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1967-05-02 第55回国会 衆議院 沖縄問題等に関する特別委員会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十二年五月二日(火曜日)     午後一時三十二分開議  出席委員    委員長 臼井 莊一君    理事 小渕 恵三君 理事 大平 正芳君    理事 鯨岡 兵輔君 理事 竹下  登君    理事 帆足  計君 理事 永末 英一君       大村 襄治君    上林山榮吉君       北澤 直吉君    小坂善太郎君       小平 久雄君    渡海元三郎君       西岡 武夫君    中谷 鉄也君       西風  勲君    横山 利秋君       渡部 一郎君  出席国務大臣         内閣総理大臣  佐藤 榮作君         外 務 大 臣 三木 武夫君         国 務 大 臣 塚原 俊郎君  出席政府委員         内閣法制局長官 高辻 正巳君         総理府特別地域         連絡局長    山野 幸吉君         防衛庁教育局長 中井 亮一君         外務政務次官  田中 榮一君         外務省北米局長 東郷 文彦君         外務省条約局長 藤崎 萬里君  委員外出席者         外務省欧亜局外         務参事官    岡山  晃君     ————————————— 五月二日  委員細田吉藏君、山田久就君美濃政市君及び  伊藤惣助丸君辞任につき、その補欠として西岡  武夫君、渡海元三郎君、中谷鉄也君及び渡部一  郎君が議長指名委員に選任された。 同日  委員渡海元三郎君、西岡武夫君及び中谷鉄也君  辞任につき、その補欠として山田久就君細田  吉藏君及び美濃政市君が議長指名委員に選  任された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  沖繩その他の固有領土に関する件      ————◇—————
  2. 臼井莊一

    臼井委員長 これより会議を開きます。  沖繩その他の固有領土に関する件について調査を進めます。  この際申し上げます。佐藤内閣総理大臣は二時に出席になる予定でございますので、外務大臣に対する質疑を先にお願いすることといたします。  質疑申し出がありますので、これを許します。大村褒治君
  3. 大村襄治

    大村委員 私は、主として北方領土問題などについて若干質疑を試みたいと思います。  当委員会設置目的からいたしましても、南方問題、すなわち沖繩などの復帰や民生の安定向上に関する問題が審議対象とされることは当然であり、本日は総理以下関係閣僚出席のもとに真摯な意見交換が行なわれますことは、まことに意を強くするものでございます。しかしながら、私は、当委員会設置目的からいたしまして、北方領土帰属問題などの重要性を忘れてはならないと存ずる次第でございます。  終戦以降早くも二十年以上の歳月経過するのでありますが、北方領土問題などの重要性がようやく世人の認識から忘れられがちになっているように児受けられますことは、まことに遺憾に存じます。私は、一八五五年、すなわち安政元年日本国魯西亜国条約、及び、一八七五年、すなわち明治八年の樺太千島交換条約以来わが国固有領土とされ、いまだかつて日本から離れたことのない国後択捉桁高や、北海道の一部に属する歯舞色丹諸島が、いまだにソ連占領下に置かれたままで放置されており、さきの日ソ国交回復交渉の際に、これらの島嶼の帰属審議対象とされ、歯舞色丹については、平和条約ができたときに引き渡すということで妥結いたしましたが、いまだにその返還が実視せず、国後択捉帰属に至りましては、双方主張がまっこうからぶつかって、一向に進捗しないという状況が続いておりますことをまことに遺憾に存じます。なお、これと関連して、北方漁業安全操業海難救助の問題などがいまだ解決を見ていないことも遺憾とするところであります。  一方、日ソ間の国交関係は、日ソ共同宣言以来早くも十年以上の歳月を経ておりますが、平和条約締結はいまだ実現してはいないというものの、領事条約航空協定など着々と実現して、明るい日ざしがさしかけている感もいたします。しかしながら、領土問題が解決しない限り、わが国国民感情からいたしましても、真の意味における日ソ友好関係は樹立したとはとうてい言えないものと考えます。  そもそも、千島列島をはじめとする北方領土につきましては、わが国は、いまから十五年前に発効したサンフランシスコ条約によりすべての権利を放棄しておりますが、この条約は、放棄された領土主権帰属については何ら決定いたしておりません。ソ連ヤルタ協定を引き合いに出して権利主張いたしておりますが、日本ヤルタ協定当事国ではなく、また、日本が受諾したポツダム宣言中には同協定は入っておらないから、日本は同協定によって拘束されることはないと考えます。したがいまして、その帰属問題を解決するにあたりましては、ひとりソ連邦との間においての話し合いだけでなく、要すれば広く関係諸国の協力を求めるなど、あらゆるくふうと努力を傾ける必要があると思います。  いずれにせよ、歯舞諸島色丹島国後島及び択捉島面積を合計すると、四千九百九十四平方キロメートルにのぼり、これは福岡県の面積にほぼ匹敵いたします。終戦当時、すなわち昭和二十年十月現在の人口は、一万六千五百人にのぼるわけでありますが、わが国固有領土であるこれらの諸島帰属が不明のまま放置され、これらの諸島の周辺の安全操業が脅かされている事態は、一日もすみやかに改善をはからなければなりません。私は、このような事態にかんがみ、この際、北方領土問題に関して、総務長官外務大臣並びに関係政府委員に対し、次のような質疑をいたしたいと存じますので、誠意ある御答弁をお願い申し上げます。  まず外務大臣お尋ねいたしたいのでありますが、北方領土問題に関する基本的な考え方はどうであるか、お聞かせを願いたいのであります。
  4. 三木武夫

    三木国務大臣 北方領土問題につきましては、歯舞色丹はもちろんのこと、択捉国後も、いずれもわが国固有領土であるというわが国考え方は変えたことはございません。したがって、その北方領土わが国返還さるべきであるという立場を終始とってまいったのであります。しかし、御承知のように、ソ連は、本問題は一連の国際取りきめによってすでに解決済みである、歯舞色丹については、平和条約締結日本側に引き渡すこととするが、択捉国後については、日本側主張認むることはできない、こういうソ連側主張を繰り返しましたので、わが国としても、平和条約締結することを断念して、共同宣言の形で国交を正常化して、領土問題はその後の正常な外交関係のもとでひとつ返還を要求しようということにしたのでございます。その後、フルシチョフは、一九六〇年に、歯舞色丹返還も、日本における外国軍隊の撤退を条件とするというような新たなる条件を付してまいったのでございます。わが国は、こういうソ連主張は何ら法的な根拠を持つものではないということで、昨年の外相会議の場合においても、強くわが国意見を申し述べたわけでございます。国民感情からしても、この問題が多年にわたって未解決であることはまことに遺憾であります。すみやかに日ソ間の見解対立解決して、北方諸島返還実現することをわれわれは望んでおる次第でございます。
  5. 大村襄治

    大村委員 この問題は、ただいま外務大臣の述べられましたとおり、日ソ共同宣言以来引き続き懸案事項とされており、昨年一月の椎名外務大臣訪ソ、また昨年七月のグロムイコ外務大臣の訪日などの機会にも話題とされているようでございますが、この問題についてその後どのような進展があるか、重ねてお尋ねいたします。
  6. 三木武夫

    三木国務大臣 残念ながら、両方が、日本固有領土である、ソ連は、国際取りきめによってもうこれは解決済みである、こういう両国の見解対立のままに今日まで進展を見ていないのが現状でございます。
  7. 大村襄治

    大村委員 さらに外務大臣お尋ねいたしたいのでございます。  外務大臣は本年の七月ソ連を訪問されるということを新聞などで承ったわけでありますが、もし外務大臣訪ソが今夏実現しました場合には、北方領土問題につきましてはどのような態度でお臨みになる考えであるか、あわせてお伺いいたします。
  8. 三木武夫

    三木国務大臣 七月に予定されておりますソ連外相との定期会談には、この問題を取り上げて、択捉国後歯舞色丹、これは日本固有領土であり、わが国民の強い返還の希望のあることをソ連側に伝えまして、日ソ関係の今後の一そうの友好関係を発展さすためにも、本問題を双方が納得のいく形において解決されて、平和条約締結されなければならぬ旨を強調いたす覚悟でございます。
  9. 大村襄治

    大村委員 それでは、今度は総務長官お尋ねいたしたいのであります。  本来わが国固有領土である国後択捉歯舞色丹などに対する墓参の件につきましては、国民感情からしましても、また地元関係者要望からいたしましても、きわめて熱心な要望が提出されているのでありますが、これまで政府のとった方針及び経緯を明らかにしていただきたいと思います。
  10. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 お尋ね北方地域への墓参については、島民の非常に強い御要望もあり、これが実現についてソ連政府に対して強く要請してきたところであります。  今日までの経過は、昭和三十九年五月、ソ連政府より、歯舞群島及び色丹島についてのみ日本人墓地への墓参に応ずる旨通報があったので、九月八日から四日間、第一回目の墓参実施いたしました。第二回目の墓参実施要請にあたっては、国後島及び択捉島の両島をも含めた地域ソ連政府に申し入れをいたしたのでありますが、前年同様の個所への墓参にのみ応ずる旨通報があったので、四十年八月十六日から四日間にわたって、前年と同じ個所について第二回目の墓参実施いたしました。昭和四十一年には、前二回実施した以外の国後島及び択捉島をも含めた地域への墓参実施できるよう、強くソ連政府要請いたしましたところ、国後島の古釜布を新たに加える旨通報があったので、八月二十三日から五日間、前二回にわたって実施した歯舞群島色丹島のほか、国後島の古釜布について墓参実施いたしました。渡島船舶は、第一回目は、下関水産大学校所属練習船天鷹丸、第二回目及び第三回目は、北海道大学所属練習船のおしょろ丸提供を受けております。なお、この三回の墓参には、元島民の御遺族の代表四十名及び政府関係者数名が参加いたしております。これが今日までの状況でございます。
  11. 大村襄治

    大村委員 一昨年以来、歯舞色丹並び国後まで墓参実現いたしました点につきましては、政府努力を多とするものでありますが、お話によりますと、まだ択捉実現していないように承知いたします。そこで、ことしもだいぶ夏が近づいてきているのでありますが、本年以降の実施見通しについて、総務長官のお見通しを聞かせていただきたいと思います。
  12. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 択捉国後を含めた墓参への島民並びに国民の強い要望承知いたしておりますので、ことしももちろんこの諸島に対する墓参は行なう考えでありますが、本年は一応九月上旬を目途といたしまして、歯舞色丹国後、それからいま御指摘の、まだ未実施地区である択捉島をも新たに含めた墓参実施できますように、重ねてソ連政府に強く要請中であります。これが実現のためにできるだけの努力をいたしていきたいと考えております。  なお、今度使う渡島船舶は、水産大学練習船俊鷹丸提供を受けて渡鳥する予定ができております。これをあわせてお伝えしておきます。
  13. 大村襄治

    大村委員 九月上旬というお話でございましたが、具体的にきまるのはいつごろのお見込みになりますか。
  14. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 七月初めにはきめなければならないと考えております。
  15. 大村襄治

    大村委員 次に、北方近海安全操業問題について外務大臣お尋ねいたしたいと思います。  この問題につきましては、歯舞色丹近海につきましてさき赤城試案提供され、これに対しまして相互主義ソ連側から持ち出されまして、暗礁に乗り上げたかっこうになっておりますが、その後どのように話し合いが続けられておるか、この点をお尋ねいたします。
  16. 三木武夫

    三木国務大臣 大村君の提起された問題は、北海道零細漁民の非常に重大な関心のある問題でありますので、少し詳しくいままでの経過を御説明しておきたいと思います。  昭和三十二年の六月に、この問題について何らかの操業取りきめをいたしたいとソ連交渉を申し入れたのでございます。ソ連側も一たん交渉に入る態度を示したのであります。その後、わがほうとしては、八月に、こういう案でどうだという一案を示したのでございましたが、ソ連側は、一たん交渉に入る様子を見せたのですけれども、その後十数回にわたってわがほうが督促をいたしました。しかし、なかなかすぐには応じてこないのでありましたが、同三十三年の二月に、日本政府平和条約締結に応じようとしないことを理由に、わがほうの提案した案を審議することを断わる、こういってきたのであります。その後、三十八年に貝殻島付近の水域でのコンブ採取に関する民間協定が結ばれまして、一部分的には解決をしたのでありますが、その他の問題は解決を見ずに今日に至っておるのであります。いま御指摘のように、昭和四十年の五月に、当時の赤城農林大臣ソ連側の招待でソ連へ参り、この問題を審議されたのでありますが、ソ連側は、ひとつ検討してみようということで約束をした経緯があります。その後、わがほうから赤城提案に対するソ連側回答を数回にわたって督促をしたのでありますが、昨年の六月末に来日したソ連イシコフ漁業大臣は、赤城提案に対する回答として、ソ連側はその案のとおりでは受諾できないが、北海道零細漁民立場を改善するためにソ連側はこういう考えだという考え方を示し、次いで同年七月のグロムイコ外務大臣来日の際に、ソ連側はわがほうの操業を認める代償として、ソ連漁船日本寄港を許せという提案をしてきたのであります。わがほうとしては、安全操業の問題と寄港の問題というのは性質が違うから、両者を切り離して解決をしたい、相互主義原則ということについては、別途同原則を満たす方式を考えて同意を見るようにしたいというので、この問題は切り離してソ連側話し合いを続けたいと申して、今日に至っておるわけであります。こういうことで今後とも解決のために努力をしたいと考えております。
  17. 大村襄治

    大村委員 経過はよくわかりましたが、今後この問題についてどのように話し合いを進められていくお考えであるか、重ねてお伺いいたします。
  18. 三木武夫

    三木国務大臣 いま申したように、向こうがこの問題とからませていろんな寄港というようなことは、これはわれわれとして聞くわけにはいかないのでありますので、安全操業の問題、ことにあの付近漁民、零細な漁民でありますから、そういう立場ソ連側もよくわかっておるでしょうから、根気強くこの問題は取り上げて、機会あるごとにソ連の善処を外交交渉を通じて求める、根気強い努力を続けていって解決をはかりたいと考えておるわけでございます。
  19. 大村襄治

    大村委員 安全操業の問題につきましては、大臣お話のとおり、零細漁民の生活に関係する重要な問題でありますので、引き続き、特にこの夏訪ソされる際には、この問題をひとつ積極的に進めていただきたいことをお願い申し上げます。  それから次に、海難救助協定の問題についてお尋ねいたします。  日ソ海難救助協定改定の問題につきまして交渉が進められているように承っているのであります。そして、問題によってはかなり前進を見せているということも承っているのでありますが、この海難救助協定改定交渉状況についてお尋ねを申し上げたいと円います。
  20. 三木武夫

    三木国務大臣 この海難救助協定については、昨年六月にイシコフ漁業大臣日本に参りましたときにこの問題を持ち出して、この問題については先方も非常に積極的な態度を示して、いまは、御承知のように小樽ウラジオストック無電局があって、それがあれだけの遠隔の地で無電連絡ということでは急に間に合いませんので、樺太稚内無電局を増設して海難救助というものに対して不備な点をもっと補っていこうということで、海難救助協定なども不備な点はもっと改めようということで、この話は軌道に乗ってまいっておりますので、近く妥結するものだと考えております。
  21. 大村襄治

