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1961-08-31 第38回国会 参議院 大蔵委員会 閉会後第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十六年八月三十一日(木曜日)    午前十時三十四分開会    ——————————   委員異動 七月五日委員青木一男辞任につき、 その補欠として西田信一君を議長にお いて指名した。 七月十日委員西田信一辞任につき、 その補欠として津島壽一君を議長にお いて指名した。 七月二十六日委員津島壽一君及び塩見 俊二君辞任につき、その補欠として青 木一男君及び木暮武太夫君を議長にお いて指名した。 本日委員野溝勝君及び戸叶武辞任に つき、その補欠として松澤兼人君及び 小林孝平君を議長において指名した。    ——————————  出席者は左の通り。    委員長     大竹平八郎君    理 事            上林 忠次君            佐野  廣君            成瀬 幡治君            天田 勝正君    委 員            青木 一男君            西川甚五郎君            山本 米治君            荒木正三郎君            木村禧八郎君            戸叶  武君            松澤 兼人君            市川 房枝君            原島 宏治君            須藤 五郎君   国務大臣    大 蔵 大 臣 水田三喜男君   事務局側    常任委員会専門    員       木村常次郎君   説明員    大蔵大臣官房財    務調査官    柏木 雄介君    大蔵省主税局長 村山 達雄君    大蔵省管財局長 山下 武利君    大蔵省銀行局長 大月  高君    郵政省簡易保険    局長      板野  学君    ——————————   本日の会議に付した案件 ○租税及び金融等に関する調査  (閉鎖機関等に関する件)  (最近における財政及び金融一般に  関する件) ○派遣委員の報告    ——————————
  2. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) ただいまから委員会を開きます。  まず、委員異動について御報告いたします。  本日付をもって委員野溝君が辞任され、その補欠として松澤君が委員に選任せられました。    ——————————
  3. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) 国有財産の管理並びに閉鎖機関等に関する件を議題といたします。  質疑のある方は御発言願います。
  4. 天田勝正

    天田勝正君 まず、質問に先だって委員長並びに委員各位に御了解を得たいと思います。先般の委員会におきましても、ほとんど私が審議時間を独占する形でありまして、まことに申しわけなく存じますが、お聞きの通り政府側答弁はまことに当を得ておりませんので、さらに本日続行いたしたいと思います。政府側に申し上げておきますが、私どもは今この閉鎖機関の問題あるいは国有財産の問題を取り上げましたのは、これがもはや済んだことである、そういう観点に立てば何ごとも言う必要はないのでありますけれども、しかし、あの戦争後の混乱時に一応の結末を得たといたしましても、それがあまりに不当なる場合には、今後においてやはり直して参るということが妥当であるという観点から申し上げておるのでありまして、従って、政府側答弁もただ済んだというだけでは私どもは了解できないのであります。その点一つ含んで、答弁願いたいと思います。  まず最初に、朝鮮銀行並びに台湾銀行についてでありますが、この朝鮮台湾閉鎖機関に指定され、この閉鎖機関として処理いたして参る場合に、一つの前提があったと存じます。すなわち、二十九年にこれが改正されます場合に、本院の議決においても、預金者立場を守るように。さらにまた、閉鎖機関令の第一条に示しますところからしましても、預金者立場を守らなければならない、こう規定されておるのであります。しかるに、先般も指摘いたしましたように、役員等には従来の規定にない膨大なる退職金を与え、株主には三十倍の増額をした額を支給する、または株を支給する、こういう形をとりながら、預金者に対しては三分の二の額を支給する、こうきめたわけでありますが、なぜ三分の二になったか、その根拠をお知らせ願いたいと存じます。
  5. 山下武利

    説明員山下武利君) ただいまお尋ねの、換算率朝鮮台湾につきまして三分の二といたした根拠ということでございます。これは当時、昭和二十九年の五月であったと思いますが、在外会社令並びに金融機関再建整備法とともに閉鎖機関令につきましても同様のレートを設けて処理をするということになったわけでございます。私は当時おりませんでしたけれども、おそらくその法律措置をめぐりまして国会では十分の論議があったと思います。私の聞いておりますところでは、換算率を設けました根拠といたしましては、その当時の外地との間の物価等から見まして適正なレートを設けられたというふうに聞いております。  御参考までに申し上げますと、関東州、満州につきましては日本円一円に対しまして一円六十銭、北支につきましては一円に対しまして百円、蒙疆につきましては一円に対しまして五十円、中支につきましては一円に対しまして二千四百円、こういうふうなレートがその当時としてきめられたということを伺っておるわけでございます。
  6. 天田勝正

    天田勝正君 もう、一たん法できまったのだからやむを得ないのだという御答弁なら、何をか言わんや。だから、私は過日大臣のいる前でも指摘をしたのであります。たとえば一ぺん結末がついたといっても、軍人恩給などは、不磨の大典といわれた憲法さえもなくなってしまった。かつて天皇の醜の御楯といわれたものもその根拠が全くなくなった。そうしたならば、その補償は何らなくても済むはずである。また、あなた方役人にしても、当時は国民役人ではないのであって、天皇のための役人であった。そうすればあの終戦という一つの境から後においては、その前のことに何の補償もされなくてもこれはやむを得なかった。しかし、事実は、それでなくて、その前の勤めた年限に応じて恩給あるいは差別つき措置がとられたのみならず、特に軍人などについては、われわれから見ればまことに不合理な、大将の腕一本と兵卒の腕一本とが値段が違うというような、今日こそまことに矛盾きわまる法律さえ作られておる。ですから、国民の代表の中の反対者がおましても、そういうことがまかり通っておる。この事実を見るならば、むしろその換算率をきめたというその根拠が間違っておるか、間違っておらないか、そこにさかのぼらなければならないというのが私の質問観点であります。  そこで、当時国会十分論議というと、いかにもわれわれの方へ責任をはね返すような言葉でありますけれども、私は、あらかじめ事務当局でこれこれという案を作っておいて、それに当てはまるような資料だけしか出さないというところに、私は問題があったのだろうと想像いたします。なぜかといいますと、当時私は朝鮮におりました。私は毎日かの地で生活をしておった。ところが、いまだに覚えておりますけれども内地に往復しながら、内地でほとんど魚一尾も、百円出しても買えないというような状態の中に、向こうではサバ並びにニシン等は一円買えば十一尾来たことを覚えております。だから、むしろ普通の生活費においては日本貨幣価値の方が非常に低いのであって、朝鮮もしくは台湾などはことに激しいはずでありますが、むしろ向こう通貨価値の方が使用する場合には高かったのが事実であり、ただこれが当時日本銀行券と等価に定められておったということは、発券基礎日本銀行日本銀行券基礎として、日本でいえば金とかあるいは国債の何割とか、こういう形で発券しておりましたけれども外地特殊銀行発券は、日本銀行券を手持ちをしておるそれの何割、何倍、こういう形で発券をしておったから、日本銀行券と等価であったということは、これは引き継ぎがあるなしにかかわらず大蔵省の人は知っていると思います。そうでありますれば、むしろ等価まではまことに妥当であるけれども向こう朝鮮台湾の方が貨幣価値が低かったという根拠は、私はそこに何らないと思うのであります。その点はどういうお考えでしょうか。
  7. 山下武利

    説明員山下武利君) 私といたしましては、現在手元に当時の朝鮮対内地におきまする物価の比率を示す資料がございませんので、当時法律論議されましたときにいろいろやりとりがありましたところによって推察する以外にはないわけでございます。何分にも終戦直後のことではございませんで、昭和二十九年の五月と申しますと、相当終戦混乱から立ち直って落ちついた世の中にある程度なっておった時代でありますので、必ずしもその問の論議が早々の間に軽率に行なわれたというふうには考えられないのでございます。いろいろな資料ないしは配慮から、この率がきめられたと思うわけでございます。当時在外公館借り入れ金を返済するというような問題がございました。このときにとられましたレートが一円五十銭であったということでありましたので、在外財産問題調査会というのがありまして、それの答申に基づきましてやはりそのレートによって支払うのが適当であろうというようなことが、当時の記録として残っておるのでございます。私といたしましては、現在そういう論議の末に妥当にきめられたものというふうに解釈する以外にはないわけでございます。
  8. 天田勝正

