○柳沢
参考人 私は、
脳卒中の疫学という問題に限定して申します。
脳卒中と申しますのは、
脳出血または脳溢血と呼ばれておりますものと
脳軟化を総称したものといたしまして、国際分類の中枢神経系の
血管損傷をさしております。両者は発病の機転をやや異にしておりますが、いずれも主として
高血圧に由来する脳
動脈の病変によって起こる
疾患でございまして、
冲中先生もおっしゃいましたように、現在本邦
死因の第一位を占めております。さらにまた、
高血圧に
関係する
血管の病変から起こる重要な
死亡原因に、
死因順位の第三位を占めております、先ほど
小山先生の
お話しになりました
心臓の
疾患が含まれております。この
心臓の
疾患の中でも特に冠
動脈の病変が
原因の首位であることは注目しなければならないと思います。この
血管病と称すべき脳と
心臓との
死亡の合計をして、その総
死亡における
状態を見てみますと、この参考にまで差し上げました資料の第一にございますように、
昭和三十九年の
死亡総数で六十七万人ございまして、中枢神経系の
血管損傷と
心臓の
疾患を合計いたしますと、総
死亡のちょうど三分の一を占めまして、二十三万人になります。これに対して、
ガンは、ごらんになりますように十万人になっております。
私これから申し上げます疫学という問題でございますが、今日
一般に疾病現象を
患者個人の問題として取り扱わずに、その疾病を人間社会における集団現象として取り扱う立場でこのものを解釈して申し上げたいと思います。たとえば町村、会社、工場等の中で
病気がどのように発生して広がり、または消滅していくか、その間に見られる法則性と、それに関与する諸因子との
関係を解明していくことを疫学の定義として、私これから申し上げたいと思います。
このような点から見まして、最近疫学の
研究対象の中に、いま申し上げるような問題が入ってくることは当然でございます。
厚生省の
人口動態
統計を見てみますと、わが国の
脳卒中による
死亡の様相がきわめて特異的であることでございます。
沖中先生はじめ諸先生の申されましたように、
脳卒中による
死亡の発生が、諸
外国に比しまして非常に高率でございまして、それはこの資料の第三を御参考いただきたいと思います。本邦を除きます主要諸
外国ではいずれも
心臓の
疾患によります
死亡が脳死の二ないし三倍であるのに対しまして、わが国のみが
心死が脳死の半分以下にとどまっております。
資料の第二をごらんいただきますと、このような問題につきまして
アメリカ、イギリスではおもに
心臓病で
死亡しておりますが、わが国では
脳卒中によって
死亡していることが明瞭にわかります。
このような地域によります
死亡率の著差は、単に
世界各国との比較で問題になっているだけではございませんで、諸先生の
お話にありましたように、
日本国内における
脳卒中の
死亡率にも、これが顕著な地域差を認めることができます。
その点は、資料の第四に県別
脳卒中の
死亡率をしるしてございます。特にこの中で注目すべき問題は、東北地方におきます
脳卒中の
死亡率で、年齢を三十歳から五十九歳に限定して見ますと、大阪の該
死亡率の二倍になっております。東北地方の方々がもしかりに大阪と同じような
条件になり得るならば、現在の
状態の半数に
死亡が激減することができるわけでございます。このような年齢での
脳卒中の
死亡率が特に東
日本に高くて、西
日本に低いということは、この図をごらんいただけば明瞭になると思います。
以上のような点からいたしまして、次のような
二つの点を強調いたしたいと思います。
第一は、東北地方におきましては、このような
脳卒中による
死亡が、ちょうど早死にとなってあらわれておりますことでございます。東北地方における
脳卒中の
死亡率が、四十歳並びに五十歳という中年期の、われわれにとって最も大切な時期に多数
死亡しているという問題でございます。
それから第二の問題といたしましては、東北地方をさらに詳細に調べてみますと、町村単位で
死亡率の高いところと低いところが入りまじっておるということでございます。
日本全国で注目すべき点は、さらに女子に比較いたしまして男子の
脳卒中死亡率が高いということでございまして、これは
厚生省の
統計にもすでにあらわれておりますように、
昭和二十五年と三十八年を比較いたしますと、男子におきましての
死亡率はむしろ年次推移的に増加しておりますが、女子における
死亡率はかえって減少しておるような
状態がございます。
さて、このような
日本における
脳卒中の多い理由といたしまして、何よりも考えられる問題は、
日本人の
生活習慣に
原因があるということが予想されまして、これに関する多くの実験的
研究等がなされております。その結果といたしまして、先ほど諸先生の
お話にもありましたように、食塩のとり過ぎであるとか、労働
条件であるとか、あるいは
寒冷等が
血圧を上昇させるというような報告がございますが、近年この方面の疫学的
研究が進んでまいりまして、
日本人の
生活習慣を各種の
統計資料や