    大村委員 海難救助協定改定の方向については外務大臣お話でわかりましたが、なおこの問題の詳細について、担当者政府委員がお見えになっておりますから、ひとつ御説明をお願いしたいと思います。
  22. 岡山晃

    岡山説明員 ただいま大臣が御説明いたしましたとおりの事情でございますが、少し補足的な説明をさせていただきます。  現在海難が起こっておりますのは、主として千島列島付近漁船が漁撈中に難破したりすることが多いわけでありますが、現実に日本側から難破したときに救助要請する場合には、小樽からウラジオストック無線局コールをかけるわけであります。千島付近で難破しておるのを小樽からウラジオストックコールをしまして、ウラジオからその千島の難破している船までかけつけるというのは非常に時間がかかりますものですから、これを何とか改めたいということで、ただいま大臣から御説明がありましたとおりに、昨年六月イシコフが参りましたときに、わがほうとしては、稚内から樺太、それから根室からペトロパウロフスク——ペトロパウロフスクというのはカムチャッカ半島にございますが、そこに直接連絡ができるように、そしてまた周波数も増波するということができるように先方要請したわけでございます。ソ連側といたしましては、この問題は、日本側漁船が助けられるだけで、ソ連側漁船日本海ないし太平洋で日本海難救助当局から助けられるという機会が非常に少ないものでございますから、非常に片務的な協定であるということで、従来とも要請しておりましたのでございますが、なかなかその改定に応じなかった。ところが、昨年イシコフが参りましてから、いまお話ありましたように積極的な態度を示し、現在、根室ペトロパウロフスク、これはカムチャッカの非常に北でございますので、冬季ともなりますといろいろ交通その他で不便が起きるためか、これはちょっと困るけれども、稚内樺太の間を連絡することはけっこうなことだということで、周波数の問題も一応増設を認めるということで、話し合いが進んでおります。したがいまして、そう遠くない将来に話し合いが妥結するのではないか、そういうことによって多くの難破船員の生命を助けることができることになるだろう、こういうぐあいに感じております。
  23. 大村襄治

    大村委員 先ほど来、外務大臣並びに総務長官お話によりまして、引き揚げ者の墓参の問題、あるいは北洋近海安全操業の問題、さらには海難救助の問題につきまして、最近における政府当局の御努力によって全部もしくは一部着々実現しておることは、意を強くするものであります。しかし、私は、冒頭述べましたとおり、領土問題の解決基本である、領土問題の解決がなければ、真の意味日ソ間の友好関係の確立はあり得ないとかたく信じております。そういう意味合いにおきまして、今後におきましても、関連する問題の解決実現はもとよりでございますが、基本をなします領土問題の解決につきまして、外務大臣はじめ政府当局のさらに一そうの御努力を強く要望するものでございます。  間もなく総理大臣出席だと思いますので、私の質問はこれで終わらせていただきます。
  24. 臼井莊一

    臼井委員長 ただいま佐藤内閣総理大臣がお見えになりましたので、これより総理大臣に対する質疑を行ないます。  先ほどの理事会の申し合わせの趣旨に沿って総理大臣に対する御質疑をお願いいたしたいと存じます。  質疑申し出がありますので、これを許します。帆足計君。
  25. 帆足計

    帆足委員 去る四月二十八日に、沖繩那覇市を中心といたしまして、また、那覇並び日本本土各地沖繩祖国返還国民集会が持たれました。なお、日本の南方、与論島沖合いの二十七度線では、沖繩同胞日本の同胞との共同海上集会も持たれました。さらに、この三宅坂におきましては、二十八日、神山沖繩県人会長、八十三歳の老翁も含めまして、沖繩から来られたたくさんの代表ともどもに、二十四時間のハンガーストライキをもって、日本国民の世論を喚起されるようにつとめました。私は、沖繩同胞の祖国に対するこのような熱意に対しまして、心から敬意を表し、こうべをたれるものでございます。  沖繩特別委員会同僚各位の御賛成によって超党派的な国民熱意にこたえる趣旨のもとに設立されまして、戦後二十二年の今日、私はおそきに失したと思いますけれども、なおかつこの委員会ができまして、問題の本質と問題の所在について深くかつ強力に検討し、政府にその実施要望いたしますこと、この段階に到達いたしましたことは、まことに御同慶の至りでございまして、きょう総理大臣に、この機に際しまして、委員長のおはからいによりまして、総括質問を申し上げますが、こいねがわくば、国民熱意にこたえられて、前向きの御姿勢をもちまして御答弁くださることをお願いする次第でございます。  第一に総理の御注意を促したいことは、沖繩の今日の米軍支配の形態というものは非常に奇型的な形でございまして、サンフランシスコ条約できまりましたときは、沖繩をいずれ信託統治にする、それまでの暫定期間とりあえずアメリカ軍事支配を認めてもらいたい、こういう趣旨でありましたので、列国はこれに賛同いたしたのでございます。その際、インドネール首相代表いたしましてインド代表が発言をして、その暫定期間というのはどのくらいの期間であろうか、信託統治ということは、ごく短期間ならば認められないこともないけれども…という質問をいたしました。これに対してダレス国務大臣は、ずぼしを突かれたかのごとき表情を呈しまして、これに答えなかったのでございます。したがいまして、ネール首相は大いに心配いたしまして、この問題がアジアにおける紛争の禍根の一つとなって残るであろうことを、植民地として苦杯をなめたネール首相は、おそらくゴアのことなども思い浮かべられて、そして警告の書簡をアメリカに対して発し、また、ナセル首相とも相談いたしまして、ついにインドはこの講和条約から脱退し、ナセル首相もこの沖繩条項については保留いたしまして、そして沖繩条項に対しては保留条件をつけたのでございます。今日、日本国際連合にすでに加入いたしておりますから、その終着駅である信託統治ということはすでにもう消えておるのでございます。信託統治とは、申すまでもなく、未開病弱な国に対して保護を与えて、漸次自治権を育成するという趣旨が今日の信託統治でございます。沖繩同胞は、ヨーロッパに参りますと、人口十万か五万の小さな島のように誤解されておりますが、総理がいらっしゃいまして親しく握手をかわしましたように、人口九十五万、そして本上と何ら異なることなき日本固有の民族であり、そして教育も同じように普及いたしております。今日保守政府政策上、日本の自衛の方法として、私どもは中立を主張しておりますが、保守党としては、米軍との同盟によってそれ相応の防衛をはかりたいというお考えを承っておりますが、それにつきましての議論は、それぞれの立場、哲学、考え方によって異なるところでございますけれども、しかし、軍事基地として土地を貸し与えましても、そのために住民施政権が一挙に消えてしまい、治外法権となり、そして経済流通までが外国通貨になるという例は、今日世界にほとんどないのでございまして、昨年の秋ヨーロッパに参りまして、私はイギリス労働党の皆さんとも話し合ったのですが、この事情説明いたしますと、だれしも異口同音に、このように極端な例はアフリカの象牙海岸にもマダガスカルにももはや見当たらぬ。政府軍事政策の必要上、基地をある条件で貸与するということはあり得るけれども、住民施政権まであげて他国にゆだね、治外法権になっており、その地域の少女が暴行されましても、また、いかなる乱暴を受けましても、みずからの手で最終的にさばくことができないという例は、今日どこにも見当たらぬ。これは国際連合憲章にも反し、世界人権憲章にも反し、非自治区の廃止に関する満場一致の決議案、いわゆる植民地廃止宣言にも違反しておる。これはだれしも異口同音のことでございました。  したがいまして、総理にまず第一にお伺いしたいことは、かつては信託統治という目標がありましたから、万国はこれを条件つきで認めたのでありますけれども、すでに終戦の日は終わりまして、世界がおおむね正常化いたしました今日なおかつ軍事占領が続き、信託統治の目標は消え、しかも住民施政椎がない。究極的には皆無であるという今日の実情、そういう実情の国が世界に一国でも残っておるか。また、残っておるとするならば、それは国際法違反であり、また日本国憲法違反でもございますし、また道義的、常識的にも耐えられないことでございます。したがいまして、沖繩に生起するいろいろな諸悪、同胞の苦痛の根源はここに発しておるのでございますから、この問題について、政府はやはりアメリカ、特にアメリカ国務省の注意を促し、また国際連合の注意を促すことが必要であろうと思いますが、なぜ政府はそのように道理にかなったことについてもう少し論理整然として交渉をなさろうとなさらないのか、この問題についてさらに御検討を促し、総理の前向きの姿勢における今後の措置を切に要望いたしたいのでございます。一言で申しますならば、東京では紳士、那覇ではタイラント、奴隷所有者、極端な例を引けば、ギャングのごとき所作が行なわれておるのでございます。世にもふしぎな物語でございます。  第二には——もう簡単に申します。第二には、近時ベトナム戦争の影響が広がってまいりまして、沖繩の風景がベトナムに似ておりますことや、われわれの皮膚の色が多少日焼けをいたしますればベトナム人に似ておるような事情もまじりまして、出征する兵士、帰還する特に心のすさんだ兵士たちが、ベトナムの戦場の一部とこれを錯覚し、あるいは少し知能の足りない将校諸君はこれを戦場そのものと考え、そのために近時人権じゅうりんの事例が統計にあらわれている以上にふえておりまして、凶悪犯は数知れず、少女たちへの暴行、また、ある一流の料亭のごときは、自分の言うことが通らないというので、無知な一兵士が火をつけて焼いてしまい、しかも賠償すら得ることができないという事件は、最近有名な事件でございます。したがいまして、政府当局としては、日米友好のいまの友邦の立場から申しまして、こういうことには遠慮なく警告し、アメリカの自制、みずからコントロールすることを要求することが当然の責務であり、またアメリカのためにもなることと思うのでございますが、そのようなはっきりした態度をとっておられるか、これが第二にお尋ねし、また要望したい点でございます。  第三は、沖繩と本土との格差の解消のために御努力されておることは承知しておりますが、それと同時に、将来軍事基地がなくなった場合に、沖繩日本のただ一つの熱帯地帯の島々としてどのように自立するか、この二つの問題について当然総合計画が準備されねばならぬと思うのでございます。ただいままで承りますところによりますと、その二つのいずれとも十分なものがないと聞いております。朴政権などという、私どもから見るとおろかな政権に対して三千億円の賠償と経済協力を惜しまない日本政府が、沖繩の同胞に対してたいへんしみったれた援助しかしないかのごとき感をわれわれは受けるのでございますが、両方を比べまして、沖繩に対してもっと多くのお心を注いでいただきたいのでございます。  私は、経済が専門でございますから、一とおり島々を視察いたしました結果から申しまして、砂糖、バナナ、パイナップルなどは、国内市価の非常に高いことを考慮いたしますならば、この熱帯地方に相当部分の熱帯農産物を持っておることは有利でありますし、八重山、西表等には牧場の好適地もたくさんあります。また、石炭と結ぶならば、化学工業も、四面海に囲まれておりますから、その立地条件は有利でありますし、化学工業はまた加工工業としても有利な点もございます。将来有望なこれらの島々に対して総合計画を準備していただきたいと思いますが、総理にそういう積極的なお気持ちがあるか、また御理解してくださる御誠意があるか、承っておきたいと思います。  それから次には、現在直ちに実行可能な、切れば血の出るような沖繩同胞要望に対しまして、これはもう即刻強力な手を打っていただきたいのでございます。これは最初の項目のときに述べましたように、たとえば水道の問題、電力の問題なども、電力飢饉、水飢饉のときに、軍事の必要ならばとにかく、それも住民の要求ならば節約せねばならぬのに、芝生に水をやるようなことで、すなわち、沖繩住民アメリカの軍人軍属の家族とは同等の立場であるべきであるのに、一方ではどんどん芝生に水をまき、その下のほうの水田は枯渇してしまう、このようなことを見ておれるものではありません。その他、人権じゅうりんの事件などは、表にあらわれたものだけでも昨年千四百余件と人権協会から報告されております。また、デザインとしての国旗は船に立てられましても、船及び船員を保護するような協定はまだできておりません。その他数限りなき、切れば血の出るような沖繩同胞の要求に対しまして、政府当局におきましても断固として主張すべきことは主張して、短期間の間に実施に移していただきたいのでございます。  最後に、日本政府アメリカとは対等の立場であるといわれておりますけれども、こういう問題が紛糾してまいりまして、私どもがアメリカ国務省または琉球アメリカ弁務官事務局の話と聞きますと、答弁に困ると、戦勝国であるから、戦勝国のときの占領地ではないかということばが出るのでございます。率直に申しまして、アメリカ上下両院軍事委員会の速記録を私は目を通してみました。すると、もう戦勝意識が横溢しておるのでございます。アメリカとしては終戦当時ならば無理からぬことであろうと思いますけれども、もう終戦後二十二年たちまして、日本保守政府アメリカとは盟友といっておる。そこで、私は繰り返して言いますが、東京では盟友、そして沖繩ではタイラント、ギャング、世にもふしぎな物語というのはこういうゆえんでございます。  以上の諸点につきまして、きょうは委員長とお約束がありますから、どうか総理大臣におきましては、この委員会が設立された趣旨をも御了察くださって、極力前向きの御答弁をもって、われわれを逆に激励されるくらいの御答弁をいただきたいと思う次第でございます。
  26. 佐藤榮作

