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1965-03-16 第48回国会 参議院 文教委員会 第7号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十年三月十六日(火曜日)    午後一時十四分開会     ―――――――――――――    出席者は左のとおり。      委員長        山下 春江君      理 事                 久保 勘一君                 二木 謙吾君                 吉江 勝保君                 小林  武君      委 員                 植木 光教君                 近藤 鶴代君                 笹森 順造君                 中野 文門君                 中上川アキ君                 野本 品吉君    国務大臣        文 部 大 臣  愛知 揆一君    政府委員        文部政務次官   押谷 富三君        文部大臣官房長  西田  剛君        文部省大学学術        局長       杉江  清君        文化財保護委員        会事務局長    宮地  茂君    事務局側        常任委員会専門        員        渡辺  猛君    説明員        文部省大学学術        局審議官     安達 健二君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○教育文化及び学術に関する調査  (無形文化財保護に関する件) ○著作権法の一部を改正する法律案内閣提出) ○日本育英会法の一部を改正する法律案内閣提  出)     ―――――――――――――
  2. 山下春江

    委員長山下春江君) ただいまより文教委員会を開会いたします。  教育文化及び学術に関する調査中、無形文化財保護に関する件を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。なお、政府側より柳谷政務次官宮地文化財保護委員会事務局長が出席いたしております。小林委員
  3. 小林武

    小林武君 政務次官にお尋ねいたしますが、この三月中に歌舞伎そのもの無形文化財指定するということが発表されるということを聞いているのですが、これは事実ですか。
  4. 押谷富三

    政府委員押谷富三君) 歌舞伎全体につきまして文化財指定ということは、ただいまのところ未定であります。
  5. 小林武

    小林武君 これはあれですか、全然話がなかったということですか。
  6. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 政務次官先ほど未定であるというふうにお答えになりましたが、若干補足して説明さしていただきます。  先般、一部の新聞等にも報道されておりましたが、社団法人伝統歌舞伎保存会というものが、いわゆる歌舞伎俳優の間で自主的にこういう団体をつくろうということになりまして、民法法人設立認可が三月一日にございました。これは一応、文化財保護委員会所管法人になりますので、委員会のほうにおきまして三月一日に設置をいたしました。それと、歌舞伎重要無形文化財指定という行為とは一応形式的には別でございますが、これらの団体をつくりました歌舞伎俳優のおもだった方々とも数回にわたりましていろいろな事情も聞きましたが、歌舞伎をこのままにしておいたのではぐあいが悪いから、ぜひ自分らとしても保存会をつくって、伝承者養成等保存をしていきたいというような考えでございました。そうして一方におきまして、現在、能楽とか、文楽とかいうものは団体指定が行なわれております。歌舞伎指定は行なわれておりません。そういうことから、その歌舞伎指定をしたらという声はかねてからございましたが、団体指定をする場合に、団体がまだございませんので、なかなか、指定をしたらという世論もございましたし、関係者の間でそういう声もございましたが、指定すべき団体がございませんでしたので指定はいたしておりませんでした。しかし、こういう団体ができてまいりましたので、指定もこの団体指定することがよいのではないかというような声も上がっておりますが、手続的に申しますと、専門審議会等にもはかった上、専門審議会でも指定することが妥当であるというふうな御答申をいただけば指定具体化が進もうかと思いますが、そういった段階でございますので、ただいま政務次官が、一応未定とお答えになったものと存じます。
  7. 小林武

    小林武君 そうすると、いまのお話ですというと、団体がなかったために指定が行なわれなかった。そうすると、これはあれですか、裏を返せば、伝統歌舞伎保存会というものが俳優を中心にしてでき上がったとすると、これは指定するという方針は大体これできまったと見てよろしいですか。
  8. 押谷富三

    政府委員押谷富三君) お説のごとく、そういう方向に進むために一つ段階として保存会をつくることを慫慂いたしておるような次第でございます。
  9. 小林武

    小林武君 まあざっくばらんに言えば、文化財保護委員会伝統歌舞伎保存会設立について陰ながら力を与えて、この保存会ができたからいよいよ指定する、こういう手統をとったと見てよろしいわけですね。これはどうでしょうか、能楽とか、文楽についてもそのようなやり方をやったのですか、これは。
  10. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 能と文楽でございますが、文楽は御承知のように、現在、文楽協会というものができまして、文楽座座員で座が結成され、興行を打っておりまするので、現在は文楽座座員ということで団体指定をいたしております、それになります前は三和会という会と因会という二つのグループに分かれておりました。その当時は三和会因会会員として指定をしておったようでございます。それから能楽のほうは日本能楽会というものがございまして、能楽会会員団体指定しておるという形になっております。
  11. 小林武

    小林武君 そうすると、あれですか、団体がなかったために指定がおくれたと。で、歌舞伎保存しなければならないという態度はもうすでに先ほどからの御答弁ではっきりしたわけですけれども歌舞伎がよく滅びるというようなことをいうわけですけれども、やはりあれですか、放置しておいたら、これは滅びるという考え方をお持ちになったわけですか。滅びるというか消滅していくというか。
  12. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 私も歌舞伎そのものについてあまり知識はございませんが、私どものほうでこうした重要無形文化財が種々ございますが、一般的に邦舞、邦楽等もそうでございますが、いわゆる歌舞伎でございますと、昔からのような徒弟的な、あるいは親が子供に伝えるといったような、悪くいえば封建的と批評をする人もおられるようでありますが、そういった特殊な関係歌舞伎俳優というのは現在まで育ってきておるようでございます。ところで、最近のように映画テレビ等いろいろ普及してまいりますと、むしろそちらのほうに行くほうが収人も多いしまた勉強も、いわゆる映画ですと一躍新人が堀り出されてすぐスターになって相当の金を取る。ところが、歌舞伎役者のようなものはそう一年や二年ですぐ一躍スターになるといったようなことでございません。そういったようなこと、あるいは社会情勢も変わりまして、歌舞伎俳優そのものよりも外部的ないろいろな誘惑とでも申しましょうか、そういったようなことも社会情勢の変化によりましてございます。そういったことから歌舞伎役者方々、それに歌舞伎のことに精通しておられる学識者、こういう方々の御意見を参酌しますと、いまのままでは、いわゆる後継者がなくなるし、ほうっておけば、そういうじみな歌舞伎よりもその他のもののほうが一般大衆にもよく見られるし、文楽が数年前にどうにもならないような状態にもなりましたが、ああいった形になってきて、伝統のあるりっぱな芸術であるという歌舞伎がこのままでは滅びていくのではないかという心配をされる方が多いようでございます。そういう点、私どもとしましてももっともなというふうにも感じておりますので、一応いまのように、全然世の推移にまかせておいたのでは、近い将来に憂うべき状態がくるのではないかというふうに私どもとしても判断しておる次第でございます。
  13. 小林武