実態調査成績に基づきまして種々解析が試みられてまいりました。
資料の五をごらんいただきたいと思いますが、これは弘前
大学の医学部の佐々木教授がお調べになったものでございますが、府県別の単位で、農民一人一日当たり食塩摂取量と
脳卒中の
死亡率との相関
関係が示されてございます。見ておわかりになりますように、食塩摂取量の多い府県が
脳卒中死亡率が高いという
傾向が見られております。
これと同様のような方法で、
日本人の
生活習慣や
環境条件の中のいろいろの因子と
脳卒中死亡率との
関係を
調査して、多くの
研究の結果をまとめてみますと、現在までにおよそ次のようなことがわかっております。
まず、食
生活におきましては、農民
栄養調査成績によって、食塩の摂取量、特にみそ汁からの食塩の摂取量その他野菜及びつけものからの食塩の摂取量、及び調味料、おもにしょうゆでございますが、これの使用量等の問題でございます。こういうような地域において
脳卒中死亡率が高いという事実、それから国民
栄養調査成績におきまして、総摂取カロリーあるいは
たん白質、
脂肪、含水炭素の大量摂取地域に
血圧が高いということ、それからビタミンCの大量摂取地域が
血圧が低い
傾向にあるということ。それから米の大食をするところが
脳卒中の多発と
関係があるらしいということ、さらにお酒の問題もございまして、酒を毎日飲む男子の
血圧が対照に比しまして有意差をもって高いということ、それからまた、メタ珪酸の含量の多い地方、あるいは硫酸根に対する炭酸根の比の高い地方、あるいは川の魚の中のカドミウムの含量の多い地方に
脳卒中の多発する
傾向が認められていること、東北地方におきましてはリンゴ栽培地帯の
血圧が低いということ、
脳卒中死亡率が同時に低いということ等が指摘されております。
次に、
環境条件中の特筆すべき問題は気温でございますが、平均気温の低いほど
脳卒中の
死亡率は高い
傾向があり、特に冬季の卒中
死亡率が高率になっております。
さらに労働につきましては、
脳卒中死亡率が農林漁業従事者に高いということ、農家の一人当たりの耕地面積の多い地域ほど
脳卒中の
死亡率が高いということも報告されております。
以上は、既存の各種の
統計資料を主とした諸家の
研究の総括でございます。
これに対しまして、
厚生省では、
昭和三十六年と三十七年の二回にわたりまして、全国各地に住む三十歳以上の社会人を対象にして、
世界でも珍しい集団検診による成人病の基礎
調査を行なっております。
日本における
高血圧、
脳卒中、
心臓病の有病率の
実態を
調査されております。この
成績の詳細はすでに
厚生省から発表されておりますが、概略の中で特に注意すべき問題は、
昭和三十六年、全国で三百
地区を抽出して、三十歳以上二万八千六百十二人、三十七年度には百十四
地区を調べまして、四十歳以上七千百四十一名を対象に
血圧の測定、心電図の検査、眼底の検査、尿
たん白検査を実施いたしましたところ、
一般に
高血圧とされますもの、最
高血圧一五〇以上、最低
血圧九〇以上の者が全体の二六%に認められ、四十歳以上の全国推計で八百七万人
高血圧者があるという
数字が出ております。
さらに心電図検査におきまして明らかな異常を認められたるものが、四十歳以上で八・五%、異常を疑われるものを含めますと五三・一%、脳
血管の病変を最もよく反映するとされております眼底検査におきましては、
高血圧者の約三四%に何らかの異常を認め、直ちに
医療を必要とする者が三%、数にいたしまして二十四万人推定されますが、こういう人が考えられたのであります。
また、同時に行いました
脳卒中の
発作の既往のある者の
調査では、全国推計で三十一万人ありまして、六十歳未満はその二六%で八万人、三十歳代でも数千人の
発作既往者の存在が推計されております。これは先ほど
大島先生の
お話しになられた問題と関連したことでございます。
脳卒中の予防
対策について申し上げますと、まず第一に、
脳卒中の
発作は、それ以前に長期にわたった
血圧の高進に伴って起きてくること。第二には、
日本の
脳卒中死亡率が諸
外国と比しまして特に高率であるということ。第三に、しかも
日本と西欧諸国とでは循環器系の
死因中の脳死と
心死の割合が逆になっておるということ。
日本のみが脳死の比率が
心死の二倍以上であるということ。四番目に、
日本国内においても
脳卒中の
死亡率に著明な地域差が見られるということ。東北地方が特に高率であるということ。五番目に、東北地方の
脳卒中の
死亡は四十歳、五十歳代という中年期で非常に多発しているということ。六番目に、
高血圧、
脳卒中の
原因として食塩、
寒冷、労働等、
日本人の
生活習慣に根ざす多くのものが指摘されているということであります。
この中で、特に強調いたしたいのは、
脳卒中が特に東北地方を中心に多数
日本人、特に四十歳から五十歳代という人生の中途で早死にさしているという事実でございます。
脳卒中対策の重要性は実にここにあると思います。もちろん、言うまでもなく人間は必ず死ぬものであります以上、別にその
死因による
