運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1965-02-17 第48回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十年二月十七日(水曜日)    午前十一時四分開議  出席委員    委員長 加藤 高藏君    理事 有田 喜一君 理事 藏内 修治君    理事 壽原 正一君 理事 多賀谷真稔君    理事 滝井 義高君 理事 細谷 治嘉君       上林山榮吉君    田中 六助君       中村 幸八君    野見山清造君       三原 朝雄君    井手 以誠君       中村 重光君    伊藤卯四郎君  出席国務大臣         通商産業大臣  櫻内 義雄君  出席政府委員         文部政務次官  押谷 富三君         文部事務官         (大学学術局         長)      杉江  清君         通商産業政務次         官       岡崎 英城君         通商産業事務官         (石炭局長)  井上  亮君         通商産業事務官         (鉱山保安局         長)      川原 英之君  委員外出席者         文部事務官         (大学学術局庶         務課長)    西田亀久夫君     ————————————— 二月十七日  委員受田新吉君辞任につき、その補欠として伊  藤卯四郎君が議長の指名で委員に選任された。  ————————————— 二月十一日  臨時石炭鉱害復旧法の一部を改正する法律案(  内閣提出第五九号)  石炭鉱害賠償担保等臨時措置法の一部を改正す  る法律案内閣提出第六〇号) 同月十二日  石炭鉱業合理化臨時措置法の一部を改正する法  律案内閣提出第七〇号)  産炭地域振興臨時措置法の一部を改正する法律  案(内閣提出第七一号) は本委員会付託された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  臨時石炭鉱害復旧法の一部を改正する法律案(  内閣提出第五九号)  石炭鉱害賠償担保等臨時措置法の一部を改正す  る法律案内閣提出第六〇号)  石炭鉱業合理化臨時措置法の一部を改正する法  律案内閣提出第七〇号)  産炭地域振興臨時措置法の一部を改正する法律  案(内閣提出第七一号)  石炭対策に関する件(産炭地域振興問題)      ————◇—————
  2. 加藤高藏

    加藤委員長 これより会議を開きます。  去る二月十一日本委員会付託になりました内閣提出臨時石炭鉱害復旧法の一部を改正する法律案石炭鉱害賠償担保等臨時措置法の一部を改正する法律案、同じく内閣提出で、二月十二日付託になりました石炭鉱業合理化臨時措置法の一部を改正する法律案及び産炭地域振興臨時措置法の一部を改正する法律案の四法案を議題として、政府提案理由説明を求めます。櫻内通商産業大臣
  3. 櫻内義雄

