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1967-04-20 第55回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十二年四月二十日(木曜日)    午前十時九分開議  出席分科員    主査 北澤 直吉君       相川 勝六君    赤澤 正道君       正示啓次郎君    藤波 孝生君       古井 喜實君    保利  茂君       稻村 隆一君    大原  亨君       山中 吾郎君    谷口善太郎君    兼務 加藤 清二君 兼務 角屋堅次郎君    兼務 渡部 一郎君  出席国務大臣         外 務 大 臣 三木 武夫君  出席政府委員         総理府特別地域         連絡局長    山野 幸吉君         外務政務次官  田中 榮一君         外務大臣官房長 齋藤 鎭男君         外務大臣官房会         計課長     鹿取 泰衛君         外務省アジア局         長       小川平四郎君         外務省北米局長 東郷 文彦君         外務省経済協力         局長      廣田しげる君         外務省条約局長 藤崎 萬里君         外務省国際連合         局長      服部 五郎君         大蔵省国際金融         局長      柏木 雄介君         文部省大学学術         局長      天城  勲君         通商産業省通商         局長事務代理  原田  明君         通商産業省貿易         振興局長    今村  曻君         通商産業省企業         局長      熊谷 典文君         通商産業省重工         業局長     高島 節男君  分科員外出席者         外務省経済局次         長       鶴見 清彦君         外務省情報文化         局文化事業部長 猪名川治郎君         日本ユネスコ国         内委員会事務総         長       伊藤 良二君     ――――――――――――― 四月二十日  分科員石橋政嗣君及び田畑金光委員辞任につ  き、その補欠として稻村隆一君及び玉置一徳君  が委員長指名分科員に選任された。 同日  分科員稻村隆一君及び玉置一徳委員辞任につ  き、その補欠として石橋政嗣君及び田畑金光君  が委員長指名分科員に選任された。 同日  第四分科員加藤清二君、第三分科員角屋堅次郎  君及び第四分科員渡部一郎君が本分科兼務とな  った。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  昭和四十二年度一般会計予算外務省所管      ――――◇―――――
  2. 北澤直吉

    北澤主査 これより予算委員会第二分科会を開会いたします。  昭和四十二年度一般会計予算中、外務省所管を議題といたします。  この際、分科員各位に申し上げます。質疑の持ち時間は、一応本務員は一時間程度兼務員もしくは交代して分科員となられた方々は三十分程度にとどめ、議事の進行に御協力を願いたいと思います。  なお、政府当局に申し上げますが、質疑時間が限られておりますので、答弁は的確に、要領よく、簡潔に行なうよう特に御注意申し上げます。  質疑の通告がありますので、順次これを許します。稻村隆一君。
  3. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 モンゴルとの国交樹立の問題で外務大臣にお尋ねしたいのですが、実は私は昨年の七月でしたか、モンゴル人比共和国の革命四十五周年記念に招待されまして向こうへ行ってきたのです。いろいろ向こうツェデンバル首相とも会って話しましたが、日本との国交樹立ツェデンバル首相も非常に熱望しておりますので、そのことは帰ってきて外務委員会佐藤総理椎名外務大臣にお伝えしたわけであります。実はそのことできようもお尋ねしたいと思っておりましたが、新聞を見ますと、すでに昨日受田議員から質問されておりまして、外務大臣お答えになっておるので、ここで重ねてお尋ねすることもないと思うのですが、しかし、牛場外務次官が十七日に新聞記者会見をやって、ああいう発言外務次官がやるというようなことは非常にいけないことで、そのことでお尋ねしたいのです。  要は、新聞にも出ておりましたとおり、新聞記者会見で、モンゴルとの国交樹立利益がない、こういうことを事務次官が言うということは大体間違っているのです。これは外務大臣とおそらく連絡の上にやったとすれば外務大臣責任なんだけれども、しかも、モンゴル人たちがエカフェ、に出席した外務次官以下まだ東京におったわけです。そういうときに、どうしてああいう発言をしたかということですね。これは非常にけしからぬと思うのです。事務次官たる者がこんなかってな発言をして、事務次官にあなたは外交をまかせているわけではないでしょう。事務的なことは幾ら発言してもいいが、いやしくも、そのモンゴル外務次官がいるとき、利益がないなどと言うと害があるととられますから、そういう発言をするということは、外交辞令に反する非常識なことだと思うのです。どうもこのごろは、責任のない者が傲慢な発言をして困るのです。その点どういう事情なんですか、お聞きしたいと思っております。
  4. 三木武夫

    三木国務大臣 私もその場のことは聞いていませんが、おそらく、積極的な発言ではなくして、新聞記者諸君の賛同に答えたような形であったと思いますが、言われるとおり、モンゴルとの国交回復かいなかは政府のきめることでございますから、今後そういうことのないように、本人がいま出張中でありますから、事情は聞いておりませんが、今後注意いたすことにいたします。
  5. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 また、同じ日の新聞ですが、やはり出ているのですよ。牛場次官は駐日中国大使と会談した際、モンゴル国交関係を開く意思のないことを伝えた、こういうことが新聞に出ているのです。これは新聞だからあれだけれども、全部の新聞にそう出ているのですから、新聞はいいかげんなことを書くはずはないと思うのです。そういうことをなぜ伝える必要があるか。伝えたとしても、新聞に出るようなことをやることはない。これは牛場次官というものは非常にいかぬと思うのです。そういう放言をするなら実際やめさせてもらいたいですね。
  6. 三木武夫

    三木国務大臣 私もいますぐ国交回復というものは考えていないわけです。もっと接触を続けていかなければならぬというので、この点について、牛場次官は私の考えに反した発言ではないと思います。しかし、将来の問題としてこれは検討をいたしたいと私も出しておるのでありますから、ある現在の時点についての牛場発言で、これは私の方針と違っておるわけではない。しかし、そういうことでこの問題にもうピリオドを打ったような感じを与えるとするならば、それは事実に反しますから、今後そういう誤解を与えるような発言については、誤解を与えないような注意は十分にいたすつもりでございます。
  7. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 国府との間にそういう話し合いをするとかしないとかいうことは、それは私どもかれこれ言うわけではない。こっそり伝えるというなら、これはまた両国との間に外交のいろいろな問題がありますから、新聞にわかるように、国府に伝えておるというようなことを、わざわざモンゴル外務次官がまだ滞京中に新聞に出すようなことは私は非常に害がある、軽卒しごくだと思うのです。どういうわけでそういうことをやるのか、常識で考えられないのです。そういうことを政府に伝えたのですか。牛場外務次官が伝えたってかまわないけれども、なぜそういうわかるようなことをするのか。
  8. 三木武夫

    三木国務大臣 牛場君というのは正直な男ですから、いろいろ何か伝えるというような、いろいろ外交接触の場合があって、私は真偽は知りませんけれども、そういうことを伝えたというような性質のものではない。やはり日本外交は独自に外交政策を決定されなければならぬわけでありますから、情報としていろいろ、外交官などが来たときに話し合うことはございますが、それは一々新聞に発表する性質のものでもないと思います。今後そういう点は注意をいたすことにいたします。
  9. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 今後。事務次官がかってに政治的な発言をやるようなことは、三木さんの外務大臣のときは少しは押えて、そういうことのないようにしてもらいたい。そういうことは非常にいかぬですよ。それはこれでやめますけれども、これは事務当局でいいのですが、国府モンゴル宗主権主張していることは、これは事実ですね。
  10. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 主張いたしておるようでございます。
  11. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 どういう国際法上の根拠によるのか、その点はわかりませんか。
  12. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 中華民国は一度はモンゴル独立を承認したわけでございますが、その後モンゴル独立についてスポンサーみたいなかっこうになっていたソ連が、中華民国との間の信義を破ったということで、前の承認は取り消しだという立場をとっているように了解いたしております。
  13. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 国府宗主権主張するのは全く無理な話なんで、第一、ヤルタ会談のときに、これはむろん蒋介石氏は出席はしませんでしたけれども、モンゴル人民共和国独立を保障する、承認するということは第一に認めたわけですから、その後国府も一九四六年一月五日にモンゴル独立を承認しておるわけです。それはいまお答えになったような関係で、一方的にその問題は破棄しましたけれども、これは国際法規の上からいっても、いろいろ問題があると思うのですが、その点はここでかれこれ申すわけではございません。国府がそういう主張をすることは、理論的にも、実際的にも非常に無理なことだと私は思うのです。ですから、私は、国府の牽制によって制肘されるようなことはないようにひとつしてもらいたい。いろいろ言われて、かなりそれに制肘されているんじゃないですか、モンゴルとの国交回復をちゅうちょしているのは。そういうことはありませんか、これはそういうふうに見えますけれども。
  14. 三木武夫

    三木国務大臣 私に関する限りございません。
  15. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 それでは次に、私、インドネシア援助の問題について外務大臣にお尋ねしておきたいのですが、インドネシア外国からの借金は二十三億ドルといわれているのですね。わが国のいままでの貸し金の総額は幾らくらいになっておりますか。
  16. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 おっしゃるように、いろいろの種類の貸し金がございまして、たとえば賠償等を含め、あるいは賠償担保借款を含め、あるいは純粋の借款等を含め、そのうち、あるものは返るということで、全体として幾らということは、ただいま資料を持ち合わせてないので申し上げられませんが、後ほど調べて御報告します。
  17. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 大体どのくらいかということはわかりませんか。
  18. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 正確に調べて申し上げます。
  19. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 相当な額にのぼっていると思うのです。新聞によりますと一億数千万ドルになっているということですが。
  20. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 一億ドルをこえているということは存じておりますが、それ以上の正確な数字はわかりません。
  21. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 緊急援助をいつだったかやりましたね。年月は忘れましたが、それは五千五百万ドルと記憶しておりますが、それはいつごろだったでしょうか。
  22. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 これは昨年ハメンク・ブオノという経済担当の副首相が来たときと了解しております。
  23. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 最近、三木外務大臣がきめらたのは、新規六千万ドルを今度出すことになったわけですね。マリク外相が、利息年四分、こう言っておりますが、利息はきまらぬように日本側のほうでは言っているのですか、実際はどうなんですか。
  24. 三木武夫

    三木国務大臣 先般、マリク外相が来て、日本政府が約束をした援助の金額は六千万ドル、金利については、今後外交交渉を通じて金利の水準はきめるということで、現在まだきまっておらないのが事実でございます。
  25. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 朝日新聞によると、年四分にきまったというふうに、マリク外相インドネシアに帰ってから報告しているというんですが、もうきまったんじゃないでしょうか。
  26. 三木武夫

    三木国務大臣 実際にきまってないのです。これは向こうは、できれば三分にしてほしい、四分どころか、三分というのがインドネシア側希望であります。日本は、輸銀の資金を使いますから、三分というわけにはいかないわけでありますので、事実においてまだ金利はきまってないのが真相でございます。
  27. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 私は東南アジア援助をすることは必要だと思うし、別にそれに異議を差しはさむわけではないのですが、しかし、むだになるような援助はすべきではないと思うのです。大体スカルノ大統領のことですが、私は、ここで日本国会議員として、外交上支障を来たすような発言は、一国会議員でも慎まなければならぬと思うのですけれども、ああいうふうな冒険主義的なことを終始やって、世界において有数な資源を持ちながら、非常にはなやかな問題に力を入れて、そうしていろいろ援助資金を乱費する。必然的にああいう結果になるわけです。ああいうスカルノ没落は、スカルノ自身冒険主義の結果だと思う。そういうところにずいぶん多額援助をしておるということ、これらは焦げつくのはあたりまえですよ。  最近インドネシア経済状態は非常に悪くなっておる。これはスカルノの失政の結果だと思うのですが、二十三億ドルの旧債が外国にあるんですね。それも一九七二年ごろから少し返済されればいいほうだ。今度の新規援助というものは全く返す見込みはついていない。返済の見込みが全くないということは、インドネシア事情に精通する人はみな、言っている。そういうところへ援助するのもけっこうだけれども、国民血税ですから、援助のほうは、具体的に金を貸しているほかの国ともよく打ち合わせ、検討をして、少なくとも国民血税が、全然見込みのないところに六千万ドルもの多額の金を軽々につぎ込むというようなことは、私は援助するのが悪いと言うのではない、軽率ではないかと思うのですが、その点、外務大臣、どうお考えになりますか。三木国務大臣 御承知のように、インドネシアがどうなっていくかということは、アジア全体に非常な影響力を持ちます。また、もし開発すれば、インドネシアは潜在的ないろいろな能力を持っておるわけです。資源あるいはまた勤勉な国民、いろいろな点で潜在的な力を持っておりますから、開発すれば、この国はよくなっていく将来を持っている。そういうことから、日本は、スカルノ時代が終わって、そうしてスハルトの新しいインドネシア政治体制のもとに国の建設に踏み出している。このスハルト政権というものを助けたいというのが基本的な考えでございます。  しかし、いま御指摘のように、国民血税を、いままでのスカルノ帳代のようなことではいけないので、私は、マリク外相にも非常に強く言ったのは、日本だって余っているのではない、国内にもいろいろな投資をしなければならぬものを、たくさんかかえておって、インドネシア重要性考え援助するんだから、スカルノ時代は終わったんだ、あの時代援助両国ともいろいろ疑惑に包まれておった面がある、だから、インドネシア日本経済協力関係は全く新しいスタートに立とうではないか、いやしくも、両国国民誤解を与えるようなことは絶対にないようにしようではないか、また、この使い道についても、今度はIMFなどでもいろいろ関与しておりますし、いままでのようなことはないけれども、十分に日本人の善意が生かされるような使い方をしなければ、まことにわれわれとしても国民に申しわけないし、また、インドネシア側としても、日本の好意に報いる道ではないということで、この間、来ましたときに、私は非常に声を強くして、マリク外相に伝えたのでございます。彼は峻厳な顔をして、私の話に耳を傾むけて、今後はもう浪費的なことは一切やめる、いままでやりかけておるものでもやめてしまう、そして国の経済の安定のために、全力を傾けるつもりであるし、また、日本インドネシアとの関係についても、新しい出発点に立つという覚悟のもとに今後やるからということを、かたく私の前でマリク外相も話しておりました。そういうことで、御指摘のような、スカルノ時代経済協力のやり方に対しては、この惰性は今後も詐されるものではない。新しい出発点に立って、インドネシアとの関係をこれから築いていきたいと強く考え、ておる次第でございます。
  28. 稻村隆一

    稻村(隆)分科員 外務大臣のお考えは、非常にけっこうだと私は思いますが、ただ、私がこれを御質問申し上げたのは、事実かどうか、それはおそらくうわさかもしらぬけれども、インドネシア賠償に対し、いろいろな悪いうわさが立っておるわけですね。それから、賠償でも、借款でも、出先商社などの考えにずいぶん引きずられるというような傾向があります。そういう点も、私は、よほど全体の国家的見地に立って、出先商社であるとか、そういうものの考えに引きずられないようにしていただきたい。それから、国民血税を払って賠償を払っているのに、一方には賠償成金が事実上できたりしているのですからね。そういうふうなことは最もいけないことだと思うのです。そういうことがないように、そういうことが再びあることをおそれますから、それで、あえてこれをお尋ねしたのですが、外務大臣の御答弁で私は了承しました。この点、十分にひとつ借款とかあるいは賠償とかいうものは御注意をなすってやっていただきたい、こういうことを申し上げる次第でございます。
  29. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 ただいま留保いたしました先生の言われる貸し金は一億四千六百万ドルでございますが、詳細については経済協力局長が御説明します。
  30. 廣田しげる

    廣田政府委員 ただいまの一億四千六百万ドルの内訳でございますが、円借款、それから昨年の三千万ドルの分を入れまして、約三千八百万、それから一般の延べ払いの分が約一億八百万でございます。
  31. 北澤直吉

  32. 角屋堅次郎

    角屋分科員 外交の当面の諸問題について、重点的に外務大臣にお伺いいたしたいと思います。  過般、エカフエの総会がございましたし、また、今月二十六日からマニラ東宿アジア開発閣僚会議を開催する。さらに今後外務大臣外交折衝の舞台というのはきわめて多い。九月にはアメリカ日米経済合同委員会の会合も開かれるし、非常に繁忙でございますが、とりあえず、外務大臣の本年のおもなスケジュールを、事務当局からでけっこうですからお知らせ願いたい。
  33. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 具体的な日取りはまだ確定しておりませんが、マニラにおける東南アジア開発閣僚会議への御出席及びソビエト連邦政府との定期協議を兼ねたソ連邦訪問、並びに国連総会への御出席及びアメリカ政府当局との間の主として経済問題に関する会談等でございます。
  34. 角屋堅次郎

    角屋分科員 過般の予算委員会代表質問のときにも、総理並びに外務大臣外遊問題について少しお伺いしたのですが、統一地方選挙影響というものが、総理外遊に何か影響があるとかないとか言われておるのですが、一国の総理として、今日の時代では、各国ともそういう趨勢にもありますし、また、必要なことですから、総理みずからも行かれる、あるいは外務大臣自身も、国会にゆとりができれば出かけられるということ、われわれとして大いにけっこうなことだと思うのです。まず、総理の問題でありますけれども、韓国に行くことはもう確定的であるのかどうか知りませんが、先月船田中さんが台湾の蒋総統のお招きで行ったあと、先月末佐藤総理にお会いになったときに、外遊するとすれば台湾にもぜひ行きたいということを、言っておられたということであります。そうしますと、総理の場合は、韓国あるいは台湾、さらに東南アジア方面に足を伸ばしていくというようなことが予定をされておるのではないかと思います。総理外遊のプログラムというものは、まだ先のことでありますが、大体どういうふうな日程になるのでしょうか。
  35. 三木武夫

    三木国務大臣 いま決定をしておるのは韓国だけです。台湾にもそういう機会があればという希望はあるようですけれども、これはまだ縦走ではございません。それ以外のところは、まだいろいろ検討を加えている最中でございまして、国会もありますし、国会の会期もどういうことになるかということともにらみ合わせて、まだ確定の時期に達しておらないというのが真相でございます。
  36. 角屋堅次郎

    角屋分科員 佐藤総理韓国訪問というのは、そう幾たびも行く問題でもないでしょうし、先月末に参議院の予算委員会で、韓国訪問する際には、竹島問題についても話し合いたい、こういうふうな総理答弁がなされておることを私ども承知しておるのです。これは当然日韓問題の国会における議論の経緯から見て、竹島問題についても日本側主張をすることは当然のことだと思いますが、外務省としては、タイムリーでないというようなこと等から、総理答弁については困惑のていであるというようなことも伝えられておる。それは、やはり後ほどに大統領選挙あるいは国会選挙というものが韓国には控えておる等々の韓国内の情勢等からの観測かもしれませんけれども、韓国訪問することは、外務大臣の、言われるようにすでに確定的であるというふうなことであるとすれば、日韓の際に国会議論がなされ、当然日本として主張しなければならぬ竹島問題をはじめいろいろな問題についても、総理として主張していく、あるいは話し合いの中にそれを出していくということは、これはもう外務省としても予定しておられると思うのですが、いかがですか。
  37. 三木武夫

    三木国務大臣 総理国会答弁した真意について、私いままで聞いていないのです。それで竹島問題についても、これはやはり懸案であることは事実でありますが、この問題というものは、日韓国交回復後まだ一年少々ですから、やはりこういう問題を解決するというためには、それを解決できる友好的な雰囲気も必要であります。こういう問題というものは力づくで解決できる問題でもないし、そういうことでしょうということではないわけでありますから、やはりこういう問題を持ち出して話をするというには、おのずから適当な時期があろうとわれわれは考えておるものでございます。この問題について、総理考えについてはまだ打ち分わせはしたことはございません。
  38. 角屋堅次郎

    角屋分科員 外務大臣の御答弁からいきますと、結局韓国訪問というのは、親善訪問を中心にやっていただきたい、むずかしい懸案の問題については外務大臣なりしかるべきところでという、そういうお気持ち答弁ですか。
  39. 三木武夫

    三木国務大臣 韓国が新しく国家再建の意気に燃えてやっておる、その韓国に対して、日本総理訪問するということは、それだけでも一つの意義を持っておると私は思います。しかし、その場合に、いろんな懸案があれば、いろいろ話しすることも当然でありましょうが、ただ、いろいろな懸案の解決ということでなければ韓国へ行く意味がないと私は思わないのです。一番隣ですからね、いろんな影響を持っておる。しかも、日韓国交が回復された適当の機会に、総理大臣が行って、そして大統領その他の指導者韓国国民にも会うということは、それだけでやはり意義を持っておると思います。その上に懸案問題をいろいろ話しするという機会があれば、それもまた意義がありましょうが、そういうことがなくても、訪問には意義を持っておると私は考えておるものでございます。
  40. 角屋堅次郎

    角屋分科員 総理韓国訪問についてどういう話し合いをするか、いろいろ政府には政府情勢判断というものがあるだろうと思います。しかし、過般松岡琉球主席日本に参りましたし、またアメリカにも渡りまして、異例の歓迎ぶりの中でジョンソン大統領はじめアメリカ政府首脳部に会った。これはアメリカ琉球ということになると、いまアメリカ施政権下にある、したがって、施政権の返還をはじめ、いろんな現地のなまの声を伝えるという切実な気持ちが強かったということもありましょうけれども、いずれにしても、あまりにも相手側の気持ちをおもんぱかって、せっかく総理が行かれる、あるいは随行として相当の人々がつかれるという機会に、これは竹島問題についても、あるいは韓国の専管水域における漁船の拿捕問題、あるいは日本の専管水域における韓国漁船の侵犯問題等々をはじめ、経済協力等の問題ももちろんございましょう、そういう問題については、やはり率直に話し合うということが、むしろ日韓のこれからの問題の円滑なすべり出しのためにも必要ではないか。もちろん、私どもは日韓の相互関係については別の見解もありますけれども、それはしばらくおくとして、何か親善ということのために、言うべきお互いの率直な意見を、奥歯にもののはさまったような気持ちで終わるということは、両国のためにならないのじゃないか。もし外務省に竹島問題等懸案の問題についてちゅうちょする気持ちがあるとするならば、外務省の姿勢そのもの、あるいはそういう際にお互いが隔意なき意見の交換ということをちゅうちょする、そういうところに、やはり外交のこれからの行き方として考えなければならぬ点があるのではないか、こういう感じを率直にいって持つわけですけれども……。
  41. 三木武夫

    三木国務大臣 それは私も同感で、いろいろ懸案の問題を率直に話していいと思いますよ。しかし、そういう懸案がなければ、総理外国訪問できないとは私は思わない。行くことにも意義があるのだと思いますので、その機会にいろいろな懸案を率直に話すことは、それはそれとして意義を持っておるということで、言われることは私は何も否定する考えはないわけでございます。
  42. 角屋堅次郎

    角屋分科員 台湾のほうの訪問はまだ未確定であるということなんですが、外務省としては、総理が行かれるということであればけっこうだということでありますか。
  43. 三木武夫