    天田勝正君 意地悪い言い方かもしれないけれども、結局、大蔵省各位は、この朝鮮台湾銀行に行っておられる方自体が皆さんの先輩なんです。ですから、その先輩のやったことはなるべく手を触れない、そういう考えで、その肝心なところをとらえないで答弁をそらしているのだと私は思うのです。現実に私は向こう生活しておったのですよ。また、私どもの友だちで台湾に行っておった人もある。だれが考えたって、終戦になって、後になってから日本の権威というものは失墜したのですから、それから一挙にインフレになったのだけれども、それ以前においては確かに向こうが安かったのです。米でもなんでも日本に輸入しておったという事実からしても、生活物資は安かったということは、議論するまでもなく、常識でわかると思う。後ほど申し上げますけれども、私は特にインフレが激しいという中国の、生命保険の問題を論ずる場合に、参考に作ってきた表があるのですけれども、これによって見たところで、中国があれだけ激しいインフレといっても、終戦直前まではそうインフレではないのです。どの基準において向こう通貨が安いかといえば、結局日本に対してなんでしょう。ところが、向こう通貨の伸びというものは、日本円通貨の膨張とそう変わりはしないのです。だから、そこのところを向こうインフレ、こういうので、戦後の状態を報告すれば、在外問題審議会なりなんなりの、どうも事情を知らないからそうだという結論を出す。その資料を出す方は、あなた方のところであるはずなんです。ですから、そうこだわらずに、確かにどうも今考えてみればおかしいと言われても私は差しつかえないと思うのですが、どうなんですかね。
  9. 山下武利

    説明員山下武利君) 先ほどから繰り返し申し上げますように、私の手元にはその当時の資料といたしましては、当時のやりとり公文書しか残っておりませんので、これがあらゆる面から見て妥当であるということを、確信を持って申し上げるわけには参らないわけでございますが、しかし、これがまたあくまで不当であるということを根拠づける資料もないわけでありまして、とにかくその当時の国会におきます慎重な御論議の末に法定されましたレートというものは、今日これを尊重しなければならないという立場で申し上げているわけでございまして、その点御了承願いたいと思います。
  10. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) 委員長からちょっと申し上げますが、ただいま政府側出席は、大蔵省以外に郵政省から荒巻貯金局長板野簡易保険局長が見えております。
  11. 天田勝正

    天田勝正君 こういうことで、なかなか先へ進みませんので、他の委員からも、君の言うことはおもしろいけれども、なかなか結論が出ないで困るというおしかりもあるわけですから、そこでこれは、大臣がこの問来ておられたのだし、それから前政務次官も来ておられましたので——ところが、今かわられたばかりで、根本問題をやっていると時間をとりますので、これは大臣出席されたときに、もう一ぺん根本的にはやるといたしまして、私、先へ進みます。  それでは、次に。日本銀行大蔵省監督下にある。もちろん、朝鮮台湾銀行も、朝鮮総督日本政府任命なんだし、台湾総着も任命なんだ。従って、特別の関係にある銀行であることは明瞭であります。ところが、これらの銀行等は、その役員職員に対して他の政府機関なり民間の会社なりと比較して膨大な退職金等を勝手にやっても、大蔵省は何も言うことはできないものなんでしょうか、どうなんでしょうか。
  12. 山下武利

    説明員山下武利君) 閉鎖機関に対する監督は、もちろん大蔵大臣に属しているわけでございますが、この閉鎖機関清算人に関しますこまかい引き継がれた事務、たとえば債務弁済等につきましては、特殊清算人というものが任命されておりまして、それに一任してやっているわけでございます。たとえば債務弁済等につきましては、特殊清算人が一々大蔵大臣認可を要することなしにこれを支払うことができる、こういうことになっているわけでございます。ただいまお尋ねの、不当な退職金をどれだけ支払ってもいいのかというようなお尋ねでございますが、実は本件につきましては、前回にも申し上げましたように、終戦の際に朝鮮台湾両行におきまして役員会申し合わせがあった由でございまして、そのときに、既定退職金は支払うけれども、事態がおさまった後においては相当の解散手当を支払うという旨の決議があった由でございまして、たまたま特殊清算人は当時の役員がなっておられた関係から、大蔵省といたしましては、当時の混乱のことでもあるし、文書等による証拠は何ら残っておらないわけでございまするけれども、その清算人の言うことを信用するほかはないという状況でございましたので、その清算人解散手当を支払われるということを認めざるを得ないという立場にあったわけでございます。
  13. 天田勝正

    天田勝正君 それはゆゆしいお話を聞くものですね。もしそういうふうに大蔵省監督ができなかったり、特殊清算人というものの責任ですべてができるとするならば、私どもは寒けを覚えざるを得ない。こういうことはおそらく仮定でありましょうけれども、不幸にしてあの際、マッカーサーの途中での心変わりといいますか、天皇もそのままということになってしまいましたが、かりに日本銀行にまでこの朝鮮台湾銀行の、ごときが及ぶと想像もできましょう、占領軍のやり方によっては。もしそうした場合において、旧日本銀行総裁なる者が、かりにその資産の大部分を特殊清算人なるがゆえに役員職員で分け取りしてどうにもならない、こういうことが許されるものですか、どうなんです。清算会社なんですよ。監督下に置かれている。  一つ例を申し上げましょう。朝鮮銀行の場合、新しい会社を作った場合、引き継ぎ貸付金は、六百八十四万円です。これと比較するのは新会社だから無理だとあなたはすぐ答弁されるかもしれないけれども、しかし、新会社に引き継いだ貸付金というものは六百八十四万円なんです。それに対して、閉鎖時、二十年の九月三十日、まだ非常に貨幣価値日本においてもあった当時、そのときにおいて三千九百二十九万二千円というものを退職金として分け取りしているんですよ。私はあえて分け取りと言うのだが、新会社に引き継ぐ場合に、貸付金は六百八十四万円しかないのに、もっともその前に取っちゃったからそういうことになるんでしょうが、三千九百二十九万円も取っている。これは一体どういうわけなんです。そういうことが清算人に許されたといって、大蔵省が全然監督ができないんだったら、それは大へんですよ。
  14. 山下武利

    説明員山下武利君) ただいま六百八十四万円と申されましたのは、朝鮮銀行が新会社引き継ぎをいたしました貸付金の残高であろうかと思います。これは、たまたまそのときに未回収であった分を引き継いだということでございまして、それと解散手当とを比較するのはあまり妥当ではないのではないかというふうに考えますが、いずれにいたしましても、その解散手当を支払った額という問題につきましては、先ほどから申し上げておりますように、役員会申し合わせ等もあり、当時の定款に基づく、既定退職金のほかに妥当な額を支払うということであります。そのレートはどの程度が妥当であるかどうかということは、当時の同様な会社退職金等の例から見まして、おのずから常識的な限度があろうかと思います。その限度に従って支払われたものと考えております。
  15. 天田勝正

    天田勝正君 その限度が著しく越えておる。その平均は、朝鮮銀行の場合は一万五千八百三十一円、それからそのほかに五百三十一万六千円というのを別個に払っております。これを一人当たりにいたしますと二千百四十一円であります。都合して一万七千九百七十二円、こういうものが一人当たりに払われておる。これは何もその後のインフレになったときではありません。敗戦になってすぐ戸を締めて、さっそくこれを分けた。その当時の約一万八千円というものは、今日の金に該当するならば、それは七百万をこえるでしょう、どんなことをしても。そうすると、戦後こそいろいろな会社職員等の身分が保障されるようになりまして、三十年も勤めれば、これは三百万、五百万という退職金をもらえるようになりましたが、当時は至って低かった、世間一般は。かりに政府機関といえども低かった。その当時において、この一万八千円なぞという退職金は、三十年勤めたのだって多過ぎるですよ。三十年、その当時としては。わかりますか。ところが、その中には、ことし入った人も平均して一万八千円なんです。そういうことは、他の同種の内地会社等に比べて、また政府機関と比べて、著しく高いとあなた思いませんか。どうなんです。
  16. 山下武利

    説明員山下武利君) 多少誤解があるようでございますが、五百三十一万六千円をほかに払っておると言われますのは、そうではございませんで、これは、当時もう外地ですでにおやめになっておるような方に対する退職金を別ワクで計上したものでございます。内地支払いました役職員に対する退職金は、二千四百八十二名に対しまして三千九百二十九万二千円、一人当たりにいたしますと、ただいまおっしゃいましたように、大体一万五千円見当になるわけであります。これが当時の一般退職金基準から見て高いかどうかということは、私は現在それを比較する資料を持ち合わせませんが、この退職金は、当時政府認可を得てできておった正式の朝鮮銀行退職金支給規程に基づくところの正確な額でございます。
  17. 天田勝正

    天田勝正君 これはあなたそうおっしゃるけれども、一万五千八百円、これだっても、きょう勤めた人も平均してでは、どう考えたってあまりに高いということは、貨幣価値のことをしょっちゅう扱われているあなた方には常識的にすぐ判断つくんですよ。その判断つくことを、何かその次の質問がいやなために、これをぼかしている。それから、この五百三十一万六千円という別ワクのものは、これは急遽重役会を開いて——さっきから重役会でできるのだとかなんとか言っているけれども重役会を開いてきめたんでしょう。だから、過日も私は指摘した。そのときに朝鮮銀行総裁はおらないのだ。私は公式に、内地に帰っておったという言葉を用いた。実際は内地へ帰っておったのではなくて、憲兵隊にかくまわれておった。おりはしない。おらないところできめたという事実も私どもは知っているんですよ。どうして総裁がいないところできめましたか、こういう増額というものを。それを無理にかばうような答弁をあなたがする必要がどうしてあるのでしょう。いないんですよ。
  18. 山下武利

