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1967-04-19 第55回国会 衆議院 文教委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十二年四月十九日(水曜日)     午前十時三十七分開議  出席委員    委員長 床次 徳二君    理事 菊池 義郎君 理事 中村庸一郎君    理事 八木 徹雄君 理事 長谷川正三君       稻葉  修君    木村 武雄君       久野 忠治君    河野 洋平君       葉梨 信行君    広川シズエ君      三ツ林弥太郎君    渡辺  肇君       唐橋  東君    川村 継義君       斉藤 正男君    平等 文成君       有島 重武君    山田 太郎君  出席国務大臣         文 部 大 臣 剱木 亨弘君  出席政府委員         文部政務次官  谷川 和穗君         文部大臣官房長 岩間英太郎君         文部省初等中等         教育局長    齋藤  正君  委員外出席者         専  門  員 田中  彰君     ————————————— 四月七日  学校栄養士設置に関する請願外一件(二階堂進  君紹介)(第四二六号)  同外二件(山手滿男紹介)(第四七八号)  同外二件(小沢辰男紹介)(第四七九号)  戦傷病者の子女の育英資金等に関する請願(西  村直己紹介)(第四二七号)  国立大学授業料値上げ反対等に関する請願(  阪上安太郎紹介)(第五一三号)  同(小林信一紹介)(第六一五号)  同(小松幹紹介)(第六一六号)  同(阪上安太郎紹介)(第六一七号)  心臓病子供の病、虚弱児学校学級増設に関  する請願太田一夫紹介)(第五一六号)  同(依田圭五君紹介)(第五一七号)  同(枝村要作紹介)(第六四〇号)  同(堂森芳夫紹介)(第六四一号)  同(福岡義登紹介)(第六四二号)  ローマ字のつづり方統一に関する請願(宇都宮  徳馬君紹介)(第五五二号)  中学校高等学校における簿記履修に関する請  願(佐藤文生紹介)(第五五三号)  幼児教育振興に関する請願淡谷悠藏紹介)  (第六一八号)  同(石橋政嗣君紹介)(第六一九号)  同(稻村隆一君紹介)(第六二〇号)  同(江田三郎紹介)(第六二一号)  同(小川三男紹介)(第六二二号)  同(岡田春夫紹介)(第六二三号)  同(角屋堅次郎紹介)(第六二四号)  同(栗林三郎紹介)(第六二五号)  同(黒田寿男紹介)(第六二六号)  同(河野密紹介)(第六二七号)  同(阪上安太郎紹介)(第六二八号)  同(島上善五郎紹介)(第六二九号)  同(島口重次郎紹介)(第六三〇号)  同(下平正一紹介)(第六三一号)  同(中井徳次郎紹介)(第六三二号)  同(中村重光紹介)(第六三三号)  同(永井勝次郎紹介)(第六三四号)  同(原茂紹介)(第六三五号)  同(矢尾喜三郎紹介)(第六三六号)  同(山崎始男紹介)(第六三七号)  同(山花秀雄紹介)(第六三八号)  同(米内山義一郎紹介)(第六三九号) 同月十四日  国立大学授業料値上げ反対等に関する請願(  川上貫一紹介)(第六九八号)  同(平等文成紹介)(第六九九号)  同(長谷川正三紹介)(第七八二号)  同(斉藤正男紹介)(第八四三号)  幼児教育振興に関する請願外一件(小沢佐重喜  君紹介)(第七〇〇号)  同(大橋武夫紹介)(第七〇一号)  同(金子岩三紹介)(第七〇二号)  同(亀山孝一紹介)(第七〇三号)  同(吉川久衛紹介)(第七〇四号)  同(倉成正紹介)(第七〇五号)  同(櫻内義雄紹介)(第七〇六号)  同(竹内黎一君紹介)(第七〇七号)  同(竹下登紹介)(第七〇八号)  同(根本龍太郎紹介)(第七〇九号)  同(細田吉藏紹介)(第七一〇号)  同(森田重次郎紹介)(第七一一号)  同(鈴木一紹介)(第七六八号)  心臓病子供の病、虚弱児学校学級増設に関  する請願戸叶里子紹介)(第七一二号)  同(河野洋平紹介)(第八二三号)  学校栄養士設置に関する請願田中龍夫君紹  介)(第七六九号)  同外七件(稻葉修君紹介)(第七八一号)  同外二件(橋本龍太郎紹介)(第八二二号)  同外一件(山中貞則紹介)(第八七九号)  鹿児島大学水産学部水産増殖学科設置に関す  る請願山中貞則紹介)(第八六九号)  学校建築国庫負担率引上げに関する請願(山  中貞則紹介)(第八七〇号)  学校用地取得に対する国庫補助に関する請願(  山中貞則紹介)(第八七一号)  鹿児島県に第二十七回国民体育大会誘致に関す  る請願山中貞則紹介)(第八七二号) は本委員会に付託された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  文教行政基本施策に関する件      ————◇—————
  2. 床次徳二