    櫻内国務大臣 まず、臨時石炭鉱害復旧法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び要旨を御説明申し上げます。  臨時石炭鉱害復旧法は、昭和二十七年に制定され、過去十二年間に同法により約百七十億円の鉱害復旧が行なわれてまいりました。  しかしながら、今日なお石炭及び亜炭鉱業による残存累積鉱害量は数百億円に達し、今後の採掘による将来発生鉱害量は毎年十数億円にのぼることが予想され、国土保全及び民生安定の見地から深刻な問題となっております。  このため、早急に全国鉱害の実態を調査し、実情に即応した鉱害復旧促進対策を講ずる所存であります。しかし、最近の鉱害復旧事業における復旧費の値上がりは著しいものがあり、鉱害賠償義務者負担は著しく増大してまいっております。したがって、この鉱害賠償義務者負担を軽減し、本法の目的である国土保全及び民生安定の見地からする鉱害復旧が円滑に行なわれるようにするため、国等負担分を適正にする必要があります。  この改正案内容は、国等負担分を適正化するとともに、総合的復旧効果確保する見地から、家屋等復旧工事にかかる国及び県の補助率について現行の二分の一を百分の六十五に引き上げること及びこれに伴う関連規定改正を行なおうとすることであります。  以上がこの法律案提案理由及び内容であります。何とぞ慎重御審議の上、御賛同あらんことを切望する次第であります。  次に、石炭鉱害賠償担保等臨時措置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び要旨を御説明申し上げます。  石炭鉱害賠償担保等臨時措置法は、一昨年七月、鉱害賠償担保のための積み立て金制度鉱害賠償促進のための融資制度を設ける目的をもって制定され、その実施機関として同法に基づき鉱害賠償基金設置されているところであります。同基金は、今日までに約十億円の賠償担保金を管理するとともに、約十七億円の賠償資金融資を行なってまいりました。  しかしながら、今日、石炭鉱業による残存鉱害量は、なお数百億円に達し、今後の採掘による将来発生鉱害量も毎年十数億円に達するものと見込まれております。  このような実情に対処するためには、残存累積鉱害処理を促進し、また鉱害発生を極力防止する対策の拡充につとめることが必要であります。このため、その対策一環として鉱害賠償基金従前業務強化いたしますとともに、将来発生鉱害を極力防止するため、同基金業務として、新たに鉱害防止工事所要資金融資業務を加え、排水処理ボタ山崩壊防止、抗内充てん等工事資金融資を行なわせることといたしたのであります。  この改正案の主要な内容は、基金業務に新たに鉱害防止のための措置に必要な資金貸し付け業務を加え、かつ、これに伴い基金の名称を現在の鉱害賠償基金から鉱害基金に改めることといたした点であります。  以上がこの法律案提案理由及びその内容であります。何とぞ慎重御審議の上、御賛同あらんことを切望する次第であります。  次に、石炭鉱業合理化臨時措置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び要旨を申し上げます。  御承知のとおり、エネルギー革命進行に伴い、わが国石炭鉱業は現在きわめて困難な状況に置かれております。  政府といたしましては、このような事態に対処するため、従来から、第一次石炭鉱業調査団答申及びこれに基づく石炭対策大綱に沿って、石炭対策を強力に推進してまいったのでありますが、その後の事態の推移には予想以上のものがあり、いまや従来の施策をより強化する必要が生じているのであります。  このような情勢に対処するため、昨年再び石炭鉱業調査団が編成され、今後とるべき施策について鋭意検討が進められまして、昨年十二月答申の運びに至ったのであります。  政府といたしましては、答申の直後、この答申を尊重しつつ石炭対策強化をはかる旨の閣議決定を行ない、今後の石炭対策基本的方向を明らかにした次第であります。  この方針に沿い、石炭対策推進のための立法措置一環として、今回、石炭鉱業合理化臨時措置法の一部改正を提案いたした次第であります。  この法律案内容の第一点は、長期的な観点に立って石炭鉱業の安定と石炭長期安定供給確保するため、従来の近代化資金貸し付け制度に加え、新たに石炭資源開発するための新鉱開発資金貸し付け制度を創設することとし、石炭鉱業合理化事業団にその業務を行なわせることとしたことであります。この制度は、通商産業大臣が急速かつ計画的にその開発を行なう必要があると認めて指定した地域石炭資源開発に必要な資金相当部分を無利子貸し付けるものでありまして、その償還期間貸し付け対象設備その他については、従来の近代化資金の場合よりも有利な条件を定めることといたしております。  改正の第二点は、現行整備資金保証制度を拡充し、年間生産数量五十万トン以下の中小炭鉱がその事業を改善するために必要な資金を銀行から借り入れる際に、事業団がその債務保証をすることができるものとしたことであります。  政府は、石炭鉱業に占める中小炭鉱重要性にかんがみ、その金融の円滑化をはかるため、従来から種々の措置を講じてまいりましたが、この際、新たに運転資金についての信用補完制度を創設し、もって中小炭鉱の経営を改善していくこととしたものであります。  改正の第三点といたしましては、廃止する炭鉱に交付する交付金財源として、採掘権者または租鉱権者が毎年事業団に納付する納付金の額の限度を石炭数量一トンにつき現在の二十円から三十円に引き上げることとしたことであります。  これは、スクラップ・アンド・ビルド政策推進に伴い、四十二年度までのスクラップワクを拡大する必要があり、その財源確保のために、納付金トン当たり十円引き上げることが必要となったことによるものであります。  第四の改正点は、鉱区調整をより容易に行ない得ることとしたことであります。  鉱区調整は、資源合理的開発有効利用等観点から積極的に推進する必要があり、このため、従来のように鉱区が錯綜する地域においてのみならず、鉱区が隣接する場合においても、その鉱床の合理的、一体的開発鉱業の円滑な実施等見地から見て必要と認められる場合には鉱区調整を行ない得ることといたしました。  なお、以上のほか、事業団余裕金の運用の方法の拡大、事業団の監事の権限の強化等改正もいたしております。  以上がこの法律案提案理由及びその要旨であります。何とぞ慎重御審議の上、御賛同くださいますようお願い申し上げます。  次に、産炭地域振興臨時措置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び要旨を御説明申し上げます。  御承知のとおり、エネルギー革命進行に伴う石炭鉱業の不況とこれに対処するための合理化進行に伴い、産炭地域経済は急速に疲弊し、種種の深刻な問題を生ずるに至りました。  政府といたしましては、このような事態に対処するため、従来から、産炭地域石炭鉱業にかわる新たな鉱工業等を導入することによってその発展をはかるため諸種の対策を講じてまいりました。  この結果、相当数企業産炭地域への進出が見られるに至りましたが、昨年の石炭鉱業調査団も指摘したように、いまだ地域振興中核となるような産業の成立を見ず、地方公共団体財政の悪化もあって、経済的疲弊の影響が各種の好ましくない社会状況を現出しているのが産炭地域現状であります。  こうした状態に対処するためには、地方財政対策社会対策措置を講ずると同時に、資金確保や税制上の優遇措置とあわせて、道路港湾等公共事業を促進して、産炭地域産業基盤の急速な整備をはかることにより中核となる企業の導入、育成をはかることが不可欠の要請であります。  また、これと同時に、住宅厚生施設などの生活基盤整備産業基盤整備と均衡を保って行なわれるのでなければ、せっかく整備された産業基盤も真にその効果を発揮することができないことは言うまでもありません。  しかしながら、産炭地域地方公共団体は、一般にその財政状態が悪化しており、産炭地域振興上必要なこれらの公共事業を十分に実施することが困難な状況にあります。  したがいまして、国がこのような地方財政上の隘路を解消し、産炭地域における産業基盤及び生活基盤整備のための公共事業が促進されるような措置を講ずることが必要であると考える次第であります。  この法律案は、このような考え方をもととして、国が産炭地域地方公共団体に対して財政上の援助をすることとし、これに必要な規定産炭地域振興臨時措置法改正追加しようとするものであります。  改正規定のおもな内容は次の二点であります。  その第一は、道県に対する援助措置として、地方債利子補給を行なうことであります。道路港湾住宅等政令で定める事業産炭地域内で活発に行なわれ、関係道県通常負担額以上の負担をすることとなった場合に、その部分について発行を許可された地方債について、その利子支払い額の一部を補給することといたしております。  第二は、市町村に対する援助措置として、国の負担割合特例を設けることであります。道路港湾住宅厚生施設教育施設等政令で定める事業を、市町村通常事業量を越えて実施した場合、国の負担割合通常割合の二割五分増しの範囲内で引き上げることといたしております。  なお、これらの措置適用期間につきましては、地方債利子補給については、利子支払い長期にわたることにかんがみ、昭和五十五年度までといたしており、また国の負担割合特例については、産炭地域振興臨時措置法の失効の年度までといたしております。  以上がこの法律案提案理由及びその要旨であります。何とぞ慎重御審議の上、御賛同くださいますようお願い申し上げます。
  4. 加藤高藏

    加藤委員長 これにて四法案提案理由説明は終わりました。  ただいま提案理由説明を聴取いたしました各法律案に対する質疑次会に譲ることにいたします。      ————◇—————
  5. 加藤高藏

    加藤委員長 次に、石炭対策に関する件について調査を進めます。  産炭地域振興問題について質疑の通告がありますので、これを許します。野見山清造君。
  6. 野見山清造

    野見山委員 きょうは私は小林次官出席を求めておったのでございますが、押谷政務次官が御多忙のところおいでくださいまして、たいへんありがとうございました。いま私が申し上げようとするのは、これは非常に深刻な問題でございまして、次官におかれても十分御理解をいただきまして、いま私が申し上げます飯塚市を中心にした約三十万の住民の非常な熱望、要望を持っております問題でございますので、何とかひとつこれから申し上げますことについて御理解をいただきたいと思うのであります。  筑豊というのは御承知のとおり、石炭が非常に盛んな時代は、一口に人口が大体百万といわれておったところでございますが、昭和三十四、五年ころから石炭が非常に斜陽化いたしまして、今日では大体八十万内外だろう、こういうふうに私ども思っております。飯塚市はこの筑豊中心地でございます。産業経済、文化、交通、あらゆる面の中心になっております。そしてここには国、県というような出先機関が全部飯塚市に集中しております。こういうふうに筑豊としては最も環境に恵まれたところでございますし、こういう地の利を利用いたしまして、同時にまた周囲の熱烈な要望もございまして、飯塚市自体としても何とかこの産炭地の苦境を打開しようとして、今度、飯塚市としてはまさにこれは起死回生の一大事業だろうと思いますが、そういう一大決意をもって近大誘致決定したわけであります。それが決定いたしまして諸般の手続を終わりまして、最終的には文部省認可があるものと、こういう確信を持って今日まで準備を進めてきたのでございますが、残念ながら不認可になった。この問題についてひとつ賢明な次官の御答弁をいただくとともに、何とかひとつ再考慮をしていただきたい、こういうことできょうお願いする次第でございます。  まず、政務次官にお尋ねしたいと思いますのは、文部省文教政策といえども、やはり国の大きな基本政策一環として文部行政というのは行なわれておるはずなんです。私はそう思っております。その点について政府の基本的な考え方文部省の今度の処置において非常に大きな違いがあるのじゃないかという感じを私受けますので、まずこの点を次官はどういうふうに政策の面においてお考えになっておるか、ひとつお尋ねしたいと思います。
  7. 押谷富三

