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1968-04-16 第58回国会 参議院 内閣委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十三年四月十六日(火曜日)    午前十一時一分開会     —————————————    委員異動  四月十日     辞任         補欠選任      大森 久司君     柴田  栄君      山本  杉君     館  哲二君  四月十二日     辞任         補欠選任      菅野 儀作君     大森 久司君      山本茂一郎君     栗原 祐幸君      片山 武夫君     向井 長年君  四月十三日     辞任         補欠選任      栗原 祐幸君     山本茂一郎君      大森 久司君     菅野 儀作君  四月十五日     辞任         補欠選任      向井 長年君     片山 武夫君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         井川 伊平君     理 事                 石原幹市郎君                 八田 一朗君                 伊藤 顕道君                 山崎  昇君     委 員                 菅野 儀作君                 山本茂一郎君                 前川  旦君                 多田 省吾君                 片山 武夫君    国務大臣        国務大臣     田中 龍夫君        国務大臣     増田甲子七君    政府委員        人事院総裁    佐藤 達夫君        人事院事務総局        職員局長     島 四男雄君        総理府人事局長  栗山 廉平君        総理府恩給局長  矢倉 一郎君        防衛施設庁長官  山上 信重君        防衛施設庁総務        部長       財満  功君        防衛施設庁施設        部長       鐘江 士郎君        防衛施設庁建設        部長       竹内 政樹君        労働省労働基準        局長       村上 茂利君        労働省安全衛生        局長       大野雄二郎君    事務局側        常任委員会専門        員        相原 桂次君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○国の防衛に関する調査  (米軍演習場に関する件) ○恩給法等の一部を改正する法律案内閣送付、  予備審査) ○国家公務員災害補償法の一部を改正する法律案  (内閣提出衆議院送付)     —————————————
  2. 井川伊平

    委員長井川伊平君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  去る十日、大森久司君、山本杉君が辞任され、その補欠として柴田栄君、館哲二君がそれぞれ選任されました。
  3. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 国の防衛に関する調査のうち、米軍演習場に関する件を議題といたします。関係当局から御出席なられました方は、山上防衛施設庁長官鐘江施設部長財満総務部長竹内建設部長、以上の方々でございます。  それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
  4. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 私は、群馬太田大泉米軍飛行場返還問題に関連するところの水戸射撃場、ひいてはいま問題になっております新島爆場、こういう一連の問題について二、三お伺いしたいと思います。  まず、いままでの経緯についてですが、赤城さんが防衛庁長官時代——年号を言いますと三十四年から最近まで約十年間、私は当委員会太田大泉飛行場返還問題を中心に、早急に返還すべき旨を主張して、政府を追及してまいったわけです。御承知のように、太田大泉米軍飛行場は、太田大泉地区首都圏整備法付近一帯工場地帯に指定されておること、そういうことも推進力となって、群馬百六十万県民は強力な返還運動を展開してまいったわけです。赤城防衛庁長官から現在まで約十年間たっておるわけですが、その間に防衛庁長官はもう十代もかわっておるわけです。それからちょうど十代になると思うわけですが、歴代の長官はこの国会の場で私に公約してまいったわけです。期日を明確にして返還すべき旨を公約してまいったわけです。たとえば当時の赤城さんは、三十四年の十二月です、たしか三十四年の十二月の当委員会で、おそくも明春三月までには返還できるようにするということを公約されたわけです。三十四年十二月で明春ですから、三十五年の三月のごろまでには返還できるようにすると、こういうふうに公約されたわけです。以下、江崎、西村、藤枝、志賀福田、小泉、松野、上林山と、それと現在の増田、こういう各長官にかわったわけですが、こういう問題がいまなお未解決のままにあるわけです。  で、太田大泉地元の住民としては、もう返還になるだろう、返還も近いからということで、返還後の準備をとり進めておったわけです。工場誘致も進めておった。ところが待てど暮らせど、さっぱり返還にならぬので、約束した工場も他にかえ地を求めて移動するとか、物心両面にわたってはかり知ることのできない損害をすでにこの長い間受けてきたわけです。  そこで考えなければならぬのは、一国の責任ある大臣が、しかも国会の場で公約したことが、こういう長い間たってもいまだ解決をしておらぬということについては、大きな問題があろうかと思います。これは、ことばをかえて言えば、行政の府が立法の府を軽視したことになるわけです。そのそしりは免れぬと思うのです。そこでそういう経緯を経ながら、水戸射撃場についても、隣接する東海村に原子力研究所ができたような事情も出てきましたし、また、米軍機の誤射、誤爆、こういう問題が相次いで国会でも問題になっている。これは何とか移さにゃあいかん、そういう気配がほうはいとして起きてきたわけです。そういうような経緯から、一昨年、いわゆる四十一年の六月末の長官米軍プレストン中将との間の日米共同声明が発表されたわけです。そこでもう共同声明も出たし、米軍も長い間拒否し続けてきた代替地を了解したということで、もう地元では返還も近いであろうということで、大車輪に返還後の諸準備を取り進めてまいったわけです。しかしながら、それからすでにもう二年を経過しているわけでありますけれども、依然として事態は動いていない。しかも最近の新島の情勢を見ますると、なかなかもって容易ならざる様相を呈している。地元の強力な反対東京都をはじめ十五都県にわたる漁業組合連合会が猛然と反対をしており、政府の一部でも反対をしている。こういうことで、この反対を説得するのに、もう相当時日を要するのではないかというような要素も含んでいるわけです。  そういうことで、ここでお伺いしたいのは、こういう障害が山積していることを、防衛庁、特に当面の責任は施設庁ですから、どういうふうに受けとめたのか。共同声明、そして米軍のいわゆる条件ですね、どんな気持ちで受けつけたのか、何とかなるという軽い気持ちでやったのか、これは一言にして言えば、新島の射爆場はとうてい実現しそうもないわけです、こういう悪条件がそろっておりますから。ここに問題があろうかと思います。そういうような条件は前からわかっておったわけですから、共同声明返還近しと見た向きもございますけれども、私はその当時から指摘したように、これは容易ならざる事態になってきたということで、その返還実現を危ぶんでおったわけです。一体政府はどういうふうに考えたのか、その真意のほどをこの機会に伺っておきたいと思います。
  5. 山上信重

    政府委員山上信重君) 太田大泉飛行場返還につきましては、ただいまお話のありましたように、昭和三十四年ごろから非常に強い御要望もございまして、政府といたしましては、米側とこの問題についていろいろ折衝もいたし、意向も尋ねただしてきてまいったのでございますが、アメリカ側は、これは代替地を提供するということであるならば返還することができるというような意向でございましたので、その返還のために必要な代替地というようなものをいろいろ検討いたしてまいったのでございます。たとえば相馬ケ演習場あるいは渡良瀬川の地域等もいろいろ調査検討した時代もございました。まあこれらの点につきましては、先生のほうが御存じだと思いますが、それぞれこれらの地域につきましてはいろいろ難点がございまして、どうしても実現することは、これはできないというような結果に至ったのでございます。その後、いろいろ検討もいたしてまいった結果、御承知の、昭和四十一年の六月に、松野プレストン共同声明におきまして、水戸の対地射爆撃場新島移転せられました場合は、太田大泉飛行場代替として水戸の現在の地域の一部を使用するということが了解せられたのでございます。この水戸の射爆場移転につきましては、これまた長い経過をたどってまいったのでございまするが、御承知衆参両院科学技術振興対策特別委員会等におきまする決議もございまするし、また原子力施設等の近隣にございまするという特殊事情もありまして、同じく水戸の射爆場移転ということを折衝いたしてまいった結果、ただいま申し上げたように、いろいろこれまた候補地をさがしましたが、むずかしい条件がございまして、どうしてもほかにない。新島に、この南端地区中心とする施設が取得できるならば、水戸の代がえ地として取得可能である、米側も応じ得るということになりました。したがって、水戸の射爆場移転できる、かつまた太田大泉長年の懸案でありました問題もこれによって解決できるということで、この共同声明が受けとめられたのでございます。  この共同声明におきましては、米側から、しからば新島南端に射爆場を設置するとして、その際米側が受諾し得る条件というものの技術的な検討をやって、それを日本側に提示するということに相なっておったのでございます。その技術的提案が、いろいろこちらも意見を申しましたが、最近に至りまして米側提案がなされてまいったものでございまするからこれを関係機関にお示しをして、そしてこれから関係機関十分協議もいたし、また地元ともいろいろ御意見も伺い、御協議もいたし、そしてこれが実現できるようにいたしたいとわれわれは考えておるわけでございます。ただいま、関係の向きなり、地元あるいは漁業協同組合等相当反対の御意向もあるように承っておりまするが、これらにつきましては、十分に事情を御説明いたし、そして皆さま方の御同意を得た上で、この長年の問題が解決できるようにいたしたいと、われわれは考えておる次第でございます。
  6. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次にお伺いしたいのは、新島に射爆場がもしできるといたしますと、その建設に伴う障害が山積しておるわけですが、その主要なものについて二、三お伺いしたいと思うわけです。  まず第一点として、米軍の過大な要求ということに対して、施設庁としては一体どう対処しようとしておるのか。特に土木工事ですが、たとえば、アメリカ側新島南端端々地区に設けようとする標的の地区については、大体標高百メートル近くもあるそうですが、厳格に言うと九十メートル余でしょう。それを約十五メートルの高さに削るためには、それだけで約四十億の巨額な費用を要する。しかも三カ年の期間がかかるであろう。こういうきわめて難工事であるわけです。それだけではないわけでして、その一例をあげると、そのことについてこういうことが言えるわけです。結局、百メートルに近い断崖を十五メートルの高さに、平地にならせというような要求をわれわれ日本人として見た場合、これはもう言語道断、まことにむちゃな要求ではないかということが言えると思うのです。あとで申し上げる、この地区は最近、従来国定公園であったものが国立公園になったわけですが、この断崖があればこそ、それが風景美の一要素になっておるわけです。それがもうめちゃくちゃになるわけですね。  それは後ほどお伺いいたしますが、そこで、ここでお伺いしたいのは、米側はまさしくそういう要求を出しておるようですが、施設庁はこの要求に対して一体どう対処するのか。こういうことをまずお伺いしたいと思います。
  7. 山上信重

    政府委員山上信重君) 土工事の問題でございますが、これは従来、水戸の射爆場は、土地の面積が約千三百万平方メートルという広さでございます。これに対して、新島端々地区中心とする面積は約二百万平方メートル、大体六分の一程度ということで、当初からそういう線で話をしてまいったのでございまするが、水戸におきましては、陸地が相当広いということで、この演習が、いろいろ安全性あるいは低空からの訓練等が、陸地の広さということによって補われてまいったのでございまするが、今回の場合は狭い地域演習せにゃならぬと、しかも海上から訓練をするということで、この安全性ということがきわめて大事なことになってまいるのでございます。海の上にいきなり九十、百というような高さのものが突出しているということはきわめて問題が——全然不可能ではございませんでしょうが、危険性が伴うというので、これをどうしてもある程度低くしてもらいたい、米側の最も希望するところでは、十メートルないし十五メートル、その範囲内でしてほしいというような希望もございましたが、いろいろ話し合いました末、ただいまのところでは、二十数メートルというところの高さでひとつ飛行試験をしてみて、よければこれでがまんしようというところまできた次第でございます。地域の性質上、地域が狭い、あるいは安全性というための必要から、このような要求が出たものと思うのでございまして、これにつきましては、ある程度どうしてもやむを得ないのではないか。これによって工期が相当かかるし、また金も相当かかりまするが、これは大きな目的を達するためには、ある程度のそういった作業も考えなければ、直ちにいまのままでということは、われわれとしては望ましいことではございまするが、簡単にはまいれない。そういうような結果がただいま提案されたような技術的提案内容になっておる次第でございまして、ただ、これらにつきましては、これで最後であって、もう一切動かさぬということともわれわれは考えておらないのでございまして、今後またいろいろ話し合いの上で適正なところに落ちつけるようにいたしたいという希望は持っておる次第でございます。
  8. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 いま御答弁の中で、米軍は二十数メートルのところまで譲歩したかのごとき御答弁があったわけですけれども、聞くところによると、米軍は、一応二十数メートル近くまで削っていって、その時点でこれなら安全性が保てるといった場合にはそれで了承しましょうけれども、そのとき危惧の念を持てば、さらに削り取られるということで、いま御答弁になったのは決定的ではないというふうに理解せざるを得ないわけです。ともあれ、いまベトナム戦についても戦局は和平の方向に向かっておって、世界あげて和平機運が強いわけです。こういう機運の中で、ここに射爆場をつくるということは、これはもう、ことばをかえて言えば、米軍戦争準備のための施設ということが言える。そのためには四十億という——それだけですよ、がけを平たんにするだけで四十億、三年も、何年もかかると、そういう実に難工事ですね。この難工事をここでやるという、こういう要求を、いま御答弁によると受け入れざるを得ないであろうと、そういうお考えのようですが、これはきわめて問題のあるところだと思うんです。  これはもう御承知のとおり、日本の国はこういう狭いところに一億の国民がうごめいておって、どこへ行っても山だらけ。なかなかもって米軍要求を一〇〇%受け入れるような軍事施設は不可能に近いと思うんですね。まあ一番いいのは、アメリカへ帰ってやれば、アメリカならもう膨大な高原、平原を持っているわけですから、それが一番いいわけですけれども、ことばをかえて言っても。とにかく日本にとっては、そういう米軍要求をいれることはきわめて不可能に近い問題ではなかろうかと思うんです。それをたんたんと引き堂けるようなことになると、これは容易ならざる事態になろうかと思うんです。関係するところはさわめて大きいわけですね。いまはただ単に米軍の過大な要求の一点にしぼってお伺いしておるわけですが、後ほどお伺いするいわゆる水域の問題、あるいはまた観光開発問題地元反対等と、そういうことをあげてくると、実に大きな問題になろうかと思うんです。  そこで、アメリカ側としても、ただあくまでも軍事施設一点ばりでそれをがむしゃらに通そうとすると、いまのような過大な要求になるということです。日本の国情、現代の世界の動き、そうしてまた国民感情、こういうことをもあわせ検討して、米軍としても十分そういうことを、高い次元に立った配慮があってしかるべきだと思うわけです。そういうことについて、施設庁としては一体どう考えておられるのか。今後の交渉にもそのことを頭に置かないと交渉できぬわけですが、ただ向こうの言いなりにならぬで、こちらもそういう事情を特に強調する必要があるんではなかろうかと、こういう観点からお伺いしておるわけです。この点どうですか。
  9. 山上信重