    三木国務大臣 どこの国でも日本は敵視しないという政策でありますから、機会があるならば、国交を回復しておる国は、何も台湾に限らず、できるだけ総理機会を見て訪問されることは、それなりに意義を持っておると思います。特に外務省台湾訪問してもらいたい、こういう特にということではございませんが、できるだけ機会を得て、日本国交を回復しておる国に総理が行くことは、行くなりに意義を持っておる、こういう考えでございます。
  44. 角屋堅次郎

    角屋分科員 今月の二十六日から三日間マニラで開かれる東南アジア開発閣僚会議、従来ですと九カ国だと思いますが、ここでの中心議題はいろいろあるでしょうけれども、農業開発基金問題というものが一つの中心のテーマとしていろいろ討議がなされるというふうに聞いておるわけです。今度の閣僚会議には、外務大臣をはじめ、閣僚としてはどなたとどなたが行かれる予定ですか。
  45. 三木武夫

    三木国務大臣 ちょうど予算審議の末期で、私も国会に申しわけないと思っておるわけです。それで何とか国会の時間とダブらないようにできぬかと思ってやったのですけれども、参加国がたくさんあるものですから、日本だけの意思では会議の時期をきめるわけにもいきませんで、そういうことになって四月の二十五日に私は出発をするわけです。国会の予算審議の一番最終段階でありますので、ほんとうからいえば、農林大臣にも御出席を願いたいと思うのですが、国会の審議に敬意を表する意味において、外務大臣一人が参ることにいたしておるわけでございます。
  46. 角屋堅次郎

    角屋分科員 農業開発基金の運営問題について、これの適用範囲を、いま会議に集まって来る国以外のインドであるとか。パキスタンとか、そういうところまで広げるべきだという意見、あるいは九カ国でとりあえずすべり出してはどうか、いろいろな意見がありますけれども、日本政府としては、農業開発基金構想というものに対してはどういう姿勢で臨まれるわけですか。
  47. 三木武夫

    三木国務大臣 この基金を適用される範囲はどうかということは、この会議においても非常に問題になる点だと思います。しかし、東南アジア諸国は東南アジアに農業基金を使ってもらいたい、こういう考え方をみな持っておることは事実ですが、アジア開銀の立場からすれば、アジア開銀に加盟しておるアジアのほかの国々からは、やはりそういう基金をわれわれも使えるようにしてもらいたいという希望を持っておりますので、どのようにこれを調整するかということは会議の焦点の一つでありますが、日本は相当な額をこの農業基金に拠出をいたしたい考えでありますので、日本が拠出する金は主として東南アジアの農業開発に使ってもらいたいという、特別基金でありますから、その基金を出すものの意思を、この基金を出すときに表明をしたいと考えておる次第でございます。
  48. 角屋堅次郎

    角屋分科員 これは日本が提唱してでき上がったものですが、東南アジアの今度の開発閣僚会議では、農業開発基金以外に、日本として議題にのせて討議したいということは他に予定があるのですか。
  49. 三木武夫

    三木国務大臣 漁業開発のセンター、これがいよいよ産業部会でも結論が出ましたから、これは具体化する段階になっております。それから東南アジアの工業化、中小規模の工業の育成という問題を中心にして、工業化の問題、通信、運輸の整備の問題、こういうことが議題になって、そうして各国と率直な意見の交換をして、何らかの成果を生み出したいというのがこの会議の主たる議題だと考えております。
  50. 角屋堅次郎

    角屋分科員 いわゆる五年来のケネディラウンドの交渉がいまジュネーブで重要な段階にきておる。けさの新聞報道によりますと、四月末というふうに予定しておったけれども、五月に一日きざみで延びざるを得ないということで、ジュネーブの参加各国の幹部段階での意思がまとまったというふうに報道しているわけです。これは通産省関係外務省関係のそれぞれ事務クラスの最高レベルの人がいままで行っておるわけですが、いずれ閣僚会議、最終段階の会議でケネディラウンドの問題の決済をつけようということだと思うのです。三木外務大臣は、先月三十日の参議院の予算委員会でも、ケネディラウンドのとりまとめというものは日本の国益に合致するというふうな御答弁をされておるのです。ただしかし、ケネディラウンドが今まで五カ年近くいろいろずっと難航してきた経緯、そしてまた、日本もこのケネディラウンドのいままでの会議の中で一から十まで双手をあげて賛成であると言ってきた立場に必ずしもない。そういうことで、例の穀物協定の問題一つにいたしましても、あるいは低開発国に対する食糧――食糧がなければその他のものでの援助の義務規定を設けるというような、いろいろな問題も含めて、日本政府としても、これからの取りきめいかんという問題については、非常な努力をしていかなければならぬ問題を含んでおる。鉄鋼の問題一つにしても、化学製品の問題一つにしても、まだこれから最終的に煮つめていく中で、EECその他の関係各国といろいろ主張の差があるように思っておりますけれども、いままでの経過からして、ケネディラウンドの大詰めの政府考え方というようなものを、外務大臣から、情勢も含めて少しお話しを願いたい。
  51. 三木武夫

    三木国務大臣 私は全体として――個々には日本も不利なこともあるわけです。また、有利な面もある。こういうので、個々の問題については必ずしもケネディラウンドがすべて日本に有利ではないわけですが、全体として見れば、日本は工業製品を輸出する国であるし、その輸出ということによって日本経済の規模がきまるだけの大きな役割りを日本経済は輸出貿易にかけておるわけでありますから、関税がだんだんと下がっていくということは、こういう関税のもとにおいても国際競争力を日本はある程度持っておったのですから、関税が下がれば、さらに国際競争力というものは強化されるわけであります。また、関税が高いことによって日本の商品が世界の市場に行かなかったものもあるわけです。これで関税が下がってくれば、いままで海外に輸出できなかった物資毛輸出できるものもできてくるという長所もあって、長期的に、総括的に見れば、ケネディラウンドの交渉の妥結は、日本経済にプラスである、こういう判断をいたしております。しかし、その中で、いま御指摘になったように、穀物協定などについては、これは日本にはあまりいいことは少ないという面があるわけであります。しかし、その点は、こういう協定ができてしまいますと、日本も、それならば世界の市場から、協定できめられたよりもずっと安い値段で買えるかというと、世界的な価格協定ができるとなかなか買いにくくなるのです。したがって、そういうことも頭に入れながら、むろん、この穀物協定ができれば日本も多少の利益があるわけですね。安定した供給を受けられるとか、価格の算定などに対しても多少の便宜はあるわけで、穀物協定については、これは初めから小麦の値段を上げることはけしからぬという立場で、絶対に譲歩しないという立場じゃなくして、上げるにしても上げ方を合理的に、しかも、上げる価格帯の幅をできるだけ縮めて、合理的な値上げにとどめてもらいたいという努力をしておるわけでございます。穀物協定について、ただ穀物協定の中に食糧の援助を義務づけるということは承服できない、これは日本も食糧援助をいとうものではないけれども、この協定の中に、そういうふうに義務づけるということは、筋道は立たないではないかということを強く主張して、日本が譲らない態度をとっておるのが現状でございます。
  52. 角屋堅次郎

    角屋分科員 閣僚会議の開催の段階になれば、たしか、今度の場合は宮澤経済企画庁長官がおいでになる、こういう予定になっておると思いますが、そうですか。
  53. 三木武夫

    三木国務大臣 そのように、予定をいたしております。
  54. 角屋堅次郎

    角屋分科員 これは事務当局の段階でけっこうですが、小麦等による食糧援助の義務づけというものは、かりに協定の中にアメリカ主張どおり織り込まれるということになりますと、日本の場合、マスコミの報道等では、年間四千万ドル、約百四十四億円程度の食糧援助をやらなければならぬというふうに報道しておるわけです。これは一千万トンであるかどうかという量そのものがきまっていないわけですけれども、かりにアメリカ主張どおりとするならば、計算上どういうふうになるのでしょう。
  55. 鶴見清彦

    ○鶴見説明員 ただいま御指摘の御質問の点でございまするが、ある段階におきまして、先生御存じのとおり、アメリカ側では、これはトータルでございまして、年でございますが、年間に一千万トンのいわゆる義務的な計画援助というものをすべきであるという、そのときの一つの考え方といたしまして、これはまだもちろん確定したものではございませんが、アメリカあるいはその他の輸出国側がかつて主張いたしました日本のシェアといいますか、というものは約五%、そういたしますと一千万トンの五%でございますから五十万トン、最近の小麦の大体の実勢価格が六十五ないし七十ドルでございますから、七十ドルにいたしますと、五十万トンですから約三千五百万ドル、そういう一つの計算になるわけでございます。しかしながら、最近に至りまして、特に日本は計画援助というものに非常に強硬に反対してまいりました。また、イギリスとかEECも従来反対してまいりました関係からいたしまして、年間に一千万トンという総額が、最近に至りましては、そのままでは通らなくなっております。最近のいろいろな情勢によりますと、でき得るといたしましても、三百万ないし四百万トン程度ではないかというふうになってまいっております。  また、ただいま申し上げました日本のシェアとして言われております五%も、これももちろん確定的なものではございません。したがいまして、三千五百万あるいは四千万ドルというものを義務づけられるということは、まずまずないというふうに考えられるわけでございます。もし三百万ないし四百万トンといたしまして五%といたしますれば、十五万トンないし二十万トンということになりますから、したがいまして、トン当たり七十ドルといたしますと、約千二百万ドルないし千数百万ドルということになりますが、これは先ほど大臣から御答弁申し上げましたとおり、日本としては義務づけられるということには反対だという態度を貫いておるわけでございます。
  56. 角屋堅次郎

    角屋分科員 国際的に見て、残念ながら食糧輸入では日本がイギリスに次いで世界で二番目である、そういう見方もされておるのでありますが、ことに小麦については、日本の場合は大体七九%ぐらいは外国からの輸入に仰がなければならぬという現状から見て、小麦による低開発国へのいわゆる経済援助というのは、実態としてもおかしな話だと思いますし、従来政府がいわゆる義務づけということに対して強く反対をしてきておるという点については、私どもは当然の主張だと考えます。ただこの点についての見通しはどうなんでしょうかね。大蔵省でも穀物協定によって小麦が国際的にいま上がり傾向にあるという実勢から見て、上限、下限の幅のところの下限がやはり上がっていくということについては、金額によるけれども、ある程度認めざるを得まい。しかし、かりに認めるということになれば、さっきの外務大臣のお話じゃございませんけれども、それを日本だけが認めないといっても、国際的にそういうレベルアップになっている輸入の確保という問題も当然出てくるということもありましょう。しかし、反面、ある程度値上がりを認めるということになりますと、輸入の比率が大きいだけに、これは当然日本の国内に入ってくる外国の小麦の輸入額というもの、これは値上げせざるを得ない。それが食糧管理特別会計にはね返ってくる。したがって、いわゆる販売価格にも、それが当然ある程度、ダイレクトでなくても響いてくる。パンであるとか、うどんであるとか、これからそういう値上げがきちっとしたことになりますると、相当長期にわたって、そういう一般消費者にまで、協定の金額の結果いかんによっては影響を相当持ってくるという問題であるだけに、この値上げの幅という問題についても、国際的な話し合いだからしごく円満にとは必ずしもいかない。将来にわたる問題を現実に持ってくるわけでありますから、外務大臣としては、小麦等の低開発国への経済援助の義務づけというのはやらない、義務としてはやらないという形は貫けるというふうに見通しておられるのですか。貫けない場合はどうするかということは別にしても、貴きたいということはわかるが、大体いままで外務省からも行かれ、あるいは通産省からも行かれ、現在の情勢として義務としてやっていくということについては、もう取りきめの最終段階においてそれはなされないという方向にきまるであろう、そういう見通しに考えてよろしいですか。
  57. 三木武夫

    三木国務大臣 いずれの外交交渉でも、むずかしいのは、日本主張と国際的な要請をどう調和するかということが常に当面する問題でありますから、いろいろな外交交渉のときに、仮定を設けてどうだということを申し上げるのは適当でない。置きたいんだ、こういうことでごかんべんを願いたい。
  58. 角屋堅次郎

    角屋分科員 このケネディラウンドはいろいろ各国に意見があって、難航はしているけれども、いずれの国も、もうここまでいろいろ五カ年間にわたって話し合いした経緯もあり、また国際的な立場からのケネディラウンドの結着というものの各国のプラス・マイナスの影響の中では、差し引き勘定の客観的評価というものからして、大体五月の日刻みであろうけれども、最終的な閣僚会議で取りまとめられるであろう、こういう見通しが強いということを伝えておるわけです。問題はこの落着いかんによって、イギリスのEEC加盟問題あるいはEFTAの関係のEECへの加盟希望国の加盟が、具体的に相次いで爼上にのぼるであろうというふうなことも報道されております。まかり間違ってケネディラウンドは取りまとめができないというふうな形になるとすれば、アメリカが保護貿易主義を非常に強めてくるんじゃないかというふうなこともいろいろいわれておるわけです。取りまとめがなされるとして、今後のヨーロッパにおけるEECを中心にした外交の動きというのは、外務省としてはどういうふうに判断しておられますか。
  59. 三木武夫

    三木国務大臣 われわれも、ケネディラウンドは、多少の紆余曲折はあっても、最後はやっぱりまとまっていくだろうという見通しを持っておるわけです。それが成功しないということになれば、世界貿易の拡大に障害になることは明らかです。このことは、ケネディラウンドの取りきめが成功すれば、西欧の貿易についても、先ほど私が述べたように、関税の障壁によって輸出貿易の商品にはいろいろ限度があったわけですが、そういう点でいけるものもできてくるだろう。だから西欧貿易の上においても、これは大きな飛躍的な増大というものは考えていませんが、ある程度の輸出貿易の面における増大はやはり予定されるのではないか、このように評価しておるわけでございます。
  60. 角屋堅次郎

    角屋分科員 私が質問した具体的な問題の見通しにはお触れにならなかったが、けっこうでございます。  さらに今年七月の上句にバンコクでアジア・太平洋地域閣僚会議、いわゆるASPACの会議が開催される。まあ第一回のソウルで開かれたときは、日本もイデオロギーを持ち込まないように、政治色のないように、経済問題を中心にと非常に強い主張をされて、しかも、ある程度警戒ぎみの中で第一回の会議出席をされたというふうに私どもは記憶しておるわけですが、今度のアジア・太平洋地域閣僚会議に臨まれる外務大臣の姿勢としては、従来のそういう姿勢から方向を一歩前進をさせて、政治問題も含めてけっこうではないかというふうなことが報道されておるわけです。過般豪州の外務大臣が来たときにも、アジア・太平洋圏構想――私予算の代表質問で少しお伺いしましたが、そういう意欲的な考え方を述べられると同時に、具体的な両外務大臣のお話しのあとの発表を見ますと、アジア・太平洋地域閣僚会議の問題にも触れられて、もう少し、経済問題からさらに政治的な問題あるいは学術、文化、そういうものまで領域を広げて話し合うようにしたいということに対して、オーストラリアの外務大臣も、それはけっこうではないかという了承を与えたというふうに伝えておりますし、同時にまた、アジア・太平洋圏構想という中で、参加を予想されるニュージーランドあたりでも、すでに外務省に対して、政治問題も含めてやっていくことについてはオーケーであるということを伝えてきたとも新聞は報道しておるわけです。今度の七月のバンコクで開かれるアジア・太平洋地域閣僚会議に対して、ソウルで開かれた段階の日本の姿勢からもし変えておるとするならば、どういう背景のもとに、どういう情勢のもとにおいて、そういうふうに外務大臣として考えておられるのか。そういう点について少しく明なかにしてもらいたい。
  61. 三木武夫

    三木国務大臣 またソウルで開かれましたASPAC、これはいろんなプロジェクトを出してきて、こまかくいろいろな議論がなされたようでございます。しかし、これからのASPACというものの議論は、もっと大局的な議論であっていいのではないか、各閣僚が寄って来るわけですが、専門家でありませんし、いろいろなプロジェクトを一々こまかく検討するというのには、寄って来るメンバーが外務大臣ばかりでありますから、必ずしも適当でないのではないか、もう少し経済問題も、もっと大所高所の話し合いがあっていいし、単に経済ばかりに限らず、政治、文化、その他大局的な立場に立って話し合っていいのではないか。ただソウルと同じように、これにイデオロギー的な色彩を持たすことは、アジアの立場というものがみな違うわけでありますから、したがって、そういうふうな反共の国際会議である、こういうふうにこの会議を規定づけることはよくない。そういう点で一つのあるイデオロギーの上に立つというのではなくして、そういう立場ではなくして、政治、経済、文化、広く話し合ってみるような会議にしたらどうかという見解を持っておるものでございます。
  62. 角屋堅次郎

    角屋分科員 まあ、ソウルで開かれたときの日本政府考え方と違うのではないか。その後ベトナム問題については参戦国の会議も開かれた。それはまあ、そちらで中心的にやってくれるだろうから、したがって、この段階になってくると、政治的問題を含めるといっても、かんかんがくがく、ベトナム問題でということについては避けられるのではないかという判断が、いま政治問題も含めてという中に、外務大臣の胸に去来したのではないかという感じがする。しかしながら、加盟の九カ国は、いずれ劣らぬ反共主義の色彩の強い国でございます。政治問題も含めるといえば、アジアの今日の一番苦悩の問題ということになれば、当然ベトナム問題があります。あるいは、直接今日の時点では加盟をしておるわけではありませんし、当分、加盟は見込みとしてちょっとむずかしい中国というものの問題も、当然東南アジア等の政治的影響その他の問題もございますし、話題にのぼってくるというふうなことで、やはりアジア・太平洋地域閣僚会議に中立的な、あるいはもっと反共主義一本やりでない国々のさらに加盟の拡大ができるかどうかという問題についても、これは日本としても努力しておられるかどうか承知しませんけれども、七月のバンコク会議に向けて、従来の会合の参加国よりも、さらにこれとこれの国は参加の意思が明らかになってきておる、あるいはこれは参加の方向にあるというふうな情勢があるならば、そういう問題も含めてお話しを願いたいと思うのです。いまの参加国の姿で政治問題を取り上げるという日本政府考え方が出てまいりますと、日本政府はたなごころを返したように、一挙に今度の会議でみずから提唱をされないんだと思いますけれども、やはり、参加の反共主義の非常に粒ぞろいの国々との間の中で、日本外交の姿勢からいっても、政治問題を短兵急に持ち込むということがはたしていいのかどうかということについては非常に問題が多い。むしろ、そういう問題の議論の場を持ちたいということであるならば、もっとやはり各盟国を広げた形において隔意ない意見を話し合うという機会に、そういう問題まで広げるということを考慮してはどうかという感じがするのですけれども、先ほどのいわゆる七月上旬のバンコク会議に向けて、さらに加盟国が拡大をするという情勢にあるのかどうかということも含めて、ひとつ御答弁を願いたいと思います。
  63. 三木武夫

    三木国務大臣 いまのところは加盟国が非常にふえているという報告は受けておりませんが、これはできるだけ広げるべき性質のものだと私は思っています。また、政治といいましても、いろいろの問題で、政治という範囲がなかなか広いわけでありますから、なまなましいいろいろの問題を取り扱うのに適しておるとは思いませんが、たとえば、アジアなどにおけるいろんな地域紛争などもあります。こういうものをやはりアジア人の手によって問題を――まあベトナム問題は手に負えないにしても、そういう問題を解決するにはどういうことを考えたらいいか、そういうこともやはり一つの問題点だ。これからの地域紛争というものを、まあ、ほうぼうで起こっておるのですが、そういうものに対してできるだけ当事国で、アジア自身の手によってこの問題を解決していくというような仕組みが考えられていいのではないかと私は思っておるのです。だから、この政治というものが非常に――中共をどうするか、ベトナムをどうするか、そういう問題まであの場所で論じられることが適当だとは私は思っていないのですよ。いま言いよったのも一例でありますが、何か共通する大所高所の問題というものが、多少経済の範囲を逸脱するからといって非常に狭く経済考える必要はないのではないかというふうな感じを持っておるわけでありまして、今度は、もうソウルの会議に比べて政治問題中心的な会議にしたらいいと考えておるというふうな、そういう大きな方向転換を考えておるものではないのでございます。
  64. 角屋堅次郎

    角屋分科員 一つは、日本の主唱によって持たれてきておる東南アジア開発閣僚会議、あるいは従来から存在しておりますコロンボ計画、あるいは最近発足いたしましたアジア開発銀行、さらに東南アジア農業開発会議、いろんなものがアジア方面においても次から次へ生まれ、それが動いてきておる。そうしますと、ASPACのこれからの性格というふうなものが、東南アジア開発閣僚会議あるいは農業開発会議、コロンボ計画、アジア開発銀行、あるいはこれから農業開発基金、こういうふうに次々に生まれてくると、経済問題はいままでに述べたようなところでも中心的に議論がされていくというふうなこと等もあって、しかもベトナム問題ということについては参加国会議等もあることだから、それに直接触れることは好ましくないとしても、政治問題まで幅を広げて、外務大臣の御答弁によりますれば、アジア人の手で――手に負えない問題は別として、手に負える範囲内のことは、局地紛争から調停役の役割りをしてはどうか、こういうことから日本政府として政治問題の領域を広げるという考え方に立ったと見ていいわけでしょうか。
  65. 三木武夫

    三木国務大臣 一例として申し上げたので、あの外相会議はあまりこまかい具体的な問題、いろいろプロジェクトなどを議論するよりも、もっと大きな、何か大所高所に立った話し合いというものがなされていいのではないか。そういう場合に、あまり経済だけだというふうに限りますと、その話がより制約を受けるから、もう少し広い範囲内で率直な意見を交換するということが、会として、そういう一面があっても有益なのではないかということでございます。その一例として、地域紛争の問題なんかも、何かこれをみずからの手によって解決するような、これからそういう仕組みをつくり上げていくというようなことを、ひとつ考えてみる値打ちはないだろうかという、私の一例として申し上げたのでありまして、それがもう中心ということではございません。
  66. 角屋堅次郎

