を科し得ることとなりましたが、特に悪質重大な事犯についてのみ懲役刑をもって臨むことを考慮しており岡山地検では現在まで懲役刑を求刑した事例はないとのことであります。また、本年七月一日施行の道路交通反則金制度により、当初七割程度減少を予想された受理件数も、実施直後の七月末日までの一カ月間では二割六分程度減少にとどまっております。  そのほか、暴力事犯に対しては、起訴率八〇%と高率を示し、処分求刑等も峻厳な方針をもつて臨み、特に暴力団対策として資金源の枯渇と拳銃の摘発など武装防止を目ざし、多角的検挙頂上作戦を強力に遂行しております。  第二に、監獄法等矯正法規運用状況について申し上げます。  岡山刑務所は、主として改善困難と思われる成人受刑者を収容する施設でありますが、視察当時の受刑収容者六百四十七名のうち八十三名、一割強が暴力団関係者であります。昭和四十二年には反則事犯が九百五十四件、懲罰に付せられたるもの八百十三件と、施設秩序維持注意が払われております。  岡山刑務所の現在の施設は、戦災により焼失したる後、昭和二十六年に資材不足品質粗悪おりから復興した木造二階建てで、相当老朽化しており、保安の点からも改築が望まれておりましたところ、幸いに、岡山当局要望もあり、岡山牟佐地区に移転することとなり、目下工事実施中、昭和四十四年九月までに終わる予定であります。新設地牟佐は、市の北部旭川のほとりにあり、周囲は山に囲まれ、穏やかな環境に置かれております。また、新設地舎房等は、鉄筋コンクリートづくりで、各室のスペースも十分にあり、水洗便所設備など従来の置便器の舎房に比べ格段の進歩を見せております。環境設備ともに一新し、収容者の改善によい影響を与えるであろうと期待されております。  第三、出入国管理事務処理状況について申し上げます。  広島入国管理事務所は、島根、鳥取広島岡山の四県と山口岩国市を管轄し、九つの出張所を置いていますが、管内には職員駐在出入国港四つ出入国の実績ある港が七つあります。業務としては、従来相当数あった不法入国者も漸次減少し、不正規業務から正規業務重点が移行しつつあります。その大半瀬戸内臨海工業地帯に出入する外国船が中心であり、業務量も年々増加する一方であります。  宇野出張所では、水島工業地帯に隣接し、宇野港、岡山港、同所から六十七キロ離れた片上港、そして行政区画は香川県に属する直島などを管轄しながら、その業務は所長以下三名の職員で処理しておりますので、著しく人手不足の模様であり、増員を切実に希望しておりました。  第四、営繕に関する事項について申し上げます。  広島地裁庄原支部岡山地裁玉島支部及び同勝山支部広島地検の福山、庄原、呉、三次の各支部岡山地検玉島倉敷勝山の各支部広島法務局管下の二百十一カ庁大半山口刑務所鳥取刑務所岩国少年刑務所新光学院などの庁舎は、老朽化し、狭隘化を来たし、いずれも早急に措置を要するとのことであります。広島法務局からは、特に借り上げ庁舎について賃料増額あるいはそれにかわる買収措置を講ずる必要が訴えられました。その他各庁から施設の充実について種種の要望がありました。  右のほか、倉敷市がさきに玉島市と合併したのに伴い、倉敷市内にある岡山地裁及び岡山地検のそれぞれの玉島支部及び倉敷支部の整理統合問題について調整面からの協力方が求められ、また、法務局からは登記所に備えつけるべき地図の整備方要望がありました。  以上が調査の概要でありますが、詳細につきましては調査室保管資料によって御承知を願いたいと存じます。  右報告いたします。
  9. 小平芳平

    委員長小平芳平君) ただいまの報告に対し御質疑はこざいませんか。別に御発言もなければ、派遣委員報告はこれをもって終了いたします。
  10. 小平芳平

    委員長小平芳平君) 検察及び裁判運営等に関する調査議題といたします。  御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
  11. 亀田得治

    亀田得治君 私は、本日は、出入国管理令第二十六条の再入国許可に関する運用状況ということを若干お尋ねしてみたいと思っております。  そこで、最初に少し資料的なことをお尋ねいたします。戦後現在まで、朝鮮民主主義人民共和国——共和国というふうな言い方でいきましょう共和国向けの再入国申請の数及び許可、不許可状況ですね、それを明らかにしてほしいと思います。
  12. 中川進

    説明員中川進君) 戦後ということになりますと、これは大変なことで、先ほどのお電話からちょっと時間がございませんので、はなはだ恐縮でございますが、三十九年の三月からということで触れさせていただきますと、二千百十七名の申請がございまして、そのうち三名許可を与えたわけでございます。
  13. 亀田得治

    亀田得治君 次に、韓国籍在日朝鮮人ですね、これの韓国向けの再入国申請許可及び不許可状況
  14. 中川進

    説明員中川進君) これは若干統計が古くからございまして、三十三年からの統計で、ただいままでに七万三百十名の申請がございまして、不許可が七千二百四十三名、こういうふうになっております。
  15. 亀田得治

    亀田得治君 それから次に、中国人ですね、中華人民共和国向けの再入国申請、その許可、不許可状況、どうなっていますか。
  16. 中川進

    説明員中川進君) 三十二年の三月からただいままでの総計が、申請数千六百十一、許可数八百九十七と、こうなっております。
  17. 亀田得治

    亀田得治君 千六百十一と八百九十七の残りは許可ということですか、あるいは保留か何かになっているのですか。
  18. 中川進

    説明員中川進君) 不許可にしましたものと、それから自分でその後やめたものとございますが、ちょっとその詳細な内訳はただいま不明でございます。
  19. 亀田得治

    亀田得治君 それじゃ、統計数字は一応その程度にしておきまして、今年の七月二十三日に在日朝鮮人十二名から入管令二十六条の再入国の申し出があったわけですが、これは結局許可されなかったわけですが、しかし、それに対してその後十月に東京地方裁判所判決があって、そうして行政処分を取り消すべきだということが言われたわけでありますが、もちろん裁判のことですから、一審で負けても、二審、あるいは最高裁と、こうあるわけですが、やはり行政当局としては、第一審判決おりた時期において、もっと慎重にどうすべきかということを配慮すべきではなかったかと思うのですが、所見を伺っておきたいと思うのです。
  20. 赤間文三

    国務大臣赤間文三君) この判決には全面的に承服しがたいので、東京高等裁判所に即日控訴の手続をとったような次第であります。したがいまして、本件申請人らに北朝鮮向けの出国を認めるとともに、再入国許可するというような考え方は持っておりません。なお、北朝鮮向けの再入国原則として許可をしないという従来からの方針を変更することは考えておらないわけであります。かような実情であります。
  21. 亀田得治

    亀田得治君 判決のどういう点が政府の気に食わなかったのでしょう。
  22. 中川進

    説明員中川進君) この点は、ただいま亀田先生御指摘のとおり、まだ訴訟係属中でございますので、法廷におきますような弁論のようなことを申し上げることもいかがかと思うのですが……。
  23. 亀田得治

    亀田得治君 おおまかなことでいいのです。
  24. 中川進

    説明員中川進君) はい。まず第一点は、日本にいられる外国の方も自由に外国へ行ってまた日本へ帰ってくる権利があるということは憲法で保障されておるという点でございますが、憲法第二十二条、この点に対しまして、私どもといたしましては、なるほど憲法第二十二条は日本人に対してその権利を保障しておるということは間違いないのでございますが、日本おりますところの、たとえ永住しております人でありましても、外国人に対してまでその権利を保障しておるものではないという観点でございます。すなわち、外国人日本から去ることは、これはまことに自由でありますが、しかし、その去った外国人を再び日本に呼び入れるということは、これはあくまで入国の問題でございまして、日本政府当局におきまして自由判断によってその許否を決定すべきものである、こう考えるわけでございます。  それからもう一点は、未承認国へ出さないということはけしからぬ、なるほど、先ほど統計で申し上げましたように、日本中華人民共和国いわゆる中共承認をしておりませんが、しかし、それに対して相当多人数の人が行ってまた帰っておる、それを私どもは再入国許可しておるのでございます。しかし、中共に対する場合と、北鮮に対する場合とは、やはり政治的に若干差異がございますので、北鮮に対しまして再入国を認めないということは、ただいま大臣がおっしゃいましたように、原則としてそういう立場をとってきておるのでございまして、これは、政治上、経済上、あるいは外交上、治安上、いろんな見地からこのほうが国益に沿うというたてまえでとられてきた政策でございます。その点におきまして、大きな問題は、この二つの点におきましてこの第一審東京地裁の十月の判決が承服しがたいということで、即日控訴を提起したような次第でございます。
  25. 亀田得治

    亀田得治君 いろいろ議論を展開すれば、いろんな角度からの言い分が双方にあるわけでしょうが、この朝鮮民主主義人民共和国創建二十周年在日朝鮮人祝賀団、この十二名の方の代表団というものは、そういう名称のものですが、七月二十三日に申請をして、八月の二十日の日に法務省当局から、これを許すことは国益に合わない、こういう御返事が、たぶん審査課長だと思いますが、当事者のほうにあったようですね、それは間違いありませんね。
  26. 中川進