    押谷政府委員 大学設置につきましては、御承知のように学校教育法第四条によりまして、文部大臣認可を必要といたしておるのであり、文部大臣はまた認可申請があれば、これを学校教育法第六十条に基づきまして、大学設置審議会諮問をし、その答申を得て処置をすることになっておるのであります。大学入学志望者急増対策一環といたしまして、文部省としては特に大学が新設され、りっぱな大学がより多くできて、志願者を多く収容できることを熱望いたしておるのであります。  そういう考え方に立って、ことしの大学設置につきましては臨んでおったのでありますが、近畿大学第二工学部の設置につきまして、これも御承知のとおり昭和三十九年九月三十日、文部大臣に対して学校法人近畿大学理事長世耕弘一君から申請がなされたのであります。文部大臣昭和三十九年十月十六日大学設置審議会に対して、認可をするのがいいか悪いかについて諮問を行なったのであります。同審議会は慎重に審議をいたしました結果、三十九年十二月十八日に至りまして、文部大臣不可であるという残念な答申が出てまいりました。これにつきまして、その間いろいろと苦慮をいたしたのでありますが、かような答申がありまするので、これに従って、従前の例にならって、現在文部省におきましては設置認可を与えていないのが実情であります。
  8. 野見山清造

    野見山委員 認可を与えていない。正式には私承っておりませんが、非公式にはそういうお話は聞いております。この飯塚市の近大誘致は、これから私述べようと思いますが、これは国策に順応した事業でございまして、少なくとも私の考えとしては経過から見まして、これが保留の線に持ち込まれるという確信を得たのであります。それはいろいろな経過がございます。そういうことからして、今日まで、いまあなたのところに写真も差し上げておると思いますから、次官、ごらんになっていただきたいと思いますが、それが不可になったことについて、私は非常な不満とこれに対して疑惑を持っておるわけであります。  で、文部省のことしの教育方針というのは私が申し上げる必要はございませんが、いわゆる大学急増対策というのも非常に大きな問題だろうと思います。これは高等学校急増対策が終わりまして、そうしてその人たちがようやくことしから大学に入学するという年齢期に入っておるわけであります。そういうことで政府も国民もあげて大学急増要望しておったと思うのであります。同時にまた第二点としては、技術者養成、これは日本経済がこれだけ伸展いたしまして、技術者不足というのはあなたも御存じのとおりでございまして、国もそのためにいわゆる国立の高専学校をことしも七、八校つくっておられると思います。そうして技術者養成に非常な努力を文部省もやっておられます。  同時に、私がきょう申し上げたいと思いますのは、産炭地振興にこの飯塚市の近畿大学誘致というのは、これはほかのところと違って特異性がある。産炭地振興というのは石炭問題でございますが、これは衆参両院においても特別委員会がこのためにわざわざできております。衆議院にも参議院にも特別委員会をつくって、何とかして産炭地振興しなければならない。これは国の大方針なんです。そういう国の方針に基づきまして、この近大誘致というのも決定したわけなんです。御承知のように飯塚と鞍手郡の境には自衛隊も入っております。これは別府とかあるいは小倉の自衛隊をそれぞれ適当に配分して飯塚自衛隊を昨年持ってきました。いまどんどん編成しております。何十億の国費を投じて自衛隊をあそこへ持ってきましたのも、産炭地振興一環なんです。あるいは大蔵省からも、たばこのいわゆるフィルターの工場も田川にできております。その他いわゆる国会におきましていろいろなことをやっております。団地をつくってみたり、あるいは山間僻地にいろいろな土地を造成したり、ボタ山をこわしたり、あるいは水資源開発したり、ダムをつくってみたり、あらゆる国策というものがこの産炭地に集中されて、しかもこの石炭特別委員会はそれを専門審議しておる場所なんです。そういう大きな国策の中で、近畿大学が、しかも一銭も国費援助を受けずに、単独にこの事業をやりかかろうとした。この近畿大学設置に対してそれが不可になったという理由なんですが、これは私は非常に不明朗だと思うのです。  私は第一に申し上げたいと思いますのは、現地視察に来られた東大の吉識先生、この方が主査になっているのだと思いますが、それから早稲田の明石先生、慶応の宗宮先生ですか、この三人の方が文部省委託で来られたのかあるいは大学設置審議会委託で来られたのか存じませんけれども、大学設置をする前提条件として、一番大切な役目を持って飯塚に、現地に来られた、これは次官御存じだろうと思うのです。現地視察に来られたときの写真がございますが、来られたときの状況はあなたも御存じだろうと思います。本館のほうは基礎工事をやりつつあったという現状であることは、残念ながら事実なんでございますが、もしそれがその時点において大学の審査の基準に合わない場合を考慮いたしまして、しかも学校側もあらゆる犠牲を払って教養学部として千八十坪ばかり買収した別の校舎があるわけなんです。これがあれば、大体いままでの過去の例から見まして、少なくとも保留の線にはなっておったと思うのです。この点についてそういう現地視察に行かれた、しかも専門先生がその後これはパスした、視察の結果はいわゆる専門委員会では、あなた方のつくられておる学校に対する委員会の結論としては、合格しましたという電報まで飯塚市の市長あてにいただいております。公の電報なんです。だいじょうぶですよという電報までいただいている。そういうことに勢いを得て、どんどん事業を進捗したわけなんです。それが不可になった。こういう点について次官はいかにお考えになりますか。これは単にこれだけでなくて、産炭地とかいろいろな問題を総合しながら、ひとつ御返答いただきたいと思います。
  9. 押谷富三