    佐藤内閣総理大臣 帆足君にお答えいたします。  沖繩問題につきまして、いろいろ現地を視察され、さらにまた、その得られたところから、ただいまのような御質問と思います。  私が申し上げるまでもなく、沖繩わが国領土の一部である、ただいまもお話のありましたように、九十五万の同胞が住んでいる、そういうところでございますが、戦後不幸にして外国の施政権下にある、その形は全く不自然であります。これらの同胞が現状に不満を訴えておる。そればかりではございません。一億の同胞もまた同じ気持ちを持っておる、こういう状態である。これは党派を別にいたしまして私どもがひとしく認めるところでありますし、また、今回この委員会が特別に設けられましたことも、かような点をさらに解決するというか、その解決への努力を払う、こういう意味で建設的な委員会が設定されたのだ、かように私は確信をしております。しかし、ただいま申し上げますように、戦後二十二年たってなお未解決の状態である。私ちょうど一昨年参りました際に、沖繩の祖国復帰を実現しなければ戦後は終わらない、こういう話をいたしました。このことばは、私は特につくった話ではございません。私は沖繩の同胞に接した際にさような感を実は深くいたしましたので、それを端的に率直に表現したのでございます。  しかし、この際、沖繩の置かれておる特殊事情についてもう一つわれわれがどうしても理解しなければならないことがあります。それは、申すまでもなく、わが国を含む極東地域の安全と平和のためにこの沖繩が役立っている、沖繩が果たしているその役割り、これを私どもは無視するわけにはいかないのであります。一国の独立国家といたしまして安全保障の維持確保、これは存立上最も大事なその根幹をなすものでございます。さような点を考えました際に、沖繩施政権返還、これを考えていく場合に、沖繩が今日果たしておるその役割りの重要性をも念頭に置きましてそして対処していく必要があるのでございます。  このように、沖繩施政権返還は安全保障問題との関連におきまして複雑な側面を持っておるのでありますが、政府としては、沖繩百万の同胞はもとより、日本国民すべての念顧を体して、沖繩の祖国復帰のために今後とも一そう努力していくつもりでございます。祖国復帰への努力と並行して、沖繩の人々が本土の繁栄と発展から取り残されることのないようにするために、また、復帰が実現する場合の混乱を少なくして、復帰の日に備える諸般の措置をとることも、日本政府にとりまして当然の責務であります。私が一昨年沖繩を訪問しましたのは、このような政府の施策を進めるための参考とする趣旨にほかなりません。  過去二年間を振り返ってみますると——ただいま、いろいろベトナム紛争等に関連して現状認識についてさらに政府並びに私どもが一そう注意しなければならない点をるるお述べになりました。しかし、大体の形といたしましては、私は、わが国沖繩に対する援助は飛躍的に増額されたと確信しております。すでにことしは百三億円にものぼるのでございます。沖繩における教育水準の向上と社会保障制度の充実面で、本土との格差是正に多大の寄与をすることと思いますし、また、一昨年の私とジョンソン米大統領との会談の結果、沖繩に関する日米協議委員会の機能の拡大を見たのであります。この協議委員会その他の場を通じまして、沖繩と本土との事実上の一体化に貢献する幾つかの道が日米間で合意が成立しております。また、沖繩住民の強い願望とわが国政府の希望表明によって、現地施政当局住民自治の範囲を拡大する方針を一そう明確にしております。政府としては、このような成果を基礎として、沖繩における事態の改善のために一そうの努力をするつもりであります。  幸い、最近米国内におきましても、今日の日米友好関係に照らして、沖繩に関する諸問題を考えようという空気が次第に強くなりつつあるやに見受けられます。この点では、帆足君がいろいろ御指摘になりましたが、私はやや別な見方をしておるわけであります。日米間の理解と協力を強化することが、沖繩における当面の諸問題ばかりではなく、ひいては沖繩問題の根本解決につながると信じておるのであります。  さき総理府に大浜信泉氏を会長とする沖繩問題懇談会を置きまして、種々御審議を願っていたのでありますが、今後は内閣の諮問機関といたしまして、沖繩と本土との一体化の措置をさらに強力に進めていくための方針を検討していただく考えであります。政府としては、これらの措置を通じ、施政権返還実現の方向に一歩々々着実に進んでまいりたいと思うのであります。  いろいろ項目を分けてお尋ねがございましたが、私はただいまのような政府基本態度説明いたしまして、日米間において対等の立場において主張すべきは主張する、そうして建設的に改善をはかっていく、これに努力するつもりであります。  いろいろ米軍の行動等につきまして、あるいはまた、住民の生活問題等について、意に満たないものも多いようでございますが、しかし、これらの点を主張すべきははっきり主張する、しかも理解と協力のもとに沖繩の祖国復帰を実現していく、こういう方向でさらに話を進めてまいるつもりであります。  また、お話にもありましたように、財政援助だけではだめなんだ、沖繩全般についての産業の総合計画を樹立して、そうして産業を興すことについて積極的であってほしい、こういうお話、これはもう私も同感でございます。各島々につきましてそれぞれの計画が立てられておるようであります。砂糖やあるいはパイナップル事業などはその一つのあらわれで、適地適作の方法でやられておりますが、さらに一そう土地造成、また適当なる産業開発など、いろいろくふうされておるようであります、政府もそういうつもりで取り組んでまいるつもりであります。  また、電力、水道等の基幹事業が不十分でございますから、産業の開発とあわせてこれらのものも積極的にさらに整備されることを望んでおります。  また、国旗その他におきましても、これはたいへんおそいことではありましたが、すでにその改善の一歩に着手されたので、こういう実績もひとつ認められて、そして沖繩同胞の置かれておる地位に深い理解を持って、超党派的に沖繩の産業の開発にも前向きで対処いたしたいものだと思います。  また、最近の弁務官も、沖繩事態並びにわが国について理解の深い方が次々に来られるようでありますので、私ども、この高等弁務官を通じて、また沖繩の自治その他についても十分同胞の納得のいくような方向で努力を続けていくつもりであります。  いろいろ、軍事委員会の報告等がまだ戦勝意識に立っているとか、あるいはまた、ベトナムの戦場と沖繩と一緒に考えているのじゃないか、あるいは、東京では盟友だが、沖繩ではギャングだ等の御批判があるようでございます。これらの点は、十分私どももそういう意見が一部にあることを念頭に置きまして、漸進的に沖繩同胞の生活の向上をはかっていく、かような考えでございます。
  27. 帆足計

    帆足委員 スケジュールのお約束がございますから、私はこれで終わります。本来ならばまた再質問いたしたいところでございますし、また、沖繩を犠牲にして本土の安全を考えることは私どもちょっとちゅうちょするものでありますし、また、それにしても沖繩の同胞の報いられるところ少なきを嘆くものでありますが、首相の最後のごあいさつもございましたので、きょうはこれで私の質問は打ち切りにします。
  28. 臼井莊一

    臼井委員長 これにて帆足計君の佐藤内閣総理大臣に対する質疑は終了いたしました。  なお、外務大臣総理総務長官、その他の政府委員は在席されておりまするが、外務大臣は渉外用務のため三時に退席されますので、その点をお含みの上御発言を願います。  通告順によりまして質疑を許します。西風勲君。
  29. 西風勲

    ○西風委員 沖繩の問題を考える際に、沖繩問題に対するわれわれの基本的な連帯意識をどこに置くのかという問題が一番重要な問題であります。この連帯意識の問題について、一部では、日米共同防衛体制というものに連帯の意識を置く考え方がありますけれども、私どもはこういう考え方は間違いだと思います。われわれが立つべき連帯意識は、長い間同じ民族としてやってきたその状況の中で、沖繩が今日不正常な状態に置かれている、これをすみやかに日本に復帰させるという民族的な立場、こういう立場が連帯意識の基本にならなければならぬと思うのですけれども、外務大臣は一体そういう点についてどういうお考えか、お聞きしたいと思います。
  30. 三木武夫

    三木国務大臣 当然のことだと思います。沖繩連帯意識という中には、同じ国民である、いろいろな考慮は要るにしても、根底にあるものは、やはり本土と沖繩が同じ日本民族である、これがもうすべての考え方の基礎であることは当然だと思います。
  31. 西風勲

    ○西風委員 沖繩の問題については、私ども社会党も、できれば政府も野党も一緒になってこの問題の解決のために努力していきたいという考え方はあるのですけれども、現在までの政府の方針の中ではそういうことが不可能にさせられているわけであります。  そこで、最近沖繩で、二十八日ですか、立法院の会議が開かれまして、この会議の中でいわゆる立法院決議というものが行なわれております。この立法院決議について外務大臣は一体どういうふうにお考えになっておるのか、賛成か反対かということをお聞きしたいと思います。
  32. 三木武夫

    三木国務大臣 立法院の決議は、沖繩施政権返還について日米の外交交渉によってその早期実現を促進するというようなことが中心になっておったと思います。沖繩立法院の決議について、われわれも、できるだけ早く沖繩施政権返還実現したいということについては、考え方は違ってはいない。それまでの間に対して、ただ、すぐに返還だといって直ちにそれが実現するということでは——いろいろな点を考慮しなければなりませんけれども、基本的においては、早期に日米の外交交渉を通じて返還努力をしてもらいたいという立法院の決議は、当然のことであると受け取っております。
  33. 西風勲

    ○西風委員 それでは、立法院の決議の内容について外務大臣のお考えを聞きたいと思います。  まず第一に、この文章の中で、「世界に類例のない変則的な地位のままに長い忍従をしいられてきた。」こういう文章があるのですが、この文章の考えに賛成ですか反対ですか。
  34. 三木武夫

    三木国務大臣 まああなたの御質問は、こういう文章を出して、長い全体の決議の中で一つを取り出して、賛成か反対か言えというが、ちょっと質問としてどうかと思います。いまお話しのように、世界にいままで類例のない一つの形態であるということは、そのとおりだと思います。忍従ということが、早く日本に復帰したい、それがなかなか復帰が実現しないということが、忍従という一つの表現をするならば、そのとおりであろうと私は思います。
  35. 西風勲

    ○西風委員 それでは、第二に、「現在、沖繩アメリカの核兵器基地とも言われ、またベトナム戦争の前進作戦基地となり、土地の新規接収、軍事演習等による被害が頻発し、そのために県民の不安は日々つのるばかりである。これは平和主義を大きな柱とする日本国憲法下では絶対許されるものではなく、日本国民中ひとり沖繩県民のみがこのような状態におかれているということは、日本国憲法の適用を受けないところに起因するものである。」これにどうですか、賛成ですか反対ですか。
  36. 三木武夫

    三木国務大臣 私最初に申し上げたように、沖繩の人々、立法院の人たちが端的に自分の感情というものをあらわしたものだと思う。それを一つ一つを出して私に感想を言えということは、これはやはり質問のしかたとして必ずしも私は適当でないと思います。しかしながら、それは、決議として全体として流れておることに私は異議を言うものではないのです。しかし、個々の問題になってきたならば、いろいろわれわれの感じ方と、また沖繩の人の感じ方、表現などについても、われわれの感じておることと向こうの沖繩の人の感じておるものにはやはりいろいろな条件が違って、想像はできても、やはり考え方に多少の差はあろうと思います。だから、いまの問題でも、沖繩の人が非常に不安に思っておるということは、そのとおりだと思いますね。これが日本の本土に早く復帰するならばこういうことにはならないだろうと考えることももっともなことで、私は全体としてその決議の中に流れておる精神を否定するものではないのだけれども、一つ一つ取り出してどうだこうだというのは、それは御質問なれば、国会でございますから、尊重いたしましてお答えはいたしますけれども、まあいかがかと思ったので、申し上げたのでございます。
  37. 西風勲

    ○西風委員 三木外務大臣は、自民党の中で、次期総裁である、総理であるといううわさがあるんですね。したがって、こういう問題には勇気をもって発言していただく。まああなたがよく言われる超党派外交とかナショナル・コンセンサス、国民的総意をくむですか、そういう点についてあなたがもっと積極的に国民をリードするような立場に立ったときに、あなたはほんとうの国民総理大臣になることができるのです。そういう点で、やはり将来あるを期して、三木さんにはっきり答弁していただくために、あなたが答弁のしやすいように、こまかい問題を一つ一つ取り出して確認しているわけですから、そういうふうに理解してもらいたいと思うのです。そういう点であなたはもっとはっきりすべきです。あまり憶病にならず、やはりアメリカに対しても言うべきことは言うというのが、三木さんの従来からとってきた立場でなければならぬ。最近あなたは総裁風に吹かされて、ちょっとその辺ゆるんでいるのじゃないか。あなたは、国民のために、自民党みずからを強化するためにも、そういう民族的な立場をしっかりしてもらいたいという立場質問しておるのですから、そういう点をはっきりしてもらいたいのです。  そこで次に、これは短い文章ですから——あなたは、一つ一つ切り離したら全体の体系がくずれると言いますけれども、短い文章ですから体系はくずれないのです。あなたが答えやすいようにこま切れにして聞いているんですから。  このような不合理と不安から県民を解放することは、祖国政府の当然の義務であり、もっと積極的でなければならない。軍事基地の保有を目的とする米国の施政権下においては、県民の基本的人権の完全な保障を期待することはできない。施政権返還によって初めて県民の生活と権利を守ることができるのである。こういうふうになっている。こういう考え方——三木さん、大体このとおりだと言われると思うのですけれども、念のためにお聞きしたい。
  38. 三木武夫

    三木国務大臣 考え方基本に私は異議は申しません。そうであろう、そういうふうに考えます。
  39. 西風勲

    ○西風委員 われわれは、この立法院がきめられたのは、一般的、軍事的な意味できめられたのではなくて、沖繩が今日置かれている非常に具体的な、複雑な、しかも困難に満ちた現実の中からこの立法院の決議がされていると思うわけであります。そういう点で、私どもは、この立法院の決議を国民的な総意として、この立法院の決議に基づいてアメリカとも交渉するし、日本の世論を統一する積極的な立場をとる必要がある。沖繩祖国復帰については賛成だけれども現在は困難なんだというような消極的な立場から、これを土台にして、できるならば沖繩立法院、琉球政府あるいは復帰協というようなものと日本政府、外務省が一緒になって、これを事実にして積極的な対米交渉を進めるという必要があると思いますけれども、そういう意思はありますか。
  40. 三木武夫

    三木国務大臣 沖繩の早期返還は、いま立法院の決議にいわれているような、これはわれわれ日本の本上におる者の国民感情もまたそうだと思います。これがやはり外交交渉の基礎でなくてはならぬ、そういうふうに考えます。
  41. 西風勲

    ○西風委員 これは予算委員会でわが党の川崎委員質問したことをもう一回外務大臣に重ねて確認していただくことになるわけですけれども、あなたがいままで信頼しておられた下田前外務次官が駐米大使でアメリカに行かれているわけですね。この人は、かつて、日本沖繩の早期返還を要求するためには、核基地を認めて、あるいは核基地施政権が及ばないというような範囲で沖繩返還問題を考えなければならぬ、しかもマンスフィールド氏がアメリカで、一九七〇年をめどにしてすみやかに沖繩の復帰の問題についてアメリカ自身のためにも真剣に考えなければならぬという発言をしたのに対して、外務省は、これをもって日本国民沖繩の県民が沖繩が早期に返るという錯覚を起こしてはいけないから、この際問題をはっきりするという意味で、下田前外務次官のような発言があったわけですけれども、政府としてはこういう考え方で現在沖繩問題に当たっていないというふうに考えてよろしいですか。
  42. 三木武夫

    三木国務大臣 下田君の発言は——こういうところに私は沖繩問題のむずかしさがあると思う。それは、沖繩の持っておる軍事バランスといいますか、軍事的な要請、それは否定することはできぬ。しかし、いま続み上げられたような立法院の決議というものは、やはり日本国民の感情だと思う。沖繩の人とわれわれの考えと違うわけじゃない。この国民的願望と軍事的要請というものをどのように調和さして早期な施政権返還実現するかというところに、沖繩問題のむずかしさがあるわけであります。したがって、こういう軍事的な要請というものが改善されていないというときに、いま直ちに沖繩施政権返還ということになれば、下田君のような考え方も一つの考え方としてあり得ることを私は否定はしない。しかし、問題の提起を下田君はしただけでありまして、政府はその考え方をとらない。やはりそういうふうな沖繩基地の自由使用を許してそうして沖繩返還というものを考えていない。全面的な沖繩施政権返還のために努力をしたいというのが政府態度でございます。これは明らかにしておきます。
  43. 西風勲

    ○西風委員 外務大臣は、一部共鳴できるところはあるけれどもというお話ですけれども、下田駐米大使にそういう点について事前に公表しない範囲でアメリカ政府に打診を行なえというようなことを指示したかどうか、そういうことを指示する気持ちがあるかどうか。
  44. 三木武夫

    三木国務大臣 政府はそういう考え方をとらないのですから、下田君にそれを指示するということはありません。これは、そういう考え方政府は持っていないのですから、やはり返還の場合は全面返還である、基地と分離しての返還考えていないというのでありますから、下田君にそういう指令はいたしません。
  45. 西風勲