    政府委員山上信重君) たいへんごもっともなお説だと思います。ただいま私が申し上げましたのは、米軍側折衝しました経過と、その米側事情を申し上げた次第でございまして、当初十メートルといった希望を持っており、それらにつきまして種々工法の工事問題等につきましても、あるいはその他の問題につきましても、実情に合うようにというわれわれの意見も、米側におきましては現在まで相当取り入れて、今日提案がされてきたものではございます。しかしながら、先ほども申し上げましたように、これらにつきましても、なお今後工期あるいは予算等関係もございまするので、私どもはこれで最終的でなければならぬというふうな考えでは必ずしもなく、今後、米側ともさらに関係方面の御意見もお伺いした上で、折衝を続けて詰めてまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
  10. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次にお伺いしたいのは、第二の障害である、いわゆる海上水域制限についてお伺いしたいと思うのですが、新島の近海はカツオとかあるいはサバ、こういう面の非常に豊富な漁場ということがすでに定評になっておるのです。遠くは鹿児島あるいは青森、そういう遠くからも漁船が出漁しておるのが現状だと思うのです。その上米側は、新島には水戸の約六分の一、百九十八平米しか陸上面積が取れないことを理由にして、海上訓練のため出漁を禁止する制限水域については、水戸の約三倍の三百平方キロ、こういうものを要求しておると思うのです。この三百平方キロのうち、約百平方キロは常時制限水域とする、約二百平方キロは使用制限水域とすると、こういうふうな要求であろうかと思うのですが、この要求はそのとおりかどうかということと、いわゆる新島南端から南にはミサイル試射場制限水域があるわけですね。それは以前にもだいぶ反対闘争で世間を騒がした問題ですが、これは年に二十日程度使用禁止という制限もありますけれども、いずれにしてもそういうことをあわせ考えたとき、漁民生活は大きく脅かされるのではなかろうか、こういうことが言えると思うのですが、これも施設庁長官の先ほどの答弁から推すと、米軍の利益のためなら日本漁民の犠牲はやむを得ない、こういうふうに考えておられるのかどうか、もしそうだとすると、日本防衛施設庁は、一体日本の官僚かどうかというところまで問題が出てくると思うのですが、この点いかがですか。
  11. 山上信重

    政府委員山上信重君) 水域制限につきましては、ただいま提案されておりまする技術的提案では、いまおっしゃいましたように常時制限水域——常時と申しましても、必ずしも四六時中という意味ではございませんで、訓練時間がございまするから、その訓練時間以外の夜であるとか、あるいは土曜、日曜というような時期は、これは別に制限は課せられないと思いますが、一応それ以外の普通の場合は常時制限を受けるという意味の常時制限水域、それが百平方キロぐらいになります。それからそのほかに、使用するときは事前の通告によってのみ制限すると、これは年間そう多くなく、たいていの場合は航行や、あるいは漁業も可能だと考えられる地域が約二百平方キロというのが、ただいま米側提案内容でございます。これらにつきまして漁業者に与える影響がもちろん非常に大きいものと思います。  新島試射場設置の際もいろいろございましたので、われわれといたしましては、これらの地域が、これまた、これが最終的な広さだと必ずしも考えておりませんので、今後皆さま方の御意見を伺った上で、これらについてはさらに米側とも折衝いたしてまいりたいというふうには考えております。しかしながら、ある水域というものが、どうしても陸上面積が狭くなっておりますから、この安全性のために、相当広い水域が必要であるということは考えなければならぬと思うのでございまして、これに伴いまする漁業者の受ける影響ということも当然考えなければなりませんので、これらにつきましては、十分また漁業組合その他とも御相談いたしまして、その受ける影響を極力少なくするように当然配慮するのはもちろんでございまするが、影響が出ます対象に対しましては、適正な補償をまあ十分に考慮いたしたいし、また受ける漁業家あるいは組合等が、それだけで生活が立っていかないというような場合に、これらに対しましてわれわれの基地に関する——一昨年できました基地周辺整備法という法律を通していただきまして、この法律の趣旨は、周辺関係者に与える影響を少なくするということと同時に、民生の安定を十分にやるようにということでございまするので、こういった面からの施策も十分に施してまいる、そうして皆さん方の十分な御理解、御協力を得て、この実現をはかってまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
  12. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 施設庁として民生安定を考えておられるということは、たいへんけっこうなことですが、これは口では民生安定と言っても、先ほど来指摘申し上げておるこの水域、しかも三百平方キロのうち百平方キロについては常時制限水域になっておるというところにも問題があるわけです。これは東京都をはじめ遠くは鹿児島青森、そういう十五都県漁業組合連合会がこの水域に出漁しておるわけですね。その年額として水揚げ高は大体百億だといわれておるわけです。そうだとすると、そういうものを脅かして、なおかつ民生安定がはかれるかどうか、そういうところに大きな問題があろうかと思います。百億の水揚げとなると、漁民にとっては死活問題であることは言うまでもないと思うんですけれども、どういうふうにして民生安定をはかるのか、これはなかなかもつて容易なわざではなかろうと思うんですが、何か別にいい方法でもあれば別ですが、そういう水域制限して、なおかつ民生安定がはかれようかというところに大きな疑問を持たざるを得ないわけなんですが、それは口で民生安定と言うのはやさしいですよ。実際にこの水域を妨害するわけですから、なかなかもって容易な問題ではない。なまやさしい問題ではないと思うんですが、この点どうですか。
  13. 山上信重

    政府委員山上信重君) 関係水域が相当広くなりますれば影響するところも大きいので、これらにつきましてどういう方法にするかということは、今後漁業家あるいは漁業組合等とも十分御相談した上で必要な方法をとってまいりたい。生産性を高めるような施設等につきましても考慮いたさなければならない。また、単に金で補償するというようなことでは済まないと思いまするので、むしろそういったような施策を今後いろいろ御相談申し上げた上でやってまいりたい。  なお考え方の細部につきましては、施設部長からお答えさしていただきます。
  14. 鐘江士郎

    政府委員鐘江士郎君) この新島周辺で相当漁業の皆さまが影響をこうむるであろうということは、現在考えておりますことでございますが、具体的にしからばこの民生安定事業としてはどういうことを考えておるのかということでございましょうが、現在私どもが考えておりますのは、先ほど長官がお答えいたしましたとおり、一昨年制定された防衛施設周辺の整備等に関する法律、これ先生も十分御承知だと思いますが、第四条を適用いたしまして、相当この漁業の皆さまには事業経営に影響があろうと思います。したがいまして、この漁業の損失に対する補償ということは、これはもちろんでございますが、具体的にこの事業経営に及ぼす影響をカバーするためには、無線の取り付け、四条で漁業用の施設という項目があったことは、これは十分先生も御承知だと思いますが、この漁業施設といたしまして無線を取り付ける、あるいは指導船の建造について国が、防衛施設庁が助成措置を講ずるとか、あるいは最近は冷蔵庫あるいは加工所、こういったものにつきましても積極的に補助金を交付するというようなことも考えております。したがいまして、今後この新島でいろいろな影響を受けるという場合に、具体的にどういうものがよろしいかというようなことは、各漁業組合の皆さまとも御相談の上積極的に実施していきたいと、かように考えております。
  15. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次にお伺いしたいのは、観光開発に大きな障害があるという点です。申し上げるまでもなく、新島のある伊豆七島は従来国定公園でありましたけれども、最近国立公園に格上げされておるわけです。そういうことで、今後観光客も激増するであろうことは容易に予測されるわけですが、その国立公園のどまん中に危険きわまる射爆場があるなどということは、常識をもってはちょっと考え得られないと思うんですが、そういうような観点から、同じ佐藤内閣の厚生省では反対の意思表示をしているというふうに新聞は報道しております。この点は一体どうなのか。
  16. 山上信重

    政府委員山上信重君) いまお話しのございましたように、端々地区につきましては、国立公園地域の中に包含されておるのでございまするので、これの関係につきましては、関係の厚生省とも十分御相談した上で一われわれの考えといたしましては、観光開発にできるだけ支障のないように、公共の福祉になるべく差しさわりのないようにいたしたい。どういうふうに具体的にやるかというような問題は、今後厚生省あるいは関係の向きと十分御相談した上で協議してきめてまいりたいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
  17. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 同じく運輸省についても、この伊豆七島の上空が民間航空機の主要なルートに現在なっておるわけですが、将来かりに新島に射爆場ができたとすると、米軍機が厚木、横田などから新島に向かわなければならぬ。そういう場合にそのルートがどうなるのか。それはまだはっきりしてませんから今後の問題ですが、しかも仮定でありますから深く追及いたしませんが、これは大いに問題のあるところであろうかと思うんですね。同じく海上の航路についても、そこに射爆場ができたことによって、商船などはどのように迂回せざるを得ないかという問題も当然出てくると思います。これらの問題について、一体施設庁としてはどのように考えておられるのか。
  18. 山上信重

    政府委員山上信重君) 民間航空との関係あるいは海上航路との関係につきましては、これまた現在にありますものとの調整が当然必要だと考える次第でございまして、これらにつきましては、何ぶん技術的提案がなされて、各省に協議を始めたばかりでございまするが、これから十分に御相談いたし、必要な調整をはかってまいりたいと、かように考えておる次第でございます。
  19. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 その御答弁でこちら了承して次に進むという意味ではなく、時間的に制約がございますので、問題を保留して次の問題に入りますが、いろいろ障害があって、その二、三の問題について指摘申し上げましたけれども、何といっても最大の障害は、地元中心とする強力な反対があるということ、これはもういなめない事実だと思うんです。射爆場の予定地である端々地区の台地はほとんど村有地だと思うんです。村有地であって、その台地の所有者である村会では、再三反対の決議を上げてあろうかと思うんですね。これを押し切って建設するということになると、これはきわめて非民主的で、問題がますます大きくなろうかと思うんです。で、おそらく、こういうことをお伺いすれば、いや防衛庁は時間をかけて説得するというふうに答えるであろうと思いますけれども、なかなかもって一年、二年、三年、四年で説得できる筋合いのものではなかろうと思うんです。その点一体どういうふうに考えておられるのか、この点をお伺いしておきたいと思います。
  20. 山上信重

    政府委員山上信重君) 端々地区が村有地でもございまするので、これは当然新島村当局に御協議をいたさなければならないことは当然であると思います。そこで、ただいま新島村におきましては、この受け入れについて反対的空気があるということも伺っておりまするが、この射爆場の必要な現段階におきまして、われわれといたしましては、新島村とよくお話し合いをいたしまして、十分な御理解と御協力を得た上で実現をはかってまいりたい。決して強行するというような感覚ではございませんが、十分に村当局と今後話し合いをしてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
  21. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 この新島には基地設置反対闘争の実績があるわけです。これは去る三十五年に、同島に防衛庁ミサイル試射場建設された際、地元民は賛否両派に分かれて激しい闘争が展開されたわけです。しかし、もうあの当時で終わったのではなくして、その後の反対派は、同島の港から試射場に通じるいわゆる一本の村道の所有権、あるいは試射場内部の入り会い権、この権利は反対派の個人にあるとして、国及び村を相手に訴訟を起こしたわけです。その訴訟の結果は、これは東京地裁がやったわけですが、四十一年初めこの主張の大部分を認めておるわけです。認めて、国と村に敗訴の判決を下した事実があるわけですね。これは御承知だろうと思う。もちろん、国と村は敗訴の言い渡しを受けたから、目下控訴中と聞いておるわけですが、したがって控訴しても、また重ねて敗訴になった場合もあり得るし、そうでない場合もあり得るわけですけれども、こういう経緯があるわけですね。したがって、この控訴審は一体どういうふうに落ちつくかということも、その射爆場建設に重大な関係があるということが当然考えられるわけです。こういう過去の経緯を見ても、新島にこういう強引な建設ということは、とうてい簡単には考えられぬと思うのです。こういうような点について、施設庁としては一体どういうふうに受けとめ、考えておられるのか、この機会にお伺いしておきたいと思うのです。
  22. 山上信重

    政府委員山上信重君) 道路に対する入り会い権の訴訟の経過につきましては、いまお話のあったように、第一審で一部敗訴をいたしておるのでございまするが、これにつきましては、ただいま村当局と共同で控訴中でございまして、村当局の意向といたしましても、これは絶対に勝訴できるという意見でもございまするし、われわれとしても、そのような考えのもとにこの訴訟は処理してまいりたいというふうに考えておる次第でございます。  一方、ただいまお話のありましたような反対的な空気があるということも承知はいたしておりまするが、先ほど申し上げましたように、水戸の射爆場あるいは太田大泉のこういった演習場代替施設として、一体どういうところが得られるのかということを検討いたしますると、この横田あるいは厚木からおおむね二百キロ以内というような地域代替施設をさがすとすれば、ほかをどこをさがしても、いまのところ適当な候補地がないという現状でございまするので、われわれといたしましては、それらの点を十分に今後趣旨を説明いたし、また、御理解、御協力を得て、この実現をはかるように努力いたしたい、かように考えておる次第でございます。
  23. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 もしこの新島に射爆場建設されると、まあ仮定ですが、そういう仮定に立つと、米軍は将来ナパーム弾とか五百ポンドの爆弾、こういうものを使って実射をするという、そういう意向があるやに聞いておるわけです。その点については、施設庁としてはどういうふうに把握しておられるか、この際お伺いいたします。
  24. 山上信重

    政府委員山上信重君) 新島におきます訓練の態様につきましては、われわれといたしましては、現在水戸において行なわれておるものとそう大差ないものになるだろうというふうに理解いたしております。ただ、この細部につきましては、今後米側とも十分に協議してまいりたい、こういうふうに考えておる次第であります。
  25. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 この問題は深く追及しても、施設庁がそう答弁すれば、将来の問題ですから、ここでにわかに結論は出ないわけですね。これは将来重大な課題となろうかと思うのですが、ただ米軍が、一たん新島の射爆場ができると、これは米軍の権限内に入るわけですから、ナパーム弾を使おうと、五百ポンドの爆弾を使おうと、これはもう日本なんか、防衛庁とか施設庁なんか、全然問題にしていないでしょうから、どんどん強行するであろうことは容易に推察できるわけです。これは推察の時点です。そういうふうにここであなたのほうでやられないようにすると言うたところで、今後の問題ですから、これはまた課題として将来に残すこととして、さて、米軍側がこのように新島の百メートルの断崖を十メートル、十五メートルに削れなどというそういう一連の難題は、ことばをかえて申し上げますが、これはあまりにも誠意のない話ではないか、米軍側にほんとに水戸爆場返還しようとする誠意があるのかないのかということが疑われてくるわけです。この点、施設庁としてはどう考えておるか、伺いたい。
  26. 山上信重