    押谷政府委員 御発言のごとく、大学入試志望者急増を前にいたしましての大学設置申請でありますから、十分に考慮をいたさなければなりません。また技術者養成必要性考え、特に産炭地であり、地元の熱烈な要望も十分考慮いたしまして、文部省といたしましては、この近畿大学設置については特別の配慮をいたしたつもりであります。  御承知のごとくこの大学設置審議会におきましては、大体校地校舎、教員の組織、教育研究用設備図書等申請書によりまして専門的にいろいろ研究をし、さらに現地に参りまして総合的な調査を行なって可否の判断をするのに誤りなきを期しているのでありますが、ただいま御発言のごとく審議会におかれて特別に現地調査員を派遣して調査をいたされたことはそのとおりであります。ところがその調査の結果によりますれば、実地視察のとき、すなわち十一月二十日でありますが、専門教育を行なう校舎基礎工事の段階でありました。また一般教育を行なう校舎は既設の私立女子高校校舎お話しのごとく買収いたして使用する予定になっておりました。また不足教育設備につきましては増築の工事中でありまして、全体といたしましては校舎準備がはなはだ遅延をいたしておる状態にあったのでありまして、専門教育を行なう設備といたしましては不十分な状態にあるということが考えられたのであります。こういうところから、大学設置審議会においては——これは従来でありますならば設置予定年次の前年の十二月までに年次計画初年度分校舎の大部分の建築が完了されていることを原則といたしておりまするような関係から、これでは四月の開設には相当困難があるというような見通しを持ちまして、認可に対して不可意見が出てまいったのであります。  文部省としてはお話のごとき事情もよく勘案いたしまして、これは不可という意見が出ておりますが異例の処置をとりまして、もう一度考え直してもらいたいというような処置もいたしたのでありますが、何ぶんにも審議会意見を出しますればその審議会意見を尊重することがたてまえになっておりまするので、大臣も私も、また文部省事務当局もいろいろ苦慮をしながら、審議会決定につきましてどうも尊重をしなければならぬ今日の法のたてまえからして、やむを得ず不可という答申を尊重いたしまして、認可をいたさないことにしたのでありますので、御了承をいただきたいと存じます。
  10. 野見山清造

    野見山委員 いま次官のおっしゃられたことは、どうも私はおかしいと思うのです。専門委員というものの視察目的というのは、校舎とか校地、図書あるいは一般教養施設とかそういう具体的な問題を調査する任務を帯びて現地に行かれたと私は思うのですよ。そのためにはやはり東大とか慶応とか、そういうりっぱなそれぞれの知識のある方が現地に行かれているわけです。そしてその現地に行かれた人は、専門委員現地調査した人ですよ。この人が、可なり、合格という証明を出されて、それが今度総会で、何も調査にも行っておらぬ人が、机の上でそういうことをする人が、不可なりというようなことは、どうしてそれが信じられますか。あり得ないじゃないですか、実際に。子供じゃないのですよ、大学の堂々たる先生が行って、現地視察した三人の方が、これならだいじょうぶだ、こういうことの結論を、公式の場で、委員会で出された。その結論が審議会に回ってきたものが不可なりというようなことは、ここに私は疑惑を持っておるのです。そういうことは前例にありますか。それは私は逆の場合はあると思うのですよ。現地に行かぬ人がそういうことを出して、そしてやった場合、現地に行った人がそういう説明をして逆転をすることはあると思いますが、今度の場合は逆なんですからして、この点を私もう少しはっきりしていただきたいと思います。
  11. 押谷富三

    押谷政府委員 その審議の過程における詳細につきまして、所管局長より答弁をさせます。
  12. 杉江清

    ○杉江政府委員 まず、現地視察にあたりまして、一般方針といたしまして、現地審議会の結論めいたことを言うことは差し控える、こういうたてまえになっておるわけでございます。この近畿大学の第二工学部の場合は、委員の方にはいろんな御見解もあったろうと思いますけれども、その基準また審査内規等から考えまして確かに大きな問題があるわけであります。たとえば初年度分として、校舎の中には第一年次の授業に必要な実験実習室あるいは教室等のほかに、開設に際して採用される専門教育の教授や、研究室あるいは図書室、書庫その他の管理部門、そういうものがあるということが一つの審査方針になっておるわけですが、そういうものは第二工学部の場合には不足しておるのであります。その他図書、設備等においても内容がきわめて貧弱である、こういうふうな実態から見て、委員の方々がそこでこれでよろしいという判断をされることはおそらくないじゃないか、あるいは個人的見解を軽い意味で申されたかどうか、その辺は私は知りませんけれども、非常に多くの問題があるのでありまして、いまのように明瞭な形でいいと言われたことはおそらくないと私は考えております。ただいずれにいたしましても、そういう現地調査の結果、視察の結果は、設置審議会の部会で慎重に検討する、そこで部会としての意見をまとめて、その意見を総会に報告して全体の御審議を仰ぐというたてまえになっております。だからあくまでも現地視察の結果は分科会の審議資料になる、それがまた全体会議での資料として提出される、こういうたてまえのものでございます。そういう意味におきまして、いま視察委員の方々が何らかの形で言われたということが直ちに審議会の意向を代表するというようなことはたてまえ上あり得ないことですし、また私どもの承知しておる限りにおいては、現場ではっきりいいというような言い方はされておらない、かように了解しております。
  13. 野見山清造