    床次委員長 これより会議を開きます。  文教行政基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、順次これを許します。斉藤正男君。
  3. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 面接関係があるわけではないのでありますけれども冒頭大臣の所見を伺いたいことがございます。  それは、ことしの東京大学卒業式大河内総長卒業生に対して卒業ことばを贈りましたけれども、その中に、エリートとして権力の座にすわるよりも国民生活の底辺にあえぐ多くの人たちのよき指導者になれというような意味のことを言われました。また、昨年は、御承知のように、肥えた豚になるよりもやせたソクラテスたれというようなことを言いましたけれども、今日の世相の中で、特に教育の問題がいろいろ言われている中で、私は傾聴するに値することばだというように考えるわけでありますけれども東京大学大河内さんがああいうように言われたその内容につき、大臣はどのようにお考えになっているか、まず冒頭伺いたい。
  4. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 東京大学卒業式で、例年大河内学長が、将来の学生の心がまえにつきましていろいろ最後ことばを述べておりますが、私も、やはり卒業生に対しまして相当な感動を与えたことばだと考えております。
  5. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 感動を与えたことば、なるほどそれはそのとおりだと思うのでありますけれども、この総長ことばは、私も先ほどちょっと触れましたが、今日の世相国際情勢国内情勢を含め、特に教育問題がいろいろ言われている中で、わが国教育あり方教育行政全般あるいは教育施策全般について一つの警鐘とも聞こえるし、また、本質的な問題に触れているというように考えます。ただ感銘を覚えたというだけなのか、それともこの趣旨を教育政策なり教育行政なりに一体どう取り入れていこうとされているのか。そういうことはまだ考えていないならいない、ただ感銘を覚えたというだけなのか、その辺もう少し忌憚のない意見を率直に伺いたい。
  6. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私は、東大学生に対しますああいうことばは、東大でございますからエリート意識が相当強過ぎる面もありますので、特にそれに対します警告のことばであったと思います。私ども教育といたしましては、当然に、いまの民主主義教育におきましてエリート的なものを養成するという目的ではなくて、やはり国民大衆、全国民に対しまして、一国民として必要な、正しく生きるための養成でございまして、東大エリート意識を持つに至った者について特に意味があったと思います。私ども教育としましては、あくまで全国民に対しまして、一国民としての教養を高めていくという意思でやってまいっておるし、また今後も続けていきたいと思います。
  7. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 去る四月四日の本委員会におきまして、長谷川正三君から、いわゆる日教組大臣との交渉についてきわめて概論的なお尋ねがあったわけでありますけれども、その後速記録が出てまいりまして、これを拝見いたしたわけであります。この中で大臣は、冒頭「はなはだどうもかた苦しいようなお答え」というような前置きをし、さらに最終的にも「ちょっとかた苦しいようでございますけれども」というようなことで、非常に気を使ってかた苦しい答弁をされておるわけであります。このことが中央交渉であれ、話し合いであれ、私はいいと思うのでありますけれども、ただ大臣答弁の中で、「文部省現場教師方々との間に対立的な、相互不信のことがあることは、はなはだ残念しごくに存じます。やはり手を握って日本教育のために互いに尽くしていくという状態が一日も早く現出することを私どもは念願いたしておるわけでございます。」、こういう答弁をされておるわけでありますが、同じ答弁の中に、特に「私自身といたしまして、文部大臣として、」というようなことばもあるわけであります。後段はさておいて、「私どもは」という「ども」ですね。長谷川君は剱木文部大臣お尋ねをしたのでありますけれども、「私ども」ということになりますと——ことばじりをとらえるようでたいへん恐縮でありますけれども、そういう意味ではなくて、「ども」があるかないかによってそのお答えはきわめて違ってくる。受け取る側としては違ってくるというように解釈をするわけでありますけれども、意識して「私ども」というおことばをお使いになったのか、後段の「私」あるいは「文部大臣として」というおことばは、これまた意識してお使いになったのか、その点を伺いたい。
  8. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 いまお指摘を受けまして気がついたわけでございますが、大体、文部大臣としてという意味でございます。ただ、「私ども」と申します面も、文部大臣一人がどうという問題ではございません。やはり文部省の者をあげまして一応そういう考え方を持っている場合もあり得るわけでございまして、下のほうのそこのところは、私ちょっと記憶いたしておりませんけれども、そう意識的に分けたつもりはございません。
  9. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 いま、はしなくも文部省の中というようなおことばもありましたけれども、いやしくもわが国文部行政最高頂点としてその全責任を負われているあなたのお考えが、やはり省内に対して、これは威令必ず行なわれるであろうと思うわけで、もし省内にあなたの言うことを聞かない、あなたの意見と対立をしているというようなことがあるとすれば、これは重大なことだと思うわけであります。もちろん、あなたの行政に対し、業務執行に対し協力をし、補佐をするというような立場の方々省内におることは当然でありますけれども、しかし、私は、勘ぐるようで申しわけないのでありますが、この「私ども」ということばの中に、文部大臣剱木個人ということ以外に何かあるのではないかというように受け取れてしかたがない。特にあの答弁全体を流れるあなたのお気持ちは、日本教育を心配され、そして現場教師に対し深く感謝をし、これに対し報いていかなければならぬという脈々たるもの流がれているように私は感じたわけであります。しかし、やはり「私ども」というそのことばの裏に、たとえばあなたが自民党の議員であるというようなことから、どうも私個人考えとは若干違った考え方の方もあるし、なかなか私個人考えどおりには進まないのだというようなことが、ほんとうに腹の中で考えていることが、はしなくもことばの端にあらわれたというようにとれてしかたがないんだけれども、そのようなことがないかと言えばないと言うに違いがありませんが、そこまで配慮されて言ったのではないかとしかとれません。その点どうなんですか。
  10. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私は文教の問題につきまして責任の地位にあるわけでございますが、しかし、文部省行政事務につきましては、私が一人の考え方独断専行というわけにはまいりません。問題によりますと、やはり省内におきましていろいろな議論なり意見交換も行ないまして、そしてその意見交換の中から、私が最善と思います方法を選んで最後の決定をするのが通常業務になっておるわけでございます。したがいまして、省内におきまして、いろいろな問題につきましていろいろな意見があるのは当然でございますが、最終段階におきましては省内意見が一致しまして、その異論のあるままにやっておるとは思っておりません。省内意見が一致してやっておる、そういうような気持ちがあらわれたのが「私ども」ということばを使ったかと思いますが、これは、行政事務としましては当然なことではないかと思っております。
  11. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 私はしばらく地方議会に席を置きまして、ちまたの声はいささか知っているつもりでありますけれども、今日一般世間で、少なくも先生方の代表である日本教職員組合の幹部と教育行政頂点にいる大臣と会わない、話し合わないというようなことは全くナンセンスだ、一体何をしているんだろう——もちろん、その声の中には日教組あり方に対する一つの批判もあります。しかし、多くの声は、どういう考え方なんだろうか、なぜ会わないのだろう、たとえば日教組なら日教組に要求したいことがあるというならば、会って話をしたらいいんじゃないか、会った結果、とてもこれじゃしょうがないというならば、また会わなければいいんじゃないか、とにかくまず会ったらどうだろうかという声が非常に強い。これはもう識者たると一般市民たるとを問わず、ほとんどすべての人たちが、まず会ったらどうだろうかという声が強いわけなんです。これは大臣がいろいろ方々に出られる、別に省内だけにおるわけじゃなし、国会だけにおるわけじゃなし、そういう声も聞いておられると思いますけれども一般世論としては、この際やっぱり会ってほしい、そうして先生方の言うことも聞いてほしい、同時に、文部大臣考えていることも話してほしいという切なる声が充満していると言っても過言でないと思うのですけれども、こういう声を大臣は聞いたことがあるかと言えば聞いていますと言うに違いないけれども、どういうように一体お考えになっておりますか。
  12. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 通常行政とかいろいろな要望につきましては、これは私が会う会わぬは別として、実際上は、局長なりのところではいつでもお会いするようにいたしております。それから、ちまたの声があるとかいうような問題でございません、私自身が実は会いたいのです。ただ、その会うような条件を早く日教組考えていただきたいと思っております。ですから、世の中から言われて、そうして会うとかいうことでなしに、日教組ほんとうに会えるような時期が早く来ることを私自身が要望しておるわけでございます。ただ、それには、当然日教組の方がお考えいただくべきことであって、お考えいただくことは当然だと私は思っておるものですから、それを全然問題なしに、そのことは何ら聞く意思がないということがはっきりしておりますときに会っても教育的な効果が出てまいりませんので、そういう時期が来ますことを念願しておることだけは、はっきり私も申し上げることができると思います。
  13. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 これは確かでありませんけれども、昨日の参議院文教委員会におきまして小林武君の質問に答えて、大臣が、日教組は憲法に違反するがごとき団体だと言わんばかりの発言をされた。これは私どもまだ速記録も読んでおりませんし、正確でないわけでありますけれども、いまの答弁を聞きましても、こっちは会う気十分なんだけれども、先方がああいう態度をとっていたのでは会えないということに終始をされておるわけでありますけれども、ああいう団体ということは、かねがねから問題になっております例の教師倫理綱領、さらに政治的中立、さらに実力行使、この三つの点について考え直せということであろうと思うわけであります。しかし、この倫理綱領等につきましては大臣も全項目よく知悉されていることと思いますけれども、あのどこが一体日本教師倫理綱領として不向きなのか、あるいは政治的中立ということが言われておりますけれども、どういう点で日教組政治的中立を侵しておるのか、あるいは実力行使をした、あるいは過日の御答弁で明らかなように、六月並びに十月に何かを支度しているようだというようなことを言われておりますけれども、いずれにいたしましても、後ほどだんだん触れていきたいと思いますが、まず教師倫理綱領などをやめなさい、廃止をしなさいというような言い方、一体どこがいけないのか、ひとつ具体的に伺ってみたい。
  14. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 倫理綱領につきましてやめてほしいと申しておりますのは、組合の内部の規定であれば、私どもそれを干渉する余地はないと思います。ただ、その倫理綱領の中に、日教組一つ目的に向かいまして、彼らが日教組教師としまして、その対象となる生徒児童に対しまして、その目的を達成するように教育をいたすことが教師倫理綱領の中に書いてある。しかもその倫理綱領自体は、これはどなたがごらんになりましても、一貫した考え方は、現日本社会とは違った一つ社会的変革意味することをその倫理綱領の中にうたってあることは事実でございます。これはどなたも否定はできない問題だと思います。ですから、現代社会を変革するような意味において子供教育をやっていこうという意思については、私ども倫理綱領をやめてほしい、こう申し上げておるわけであります。
  15. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 日本社会を変革するような教育をするという意味のことが書いてあると言われますけれども教育を通じていまの日本社会を、日教組なら日教組に結集されている先生方が変革していこうというような意味のことがどこに書いてあるのか、伺いたい。そんな意味のことは、綱領のどこを見たってないですよ。どこにあるんですか、それが。
  16. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 これは、一々読み上げてもいいと思いますけれども……。
  17. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 そこだけ言ってください。
  18. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 これは全体を通じて、われわれははっきりそう解釈している。この点は、そうでないとおっしゃるなら、そうでない理由をお聞きしたいと思います。それを全部読みまして、これは、いわゆる唯物史観に立ったマルクス的な考え方であるということだけは否定できない。これはどなたがお読みになりましても、おそらく否定することはできないと私ども思います。もしそうでないと言うなら、そう言うほうの理論を私はお聞きしたいと思う。この中に書いてあるのがそうでないという証明は、私は立ち得ないと思っています。
  19. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 あまり興奮しないで言っていただきたいと思うのですが、全体を流れるものがそうだとか、全文にそういうものがにじんでいるとかいう言い方は、きわめて抽象的だと思うのです。しかも主観的ですよ。私は、そういう解釈というのはかえってまた危険だと思うわけです。あなたのお考えになっていることが、それじゃ日本教育を前進させ、日本を繁栄させるために絶対的なものかということになってくると、これはまた人によっては違った解釈をなさるでしょう。そういう頭からのきめつけ方に私は問題があると思うのですがね。全体がそうだということになってきますと、これはきわめて重要だと思うわけなんです。見解相違だということになりますと、これはもの別れになっちゃう。見解相違では済まされないと思うのですよ。きわめて重要だと思うのですね。社会を変えていくといったって、よく変えていくんならいいでしょう。悪く変えちゃこれは困る。社会がどんどんよくなっていく。よくなったか悪くなったかということは、これはあんた、ちゃんとものさしというものがあるんでして、よく変えていこうとするのに何の文句がある、何がいけないのですか。そこら辺、きわめて抽象的で、私わからないのですがね。見解相違ということでなくて、もう少し学問的に、科学的に言ってほしい。
  20. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 これは、よく変えるということが個人的な主観で、その人はいいと思っておるかもしれませんが、やはり私どもは、現代政治形態におきまして、これが正当にいいか悪いかは、この国会なりあるいは国民がこれを判断すべき問題である。それで、私が申しましたように、私ども日教組倫理綱領唯物史観に立った一つ考え方によってできておるということは、私一人の独断じゃなく、これはおそらく書かれた日教組の方も否定はできないのではないかと私は思っております。ですから、それを否定するという理由がございますならば、私も考え直すかもしれません。しかし、われわれは、その倫理綱領をやめてくれというのは、そういう倫理綱領自体がそういう観点に立っているから、しかもこれを学校生徒児童に対して、はっきり、「日本青少年が自由と幸福をかちとる道は、」「青少年は、各人の個性に応じて、この課題の解決のための有能な働き手となるように、育成されなければならない。」と書いてある。だから、このもとになっているそういう唯物史観的な考え方子供たちに、有能な働き手となるように育成するということが倫理綱領である限りにおきましては、私どもはこれをやめてもらいたいと言わざるを符ぬのであります。
  21. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 あなたは全体を流れるものがそうだと言いながら、また、そこをちょっと出してそう言われるのですけれども、どうも私どもからいわせれば、非常に曲解をされているとしかとれない。そういうお考えでいる以上、やはりこれは非常に重要な問題になってきて、あなたがお考えになっているような方向へは近づかないというようにしか思えないわけなんですよ。だから、あなたをはじめ文部省皆さん、あるいはそのほかの皆さんがそういうようにお考えになるということは、まあかってといえばかってですけれども解釈はかってだということでは済まされない基本的な問題があるというように思うわけでして、この点、なお続けてお聞きをいたしましても問題は進まないと思いますので、いずれまた後刻この問題に限ってもお尋ねをいたしたいというように思うわけでありますけれども、これは非常に重要な問題だと思うわけであります。  その次に、それでは政治的中立を守ってほしい、こういうことが言われておる。私は法令集を持ってまいっておりますけれども、その政治的中立とは何ぞやということにつきましては、これはまた非常にいろいろな議論のあるところであります。教師であっても、その信ずる政党に籍を置き、一般国民として、一般公民としての政治活動、これは当然許され、認められているわけなのです。どういう点が一体日教組政治的中立を侵しているのか、その点をひとつ伺いたい。
