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伏見参考人 武田先生と同じことを申し上げる二とになると思いますが、少し個人的なことにわたって恐縮でございますが、一九六二年はある
意味で私にとっては大へん記念すべき年でございます。と申しますのは、ちょうど十年前、五二年の秋に学術
会議の総会の場におきまして、茅誠司先生と一緒に、
日本でも
原子力の
開発に手をつけるべきであるという提案をいたしました。ちょうど十年目に当たりますので、そういう日にここで
お話をする機会を与えられましたことは非常に感慨の深いものがあるのであります。しかし、御
承知だと思うのでございますが、その十年前に私が
原子力のことを申し上げましたときには、全くの四面楚歌の声でありまして、右側からも左側からも猛烈な
反対を受けました。左側の
反対は皆さんよく御
承知の
通りだと思うのでございますが、右側からも猛烈な
反対を受けたのでございまして、
原子力といったようなものは全く夢のようなものであるというような御
意見が
電気工学者の間から非常にたくさん出ておったわけであります。
その後、だいぶ世の中が変わって参りまして、逆向きになりまして、大へん
原子力ブームといわれるような
時代になって参りました。話がずいぶん変わったいうことが私の印象に強く残っておるわけでございます。しかし、こういうことを申し上げたからといって、私が何か先見の明があるという
意味で申し上げているのではなくて、むしろ先見の明のないことを非常に恥じているわけであります。そのときの十年前の四面楚歌の声といったようなものを全然
予想していなかったということがまず先見の明のない第一でございまして、その後も
見通しのつかないことをたびたび繰り返しておりまして、
日本の
原子力のために、はたして役に立ったのか、あるいはマイナスのことをしてきたのかということを反省させられているわけであります。
私が、特に今日でも印象深く
見通しがきかなかったということを強く
感じましたのは、
原子力の
研究、
開発、
利用という、当時
アメリカの文書に出ておりますリサーチ・デベロプメント・アンド・ユーチリゼーションということをそのまま翻訳して
日本で使っておったわけなんでありますけれども、そういう順序で実はものが進行するものであると
考えておったわけであります。まず
研究があって、その次に
開発があって、その次に
利用が行なわれるものである。そういうふうに
考えております。ところが、そういう
考え方が根本的に非現実的なものであるということをいやというほど思い知らされたわけでございます。つまり一番初めに世間で
原子力に対して反応があったのは何かと申しますと、まず貿易商社の方々が反応なさったわけです。まず
原子炉を輸入するという話から物事が始まりまして、それから
電力界の方々が動き出されまして、それからいろいろなメーカーの方々が、
大学は一番
あとになって
原子力ブームに乗り出したという
感じがいたします。
研究、
開発、
利用という順序が、全く逆転した形でもって
日本では進行していたように思われたわけです。これが私の
予想しておったのと全く正
反対でありまして、いまだにそれが私の頭から離れないわけであります。
しかし、
先ほど大屋さんも言われましたように、ほんとうのところはどこにあるか知りませんが、世間では
原子力というものは近ごろスロー・ダウンして、
中だるみの状態にあるというふうにいわれておりますので、こういう
中だるみの状態の中において、もう一ペん
原子力の一番初めの時期に立ち返って、全体のことを見渡してみるということが必要な時期になってくるのではなろうかという
感じを受けるわけです。十年前に
原子力のことを申したときに、一番私の心を強く支配しておりましたのは、
日本の従来の科学技術の体制というものがいろいろな欠陥をはらんでおる。その欠陥をいわば是正する
一つの絶好の機会であるというふうに
考えたわけであります。
日本は科学技術に関する後進国でございますために、いろいろなものを
外国から輸入して参りまして、その取り入れたものをよく消化いたしまして、そうして独自の文化を築き上げていったということは、私たちの先輩の大した功績であろうと思うのであります。しかし、追いつくということに非常に忙しかったために、
日本の内部において、いろいろな分野の科学技術の知識が渾然として熟成するといったような面が非常に欠けておったわけであります。工学者は工学者として向こうの工学を勉強し、理学者は理学者として向こうの理学を勉強してきておる。向こうの母国、科学技術の生まれた国におきましては、理学と工学というものが完全に融合した形で進行しておるにもかかわらず、
日本においては別々に輸入されたまま、理学と工学というものは全然別々に動いておる。
産業界と
大学との間の
関係といったようなものも、そういう傾向が非常に強かったわけであります。幸い
原子力というものは、いろいろな領分の技術というものを結合した技術であるということがございますので、
原子力ということを旗じるしにするならば、そういういろいろな科学技術の分野というものが
一つにまとまって
仕事ができるのではなかろうか。そういう
意味での
日本の科学技術のいろいろな分野におけるセクショナリズムを打破する
一つの絶好のチャンスではなかろうかというふうに私は
考えます。それが
一つ。
それから、