    説明員山下武利君) 先ほどから申し上げますように、一人当たり一万五千円、これが高いかどうかという問題は、ちょっとここでそれを判断する資料を持ち合わさないわけでございますが、これはあくまで退職金支給規程に基づくところの支払いでございまして、まあ銀行から見れば正規債務になっておったわけでございます。この支払いは実は昭和二十四年ころでございまして、当時の貨幣価値から見まして相当これを割引して考えなければならないという実情でございます。  それから、五百三十一万六千円、これは多少さっきから誤解をしておられるのではないかと思いますが、これはすでに朝鮮におきましておやめになっておった方に対するところの、これも退職金支給規程に基づく正規退職金債務外地で支払った分でございます。これが三千九百万円の外ワクになっておるということでございます。
  19. 天田勝正

    天田勝正君 五百三十一万というのは、かりに一万五千円が平均としましても、その人数割りにしてごらんなさい。それは三百人もいるということです。朝鮮銀行人数として二千四百人か五百人しかおられないところに、三百人という数はこれは膨大な数です。それがやめて取らずにいて、あとでもらったなどということは、常識的にそんなことをあなたは考えられますか。あなたはそういうことを言うけれども、そんなばかげたことはありませんよ。よしたときにみんなもらいます、今だって、昔だって。それであとになってもらったなんて、そんなことは……。だから、これは支給しなければならぬために、過日も言ったでしょう、名目をつけて支払わなければならないために、重役会をやったという形をとっておる。やったといったって、銀行総裁はいないのです。いないところでやったということは、あとでこじつけたということは、どう考えたって明瞭だということを私は指摘したのです。この間これを指摘したのに、まだ依然としてそういうことを言っておる。どこできめましたか。きめた根拠はないのですよ。ないものをどういうわけであなたはかばうのですか。おかしいですよ、実際。
  20. 山下武利

    説明員山下武利君) 五百三十一万六千円というのは、これは先ほどから申し上げておりますように、現地でおやめになった方に対しまして現地で支払われた額でございます。支払いの時期は決してあとになって支払ったわけではございませんで、今の調べによりますと、八月十三日ころの支払いということになっておるわけでございまして、その間若干御意見の行き違いがあるのじゃなかろうかと思います。これは決して内地で払ったものではございません。現地で払ったものでございます。
  21. 天田勝正

    天田勝正君 私は内地で払ったの、現地で払ったのということを言っておるのじゃないのですよ。日本のどんな会社だってやめたら支給している、払うべきものを。終戦になって九月——しかも終戦は八月十五日。九月三十日現在までもらわずにいたり、払わずにいたりすることはあるはずがない。あるはずがないものを、払うために重役会を開いた、こう言うのです。ところが、重役会は開かれない状態であった、実際は。鮮銀の総裁はまだ生きておるでしょうから、聞いてごらんなさい。表看板内地に帰ったということになっておるけれども。だから、私ははっきりするために過日これを指摘したけれども表看板通り内地に帰ってきていなかったということです。憲兵隊にかくまわれておったのだ。だから、五百三十一万があなたが言うようにどんな性質のものであろうとも、重役会にかけなければならないものを、その重役会というものがなかったという事実はどうするのです。あなたがこれをかばうことがおかしいのですよ。
  22. 山下武利

    説明員山下武利君) 私は決して朝鮮銀行立場をかばうこともいたしておりませんし、またかばう立場にもないのでございます。
  23. 天田勝正

    天田勝正君 その通りだよ。
  24. 山下武利

    説明員山下武利君) 現在手元にあります資料に基づきまして——何分古いことでございますから、あるいは間違いということがあるとも思いますけれども、できるだけのことを誠意をもって御答弁している次第でございます。  五百三十一万六千円というのは、私の手元にあります限りでは、終戦のときにすでにおやめになっておった方の退職金で未払いになっておりましたものを、退職金支給規程に基づいて八月十三日ごろ支払った、こういうことになっているわけでございます。  なお、鮮銀総裁は八月上旬及び下旬ごろは京城におられたということを聞いております。
  25. 天田勝正

    天田勝正君 だから、私は言っておるのです。内地に帰ったというふうに言って、いるが、そうではなく、実は京城におったのです。憲兵隊にかくまわれておった。だからそういう事実をあなた御存じなくてそういうことを言われておったんじゃだめであって、過日指摘したんですから、きょうまでにちゃんと調べてきてもらわなければ困るのです。  それならば、台湾銀行の方は、九百四十四名しかおらないのに、別ワク七百七万六千円という、これはどうなんですか。人数からすれば、これはまたべらぼうに膨大です。どうしてそんなにやめたときに払うべきものを最後に持ち越して払わなければならないという、それほど怠慢ですか。今度は怠慢の方を、一体政府監督を云々しなければならない。
  26. 山下武利

    説明員山下武利君) あまりこまかい資料が現在ありませんので、御満足のいく答弁になるかどうかわかりませんが、本件の七百七万六千円は、やはり先ほど申し上げましたようなことで、現地でおやめになった方に対する支払い正規退職金規程に基づく退職金債務支払いでございます。支払いの時期は、昭和二十一年五月ごろということになっております。  人数がわかりましたので申し上げます。行員が四百五十九名、金額が七百七万五千六百八十九円ということになっております。
  27. 天田勝正

    天田勝正君 どうも管財局長の、無理にかばうということはないとするならば、あなた方がその銀行清算人が、これから申し上げる不当にその後において取得したことを、つじつまを合わせるため、いいかげんな報告をあなた方はそのままうのみにしている。もう少しこれは調べてでなければ私どもの納得はいきません。  次に、これを申し上げたのは、これから言うことがさらに重大だから申し上げておいたのです。今のは営業停止時に役職員に支給した退職金と、こう政府資料でも書いてある。ですから、二十何年の何だのというのじゃない。営業停止時に支給した退職金です。九月三十日です。ですから、今までの答弁でもそれはつじつまは合いません。で、そういうふうにして全部退職してやめちゃった。いいですか。退職してやめた。その人数がそのまま清算事務も全部やったんですか。清算事務というものは、普通会社が破算したりなんかしたときには、たとえ千人いてもあと十人くらいで清算事務をやる。その人間が全部清算事務に携わったのですかどうですか。
  28. 山下武利

    説明員山下武利君) 全部が全部清算事務に携わるということは考えられないわけでございますが、実際問題といたしまして、現地におきましては、ある期間の間は相当の人数の人が清算事務に携わったというふうに聞いております。
  29. 天田勝正

    天田勝正君 これも閉鎖機関ですから大蔵省監督下にある。監督下にあるものが、めちゃくちゃな人数を使っていいというはずはない。常識的に、千人行員を使っている会社でありましょうとも、いざ破算して清算するということになれば、二十人くらいの事務員なんです。これが普通の状態です。ところが、これから指摘しますように、朝鮮銀行は店をやっているときに二千四百八十二名で、今度はそれを清算をしていよいよ解散をする、こういうときになって二千五百三名。いいですか。台湾銀行の方は九百四十四名しかいなかったものが、千九百四十二名になっちゃった。千名もふえているのですよ。これは一体どういうことですか。常識で許されないことを、あなた方監督しないで平気で見過ごしたということになりますが、どうなんですか。
  30. 山下武利

    説明員山下武利君) 二千四百八十二名、これは朝鮮銀行についてでございますが、これは営業停止をいたしましたときに現に役員または職員であった人の数で、ございます。実際はそれより前にすでに女子職員等相当やめておったような人がございまして、それに対してあと解散手当を支払う、こういうふうなことで、資料の方では多少人数がふえてあがっておるというようなことでございます。
  31. 天田勝正

    天田勝正君 だから、一ぺん退職手当をやってしまって、それでまた解散手当をやるということが、二重給与であり、役員については二重ぶんどりではないか。こういうことは明瞭でしょう。二重でしょう。退職してしまったものを、どういうわけで追っかけてまた解散手当をやるのですか。そんなことはあり得ませんよ、どこだって。なお驚くべきことは、この二千五百三名という朝鮮銀行の場合に、三億八千七百九万一千円やっている。ところが、これは職員もまぜているから人の目をぼかすのであって、そのうち三千六百三十五万一千円という膨大な額は、たった十人の役員だけで分け取りしている。同じく台湾銀行の場合は、二億二千百五十二万七千円、そのうち千三百三十万というものをわずか十一名で分けておる。こういうことが不当だとお思いにならないのですか。ならないとすれば、世間の常識とはおよそ離れているということを言わざるを得ないのですが、どうですか。
  32. 山下武利

    説明員山下武利君) 先ほど申し上げましたことを繰り返すようになりますが、終戦時の混乱のときにおきまして、正規退職金を支払うけれども、それは事態が落ちついた後に解散手当をもって支払うという役員会の決議があったというふうに聞いているわけでございます。事実昭和三十一年の四月十日に第二十四回の衆議院の大蔵委員会附帯決議といたしまして、閉鎖機関の従業員の解雇手当の支給に関して、旧役員より指定日以前の重役会決定事項について申出があったときには、終戦時における混乱事情、他の閉鎖機関の場合との権衡等を考慮の上、政府において善処する、という附帯決議がございます。こういう点の御趣旨を尊重いたしまして、その当時の他の機関との権衡を考慮した上で、その退職金支払いを容認したものと考えられます。
  33. 天田勝正