    角屋分科員 これからの低開発国援助に対する政府の方針の問題ですけれども、三木さんが、アジアの繁栄なくして日本の繁栄なしと言って、アジア外交の一つの大きな柱を置こうという考え方は、考え方として私は非常にけっこうだと思います。ただ後ほど若干触れたいと思いますけれども、アジアに目を向けるという考え方はけっこうなんでありますが、目の向け方が、アメリカ考えておる、あるいは期待しておる方向で、中共を取り巻く政治的、経済的、そういうふうな体制を日本がリーダーシップとしてだんだん整えていこうということでもしあるとするならば、これはやはりアジアに目を向けるといっても、外交の行き方として非常に危険な要素を持ってくるというふうに見えます。いずれにしても私ども数年前に諸外国を回ってみても、いわゆる平和共存体制という諸国民の受けとめ方というのは、ヨーロッパに行けばぴんとやはり実感としてもわいてくる。ベルリンのようなああいう壁を見ても、今日のヨーロッパの情勢の中では、不幸な事態ではありますけれども、緊張感という感じを率直にいって受けます。だから、ヨーロッパに主として位置しておるソ連が――もちろんソ連の考え自身もあるでしょうけれども、平和共存体制というものがヨーロッパ的風土の中から自然にやはり生まれなければならぬ要素を持っておるという私は感じがするわけです。ただアジアは、外務大臣が非常に格調の高い施政方針でも述べられておりましたけれども、貧困とかあるいは疾病とかいろいろなことが、イデオロギーの問題を抜きにしても、戦争の危険あるいは紛争の危険というものを国内的にも国際的にも非常に包蔵しておる、そういう緊張の空気というものがアジアから一掃されていかなければならぬ。そういう情勢の中で、平和憲法という世界に特異な憲法を持っておる日本外交の方針というものは、むしろアジアに目を向けられるということは当然のことだという感じを率直にいって持っておるわけであります。  で、低開発国援助という問題になりますと、日本のふところぐあいもあまり十分でないということもあるのでしょうけれども、まあマスコミばかりではございませんでしょう、やはり外務大臣とすれば、外交交渉の樽俎折衝の中で、いわゆるアジアにおける唯一の先進工業国というか、これは中国も国際舞台では評価しなければなりませんん、いわゆる樽俎折衝の舞台における唯一の工業先進国として、苦しい状態を見ると、気前のいい態度を示したい。ところが国内に帰ってくると、大蔵省の台所はきちっとすわっておられて、そうはいきません、国力相応で考えてもらいたいというところでぶつかるというのが、率直にいって今日の現状だと思う。私どもは、大蔵省の台所から言っておることばのほうが、おかみさんらしくて、国民の実感に合うという感じもするのですけれども、やはり目を国際的に向けて見ますと、そうしぶいことばかり言えない、そういう問題も理解をしていかなければならぬと思う。そういう点で、これからの低開発国への経済援助という問題に関連をして、いま輸出入銀行もございましょうし、あるいは海外経済協力基金もございましょうけれども、それぞれこれから新しい経済協力に対する各国の要請にこたえていくというためには、法制的にも場合によると改正をしなければならぬという問題があったり、あるいは運営上もさらに前進をさせなければならぬ問題があったりするのでございましょうが、新しい経済協力の体制を検討する必要があるというふうなことを外務大臣は言っておられるわけですね。この辺の考え方というのはどういうことなのでしょうか。
  67. 三木武夫

    三木国務大臣 国際会議などに出ましても、低開発国に対する援助は、金利も三分、二十五年以上というのがもう国際的な大きな潮流になっているわけですね。そうでなければ、普通の商売の金利を取って低開発国の援助などと言えるものではない。しかも、それならこの問題がそのままに捨ておけるか。世界の人類の三分の二があしたの飯に心配しながら生活をしておる。三分の一はいろいろ豊かなる社会をつくって生活をエンジョイするにしても、三分の二の、あしたの米に心配しておる人間がおるのだという事実に心を痛めないとしたならば、世界に人道的な良心というものはないということにもなる。そういう精神的なものばかりでなしに、一方においては、そういうことで平和がくずれてくれば、そのことがやはりすぐ影響するのですね。アジアに混乱が起これば、日本の安全に対して無影響だとは言えない。また日本がこれだけの産業発展を遂げて、貿易構造なども重化学工業に非常に転換していっておるわけです。一体どこの市場を日本の産業は将来あてにするのか。そうなればやはり低開発諸国以外にはない。だから日本の安全のためにも、日本の将来の経済発展のためにも、低開発諸国へ日本が寄与するということは、ただ人のためにばかりしておるのではない。回り回ってきて自分の安全や自分の発展にも影響しておる。そういうことで、私は、日本の国内にもやりたいことは一ぱいあるけれども、国民の深い理解を求めたいのであります。やはり道路もやりたい、家も建てたい、しかし自分の隣にこんなにたくさんの者が――アジアだけで十七億人おるのですから、その人間があしたの食糧の不安におののきながら暮らしておるというものに対して、日本が、やりたいこともあるけれども、それをさいてでもやろうという精神がなければ、日本というものはそんなに大きな世界的な国家になれるものじゃない。そういう点で私は理解を求めたい。  そこで、日本のいままでの海外援助というものは商売のベースですよ。輸銀にしても五・七五%の金利でなければ貸せぬといったら、五・七五%というものは、これは援助でありませんよ。そういう意味から、日本の海外援助、ことに低開発援助というものはここで根本的に再検討をする時期に来ておる。私は、これは身分不相応なことをせよというのではない。限られた自分の国力の中で、その条件は国際的な大きな流れに日本は沿わなければならぬ。そうでなければ、幾らやっても商売だということになれば、せっかくの日本のやりたいことがたくさんある中でさいてやっておる日本援助というものは、生きてこないではないか。金額は限られてもいいけれども、条件は国際的な大きな流れに日本は沿わなければならぬ。そういうので海外、ことに低開発国援助に対する日本のいままでの機構には再検討を加えるべきである、こういう点で加えたいと考えておる次第でございます。
  68. 角屋堅次郎

    角屋分科員 時間が来ているようでございますから、最後に、三木外務大臣になられてから超党派外交ということを――直接そういうことばを使っておられるかどうかはよく知りませんけれども、いずれにしても、過般核拡散防止条約についての政府考え方をお示しになって、各党にお会いになられた。私はそういう政党政治の時代ですから、政権を担当している政府が重要問題について隔意なく各党と話し合うという姿勢と態度は非常に歓迎すべきことだと思う。世上、超党派外交ということが盛んにまたいわれ出してきたのですけれども、私は超党派外交ということの前に、外交がやはり国民的基盤でなされるという意味における政府外交姿勢というものがきっちりしているかどうかということが出発点であると思う。各党が、外交問題にしろ、内政、経済問題にしろ、問題によっては独自の見解を持つということは、これは当然のことである。それが食い違っておるからといって、日本が不幸な事態であるというふうに一がいに言えないと思う。問題は、そういう隔意なき討議を通じて共通の広場というものが広げられるのか。あるいは問題によってはそれは平行線で終わるのかということがあっても、それは政党政治の中で各政党が外交、内政、経済で場合によって政府あるいは与党と見解を異にするというのは当然のことだと私は思う。それで、三木外務大臣がこれからさらに広げていきたいという、いわゆる超党派外交考え方というものの基本には何があるか。私は、そういう点では、超党派外交ということを提唱される以上は、従来の政府・与党の外交のとりきたった経過についての率直な検討と反省を加えて、これからの歴史的な国際的動きというものを客観的に見て、そして日本政府の誤りない外交を樹立していくという姿勢が主体的に生まれてこないと、形式的な超党派外交というものは実を結ばないのではないかという感じを率直にいって持っておるわけです。これは対中国問題、対沖繩問題あるいは対アメリカ問題も含め、アジアの諸問題に対する姿勢でもそうでしょう。われわれは天下を取っており、多数を持っており、したがってこれについてこい、これに協力していくのが超党派外交ともし言うのであれば、これは非常に誤った考え方である、こう言わざるを得ない。三木さんが最近非常に熱を入れられてきたいわゆる超党派外交というものの基本的な考え方はどこにあるのですか。
  69. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、自分で超党派外交ということばを使ったことはないのです。それはなぜかといったら――それは好ましいと私は思っていますよ。外交問題が党派を越えて取り扱えるような政党政治になれば、国民に政党政治に対する非常な安定感を与える。それは好ましいけれども、現実は、外交政策、問題の認識、事実認識の上においても、これをどうやるかという基本方針の問題についても、あまりにも各政党間に開きがあり過ぎて、超党派外交という旗を立ててやるだけの外交的環境が日本にできておるとは私は思わない。それなら、このままでいいかというと、私はそれはいいと思わぬですよ。各党の違いがあっても、問題によったら一緒に話し合って、そして、そういう各党の意見も反映しながら、国民的合意のもとに外交を進めていくということが本筋です。したがって、これは共同歩調がとれるのではないかという問題は、ケース・バイ・ケースで、こういうことについては私は野党と大胆に話し合いたいと思っています。しかし、全部旗を立てて超党派外交をやるんだという、そういうふうな条件は日本にない。問題によったならば野党と話し合って、そして外交をできるだけ国民の合意によって進めていくというのが、外交の取り組み方としてはそれが本筋だと思っている。ただ、お願いしたいのは、野党の各流の方々も、外交問題というものを、もう少しやはり現実的に、この問題と取り組もうという態度も要るのではないか、イデオロギーで外交をやっておる国はどこにもないわけですから、イデオロギーというのははやらないようになっておる。むしろ現実に、どうやったらめしが食えるか、どうやったら学校が建つかということに取り組んで外交が行なわれているのが今日の世界の大きな傾向ですよ。あんまりイデオロギーだけでやっておる国はどこにもない。それは共産圏の中にも少数の国があるにしても、だんだんとこれは変化してくるのですね。だから野党各派もこういう外交を超党派的に扱えるような、最も国民が見ても好ましい条件が日本の政党政治のの上に生まれるためには与党も反省をしなければならぬところはたくさんありますよ。しかし、野党の諸君にもどうか外交問題をもう少し現実的に取り扱うような態度を持ってもらいたい。そうすればだんだんと共通の土俵というものができていくのではないか。私は将来に対する希望は捨ててない。その努力はやはりしなければならぬと考えておるわけでございます。
  70. 角屋堅次郎

    角屋分科員 以上で終わります。
  71. 北澤直吉

  72. 渡部一郎

    渡部分科員 私は沖繩問題特別委員会の委員の一人でありますが、沖繩問題特別委員会のほうが現在時点におきましてはまだ十分な運行を示すに至っておりませんので、この席をおかりしまして、沖繩の問題について少々お伺いしたい、このように考えるものであります。  まず第一に、いわゆる日の丸の掲揚の問題について政府が非常に御尽力をなされたそうでありますが、第十二回の日米協議委員会におけるこの問題に関する取りきめの内容につきまして、御説明をお願いしたいと思います。
  73. 三木武夫

    三木国務大臣 御指摘のように三月幾日でありましたか、第十二回の日米協議委員会でこういうことが合意に達したのです。日章旗の上に三角の旗、これは琉球とローマ字と漢字とで書いて、そいつを両方ワンセットとして沖繩の漁船につけるということにアメリカは同意したわけです。それでいまはこのための国内法もやはり整備する必要があるので、米国政府が国内法の整備をいたしておる段階で、遠からずこれが実施されるものだと、こういうふうに考えております。
  74. 渡部一郎

    渡部分科員 ただいまの御発祥でございますが、新聞の報道によりますと、沖繩における日の丸の掲揚というものが非常に実現がおくれている。このおくれている問題について非常に不満がある。米民政府によると、手続としては政令を改正しなければならない。変型デルタ旗については米の布令五十七号で規定されておる、これが琉球船舶を示すものであるということは通告されておるので、これを変えるための改正手続が必要だ、手続が必要だということについて、これを改正するのに一カ月以上かかっているのが私は理解できない。地元の業者から大きな非難が起こっておる。なぜこのように時間がかかるのか、またこれに関しましてはいつできる見通しがあるのか、また外務省としてはこの問題についてアメリカ政府に督促をなさったのか、そこら辺の点についてお伺いいたします。
  75. 三木武夫

    三木国務大臣 これは沖繩の人たちにもたいへん喜ばれることなのです、とにかく日章旗が掲げられるわけですから。そういうことで今後とも国内の手続が要りますから、そのこと自体が合憲に達したことで、その問題の本質がどうこうというのではないのですよ、国内の手続に手間どっているので、沖繩の人たちにも一日も早くこれの実現を望んでいるのですから、今後外交の場を通じて促進をするように努力をいたします。
  76. 渡部一郎

    渡部分科員 いま外務大臣はこれについて促進の手を打つとおっしゃいましたので、その点は了承いたします。  しかし、今度は、これについては外交保護権の問題がからんでおって、これが未解決である、こういう報道が行なわれておりますけれども、沖繩の船員、船舶に対する外交保護の問題については、外務大臣はいかに考えられておられるのでしょうか、その基本的な態度をひとつ伺いたい。
  77. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 沖繩の船舶旗の問題は、沖繩の船舶に関する管轄権が全部日本のほうに戻ったということでは遺憾ながらありませんので、今後とも海外における船舶に対する保護はアメリカ側に残ることになります。しかしながら、船員に関しましては、海外における沖繩住民の外交保護は第一次的に日本のほうに来ることになりますので、その意味では、船員に関してはわがほうの外交保護が第一次的に動く、いわば両方並行する形になるように思います。
  78. 渡部一郎

    渡部分科員 それではその問題をちょっとお預かりをしておきまして、一つ伺いたいのでありますが、沖繩の船舶にこのたび掲揚を許されました三角形の旗プラス日章旗というものは、これは一体どこの国旗であり、そしてどこの権威を象徴するものであるのか、その点についてお伺いしたい。
  79. 三木武夫

    三木国務大臣 これは沖繩の船舶を示すものである。日章旗があってその上に三角のデルタ旗、これをワンセットとして沖繩の船舶を表示するものである、このように考えております。
  80. 渡部一郎

    渡部分科員 沖繩の船舶を表示するものであるということは、これは日本の船であるということを表示するものであるかどうか、もう一回重ねて伺います。
  81. 三木武夫

    三木国務大臣 船籍が日本の船籍でないのですから、日章旗だけだということも、これはやはりその根拠がないのですから、日の丸を掲げたいという沖繩島民の要望にもこたえ、しかし日本の船でないという現実にも思いをいたして、そういう旗ができたわけでございます。
  82. 渡部一郎

    渡部分科員 私は経緯を伺っているのではなくて、この旗が日本の国家を象徴するところの旗であるかどうか、それについて伺いたいのであります。
  83. 三木武夫

    三木国務大臣 国家を象徴するものとしたら、上のほうにデルタ旗があるのはちょっと象徴するとは言えない。国家を象徴するものであると、こうずばりと申し上げられない。
  84. 渡部一郎

    渡部分科員 そうすると何ですか。
  85. 三木武夫

    三木国務大臣 沖繩の船舶に掲げる標識を、やはり日の丸を掲げたいという沖繩の人の気持ちにもこたえ、しかし日本の船でないから日の丸を掲げられないという現実にもこたえて、知恵をしぼって、そういう標識を生み出したということでございます。
  86. 渡部一郎

    渡部分科員 非常に御苦心のほどはよくわかるのでございますが、それは明らかに日本の国旗ではないというふうに、このワンセットは了解するのが至当ではないかと思いますが、どうでしょうか。
  87. 三木武夫

    三木国務大臣 そのワンセットは、国旗ではありません。三角旗はありますけれども、しかし、その下にあるものは、法的にはともかく、感覚的には日本の国旗そのものであります。
  88. 渡部一郎

    渡部分科員 いま、感覚的には日本の旗のようなものが下についたワンセット、二枚一組の万国旗風の旗である、信号旗のようなものである、このような意味の御返事があったと了解しますが、よろしゅうございましょうか。
  89. 三木武夫

    三木国務大臣 感覚的には、日本の日の丸だと思います。法的には、日本の日章旗を沖繩の船につけるということは許されない。したがって、法律的にはワンセットになった標識である。感覚的には日章旗そのものであります。
  90. 渡部一郎

    渡部分科員 これでようやくはっきりいたしましたが、法律的には日章旗を掲げることは許されないと、いま大臣は言われました。そうすると、ここで、総理大臣の今回の施政方針演説の中及び三木大臣のあの賢明な演説の中において、この沖繩船舶に日章旗あるいは日の丸を掲揚する問題がみごとに解決したというような表現があったと、私は理解するのでありますが、これは明らかなる誤りであると思いますが、いかがでしょうか。
  91. 三木武夫

    三木国務大臣 私の演説の中には、そういうことはなかったと思う。総理の施政方針演説にあったでありましょう。それは誤りでありません。われわれ感覚的にいえば、みな沖繩の人たちが望んでおるのは、やはり何とか日の丸の旗を――デルルタ旗の三角形の旗ばかりでは、何か誤解をした場合にも、沖繩の潜在主権は日本が持っておるという事実を表示するためには、三角形、デルタ旗だけでは不十分で、日本が潜在主権を持つ沖繩の漁船等に何か表示ができないかということが、沖繩の人たちの願いであったわけですから、その願いにこたえて、日の丸そのものですから、日の丸そのものを掲げられるということは、総理が日の丸を掲げられることになったと言うことは、私は誤りであるとは思いません。
  92. 渡部一郎

    渡部分科員 私は、日の丸というのは、日本の国旗に寄せられる名称であると思います。それに対して、日の丸を掲揚する問題に対して解決を見た――これは総理の演説のコピーでございますが、解決を見たのではなくて、日の丸と似たものを沖繩船舶旗として掲げたのであって、日本の国旗ないしは日の丸を掲げたのではない。つまり、これは名前も実も日の丸でないものを持ってきて日の丸の問題を解決したというのは、沖繩の人々に対する重大な侮辱ではなかろうかと、私は感ずるのでありますが、どうでありましょうか。
  93. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、侮辱どころか、外交交渉というものは時間がかかったわけです。初めから日の丸を掲げるようにしようということではなかったんです。それは、船の船籍が日本の国籍でないものに日本の旗を立てるということは、船舶法にも違反しますから、何とか日の丸との併揚ということを考えて、それで外交交渉を続けておったわけです。外交というか、日米協議委員会で、私が外務大臣になります前からずいぶん時間がかかった。これは何とか解決しなければならぬということで努力をしたのです。選挙中であったのですけれども、非常に努力をして解決をしたあとでありますから、総理大臣の日の丸を掲げる問題は解決いたしましたという話は、少しも誤りではありません。沖繩の人を侮辱するどころか、何とかしてこういう船舶法とか、いろいろな規定があってむずかしい中にあっても、沖繩の人々の気持ちを生かす方法がないかといって、努力の結晶でありますから、侮辱どころか、沖繩の人々に対する深い総理の配慮の結果である。侮辱なんていうことは、全然思いも寄らぬことであります。
  94. 渡部一郎

    渡部分科員 ますますおこらせるような話で恐縮でございますけれども、もう一ついやみを申し上げたい。公海に関する条約については外務大臣はつとに了承せられておいでになると思いますが、その第六条に、船舶の国旗に関する規定がございます。失礼でございますが、読ませていただきます。第六条一項は「船舶は、一国のみの国旗を掲げて航行するものとし、国際条約又は本条約の諸条項に明白に定められた特別の場合を除くほか、公海においてはその国の排他的管轄権のもとにあるものとする。船舶は、所有権の真正の譲渡又は登録の変更の場合を除くほか、航海中又は寄港中にその国旗を変更することはできない。」第二項「二以上の国旗を便宜により使用して航行する船舶は、他の国との関係においてそのいずれの国籍をも主張することができず、かつ、無国籍の船舶と同一視されうるものとする。」というふうにございまして、公海に関する船舶の国旗に関する規定としては国際的にはこれのみでございますが、このような立場から類推いたしますと、現在この沖繩の船舶旗というものは、この下部についているものが日章旗である、日の丸である、日本の国旗であると認めるならば、二以上の国旗を便宜につけて使用するということは、これはいずれの国籍をも主張することはできない。上についている三食旗が沖繩の何かをさすのかもしれませんが、その下に、もう一つ何かついている以上は、これは無国籍の船舶と同一視される立場ではないか。それでは私は、このような問題について、むしろ外交方面の問題なんかも関連するのでありますが、沖繩の船舶の法的関係について不安定な状況を示しているものであると思います。この点について、日の丸を掲げたということばの裏には、このような沖繩の船舶の外交的地位の極度の不安定をカバーするところの意図的なものを、きわめて濃厚に私は受け取るのであります。まことに遺憾であると存ずるのでございます。この点につきまして、沖繩船舶の外交保護の問題、また、無国籍船舶と同一視されているようだが、この沖繩船舶の問題について、外務大臣の御意見を承りたい。
  95. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、日章旗、感覚的に日の丸であると申しておる。法律的に、私は、日本の国旗そのものを掲げたのであるというのであれば、言われるとおりであると思います。しかし、国民の感覚的には日の丸そのものです。しかし、法律的には、三角のデルタ旗と両方合わしたものが、ワンセットになって沖繩の船籍を示すものである。だから、これは日本の国旗である、これは沖繩の何である、こう分けて考えられない。ワンセットにして沖繩の船籍を示すものである。しかし、われわれの感情から言えば、感覚的には日の丸そのものである。しかし、法律的には、それは日本の国旗ではない。
  96. 渡部一郎

    渡部分科員 わかりました。  それでは今度は、これは新しい沖繩の船舶旗でありますが、これはもはや法律的には日の丸ではない。この船舶旗を掲げた沖繩の船が、一体外国において、公海下において、どこの管轄権のもとにあるのか、その点についてお伺いしたい。
  97. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 その船籍が沖繩にあるという観点からすれば、法律的にはアメリカ合衆国、それから外国の港に入っておるという観点からすれば、そこの領域の所在の管轄にも服するということになると思います。
  98. 渡部一郎

    渡部分科員 沖繩の船舶は、これは外国の領海、港に入ると、日本外交保護権下にあるというような意味合いのことが前にも説明されたように思うのでありますが、その点はいかがでございましょうか。
  99. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 外交保護権という観念は、自国民外国におります間に、外国政府当局等から不当ないし不法の取り扱いを受けた場合に、その保護のために外交上の申し入れをしても、これはその国の内政干渉ということにはならない、そういう意味の権利でございます。そういうものとしては、日本が、かりに沖繩の船籍であるということで外国政府に申し入れをしても、別に外国で怪しまれないと思いますけれども、しかし、第一義的には、アメリカがその責任を持つ、法律論としては、でございます。そういうことでございまして、これは国民でありましても、船舶でありましても、同様に考えてよろしいかと思います。
  100. 渡部一郎

    渡部分科員 従来、デルタ旗を掲げた沖繩船舶がしばしば銃撃をされた。私は、その総件数が幾らになるかは、これは寡聞にして存じ上げないのでございますが、私が新聞で拾ったところでは、全部で八件ございました。これに関する賠償の問題、あるいは沖繩住民のほうについては、どのような手が打たれているであろうか。私が新聞紙上で拝見するところにおきましては、はなはだもって投げやりな、まだ対策が打たれていない、賠償問題については、交渉のしょうがない状況だというふうに報じられていると思うのでございますが、いかがでございましょうか。それについての日本政府としての対案、対策等も、あわせてお伺いしたい。
  101. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 ただいまの銃撃のお話は、実は私ここではっきり記憶しておりませんですが、あるいはインドネシアその他の水域においてそういう事件があったことをさしていらっしゃるのかと思います。最近にもフィリピンで、これはたしか領海侵犯で、フィリピンの水域を侵したということで、向こうにつかまった事件もございます。そういう場合には、いま条約局長からお話がありましたように、第一義的には、アメリカ政府が釈放その他について、フィリピン政府とかけ合うわけでございますけれども、実際問題としては、わがほうの出先におきまして、ちょうど本土籍の船も同じような事件がございましたので、これはアメリカ側とも連絡の上、一括フィリピン側と交渉をいたしたようなわけでございます。これは幸い、たしか釈放になったと記憶します。そういうようなことで、法律上、第一義的責任アメリカにあるとしても、わがほうの出先においても、できる限りのあっせん等に当たっておるわけでございます。
  102. 渡部一郎