    ○西風委員 それでは、しつこいようですけれどももう一回聞きますが、愛知官房長官が、かつて、ライシャワー大使に会われて、こういう発言をしておられます。施政権の回復は日本民族の永久的な理念の問題である、これに対して核基地は現状における単なる必要悪にすぎない、つまり情勢の変化があればいつでも撤去できる程度のものである、これと民族永遠の理念である主権とをてんびんにかけたら、どちらが重いか、言わずと知れている、そういう考え方でこの問題を解決しなければならないということをライシャワー大使に言っております。ライシャワー大使は、あなたは、そういう考え方はわかるけれども、日本はだだ一つの原爆被災国だ、あなたのような考え方でこの問題は処理できないのではないですかと逆にたしなめられている。これは順序が逆になっている。そういうふうなことを前に愛知官房長官が言っている。自民党の中にかなりこういう考え方があるのですけれども、こういう考え方は外務省はとらないと理解していいですか。
  46. 三木武夫

    三木国務大臣 いま愛知君の言われておる、基地の問題はやはりある限られた期間の問題である、沖繩施政権返還の問題はこれは永久の問題であるという、その個所はそのとおりだと思いますよ。基地というのはある時期のものであって、これが永久のものであるはずはないわけですから、したがって、愛知君がいま言った中に、そうしたほうがいいという積極的な意図は、いま読み上げられた中に私は読み取れなかったのですが、もし、だから、いましばらくの間はがまんして、基地施政権とを分離したほうがいいというならば、現在の政府考え方とは、違っておることは明らかでございます。
  47. 西風勲

    ○西風委員 先ほども申し上げましたように、立法院の決議をもっと前向きに前進させるために、沖繩問題を積極化するために、現在ある日米協議委員会というものをもっと質的に強化する意思がないかどうか。  この日米協議委員会は、池田・ケネディ会談という高級政治会談でつくられたにもかかわらず、たいした権限を持っていないわけですね。経済問題についても日本はほとんどイニシアチブを発揮することができない。民政府のいう援助について日本政府がこれを援助するというふうな仕組みになっているし、日米協議委員会がもっと機能を発揮すれば、たとえば南連なんかの機能がもっと拡大されて、南連が沖繩住民との接触をもっと深めていくというようなことが行なわれなければならないのですけれども、そういうことになっていない。むしろ日米協議委員会は、日本政府沖繩を積極的に援助したり経済開発をやったりするのをチェックするような、ある面から見ればそういう機能に日米協議委員会はなっているんじゃないかという気がするわけであります。そういう点で、日米協議委員会をもっと質的に変化さして、この中で施政権の問題を扱う、経済問題についてももっと日本政府がイニシアチブを持って解決さしていく。あなたの先ほどの答弁によれば、アメリカの持っている基地は一時期なんです。沖繩の経済発展、経済計画については、日本政府百年の問題なんです。千年の問題なんです。そういう点で、日本アメリカが少々圧力をかけてきても、それを排して、経済問題あるいは施政権を中心に据えたもっと高級な日米協議委員会にして、沖繩問題の早期解決をはかっていくという意思があるかないか、伺いたい。
  48. 三木武夫

    三木国務大臣 私は、日米協議委員会施政権返還交渉の場としては適当でないと思います。この問題は重大問題であるから、あるいは総理大臣・大統領、あるいは外務大臣・国務長官、やはりこういうもっと政府の最高首脳部の間で討議さるべき問題であって、日米協議委員会施政権の問題に触れるということには私は賛成をいたしません。しかし、いま日米協議委員会沖繩の経済発展をチェックする場になっておるということは、それは事実に相違いたします。沖繩の経済発展、福祉の向上によって沖繩の人心というものが安定するということは、日米からいったところで、日本はまた同じ同胞であるという意味から、アメリカ施政権の行使を円滑にするために、日米の利害は一致するわけであります。だれもチェックする必要のないものでありまして、その点は事実に反します。けれども、もっと日米協議委員会の権限というものを次第に拡大していけという説には、われわれもできる限り——権限といいますか、そこで論じられる議事を拡大していくことはやはり考えたらいい。しかし、施政権返還の問題は、やはり政府首脳部の交渉に待つべき課題であって、そこまで日米協議委員会の協議の範囲を拡大することは賛成いたしません。
  49. 西風勲

    ○西風委員 いま沖繩県民の望んでいることは、経済的な援助とかいうような量的な側面ももちろんこれは重要でありますけれども、重要なことはもっと質的な側面ですね。祖国復帰、そういう点で、マンスフィールド氏でなくても、自民党の田中前幹事長は、佐藤総理と一緒に沖繩に行かれたあと、沖繩の現地の模様を見まして感激のあまりかどうか知りませんけれども、一九七〇年に向けて沖繩の具体的な復帰スケジュールをつくる必要があるということを発言しておられます。私は、三木さんは、従来の政治経歴からいいまして、おそらくこういう積極的な立場をおとりになる人だと思う。そういう点からいいまして、一九七〇年に向けて復帰スケジュールを外務大臣が中心になってつくる意思があるかどうか。このことが一番重要なんです。そういうことについて三木外務大臣の信念のあるところをひとつ聞かしていただきたい。
  50. 三木武夫

    三木国務大臣 スケジュールというものは、実際問題としてなかなかむずかしい問題である。私は、この問題の解決は日米の首脳部がほんとうに腹を割って話すことだと思いますよ。話す場合に、沖繩日本の本土においても、早期に施政権を返してもらいたいというこれだけの国民的願望、これを体して総理大臣先方の最高の責任者との間で腹を割って話をして、そういう形でないと、この問題の解決を促進するということは困難だ。それまでの間にわれわれとしてもあらゆる場合を研究しなければいかぬ。ただ返せ返せと言うだけでなしに、あらゆる場合を研究して——あなたの言われるいろいろスケジュール的に考えることも研究していいでしょう。しかし、いま何年までに施政権返還をするのだという予定を立てて解決する問題ではないと私は思う。これは客観情勢もいろいろありますから、そういうことでスケジュールは立てられないけれども、あらゆる場合の研究は十分にしなければならない。アメリカに対して説得する場合においても、何らこちらの考え方もなくして話すということでは説得力になりませんから、いろいろ研究しなければなりませんけれども、この問題は最高首脳部の話の課題であるというふうに考えます。
  51. 西風勲

    ○西風委員 時間がないようですから、これで最後にしますけれども、こういう問題について、外務大臣、やはり積極的な立場をとってほしいと思います。  まず第一は、立法院の決議をもっと政府がささえて、これが早期に実現するように、外務省として積極的な手だてを講じていただく、国連の問題その他を含めてやってもらいたいということが一つであります。  第二は、沖繩の最低の民主主義を保障するために、主席公選という程度のことは外務大臣の政治力ですみやかに解決してもらう必要があると思う。そういう点で、主席公選について日本政府、外務省がもっと積極的な立場をとってもらいたいということが二番目であります。  第三は、沖繩の経済援助にあたっては日本はもっと責任のある立場で青写真をつくる、日本がもっと積極的にこの問題にアプローチできるようなそういう立場を日米協議委員会その他を通じてつくってもらいたいというのが三番目であります。  第四は、日米協議委員会が今日のような任務をもって運営される、そういう側面はけっこうでありますけれども、できるならば、この協議委員会をそのままにしてでもけっこうですが、もっと施政権の問題を中心的に扱うような、そういう機能といいますか、機構といいますか、そういうものをすみやかにつくってもらいたい。  最後に、復帰スケジュールについて、できるだけ沖繩県民その他の意見も聞いて、沖繩がすみやかに日本に戻るような積極的な措置を講じていただきたいと思います。  その他の問題は、総務長官その他に対する質問でありますから、以上で外務大臣に対する質問を終わらせていただきます。
  52. 三木武夫

    三木国務大臣 一番熱心に御主張になりました立法院の決議、この精神を体して日米交渉に当たれということは、われわれにも何も異存はございません。われわれも同じ感じでありますから、そういうことで今後できるだけ早期に返還できるような——どうしたらそういうことが実現するかという可能性を真剣に検討いたすことをお約束いたします。  ただ、日米協議委員会施政権までやれというのは、私は現在のところ賛成できません。  スケジュールを何年何月という日程を切って沖繩返還というものを明らかにしてこの問題を解決するというふうな解決のしかたというものは適当ではない。もう少し端的に、こちらもいろんな案をもってアメリカと話をするというような形のほうがよろしいのだ、先にこちらから日程をきめて、そうしてこの問題を追い込んでいくというような形で私は解決できる問題だとは思っておりません。  そういう点で多少の見解の相違はございますが、立法院の決議の精神を体して日米交渉に当たれということについては、私はそれはそのようにいたしたいという心境でございます。
  53. 臼井莊一

    臼井委員長 外務大臣の退席の時間が迫っておりますので、まず外務大臣に対する質問だけにひとつお願いしたいと思います。渡部一郎君。
  54. 渡部一郎

    渡部委員 時間をさいていただきまして、まことにありがとうございます。  私は二つ伺いたい。  一つは、先ほどからの質疑全般を通じてでございますが、まず、外務大臣アメリカ政府の方ではない、かように私は確信するのであります。したがいまして、外務大臣は興奮してこられるせいでございましょうか、質問が失礼にわたるせいでございましょうか、ときどき非常にかたくなな姿勢を示されるようでございますけれども、私は、同じ日本国民の一人として、また沖繩同胞と生まれを同じくする日本人の一人といたしまして、外務大臣は、いまさまざまな要望があげられております、ここにあげられました要望については承知した、私は日本男児、これを実現するためには一身を賭してもアメリカ政府交渉しようというくらいの含みのある御返事はいただいていいのじゃないだろうか、このように感ずるのであります。もちろん、外交上の問題についていろいろな問題があがっておりますけれども、まず、外務大臣のその辺の姿勢についての所信をお伺いしたい、こう思います。
  55. 三木武夫

    三木国務大臣 せっかくの御発言でございますが、私は、胸をたたいてやるようなことは、自分の人生態度として、きらいなんです。日本男子がああだこうだ、そういうふうな力んだ態度は、私は人生態度としてきらいなんです。けども、沖繩立法院の決議、それはもっともだ、われわれの考え方とその根本においては違いはない。そういう点で心して日米の外交交渉に当たれということならば、それはそのとおりいたしますとお答えいたすのですが、胸をたたけとか何とかいうことになると、そういう人生態度は私はとらぬのであります。
  56. 渡部一郎

    渡部委員 先日の予算委員会の分科会におきまして、当時ちょうど問題になっておりました軍用道路の問題がございました。この問題については、当時まだ詳しい情報がないとかで御返事がいただけませんでした。これにつきましては、ビラを組合員が配布中にMPに連行された。軍用道路というのは、これは全部軍の施設である、軍事基地である、したがってこれはいけないというふうな解釈のもとに行なわれたと伺っております。このような拡張解釈が非常に流行いたしますならば、沖繩問題に対しては非常に大きな妨げになる、こういうふうに思うのでございます。したがいまして、これに関してもしそうであるならば、外務大臣からこの問題について抗議をしていただきたいし、またこれについての見解を表明していただきたいし、御返答をいただきたい、こう思うのであります。
  57. 三木武夫

    三木国務大臣 政府委員から答弁をいたさせます。
  58. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 この前のお尋ねの事件に関しましては、基地と認めらるべき地域の中の道路においてビラをまいたということで、MPによって労働組合の幹部の方が逮捕された。しかし、その後、そのビラの配布等は、労働に関する布令一一六号に触れるものではないということで、約八時間にして釈放になったわけでございます。なお、その間、パスの不当所持というようなことでパスを没収されたというようなことで、最終的にはまだ片づいてないようでございますが、事件そのものはそういうことで一応ケリがついたような形でございます。  なお、道路の取り扱いに関しましては、その後もわがほうから、施設内と認めらるべきところとそうでないところとの、たとえば標識をもっとはっきりすべきであるというようなことで話を続けておる状態でございます。
  59. 臼井莊一

    臼井委員長 渡部君、外務大臣はよろしゅうございますか。
  60. 渡部一郎

    渡部委員 外務大臣はこの御意見は同じですか。——それではよろしゅうございます。  それでは、懸案の件につきまして、今度は総務長官にこれから少しお伺いをしたいと思います。  経済的な問題につきましては、現在百二億にわたるところの援助金が日本政府から沖繩の人々に対して送られる形になっておりますけれども、私たちがまず思いますことは、返還の問題と経済援助の問題とは全然二つの問題であって、そしていかに金額を多く経済的に給与することができたとしても、沖繩の人々は返還の問題に関しては強い渇望を持ち続けるということは当然だと思うのであります。したがいまして、先日もお話をしたのでありますけれども、まず、里子に出している子供に対して、離れている親がお金をたくさん送ったからといって、子供の気持は慰むものではない、里子に対して一番大事なのは、どんなに貧しかろうとも、その親がふところに子供を抱きとって抱き締めてやることが大事なのだ、私はかように思うのであります。したがいまして私は、総務長官が、この返還の問題に関しては、森前総務長官のごとく意欲的な態度をもって返還構想に取り組まれるおつもりがあるかどうか、総務長官の御見解をお伺いしたい、こう思うのでございます。
  61. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 沖繩施政権の全面返還につきましては、沖繩の九十五万の方々並びに内地の一億の方々のこれは非願とも熱願ともいうべき非常に強いものがあることも私は承知いたしております。なお、森前総務長官との引き継ぎの際にもそのこともよくお話を承っておりまするし、それを聞くまでもなく、私個人としては、いまあなたがいろいろと例をあげて説明されましたような沖繩の方々の強い気持ちというものも十分承知いたしておりまするので、私の立場においてでき得る範囲のものがあるいは限定されていることがあるとは存じますが、沖繩の方々の気持ちを気持ちとしてこの問題に努力する考えでございます。
  62. 渡部一郎

    渡部委員 森前長官と引き継ぎを行なわれたそうでございますので私はお伺いするのでございますが、森前長官は教育権の分離返還構想を持たれて、それを発表しようとされている途中におきまして、佐藤総理の大津発言によりまして急遽この森長官の構想というものが崩壊したやに私たちは承っておるのでございます。したがいまして、私たちはこの間の事情につきまして詳しい事情を存じ上げないものですから、新長官に、森構想を上回るところの返還構想をお持ちかどうか、もう一つは、この森長官の教育権分離返還構想を継ぐおつもりがあるかどうか、その辺の事情についてお伺いしたいと思います。
  63. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 何としてでも施政権返還について一歩でも前進したいという気持ちは、私はだれでも同じに強く考えていると思うのでございます。森君が教育の問題を出されましたけれども、いわゆる機能別分離返還は、教育の問題もあり、経済、産業、社会開発、戸籍等、たくさんの問題があり、また、これらをわれわれも検討いたしておるわけでありまするが、特に教育の問題が重要である、いわゆる日本政府が責任をもって行ない得る教育のあり方というものを中心としてのお考えを森君がお立てになりましたことは、私もよく承知いたしておりまするし、よく聞いてもおります。そこで、先ほど総理も御説明されたように、大浜さんをヘッドとする大浜委員会沖繩問題懇談会というものが、この問題を中心としていま御審議を願っている最中でございます。私も機会があればこの会合にも出席いたして各委員の御意見も承っておりまするが、この問題の結論がおそらく六月中くらいには出るのではなかろうか。そうなりました場合に、単に私がひとりそれを唱えておっただけではこれは功を奏するものではございません。この問題を実現するためには、いわゆる外交的なアプローチというものがなければならない。これは外務省を通しておやりを願うということになると思いまするが、いまその大浜委員会の結論を注意深く見守っておるところでございます。
  64. 渡部一郎