    政府委員山上信重君) われわれとしては、米側の誠意を疑っておりません。米側といたしましては、水戸にかわる施設を提供してもらえれば返還するということはずっと申してきておりますし、四十一年の共同声明もございますし、その線に沿っていままで技術的提案についても検討を重ねてきたというふうに考えておる次第でございます。ただ、しかしながら、これらの問題につきましては、なお今後いろいろ折衝をし、そうして何とか国民の皆さんの御納得のいけるような線でひとつこれが実現できるように、今後われわれも最大の努力をいたしたい、かように考えておる次第でございます。
  27. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 まあアメリカ一辺倒の政府の立場からすると、誠意がないではないかと言えば、誠意がございませんとは言えないでしょう。したがって、この問題は深追いはいたしませんが、結局以上申し上げたように、断崖の地ならしとか、あるいは十五都県にわたる漁民への補償、あるいは射撃場の補助施設としていろいろなものが必要であろうと思います。米軍には連絡用の飛行場をつくらなければならないでしょう。また波止揚もつくらなければいかぬでしょう。そういうものを合わせると、大体百億以上になるであろうということを聞いておるわけですが、その点は一体両方合計すると、おおよそどのくらいの費用がかかるのかどうか、これは責任ある答弁をいただきたいと思います。  そうしてこの問題は、たとえば百億と仮定して、この百億は、日本側の要請による移転であるので、日本政府の全額負担にしろ、米側はそういうふうに解釈しておるかのごとく聞いておるわけです。これは、この点についても疑問を持たざるを得ないわけですが、そこでお伺いしたいのは、正確なところ、合計どのくらいかかるのか、これはもちろん予定でしょうから、施設庁としては現時点に立ってどのくらいかかる、それは責任を持って御答弁をいただくことと、日本の全額負担ということを了承しておるのかどうかということ、この二点についてお伺いしたい。
  28. 山上信重

    政府委員山上信重君) 具体的な所要の価額につきましては、今後算定を詳細にいたさないと、正確な数字ということは申せないかと思いますが、端々地区におけるところの土工事あるいは補助飛行場、あるいはその他の観測所等、補助施設を含めまして、全体でわれわれのいま予測している金額では五、六十億ではないかというように予測いたしております。なお、そのほかに漁業補償の費用等が若干あるであろうというふうな考えでおりますが、これはいまの大体の想定でございまして、必ずしも詳細な計算をいたしておりません。これらにつきましては、関係の方々のいろいろ御意見を伺った上で、具体的な姿がまとまってこないと、詳細な数字が出てまいりませんので、ごくラフな数字でございまして、恐縮でございますが、あるいは今後もう少し進行いたした暁におきましては、詳細な数字が出てくるかと思っておる次第でございます。  なお、この数字、この金額は、すべて日本政府が負担しなきゃいかぬかという問題でございますが、いまもお話のありましたように、元来この移転ということは、日本政府水戸並びに太田大泉返還をするための一つのやり方として、ぜひ移転さしてほしいということで申し出たものでございまするので、この経費につきましては、日本政府が、あるいは日本側が負担するのがたてまえというふうに考えておる次第でございます。
  29. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 いまの二番目の問題についてですが、日本側が要請したから日本が当然全額負担しなければならぬ、一応もっとものように聞こえますけれども、たとえば百メートルの山を十五メートルに削れという要求は、日本の要請ではないと思うんです。向こうの要求だと思うんですね。向こうが過大な要求をしておる。それだけ考えてみても不合理きわまると思うんですが、日本が百メートルの山を十五メートルに削らさしていただきたい、そうしてこちらへ移ってほしいと、こういう場合には、あなたの答弁されたように、日本側が全額負担せざるを得ないという理屈も成り立つわけです。しかし、百メートルの山を十五メートルに削れというのは、日本が要請したわけじゃないでしょう。アメリカ側の要請でしょう。そういう特別な要求、過大な要求をしておるわけですね。それでもなおかつ日本が全面受け入れなければならぬのか、これは大いに問題があるところだと思うんですが、その点はいかがですか。
  30. 山上信重

    政府委員山上信重君) 水戸代替施設をひとつ出してもらわなければ返還できないということが当初からの話の内容になっております。したがって、米側としては、水戸代替施設として、これならば受け取れる、これなら受諾できるというものを当方で提供しなければならないという意味合いにおきまして、代替施設として受け取れるものとしては、新島のいまのあの山のままではぐあいが悪い、削ってもらわなければ受け取れないというのが、米側の技術的な要求になっておりますので、内容は相当工事の量を伴いまするが、筋合いからいってはやむを得ないのではないかと思っておる次第でございます。  なお、私どもの、この提案になるまでの経過におきまして、われわれが航空自衛隊等の協力も得て現地を調査いたしたのでございまするが、訓練場として使うには、あのままではやはりぐあいが悪い、どうしてもある程度削らないと危険性があるので、これはやむを得ないのじゃないかというような技術的な判断をいたしておるような事情でございます。
  31. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 施設庁長官も視察をしてるとおっしゃるけれども、いろいろお尋ねする私自体も、かって新島上空を何回も旋回して、空中からつぶさにその状況を視察しておるわけです。したがって、いかにあそこを平たんにすることの難工事であるかということは、この目で確認しておるわけです。したがって、そういう観点に立ってお伺いしておるわけです。  さて、米側がこういうふうに、いろいろな障害があるものにもかかわらず、過大な要求をしてくる。で、施設庁がこれを受けて、かりに射爆場をここにつくったとしても、いま日本をめぐる世界の情勢は目まぐるしく変転しておるわけです。したがって、場合によると、そんな物騒なものをせっかくつくったけれども、そのでき上がるころには、もうそういうものは必要なくなるというような事態もないということは、だれも断言してないわけです。したがって、そういう事態もあり得るわけです。そういうことを施設庁としては考えたことがありますか。また、どういうふうにそういう世界の情勢ということに目を向けておられるか、この機会に承っておきたいと思います。
  32. 山上信重

    政府委員山上信重君) 非常にむずかしい問題でございますので、私が御答弁申し上げるのは適切かどうかわかりませんが、私なりの考えで御了承いただければ申し上げたいと思いまするが、ただいま、日本の安全保障のためには日米安保条約がどうしても必要であるという大前提に立って日本の安全保障を考えておるというたてまえからいたしますると、安保条約に基づくところの在日米軍の駐留ということが前提になっておる次第でございまして、これによって、この横田には米空軍が駐留いたしておる次第でございます。米軍の空軍の射爆撃訓練ということも、これはそういう施設がなければ、軍事力を維持するということもできないというように考えるのでございまして、したがって、ベトナム情勢の変化というようなことで世界の情勢は変わるといたしましても、さようなたてまえが変わらない限り、私はそういった在日米軍に対する射爆撃場の提供ということが必要と当然考えなけりゃならぬのじゃないかと思うのでございます。  なお、この射爆撃場につきましては、米側といたしましては、日本の航空自衛隊の共同使用も、これも差しつかえないという意見をとっているのでございまして、それこれ考え合わせまして、これらの施設が将来直ちに役に立たなくなるというふうな現在考えは持っておらない次第でございます。
  33. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次にお伺いする問題は、防衛庁長官にお伺いしたい問題でありますが、さりとて施設庁長官としても、このことを踏まえておかぬとわからぬ問題でありますので、ごく簡単にお伺いして、詳細は防衛庁長官御出席のおり、あらためてお伺いすることにいたします。  次に、お伺いしたいのは、防衛庁が、以上申し上げたようないろいろな障害が山積しておるにもかかわらず、特に施設庁としては、新島に射爆場建設しようという意欲を燃やしておるように見受けられるわけです。これは一体どういうことになるのか。在日米軍が将来——これは仮定ですが、有事駐留、これは仮定ですから重ねて申し上げますが、有事駐留などの形になって、日本から撤退するという場合も想定できるわけです、将来ですよ。そうなると、国内情勢から見て、水戸爆場を自衛隊がそのまま引き継いで使用するということはちょっと望めない。また東京から遠くない場所に自衛隊が独自で建設することもあまりにも抵抗が多い。しかしながら、いま問題になっておるこの新島なら、もし米軍が撤退した場合には、そのままこれを引き継いで使用できると、そういう防衛庁に公算が、考え方があるんではなかろうかということがここで考えられるわけです。あなたより、この際むしろ防衛庁長官にお伺いしたいというのはそのところです、防衛庁全体としてですね。そこでお伺いしたいのは、こういうことに対する施設庁長官としてのお考えを、この際お伺いしておきたいと思います。
  34. 山上信重

    政府委員山上信重君) われわれは別に有事駐留になった場合の措置として考えておるのではございませんで、在日米軍に提供する施設として、代替施設として新島は必要だというふうに考えて、ただいまいろいろ施策をしておると、こういう状況でございます。
  35. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 そこで最後にお伺いしたいのは、この新島の射爆場建設については、地元をはじめ、以上指摘申し上げたような障害が山積しておるわけですが、さてその反対を説得するだけでも、先ほども御指摘申し上げたように何年もかかるというような難問題であろうと思うんです。したがって、この問題が解決して、さて建設というようなことになるのに——もしもかりにそこまで好転したとしても、これは防衛庁から見て好転でしょう。われわれから見ると反対の立場ですから——そういうことになると、長い問、水戸爆場については、誤射、誤爆事件があって、国会の場で問題になって、そういうことも手伝って、水戸爆場返還しなければならぬ、こういう問題に発展したわけですが、水戸爆場返還にはならない。そうなりますと、私は最終的な目標としてお伺いしている太田大泉米軍飛行場も、これも国会でのしばしばの公約にもかかわらず、これも実現されぬということになるわけです。そうだとすると、これは繰り返し申し上げるわけですが、赤城さんから現在まで十代の防衛庁長官が、特に赤城さんから数代の長官は、この委員会でりっぱに期日を明確にして約束されておるわけです。そういうことになると、これはこのままでうやむやになってしまうわけです。もし新島に射爆場ができない——そういう公算が強いわけですが、そうなると、国会で公約したこの太田大泉飛行場返還の問題は一体どうなるのか、そういうことにまた戻らざるを得ないわけです。で、太田大泉飛行場返還については、国会の従来の問題としては、新島に射爆場ができたら太田大泉返還する、そういう公約では決してなかったわけです。だから新島には太田大泉関係なく返還されてしかるべきだ。ただ、防衛庁、特に施設庁の都合でただ新島を選んだわけですが、結局、太田大泉関係者新島がよかろうといって選んだわけではないわけですね。これは施設庁が選ばれたということになる。その施設庁考えは非常に甘過ぎて、意外に大きな障害にぶつかったと、これは五年や十年でちょっと解決されそうもない、こういう情勢で現在あるわけです。結局いずれは説得いたします、補償もいたしますと言ったって、その補償するには金がかかる、みんな税金で補償するわけです。そういうことになると、これはもう五年、十年、解決しそうもないわけです。そうなると、繰り返し申し上げたように、それでは国会で公約された太田大泉の飛行場の返還は一体どうなるのか、こういう危惧を持たざるを得ないわけです。  もうすでに十年近くになっておるでしょう。正確には八年何カ月かですけれども、公約してから、それがいまだに解決しないというような事例は、日本国会にちょっとないでしょう。私はこの問題を繰り返し繰り返しやるので、もうこの問題を出すと、またかと委員の皆さんが苦笑される。事ほどさように繰り返し繰り返しやってきた、解決しないから。政府が公約を実現すれば即座にやめるわけです。まだやめ得ない。残念ながら繰り返し繰り返し約十年間この委員会でこの問題に取り組んできたわけです。これは世界の議会史上を調べても、こういう事例はないと思うのです。一国の責任ある大臣が国会の場で約束したことで、これは食堂で約束したとか、廊下で約束したとかいうのと違う。この委員会の場で公約されたことです。それが十年近くもたっていまだに解決しないということは、非常に問題があろうと思う。こういうことでいいのか。これを要約すれば、最初も御指摘申し上げましたが、行政の府が立法の府を軽視しておる、無視しておる、そういうことにもつながるわけです。きわめて遺憾千万だと思うのです。何はともあれ、公約を実現して、新島のいかんにかかわらず、この太田大泉並びに水戸の射撃場の返還については、政府はもっと真剣に取り組んでもらいたい。そんな見込みのない新島と取り組んだって問題にならぬじゃないですか。結局、四十一年六月の共同声明なるものも、ほんの一つの隠れみのにすぎない。それで世間をごまかしたかのごとく、そういうふうに受け取れぬ事態になっておるわけですよ。この点は防衛庁長官に重ねてお伺いするわけですが、施設庁長官としては、そういう問題について、一体どういう考えを持っておられ、今後どういう決意のもとに取り組んでいこうとするのか。当面の責任者は施設庁長官あなたですから、あえてお伺いしておきたいと思う。
  36. 山上信重

    政府委員山上信重君) 太田大泉にせよ、水戸の射爆場を含めまして、これの返還実現するためには、代替施設を提供するということが、今日必要でございます。その代替施設としていろいろ検討した結果、現在では新島以外にないというのが実情でございますし、それに伴う技術的提案が要約されてきた段階でございますが、これは私は、いろいろ御意見もあろうけれども、いままでよりは一歩前進したと思っております。今後この問題につきましては、関係の皆さまとも十分御相談をいたし、御協議を申し上げなければならぬことは当然でございますが、われわれこの問題について真剣に取り組んで、そうして皆さまの御意見、またそれらは十分取り入れて、そうして皆さんの御同意を得て、この実現をはかれるように最大の努力をいたしたいと考えておる次第でございます。
  37. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 速記をとめてください。   〔速記中止〕
  38. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 速記をつけて。  午前はこの程度とし、午後二時再開いたします。  暫時休憩いたします。    午後零時十三分休憩      —————・—————    午後二時九分開会
  39. 井川伊平

    委員長井川伊平君) これより内閣委員会を再開いたします。  恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  本案は、去る四日、予備審査のため付託されました。  それでは、提案理由の説明を聴取いたします。田中総理府総務長官
  40. 田中龍夫

    国務大臣(田中龍夫君) ただいま議題と相なりました恩給法等の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び概要を御説明申し上げます。  この法律案による措置は、恩給年額の増額でございます。恩給年額につきましては、一昨年十一月、恩給審議会から当面恩給の増額は、緊急に措置するのが適当であるとの中間答申がなされました。政府といたしましては、この答申の御趣旨を尊重するとともに、六十五歳以上の老齢者、妻子である遺族、傷病者の置かれておりまする立場を考慮いたしまして、昭和四十二年法律第八十三号により、昭和四十年に改定された普通恩給及び扶助料の年額を、その受給者の年齢に応じ、七十歳以上の者については二八・五%、六十五歳以上七十歳未満の者並びに六十五歳未満の妻及び子については二〇%、六十五歳未満の者については、妻及び子を除き一〇%の増額を行なうこととし、また、公務傷病者にかかる恩給につきましては、増加恩給及び七十歳以上の者が受ける傷病年金については二八・五%、七十歳未満の者が受ける傷病年金については二〇%の増額を行ない、昭和四十二年十月から実施いたしたのであります。  しかしながら、最近の経済情勢にかんがみまして、昭和四十三年度も恩給年額の改善を行なうのが適当と考えまして、昭和四十年法律第八十二号により改定された恩給年額に対する昨年の増額率二八・五%のものについては三五%に、二〇%のものについては二八・五%に、一〇%のものにつきましては二〇%に、その増額率をそれぞれ修正いたしまして恩給年額の増額を行なうことといたし、昭和四十三年十月から実施いたそうとするものでございます。  右の措置のほかに、恩給年額の増額措置に伴いまして、普通恩給についての多額所得者に対する恩給停止基準を改めますとともに、その他所要の改正をいたすことといたしております。  以上がこの法律案提案の理由及び概要でございます。何とぞ、慎重御審議の上、すみやかに御賛同のほどをお願い申し上げます。
  41. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 以上で提案理由の説明は終わりました。  本案につきましては、本日はこの程度にいたします。
  42. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 次に、国家公務員災害補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。  本案は、去る十二日、衆議院から送付され、付託されました。  なお、提案理由の説明はすでに聴取いたしております。  それでは、これより本案の質疑に入ります。関係当局からの御出席は、田中総理府総務長官、佐藤人事院総裁、島職員局長、栗山総理府人事局長、大野労働省安全衛星局長、村上労働基準局長、以上の方々でございます。  それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
  43. 山崎昇