原子力の魅力というのは一体どこにあったかと申しますと、
原子力の根本原理というものがまず先に発見されまして、いわば非常に原理的な、理論的なものが先にあって、その根本原理を現実化していくというその過程がいかにもみごとであるということが、多くの方々に対する魅力であったと思うのであります。その魅力を
日本でも実現するということが非常に大切なことであろうと思ったわけです。今まで
日本の科学技術は、
先ほど申しましたように、それぞれのセクションの中で
外国のものをよく消化してきたという
意味においては、非常にりっぱな功績があったと思うのでありますが、その原理的なものから現実的なものへだんだんに発展さしていくという、そういう経験が非常に乏しかったわけでございますので、そういうことができるまた
一つの絶好のチャンスである、そういうふうに
考えたわけであります。
ところが、そういう
考え方は今までのところは大体夢に終わってしまっていて、やはり昔ながらのやり方というものが大勢を支配してきたというふうにしか思えないのが残念なわけであります。もし、
原子力の
開発が
一つの曲がりかどにきていて、いろいろな
意味が
考え直さなければならないとするならば、今後の
原子力開発計画は、
武田さんの言われたような線で、自分みずからの手で技術を
開発していくということを
主眼にしてお
考えになるのが適当であろうと
考えるわけであります。それを育てるためにはまた付帯的にいろいろなことをやらなければならないと思うのでありますけれども、
中心となるべき
考え方は、
日本の技術者が自分の手で理論的なものを技術化していく、現実化していくという、そういう経験を経ていくということが
主眼であって、それをいろいな
意味の周辺的なもので補っていくということでなければならないと思うのであります。
原子力がある
意味ではスロー・ダウンされているということは、そういう
意味合いのことを行なうにはむしろ絶好のチャンスを提供することになるわけです。つまり、もはや
原子力というものが完全に安くなりまして、従来の
火力発電と十分競争できるようなものになるといたしますと、そんなにゆっくりはしておられないという気持になるはずなんでありますが、幸いにして現在
原子力発電のコストが高過ぎるということは、むしろ今日じっくり腰を落ちつけて
仕事を進めていくのに非常にいい機会だと思います。
それで、ここに提案されておりますのには、いろいろいいことが一ぱい書いてあるわけでありますが、この中のウェートの置き方は、私は
武田先生に大いに同調したいと思うわけであります。
一般的にはそういうことでございますが、もう
一つ、私にいささか
関係の深い面だけを申し上げておきたいと思うわけであります。それは
原子炉の安全性に関する事柄でございます。
原子力の安全性というものが非常に問題にされまして、その対策のために東海村の
原子力発電所が非常にコスト高になっているということは、皆様よく御
承知の
通りであります。この安全性に関する政策を樹立することが大事であるということを言われまして、基準部会で安全性に関するいろいろな基準を早く確立せいという御
要望をたびたび受けているわけであります。この前の機会に、この同じ公聴会で申し上げた
通りに、基準というものはそうあわててつくるべきものではないということを申し上げた次第であります。その
考えの根拠はどういうところにあるかと申しますと、
原子力技術というものがどんどん進化いたしますのに、ある時いておいて安全性の基準を人為的に引点にしまいますと、それで安全性の技術の進歩に対するくぎづけをしてしまうようなことになる。絶えずその安全性についての技術を改良していく、より高い安全性を確保していくような技術的な改良を加えていくということをむしろ進めるためには、ずさんな、少なくともあまり早まった基準をつくるべきでないというのが私の
考えでございました。その根本方針において私はそういう哲学は正しいと思っているわけなのであります。
しかし、その哲学を裏づける
努力というものが、はたしてなされたかと申しますと、残念ながらあまり進行していないわけです。つまり、
原子炉は安全になるものではなくして、安全にしなければならないものなのでありますが、安全にするという
努力が
日本でどのくらい行なわれたかと申しますと、ほとんど皆無に近いような状態でございます。幸い東海村の場合には、あのむずかしい
原子炉の耐震性を増加するために、
日本の学者が大いに創意を発揮されまして、りっぱなお
仕事をされたのですが、それ以外には、そういう安全性に関する具体的な
研究は進行はしていないわけであります。こういうものはごく意識的に、安全性ということを
目標にした
研究計画をぜひ
推進していただきたいと思います。この文章のどこかにも書いてあったはずでありますが、そういう面には特に重きを置いてやっていただきたいと思うわけであります。
一般的に申しまして、
日本の
原子力の進め方というものには、何か主体性が欠けているような
感じがいたします。
原子力発電のコストの高いとか安いとかいう
議論がされましても、そのうちに安くなるだろうというような御
意見はあるのでありますが、安くしてみせるという方の御
意見がない。そういう
意味の主体的な意欲というものが感ぜられないのは、私自身をも含めて非常に残念なことだと思っております。
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