    渡部委員 それでは、長官の今後におけるところの施政権返還の問題に対する強いアプローチを御期待申し上げる次第でございます。  ただいまの三木外務大臣お話でございますが、日米協議委員会においては返還の問題は取り扱わない、総理等がこれを扱うというような意味のお答えがあったやに伺うのでございます。この問題につきましては、私は重大な発言であったと思うのでございまして、外務大臣がお扱いにならないようなことになっているのかどうか、外務大臣に直接お伺いするとまことに賢明なのでございますが、退席中でございますから、しかるべき方々からそれに対して御返答を賜わりたいと存ずるのでございます。
  65. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 日米協議委員会は、御承知のように、沖繩に対する経済援助の問題を主たる対象として協議するということで発足したものでございまして、その後、その話す対象も、沖繩住民の安寧、福祉に関することというふうに広げられてまいったわけでございますが、先ほど外務大臣から、施政権返還の問題はそこで扱うのは適当でないとおっしゃいました意味は、問題の重要性にかんがみて、またそのいきさつから見まして、協議委員会というのは主として経済、安寧、福祉の問題に関する協議の場でございますので、そういう場所よりも、ほかに、両政府間の高いレベルで話すことが適当である、こういう意味の御説明をなさったものと考えます。したがいまして、外務大臣あるいは総理におかれましても、この重大問題は、その委員会では触れないということでありましても、実際のお話をするときには、より適当な場所がある、こういうことだと考えます。
  66. 渡部一郎

    渡部委員 その問題につきましてはちょっとお話がよくわかりかねるのでございますけれども、それは、そうしますと、話し合う場所がないというので外務大臣返還の問題について取り扱わないという意味ではない、外務大臣もまた返還の問題については大いに発言し要請する用意があるし、そういう実績を示してきたという意味合いでございますか。
  67. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 そのとおりでございまして、ただ、その協議委員会というのは、いきさつからいたしましても、その問題を扱うには適当でない、こうおっしゃっただけでございます。
  68. 渡部一郎

    渡部委員 それでは総務長官にもう一回お話を戻しますので、ひとつお願いをしたいと思うのでありますが、私たちが今度のこの援助金額につきまして私どもの手元に委員会から提出されました金額と品目を見まして、非常にこの品目につきまして驚いておるのでございますが、この内容について見ますと、たとえば、この援助費用が、種畜生産及び家畜試験研究であるとか、家畜改良、土地改良であるとか、少し飛びまして、ハンセン氏病療養所備品であるとか、フイラリヤ対策であるとか、精神病医薬品であるとか、医学図書館等整備であるとか、あるいは結核病床増設であるとか、あるいは公務員退職年金であるとか、あるいは学校図書館図書整備であるとか、教科書無償給与であるとか、あるいは原爆被爆者対策であるとか、こういうような項目があがっております。ところが、私が思いますのに、およそアメリカが現在日本のかわりに施政権を持っております立場でありますにもかかわらず、こういったような小額にわたりますところの費用すらもなおかつ支出をしないでアメリカが今日までやってきたということは、一体何を意味するものであるか、私はふしぎに思うのであります。私は、ここにあげられている費用は、大きなアメリカ政府沖繩に対する援助ではなくて、まるで町会の予算書を見ているような感じがするのであります。このような小額の費用すらも、日本の私どもがお金を出すまでにおきましてはアメリカ政府は費用を出さなかったのか、これはどういう意味なのか、それをお伺いしたいと思ます。
  69. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 だいぶ細部にわたって仕分けしていることについてのお尋ねでありますけれども、アメリカの援助と日本の援助というものがおのおの協議されまして、それぞれの分野をきめまして、共通に支出しているものもあるし、あるいは、この分野については日本政府が援助すべきものであり、この分野についてはアメリカ政府の援助金によってやるというふうに分けられておるわけでございまして、そのこまかい点については政府委員からひとつ答弁させますから……。
  70. 山野幸吉

    ○山野政府委員 翌年度の琉球政府日本の援助額を策定いたします場合に、まず米国民政府なりあるいは琉球政府としまして明年度の大体の予算の総額を測定いたしまして、そのうち琉球政府の財源でどの程度カバーできるかということを出しまして、そしてその残余につきまして、アメリカ政府はどの程度の財源を負担し、それから日本政府はどの程度負担するということを大体大まかな数字をきめまして、そしてその援助の項目ないし金額につきましては、それぞれ琉球政府の事業を実施してまいりました従来の経緯等を勘案いたしまして、この項目は日本政府の援助、あるいはこの項目は日米両国で援助しよう、あるいはこの項目は米国政府で援助しよう、こういうぐあいにそれぞれ琉球政府と民政府との間で協議いたしまして、その結果を日本政府の援助要請として提案いたすわけでございます。
  71. 渡部一郎

    渡部委員 非常にもっともそうなお話なんでございますが、私の言う意味はそういう意味ではございませんのです。ここのところにあげられております項目というものは、ある医療対策のほうについては全部日本政府が持っておるという意味合いではないと私は思うのであります。医療対策については沖繩の民政府におきましても高額の支出が行なわれております。ところが、こういうような費用の出し方全体というものは非常にそのように少ない。もしもアメリカ施政権を持つというなら——先ほどの里子の例で言いますならば、里子は沖繩であります。里子を預かっているのはアメリカであります。もとの生みの親は日本であります。その生みの親の渇望も知らないで、その里子に対する扱いがあまりにもひどいのではないか。信託統治という観念を基礎として得られている現在のその施政権について言うならば、少なくとも施政権者であるアメリカは、沖繩住民の福祉についてもっと責任を持つのが至当なのではないか。したがって、私たちが現在非常に高額の援助金を出しますけれども、その高額の援助金を出す半面、アメリカ政府に対して沖繩の人々に対するもっと高額な援助金の支出を要請するのが、日本政府としては当然の仕事なのではないかと私は申し上げているわけでございます。総務長官にお願いします。
  72. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 意味を取り違えたものですからああいう答弁をいたしたのですが、いまのような御趣旨ですと、やはりプライス法の改正によってアメリカ沖繩に対する援助資金の増額という問題にしぼられてくると思うのであります。そこで、先ほどお話も出ました日米協議委員会等においては、私からも、また外務大臣からも、強くこの問題の要請をいたし、機会あるごとにプライス法の改正ということはアメリカに対して強くわれわれは打ち出しておるわけでございます。その見通し等についても、この間の松岡主席のお話によれば、やや明るい面もあるのではないかと聞いておりますが、今後とも、アメリカの援助費の増額ということ、プライス法の改正を強くわれわれはプッシュしなければならない、このように考えております。
  73. 渡部一郎

    渡部委員 私は、ここで、ニューヨーク・タイムズがこの問題についてどう言われているか、ちょっと御披露してみようと思うのであります。この中においてニューヨーク・タイムズはこういうふうに述べております。「沖繩問題解決を秩序立てて解決してゆく一つのカギは、米国の利害と沖繩島民の福祉の関係がどれだけ深いかということを認める度合いにかかっている。ケネディ前米政権はこの点で重要なイニシアチブをとり、一九六四年以降、それは促進され、自治権は拡大され、教育と経済開発での日本の役割りは増加した。これらの措置の主要な目的沖繩住民の生活水準を日本の類似地方の水準にまで引き上げることであった。しかし議会の極度の倹約のため米国の対沖繩経済援助は年間一千二百万ドルという驚くべき低額に押えられている。米政府の議会にたいする要求額も遠慮したもので、本会計年度は一千七百三十万ドル、来年度は一千九百五十万ドルへそれぞれ引き上げるよう要請しているにすぎない。米国の軍事支出は年間約二億四千万ドルを沖繩に注ぎこんでいるが、これは沖繩国民総生産の約半分近くであり、沖繩経済の繁栄をささえている。しかしこのドル流入もベトナム戦争終結とともに先細りするだろう。米国が沖繩から去ったとき、将来の沖繩にとっての多角的な経済基盤をいまのうちにつくっておかないと、沖繩は貧困に直面することになろう。」私も、このような文章がニューヨーク・タイムズというアメリカの新聞社によって書かれているということを注目していただきたいと思うのであります。すなわち、これにおいても、驚くべき低額である、とんでもない安い値段である、このようにニューヨーク・タイムズは評価しておるのであります。したがいまして、このプライス法によりまして現在の交渉が行なわれておりますのは私も存じておりますけれども、長官は就任早々で、アメリカ政府側とも十分なお話がまだできておらないであろうことは、私も無理からぬことではあると思うのでありますが、強く交渉なさることが妥当なのではないか。少なくとも松岡主席が、賢明にも一人で勇敢にアメリカ国内へ乗り込まれて、米国大統領と孤軍奮闘されている様子をうかがうにつけましても、その際に、総務長官からの力強いささえや、あるいはアメリカ政府に対する松岡発言に対するところの応援というものがあったならば、現在時点において沖繩の人々に対する大きなささえになるであろう、私はこう思います。したがいまして、プライス法の改正を待つのではなく、松岡主席にまかせていくやり方ではなくて、もっと強硬に施政権者としてのアメリカの責任を追及する方向に向かうのが至当ではないか、こう思うのでありますが、その点長官の御決意をお伺いしたい。
  74. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 先ほどもちょっと触れましたけれども、過般行なわれました日米協議委員会におきましては、私からその問題を最重点的にアメリカ側に対して強く要請をいたしたような次第でございます。さらに、私に対して与えられた範囲ということを申し上げましたけれども、外交折衝はこれは外務省がやるものでありますが、しかし、私にもそういう非公式に行なえる機会はあるのでございまして、そういう機会もとらえて、そのつど私からもプライス法の改正ということについてはやっておる次第でございます。アメリカに乗り込んでいけというお話でございますが、いま国会開会中でございまするのでそれもできませんが、私が強い意欲を持ってやっていることだけは間違いありません。
  75. 渡部一郎

    渡部委員 それでは総務長官にお伺いいたしますが、現在の沖繩の中小企業及び沖繩住民の福祉の問題については深い関心を持たれているようでありますが、沖繩の人々の経済水準というものは、日本の経済水準に比較しまして、いろんなデータがあると思いますが、大体何割ぐらいのところになっておるか、総務長官に御返事を願いたいと私は思います。
  76. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 日本の県の一番近い鹿児島県との対比の状況を申し上げますると、国民所得の面ではやや鹿児島に近づいてきているということは言えると思うのであります。
  77. 渡部一郎

    渡部委員 私は、そういう点、総務長官にもっと関心を深く持っていただきたい。申すまでもなく、鹿児島県におきましては、日本の全体の経済水準からいきますと、所得の面でも非常におくれた地域になっております、そこと比較をなさろうというのは、ちょっとばかり私はぐあいが悪かろうと思うのでございます。非常に大ざっぱなことを申すようでございますが、総務長官にこの際お話しておきますが、大体六割五分見当でございます。これは日本全体の平均です。したがいまして、その六割五分見当のところを日本の木土の所得水準にまで引き上げるというのは容易なことではないと私は思うのでございます。  ところが、この問題について現地の財界から表明されているたくさんの危惧がございます。たとえて申しますと、もし返還といって、即時に返還されたら一体どうなるのか、そういう場合においては一体沖繩住民の福祉はどうなるのか、その所得はどうなるのか、多額のアメリカの軍事援助に依存して、アメリカ軍関係の仕事によって経済を樹立させている沖繩としては、そういう人々が去ってしまったら、たちまち沖繩住民の福祉の点から非常に問題になるのではなかろうか、こういう問題があるのでございます。この沖繩の経済の問題からいきますと——これもちょっと総務長官にお伺いしてもよろしいのですけれども、そんなメンタルテストばかりやっておったのでは話が進みませんので、私は次へ移ってまいりたいと思います。  沖繩の軍需産業による米軍関係の受け取り額が一億二千三百六十万ドル、総額にいたしまして沖繩経済の四六%になっております。   〔委員長退席、鯨岡委員長代理着席〕 また、アメリカの財政援助が千七十万ドル、四%になっております。これは一九六六年の分でありますが、合計いたしまして一億三千四百三十万ドル、約五〇%が米軍関係のものによってささえられておるわけでございます。したがいまして私は申し上げるのでございますが、このような現実を無視して——経済的な援助がよほどの強腰で行なわれない限りにおいては、現地財界においては、沖繩県民の生活安定を期するためにも復帰には反対であるとか、あるいは段階的な返還でなければ無理であるとか、そういう世論が起こるのは当然ではなかろうか。これは要するに、政府アメリカに対し財政支出の増大を強く要求し、また日本政府が、今回はふえましたけれども直接援助の費用が少なかった、こういうことによるものではないかと思うのでありますが、その点について総務長官の御意見を伺いたい。
  78. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 確かに、基地経済というものにウエートを置いて議論しておる方の御意見も私は耳にいたしたことがございます。だからこそ、本土復帰の日に備えてできるだけのことをやっていかなければならないのが、いまの日本の仕事であり、日本立場であろうと私は考えております。ただいま鹿児島の例を引いて御批判をいただきましたけれども、もちろん、格差の是正といい、それからそういう本土復帰に備えて自立できる体制をつくることが、われわれのとるべき最善の措置であると考えております。
  79. 渡部一郎

    渡部委員 御賛成をいただきまして、まことに心強く存ずるのでございます。きょうはこれでお伺いをしないようにしましてその問題は触れませんが、この次の際におきましては、総務長官は、具体的な沖繩経済を——日本への復帰に対して、経済的な問題を含んで多少心配をしておられる沖繩の経済界の諸氏に対しても、日本への復帰はかくのごとくよいものであるということを経済政策の面からも納得させられるような長期的な施策について構想を練られるようにお願いしたいと思うのでございますが、よろしゅうございましょうか。
  80. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 この間も、社会党の川崎君でありましたか、いろいろその問題についての質問をちょうだいしまして、経済発展というものを一つのビジョンとして描いているということを申し上げましたが、具体的なものがないではないかというおしかりを受けたようなこともございましたが、仰せのとおり、すみやかにストレートにわれわれがこれを指示するということはできないといたしましても、そのときの沖繩の姿はどういう形であるべきであるという、そのことは十分検討しなければならないと考えております。
  81. 渡部一郎

    渡部委員 それではもう一つお伺いいたします。  現在の沖繩日本との間の輸出入でございますが、非常に膨大な数字になっております。沖繩のほうと日本のほうとの比率、沖繩から日本に対する貿易、日本から沖繩に対するところの貿易、輸出入を比較いたしますと、これも伺ってもよろしいのですけれども、私のほうから申し上げますと、大体におきまして貿易の黒字というものが日本におきましては年間約八千万ドルないし一億数千万ドルというふうにいわれております。このような多額の費用というものを日本沖繩のこの貧しい地域から拾い上げて日本本土に吸収いたしているわけでございます。  私は、百二億にわたるところの援助金の背景には、こういうような貿易においてあげただけの分、あるいはそれ以上の分を日本本土が取り返してしまっているという事実を長官はどう考えるか、お伺いしたいと思うのであります。
  82. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 仰せられた数字のとおりになっていることは私も認めますけれども、財政支出を貿易の帳じりと同じランクにおいて考えるということについては、やはり少し考えなければならぬ面もあると思いますが、さらによく検討してみたいと思います。
  83. 渡部一郎