  22. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 これは、政治的中立という意味の中には私は二通りあると思いますが、一つは、教育の場におきまして、教育においてやはり政治的中立を守る。これは教育基本法第八条に、はっきりと「特定政党を支持し、又は」云々という項目がありますが、はっきり特定政党を支持するような教育をしてはいけない。これは一つ教育の場においての政治的中立です。もう一つは、日教組の場合を考えますと、日教組公立学校教師でございまして、地方公務員法及び教育公務員法に準拠して行動しなければならぬ。だから、その公務員たる面におきまして、結局いま先生一般公務員と同じようにとおっしゃいましたが、その公務員たる身分におきまして一定の制限を受けることは当然でございます。特にその個人が、ある特定政党に対してその政党を支持するということは、基本的にはだんだん間違いはないのでございますが、しかし、これを政治活動としてあらわします場合においては、これは一定限界がある。ことに強度な政治活動については禁止されておるわけでございますから、これは公務員として一定限界を守っていただかなければならぬ、こう考えております。
  23. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 どうも非常に抽象的なんでよくわからないのですけれども、あなたがそういうお考えならまあいいですよ。  第三点の実力行使の問題があるわけでございますけれども、一体なぜ昨年の一〇・二一にしろ、またこの六月になり十月なりに——あんなことを先生方はやりたくないのですよ、だれがあんなことを無理してやりたいものですか。しかもなおやらなければならぬということ、あなたはおわかりでしょう。あなたは当面する二、三の問題、御承知と思いますけれども、あなたが善処してくださればこんなことをやりはしないのですよ。おわかりになっていると思うのですけれども、一体要求もされていることだし、あなたも当然だというようにお考えになっていることが遅々として進まない、解決の方向が出てこないということから、こういうことにならざるを得ないというせっぱ詰まった状態にあることを御承知なのかどうなのか、伺いたい。
  24. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 この二一ストのことだと思いますが、やはり法律で、地方公務員法によって教育公務員たる身分におきましてはストライキとか怠業行為とか、こういうことは禁止されておりますので、やはり法律を学校教師も守るということだけは徹していただきたいと思います。  なお、勤務条件とかそういうものにつきましては、特にそういう関係から公務員に対しましては特別の組織があるわけでございますから、それを通しての問題であって、これを実力行使に訴えるということは、これはあくまで法律違反であると私ども考えております。
  25. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 それはそれとしても、要求していること、これだけはということがあなたのほうにもきていると思うのですよ。昨年の一〇・二一につきましては、人勧の完全実施、過去十八年一回もこれが正確に実施されたことがないという憤りから、ああいう事象になったことは御承知と思いますけれども、またここで何かを用意されているというようにお考えになっているいまの時点で、どういう要求がなされ、これに対してどうなさろうとしているのか、まず最初に聞いておきたい。いまの時点の問題ですよ。
  26. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 これはまあ的確に私が事実をつかんでいるわけじゃございませんけれども、六月及び十月に実力行使をやるという、日教組のほうで計画をしているようでございます。これはそれだという、いよいよ具体的になってみませんと、私ども的確につかんでおるわけじゃございません。そういうように伺っております。
  27. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 先ほども申し上げましたように、五十万の先生方はこんなことをやりたくないのですよ。宿日直の廃止だとか、あるいは警備員の設置だとか、あるいは超過勤務手当の支給だとかいう当然なことを要求し、それに対する十分な回答どころじゃない、ほとんど無回答だというような事態を踏まえて、これではどうしようもないというようなことで、また、やむを得ないことだけれどもという心境になりつつあるわけです。これらの要求に対して、もっともだ、何とかするということなのか、あるいはまだ調査中で結論が出ないというのか、あるいはまた、結論が出ても御要望には全く沿いかねるというのか、ここら辺にも問題があると思うのだけれども、一体いま申し上げましたような三点等についてはどういうようにお考えですか。
  28. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私どもは、やはり学校先生の勤務条件をできるだけ整備してその希望に沿いたい、こういう考え方は基本的には持っているわけです。ですから、この問題は、いま調査中と申されますが、調査もだんだん終わってまいりますので、この調査終了結果を見まして、真剣にこの問題とは取り組んでまいりたいつもりです。ですから、できたらこういう問題で法律違反のストライキとか強行手段をおやりにならないで、私どもも真剣に責任を持ってやってまいるつもりでありますから、それを聞かないということを予測してストライキを計画されるというようなことについては、私どもとしてもどうしてもやめてもらいたいと考えております。
  29. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 大体あなたのお考えはわかったけれども、それにしても、いま私に答弁をいただいたようなことを日教組の幹部に会ってお話しをすれば、私が国会審議を通じて日教組の幹部の耳に入るよりもより効果的に、より直接に話は進むし、双方の腹のうちもわかるというように思うのだけれども、この国会の審議を通じて私どもの聞いたこと、あなたの言ったことが又聞きに入っていくようじゃ隔靴掻痒もいいところであって、とても日教組の諸君はわからないと思うのですよ。とにかく何はともあれ会って、ひとつこっちの言い分はこうなんだよと言うことが、私は、いまの行き詰まった日教組との問題を解決する最良にして唯一の道だ、ほかにどんなことを言われておっても進まないというふうに思うので、その中央交渉であれ、トップ会談であれ、話し合いであれ、密会でもいいですよ、とにかく会って話をひとつ切り出してみるというお気持ちになりませんかな。その三つ、いまのあなたの前々から問題になっている三条件について、これを片づけてということでは、とてもじゃないが、実現はほとんど不可能だというようにしか思えないわけですが、きわめて常識的に、きわめて現実的に、何はともあれ会ってみるというお気持ちにならないものかどうか、伺いたい。
  30. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 その三条件は、中村前文部大臣のときに出された問題でございますが、これは重要な条件ではあるけれども、それを聞かれるということを前提条件として出したわけじゃないということがございます。私どもその条件でどうということはないのでございますが、しかし、私は、この三つの条件というのは、私どもとしては非常に当然なことであって、それに対してやはり何とか聞かれるというような希望のあるときは別でございますが、現段階におきましては、三つの条件なんというのは問題ない、これはもう絶対に聞く意思はないという態度であるようでございまして、それではこれは話をいたしましても意味ない。お互い同士が悪いところを——どもはそう的確に、これは法律違反の行為をやらないということは当然なことであって、それを何とかここでこの際考えましょうという態度であれば別ですけれども、絶対に三つの条件なんというものは聞くことはありません、それはもうというような態度でございますので、これではお会いをいたしても意味がない、こう考えております。
  31. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 どうもあなたは、日教組側だけに問題があってこっちは問題ないのだ、こっちはもう完全であって一点の非の打ちどころもない、相手に問題があってどうしようもないのだ、ばかに一方的に日教組のことを言われますけれども、たとえばILO並びにユネスコの教員の地位に関する勧告につきましては、先刻御案内のとおりだと思うんです。これらの勧告に基づいて文部当局がやらなければならない多くの問題点のあることも、御承知だと思うわけなんです。いいですか。そのためにも、日教組と話し合って対策を立てるということもたくさんあると思うんですよ。それで、文部省がそれではそういうことをすべてやっているか。たとえば、御承知のように、昨年十一月のILOの理事会で、モース事務総長より各国政府に対し、十二月一日から一年以内に各国内のしかるべき機関及び教員団体に勧告文書を配付し、その結果とられた措置について報告を求めるとともに、今年四月発足するILO、ユネスコの合同委員会にその実施状況を定期的に報告されるよう要求されているというようなこともあるわけですね。あるいは教員の地位に関する勧告の全文を貫く精神は、教育政策、労働条件など、すべて当局と教員団体との間に話し合いによって推進することが規定されていることも、この勧告によっては御承知のとおりでしょう。こういうILO並びにユネスコの勧告、教員の地位に関する勧告については、文部当局が当然やらなければならないことだと思うんです。まだほかにもたくさんありますけれども、こういうことをどういうようにお考えになり、どのようにやっているのですか。
  32. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 地位に関する勧告につきましては、やはり私どもも率直に勧告として受けまして、できるだけこの内容面について、文部省でできることはやってまいりたいと思っております。ただ、この勧告の内容面につきましては、明らかに勧告でございまして、政府を強制とか束縛するものではないと思います。ただ、その地位の向上に対しまして、これはまあ世界各国のあれでございますが、だんだん教師に優秀な方が少なくなっていく。ですから、教師の地位をできるだけ向上していこう、そういう意味におきましては全く賛成でございますので、これにできるだけの誠意を持って私ども今後やってまいりたいと思っております。
  33. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 勧告だから拘束力がない、規制力がないのだ。できるだけやればいいのだ。ここらもずいぶん身がってな解釈ですよ。いやしくも国際情勢下におけるいまの日本の立場、あるいはあなたもみずから文化国家、先進国というふうに自負されているわが国が、ILOやユネスコの勧告は勧告であって拘束力も規制力もないのだ、できるだけやればいいのだ、これはずいぶん身がってなお考えだと思うのです。確かにいいことならいいことだ、日本としても率先受け入れて、やろうという前向きの姿勢になって当然だと思うのです。たとえば日教組文部省、あるいは日教組と政府というような間の関係につきましても、ドライヤー報告にまつまでもなく、もっとスムーズに正常化されたものが必要だというようなことも言っているのであって、私は、日教組にいろいろな条件をつけられる大臣気持ちもわからないわけではありませんけれども文部省自体が、大臣自体が、ILOやユネスコの勧告に対しもっと前向きに積極的になって、おい日教組どうだというようなことにならなければ、とてもこの勧告の精神に沿うことはできないというように思うわけでありますけれども、できるだけ努力をいたします。拘束力はないものと解釈をいたします。まさに一方的で、後退していると思うのです。私は、こういう勧告、国際的な信義にも関係をする、しかも日本の国際的な現在の立場あるいは地位といったようなものにも関連をして、やはり文部省もやるべきはやる、そして日教組に対しても、どんとこいという態度を示さない限り、ただ日教組が悪い、日教組が悪いと言うだけでは事態は進展もしないし、解決をしないというように思うのですが、もう一ぺん聞きますけれども、あの三条件はとにかくとして、条件ではないにしてもこれを改めない限り絶対会わないというのか、どこをどういうようにしても何とかして会うという熱意があるのかないのか、全然だめだというのか、もうぎりぎり決着イエスかノーか、伺いたい。
  34. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私は、結局は日教組と私どもの間において不信感というのを払拭したいと思います。でございますから、このわれわれが申します重要なものだということを真剣に考えるという態度になってもらわなければならぬと思いますし、そういうことはもう全然ないというときに、不信感だけは払拭しろとか言うわけにはいきません。ですから、私どもも誠意を持って、これはるる申し上げておるとおりに、私どもと教職員との間に対立すべき問題じゃないと思いますけれども、しかしその辺には、一方的と申しますが、私どものほうに悪いことがあれば幾らでも申していただけば考慮をいたします。どこという点が指摘されればですね。だけれども、私どもではっきりした点を申し上げているのであって、それに対する何らの積極的な、考えるという、考慮を払うという意思もないときでございますから、私どもはその勧告に従いまして、できるだけ会いたいという気持ちで努力してまいりたいというのは事実でございますが、それにはやはり相互的に努力してもらわないと、一方的にだけというわけにはまいらないと思うのです。その点はひとつ何ぶん御了承願いたいと思います。
  35. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 先方に考え直す余地がないとか、改める余地がないとか、それはあなたの想像でしょう。会ってみれば、大臣、あなたの言うことももっともだよと言うかもしらぬ。(「言わぬね」と呼ぶ者あり)言わぬねと言ったって、それはわかるかい。まず会ってみなきゃわからぬと思うんですね。ただ想像でいるということは、非常に非現実的だと思うのですよ。もっと私どもはドライにならなければいかぬと思うのですね。観念的にきめ込んで、頭できめてしまっているというようなことについては非常に問題だと思うわけですから、ぜひひとつこの辺、もう少し考えていただいて——私もあなたの立場、よくわかるわけです。斉藤正男日教組の出身だものだから日教組に肩持つだろうというように思うし、確かに私もそういう一面があるかもしらぬ。あなたも、文部省に長いことおられて、しかも自民党に籍を置いて、面々を前にしてほんとうの腹がどうも苦いにくいというような点もあるかもしらぬ。しかし、教育というものはそんなものじゃない。そこに教育の中立というのがあるわけです。  私は過日、党の文教部会へ岩間官房長に来ていただいた。いろいろ説明を聞いたところが、このことは自民党の文教部会を通っていますからもうだめです。こういう言い方をしている。自民党の文教部会を通ったものなら、すべてが国会を通るのか。自民党の文教部会を通れば、すべての日本文教政策がきまるのか。これこそ教育の中立いずこにある。そんなら何も国会なんか要りやしないですよ。一党独裁だ、ファッショだ。そうでしょう。そういうものに対して、もっと教育は民主的でなければならぬ、教育国民のものでなければならぬという主張をする私どものことも、まじめに聞いてもらいたい。私は何も日教組の代弁をつとめているわけではない。日本教育を憂えるという一点においては、あなたのお考えも私の考えも変わってはいないと思う。そういう意味から、ほんとうにここで腹をきめて、まず会うという点について何としても努力をしていただきたい。私は、まだいろいろ申し上げたいことが、この中央との話し合について、あります。ありますけれども、ここで多くを言うことをやめますが、ぜひひとつそこら辺、慎重にお考えをいただきたいと思うわけであります。  次に、私は静岡の選出でありますけれども、昨年の一〇・二一統一行動にあたって、静岡県の高等学校先生方が二時間の統一行動をやられた。その結果、教育委員会行政処分を発令をいたしました。その処分について、その概要を大臣はどのように承知をされているか、伺いたい。
  36. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 二一ストに対します教育委員会行政処分につきましては、大体承知をいたしております。  文部省の立場としましては、教育委員会が、これは独立の機関でございますから、自主的にやるのでございますが、文部省としましては、やはり法律に規定いたしましたとおりに、教育委員会がこれを実施することが望ましいということで行政的な指導はいたしておりますが、いよいよ処分そのものは、教育委員会がこれをやっておる問題でございます。
  37. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 そのとおりだと思うのでありますけれども、どういう処分をされたのか、報告を受けていると思うのですが、大臣でわからなければ、ほかの人でもけっこうであります。処分の内容をどういうように報告を受けているか、承りたい。
  38. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 全国で十五万人の二一スト参加者でございました。本年三月三十一日現在で、処分を受けた者が六万五千人余でございます。懲戒処分にあらざる文書訓告等を受けた者が五万四千人余であります。