    ○山崎昇君 政府から提案されましたこの国家公務員の災害補償法の一部改正案についての提案理由の説明を見ますというと、本年一月三十日付で人事院から総理府に対し、国家公務員災害補償法の一部改正について要望がございました。そこで総理府としてはその要望にこたえてこの法律案提案をいたしましたと、こうなっているわけなんです。そこで、人事院総裁に私がお聞きをしたいのは、国家公務員法の二十三条によりますというと、「人事院は、この法律の目的達成上、法令の制定又は改廃に関し意見があるときは、その意見国会及び内閣に同時に申し出なければならない。」という規定があります。さらに国家公務員法の百八条を見ますというと、第百七条の退職年金制度の項を受けまして、「人事院は、前条の年金制度に関し調査研究を行い、必要な意見国会及び内閣に申し出ることができる。」という規定になっておるわけです。そうすると、人事院から総理府に対して改正についての要望があった、国会については一言も何の話もない、そうすると、この国家公務員法の二十三条と百八条から関連をして、これは人事院としての意見なのか、単なる要望なのか。この辺まず法律的な見解を聞いておきたいと思うのです。
  44. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) なかなか鋭い御質疑だと思いますが、私どもの一般的な考え方は、われわれの考えておる法令改廃についてこうしていただきたいという願望を表現する方法は、実はいろいろあると思います。これはもう御承知のとおり、事実上の行動までも加えればいろいろあると思いますが、したがって、結論はその願望が聞き届けられればいいのでありまして、したがって、そのときに応じて適切な表明方法を採用してまいっておるわけであります。確かにいまの二十三条には、意見国会、内閣に申し出なけりやならぬという非常に強い表現をしておりますが、これ、も一つの方法だと思いますけれども、これは他の方法をも禁止したものとは思わないと思うわけであります。ただいま御審議を仰ぎますこの今回の案のごときは、実はまあそう言ってはことばが過ぎるかもしれませんが、非常に技術的な内容でございまして、各方面いずれにも万々御異存のないように、ちょっと刺激を加えておけば、りっぱにこれを成立をさしていただけるというようなものだと思いますが、大だんびらを振りかざして、国会、内閣に御報告を申し上げるというようなはでな形はとる必要はございません。あまり何から何までそういったはでな形をとっていますと、ことの大小にかかわらず、ああまた勧告かというようなことになる危険性も十分、そういうこともあり得ると思いますので、事に応じて適切な措置をとっておりますというのがお答えでございます。
  45. 山崎昇

    ○山崎昇君 ことばは過ぎかもしれぬけれども、軽いことだから人事院としてはこういう措置をとった、こういう見解なんですね。それなら二十三条と百八条というのは、一体どういう事柄のときに、どういうときにこれを発動するのですか。わざわざこの規定では明確にきちんとなっている。それも勧告はありません。これは改廃について調査研究をしたりして、人事院としては一定の方向が出たら、そしてそれを法律的に措置をしようというときには、内閣と国会に対して意見を述べなさいと、こうなっている、だから、私は人事院の第一番目にやるべきことは、二十三条ないし百八条に基づいて当然意見を出すべきであって、それに基づいて政府政府なりの見解を整える、国会国会で、人事院のそういう意思というものをどういうようにするのかということを整えるべきだと思う。今回の私は人事院のやり方を見ていると、事務総長から正式に文書が行っているのですね、総理府に対して。ならば、なぜ国会に出さないのか。それは事柄が簡単だから、やり方は一ぱいあるからやらなかったのだ、それは総裁の答弁としては私はいただくわけにいかない。あくまでやっぱりあなたのほうの義務としては、自分でつくった法律にちゃんとのっとってやってもらいたい。もしもあなたの言うような簡便な方法をとるというなら、せめて常任委員長なり、あるいは理事なりに、こういう方向で今回やりたいと思いますと、したがって、それは二十三条には直接関係はしないでやりたいと思うなら思うとか、そういう話が私はあるならまだいざ知らず、私のほうが規定上で問題を聞けば、そんなことをやらぬでもいいのだという答弁では、私はやっぱりあなたの答弁として聞くわけにいかない。したがって、今回はそういうことでやったけれども、今後そういうことはいたしませんならいたしません、あくまでも二十三条なり百八条でやるならやる、そういうことを明確にしておいてもらいたい。
  46. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) たしかおととしでありましたか、やはり災害補償の改正をお願いいたしましたときは、おととしの場合は相当これは重要性のある、また実のある改正でございましたために、国会及び内閣に対して意見の申し出の形をとった。この公務員災害補償法の従来の経緯を見ましても、そういう形をとっておる場合と、そうでない場合とございますし、やはりこれはいたずらに硬直化するべきことでもないし、事の大小に応じて措置をするのがよかろうという気持ちで、今回かような措置をとりましたことは、これは先ほど述べましたとおりであります。  御趣旨はよくわかりますが、やはり先ほどもちょっと触れましたように、すべて勧告勧告というよりは、皆さんがこれはぜひというようなことで大きく取り上げていただけるような事柄に限るということも、一つのまた意味のある方法じゃなかろうかという気もいたしますし、今後いまお話のように、これをすべて二十三条に基づいてやりますと、ここでお約束申し上げるのもいかがかと思います。したがいまして、そのつどいまの山崎委員の御批判のようなことをお述べいただくことは、これはもう甘んじてお受けいたします。また、そのつど御説明申し上げるということでいかがでございましょうか。
  47. 山崎昇

    ○山崎昇君 総裁からいかがでしょうかなんて言われても、私は、はいよろしゅうございますということになりません。それなら総裁、百八条の規定はどうしますか、二十三条がそれほどものごとの大小でどうだと言うなら。百八条はこうなんですよ。「人事院は、前条の年金制度に関し調査研究を行い、必要な意見国会及び内閣に申し出る」と、こうなっている。それであなた方は、労災保険法なり労働基準法なり、関係する法律との関連について調査研究をして、国家公務員についてもそういう内容は変えたほうがよろしいとあなた方研究されたわけでしょう。その結果については当然やはり内閣に意見を出すならば、国会にも出すべきだと思うんです。それは事柄が小さいからやらなくてもいいんだという、そういう法律の運用は私はやめてもらいたい。ですから、やり方はあなたの言うように、文書で出す場合もあるでしょう。あるいは事前に内閣委員長等に、国会の役員に対して言う場合もあるでしょう。その方法論について私はそうやかましく言うつもりはありませんが、いずれにしても、一番法律をまじめにやらなきゃならないあなた方が、二十三条なり百八条に違反をしてまで適当にやっていいということを認めるわけにいきません。ですから、二十三条できついというならば、百八条を守ってもらいたい。私の気持ちから言えば、二十三条もしくは百八条というものは、もっと厳格に守ってもらいたい。事前に国会に対して十分あなた方の研究の成果というものを述べてもらいたい。私どもは私どもの立場から十分に研究してみたいと思うんです。そういう時間的余裕があっていいんではないか。そういう観点から責めているんであって、ただいたずらに人事院のやっていることを批判しているわけじゃないんです。ですから、あくまでも人事院総裁答弁としては、二十三条もしくは百八条に従って今後やります、そういう答弁でなければ、私承服できません。
  48. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) 百八条は退職年金の制度のことでございまして、ちょっと本件の問題とはねらいの対象が違いますので、二十三条のほうでひとつお伺いしたことにしておいてよろしいと思いますけれども、いまお話の点はよくわかりますので、そして、何も今度とりました措置が、国会をないがしろにして、内閣だけを立てたというようなものでは全然ありませんので、文書をごらんになれば一おそらくごらんになったと思いますけれども、事務総長から総理府の副長官あてなんです。ほんとに事務的に連絡をしただけのことで、そういう、国会に対する関係を軽視したとかいうことは毛頭ありませんから、その点は十分御了承願いたいと思います。
  49. 山崎昇

    ○山崎昇君 総裁ね、私は何も意地悪く、国会を軽視したとかどうとかという意味で言っているのではないのです。けれども、あなたはやはり国家公務員やるなら、百七条見てくださいよ。これは退職年金だけではありませんよ、公務員が公務災害した場合のことも含んでいます。それを受けて百八条は、前条の年金制度について調査研究した場合には国会と内閣、こうなっている。だから今回の本件についてだって当然関与されてくるわけです。そういう意味で私は、百八条と二十三条というものを重視してあなたにものを言っているわけですから、したがって、いまの人事院総裁答弁では、私はやっぱり納得できない。だから、いたずらにただ国会を軽視したとかどうとかという意味でなしに、今後やっぱり内閣に言うならば、調査結果については当然国会にもそういう意見が反映するようにしてもらいたい。そういう答弁でなければ、私はやっぱり了承できない。
  50. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) まあ二十三条、それから百八条は——ともあれそういう精神が百八条に出ているわけでございますから、そういう基本的な精神というものは、これはわれわれも十分念頭に置いて行動すべきであろうということは言うまでもございません。それからなお、それにしても、成規の手続をとらないにしても、ある程度の連絡ぐらい必要ではないかというおことばは、これまたよくわかりますので、まあ機械的にここでお約束申し上げるということもなんでありますけれども、やはりそういう気持ちで今後は臨んでいくのが、万事円滑ならしめるゆえんではないかという気持ちを表明させておいていただきます。
  51. 山崎昇

    ○山崎昇君 その問題は、総裁からいま気持ちを聞かせていただきましたから、それ以上私は深入りしません。  そこで、今度の法律案に関連をして二、三、少し基本的なことで公務員の災害補償についてお聞きをしたいと思います。  第一は、災害補償法の十二条に休業補償というのがあるわけですね。そこでこの休業補償を見ますというと、「職員が公務上負傷し、又は疾病にかかり、療養のため勤務することができない場合において、給与を受けないときは、国は、休業補償として、その勤務することができない期間につき、平均給与額の百分の六十に相当する金額を支給する。」と、こうなっている。そこで私は、公務員が公務で負傷するわけでありますから、当然生活は国家で補償しなければならぬと思う。そこでこの百分の六十という規定ができたときの私は論議は知りませんけれども、百分の六十では、公務の災害補償としては私はどうも納得できない。具体的に言えば、この休業補償の百分の六十というのは、百分の百にすべきではないか、こういう見解をとるわけです。そこで人事院として、その十二条の休業補償についてどうお考えになっているのか、意見をまず聞きたいと思います。
  52. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) ただいまの御質問は、共済等におきましては、確かに給与の百分の八十を支給することになっております。この規定だけを見ますると、百分の六十と百分の八十の差がございまして、公務員のは非常に、災害補償の場合、公務災害にかかった場合、非常に不利ではないか、こういう御質問かと思いますが、一般に職員が公務災害を受けますと、在職中でございますと、大体病気休暇または休職の形をとります。その場合には給与は全額払いますので問題はないと思います。問題はまあ退職してからの問題と思いますが、そういうこともございまして、実は私のほうでは四十一年の七月一日に休業援護金制度というものを設けまして、これは福祉施設として設けたわけでございますが、常勤職員につきましては百分の二十の上積みをするということによって、そのような不利のないようにという趣旨でそのような制度を設けたわけでございます。したがって、いまのような共済に比べて不利であるということは、現実問題としてございません。
  53. 山崎昇

    ○山崎昇君 私のお聞きしているのは、共済と比較して聞いているのではない。公務上負傷をして本人が給与を受けないときには、国家はその者に対して、「その勤務することができない期間につき、平均給与額の百分の六十」を支給すると書いてある。だから第一の原因は、公務上の負傷だということです。公務上の負傷ということは、当然その者の生活を保障するということでなければ意味をなさないわけです。  第二は、ここに書いてあるように、ほかから給与を受けない場合ですね、十二条の休業補償というのは。さらに、その勤務することができない期間だけは生活を保障しましょうと、こう言っているわけですから、ですから当然私は公務上の負傷である限りは、国家でその者の生活は、勤務できたときと同様の保障をすべきではないかという見解をとっているわけです。さらに私は、あなたがいま言われるような他の法律と関連をして言えば、たとえば公務員法でいっても、公務員が刑事事件にひっかかったときですら休職補償として百分の六十出しておる。百分の六十というのは悪いことをやったときと同じレベルではないですか。そうではなくて、一般公務員がたとえば結核の場合は二年間は百分の八十を休職補償としてやる、そういう制度になっているわけです。ですから、公務員が公務によって負傷を受けた場合に、その補償額が百分の六十というのは低過ぎないか、当然国家で全額見るべきでないかという私は考えをとるから、この百分の六十というのはどうも納得ができない。ここで、まあ今度の法律案の改正ではありませんから、すぐここでどうこうという意味ではありませんが、基本的なものの考えとして人事院はやっぱり検討すべきではないか。  そうでなければ、公務員というのは他の服務その他ではかなり重い規定になっており、重い任務を背負わされているわけですね。そして、一生懸命仕事をして、公務によって負傷した場合だけは悪いことをした者と同様のレベルで生活保障がなされるということについて、私はやっぱり片手落ちだと思う。そういう意味でこの規定は少し、改正するという問題でないにしても、当然国家がその者が勤務しておったときと同様のせめての生活保障をすべきだと、こう私は思うので、百分の六十は百分の百にすべきだと思うのですが、あなた方の見解を聞きたい。
  54. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) ただいまの先生の御質問の趣旨は、これはむしろまるまる全部見るべきじゃないかという御趣旨かと思うのでございますが、これはILOの条約でも百分の六十ということになっておりまして、この種の社会保険立法はすべて百分の六十ということになっております。そういうような関係もございまして、先ほどの私傷病のために休業する場合とかは給与の百分の八十出るという点から見て、若干少な過ぎるという感じもございましたので、特に福祉施設として休業援護金制度を設けましてその上積みをしたい、このようなことでやっておるわけでございます。
  55. 山崎昇