    渡部分科員 先ほどのお話にちょっと戻らせていただきますが、二つ以上の国旗を便宜に使用して航行する船舶は、他の国との関係において無国籍の船舶と同一視するという規定が、公海に関する条約にございます。私は、はなはだ心配しているのでございますが、沖繩の今度の船舶は、感覚的には日の丸、そしていわゆる沖繩船舶旗を表示して航行しております。そうしますと、これは諸外国においては、二つ以上の旗を便宜に掲げておるわけでありますから、依然として無国籍船舶として銃撃される危険性がきわめて濃厚にあるのではないか、その疑いを感ずるのでありますが、これについて所信と対策をお伺いしたい。
  103. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 第六条の第二項に触れるような懸念はないと存じます。と申しますのは、先ほど大臣からもお話がありましたように、日章旗は国旗と観念すべきものではないという点が一つ。それからデルダ旗は、これは国旗でないわけでございます。この第六条の規定は、第一項、第二項をあわせて読みますとはっきりいたしますが、とにかく二つの国旗を掲げていくとどっちの国旗に属するかわからぬから、こういうものは無国籍として扱うということでございます。いまの沖繩船籍を示す旗は、諸外国に通報することになっております。沖繩船籍であるということは、そういう通知を受け取った国にははっきりいたすわけでございまして、無国籍の扱いになるというおそれはない、かように考えます。
  104. 渡部一郎

    渡部分科員 外務大臣も同意見でございますか。
  105. 三木武夫

    三木国務大臣 それはいま言っているように、国旗ではないのですから、デルタ旗は国旗ではない、日章旗も国旗として掲げているわけではないのでありますから、それに当然抵触しないと解釈すべきだと思います。そのことによって、やがてこれが実施されるならば、各国に登録するわけですから、だから、特にこういう旗を掲げたから襲撃を受けるなどということは、考えておりません。それはかえって沖繩の人たちのある程度希望も達成できて、結果的には好ましいのではないか。このことによって襲撃を受けることがふえるなどということは、沖繩の人はそういうことを考えていないと思いますが、そういうことはそういう不安を与えるものではないと私は思います。そういうことはないと思います。
  106. 渡部一郎

    渡部分科員 まことにしつこくて恐縮ですけれども、デルタ旗の場合も、各国には登録はされておるはずでございます。ところが、そのデルタ旗を掲げた船がいままで現に銃撃をされたわけでございますし、領海侵犯等の問題でやられたわけです。そうすると、この旗につきましても、これは国旗ではない、これは一つの旗にすぎないと、いま三木外務大臣は言われましたけれども、この旗にすぎないもの、国旗でない旗を掲げた沖繩船舶旗が、他国において、これは国旗ではないという意味から、大きな間違いを生ずることになるのではないか。その点について御見解を伺いたいと思います。
  107. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、そういう紛争問題というものは、領海侵犯とか、いろいろなほかの原因があって起こるので、あれはああいう旗を掲げているから襲撃してやろうという、そんなものではないと思いますよ。原因はほかにある。そうしてその旗が、一つの新しいそういう組み合わせの旗がきまるわけですからね。各国にもこれをできるだけ周知徹底さすような努力をするわけでありますから、ああいう旗を掲げているから襲撃してやろうということはない。そういう人類の善意を、私はあなたにもっと信じてもらいたいと思います。
  108. 渡部一郎

    渡部分科員 非常に善意あふれる御返答で恐縮に存ずるのでございますが、私は、人類の中には、やはり悪人もまだだいぶいると信ずるのであります。そこで私は、あえて今度はもっとつむじの曲がったことを一言お伺いしたい。  それは、前回におけるところの本予算委員会におきまして、公明なるある議員から、いわゆる沖繩船舶旗を掲げた沖繩の船が他国の船から砲撃を受けている、ところが、海上自衛隊の自衛艦なるものが通りかかった、そのときに何もしないのか、するのか、こういう話がございました。ところが、これに関しまして、海上自衛艦に対してこれを守れと命令するのは総理の――総理はそのように答弁をなさいました。そうして、それは民族感情からの問題である、このように申されました。そこで私は、ここで一つの例を申し上げたい。アメリカアジアのある国と交戦状態に入っておったといたします。現に入ってもおるのでありますけれども、そうしました場合、沖繩の施政権者であるアメリカが、沖繩の船舶を使用していわゆる戦時禁制品の海上輸送を命じたといたします。その場合、この輸送船をその相手国の軍艦が公海において発見してこれを拿捕あるいは砲撃することは、国際法においては何ら認められないところではない。つまり、当然そういうことは起こり得ることだと思います。そういう場合に、日本の海上自衛艦はこれに対し、撃て、砲撃せよ、あるいは守れ、こういう総理の命令に基づいて行動するのを妥当と思われるかどうか。その点について、外務大臣には、特に総理のかわりに三木総理というあだなもいまや非常に有名になりつつある現在時点におきまして、あえて御返答をお願いしたいと思うのであります。
  109. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、仮定を置いていろいろ考えることが度を過ぎると、人間神さまになったらどうするかというようなことで、仮定でいろいろどうする、ああすると言うことは誤解を生ずる場合があって、あまり有益でない場合が多いと思いますので、そういう仮定のもとには、恐縮でございますけれども、御答弁申し上げないほうが適当ではないか。度が過ぎたら、いまのようになりますから……。そういう感じを持っておるわけでございます。
  110. 渡部一郎

    渡部分科員 いまの質問は仮定の質問だと言うのですが、この問題につきましては、現に沖繩の船舶は航行しております。アメリカ東南アジアの諸国とも交戦中であります。現に、沖繩の船舶は多数徴用されております。仮定の質問ではないと私は思います。きわめて濃厚な、それこそ起こり得べきチャンスがあると思います。したがいまして、あえて外務大臣の御答弁をお願いいたします。
  111. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 船舶の問題に限りませんが、どっちが侵略し、どっちが自衛権を行使しているということを全く抜きにして法律論をすることはできないと思うわけでございます。よく、北ベトナムが日本に攻撃してくるのは、日本アメリカの補給基地として使われている以上当然じゃないか、国際法上許されるのじゃないかという御質問を受けたことがありますけれども、これはやはり、一方のやっていることは違法な軍事行動であり、他方がやっていることは、これに対して正当な自衛権の行使であるという見地からいたしますというと、北ベトナムがそういうところまで軍事行動を広げるのは、武力攻撃の拡大行使にほかならないのであって、そういうものは国際法上許されない行為である、かように考えるべき問題であると思います。
  112. 渡部一郎

    渡部分科員 国際法上許されない行動がございました場合は、一体外務大臣日本政府の名のもとにおいて、当該国に対して抗議あるいはその保護を行なうべく実際的な権限を行使されるおつもりがあるかどうか、重ねて外務大臣にお伺いしておきます。
  113. 藤崎萬里

    藤崎政府委員 先生もよく御存じのように、北ベトナムとは外交関係もございませんし、現に事実上戦闘行為がアメリカとの間で行なわれておるわけでございます。そういうようなケースがかりに起こったといたしましても、これを外交交渉で取り上げるということは不可能であろうと思います。
  114. 渡部一郎

    渡部分科員 私は、今度は問題を変えまして、御承知でございましょうが、実は四月十三日の新聞報道によりますと、沖繩の米軍におきまして、道路の上も基地の中であるという新解釈のもとに、沖繩占領軍関係労務者組合の幹部がビラを配布したところが、米軍の憲兵の手で逮捕された、こういう件が報道されております。この件について一言見解をお伺いしたい。なぜかと申しますと、道路と申すのは、これは公用地であり、そうして住民が自由に使用できる地域であるというふうにわれわれは了解しております。また、地元においてもそのような見解でございました。ところが、この米軍の問題というものは、米軍の解釈によりますと、軍用といわれている道路は軍の管理財産であり、米軍基地内であるというような解釈に立っているようでありますが、このような見解について御存じであるかどうか。これについてどういうふうに考えられるのか、外務大臣に御答弁をお願いします。
  115. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 先般の事件に関しましては、まだ詳細のはっきりいたしません点もございますので、現地について調査中でございます。しかし、一般的に申しますと、いまのお話のように、沖繩の公道の中には、米軍の費用において維持されておるものがたくさんあるわけでございます。しかしながら、われわれの了解しますところでは、それだけをもって、そういう道路はすべて、木上でいえば米軍の施設である、こういうことには必ずしもなっておらぬようでございまして、たとえば今度事件が起こったという道路、それから沖繩の本島の西海岸を通っているいわゆる国道一号、これなどは実際の取り扱いにおいて同じではないようであります。つまり、今度の事件の起こったといわれます場所は、これは一見明らかに両側とも米軍の基地になっておりまして、そういうところの道路の扱いと、それから国道一号のように、そういうところでないところとは、米軍の扱いも違うと承知をいたしております。しかし、この事件に関しましては、なお詳細取り調べ中でございます。
  116. 渡部一郎

    渡部分科員 そういたしますと、このような問題に関しては、まだ情報が正確でおありでないようでございますから、私はこれ以上の追及につきましては、この場では控えさせていただいて、東郷局長に次会の際にでもこれに対して十分な御研究と御回答をお願いしたいと思うのでございます。  私は、この際申し上げておきたいのでありますが、沖繩本局においては、軍用として接収している地域は一一・七%であります。しかも、その中で軍用道路は百十九キロに及ぶといわれておりますが、このような長距離にわたる道路がことごとく軍用地である、あるいは軍事基地であるとして認められるならば、これは沖繩の住民福祉に対するきわめて重大な侵害であると信ずるのであります。しかも、施政権の返還の方向に向かって鋭意努力が日米両者において行なわれている最中におきまして、かような事態が起こったことはきわめて遺憾なことであって、そうしてこの新聞の報道どおりであるならば、これは日本政府としても、米国政府に対して一言の警告あるいはその見解の釈明を要求するのが至当ではないか、このように信ずるのでございます。その点につきまして、外務大臣に一言御返答をお願いいたします。
  117. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 その点に関しましては、いま申し上げたごとく、事情をよく調べまして、なおアメリカの軍側に行き過ぎがあれば、外交ルートその他をもって事態の改善につとめるように努力いたします。いずれにしろ、取り調べ中でございます。
  118. 渡部一郎

    渡部分科員 外務大臣も御同様の意見でございますか。
  119. 三木武夫

    三木国務大臣 この軍用地については、やはり最小限度にとどめておいてもらいたい。それからまた、補償というものも十分にするようにしてもらいたい。それから強制力でなしに、話し合いで問題を解決するようにしてもらいたいとわれわれは願っておる。そういうことで、行き過ぎがあったならば、外交交渉を通じてアメリカには申し入れるつもりでございます。
  120. 渡部一郎

    渡部分科員 非常に御丁寧な御答弁をありがとうございました。  それでは、私は最後に、きのうの夕刊について申し上げてみたいと思います。すでに御承知でございましょうが、某紙の夕刊によりますと、沖繩住民は即時復帰よりも段階的復帰論がようやく力を占めるに至った、そうして、祖国に対する強い不信感がある、特に沖繩と本土との間に深い密接な関係を持っている方のほうが、より強く日本政府の施策に対して冷たいと評価するものが多いという冷厳な報告があがっております。この東大調査団の報告書につきましては、要旨についてこれが紹介されておりますので、おそらくはお読みになったことではありましょうし、内容についてはさらに御検討も要るとは思いますが、私は、沖繩政府が、沖繩の住民が、日本政府は冷たいと感じているこの問題だけは、ゆるがせにできない評価であると思うのでございます。新聞の見出しには「離れゆく沖繩の心」とございます。私は、ここで沖繩の問題について想起したいのでありますが、戦争が末期に、至りまして、七万の日本の将兵が命を失い、十二万の沖繩の住民が命を失った。その沖繩の本島に対して、われわれは今日に至るまで長い間ほとんど放置状態である。しかも、沖繩の犠牲においてわれわれは今日の大きな繁栄を享受しておると、沖繩の人々が大いに怒っておる声も聞こえてまいっております。しかも、沖繩の人々がどのような思いをして祖国復帰運動を行なっているかについても、明快な御返答がないのであります。そして私は思うのでございますが、特にきょうは日の丸の問題についてやかましい議論を申し上げました。まことに恐縮でございましたが、私は、この日の丸でも、日章旗をあるいは日の丸を掲げることができたというふうに沖繩の住民には思わせてはいるけれども、内容においては、審議において明らかになりましたように、国旗ではないものを沖繩の住民にあてがってしまった。また、この問題につきましても、道路が全部アメリカの軍用道路だ、このように、軍用道路だなどと言われてしまったら、沖繩の住民としてはだれにこれを訴えるすべもない。施政権者であるアメリカにこれを訴えることもできぬとするならば、血のつながりを持つ日本国民がこれに対して応ずるのは至当ではないか、私はこのように感ずるのであります。しかも、船舶についてもその保護権が明快ではない。そうして、事件が起こった場合はアメリカの第一義的な保護権下にあるのであって、そうしてこれに対しては、日本政府としては何も交渉することはできない。また、自衛権の問題について伺いました場合も、この問題については何もできないというような御返答があったようでありますが、こういう先ほどからの四つの回答を見ておりましても、何かしら冷たい冷たい感じがこみ上げてまいるように存ずるのでございます。私は、沖繩の島民がここにおってこの審議を聞いておられたら、なぜもっと愛情の深い返答ができないのであるかということを異口同音に感じたのではなかろうか。私は、この国会の審議の中で、離れゆく沖繩の心を、そしてひずんでいる沖繩の人々の心を取り戻すためには、もっと愛情のある御回答があってしかるべきではなかろうか、かように感ずるのでございます。したがいまして、私はこの際御提案を申し上げたい。それは、単なる観念論や単なる道徳論や気分の問題でこれを論ずるのでございましたら、私のこの意見は言いっぱなしで終わりだと思います。私は、これは国会の審議なのでございますから、これを何とか具体的な形をもって沖繩住民の意向を――われわれは遠く離れて、子供を見捨てた親のような立場であります。そしていまは、まま子として預けられているような沖繩というものを、私たちの親の手に取り返すその日までは、私たちはなるべくそのまま子の意向を十分に聞いて、現実の力はないかもしれないけれども、それを現実の力ある施策として現実化するための努力が必要なのではなかろうか、このように思うのであります。したがいまして、私は、現在日本アメリカ琉球政府と、この三者の間に各個ばらばらに行なわれております協議というものを一本化いたしまして、日米琉三政府用によるところの――おかしな組み方であるかもしれませんけれども、三政府によるところの委員会を調節して、そこにおいてさまざまな問題を協議するという形がとられるならば、沖繩の住民にとっても大きなプラスになるのではなかろうか。これは一部分の問題については行なわれているところでありますけれども、これをさらに全般的な政策的な施策に取り上げるのが至当ではないか、私はこの問題について外務大臣の基本的な姿勢についてお伺いしたい。いますぐできるとか、できないとかを私は何っておるのではないことをつけ加えまして、その姿勢をお伺いしたいと存ずるのでありまして、私の質問のまとめとしたいと思います。お願いします。
  121. 三木武夫

    三木国務大臣 私もその新聞は読んだわけでありますが、やはりそういう調査は非常に参考にしなければならぬと思います。ただ、日本が冷たいという感じを持たしたとしたならば、これは非常に残念なことだと思います。日本政府として、沖繩ぐらい深く心を痛めておる問題はないのであります。総理の「沖繩問題を解決しなければ戦後は終わらない」と言ったのは、やはりほんとうにわれわれの感じを率直に述べたことばだと、私は受け取っておるわけであります。したがって、できることならば、何でもしたいということであります、小さいことであっても。ただしかし、いきなり施政権の返還ということについては、いろいろ極東の軍事情勢の要請なども、これは無視するわけにいきませんから、その軍事的な要請と島民あるいは日本国民の感情をどう調整するかというところに政府は苦心をしておるので、一ぺんに施政権がすぐに返還ということは一番好ましい形でありますが、なかなかそこへは持っていけないので、その世論調査にもあるように、段階的に考えざるを得ないでありましょう。しかし、われわれは、何か一歩でも施政権の返還に向かって前進する方法はないかということが、常にわれわれの頭を支配しておる問題であることは事実です。どうかそういうことで、この政府の立場というものも、いろいろ沖繩と御関係があるようでありますから、どうぞ伝えてもらいたい。政府が冷たいんだ、冷たいんだということは、非常に事実にも相違しますし、この問題の解決を私は促進する道じゃないと思う。ほんとうにわれわれは心を痛めておるわけでありますから、どうか沖繩においでになった節は、こういうことを伝えてもらいたい。それは冷たくありませんよ。この問題が解決しなければ、日米間の問題としても最大の懸案であることは事実です。この問題は、そういうふうに軽く扱っておるものではないということは、国会の方々にも理解をしておいていただきたい。いま御提案になった日本アメリカ琉球と三者の委員会というのは、現在援助の実施などについては、こういう方式でやっておるわけです。だから、必要に応じてこういうふうな会合というものを拡大していくことに異存はありません、現地ですでにやっておる例もあるのですから、現に日本政府も、財政援助も倍くらいにしたわけです。百三億円にしたわけですが、まだまだこれで十分とは思っていないのですよ。しかし、沖繩の問題を政府が冷たく考えているということは、事実に反しますので、どうか誤解は解いていただきたいとお願いをする次第であります。
  122. 渡部一郎

    渡部分科員 では最後に、私の所感を述べさせていただいて、御返答はけっこうでございますから、ゆっくりお聞きをいただきたいのでありますが、私は、ただいまの御返事ではございましたけれども、沖繩の人々は、ある高名なるフランスの学者が申されたそうでありますが、国民というものはパンによって生きるのではなくて、血のつながりによって生きるのだということを申された方があるそうでありまして、いかに賠償金額が多かろうとも、あるいは政治的な保護施設が多かろうとも、あるいは補助金が多かろうとも、国民の血でつながった日本国に対する渇望というものを抑えるわけにはいかぬということです。フランスはアルジェリアにおいても、あるいはその他の国々においても、身をもって実証したゆえに、そのようなことを申されたのであろうと私は思うのであります。補助金の増額については、私は非常に好ましいことであると考えるのであります。その点については、確かにあたたかいのでございましょう。しかし、沖繩島民の心からいえば、貧しくても――親の例でたとえて恐縮でありますが、お父さんとお母さんが子供を里子に出しておった、里子に出されていた子供にとっては、遠く離れているお父さんやお母さんからおみやげやお金を送ってくれることよりも、お父さんとお母さんがうちへやってきて、里子に出されたところまでやってきて、はだで抱き締めてくれることが、里子に出された子供にとっては最もうれしいことではないか、私はこう思うのであります。その抱き締める気持ちがないところが、今日冷たいといわれる理由だ。お金さえ出せば愛情が買えるか、そのような原始的な問題にさかのぼらなければならないほど、私はこの委員会はおろかなものではないと信ずるのであります。したがって、私は、この復帰の問題とそれからまた住民福祉の問題とは、おのずから分けなければならない。したがって、私は、今後の国会審議において最も気をつけてまいらねばならないことは、この沖繩の人たちを胸の中に抱き取っていこうというあたたかい姿勢が万般にわたって必要であるということなのでありまして、金額の多寡を申し述べているのではないのでございます。できる問題もあります、できない問題も多々あるのは、わかっております。また、外務大臣が御苦心されていることも、私は多少はわかるつもりでございます。しかし、そのようないろいろな問題が起こった際において、日本はいつでもあなた方を見捨てていない、ともに苦しんでいこうという姿勢があって、初めて沖繩島民の心は安らぐのではなかろうか、私はこう感ずるのであります。したがって、先ほどからの御回答は、法律的な御回答が多かったようであります。ところが、法律的な回答が大事なのではなくて、沖繩の人々とともに悩む姿勢が必要なのである。まるでアメリカの代弁者のような顔をして、アメリカ政府と同じせりふを日本政府が沖繩に対して説明する、そのような残虐な姿勢というのはあり得ないのではないか、こう私は感ずるのでありまして、一言皆さま方の政治的な姿勢の問題につきましては、十分の御検討と反省を要求したい、かように考えるのであります。  最後に、いろいろと丁寧な御回答をいただきまして、まことにありがとうございました。
  123. 三木武夫

    三木国務大臣 どうも、これはやはり一言申し上げておかないと……。  法律的とおっしゃったけれども、それはあなた自身が法律問題を復帰問題でずいぶんお出しになったので答えたので、この問題は法律の問題ではありません。われわれもあなたと考えることは何も違いません。早く沖繩の人が本土に復帰されて、あなたのことばをかりて言うならば、愛情を持って抱き締めたいという考えにおいて、あなたと何も差はありません。政府も自民党も何も差はない。それを早くするために、いきなり、自分の考えておるように、すぐに解決できないという国際問題がたくさんあるわけです。そこにわれわれの苦悶があるし、外交の努力もあるわけです。考え方において、あなたと考え方が全然違っているとは思わない。同じ考えです。だから、沖繩の人々に対して、法律で解決できると思いませんよ。また、いかにどんなに豊かであっても、いまのような状態で人間は満足できるものではありません。それはフランスの人の説を引くまでもなく、人間そのものの真理であります。違いはないのです。しかし、そこまで持っていくためのひとつの経過、時間的な経過というものを無視しては、国際問題というのは解決できない。やはりそれだけの経過が要るのです。やはり沖繩の人々にも、そういうむずかしさ、ある程度の時間的経過というものは、理解をしてもらいたい。いますぐできぬからおまえは愛情がないのだ、こうきめつける考え方は、やはり問題の解決に役立たないと思いますので、どうかあなた自身も、そういう立場に立って、一緒になってこの問題を解決しようじゃありませんか。一言申し上げます。
  124. 北澤直吉

    北澤主査 午後一時三十分より再開することとし、暫時休憩いたします。     午後零時二十七分休憩。      ――――◇―――――     午後一時三十七分開議
  125. 北澤直吉

    北澤主査 休憩前に引き続き会議を開きます。  外務省所管について質疑を続行いたします。加藤清二君。
  126. 加藤清二

    加藤(清)分科員 まず、最初にお尋ねいたしますことは、核拡散防止条約についての外務省の態度でございます。事、波打ちぎわから向こうへの問題につきましては、与野党を問わず、超党派的にすることが望ましい、これはもう識者の一致した意見でございます。それを受けて立って、このたびその方針を堅持してこれに臨もうとしていらっしゃいます大臣並びに外務省の態度に対しては、敬意を表するものでございます。したがって、この問題に関して、今日の段階では、どのようなところまで臨んでいるのか、将来われわれ野党に対して何を望もうとしていらっしゃるのか、その点についてお尋ねいたします。
  127. 三木武夫