  39. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 全国を言っているのじゃないのですよ。静岡を聞いているのですよ。
  40. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 静岡の場合には参加者が七百六十余名、午後一時からの職場放棄処分者は、免職五、停職二十一、減給百七十八、戒告五百六十、計七百六十四、以上の状況でございます。
  41. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 的確に把握をされております。そこで、最初にお答えになろうとした全国の処分状況を承りたい。
  42. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 参加者が十五万二百二十四人、それから処分者が六万五千百十四人、その内訳は、免職五人、これは先ほども申しました静岡でございます。それから停職が三百七十四人、減給が五百十三人、それから戒告が六万四千二百二十二人、それから懲戒処分以外で注意を受けた者が五万四千六百四十八人、以上でございます。
  43. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 静岡県の実態、全国の実態、わかったわけでありまするけれども、その後この問題に関連をしたと思われる筋合いから、今度は教育委員会の処分でなくて、県警察当局の処分のような形がとられておりますけれども、その静岡の実態は御承知ですか。
  44. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 静岡県高教組の幹部の逮捕事件の問題だろうと思いますが、三月二十四日、静岡県の高教組組合員ら約百名が県の教育委員会の庁舎等にすわり込みまして、年度末人事異動の中に一〇・一二スト参加者に対する報復人事が含まれているとして、その撤回を要求いたしまして、ガラス器等を破損する等の暴行に出たということで、同日、山田洋書記長、免職者が暴力行為、不退去などの事由で逮捕され、続いて四月四日、四名の方が器物損壊などの事由が逮捕されたという報告を受けております。
  45. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 局長大臣も静岡県の教育の実態については御承知だと思いますけれども、、静岡県教育委員会と静岡県高等学校教職員組合というのは、ここしばらくの間、きわめて対立的な相互不信の状態で過ごしてきたのであります。たまたま一〇・二一の統一行動に参加をしたということで、いま局長から答弁をいただきましたような処分と実態があるわけでありますけれども、私がここでお尋ねをいたしたいのは、報告は受けている、同時に報告の前に行政指導もした、それは法に照らして処分をせよということであったけれども、個々の処分の内容等については自主的に教育委員会にまかせてある、やらせたということであります。しかし、文部省としてはもう少しいろいろなことを知っていなければならぬし、また、やらなければならぬ問題もあるというように考えますので、続けてお尋ねいたすわけでありますけれども、先ほど局長からお話がありましたように、免職五人、これは静岡県だけなのです。この一〇・二一は全国の統一行動でありまして、あの統一行動を実施したのは別に静岡県だけではない。しかし、どうして静岡県だけが五人の免職者を出したのか、非常に理解に苦しむわけでありますけれども、この辺、一体どういうようにお考えになっておりますか。
  46. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 詳しいことは私ども直接具体的には存じませんが、たとえば高教組の委員長の免職というものの理由書を見ますと、この人が二一ストを指導的に企画し、あおったという事実があるということ、それから、この方は以前から同様な違法行為が累積しているということの客観的事実があると判断いたしまして、懲戒処分としては一番重い免職処分に付したというように承知しております。
  47. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 委員長については、実はこれはまだ明らかになってきませんけれども、いずれ法廷闘争等で明らかになるわけですけれども、事実誤認があるのですよ。教育委員会もこれはほぼ認めてきているわけなんです。  それから、あなたは県教委からの報告文書だけにたよっておられるようであります。この委員長は前にもいろいろあったということを言われますけれども、前にいろいろあって一ぺん免職になって、ところが復職をされておるわけなんです。したがって、前にいろいろあったことはその初回の免職によって帳消しになっておる。それからまた、復職をされて委員長になられた後の行動あるいはこの一〇・二一の指導につきましては、企画し、そそのかし、実行行為をやらせたということが事実誤認だということで法廷でこれから争われるわけだけれども委員長のことはわかっている。ほかの四人は何ですか。まとめて言ってくださいよ。
  48. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 私は処分理由書を、御質問があるということで委員長だけ取っておりましたので、他の免職された方もほぼ同様であるという抽象的な報告を受けているだけで、一々についての問題は承知しておりません。おっしゃるように、従来懲戒の事由があって懲戒された方が、その任免権者の判断によってどういう救済措置をとるかということは自由であります。しかし、その救済措置をとるときには、自後そういうことは起こさないということがあって、やはりそういうことを前提としてやられるわけですから、それは救済措置をとった後、また同じことをやった場合にもう一度処分をしよう、これは一般的に考えられることであります。  それから、事実誤認の点は、それはここで起こっております申し立て、これは当然に教員の方々の法に定められた救済措置があるわけでございますから、この人事委員会の審査というものによって事実誤認の点は明らかにし、また教育委員会も積極的に自分たちの主張を第三者機関の前で述べることだ、かように考えております。
  49. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 まあ、先ほどお話がありましたような全国二十二都道府県の統一行動の中で、とにかくやったのは静岡だけではないわけでありますけれども、免職の五人のうち五人全部静岡、これは一〇〇%であります。それから停職につきましても、人数においては六%でありますけれども、その停職の月数におきましては二〇%を静岡がしょっている。それから減給につきましても、人数において三九%、それから月数におきましても三〇%、戒告となりますとわずかに〇・九%。訓告につきましては〇・一%というようなことで、訓告、戒告等の軽度の処分につきましては、きわめて全国的に見てパーセンテージも低いわけでありますけれども、減給とかあるいは停職とか免職の一〇〇%に至っては、全く静岡が一手にしょっているわけだ。こういう処分の実態を全国都道府県の教育委員会がやった実態と比較して、静岡県教委のとった処分は重いと考えるのか、普通と考えるのか、軽いと考えるのか、その三つのうちどれですか。
  50. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 初めに大臣お答えいたしましたように、私どもは違法なものに対してそれを事前にできるだけ予防をし、また、事後の措置を的確にとるという一般的な指導をいたしておりますけれども、個々具体の事案についてどのような程度の処分をするかということは、私どもは一言半句も指導をしていないのであります。また、それくらいのことは、教育委員会自体が、それぞれの教育界の実態と、それからストの規模、それから個人の行動を判断してやることことでございます。静岡がたまたま、いま御指摘のように全国の免職五人のうちのすべてだということは、この方々の行動というものについて教育委員会として的確に把握し得る資料があってやったものだと思います。でございますから、これは他に比較して任免権者の行為が重過ぎるか軽過ぎるかというようなことは、私ども、個々の事案をそれぞれ見ておりませんから一がいには言えないということだと思います。
  51. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 あまり要領よく答弁しないで、私は重いか、普通か、軽いかと聞いたのですよ。やったことは、全国二十二都道府県の高教組あるいは教組ですね、同じなんですよ。年次有給休暇を申請して、それが許可されなくてもとにかく統一行動をやったのです。そうでしょう。そうすると、やったことは同じですよ。しかも、これは日教組の宮之原委員長の指令によってやったといわれておるわけです。やったことは同じですよ。違いないのです。そうすると、その統一行動に突入する前の段階でも、突入したあとの段階でも、また、突入したそのときの段階でも、二十二都道府県のやったことは一緒なんです。違っちゃいないのですよ。多少人数に大小があり、多少時間的にズレがあり、あるいは集まった場所がどうとかこうとかいたしましても、やったことは同じなんですよ。にもかかわらず、やった者には処分をせよという通達を出した。何をやったかは都道府県教育委員会の自主性にまったんだ、それまではわかるわけなんだ。だがしかし、免職一〇〇%という静岡の実態、あるいは停職、減給等、いわゆる処分の重い層がずいぶん静岡のほうに片寄ってきているんだけれども、この客観的な科学的な数字を見て、静岡県教育委員会がとった処分というものは妥当だというのですか、全国に比べて妥当とも妥当でないとも言えないというのですか、どっちなんですか。
  52. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 御質問の意味が私よく理解できないかもしれませんけれども、この数字の占める地位が、静岡県が非常に多いじゃないかと言われれば、もうこれは客観的事実ですから、そのとおりです。しかし、だから静岡県の教育委員会がとった行政処分というものが妥当でないということにはならないのであって、それは妥当であるかどうかということは、教育委員会は自信を持ってみずからの権限として発動したことであるし、また、それが事実誤認等あるいは一種の裁量について著しく不適当であるかどうかということについては、これは人事委員会の機関で争うなら争うべきことであって、私どもが個々の行政処分の内容について一々調べて、そしてこれが重いとか軽いとか、妥当であるとか妥当でないとかいうことを申すべき筋合いではない。ただ、先生おっしゃるように免職、非常に重科の者が多かったという客観的事実は静岡県に集中している、これは事実だろうと思うのです。
  53. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 またのれんに腕押しのようなかっこうになってまいりますので、これ以上伺ってもむだかと思うわけでありますが、都道府県教育委員会に対し指導をし、助言をし、あるいは調査をするという権能は文部省が持っておるわけでございますから、十分な調査と、調査の結果に基づく指導もしていただきたいと思うわけでありますけれども、私が憂える点は、実は一〇・二一の統一行動そのものによって起きた教育界の混乱は皆無と言っていいのです。全然ない。綿密な計画を立て、ちゃんと指導体系を整えて統一行動に参加をされてきたわけなんです。処分がこのように出たために、そしてまた、この処分に関連をし、今回の定期異動で報復人事と明らかにわかるようなことをやったために、そしてまた、それに派生をする団体交渉のトラブルの中での逮捕者を出した。さらに、その釈放あるいは人事委員会闘争あるいは裁判闘争といったような形の中で起こる混乱と、さらに、先ほども申し上げましたけれども教育委員会と高教組との不信感にぬぐうことのできない、あるいは埋めることのできない汚点とみぞを深めたことは間違いないんですよ。だから、都合のいいことはそれは都道府県教育委員会でやることだ、都合の悪いことはどうこうだというような言い方でなくて、やはり文部省は、き然たる態度で、もっと適正な指導を静岡県教育委員会にすべきだというように思うわけでありますけれども、一体何か具体的にこの問題に対処するという方策があるのかどうか、伺いたい。
  54. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 この一〇・二一ストの処分に関連いたしまして起こった逮捕事件、それに及ぼす影響というものは十分よく聴取をしてみたいと思います。それで、もし、先生おっしゃるように、教育委員会自体も、客観的な事実としての誤認があるというならば、いさぎよく言ったらいいと思う。しかし、教育委員会は、私が昨日まで聞いたところでは、その報復人事という点も、さようなことはないのだと言っておるわけであります。これは人事の一般的な方針に従ってやったということでございます。もし教育委員会に誤りありとすれば、すみやかに正すほうがいいと思います。よく事情を聞いてみたいと思います。
  55. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 先ほどから伺っておるわけですが、それは静岡県教育委員会に聞いてみる、あるいは適当な者を呼んで事情を聴取すれば、さようなことはありません、これは妥当ですと言うにきまっておるんですよ。ものごとにはものさしというものがあるんでしょう。尺度というものがあるんでしょう。そんな常識的なものじゃ判断できないと言われればそれまででありますけれども、前段申し上げましたように、全国二十二都道府県が同じことをやったんです。形式的にも内容的にも、違ったことをやったんじゃないんですよ。しかるに、非常に重い処分を静岡県教育委員会が発令したという事実は、客観的に数字で明らかなんですよ。しかも事実誤認があるとも言っておるし、その後のいろいろな経緯の中で改めたいというようなことも言っておるし、また、報復人事ではない——報復人事をやりました、ざまを見やがれ、気持ちがいいという、そんなばかなことをあなたのところへ来て言う人はない。これは学校経営上必要だ、人事管理上必要だ、こういうことを言うにきまっておる。そんな形式的な、表向き的なことで事を処理してくれと言っておるんではない。もう少し静岡県の高等学校教育の現状を把握していただいて、法に示された中で指導なり助言なり調査をしていただいて、結論を出してほしいということを言っておるんですよ。ですから、やはりこれも、先ほどの大臣答弁ではありませんけれども、やたら高教組が悪いのだ、高教組が悪いのだ、これじゃもう話し合う余地はないという態度でなくて、文部省にやっていただきたいこと、改めていただきたいことがあると同様に、静岡県教育委員会の当事者にも改めていただかなければならぬ、やらなければならぬことも必ずあると思う。そこら辺をよく調査をし、指導と助言をしてもらいたいと思うわけでありますけれども、向こうから言ってくればやるというのか、それともそれほど問題なら能動的にこちらからも出かけていきますというのか、そこら辺の熱度のぐあいはどうなんですか。
  56. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 私は、行政処分、特に懲戒処分のようなものは、そのために救済措置があるわけでございますから、正規の第三者機関である人事委員会の現行法に定められたところで御両者が十分に主張を述べることがいいと思いまして、一々行政処分自体について、文部省がその実態を調べに行き、そしてそれに基づいて意見を発表するということは私は避けたいと思います。
  57. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 客観的に処分の数が多かったということをお認めになっただけで、しかも重い人が多かったということをお認めになっただけで、特に静岡県教育委員会の処分が不当であり、過重であったというようにはお認めになっていないようでありますけれども、また認めておったって、私もここでそんな答弁を伺えるとは思っておりませんでしたけれども、少なくとも東京にそう遠くない静岡の地で、強い教育委員会と高教組との間の不信感、事ごとに対立しかねない現状は、静岡県民にとっても決してしあわせなことではないと思うのです。したがって、ひとつ十分能動的にこれを調査をし、さらに前進する方向で指導をちょうだいいたしたいというように思いますので、をいたしておきます。  最後に、一点だけ大臣に伺います。これはまた全然別な話でありますけれども社会教育の面で、今日幼稚園から大学に至るまで、ほとんどもう後援会のような組織もあるし、いろいろな形の外郭団体があるわけでありますけれども、そのうちで特に義務制の学校のPTAですね。父母と教師の会、この会を文部省社会教育団体と規定しているようでありますけれども、一体その根拠はどこにあるのか。これは大臣、あなたが就任される前からそういう色が強くなってまいりました。最近ではこれが全部町村まで浸透いたしまして、父母と教師の会は社会教育団体だ、こう言っているのです。いろいろ聞きますと、全Pもそういう規制をしているし、文部省もそういう規制をしているからだ、こう言うのですが、その根拠はどこにあるのか、まず大臣にちょっと聞きたい。
  58. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 PTAの性格の問題でありますが、これはPTAが終戦後発足いたしました当初から、教師と父母との結合といいますか、団体をつくりまして、やはりお互い同士の修養団体と申しますか、こういったような性格が非常に強い。そこで、社会教育団体としてこれを認めておるわけでございまして、PTAというのを学校の後援団体というような考え方にとりやすいのでありますが、実質的には、むしろPTAは社会教育的な意味におきます修養団体考えていいのじゃないかと思います。
  59. 斉藤正男