    説明員中川進君) 間違いございません。
  27. 亀田得治

    亀田得治君 その国益に合わないというのは、どういうことなんでしょう。
  28. 中川進

    説明員中川進君) これは、先ほど申し上げましたように、日本政治経済外交治安というようないろいろな問題を勘案いたしました結果、この許南麒先生以下の祝賀使節団北朝鮮の建国二十周年記念式派遣を認め、またその結果日本へ帰ってくるということを認めることは、日本の国の利益に合わないということでございます。
  29. 亀田得治

    亀田得治君 どういう日本の国の利益現実に侵害することになるわけでしょうか。
  30. 中川進

    説明員中川進君) これは、いま申しましたように、政治的、経済的、治安上、あるいは外交上、いろいろな点がございまして、一言に具体的にこうだということはすこぶる説明はむずかしい次第でございます。
  31. 亀田得治

    亀田得治君 しかし、まあ憲法第二十二条の解釈にしても、必ずしも法務省が言われておるような解釈ばかりではないわけですね。   〔委員長退席理事山田徹一君着席〕 最高裁法廷判決によってでも、ずっと日本に在住しておる外国人てあればやはりほかの基本的人権と同じように適用があると大法廷判決でやはり明確になっており、また、長く日本におる外国人のような場合、これはまあ日本人も一緒ですが、再入国ということは、憲法の条文には直接は書いてありませんが、そういう一時外へ行って帰ってくるというふうな旅行の自由まで含むんだという大法廷判決もちゃんと出ておるんですね。で、私は、まあやはり現在の政治のたてまえが三権分立と、法規上の具体的な適用についての争いといったようなことは、これは裁判所の権限と、こういうことになっておるわけですから、それはまあ一審、二審の段階で政府が負けたから直ちに従えと、こう言っても、なかなか、多少まあ問題があるかもしれぬ。しかし、私は、できるだけ、一審、二審であっても、行政当局裁判所判決というものを尊重していくべきものだと思いますが、しかし、まあ制度上そうしなきゃならぬという明確な義務もこれはない。しかし、最高裁の大法廷判決において一つ解釈がちゃんと出てくれば、やはりそれは少なくとも行政当局は従わなければいかぬと思うのです。法律学者などは、それでも最高裁判決は間違いだと、そういうことを論評をする権利はあります。だけど、現実政治を担当しておる立場の者は、たとえ自分の気に食わないものであっても、これは従って尊重していく、これは当然私は必要なことだと思いますね。そういう立場からいいますと、憲法二十二条の理解のし方ですね、それに気に食わといって控訴されたのが一つ理由のようですが、多少私はその点は政府としては穏当を欠くのじゃないかと思うのです。ほかの理由なら、またそれなりに別に問題があるでしょう。しかし、憲法解釈自体はそういうふうに出ておるわけですから、それはやはり尊重してほしいと思うのです。そうしませんと、私と皆さんが議論をする場合でも、すれ違いになってしまうわけですね。あくまでも私は、最高裁で確定された憲法解釈に従って、その適用として政府の処置が妥当であるかどうかと、こういかなければ、議論がうまくかみ合いませんがね。  それから、そういう立場から、その第一点の理由はあまり強調されないほうが私よかろうと思うのですが、ともかく憲法二十二条についてそういう解釈が出ておるわけですから、そうなれば、これは日本に長くおる外国人にとっての基本的な人権一つなんです、長くここにおる人が一時外へ行ってくるというのは。だから、これを入管令二十六条で許可しないということは、そういう権利を侵害することになるわけですから、私はもっと具体的な現実的な理由がなきゃいかぬと思うんですよ。その人が行ってくることによって一体どんな——まあ基本的人権といえども、御承知のように、これは最高裁判決でも、公共の福祉に反する場合には制限されるのはやむを得ない、こうなっているわけですね。一つ国益でしょう。皆さんが言う国益に合わないと、こういう理由でこれは断わったわけですね。しかし、その場合には、申請しておるその十二名なら十二名、この人の行動がどういう一体国益に合わないのか、そこがもっと明確になっていきませんと、そういう抽象的な一般的なことで断わるということはよくないと思うんですよ。どうもそういう個々の検討をされておらぬように答弁から感ずるわけですね。団長のだれそれはこういう人間で、こうだからいかぬと、そういう検討はされないで、ただまあ共和国に対してはもう原則として認めない方針だと、こう政府のほうでなっている、だからこれはもう許さぬのだと、しかしその中にも原則としてと、こうあるわけでしょう。そうすると、許す場合もあり得るわけでしょう。それが一体具体的にどうなるのか。それは昔の行政と違いますからね、政府に裁量権があるからといって、現在ではその裁量も、やはりだれが聞いても筋が通っていなきゃならぬというのが、これはもう一般的な通説です。裁量権があるから何をやってもいいんだ、理由など明示しなくてもいいんだ、そんなことにはこれはならない、ことに人権に関する問題については。だから、その点を聞いているわけですがね。まあそういう説明をするとめんどうくさいから省略されておるのか、もうそんなことは一切わしのほうでは個別的なことは考えない、政府の一般原則、それで処理しているだけだとおっしゃるのか、その辺もう少し説明してください。
  32. 赤間文三

    国務大臣赤間文三君) 政府としましては、常にやはり国の利益になるかどうかということがわれわれの一番大きな問題になるのであります。それはいろいろな方面から研究を、ものにとらわれず、あるいは外交的にも、経済的にも、文化的にも、いろいろな事情すべてを研究をいたしまして、方針をきめておるのであります。個々の申請があると、また、原則としてはそうなっておりまするが、例外的に認めるということも、これは原則と例外と必ずあるのであります。あながち国益に反せぬと見れば、私はその措置がとられると考えております。どの点が国益に反するかということを申し上げることは、なかなか私は具体的には困難な場合が多いと思います。いろいろな面を総合いたしまして、国のためになるのか国益に反するのかということを慎重に検討をいたしまして、ケース・バイ・ケースにこれを調査してそういうふうな結果を得ておると、こういうふうに御了解を願いたい。この点は国の利益に合うが、この点が国の損害になるとか、経済的にはどうだとか、外交的にどうとか、一々それは言えばいろいろな問題があるだろうと思います。そういうあらゆる面からのものを総合しまして、これはもう非常に慎重に研究を遂げて、国益に反することは許可しない、そういうのをとっておるのであります。その点はひとつ御了承を願いたいと考えるものであります。  それから私は、東京地裁判決があったのを高裁控訴するという手続をとることは、これはもう別に変わったことでも何でもない、われわれから見れば普通の手続をとっている次第でございます。この判決がどういうふうに出るかは、これはまた判決があってからわかることだと考えております。それで、いろいろな憲法解釈だとか、いろいろなものは、やはり裁判所においてお説のように十分検討をして適切な判決が下されるものであると、かように考えております。同じ日本に長くおりましても、外国人であることはやはり外国人で、われわれは日本人と同じように、人権はもうこれは長くおろうが短くおろうが、人類すべての人権は尊重いたしますけれども、私は、日本に長くおるからといって日本人と同じとは、いろいろな点において取り扱いが異なるということはあり得ると思います。これはもうあり得ると思います。幾ら長くおっても日本人と同じというわけにはいかぬことは御承知のとおりでございますし、北朝鮮にお帰りになるのは御自由で、何ぼでもこちらはそれこそ御自由に認めまして即刻許可をいたしますが、また日本に来るということになると、入管局長が言いましたように、再入国日本に入ってくるのであるから、日本に入ってくる場合においては、日本のためになるのかならぬのかどうかというようなことを真剣に研究するのはわれわれのつとめであるとも考えている次第であります。その辺一つ御了承をいただきたいと思います。
  33. 亀田得治

    亀田得治君 局長何か付加説明があったら。
  34. 中川進

    説明員中川進君) ただいまの大臣の御説明に蛇足を加えさしていただきますというと、まず最初の亀田先生御指摘の憲法論でございますが、なるほど最高裁の大法廷昭和三十二年十二月二十五日の判決によりますというと、いわゆる憲法二十二条に書いてある外国移住の自由は外国人に限って保障しないという理由はないというようなことでございますが、私どものほうは、やはり三十二年六月の最高裁の大法廷判決がございまして、そうして外国人日本入国については、日本憲法は何も書いておらぬ、規定していないのだという立場をとっているのでございます。その場合におきまして、この第一審判決とは見解を異にするということで、まさに控訴、あるいは場合によっては上告いたしまして、裁判所全体としての御決定を仰いだ上で、どちらか結論が出ました上は、もちろんそれに従わしていただくわけでございまして、これはおっしゃるとおり議論がすれ違っているわけでございます。まさにそれがゆえにこそ訴訟係属されていると、こう解釈しております。したがいまして、これは最初に申し上げましたように、目下訴訟係属中でございますので、裁判所議論し合うようなことをここで私ども議論し合う必要は何もございませんが、ただ私どもはなぜ第一審判決にそうですがといって服従しないかという考え方を端的に御説明したまででございまして、実際これが裁判所でいかなる立論が展開されて、いかにこれが採決されていくか、判決がどう出るか、これは私どもとしては、もう全く裁判所におまかせするよりしかたがない、かように考えております。  それから国益云々の点でございますが、これもまさに大臣のおっしゃいましたとおりでございまして、まことに私ども、事務的に、ことに事務当局からその内容いかん説明しろと言われましても、はなはだむずかしいことでございます。ただ、私どもの大ざっぱな考え方から申しますというと、日本北鮮との間において、いわゆる自由往来、ここにいる朝鮮人の方が北鮮へ行ってこられるということによって、それが何か政治的な意味を持つというようなことは、やはり私どもとしては国益に反するのじゃないかという考えを持っておりまして、そうでなく、全くの人道的ケースというものに関しましては、これは国益云々の問題は起こる場合もあるかもしれませんが、まず起こる可能性が少ない、かように考えておりまして、昭和四十年の十二月には三名の老人に北鮮墓参を許可しましたことは御承知のとおりでございます。中間的な問題といたしまして、経済とか、文化とかいうような種類のあれがございますが、これはまあその場合に、やはりケース・バイ・ケースということにならざるを得ないのでございまして、一昨年の初夏に北鮮からアクリル工場の買い付けのために孔という技術者の入国を認めたことは御承知のとおりでございます。そういう程度でございます。
  35. 亀田得治