    渡部委員 私は、いまの御発言はちょっと不穏当ではなかろうかと思うのであります。沖繩の方がここで聞いておられるならば、長官の発言については、そのように貿易において本土側はもうかっておるのであるから、その点については十分検討して、沖繩に対する実質的な投資を増大し、産業を復興し、沖繩住民の福祉のために、それに見合う分ぐらいは今後十分検討の上投下していきたいというぐらいの名答弁を私は期待しておったのであります。私はこういうようなところをずっと先ほどから申し上げてまいりまして、そこで私は終結的に申し上げたいのであります。  それは沖繩に対するところの態度であります。私はここで返還論を論ずるというだけでなくて、沖繩住民の福祉の問題も、沖繩の人々はそれを取り上げて強大なアメリカ政府とまるで徒手空拳で交渉しなければならない立場であります。われわれは、アメリカ政府とは、総理が言われたようないわゆる友好関係のもとにあって、まだ発言をしやすい立場であります。そのような立場の力のある私どもがそういう問題についてより多く発言をし、日本政府立場の力によって沖繩の人々をカバーしていこうという立場がなければならぬのは当然だと思うのであります。ところが、私は先ほど来の御答弁等を承りましても、どうも考えるところによりますと、この沖繩の問題についてはなるべく当たりさわりのないように、ぼろを出さないようにという感じが濃いのでありまして、私は、沖繩住民の福祉をほんとうに求めるならば、もっともっとあたたかい姿勢であっていただきたい、このように感ずるのであります。先日も三木外務大臣に少し冷たいのじゃないかと申し上げましたら、外務大臣が、いや、冷たくない、あたたかいという変な論争になりまして、私も恐縮いたしたわけでありますけれども、ほんとうにあたたかみのある施策をするためには、長官御自身も、関係者大臣においても、直接沖繩の人々のその苦悩というものを代弁していこう、肩がわりをしていこうというだけの強い姿勢を私は心から望むものでございます。それが、今次大戦におきまして八万有余の人々を失い、また十二万名の軍人を失った、そのようなたくさんの犠牲を払った沖繩の人々に対するところの日本国民として当然なすべき義務ではなかろうか、このように感ずるのであります。したがいまして、私はこの最後にあたりまして、長官がこの沖繩問題に対して今後において熱心に取り組んでいただいて——何と申しましても、長官は行政官であり、その力を持っておいでの立場であります。私たちは議員であります。議員が直接この問題にタッチするわけにいかないのでありますがゆえに、長官の一段の沖繩問題に対する取り組みと、そして住民の福祉と返還問題に取り組んでいただきたい、これを強く要望いたしまして私の最後の質問とさせていただきます。長官の御決意を最後に承れたら幸いでございます。   〔鯨岡委員長代理退席、委員長着席〕
  84. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 この沖繩等に関する特別委員会ができましたのも、当面する沖繩の問題並びに北方領土の問題等についてどうあるべきかということを超党派的に論議しようという場所であると私は考えております。皆さま方の御意見、御意思を十分拝聴いたしまして、私は私なりの立場で、もちろんその御意見に従いまして行動いたす考えでございます。いま何かいかにも弱い姿勢だというようなことを言われましたが、私はことばがへたで、強い姿勢をどういうことばで表現していいのかわかりませんが、気持ちの上では、非常に強い意思を持って、強固な信念を持ってこの問題に取り組んできたし、また今後も私に与えられた分野において、もちろんそれが逸脱して問題を起こすことのないようにしながら、この問題と取り組んでいきたい、強い意志で取り組んでいきたい、このように考えております。
  85. 臼井莊一

    臼井委員長 西風君。
  86. 西風勲

    ○西風委員 総務長官、先ほど問題になりました沖繩の立法院の決議で、国政参加に関する決議というのがあるのですけれども、すみやかに何らかの形で国会の中に議席を回復するということを強く要望しているわけですが、それに対して、総務長官、何か具体的なお考えがありますか。
  87. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 その問題につきましては、二、三年前から、沖繩の立法院の方に与野党の方を通じましておいでいただいて、こちらの与野党の国会議員と話し合いもいたしましたし、私も議運の関係でいろいろと検討いたしたこともございますが、今日の憲法の立場から、直ちに議員として国政に参加するということは非常に困難ではなかろうか、何らかの形においてその意思表示を行なえるような場面をつくるということについては、いろいろ今日まで検討してきたわけでございます。
  88. 西風勲

    ○西風委員 主席公選の問題について、総務長官としてこの際積極的な方針と態度で臨むという気持ちと考えがあるかどうか。
  89. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 いまの沖繩の置かれている立場、さらに、民主主義を基本理念とする立場から、主席公選の問題は真剣に取り上げられなければならない問題であると考えております。われわれもいろいろとこれは調べております。
  90. 西風勲

    ○西風委員 いまアメリカから沖繩に対して援助が行なわれているわけですけれども、この援助は、沖繩日本に返ったときに債務にならないというふうに私どもは考えるのですけれども、そういう約束ができるかどうか。——いまアメリカから沖繩援助がきておるわけですね。奄美大島のときには、私どもの知るところでは、債務になったわけです。これは日本の戦後のアメリカの援助もそうです。それと同じように、現在の沖繩の援助は、沖繩日本に帰ったときに債務にならないかということを質問しておるのです。この程度のことはわかるでしょう。
  91. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 この問題は、他日返還実現の際の取りきめの中できめらるべきことでございますから、われわれとしましても、そういう債務というようなことにならないようにしたいと考えております。
  92. 西風勲

    ○西風委員 債務にならないようにしたいというような腰抜けた態度で一体外務省で仕事ができますか。債務にならないようにする、なるかもわからないということですか、これは。
  93. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 ただいま申し上げますように、返還のときに取りきめらるべき問題でございますが、われわれとしては、そういうものは債務にならないような取りきめを結びたいと考えております。
  94. 西風勲

    ○西風委員 総務長官……。
  95. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 そのときの場合の問題でしょうけれども、債務になるようなことがあってはならない、この折衝は、私のところでやるのではなくて、外務省がやると思いますけれども、そういった意味における強い意思の表示とバックアップはいたしたいと考えております。
  96. 西風勲

    ○西風委員 これはやはり債務にならないということをはっきりさせて問題をやっておかないと、あとでまた日本の政治の上で国会の中で紛争の種になりますから、その点はきょう総務長官だけでは答弁しにくいようでありますから、後日に問題を持ち越しますけれども、この問題についてはっきりした態度機会を改めて質問したいし、追及したいし、あなた方のほうも態度を明らかにしていただきたいというふうに思うのです。  そこで次に、沖繩の経済問題でありますけれども、この前も質問がありましたように、金融、電力、水、石油というようなものを中心にしてアメリカがこれを抑えまして、膨大な利益をアメリカの民政府及びその資本のもとにある企業があげておるわけですが、どの程度の利潤をあげておるか御存じですか。
  97. 山野幸吉

    ○山野政府委員 米国民政府が、終戦後以来、沖繩の水道、電気等の復興についてマスタープランをつくりまして、余剰農産物の資金その他でそのマスタープランを完成しつつあるわけでございます。したがいまして、その投資に対する見返り——というとおかしいのですが、その完成した施設から出る水道料金あるいは電気料金、そういうものを徴収しまして、そうして投資の償還に充てておるということは聞いております。しかし、その内容が、幾らの利潤があがっておるか、そういうところまでは私ども承知しておりません。
  98. 西風勲

    ○西風委員 では、この次の委員会までに調べて出してもらいたい。私どもの調べたところでは、千八百七万六千五百五十六ドルというような数字になっておるわけです。あなたのほうで資料をつくってもらえばいいわけですけれども、この数字は若干の違いがあるとしても、アメリカの民政府とその資本が沖繩の現地住民からかなり大胆な収奪をしているということは事実です。そういう点について、たとえば電気代なんかもっと大胆に下げろ、水道料金ももっと下げろというような——アメリカ政府及びその資本がやっているそういう事業に対して、こんなにたくさんの収奪をやっているわけですが、沖繩住民の生活を守るために、日米協議委員会を通じて、そういう点についてもっと積極的な、沖繩住民を保護するような措置をせいというようなことを言う意思が総務長官ありますか、交渉する気持ちがありますか。
  99. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 私はいままでに二回日米協議委員会に出ましたけれども、この問題についての話はまだ出ません。しかし、いま御指摘になった数字、さらには、どういう状況になっているかということは、ただいま調査中であるというふうに私は聞いております。それの報告を得次第、外務大臣と相談いたしたいと考えております。
  100. 西風勲

    ○西風委員 日米協議委員会というのは、アメリカのいうことを聞く機関じゃなくて、日本政府の側がつかんだ問題があったら、やはり積極的に出して沖繩住民の福祉を守るというふうにするのが、日本政府の側から見た日米協議委員会に臨む態度でなければならぬと思う。だから、これは膨大な利潤をあげていることは事実ですから、沖繩県民の収奪をやっていることは事実ですから、そういう点についてもっと積極的な措置をとって住民の生活を守るようにしてもらいたいということをこの際要望しておきます。  そこで次に、沖繩と自衛隊の問題について質問をいたしたいと思います。  現在まで、沖繩に自衛隊が、いつから、どういう人数で、どういう任務を持った人が、何回訪問したかということについて明らかにしてもらいたい。
  101. 中井亮一

    ○中井政府委員 お答えいたします。  第二次大戦の戦跡の見学及び戦史研究、沖繩にあります米軍施設等の見学を通じまして幹部自衛官としての視野を広めるために、沖繩研修というのを実施しておりますが、これは防衛研修所、それから陸上自衛隊の幹部学校、幹部候補生学校、航空自衛隊の幹部学校、幹部候補生学校、統合幕僚学校の学生等、五、六日の短期間沖繩に出張をしている例がございます。これは研修所が昭和三十六年から毎年約四十名、それから空の幹部学校が三十八年から毎年約十名、空の幹部候補生学校が昭和三十九年度に約百七十名、昭和四十年度に約三百二十名、昭和四十一年度に約四百名、陸の幹部学校は三十九年から毎年約二十名、陸の幹部候補生学校が昭和三十九年度に約三百五十名、四十年度に約三百八十名、四十一年度に約七百名、統合幕僚学校は三十九年度以来毎年約五十名、昨年は合計いたしまして約千二百七十名の自衛官等が沖繩に出張をしております。
  102. 西風勲

    ○西風委員 もう一回聞きますけれども、その目的は何ですか、端的にひとつ説明してもらいたい。
  103. 中井亮一

    ○中井政府委員 第二次大戦の戦史の研究と、沖繩にあります米軍施設の見学でございます。
  104. 西風勲

    ○西風委員 派遣されてから少なくとも三、四年たっているわけですね。戦史の研究、米軍基地の見学ということになっておるわけですけれども、これは何か戦史の研究についてまとまったものがいままで出ましたか。
  105. 中井亮一

    ○中井政府委員 戦史の研究につきましては、行きました者がそのつど報告をしているものがございます。戦史の研究あるいは米軍施設の見学の出張報告というのを毎年提出いたしますので、行きました者は必ず出すようにいたしております。
  106. 西風勲

    ○西風委員 これはいままで研究した戦史研究の結果を一回まとめて出してください。何を研究したのか、どういうふうに研究したのか、何のために研究したのか、それからどういう兵種の人々がどういう内容で行ったのかということを、きょうすぐ出すことが困難であれば、資料としてひとつ出してもらいたいと思うのです。
  107. 中井亮一

    ○中井政府委員 ただいまのお話でございますが、それぞれの、たとえば幹部候補生学校でありますと、大学を出て幹部候補生として一年間学校にいた人たちが、五、六日出張をして、米軍の施設と戦跡を見学しているという程度のものがほとんどでございます。したがって、その出張報告はございますけれども、具体的な戦史につきましてこの行った人たちがどういうふうにまとめてあるかということでございますが、戦跡を見てこういうふうな感想を持った、この場所でこういうふうに話を聞いたけれども、そのところを現実に見て、非常に戦闘の場面というものが熾烈で、なるほどこういうときにはこういうふうに戦ったのかというようなことが個々にわかった、そういうふうな報告を私は読んでおります。
  108. 西風勲

    ○西風委員 それは二千人ぐらいになるのですか、数は全部いま集計していませんけれども、それだけの多数の人が膨大な国費を使って行って、個人として胸に何かこたえることがあっただろう、しかし、全体としてはどういうことがあったのかそれはわからぬというようなことでは困ると思う。だから、そういう点について、膨大な人数の人たちが行かれたわけですから、その戦史研究に一体どういう効果があったのか、一体何のためにやったのかということをやはりはっきりさしてください。
  109. 中井亮一

    ○中井政府委員 防衛庁としてこの人たちが見学をしてまいりましたことを取りまとめて提出しろというお話でございましたら、そういうことは取りまとめて御提出さしていただきます。
  110. 西風勲

    ○西風委員 それでは時間がないようですから、最後に幾つか総務長官に決意を承りたいし、要望しておきたいのと、資料の要求をしたい。  まず第一は、沖繩の県民の国政参加と主席公選について、総務長官は具体的なスケジュールとその進め方について早急に考えをまとめて本委員会にやはり出すべきだと思う。本委員会はそういうことに基づいて具体的な討議をしなければならぬわけですから、そういう点をまず要望したいと思うのです。  それから第二は、国旗の問題、船舶旗の問題については、三月の初めに話がついて、もう二カ月まるまる過ぎているのに、いまだに解決しないというようなことでは、これは問題にならぬわけですから、そういう点についてはすみやかに解決するように、もっと積極的な働きかけをやってもらいたいということを第二に申し上げておきます。  第三は、先ほど言いました、沖繩の援助についてこれが債務になるのかならないのかということについて、次の機会にもっと明確な態度を示してもらいたいというふうに思うわけであります。  それから第四に、先ほど申し上げました自衛隊の沖繩派遣の問題については、これもやはり資料をまとめてこの委員会に出してもらうように要求しておきたいと思うのです。  それから沖繩の経済の問題、先ほど言いましたアメリカの民政府と資本のもとにある経営や企業はばく大な利潤をあげているわけですから、そういう点についてはもっと積極的な立場沖繩住民の生活を守るような措置を講じてもらいたいというようなことを申し上げて、最後に決意を承って、質問を終わりたいと思います。
  111. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 各条項にわたって御要望がございましたけれども、国政参加の問題は、これは憲法の立場から直ちに実視することはできない。ですから、前にも申し上げたように、どういう方法かで——これは一つは国会の問題になってくるのじゃなかろうかと思うのですが、いわゆる議員として参加するということは、これは遺憾ながらできないと私は考えております。  それから債務の問題は、私これは当面の責任者ではございませんが、そういうことのないような方法で行なうように強く——その場の折衝に移ると思いますが、外務省当局話し合いを続けていきたい、このように思います。  それから自衛隊の問題は、こちらのほうで資料が出ると思います。  いま一つ、主席公選の問題は、民主主義の立場からこれは望ましい姿ではありまするが、その間検討を要すべき問題があると思いまするので、これもよく御趣旨に従って調べていきたい、このように考えております。
  112. 臼井莊一