    小林武君 歌舞伎というのは、いま興行としてこれは必ずしも成り立たないというふうには、われわれから見れば考えられないわけですね。これは松竹とか、あるいは東宝とかというような興行の会社があって、その中でやはり歌舞伎というものはけっこう私は客を集めておると思う。そういう興行が成り立っているその歌舞伎を、たとえば先ほどお話になった能楽とか、文楽とか、あるいは雅楽というようなものもだと思いますが、そういう種類の、非常に大衆の生活から遊離してしまったこういう種類のものを、滅びると称して文化財保護委員会がこれを無形文化財として団体指定をするということは、これはよくわかるのですけれども歌舞伎の場合はそう簡単にいわれるだろうかどうか。滅びるということのものの見方ですね、滅びるとは何をいうのか。私はテレビ映画に出ただけが歌舞伎危機だとはちょっと承知できないのですよ。歌舞伎畑にだって残っているものもあれば、それから映画に出ても歌舞伎にもう一ぺん戻ったものもこれはあることですから、これはそう言い切れない。もっとやはり根本的なものが、歌舞伎が滅びるというような断定を下す理由になっているんじゃないか。それだけではちょっと無形文化財指定するということの理由にはならないような気がするんですがね。これはしろうと考えですかう、興行的に成り立っている成り立っていると見たところで、実際は成り立ってないかもしれないし、これはよくわかりませんけれども、どうなんですか。もう少しやはり文化財保護委員会としてははっきりした理由がなければならぬのではないですか。
  14. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 無形文化財重要無形文化財指定します行為と、そういうものを保存していくという考え方、これは非常に関連するんですが、一応別個な考え方が成り立つと思うのでございます。歌舞伎重要無形文化財指定するということは、これがわが国の伝統的な芸能で、世界的に見てもすぐれた芸術であるというその価値観かう、これを重要無形文化財として指定する。それからそういうものであるから保存をはかるという保存措置、一応観念的に二つに分けられると思いますが、したがいまして、一応滅びる滅びないの意味も、滅びるというのは多少大げさで、衰亡といったほうが適切かもしれませんが、そういう観点からだけ指定するわけではございませんが、一応そういう情勢にある。したがって、保存をはかるための一つの大きな措置としては指定をすることだといったような関連考えておりますが、したがいまして、歌舞伎指定は一応意味があるので指定はする。ところで、指定をすることによってより一そう保存がはかられるという関連保存考えたいと思うのでございますが、先ほど私が答えました点、多少ことばの足らなかった点もあるかと存じますが、一応、こういう無形文化財が将来永久に保存されていくためには、次々と伝承者がいるということが一番大事なことだと考えます。したがいまして、私どもとしましては、歌舞伎伝承名、いわゆるいま団十郎だとか、あるいは松緑だとかいったような著名な人々あとを継いで、やがて第二の団十郎、第三の梅幸歌右衛門になるそういう若手の人、これを養成していかなければいけない。ところで、そういう若手人々は、ほんとう歌舞伎が大事だから、自分らは世の誘惑に負けないで歌舞伎俳優として勉強していくんだというような気持ちのものもおりますが、しかし、やはりテレビだとか、映画だとかいうような方向で、いろいろ経済的にもそちらのほうが収入がいいとなりますと、やはり十人のものがおれば、そういう誘惑があるときとないときとで、やはり十人のものが十人歌舞伎役者として進んでいこうという場合と、テレビ映画等に進んで何名かがいくといったような関係になっていくと思うのです。そういうようなことから、歌舞伎俳優方々に聞きますと、ほんとう歌舞伎役者になって、一生歌舞伎でやっていこうというような考え方がだんだん薄らいできておる。自分らのときのような考えと違うし、世の中も違っておるから、いまのままではどうしても後継者が少なくなってくる。もっとそれを極端に言えば、後継者がなくなってくるおそれがあるというような見方をしておるようでございます。それから歌舞伎がいわゆる歌舞伎といいます場合、私もよく存じませんが、いわゆる何々歌舞伎といった歌舞伎がございますが、この場合、歌舞伎とは何ぞやという定義が非常にむずかしゅうございますが、いろいろ昔の時代のものをやられる芝居でも、いわゆる伝統的な歌舞伎とそうでないものがあるというふうに考えられます。で、一番大きいのが松竹でございますが、松竹歌舞伎座でやります場合、これは松竹の社長なり専務なりともいろいろ私ども会って話を聞いているところですが、純粋な歌舞伎だけでは採算は成り立たない。で、松竹歌舞伎座で純粋な歌舞伎だけをやっていったのでは成り立たない。しかし、松竹はいろいろな興行をしておるので、純粋歌舞伎のマイナスはその他の面で、カバーされるのだ。だから、松竹が歌舞仮座だけで純粋な歌舞伎だけをやっていけば、これはなかなか興行的には成り立たないというようなことを申しておられます。それと、そういうふうになりますのは、やはり最近になりますと、いわゆる普通の映画俳優が一躍スターになって相当な金を取る。ところが歌舞伎俳優は二十年、三十年やってもそんなに金は取っていない。そういったような関係でございますので、興行主歌舞伎俳優の適当な処遇をしないで、たたきにたたいていけば、もちろん成り立つ成り立たないという問題も多少怪しくなりますが、私どもとしましては、そんなにぜいたくをするのではなくても、歌舞伎俳優が一生歌舞伎俳優に満足してやっていけるくらいの待遇をしてやるということ、それと後継者あとを断たないようにしていく、そういうようなことに対して何らか役所がお手伝いできることがあるとすれば、指定を行ない、そうしていろいろな後継者養成のことにも助成していくといったようなことでお手伝いするのがいいんではないかというふうに考えた次第でございます。
  15. 小林武

    小林武君 たいへん丁寧に御答弁をいただきましたが、私はやはり能楽とか、文楽とか、それから雅楽を例にとってみましたが、そういう種類のものはこれを放置しておけばだんだん滅びるということ、これは事実間違いないと思うのです。きわめて少数の人の鑑賞眼を満足させるということだけではこれは成り立たないわけです。全く文化財にでも指定して、国が大幅にこれに対して援助をしなければ、芸術そのものあとに伝えるということはなくなる、こういうことになると思いますけれども歌舞伎の場合、興行的に成り立つか成り立たないかということになりますというと、これは興行師の領分に入るかもしれませんけれども、私は少なくとも私どもが普通のしろうととして感ずるところによれば、これはまだちょっとほかのものとは違うのじゃないか、こう感ずるのです。それでありますから、それについて文化財指定するという場合には、やはり前の三つの場合とは違った配慮が文部省なりにあるのではないかということが聞きたいことなんです。それと同時に、歌舞伎をどう見るかということも一つあるのです。たとえば、いまお話しになったが、後継者がなくなるということで、こういう後継者がなくなるということもありますけれども一体、いまの歌舞伎の、いまおっしゃるように後継者というのは、あなたの御説明のあげ足をとるわけではなけれども、いわゆる団十郎後継者とか、勘三郎の後継者であるとか、松緑がどうしたということでは私はあまり心配がない。いわゆる御曹子組というやつは、これは幾らでもいて、ほんとうのことを言うと、歌舞伎そのものの中の下っぱ、悪いことばだけれども、わき役として、あるいはじみな存在として、歌舞伎伝統を守り続けようという恵まれない人たちをひっくるめて考えると、これからの人たちがやはり問題じゃないか。ほんとうに馬の足をよくやれるような、一体そういう人たちがいるのかどうか。そういう演技者ばかりでなく、歌舞伎を盛り立てる音楽部面ではどうなのかということを考えると、やはり歌舞伎はかなり後継者の問題で悩むのじゃないかと思うのですが、この点、若干、文部省考え方と違うし、それから映画とか、テレビとかいうことを言いますけれども、それと同時に、一体歌舞伎危機は何かということで、どうも納得いく説明ではないようなんです。たとえば、純粋歌舞伎ということばが出てきましたが、純粋歌舞伎というのはぼくはわからないのですが、専門的にいうと、これは特殊の狂言、特殊の様式をもってやらなければならない狂言の一群をさして伝統歌舞伎と、こういうのですか。
  16. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 私もその定義につきましてあまり科学的なあれは容易にいたさないのですが、たとえば人の名前を出して恐縮でございますが、長谷川一夫歌舞伎とかいったような看板がかかったりしておるところもあるようでございますが、そういうような場合、いわゆる江戸時代からの歌舞伎が何代かをかかって一つの型をつくり上げた、それとは違ったいわゆるちょんまげを結ぶ、かみしもを着て、さむらいの形になっても、演じ方が、いわゆる昔からの積み上げた様式ではないというふうに聞いております。それから女形という、これは私もよく存じませんが、一番最初阿国歌舞伎という女のあれもあったそうですが、いわゆる伝統的な歌舞伎というのは、女形が出てやるので、山本富士子が出てやるというのは、お客が入っても、これは歌舞伎役者に有名な映画俳優の女優さんが入っても、これは女形ではない、いわゆるこういうようなのは伝統的な歌舞伎でないという意味で、純粋ということを申したわけでございます。それと、先ほど御曹司云々というお話小林委員から出ましたが、私、第二、第三の歌右衛門――あげました例が適当でなかったのでございますが、いわゆる御曹司ということではなくて、若手の方が将来りっぱな俳優になるために、目標にそういう人々を頭に描いて努力していくという意味で一例をあげましたが、御曹司という意味ではございません。滅びるとか、あまりどぎつい最上級のことばを使っては何でしょうから、衰亡していくとか、危機にあるといったようなことばで表現したほうがいいんじゃないかと思いますが、大体、観客が非常に少なく、観客もいろいろなものが出てきますと、いわゆる間の抜けたような時間の長くかかる、そういう歌舞伎よりも、手っとり早い、動きの早い映画とか、芝居を好むというふうに、最近の若い者もなっていますが、そういうことで関西等では特に歌舞伎の上演される回数が少なくなってきている、これは興行主採算が合わないから、そういうかっこうにしていっておるようでございますが、そういったような関係もございます。
  17. 小林武