    亀田得治君 判例のことは、もし引用するとしたら、やはりあとのやつに重きを置くべきものですね、それが政府は古いほうを引用しているわけですからね。そういう点も、私はそれは普通の個人間の争いであれば、あらゆる知恵を振りしぼってやるのもいいが、国だからルーズに訴訟やっていいとは申し上げないが、やはり普通の常識として、前の判決よりもあとの最高裁判決を尊重してというのは、これは常識ですわね。だから、そういう立場から政府の判例の引用のしかたが多少無理があると私は思っている。しかし、それはまあひとつ、二審にかかっていることですから、そちらで議論してもいいでしょう。そこで、国益に合わない、こう言うて門前払い食わされるわけですが、大臣のさっきの説明を聞いておると、ケース・バイ・ケースでといったようなことも言われますし、そうすると、何か一つ一つこう検討をしておられるようですね。それならば、本件については何が一体国益に合わないとされたのかと聞くと、その説明がない。いや、もう一般的に許さぬことになっているから、その方針に従ったまでだというが、ただ一般方針を聞くと、いや許すこともあるのだ、現にまたそうなっているわけですね、そう言われるわけなんですから。そこはやはり具体的な説明がないといかぬと思うのですよ。その説明がなるほどと納得のいくものであれば、申請者のほうで、またあるいは政府方針に合うように申請しなければならぬということも出てくるわけでしょうし、ともかくこの民主社会において、事人権に関する問題の申請について、理由なしにぽんとけったままにしておく、これは私は許されぬと思うのですよ。対処のしようがないですね、けられたほうは。それはこっちの一存じゃ、そんな理由までせんさくする権利ないと言ってしまえばそうかもしれませんが、それは私はちょっと暴論だと思うのですよ。現在の行政というものはそんなものではないはずなんです。それはそうなんですが、説明しようとすればできるでしょう、皆さんはいろいろ理由を閣議にまで報告してこうきめたわけですから。たとえば私のほうから聞いてみましょうか。十月十二日のジャパンタイムズに、これは新聞記者の質問に答えたことのようですが、審査課長の橋爪さんが言われたことのようですが、こういうことが載っている。暴力の使用を公言している北朝鮮への訪問をひんぱんに許すと好ましくない政治的な影響をもたらす、また、これらの朝鮮人の再入国を許すと、日韓の外交関係に悪影響を及ぼす、こういうことをしゃべったとジャパンタイムズに載っているんですね。ここに理由が二つ書いてある。その理由の当否は別として、こういうことなんでしょうか、実際に本件を許さなかった理由というものは。私のほうから積極的に聞きましょう。
  36. 赤間文三

    国務大臣赤間文三君) たびたび質問でありますが、私は国益に合うか合わぬかというのは、やはり治安の上の問題もありましょうし、それから産業、経済、文化、すべての面で、要は日本の国のためになるかならぬか、国のためになることは、政府として私はちゅうちょなくやっていく、どうも日本の国のためにならぬと思いますものは許さない。どこが国のためになるかならぬかというようなことは、諸外国との関係におきましては、私はやはりそういうことを一々はっきりさせることが、亀田先生はそれが民主主義とおっしゃるが、国際問題というものはそういうふうには考えないんです。国際問題においては、やはり真剣にケース・バイ・ケースに考えて、これが日本治安のためになるかならぬか、日本の文化、経済、あらゆる面において役立つかどうかということを考えて、それで初めてこれは国のために好ましくないのじゃないかとか、国のためには好ましいという結論が出るのがあれで、分析からはなかなか出にくい場合もあるし、総合的に考える場合もあるんじゃないか、私はそういうふうな考え方を持っております。いやしくも外国とのいろいろな交渉において、一々どういうわけでどうとかというようなことを言うのが民主的のようにも見えますが、またいたずらにくだらぬ——ことに誤解を受けること、いまお読みになりましたようなことも言わぬほうがよろしいかと思います。いま一つ例をお示しになりましたが、そういうことも、私は法務省のものが言ったということはあまり——もし私に質問があって言おうか言うまいかといえば、私は言わぬほうがよろしい、思っておってもそんなことは言わぬほうがよろしいということで、やっぱり国際的な問題については、私はそういう点も十分考慮せねばならぬのじゃないかと考えております。原則としては、北朝鮮にお帰りになるのは非常に自由だけれども、再入国については日本の国に入ってくるんだから、それが日本の国のためになるかならぬかということは、法務省としてはあらゆる面から考える、ただ原則としましては、やはり人道的な問題だけである、国益に関係ない問題だ、ただ人道的な面しか考えられないというような場合は、許可する場合が多くあり得るんじゃなかろうか、こういうふうなことを考えておりまするので、ケース・バイ・ケースに考えるという場合もあるということを申し上げておるような次第でございます。国際問題はあまり個々に分けて論及するということは、これこそ国のためになるかならぬか、ならぬ場合もありゃせぬかということをおそれますので、われわれはこういう問題については慎重にやる。ただ国内では法務省だけで考えないで、外務省とも十分な連絡をとる、その他関係方面とは事柄によっては十分密接な連絡をとって、これが国益に合うか合わぬかということを、真剣に各方面から検討を願って処理をしていく、非常に慎重な態度をとることは当然でございます。大体の気持ちを申し上げますと以上のような考え方を持っておるのであります。その点  ひとつ御了承をいただければけっこうだと思います。
  37. 亀田得治

    亀田得治君 大臣がそんなことを頭からかぶせてしまうと、それは局長のほうで説明しようと思っても説明でけぬです。それはやはり、何ですよ、具体的にやっぱり論議されたことでしょうから、ありのままに説明してもらえば、あるいはこちらが納得するかもしれぬし、いや、それだったらそれは誤解があるというふうに、また再度お話をすることになろうと思うしね。大臣のようにつかみどころのないような、そうしてまたそのほうがいいんだというようなことじゃ、これはまるで論議が進まぬですわね。だから、それはそういうことじゃなしに、ざっくばらんにやっぱり話をしなきゃ私はいかぬと思います。たとえば、大臣はさっきから、これは国際問題だと、こう言いますけれども申請者はそういうふうに考えていないんですよ、個人の問題として考えている、個人の旅行の問題として。第一あなた、日本北朝鮮というものを認めておらぬのでしょう。国際問題など起こりっこないでしょう。だから、その国際問題というのはどういう意味なんでしょうか。そういうことをやると、韓国との間で国際関係がまずくなると、そういうふうな意味なんでしょうか。
  38. 赤間文三

    国務大臣赤間文三君) 私の国際的意味というのは非常に軽いのであります。外国に関係があると、北朝鮮に行くという、外国への旅行、ですから、国内の旅行と違うし、国際的というのはそういう意味で、外国に関係のある事柄と、そういう意味なんです。個人であっても、やはり外国への旅行、これは国際的なものじゃないか、こういう意味です。国内の旅行と違う。やはり北朝鮮外国である。そこに行く、また日本に帰ってくるのは国内的なものでないという、そういう意味です。
  39. 亀田得治

    亀田得治君 そうすると、普通、国際的と言われると非常に政治性を持った印象を与えますから、そういう意味じゃない、外国に関係のあることということだというんなら、それはそのとおりでしょうね。そこで、さっきの審査課長発言にもちょっと載っているわけですが、こういう問題について韓国からはときどき日本政府のほうに、そういうことはせぬといてくれというふうな申し込みがあったわけでしょう。それはどうなんです。
  40. 中川進

    説明員中川進君) ただいまの亀田先生御指摘のジャパンタイムズ紙の十月十二日でございますか、この記事なるものに対しましては、実は私うかつに読み落としまして覚えておりませんが、担当課長はそういうことを申し上げた覚えはないと申しております。念のために申し上げます。  それから、ただいまの御質問の韓国から北鮮にそういうものをやるなという申し入れがあったかということは、私、外務省でございませんので、外務省当局にあったかないか承知しておりませんが、私のところにはございません。
  41. 亀田得治

    亀田得治君 あったかなかったかということはわからぬということですか、日本政府に対して。しかし、本件でなくても、それ以外においても、北朝鮮との関係においてずいぶん韓国からいろいろな申し出、抗議、ずいぶん来ていますわね、これは御存じでしょう。
  42. 中川進

    説明員中川進君) 承知いたしております。
  43. 亀田得治

    亀田得治君 そういうことをやはりこの入管当局では頭に入れているのじゃないですか。実際問題として審査課長発言はあるいは記者の聞き違いであったかもしれぬが、それは別として、そういうふうな韓国側の従来の動きというものもあるものだからということが決定に影響を私はしていると思うのですが、それはどうなんですか。
  44. 中川進