    臼井委員長 西風君の御要求の資料については、理事会において協議いたしますので、御了承を願います。
  113. 横山利秋

    ○横山委員 ちょっといまの問題に関連して。  本委員会が開かれてからいろいろな委員から御質問意見が出ましたが、共通の話題の一つとして日の丸問題があるわけであります。これは、政府側の答弁もさはさりながら、やはりどこかつかえておるという感じがいたすのであります。私は、本院としてまず意思表示をいたしまして推進をはかるべきであって、政府側との質疑応答だけでは、残念ながらわれわれの真意が十分に相手側へ届かないといううらみがいたします。  委員長のお手元におきまして、理事会その他しかるべき機会におきまして、いかにして本院の意思をあらわすかについて善処を願いたい、こう思いますが、いかがでございましょうか。
  114. 臼井莊一

    臼井委員長 ただいまの横山利秋君の御意見については、いずれまたこれは理事会でひとつよく御相談いたします。
  115. 横山利秋

    ○横山委員 お願いいたします。
  116. 臼井莊一

    臼井委員長 永末英一君。
  117. 永末英一

    ○永末委員 この前の総務長官に対する経済に関する質疑がしり切れトンボでございましたから、まとめます。  この前申し上げましたのは、援助の目的をはっきりさせて、その性格を明確にして日本政府としては援助をすべきである、これに関連しつつ質問をしてまいりましたが、いまのやり方は、アメリカ側から提出されました項目について援助費をつけておる、こういう形になっている。しかし、沖繩としましては、たとえば戦後処理の問題については、日本政府は全然タッチをせずに今日まで立ち至っていると考えております。したがって、アメリカ側が提示する項目の中で、日本政府日本の本土内でやってきた戦後処理と同様のものを一体組み入れられるのかどうか。私は組み入れられていないと思いますが、まずその点の見解を伺いたい。
  118. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 いまの御質問趣旨で、戦後処理という問題がどういう問題なのか、ちょっと了解しにくいのですけれども、永末委員のおっしゃることは、こちらの主体性というものが認められないで、向こうの言いなりになって金をつけているではないか、こういうことでございますか。
  119. 永末英一

    ○永末委員 いままでのやり方では、いまあなたがおっしゃったように、あちらの出した項目に金額をつけている形である。しかし、同じ交換公文の中で、日本政府が独自に考えられるものもある。その点については、たとえば義務教育費半額国庫負担などはやった、こういう答弁があったわけです。しかし、最も重要な問題は、戦後日本政府が、日本国民日本の国土に対して、あるいは自治体に対して、いろいろな戦後処理をやりました。これは御存じのとおりだと思う。そういうものが沖繩では行なわれていないまま現状におけるいろいろな項目の金額をつけても、その根本にわたって出発点の整備がなされていない。つぶれ地の問題もそうでございましょうし、測量の問題について一体だれがどうやってやるのか。その費用は沖繩政府にはございません。あるいは対人的な補償の問題、これも解決されていない。こういう点の問題について日本政府が新たな項目を提起しなければ、アメリカはやるつもりはないわけでございますから、その辺のことを一体どう考えているか、伺いたい。
  120. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 今日までのやり方についての御批判は、そのとおりの面があると考えますけれども、いまの沖繩の置かれている立場、それから援助の目的等から考えましても、そういう姿であってはならない。日本の戦後処理というおことばが出ましたけれども、格差の是正ということは、すなわち沖繩の立ち上がりということでありますから、そういう問題も含めた項目についても、十分な連携、折衝をしながら解決をしていかなければならない問題であり、また、そういうふうにしていくべきであると私は考えております。
  121. 永末英一

    ○永末委員 いまの御答弁で、これらも含めて、この前からあなたの御決意の中にあった、日本政府としての沖繩援助のビジョンと申しますか、計画というものを、一応素案を立てて、それとあわせつつやっていきたい、この中に入ってくる問題だと思います。  そこで、一体日本政府としては、ことしはアメリカの会計年度でいきますと百三億円、日本の四十二年度では八十二億円ですか組まれましたが、経済援助の総額というものについて何かめどがあるのですか、伺いたい。
  122. 山野幸吉

    ○山野政府委員 先ほどの御質問にもお答え申し上げましたけれども、翌年度の予算編成にあたりまして、まず、琉球政府としましては、自己財源を想定し、そして前年度の日米援助の額、そこから大体あるべき明年度の歳入の面を予測するわけです。それから一方、琉球政府として住民福祉のために一体どういう計画があるかという財政需要を積算いたしまして、そうして日米にそれぞれ援助の増額要請をやっておるのでございます。したがいまして、まず日本政府のほうから主導権をとって明年度の援助額はこれこれという具体的な提案をいたすような仕組みには、遺憾ながら現在なっていないわけでございます。
  123. 永末英一

    ○永末委員 そんなことはないでしょう。いままではそうであったかもしれませんけれども、あなたのほうから出ている資料の中で、アメリカ合衆国政府が協力を求めたもの以外の計画について日本政府が援助を供与することを希望する場合のことが書いてあるのだから、そういうところに引っかけてこれからやっていかなくちゃならない。その辺の自主性を発揮してくれということが各委員から出、私も申上げているのである。  そうなりますと、私どもが心配しているのは、いま総務長官が申しましたように、日本政府日本国内に対して戦後やってきた一連の戦後処理、こういうものはアメリカ政府はいままでやってこなかった。そこでアメリカ政府のあげる項目の中にはこれは入ってこないわけです。現地に行ってみますと、まさしくその点で非常に困っておるわけです。そこで、その辺の自主性をはっきりさせるためには、おのずから、その年度年度の米民政府の監督下に組まれる沖繩政府の項目に対して援助費をつけるというようなやり方では、これらの問題は解決つかない。そうなると、別途、日本政府としていまのような計画を立てて、援助の総額を頭に描きつつ折衝する、こういうことになるのじゃないですか。お答えを願いたい。
  124. 山野幸吉

    ○山野政府委員 先ほど来の議論もありましたけれども、沖繩の予算につきましては、まず施政権者であるアメリカが積極的に援助費を計上すべきがあたりまえでございます。そしてまた、その予算の規模の策定は、遺憾ながら施政権日本にございませんから、全体の財政の問題として琉球政府と民政府と協議をして予算の規模を策定するのも、これは私どもやむを得ないと思うのでございます。もちろん、先生のいま御指摘になりましたように、日本政府が、こういう項目については積極的に援助したいという個々の項目についていろいろ指摘をし、対案を出すことは可能でございます。しかしながら、財政全体の規模として日本政府が積極的に、まず日本政府の援助はこの程度増額する、したがって、こういう項目を当初から日本政府の援助として組めというような出し方は、少なくともいままでのやり方としてはそういうやり方はやっておらないというのが現状でございます。
  125. 永末英一

    ○永末委員 これからのことを聞いているんで、これからの方針をひとつはっきりさしていただきたい、こういう意味合いで伺っているのです。   一つは、日本政府の今回の国会に提案されて衆議院を通過いたしました予算案によりましても、プライス法できめられたアメリカ政府沖繩に対する援助額より多くなっておりますね。これは、アメリカ政府がもしプライス法の改正をやって一年に二千五百万ドル支出するとしましても、大体こっちのほうが多いと思います。その辺について総務長官は、日本協議委員会で、日本政府の援助額が大きくなったときに——いままでのアメリカ政府考え方は、日本政府沖繩に対する援助は、アメリカのやっている仕事の補完的役割りを果たすものである、こういう見解をとってまいりましたが、金額はこっちのほうが多いのでございますから、計算の好きなアメリカ政府でも、金額としてはその主導的役割りが日本政府に非常に上がってきているということを認めるからこそ、彼らは自国のほうは少額にしよう、こういうことになっているのではないか。その辺について、日本政府として、金額が上がっているならば、積極的に沖繩援助について主導権を持ち得るに至ったと確信しているかどうか、伺いたい。
  126. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 もちろん、今度のプライス法の改正がうまくいっても、日本のほうが多いわけでございます、これは多々ますます弁ずるのでございますから、多いほうがけっこうでございますけれども、日本もこれだけやっておるからということは、強い態度で臨み得る一つの姿勢のもとになると私は考えております。この問題で、これが決定いたしましてまだ日米協議委員会がございませんけれども、そういう場合は、そういう考えでひとついろいろ折衝していきたいと思います。
  127. 永末英一

    ○永末委員 内容がそうやって交わってくると、やはりワクがおかしい。ワクがおかしいということは、施政権の形がおかしい、予算のつくり方の形がおかしいということをわからせることが私は大事だと思う。そこで、いままでやられてきたような、あちら側が考えた項目に援助をつけているようでは、実際に沖繩政府沖繩の市町村が考えておるそれぞれの市町村の住民のための福祉の向上、こういうことにはなかなか届かない点が多いわけですね。それで、現地としましては、日本政府が都道府県ないしは日本の市町村にやっているような交付税方式、つまり一括補助歩合で援助をして、その事情事情に応じて使う、こういう方式が望ましいということが、いろいろな姿でわれわれのほうにも伝わってきております。新聞の伝えるところによりますと、日本の自治省はこういう方式の検討を開始したというのですが、総理府としてはどのようにお考えか、伺いたい。
  128. 山野幸吉

    ○山野政府委員 確かに、御指摘になりましたような包括的な補助金を交付するほうがいいじゃないかという考え方もあるわけでございます。しかし、何と申しましても、現在琉球政府の行政能力が内地に比較してまだ相当格差がございます。したがいまして、各事業を実施いたします場合にも、各省それぞれに専門的な技術の指導も必要でございます。それから総合的な計画を立ててやるための助言をする必要もあるわけでございます。それからまた、基本的には、交付税方式をとるにはあまりにもまだ本土の府県と制度が違っておると思います。したがいまして、本土のようないわゆる府県の共有の地方税と申しますか、そういう交付税財源をもって、きちっとした制度のもとにおける財政のアンバランスを補てんしていこうという考え方をとるには、まだまだ沖繩の諸制度が本土の諸制度と比較して相当相違もあるし、格差もあるわけでございます。したがいまして、将来沖繩が本土といよいよ一体化いたしまして、制度の面でも、また行政水準の面でも、本土の府県に比較できるような体制になりました場合には、交付税方式というようなやり方も十分検討しなければならないかと思うのでございます。現時点におきましては、まだそこまではきていないと思います。
  129. 永末英一

    ○永末委員 特連局長から異なことを承るのでありますが、少なくとも自治省が検討を開始したとするならば、内閣の沖繩問題閣僚協議会で大体の話し合いをして、総務長官も了承の上で検討を開始しておるとわれわれは思います。ところが、特連局長のお話では、総理府は知らぬのだ、将来の問題であって、現実の問題ではない。現実の問題でないようなものを自治省で検討するわけがないと思う。総務長官、その間の事情説明してください。
  130. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 この間の新聞に出ております件について関係閣僚会議で相談いたしたという事実はございません。あの新聞のニュースソースがどこであるかということは私は存じ上げませんが、私はあの記事を見まして、こういう強い要請がある、これも一つの考え方であると思います。  いま特連局長は、格差があり過ぎて、まだ本土並みでないからという話でございましたけれども、要は、格差をなくして本土並みにすることが一番大事であります。あらゆる問題をとらえて、あらゆる角度から検討することが必要であろう。しかし、まだこの問題で具体的に自治省と総理府の特連局あるいは外務省が話し合うところまでは来ていない。しかし、私が申し上げるように、あらゆる場合をとらえて検討するということはこれから非常に必要であろうと思いますので、よく関係大臣とも御相談いたしたいと思います。しかし、あの問題で相談して閣僚協議会で云々というようなことはございません。
  131. 永末英一

    ○永末委員 私どもいままで受けた感覚では、日本の自治省が沖繩の問題について何かものを考えると、アメリカの現地の民政府関係はきわめて警戒的な目で見るわけです。私はけしからぬと思います。しかしながら、彼らがそういう感覚を持っておることを前提として考えるならば、私は、この交付税方式にしても、総理府が積極的な態度を示してもらわなければ、問題は前進しない。あなたは積極的に前進する御意思があるかどうか、伺いたい。
  132. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 ですから、先ほど申しましたように、あの記事を拝見いたしましたあと、藤枝自治大臣と会いまして、この方法についてわれわれは検討してみましたが、そこで特連局長に命じまして、つい三、四日前ですか、連休でも明けたらひとつ関係各省で相談してみたらどうか、検討してみたらどうかというようなことは十分言っておるわけであります。私は、あらゆる場合を想定し、あらゆる問題に取り組んで、できるできないは別として、できる方向に幾らかでも前進する態度をとることが一番望ましいと考えております。
  133. 永末英一

    ○永末委員 もう一つは地方債の問題ですが、地方団体の場合に、単年度単年度で来る項目別の予算、これだけでは長期的な見通しに立つ計画は実行できないわけであります。そこで、それをカバーするために、木土における地方団体には地方債制度が認められておる。もちろん、これは単に行政事務のみならず、その他の沖繩の中小企業等の金融問題におきましても同様の問題である。しかし、沖繩のほんとに貧弱な地方団体の財政を見ます場合に、せめて何らかの方法で、本土の地方団体が持っておるような地方債制度というものを導入する。これはアメリカの項目に入りません。こんなものは日本政府がその気にならなければ……。この点についてどういうお考えか、伺いたい。
  134. 山野幸吉

    ○山野政府委員 確かに、先生御指摘のように、沖繩の市町村の起債制度は不備でございます。従来までは開発公社から一部金が出ておりまして、民間銀行からも若干出ておる程度でございます。昨年日本政府の大蔵省の懲悪もありまして沖繩に資金運用部資金が創設されまして、明年度の予算の中にも三億円それに原資として援助することになりまして、その資金運用部資金の中から市町村に貸し付けるという制度が初めて発足したわけでございます。私どももできれば直接琉球政府なり琉球の市町村に金を貸したいというような希望も持って、実は第二回の閣僚協議会でございましたか、そういう融資面の提案がありまして、その後十分検討して関係方面と折衝いたしましたが、何ぶんにも施政権の違うところへの貸付金というものは、性格上非常にむずかしい問題がありまして、たとえば対米借款になるとかならないとか、いろんな問題がございまして、直接日本政府から資金を貸し付けることには問題があるということで、現在まで保留されております。したがいまして、当面向こうの資金運用部資金に援助金を増強していくということが、当面の対策として私ども考えておるところでございます。
  135. 永末英一

    ○永末委員 それは直接施政権がなければできないですよね。しかしながら、やりようとしては、たとえば沖繩政府関係機関として公庫をつくるとか、そこへわれわれが援助費を出して出資をするとか、いろんなやり方があるのでありますから、総務長官、これまた私は急を要する問題だと思うが、あなたは積極的に取り組まれる御意思があるかどうか、伺いたい。
  136. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 施政権者であるアメリカがいる限り、ストレートにいくことができない困難さというものは、永末委員もよくおわかりいただけると思うのですが、その間にあっても、いまの沖繩における立場というものを考慮いたしまして、先ほどから申しておるように、あらゆる場合を想定しながら、でき得る限りのものをやろうという気持ちで取り組んでいきたいと考えております。
  137. 永末英一