死亡者の数の多いことをもって重要なるものというわけではございません。しかしながら、ここに申しますように、
脳卒中の場合におきましては、特殊地域の方々が人生の中途で命をとられるということ、これは重大なことであります。
このことから考えますと、
日本における
脳卒中予防
対策の目標は、まず第一に、
日本人を
脳卒中で早死にさせないようにすること。
脳卒中で
死亡することが避けられないにしても、この
発作をできるだけおくらせる必要があります。同時に、地域差を重視し予防
対策を考慮することであると思います。
資料の六に、大阪と
秋田の
高血圧患者の出現頻度を示してございます。
秋田がいかに多いかということがこれをもってわかります。さらに諸
外国と
日本における循環器
疾患の
実態の相違に留意いたしまして、
日本における予防
対策は
日本独特のものを考え出す必要があると思います。
これについて次の
二つの根本方針を樹立すべきであると思います。
一つは発病の防止、それから次には
発作の防止でございます。前者のほうは、
日本人は町ぐるみあるいは村ぐるみ、地域ぐるみに初めから
血圧が上がらないようなくふうをさしていくこと。後者につきましては、
高血圧者に対しまして
脳卒中のような危険な合併症を起こさせないような予防をすることでございます。巷間多く行なわれております集団検診はこの後者の問題の
対策でございます。
このような発病防止と
発作防止は、ややもすると混同されがちでございますが、具体策立案上区別して考える必要がございます。
発病防止の具体策を申し上げてみますならば、まず
日本人の
生活習慣を全体として変えていくくふうが必要だと存じます。前述の疫学
調査によって判明いたしました食塩、みそ、調味料、つけもの、米等の過剰摂取をやめさせ、
寒冷、過労等の
血圧を上げ
脳卒中に結びつく因子を除去することでございます。さらに積極的には、リンゴあるいはビタミンC等の
血圧を下げる役割りを持つと思われるものを
生活の中に取り入れさせることもくふうすべきであります。この場合注意すべき指導の方法といたしまして、単に食塩をとるなとか、みそ汁を飲むなとか、あるいは飲み過ぎるなとか、あるいは米食を制限せよといったような型にはまった方法でやるべきではなくして、むしろ米を大食しなくてもよいような、また食塩を余分に使わなくてもよいような、食
生活全体の型を変えていくということが必要であると思います。寒さにつきましても、冬あたたかくせよというような個人的な指導にとどまらないで、こたつのような暖身からストーブのような暖房に変えていくというようなことが一そう大切であると思います。過労の問題でも、農業労働の形態全体を変えていくくふうにまで結びつく必要があります。そして、このような
対策は
医療担当者が主体となるというような問題よりは、むしろ広い範囲の職種の
人々の共同によって国家的なレベルで
対策すべきものと考えます。われわれ公衆衛生に
関係している者は、このような場合において最も適切な水先案内的な役割りを果たすべきだと考えます。たとえば、
生活形態の変化によりまして
脳卒中が減少いたしましても、たとえば
アメリカ式な
状態における
心臓死が著増するというようなことでは何の意味もないわけであります。このような意味からしまして、この指導に公衆衛生従事者の役割りは重大であると思います。
次に、
発作防止の具体策を申し上げますと、前述の成人病基礎
調査によれば、全国で約八百万人以上の
血圧の上昇を疑われる
人々の存在が推定されます。この
人々が
脳卒中、
心筋梗塞等の
発作をめぐりましてどのくらい危険な
状態にあるかということを診断いたしまして、
生活指導、食餌制限、労作制限あるいは薬物療法等を通じて継続的にその健康を管理していくことにあると思います。したがって、健康管理の範囲を拡大いたしまして、官公庁や大企業のみならず、さらに中小企業や、あるいは全国各地の農山漁民の人までもこれが行き渡るようにすべきであると思います。
最も標準的に行なわれております健康管理の方法は、四十歳以上を中心に年一回ないし二回
血圧を測定し、さらに
高血圧者を主として
心臓血管の変化からくる異常を心電図、あるいは脳の
血管の病変を眼底検査で、あるいは腎臓の
状態を尿
たん白検査で調べるというような方法がございます。
この結果に基づきまして、被検者はその危険の
程度に応じて
程度分けをされ、それに応じた
生活指導、労作制限、食餌指導、薬物療法が公衆衛生並びに臨床各方面の専門家の協力の
もとに行なわれていくべきだと思います。
以上、全国各地の健康管理
研究者の十余年にわたります実際的の集団検診活動を通しまして、
日本の循環器
疾患の
特異性に対する
日本独自の予防
対策の概要を紹介申し上げましたわけでございます。
以上、このような問題につきまして、少し資料として、私たちが眼底所見の検診をいたしましたものを持っておりますので、もし時間等がありましたならばお目にかけたいと思います。
以上、たいへん時間を超過いたしましたが、私の報告を終わりたいと思います。