    野見山委員 あなたと私と非常に見解が違う。そうじゃないのですよ。専門委員の方は、そのメンバーがどういうメンバーか存じませんが、専門委員の方は、私はその後吉識先生にも明石先生にもお会いしたのです。宗宮先生にはお会いしておりませんが、非常に遺憾の意を表されております。われわれは現地視察に行って、そして実際見て、建築もぼくは専用だ——あるいは吉識先生は電子工学か造船か何かだったと思いますが、そういう先生が、われわれが見てきて結論を出したやつが逆転したというのですよ。見たということは、校舎とか校地とかその他学校に必要なものなんでしょう。もっとも初年度は教養学部です。あなた方は何かしゃくし定木なことを言われるけれども、そういうふうなことも十分頭に入れて審査されたと思うのですよ。一年のうちに、教養学部のうちに何とか完成すればいいとか、そういうことも十分考慮されながらそういう結論を出されたと思うのですが、いずれにしても、建築の大家である明石先生とかあるいは東大の吉識先生とか慶応の宗宮先生委員として結論を出されたものを、行かない人が、何もこの問題に関係しない人が机上において多数でこれを否決したいということに対する疑惑を私は言うのですよ。それは何も解明されていないじゃないですか。  それから十一月の二十日に視察に来られたとおっしゃいましたが、十一月の二十日に現地に来られた三人の方々の宿舎が福岡でしたが、視察をされたいゆわる総合的なまとめの話をその宿舎の福岡の梅林荘でされておるのを私はよく承っております。いろいろ各委員先生からお話があった中で、特にまた鹿島建設の建設部長もそこにあいさつに来ておりますから、鹿島建設の建設部長に対しても、この学校専門的に見て必ずでき上がる、それで少なくとも三月末までの工程表を早くつくって三月末までに完成するようにしたらどうか、どういうふうに思っておるか、そういうことから、鹿島建設の建設部長も、三月末には必ず学校に引き渡すだけの自信もあるし、工程表もつくっております。材料も資材も全部集めて、手もそろえておりますから御安心なさい、ということを答えて、先生方も非常に鹿島建設を激励すると同時に、飯塚市から行った市会関係、市の関係あるいは商工会議所、町内会の有志の方々その他各種団体の方々にも、この学校は必ずできる、問題は建築だけだから、その建築はひとつ最大限の力をふるって鹿島建設にお願いしなさい。同時にまた学校側に対しては、早く鹿島建設との間にいわゆる誓約書のようなものをつくって、そして文部省に早く提出しなさい。あらゆる指示をその三人の先生がされて、急遽学校学校として文部省に手続するし、同時にまた地元としては、そういう建築に対するいろいろな総力を集めて——これは正月の元日たった一日休んだだけなんです。二十四時間昼夜兼行でやっております。それはそういうふうな形における経過があったためにやっておるのです。  同時にまた、これは次官御存じでしょうが、この学校には飯塚市が五千万のいわゆる助成金を出しておるわけなんです。これは土地とか整地をする金、あるいは取りつけ道路をつくったり、ガスとか水道とかいうものを引き込む施設のために五千万円を出して助成しております。これは五千万ではあるいは道路とかそういう問題にまだ済まないことができてくるかもわかりませんが、一応出しております。同時に、三億円の金を飯塚の地元福岡銀行から融資あっせんをして、飯塚市が保証人で金を借りておる。そして近大に金を三億円渡しておるのです。これはもとより近大のいわゆる経済状態とか信用状態飯塚のほうでよく調べた上でやっておりますが、そういうこともやっております。大体四億に近い三億七、八千万くらいは飯塚市が金の面のあっせんをやっておるのではないかと私は思う。そういうばく大な、市の運命を決するようなことをやっております。やっておるというのはそういうふうな経過が前にあるからなんですよ。  同時に、この十二月の五日には、前申しましたように市長のところに電報が来ている。この学校の問題は専門部会でパスしましたぞ——合格したというこれは先生の好意で来たと思いますが、これを逆用してはいけないと思いますが、そういうものが来ております。それでだれもこの学校はできないと疑う者はおらぬと私は思うのですよ。そういう点から初めてそういう金も出して、いろいろなものを犠牲にしてそこに集中したから今日あれだけでき上がっていると思うのです。これは少なくとも文部省が委嘱したこういう委員の方がこれだけのことをやっておられますし、そういう点から考えまして、少なくともこれが——許可とは私は言わぬですよ。保留にもならなかった。いま一ぺん三月までの期間のうちに見てやろうという保留にもならなかったという点において、私は非常に疑惑を持っている。なぜ保留にならないのか。私は前例もたくさんあることを知っています。まだその学校よりもっと基準の悪いのがみな保留になっていることも知っておる。どうして保留にならないか。いま一ぺん見てやろうというくらいな親切がどうしてないのですか。審議会というのはどういうものですか。政府審議会というのは何十とあると思いますが、大体審議会目的というものは、民意が反映されて、民情というものを審議会が取り上げて、そういうものを基礎にして政府答申するんじゃないですか。しからばあなた方のいわゆる大学審議会といえども、やはり地方の実情産炭地とかいろんな実情を総合しながら答申するのが私は当然だと思うのです。しかもそれだけのことをやっているのです。飯塚がつぶれるか生き上がるかというような財政負担をやっているのです。  さらに、これはあなた方にちょっと私は申し上げますが、これに対して、多賀谷さんここにおられますが、多賀谷さんが十二月の十九日と思いますが、ここに、石炭特別委員会に総理大臣を迎えたことがあるのです。そのときもいろいろずっと問題はあったのですが、産炭地振興の問題で、多賀谷さんが質問したことに対して、総理は次のように答えておることがあるのです。「産炭地振興政府が非常な努力をしておることはおわかりだと思います。まず政府機関等をそこへ配置しよう、あるいは自衛隊あるいは学校等々、いろいろくふうしておる、」ずっと飛ばしていきますが、「最近も飯塚学校をつくるという話があり、それがまだ文部省のほうで決定を見ないというようなこと、これなども私まことに残念に思いますから、急速にひとつ進めたい、かように思っております。」、こういうふうな、いわゆる総理大臣自身からも、話を文部省との間に急速に進めたいという答弁があったのです。私は私的に二、三回この問題でお会いしたときも、何とかする、何とかするという総理の話を私は二、三回聞いておる。文部大臣もそういうふうなことを言われておる。それだけみんな政府が、総理大臣まで言う、文部大臣まで言うておるものが、しかも基礎になる審議会の実際の委員答申したものができないような大学審議会というのは、もうコンクリートになっているのですか。これはそうだとすれば、文部大臣なんかまるでロボットじゃないですか。そんなことで文部行政は行なわれますか。次官どういうふうにお考えですか。
  14. 押谷富三

    押谷政府委員 御発言内容は一々ごもっともですが、実地に出張し調査をいたしましたその人たち調査内容につきまして、多少御発言と違うところがあるように存じまするので、実地調査に参りました者がおりますから、その当時の事情をまず答弁をさせていただきまして、それから私の意見を申し述べたいと思います。
  15. 西田亀久夫

    ○西田説明員 私は大学設置審議会の事務を主管いたしておりますとともに、ただいまの近畿大学飯塚の第二工学部設置について、お話しの三委員に随行いたしまして、現地視察をいたしましたので、その間の事実問題だけ私の見聞いたしましたところを御報告いたしたいと思います。  現地視察の審査会におきましては、これは設置審議会が本来書類審査を原則としていたしておりますが、書類に記載されたものと事実との照合を行なうというたてまえでございます。したがって現地におきまして、学校当局とこの審査委員とが対応いたしまして、個別的な事情聴取を行ないまして、さらに個々の物的な施設の整備状況視察いたしました。その後に現地での委員の公式の講評というものは、委員のみが集まりまして、そこで学校側に申し渡す内容を整理いたしまして、公式の席上でこれを発表いたします。その際に委員の全体の所見をまとめる事務は私がいたしましたので、学校当局に申し渡された内容は、その当時の記録によって調べれば明確になると思いますが、その公式の席上における見解のまとめの段階におきまして、ただいまお話のありました専門委員先生は、自分たちは工学部を見にきたつもりだけれども、工学部はどこにもないということで、専門委員はもっぱら専門の立場からカリキュラムなり教員組織なり実験設備なりを見るというのが任務であります。校地校舎その他を総合してその可否の判定をするのはこの審議会の審査会がみずから行なうのでありまして、そのような専門的な状況も判断を行なおうとしたが、現地には何もなかったという意見を漏らしておるわけであります。しかしながら、現地の熱意に対して、なるべくこれをでき上がる方向に努力していただくためにどういう資料が必要かということを、これはすべての実地視察委員としては、できるだけ学校側の立場に立って親切な御指導を申し上げることであります。したがって、その土地の問題、建物の問題、融資の問題、その他図書、設備の問題につきまして、十二月の初旬の最終の判定までに、できるだけ有利な資料が整えられるならば、それを出すようにという指導を一々いたしてまいりました。しかしながら、その場合の全体の講評の中で、この大学の工学部がきわめて有望な状態にあるというような話は、講評の席で全然なかったと私は記憶いたしておりますし、むしろきわめて悲観的なお話があったと私は記憶をいたしております。その後講評の審査会の席以後におきましては、私は汽車の時間がありまして、一人東京に帰りましたので、そのような席において委員の方が個人的にどういうお話なり助言をなさったかは内容をつまびらかにいたしておりません。その後私は東京に帰りまして、大学当局の補足資料を逐一受領いたしまして、審査会に全部提出いたしました。十二月十日の第二回の審査会でこれを不可にするという一応の決定を見、これによって総会に臨むという審査会の方針がきまりましたので、審査会の方針どおり、たしか十二月の十一日であったと思いますが、大学当局の方においでいただきまして、設置審議会の審査会ではこれは不可になりました、したがってお取り下げいただきたいということをはっきり私から勧告申し上げておるわけであります。そうして、これが総会でくつがえるということは、きわめて前例として少ない、文部大臣答申がありましたもの以外の措置をしたことは前例にはございません、という事実も申し上げてございます。  以上が事実でございます。
  16. 野見山清造