    ○永末委員 総務長官に対して、経済に関する問題だけは一応これで打ち切ります。
  138. 臼井莊一

  139. 中谷鉄也

    中谷委員 時間がないようですから、ごく簡単に、私は東京大学の調査報告書と、いま一つは、日本弁護士連合会の第一回調査報告書、この二つに基づきまして長官にお尋ねをいたしたいと思います。  まず最初に私お尋ねをいたしたいのは、東大の調査団の報告書でございますが、この報告書は、いわゆる要旨で、全体の報告書というものがどんなものであるか、私まだ拝見、検討をしていないわけなんですけれども、新聞の見出しによりますと、調査報告の中での三の「日米との社会的距離について」ということが、報告書の結果として一番大きな意義と影響を持っていたと思うのです。新聞の見出しによりますと、「離れゆく沖繩の心」こんなふうな見出しがついておる。それから不信感、要するに、日本政府に対して沖繩の同胞が不信感を持っている、こういうことばが出てくる。さらに別の沖繩の新聞などを見ますと、私、資料を持ってきておりましたが、違和感というふうなことばも出てまいります。さらに、日弁連の報告書の中には、隔離感、要するに隔離されている感じ、そういうふうなことばが出てくる。そういたしますと、いずれにいたしましても、祖国復帰という問題は、単に政府だけの問題ではない。要するにこういう国民運動だと私は思うわけなんです。こういうふうな「離れゆく沖繩の心」などということについて、これは一体どういうことでこういう違和感、あるいは隔離感、あるいは不信感、こういうようなものが出てきたのだろうか、この点については、ひとつわれわれ十分に反省もし、この問題については検討しなければならない、こういうふうに考えるわけです。長官のほうから、この点についてまず御答弁をいただきたいと思います。
  140. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 東大の方々による沖繩の世論調査と申しまするか、意識調査と申しまするか、あれは私やはり朝日新聞で拝見いたしました。私ももともとああいった意識調査、世論調査といったものに関心を持っておりまするし、あれに行かれた指導教授も存じておりますので、ひまができましたら、あの調査の方法、どういうことで、どういうふうな方法でやったかということをしさいにお聞きしたいと考えております。あの調査が妥当性を欠いているとか、そういう意味では全然ございません。もっと詳しく知りたい。ということは、いまあなたが御指摘になったように、問題が非常にデリケートであり、また重要性があるという観点から、ぜひひとつ詳しいお話を聞いてみたい、このように考えております。また一方、日弁連のお話が出ましたけれども、この報告はまだ私拝見いたしておりません。新聞でかいま見た程度で、役所で聞いてみましたら、本答申がまとまったときに私のところにこれを提出するというお話でございますので、これも詳しい内容はわかりませんが、いずれにいたしましても、いま仰せられた違和感、隔離感というような問題は、これは非常に重要な問題であろうと私は考えております。これに対する対策をどうこうするという意味じゃなくて、やはり日本政府が責任をもって行なえる教育のあり方というか、教育の面における格差の是正というふうな問題が早急に取り上げられて、日本との一体感、本土との一体感というような点に十分意を用いていかなければならない重要な問題であると私は考えております。
  141. 中谷鉄也

    中谷委員 日本弁護士連合会の報告では、隔離感ということばを使っているわけです。  それで、この問題の東京大学の報告書、これは先ほど長官御答弁になりましたように、いわゆる社会学であるとか、社会心理学であるとか、そういういわゆる新しい方法をもとにしての調査であって、長官非常にお詳しいらしいが、私はこの点についてはしろうとなんです。ただ、何といいますか、長官お読みになったと思いますが、「物理的距離」というふうなことばが出てまいります。さらにまた、「主観的距離」、これはいわゆる心理的な距離で、これは理解できます。ただその中で、東大報告書の中の三つ目に「客観的距離」ということばが出てくるのです。この客観的距離というのは、この報告書の——新聞の要旨ですけれども、この客観的距離ということばに続くところを見てみますと、いわゆる渡航問題、要するに本土旅行、そういうふうなことについて非常なネックがある。私初めてこの委員会に出てまいりましたけれども、もう特別委員会でも論議されておる渡航問題についてのネック、障害というものが非常ないわゆる客観的な距離を生じているのだ、こういうふうな報告のように私は読みました。  さらに、日弁連の報告書によりますと、これは私も会員ですけれども、ある意味では日本弁護士連合会は非常にラジカルだと思うのです。要するに、日本沖繩はとにかく同じ国の中で行ったり来たりすることができない、旅券が要るなんというばかなことがあるか、一言で言うと、こういうふうな結論ですね。そのことが隔離感を生じているのだ、こういうことなんです。  したがって、私、長官に御答弁をいただきたいのは、これは非常に大事な問題なので、むしろ党派を離れて御答弁をいただきたいと思うのですけれども、「離れゆく沖繩の心」なんという、こういうふうな見出しをつけられることは非常に残念だと思うのです。そこで長官として、東大の報告書がこう出ており、東大の指導教授にお会いになってさらに詳しく調査の方法についてもお聞きしたいということで、これは私非常に敬意を表しますが、そういうふうな現実を総理府としても認識しておられるかどうか。調査報告があって初めて、こういう違和感があり、隔離感があり、あるいはまた、不信感があるということがわかった、驚いたということなのか。やはりこういうことは総理府としても十分反省し、検討し、こういうふうなものをなくするための方向について努力をしようとしていたのだ、こういうことなのか。この点はいかがでございますか。
  142. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 戦後二十二年たちまして、沖繩の方々と本土の方々との差があることは、これはたびたび論議されておるところでございまするし、いま、同じ日本民族でありながら、渡航の制限という問題一つとらえてみましても、おっしゃるように何か隔たったような感を持たれることは、私はこれは当然だろうと思うのであります。しかし、これは高等弁務官がこの権限を持っておりまする以上、われわれは制限緩和ということについて十分努力はいたしておりまするが、同じ日本民族でありながら自由に行き来ができないということについての御不満はよくわかっておりまするし、こういった点も一日も早く何とかしなければならない問題だ、このように思っております。  それから、いま御質問趣旨でありますが、これがあったから気がついたのかということでありまするが、われわれも内々戦後二十年の今日までの経過から考えまして、沖繩の方々の気持ちを気持とした場合に、こういうことは心配いたしておった点でございます。
  143. 中谷鉄也

    中谷委員 私、非常に時間を気にしますので、簡単にお尋ねをして、あと長官に日弁連の人権問題について、先ほど資料をいただきました米軍の犯罪についてお答えをいただきたいと思います。  渡航問題については、断わる、拒否をする、保留、日時をそらす、それから時間ぎりぎりに出すとか、一たん交付したものを取り戻すとか、いろいろ渡航問題についての困ったやり方といいますか、そういうふうな状態というものが出ていると思うのです。ただ、これは長官の御答弁をいただく質問じゃないのですが、現在、損害賠償の訴訟ということで、瀬長亀次郎さんほか何名かの方が原告の東京地方裁判所に対する訴訟が起こっております。この点は外務省御存じだと思うのですが、この点について、瀬長さんについては、六五年の九月二十一日に申請をいたしまして、現在に至るまで何らの通知もないということに相なっておるのです。これは、先ほど申しましたような裁判の原告になっていて、しかも東京地方裁判所へ出頭できないというようなことは、私は非常に異常なことだと思うのです。もちろん、渡航の権限についての法的な問題については私も万々承知しております。しかし、この問題について裁判の原告になっている人が申請しているのに、いまなお何らの通知もないということで放置されているというようなことは、日本の司法権の立場からいっても、あるいは裁判を受ける権利があるのだという立場からいっても、私は好ましくない——というよりも、非常に残念なことだと思うのです。したがいまして、この点について、瀬長氏のいわゆる渡航の制限というようなこと、回答がないというふうな状態のままに放置されないような努力をされるかどうか。ぜひこれはしてもらわねばいかぬと思うのです。この点についての政府の御答弁をいただきたいと思います。
  144. 山野幸吉

    ○山野政府委員 御指摘になりました裁判の問題につきましては、目下係争中のことでありますので、法務省その他からお答えいただくほうが適当だと思いますが、私どもは、先ほど来総務長官が御答弁申し上げておりますように、沖繩と本土との渡航をできるだけ簡単に容易にできるようにという努力は従来やってきておるわけです。しかし、何と申しましても、高等弁務官のほうにその権限がございますので、個々の事例につきましての判定は、遺憾ながら私のほうとしてはどうにもならないという問題でございます。いろいろ御批判はあるかと思いますし、また私どももいろいろ努力すべき問題はございますが、沖繩の占める特殊の地位からして、高等弁務官が判断をして決定をされる問題でございますので、そのように御承知いただきたいと思います。
  145. 中谷鉄也

    中谷委員 答弁きわめて不満ですけれども、次の問題に移りましょう。  人権問題ということで、日弁連がことしの三月三十日に沖繩現地調査第一回報告書というものを発表いたしました。これについてはすでに国会で論議をされております。したがって、私は、この中の人権問題報告書の第四の三のごく一部についてお尋ねをしたいと思うのですけれども、要するに、人権侵害で沖繩に不安感が高まってきている、最近特に人権侵害が多いということなんです。そこで、日弁連の調査報告書によると、それはベトナム紛争が原因なんだ、いわゆる米軍の犯罪というものは、ベトナム紛争の激化に伴って特にふえてきたのだ、こういうふうな調査報告をしておられるわけです。文字どおり正確ではありませんが、要旨はそのとおり間違いございません。その点について、長官として、そういうふうな状況、犯罪の原因、人権侵害のよってきたるところの理由をベトナム紛争の激化というところに求められるかどうか。調査報告書によりますと、戦後の混乱しているときのほうがまだ人権問題としては安心だったというふうな報告書の記載もございます。それがお答えをいただきたい第一点。  それから、前回の委員会であったかと思いますが、私初めてこの委員会に出てまいりましたけれども、資料の提出要求がございまして、特連のほうから犯罪関係の資料の御提出があったようです。その提出されたところの「米軍人軍属による犯罪発生件数調」という資料によりますと、一九六四年九百七十三件、一九六五年千三件というような数字が出てきておる。これはそうでございますね。この資料の整備以前の日弁連の調査報告によると、一九六六年の犯罪件数についても日弁連の調査報告書には記載がされておる。もちろん、本土と沖繩と違いますけれども、法務省から出ておりますところの犯罪白書によりましても、一九六六年についての統計が記載されておるはずでございます。そこで私が第二にお尋ねしたいことは、「米軍人軍属による犯罪発生件数調」の中で一九六六年が記載されていないのはどんなわけなのか、この二点をお尋ねします。
  146. 塚原俊郎

    塚原国務大臣 沖繩においていろいろといまわしい事件が起きておりますることはまことに憂慮にたえません。私たちも特連を通し、また外務省を通しまして、アメリカの取り締まり関係の者に対して強く要請を今日まで続けておるわけでございます。最近ベトナムによって云々というお話がございましたけれども、これは直接間接どういうことになっておるのか、私もその情勢をつまびらかにいたしておりませんので、ちょっとお答えしにくい点もありまするが、よく犯罪の状況その他内容等についても調査をいたしてみたいと考えております。  それから第二の御質問については、政府委員からひとつ答弁させたいと思います。
  147. 山野幸吉

    ○山野政府委員 一九六六年の犯罪統計が出ていないという御指摘でございますが、私も詳しくは見ておりませんが、たしか、日弁連の報告書でも、はっきり一九六六年の時点をとらえ、一九六七年になってから御作成になった資料ではないように聞いておるのですが、これは私の間違いであれば取り消します。現時点では一九六六年の全琉の犯罪統計がまだ完成されていない、そういう関係もありまして、一九六六年の十月ごろの統計はございます。これは犯罪件数千百件ぐらいになっております。日弁連の統計によりますと、千四百件になっております。二カ月間でその程度ふえたかどうかわかりませんが、琉球政府のほうに求めましたときには、現時点ではまだ一九六六年の全体がとらえられていない、こういうことでございます。
  148. 中谷鉄也

    中谷委員 日弁連の報告書については、参議院の予算委員会で、この人権侵害問題については特に逐次検討して日米協議委員会のほうに正式に申し入れるということが、総理の答弁で明らかになっているようです。特に長官のほうに、この問題はどうしてもやはりこの協議委員会の中で問題にしなければならぬということについては——非常に残念ですが、長官がまだこれをお読みになっていないということなんで、これはひとつ十分に検討していただきたい、これが一つです。  それからいま一つ長官に、これは要望といいますか、申し上げておきたいと思いますけれども、犯罪が激増しているということは、これはもうはっきりした事実なんです。この点について長官は御存じないはずがないと思うのです。その原因が一体何かということについて、これはいわゆる犯罪社会学的にいいまして、犯罪の激増というのは、やはり極端な貧困か、あるいは、とにかく戦争などという、そのことの環境下に置かれたところの異常事態以外には考えられないのです。これはやはり長官のおことばとして、これはベトナム戦争の紛争の影響なんだという——私はこれはもう常識だと思うのですけれども、御答弁があってしかるべきだと思うのですが、この点について御検討になるということでございますので、これは御検討いただきたいと思います。  何か理事会があるようですので、あと一点だけ。  実は非常に沖繩の問題が深刻でもありますし、沖繩の軍事法廷、できたら私はことしの七月くらいに行って、軍事法廷の弁護人として弁護できたらしたいと思うのですけれども、その点で外務省のほうにお尋ねしておきたいと思いますが、おられますね。  布令の一四四号の、刑法及び刑事訴訟手続法典というのがございますね。それを受けて立っているところの米国民政府裁判所刑事訴訟規則、この裁判所規則については、英文で、それが公表されていない、こういうことがいわれております。だから、ルールを代理人、弁護人に示さずに裁判を受けさせるというのは、私はむちゃだと思うのですが、この点については一体どういうことになっているのか。幾ら施政権が向こうにあったとしても、こんなばかげたことがあっていいはずはないと私は思うのですが、この点について御答弁いただきたいと思います。
  149. 東郷文彦

    ○東郷政府委員 ただいまの米民政府刑事訴訟規則は、われわれまだ入手しておりません。これから入手するように努力いたします。
  150. 中谷鉄也

    中谷委員 それじゃ一点だけ申し上げておきますが、日弁連がわずか十二日間で調査をしてまいりまして、そしてその問題点を指摘したわけですが、こういうふうな軍事裁判が、俗なことばで言いますが、行なわれてからずいぶん長いわけなんです。それをいまなお入手しようと努力をしている。沖繩の問題につきましては、いろいろな問題があるのです。こういう納得のできない、とうてい想像もできないような、重い問題といいますか、深刻な問題があると思うのですけれども、いまの御答弁などはひとつ長官のほうでよくお聞きをいただいて——あまりにもこれらの問題については壁があって、しかも政府のほうでその壁を破ろうとしない。こんなことは破れる壁だと私は思うのですが、そういう点での政府努力が足りないのじゃないか、努力すれば破れる壁があるのじゃないかということだけを申し上げておきまして、私の質問を終わります。
  151. 帆足計

    帆足委員 ただいま中谷さんから人権の問題につきまして貴重な質問がありまして、私どももこの問題は一番心を痛めている問題でございますから、政府当局におきましては、この中の凶悪犯だけの主たる内容をお調べくださって——この三年間ぐらいの重要な事件でもけっこうです。どういう事件があったかということ、並びに、この前、一流の料亭を焼いてしまったというようなことを県人会長から伺いましたが、そのことの概要も伺っておきたいと思いますから、重要な凶悪事件の要点だけをあらかじめお調べおきくださって、資料の御提出のほどをお願いいたします。
  152. 臼井莊一

    臼井委員長 その点、理事会におはかりいたします。  それでは、本日はこの程度にとどめ、理事会を開きますので、理事の諸君はお残りを願います。  次回の委員会は公報をもってお知らせいたします。  これにて散会いたします。    午後四時三十五分散会