    ○山崎昇君 それは法体系が違うですよ。私の言っているのは、国家公務員災害補償法でやるべきだと言っているのです。いまあなたの言われたことも、一九二五年の第七回の国際総会での、公務不能な場合の補償は平均収入の三分の二とするという決議のあることも知っています。それを受けて、従来日本の労働災害に対しては、かつての工場法によっても大体六〇%ラインだということも知っています。しかし、それといまの現状とは、私はだいぶ違うのではないかと思うわけです。それに加えて、先ほど来申し上げたように、自分の都合で傷を受けた場合であっても、結核の場合には二年間まで休職補償として百分の八十出す、その他の場合も百分の八十出す、刑事事件にひっかかって休職になった場合でも百分の六十ではないですか。国家が補償しているではないですか。何もほかの基金でやっているわけではないです。だから当然公務上の災害を受けて本人が生活を失うわけですから、ある意味でね。その場合には国家として当然この補償法に基づいて、勤務していたときと同様の生活を維持さすべきではないか、当然そう考えるべきではないかというのが私どもの見解なんです。  ですから、先ほど来何べんも申し上げていますが、いますぐこの規定をどうこうせいという意味ではありませんが、当然人事院は公務員のそういう生活安定を考えるというなら、この規定について将来検討するとか、あるいは私どもの主張を幾らかでもあなた方そうだと思うなら、そういう方向に持っていってもらいたい。どうですか、調査研究されますか。
  56. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) おっしゃるところ一々御同感でございますればこそ、いま局長が御説明申し上げましたように、何とかしたいというところから、この福祉施設というのが、災害補償法の一つの働きとして福祉施設という形で、休業援護金の百分の二十というものを出しておるわけであります。お話のございました根本の趣旨は、われわれも十分理解しておるという証拠になるわけでありますけれども、さらにもうちょっとすっきりした形でできぬかというお話も、これもわかりますので、タイムリミットをつけてどうということにはなりますまいけれども、そういう気持ち検討することはけっこうだと私は思っております。
  57. 山崎昇

    ○山崎昇君 私は重ねて人事院総裁に、検討したいということですから、要望したと思うのですが、もちろん公務員の給与体系にしろ、それから、この種の災害補償にしても、民間のものと全く離れたことをせよとか、日本全体の社会補障制度から全く公務員だけかけ離れるなんてことは申し上げません。ただ人事院のやっていることや政府のやっていることを見ますと、民間でこうだから公務員はこうだという、何かそういう考え方だけでこういう問題も扱われ過ぎているのじゃないか。もっと公務員なら公務員に対してどうあるべきかということについては、真剣に私は検討してもらいたい、そういう段階にきておるじゃないか。そうでなければ、公務員に対してはかなり重い任務を預け、そうしてかなりきつい服務規律を負わせながら、片っ方の給与関係を見れば、何か民間並みであり、あるいは民間のあとからついていく、こういうことでは、下級公務員というのは喜んで公務に殉ずるという精神になかなかなってこない。そういう意味でも、特に病気になった場合、公務のためにからだをこわした場合には、国家はあなたのからだは守ります、あなたの生活を保障します、そういうことがあって、初めて私は公務員というのはもっと真剣に仕事するようになると思うのです。そういう意味で、いま総裁から検討したいということですから、これ以上追及しませんが、ぜひこの問題については検討してほしいということを重ねて要望して次の質問に移りたいと思うのです。  その次にお聞きをしたいのは、第十七条の十のいわゆるスライド制の規定についてお聞きをしたいと思います。  この問題は、おそらく公的年金制度連絡調整会議でも検討をされ、あるいはまた恩給審議会からの答申等とも関連をして、人事院でもいろいろ検討されていると思うのですね。ところが、恩給等についてはかなりの何回かの給与改定が行なわれております。しかし災害補償については何の改定もないのですね、この法律ができて以来。そうして十七条の十の規定を見るというと、額の改定をするべき条件として三つあげられているわけです。その第一は、国民生活水準が変わったときに、第二は国家公務員の給与が変わったときに、第三は物価その他の事情に著しい変動があったとき、こういう状態になっているわけですよ。そうして恩給審議会の今回の答申を見れば、消費物価が五%以上上がったら恩給額は改定すべきじゃないかという趣旨のことが答申として出されております。こう考えてみると、公務員の災害補償の場合のスライドについても、当然国家公務員の給与が毎年いま変わっております。あるいは国民生活水準についてもかなり前進をしている。あるいは消費物価を見ても毎年少なくて五%、多ければ七、八%上がっている。こういう状況等を勘案すれば、当然災害補償額の改定ということがあっていいはずだと思います。それが一ぺんもなされていないという意味で、この十七条の十をいつどういう形であなた方は実施されようとするのか、あるいはどう運用されようとするのか、お聞きをしたい。
  58. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) 大体問題点を十分御理解の上での御質疑であるわけですが、恩給の関係のいわゆるスライド条項がまともに発動するときになった場合は、われわれのほうもやはり腰を据えて考えなければならないということでございますけれども、ただいまおことばのありましたように、恩給ばかりでなしに、周辺のいろいろな公的年金何とか協議会ということも十分御承知の上でお尋ねになっておるので、そういう点の関係もございますので、私どもとしては、何もこれをのんびりとくぎづけにしておこうという考えは毛頭持っておりませんので、できる限りの実質的な手当はしておるつもりでございますけれども、なおそういう周辺を見渡しつつ、御指摘のような方向に持っていきたいという気持ちでおるわけでございます。
  59. 山崎昇

    ○山崎昇君 私のほうも、どうもあなたのほうで何かが起きたらやりたいと思いますという程度答弁で、なかなか責めにくいわけですけれども、しかし、いろいろ私どもも関係法律を調べてみますというと、どうもいま置きざりにされているのは、公務員の災害補償関係のスライドだけが何もなされていない、一ぺんも上がっていない。そのほかのものは、わずかながらといえどもかなり是正措置が講ぜられておるわけです。何べんも言うようですけれども、一生懸命に公務をやって、公務によって病気になった者が何か見捨てられる、あるいは世の中からおくらされていく、こういうことでは、やはり私はたいへんだと思うのです。ですから、この十七条の十の規定を、もう少しやはり真剣にあなた自身で考えていただきたい。そして公務災害を受けた者が、安心して療養につとめて、再度職場に復帰をする、やはりそういう方向でなければならぬと私は思うのですね。  そういう意味でいうと、いまの答弁だけでは私はどうしても納得できないし、もう少し具体的にお聞きをすれば、労災保険法の附則の十六条を見れば、これまた平均給与額の百分の百二十以上云々、こうあるのですね。そこで具体的にお聞きしたいのは、この十七条の十の規定と、労災保険法にいう附則の十六条の平均給与の百分の百二十が変わった場合に、スライドというものを考えてもよろしいのだという規定があるわけです。そこで人事院としては、この両方の規定を見て、もちろん災害補償法が優先するのだと私は思うのですけれども、しかしあなた方の思想の中には、労災保険法なり健康保険法なり、他の法律との均衡ということがかなり頭の中にあると思うので、そういう意味からいって、十七条の十の運営というものをもっと具体的にどうされるのか、私はお聞きをしておきたい。
  60. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) 御指摘の条文は、前回御審議をいただきましたときの法律に入ったわけでありまして、その節も相当皆さまから、叱吃激励を受けたわけであります。これは十分肝に銘じて臨んでおるわけであります。したがいまして、決してうしろ向きに考えて臨んでおるわけではございませんし、周辺をあまり見回さずに飛び出すというわけにはまいるまい、その中間のところで常に考えておるということで御了承いただけたら幸いだと存じます。
  61. 山崎昇

    ○山崎昇君 中間のところでという御答弁ですが、あなたのことばじりをとるわけではありませんが、何か人事院というのは、どこかでやったら自分のところもまた中ぐらいとかうしろからついていこうとか、私はそういう考え方がどうしても納得できない点があるのです。ですから、ほんとうにあなた方は公務員の公務災害というのが重要だと思うならば、なぜ人事院自身で前進したものを考えないのかということになってくるわけです。それからいま申し上げた労災保険法の十六条と十七条の十と並べてみて、これはどうなりますか。これは私の理解が誤っておるとすれば困りますから、もう少し法的な見解を聞いてもいいと思うのです。
  62. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) 労災保険の場合には、労災保険法の附則の十六条にございますように「毎月勤労統計における全産業の労働者一人当りの平均給与額が当該負傷し、又は疾病にかかった日の属する年における平均給与額の百分の百二十をこえ、又は百分の八十を下るに至った場合」、つまり二〇%の増減があった場合に改定する、こういう規定だと思います。確かに国家公務員の災害補償法の、いま御指摘の十七条の十の規定は、非常に抽象的な規定で、どのくらいの変動があった場合に変えるのだという保障が何もないじゃないか、確かに御指摘のとおりその保障はございませんが、ただ平均給与額の算定のところで、その辺は多少てこ入れの規定がありまして、たとえば災害補償法の四条の四項の規定がございまして、この平均給与額が著しく公正を欠くに至った場合の計算について人事院規則でいろいろきめております。たとえば、人事院規則をどういうふうに規定しておるかというふうに見てまいりますと、人事院規則の十六の〇というのがございますが、この規定の中で、たとえば第七条の第三項の規定がございまして、ここで「補償を行うべき事由の生じた日を採用の日とみなして」云々という規定がございまして、たとえば休業補償の場合には、現実に休業補償を受けたときの時点で平均給与額を計算する、したがって、その方がかりに十年前にやめた、あるいは五年前にやめて、非常に給与のベースが低いときにやめた方であっても、現実にその休業補償の給付を受けるときの時点を採用の日とみなして、そこで計算をいたしますので、現実にはいま言ったようなベース改定による分はある程度カバーできる、このように考えてやっており、また、実際そのような運用をしておるわけでございます。さらに七条の五項を見ますと、「平均給与額が著しく公正を欠く場合の平均給与額は、実施機関が人事院の承認を得て定める。」、こういう規定がございまして、実施機関において、これが何ぼ何でもひど過ぎるじゃないかというときには、人事院の承認を得て適当な平均給与額を出す。それによっていま申したような物価の騰貴あるいはベース改定による変動についての不利はカバーできる、このように私ども運用してまいっているわけでございます。
  63. 山崎昇

    ○山崎昇君 いま詳細な御説明を聞いて、労災保険法の附則の十六条にいう事項については私もわかっております。そこで、先ほど来聞いているのは、それと災害補償法の十七条の十の規定の運用との関連はどうなりますかということを聞いておるわけです、第一に。そこで私は、当然国家公務員災害補償法ですから、十七条の十の規定のほうが優先すると思うわけです。いずれにしても、これに従いましてあなた方はやはりスライドということを考えなければならぬことではないか、こう思うわけです。その場合のスライドする場合の要件とは何かというと、さっき読み上げましたように三つしかない。そこで現実にこれを私ども見ると、ここ昭和三十五年以来、公務員の給与は何だかんだといっても五割以上上がっておる。あるいは物価については、これまた四、五割に近いくらい上がっておる。国民生活水準も、これはなかなか平均してはかることができないにしても、実感としてはかなり上がっている、こういうふうに受ける。そうなれば当然私はこの十七条の十というのは、具体的に運用する方法について人事院は考えておかなければならぬと思うのだが、今日まで一回もないんです。そういうことは聞いてない。そこへ先ほど指摘したように、恩給審議会からの指摘としては、消費者物価五%上がった場合には考えなさいという内容のものが出てきておる。そういうときだから、当然この十七条の十の運営についてはどうされるのか、具体的に。それをあくまでもいま説明のあったような、労災保険法の附則の十六条の考え方でやるのか、災害補償法の十七条の十の規定でやるのか、その辺をまず一つ明確にしてくれということなんです。それと、十七条の十でやるとすれば、具体的なことを人事院はどう考えておるか、この点を重ねて聞いておきたい。
  64. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) 十七条の十に対する考え方については、先ほど触れましたとおりでありますが、いま局長がお答えしましたのは、ほかにそれに実質的に準ずるような措置が、道がありますよと、しかも、それは十分頭に入れて善処してきておりますということを申し上げておるわけであります。まあ、はでな形をとるか、じみな形をとるかという表現もあるいはできるかもしれませんけれども、はでな形をとるためには、先ほど申しましたような、いろいろな資料の濃さというとまたしかられますけれども、現実にそうであります、そういうことでいったほうがよかろうと、まあ一言にして言えばそういうことに尽きることでございます。
  65. 山崎昇

    ○山崎昇君 そうするとあれですか。十七条の十の規定というのは、これはなかなかはでな規定みたいに総裁言われるわけですね。しかし、私ははでだとも何とも思っていない。全くじみな規定だと思うんですね、これは。そこで十七条の十にこだわるのは、ではどういう形でこれをいつあなた方は具体化しようというのか、あるいはいま研究されているなら、発表できる範囲内で発表してもらいたいし、そうでなければ、私はこの十七条の十というのは死文にひとしいわけです。そこで今日まで、先ほど来何べんも言いますように、ただの一ぺんもスライドされていない。とにかく災害補償法による給与としては一回もスライドされたことがないんです。だから、そういう意味でいうと、十七条の十というのは死文にひとしいわけなんで、これを生かすためには、あなた方が具体的にどうしようとしているのか、もう少し私は聞きたい。
  66. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) はでとかじみとかいうのは、ちょっとボキャブラリーの乏しさを露呈したことになりますから、これは撤回しておきますが、要するに、この十七条の十の場面ということになりますというと、先ほどはでなと言いましたのは、やはり周辺との関連も相当濃厚にある事柄であってという意味も含めたということであったつもりでございます。要するに、他の公的年金制度というものとの関連をも無視して、公務災害のほうだけが先に飛び出すわけにもいかないということがやっぱりありますので、これも先ほど触れましたようなことで、それは他の年金制度、公的年金制度との均衡をも勘案しながら十分検討してまいりたいと、こういうことに尽きることでございます。
  67. 山崎昇

    ○山崎昇君 それでは総裁ね、これはすぐ人事院の所管でもありませんし、何でもないんだけれども、ものの考え方としてお聞きをしておきたいんだが、恩給審議会から出ているのは、消費者物価が五%以上上がった場合には当然考えていいじゃないか、こういう内容になっているんですが、そういうものの考え方について、もしもあなたが十七条の十の規定を今後運営するとすれば、そういうことを基底にしてやろうという意思はありますか。あるいはそういうことが人事院としてもやはりやっていいのではないか、こういうお考えがあるかどうか、聞いておきたい。
  68. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) いまの物価だけでいいのかどうかという問題は、これは私ども第三者ではありますけれども、いろいろまたそこにはそれで問題点があるように感じられます。したがいまして、まだそれがはっきりした形で現実の制度になっておるわけでもありませんし、われわれも、そういう方法もあり得るであろう、しかし、ほかにもいい方法はありゃせぬかという意味で、もっと幅広い考えでいっていいじゃないかという、これはもうきわめて非公式なお話でございます。そういう気持ちでありますと申し上げておいたらよかろうかと思います。
  69. 山崎昇

    ○山崎昇君 それじゃ、次の質問に移りたいと思うのです。  先ほど職員局長のほうから平均給与の話が出ました。そこで災害補償法の第四条の平均給与、これを見ますというと、かなりいろんなものが入っておるわけなんです。ところが、何で期末、勤勉手当だけ入らぬのか、これは私にはちょっとわからない。まず、そこから、期末、勤勉手当だけを除いた理由についてお聞きをしたいと思います。
  70. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) この種の事柄の扱いについては、大体本俸あるいは毎月毎月の分としてきめられている所定の額を基準として算定されているのが一般のあり方でございますし、したがって、この公務員災害補償法でも一般のそういうたてまえをとっていると、まあ、そこまでひとつお答えさしておいていただきます。
  71. 山崎昇