    斉藤(正)委員 PTAがPTAの本質的な使命を発動するために集まるのは、学校であり、学級であり、学年であるわけなのですよ。PTAというものが、お宮の社務所に集まり、公民館に集まるというようなことはほとんどないのです。しかも学年に集まり、学級に集まり、学校に集まったときの行事の内容は、いかにして学校教育を進展させるか、その側面援助をどうしていくかというようなことが多いわけです。ただ、これが単位PTAあるいは市町村PTA連合会、あるいは県P、全Pということになってくると、これはその性格がだいぶ変わってきて、基本的には学校教育に対する支援の団体であっても、そこに集まった人たちというのは社会教育に都合のいい顔ぶれであり、社会教育にふさわしい行事が行なわれる団体であったり会合であったりいたしますけれども、少なくとも父母と教師の会という以上は、私は、これは教育団体だ、あえてこれを社会教育団体と規制することは間違いであって、本質的にはどうもおかしいというように思うのでありますけれども、これは局長でもいいですから、そこら辺、私の見解が違っているのか承りたい。
  60. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 担当局長がいませんので、関連しておりますから、私からお答えすることをお許しいただきたいと思います。  大臣が先ほど申されましたように、PTAというものが終戦後全面的に発足しましたときの考え方は、自分の子供学校へ出しておるということを機縁といたしまして、そこで児童の健全育成の問題でありますとか、あるいはその他について、お互いが集まって相互研さんし合う成人教育団体という考え方でずっと発足のときから指導しております。ただ、先生おっしゃいますように、それが実態としてそうなっておるかということになりますと、これは私はかつてこういうことを申しました。実態としてPTAが何団体であるということを規定することが困難なくらいに、PTAはPTAであるという実態であるかもしれない。しかし、それは、現実の問題として学校を支援するというような機能、あるいは戦前からありますいわゆる父兄会というようなものの延長、いろいろなものがありますけれども、方向としては社会教育団体、相互に自分の子供学校に預けるということを機縁といたしまして、子供教育に関連する問題、あるいはそれぞれ自己の趣味なり教養を伸ばすということの団体、なお社会教育法にいう学校の施設を利用してやるというふうな考え方が実は本筋であります。先生のおっしゃるように、一体これをどういう方向に持っていったらいいかという問題でありますけれども、私どもは、やはり従来のたてまえというものを促進していって、できるだけ、従来過渡的にやりました経済的な援助団体でありますとかいうようなこと等は避けるようにして、そうしてそのためには、単にPTAのあり方だけを議論するのでは不十分でございますから、たとえば私どものほうで申しますれば、教材費の整備というようなこと、あるいは校舎の施設の拡充というようなところに行政面でなお力を入れるべきことは力を入れつつ、指導の面では、そういうような学校の経済的な支援の団体の任務というものを排除していって、そうしてほんとう意味の、PTAが発足したときの形に持っていくということがいいのじゃないか、かように考えるわけであります。
  61. 床次徳二