    説明員中川進君) 先ほど大臣からも申されました。あるいは私も答弁させていただきましたが、政治経済あるいは外交治安、文化、そういうようないろいろな要素を勘案した上で政府の態度を決定するという中には、むろん韓国日本に対する種々の申し入れ、あるいは韓国の国のあり方、あるいは日本の対韓外交というようなことが頭にあることはもう当然だと思います。私どもといたしましては、上司に、これはこういうふうな取り扱いをしてしかるべしという意見を具申いたしますためには、もちろんそういう点も十分勘案した上で上司に意見を具申いたしております。
  45. 亀田得治

    亀田得治君 少し事情が明らかになったのですけれども、私はそこに問題があると思うのです。その個人の人が若干北へ行って日本に帰ったって日本に何ら損害を与えるわけではないです。具体的には何も損害ないですよ、それは。あるように思うのは、それは単なる政治的な、あるいは思想的な偏見ですね。そういうことをしたらどういう影響が出てくるとか、こぬとか、これは全くそんな抽象的な、間接的な想像みたいなものであって、大事な旅行の権利というものを縛るということはそれは間違いですよ。国益に合うとか合わぬとか言っておりますけれども国益を損害する、国益を損ずるということでなければいかぬのです。合う必要がないのですよ。何も個人のことですからね。国益に積極的に貢献する、そんなことは必要ないのですよ。侵害しなければいいのですよ、侵害しなければ。だから、そういう立場で考えますと何もない、実際は。だから、結局は韓国からごちゃごちゃ言われるのがいやで、それでいやがらせをされる、ほかの日韓問題でね。しかし、私はそういう韓国のやり方に日本政府が遠慮すべきじゃないと思う。それは人道的な立場日本政府が北との里帰りを許すのに、それに対して文句を言うほうが悪いのだから、それに対しては、き然として日本政府が突っぱねればいいのですよ。何か言われるから、それがほかのことにまた波及して、それが国益を損ずることになる。そんな言い方はこれはちょっと理論的じゃないですよ、それは。だから、その辺を割り切りませんと、根本的になかなかこの問題がいつまでも片づかぬのじゃないですか。日本政府が独自で決定したことだ、人道の立場で。そんなことはだまっておってくれ。日韓間の経済問題とか、そんなことはまた別個に話をしましょうということではっきりさせるべきでしょう、はっきり。これはどうなんでしょう。根本はそこにあると思うのですね。大臣、そうでしょう。十二名の人が日本利益をそんな害するとか害しないとか、そういう行動をとれっこないじゃないですか、何も。私申し上げたいのは、その十二名の方は現に日本におるんでしょう、長く。おる権利もある人なんです。在留の資格もあるわけでしょう。国益に反するようなものだったら入管令によって退去も命ぜられるわけでしょう。身元もわかっておるし、現にそういう人じゃないということでちゃんと日本におる人なんですよ。  それからもう一つ明らかにしておきたいのは、さっきから外国人入国とこの再入国とは一緒だと、こういう考え方が入管当局にあるようですね。それは私はへ理屈だと思うのです。形式論ですよ。それはなるほど日本に在留しておる外国人が外に出て入ってくる。入ってくるのは、形だけを考えれば、一般の外国人が初めて日本に入るのと同じ形になるかもしれぬが、これはそうじゃない。やはり生活の根拠が日本にあるわけですね。ここに定着しておるんですよ。だから、その人が一時外に出て帰ってくる、しかも定着しておるということは、入管令によっても日本にいて差しつかえない人だ。そんな国益に反するような者だったら、現在、もう入管令をきらんと適用したら退去を命じなければいかぬでしょう。そんなことできっこない人でしょう、第一。だから、そういう点から考えたって普通の外国人が初めて日本に入ってくるのと一緒だと、そんなことはこれは全くのへ理屈なんです。だから、大日本国ともあろうものが、そんなへ理屈は私は言わぬほうがいいと思う。断わるなら断わる。堂々たる理論で断わるにしても認めるにしてもやっていきませんと、第一、品が悪いですよ。実質的に新しい入国と違うものを一緒だと、そんなことを言ったってそれは世間を通るものじゃない。だから、そういういろいろな点を考えますと、ともかくばく然と本件について国益に合わないと、こんなことを言うておられる態度というのは私は再検討してほしいと思うのですね。いろいろなことを申し上げましたが、反駁できるなら反駁をひとつしてください。たとえば、あなたのほうは一般の外国人が入るのとこれは一緒だと、そんな理屈はこれは絶対通るものじゃないんです。それは形だけを言っておる、無理やりに。
  46. 中川進

    説明員中川進君) まず第一の点でございますが、なるほど韓国から言われて、あるいは言われるかもしれないということで、大国日本がそれを風声鶴唳におびえて自分の自主的な判断をとり得ないのは醜態じゃないかという御叱責かとも存じますが、私どもとしましては決してそういうつもりでやっているのではございませんので、先生御指摘の、まさに人道問題だと言われましたが、私どももまさに人道問題である場合には、四十年の暮れ、石井法務大臣のときでございますか、三人の老人の北鮮墓参りというものを認めておりまして、人道的なケースであります限りは、ただいまも大臣から申されましたごとく、ケース・バイ・ケースで、韓国が何と言ってまいりましょうとも、われわれが、この人は当然に北鮮に行って人道的な任務を果たしてくることしかるべしと政府として判断をいたしました場合には、あくまで自主的な見地でその当否を検討するわけでございまして、何も韓国からの申し入れでどうこうするというつもりはございません。ただ、この十二名の方の北鮮渡航、再入国を私ども許可せざることしかるべしという意見を上司に報告いたしましたのは、それは私たちは人道問題とは思っておりませんので、一種の政治的な、何と申しますか、行事に参加するための政治的な行動であると、こう考えましたので、私どもとしては、それは先ほどから大臣が言われますように、いわく言いがたいが、とにかく国益に反する、国益利益があれば許す、国益利益があってもなくてもいい場合には許すことしかるべしと亀田先生おっしゃいましたが、私どもそれに関しては何もにわかに反対するつもりはございませんが、しかし、この十二名の北鮮建国二十周年への参加ということは、日本の、いわく言いがたいものではあるが、国益のためにならないと考えましたから、これはとにかく許可せざることしかるべしという意見を上司に具申したのでございます。  それから第二の点でございますが、なるほど在留朝鮮半島出身の方、よく言われる昭和二十四年法律百二十六号によりまして、日本に在留を認められた方が、別段の法律が出ない限りはそのままで日本に在留できるということは法律にうたってございますので、私ども何もその方々の在留の根拠を云々するつもりはございません。ただ、そういう国益に反するやつなら退去を命じたらいいと言われるのは、これは若干、少しその考え方が私どもとは違いまして、私は何もこの今度申請せられた十二人の方々が日本国益に反するから退去しろ、あるいは退去することしかるべしという意見を持っておるつもりは毛頭ございませんので、ただ、この方々が北鮮へ行って帰ってくること、そのこと自体が若干、若干と申しますか、やはり先ほどからしばしば申しますように、いわく言いがたい国の利益に反するというつもりでございます。したがいまして、そのための再入国は認めない。なるほど再入国ということは、事実問題といたしましては、先生おっしゃいますように、長い間日本におった人がしばらくの間日本を留守にしてまた入ってくるので、日本における居所もわかれば、従来における挙動、生活ぶり、またいかなる人物であるかよくわかっておりますので、全く生まれて初めて日本へ来る人が日本へ入る場合と実際問題といたしましてはそれはだいぶ違います。違いますが、しかし、いやしくも外国人外国から日本へ入ってくるという点におきましては、これはやはり外国人入国という点におきまして同じでありまして、まあ先生は入管のへ理屈だと言われますが、私どもとしましてはそういう考え方であるという点で、この点に関しましては、先ほど申しましたように、裁判所当局の御判断を仰いでおるわけでありますから、まだ裁判の継続中でございまして、結局、裁判所でどういう御判決あるいは御結論をお出しになるか、これは私といたしましても十分その御決定は、御判決は尊重をいたしたいと思っておりますが、ただいまのところは私どもといたしましては、やはり外国人入国は、再入国であっても入国入国であるという考え方でやっておる次第でございます。
  47. 亀田得治

    亀田得治君 同じことをあまり繰り返してもあとまたほかの方の御質問もあるようですから、適当に集約したいと思いますが、昭和四十年の末でしたね。三名許可して、実質的には病気のために一名行かれないで二名の方が渡航してきた。その後帰って、だから四十一年の正月ですね。入管当局からもう二十名ほど人を選んでくれというて朝鮮人の方が二十名の名簿をつくって出したのです。つまり、先ほど局長から言われたように、約二千名の方が親きょうだいをたずねたりして里帰りをしてきたいとその当時出ておったわけですね。政府のほうじゃ、一度にどっと出すのは目立つと、まあこっちはそんなものちっともたいしたことじゃないと思っているのですが、政府のほうとしてはそういうふうにお考えになっておる。その立場に立っておる考えとして、二十名出してくださいと言われて、その約二千名の中から特に年をとっているとか、いろいろなことで急ぐ事情のある人の名簿を出したわけです、これは再度。この点は重複しているわけですね。ところが、これがいつまでたっても、今日に至るまで許可されないのです。これは私、けさ、その出した人からもらったのですが、これはコピーでとって、そうして日本政府にはこれと同じものを出したのだ。それの控えです。そういうものは出ておりますか。
  48. 中川進