    野見山委員 あなたはいま不可になったという御答弁ですが、私はその後の問題なんです。総理は十九日なんですよ。十二月十九日の総理の委員会発言もありますし、それ以後に私も何回もお会いしております。大臣もその後なんですよ。この後の事態に対しての問題なんですよ。あなたの言うその前の事務的な問題ではない。あなたその日直接お帰りになっておるでしょうが。あなたはその目すぐお帰りになったが、そうではなくて委員先生は、あなたより一日長く現地におられて、翌日帰られた。  それから西田さん、あなたはどう思いますか。これが保留にならなかったのがおかしいと思わぬですか。あなたはそのとき、いまのお話から見ると——あなたの言動も私は知っておるのですよ。そんなことがよう言われるね。あなた、言うてみなさい。
  17. 西田亀久夫

    ○西田説明員 私は文部省の課長でありますとともに、この仕事に関しましては、設置審議会の事務担当者といたしまして、審議会の会長の指揮を受けて仕事に従事いたしております。したがって、この担当になりましたときに、私どもの私宅にまでいろいろ訪問されてその事情を陳弁される場合に、私は個人としていろいろな言動をしたことを自分としては記憶いたしております。しかしながら私は、現在その場合に、自分として、この結論がいいか悪いかというお尋ねに対しましては、審議会の全体の経過を見まして、この結論が私はごもっともであろう、かように確信いたしております。
  18. 野見山清造

    野見山委員 あなたの個人の意見としてはそれでいいのですが、あなたは公の課長でなくて、個人西田としての御意見だろうと思うのですが、あなたの意見として私の聞いたところでは、保留になるべきが当然だったが、残念ながらならなかった、しかし次の総会には何とか努力してみようというようなお話もあったと聞いております。それから、ちょっと前例を一つ二つ調べていますが、明星大学の理工科、それから東海大学の工学部の問題、こういうふうな保留になった前例。これは昭和三十九年ですか、東海大学の場合は一般校舎工事が大体四百坪くらいしがなかった。そしてしかも一部は改造中であった。さらに計画中の校舎千坪くらいは穴掘り程度しかできていなかった。これでも保留になっておりますね。それから明星大学の場合もそういうことが言えると私は思うのですが、専門課程の校舎の建築が基礎工事中であった。一般校舎は付属高等学校校舎を流用している。これもやはり保留になっている前例がある。これはあなた方また意見があるかと思いますが、こういうふうな前例から見ますと、これに対してさらに産炭地とか、この時期はたまたま大学急増とか、いろいろな条件もかなり加わってきておりますから、この近大の場合に保留にならないというのは非常に私はおかしいと思うのです。資料はたくさんあるのですがこれをやってあまり時間をとってもしょうがないから、私は結論を急ぎたいと思うのです。  まず、いま私が申し上げた二つの学校の例なんですが、これは飯塚の場合よりかずっと程度において悪いと思うのです。飯塚は少なくともいわゆる教養校舎としてはそれだけの校舎をとっている。私はいま写真を持っていますが、教養校舎は完成しております。委員長にも見てもらったが、教養校舎のほうはりっぱに完成している。その完成したのはいまの時点ですが、その当時の状況から見ても、私はやはり文部省がいう基準の八〇%はできておったのじゃないかと思います。そういうふうにして準備を整えて、本校舎のほうがわずかに基礎工事中であったというのは、私も事実であろうと思いますが、これを両者と比較いたしますと、飯塚の場合は、何にも条件がそういうものがないにしても保留になるべきだ、こういうふうに考えるが、あなた方はどういうふうに思うか、前の二つと対照してください。
  19. 杉江清

    ○杉江政府委員 まず、いままで保留になった例と比較いたしますと、たとえば明星などにおきましても、確かに建物の点は相当立ちおくれておりました。しかし図書その他の設備飯塚の場合よりも相当整っております。また東海大学の場合、これはやはり一年目は不可になっております。二年目に総合的に判定して保留いたしておりますが、これはやはり一年目は不可として準備を整えられたわけであります。  ついでに審議会の全体の審議方針についてちょっと申し上げておきたいと思いますけれども、確かに四十年度、四十一年度は大学志願者急増の時期に際会いたしまして、私どもは国公私立を通じて、大学の収容力をふやすということが必要だと考えて、特に大学についてはそのような予算編成をいたしておるわけであります。しかしこれは各方面から指摘され、また強く要求されておりますことは、大学の収容力をふやすことはけっこうだけれども、この際大学の質を落としてはいけない。大学というものは志願者がふえたからといって質を落としてまでふやすべきものでない、やはり堅実な計画を立てて進めていくことが必要だ、こういう御意見が各方面から起こったのであります。そういう意見を十分いれて、文部省としては一時は、十万人を四十年、四十一年に増募するという計画なり見通しを立てたのでありますけれども、それを圧縮いたしまして、七万六千ということを一応の目安といたしたのであります。その七万六千をふやすにいたしましても、なお大学の質を落としてはいけないという御意見が強かった。そういうことから今回の審査にあたりましても、いままでの審査方針を特にゆるめるということはいたさない、いままでどおり基準を厳正に適用してやるべきだ、こういう基本的な方針がとられたのであります。  そこで、いまいろいろお話がありましたけれども、要するにこの審査のたてまえといたしますと、十二月五日までに提出された資料によって判定するというのが基本的な方針でございます。その後いろいろと努力をされる場合もありましたけれども、しかしあとどうなるかということを一々追っていることは実際上むずかしいのであります。もしそういうふうにあとの努力までも一々フォローするということになると、十二月に結論を出すこと自体ができなくなる、今度不可になりましたのが三割近くもありますけれども、しかしそれらの多くが保留ということであとを見なければならぬということになりまして、審査が非常にやりにくく、ある意味では混乱を生ずるということになるのであります。そういうような点を考えまして、これはある意味では形式的でありまし上うけれども、十二月五日までの資料をもとにする、こういう原則をとっておるわけであります。これは大学というものの質を確保する、そして一般的に言って四月開校して教育に支障がない、こういう見通しができる時期というものを考えて、その審査をするということが、やはりどうしても必要だ、こういう点から私は適当な方法だと考えておるわけであります。  したがって先ほどあげられましたような例外も、ごく少数あることはあるのでありますけれども、それは先ほど申し上げましたような事情ないしまた一般的な状況等も判断して、そのような特別な措置が講ぜられたのでありますけれども、この近畿大学の場合を考えてみますと、これは何と言いましても準備が非常におくれておる。これはもう事実でございます。ほかにはこれほどおそくから準備され、そして審査日までおくれておる例は、私の記憶する限りではないと思います。そういうふうな状況でその後の御努力は私も見るべきものがあると思いますけれども、先ほど申し上げましたような審査方針、また現時点における大学拡充の方針等から、まことにやむを得ないものがあると存じます。  なお、もう少しふえんいたしますと、確かに設置認可の権限は文部大臣にございます。しかしやはり大学設置ということは、あくまでも客観的に見てその質が確保されるのでなくてはならない。それには多くの専門的判断を必要とする。民意の尊重も必要でありますけれども、しかしやはり大学としての程度を維持するという観点が、また同時に重要な点でございます。そういった立場から従来とも大学設置審議会の判断はあくまで尊重して、この十数年来その例外はつくっておりません。このことをつけ加えておきたいと思います。
  20. 野見山清造