    ○山崎昇君 それじゃね、第四条に、二項に書いてあること、あんた、どうなりますか。本俸だけではありませんよ。俸給、俸給の特別調整額、初任給調整手当、扶養手当、通勤手当、特殊勤務手当、隔遠地手当、超過勤務手当、休日給、夜勤手当、宿日直手当、寒冷地手当、それに人事院の規則で規定されるものも、全部含めて平均給をとっているんじゃないですか。私からいえば、ほとんどといっていいくらい、その人に支給される給与額は全部入れて平均給をとっているのに、なぜ期末、勤勉手当だけ入らぬのか、どうしてそれだけ除くのか。私は特殊勤務手当や、あるいは隔遠地手当や、そういうものよりも期末手当のほうがもっと一般的だと思う、これはどの職員にも全部支給されるのですから。ところが特定の人間しか支給されないものまで入れて計算をしておって、一般的に支給するような期末、勤勉手当だけ平均給与から除くということは、私はどうしてもこれは納得できません。なぜこれだけ除いたのか、もう一ぺんひとつ恐縮ですけれども、御説明願いたい。
  72. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) 先ほどのお答えは、本俸だけということではありませんので、本俸であるとか、あるいは要するにその月その月に支払われるものを基礎にしてこういうものは算定しているのが普通の例でございましょうという趣旨を申し上げたので、いまの制度で、この場合でいいますと、たとえば災害前三カ月の支払い給与ということで押えている。その基本の問題としては、やはり基礎としては三カ月におけるその月その月分として与えられたものの平均による、これは一般のこの種の法制のもとにおいての通則となっております。したがいまして、特に異を立てるべき筋とも考えませんので、このままの形をわれわれとしては踏襲してまいっておると、こういうことでございます。
  73. 山崎昇

    ○山崎昇君 それでね、総裁、私は去年あなたに期末手当の性格を聞いた。あなたは私に対して、毎月俸給の中に入れるべきものなんだけれども、入れてない部分について、これは日本の慣習もあって、年に二回か三回に分けて入れると。ですから期末手当は、あなたの定義に従えば、性格は毎月払うべきものなんですね、足りないから。そうなれば当然期末手当についても、方法論はいろいろあるにしても、私は入れるべき性格のものでないのか。そうでなければ、あなたのこの私に対する答弁はいいかげんなことになっちゃう。ですから、平均給与について期末、勤勉手当はやっぱり入れるべき性格のものではないのか、こう思うのですが、どうですか。
  74. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) だいぶ前の答弁を御記憶におとどめいただきまして光栄と存じますけれども、しかし、申し上げたことは間違いないと思います。そのとおりのことを申し上げました。この問題についてその話がすぐ結びつくものやらどうやらというところまで考えずに当時はお答えしたわけでありますけれども、ひるがえって考えてみますというと、それじゃ期末手当というものをやめて、もう一括払いをやめて、各月の俸給の中にもうばらしてしまったらどうだと、むしろそっちのほうの問題に私は考える。これはいままでの、先ほど触れましたようないろいろな制度の基本の考え方を前提にすれば、それが結論になるのではないかと思います。ところが、その期末手当の分も、それじゃ毎月毎月ばらしちゃって、毎月の俸給に分けて払ってしまっていいもんかということも、また利害得失の問題になりますから、これはこれとして、期末手当の扱い方の問題として、十分また御検討いただかなければならないのじゃないか。事柄の性質はそういうことじゃないかと思います。
  75. 山崎昇

    ○山崎昇君 そんなことを私は聞いちゃいませんよ、あなたに。期末手当というのは何ですかと聞いたら、毎月の払う俸給に払うべきものが入っていないのを、ただ一年に二、三回に分けて払っているのだと、こうあなたが言うから、それじゃあ、こういう平均給与をとるときには、当然毎月払うべきものだとして、足りない分なんですからね、だからその分を入れて計算すべきじゃないですかと、こう聞いている。期末手当の性格をどうするかというのは、分割にするのか、まとめるのかというのは、別に私らの見解があるから、別な機会にやりたいと思いますがね。ただあなたの答弁からいうと、期末手当が第四条の平均給与から除くこと自体が私はおかしいのではないかと考えるので、当然隔遠地手当だとか、あるいは超勤手当だとか、特定の人がもらう給与まで入れるなら、全職員について支払われる期末手当等は平均給与の基礎になってもいいのじゃないかということを言っているわけです。そういうお考えはありませんか。
  76. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) まあその月その月、過去三カ月という、平均三カ月ということでいえば、その月その月のものがはっきり算定できることが望ましいと、したがって、隔遠地手当にしろ何しろ、みなその月分として月々払っているものでありますから、計算の基礎になりますけれども、期末手当のように、これまた期末手当そのものがいろいろな基準があって、就職したばかりの人もおりましょうし、いろいろまたそういう点の違いがございますから、給与局長がおるかおらぬか知りませんけれども、そういう技術的な面もおそらくあるのではないかと思います。ですから、もう一足飛びにそういうことがかりに考えられるとすれば、もう期末手当の制度そのものを、全部もうその月分にばらしてしまったほうがいいのではないか。そうすると、またその月分のいろいろな手当なんかがあります。そういうものだってみな同じように均てんすることになりますから、そのほうが簡明率直な考え方になりはせぬかということで、それを例に取り上げたのですけれども、しかし、この間も、たしか十二月にお答えしたように、しからば、そのことが一体望ましいかどうかというと、実は私の身に引き比べてお答えしたと思うのですが、盆暮れになりますと、やはりお金がほしいなという気になって、これは初めから貯金しているわけじゃなくて、みなその月その月で使っちゃって、どたんばになって貯金があったらいいなという気持ちを私は起こすと、ほかの皆さんはどうか知らぬが、ということを申し上げたのですけれども、まあこれはごく卑近な例でございますけれども、期末手当のまあ長所というものがあるのじゃないか、一括して払うということの長所というものもあるのじゃないか。そういう点はよほど慎重に考慮いたしませんと、簡単に割れ切れないのじゃないかというのが私どもの気持ちでございます。
  77. 山崎昇

    ○山崎昇君 いや、期末手当だけを俸給に割ることぐらい簡単ですよね。それ、あんた、法律で六月には幾ら、三月には幾ら、十二月は幾らと、それは多少あなたのほうの勧告で〇・一や何かは違ってくるでしょう。しかし私としてはね、やりようによっては、それは支払いの技術的なことで、やれないことはない。だから、こういう公務災害の場合の補償というのは、あなた方がそういった基準みたいなものを基礎にして計算をするのだから、それなら当然期末手当だって入れて計算すべきじゃないですか、こう言っているわけです。だから、期末手当を毎月割って払うとか、いまのようにまとめて払うとかいう論は、これはまた私は別にやりたいと思うけれども、いずれにしても、せっかく第四条で平均給与をとるというなら、当然それに支払われた分をやっぱり入れるべきではないか、こう私ども考えるので、この点はどうですか、そういうお考えとっていただけますか、それとも、どうしてもだめなら、いまの制度のままでいくのか、あるいは検討に値するのか、そういう点について総裁の見解を聞いておきたい。
  78. 佐藤達夫

    政府委員(佐藤達夫君) お気持ちを伺っておりますというと、全然考えられないことだというようなふうにも私はならないと思います。なるほど御趣旨、まあ一理と言っては失礼になりますが、理屈はあるわいということは、率直な感想としてこれは申し上げ得るのでありまして、それはだめですということをここで申し上げるつもりは毛頭ございません。なるほど、山崎君がそういうことをおっしゃったということを心にとどめておく価値は十分あると思います。
  79. 山崎昇

    ○山崎昇君 記憶にとどめて……。総裁の真剣な答弁でありますから、私はその程度でやめておきたいと思います。  次に、災害補償法の二十二条に関連をして、人事院の公示第八号、昭和三十年の十月十日に出ているわけですね。これによるというと、福祉施設というのが一覧表として載っているわけです。おもにこの福祉施設は労災病院が指定をされているわけですね。ところが私は、この一覧表をずっと見るというと、昭和三十年の十月十日に公示をされて以来、一つもあとふえていない。特に、四国と北陸関係については何にもない、一つも指定病院がない。これは一体、この二十二条にいう福祉施設というのは、どういうふうに考えられるか。あるいはまた、今後どういうものをあなた方は考えられておるのか、お考えがあればお述べいただきたいし、私はこのあなたのほうからもらったこれで見ているのですが、もしもこの第八号以後に新たに指定したというものがあるならばお知らせをいただきたい。こう思うのです。
  80. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) これはだいぶ前にこの指定をして、それ以後指定しておりません。で、その後だいぶ当時とも一そういう関係につきましてもう少しいろいろ検討しなければならぬということで、検討してまいっているわけでございますが、本年中にこれの新たな指定を行ないたいと、このように考えております。
  81. 山崎昇

    ○山崎昇君 防衛庁長官来られたから一時中断をする約束なんですが、そうすると、あなたのほうは、この福祉施設の指定についてはいま検討中だというのですね。その際、いま指摘しましたように、これを見るというと、四国と北陸、何にもないのですね。これはやっぱり適当な施設がないということですか。あなたのほうは、そういうところにこういう施設をつくるという考えがないということなんですかね。それはどっちですか。もしもつくられるというならば、何か計画があればお聞きをしたいと思う。
  82. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) ただいま御指摘の地域にその後この種の病院ができましたので、そういうことも勘案しながら新しく指定したい、このように考えております。
  83. 山崎昇

    ○山崎昇君 そうすると具体的にどこどこですか、もしわかれば。
  84. 島四男雄

    政府委員(島四男雄君) 四国には四国労災病院ができておりますし、それから金沢労災病院、それぞれその後新設されましたので、これも追って指定してまいりたいと、このように考えております。
  85. 山崎昇

    ○山崎昇君 もう少し聞きたいのですがね、いま防衛庁長官来られたようですから、一応私の質問これで保留しておきたいと思う。
  86. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 速記をとめて。   〔速記中止〕
  87. 井川伊平