    小林武君 保存会を結成した会長の市川寿海さんですか、この人は歌舞伎が滅びると言われる。だから、やっぱり保存会をつくらなきゃいかぬと、こういうことを談話で言っておるところをみると、やっぱり滅びると言ったって別にたいしたことはない、そういう危機感歌舞伎役者の中にあるということは、これは言っていいと思うのです。ただ、私は一つ――これについて指定することについては反対するなんて気持ちはないのです。これは確かにそういう保護を与えるべきだと思う気持ちはあります。ただ、何と言うか、伝統歌舞伎というようなことにあまりとらわれて、過去のものだけを、いわゆる過去の表現形式とか、いろんなものにとらわれて、それだけが唯一のものである、伝統だけ守ればいいという式のものの考え方をしたら、逆に歌舞伎衰亡を早めるんではないか。これは私も知らないけれども歌舞伎俳優といえども、いまあなたがおっしゃったように、阿国歌舞伎以来ずっと長い伝統を持っており、その間にいろんな名優があらわれた。この名優がいろんなことを、やっぱり新しいものを出している。狂言作者も新しいものを提供している。この新しいものの開発の上に立って歌舞伎というものがだんだん発展していったということになれば、これはやはり歌舞伎の芸の世界で歌舞伎をとにかく残していこうとすれば、そういう工夫とか創意とかいうようなものは、当然これは芸術家であるところの彼らは一生懸命やらなきやならない。古いしきたりの上だけのことを守ればいいというような、そういうやり方ということにとどまってしまったらどういうものかというようなことを考えるのですよ。その点はどうなんですか。たとえば。ぼくはここらあたりは文化財保護委員会の、私は歌舞伎俳優の皆さんだけの意思ではなくて、文化財保護委員会あたりが考えるべき問題でないか、保存ということと同時に、将来もやっぱり永続させるというようなこと、発展させるというようなことの意味がなかったら、これは困るんじゃないかという気がするんですが、その点はどんなものなんですか。
  18. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 私ども伝統的なものを守っていくといいますのは、必ずしもいわゆる旧套を墨守するという意味じゃございませんで、よくわかりませんが、たとえば私が聞きましたところでは、げたをはいて踊る踊りがある、最初に。それが途中でげた鼻緒が切れてびっこを引いたような踊り方になる踊りがある。ところが、そういういきさつを知らないので、若い連中は何かとたんにびっこを引く、しかし、それはげた鼻緒が切れてびっこを引いて踊ると、そこへきたら何となく足をひょいとやる、やろうと思ってやるものとは違うんだと、そういった意味で、いわゆる何と申しますか、旧套を墨守するというのでなくって、その精神というのですか、そういったようなものが若い者にはわからないんだ、教えを請いにもこない。あるいは踊りの途中で何か足をひょいとやるから、同じひょいとやるなら、このようにやったほうがかっこうがいいんだというので自分で勝手にやっている、一例のようですが、たとえばそういうことで型がくずれていくのは困るんだというような話がございました。私どももそういった意味で、いわゆる歌舞伎なら歌舞伎精神といいますか、型、そういった精神なり型はなるほど保存していかなければいかぬ。しかし、いままでの黙阿弥なら黙阿弥がつくったもの以外は歌舞伎じゃないのだ、これからやっていくのは、江戸時代までの狂者作者のものしか歌舞伎はないのだといったようには考えておりません。将来、いい歌舞伎の脚本をつくられたりする方があれば、そういったようなものもやっていくのが、いわゆる歌舞伎振興発展にもなっていくのではなかろうか。しかし、やたらに新しいものをやるということは、形ができていないのを勝手にいろいろな形にくずすおそれもあるというような説もございますので、小林委員心配のような、いわゆる昔のものを守るということは旧套墨守で、何でもかでも背のやつだけをやっていくのだとか、あるいけ意味もわからず、ただ昔のまねをし、昔の形だけを保存していくのだという気持はございません。それで旧套墨守発展ということは十分私どもとしても勉強もし、慎重に考えていきたいというふうに考えております。
  19. 小林武

    小林武君 まあ、そういうむずかしいことに入ると、お互いになかなか知識がないわけですから、横道にそれるおそれがあると思うのですけれどもげた鼻緒が切れたのかどうか知らないが、歌舞伎伝統というものを守るということについては、これはやはり私は適当だと思うのです。しかし、たとえば京劇という、中国越劇という、こういうものをとにかくやはりぜひとも残しておきたいという、そういう動きをやれば、必ずそれには現代にやはり合ったやり方というものも、古いものと同時に創造していくという、大衆の中にそれを広めていくという面を中国の場合は考えるのです。しかし、これは中国であろうがどこであろうが私はあたりまえだと思うのです。伝統を生かすということと同時に、その伝統を生かしていくためには、大衆にそれを普及しなければいかぬのですよ。そうなると、いまの人間に合ったような歌舞伎というものの出現も考えないわけにはいかないというふうにわれわれは考えるわけですね、しろうと議論として。だから、いまのような非常に歌舞伎の世界のそういう古い、古いというか、何か非常に過去のものだけを残そう、保存しようというようなことは、逆に歌舞伎そのものを早く消滅させるということになるのではないかという心配があるわけです。私はだから、実はあなたにお尋ねしたときに心配したのは、保存文化財保護委員会指定するそのことと、それから歌舞伎俳優保存会をつくって保存しようとするものとは、あまり一緒になると工合が悪いと思った、実は最初は。これはどうしてこういうものをつくって、しかもそれを、団体指定するのだというやり方にいったか、ちょっとふしぎに思ったのですが、そういうことになると、大体、結成した人たちは、いわゆる名題以上の人たちです。そらしてもう役員というのはみんないわゆる家柄の人たちばかりですが、歌舞伎の世界は家柄が非常にきびしいということは、われわれもしろうとなりに聞いているわけですが、そうしたら一体、末端のほんとうにわれわれはわき役としても認められないような、ほんとうに並び大名にもなれないような俳優一体どうなるのか、その養成はどうなるかということを考えると、やはり問題がずいぶんあるのじゃないかと思うのです。その点はいまここで議論するよりも、いろいろ御検討をいただいて、後ほど何か機会があったら、われわれのようなしろうとを安心させるようなお話を、一度、文化財のほうでしてもらいたいと思うのです。  それからちょっとそれに関連してお尋ねしたいのですが、歌舞伎保存なんということになると、国立劇場ができた場合どうなるのかということを関連的に考えるのですが、これはどういうことになりますか。
  20. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) 国立劇場は、御承知のように、わが国の古来からの伝統的な芸能を演ずるという目的をもちまして、いま着々建設中でございますが、その場合、これはもう十数年来の経過があるようでございますが、最初は国立劇場だから、何も伝統的な芸能だけではなくて、外来のオペラ、バレー、こういったようなものまで含めてつくったらよいではないかというような話があったようでございます。しかしながら、地所の関係とか、その他いろんなことから、一応、現在つくりつつある国立劇場が、古典、わが国の伝統的な芸能を演ずる、特に大ホールと小ホールがございますが、それは歌舞伎文楽、それに邦舞、邦楽、こういったようなものの保存をはかるひとつの、手段ということも国立劇場は考えて、そういったようなものの公開を中心にしていくべきであるということで進んでおります。それは文化財保護委員会申しますか、役所だけの考えではございませんで、三十一年に閣議決定がございまして、国立劇場設立、準備協議会という民間の方々を非常に大ぜい網羅した協議会ができまして、それらの人々の御意見によって、いま私が申しましたような経過になってきたように聞いております。したがいまして、国立劇場ができました場合、当然、歌舞伎文楽、それに日本舞踊、日本音楽、こういったようなものが中心に演ぜられます。それからまた、これを運営していくのは、特殊法人をつくって運営する考えでおりますが、したがって、詳細はまだはっきりいたしておりませんが、そういうことで劇場を運営して、なおかつ一年のうち何日かあくようなことがあれば、そういったたぐいのものを演ずるものに小屋を貸すということも考えてはどうかといったようなことを検討いたしております。
  21. 小林武

    小林武君 そうすると、歌舞伎は国立劇場の中である程度上演されるということは明らかなんですが、その場合、先ほど私ちょっと申し上げましたが、これは興行をやっている会社の系統の俳優というものがあるのですね。松竹系の歌舞伎俳優、東宝の傘下の者、フリーもいるでしょうが、そういうものがあったと、そうすると、なかなかそれぞれの興行会社においては、やはり俳優をどう使うかということについては、一つの年間のやはり事業ですから、営業ですから、やはりスケジュールをつくるわけです。そういう場合にはどうなんですか、興行会社をじょうずに、何というか、そういうスケジュールからはずして国立劇場に出すような仕組みが考えられるのか、ある人はまた、今度、歌舞伎俳優保存会をつくらしたのは、逆に国立劇場の運営のために、実は興行会社の束縛をある程度、とるためにやらしたんだという声もあるらしいです。そうすると、先ほどあなたがおっしゃったあれが、ますます疑い深い人たちに変な目で見られるだろうと思う。伝統歌舞伎保存会をつくらした、団体ができたから指定をした、こういう段取りでいくというか、とにかくなかなか日本中にいるところの歌舞伎俳優というものは一手に集めることができないのを、国立劇場だけはまずまずやっていける、こういうふうになるんだと、こういう考え方をいまから持って深謀遠慮でやっているわけでもないでしょうね。
  22. 宮地茂

    政府委員宮地茂君) いま小林委員からいろいろございましたが、私ども歌舞伎保存会をつくりまして、松竹とか東宝の人々と対抗して、できればこっちにとってきて、あの人々がぶれてもよいとか、あるいはそういうものを意識しては全然おりません。これは純粋な気持ちで、役者方々歌舞伎保存したいと、会員は九十名ですか、非常な厳選をされておつくりになられる、後継者の養成もしていきたい、御趣旨はまことにけっこうでございますので、書類のつくり方なり、その他いろいろお力になりましたが、先生が一応仮定としておっしゃいましたような不純な意図は全然ございません。それから、歌舞伎を演じます場合、現在、松竹と東宝とが歌舞伎俳優との関係が深いようでございます。これが厳密に、いわゆる専属なのか、フリーなのかといったような点、これは私どもいろいろ調べたり聞いたりしましてもわかりません。正直なところ、何が専属というのか、何がフリーなのか、私どものように月給をもらって、役人は役人の仕事をしておるといったような形になっておりませんから。しかしながら、松竹とも東宝とも首脳部の方は、先ほど申しました国立劇場設立準備協議会の委員にもなっておられますし、十分事情は御存じですし、それからこの保存会のことにつきましては、そういう方方ともお話し合いもいたしまして、それから国立劇場ができた場合の役者の扱い等につきましても、いろいろ相談しましたが、歌舞伎座とか、あるいは東宝系の劇場、それに対抗して商売がたきの国立劇場ができるんではないのだ、国立劇場と、歌舞伎座やり方は違うようにしていこうという、お互いに商売がたきではなくて、松竹なり東宝の方々が、こういう国立劇場をつくったらいいんだというようなお考えでつくったような形に持っていきたいといったようなことをいろいろ話しております。ただ、これは具体的に国立劇場がいつこけら落としをして、何を、どのような役者が出るというときになりませんと、私が小林先生に御納得のいくように説明ができないと思いますが、一応気持ちといたしましては、私ども何も国だから、民間の劇場より高くとまるとかいうような気持ちは毛頭ございませんし、さらばといって、あの人々を商売がたきにするという気持ちもございません。できる限りそういった御心配も頭に置きまして、関係業者の方々とも十分相談して、国立劇場が国民の総意に基づいてできた劇場であると言われるような運営に持っていきたい、今後その方向に向かって努力をしたいというように考えております。
  23. 小林武