    天田勝正君 他の閉鎖機関の権衡なんて言ったって、こうした国立銀行に準ずる国の出先の発券銀行、これが何より震源地なんです。よその閉鎖機関こそそうした政府機関に右ならえするというのはあるけれども、これ自体が政府機関ですよ、今の言葉でいえば。そういうものが他の銀行なんて言ったって、自分の方が見本を示さなければほかの方はやらない。また政府の方ではこれは行政指導できる。念のため申しますけれども、最近河野農林大臣は、しょうゆの値上げはまかりならぬと言っておる。あれは河野大臣の権限はありませんよ、理屈的にいえば。けれども、行政指導で、それはおもしろくないといえばやれるのですよ、現実に。こんなことはおもしろくない一つです。衆議院の大蔵委員会の決議など引き合いに出しますけれども、衆議院だって、あの当時のインフレで従業員が困っておるから、だからできるならばやってやれというので、預金者を犠牲にしてやってやれとは言っていないのです。ですから、衆議院の決議もさることながら、閉鎖機関預金者立場を守らなければならぬというのは金融機関として当然でしょう。法律以前の問題です。  ところが、こういうことを申し上げるのは、やはりこうした優遇措置役員職員、株主にとられるならば、まずそれよりも先に預金者立場をなぜ考えられないか。預金者の方は三分の二に切り下げられてしまって、これから申し上げますけれども、株主は三十倍ももらい、役職員は二重にももらって、つじつまはこれは役員会できめましたというので合いましょうが、合ってもなんでも、そういうことは不当だと言うのです。どうなんですか、こういう点は。
  34. 山下武利

    説明員山下武利君) 預金者を犠牲にして解散手当を支払ったというふうな御発言でございますが、私どもはそういうふうには考えておりませんので、その間のバランスがとれているかどうかということは別問題といたしまして、解散手当を支払ったがために預金の一部切り捨てが行なわれたとか、全体の債務が弁済できなかったという事情はございません。法律上は、朝鮮銀行台湾銀行、いずれも預金者に対しましては、完全に債務を弁済いたしていることであります。ただ、その切り捨てと申されましたのは、おそらく換算率を三分の二にきめたということが不当であるということから、三分の一が実際上切り捨てられたのじゃないかという御意見だろうかと思いますが、それは二十四国会におきまして換算率の問題は十分に論議された上で措置されたことであると思うのであります。御参考までに申し上げますが、二十四国会の今度は参議院の大蔵委員会の附帯決議——三十一年の五月十五日でございますが、「政府は、本法の実施に当たり預金者その他の関係者の特殊事情を考慮して、適宜の措置を講ずること。」というのがございます。「適宜の措置」という趣旨は、当時預金通帳等を正規に持って帰れないような人が相当たくさんあったのでありますが、そういう人に対してもできるだけ寛大な措置でもって債務の弁済をするようにという趣旨に解しているのであります。法律の法定換算率というものを附帯決議で変えるという趣旨ではないと考えております。
  35. 天田勝正

    天田勝正君 どういうわけで、こういう清算人がやったことをなぜ弁護ばかりするような答弁をされるのか、私はほんとうに理解ができないのです。普通の常識からすれば、犠牲という言葉じりをとらえていろいろなことをおっしゃるけれども、もしそういう換算率がどうしても正しいというならば、役員だって職員だっても、その換算率を適用しなければおかしいですよ。片方は銀行の規定にあったからといったところで、その当時は自分たちも朝鮮銀行券でもらっておったはずだ。台湾銀行役職員の給料は台湾銀行券でもらっておったはずだ。それは戦前台湾銀行朝鮮銀行に勤めておっても、俸給をもらうとき、そういう退職手当とかいうものはすべて日本銀行券をもって支払わなければならないという規定があったのですか、この点どうですか。
  36. 山下武利

    説明員山下武利君) 当時は退職金内地払いということになっておったようでございます。朝鮮銀行台湾銀行といたしましては、これは邦貨によるところの債務——日本円による債務というふうに考えておったようでございます。現地やめられた方は、朝鮮銀行券で現地で支払われましたが、内地にお帰りになった方につきましては、内地払いをするという定めになっておったように聞いております。大体換算率の問題は、ひとり閉鎖機関預金者に対して適用があったわけではございませんで、当時の在外会社あるいは内地の金融機関で外地にありましたものの外地におきます預金債務並びに未払い送金債務に全部一律に適用になったわけでございまして、決して鮮銀、台銀の預金者だけが不当な扱いを受けたというふうには私は考えておらないのでございます。
  37. 天田勝正

    天田勝正君 ほかのことは言わなくともよろしい。ほかのことはまたその不当をこれからやっていくのですから。  それならば、あなた、今の答弁で、現地で使っておった者は現地銀行券で支払うと言いましたね。そうすると、二千四百八十二名、台湾銀行の九百四十四名、この二つで朝鮮もしくは台湾で支払わるべき人数は何人あったのか、そしてそれがちゃんと換算率が適用されたかどうか、この点どうなのですか。
  38. 山下武利

    説明員山下武利君) 鮮銀の二千四百八十二名、台銀の九百四十四名、これは営業停止時に役職員をされておられた方でございますが、全部内地に引き揚げられて、内地退職金支払いを受けられた方でございます。それは二十四年ごろのことでございます。外地において支払いましたものは、先ほどから繰り返し申し上げておりますように、備考欄に書いてございますが、鮮銀につきましては五百三十一万円、台銀につきましては七百七万円、こういうことになっております。
  39. 天田勝正

    天田勝正君 その数、ここにも書いてない。二十四年ごろ払ったなどと言って、じょうだんじゃないですよ。あなたに提出を要求した資料によりましても、営業停止時に役職人に支給した退職金、この営業停止時というのは、ここにちゃんと書いてある、二十年の九月三十日ですよ。それらの受け取りがおくれたかどうかは別です。支払ったのはそういうことなのです。
  40. 山下武利

    説明員山下武利君) 少し資料の表現がまずかったと思いますが、「営業停止時の」という形容詞は役職員の方につくのでございまして、支給した時期は関係ございません。営業停止時に役職員をしておった人に対して支払った退職金支払いの時期は営業停止時ではございません。
  41. 天田勝正

    天田勝正君 そうでしょう。そのまま払わなければ、あるいは受け取らなければ、そういうことになりますよ。だけれども、営業停止時を基準にしてこれははじき出した数字なのですか。営業停止時に受け取るといえば、それは取れたはずなのです。ですから、何もあなたが二十四年に払ったのだということを強調するあれは何もないですよ、理由は。いずれにいたしましても、世間一般の常識からすれば、当時私も朝鮮にいたからよく知っている。朝鮮銀行券の一円は日本銀行券の一円とかえるとちゃんと書いてあるのです。十円券には同じくやはりそういうふうに書いてある。ですから、その当時等価であったのです。だから、その後において、かりにわれわれが含まれるならば含まってもよろしい、われわれも含めてその審議が阻雑であったならば。しかし、ここに矛盾があるから何とか預金者立場を守るようにお互い考えよう、こういう立場で私は質問しているのです。  なお、申し上げておきますけれども、きょうは新政務次官ですから、質問を向けておりませんけれども、実は政務側に向けておって、あなた政府委員だから、大臣にかわって答弁されておる、こういうふうに私も受け取っておるし、あなたの方もそう思ってもらいたい。どっちにしても、どんな混乱がありましても、念のために申し上げますが、私は昭和の初頭におけるパニックなども経験してきておる。当時は少し目ぼしい町には全部小さな銀行がありました。全部つぶれました。株式会社ですよ、みんな。株式合資なんというのもたまにはあったけれども、かなり強大なものでは尾張屋銀行なんというのもあったけれども、多くは株式会社ですから、株主は責任を負わなくてもよろしい。しかし、金融機関の信用ということが重大だから、政府も勧めまして、そうして当人たちも、当人というのは頭取以下の幹部、こういう人方も責任を感じてみんな私財を投じて一文なしになっていますよ。それと比較する場合に、国の機関でありますこういう銀行が、預金者には切り捨て措置をとって、役員職員、株主に対しては何倍もというものを与えて、法律的につじつまの合うの合わないの、役員会できめたのということでは、私はまかり通るわけにはいかないと思います。それを国会できめたというならば、それがあんた方も矛盾があるともし思うならば、われわれはその根本から修正しなければならぬと思っておる。どうして預金者には三分の一切り捨てて、他の者は、不当という言葉を使ってもいいが、退職金、あるいは役員にすれば私財を投ずるどころではない、分け取りした、そんなことが道義的に許されるのですか、どうですか。
  42. 山下武利