    委員長井川伊平君) それでは速記をつけて。議事の都合により、本案につきましては、本日はこの程度にいたします。     —————————————
  88. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 次に、国の防衛に関する調査のうち、再び米軍演習場に関する件を議題といたします。  関係当局からの御出席は、増田防衛庁長官山上防衛施設庁長官鐘江施設部長、以上の方々でございます。  質疑のある方は順次御発言を願います。
  89. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 私は太田大泉米軍飛行場返還に関連いたします新島爆場建設、まだできませんから建設予定ですが、この一連の関係分野について、すでに午前中施設庁長官にお伺いいたしましたので、大臣に対しましては、これら一連の問題のうち、特に重要な点に問題を二つ三つにしぼって以下お伺いしたいと思いますので、ひとつ責任ある御答弁をいただきたいと思います。  この問題の経緯について一口申し上げますならば、昭和三十四年十二月の当委員会で、当時の赤城防衛庁長官に対して、私が太田大泉米軍飛行場返還問題を取り上げてお伺いしてからこの問題が始ったわけです。そのときに、当時の赤城長官から私に、こういう意味の御答弁があったわけです。昭和三十四年十二月の委員会で、おそくも明春三月までには返還できるようにいたします。こういう意味の御答弁があったわけです。それから長官は現増田長官まで、数えますと、ちょうど十代目になるわけです。約十年間に十代の長官がそれぞれの立場から国会の場で約束されてきたことがいまだに実現しない。そういう中にも、太田大泉並びにその周辺では、ジープの誤投下事件をはじめ、数回にわたって誤投下事件があり、しかも、太田大泉地区は、首都圏整備法に基づく制約から、付近一帯工場地常として指定を受けておるわけです。そういうような事情もあって、地元からいうと実に死活問題であるので、百六十万県民あげてこの返還問題に取り組んでまいったわけです。しばしば国会の場で大臣が公約されてまいりましたので、そのつど地元民はもう返還近しと見て、工場誘致の場合を想定していろいろと施設をやったり、いろいろの万事万端準備を整えてまいりましたけれども、そのつどこれはむなしく予定に終わったということで、地元の人たちにとっては、はかり知れない物心両面にわたる損害を受けて今日にまいったわけです。  そこで、長官にお伺いしたいわけですが、国会の場で責任ある大臣が、期日を明確にして返還の約束をされたことが、約十年間、正確にいうと九年間たった現在ただいま、いまだに解決していないということは、きわめて遺憾な問題であるわけです。この問題は、前に防衛二法の問題を本会議で質問した際にも、佐藤総理は、そういう問題があるとするならば、まことに遺憾千万であるから早期に解決の努力をしたいという意味の本会議での答弁もあったわけです。もう十年近くもなるこの課題を、ひとつ何とかこの辺で公約を果たしてもらいたいというのがお伺いしたい要旨であるわけです。ひとつ、最終的に責任のある防衛庁長官にこの点をまずお伺いしたいと思います。
  90. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 伊藤さんから、太田大泉の物資投下の飛行場の返還につきましては、私自身昨年の防衛二法の際に、この内閣委員会において御質問を受けております。それに対するお答えは、早期に返還をいたして、群馬県民百六十万の方におこたえいたしたいというのが私の答えでございます。  それからいま伊藤さんの御指摘の、約十年前に赤城さんが、明年三月までにと公約されたという点は、私速記録を読んでおりませんが、伊藤さんがおっしゃるのですからそのとおりでございましょう。そうすれば、いよいよ責任の継続性という見地からも責任を痛感しておる次第でございます。  なお、昨年の防衛二法の本会議の質疑の際、伊藤さんが総理に質問されて、佐藤総理から御期待に沿う旨の答弁があったということは、私は同じ席におりましたからお聞きいたしております。いずれにいたしましても、伊藤さん、群馬県民の皆さんの御期待に沿うために、早期返還に努力をしなくてはならぬ、こういうことで私どもは焦慮いたしておる、焦慮いたしておりますということを申し上げてお答えといたします。
  91. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 この問題はここでいまさら言うまでもなく、新島に射爆場ができないと水戸の射爆場移転できない。水戸の大部分を返還して水戸の射爆場新島に移る。その水戸に一部分残されたところに太田大泉の飛行場は代替として移転する。そうして太田大泉は全面的な返還になる。これが筋であるわけですが、にもかかわらず、新島の射爆場建設にいろいろな大きな障害が横たわっておるのです。  大きな障害の二、三をあげますと、まず米軍から要求しておる土木工事、約百メートルの山を十五メートルないし二十メートルに削れというのもその一つでしょうし、それに伴う米軍本部の連絡のために使用する飛行場もつくらなければなりませんし、また護岸工事も始まってくるでしょう。そういうものを要約すると、ばく大な経費が必要になってくる。特に山を削る工事だけでも、聞くところによると、四十億からの金がかかる。しかも期間としては三カ年もかかる。これもはかり知れない一つの難工事であるわけです。しかも、そういう面の障害だけではなく、付近の水域は非常に豊かな好漁場になっておるわけです。カツオとかサバの好漁場として有名で、東京都をはじめ遠くは鹿児島青森、こういう十五都県漁業組合連合会の船が時期時期に出漁して、その年間の水揚げ高は約百億にも達しておる。しかも、その付近一帯三百平方キロのうちで、百平方キロについては常時制限区域になっておる、あとの二百が使用制限と、そういう水域になっておるように聞いておるわけですが、こうなると、この漁民に対する補償の問題も軽々に処置できない大きな問題だと思うわけですね。また、新島を含めた伊豆七島については、最近まで国定公園であったものが、最近国立公園になったということで、島あげて観光開発事業をいま促進しておるさなか、こういうことで、国立公園の中に物騒千万な射爆場建設されるということになると、うっかり行くとあぶないということで、観光開発事業に相当大きな障害になることも容易に考えられると思うわけです。  まあこういう障害をあげてくるとたくさんございますが、わけて大きな障害は、この地元の強力な反対、そしていま御指摘申し上げた十五都県漁民反対、また、この新島については、たしか三十五年であったと思いますが、防衛庁ミサイル試射場の問題で島民が真二つに賛成反対に分かれて、大きな闘争が繰り返されて、島民は基地反対闘争には相当な訓練を受けておって、相当強い確信を持っておる。しかも、東京都と村を相手に、その試射場に通ずる一村道とか、あるいはその中にある一地区については、これは反対派の人人のいわゆる権限がある、そういう問題で訴訟を起こして、東京地裁は一応東京と国並びに村に対して敗訴の通告をしておる。こういう深刻な問題もあるわけです。  こういうことで、なかなかこういうような難関を切り抜けて新島にいわゆる射爆場建設しようとするのは、尋常一様では実現されるとは思えないと思うんですよ。この数々の障害に対して、防衛庁長官としては一体どのように取り組まれる所信なのか。佐藤内閣の一翼をになっておる防衛庁としても、日ごろからいろいろと民生の安定ということはいつも口にされておるわけです。基地に伴う民生安定ということは強調されておる。午前中、施設庁長官からも、民生安定には意を用いたいという意味の御答弁があったわけです。しかし、これらの障害と民生安定ということはなかなか両立しないわけですね。そういう難問が控えておるわけです。事ほどさようにむずかしい問題が横たわっておるんですが、防衛庁長官としては、これをどのようにさばこうと考えておるのか、その所信のほどを伺っておきたい。
  92. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 太田の物量投下の演習の飛行場と水戸の射爆場新島とが、連鎖状的な相関関係にあるということは、御指摘のとおりでございます。そこで、新島を選ぶに至った経緯は、長官あるいは部長等から詳細に聞いておりまするが、この横田にございます実力部隊としての駐留米軍、米空軍の射爆場を、関東のうちの横田の基地から見まして半径二百キロ以内に施設をして、そして提供するということが、水戸の射爆場の廃止に伴うわれわれの負っておる義務でございます。これは昭和四十一年の六月に日米共同声明がございまして、その中に、新島の一画に射爆場が設けられるならば、水戸の射爆場はその面積を六分の一にしてよろしい。それから太田小泉の飛行場も取り上げますということが書かれてございました。これは日米双方で研究した結果が、日米共同声明になっておるのでございまして、閣議にもそのことが報告され、閣議了解になっております。  そこで、技術的のことはすみやかに米軍側から御返答申し上げますというのが、過日返答がきたわけでございまして、その返答の中に、御指摘のように常時漁業について制限いたしたいというのが百平方キロでございます。それから、射爆の演習をするときだけ漁労のことを制限いたしたい、それが二百平方キロでございます。それから山が百メートルの海抜のものを約二十三メートルにいたしてほしい、七十尺ばかりにしていただきたいという申し入れがございます。これはいずれも、われわれから見まして、米軍の申し入れば妥当なものであると、こう考えております。費用のことまでは、われわれはまだ計算しておりませんが、海岸から——私もあそこを飛行機で数回旋回してみまして、まだ降りたことはございませんが、硫黄島の往復の途次、両方とも低空を飛びましてよく見てみましたが、百メートルの山があるために乱気流の危険があるそうでございまして、しかもこの伊豆七島というものは、大島その他、わりあい接岸し得る島もございまするが、海岸から絶壁の状態になっておる島がわりあい多くございまして、そこでほかの島もずいぶん見たのは見たのでございますが、防衛施設庁が何年もかかって見たわけでございますが、結局新島南端部で、現在防衛庁が使っておるところを試射場兼射爆場にいたす、こういう線が出てきたわけでございます。  従来米軍といたしましては、あの南端に山脈がございまして、南北に長い島を東西に横切った分水嶺があるわけでございます。その分水嶺の北の約二キロ半くらい離れたところに本村が西に面してございます。そこで一番北に、本村の約十分の一くらいの人家——一番北にございますその人家のない一番の南端を、ここのところをお願いいたしたいということを、アメリカもわれわれに頼んでおるわけでございます。でございまするが、分水嶺の北まで指定するということはよろしくないということで、私が見てきまして、分水嶺の北を入れますと百三十万坪ございましたが、それを七十万坪ばかり割愛することをこちらで要望いたしまして、そしていまのところは六十万坪の陸地となっております。ただ海面を百平方キロ制限するということは、新島の本村に対しましてもなかなか御迷惑をおかけいたしておりまするし、また沿岸漁民、十五都県の方々に対しても非常な迷惑をおかけするわけでございます。  それから御指摘のとおり国立公園でございます。そこであらゆるそういうような条件を、御満足のいくように配慮いたしまして、また政府側といたしましても、一応閣議了解を得た線ではございまするが、最近国立公園になったことは御指摘のとおりでございまして、観光資源による収入というようなものも、新島本村の方も相当期待していらっしゃると私は思います。また、道路の訴訟になっておることも私は存じておるわけでございまして、かたがた、あらゆる面から見まして、迷惑のなるべく少なくなるようにということを施設庁にいま配慮さしておるわけでございまして、政府関係諸機関の同意を得ることはもちろんのこと、地元東京都知事、東京都議会あるいは直接の地元である新島本村の村長、村議会、村民各位の御同意を得た線で、初めて射爆場を設定いたしたい、こう考えておる次第でございます。
  93. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、時間がありませんから、問題をしぼってお伺いいたしますが、米軍のこの新島に対する意向というものを検討してみますると、どうも水戸射撃場返還についての誠意というものが考えられないような気がするわけです。もちろん、その適当な代替地があれば水戸返還する、水戸返還して——一部は残すわけですが、一部は残して、そこに太田大泉の飛行場は移す、そういうことであるわけですけれども、代替地新島でどうかということを提案したのは防衛庁なわけです。そういう問題ですが、これに対して過大な要求とも思われる、百メートルの山を十五、六メートル、あるいは二十メートルに削れというようなことは、一つの大きな、過大な要求と見ていいと思うんです。そういう点をいろいろと洞察すると、米軍はどうも水戸射撃場を移りたくない、そういう意図があるなら、いま少し実際に実現可能な条件を出してしかるべきだと思うんですね。そういう点は一体どうなのかということとあわせて、いま米軍は、水戸射撃場ではナパーム弾とか、あるいは五百ポンドの爆弾、こういう大じかけのものは現在は使用していないわけですけれども、伝えられるところによると、新島に射爆場ができれば——もちろん将来の問題ですが、ナパーム弾とか五百ポンドの爆弾を、いわゆる実際に射撃演習に用いるという意向が漏されておるように聞いておるんですが、この点は一体どうなるかということ、この二つをあわせてお答えいただきたいと思います。
  94. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 私は、予算委員会の総括質問の際にもお答えいたしましたが、陸地のことも相当研究してみたわけでございます、本土の中に。ところが、射爆の性質上、迷惑を及ぼす範囲が相当広いというわけでございまして、なかなか百平方キロという地点は、この本土の中にはないわけでございます。で、物量投下だけでしたら太田大泉の飛行場のかわりに、相馬ケ原とか、あるいは渡良瀬川の遊水地だとか、いろいろなことを考えてみましたが、それの近所にだいぶ人家等もございまして、御迷惑をおかけしてはいけない、こういうことでございまして、結局、伊豆七島も、関東一円も、長野県も、山梨県も、この辺はずっと、福島県のほうも見たわけでございまするが、百平方キロの安全地帯を見るということはなかなか困難でございまして、われわれが新島というものを一応候補地に選んだわけでございます。あらゆる方面のコンセンサスを入れないと、施設はできないことは、前提として伊藤さんにおいても御了解願いたいと思います。  そこで、アメリカの誠意というものは、私は新島を出していって、そして無理難題をふっかけたというふうには考えていないのでございまして、いまの水戸の射爆場でも、常時漁労の制限というのが百平方キロございます。しかし土地は三百五十万坪でございますから、相当広いものでございまするから、演習時だけ制限するという、あとの二百平方キロというものはないわけでございますが、まずまず実害といたしましては、おそらく百平方キロのほうも、それから残余のその先のほうの二百平方キロのほうもあんまり実害はない。ことに二百平方キロのほうはないと思っております。何しろ射爆をしてみるのは、七百万坪の新島南端だけでございますから、あやまって海中に落ちるかもしれないということで、そのおそれもございまするから、常時漁獲のほうも制限するわけであります。そして米の誠意——あとは百メートルの山を二十三メートルに削らせるということは、いかにも無理難題のように見えますけれども、乱気流で落ちられてもこれは困りますし、乱気流がどうも発生する危険があるということは、自衛隊の飛行機でもしばしば実験をいたしました。アメリカ側でも空軍を使いまして実験いたしましたが、乱気流のおそれがある。そして山を削って低くしますというと、乱気流発生の余地がないということでございます。  それから一面、海岸すれすれにずっと飛んできて射爆をするかもしれないのでございまして、海岸すれすれに来たものが急に百メートルでは、まあ引っかけて事故も起こりやすいというので、二十三メートルというのは七十尺でございまするから、七十尺前後のところでしたらそれくらいの低空飛行をしてまいりましても、おそらくそれ以下の海面の飛行ということはないでございましょうから、まずまず無難である。これは彼我双方にとって迷惑をかけたり、かけ合わなかったりするということでございまするから、米軍側の出した条件には、私は誠意が乏しいとは考えておりません。  それからナパーム弾を演習するかどうかということ、総括質問の際もお聞きになりましたが、あまりお答えするひまがございませんでしたが、訓練の態様等は、今後日米双方において協議をして、その態様以上の射爆はいたさないということにいたしておりまするから、どうぞその点は御安心を願いたいと存ずる次第でございます。
  95. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 いま長官からもお答えのあったように、日本の国は非常に狭くて逆に人口は多い。どこへ行っても人間が密集しておる。そういう日本の領土内に、こういう大じかけの射爆場を選ぼうとすると、これは尋常一様ではないわけです。そういうことで、防衛庁は一応新島を選んだという意向でありますけれども、それは、なるほど長官もおっしゃったように、百メートルの山を四百億もかけ、三年間も費やし、それは削ることは技術的にはそう過大な要求ではないでしょう。それは私も同感です。金をかけ時日を費やしたら、技術的にそれはできることですから。ただ、それに伴う大きな犠牲があるわけですね。それは繰り返しませんが、先ほども申し上げたいわゆる水域の問題、漁民に対する補償の問題、いわゆる国立公園としての問題もあるし、いろいろあろうかと思うのです。そこで、こういうふうにあらゆる障害を乗り切り、そうして結局難問を解決して、かりに新島に射爆場ができたと仮定しても、これは何年先かわからぬわけですね。一番大きな障害地元民を中心とする強力な反対であろうと思うんです。新島南端の端々、あの高地はもうほとんど村の所有地ですね、村有地。その村の所有地である村の議会が何回も繰り返し反対の決議をあげている、こういうことですから、容易なことではないと思います。五年先、十年先になるかわからない。いま世界の動きは目まぐるしく転変しておるわけです。そのころになると結局そういう演習場や射爆場などは必要としない、いわゆる平和な世界になるかもしらぬ。それは何人もここで保証できないわけですね。そういう情勢も当然考えられるわけです。そういうあらゆる犠牲を払って、ここで無理に強行建設したところでまたそういう問題が出てくるわけです。一体、日本をめぐる世界の情勢について現時点に立って長官としてはどういうふうにお考えになるのか、そのお考えに基づいておそらく新島に射爆場をおつくりになろうとしておられるかと思うのですが、この点は一体どういうふうにお考えか、この機会にお伺いしておきたいと思います。
  96. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 百メートルの山を二十三メートルに削るという点については御了解いただいたようでございまするが、四百億円かかるという点はどういうところを根拠とされたか、伊藤さん、私はわかりませんが、こちらの試算では四、五十億円かかる。そうしてまた自衛隊の施設部隊がおそらくやりましょうから、普通の土木工事よりも五分の一くらいでできます。彼我両方にとって有益である。乱気流等でへたに墜落をいたしますと新島本村にも迷惑をかけましょうしいたしますから、山を削るということは私は常識的な要請である、こう考えております。  それから世界の体制についてどう考えるか、これは話が長くなりまするから私は省略さしていただきますが、現下の客観情勢に照らしまして、国連憲章第五十一条に基づいて各国が二国間もしくは数国問の集団安全保障条約を締結しておるわけでございます。そこで、日本には米空軍が実力部隊として配置されております。あと米陸軍は補給部隊としておるわけでございます。数千人でございます。米海軍は補給並びに修理部隊として佐世保及び横須賀におるわけでございます。米空軍は三沢及び横田に、両方加えますというと一航空師団の数だけおります。三沢には適当なる射爆場がございまして、やはり米空軍も日米共同して共同の危険に対処するという立場において、精強なる部隊として存在してもらわないと困るわけでございまして、そこで、南のほうには米空軍の射爆場は一カ所あるだけでございます。北の三沢には一カ所、合計二カ所でございます。その二カ所目が水戸の射爆場で東海村の原子力研究所その他に、民生にも非常に悪影響を与えておりまするから、できるだけ早く引っ越したい。こういうわけでございますから、新島の方に御迷惑がかかることも私は万々承知いたしておりますが、それがなるべく御迷惑がかからないように、新島の方もりっぱに民生が安定するように、あるいは交通方面から見れば従来よりよくなるように、それから漁業者関係もよくなるようにいたしてまいりたい。世界情勢のことを伊藤さんがお聞きになるのは、世界情勢が変転すればそういうものを置く必要がないじゃないかという意味の御質問だと思います。当分の間は安保体制のもとにおいて施設あるいは区域等を提供する義務がある、その義務を履行するために新島考えておる次第でございます。
  97. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 なおここでお伺いしておきたいのは、防衛庁長官が先ほど来、米軍要求に対して、私どもの立場からするとずいぶん過大な要求であると見ておるわけですが、防衛庁側としては別にそんな過大な要求ではない、当然な要求であるかのごとくお答えになっておるわけですが、その裏には、防衛庁として将来の展望に立った意図があるのではないかと当然考えられるわけです。と申しまするのは、将来、国際情勢によっては、いま安保条約がありますけれども、七十年にはどうなるか、今後の問題です。そういう情勢をにらみ合わせたとき、米軍は場合によると有事駐留というような形をとらぬとも限らぬわけですね。とるとも言えません、とらぬとも言えません。たとえば有事駐留すれば、結局一応、米軍日本から撤退することになる。そうしますと、現在の水戸射撃場をそのまま自衛隊は引き続き使用するということには世論がなかなかこれを許さない。そういう事情もあって、そうかといって東京の近くのあのような、水戸のような地点に自衛隊が新たにそういう基地建設することにもなかなか容易ならざる世情がある。そういうことから、さしあたって、新島なら都心から離れておって、この際いろいろ過大な要求米軍はしてきておるけれども、これ幸いに、この際無理を強行して新島に射爆場をしっかりとつくっておけば、米軍は、冒頭申し上げたように、たとえば有事駐留などで引き揚げた際、自衛隊はそのまま引き続いて使える、こういうような意図もあって、ばかに新島建設に意欲を燃やしていると、そういう点はうかがえるわけです。はたしてそうかと私がお伺いをすれば防衛庁長官の立場からは、いやそんな意図は毛頭ございませんと、そうお答えになろうかと思うのですが、そこのところはひとつ正直にあかしていただきたいと思うのです。この点はいかがでしょうか。
  98. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 一九七〇年には改定し得る状態になる、一年の期限を置いてですよ。でございますから、正確に言えば、もし改定なり廃止を申し入れいたしましても、それが行なわれるのは七一年末からでございます。そこで、有事駐留ということは、一つの安保条約の改定でございまして、われわれといたしましては、与党自由民主党並びに政府は、安保条約の堅持ということを言っておるわけでございます。それが自動延長になるか、改定による延長になるかは、そこの点はまだ未決定でございまするが、有事駐留ときまった場合には、もう安保条約改定だけは明瞭でございます。有事駐留のためにわれわれは改定をするかというと、ちょっとわれわれがその当時政権を担当しておると仮定いたして議論を進めさしていただきますが、有時駐留というのは安保条約改定なんだということで世間にPRしたときに、安保条約改定は困るというような世論が出てくるのではないかとも私は思っているのですよ。安保条約を改定しないことには有事駐留できないんですから、いじらないことには。ですから、これは改定でございます。ですから、なかなかいま自動延長といっている側も、一九六〇年の当時を忍んで、これは内輪の対話として申し上げまするならば、えらいことであるから、第十条第一項というものは、国連の安全保障の効力が発揮されたと日米双方が認むる時までは、この条約は有効に存続するという第一項に力を入れまして、だが、しかしと、「もっとも」という字でその次に続いておるわけでございまして、その「もっとも」以下よりも、原則のほうに力を入れるというのが自民党の中の有事駐留自動延長論者でございます。いずれにいたしましても、安保条約の堅持という立場で臨んでおりまするから、引き揚げの際に自衛隊がそこを取ってかわろうとかいう、そういうことは考えていないのでございまして、あくまでも現在の安保条約に基づいて日本国が背負っておる施設並びに区域の提供という義務を果たすのが、条約というものは信義の原則によって貫かれております。どの条約でもそうでございまするが、その条約に従いまして施設並びに区域を提供する義務が日本政府にある、こういう立場で提供せんとするものでございます。
  99. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 君いまお答えになったように、政府、自民党としては、七十年に安保改定でありましょうけれども、野党を中心とする多くの国民は安保廃棄をねらっておるわけなんです。いま安保論議をする時間ではございませんから、その論議はさておきますけれども、廃棄になれば、当然米軍は撤退するわけでしょう。そうですね。十歩譲って安保改正になっも、有事駐留というようなことになるかもしれぬ。こういうことは将来の問題ですから、しかも、安保論議になると、一時間や二時間では尽きませんので多くを申しませんが、われわれは少なくも安保の廃棄をねらっておる。政府、自民党は立場上いわゆる改正をねらっておるでしょう。そのいずれの場合でも、たとえば有事駐留になることがあり得るし、野党の熱望が通れば無条件で撤退する。その場合、米軍は、要は撤退した場合のことをいまは仮定して申し上げたわけです。米軍が撤退すれば、自衛隊はそのあとを引き続いて使用するには新島が一番かっこうの地じゃないかという意味のことを伺っておるわけです。むろん、したがって、将来のことですから、前提が仮定になるわけですね。そういう考え防衛庁にあるのではないかという点についてもお答えいただきたいと思います。
  100. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 現実の問題としてひとつ議論さしていただきたいと思います。また答弁さしていただきたいと思います。日米安保条約は現実に存在しておるわけであります。それに基づいて提供せんとしておるのが、まだ新島その他のコンセンサスを得ておりませんが、提供せんとしておるのが新島のわれわれの予定地でございます。その予定地が提供された場合には、現在でも——現在でもといっても数年かかりましょうけれども、その場合には自衛隊も射爆に使ってよろしいというような了解を米軍から得ておるわけでございまして、それから米軍が撤退後ということは、われわれは安保条約の堅持という立場で、しかも前提として答えろといってもその後のことはまだ当分の問はちょっと答えにくいということになると思います。
  101. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 まあ答えにくければ、この問題はいまの点が主眼ではございませんから、後日にまた譲るとしてここで結論的にお尋ねしたい点は、かようにして、とにもかくにも新島に新たな射爆場をつくるということは尋常一様ではできない。あるいは五年、十年かかるでありましょう。また五年、十年かかってもまだ了解が得られぬ。ことほどさように反対は強いわけですから、そういうことになると、関係してくるのは水戸射撃場水戸射撃場新島にできれば大部分を返還して一部を残す、その一部に太田大泉が移ることになりますから、水戸の一部に移った太田大泉の飛行場あとは全的に返還になるわけです。太田大泉はそういうことが実現するわけですけれども、新島で五年、十年問題が解決しない間は、水戸も、したがって、太田大泉もいまだに解決しないことになるわけですね。そうなると、冒頭申し上げた太田大泉飛行場を、国会の場で一国の大臣が確約したことがますますもって実行できないことになるわけです。これはしかたがないで済まされる問題だとお考えか、これは容易でないと思いますね。大臣というものは、それぞれ重大な責任があるわけですね。重大な責任のある立場で、しかも国会の場で公約されておるのですから。それは政府の言いわけ的なことはいろいろございましょう。ございましょうけれども、大体は日本のような狭い土地に山ばかしの国に人口が一億も住んでいる。そういうところで米軍要求するような広大な基地をつくろうとすること自体に無理があるわけです。だから、一番いいのは日本につくることをやめて、アメリカ本土へ帰れば膨大な平原があるのだから、土地があるのだから、そこでそういう特殊な訓練はやったらいいわけで、そういうことも当然の考え方として出てくるわけですね。だから、日本にそういうものをつくること自体が無理であり、そういうのを承知の上で施設庁代替地新島に選んだと思うのですが、そういうことになると、あっちにもこっちにも響いてくるわけですね。水戸の射撃場についても同様のことがいえるわけです。あれができてから、いわゆる陸続きの東海村に原子力研究所ができる、非常に条件が悪くなったわけです。そこへ米軍演習のための誤射、誤爆が相ついで起きた。そういうことで衆議院の科学技術特別委員会あたりでこれが問題になった。そういうことも新島に移そうとする一つの誘因であろうかと思いますね。そういうこともあって、水戸はどうしても返還しなければならぬことになったわけです。太田大泉については先ほど来繰り返し申し上げているので、もうことばをはさみませんが、当然これも返還してしかるべきです。にもかかわらず、将来かりに十年かかる、十年たっているから二十年の問題になるわけです。これはただ申しわけないでは済まされぬ問題だと思いますが、一体どうなさるつもりなんですか、水戸にしろ、太田大泉の問題にしろ。その点を最後にお伺いして、本日のところこの問題に対する質問を終わります。
  102. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 国連憲章第五十一条に基づいて二国間もしくは数カ国間の安保条約が、アフリカとか、その国以外では大体において締結いたしております。中南米も米州機構というものがあるわけでございます。その基礎は国連憲章第五十一条でございます。日本の安保条約もしばしば国連憲章の第五十一条に触れているわけでございます。いろんなことをした場合には、国連憲章に基づいて安全保障理事会に報告しろというような規定があるわけでございまして、NATO、ワルシャワ両安全保障関係におきまして、ソ連あるいは米国の軍事基地が西ヨーロッパ等にはたくさんあるわけでございまして、現実の問題といたしましては、日米安保条約はその二国もしくは数カ国間の安全保障条約の態様である。そこで安全保障条約に基づいて、アメリカに行って練習してこい。それで、日本には練習はおらないで、ただ練習済みの者だけおれと言っても、これは無理な話じゃないかと、私は常識上考えておるわけでございます。そこで三沢には——三沢と横田と加えて一飛行師団であります。その一飛行師団のものが、岸・ハーター交換公文にいういわゆる常時配置という、その配置という姿でおるわけですから、配置という姿でおるからには、相当の演習もして日本におって、そうしてその存在によって、その訓練によって戦争を防止できる、日本国民の平和と安全、生命、身体、財産を守り得る、危険に対処できる、こういう精強なる部隊として米軍にもいてもらうということが、信義の上からいってわれわれの、というのは、日本国の、条約を結んでおるのは日本国でございますから、日本国といえば政府になりますが、その政府というのは、広義の政府は行政府であり、立法府であり、司法府である。狭義の政府は行政府であるわれわれでございますが、施設を一飛行旅団に一カ所ぐらいは提供する。三沢は一飛行旅団でございますが、両方の飛行旅団を加えて一飛行師団になるわけですが、一カ所ぐらい出さないで、アメリカへ行って練習して、そして日本に来てやったらいいじゃないかというようなことは、ちょっと無理な注文で、ちょっとわれわれとしては申し上げかねまするし、また良識ある国民の皆さまも、一つの基地くらいはやって、そうして得るところが大きければいいじゃないか。関東平野において得るところはきわめて大きいわけであります。三百五十万坪が解除される。太田大泉の飛行場も民生のために解放されるわけでございますから、五年、十年かかるなどと言わずに、やはりかけ声は五年、十年などということをおっしゃいますと、政府側も長官もたびたびかわりますが、のんきになってしまうといけませんから、やはり二、三年ということにして、そして太田大泉の飛行場を早く返して、わが群馬県のためになる、わが茨城県のためになる、こういうふうに言っていただきたい。私は、いま施設庁が三年かかるということをほんとうは言っておりますが、あなたは五年、十年と言っておりますが、これは三年かかる、これはコンセンサスを得たり、工事をしたりする関係で三年かかるというのを二年くらいでやれ、かけ声だけで、二年というのは二年半ぐらいになるかもしれ旧ませんが、二年くらいでやるというふうに防衛庁においては指示をいたしておるようなわけでございます。
  103. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 なかなかもって、この太田大泉飛行場返還問題に関する限り、この問題に関する限り、私は防衛庁当局を少しも信頼してないわけです。なぜならば、赤城さんをはじめ歴代の長官が期日を明確にして約束をしてきている。いま私は五年、十年かかってもまだ解決せぬだろうと言ったら、三年としておきたいと言うたところで、防衛庁長官が言われるのだから信頼できないわけです。赤城さんも三十四年の十二月に、おそくも明春三月までには返還できるようにいたします1明春三月だから、三十五年の三月にはおそくもですよ。おそくも、ここに重点があるわけです、おそくも三十五年三月。それがもう四十三年でしょう。そういうふうに歴代の防衛庁長官は、太田大泉米軍飛行場返還に関する限り、信頼はおけない。もうこれは理屈じゃない。歴代の長官がみな約束をしてきた。したがって、ここで新島爆場が、伊藤は五年、十年だけれども、まあ三年、二年半ぐらいでできるかもしらん、まあ三年にしておきたい。これはそういう希望的観測はできても、そんななまやさしい問題じゃないということを、先ほど来時間をかけて強調してきているわけです。したがって、そういう問題もさることながら、新島が進行できなければ、水戸の射撃場が移れぬわ、水戸が移らぬと太田大泉も移らぬ。その経緯はわかり過ぎるくらいわかっている。それはわかっておりますけれども、国会の場で大臣が約束をしたのでしょうが。それが十年かかってまだ解決しないのは、一体これはどうなさるかということを最後にお伺いしているわけです。これは、申しわけございませんでは済まされぬ問題だと思うのです。この一点だけ、本日についてはお伺いしておきます。
  104. 増田甲子七