    野見山委員 あなたの大学のあれはわかるのですが、しからば国立の高専なんかは今度予算でできておりますが、ようやく校地がきまり、校舎も仮校舎でどうにもならないと思います。何にもない。おそらく教師も何にもきまっておらぬと思います。そういう場合でも国立の場合はすぐ問題なく許可になる。これは文部省がやっているのか審議会がやっているのか知りませんが、そうなると、いわゆる民間と国営ということになると、信用の問題ですか、そういう問題に大きなウェートを置いてやっておられますが、しかし四月から入学してくると、直ちに教授の編成とか、いわゆる組織とか教科書とかあるいはそういう器材とかいうものが私は間に合わぬと思います。それは当初は間に合わないと思います。しかし少なくとも一年くらいは教養学部でやれるという前提があるから、私は開校できると思いますよ。そういう特殊な事情がいわゆる理工科にはあるのじゃないか。それでいまあなたが言われた明星大学とこれの基準は、これは私もかなりよく聞いておるのですが、全然私のほうがパーセンテージからいくと上だと思いますよ。これはその当時の時点においては、まだ専門学校校舎というのは基礎工事も何もなされていない、整地の段階なんですよ。それから教養学部は付属の高校の一般校舎を流用して使おうというのですよ。それに対して保留になっておる。これは何にも条件がないのですよ。これは産炭地とかいろんな政府の大方針がなくても、普通一般に見てもそういうものが保留になっておる。その次の東海大学の場合でもそれと同じだろうと思います。それは一般校舎木造建てのものがわずかに四百坪しかできておらなかった。それから専門校舎のほうは穴掘り程度であったという。これは私が調査報告を受けたのですから違うかもしれないが、そういうふうな報告を受けておる。これも保留になっております。そういう点から考えると、飯塚は少なくとも鉄筋コンクリートの千何坪というものが見学されたその時点にあるのですから、教養校舎として使われておる、その本館のほうはなるほどまだ工事にも至っておらなかった、これは事実なんですから、これとこれと対照してみた場合に、なぜこれが保留にならなかったかという理由が私はよくわからない。これはいろいろな過程があるのです。先生がそういうことを言われておる。最悪の場合私は先生にここへ来てもらうことにしています。来てもらってやりますよ。来てもらって論争してもいいですが、そういうふうなことがなされて、いまはもう不可になったからだめだということでなくて、あなた方はもう一ぺん見てやろうという親切がないのですか。もう一ぺん現地視察してもらう、その結果だめならみなあきらめますよ。その間あなた方は一回も現地へ行かずそういう結論を出されて、しかも来られた先生三人のうち二人は会っておりますが、三人の先生のうち二人までは、非常に残念だ、自分たちの意見が無視された、こういうことをりっぱに言われておりますよ。あなたの言うこととまるで違う。あなたは事務的に文部省やいろんな審議会をかばって答弁されておりますけれども、私が現実に聞いたのと雲泥の差があるのですよ。それはこの問題がこじれていけばどういうところにも発展をするだろうと思うのですよ。というのは、飯塚市は、もしこれができなければ三億円に対する一年間のいわゆる金利負担を当然やらなければいかぬのですね、近大は開校しないのですから。しかも近大には何十回となく礼を厚くしてその地方の住民が哀訴嘆願して近大に来てもらったんですから、近大が開校できなければ飯塚市はおそらく年間三千五百万くらい金利が要るだろうと思いますが、これも負担しなければならない。もう少しこじれてまいりますと、四月から開校ということになると、近大もあらかじめ教員の手配をしておると思います。四月からやるとすれば、教員にもそれぞれ給料をやらなければならない、その教員組織にまで何十人いるか知らないが飯塚市が負担をしなければならぬような窮地に立つと思います。そういうことがあり得ると思います。近大ができないならばそういうことになってもやむを得ないと思います。全部負担しなくてもその半分をおまえら負担しろという、そういうふうなことを計算してみると、この一年間できなかったことによって少なくとも私は一億円以上の大きな負担飯塚市が受けなければならないような事態が起きてくると思います。  同時にまた、あなた方にも少しお考え願いたいことは、あなた方はお役人だから、円満にいけばいいでしょうが、そうではありません。少なくともあそこの三十万近い地域の住民は黙っておらぬと思います。おそらく飯塚市長はこの問題がはっきりすればリコールされると思います。そういう見通しもつかないままに一億近くの市費を流用して使って、住民にそれだけの大きな損害をかけるということになれば、地域としてもたいへんな大混乱が起こると思います。やはりあなた方も国の大きな政治の一環として行政を担当しておられるのですから、何かそういうものに対する親心があってしかるべきだと思いますよ。あなた方がもう一回大臣審議会先生方にもお話ししていただいて、そうしてもう一回現地を見てやろうじゃないか、だめならだめでいいじゃないですか、それくらいのことができないのですか。向こうではまさに大問題が起ころうとしておるんですよ。おそらく市長のリコール問題が起これば、さらに大きな波紋が広がっていって収拾のつかない事態があの地方に起こるかもしれない。それはそうでしょう。一億円からの市民の税金を、かってにそういうできるかできないかわからないようなものに出しておるということになれば、おそらくそのままでは済みません。しかも学校は現実にでき上がっておるのです。学校ができておらなければいいのですが、いわゆるその時点においては学校は完成してしまっており、一年間雨ざらしになっておる、こういう事態で市民は黙っていませんよ。反対派も起きますよ。もう少しあなた方はお考えになれないのか、前例もあるのじゃないですか。きょうはいろいろなことを申し上げようと思っておったわけではございません。何とかお願いして、この時点でもう一回それならば見てやろうじゃないか、そこまでできておるならばというような気持ちにあなた方になっていただいて、そうしてそれはあなた方だけではいけないかもしれませんが、委員の何人かに了解をしていただけば、私はそれくらいなことは努力してもらえば不可能じゃないと思います。そうしてしかる後に結論を出していただいてもそうおそくはないのじゃないか、それもできないですか、何とかそれをしていただきたいということが一つのお願いです。  それといま一つつけ加えてお願いしたいことは、その前提になる多賀谷委員委員会の質問において、総理もあれだけ懇切丁寧に、ぜひやりたい、何とかしょうということまではっきり言っておられるし、文部大臣もそのとおりだと思いますと何回も言っておるから、それならば総理とか文部大臣とかそういう行政の一番の最高府にある人がそういう気持ちであれば、その気持ちを体して、あなた方が委員の何人かにも御相談されて現地視察をした後にだめという結諭を出されればやむを得ないと思いますが、そこまでの手数ができるかできないか、これをひとつ御答弁願いたいと思います。
  21. 杉江清