    説明員中川進君) 具体的に二十名でありますかどうか、ちょっと私、実はそう責任のがれで言っておるのでもございませんが、これは私の着任するだいぶん前の話でございまして、当時、石井法務大臣が、先ほど亀田さんの言われた李仁沫、李光勲、二人の人の北鮮入国を認められた条件に、政治的に北鮮帰国を利用しないことで、そういう約束で行かれたのでありますから、若干それにそぐわない点があったというようなことから、そのあとの二十名の方の審査と申しますか、手続きが行き悩んでおったということは承知しておりますが、しかし、ただいま現在そのリストがいまでもあるかどうかは、まだ私承知しておりませんので、帰りましてからよく調べまして御報告いたします。
  49. 亀田得治

    亀田得治君 課長の人が来ておられたらわかると思うのですが、ちょっと見てください。これと同じものが出ているのだそうです。二番目が消してあるのですけれども、それは死亡したものだから私がけさちょっと削除したのです。
  50. 中川進

    説明員中川進君) 私申しわけありませんが、課長もこの書類自体は見たことがないそうでありますから、よく検討いたしまして、帰ってから調べまして御報告いたします。
  51. 亀田得治

    亀田得治君 こちらが出したものを担当課長が見ておらぬというのは私はちょっと困るのですが、出せと言われて出しておるわけで、口頭ではその後二十名について早く許可をしてほしいということは、これは再々申し上げておるわけです、いろいろな機会に。それはどうなんですか。ざっくばらんにすっと許可してあげるべきじゃないか。中には年齢八十歳とか、孫とか、そういうものの顔も見たいわけでしょう。
  52. 中川進

    説明員中川進君) これは亀田先生よく御存じでありますように、昨年、あるいはことし、ときどき名簿が出たり、こう変わったりいたしまして、私どもとしましては、まだ終局的にどれというわけではないのでございます。もし、いまこれで至急検討しろということでございましたら、さっそくこれにつきましてよくまた事情を調べまして、先ほど言われましたように、人道的なケースにつきまして、私どもとしましては何も絶対に行っちゃいかぬというようなことを申し上げるつもりはないのでございますから、ひとつ具体的によくお話を承りまして再検討さしていただきたい、かように存じております。
  53. 亀田得治

    亀田得治君 それではそれを至急検討してください。ただ、人道的ということと政治的ということと、この二つのことばが出るわけです。そこの理解のしかたで非常に違うわけですよ。たとえば二十周年の建国記念祭に行く、これはそこの国を祖国と思っている人にとっちゃ、これは普通のことで、ただお祝いに行くだけなんですよ。同じ帰るならそういうときに行ってきたい。だから、その政治的というのをあまり神経質に考えるようなのが、これが政治的だ、大体そういう考え方、何でもないことなんです。ただお祝いにいくだけなんです。それからまた向こうへ久しぶりに帰る。そうすると、皆が出てきて歓迎会をやってくれる。いや、それはちょっと政治的だ、帰るならこそこそ帰ってこい、そんなことまで言うのはちょっと私は行き過ぎじゃないかと思うのです。だから、その辺の問題もあると思います。こそこそしている一つの原因は——何やってもいいということを私は申し上げているのじゃないのですよ。だから、人道的立場で考えてもらっていいのです。私もいま人道的と言っておった。人道の範囲もいろいろ広いのです。おめでたいときに皆集まるのは人道のうちに入りますよ。だから、その辺を窮屈に考え出すと窮屈になりますから、だから、あまり大国の日本がこまかいことを言わぬほうが私はいいと思う。  それからさっき、ちょっと誤解を与えてもいかぬと思うのだが、そんな気に食わぬなら退去さしたらいいじゃないか。そこを局長も引用したけれども、何も退去させてくれというのじゃないので、それほど問題のある人なら、むろんそういうこともあり得るのじゃ、ないか。そういうことができぬというなら、この人はちょっと行って帰ってくるくらいはいいじゃないか。当然普通の外国人のように入国について厳密に考える必要ないのじゃないか、わかっているのだから。そういう意味で言っているわけなんです、退去なんかはさしてもらってはなおさら困る。そういうことできょうは一応私の質問終了しておきます。
  54. 小平芳平

    小平芳平君 私が伺いますことは、日本国内に現在いる朝鮮あるいは台湾に籍のある人で、あるいは日本人の女性で朝鮮または台湾の人と結婚した人で国籍問題で非常に悩んでいる人があります。いま私は具体的な例を二、三あげて、きょうは御質問したいのでありますが、一つの例は長崎の島原市の後藤幸次郎さんですが、この人の問題などは日本弁護士連合会の人権擁護委員会でも、もういろいろ取り上げて検討していらっしゃっている。したがって、法律上の問題は私は全くのしろうと、この委員会で法律上のけりをつけるというようなことは毛頭考えておりません。しかし、私がいまここで質問する趣旨は、大臣に、こうした問題に対してどう判断し行政を行なわれるか、あるいはまた役所の手続きや手違いがあった。役所に手続きの手違いがあった、あるいは法の不備があるのではないかというような点も感じますので、よくしろうとにわかりやすい御答弁をお願いしたいと思います。  初めに、後藤幸次郎さんという人は昭和二十三年九月二十三日に、元朝鮮人後藤さんが日本人の女性と結婚して佐世保市役所に婚姻届を出した。このときから日本の籍に入って妻の氏を名乗って足かけ二十年日本人として生活してきた。選挙権ももちろん行使し、また住民登録その他一切何ら問題なく二十年間を過ごした。ところが、昭和四十二年六月二日になって、いきなり佐世保市役所から、あなたは日本に籍がない人で手続きが間違っていた。戸籍を訂正しろ、もししなければ職権で訂正するという、こういう通知を受けた、こういう問題です。この点について、なぜそういう間違いをしたのか、あるいは結論として、法務省としてはこれに対してどのような見解をお持ちか、お尋ねしたい。
  55. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 後藤幸次郎とおっしゃる方は、もと福田姓を名乗っておられたようでございますが、朝鮮の出身の方でありまして、昭和二十三年の九月二十四日に佐世保の市役所に後藤さんという内地出身の女性と妻の氏を称する婚姻の届け出をされたわけであります。市役所のほうでは、日本の法律に従ってこれを受理しました。新しい戸籍がつくられました。自来、後藤姓を名乗って最近まで日本人として二十年間生活をしてきたというのが事実関係でございます。昭和二十三年と申しますと、平和条約の発効するよりかなり前のことでございます。その当時の民法あるいは戸籍法の適用関係がどうなっておるかということを御説明申し上げなければならないわけですが、平和条約発効前におきましては、朝鮮も台湾も内地と比べますと、いわゆる異法地域ということになっておりまして、法制を異にしております。内地の法律とこれらの異法地域の法律との橋渡しをいたしております共通法という法律がございまして、これがまず働いてまいりまして、内地人とそうでない人との婚姻等の場合、どの法律が適用されるかということが、この共通法によってきまることになっていたのであります。その当時の婚姻届け出であります。したがいまして、これは共通法の規定によりまして、まず法令の規定によるということになるのであります。これは共通法の第二条の第二項にそのような規定が入っておりまして、法令の規定によるということになりますと、内地人の女性と朝鮮出身の男性との婚姻でありますと、その婚姻の方式、具体的に申しますと、日本の法律でいえば届け出になるわけであります。市役所に対する届け出でありますが、この方式につきましては、日本の法律によることになっており、婚姻の要件につきましては、各当事者についてそれぞれその本国法によるということになっておるのであります。したがいまして、この場合、朝鮮出身の男子につきましては、届け出は日本の法律によってよろしいわけでありますが、婚姻成立の要件とか、あるいは効果につきましては、朝鮮に施行されておりました法規、慣習法というものに従うということになっておったのであります。昭和二十三年の一月一日に、御承知のように民法が改正されまして、親族相続法が新しい憲法下において戸主制度あるいは家族制度というものを廃止いたしまして、新しい法律に変わったわけでありまして、それに伴いまして戸籍法も全面的に改正されたのであります。その直後のできごとでございました。したがいまして、いろいろ取り扱い上にも十分趣旨の徹底していない面もあったやにうかがえるのであります。妻の氏を称する婚姻届け出ということになりますと、これは新民法あるいは新戸籍法のもとにおきましては、日本人相互の間であればこれは問題はないのでございますけれども、先ほど申し上げましたように、当時、共通法の規定が働いておりました夫となるべき男性につきましては、これは朝鮮において行なわれておった法規、慣習法に結局従って、その効果、効力が定められるということになるわけであります。そこで、法務省民事局長も、当時、新民法、新戸籍法が施行されました直後にいろいろな問題がございましたので、ただいま申し上げましたような趣旨の通達、回答を出しております。朝鮮出身の男子とあるいは日本の女性と婚姻するような場合に、取り扱いは従前どおりということをまず昭和二十三年の一月二十九日の通達で明らかにいたしました。さらに、三月の十七日に、その従前どおりの取り扱いという意味は、共通法の規定によって従来どおりやると、こういう趣旨の回答が出されておるわけであります。したがいまして、当初からいまのような事例の場合におきましては、婚姻の届け出そのものが日本の法律でやれるのでございますけれども、その成立要件なり効力につきましては、夫となるべき男子の属する地域の法規による。こういうことになっておったのであります。そのことは平和条約が発効いたしまして後、共通法が廃止されて、若干の変更がございましたけれども、現在まで一貫した考え方であったのであります。ところが、昭和二十三年の十月十五日に、不法入国者の婚姻につきまして司令部の指示がございまして、そういう不法入国者の婚姻を認めることはできないということになりまして、婚姻届け出の場合に不法入国したものでないという趣旨の証明書を出すことになったのであります。その証明書を出す通達の中に、妻の氏を称する婚姻の場合もその証明書が必要かと、こういう趣旨の問いがございました。それに対しましては、回答といたしましてはそのとおりであるという回答が出ております。実はこの回答の趣旨がはき違えられたということになろうかと思うのでございまして、先ほど申し上げましたように、朝鮮出身の男子と内地人女子との婚姻につきましては、届け出はこちらでできますけれども、婚姻の効力につきましては男子の属する地域の法律によるということになりますので、妻の氏を称する婚姻というものは、そのままの効力を生ずるわけにはいかない。佐世保の市役所ではその点誤解があったのであろうと思うのでございますけれども、その当時、妻の氏を称する婚姻の届け出をそのまま受理して、内地の戸籍を編成してしまったということになっておるのであります。これは、もちろん先ほど申し上げましたように、夫となるべき男子の属する地域の慣習法に属するものでございますので、妻の氏を称する婚姻の届け出が、そのままの効力を生ずるわけではございません。ただ婚姻の届け出ということでありますので、少なくとも当事者の意思としても婚姻をする意思があって、双方の意思に基づいて婚姻届け出をしたということでありますれば、婚姻そのものは有効だというふうに解さざるを得ないと考えておるのであります。そこで、この問題につきまして、昭和四十年になりましてその取り扱い上の間違いが発見された……。
  56. 小平芳平