    国務大臣増田甲子七君) 従来、赤城さん以下、ほとんど赤城さんの約束を踏襲して約束をしている責任があると、私は感じております。そういう点につきまして、御期待に添い得なかったことは遺憾に存じます。  そこで、陳謝をいたしましてお願いをいたしますことは何でございますが、ひとつお願いがございますが、群馬県の国会議員、知事さんが超党派的に、また、茨城県の知事、国会議員が超党派的に東京都のほうへも頼んでいただきまして、五年、十年というのを三年ぐらいにして、そうして迷惑を受ける方もございますが、できるだけ迷惑を——したがってむしろ福音に、災いを転じて福となすというような方向で政府を督励しているから、よろしく頼むということを、ひとつ伊藤先生もよろしく御協力をいただきたい。
  105. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 それはお話にならぬわけです。なるほど太田大泉群馬県の問題で、私は群馬県です。だから、この問題にも、特に地元の問題でもあるし、率直に申し上げますが、取っ組んできたわけです。しかしながら、群馬県の議員であるということはまた日本人であるわけです。日本人としての立場を私は忘れたことはない。そういう意味で、太田大泉以外ならどこへ物資投下訓練を持っていってもいいとは、一言半句も言っていないわけです。人さまの、人間の迷惑にならぬところ、危険にならぬところ、そうして地元が了解するところ、そういうところを指定しているわけです。私はもう太田大泉以外ならどこへ持っていってもけっこうだということは言わないわけです。それは、なるほど群馬県とすれば太田大泉が全面返還になれば群馬県の大きな利益になります。なりますけれども、それが犠牲を伴うようでは相ならぬという考え方は、日本人として同時に持っているわけです。だから、そういうことを両者相配慮するとなかなかむずかしい問題で、したがって、いままで未解決で来たと思うのです。したがって、群馬県以外をあげて要請している。伊藤もひとつその方面に頼んでくれといわれても、新島の情勢が、先ほど来申し上げてきたような多くの問題を含んでいるわけですね。したがって、私としても、そういう論へ同調するか、しないかなんていうことは、おのずから明白になってくると思うのですね。おわかりですか。それはとにかく、お互いに立場はありますけれども、私の立場もいま言った群馬県人としてと申しますけれども、また日本人としての立場を捨ててないわけです。まあこの問題は、本日はこの程度にしておきます。
  106. 井川伊平

    委員長井川伊平君) 本件につきましては、本日はこの程度にいたします。  本日は、これにて散会いたします。    午後四時九分散会      —————・—————