    ○杉江政府委員 いまの御質問でありますけれども、率直に言いまして、近畿大学第二工学部につきましては、相当問題があるということで、審議会の最後の総会にこれをひとつ慎重に審議していただきたいということを私どもから言っておるのです。そういうふうな問題があるということを十分意識しながら慎重に審議され、投票までやられた結果の判断でございます。  なお、その後におきましても皆さんの御陳情を受けて、委員さんもいろいろお考えになりました。で、そのおもだった方とは私どもお話ししております。しかしそういういろいろな御陳情はありましたけれども、この際は総会の結論を何ともしがたいというのがおもだった方々の御意見でございます。もしこれを文部大臣の権限において再審を要求するということになりました際は、私は率直に言って、私の判断ではかなり大きな混乱を生じてくるという見通しを持っておるわけであります。また、先ほど申し上げましたような審議会の十数年の審議のしかたにおいて異例をなすことになりまして、一般的な問題として今後の大学設置にかなり大きな問題を生ずることになると私は思います。そういうふうに審議経過においてあくまでも慎重であったということ、それからその後においても私ども委員の方々とよく御相談してやっておりますが、現在のところ、これを再審を求めるというようなことは事務的にはしがたいと考えております。
  22. 野見山清造

    野見山委員 私のほうは、文部省からの内意がありまして、政治運動をされたというような印象を受けることは一回もやったことはない一陳情団は一月になってから三百六十二人行っていますが、文部省にたった一回、十数人が大臣のところに陳情に行っただけです。一回もその後行っておらぬはずです。私も行っておらぬ。電話もかけておらぬ。電話もかけずに静かにこの結論を待ったわけなんです。しかも三百六十二人が大学先生委員のところをたいがい回っておると思います。これはおそらく面会謝絶その他いろいろなこともあると思うが、根気強く第一陣、第二陣、第三陣まで来て、先生の家庭訪問をして実情を訴えて、いろいろ嘆願したと思う。そしてその中の私が知り得た部分の大部分は、十五、六人しか回っておりませんが、その中の過半数の人は非常に気の毒だ、何とかならなかったかというような同情のあることばをみな受けています。ただわれのほうから文部省にそういうことを持っていくのは、みずから審議会の権威を失墜させるから、少なくとも文部省のほうからそういうお声がかかれば何とか考慮しなければなるまいという先生が大部分だったと私は思っております。反対された方もあるのですよ。しかし大部分はそうだったと思うのです。それはずっと回ってきた三百六十何人の第三陣までは全部家庭訪問をして嘆願をしておるのです。私は政治運動をやらなかったということは、押谷先生も私はよく存じておりますが、一回もお願いに行ったことがない。それはもうそういうことをしてはいけないということを言われたから、私はやっておらぬ。それは事務的にはできがたいお願いなんです。その前においては、お願いなんですから行ったことは何回かある。それだけ静かにこの問題に、陳情を続けて何にも圧力かけたこともないし、一つもそういうことをやっていません。というのは、私のほうは、そういう総理とか大臣とか、いろいろな環境から見て、何とかなるという確信がかなりあったからなんです。  そこで、私はしつこい話をするのはこれでやめますが、これは事務的な問題じゃないから政務次官に御答弁願いたいと思います。あなたはいま私が申し上げたいま一回現地を見てやろうという——これは切々たる願いなんです。私はこのままでは引き下がれません。どんなことをやっても行くところまで行ってみたいと思うのです。私は切切たる三十万住民の声を代表したと申し上げても差しつかえないと思うのですが、この願いも聞かれぬという段階にならないように、何とかいわゆるあなたの政治的な判断あるいは現下の情勢から——しかも国会においても衆参両院特別委員会までつくって産炭地振興をやっているというこの政治的な国策の上からもひとつ大きくお考え願いまして、何かここにそういうものの解決の方法として、私はいま一回見てやろうという御親切なことばをちょうだいしたいと思うのですが、いかにお考えになっておりますか、あなたのお考えをお聞きしたい。
  23. 押谷富三

    押谷政府委員 まことに御意見ごもっともな点が多いと思います。これは公の場ではなかったのですが、大臣はこの決定の前後におきまして、前はもとより、後においても、近大の第二工学部につきましては何とかできないであろうかという意見をたびたび述べられておったのでありますから、政治的配慮のなし得る限度を十分に考え大臣もいろいろ配慮をいたされたと存じておりますが、結果は御発言のごとくまことに遺憾な結果でありました。しかし、この時点においてすでに校舎も建設の域に達しておる、すべての条件は整っているというこの事態において、事務的に再度考慮をする余地があるかどうか、事務的な考慮も必要であります。もちろん政治的には十分考慮をいたしたいと存じますから、大臣はもとより事務当局において十分考慮をいたしまして、善処のできるものならば何とかいたしたい、かように私の意見を申し上げます。
  24. 野見山清造

    野見山委員 それじゃ私はいまの政務次官の御答弁に大きな期待を持って、一応この問題は数日間静観したいと思いますが、私がこの問題をやるのは、いま申しました保留になった過去の例の問題等もございますので——これが単に近畿大学の問題なら私は何も言いません。飯塚市が背負っておるその地域としての最大の問題なんですから、何とかひとつ、そういうふうな一片の事務的な問題でなくして、何か大臣なりあなた方が御協議されまして、せめて現地調査もやってやろうという結論を出していただきますようにお願い申し上げまして、きょうはこれで質問を打ち切りたいと思います。
  25. 多賀谷真稔

    ○多賀谷委員 きわめて高度な政治判断を要する問題ですから、文部大臣としての愛知さん、また国務大臣としての愛知さんをぜひ出席を求めたい、かように思います。そうして大臣に対してさらに質問を続けたいと思います。
  26. 加藤高藏

    加藤委員長 わかりました。それでは次会に御相談いたしまして決定いたしたいと思います。  次会は明十八日午前十時から理事会、理事会散会後直ちに委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時二十八分散会