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帆足委員 去る四月二十八日に、
沖繩の
那覇市を中心といたしまして、また、
那覇並びに
日本本土各地に
沖繩祖国返還の
国民集会が持たれました。なお、
日本の南方、
与論島沖合いの二十七度線では、
沖繩同胞と
日本の同胞との
共同の
海上集会も持たれました。さらに、この
三宅坂におきましては、二十八日、
神山沖繩県人会長、八十三歳の老翁も含めまして、
沖繩から来られたたくさんの
代表ともどもに、二十四時間のハンガーストライキをもって、
日本国民の世論を喚起されるようにつとめました。私は、
沖繩同胞の祖国に対するこのような
熱意に対しまして、心から敬意を表し、こうべをたれるものでございます。
沖繩特別委員会が
同僚各位の御賛成によって超党派的な
国民の
熱意にこたえる
趣旨のもとに設立されまして、戦後二十二年の今日、私はおそきに失したと思いますけれども、なおかつこの
委員会ができまして、問題の本質と問題の所在について深くかつ強力に検討し、
政府にその
実施を
要望いたしますこと、この段階に到達いたしましたことは、まことに御同慶の至りでございまして、きょう
総理大臣に、この機に際しまして、
委員長のおはからいによりまして、
総括質問を申し上げますが、こいねがわくば、
国民の
熱意にこたえられて、前向きの御姿勢をもちまして御答弁くださることをお願いする次第でございます。
第一に
総理の御注意を促したいことは、
沖繩の今日の
米軍支配の形態というものは非常に奇型的な形でございまして、
サンフランシスコ条約できまりましたときは、
沖繩をいずれ
信託統治にする、それまでの
暫定期間とりあえず
アメリカの
軍事支配を認めてもらいたい、こういう
趣旨でありましたので、列国はこれに賛同いたしたのでございます。その際、
インドの
ネール首相を
代表いたしまして
インド代表が発言をして、その
暫定期間というのはどのくらいの
期間であろうか、
信託統治ということは、ごく短
期間ならば認められないこともないけれども…という
質問をいたしました。これに対して
ダレス国務大臣は、ずぼしを突かれたかのごとき表情を呈しまして、これに答えなかったのでございます。したがいまして、
ネール首相は大いに心配いたしまして、この問題がアジアにおける紛争の禍根の一つとなって残るであろうことを、
植民地として苦杯をなめた
ネール首相は、おそらくゴアのことなども思い浮かべられて、そして警告の書簡を
アメリカに対して発し、また、
ナセル首相とも相談いたしまして、ついに
インドはこの
講和条約から脱退し、
ナセル首相もこの
沖繩条項については保留いたしまして、そして
沖繩条項に対しては
保留条件をつけたのでございます。今日、
日本は
国際連合にすでに加入いたしておりますから、その終着駅である
信託統治ということはすでにもう消えておるのでございます。
信託統治とは、申すまでもなく、未開病弱な国に対して保護を与えて、漸次
自治権を育成するという
趣旨が今日の
信託統治でございます。
沖繩同胞は、
ヨーロッパに参りますと、
人口十万か五万の小さな島のように誤解されておりますが、
総理がいらっしゃいまして親しく握手をかわしましたように、
人口九十五万、そして本上と何ら異なることなき
日本の
固有の民族であり、そして
教育も同じように普及いたしております。今日
保守政府の
政策上、
日本の自衛の方法として、私どもは中立を
主張しておりますが、保守党としては、
米軍との同盟によってそれ相応の防衛をはかりたいというお
考えを承っておりますが、それにつきましての議論は、それぞれの
立場、哲学、
考え方によって異なるところでございますけれども、しかし、
軍事基地として土地を貸し与えましても、そのために
住民の
施政権が一挙に消えてしまい、治外法権となり、そして
経済流通までが
外国通貨になるという例は、今日世界にほとんどないのでございまして、昨年の
秋ヨーロッパに参りまして、私は
イギリス労働党の皆さんとも話し合ったのですが、この
事情を
説明いたしますと、だれしも異口同音に、このように極端な例はアフリカの
象牙海岸にもマダガスカルにももはや見当たらぬ。
政府の
軍事政策の必要上、
基地をある
条件で貸与するということはあり得るけれども、
住民の
施政権まであげて他国にゆだね、治外法権になっており、その
地域の少女が暴行されましても、また、いかなる乱暴を受けましても、みずからの手で最終的にさばくことができないという例は、今日どこにも見当たらぬ。これは
国際連合憲章にも反し、世界人権憲章にも反し、非自治区の廃止に関する満場一致の決議案、いわゆる
植民地廃止宣言にも違反しておる。これはだれしも異口同音のことでございました。
したがいまして、
総理にまず第一にお伺いしたいことは、かつては
信託統治という目標がありましたから、万国はこれを
条件つきで認めたのでありますけれども、すでに
終戦の日は終わりまして、世界がおおむね正常化いたしました今日なおかつ軍事占領が続き、
信託統治の目標は消え、しかも
住民に
施政椎がない。究極的には皆無であるという今日の実情、そういう実情の国が世界に一国でも残っておるか。また、残っておるとするならば、それは国際法違反であり、また
日本国憲法違反でもございますし、また道義的、常識的にも耐えられないことでございます。したがいまして、
沖繩に生起するいろいろな諸悪、同胞の苦痛の根源はここに発しておるのでございますから、この問題について、