    小林武君 当然のことだと思うのですが、国立劇場をやはりつくって、そしてつくった趣旨に沿うような一つの運営をやろうとすれば、しかし、いま言ったようなことは、十分考えの中に置かなければならないことだと思うのです。その点はひとつ、まあできれば、いろいろな問題が起こるかと思いますが、いまからひとつ計画的におやりになったほうがよろしいと思います。  もう一つ要望申し上げておきますけれども、たとえば、歌舞伎保存会というようなものができて、これにつきまして私はかれこれ言う筋合いもございませんけれども、これを少なくとも指定して歌舞伎保存するということになると、ある程度の責任は文化財保護委員会にある、そうすると、養成のしかた、俳優の養成とか、そういうことになりますと、私は多少歌舞伎の持っている一つの、あなたがさっきおっしゃった徒弟制という、門閥というようなものに片寄り過ぎて、そして一般社会から、新しく歌舞伎をひとつやろうというような人たちは、家柄でないためにほんとうに才能を伸ばすことができないということが起こり得ると思う、だから、こういう点をやはりそろそろ排除しなければいかぬ。そうしないと、ほんとうにりっぱな歌舞伎のあれを継承する人ができないと思うのです。それは保存会保存会としてでありますが、文化財保護委員会としては、やはりそういう点についての考慮を、まかせっきりではなしに、相当しておく必要があるのではないかと思うのです。そういう点についての御研究もひとつしかるべくおやりいただきたいと思うのです。  委員長、この点についての質問は終わりました。
  24. 山下春江

    委員長山下春江君) 他に御発言がなければ、本件に対する本日の質疑はこの程度にいたします。     ―――――――――――――
  25. 山下春江

    委員長山下春江君) 著作権法の一部を改正する法律案を議題といたします。  前回に引き続きこれより質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言願います。  なお、政府側より愛知文部大臣、柳谷文部政務次官、西田官房長、安達社会教育審議官、佐野著作権課長が出席いたしております。
  26. 小林武

    小林武君 今度のこの改正の提案理由を見まするというと、きわめてこの法律案は簡単なことのように見えるわけです。保護期間を二年間延長するというだけですから、表面的な受け取り方をすれば、これはこれだけのことだということになりますけれども、前回に笹森委員から御質問ございましたように、この二年間の延長ということは、必ずしも数字としての二年間、月日としての二年間を意味するものだけではないということは、これは明らかだと思うわけでございます。そういう角度からお尋ねをいたしたいわけでありますけれども、これは大臣にお尋ねする前に政府委員のほらから御説明をいただきたいのですけれども、現行の著作権法が明治三十二年に制定されまして以来、一部改正は、いつ、一体どのような点が改正されたか、まず明らかにしていただきたいと思うわけであります。
  27. 安達健二

    説明員(安達健二君) 現行の著作権法は、最初、いま御指摘ございましたように、明治三十二年にパリで発足されましたベルヌ条約の規定に基づいているわけでございますが、その後の改正は、大きい点といたしましては五回ほどの改正がございます。第一回の改正は明治四十三年の改正でございまして、先ほど申し上げましたベルヌ条約がベルリンにおいて明治四十一年に改正されましたことに対応いたしまして、明治四十三年に改正が行なわれたのでございますが、その内容といたしましては、保護すべき著作物の中に建築等を加えたこと、あるいは映画、翻訳物に関する保護の規定を設けたことなどがおもなる内容でございます。次に、大正九年に改正がございますが、これはいわゆる雲右衛門の浪花節レコード、これが当時、無断でレコードに複製されて、レコード業者におきましてたいへんな問題になりまして、浪花節レコードの無断複製を防止するという観点から、保護すべき著作物の中に演奏、歌唱というものを加えますとともに、機器、すなわちレコード等によりまして他人の著作物をレコードするという場合には、その者を偽作物とみなすと、つまり、正当にやるためには許可を受けなければならないという旨の規定を置いたのでございます。これが第二回でございます。第三回は、昭和六年の改正でございまして、先ほど申し上げましたベルヌ条約が昭和三年にローマにおいて改正されましたいわゆるベルヌ条約のローマ規定に対応するものでございまして、このとき映画とそれから放送に関する規定が整備されたのでございます。それから第四回目は、昭和九年の改正でございますが、これは直接条約の改正とは関連するものではございませんので、いわゆるプラーグ旋風――プラーグという人が参りまして、日本の著作権の状態が非常にルーズであるということで盛んにまあ取り立てをいたしたのでございますが、そういうことにかんがみまして、対応する措置のために行なわれたのでございますが、この場合の改正の内容といたしましては、録音権、すなわち文芸、学術、美術の著作物を録音する場合のその録音物についての著作権の規定が、先ほどの第二回の改正で行なわれましたけれども、さらに整備をいたしたのでございまするが、それと同時に、三十条八号と申しまして、レコードを第二次的に使用する場合において、これが出所を明示すれば自由に使える、こういう旨の規定を置いたのでございます。なお、この際、出版権――本などを出す場合に、出版者が出版権を与えられることによりまして出版者の権利を保護する出版権に関する規定が整備されたりでございます。それから第五回といたしましては、最も最近のものでございますが、昭和三十三年にいわゆる海賊版の横行等に関連いたしまして罰則を強化いたしまして、従来、罰金刑にとどまっておりましたものを二年以下の懲役というような体刑を科し得る旨の規定を置いたのでございます。その後は、先般、御改正をいただきました著作権の保護期間を断定的に三十年を三十三年にする改正というような状況になっておるわけでございます。そのほか、ごく技術的な修正はございますが、おもな点は先ほど申し上げました五点と、それから先般の議会におきますところの三十年を当分の間三十三年にすると、こういう内容でございます。
  28. 小林武

    小林武君 明治三十二年以来、数度にわたっていま説明があったような改定が行なわれたわけでありますが、この改定を、さらに抜本的に改正をする、全面的な改正をすると再検討を要すべき問題点が多々あると、こういうことになっておりますが、全面的改正の必要はどういうところにありますか。
  29. 安達健二

    説明員(安達健二君) 現行の著作権法は、明治三十二年に、これは一八九九年でございますか、まあ十九世紀になるわけでございますが、そのときにできましたものに、ただいま申し上げましたような改正が加えられておりますけれども、たとえば改正を、形式的な面からだけ申し上げさせていただきますと、改正をする場合に、何条の二というように枝の番号でつけ加えていく、こういうようなことでございました。また、この用語等におきましても、かたかなで文語調で書いてある、こういうような形式的な点がございますが、それをしばらくおきまして、基本的な体制が、制定当時のままであるということを申し上げておりまする第一点といたしましては、保護の期間でございますが、これが先ほど申し上げました最近におきまして暫定的に三十三年に延ばされておりますけれども、三十年という保護期間はずっと制定以来引き続いておるわけでございます。ところが最近におきまして、日本が入っておりますところのべルヌ条約国におきましては、ほとんどの国がすでに五十年というような保護期間に延長をいたしておるというような点におきまして、基本的には従来の体制が維持されているということでございます。それからもう一つ、最近におけるところの複製手段あるいはマスコミ等の発達によりまして、著作物の需要関係は非常に拡大されてきておるわけでございますが、それに関連する規定は、先ほど来申し上げておりますように、いろいろ改正はされてきておりますけれども、なお十分でない点が多々あろうかと思うのでございます。たとえばテレビ等に関する問題につきましては、現行の規定では不十分でございます。また、先ほどちょっと申し上げましたが、三十条八号と申しまして、レコードをたとえばかける場合に、これを営業用等にかける場合、あるいは放送いたします場合には、現行法では出所を明示すればよろしい。ただいまのレコードは何々でございますということを、出所を明示すればそのレコードを使用してもいい。そもそもレコードに吹き込まれましたところの音楽的著作物、歌詞、歌曲、そういうものにつきましては著作者の権利は認められない、こういうことになっておるわけでございます。ところが、こういうような録音物を放送または興行等、公の演奏に利用する場合におきましては、世界のほとんどの国はこれにつきまして著作者の権利を認めておる。すなわちレコードに吹き込まれた音楽が演奏される場合には、その著作者、歌詞あるいは歌曲の著作者につきまして、それにつきまして拒諮権を持っておるというのが世界の各国の例でございますが、現行法はその体制がとれていないというような点もあるわけでございます。また、最近問題になっておりますところの隣接権と申しますのは、著作権自体ではないけれども、著作権に近い権利である。そういうようなものにつきましては保護の内容等も不十分でございまして、昭和三十六年にローマにおきまして隣接権条約、いわゆる実演家、レコード製作者、放送事業者の保護に関する条約が制定されておりますけれども、そういうようなものも踏まえた何らかの保護の方法も必要ではないか。あるいはまた応用美術の著作物につきましても、現在の体制では不十分であるというような声もあるわけでございます。そういうような点からいたしまして、形式的な点、あるいはまた保護期間の点、あるいは新しいマスコミ等によるところの複製の手段の変化に伴う改正、あるいは隣接権等に関連する問題、そういうような問題を考えますと、やはり全面的に著作権法についての改正を要する時期に際会しておると、かように考えるわけでございます。
  30. 小林武