    小平芳平君 四十二年。
  57. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 四十二年でございますか。ということでございますが、これはもちろん従来から考えられております共通法、法令の解釈、さらに当時の民法、戸籍法の解釈上、先ほど申し上げましたように、これは本来、日本人としての戸籍を編成すべきものではなくて、届け出によって婚姻は有効に成立しますけれども、その戸籍は朝鮮にある制度のもとにおいて向こうでつくられるべきものであって、具体的に申しますと、当時、朝鮮出身の人も内地の人も、いずれも平和条約以前の問題でございますので、日本人という身分を持っておったわけであります。ただ異法地域に属しておったということから、内地出身の女性が朝鮮の籍に入るべき筋合いであったわけであります。それが間違って佐世保の市役所でこちらの戸籍を編成してしまったということでございます。したがいまして、この婚姻そのものは有効でありますけれども、本来この女性は朝鮮の戸籍に入るべき筋合いのものであるということが四十二年にわかりまして、ただいま御質問のような問題が明らかになってきた。これが従来の経過でございます。
  58. 小平芳平

    小平芳平君 あと簡単に御答弁願えればけっこうだと思いますが、まず佐世保市役所で婚姻届け出を受け付けて新戸籍を編成したのは誤りであったと、間違いであったと、これはいま局長がはっきり言われております。  それからもう一つは、この二十三年一月二十九日の法務省民事局長通達、これははっきりと、「朝鮮人、台湾人等と内地人間の婚姻届及びこれに基く戸籍の記載は、夫となるべき前者が不法入国者にあらざる限り、総て従前通り取り扱う。」という、これですね。ですから不法入国者でない限りすべて従前どおりという、この民事局長の通達があったわけですから、そこでこの新民法になってからこういうふうに変えていくんだという観念を、それをむしろ法務省としては先に決定するのが先であって、こうした届け出はすべて従来どおりということを通達してありますので、全くこの法務省の通達に基づいてこの佐世保市役所では受け付けたんだというふうにも言えるわけです。したがって、法務省の同じく二十三年十月十五日の通達でははっきりこれを取り消して、「引用の回答はこれを変更する。」というふうにはっきり変更の通達をもう一ぺん出しておるわけですね。ですから、その点で実際に間違えたのは佐世保市役所であるけれども、そのもとは、やはり法務省としても、この民事局長通達を何回も出しているうちに、少なくとも二十三年一月の通達は、ほんとうは通達は正しいけれども、向こうが誤解したんだというふうに局長先ほど言われますが、そういうふうにとってないですね。大体どこの、私がお聞きした範囲ではどなたにお聞きしても、そういう法務省の最近になっての説明のしかたというのはあまりにもこじつけだと、とにかく民事局長通達を読んだ範囲においては、二十三年一月は間違っていたと、それを訂正したのがこの二十三年十月だと。しかもそのすれすれ直前の九月二十三日に後藤さんの婚姻届け出が出ているわけですよ。そういうところからなおさら納得できない毛のが残るわけです。間違って受け付けたんだぞと言われても、それは市役所もさることながら、法務省自体が間違わせるようなものを出しているじゃないかというふうに言いたくなるのですがね、いかがですか。
  59. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 先ほども御引用になりました昭和二十三年一月二十九日の民事局長の通達は、仰せのとおり、そのような事例の場合、「総て従前通り扱う。」、こういうふうに書いてございます。もっと親切にいろいろの場合を列記してこの際通達すべきではなかったかと、こういう御意見でございましたが、確かにそういうことも十分考えるべきであったかと思うのでございますが、何ぶん一月一日に新民法、新戸籍法が施行されまして、その直後のことでございます。十分それだけのこまかい問題を網羅的に取り上げるだけの余裕がなかったのではないかということもうかがえますが、ともかく基本的な問題をこの通達によって示したと解されるわけであります。  そこで、この「従前通り取り扱う。」という意味でございますが、これは先ほども申し上げましたとおり、平和条約発効前でございますので、共通法が生きております。したがいまして、共通法の適用上、法令の規定に従い−法令の規定に従えば、婚姻効力は夫の属すべき地域の法規、慣習法によるということになりますので、この通達の解釈上も、朝鮮出身の男子の場合には朝鮮の法規、慣習法に従って婚姻の効力が定められると、こういうことになるわけであります。ところが、その後昭和二十四年の三月三十一日の回答によりまして、先ほどのこの通達を変更したと。こういうふうに御質問があったように私理解いたしたのでございますが、しかし、この二十四年の三月三十一日の民事局長回答で変更いたしましたのは、その先ほど申し上げました一月二十九日の通達を変更したのではございませんで、この伺いに引用されておりました昭和二十三年十月十五日付の回答を変更いたしておるわけであります。その十月十五日付の回答というのは、先ほども申し上げましたが、不法入国者の婚姻は認めないということになりましたので、証明書をつけるべきであるという民事局長の回答でございます。この回答を変更いたしておるわけです。この変更いたしました趣旨は、一般的に証明書を添付すべきかどうかという質問に加えまして、「朝鮮人男が妻の氏を称する婚姻の場合も右の扱いでよいか。」、こういう質問が実は昭和二十三年の十月十五日の回答をする際の伺いについておったのであります。この点が実は誤解を生ずる原因になったのではないかと思うのでございます。十月十五日の回答は、先ほど申し上げましたように、婚姻の効力その他について云々しておるのではございませんで、不法入国者でないという証明書を特別に添付せよという趣旨の回答でございます。ただ、妻の氏を称する婚姻の場合も同様かと、こう書いてございましたので、それをそのとおりだと言ったことは、必ずしも婚姻の効力と、提出すべき証明書との関係において明瞭でない点が残ったわけであります。それを正す意味で二十四年の三月三十一日付の回答によって前の回答を変更したと、こういうことになっておるのでございます。
  60. 小平芳平

    小平芳平君 その変更の問題とか、このいろいろ手続上の問題について概括的に、初め局長からもう少しこまかい具体例をあげるべきだったということも考えられるように言われましたので、あとこまかい点に入るのはちょっと時間がありませんので、一つだけ。朝鮮には、男が妻の氏を名のり、妻の籍へ入る慣習がないという考えですね、先ほど説明の。そういう慣習は、その当時存続していたかどうかは、「これを確認するに足る証拠がない」と、この東京高裁判決というものは、やはりこのとおりであって、それ以上に別に法務省として調査をしたというようなことはありませんですか。
  61. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) この点につきましては、いろいろ終戦直後のことでございまして、朝鮮との交通も必ずしも自由でございませんでした。あの事案が起きました時点における朝鮮の慣習法というものはどういうものかということが、訴訟上は問題になったわけでございます。したがいまして、その時点における慣習法というものはわかりませんと、こう言うほかはなかったと思うのでございます。しかし戦前から引き続いてずっとその当時まで朝鮮には朝鮮民事令という法規もございましたし、また長い伝統の上に立った朝鮮独自の慣習法もあったわけでございます。したがいまして、少なくともあの事案が起きた当時における慣習法というものは明確でないけれども、少なくともそれ以前に行なわれておった慣習法というものはやはりあるものだという前提に立ってこの事案を考えるべきであるまいかと、こういうふうに考えておる次第でございます。そういたしませんと、朝鮮出身の男子についてその根拠法が全くないというふうな結果にもなるわけでございまして、条理に従って合理的にものを判断するということになりますれば、従来行なわれておった法規、慣習法に従うべきであるという結論になろうかと思うのでございます。
  62. 小平芳平