    床次委員長 関連して長谷川正三君から発言を求められております。これを許します。
  62. 長谷川正三

    長谷川(正)委員 ただいま斉藤委員からのいろいろな御質問に対します大臣答弁の中で、特に日教組との話し合いの問題につきましての御答弁の中に、日教組倫理綱領に関して、これが唯物史観に立つものであるというような非常に重大な御発言がありました。この点と、さらに、やはりこれも三条件の一つになっておる実力行使の問題に関連しての一〇・二一問題については、単に地公法なり教育公務員特例法なりの関係だけでいくというお話でありましたが、より高次な労働基本権を国民に保障しておる憲法の規定との関連、あるいは国際的な視野に立ち、いま国連中心主義を標榜しておられる政府として、当然教師の地位に関するユネスコの勧告等との関連、これらについて私はどうしても大臣にさらにその見解をたださなければならないと感ずるのでありますけれども、ただ、本日は時間が経過しておりますし、あとに公明党の山田委員の質問も用意されておられますので、その時間を短くしては相済まないと思いますから、ひとつ次回に質問を保留いたしまして、そのときにぜひこの点についてさらに御見解をただしたいということを申し上げておきます。
  63. 床次徳二

    床次委員長 山田太郎君。
  64. 山田太郎

    ○山田(太)委員 これから大臣あるいは局長方々にお伺いいたしますことは、何ぶんにも一年生議員といたしまして未熟な質問を二、三さしていただきますが、それだけに丁寧に教えていただいたり、あるいは答えてもらったりしていただきたいと思います。  まず最初に、教師生徒あるいは児童に対しての暴力事件等の場合は非常に問題になっておりますが、きょうはその反対の立場から、生徒あるいは児童教師に対しての暴力事件が非常に頻発しております。先々月でしたか、ある教師が入院までするという事件があったことは大臣もお聞き及びと思いますけれども、これは読売新聞ですかに、「卒業期の暴力事件が各地で続発している。生徒先生をなぐるもの、生徒同士が暴力をふるうものとケースはさまざまだが」、「前途を祝福され、新しい人生の第一歩をふみ出す卒業の時期に暴力事件が発生するのはなぜだろうか。ことしに限ったことではない。卒業期の暴力は年中行事になったとさえ思われる昨今であるからには深刻な反省が必要と思われる。」、このように載っております。文部省といたしましてそのような事例が近年においてどのように発生しておるのか、あるいはそれに対して文部大臣はどう思っておられるか、それをお聞きしたいと思います。
  65. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 特にお尋ねの中の、卒業期におきまして生徒教師に対しまして暴力行為があるということにつきましては、私ども事態を非常に重大な問題と思い、憂慮している問題でございます。これはいろいろ原因があると思いますが、結局やはり教育の内容におきまして、青少年教育に対します道徳教育問題と申しますか、こういう点に相当な欠陥があったのじゃなかろうか。   〔委員長退席、八木(徹)委員長代理着席〕  こういう意味から申しまして、文部省は数年前から道徳教育については相当強く打ち出しまして、各学校においてそういうしつけの教育をやってもらうようにいたしてまいっておるのでございますが、確かに終戦後のわが国教育の実態におきまして、そういう点に欠陥があったということは否定できない問題だと思います。これは基本的な問題で、どうしても教師に対する尊敬の念とか上長に対する尊敬の念、そういう道徳的な観念というものをもう少し教育の場において力を入れてやるべきでなかろうか。  それからもう一つ、よく原因になりますのは、中学校を出ますときに、上級学校に進学する者と直ちに就職をいたします者との教育の分け方でございますが、これに対して非常な対立気分がございまして、そういう暴力行為の原因になっておる場合が多いのでございます。これは差別的な教育と申しますか、そういうところに基因するのでございます。しかし、この問題は、実は私自身も非常にむずかしい問題だと思っております。これをいかに解決するか。やはり現在の段階におきまして、入学試験というものをやって、上級学校進学課程の者に特別の教育をするとかいうことについては、これは入学試験の弊害とあわせまして相当考慮していかなければならぬ問題、中学校における教育の本質に関する問題が横たわっておりまして、重要な問題として十分対処してまいりたいと考えております。
  66. 山田太郎

    ○山田(太)委員 いまの大臣の御答弁によりますと、道徳教育が足らない、もう一つの面は進学あるいは就職、そういう面が大きな原因であろうとのことですが、悪いと知りつつやるという、道徳の範疇を越えた面もあると思うのです。そういう面を考慮して、この抜本的な対策というものも、非常に悩んでおられるとは思います。しかしもう一歩、これは私の私見ではございますけれども、私どもが幼きころは、先生生徒はただ教室の場だけでなしに、人間的なつながりがあったように思います。ことばが過ぎるかもしれませんが、いまは、知識の切り売りといいますか、そのような状態になりつつあるという点はだれしも認めるところでございます。その面からいって、文部省として教師の側——道徳面の教育ということは生徒児童に対することですが、教師の側に対してどのような手を打っていらっしゃるのか、あるいはどのような指導をしておられるのか、この点が非常に大切な問題ではないかと思います。先ほどは日教組の問題等の話も出ましたけれども、これは別な立場から、児童生徒をすくすくと育てる意味において、この点についてはどのような対策、どのような指導をしておられるか、その点をお聞きしたいと思います。
  67. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 卒業時期に先生に暴力をふるうというのは、非常に嘆かわしいことでございますけれども、正直なところそう多くびまんしている問題ではないと思います。中学生の粗暴的な傾向あるいは他の事例の粗暴化というものは年々減少している傾向にございますから、ふえているという傾向ではない。卒業式における暴行事件等も年々ふえつつあるのじゃなくて、若干減りつつあるということはあると思います。その点で、教育だけでなく、世の中の落ちつきというものも、やはり子供たちに影響しているのだろうと思います。  そこで、いま先生からお尋ねがございました先生の指導の問題でございますけれども、これは、そういう極端な事例というものは、先生だけを責めることができない特異の性格とかなんとかに基因することも、もちろんございます。しかし、その背後には、先生御指摘のように、全般としてその個々人に対する先生の指導がもっと綿密でありせば、もう少し直せるというものも疑いなくあるわけでございます。私どもといたしましては、生徒指導という面は、性格としてはかなり技術的な面もございますから、生徒指導に関しますいろいろな長期の講習会、長いのは二カ月近くも、その指導者養成ということで県内の中堅の人たちに来ていただいている。そういうことを続けておりまして、それも単に学校教育という面だけでなく、もう少し青少年問題全体で、たとえば更生でありますとか少年警察行政でありますとか、そういうようなことで広く知見を広めて、そして関係の方にも、青少年の指導という問題について、かなりこまかく学ぶ機会というものをつくっておりますのと、もう一つは、生徒指導に関する基本的な態度につきましての資料の刊行というようなことを心がけております。  それともう一つ、御指摘になりましたように、現在の教育は、学校教育の中身自体が知的なものに偏して、調和的なものになっていないじゃないかというような点につきましても、教育課程の問題として問題意識がございまして、現在小中学校については教育課程審議会で検討中でございますが、一つの課題は、やはり知的教科というものだけでなく、いろいろなカリキュラムの上で、人格の形成という点でもう少し調和的なものがとれないだろうかということも指摘されております。先生御指摘の点は非常に基本的なことでございますから、一つの方法をもってすぐ事態の解決できるという問題ではございません。教育内容の問題、あるいは個々の先生のカウンセリングの問題、資質の向上、いろいろな点をかみ合わせてやって実効をあげていくことができる問題だ、かように考えておるわけでございます。
  68. 山田太郎

    ○山田(太)委員 この点はそのあたりにしておきまして、次に幼稚園の問題でお伺いしたいと思います。  これはまだ寡聞にして十分わきまえておりませんが、幼稚園への入園の希望者、それから収容能力、その不足数の割合等を含めて、まず担当の局長から教えてもらいたいと思います。
  69. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 いま御質問にありました希望者と現実に入園した者ということまでは、実は数字として把握しておりません。これは大学等でありますと、その入学志願者とあれとの数字はつかみいいわけでございますけれども、この希望者というものは、潜在的にあっても実際なければあきらめてしまうというようなことがありますから、そういう統計はとっておりません。ただ、現状といたしまして、どのくらいの人間が幼稚園に入っているかということを申しますと、四十一年度で七十九万人でございます。これは二年前が七十一万人でございまして、四十年度では前年度に比べて三万六千人ばかりふえております。それから四十年と四十一年の差が大体三万五千ふえております。そういうふうに逐年上昇しておりますが、ことに都市等におきましては、希望者があってもなかなか所在のところに幼稚園がないというようなことで困っている方もあると思います。  そこで、文部省といたしましては、昭和四十五年までに少なくとも人口一万程度、すなわち、一つの幼稚園としての適正規模は、可能なような地域の就園希望者は全部入れるというような観点に立ちまして施設、設備の助成をし、また一面におきましては、教員の養成につきましても助成策をとっている、こういう実情でございます。
  70. 山田太郎

    ○山田(太)委員 これは東京都と岡山市の例でございますが、東京都の場合は、公立が百二十、私立が九百五十二園、わずかに公立が一〇%ですね。それで私立は九〇%、このような状況になっております。これはもう御承知のとおりでございますが、岡山市の場合は、公立が二十四、収容人数が二千八百、あとの不足、千二、三百人が希望しておりながらも入園できない、こういう状況になっておる。これは東京都内においても、父兄の児童入園希望者を私なりに調査してみた結果でございますが、私立においては、費用の点あるいは距離の点、そういう点で児童もあるいは父兄も非常に希望しておりながら入園できない、そういう人が多数あります。  こういう事態に対してのいまの局長からの御答弁の中に、もう一歩踏まえてない問題は、こういう方々に対しての対策をどうするか、私立に収容すればいいじゃないかと野放しのような状況になっておる。これに対して文部大臣から、幼稚園に対しての対策あるいは将来へのもっと根本的な考え方というものをお伺いしてみたいと思います。
  71. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 実は終戦後二十年になりますが、終戦以来今日までにおきまして日本の一番大きな課題は、六・三制をしきましてこれを完成するということでございまして、市町村におきましては、まずその六・三制を完備するということに非常に追われてきたのが現状だと思います。最近に至りまして大体六・三制も一応の完成を見まして、なおこれで校舎の建てかえとかいろいろございますけれども、まあ一応の完成を見たのでございます。で、いままでは市町村が幼稚園にまで手を出すという余力はなかなかなかったというのが、率直に言って現状だと思います。しかし、近時非常に幼児教育というのが重大な課題になってまいりまして、幼稚園は主として公立よりも私立が先行してできたのは事実でございますが、しかし、今後は相当公立の幼稚園の建設ということが重大な問題になってまいると思います。  そこで、先ほど局長から答弁申し上げましたように、文部省といたしましては、幼稚園の整備のために七カ年計画、つまり、四十五年までを一応の一期といたしまして、単位として一万人の人口に対して一幼稚園という計画の線によりまして、幼稚園の建設について設備、施設等についての援助を行なうという方針で計画を進めておるわけでございます。しかし、それでも都会地等におきましては実際の需要には追いつかない面もございますので、できるだけ私どもとしては公立の幼稚園の拡充に向かいまして今後とも努力してまいりたい、そういうふうに考えております。
  72. 山田太郎

    ○山田(太)委員 努力してまいりたいということばはいいのですが、実情は、私の聞くところによると、補助は約三十万円くらいしかない、よくて五十万円くらいしかない、そういうふうな実情と聞いておりますが、この点はどうですか。
  73. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 これは幼稚園の設備のほうの問題だけおっしゃっておりますから……。実は市町村が幼稚園を設置いたしますためには、施設の点が非常に金がかかる。施設は、別に私、直接所管ではございませんけれども、本年度の公立文教施設の中で、幼稚園のワクというものは非常に拡大したというふうに承知いたしております。
  74. 山田太郎