政府はやはり
アメリカ、特に
アメリカ国務省の注意を促し、また
国際連合の注意を促すことが必要であろうと思いますが、なぜ
政府はそのように道理にかなったことについてもう少し論理整然として
交渉をなさろうとなさらないのか、この問題についてさらに御検討を促し、
総理の前向きの姿勢における今後の措置を切に
要望いたしたいのでございます。一言で申しますならば、東京では紳士、
那覇ではタイラント、奴隷所有者、極端な例を引けば、ギャングのごとき所作が行なわれておるのでございます。世にもふしぎな物語でございます。
第二には——もう簡単に申します。第二には、近時ベトナム戦争の影響が広がってまいりまして、
沖繩の風景がベトナムに似ておりますことや、われわれの皮膚の色が多少日焼けをいたしますればベトナム人に似ておるような
事情もまじりまして、出征する兵士、帰還する特に心のすさんだ兵士たちが、ベトナムの戦場の一部とこれを錯覚し、あるいは少し知能の足りない将校諸君はこれを戦場そのものと
考え、そのために近時人権じゅうりんの事例が統計にあらわれている以上にふえておりまして、凶悪犯は数知れず、少女たちへの暴行、また、ある一流の料亭のごときは、自分の言うことが通らないというので、無知な一兵士が火をつけて焼いてしまい、しかも賠償すら得ることができないという事件は、最近有名な事件でございます。したがいまして、
政府当局としては、日米友好のいまの友邦の
立場から申しまして、こういうことには遠慮なく警告し、
アメリカの自制、みずからコントロールすることを要求することが当然の責務であり、また
アメリカのためにもなることと思うのでございますが、そのようなはっきりした
態度をとっておられるか、これが第二に
お尋ねし、また
要望したい点でございます。
第三は、
沖繩と本土との格差の解消のために御
努力されておることは
承知しておりますが、それと同時に、将来
軍事基地がなくなった場合に、
沖繩が
日本のただ一つの熱帯地帯の島々としてどのように自立するか、この二つの問題について当然総合計画が準備されねばならぬと思うのでございます。ただいままで承りますところによりますと、その二つのいずれとも十分なものがないと聞いております。朴政権などという、私どもから見るとおろかな政権に対して三千億円の賠償と経済協力を惜しまない
日本政府が、
沖繩の同胞に対してたいへんしみったれた援助しかしないかのごとき感をわれわれは受けるのでございますが、両方を比べまして、
沖繩に対してもっと多くのお心を注いでいただきたいのでございます。
私は、経済が専門でございますから、一とおり島々を視察いたしました結果から申しまして、砂糖、バナナ、パイナップルなどは、国内市価の非常に高いことを考慮いたしますならば、この熱帯地方に相当部分の熱帯農産物を持っておることは有利でありますし、八重山、西表等には牧場の好適地もたくさんあります。また、石炭と結ぶならば、化学工業も、四面海に囲まれておりますから、その立地
条件は有利でありますし、化学工業はまた加工工業としても有利な点もございます。将来有望なこれらの島々に対して総合計画を準備していただきたいと思いますが、
総理にそういう積極的なお気持ちがあるか、また御理解してくださる御誠意があるか、承っておきたいと思います。
それから次には、現在直ちに実行可能な、切れば血の出るような
沖繩同胞の
要望に対しまして、これはもう即刻強力な手を打っていただきたいのでございます。これは最初の項目のときに述べましたように、たとえば水道の問題、電力の問題なども、電力飢饉、水飢饉のときに、軍事の必要ならばとにかく、それも
住民の要求ならば節約せねばならぬのに、芝生に水をやるようなことで、すなわち、
沖繩の
住民と
アメリカの軍人軍属の家族とは同等の
立場であるべきであるのに、一方ではどんどん芝生に水をまき、その下のほうの水田は枯渇してしまう、このようなことを見ておれるものではありません。その他、人権じゅうりんの事件などは、表にあらわれたものだけでも昨年千四百余件と人権協会から報告されております。また、デザインとしての国旗は船に立てられましても、船及び船員を保護するような
協定はまだできておりません。その他数限りなき、切れば血の出るような
沖繩同胞の要求に対しまして、
政府当局におきましても断固として
主張すべきことは
主張して、短
期間の間に
実施に移していただきたいのでございます。
最後に、
日本政府と
アメリカとは対等の
立場であるといわれておりますけれども、こういう問題が紛糾してまいりまして、私どもが
アメリカ国務省または琉球
アメリカ弁務官事務局の話と聞きますと、答弁に困ると、戦勝国であるから、戦勝国のときの占領地ではないかということばが出るのでございます。率直に申しまして、
アメリカ上下両院軍事
委員会の速記録を私は目を通してみました。すると、もう戦勝意識が横溢しておるのでございます。
アメリカとしては
終戦当時ならば無理からぬことであろうと思いますけれども、もう
終戦後二十二年たちまして、
日本の
保守政府と
アメリカとは盟友といっておる。そこで、私は繰り返して言いますが、東京では盟友、そして
沖繩ではタイラント、ギャング、世にもふしぎな物語というのはこういうゆえんでございます。
以上の諸点につきまして、きょうは
委員長とお約束がありますから、どうか
総理大臣におきましては、この
委員会が設立された
趣旨をも御了察くださって、極力前向きの御答弁をもって、われわれを逆に激励されるくらいの御答弁をいただきたいと思う次第でございます。