    小平芳平君 特別に調査したことがないということならそれでけっこうですが、それで、まあ夫のほうはともかく、妻の日本籍がなくなるということを先ほど説明されましたが、これは非常に問題があると思うんですね。この婦人は、日本の籍を失うという意思は全くないわけです。結婚当時もなかったし現在もないわけです。それがこの結婚届けを出した、間違って市役所が受け付けた、それだけのことで日本人日本籍を失ってしまったということは、いかにも納得ができない。第一、国籍法第八条では、日本国民が自己の志望によって外国の国籍を取得したときに日本の国籍を失うということだと思うんですけれども、この妻にはそういう志望がない。また外国の国籍を取得してはおらない。にもかかわらず、日本の籍がもう二十年も前から失われているのだというのは、あまりにもおかしいじゃないかと思うんですね。  それから、ちょっとついでに時間の関係でもう一つ。旧国籍法ですね、旧国籍法第十八条では「日本人外国人ノ妻ト為り夫ノ国籍ヲ取得シタルトキハ日本ノ国籍ヲ失フ」、このようになっているわけです。しかし離婚したら法務総裁の許可によってもとの籍へ戻ったというのですが、新国籍法には、男女の本質的平等の見地から、このような規定が設けられておらない。したがって、この二十三年九月の届け出を出した段階では、はたして旧国籍法によって判断していいのか、新国籍法によって判断していいのか。いずれにしても、時期的には旧法時代だと思うんですが、しかし妻の籍が当然に日本からなくなっているのだというふうに断定するにはあまりにも問題が多いと思いますが、いかがですか。
  63. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 昭和二十三年のことでございますので、その当時の法制を考えますと、これは国籍法の適用の問題ではございませんで、先ほど申し上げましたように、当時の日本の異法地域間の法律問題になるわけであります。したがいまして、共通法の働く分野の問題であった次第であります。共通法が働きまして、同じ日本人ではあるけれども、朝鮮出身者と内地出身者が適用される法律がどうなるかということを調整いたしておりますのが共通法でございます。したがいまして、その婚姻によって直ちに日本の国籍を失ったのではなくて、異法地域間の婚姻の効力がどうなるかということが、当時としては問題になっておったのであります。先ほど申し上げましたように。男子が朝鮮出身者でありますれば、現地法規。慣習法に従って処理されることになりますが、しかし同じく身分は日本人でございます。その後、昭和二十七年四月二十八日に平和条約が発効いたしまして、その段階で朝鮮に籍を有すべき人はすべて日本の国籍を失った、こういうことになったのでございまして、この婚姻によって日本国籍を直ちに失ったというのではございません。したがいまして、旧国籍法が施行になっておりました当時でございますけれども外国人の妻となった者云々という規定は、その当時としては適用がなかったわけでございます。
  64. 小平芳平

    小平芳平君 ですから、この平和条約発効によって外国籍になった、それはそのとおりなんですよ。もちろん、そうでないと私は言っているのじゃないのですよ。だから私が申し上げていることは、結局その局長説明では、結婚した時点において日本の籍を失うべき人であった、こういうわけでしょう。結局は。ですからその結婚は有効だ、しかもこの国籍法にいうところの、自己の意思に基づいて外国の籍を取得したとかしないとかいうことは、全くそれは論外であって、ただ結婚が有効だから国籍は現在ないのは当然だというそれだけの説明では、どうも何としても納得つかないのですよ。国籍はあなたは二十年前からないのだということでしょう結局は。これは何かというと、結婚したからだというのでしょう、その一女性が。そこでもってこういろいろ説明をするだけであって、どうですか。
  65. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 確かに昭和二十三年に婚姻届を出しまして、昭和四十二年になって、あなたは日本の国籍がないというふうなことを申しますことは、いかにもおかしい感じはいたすわけでございます。その点は仰せのとおりであります。しかしこの本件の場合に限りませず、平和条約発効までの間に、朝鮮出身の男子と婚姻されました日本女性は、すべて朝鮮の籍に入っておるか、あるいは向こうの手続が済んでいなくても、法律上当然向こうの戸籍に入るべき筋合いになっておるわけであります。こういう人たちは、昭和二十七年の平和条約の発効と同時に、その意思にかかわりなく日本の国籍を失ったのでございます。そういう意味で昭和二十七年から日本国籍を失っておると、こういうことでございます。ただしかし、実際問題としては、本件の場合には昭和二十三年から内地人だという意識のもとに苦労してこられたことだろうと思います。そういう点が若干いまの法律論とかみ合わないような感じもいたすのでございますけれども、婚姻は昭和二十三年に成立し、朝鮮籍に入るべきものということになって、身分は日本人でございますけれども昭和二十七年の平和条約によって、日本国籍を失ったということでございます。本人の意思にかかわりなく、そういうことになるのはおかしいじゃないかという御意見のようでございますが、確かにそれは意思にかかわりなく国籍を失ったということは、おかしいといえばおかしいといえる面もあろうかと思いますけれども、平和条約の趣旨から申しまして、これはこの本件の場合に限りませず、すべての場合に日本国籍を失っておるのでございますので、これはやむを得ないことじゃなかろうかというふうに考えるわけであります。
  66. 小平芳平

    小平芳平君 局長も確かにおかしいと言われるけれども、ほんとうにおかしいと思うのですね。大臣、この後藤さんという人は六十一才ですか、三十九年以来病気で働けない、妻と二人で生活保護を受けている、また本人は現在入院中である。こういうときに、もう自分は、新聞に出ている御本人の話でも、自分は余生は幾ばくもないから、身寄りもないし、とにかく日本人として死んでいきたいというふうに叫んでいる。この人に対して全く法務省としては、いま局長説明するように、やむを得ないということ以外にないのかどうか、いかがですか。
  67. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 確かに事情はお気の毒に思う次第でございます。ことにこの方は終戦前から長いこと日本に生活し、全く日本人の意識を持って、日本社会に同化して現在まで生活してこられたようでございます。さりとて法律上、当然に日本人であるかということになりますと、これは先ほど来申し上げておりますように、そうは言えないのであります。まあこれを何とかして救う道はないかという御意見でございますが、いまのような事案でございますれば、十分日本人としても通用し得る実質を備えておられるのではないかと考えられますので、帰化の申請がございますれば、そういった事情を十分考慮いたしまして、すみやかに処理したい考えでおります。
  68. 小平芳平

    小平芳平君 ところが本人としては、特に本人もそうだし、奥さんとしては、いまさら何の帰化申請かと言うんですね。せめて婚姻届けを出すときに何か一言言われでもすれば、それはそこで何か考えようもあったでしょうけれども、二十年間全く知らないでそのままきて、何のための帰化申請かっていう、それこれ先ほどの人道上、外国へなんか一足も出たわけでもなければ、ただ婚姻届けを出したというだけで、日本の一婦人が、あなたは外国人だ、帰化申請を出せと言われるということが、非常にふに落ちないわけですよね。いかがですか。  それからもう一つ、ポツダム宣言受諾あるいは平和条約発効あるいは日韓条約、そういう段階で国籍についてのたとえば経過措置とか、ある期間内の選択権とか、そういうような措置も必要だったんじゃなかろうかと、過去のことですけれども、あまりにもいまこうした問題が多過ぎる。先ほど局長は、その人に限らず、ほかにもみんなそうなったんだと言われますけれども、この人に限らず、私の知っている範囲では非常に問題をかかえている人が多いというところからして、そういう点でもどのような経過措置なり選択権なり、そういう措置をとられたかどうか、お伺いします。
  69. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) たびたび申し上げておりますように、佐世保の市役所であやまった処理をいたしましたことによって、たいへんこの御当人にも心配をおかけしたようでありまして、この点は間違いは間違いとして私どもも反省しなければ一なりませんし、できるだけ御当人のことを考えて善処するつもりでおりますが、法律的に残された道はどうかということでございますれば、先ほど申し上げた帰化の方法によるほかはなかろうと、こういうふうに考えておる次第でございます。さらにポツダム宣言の受諾なり、日韓条約の成立までの過程におきまして、これらの人たちの国籍選択を認めるべきではなかったか、またそういう問題が起きなかったかという御質問でございますが、この点につきましては、最終的な日韓条約の段階におきましても、韓国政府側からは、韓国人となるべき人についての国籍選択権という問題は出されませんでした。実は私、ちょうどあの日韓条約の最終段階におきまして、政府代表を命ぜられまして、韓国側と折衝いたしたのでございますが、私が少なくとも関与をいたしましてから、この国籍問題は韓国側からは一回も提起されなかったのでございます。本来韓国人たるべき者について、日本人となることを希望するかしないかということは、韓国側としてもあるいは言えなかったのではなかろうかと思うのでございまして、そういった国籍選択問題は、日韓条約の段階では起きなかった事態でございます。
  70. 小平芳平

    小平芳平君 それでは最後に大臣から、このいまの経過についての御所見と、それから本人が訂正しなければ職権で訂正するという通知を受けているのですが、あくまでこれは職権で訂正をされるおつもりかどうか。要するに実際上は無国籍になるわけです、日本の籍をはずされるということは。いまこういうお年寄り、しかも病気の人が、韓国へはたして籍を持っていかれるかどうかですね。実際上無国籍になるような措置をとられるかどうか。
  71. 赤間文三

    国務大臣赤間文三君) 非常にお気の毒で、心から同情しますが、法律は法律で、これは曲げるというわけにもまいりませんので、私の考えでは、ひとつやはり日本になるべく早く帰化をしてもらってくることが、一番それが適当じゃないか、かように私も考えている次第でございます。まあ法務省としても、できるだけひとつ同情的な扱いを申し上げることは当然であるし、またそういう手続の間違いが将来は起こらぬように、ひとつこの事務をとる人にも何らかの方法でよく注意をする必要があると考えます。あやまちを起こさぬようにひとつ十分注意をしてみたいと考えております。本人に対しては、私は私の考えからいえば、やはり気の毒な、まことに同情の至りでございますが、やはり日本に帰化される手続をされるのが一番いいのではないか、かように私は考えている次第でございます。
  72. 小平芳平