    説明員山下武利君) どうも同じような答弁ばかり申し上げてはなはだ御不満かと思いますが、私といたしましては、当時慎重に審議された法律措置に伴いまして行なわれたことでございますので、今これをすぐに不当であるかどうかという論評を加えることは私は差し控えたいと思います。少なくとも法律の規定に従いまして正当に進められた手続であるというふうに考えておるわけでございます。
  43. 天田勝正

    天田勝正君 それならば、観点が違いますし、また不当だというのがあなたの立場で言えないというならば、大臣に来てもらうほかない。それならば、株主には、朝鮮銀行の場合三十倍、台湾銀行の場合幾倍だか知らぬけれども、とにかくこれも二十倍くらいでしょう、そういうものが与えられたという事実をあなた知っていますか。
  44. 山下武利

    説明員山下武利君) その通りでございます。
  45. 天田勝正

    天田勝正君 それらの株主は、ここに提出された資料によりましても、所在が不明でその持ち株を渡すこともできない、新会社になってもこれを手交することもできない。けれども、それはそのままにして、三十倍のものをちゃんと取って保管してある。そのくらい株主の立場を擁護しておるのですね。こういうことが、これまたきわめて一方づいた保護であるというふうにはお考えになりませんか、どうなんですか。
  46. 山下武利

    説明員山下武利君) 株主と預金者との扱いのバランスがとれておらないではないかというお話でございますが、少なくとも銀行立場として考えますというと、預金者に対する債務は預金の名目金額でもって表示されておるわけでございまして、いかに貨幣価値が変動いたしましても、その金額をこえて債務を負うということはないわけでございます。株主は残余財産に対する分配の権利を持っておるわけでござざます。ただ、朝鮮銀行台湾銀行発券銀行として特別の優遇を受けておったというような関係から、特別の法律をもちまして、債務を完済しました後に、政府に対する法人税並びに相当多額の納付金というものを納めさせまして、その残余を株主に配分をいたしたというようなことでございます。なお、所在不明の株主も相当たくさんあるわけでございますが、これらにつきまして新会社の株式を政府といたしましては保管をいたしておる、こういうふうなことでございます。なお、当然でございますが、預金者につきましても、預金を取りに来られないという者につきましては、これを供託をいたしておるわけでございます。——ちょっと訂正させていただきますが、鮮銀、台銀につきましては、おのおの代理会社ができておりますので、未払いの預金債務は新会社の方に引き継いで持っておる、こういうことになっております。
  47. 天田勝正

    天田勝正君 しかし、さっき私が経済恐慌の例をあげましたように、金融機関というものは信用が大切なんだからして、法律的義務規定がないにしても、やはりそれを主宰しておられる特に役員、こういう方たちは、ときによれば私財をなげうつというところで初めて——紙幣などは紙一枚ですけれども、そういうものが信用されているのだということなのでありまして、やはり銀行がつぶれる場合は株主も損をする、役員も私財を投ずる、そしてなお預金者立場を守ってあげる、これが望ましいことであるということだけはあなたもお認めになるでしょう。どうなんです。
  48. 山下武利

    説明員山下武利君) もちろんその通りでございまして、銀行立場といたしましては預金債務というものが何にも増して優先するわけでございまして、ただ鮮銀、台銀の場合におきましては、預金債務を完済いたしてなお相当多額の資産を持っておったということから、決して株主あるいは役職員預金者を燥牲にして不当な利得をしたという関係にはないということは、先ほどから申し上げた通りでございます。
  49. 天田勝正

    天田勝正君 それはもう幾ら言っても、あなたのような——何か僕は意図しているような気がしてしようがないのだが、完済してないというのが私の観点なんです。どうして完済しているのだ。だから、それは三分の一切り捨てても、預金者もやむを得ないとするならば、他もそうでなければならない。何にもまして優先しなければならない債務である預金者の預金というものは、三分の一切り捨てられている。他は、役員は二重に膨大な退職金をもらうし、株主は三十倍になるし、そして政府——言わなかったけれども、これはいつ何どきでも吐き出せると思うから私は言わなかったのだが、膨大な納付金さえ納めさせているのです。それならば、役員や株主を別にしても、政府はそういう処置をとるべきなんだ。で、そういう資料をあまり出さないで、国会できめたのでございますといって、すべて責任国会の方へなすって済ませようったって、それはどうも筋道が一般国民からすればおかしいということになるのであります。そこをあなた、考えてもらいたいと思うのだな。  ついでに申しますけれども、これも私が承知しておったけれども資料を出してもらった。そうすると、この台湾貯蓄銀行であるとかあるいは朝鮮貯蓄銀行、こういうようなものは結局、朝鮮銀行台湾銀行の何というか、子会社でもないけれども、しかし連係のある銀行ですね。その連係も単に商売上取引しているという仲ではない。もっと深い仲。そういうところは全部個人には十割の加算金をつけておりますね、十割も。あるいは特殊の業績の悪いところは二割というのがありますけれども、ここに三十ばかりの銀行があがっておりますけれども、この天津銀行とか漢口銀行、こういうようなものは二割だけれどもあとはほとんど十割、少ないところでも四割はこの加算金をつけている。ところが、類似閉鎖機関と言われたけれども、これは閉鎖機関じゃない、確かに。閉鎖機関じゃないけれども、同様なところは加算金までつけているのですよ。そうして預金者立場を守っておるのだ。それなのに、朝鮮銀行台湾銀行といえば、しいていうならば日本の信用にもかかわることなんですよ。それがどうしてこうしたアンバランスなことをしたかということは、二十四年云々とおっしゃるが、今日になって考えてみれば、それはどうも不正とは言わないけれども、当を得ておらなかったということになりやしませんか。
  50. 山下武利

    説明員山下武利君) 今から当時の施策がよかったか悪かったかということは、これは非常にむずかしい問題でございまして、私が個人的な意見を申し上げる立場にはないと思いますが、事実といたしまして、在外会社閉鎖機関との扱いは、これは法律根拠を異にいたしております関係から、若干違った扱いをいたしております。在外会社につきましては、先ほどから御質疑がありましたように、元金に対する加算という制度を設けておりまして、これは在外会社の資産内容に応じまして十割までをつけてもよろしいということになっておりますし、事実十割を払ったところもありますが、しかし四割にとどまったところもありますし、二割というところもありますし、ゼロのところもございます。これはいわゆる金利という観念ではございませんので、株主の承諾を得て初めて支払えるという形になっております。これに対しまして閉鎖機関の鮮銀、台湾の方は、個人につきましては四分の利息をつけておるのでございまして、その権衡から申し上げますというと、ちょうど四割の加算金を払った在外会社にちょうど均衡がとれておられるというようなことになっております。
  51. 天田勝正

    天田勝正君 これらの銀行発券銀行ではございませんから、この朝鮮銀行台湾銀行のように日本銀行券をもって裏打ちが直接されておるのでなくして、朝鮮台湾銀行等が発券したものを扱っておるのです。それでさえ十割の割増金が預金者に対してはっけられたという事実があるのです。そうするならば、当然予算的に朝鮮台湾銀行になかったのではないか。なかったから預金者が三分の一減額されたというならば無理はありませんけれども、十分あった。政府も納付金を多額に取った。こういう事実からするならば、民間の金融機関でさえも、預金者立場を守るためにかようにしたならば、なおさらもって政府機関ならばすべきであるというのが、これが常識であります。しかし、どうしてもあんた、そのことを常識として認めない。これは委員長にお願いしておきますから、一つ委員長大臣と今の速記録等によりまして、機会があれば私はまた尋ねますけれども、その機会がなくても委員長においてしかるべく一つお話し合いを願いたいと思います。  さらに、在外金融機関でなくして、日本の三和銀行、富士銀行、第一銀行、これらもそれぞれ朝鮮台湾に支店を持っておりましたけれども、こうした機関におきましても、利息約定のあった預金については、その約定利息、そうしてさらに二十九年六月一日から支払い日までには日歩五厘の利率を加えた、こういうことをやっておるのです。これから見ても、はなはだしく朝鮮台湾銀行預金者は不利であるということは明瞭であろうと思います。とにかくそうした民間の金融機関、在外金融機関、この在外も民間ですけれども、そうしたものと比べれば、少なくとも朝鮮台湾銀行預金者は著しく不利であるというだけはお認めになるでしょう。どうなんですか。
  52. 山下武利