    小林武君 一言にして言うならば、そのお考えは著作権、著作者の保護の完全を期するためということに大体御説明になったように受け取ったわけでありますが、この点間違いありませんか。
  31. 安達健二

    説明員(安達健二君) 著作権制度の目的は、一面におきましては、著作者を保護する、それによりまして、文芸、学術、美術、音楽等の創作的意欲を盛り立てる。こういうことによりまして、文化発展に資するということが第一点でございます。同町に、そういうものは、ただその面を保護するだけでなしに、同時に、著作物の利用を促進するという面もあるわけでございまして、なるべく使いやすくする、それは一面におきましては、著作者の保護の面でございますとともに、他面におきましては、一般公衆の利益になるという点でございます。それからまた、著作物といい差しても、それぞれ過去の先人の努力を入れた上での智作物でございまして、したがいまして、そういうものにつきましては、ある程度の時期がたったならば、これを自由に使えるようにすることによりまして文化の進展にも寄与する。こういう公共福祉と申しますか、そういう目的があるわけでございまして、著作者の保護ということと同町に、著作物の利用を促進し、容易ならしめることによって公の利益をも守る、こういう二つの観点があろうかと存じます。
  32. 小林武

    小林武君 並列的に一言言えばそんなようなことになると思いますけれども、大体あなたの御説明を聞いても、何といっても、中心になるのは著作者の権利を保護する、この完ぺきを期するということが第一ですね。そのことが少なくともあるでしょう。著作者のそういう意欲をわき立たせることは、日本の文化の上にも大きな貢献をすることになりましょうししますから、そういう関連的ないろいろな問題が出てくると思う。また、そういう関連的なものも重要であるということももちろん認めるのです。しかし、大体あなたがお考えになって、いま著作権法を改正するという御趣旨は、著作者の保護を完全にするというようなところに大きな中心的なねらいがある、こう見てよろしいように伺ったのですが、やはりこうなりますと、いろいろな議論が出てくるわけです。たとえば、この前の質疑の段階においてもその二つの問題が出ました。著作者の保護ということだけでいいのか、それよりか、もっと公益性といいますか、社会に貢献するという面を強調すべきかというお話もあった。そのことから、たとえば保護期間の問題も五十年でいいのかという御議論も出てくるわけであります。私は端的に言えば、著作者の保護を完全にするという、そういうたてまえに立たなければいかぬと私は思うのです、思うのですけれども、議論はいろいろ出てくるということですね。だから、たとえば二年間延長するということだけの問題ではなくて、根本にある問題をこれから一体どうまとめるかということが次の国会に出てくるのですね。著作権法の全面的改正というやつに非常な大きな影響を来たすものです。そういう角度で考えてみますというと、審議会をつくっていろいろ御討論いただいているようだが、その中に出てくる議論なんというのも、ずいぶんやはりれわわれとしては十分お聞かせをいただきたいというような気持もするわけでありますが、その前に、やはりいまの見解なんです。著作権そのものに対して一体どういう見解をとるのか。たとえば明治三十二年に著作権法を制定した。そのときの一体著作権というものに対する考え方、いわゆる著作権の本質というようなもの、それと、今度一体――まあまだできないわけですから、あなた言いにくいかもしれないけれども、少なくともそれを指向する方向はわかると思います。それは二年間延長という案を出しているからよくわかると私は思う。そのいまの本質と、いま考えているそれと違いがあるのかどうかということです。どこにそういうあれを置くかということが大事なことだと思いますので、何かお考えがあったら、ひとつこの点について御説明を願いたい。
  33. 安達健二

    説明員(安達健二君) 十分お答えになるかどうか、不安でございまするが、著作権に対する本質的なものにつきましては、明治三十二年の制定の精神と、今回行なわれようとする精神も、本質的には違いないと私ども考えておるわけでございます。ただ、先ほども申し上げましたように、著作物自体が、かつてはほとんど文書の本というような状況を中心にしていたものから、非常に音楽、映画、放送、そういうような形におきまして、利用の形態が非常に多岐になった、複雑になった。したがって、そういう面におきまして、著作者の有する権利の内容が漸次拡大されてきておるということが言えるかと思います。したがいまして、権利の性格自体についてはたいして変わりはないと思うのでございますが、その内容、権利の幅というものが漸次拡大してきておる、かように言えるかと思うのであります。
  34. 小林武

    小林武君 同じですか、その明治二十二年の水野錬太郎氏がおつくりになったときのいわば著作権、水野錬太郎さんがおとりになった著作権に対する学説ですか、著作権とは何かという。そういう問題についてとられた学説。それとこれからあなたたちがやろうとする、少なくともやろうとしていることは、きまっていないから言いにくいだろうけれども、少なくとも方向だけはあると思いますが、それは同じですか。何だか、文部省の資料をぼくは読ませてもらったのですが、やっぱり水野さんのそれを――文部省にいた方ですね、小林さんという方、あの方のものを見ましたら、やっぱり水野さんのあれをとるべきではないとまでは言わぬけれども、水野さんの考え方にもう少し一むしろ変わっておった。水野さんの考え方を多少変わったものにすべきだという御意見があった。そういう点、どういうものなのか。
  35. 安達健二

    説明員(安達健二君) 著作権につきまして、大きく分けまして二つ考え方がございます。一つは、著作権というものは一種の財産権的なものである。それに対して著作権的な保護を受けるけれども、一種の人格権、たとえば自分の書いたものを勝手に変えられない権利、あるいは自分のつくったものの使用によって名誉、声望が害されない権利、こういうようなのもがいわゆる人格的な権利でございます。したがって、この場合におきましては著作権は財産権として譲渡できる。著作権としては人に売って動いていく。ところが人格権というものは、その人についたものであるから、その人に一身専属の権利である。こういうように著作権を狭く考え考え方一つございます。これは現在の著作権法がとっておる考え方でございます。これに対しまして、たとえば著作権というのは、その財産権と人格権というものは離すべからざるものである。その著作権を譲渡するという場合は、そのいわば著作物の利用権を人に与えるのだ、こういうようなことで、著作権自体はその複合したものというか、統一したものであって、これは譲渡すべからざるようなものであるという考え方、たとえばドイツ法などはこういう考え方をとっておるわけであります。ところが、この点につきましても、著作権制度審議会でいろいろ議論がございましたけれども、大体、水野錬太郎博士がとられましたところの、著作権とは財産権的なものに考える。そのほかに人格権的なもの、一身に専属するような人格権的なものは別に考えると、こういう考え方をとっておるようでございます。で、いま御引用になりました小林さんの考え方は、むしろそのドイツ法的な考え方をとるべきであるという、まあ一種の小林さんのお考えでございますが、現在、著作権制度審議会でとっております考え方は、水野博士がとられた二元説と称するものでございます。
  36. 小林武

    小林武君 著作権制度審議会の中に、この面での何といいますか、専門家、学者ですか、そういう方はどなたとどなたですか。
  37. 安達健二

    説明員(安達健二君) まあ大体いわゆる学識経験者といわれる方は、たとえば会長でございまする立教大学の教授、元東大の国際私法の教授でございます江川英文博士が会長でございます。そのほか日本大学教授の東季彦先生、それから弁護士の戒能通孝さん、それから著作権法の改正に当たられました前の茨城県知事をされました国塩耕一郎さん、それから東大教授の高野雄一さん、国際公法の専門家であられます。それから一橋大学の憲法の田上教授、それから学習院大学の教授、これは民法の先生ですが、中川善之助先生、それから日本放送協会の嘱託でございますが、野村良雄さん、それから外務省の条約局長、それから法制局の第三部長等がございますが、そのほかに専修大学の勝本正晃先生、非常に著作権自体を長くやっていらっしゃいました方としては、東先生、それから勝本先先、この方はもっぱら著作権の専門でございますが、そのほか江川、それから戒能、高野、田上、中川、こういうような私法、あるいは公法にわたる専門家がおられまして御審議をいただているわけでございます。
  38. 小林武

    小林武君 この際、その問題についての一体おもな意見はどんな意見でしたか。あれですか、簡単にざっとまとまったわけですか。いうんな議論があったと思うのですが、どうなんですか。
  39. 安達健二

    説明員(安達健二君) その点につきましては、大体現在の日本の学界の大勢といたしましては、小林さんの意見とは違いまして、現行法のとっている財産権と人格権的なものは別にして、財歴権的なものを著作権と見る考え方が支配的でございまして、この点につきましてはいろいろ議論もございましたけれども、大した異論もなく、水野博士の説を踏襲するという考え方でございます。
  40. 小林武