    小平芳平君 それでは、大臣が言われる帰化についても、いまさら何のための帰化だということ、本人にとってはそういう問題が残るわけです。  もう一つ厚生省のほうからお答え願いたいと思いますが、あなたは日本の籍を失った、したがって生活保護をいままで受けていたが、その新聞記事によりますと、「生活保護を受けていたが、その〃権利〃を停止され、お情けで支給を続けてもらう身分となった。」、こういうことを言ってきたらしいのですね。ですからそういうような生活保護を現に受けてきたこの人に対して、あなたは権利を停止するぞ、お情けでこれからはやるぞというようなことをやられるのかどうか、それが一つ。  もう一つは、先ほど来帰化申請ということを盛んに言われますが、そうなると、昭和四十年四月でございますが、この遺族弔慰金三万円、これもいままでは外国人であった、これから帰化申請するのだということになれば、もらえなくなるのじゃないかと思うのですけれども、そういう影響も起きてくるように思いますが、御答弁お願いします。
  73. 宮嶋剛

    説明員(宮嶋剛君) 生活保護関係につきましてお答えいたします。  戦前から内地に居留していらっしゃいました朝鮮の方々につきまして、現在の生活保護法の取り扱いといたしまして、日本国民と全く同様の取り扱いをいたすことといたしております。そういう意味で、ただいま問題になっております御夫婦の方につきましても、従来同様、本人の身分がいかがなりましょうとも、従来同様生活保護が行なわれるというふうに御理解を願いたいと思います。
  74. 山県習作

    説明員(山県習作君) 戦没者の御遺族に支給されております特別弔慰金でございますが、昭和四十年の四月一日現在におきまして日本国籍を有しておるという方に支給しておることでございまして、したがいまして、まことにお気の毒とは存じますが、この点につきましては支給できないというようなことになろうかと思います。
  75. 小平芳平

    小平芳平君 そういうことが起きてくるわけですね。帰化帰化と言われますけれども、これから帰化申請出すとなれば、いままでは日本人でなかったということになって、いまのようなことが起きてくる。  それからこれは別の例ですけれども、ごく要点だけ申し上げますと、一人の例は、山本ミサオさんという婦人がいるわけです。この人が朝鮮の人と結婚をしまして、届け出を出したのが昭和十七年、ところが終戦後主人が朝鮮へ帰って、もう二十余年帰ってきていない。それで最近になって、今度は帰化申請を出したところが、朝鮮のほうの戸籍の上では死亡になっている。で、しかもこの婦人は主人との間に二人の子供があるのですが、その二人の子供が、一人は韓国の籍に入っておりますが、一人は、ちょうど終戦のときのあの大混乱の時代で韓国の籍にも入っておらない、こういうような例も起きてきているのですが、いかがですか、局長
  76. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 昭和十七年の婚姻でございますので、先ほど申し上げましたように共通法の規定で処理される案件でございます。したがいまして、当然朝鮮籍に山本ミサオさんは入ったはずでございます。その後帰化申請をされるというのは、昭和二十七年の平和条約によって日本の国籍を失われたために、いま日本人になるには帰化の方法によろうと、こういうふうにしておられるようにうかがえます。子供さん二人のうち一人は韓国籍があるようでございますので、これはそのまま帰化の申請をされて差しつかえございませんし、また一人は、おそらく何かの手違いで韓国の籍に入っていないのであろうと思います。しかしその前の主人との間の子でありますれば、当然これは韓国人として韓国の国籍を持っておるはずでございます。したがいまして、これは当然に無国籍になるということは言えないだろうというふうに考えております。したがいまして向こうの籍がなくても、何かの方法で自分の子供であるということの証明は、これは必要だろうと思いますけれども、帰化の申請をされれば、それなりに十分配慮していくことができようかと思います。
  77. 小平芳平

    小平芳平君 そうすると、この婦人は、向こうは死亡になっているのですけれども、したがって離脱証明ですか、そういうものは、死んでしまったことになっているからもらえないのじゃないかと思うのですが、それでもどういうような手続があるか。あるいは無国籍になっている一人の子供は何かの証明でと言われますが、どんな証明が考えられるか。もしいま御答弁できるようでしたらお願いします。
  78. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) この山本ミサオさんが死亡されたのでございましょうか、御主人が死亡されたのでございましょうか。
  79. 小平芳平

    小平芳平君 本人が。
  80. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 本人というのは、山本ミサオさんが死亡されたんですか。
  81. 小平芳平

    小平芳平君 山本ミサオさんの死亡届けが出ているのです、向こうで。
  82. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) わかりました。韓国国籍の取り扱いとしてどういういきさつかわかりませんが、向こうの戸籍としては死亡しておることになっていると理解いたしましてお答え申し上げますが、現実にはこの山本ミサオという人は生きておるということでありますれば、その御当人が昭和十七年に韓国人と婚姻した山本ミサオであるということの、これはまた何かの証明をする必要があろうと思います。そういたしませんと、全く関係のない人がその名を使って帰化申請するというふうなことも考えられますので、その婚姻をした当事者であるという証明が必要であろうと思います。それから韓国の場合におきましては、日本で帰化が許されますと、韓国の国籍法上向こうの国籍を当然失ってしまいます。したがいまして、向こうの国籍離脱の証明書は不要でございます。ですからこの本人がなくなっているとか、あるいは韓国の戸籍には載っていないけれども、前の主人との子供であるということの具体的な何らかの証明が必要になろうと思います。そういうものを用意されまして、申請されれば、それに応じて処理できるのじゃないかと思います。
  83. 小平芳平

    小平芳平君 わかりました。  証明といいましても、かりに昭和二十七年に結婚した本人だという証明は、たとえば仲人とか親戚とか、そういう証明でよろしいわけですか。
  84. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) まあいろいろ証明方法は、これでなければならないということはございませんが、要するに間違いないということの証明がつけばよろしいわけでございます。したがいまして、結婚された当時の仲人さんの陳述を聞くとか、あるいは何かその当時の書面が残っておるとかということがありますれば、それでもよろしいのでございますし、関係者にいろいろ聞きまして、間違いないということを証明する方法もあろうかと思っております。
  85. 小平芳平

    小平芳平君 これで終わりますが、もう一人は、台湾の男の人と結婚した人です。結婚したのは昭和二十一年です。四十二年に協議離婚をしているのです。この人がもとの日本籍に返ろうと希望しておりますが、中国には籍が入っていないということがはっきりした。で、離脱証明も得られない、そういう無国籍の者ができておるわけですが、現に。ですからこうした場合に、結婚による国籍の喪失、あるいは離婚によってまたもとの国籍に戻るということは、先ほどの国籍法のことでちょっとお尋ねして、局長は問題が別だと言われてお返事がなかったんですが、こういう結婚と、それから結婚による喪失、離婚によりまたもとの国籍に戻るというこの辺の手続はどうなっているのでしょうか。
  86. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 台湾の場合でございますと、韓国の場合と事情が若干違っております。二十一年に正式に婚姻届けをこちらで出しておりますれば婚姻は成立いたしております。したがいましてこの女性は台湾籍に入るべき筋合いでございます。したがいまして平和条約によって日本国籍をこれも失っておることが間違いないと思います。ただ台湾の戸籍に載っていないということでございますので、それは当事者がやっぱり台湾政府のほうにそのしかるべき手続をした上で、向こうに登録されるということになるわけであります。したがいましてこの場合には戸籍がないということは、現在の身分関係を証明する資料としては重要なものが欠けておるということになろうかと思うのでございますけれども、実体的に申しますと、婚姻によって日本国籍を平和条約と同時に失ったということになりますので、これも帰化の申請はもちろん実体法上は差しつかえないというふうにお答え申し上げてよろしいと思います。ただ、台湾の場合には、台湾政府の——中華民国政府の国籍離脱の許可が必要でございます。これが出ませんと、日本の国籍法上帰化を許すわけにまいりません。わが国籍法では、帰化を許すことによって従来の国籍を失うということが要件になっております。その辺が台湾の場合には若干韓国と違ったいきさつがあるわけであります。ただこの場合、先方の戸籍がないというお話でございますので、国籍離脱の手続が向こうでとれるかどうかということは、いろいろの手続を踏んだ上でやっていかなければならないかとも考えられます。
  87. 小平芳平

    小平芳平君 一般に日本の女性が外国人と結婚して国籍を喪失した。その外国人と離脱して日本の籍に戻るという場合に、前の旧国籍法のときのほうが、法務総裁の許可というふうにはっきりしていたけれども、現在はその点どのような扱いをされておられるか。
  88. 新谷正夫

    説明員(新谷正夫君) 現在は離婚によって当然に日本の国籍を回復することにはなっておりません。したがいまして、離婚は離婚、国籍の帰属は国籍の帰属、全く別立てになっております。したがいまして、離婚いたしましても、中華民国の国籍はそのまま保持したままの状態にとどまるわけです。日本人になるにはやはり帰化が必要であるということになると思います。
  89. 山田徹一

    理事山田徹一君) 他に発言もなければ、本件については本日はこの程度にとどめます。  本日はこれにて散会いたします。    午後一時四分散会