    三木国務大臣 御承知のように、米ソの間に草案をつくることについて、外国の意見も調整しながら草案の作成を急いである。それには来月の六日まで十八カ国軍縮委員会が休会になっておりますから、その休会中に草案をつくりたいということで努力をしておるわけであります。したがって、その間、日本側の意向も外交機関を通じて伝えてはおりますが、もっと正確に伝えておく必要があるということで、御承知のように、先般、私の特使として、ワシントンと西欧諸国に大野、西村両君を派遣をいたしたわけでございます。大野特使は最近に帰ってまいりますから、詳細に御報告を受けたいと思っております。  そこで基本的な態度は、しばしば申し上げますように、核兵器がだんだんと各国に広がっていくことは核戦争の危険を増大する。だから、五カ国で核兵器の保有国を押えるということは賛成である。そして、その五カ国に抑えたワクの中で核軍縮をやることが実際的である。しかしながら、一方において平和利用の面については、この条約で何らの束縛を受けないようにしておかないと、日本のような高度に原子科学、原子産業の発展した国としては、将来のわが国の科学の発展、産業の発展を阻害することになるので、そういう見地に立って、この条約が公正な条約になるように努力をしながら成立に協力をしようという態度であります。  野党の方々ともこの問題について話をする機会がありました。核兵器の拡散を防止しようということについては、各党とも意見の不一致はないと私は受け取ったのであります。しかしながら、それに対していろいろな条件のつけ方は、各党によって多少差がございます。しかし、核兵器そのものの拡散を防ごうではないかということについて、格別の御異論があったとは受け取ってない。それと同時に、それにつける条件については、各党ともいろいろ考え方の相違がある。したがって、根本においては、この条約の精神については共同歩調がとれる余地はあるのであるから、今後必要に応じて野党各派にもお話をして、このような、将来わが国に重大な影響を及ぼす条約でありますから、できるだけ多数の国民の合意のもとにこの条約の成立をはかりたいというのがわれわれの基本的態度でございます。
  128. 加藤清二

    加藤(清)分科員 外務省の基本的態度については、いずれ、詳細にわたっては、最後に行なわれます総括質問において承る予定でございますが、この際わが党の態度を申し上げますならば、ただいまおっしゃられました公正な条約をつくるということについては、全面的に賛成でございます。あくまで公正な条約、したがって、某党の、言うがごとく、中共の核実験ならば賛成である、自由諸国圏の実験ならば反対であるという態度はとらざるところであります。実験反対についてはいずれの国の核実験といえども反対である。いずれの国の核実験から発生するところの被害、これが日本に及ぶものであろうと、あるいは諸外国国民に及ぶものであろうと、およそ地球上に住まう生きとし生ける生物に与える被害、その甚大さにかんがみてこれは反対、こういうことでございます。したがって、この立場を基本にして、外務省のとられる諸施策にでき得る限りの御協力を申し上げたい、これがわが党の態度でございます。大いにひとつがんばっていただきたい。  ところで問題は、ただいまユニバーシアードの問題が、名前の呼び方によっていろいろ論議がかわされておるようでございますけれども、これが日本で開催されるという問題、また、してもらいたいという国民の意思、これからいきますると、名前の呼び方によってこれが行なわれないという結果になることは悲劇だと思います。また、歴史上に汚点を残す問題だと思います。これについて外務大臣の御所見を承りたい。
  129. 三木武夫

    三木国務大臣 私も新聞紙上等で、昨日ですか、この国名問題はテヘランのオリンピック委員会にまかそうというようなことで話し合いがついたように承っておるのでありますが、こういうスポーツには、できるだけ政治を介入しないでこの問題が解決をして、そしてユニバーシアードが円満裏に日本で開催されることを期待するものでございます。
  130. 加藤清二

    加藤(清)分科員 いま大臣は、解決がついたとおっしゃったのですが、これはちょっと問題だと思います。そこで、私どもの意見としては、スポーツに限らず、芸術にしても、願わくんば教育にしても、政治は援助をすれど支配はせず、援助はすれど干渉はせず、この立場が世界的に普遍な基本態度のようでございます。と同時に、これは各国が競争して歓迎して、ぜひわが国にという状態でございます。したがって、せっかくさきのオリンピックはうまくやったのに、今度は国名の唱え方だけによって不成立に終わるとか、せっかく決定した日本開催を返上せんければならぬということは、不名誉な問題だと思います。したがって政治は、スポーツにも、芸術にも、教育にも干渉せずというその立場を堅持してもらいたい、かように考えるのですが、決定したか、せぬか。
  131. 猪名川治郎

    ○猪名川説明員 最初に、昨日の、話はついたとかいう問題の御説明を申し上げたいと思います。  昨日、ユニバー・シアード組織委員会におきましては、五月八日のテヘランにおきます国際オリンピック委員会において、明年度のオリンピックの開催について国名問題を検討するのでございますが、ユニバーシアードも、そのIOCの決定をもとにして決定するということに、先般ハバナにおきます実行委員会においてそれがきまっておりましたのを、昨日のユニバーシアード組織委員会では、そのIOCの決定を待つというふうに決定しておるわけでございます。  第二の問題でございますが、もとより政府といたしましては、スポーツであれ、あるいは芸術であれ、それ自体において介入することはございませんが、ただ国際競技を日本において行ないます場合には、いろいろ国際面についての考慮を払わなければならない問題が現実にございます。すなわち、未承認の国家あるいはまたそれが分裂いたしております国家の場合には、非常に複雑な問題がございますことは御承知のとおりでございまして、そういう点を考慮いたしまして、先般の昭和三十九年におきます東京のオリンピック大会におきましては、国名は、分裂国家につきましては、つまりドイツについては――最も身近な朝鮮につきましては、北朝鮮につきましてはノースコリア、韓国につきましてはコリア、そういう方式を当時IOCが決定いたしておりましたのを、そのまま 東京大会においては尊重いたした次第でございます。同時にまた、その東京オリンピックとうらはらのインスブルックにおきまする冬季オリンピック大会におきましても同様に決定いたしておりまして、その際には、北朝鮮はノースコリアという国名のもとに、その競技に参加しているわけでございます。
  132. 加藤清二

    加藤(清)分科員 大臣、きまったと言われたが、局長の言ったとおりだということにしておかぬと、記録上……。
  133. 三木武夫

    三木国務大臣 テヘランの国際オリンピックのきめることにまかそうということに決定をした、こういうことであります。
  134. 加藤清二

    加藤(清)分科員 次にお尋ねいたしまする問題は、東京都知事の問題でございます。東京都知事に、時の政権とは違った知事が選ばれました。しかし、選はれた以上は、国民投票でございまするので、与党といえどもこれに従わざるを得ないと思います。しかし、この問題について先般総理が、私の知り合いがなれば援助する、しからざれば援助をしないという意味のことを口ばしられた。翌日の予算委員会において、勇み足である、こう演説の内容を訂正される向きの御発言があったのであります。これはそのままわが党も了としたわけでございまするが、そういう経過にかんがみまして、一部国民の中には懸念をする向きもあるようでございます。いずれ本件については、最後の総締めくくりで総理にもお尋ねする予定でございまするが、さしあたって、善は急げでございますので、副総理格、やがて総理になられるであろう三木外務大臣のこれに対する御所見を承りたい。特に、東京都は申すまでもなく国際部市でございます。外国の方々も、この行政についてはいろいろ注目をしていらっしゃるところでございます。したがって、ぜひひとつこの際外務省として、あるいは副総理格として、野党のかついだ知事が出たが、それに対する支援、援助は一体いかようになさろうとしていらっしゃるのか、この点を承りたいのでございます。
  135. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、民主政治というものは、もう審判が下ればくよくよ言わぬことが民主政治だと思っております。下ったのですから、下ったという現実の前に、いろいろな政府と自治体との関係――このルールに従って、そうして政府協力するということが当然だと思います。それは気に入らぬものがあるかもしれませんよ、あったところで、それに協力しない、そんな権限はありません。許されるものじゃない。都民の審判が下ったことに、すなおにその審判を受け入れて、協力するものは協力するということが、政府の態度ではなくてはならないということでございます。
  136. 加藤清二

    加藤(清)分科員 協力するものは協力する、こういうことばですね。協力するものは協力する、協力せざるものもまたあり得る、こう受け取るのでありますか、それともほとんど協力する、こう受け取るのですか。この際、決して与党だけを責めるわけではございませんので、私どもの基本的態度を申し上げます。決して東京都知事は、社会党の力だけでもって当選したなどと大それたことはつゆさら考えておりません。これは東京都民の良識のおかげであると思うております。したがって、これに対して社会党が、社会党のワクをはめて、これを束縛するとか、これをわが党の意思のとおりに動かしていこうなどと大それたことは、つゆさら考えておりません。審判を下していただきました東京都民が、よりしあわせになれるように、政府所在の都市として、日本のシンボルの都市として、よりりっぱに発展していくべく、私どももまた縁の下の力持ちをするというところにウエートがあるのでございまして、決してこれを支配などとは考えておりません。ここに至ってもなお、援助はすれど支配はせずという信念を貫き通す予定でございます。したがって、もう一度、念のため外務大臣の御所見を承るつもりでございます。
  137. 三木武夫

    三木国務大臣 援助はすれども支配せずとは当然のことで、社会党に支配された都政というものは、これは都民としてはそんなものは許すわけはないと思いますよ。だれも自分が入れたからといって、社会党、共産党に支配される都政なんかやってもらったら困るということが都民の気持ちだと思いますが、自民党でも、これはやはりあっさりしなければいかぬと私は思っているのですよ。しかし、美濃部さんは何するかわからぬですから、全部何でも協力、こういうことは言えない。それで私は、協力すべきものはする、こう言ったのですが、態勢自体としては、首部の東京都民のことを考えれば、これは自民党も協力する態勢であるべきでしょう。しかし、どういうことをこれからやられるかわかりませんから、少し用心深く答えたまでのことでございます。
  138. 加藤清二

    加藤(清)分科員 次に、ただいま経済界における一番重要な問題とされておりまする資本取引の自由化についてお尋ねしたいと存じます。  一体、この資本取引の自由化という問題は、日本国民の意思から発生したものであるのか、それとも日本経済の、経済界の意思であるのか、あるいは日本の政界、時の天下の自民党の意思であるのか、ないしはこれは外国からの要請であるのか、そこをまず承りたい。
  139. 三木武夫

    三木国務大臣 資本取引の自由化は、OECDに加入するときに、日本は賛成しているのですよ。ただ、いまそれだけの条件が整わないというので留保条件をつけているのです。OECDに加入するということは、日本の、これは政府の意思でありますから、これで強制されてするというものではないわけでございます。加入するときに、これは腹をきめて入ったのですから、日本政府の意思によって、資本取引の自由化をやろうという意思で入ったわけです。ただ、それまでのいろいろな国内の産業との関連で考えなければならぬので、留保条件をつけただけのことである。世界から責められてやっておるのではない。責められるとするならば、その条約の履行を責められる。こういうのが責められること自体は――日本は初めから覚悟して入ったのです。そのこと自体を世界から責められておるわけではない。入って約束したことをどうするんだ、早く実行しなさいという、条約上の義務の履行を世界から責められておるというのが実態だと思います。
  140. 加藤清二

    加藤(清)分科員 条約上の義務の履行を要請してきている国は何国でございますか。
  141. 三木武夫

    三木国務大臣 それは世界各国ですよ。こんなにきびしい留保条件をつけているのは日本だけですから。よその国の中には、必ずしも先進国といえないような国であっても、やはり留保条件は次第になくしておるわけです。
  142. 加藤清二

    加藤(清)分科員 私のようなしろうとが申し上げまするまでもなく、外交は互恵平等でなければならぬですね。したがって、順番に具体的事例をあげて、私は一つ一つ検討してみたいと思いますので、この際条約上の義務をそれでは日本が不履行していると思われる点がございますか、ございませんか。
  143. 三木武夫

    三木国務大臣 不履行とは思いませんね。経済に著しく悪影響を及ぼす場合、留保を認められている。しかし非常に急激な悪い影響を及ぼさない限りは、やはりこれは自由化はやっていくということですから、各国ともその判断に多少の相違があるでしょう。だからわれわれも、加藤さんは何もかも御存じで言っていられるのでありましょうが、日米貿易経済委員会でも、日本の国内情勢を説明して、いま急にはいかないのだということを説明を加えております。この解釈の問題について、世界各国と日本の間に食い違いがあることは事実であります。
  144. 加藤清二

    加藤(清)分科員 しからば、日本はその要請を受けて立つ日時いかんとお尋ねしたいのですが、それはちょっと先へお預けにいたします。  そこで、条約五の義務を不履行している、いや、履行したようなかっこうはとっているけれども、その実、実際行なわれている問題は、条約に違反すると思われる向きがある。それはすでに国際裁判の係争にもなっているという問題がずいぶんありまするが、通産大臣おられますか。――これは企業局ではなしに、通商局長か貿易振興局長に尋ねると、ようわかっておるはずです。
  145. 熊谷典文

    ○熊谷政府委員 資本取引の自由化といいますか、資本取引の規制の問題で、国際裁判所の……(加藤(清)分科員「それと、私は商品取引ということばを質問の中に入れました」と呼ぶ)その関係は私はわかりませんが、資本取引の関係では、現在のところございません。
  146. 加藤清二

    加藤(清)分科員 商品取引のほうではいかがですか。
  147. 今村曻

    ○今村(曻)政府委員 商品取引に関連いたしまして、国際裁判の対象になっているケースがあるはずだというお尋ねでございますが……。
  148. 加藤清二

    加藤(清)分科員 過去にありましたね。
  149. 今村曻

    ○今村(曻)政府委員 いまここでちょっとその適例を思いつきませんので、また調べましてお返事申し上げます。
  150. 加藤清二

    加藤(清)分科員 それでは、その前段に申し上げました条約上の義務を、こう尋ねましょう。相手国は、完全に履行していると認識されまするか、ないしはそういう実例はなかったのですか、こうお尋ねしましょう。そのほうがいいでしょう。
  151. 三木武夫

    三木国務大臣 私も記憶にはないのですよ。そういうOECDの条約に関連する国際司法裁判所なんかに持ち出されているようなケースというのは、どうもちょっと思い当たらないのですが、しかし、これは私は存じておりませんと答えるほうが正確だと思います。
  152. 加藤清二

    加藤(清)分科員 これは健忘症にかかられたのか、ないしは相手国がアメリカをはじめとするあまたの先進諸国なるがゆえにそのような答弁をされたかと存じますが、しかし、もし一商品取引の自由において相手国が国際法の義務を完全に履行しているものと認識なさるならば、その人の給与は一体日本から出していますかと私は逆襲したいのです。もう一度お尋ねいたします。――もっとわかりやすく言いましょうか。商品取引の自由は、資本取引の自由の前にすでにこれは開放されている問題でございます。しかし、商品取引の上において、国際法が完全に履行されているやいなや、いない実例があったではないかとお尋ねしておるのです。たくさんあるのです。これからざらざらとあげますよ、二つや三つや十や二十じゃないのだから。
  153. 今村曻

    ○今村(曻)政府委員 お答えいたします。  商品取引の国際取引の分野におきましては、無差別自由の貿易というのが理想になっておりますが、その理想に対しまして、現実の姿といたしまして、輸入制限、特に差別的な輸入制限というような問題が、日本の商品に対して課せられておる、こういう事実を申し上げたらよろしいかと思いますが、たとえばヨーロッパ諸国によりますところの日本品に対する輸入の差別的な制限、あるいはまた米国のASP制度ないしは四百二条aというような関税上の措置によりまして、日本の輸出商品に対して起こっておりますところのいろいろの困難、あるいは商品協定、特に綿製品協定その他の問題につきまして、これはいろいろ立場、立場もございましょうけれども、日本としては、やはり日本の輸出に対する一つの障害が加わっておる、かような見地から、従来外交折衝を続けておるのでございます。
  154. 加藤清二

    加藤(清)分科員 うまく抽象論でまとめられたようでございますが、よほどこれを開くと言いにくいと見えますね。外務大臣、そういうかっこうですか。しかし、業界の方々は平気で言うんですよ。  それじゃもう一つ承りましょう。通産大臣はよく御認識のはずでございます。同時に、三木外務大臣も通産大臣の体験者、卒業者でございますから、それこそ現在の通産大臣よりはよく御認識のはずでございます。政務次官もまた、通産政務次官の卒業者でございますから、よく御認識のはずでございます。承りましょう。アメリカ貿易において、日本商品が現在制限を受けているその銘柄並びに種類は、何種類ぐらいございましょうか。現在これがひっかかっているものは、何種類ぐらいあるでございましょうか。過去において、日本の代理弁護士や、日本の依頼した弁護士さんたちが、たいへんに苦労をしておられます。そうした問題のうち、特に政務次官の記憶に残るものは、一体何でございましょうか。政務次官にお尋ねします。
  155. 田中榮一

    田中(榮)政府委員 私も、時間がたっておりますので、記憶も薄れておりますが、綿製品であるとか、タイルであるとか、そういったものがあって、いろいろ制限を受けたり(加藤(清)分科員「何種類くらい」と呼ぶ)それはちょっと覚えておりません。そういった品種が制限を受けておるということは覚えておりますが、正確な数字その他については、私、いまちょっと覚えておりません。
  156. 加藤清二

    加藤(清)分科員 それでは、正確なところを現役でどうぞ。
  157. 今村曻

    ○今村(昴)政府委員 ここに資料も記録もこざいませんのですが、現在、綿製品をはじめといたしまして約二十品目、これは自主規制という形で制約を加えられた輸出をやっておる。そのおもなる品目を申し上げますと、毛織物、それからタイル、自転車、陶磁器、そういうような対米の主要な輸出商品でございます。
  158. 加藤清二

    加藤(清)分科員 何でそんな遠慮して言わんならんの。だれかに箝口令でもしかれておるのかね。そうでないとおっしゃるなら、あなた、言ってください。――こっちが言わなければならぬ。何か箝口令がしかれておるのか。こういう問題について国会で論議しちゃいけぬということがあるのでございましょうか。  はっきり申し上げましょう。アメリカ国会におきましては、ただ繊維に関するだけでもってパストーレ委員会という特別委員会ができております。このパストーレ委員会の中にはゴールドウォーターという大統領候補も入っておれば、かつての大統領であったケネディの弟も入っておる。これらが集まって、自国産業を防衛するためにはやむを得ざる措置であるという立場から、日本の商品を次から次へと制限をしている事実がある。しかも、綿製品をはじめとして二十種類であると遠慮したことを言っておられますが、それは、総括すれば二十種類といえますよ、なお、総括的にいえば一種類です。日本商品ということばでいえば一種類でけっこうです。問題は、次から次へと、これが問題を起こしている。何が問題の原因であるかといえば、日本商品が悪いからではない。日本商品がインチキをやったからではない。日本商品が高過ぎるからではない。すべてこれ、アメリカの同業者と競合する、向こうの産業を脅かす、この一点にしぼられておる。日本商品を買ったアメリカ国民の皆さんは喜んでいらっしゃる。品物がよくて、安くて、じょうぶで、国民経済に及ぼす影響は甚大である。この点について、ワシントン・ポスト紙も、ニューヨーク。タイムス紙の編集長もみな、自由貿易の立場からいって、現状は嘆かわしい事態であるとはっきりわれわれにも述べておられる。それを、何で日本国会で遠慮しておらなければならぬのか。むしろ業界では、日本国会にもアメリカと同じようにパストーレ委員会を開いていただいて、つくっていただいてという、そういう動きがありますよ。野党の考えじゃないですよ。与野党一致した意見なんです。いわゆる、ジャパニーズ・パストーレ委員会を構成して、日米友好通商航海条約の完全実施を迫ろうという空気があるわけですよ。そのメンバーの名前をずっとあげてもいいですよ。そういう基盤に立って、私はものを言っておるのです。いいかげんな思いつきではありません。きのうきょうの思いつきでもない。だから、去年は人形を持ち出したり、チャックまで持ち出して、この制限がおわかりですかとお尋ねしたのです。椎名外務大臣は、ようわかった、是正するとおっしゃった。したがって、今日の問題でお尋ねしましょう。通商局長、貿易振興局長のどっちでもいい。壁タイル、モザイクタイルはどうなんですか。百八十品目ありますよ。
  159. 三木武夫

    三木国務大臣 事務当局から答える前に、遠慮しておるのではないかとおっしゃいますけれども、遠慮はしておりませんよ。(加藤(清)分科員「それじゃ、箝口令をしいているのか」と呼ぶ)いや、箝口令も何もしいておりません。ひとつもそんな必要はないですよ。こういう問題は、大いに国会でそれこそ論議の対象にしていい問題だと思います。加藤さんが何らかの、そういう発言に何か遠慮するような空気があるのだと考えられるならば、政府の態度を誤るものであります。
  160. 加藤清二

    加藤(清)分科員 ごもっともでございます。それではいまのを誤らない態度で答弁してください。
  161. 原田明

    ○原田政府委員 この問題につきましては、加藤先生御承知のとおり、確かに米国並びに欧州の諸国におきまして、わが国の輸出に対して制限的連動が非常に長い間多数の品目について行なわれております。ただいま貿易振興局長から二十品目と申し上げましたが、そのほかにわが国が自主規制の形で制限を行なっておる品目はたくさんございます。ただ、その自主規制を行なっております品目の中で、わが国の過当競争体制を秩序づけるという意味から自主的に行なっておると思われるものと、アメリカの国内で輸入制限運動が行なわれて、それが日本のほうから見ましてどうも度が過ぎておる。したがって、それを防止するためにやむを得ず行なっておるという意味において、強制された自主規制という形をとらざるを得ないといったものがございます。それは私どもの判断で、現在綿製品を除いて約二十ということを申し上げたわけでございます。そういう品目につきましては、これがわが国の輸出について望ましくないことはもちろん、国際的自由貿易というたてまえから見ても、決して望ましいことではございませんので、私どもとしては、こういう問題が逐次最もすみやかに撤廃されるようにという要請を米国に対して直接申しておることはもちろんでございます。さらに、ケネディラウンドその他の多角的な交渉の場所におきましても、機会あるごとに、こういう状態はやめてもらいたいということを申し入れておる状態でございます。
  162. 今村曻

    ○今村(昴)政府委員 ただいま通商局次長からお答えいたしましたように、アメリカでASPとか、四百二条aとか、あるいは、ダンピング法その他の方法で、いろいろ日本の商品がやり玉にあがっておりますが、現在ダンピング容疑で提訴を受けておりますものが三つございます。その中の一つが、ただいま御指摘の壁タイルでございます。
  163. 加藤清二