    説明員山下武利君) 必ずしも朝銀、台銀の預金者が不利だというふうに断定するわけには参らないと思います。朝銀、台銀は、御承知のように、現地に本店がございましたけれども、同時に日本内地に支店を持っておりました。支店の預金者というものもあったわけでございます。従って、同じ銀行の清算という場合、内地預金者に対する支払いの利率と外地支払いの利率とを変えるということは、これは均衡上やってはならないということが一つの法理論として出てくるかと思います。同様にいたしまして、一般金融機関、先ほど御指摘がありました三和、富士、第一銀行、これらはいずれももちろん内地が本店でございますので、朝鮮台湾におきます外地の預金に対する支払いも約定利息通りに支払うということで、内地外地の均衡をとった次第でございます。ただ、在外会社につきましては、これは原則として内地に店を持たずに現地の資金を内地で運用しておったということから、預金者現地に限られておったわけでございまして、そういう関係から法律の扱いが若干異なっております。株主の同意があれば十割までの加算金を支払う。これは必ずしも金利という意味ではございませんが、しかし資産の内容に応じた措置をやってもよろしいという一つのやり方であると思います。従いまして、先ほどから申し上げましたように、十割を払ったものばかりではございませんで、むしろ四割、二割というところが多く、中には全然支払われなかったようなところもございます。これはいずれも資産の内容によってきまっておるということでありまして、まあ通算いたしまして一般金融機関と在外金融機関、それから閉鎖機関、この三つを比べてみまして、それぞれ扱いは若干異なっておりますけれども、特に閉鎖機関が利息の支払いの点について不利であるというふうには一がいに断定できないのじゃないかというように思っております。
  53. 天田勝正

    天田勝正君 どうも例外的みたいなものを持ち出しては反発してくるんだが、あなたは……。なるほど朝鮮銀行は東京に支店がありましたよ。しかし、それは金融操作上必要なのと、日本政府との連絡のためなのです。多く今ここで議論しておりますのは朝鮮台湾におった者の預金なのです。そういうものが他のものに比べてはるかに不利であったという事実は、これは認めてもいいと思う。政策を変えるというのは、あなたの立場でできないかもしれない。そういう事実までどういうわけで認めないのですか。驚くべきと言わなければならない。  それじゃ、別に聞きます、聞いたって別の話ばかりするにきまっているのだから。朝鮮銀行の場合に、閉鎖は、これはさっき言う通り、二十年九月の三十日でありますが、このときに国債及び政府公債、これが五十六億何がしであった。ところが、新会社に引き継ぐ場合は千八百万円になってしまったが、その経緯はどういうことなんですか。同じく社債債券一億九千五百万円、これが二百二十万円に少なくなっている。これは一体どういうわけですか。それから、在外不換価資産、有価証券、株式、その内容はどういうものですか。それから株式の二千七十万円あったのが、これが八百五十四万円になった。この変化もどういうことなんですか。もう一つ、これは一番大切だと思いますが、閉鎖時における本支店勘定の負債、これが六十五億二千五百二十九万円ある。本来本支店勘定というのは、それは銀行内部の操作であるべきはずなんであって、外部に対する貸借対照表の場合はこんなものはないはずなんです。これが六十五億何がし本支店勘定で債務があるという、その理由は一体どういうことですか。
  54. 山下武利

    説明員山下武利君) ちょっと、全部についてお答えする資料はございませんので、後に調べてからお答えする分もございますが、まず国債及び有価証券が五十六億五千百万円、これは朝鮮銀行の分でございます。これが新会社成立の三十二年四月一日には千八百万円に減っておる。これはもちろん政府からその差額は償還を受けておる、こういうことでございます。それから不換価有価証券、これの二億五千八百万円の内訳は今ちょっと手元にございませんが、いろいろ在外会社その他の株式を保有しておったと、それが不換価有価証券になったというものでございます。本支店勘定の移り変わりの詳しいことにつきましては、今ちょっと手元資料はございませんので、どういう移り変わりでそういうふうになったのか、後ほど調べてお答え申し上げますが、本支店勘定の貸方の残高は損益計算書では債務ではなくて利益ということで扱っておるわけでございます。
  55. 天田勝正

    天田勝正君 おかしいね、話が。
  56. 山下武利

    説明員山下武利君) ちょっと説明を補足させていただきますが、この損益計算書は内地店舗だけの損益計算書でございまするので、本店に対するところの借りというものが五十二億ございますが、これが本店に対する支払いの必要がないということから、損益計算書の上では利益に上がっておるということでございまして、負債が即利益ということになったのでございます。
  57. 天田勝正

    天田勝正君 まるでこっちが貸借対照表を見たことがない者に答えるようなことを言われてもだめですよ。銀行の本支店勘定というのは、本店と当該支店との経理を明らかにするために口座が別にできておるわけなんです。外部に向かっちゃ損も得もありませんよ。支店の方から多く吸い上げて本店に貸す場合があり、他の支店から来たものを集めて本店から支店に流して、支店で多くを貸し出さしたり、そういうことであって、その本支店勘定というものが第一、この貸借対照表に出てくるというのは変じゃないですか。しかも、それが負債で六十五億も出てくるということは、どう考えたっておかしいでしょう。  それから、ついでに聞きますけれども、土地建物が閉鎖時に二百七十二万円あった。まあこの、さっき、終戦後のインフレという時点を考えれば、私はその時点じゃないと思うから納得したのですが、その時点においては、あなた方の答弁の方からすれば、朝鮮台湾銀行銀行券が値打が下がった、こういうことを言っておられたが、値打が下がったということは、こういう固定資産というものはかなり上がっていなければならない。これもずいぶん少な過ぎる、それが一つ。これはどこを計算したのか。内地財産だけを計算したのかどうなのか。新会社に移る場合にそれが消えてなくなっているが、それはどういう経過なのか。
  58. 山下武利

    説明員山下武利君) 土地建物につきましては、その閉鎖時の帳簿価額でもって計上されたものでございます。新会社引き継ぎますときは、それを処分して引き継いだわけでございますから、結局、それの利益が新会社に移ったということになっております。
  59. 天田勝正

    天田勝正君 その六十五億のことなどはさらに答えてないが、それはどういうわけなのか。  それで、そうすると、今の土地建物、こういう固定資産はあれですか、そのときの帳簿価額だとすれば、在外の土地建物というものはみな含まっているわけですか。内地分でありますか、どうなんですか。
  60. 山下武利

    説明員山下武利君) 先ほどお答えしました土地建物の二百七十三万三千円、これは閉鎖時におきます内地にありました土地建物の簿価ということでございます。
  61. 天田勝正

    天田勝正君 外地にあったものはどうしたのですか。それは、私がこのことを聞くというのは、どういうものであっても、平和条約なりあるいは国交回復なり、形はいずれでありましても、そういう場合にも、何かの国と国との条件になるわけです、必ず。そういうものは、簿価は別としても、特殊機関ですから政府はそれを握っておらなければならない。同じく不換価資産の点についても、そういう意味から私は質問している。これが大蔵省で明らかになっていなければ、国と国との国交回復の場合どうします。
  62. 山下武利

    説明員山下武利君) 閉鎖機関の清算は、これは御承知のように、内地の資産負債について行なわれるものでございまして、外地の資産負債は一応関係はないということでやっておるわけでございます。従いまして、ここにあげました土地建物は、内地にありますところの閉鎖時の簿価をあげたわけでございます。それでは、外地にあった土地建物はどうなったかということでございますが、外地にありました分も、一応、ここには載っておりませんけれども資料としては用意してございます。これはまた将来あるいは何らかの国交上の資料として役立つのではないかと考えております。
  63. 天田勝正

    天田勝正君 不換価資産は。
  64. 山下武利

    説明員山下武利君) 在外不換価資産と申しますのは、閉鎖時において内地朝鮮銀行と店が持っておりましたところの在外会社の株式その他の有価証券ということでございます。
  65. 天田勝正

    天田勝正君 それはどっちにしろ、国交回復の場合には条約に、これこれを放棄する、こういうことを書くでしょう。しかし、その交渉の段階においては、これこれの不換価財産をわれわれの方は所有しておったのだ、これを放棄するという形になり、そういうことがあって、他のことで向こうがまた譲るという場合が、当然、外交交渉としては出てくる。だから、その詳細はあなたの方でキャッチしておかなければならぬ、こういうことを言っておる。今ここでは答弁できなくても、ありますか。あるか、ないか。なければだめだ。
  66. 山下武利

    説明員山下武利君) 今お尋ねのような土地建物並びに外地にありました当時の有価証券その他の分につきましては、資料を整えております。
  67. 天田勝正

    天田勝正君 台湾銀行等につきましても、貸借対照表を繰りながら質問すれば数限りがないのでありますが、どうもまだ答弁が十分できておらない。そこで、この点は一応この程度にしておきまして、次の質問に移りたいと思います。  朝鮮台湾両総督府所管の簡易生命保険、郵便年金制度、こういうものはその後において内地の保険なり年金なりに継続されないようですが、これは一体どうなっておりますか。委員長関係者は来ておりますか。
  68. 板野学

    説明員板野学君) お答えいたします。朝鮮人がかけておりました簡易保険とかあるいは郵便年金につきましては、大体終戦後帰国の際にほとんどが解約をいたしまして、還付金を受領して帰国しておるような次第のございまするし、また、昨年来の北鮮の帰還者につきましても、大体同様の措置をもちまして解約をしておるというような状況でございまして、現在、この朝鮮在留者でございまして簡易保険なり郵便年金をそのまま継続しておるというものはきわめてまあ少数じゃないかというふうに考えておるわけでございまして、契約は一たんそこで切れておるということになっておるわけでございます。
  69. 天田勝正