    小林武君 財産権的な説をとるということになりますというと、これはあれですか、たとえばあなたがおっしゃた著作権者の保護という面ではどういう変化が起きますか。
  41. 安達健二

    説明員(安達健二君) 現行の著作権法で、「著作権ハ其ノ全部又ハ一部ヲ譲渡スルコトヲ符」というのがございます。したがいまして、たとえば木の著作権を持っている場合に、経済的事情によってそれを他人に譲渡するということが容易にできるわけでございます。この財産といたしまして、無休財産権といたしますれば、これはやはり流通過程において十分利用できるということのほらがむしろ著作権者にとって便宜ではないかと、こういうような考え方でございます。
  42. 小林武

    小林武君 それは著作権譲渡を認めるというわけですね。そのことが著作者の権利を保護するという点においてそれはよろしいのですか。
  43. 安達健二

    説明員(安達健二君) いいとか悪いとかは言いにくいと思うのですけれども、そのほうが便利であると、つまり無休財産権の権利として財産的な内容を持っているわけですから、それはそれとして、人に譲り渡して必要な経済的な利益を対象としてもらうということでいいのではなかろうか。ただし、著作者としてのいわゆる人格権的なものについては、これは別でございますから、それは著作者として行使できるように規定されておるわけであります。学説的には、単一説と二元説とは違うわけでございますけれども、実際的にはそう違わないわけでありまして、実際的にはむしろ財産権としてはっきりしたほうが、利用上、著作者並びにこれを受けて利用する者にとって便利である、かように考えているわけであります。
  44. 小林武

    小林武君 便利であるということは、まあ扱いの上で便利であるかどうかということになるのだと思いますけれども、これは著作者という立場に立った場合、人格権の問題をそう簡単に取り扱われて、一体これどうなんですか。たとえば実際の著作者の立場に立って、これはあれですか、そういう面での著作者側の意見というものはありませんでしたか。
  45. 安達健二

    説明員(安達健二君) 先ほどちょっと申し落としましたが、いわゆる著作者と申しますか、現に著作者という立場で、たとえば文筆のほうで申しますと、委員の中に浦松佐美太郎さんとか、それから澁澤秀雄さんとか、あるいは劇作家の菅原卓さんとか、こういう方もいうっしゃるわけであります。その場合に、考え方といたしましては、財産権は財産権として譲渡することもできるということでございますが、一方、人格権といたしましては、現行法の第十八条を見ますると、「他人ノ著作物ヲ発行又ハ興行スル場合ニ於テハ著作者ノ生存中ハ著作者が現ニ其ノ著作権ヲ有スルト否トニ拘ラズ」、かりに人に譲っても、その原著作者の「同意ナクシテ著作者ノ氏名称号ヲ変更若ハ隠匿シ又ハ其ノ著作物に改竄其ノ他ノ変更ヲ加へ若ハ其ノ題号ヲ改ムルコトヲ得ズ」、こうなっておるわけでございますから、財産は移っても著作者たるの地位は変わらない。自分の書いたものはかってに変えられることがないという保証があれば足りるのではないか、かように考えます。
  46. 小林武

    小林武君 その保証を取り入れるということは財産権だけであるという、そういう取り方とは違うのじゃないですか。
  47. 安達健二

    説明員(安達健二君) 著作権といった場合に、大きくいえば著作権の内容といいますか、非常に広い意味においては財産権的なものと人格的なものが複合されたものでございまして、たとえば題名において著作権法といっている、これから広い意味でございますが、法文の中で、単に著作権という場合にはこれは財産権的な権利というふうに解しておるわけでございます。それは移るけれども、原作者の持っておる権利は害、されない。こういうふうに二本立てに規定しておるわけでございます。
  48. 小林武

    小林武君 いまのような説は、あれですか、水野さんの説と同じということになりますか、それは。いわゆる無体財産説ということになるわけですか、それは。
  49. 安達健二

    説明員(安達健二君) 水野錬太郎博士もそういう考えであろうと推察しております。
  50. 小林武

    小林武君 それではきょうはこれで質問を終わります。
  51. 山下春江

    委員長山下春江君) 他に御発言がなければ、本案に対する本日の質疑はこの程度にいたします。     ―――――――――――――
  52. 山下春江

    委員長山下春江君) 日本育英会法の一部を改正する法律案を題題といたします。  本法案については、すでに提案理由説明を聴取しておりますので、これより質疑に入ります。御質疑のある方は順次御発言願います。  なお、政府側より愛知文部大臣、押谷政務次官、西田官房長、杉江大学学術局長が出席いたしております。
  53. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 二、三、ただいま提案になっております日本育英会法の一部を改正する法律案について質問をいたしたいと思います。  先日、大臣の提案理由の御説明があったのでありますが、第一点、二点、三点、そのうちの第一点におきまして、監事の職務権限が今回明らかにされることになったのでありますが、これは従来こういう明文がなかったということにおきまして何か不都合があったのかどうか。今回こういうような監事の職務権限が明らかにされた、そのもう少し理由を、突っ込んだ理由をひとつお聞かせ願いたいと思います。
  54. 杉江清

    政府委員(杉江清君) その経緯についての詳しいことは私も承知いたしておりません。ただ、行政管理庁がそういうふうに一般的方針といたしまして、公庫、公団、特殊法人等について、その経理の適正化をはかるために、監事の権限を明確にすることが必要だ、こういう見地から、統一的に機会あるごとにこのような改正をさせる方針をとっておるわけであります。その一端としてこれをやったわけでございます。ただ、これは抽象的な言い方でございますけれども、確かに現在の特殊法人その他公庫、公団等における監事の実際的な役割、機能等を見ておりますと、このそれぞれの法人または公団等においてその扱いが違っている点もありますけれども、十分その監事が生かされていない。まあ仕事もあまりないし、または執行部の出す資料を形式的に見、形式的にまあ判を押しておるというような事例が中にあるということは、私どもも十分これは想像することができるのであります。で、そういう具体的にどういう不都合があったかということは私承知いたしておりませんが、そういうことからやはりこのような規定が必要であろうということを考えるわけでございます。十分なお答えになりませんけれども
  55. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 日本育英会の資金は相当返還されずにおるものが多いというのが、永年、相当累積してきておるのですね。ただいまの説明だと、別に必要があって置くというのじゃなしに、行政管理庁の方針で置くと、こういうだけですか。文部省のほうで育英会の会計経理なんかを見られたときに、いままでの監事はこの職務を十分果たしておったというように見ておられますか。
  56. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 私は必ずしも十分であったとは考えておりません。まあ返還のことにつきましては、いろいろ育英会側においては弁解の余地もあろうかと思いますけれども、法のたてまえ、趣旨からいいまして、やはりもう少し厳正な取り扱いを従来ともすべきであったというこの点においても、この機能がもっと生かされていいと、私ども考えておる次第でございます。
  57. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 この監事の今度条文を読んでみますと、「監査ノ結果ニ基キ必要アリト認ムルトキハ会長又ハ主務大臣二意見ヲ提出スルコト得」と、こういうふうに新しく捜入されるようですが、ここで監査の結果に基づいて必要ありと認めるというのは、大体どういうことを予定しておるのですか。会長に意見を提出したり、主務大臣に意見を提出するということができるという、こういう明文を入れたのですがね。これはどういう場合を大体予定して、こういうときはやはり会長に意見を出さなくちゃいかぬ、あるいは大臣にまで意見を提出することができるという大体予定、考えられるのは、監事の監査の結果に基づいて必要ありというような条文が予想するのは一体どういう場合なんですか。
  58. 杉江清

    政府委員(杉江清君) まあその監査の結果、違法または不都合、適切でない点があるというふうに私は読まれると思うのであります。ただ、そのことはいままででもこういう場合には十分その職責上それらの点の非違が直されるような方法をとるべきだったと思います。ただ、そういう点を一そう徹底させるために、直接に会長または主務大臣に意見を提出することができるのだと、いままでそういうことがあっても、何か内部的にそれを処理しておった、その措置が非常に微温的であったと、こういうことがまああり得たと思うのでありますが、その非違の事柄の徹底をはかるために、直接に会長または主務大臣に意見を提出することができる。このように改めることが適切である、かように考えるわけであります。
  59. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 今回新たにこういう明文が入って、育英会に過去において同じことがあったから入れたというわけではないが、しかし、まあ考えてみて、育英会の資金の運営については相当社会的に反響を呼ぶような問題もあったのでありますから、今後、監事になっておる人は十分その職責を尽くして、意見があれば会長にも言い、あるいは主務大臣にも意見を提出して、日本育英会の経理、そういうものが国会の認めた趣旨に十分沿うように、これは文部省がやはり監督をされておるわけでしょう。文部省におきまして監事の職務が十分に果たされるように指導されることを希望いたします。  次に第二点、第二点は、大学在学中に受けた貸与金の返還を卒業後免除される職のうちに幼稚園の教育の職を加えることになったわけでありますが、ここで幼稚園の教育の職というもの内容をもう少し明確にしていただきたいと思います。
  60. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 幼稚園の園長、それから教諭、養護教諭、講師のこの四つの職でありまして、助教諭等は含まれておりません。
  61. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 もちろん幼稚園は私立もみな含むわけですね。
  62. 杉江清