    加藤(清)分科員 外務大臣、なぜ私はここでやらなければならぬかという問題。外務大臣としては、日本のとるべき基本的態度をよほどバックボーンを通してしっかりしていただかないと、このままの状態で資本取引になだれ込んだら、何をされるかわからぬという懸念、心配が業界の中にはうはいとして起きておる。ただ、それが外務大臣のところへ来たり、通産大臣のところへ行ったり、えらい局長さまの前へ出ると、特に中小零細企業の方々はよう言わぬでおる。それだけのことなんです。ところで、アメリカの態度いかんとすれば、遺憾ながら、日米友好通商航海条約においては、互恵平等のみならず、内国人と同等の待遇を与えるということになっておるおりに、にもかかわりませず、次から次へと制限が行なわれておる。その制限の方法が、あるときにはダンピング法であり、あるときにはASPの方法であり、あるときには関税障壁であり、あるときには商品の品目を縦割り、横割り、季節割りにして、綿製品のごときは六十四項目にわたって縦割りして、スイッチもチェックも何もきかないようにしている、というのが実情なんです。それについて、こちらからクレームをつけたりいろいろするというと――問題はだれが多くそれをするかといえば、むしろ、そう言っては失礼ですが、政府関係の人も御熱心ではあるけれども、陣頭に立って苦しむのは、日本の業界が頼んだところの向こうの弁護士なんです。それでよろしいのですか。そんな外交でよろしいですか。とどのつまりは、大統領の良識によって、日米友好関係にひびが入ってはいけないという大統領の良識によって、これにストップをかけているというのが実情なんです。なぜ日本の声をもっとはっきりと反映させないのですか。なぜ、ここで言うときにわかっておりながら言えないのですか、お尋ねします。  じゃ具体的にいきましょう。壁タイルは、日本の意思でダンピング法にひっかけられたのか、アメリカの意思で行なわれたのか。アメリカの意思とすれば、それはガバメントオフィスの意思なのか、それともアメリカの同業系統の意思なのか、アメリカ国民の意思なのか、いずれですか。これをはっきりすることによって原因はわかってくるのですから……。
  164. 鶴見清彦

    ○鶴見説明員 ただいまの加藤先生の御質問の壁タイルの点でございますが、一九六五年の十二月でございます。アメリカのタイル業界が、日本からの壁タイルの輸入につきまして、ダンピングの疑いがあるということでダンピングの提訴をし、それに基づきまして財務省が調査の結果、一九六六年七月に関税評価の差しとめをいたしまして、現在その調査を続行中ということでございます。
  165. 加藤清二

    加藤(清)分科員 まず第一は、そのおかげで日本のこの業界に幾つ倒産が出たか、承りたい。  次に、引き続いて、モザイクタイルに貿管令がひっかけられましたが、これは一体何国の意思でございますか。
  166. 今村曻

    ○今村(昴)政府委員 一般論になりましてやや恐縮でございますが、(加藤(清)分科員「いや、時間がないから端的に」と呼ぶ)それでは、端的にお答え申し上げますが、モザイクタイルにつきましては、やはり輸出先の国の業界との過度の摩擦を避けるということが相互の利益であるという観点のもとに、輸出の秩序と申しますか、無制限にやっておってはその摩擦が非常に激しくなる、かような観点から、貿管令をかけましたのですが、一面には、わが方の輸出上の利益ということもございますけれども、また、先方の国の業界の問題、こういうことも要素に入っておる、この両面があるというのが事実だろうと思います。
  167. 加藤清二

    加藤(清)分科員 現在行なわれている壁タイル、これはアメリカの意思であった、アメリカ政府の意思であった。引き続いて行なわれたモザイクタイルは、日本政府の意思であった。したがって、これは日本の貿易管理令がひっかけられた。この結果は、日本利益といま局長お答えになりましたが、日本の同業中小零細企業はそのためにずいぶん倒産のうき目を見、その結果は、連鎖反応で、罪もない下請や、そのまた下請に働く労働者までが首切りのうき目にあい、退職手当金ももらえないでおるというのが現状なんです。大臣、日米友好通商航海条約は、いみじくも言うておる。内国人と同等の待遇を与えて、日本国においては、アメリカ人に対して、商業上の自由、貿易上の自由――ただ円交換の自由と株の取得の自由がややいまおっしゃったとおり制限を受けているのだけれども、商品取引上の自由は多いほど差し上げてあるはずである。にもかかわらず、日本の商品がアメリカ国内においてかかる差別待遇を受けているが、これは一体日米友好通商航海条約違反ではないのか、相手国の国法のほうが優先するのか。この点を明らかにしていただきたい。
  168. 三木武夫

    三木国務大臣 関税評価制度とかアンチダンピング法、バイアメリカン政策というものは、通商航海条約の精神には反しましょうね。しかし、向こうが言うのは、貿易の内国民待遇というわけではなくして、資本取引の場合、内国民待遇ということを言っておるわけです、向うはですよ。向こうは、資本取引の場合に、内国民待遇と違うではないか、こちらは、貿易のこれを取り出して、アメリカの自由貿易政策と違うではないか、これを両方で、向こうがいろいろな場面に持ち出してきたときには、こちらも持ち出して、この問題を――だから、向こうからいえば、資本取引の面では向こうは言い分があるわけですよ。こちらはやはり貿易の面で言い分がある。これを両方が力づくでというわけにいきませんから、どうしてもやはり会議の席上で――日米間にはいま懸案というのは、沖繩問題のようなものを別としましたら、直接はないのですよ。この問題が一番大きな問題ですから、あらゆる会議にこの問題が両方から持ち出されて、そして会議の日米間の主たる論争を呼んでおる問題です。  これを解決するのには一体どうするかという問題でありますが、むろんアンチダンピング法あるいは関税評価制度は、ケネディラウンドの場において触れていますね、これに改革を加えようと。だから、そういう場があって、ケネディラウンドの取りきめを通じて、この問題も改善をされていく面はある程度あろうと思います。しかし、この問題は、ただ理屈だけで解決しない問題もあるわけです。われわれとしても、自国の産業というものをやはり保護していかなければならぬ。アメリカとしても、急激な日本の貿易の増大について、国内産業というものが一ぺんに転換のいとまもなくつぶれていくという事態は、民主政治の場においてはなかなかやっかいな問題を投げかけると思いますので、両方に家庭の事情があるわけですね。そこで話し合いの場を通じてこの問題を改善していこうというのが、われわれの態度で、日米間に懸案というのはほかにないだけに、加藤さんから言わしたら、何も言うことも言わないで黙っておるではないか、それは事実に反します。われわれはいつも、ほかに言うことはないのですから、この問題です、貿易上の差別待遇の問題が日米間の一番、唯一と言っていいくらい大きな問題ですから、常に言っておるわけですよ。それをいろいろ両方が宣伝し合って解決できるとは思っていないのです。最も友好国であるわけでありますから、そういうことで何とかこの問題を解決したいということで努力しておるのであって、何も遠慮をしておるというわけではありません。
  169. 加藤清二

    加藤(清)分科員 じゃ、そういうお考えであれば、一歩話を進めましょう。  三木外務大臣は、アメリカにずいぶんたくさんの友人もいらっしゃる。かく申し上げております私も、アメリカ国籍を有する日本人、アメリカ国籍のアメリカ人に友人がおります。ところで、そういうふうに比較すると、同じように聞こえちゃうのですね。ところが、事実が問題だと思う。向こうの言い分もあれば、こっちの言い分もある。とすれば、何かここで相殺できてしまうとか、あるいは五分五分にひっかけ合っておる、フィフティー・フィフティーのような印象を受けるのです、知らぬ人が聞くというと。  それでお尋ねしますが、日本商品は、アメリカ国内においてアメリカのオール消費の何%ぐらい侵すとひっかけられてくるのでございますかという問題と、日本においては、アメリカ商品が日本消費の何%ぐらい侵されたら、これに対して抗議を出していらっしゃるか、これは過去の実績を聞きたい。
  170. 今村曻

    ○今村政府委員 過去の実績と申しますと、ものによりまして非常にパーセンテージの幅がございますですが、一番少ないパーセンテージで問題になりましたのは、私の記憶では、既製服の問題ではなかったろうかと思います。
  171. 加藤清二

    加藤(清)分科員 それは何%ですか。
  172. 今村曻

    ○今村政府委員 これはパーセンテージにいたしまして、たしか一%に満たないくらいのものでございます。
  173. 加藤清二

    加藤(清)分科員 そのとおりでございます。日本の映画輸入メージャー九社の輸入量は、日本の総消費量の何%ですか、外務省。これはほんとうは大蔵省に聞くべきですが、外務省、わかっておるでしょう。メージャー九社をはじめとするアメリカ映画の輸入量と日本の上映のパーセンテージだ。
  174. 鶴見清彦

    ○鶴見説明員 映画につきまして、まことに申しわけございませんが、現在のところ資料を持ち合わせておりませんので答弁できませんが、いずれ調べました上で、お答え申し上げたいと思います。
  175. 加藤清二

    加藤(清)分科員 だめだ、そんなことじゃ。こういう不勉強だから、大臣から、双方に言い分があるからまあまあと言われると、それもそうかいなと思っちゃう。そういうことだから、日本人が不利を受けるだけでなくして、アメリカの有識者からも、日本人はたいへんにおとなし過ぎる、戦後はおとなし過ぎる、自分の主張もようなし得ないということまで言われておる。あえてその名前は申し上げませんけれども……。映画輸入は、日本でいよいよ貿易が自由化される段階で、メージャー九社から何と言ってきておるか。日本のオール生産の五〇%以上になったら制限をしてくれ、それ以上は制限することは相ならぬ。五〇%以上になったら上映クォータ制をしけ、しからざればやってはいかぬ。しかもなお、この問題は、円交換の自由が許されてから、蓄積円はどんどんどんどん向こうへ流れていっちゃっておる。しかも、ここから上がる水揚げは、一体どのような分配率になっておるのか。世界に珍しいかっこうなんですよ。七割は向こうへ取っていかれるのですよ。日本の遊郭がひどいひどいといわれても、なお四分六だった。日本の遊郭よりひどいのだ。これは正示君だって、大蔵省にいたからよう知っておる。日本の遊郭よりひどいんですよ。そのおかげで欧州映画までが日本にだけは四分六を要求してきておる。しかも、上映についてはオキュパイドジャパン時代そのままが継続されておる、称して実績という美名のもとに。にもかかわらず、いま局長の言ったように、日本の既製服は、向こうのオール消費量のわずか一%ですぜ、それで文句をつけられておる。次に、もう一つ問題になるのは、この生地はどうか。向こうのオール生産の五%、それをイギリスとイタリアとフランスと日本で輸出するのだ。したがって、日本の総輸出量は一体どれだけあるか。一年間の四日分しかないのだ。これで文句をつけられておる。もう綿製品の制限に至っては過酷というほか、ものが言えないのだ。縦は六十四品目、横は季節割りは絶対にスイッチはきかない。数量だけは一億八千万スクエアから三億二千万スクエアにふやしたけれども、その実、常に輸出量が充足できないように制限を受けておる。できっこない。つまり、キツネにごちそうするにあたって、つぼに入れておる。ツルにごちそうするにあたって、皿にごちそうを盛っておる。これはイソップ物語だ。それが事実行なわれておるではないか。だから、業界はこれに歯ぎしりをしておるじゃないか。だから、私の社会党のところまで頼みに来るのじゃないか、与党に頼みがいなしということで。なぜそれができないか。特にこれが基礎となって、そこから発生するところのあまたのクレームの処理に至っては、もう言語道断なんです。なぜそれがはっきりできないか。外務省の態度を承りたい。何%ならいいんですか。
  176. 三木武夫

    三木国務大臣 何%のことは事務当局からお答えすることが適当だと思いますが、加藤さんの話にですね、いかにもこういう外交折衝日本が言うべきことを言ってないというようなお話、これはやはり事実に相違すると私は思う。いま申したように、日本の場合は、対アメリカでは、一番大きなのは貿易関係ですからね。そういうことで、こういう問題が起きたときには、輸入制限の問題というのは直ちに対米交渉の議題にして、あらゆる努力をしておるわけであります。必ずしも日本の、言うとおりにいかない問題もありますよ。輸入制限の問題は、日本自身でもみな自由化してないですね。二十五品目くらいは自由化は制限しておる。各国とも、いろいろ貿易上の制限というものについては各国の事情もあるものですから、こちらが希望するように一〇〇%といかない面もある。そこにやはり外交折衝というものの必要が起こってくるわけで、何か国民がこの論議を聞いたならば、外務省は、アメリカに遠慮して、言うことも言ってないのではないかという、そういう印象を国民に与えることは、私は承服できない。できるだけのことはいたしておる次第であります。
  177. 加藤清二

    加藤(清)分科員 問題は、何べんお題目をお唱えになっても、効果があらわれなければ、その努力を多とするという受け取り方はできないわけです。一体オキュパイドジャパンが終わってから何年たちます。何年オキュパイドジャパンの実績を継承しなければならぬのですか。あまつさえ今度は資本の自由化をするという。だから黒船論やノーズロース論が出てくる。資本の自由化といえば、日本経済並びに産業を、百年の遠きにわたってまでも――最低二十年とする以上は、二十年の長きにわたって、いろいろ制限なり制約なり、何なりをされる。そういう前夜だから、あえてそれ以前の問題を私は申し上げておるわけです。その以前の問題が、戦後二十年たっても、なおかつマッカーサーが第一生命のあそこにいたときと同じようなことが継承されているというところに問題がある。それは努力をしていないとは言いません。努力は多とします。特に具体的に申し上げましょう。あなたが通産大臣をしていらしたときの繊維局の、特に蒲谷君、これのジュネーブにおける努力、それからかつての外務省の朝海大使の努力、これは歴史上に残る問題だと私は思うのです。いや、私だけじゃない、これは業界人もみんなそう言っておる。アメリカの有識者もそう言っておる。だから、それを全然ないと言っているのではないですよ。けれども、あまりにも実の結び方が少な過ぎるのではないか、おそ過ぎるのではないかと言っておる。そこで、パーセンテージを聞いておるのです。日本は一%でも相手国に制限を受ける。こちらは五〇%でもこれを制限することができない。大映の永田ラッパに聞いてごらんなさいよ、永田社長に。こんなばかな話はねえ、こう言う。これから次々と日本のプロダクションは倒れていく。にもかかわらず、これを買い込まなければいけない。こんなばかな話はないと言う。どこに原因があるのです。それでは何にたよるのですか。まずパーセンテージを聞いて、どこに原因があって、今後これを解決するのに国民としては何にたよったらいいか。
  178. 鶴見清彦

    ○鶴見説明員 先ほど加藤先生の御質問にございました、たとえば例を綿製品にとりました場合でございますが、日本からの綿製品の輸出が、アメリカにおける綿製品の生産に対して幾らのパーセンテージになっているかという御質問かと存じますが、ただいま残念ながらその資料は持っておりません。アメリカの綿製品の総輸入に占めます日本の綿製品の輸出のシェアというものが現在私の手元にございますが、三一・六%というふうになっております。(加藤(清)分科員「オール生産の何%ですか」と呼ぶ)残念ながら、現在アメリカの生産数字というものを持っておりません。したがいまして、パーセンテージは申し上げられません。
  179. 加藤清二

    加藤(清)分科員 大体、政府に資料を提出させると、自分の都合のいいところだけよけい出す。それはなるほど三〇%、それは何の三〇%かといったら、アメリカの消費量の三〇%ではない。クオータがきまっておる。オール生産がだんだん伸びてきて、二〇%になっておりませんよ。それを日本だけが輸出するんじゃないのだ。二〇%のうちの三〇%なんだ。そうすると、二、三が六%だ。そんなら向こうの総使用量の二十日分か、せいぜい一カ月分じゃないか。それでも制限を受けているということです。  それじゃ、ついでに毛織物で言うてあげましょうか。毛織物は全体の五%、それしか輸入しないのだから、その五%のうちの日本は大体三〇%から四〇%、そうするとどうなるか、向こうの全体の使用量のどれだけになるか、一五%にならないでしょう。そういうふうにきちっと言わないで、三〇%、四〇%と、大きいところだけ言うから、受ける印象は、全体の三〇%ならしようがないじゃないかと、こういうことになる。心してデータを出してもらわなければ、いなかの山奥のおっさんなら、そうかそうかということになるでしょうけれども、そんなことはだめですよ。  さて、そこで、私の聞いているのは、相手国はわずか一%から三%だ。それで、三日分か一週間分ですでに制限をしてくるが、日本は平等の立場であるならばどう要求したらいいですか。五〇%のクォータ制輸入映画、これはそのままにしておいてよろしいですかと聞いておる。あえて国民にわかるように私は映画を出しておるが、おわかりにならなかったら、それじゃもっと、糸から機械から出しましょうか。わからぬ顔をしちゃいかぬですよ、どうですか。あなたは調査することが好きだから、それでいいですか。
  180. 三木武夫

    三木国務大臣 これは調べてみましょう。輸入映画のフィルム、これがどういうふうになっているか、私も承知してなかったのです。調べてみまして――ちょっと話を聞いてみると、多少無理なところもあるが、いままでどうしてそういうクォータができたのか、よく調査をいたしまして、あらためてお答えをいたすことにいたします。
  181. 加藤清二

    加藤(清)分科員 どうしてなったかといえば、これはオキュパイドジャパン、ここで原案ができておる。エイミス大佐、トムソン大佐の手元でできておる。しかもそれが過去の実績と称して継承されておる。これは、あなたが官僚出身でないから言いやすいのですがね。官僚は、過去の実績というと、何やら自分の責任をのがれたようなつもりになって、それならばよろしいと、こういう基本的な気持ちがあるのですね。だから、これを直そうという気にならないのですよ。過去の実績、前の局長がそうやっておったから、おれもそれでいい、これで判こを押しておけばいい、こういう気持ちなんですね。なぜそういう気持ちになるか。国民全体の経済より自分の経済、自分の地位の保全のほうが大事だから、そういうことがずっと継続されてきておる。  そこで私が大臣にお尋ねしたいのは、せっかく前向きで野党にも協力を得て、核拡散防止をやろうとしていらっしゃるあなただから――私はいままでの政府にだって、ずっとこの問題では、来る年も来る年も協力をしてきておる。だから、ただ押していっても、かえってこじれてしまうからだめだ。こっちは、あなただったら幾らでもあと押ししますよ。パーセンテージに例をとれば、どの程度であったならば向こうにクレームをつける勇気があるかということを聞いておる。過去の実績であれば、そのまま一〇〇%でもいいのか。
  182. 三木武夫

    三木国務大臣 自由化をされているものについては、これは問題ないわけです。だから、映画の場合は、やはり何らかの契約などがあった、そういうことだと思いますよ。だから、あなたの言う映画の論がほかのものに適用されるとは私は思わない。貿易が自由化されて、なおかつ、何%だったらいいですかという――自由化されておればそういう問題は起こらない。自由化されていない物資に対して輸入のクォータというような問題があるが、自由化されているものについては、そういうものは、やはり日本の場合大きな問題としては提起されないと思います。
  183. 加藤清二

    加藤(清)分科員 大臣の言われるとおり、映画が自由化されていないというならばけっこうでございます。遺憾ながらそうではないところに問題がある。私は問題を提起している以上は、そんないいかげんな材料で一言うておるのじゃございません。遺憾ながら自由化されておるのでございます。それではシップ・アメリカン、バイ・アメリカンの内容いかんに私は次に論を進めたくなってくる。しかし時間ですから、いずれこれは締めくくりの総括質問のときにはっきりと承るということにいたしまするが、この問題について、今後外務大臣は、もしという副詞をつけておきましょう、もし私の言うとおりであったならば、あなたとしてはどうなさいますか。
  184. 三木武夫

    三木国務大臣 これは申し上げておるように、この問題は実情をもっと調べてみたい。調べぬ先にどうするということをお答えすることはちょっと時期が早いのではないか、実態をよく把握して、そして何らかこれに対して改善を加える必要があれば、改善を加えることにやぶさかではございません。
  185. 加藤清二

    加藤(清)分科員 それじゃ、映画はよくお調べください。自由化になっております。クォータ制を途中でしかれたこともございますが、輸出も輸入も自由化になっております。ただ、これは検閲ということがある。エロ映画は許されない、ただそれだけのことでございます。  それじゃわかった事実でいきましょう。壁タイルがダンピングに引っかけられようとしておる。これはどうなさいますか。モザイクタイルはそれに引き続いて、日本は貿管令を引っかけられました。これはこれでよろしゅうございますが、先ほどの私の質問に対して答弁がなかった。逃げた。中小零細企業は倒れた、その措置に対しても答弁がなかった。これはどうしますか。あくまで具体的に一つ一つ聞いていきましょう。
  186. 原田明

    ○原田政府委員 加藤先生のおっしゃる点は、私どもが、アメリカにおける輸入制限運動に対して、その撤廃を交渉しておりますときに最も重要な点になっておる、キーポイントを置いている問題だと考えます。確かにアメリカ側は、ある商品については、極端な例では、わずかに一%国内生産に対して輸入がふえるというだけでも文句を言う。また綿製品あたりにつきましても、せいぜい五%とかそこらぐらいの程度の輸入が通常の輸入増であって、それをこえる輸入増というのはやや異常な輸入増であるから、わが国の産業に被害を受けるので、こちらで輸入制限をするか、自主規制をしてもらえぬだろうかと言わんばかりのことを言う。これは確かに商品によって非常に違っておりまして、中には、これらからの輸出が一年で数倍になった、伸び率だけを問題にするというのは当たりませんが、数倍になったというのがございますし、また、アメリカの生産に比べてやや高い比率、五%というような比率ではないものもございますが、総じて比べますならば、アメリカで国内難業の言い分をたてにとって、こちらに言ってきますときの輸入増、ノーマルな輸入増として彼らが認める生産に対する比率は、私どもがもっとあってしかるべきではないかという比率より低過ぎるように考えております。  それからまた、われわれのほうでは、映画の例は確かに過去の惰性に基づく若干特殊の例もございます。自由化された分野において、こちらの輸入業者と向こうの映画輸出業者の契約の条件がきわめて不利であるという点があり、それをこれからどうやって改善していくかという問題だと思いますので、確かに私どもも――私のところは責任官庁ではありませんので、関係部局と相談をして調べさせていただきますが、自由な貿易形態にまかされたからといいまして、日本の輸入業者が不当に不利な立場に立っていいということではございません。もし何らかの対策を講ずることが必要であるというならば、その際講ずるというふうに考えてまいりたいと思っております。
  187. 加藤清二