    天田勝正君 まだああいう答弁をしておる。省がかわったから、幾らかわかった答弁をするかと思ったら、同じような答弁をしておる。朝鮮人、台湾人については、そういうふうにあなたからも資料をもらっておる、私も。そうでない。日本人が朝鮮に行った場合には、内地の簡保なり年金なりというものを総督府関係に切りかえておる。切りかえなければ、切りかえないままで内地にはそのまま通帳が残っておる。郵便年金、郵便貯金も同様であります。これは御存じだと思う。そこで、当時戦時でありますから、あの当時だっても、郵便貯金ならば最高額幾ら、簡易生命保険にしても最高額幾ら、ちゃんと制限があった。制限があるにもかかわらず、戦費調達と称して強制的に、ことに植民地は激しく、これを一人に何通でも加入さしたんですよ。郵便貯金もしかり。そういうふうにして、それが朝鮮人、台湾人で向こうに帰国した人は別として、日本人の分が、こちらに帰ってきても何ら継続措置がないが、それはどういうふうになっていますか、こう聞いておる。
  70. 板野学

    説明員板野学君) どうも失礼いたしました。朝鮮におきまする簡易生命保険及び郵便年金につきましては、当時朝鮮総督府令に基づきまして同総督府が所掌をいたしておったのでございまするが、戦後におきましては外務省のアジア局のまあこれは所管ということになっておりまして、郵政省とまあ関係がございませんので、外務省の方でこれを所管をいたしておるわけでございます。
  71. 天田勝正

    天田勝正君 そうすると、この問題はあなたに質問しても答えられないということになりますか。
  72. 板野学

    説明員板野学君) 私の方は権限外で、ただいまのところ職務外でございます。
  73. 天田勝正

    天田勝正君 いや、権限外であっても、それじゃ外務省に聞いてみたところで、簡保の問題などはその知識としてないので、権限を持っても今度はその知識がなくて答えられない。こうなると、簡保のことは私はあなたが一番よくわかるだろうと思うのだが、どうなんですか。
  74. 板野学

    説明員板野学君) まことに申しわけございませんけれども、ただいま申し上げましたように、これは外務省のアジア局の方でこれを所管を引き継いでおるというような関係になっておりますので、私からここで御答弁申し上げるようなちょっと資料を持ち合わしておりません。
  75. 天田勝正

    天田勝正君 それでは、やむを得ませんから、その権限の問題に触れない点を二つだけ聞いておきます。  さっきの朝鮮人の簡保ということでなくして、在鮮日本人のこれが、保険金額が三億一千三百九十二万円、こういうことになっておりますが、これらのことはどこかの地方簡易保険局でこれは扱っておるのでしょう。たとえば沖繩の場合福岡で扱っているがごとく。どうなんです。
  76. 板野学

    説明員板野学君) 朝鮮人に関する限りは、先ほど申し上げましたように、外務省のアジア局で一切そういう事務引き継ぎをしておるようでありまするが、台湾につきましては、これは郵政省の方で台湾人民に関する限り原簿その他を所管をして整理をいたしておる次第でございます。
  77. 天田勝正

    天田勝正君 それは福岡の地方簡易保険局、そこに資料がまとまっておるのですか、台湾の場合は。
  78. 板野学

    説明員板野学君) 台湾につきましては、福岡の地方簡易保険局で原簿を保管をいたしておる次第でございます。
  79. 天田勝正

    天田勝正君 そう思うから、どうも外務省だけで逃げを打たれちゃ困るのです。今台湾の分の、日本人分としての数字を、私はここで数字を持っておりませんが、あなた、そこでわかりますか。
  80. 板野学

    説明員板野学君) これはどうもはっきり、これが日本人分だ、これは中華民国のものであるというふうに、ただいまのところ全部整理はいたしておりません。
  81. 天田勝正

    天田勝正君 しかし、それは朝鮮の分が自分の関知せざるところだが、台湾は福岡の地方簡易保険局に書類が集まっておる。あなたの方の資料でもそう書いておるから、私はそれを質問しているのですよ。ですから、その日本人分というのは、ことに台湾の場合には混乱がないのですね。いささか日本の権威が失墜したというだけで、その後蒋介石政権が入ってもなお日本の治下を慕っておったというのが台湾状態だった。ですから、何人といえども危害を加えられるような状態ではなかったですから、私は当然そういう中で区分けができておるものだと思う。で、すぐあの場合は国民党軍も入ってきたのではないですからね。満州のように混乱したという事態とは違います。それは出てあるわけなんですが、どうなんですか。
  82. 板野学

    説明員板野学君) 私が申し上げましたのは、中華民国人に関する限り資料は一切ございますけれども向こうから引き揚げて参りました日本人につきましては、その後解約になりましたものもございまするし、また引き続いて契約を継続しているというようなものもございまするので、その数字は、まあ何ぽかということは、ちょっとここでわかりません。台湾、中華民国に関する限りは、先ほど申しましたように、件数その他もわかっているわけでございます。
  83. 天田勝正

    天田勝正君 そうしますと、簡保、郵便年金等が不継続の措置をとられているのは中国関係朝鮮関係だけである。他は別段、規則や扱いの上において継続を停止しているのではない、こうおっしゃるのですか。
  84. 板野学

    説明員板野学君) 台湾につきましては、内地に引き揚げてきたものに関する限り、先ほど申し上げましたように、そのまま契約は継続しているものはしておりますし、また朝鮮在住のものにつきましては、実は先ほど申し上げましたように、実際これは朝鮮人のものであるかどうかということが、中には日本人名と同じようなふうになっているものもあるやに見えまするので、その区分はただ申込書だけではなかなか判然といたしかねるわけでございまするので、実際にこれは解約の申込があるとか、あるいは満期になって処理をするとかいうときでないと、これはちょっと判然とはいたさないわけであります。
  85. 天田勝正

    天田勝正君 申し上げておきますけれども、私、台湾の実情を知らない、逆にその点をあなたに聞かなければならぬのだけれども朝鮮の場合は日本人が朝鮮に籍を移すことはまかりならなかった。当時、できない。私もびっくりしたのだけれども、これが日本の植民地政策だとつくづく感じたのですが、ですから、日本人がどこへ行ってもわからないはずがない、いつまでも。私が埼玉本籍なら埼玉本籍、向こうへ移すことができないのですから、まぎらわしい場合がいかなる場合でもない、戸籍から初め全部。台湾の場合はこれはどうか知りませんけれども、おそらく日本の施政権ですから同じだったろうと思う。そうすると、台湾の場合はことさらに、名前は違うのですから、まぎらわしい場合はないと思うのですが、日本人の簡保あるいは郵便年金の何がわかりませんか。
  86. 板野学

    説明員板野学君) 当時、まあ日本人でありまして内地で保険契約をいたしまして、これは朝鮮に行った、こういうような場合につきましては、日本郵政省とそれから当時簡保の運営をいたしておりました朝鮮の総督府との間の協定で、そのまま契約は継続するというようなことになっているような次第でございまして、その後これは日本人であるかあるいは朝鮮人であるとかいうことで、名前の点からいたしましてもなかなかその判断が、判定がむずかしいものでございまするので、ケースはなかなかまとめられない、こういうような状況でございます。
  87. 天田勝正

    天田勝正君 あまり根本的議論でないところで、そう答弁があいまいになっては困るのですね。そんなことないですというのだ。私は現実に向こうへ行って朝鮮が一番まぎらわしいことは私も知っている。ところが、どこへ行っても日本人というのは府なら府、里なら里、そういうところへ届け出てしまっておって、まぎらわしいなどということはあり得ないことになっておるのだということを申し上げているのです。籍もまぎらわしいように移すことができないようになっている。ただ、朝鮮人が日本に入り婿したり、朝鮮婦人が日本の男と結婚したり、そういう場合だけがわからないのです。それは籍自体が移っちゃっているのですから。それ以外のことは識別できるのです。あなたはどうしても名前で識別できないと。名前などどうでも、識別できるようになっていたのだと言っているのです。まあそれは重大でないことですから、そういうのをどうしてぼやかした答弁をするのか、どうしても私に理解がつかないのです。それよりも問題は、そういうふうに識別できるのだから、されてあるべきはずなんです。そういう場合に、やはり台湾の場合もさっき私がここで述べたような為替換算率を適用しましたか、簡保、郵便年金について。
  88. 板野学

    説明員板野学君) 朝鮮につきましても、台湾につきましても、日本の国との平和条約等によりまして、一つの特別の取りきめによりまして、この支払いをするというように一応なっておるわけでございますけれども、現在までまだ実際にその話し合いが済んでいないというような状況でございます。
  89. 天田勝正

    天田勝正君 話し合いってね、ちょっと聞いて下さい。私自身のように引揚者であると同時に戦災者で、全部焼いてしまった者は証拠がない。政府の方の証拠がない場合は、どこでも責任を負わない。加入者が証拠がないと、みんなそれは加入者の責任になっちゃって、一つ補償されない。私がその例なんだけれども、私はそれをどうしようとも思っていませんがね。それから問題は、その話し合いといってみたところで、日本人にしてその証拠を持っている者に対しては、幾らでも払い出しができると思うのですが、どうなんですか。そのように信じている人がたくさんあるのですが、そういうのは出しているのですか。
  90. 板野学