    ○山田(太)委員 そこで、まず私立の幼稚園と公立の幼稚園は、それぞれの目的あるいは内容が、公立の場合は保育を目的とするような体制をとる、それから私立の場合は教育を主体とするような体制をとる。これは実情においてバランスが非常にとれなくなっている。たとえば幼稚園を卒業して小学校へ入学するのと、保育園を終えて小学校へ入学するのとでは、非常に児童の差があるわけです。もう一つは、保育園も幼稚園も行かないですぐ小学校に入学する、そういう場合の児童教育のバランスが非常に問題だと思うのです。この点についてお伺いしてみたいと思います。
  75. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 幼稚園だけを申しますならば、国公私立の区別はなくて、学校教育法に定められた目的、しかも省令で定めております教育要領、これは国公私立を通ずる問題でございますから、幼稚園であります限りは、小学校へ入学する前の幼児教育目的とすることに違いはございません。ただ、保育所のことをおっしゃったのでございますが、保育所は、たてまえといたしまして、要するに普通の家庭における幼児の教育というものに欠ける方が長時間預けておく、その預けておく期間に保育という面と、それから一面教育という面があるというのがたてまえになっております。ただ、実態といたしまして、沿革的に保育所が先にできたところは、幼稚園にかわった機能を実質的に果たしているとか、いろいろなことがございます。そういう意味で、保育所のほうも、かつて問題になりましたときに、文部省の初中局長とそれから当時の厚生省の児童局長とで共同の通達を出しまして、そして厚生省関係の保育所におきましても、保育に欠けるという事由で預けられる幼児に対しましては、その分の教育については幼稚園に準じてやるということの指導をいたしておりますから、方向といたしましては、保育所にあげられるような方も、そのある部分というものは——時間が長うございますから全部幼稚園式の教育をやるわけではございませんが、そのある部分というものは、幼稚園の教育に準ずる教育をやっていくというふうに行政の指導がなされているわけであります。  それからもう一つは、御質問の要点は、義務教育の入学時におきまして、幼稚園を出た者あるいは保育所を出た者あるいは全然行かない者、そこのバランスはどうかということでございますが、これは非常にむずかしい問題を含んでおります。と申しますのは、そもそも幼児教育というものは、すべて学校施設に委託すべきかどうかということについては議論がございまして、幼児の段階においては、やはり通常の家庭においては相当部分母の庇護のもとにあって、意図的な教育ではないけれども、おのずから教育的な感化を受けるということが非常に重要なことでございますので、それと幼稚園教育というものとが相助け合っていくということがたてまえであります。  それから、私どもが振興計画を立てます場合にも、現在の段階では必ずしも全員が入るということを予想しておりません。これは非常に基本的な制度問題を含みます。現在は、保育に欠けるので保育所に行く者もある。それから、これは義務教育でないわけでございますから、何らかの事由で信念を持って、その両親としては小学校までは家庭でやるという考え方もございます。そういう要素を入れまして六十数%という就園希望者を全部入れたいというのが、昭和四十五年までに考えた七年計画でございます。  そこで今度は、小学校教育課程におきましては、これはまだ一部世間に誤解があるようでございまして、ことにアカデミックなカリキュラム、文字とかあるいは算数だとかいうものを幼児教育で非常に力を入れてやるということは、幼稚園教育としては入れ過ぎるとこれは邪道でございまして、むしろ幼児教育といたしましては、社会的な集団のしつけだとか、そういうものの適応性だとかいうようなことを馴致いたしますことによって、義務教育に入学するときに就学前教育としてよりいいという考え方が基本にあるわけでございますので、必ずしも幼稚園で行なったことを前提として小学校のカリキュラムを組んでいく——ことに知的なものについては、そういう考え方をとることは危険じゃないかという考え方を持っております。ただ、実態といたしまして、先生御指摘のように、幼稚園に行かせたいという希望が非常に多いし、また、社会生活の変化によりまして、家庭というものの機能が理屈なしに昔よりはやや両親を離れる機会が多いということがございますので、就学前の幼稚園教育をますます拡充していく必要性はあるだろう。そして社会的な行動様式というものも、就学前一年なり何なりにできるだけ身につけさせる必要がある、あるいは学校教育を効果的にやっていくということはあろうと思います。この問題は二つの問題がございまして、そのために幼児教育を将来に向かってどういうふうに考えるかという基本問題がございます。この問題については文部省として基本的に検討してまいりたい、かように存じます。
  76. 山田太郎

    ○山田(太)委員 基本的な考えはまた後ほどの問題といたしまして、今度は、幼稚園だけに限った場合ですが、私立と公立の教育内容に非常に差異が出ているわけですね。たとえて言いますと、東京都の場合、公立と私立——私立でも非常に設備の整ったところと、バラック式のところと、多々ありますが、そこに非常な差が出ております。この差が小学校へ入学したときに、まあ一例をあげますと、ある友人の子弟でございますが、入学したときは、教員の方の教えることが幼稚園においてもうすでに教えられておる。だから、最初入学したときは成績もよかった。ところが、三カ月、四カ月たつに従って、小学校教育児童なりにばかにしたといいますか、今度は、最初幼稚園に行かないで入学した児童にどんどん追い越されていく、そういう例がこの友だちの子弟だけでなしに、ほかにもだんだんと出てきておる。こういうことは、やはり幼稚園の中にも私立と公立とに差があるから、これを統一した指導方針、統一した教育内容、こういうことにする意味からも、将来は私立にしろ公立にしろ、ほとんどの入学前児童が幼稚園なり、あるいは保育園もありますが、ほとんどが入園しておるわけです。保育所にも。そういう立場からいっても幼稚園を義務化する、先ほどの基本的な考え方になりますが、幼稚園を義務化するという点について大臣はどうお考えであるか、承りたいと思います。
  77. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 前段の問題でございますが、幼稚園の教育は非常に重要であると同時に、一方、幼児に対しまする教育を誤りますと、いまおっしゃいました例のように、肝心の小学校に行ってから伸びがとまりましてむしろ下降態勢をとる。これは、やはり幼稚園の教育が、先ほども局長が申したのでございますが、小学校教育を幼稚園でやるのじゃないのですから、幼稚園独特の、幼稚園でやらなければならぬ教育と、それから小学校の基礎になるような教育とは、これは全然別のものだと思うのです。ですから、幼稚園の教育は幼児教育であるだけに非常に教育内容がむずかしい。これは重大な問題があると思います。ですから、幼稚園の教育あり方というものにつきましては基本的に相当考えていかなければならぬ問題がございますし、これは文部省でもそれに対しましては指導のあれをいろいろ研究しまして示しておるわけでございますが、誤って小学校の算数とかいわゆる国語なんかで、学校に行く前にいろいろ字を覚えたり算数を覚えたりすると、学校に行きますと先生の教えることがまた繰り返しなのでばかにする。そうしてだんだんその学業をおろそかにするというような傾向がないでもない。これはやはり幼稚園教育のやり方の問題だと思います。十分気をつけていかなければならぬ問題だと思います。でございますから、幼稚園の教師の素質をよくするということが非常に重大な問題でございますので、幼稚園の教師の養成ということについては、文部省としても相当力を入れてまいっておるつもりでございます。  それから幼稚園を義務制にするかどうかという問題でございますが、この問題は義務年限延長の問題でございまして、たとえば外国の例にもございますが、いわゆる義務教育を十二年にして高等学校までを義務制にするという考え方もございますし、それから下に向かって就学年齢を下げるという問題もございます。   〔八木(徹)委員長代理退席、委員長着席〕 これは私、今度の予算でもお願いをいたしておるのでございますが、基本的な学制のただいまの六・三制をしきまして約二十年、今後日本社会の進展に伴いまして現在の学制でいいのかどうか、また、義務教育の年限を現在のままでいいのかどうか、また、その義務年限を延長する場合においては上に延ばすべきか下に延ばすべきか、これらの問題は基本問題でございますので、今後十分に研究をしていきたい。学制全体の改革といたしましては、やはり十年、二十年の歳月を経るというような問題でございますので、そう軽々にはこれは決定できませんので、十分これから検討を加えていこう。今度の予算でもそういう意味のことを多少は計上いたしまして、予算が通ればその方向に向かって手をつけてまいりたい、こう思っております。
  78. 山田太郎

    ○山田(太)委員 先ほどの文部大臣の御答弁の中にもありましたが、上に延ばす場合とそれから下へ延ばす場合と、それぞれ議論があると思います。当然。しかし、いまのその問題はさておいて、いま現在の状況においては、小学校入学前の児童が、ほとんど私立を含めれば、また、所管は違いますが保育所も含めれば、当然公立も含めて、もっと数がありさえすれば、入園希望者というものはほとんどの父兄なり児童なりということにはなっていきます。これはもう御承知のとおりだと思うのです。そういう立場からいっても、いまたちまちすぐできる問題は、高校まで義務教育にするという問題は、これはまた別問題でございますね。一年延長するという意味においても、いまヨーロッパにおいては、フランスはもうすでに義務教育を十年制にしております。それからドイツにおいては、いま現在、もう御承知と思いますが、実施計画中でございます。そういう先進国の例をとってみても、やはり研究されておることと思いますが、一応の長所というものは、認められておると思うんですね。いま現在の日本の先ほど申し上げた状況からいっても、幼稚園すなわち入学前の一年の児童というものが、ほとんど入所なり入園を希望しておる、あるいは入園なり入所をしておる、そういう立場からいっても、また私立それから公立、この教育のへんぱ、あるいは入学からの教育をレベルをそろえるという意味においても、下へ一年延ばすということは、これはたやすい問題ですね。こういう面からいっても、いま現在、文部省において、下へ延ばす面においてはどういう利点があり、また実施すればどのような予算が要るか、そういう点までもう研究されておるかどうか、この点を伺ってみたいと思います。
  79. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 幼稚園教育の重要なのは、十分もう、申すまでもないことでございますが、ただ、これを一年間下に義務制を延長するかどうかという問題は、いま直ちにこれを義務制にするということは、先ほど申し上げましたように、これは学制全体を通して考えなければならぬと思いますが、しかし、実際問題としましては、幼稚園に入園したいという方のできるだけ希望を充足して、希望者はほとんど全部行けるというような状況にまで幼稚園というものを持っていきたい、そういう意味合いから申しますと、先ほど申し上げましたように、今度の公立文教施設費におきまして、公立の幼稚園に対しましては相当の、施設をいたします場合に国がこれを援助するという形を予算的にとっておるわけでございますが、なお、ことしから初めてでございますが、長い間そういう希望がありましたけれども、予算的措置がとれませんでしたけれども、昭和四十二年度から私立の幼稚園に対しましても施設について国庫が補助するという、これは新規に要求をいたしておるのでございます。そういう意味におきまして公立の幼稚園をつくることに援助しますと同時に、私立におきましても援助いたしまして、できるだけ幼稚園の数を多くしまして、希望者にできるだけ——義務制にしなくても希望者は大体入れるという状況にまで整備をしたい、そうした上での義務制の問題だと思います。現在はまず希望者にできるだけ——受け入れ態勢のほうをできるだけつくってまいりたい、こう考えております。
  80. 山田太郎