    政府委員(杉江清君) そのとおりでございます。
  63. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 そうしますと、幼稚園は国立、公立、私立全部含んで、教育の職というのは園長、教諭、養護教諭、それから講師も含まれる。それ以外に、それでははずされるというのは何があるんですか。
  64. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 助教諭等の臨時的な免許状を持っている職員は現在おりますけれども、それははずれます。
  65. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 大体、幼稚園の教育の職についての内容は以上で了承いたします。  その次第三点。改正の第三点は、「今国会で別途その設置について御審議願っております国立養護教諭養成所で学資の貸与を受けた者についても、大学の場合に準じて返還免除の措置を講ずることであります。」とありますが、ここで養護教諭養成機関というものがいろいろあるんですが、この場合、国立に限定されたという、この国立養護教諭養成所、ここで学資の貸与を受けた者についてこれだけに限定されているという、限定された理由は何ですか、ほかの公立もあるんじゃないですか。
  66. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 公立私立にも文部大臣が指定いたしました養護教諭養成機関がございます。なぜそこまで対象にしなかったかということでございますが、まずそれらの指定養護教諭養成機関の大部分は、かなり多くは保健婦または看護婦等の養成機関と養成を同町にやっておる、兼ねて養護教諭を養成しておるのが非常に多いのであります。そして、保健婦、看護婦等の養成をしております場合には、これは厚生省から別のいわゆる奨学金貸与の制度の適用を受けておるわけであります。だから、そういうものはこれからはずすことが適当だということが一つあります。しかし、そうでない純粋に養護教諭だけの養成をしている公立の機関もあるわけであります。それをなぜ対象にしないかということは確かに一つの問題点だと思います。ただ、これは育英奨学制度の根本にさかのぼるわけでありますけれども、この日本育英会のこの育英奨学の制度は、何といいましても、その対象はいわゆる学校教育法第一条の生徒、学生のための育英奨学のための制度であるし、その機能を持っているわけでございます。それは何といっても学校制度の中においては第一条の学校が主流をなし、また、国家的な社会的な意味を持っているわけであります。そこに学ぶ者の教育の機会均等をはかるということが国としての、また日本育英会としての最大の目的でございます、そして、それではその第一条学校に学ぶ者に十分な育英奨学の措置を講じているというと、まだ必ずしも十分でございません。しかも、もっともっと充実しなければならないのであります。そこで、やはり第一条学校以外のものに育英奨学の対象範囲を広げるということは慎重にいたさなくちゃならない。そこで、そういう観点から考えまして、従来とも慎重な立場を取ってきておるのでありますが、しかし、工業教員養成機関、これは法律で明らかにその組織及び内容をきめておる、また、当面の緊急な必要において設置されたものだ、そして大学程度の教育を行なうものだ、そういうものは第一条学校に準じて育英の対象にした。今度の養護教員養成機関も同様の趣旨に基づいておるのであります。ところで、いまの法律の指定養護教諭養成機関は、養護教員を養成するという点では同一でありますけれども、これはいわゆる法律に直接基づくものでございません。多くは都道府県の条例に基づいてやられておるのでありますが、学校形態としてはいわゆる各種学校でございます。もし、この各種学校にまでこれを及ぼしたときには、これは類似のもの、先ほど申し上げた類似の養護教諭養成機関もあるし、その他各種学校一般に及ぼすおそれがある。その限界がつけにくいという実際上の問題があるわけでございます。各種学校ということになりますと、これは法律でその組織、内容、税度等は規定されておりません。学校教育に類する教育を行なうということで包括されており、その内容は千差万別でございます。したがって、その各種学校の人たち、それを対象にしたときに、その類似のものの限界が非常につきにくくて非常にそれが広がるおそれがある、こういうようなことを考えて、とにかく第一条学校にしぼるという原則を尊重したということ、それから、それに準ずるものとして法律に根拠を持った大学程度の教育を行なうものに限定する、こういうことがこの際適当である、かように考えたわけであります。ただ、確かに多くではありませんけれども、公立の養護教育で純粋にそのことをやっているものについては、就業年限は国立の場合には三年にいたしますが、公立の場合は二年でございます。その程度、内容等も低いし、意味はやはり今度の国立養護養成機関のほうが大きいと思いますけれども、しかし、具体的な養成内容を考えたときに、そういうふうな養護教諭養成をはっきり目的としているものには何とかして及ぼしたらいいのじゃないか、こういうことも十分私ども考えたいという気持ちはあるわけでございます。ただ、先ほど申し上げましたように、いろいろむずかしい面がある。そこで、今回は範囲をとにかく各種学校まで及ぼさなかった。この点は今後ひとつ十分検討してまいりたい、かように考えている次第でございます。
  67. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 公立の場合を少し聞いたのですが、いまも答弁されたようですが、国立の教員養成学部に付置しておる一年の養成機関、これも除外されたのは、やはりいまの趣旨なんですか。
  68. 杉江清

    政府委員(杉江清君) そのとおりでございます。
  69. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 この機会に、最初にちょっとお尋ねしましたが、育英会の資金の運用のことについて、最近その内容がどういうように改善されておるか、返還の状態がどうであるか、さらに将来はどういうようにもつと持っていこうとしておるか。その点少し説明をお聞きしてみたいと思います。
  70. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 返還状況について申し上げますと、まず三十八年度から申し上げましょう。三十八年度におきましては、返還されるべき全額は百十四億、そのうち返還済み額が七十八億円でございます。で、その返還額は六九%でありまして、これが三十九年度になりますと、返還されるべき額が百三十八億円、返還済み額が百十億円、返還率は八〇%に上がっております。四十年度におきましては、これはまだ正確な数字は出ておりませんけれども、返還されるべき額は百六十七億円、返還済み額と考えられるものが百四十四億円、返還率は八六%に上がる予定でございます。まあこういうふうに返還率が上がってまいります。したがって、この返還額が事業総額に加わってまいるわけでございまして、そういう意味において、この事業費総額の中におきます返還命の比率はやはり年々高まっております。で、三十七年度におきましては約一七%でありましたものが、三十九年度においては二六先、四十年度においては三〇%、三〇%といいますと、約三十六億円になるわけでありますが、そういう金額が返還され、それが再び貸し付けの財源になっていくわけであります。こういうふうに、非常にその経理は改善されておるということがいえると思います。
  71. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 いまのその三十六億あるいは三〇%と言われたのは、返還すべき総額に対して返還したものがそういうわけなんですか、三〇%なんですか。
  72. 杉江清

    政府委員(杉江清君) そのとおりでございます。
  73. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 そうすると、まだ三〇%しか返還されていない状態――ちっとも改善されていないじゃないですか、返還すべきもののうちの三〇%しか返していない。
  74. 杉江清

    政府委員(杉江清君) そうじゃなくて、返還された金額で事業費総額の中に占める割合でございます。
  75. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 それじゃ返還すべき金額について言うと、どのくらい返しているのですか。
  76. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 返還すべき金額については、たとえば四十年度であれば八六%が返されるということなんです。
  77. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 最初に言ったのがそういうことなんですね。
  78. 杉江清

    政府委員(杉江清君) はい。
  79. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 これによって予算で組んだ奨学生以上に相当奨学金が出されているのだろうと思うのですが、その人員数で言うと、返還した資金で何%ぐらいというか、どのくらいのものは資金を受けているのか、この返還金でということも同じ金でしょうけれども、ですけれども、この額でどれくらいの人がいま奨学資金を受けているのですか、返還金で。
  80. 杉江清

    政府委員(杉江清君) いままでの貸与人員の総数は百五十二万ですが、およそ二十万ぐらいがこの返還金によってまかなわれていると、こういう計算になります。
  81. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 二十万人。
  82. 杉江清

    政府委員(杉江清君) はい。
  83. 吉江勝保

    ○吉江勝保君 もう少し、何というか、そういう資料でも、二十万人というだけでは、少しばくとしますですね、もう少し分類した表がもしあったら、委員会にひとつお出し願いたいと思います。  これで質疑を終わります。
  84. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 いままでは第十一条に、「監事ハ日本育英会ノ業務ヲ監査ス」、こうなっているのを、今度は監査した結果、必要があれば会長なり、あるいは文部大臣に意見を具申する、こういうことに直されるわけですね。この監事は、民間会社でいえば監査役ということになるのですね。民間会社の監査役というものは、いろいろの経理を監査して、そうしてそれを株主総会において、監査したが、間違いがなかったということを報告をやるわけですな。いままで監事というものは、会長なり大臣に監査の結果というものを報告をし、意見を述べたかどうか。
  85. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 決算書等においては、監事の所見として、簡単に、非違はなかったということを書かれる事例が多いわけであります。それから内部的に、いろいろ運営審議会なり、役員会なり、そういったところに正式に報告されるのが一般の例でございます。ただ、そのような機能が明確でなかった、いろんな扱いがあるということから、このような改正がなされたわけでございます。
  86. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 いままでこの育英会の返還が不十分であったというところは、この監査のやり方においても私は欠陥があったと思うのですね、十分監査をして、そうして返還が悪ければ返還するように、これは督促をしなければならぬ。その督促がだんだん、少しはやかましくなったから、いまお話のとおりに、三十八年度なり、三十九年、四十年というのは、まあ三十九年は八〇%もできたと、こういうこと、四十年は八六%もできると、これはまことにいいことですね、大体言うならば、一〇〇%返還しなきゃならぬ。借りたものを返すというのは、これは当然のことですから。きょうの朝日新聞の社説をごらんになったですか。
  87. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 見ておりません。
  88. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 「こげつきに悩む奨学金」、こういう題で社説がございますが、返すべきものは返さなければいけない。これは当然のことだ。いろいろ督促しても返さない。ことに悪質滞納者が九名いる。その九名に対しては強制執行したということをちょっと書いてありますが、そういう何は御存じですか、御存じでないですか。
  89. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 承知いたしております。
  90. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 それからまだこのケースに類するものが千件以上もある。こういうことを言うておるのであります。そうして、終戦後ならともかくも、もう奨学制度がきちんとして、お命を借りる者は、奨学化に対して奨学生一手帳というものが渡されておる。その手帳の裏にはもう返還をせいということが明記してある。それにもかかわらず返さない者がある。中には自家用の自動車を持って乗り回しておりながら返しておらぬという連中があるということをこれに書いてありますが、ことに公務員あたりに返さない者がありませんか。
  91. 杉江清