    加藤(清)分科員 さすがは原田次長、あなたは世界じゅう回ってよう知っておられる。ただ、知っておるけれども、実行に移すときに勇気がないのか、箝口令をしかれておるのか、いずれかで、どこかにネックがある。そこで一つ一つ聞いていきたいのですが、時間がありませんので、簡潔にお答えを願いたいのです。  日本の自動車完成品輸入について、相手国は、完成品を輸入させろだけではなくて、資本の自由化までさせろと言ってきておる。ところが、アメリカ市場に至っては、一酸化炭素の消却と申しましようか、消滅と申しましょうか、それを筆頭に二十項目余にわたって制限をつけてきておる。これは一体どういうことですか。これがまともなフィフティ。フィフティ、同等の待遇であるかないか。これについて、業界としては、選手を、それぞれの社長級を団体を組んで向こうに送っておるけれども、解決はできていない。これが現状です。こういう問題について、外務大臣としてはどうお考えになるか。それと相似た例が合成繊維の問題にも次から次へと出てきておる。それはほっておくから、よけいに出てくるわけだ。何かでひとつ防ぎとめなければ、これは資本の自由化どころの騒ぎではございませんよ。ここらあたりでひとつ腹のあるところを示していただきたい。たとえば壁ダイルはどうするか、繊維製品はどうするか、あるいは自動車のこの問題についてはどうするか、これだけでいいのです。どの一つでもいい。ないしは全般でもいいのです。
  188. 三木武夫

    三木国務大臣 自動車の例を最初おあげになりましたが、日本だって、やはり向こうからいえば完成車に対して四〇%、相当高い関税ですよ。四〇%の関税ということになれば、日本に対する自動車の進出には相当障害になる。こちらのほうは、向こうから文句を言われるようなことは全然ないという前提に立って考えれば、加藤さんの言われることはごもっともですけれども、こちらのほうもそういう面もある。ことに排気ガスなどについては、これは人命に影響するのですから、日本が国内法で自動車に対して排気ガスをできるだけ抑制するといいますか、そういうことに協力することは当然でありますし、特に日本の自動車を目標にしてそういうことを言っておるわけではないのです。全体の自動車にそういうことをやって人命を守っていこうというのですから、これは日本協力すべきものでありまして、加藤さんの言い分の中にも、もっともな点もありますけれども、アメリカのすることは、排気ガスでも日本の商品をねらい撃ちしておるように、そういうふうにはお考えにならないほうがいいのではないかと考えております。
  189. 加藤清二

    加藤(清)分科員 私は結論にしようと思ったのですけれども、そういうおことばであれば、もう一つ返さなければならぬ。  それではお尋ねするが、本田の車に排気ガスを消滅させるような設備をつけたら車が回りますか、あるいはトヨタのコロナないしは日産の車、これは小型なんですよ。小型に排気ガスを消滅させるような設備をつけたら、これは回らなくなるのですよ、エンジンをかえるか何かしないことには。やれないことをやれというんだ。それだったら、向こうが、そういう本田の二輪車にでも排気ガスを消滅させるような設備、技術、そういうものを発明して、こういうよい技術があるからおまえの車にもつけろ、こう言うてくるなら、なるほどごもっとも。そういう技術がいまだないんだ、ないのにやれと言う。やらなければ買わないと言うたらこれは拒否ということになる。向こうは大型だからできるのですよ。その大型の三〇〇〇CCのものがやることを一一〇〇CCにやれとか、二〇〇CCにやれなんていっても、そんなことはできっこないじゃないの、そうでしょう。だから、私はあえて言わなければならぬ。向こうの言うことが無理である。けれども、それで論争をしようと思っていない、それだけでまた一時間別に取りますから。  ただ、問題は、外務大臣の姿勢を聞いている。結論を言えば、日米友好通商航海条約というりっぱな互恵平等の国際法がある。にもかかわらず、それは行なわれていない。どう行なわれていないかといえば、日本に対する制限のみ多く、アメリカの制限は少ない。その結果は、日米貿易は伸びた伸びたというけれども、去年だけはちょっと違っていますが、赤字が慢性的である。この赤字の累積は百億ドル以上になる。終戦後からのあれはもっとになります。日本の貿易は、その赤字をよそで埋めなければならない。かつては貿易外収支、進駐軍の落とす金である程度とんとんになった。ここでとんとん経企庁長官という名前を受けた人もある。これを後進国並びに欧州諸国に向かって貿易することによって穴埋めをしなければならぬというのが過去の歴史であった。その結果は、EEC諸国もイギリスもともにガットに加盟した、OECDに加盟した今日といえども、なおガット三十五条第二項の援用をもって例外措置で日本商品を制限しておる。遺憾ながらこれは事実なんだ。これをあなたはお認めになるやいなや。そうして今後、ガットに加盟し、OECDに加盟した、だから資本の自由化、国際法の義務は履行せねばならぬ、こうおっしゃるならば、あなたは、まず相手に対してそれを要求して、すでに行なわれているところの商品取引上の義務の忠実なる履行、フィフティ・フィフティの取引、これを実現してから後に行なうべきではないか、私はこう思う。この点どうですか。
  190. 三木武夫

    三木国務大臣 私の姿勢としては、貿易上の障害の撤廃というものは、経済外交の中心題目だと思うのです。これはアメリカに対しても、西欧諸国に対しても、全力を傾けるつもりであります。すぐに実効があがらぬではないかと言われますが、経済の利害というものに対しては、なかなか向こうも鋭敏ですからね。だから、こちらの言うとおりに必ずしもなるというわけではないので、忍耐が要ると思います。しんぼう強く、しかし、これは経済外交の中心題目である、全力を傾けるものであるということを申し上げておきます。
  191. 加藤清二

    加藤(清)分科員 経済外交の中心題目である、全力をあげる、また原田次長もポイントである旨をおっしゃられました。そこで、この問題は、総括質問にお預けにします。  それからもう一つ、その際の宿題と申しましょうか、そのときに論議を要請する問題について申し上げておきます。  日韓会談によりまして有償、無償のドルが朝鮮へいくことになっておる。これはドルではない。内容は機械の設備であり、役務であり、その他、つまり相手国の産業を興隆させるものである。その産業の興隆がやがて日本の中小零細企業と競合する。その結果は、日本の産業を制限したりスクラップダウンせんければならぬ事態が発生してきておる。なおかつ、この状況を推進するために、おたくのほうの党の某有力大臣は――はっきり言いましょう。それが推進方の音頭をとっておられる。つまり有償無償、ただで、あるいは長期クレジットで機械をもらった朝鮮の工場、その工場は、朝鮮のナショナリズムに従って、朝鮮独自のものであると同時に日本との合弁がある。ここで加工されましたものは、低賃金である。設備はただで、ないしは長期クレジットで、工賃が非常に安い、こうなれば、この商品が海外市場で日本と競合した場合に、日本が負けるのはあたりまえである。そのはしりがアメリカ国内におけるシャークスキンの問題であり、東南アジアにおけるところの綿製品の問題であり、日本市場における印刷物の海賊版の問題であり、アメリカ輸出のしぼりの問題であり、注染の問題であるわけだ。こういう問題に対して、一体、佐藤総理は、隣と仲ようするのに社会党が反対をすると言う。隣と仲ようすることが何悪いという。隣と仲ようするために、なぜ自分の子供のような日本の中小零細企業を倒産に導かなければならないのであろうか。自分のうちの女房、子供をいじめて、隣の奥さんと仲ようしたらこれはよろめきである。あえてなぜしなければならぬか。それは隣の御婦人は持参金を持っておったからである、こう結論づけている人もある。嫁入りの荷物の返しにうまみがあったからである、こう言う人もある。これは今後ずっと継続されていく問題なんです。これに対して、一対外務省としてはどういう態度をおとりになりますか。答弁のいかんによっては、詳細に質問をいたします。
  192. 三木武夫

    三木国務大臣 私はこういうふうに思っておるのです。やはり産業の発展過程が各国ともある。だから、新しく産業を伸ばしていこうという開発のおくれておる国々、これはできるだけチャンスを与えるという態度が先進国の態度として必要だと思います。しかし、あなたの言われるように、自分の国の産業というものに対して、これがみなばたばたと倒産していくということは、限度を越えていると思います。したがって、日本の産業構造が高度化していって、そうして、そういう開発のおくれた国々がこれから産業を発展さしていくについて、そういう産業にもチャンスを与えられるように、それと競合しないような日本の産業構造の高度化というものが絶対に必要である。それをやらなければ、日本は、こういう新興諸国との間で今後円満にやっていくことはできぬ。そこで、今後そういう低開発諸国の産業の発展とにらみ合わして日本の産業を高度化して、両立のできるように早く日本の産業構造を向けていくということが解決の道であろう、こう考えておる次第であります。
  193. 北澤直吉

    北澤主査 山中吾郎君。
  194. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 外交問題で経済援助その他経済外交ということがほとんど論議の一〇〇%であって、文化外交というのですか、あるいはアジアに対する文化協定、こういうものが非常に軽視をされておると私は受け取っておるものですから、そういう立場で外務大臣にひとつ所見をお聞きしたいと思います。  その前に、文部省の大学学術局長が途中で中座したいというので、順序を変更します。同じ文化関係ですけれども、私、予算の総括質問で総理大臣に質問したときに、風格のある社会ということで、合理主義というものについては疑義があるというような答弁をしたものだから、それを新聞で見て、どこか大学の教授です、名前は秘しますが、近代科学、合理主義に信を置かぬような総理大臣答弁に対して、非常に悲観をしたようなことを書いておるわけですが、この人は、一科学者として、これからの日本は合理主義に徹し、近代科学を最大限に育成、活用することによってのみ生き残ることができると信じておったが、非常に遺憾である、真意はどうだろうということでいろいろのことを書いておりますけれども、ただその中に、そういう国内の科学関係は別にして、国際関係の研究者あるいは教員の交換問題で非常に不熱心だということを痛感をしておると書いておるわけです。この点について真相をひとつお聞きしておきたいと思うのです。  それは諸外国アメリカ、ドイツ、フランス、インド、台湾、ナイジェリアまで例を出しておりますが、交換教授の制度がある外国から、短期間日本の学者を招待するということがひんぱんに行なわれておるけれども、わがほうからは、ほとんど行なわれていないということは、まことに遺憾だというふうに書いておるのです。その一例として、私まことに外交問題として遺憾に思うのは、昨年の夏モスクワで国際数学者会議が開かれ、そのところに世界の学者がおよそ五千人ほど集まったが、その中で日本人はわずか二十七人だった。しかも政府から旅費をもらって来た者はわずかに二人にすぎない。他の人たちは、アメリカ政府から旅費をもらうか自費で来た。ところで、驚くべきことには、日本政府は、国立大学に籍を置く人たちが私費で国際会議出席することを許さない。私は私費で参加するつもりでしたが、許可がおりないために、アメリカの大学を通じて、アメリカ政府の金をもらって参加しました。同様の事情アメリカ政府から費用をもらって参加した幾人かの人たちは、日本人でありながら、リストの上からはアメリカ人として扱われた。これは私は、日本の科学者、研究者としてしんぼうでなきい問題だと思うのですが、そういうふうなことが現実にあるとすれば、これは文部省とも関係があり、外務省外交方針にも関係がある。そういう意味において、国際文化交流その他については、ほとんど日本外交の中では軽視されており、大臣以下考えていないのじゃないか。大体、経済援助のことは、これは財界あたりの利害関係が一致するものですから、われわれ努力しなくても自然にその辺は進んでいくと思うのです。これはある程度、意識的な政治上の識見があって外交が進まぬ限りは後退する、そういうふうなことを考えておるので、その辺の事実を、まず外務省とどういう関係があるか私はわからぬですが、協定しておると思うので、両方からお答えが願いたい。
  195. 天城勲

    ○天城政府委員 学者の国際交流の問題につきましては、方法は必ずしも一つではございませんで、文化協定締結国の間における学者の交流については、それぞれについて予算を計上して行なっている場合もございますし、また一般的に、たとえば国立大学における外人教師の招聘の問題、あるいは日本学術振興会で行なっております流動研究員の招聘とか、いろいろなタイプがございます。また、文部省が国立大学の教官のいわゆる在外研究員制度というのを予算的にも用意いたしまして、毎年大体二百五十名ぐらいですか、研究者のテーマに従って派遣するというような制度もございます。ただいまお話のございました国際学会でございますが、国際学会につきましては、あらゆる分野につきまして最近非常に活発でございまして、中には非常に大規模な会合もございます。日本におきましても、近年何千人というような国際会議を開くこともあります。この国際会議につきましては、現存、制度上は、日本学術会議が毎年行なわれる国際学会につきまして検討いたしまして、日本の正式代表を何名派遣する、そして、それの人選と予算は学術会議が所管いたすわけであります。もちろん、予算的にも十分でないことと、この機会に国際的な学術の場を踏みたいという方がこれに加わることがございまして、これは原則としてそれぞれの学会が負担して、学術会議の国費による以外の者を加えて出るというような方式をとっておるのが現状でございます。
  196. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 昨年のソ連の国際会議に世界から五千人の学者が集まっておるのに、日本の国の費用で参加したのは二人しかいない。それはあまりにもアンバランスであるということ。そこで、その点はどうなんでしょう。そんな程度の貧弱なものですか。
  197. 天城勲

    ○天城政府委員 これは国際会議に関する限り学術会議の仕事でございますので、詳しいことはわかりませんが、大体何十とある国際会議の代表を選考するということで、正規の代表は、多く通例数名だろうと思います。それは国費によって派遣いたしております。
  198. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 そこで、外務大臣にお聞きしたいのですが、これは一つの邪推かもしれないが、ソ連で行なったから制限をしているというのではないか。これは学問ですから、どこでもいいのだし、そういう時代おくれの外交意識はもうないと思うのですよ。しかし、あまりにも少ないものですから……。  それから、アメリカの旅費をもらって行きたい学者が行っておるが、アメリカ人の取り扱いを受けなければならない情けない状態がある。しかし、どうもいままでの外務省の海外旅行の許可のしかたの中には、北朝鮮とか北の場合には、学問的なものであっても、来る場合にも制限する、行く場合もそうであるということを考えてみると、日本外交の中に、まだ私らよりも外務省のほうにそういう逆なイデオロギー過剰があると見られるのですが、その点いかがですか。
  199. 三木武夫

    三木国務大臣 そういうことはありません。ソ連との間でも文化協定を結ぼうという交渉が、そのときは実を結びませんでしたけれども、そういう交渉もあったくらいですから、そういうことで、共産圏だから少ない、自由圏だから多いという、そういうふうなことの区別はない。予算の制約からきたのだと私は思います。
  200. 猪名川治郎

    ○猪名川説明員 ただいまのソ連との学術交流の問題でございますが、ソ連との間におきましては、学術交流に関しまして実施取りきめというものを数年前から結んであります。したがいまして、他の国よりも、むしろソ連との間におきましては、学者の交換あるいは図書の交換等は実施取りきめをきめておりますので、これは科学技術庁とも関連するわけでございますが、毎年わがほうの学者も向こうに参りますし、またソ連側の学者も参りまして、御指摘のようなことはございません。むしろわりに活発に動いている現況でございます。
  201. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 それは聞いておきます。文部省の予算が少ないということ以外に原因はないと大体受け取りますが、それなら多くしなければならぬということだけですから、まず一応聞いておきます。  なお、こういう意見も書いてあるので、私も一応皆さんにお聞きしておかなければならぬのですが、現在のように日本の科学、学問が進歩しておるものだから、国費の留学生制度とか民間の海外派遣をある程度行なわなくても、国内で学ぶべきものは幾らでも学べる。しかし、研究者は、国際関係情報交換というものが行なわれないと、これは研究が進まないし、また湯川博士のような、ああいう研究もずっと前にもう行なわれておるのだが、すばらしい研究ほど一般の大衆が理解しないから、理解してその価値を評価するのは三十年も四十年もあとになって、おくれてノーベル賞も入った。だから、すばらしい研究ほど海外に紹介をし、交換をする必要がある。そこで、ある研究が行なわれた直後に評価がされてノーベル賞が入っておるなら、日本の科学研究はさらに進歩しているのじゃないかという意見、これも一つのしろうと考えで、あるいはそうであるかもしれないと思う。  そこで、こういう学者は、一般の空気だろうと思うのですが、海外に研究者を派遣して情報交換をせしめるという必要が、学生を留学させるよりも日本の場合には非常に重要なものになっているのだが、政府の態度を見ると、これを妨げようとしているかのように思われるというふうな疑いが出ておる。これはやはり予算が少ないからかどうか知らないが、その辺の関係については、日本政府は不熱心ではないか、そういう不信感を研究者、学者に与えておるということも、一応受け取っておいて検討すべきものがあると思うのです。それは外務省と文部省の関係ですが、いままでどういうふうな対策を立てて、それから研究の情報交換――学生ではないのですよ。学生の学ぶべきものは、国内で学ぶだけのものは日本にあるというのです。研究者の交流というのは非常に不足であるといへ考えを言っているのですが、どうも事実そういうふうな感じがするのです。それはどうでしょう。
  202. 天城勲

    ○天城政府委員 基本的には御説のとおりでございますし、私たちも、学術の急速な進歩発展の状況にかんがみまして、特に若い研究者の交流を積極的にいたしたい。その若い研究者の交流も、日本から出ていくだけではなくて、逆に外国の若い研究者が日本に来て、日本の学者と一緒に研究をしたい、いろいろな分野において最近はそうなっていると思いますが、一言で先ほど先生とどめをさされて、予算が足りないという点がすべての原因だと言われましたが、確かに予算は不十分でございます。しかし、考え方は、おっしゃるような点に重点を置きまして、たとえば在外研究員でも若い研究者に重点を置きまして、長期の留学等におきましては主として若い人に重点を置いて行なう。また、外国人が特に日本に来て、日本の学者と一緒に研究をしたいという分野もかなり出ておりますので、それにつきましては、若い研究者に対して手広く一緒に共同研究をしてもらう。あるいは、いまお話のありましたノーベル賞クラスの学者の交流ということも、これは長期間のものはできませんけれども、短期的には、そういう人が積極的に接触できるように、特に日本に来る場合は予算的な範囲でというような、比較的多角的な用意はいたしておるのでございますが、総体といたしまして、十分予算がないということで活発に動けない点はわれわれも残念でございます。しかし、方向はおっしゃるような方向でやっておりますし、今後もその面で拡大していきたいと思っております。
  203. 猪名川治郎

    ○猪名川説明員 ただいまの研究者の留学の問題でございますが、私どもの承知している限りにおきましては、たとえばフルブライト委員会、これによります奨学金の制度がございまして、これを利用いたしまして毎年多数の研究者が米国に行って勉学いたしております。それからまた、アメリカの国務省が直轄しておりますホノルルのイースト・ウエスト・センターというものがございますが、これもやはり研究者が多いときには七十人、おおむね五十人くらいの日本人の研究者が年間行っております。これは主として若い人に限っておるわけでございますが、その他いわゆる国費とか、あるいはそういう奨学金制度ではなくて、アメリカ等の大学が奨学金を個人に対して設けて、それによりまして留学をする者が非常に数多くございます。もっとも、これは社会科学という面よりもむしろ自然科学の面が多いわけでございますが、そういうように、かなりの研究者が留学していることを申し上げておきたいと思います。
  204. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 それもお聞きしておくだけにとどめます。  それで外務大臣に、総括質問のときに文化振興という立場で、アジア外交の立場の中で国際大学を設置してはどうかということを、ある程度提案するような意味で私は質問をしたわけです。大臣は、それは一つの構想であるという答弁で、しり切れトンボになっておるわけであります。そのときに、教育用語として私はエスペラント語を使ったらどうかという意見を言って、述べっきりになっておるのですが、私は、その点についてもう少し外務大臣と認識を相互に深めたいと思うのです。  それは、AA諸国の経済にしても、文化の発展にしても、一番の困難は言語の不統一です。アフリカはもう種族の分裂と言語の分裂、東南アジア、インドを含めてほとんど言語の分裂が現存の状況を来たしておる一番大きい問題だ。そうして、歴史的に見て、支配をした民族というのは、自分の母国語を強制することは歴史の鉄則のようです。だから、フランスの植民地支配を受けたところはフランス語、英国の植民地は英語、そういうふうに、いわゆる上流階級というものは、本国のことばを教育語として教育を受けた。下のほうはまた種族ごとに違った言語がある。そういうことが現在のアジアの分裂の一番の原因だと思うのです。そこで、もしアジア外交で、日本アジアというベースの中で、イデオロギーというものじゃなしに、また昔の大東亜共栄圏というような間違いを起こさないで、ほんとうのアジア外交を先覚者的な立場で進めていくならば、やはり言語の統一ということが一番大事だ、そういうことで私はこの間質問をしかけておったわけです。もしそれを、国際大学を設置するという場合に、教育語に日本語を使うというならば、やはり日本語というものを押しつける結果になってくる。もしやるならば、国際用語を教育語として採用すべきだ。そのときに、一つの歴史的な存在として、一応国際的な組織があるのはエスペラント語だから、やるならばそれくらいのビジョンを持ってやるべきだと私は言ったつもりでおります。その点は外務大臣はどの程度に認識をお持ちになるのか、ひとつ率直に聞いておきたいと思います。
  205. 三木武夫