    ○山田(太)委員 その場合は私立も含めてですか、どうですか。
  81. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私立も含めてでございます。私立に対しましても昭和四十二年度から施設に対しまして補助をする道を開いていったわけで、予算に計上しておるわけでございます。
  82. 山田太郎

    ○山田(太)委員 補助という意味でなしに、希望者を全部入園させるという立場から、私立も含めてのことをおっしゃったのかどうかをお聞きしたいわけです。
  83. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 私立も含めてでございます。
  84. 山田太郎

    ○山田(太)委員 そういたしますと、先ほど申し上げた私立の幼稚園とそれから公立の幼稚園と、非常に差異があるわけです。ただ、教育内容は先ほど申し上げましたが、あるいは入園料あるいは月謝といいますか、保育料という名前で呼んでいるらしいですが、そういう点において非常な差異があるわけですね。ここに一例として、昭和四十二年度ですが、高いのは年間八万円、それから平均いたしますと二万六千円余り、このような状況になっております。そこで、父兄といたしましても、希望はするけれども、そういう経済的な面から入園させられない、そういう方々も非常に多いことです。この点は御承知と思いますけれども、そういう点を加味した場合、私立それから公立という面のアンバランス、それをバランスをとっていくというための措置をとることが一つと、もう一つは、教育内容をレベルをそろえていくということが一つと、この二つが非常に大切じゃないかと思うのです。その点、どうでしょうか。
  85. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 授業料なり入園料とか、そういう経済的な父兄の負担につきましては、単に幼稚園だけじゃございませんで、私学と国公立の学校の格差でございますか、これはいま非常に重大な問題になりまして、私学問題として私どもは基本的に再検討する時期が来て目下やっておるわけでございますが、ただ、父兄の負担をできるだけ減少する意味におきまして、今後——いままでは幼稚園の発祥が私立が先行いたしまして、公立が非常に少なかったわけです。でございますから、高いところでもやむを得ず幼稚園の私学のほうに入れざるを得なかったのが実情でございますが、今後はやはりできるだけ公立を普及いたしまして、父兄が高い私学に行かせなくてもいいような状況にまで公立をできるだけ普及してまいりたい、こう考えておるわけであります。
  86. 山田太郎

    ○山田(太)委員 できるだけ普及という意味でなしに、もう一つ前に戻りますが、小学校の場合私学ももちろんありますし、公立もありますし、この場合は公立に入ろうと思えば当然入れるわけであります。好んで私学のほうにいく人だけです。ところが、幼稚園の場合は、それとは状況を非常に異にするわけであります。幼稚園に非常に力を入れるという文部大臣のお話はわかるのですが、ただ、それが実情においてそのとおり実現されておるかどうかという点がまず一つ顧慮される問題と、それから先ほどの私学、公立という問題は、この場合は小学校の場合と同じように、大学等ならばいざ知らず、幼稚園には当てはまらないのじゃないか、こう思うわけです。その点、どうでしょうか。
  87. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 結局私が最初に申し上げましたように、これは幼稚園の公立をつくるといたしますと、設置主体は市町村になるわけでございます。それで市町村が、現在までの状況でなかなか幼稚園には手が出しにくかった状況がございまして、ようやく六・三制が完成してこれから幼稚園に移行するという段階でございますし、市町村が幼稚園を建てますには地域住民の方の要望に従って建てるのでございますから、地域的に申しましても住民のほうから幼稚園を強く要望していただく、そしてどんどん建てるようになりますれば、国のほうではそれに対しまして施設の援助をする、こういう関係になるかと思います。私どもは七カ年計画をやっておりますけれども、その間にやはり私立なんかができるので、七カ年計画はある程度数はそろえてありますけれども、実際は市町村のほうからもう少しどんどん援助してくれと、こういう要望が——なかなかこっちだけ予算を計上しましても市町村のほうへ強制するわけにもいかぬものですから、その要望がもっと強くなってくることを実は希望いたしておるわけでございます。そういうふうにできるだけ指導はしてまいりますが、まだまだ幼稚園を建設するというほうに市町村のほうでもう少し力を入れてもらいたいと、実は希望いたしております。
  88. 山田太郎

    ○山田(太)委員 市町村なりあるいは父兄なりからどんどん要望をしてもらえればという文部大臣の御答弁ですが、これは父兄から要望書を集めればたちどころにたくさん集まります。また、市町村でどんどん補助をくれと要望してくれればどんどん出すような答弁ですけれども、実情は、そのような補助の金額にいたしましても——きょうもある教育長の話ですが、幼稚園に対しての補助は増額はしてもらったけれども、しかし、実際においてはほんのわずかなものであって、ほんとう文部省として力を入れての補助の金額にはならないのだ、その点で非常に頭を悩ましておるということばもありました。文部大臣も、もちろんその点は御承知の上での御答弁と思いますけれども、この点においてそのような先ほどの御答弁ならば、もっと予算措置においても力を入れて、いつまでにどうするというふうな計画を、予算措置と期限と、その点の御答弁を願いたいと思います。
  89. 剱木亨弘

    剱木国務大臣 大体高等学校につきましては府県単位、それから小中学校につきましては市町村、これが設置者の責任の区分になっていて、幼稚園は当然市町村になるわけでございます。これが国庫補助をしてまいりましたのは、六・三制の公立文教で早期にこれを完成する意味におきまして国庫補助をいたしてまいったのでございますが、あくまで市町村の責任においてやるというのが、いままでの責任の分担区分になっておるわけでございます。したがいまして、建築費につきまして援助をしてまいりましたが、しかし、そう市町村にもまかせてばかりいられませんから、特に四十二年度から、父兄負担の軽減という意味もございまして、教材を、ずっと標準教材をつくりまして、これを十年計画で半額負担を国がやろう、ことし初めて踏み切ったわけであります。幼稚園につきましても、いま申します公立文教で建築等の施設につきましては援助計画を立てておりますが、いま非常に少ないと申されますのは内容の設備でございます。設備は、原則としてはやはり市町村の負担でやるべき筋合いでございまして、公立の小中学校においてすらことしからようやく教材について援助費を出したのでございまして、幼稚園につきましても、設備につきましては原則として市町村がやるということになっておるので、金額は非常に少ないという御批判を受けましたけれども、そういうたてまえになっております。しかし、こういう問題も漸次できるだけ増額をしてまいりたいと思います。原則的たてまえ論から申しますと、やはり市町村がやるということを決議してもらわないと、なかなか幼稚園の拡充というのはむずかしいものですから、できるだけそのほうに行政指導をしてまいりたいと思っております。
  90. 山田太郎

    ○山田(太)委員 その金額も聞いてはおりますが、先ほどの文部大臣の幼稚園教育というものは非常に大切なものである、それに対して文部省としても強力なバックアップをしていきたい、そういう御答弁から見て、先ほどの御答弁は少しずれたような感覚を受けますですね。それを深く追及しようという意味ではありませんけれども、幼稚園教育は、文部大臣が言われるようにほんとうに大切なものであります。ただ、義務化だから文部省がバックアップする、いま義務化でないから市町村がやるべき問題だと、ただ法規的な解釈での答弁では国民は納得しないと思うのです。これは一案ではございますが、現在小学校児童は一時のピークから比べますと非常に減ってきております。したがって、あき教室も相当あるわけですね。一部においては、このあき教室を幼稚園に転用しているところもあるのは御存じだと思います。このあき教室に対しての対策を、幼稚園の開園と結びつけて対処する意向はあるかどうか、時間が来ましたのであまり長くできませんが、この点を御答弁していただきたいと思います。
  91. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 幼稚園を設置いたします場合に、小学校の校舎に余裕が免じて、そこが改造等をして適切であるということならば実態として行なっているものもございますし、それに対しましては施設費の補助が、この改造についても付せられるわけでございます。ただ、一般問題として注意しなければいけないのは、幼稚園というものは小学校と違いますから、施設、設備の面につきましても特別のくふうが必要であるという意味で、このあき教室を利用する場合であっても教室の配置、それからその内部の模様等は、相当慎重にやっていただくということは一面行政指導をする必要があろうと思いますが、実態といたしましては、そういうふうに市町村でやられる場合には、国としても助成の道はあります。  先ほど申し忘れましたけれども、施設につきまして、四十二年度の予算の中には、倍に近い施設費を三億幾らか計上いたしました。設備につきましても、五千万を七千万ということでございます。十分ではございませんけれども、当面の要望の大半は果たし得ると思います。なお、この予算は、他の経費に比べまして、非常な勢いでこの数年増額してまいってきたところであります。今後もわれわれとしては、この施設、設備の助成に対してなお予算上も十分に努力してまいりたい、かように考えております。
  92. 山田太郎

    ○山田(太)委員 もう五分ありますから、最後に一点だけ。  父兄の幼稚園に対しての世論調査といいますか、そういうものをいままでおやりになったことがあるかどうか、また、あればその結果、なければやる意向があるかという点をお答え願いたい。
  93. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 そういう意味での世論調査はいたしたことはございません。ただ、全国的な幼児教育の実態調査はいたしたことがございます。ただどういうふうな関心をお持ちか、どういう点について現在の幼稚園行政について考えをお持ちかというような点は、また文部省にはモニター制度等もございますから、しかるべき機会を利用いたしましてそういう点にも配慮を加えてまいりたい、かように考えております。
  94. 山田太郎

    ○山田(太)委員 そういう意味で申し上げたのではなしに、幼稚園が義務化されたような場合、それを希望するかどうか、そういう点を聞いたわけです。
  95. 齋藤正

    ○齋藤(正)政府委員 議論にわたって恐縮なんでございますけれども、これは、幼児教育を義務化すべきかどうかということにつきましては、かなり慎重に幼児教育自体の教育の専門家にも議論してもらわなければならないことが多いわけであります。これは世界の状況を見ましても、いつの時期に親に就学義務を課するかというようなこと等の全体の経験則に照らしまして、しかもそれに義務として通園させるということになります場合の、単に財政上だけでないいろいろな問題、それから教育の方法論自体の問題ということ等は、これは私ども専門家の意見を聞きながら検討してまいりたいと思いますし、また、これらに対する一般方々の受け取り方というものも、モニター制度等を活用してまとめていきたい、かように考えております。
  96. 山田太郎

    ○山田(太)委員 これは最後に、御答弁は要りませんが、予算の問題は別にいたしまして、幼稚園を義務化した場合にどういう点が利点であるかという点と、それからどういう問題がマイナスの面であるか、そういう点を次回においてはお伺いしたい。当然幼稚園の義務化に通ずる問題として、保留しておきたいと思います。  以上です。
  97. 床次徳二

    床次委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時五十八分散会