    政府委員(杉江清君) かつてはあったということを私も承知いたしておりますが、最近はその点の反省を求め、自覚を促しておりまして、最近においては公務員については私は相当改善されたと思いますが、全然なくなったということも私は言えないと思います。
  92. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 今回は監査のことが一そう条文に入れられるようになりましてけっこうだと思うのですが、やはり監査を厳粛にして、そうして借りたものは返す、そうして返した金はやはりまた新たな学生に貸与できるのですから、だんだんと返還の率も上がっていく傾向にありますが、一そうひとつあなた方のほうからも返還のことについては注意をされて、百%返還できるようにひとつ御努力を願いたい。  それからもう一つは、いま月額二千五百円から三千五百円ですか、この金額は現在の物価あるいは現在の学生生活としては私はもう少し金額をふやす必要がありはせぬか、かように考えるのですが、その点ついて。
  93. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 大学と高等学校、または大学院等でその全額は違いますけれども、いずれにいたしましても、これを引き上げる必要がある。今後とも努力したいと思っております。
  94. 久保勘一

    ○久保勘一君 関連して一点お尋ねします。先ほど吉江委員からの御質問で答弁が多少あっておりましたが、重複いたすようでございますけれどもお尋ねしたいと思います。  指定養護教員養成所の問題ですが、先ほどの御説明を承りまして、大体これを含めない理由についてはわからないでもありませんけれども、申し上げるまでもなく、指定養護教員養成所は文部省が養護教員を五千名早急に配置するという差し迫った養護教員の需給の計画に基づいて、その裏打ちとして指定されておると思うのですが、そういう精神から考えましても、当然私はこの指定の養護教員養成所の生徒にも今度の措置があわせて適用さるべきじゃないか、こう思うのです。ただ、先ほど局長の御説明によると、指定養護教員養成所は看護婦も養成するし、そのいずれであるかがなかなかわからない、在学中。そういうことは実際問題として私もあると思いますけれども、でき得れば卒業後は自分は養護教員になる、卒業したら養護教員を志望するという誓約書でもとって、また、そういう志望が明らかであると申しますか、確実であるかどうであるかということをある程度確かめて、ある程度の見通しの立つものについては、やはりこれは奨学資金を貸与すべきじゃないか、こう思うのですが、もう一度ひとつその点がどうしてもできぬものであるか。また、この法律に基づいて政令か何かで指定養護教員養成所の生徒に適用されるような方法はとれないのか、技術的に。そういう点についてお答え願いたい。
  95. 杉江清

    政府委員(杉江清君) まず政令等、以下の措置によってはむずかしいと思います。で、いまの、指定養護教員養成機関に及ぼすべきだと、こういう御意見については先ほど申し上げたところでその趣旨はわかりますけれども、それを一歩広めたときに、それが一般に波及していくということは、この育英制度の趣旨そのものから見て、また重点の置きどころというところから考えていかがなものであるか、その点はよほど慎重にしなければいけない、こういう考え方でございますが、もしこれを広めるとした場合においても、いわゆる保健婦ないし看護婦等の養成とあわせて養護教員の資格をも与えておるところ、これは厚生省のほうで別途奨学の措置をとっておるわけでありまして、そういうふうな別途の措置がとられておることと、それからその資格をあわせてとったものはどっちかということの判断は非常にむずかしい。誓約書などの措置も、それは一応考えられますけれども、その辺非常に手続もめんどうだし、判断も困難だ、こういうことから、その点まで及ぼすことは私はやはり適当でないと思います。ただ純粋に養護教員の養成だけを行なっておる二年の公立の機関があるわけであります。それは何とか技術的に考えてやれればやってもいいのではないかという気持が私どもに率直にあるわけでございます。しかし、そうすると、今度は養護教員養成機関という面では、他の資格とあわせて持たせるところと同じじゃないか。その間にどのように区別するのかということがすぐ問題になってくる。それから、ひいてはいろいろなデリケートな場合が養護教員以外の場合だってあるわけです。たとえば保母の養成機関にまで及ぼしたらいいのじゃないかというような問題もかねてからの一つの問題であるわけです。そういうふうに非常に分けにくいということが、まあ今回消極的な立場をとらした原因でございます。ただ、重ねて申し上げますけれども、やるとすれば、その養護教員だけの養成機関ということを私どもは事務的に一応考えておりますので、ただ、技術的に非常に処理がむずかしいということから、今後十分そういう前向きな姿勢で検討さしていただきたい、かように考えております。
  96. 久保勘一

    ○久保勘一君 お話はよくわかるのです。よくわかりますが、そこで、今回はどこでけじめをつけるかという判断が問題になると思うのですが、理屈っぽくなりますけれども、そもそもこれらの学校を文部省指定しておるゆえに、特に公立のこれらの学校を二十五校指定したゆえんは何かというと、先ほど申し上げましたように、養護教諭が足りない。早急に充足させなければならない。そのためにはこれらの学校の卒業生になるべく養護教諭になってもらおう、ならそうと、そういう気持ちで、そういう要請でこれを指定しているのだから。それはなるほど卒業後、看護婦になるのか養護になるのか判断はむずかしいけれども、なるという誓約書をとって、なるという者だけにそれだけの貸与をして、ならなかった場合は償還される、卒業後に。そういう方法をやればやれると思うのですよ。がしかし、気持ちが全然ないんじゃない、前向きで検討したいという意思のようですから研究していただきたい。政令でやれないかどうかということについては、さらに御検討いただきたいと思います。御要望申し上げておきます。
  97. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 監査のことで、監事に関することでございますが、今回の改正は、「監事ハ監査ノ結果ニ基キ必要アリト認ムルトキハ会長又ハ主務大臣ニ意見ヲ提出スルコトヲ得」、こう改正なさるのでしょう。それでは監事が監査をしても、自分が必要がないと認めれば監査の報告をやらぬでもいいということになるのですか。
  98. 杉江清

    政府委員(杉江清君) それはそういうことじゃなくて、少なくとも執行部に対してはその監査結果を報告をするし、または多くの場合においては主務大臣に対する決算書等については監査の意見が記載されるのが普通でございまして、何らかの形で報告義務はあるわけでございます。ただ、ここで規定しているのは、これは執行部と、まあはっきりぎりぎりのところを言えば、執行部の意見にかかわらず、執行部の反対があっても、直接、会長または主務大臣に意見を提出することができるのだという、そこまでの監事に権限を与えておるというところに、こういうところにぎりぎりの意味合いが出てくるわけでございます。
  99. 二木謙吾

    ○二木謙吾君 私は監事は民間会社ならば監査役です。監事が会計の監査ということを厳格にやれば間違いが起こらぬ。いま山陽特殊製鋼が倒れて非常な経済界にも混乱を与えておるのです。また、迷惑を受けたものが、大きいところは二十億も三十億も迷惑をみな受けて下請会社はばたばた倒れていく、こういう経済界にも非常な事件が起こった。これは監査が不十分である。前の期までは配当までさせて、タコ配をやって。監査が正確にできておったらこういう事態が起こらぬわけです。私はこの育英会の監事の責務というのも、やはりまた大きいものがあると思う。返還の状況についても十分調べて、どういうところの者が返しておらぬとか、どういう事情によってこれが返還できぬのであるかということを、つぶさによく検討をして、そうしてそれを会長に報告する、そうして、また会長はそれに基づいて返還の要求をやる、またこれによって運営がりっぱにできて、みんながしあわせになるのじゃないかと思うのですが、これはちょっと書き方がやわいように思う。命令づけたらどうだろうかと思うが、いまあなたの答弁を聞いて、そういうことが含まれておる、こういうことで私はまあ納得もしますが、もう少し強力に監事の責務というものを指導される必要がありはせぬか、私はかように考えております。
  100. 山下春江

    委員長山下春江君) 資料の提出をお願いしておきます。先ほど吉江委員からおっしゃった育英会法の関係のもの、明後日木曜日ではちょっとお忙がしいと思いますから、来週の火曜日、二十三日に提出をお願いいたします。
  101. 杉江清

    政府委員(杉江清君) 承知いたしました。
  102. 山下春江

    委員長山下春江君) 他に御発言がなければ、本案に対する本日の質疑はこの程度にいたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後三時十五分散会      ―――――・―――――