    三木国務大臣 エスペラント語は、一時、われわれの学生時代、非常にやかましくいわれた時期がありまして、私はこれの将来に非常に刮目をしたわけです。こういうものができて、これが世界語になったならば非常に好ましい、ことばの問題としては一つの解決方法だということで、望みを託したわけですが、その後見ておると、どうも熱心な人は熱心なのでしょうけれども、ことばには一つの普遍性がないと、せっかく習うのに、そのことばが使われる範囲はどこだということが、習う者の熱意に影響するわけですね。そうなってくると、どうもエスペラント語というものは、その後旅行してみても、エスペラント語を話すかというような質問を私自身に受けたことはないのです。向こうもエスペラント語を知っていないからでありましょう。そういうことで、ことばというものは、一つの歴史的な経過を経てできた言語はともかく、人間の頭でことばをつくって、それを人数に普遍のことばにするということは、どうもなかなかむずかしいのではないかという評価を私はエスペラント語にしておるのです。熱心な人にはお気の毒だけれども、これが世界語としての普遍性を持つかどうかということについては、私は率直にやはり疑問に思っておる。したがって、先般予算委員会において山中さんが、エスペラント語で東南アジア大学をつくったらどうかという――考え方としては依存はないですよ、そういうことにできれば、過去の植民地支配の思い出がことばの中にないですから。精神的な抵抗を感じさせないでいいとは思いますけれども、どうも実際はそういうことにいかないのではないかということが、率直な私のいまの感じでございます。
  206. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 それは非常に困難なことはそのとおりですね。ところが、アジアあたりの実態を見ると、たとえばインドの紙幣には、英語、ヒンディ語、ウルドゥ語、タミール語、何十種類のことばを書かなければならない。言語の分裂というものが、インドの貧困、不統一、あらゆる原因になっている。それが宗教と結びついている。そういうこともあるし、それからマレーシアを見ると、マレーシア憲法に基づいて言語法案を採択して、そしてマラヤ語を公用化しておる。ところが、国会、裁判所、高等教育機関では英語の使用を認めておる。その他中国語、タミール語も日常生活に使われておる。これが現実なわけですね。ヨーロッパの植民地なんかでは、アジア民族というものは言語の不統一の中であらゆる文明の発展を阻止している。ラオスを見ても、これは日本の一年海外協力隊ですか、向こうへ行った者が日本語を教えているのですね。それについて、もとの支配者であるフランス人たちは、日本協力隊が日本語教室をやっているのに対して皮肉って、こういう批判をしている。この国で出世するにはフランス語ができなくてはだめだ。官吏はもちろん、軍隊でも大尉以上になれない。英語は、アメリカ人がふえたから、覚えればアメリカ人のところで働いて銭になる。日本語では出世もできないし、銭にもならぬと批判をして、それをやゆした。こういうアジアの植民地の中にある不統一な中で、いまのような状態になっておるので、岡倉天心がアジアは一つだと言っても、アジアほど現実に多様なものはないのです。だから、大体もう少しいろいろのことを検討しないと、外務大臣のように、困難だからと、まずあきらめが先になって、そこでビジョンなど余地もないというふうに考える。それは常識だと思うのですよ。しかし、もう少し日本の政治家が、アジア全体のことを、ほんとうの民主的な意味において考える熱情というものがそこへ入ってくれば、捨てておけないということだけは間違いない。それならばアジア国際大学とか、あるいは研究をする場合に、一体何語を使うか、どういうことばを使うのかということになってくると、それは英語ということばは、やはり英語を使っているアングロ・サクソンの支配の道にしかならない。日本語というと大東亜共栄圏のまた一つの支配になってくる。エスペラント語というのは、非常に国際的な、ほんとうに好きな人の小部分の組織ではあるが、歴史を持ち、そして現在エスペラント語だけでも、同好者のところを歩いていけば世界旅行もできるわけです。それから、文芸作品においても、あるいは学問的なものにしても、相当エスペラント語で翻訳されておる。翻訳事業もあるし、あるいはエスペラント語の字引きその他もできておるわけですから、一応地球上に存在する統一された国際用語としては歴史的存在だと思う。そしてまた、世界の用語としては、象形文字よりも音標文字という形態の中で何か一つということになると、私はこれでもアジアのものは救われてくるのではないかと思う。各言語のこの状態を見ると、もう少し、一歩進んで検討さるべき価値があると思うのですが、それはいかがでしょう。  それで、ユネスコの事務総長にきてもらっていますが、大体現代のエスペラント語というものの国際的な動きとか、国際的な地位とか、そういうものをひとつ説明してください。まず外務大臣答弁の前に。
  207. 伊藤良二

    ○伊藤説明員 エスペラント語につきましては、国際用語といたしましてユネスコでもその必要性は非常に感じておりまして、昭和二十九年の第八回のユネスコの総会におきまして、若干の国から、これを国際用語として使うように研究したらどうかという提案がなされたわけでございます。その際かなり論議がございまして、その結果、ユネスコの事務総長は、これを今後研究して、そして実際やっている国々の姿を、特に学校教育などに入れようという動きも若干の国であったようでございまして、そういう結果を報告して、今後この問題を固めていこう、こういうような事務総長報告が当時の総会でございましたわけでございます。その後におきましては、その議題は残念ながら総会では取り上げられずに今日まできているわけでございます。  私たち国内委員会におきましても、これは各国がハンディキャップを持たないような会議等に持っていくという意味におきましても、また、いまの国際的なアトモスフェアをやわらかくしてつくり上げていくという意味におきましても、非常に重要なわけでございますので、われわれのほうも、そういったことは研究いたしておりますが、国内委員会の総会では、まだ結論に達しておらない次第でございます。今後またそういった問題を私ども提起したいと思っております。  これを国際的に見ますと、このエスペラント語の発展している国は北欧の諸国、それからオランダ、ポーランド、オランダにはヘッドクォーターがありまして、ポーランドは発祥の地でございますが、そういった国々はかなり熱心でございます。ただ、東南アジアの諸国におきましては、日本韓国台湾、ベトナムが少し、これは世界的に見ましてはそれほどではございませんが、まあ、やっているほうでございまして、その他の東南アジア諸国は非常に地盤が脆弱でございまして、ほとんどございませんような状態でございます。  それから、その普及度につきましても、日本では大体読み書きできるというのが一万人だというふうにエスペラント学会では推定しております。国際的な全体の観点から見ましても、ただいま三、四十万というのが見積もられておる数でございます。こういった状態でございますので、直ちにこれが共用語として行なわれる、あるいはこういったことばを当面教授用語として大学、高等教育機関等で用いるということは、かなり困難な事情があるのではないかと存じております。将来の問題としては、われわれも研究させていただきたいと考える次第であります。
  208. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 私は、これはビジョン論争で終わるつもりで、それでいいのですが、私はアフリカ民族に非常に同情するのです。教育制度、それは比較教育制度です。各植民地の母国語と義務教育の中に必修になっている数カ国語を教わっているわけです。たとえば、旧仏領赤道アフリカ、これは学校制度は、教育語はフランス語が主である。そして、ぼくはわからぬのですが、仏語、アラブ語、カメルーンは英語、仏語というふうに、三つか四つ必修にしてやらざるを得ない。それから旧英領西アフリカでは、中学校では教育語の英語のほかに、仏語、アラビア語、スワヒリ語が必修となっている、こういうことなんですね。旧英領東アフリカはどうか。初等教育ではスワヒリ語、英語、アジア語別の小学校に分けられ、どの小学校にも入学できるようになっている。中等教育からは英語が必修になっている。旧ベルギー領アフリカ、その他ほとんど元の植民地では、フランス語、英語というように、母国語を必修にされている。そして自分のことばと種族のことばが二つぐらい入っている。その他のアフリカ諸国と書いてあるのを見ると、初等教育ではアムハリ語と英語、中等教育では英語が教育語になっている。これは教科書がそうなっていると思うのです。こういう悲惨な状況の中で、ヨーロッパの植民地として支配されたAAグループは、この言語の中で教育の能率は上がらない、そしてどれが母国語かわからない、これが現実だと思うのです。そういうものに対して、日本が少なくとも文化協力をし、そうして新しい二十一世紀に向かった民主的な世界運動でも提唱する総理大臣が出なければ、日本の値打ちがないと思うのです。もう少しビジョンを持たないと……。言語を統一してやるというふうな、共同教育施設等をもってやるということは、これはもう日本が、極東の西洋といわれ、西洋の極東といわれている日本が、文化的役割りを果たす一番大事な課題であると、私はこれは実態を見ると真剣にそう思う。  そこで、それならば何かというと、やはり困難であることは明らかであるけれども、現実に世界的に一つの組織を持ってある程度動きを持っておるのはこのエスペラント語しかないのだ。ポーランドのあの民族分裂の苦しい、歴史の中で、このエスペラント語というものの創始というものがあり、同時に、徹底的な平和、もう戦争は絶対にしたくないという平和思想と密着して生まれてきておる。平和憲法を持っておる日本が、少なくとも先覚者的役割りを果たす、日本総理大臣がそれくらいのビジョンを持って世界に訴えるようなものが出たときに、初めて私は日本総理大臣総理大臣らしくなると思う。本会議の演説で幾ら風格あることばを言っても、全体が風格がないのですから、施政演説がそういうことをもって――将来三木さんが総理大臣になられるか知らないですが、何かそういうふうなものをひとつお出しになるような検討が必要だ、そういう意味なんです。いま総長が言われましたが、おそらく外務大臣考えておるよりはもっと検討すべきだ、国際共通用語としてエスペラント語を位置づけてしかるべきだと思うが、いかがでしょう。
  209. 三木武夫

    三木国務大臣 私も、エスペラント語がいまどういうふうな状態になっておるかということは、この議場でいま承ったわけであります。私は、これはなかなかものにならないのではないかとあきらめる気持ちのほうが多かったことは、正直に申して事実であった次第です。しかし、いまお話を聞いてみると、ユネスコのほうでもまだペンディングでいろいろ考えておられるようですから、これはもうあきらめた、そう言うのは少し早いという感じがいたします。これは検討をいたすことにいたします。
  210. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 この機会に、もう少し日本外務大臣がこういう方向に、経済ばかりではなしに、文化的な方向に頭を向けてもらいたいという意味、きょうはそれだけでいいのですが、私は、まじめに日本の平和憲法のもとの教育制度を考えた場合に、社会党の一つの学校制度のビジョンとして、第一次草案だが、四・五・五。四制という新聞に出されておる学制基本構想案を昨年出した。そのときの満十八歳までの義務教育構想の中で、教育目標について、正確なる日本の母国語と、それから国際用語のエスペラント語と、どれか一つ外国語を習得して義務教育の終点にしたいという実はビジョンを出したのであります。それをエスペラント学会ですか、私の構想というより、これは社会党の政策審議会の第一次草案だが、それを世界に紹介をしたんですね。その紹介をしたのに対する反響はずいぶん大きいのです。いつの間にか国民外交をしているのだと、私は自分でびっくりしたわけですが、各国から、ぜひ日本の国がそういう先べんをつけて、新しい世界のあり方の一つのテストをしてもらいたいというふうにずいぶん来ておるわけです。ほとんど各国から来ておる。いろいろなことを書いておる中でも、これはオランダの人のですが、翻訳をしてもらったものです。「大昔から勢力の強い国は、他の国民に対して、自国の言語の使用を強いる努力が払われてきました。そして、その傾向は世界的なものでありました。数世紀前、オランダの海運力が世界最強を誇っていたときは、オランダ語が最も多く海事上で使用されてきました。また、あなたの国と我が国との商取引や医学上の交流のためにオランダ語があなたの国で教えられていました。ナポレオン帝政時代後は、フランス語が大きな影響を持ち始め、それとともにフランス文化が普及されてきました。第二次大戦中は、ドイツ国民が占領地域の国民にドイツ語の使用を強いることに努力しました。次いでロシア語がその影響を持ち始めました。現在は、アメリカが全世界の指導者の役割を果たすべく努力をしております。そして英来語の使用が強制されてきております。特にその多くは、ヨーロッパのゲルマン諸国やあなたの国において、それが顕著です。」日本は英語専門だということは大体わかっておるようですね。「我々の地球上で距離がだんだん縮小されてきているために英米語の圧倒的優勢の中にあっても、今や全人類の将来のためにどの国家にも属しない言語の問題について考えるべき時代が来ております。」そういうことをずっと書いて、「あなたの国こそ、立派にパイオニア的役割を果すことができます。」したがって、指導権を握って、この国際用語の可能性と必要性について、積極的に研究し、提案をしてもらいたい、こういう一つの意見を述べたオランダからの手紙が来ておる。確かに、経済援助にしても、学問の輸出にしても、自国語というものを――強力な民族というものは、それに母国語を教えていくという強制の中に、植民地支配のあとで反動が起こり、それがまた世界に大きな禍根を残すことは、歴史の鉄則だと思う。だから、日本が朝鮮を支配した場合に日本語を強制した。そうして朝鮮語を忘れた、日本語だけを知っている朝鮮人が、祖国民族教育の問題について、今度改正法案を提案するかということが問題にさえなっておると思う。朝鮮民族からいえば、これは歴史的な屈辱である。一時的に日本語を向こうに教えたら、朝鮮民族が日本と一つになって、そうしてまたいい共通した平和社会ができるというのではなく、逆にできなくなって、その反動で、それに対する優越感と劣等感と屈辱感がくっついて、こういう日韓問題を強行採決をせざるを得ないようになっておる。私は、したがって、もし国際的な文化協力をし、アジア大学をつくるならば、エスペラントそのものについて、将来においてそういうものを持つことを前提とした構想でなければ私はだめだと思う。この点はどうですか。
  211. 三木武夫

    三木国務大臣 言われるとおりだと思います。あなたの考え方に対しては、私は異存はないのです。これは実際問題としてどうかという点だけで、考え方は全くそのとおりだと思います。低開発国――ことばというものが国家的統一というものを阻害している場合が非常に多いのですから、一つの考え方としては傾聴をいたします。
  212. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 あとで大臣に聞きますが、聞くだけ聞いておってください。これはアメリカのシカゴ大学人種学研究室から来たものですが、「私は、本日大きな喜びをもって日本社会党の日本における教育制度の改善に関する計画を知りました。」といって意見を申し述べておりますが、「私は、ただ今、台湾で人種学の研究をしているアメリカの大学院の学生です。今回アジアを訪れたのは初めてのことですが、ここでアジアの言語問題について深く感じさせられた二点について申し上げたいと思います。第一点は、日本台湾では殆んど皆といってもよい程英語を用い、また学びたがっているということです。」「そして私は今まで英語以外の他国語を学んでいる学生に出会ったのは僅かに三人でありました。日本語を学んでいる学生はたった一人だけでしたが、それもほんの少しばかりのようです。」これは台湾のことです。「私の日本滞在中は中国語を学んでいる学生には全然出会いませんでした。」これは要するに、アジア民族というものはどこへ行っても英語以外を学んでいる者はいない。「第二点として申し上げる次のことは、」「これら熱心な学生が英語の学習に大部分の時間を費しているにも拘らず彼等は殆んどそれを実地に活用できないという事実であります。日本の学生でアメリカに一年間留学していた私の友人でさえも、それ程英語は達者でなく理解される会話はできませんでした。ただエスペランチスト達とは会話が完全に達せられました。台湾ではやっと一人だけ完全に英語を自分のものにしている学生に出会いました。」少し省きますが、「したがって私は、日本の学校でエスペラントを導入するということは、単に東洋と西洋との理解のかけ橋となるのみでなく、アジア諸国間の理解のかけ橋となるためにも偉大な前進をもたらすものと考えます。このことの重要性に気づくものは、多分後になってからでしょうが……」と疑問を残しながら話を進めておるようですが、これはアメリカの学生です。さらにこれと同じようなことで、大いにそれを進めてくれというアメリカの先生、それからこれはフランスの大学の先生です、さらにデンマーク、ポーランド、ハンガリー、ドイツ、オランダ、これらはエスペラント語でよこした。こういうことは、どこか世界共通用語の主張が世界平和の主張と結びついて、新しい世代の一つの要望があると思います。世界国家に向かっておるかどうかは別として、もしかりに、一つの現在ある民族語というものを世界用語にするという場合は、強大な民族が他民族を支配した場合。しかし、あらゆる民族が平等のままで完全独立した中で、世界が一つの連邦機構というものができる場合については、いまのような国際用語が共通の広場にならぬ限りは、ある民族が他民族を征服し、支配し尽くしたときに世界の統一が成り立つ。したがって、現在のような場合には、少なくとも日本外務大臣が国連に国際共通用語の採択を提案するくらいのビジョンは持ってしかるべきであると私は思う。現実にこういう問題があって、しかもアジア、アフリカの部分に対しては、各民族がことばの統一ということで困っている。そのことばの愛着ということではなく、困っておるわけです。そういうときに日本の文化外交というものはどうするか、もう少し積極的に検討してみる――検討に値するのではないか。私は不可能とは思っていない。どこの国に行っても、そこの大学の用語、教育用語というものはそこの母国語である。一、二年そこの語学を会得さしてから学問を始める。アジアの青少年諸君を集めて、一、二年教育用語として使用する用語を修得さして瞬間に入る。これはエスペラント語を採用しても、しなくても同じことですよ、日本語というものは知らないのですから。そのときに日本語という民族の優越感、植民地化するような、そういう危険のものでないことを一応前提としない限りは、私は、また同じようなことを繰り返す、そういうふうに思うので申し上げるのです。  それからさらに、現在中学校あるいは高等学校で英語の教師をしている人でエスペラント語をやっている教育実験の報告があるのですね。最初にエスペラント語を一年教えて英語に入った者が、最初から英語を教えるよりも進歩が早い、これはもうほとんど一〇〇%近いのですね。だから外国語の補助教材としても非常に大きい意味があるのだから、そういう意味において平和思想と結びついたもので、一つの指導的なものも含んで、いわゆる教育的な意義を含んで、決してむだはない。もう少し文部行政と外交行政が一つになったそういう方向の検討を何かして、新しい時代外交の角度を変えた打開の道を検討すべきだ、私はこれを強調しておきたいわけです。それで、ただ聞き置くのじゃなしに、外務省の機構もあまり知らないですけれども、そういう方向をもっと真剣に検討されてはどうか。  それから、ユネスコと外務省と文部省の関係も私はわからないのですが、もし外務省とユネスコの関係ならば、ユネスコの研究をむしろ外務大臣が要請するような形でされるべきであると思うのですが、いかがでしょう。
  213. 三木武夫

    三木国務大臣 これはただおざなりでなしに、研究いたしましょう。あるいはユネスコとも協力しながら、この問題は少し検討をいたしてみることにいたします。
  214. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 検討してください。ユネスコは外務省との関係のほうが深いのじゃないですか。外務告の中におったほうが意味がある。文部省におるものだから……。
  215. 齋藤鎭男

    齋藤(鎭)政府委員 ユネスコに関する行政は文部省と外務省と両方に分かれておりますが、原則として、対外関係につきましては外務省、国内委員会並びに国内の諸問題との関連においては文部省、そのうちで、特に国内委員会の事務局というのがございまして、国内問題について主として取り扱っております。
  216. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 わかりました。国内委員会だけが文部省。  それでは次に一、二、一言だけお答え願ってけっこうですが、現在の国連の松井大使がスウエーデンの大使をしているときに私ヨーロッパを視察したことがある。そのときに、アジアに対する日本外交協力の中で、経済協力よりも一番大事なものは、義務教育に対する協力というのが非常に重要ではないか、そのときに、東南アジアあたりについては義務教育の教科書の印刷力がない、ああいうものを国内で印刷をして、教科書あたりのああいうものに協力するということが非常に有効であり、適切であるということを盛んに強調されたことがあるのですが、そういう東南アジアの義務教育普及についての協力の何かの政策ということはいままでされたことがあるのですか。外務省、ユネスコどちらかで……。
  217. 伊藤良二

    ○伊藤説明員 直接教科書の生産それから製作援助という問題は、まだそこまで見えてまいっておりませんけれども、東南アジアの書籍、教科書も含めまして、その出版の諸問題につきましてはユネスコの本部も非常に関心を持っておりまして、私たち、ことしの秋に、出版、印刷それから製本、編集等をすべて含めた研修コースというものを持つ予定でおります。これには東南アジア各国のその関係者が全部集まりまして、そして日本の比較的進んでいる面、編集からレイアウト、それから出版技術、活字をつくる点まで入れまして、それから酎付組織、こういったもの一切の研修を三カ月の予定でやる予定でおります。  今後の問題といたしましては、さらにこういったものを発展させると同時に、将来は日本にそういうブックプロダクション・センターのようなものを置いてくれないかという要望もございます。したがいまして、将来はこの面につきましては相当日本協力できる体制になるのじゃないかと存じております。この中で、教科書の土産は重要なものとして考えていくことにしたいと思います。
  218. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 そういう義務教育その他の普及の方向にも、私はもう少し文化協力という立場で、あまり予算を惜しまないで、外務大臣のほうからむしろ提案をして進めてもらいたいと思います。  さらに、これと全然違うのですが、公務員で長期勤続をして退職する場合に、市外勤務年数を通算するということになっておるのだが、外務省の証明がないとそれができない。そこで学校の先生その他が在外勤務の証明書交付を盛んに頼むのだけれども、数年たっても証明書をくれない。そのうちだんだん退職が近づいてきて、非常に不安だというので、私の耳に入ることが多いわけなのです。どうも事務が渋滞をして、聞くところによると、外務省のどこでやっておるか知らぬけれども、こんなに書類を山積したままになっておるということを聞いたのですが、その辺はいかがなものですか。
  219. 小川平四郎

    ○小川政府委員 ただいま御指摘の点は、外地に勤務した教員あるいは官公吏の履歴の証明の問題であると思います。御指摘のとおり、相当大部のものがございます。これが御承知のとおり、終戦前後の外地の状況でございますので、はたしてどの人がどれだけ在外に勤務しておったかという証明をする、その資料が非常に散逸しておりまして、私どもとしてはできるだけの資料を集めておりまして、それに基づきまして、前歴の証明の申請がありましたときには証明するわけでございます。私どもの手持ちの資料によります方の申請でございましたならば問題なくすぐできるわけでございます。しばしばほとんど資料のない方からの申請がございます。こういう場合には、私どもとしては、できるだけ関係の旧機関あるいは関係者に照会を発しまして、その方の前歴をなるべく各方面から集めまして、できるだけ証明していきたいというふうにやっております。先ほど申しましたように、終戦後の外地の混乱のために資料が散逸して、該当していらしたことが発見できない方がございます。そういった方に対しましては、さらに御本人が御記憶がある方、あるいは御本人が知っておられる方、そういうような方を紹介していただきまして、できるだけの証明をしようというふうにしております。また申請してこられる方の御本人の記憶違いで、いろいろ時期的にズレたりいたしまして、再照会、再々照会ということをやらなければならないことがございますので、資料のそろってない方につきましては、相当手間がかかることは事実でございます。私どもといたしましては、御本人にとりましては一生のことでございますから、できるだけ早く確実に証明をするようにつとめておる次第でございます。
  220. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 要するに、早くやれということしかないのですが、もう終戦後二十数年ですから、だんだん退職する者が多くなるわけです。非常に不安定な人が多いようでして、しかし、どうも人数が少ないのじゃないでしょうか。実際問題として、もう手に負えないほど山積して処理できないままに困っておるという状況だと聞いておりますが、それはだいじょうぶでしょうか、いままでの申請のものは処理できるのですか。
  221. 小川平四郎

    ○小川政府委員 先ほど申しましたとおり、資料が私どもの手元にある方の申請につきましては、これは何ら問題なくできます。問題は、その資料のない方についての調査が非常に日にちがかかるわけでございます。手不足と申しますよりも、むしろそういう散逸しておる力についての資料を集めるという通信照会その他に手間がかかっておるほうがおくれる原因でございます。
  222. 山中吾郎

    ○山中(吾)分科員 わかりました。人数が足らなくてやれないのではなくて、あと照会をして処理をしてやるというなにがあれば、それでいいと思うのですが、地方の人はそうでないように誤解をしておる面があるようですから、それをひとつできるだけ促進をしてやってください。引き揚げ者の教員にもずいぶんそういうのがあるのです。  私、質問を終わりますが、そういうアジア共同教育施設。それは具体的に検討してみてください、教育用語というものは、やはり日本語でなしに、英語ではいかぬ、ソ連語もいかぬ、どこかそういう民族の優勝劣敗をあらわすようなものにならないようにする。そうすると、ぼくはエスペラント語しかないように思うのですが、困難だからどうにもならないという、そういうものは私は確かにやれると思うのです。そういうわけですから、具体的に検討されることを要望して、終わりにいたしたいと思います。
  223. 北澤直吉

    北澤主査 以上をもちまして、昭和四十二年度一般会計予算中、外務省所管に対する質疑は一応終了いたしました。  明二十一日は、午前十時より開会し、労働省所管について説明を聴取し、引き続き質疑を行なうことといたします。  本日は、これにて散会いたします。    午後四時十二分散会