    説明員板野学君) 引き揚げて内地にお帰りになった方につきましては、これは換算率等につきましては、一円で普通の場合と同じような換算率としているわけでございます。特に証拠がないというような、たとえば証書をお持ちにならぬというようなときにおきましても、私どもの方の原簿でこの証拠の確認ができるというような場合につきましては、それを通じて支払いをするというようになっておるようなわけでございます。
  91. 天田勝正

    天田勝正君 それは一対一で払っていますか。
  92. 板野学

    説明員板野学君) まあ一対一と申しまするか、その表定の保険金通りの保険金を現在の円で払うということになるわけでございます。
  93. 天田勝正

    天田勝正君 しかし、さっきもあなたもお聞きになったでしょうが、朝鮮台湾銀行のように一五〇対一〇〇とか、そういう換算をせずに、かつて一円のものは一円、百円のものは百円、そういう表示された通りにお払いになっておりますか。
  94. 板野学

    説明員板野学君) その通りでございます。
  95. 天田勝正

    天田勝正君 これが朝鮮の場合は手がついておりませんので、ここになかなか問題がありまして、一向朝鮮総督府の場合は話し合いが進んでおらない。そしてしかも、これにまた換算率を適用しようなぞといううわささえ飛んでおるわけでございます。そこで私は、適当ではないかもしれませんけれども、念押しを押しておかなければならぬ。というのは、朝鮮の場合、昭和十七年ごろ千七百七十四万円というものが国庫債券を買わせられているのですね。ですから、このことは当時の戦争に協力せいということで、そういうふうに強制的に買わせられているのです。決して終戦後のようなインフレでもなんでもないときに買わされているものが今度はそのとき預けてそのすぐ翌日下落していったというようなものと同様に扱われないように、今後のことですけれども一つ承知しておいてもらいたい。  その次、中国関係はよく御存じだといいますね。中国関係生命保険の場合ですが、これが換算率三十三万円以下は十一分の一、三十三万円をこえると二十一分の一、七十五万円超——これは保険金額であります。いずれも保険金額ですが、これは五十一分の一、こういう換算になったということは、御存じですね。あなたはその関係じゃないか。大蔵省だな。
  96. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 今お話しの中華民国通貨建てでできましたものにつきまして、そういう処置をされておりますことは事実でございます。
  97. 天田勝正

    天田勝正君 その処置をとったということは、銀行局長の通牒でそういう処置をとったのですね。
  98. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) それは各生命保険会社が再建整備の最終的処理をしましたあと、できました調整勘定の利益金の処理をいたしますときに、整理債務中の、今申しました中華民国関係の保険について支払う金額をきめるにつきまして、保険会社の方から大蔵省の方に照会がございましてきまったものでございます。
  99. 天田勝正

    天田勝正君 照会がありましてといっても、これは閉鎖云々じゃないのですよ。二十年の六月四日の銀行局長通牒ですから、日本はまだ負けておらない。日本人の大部分は大いに連合艦隊健在なりと思っていた時期なんです。そのときにこういう通牒を出していませんか。中国において保険料を受け入れた部分については、解約返戻金、保険金、貸付金等の支払いは一切現地通貨で支払うこととし、その取り扱いは昭和十八年四月一日にさかのぼって適用すると、こういうのを出しているでしょう。
  100. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) そういうような通牒は確かに出ておりますが……。
  101. 天田勝正

    天田勝正君 これは何の法令に基づいて、何の権限で銀行局長にそういうことができるのですか。
  102. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) それは保険業法第十条に基づきます大蔵大臣の命令によりまして出しております。
  103. 天田勝正

    天田勝正君 それは形は大臣命令だというけれども、しかしこれは通牒を出したのは銀行局長ですからね。銀行局長で、こういう重大な経済に影響のあることを——さっきの銀行における預金者の場合を私は盛んに申し上げておったから、お聞きであろうと思います。それと同じように、生命保険の場合は、加入者を何にもまして尊重しなければならない。加入者に重大な影響を与える、こういう処置が会社側の一方的な申し入れだけで処置してよろしいのですか。どうなんですか。
  104. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 当時は戦争中でございして、生命保険関係におきましても統制会というものがございまして、官庁側からいろいろ指示を統制会等に出しておりましたのでございますが、そういう際に、大臣大蔵省の権限ですべき事項につきまして、局長名でいろいろ通達を出していることが多多ございます。
  105. 天田勝正

    天田勝正君 その多々あったかもしれない。その多々あったから、結果では戦争に負けちまうようなことになったのです。その多々あったことがけしからぬのです、私に言わせれば。その場合に、大臣であろうと局長であろうと、加入者の意見というものを一体一つでも聞いたのですか。どうなんですか。業者の立場だけ守ったのですか。どうなんです。
  106. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) これは十条三項に基づきまして、主務大臣が、関係の保険契約者、被保険者等に今の通達等の効果を及ぼすことにつきましては、別途またさらに大臣名におきまして明確なる通告が出ておるものでございます。
  107. 天田勝正

    天田勝正君 柏木調査官に申し上げておきますがね、私が質問するというと、どうも政府側は自分が文句を言われているんだというふうに曲解して、あれやこれやと言いのがれ答弁みたいなことを言うのですが、私は今初めて会ったあなたをちっとも責めているわけじゃない。事実を知りたいし、その事実によって何人がやったっても、かりにさっきのように、われわれが国会できめることに参画していようと何であろうと、不当なものは不当として直さなけりゃならない、こういう観点に立っておるのですからね。  そこでこの銀行局長通牒、これは終戦の前であります。これが重大な影響を与えて、それで結果するところ、さっきも申した十一分の一、二十一分の一、五十一分の一と、こういうところまでいってしまったのです。ところが、それ以前の、もう十九年に生命保険中国においては募集を停止していたのですね。二十年六月だなんという銀行局長通牒を出した時分は、とっくにその募集なんかしていないのです。その事情をあなた御存じですか。あなたって、あなたがそのとき知っているという意味でなくて、引き継ぎは当然あるわけです。
  108. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) まあ私の聞いておりますところでは、やはり終戦直前と申しますか、二十年六月までは、やはり保険契約の締結が行なわれたように聞いております。
  109. 天田勝正

    天田勝正君 おかしいな、それは。そんな事実はあなた御存じない。それはもう十九年に募集の方はやめておるのですよ。ですから、法律的には、一一国会を開くわけにはいかないし、特に当時は国民国会ではなかったのだから、天皇の政治に協賛する国会であったのだから、緊急勅令なんかの方がよほど法律よりも優先するようなときだったのです。従って、その役人の権限も強い。だから、どんぴしゃり、やったのですけれども、ところが、それが新憲法になってから——新憲法ではないけれども、まあ戦後になってですよ、旧憲法のもとでありながら、旧憲法というものがまことに影が薄れた。そういう時期に、この銀行通牒にあった換算率というものが、今度は十一分の一、二十一分の一、五十一分の一と、こういうものを結局引き出してしまった結果になったのでしょう。そういうふうに努力したかどうかは知らないけれども、そういう一番のもとになったのでしょう、この銀行局長通牒なるものが。どうですか、それは。
  110. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) まあその引き出したかどうかという点はちょっとよくわかりませんのでございますけれども中国関係の契約につきまして特別取り扱いをするという根拠は、御指摘の通り、今の二十年六月の措置でございます。
  111. 天田勝正

    天田勝正君 この当時、朝鮮台湾、満州、これは保険金額の方は、まあ何しろ保険金額というのは額が大きいのですから、別ですけれども、掛金に対しては、払い込んだ掛金は全額に利子をつけて払い戻しているのですね。ところが、まあ満州までそうなっておるのに、中国の場合はそうでなくなっちゃっている。これはどういうことなんでしょう。
  112. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 支那及び満州、朝鮮台湾におきまして違う点は、要するに十一分の一に切った点だけでございまして、責任準備金に相当する金額を払い戻しする、その場合に利息を付する点は全く同様でございます。
  113. 天田勝正

    天田勝正君 いや、まあ朝鮮台湾日本領土である、こういう観点一つ通る。そうすれば、さっきの話になれば、日本領土ならば、なぜ等価で表示されておる朝鮮銀行券が、政府が違約するという結果になったと、こういうことはまた蒸し返して議論になるのですが、今の場合、そこへ私は議論を戻すのじゃありません。問題は朝鮮台湾、それに満州が加わってこれは全額が払い戻されておる。中国だけが十一分の一、五十一分の一、二十一分の一か、こうなったということがわれわれにはとても解せないわけです。十一分の一になったということを除けば同じでございますったって、その十一分の一だの、二十一分の一だの、五十一分の一だのというのは、とほうもない違いなんです、それが。どうもこの大蔵省役人さんはそういうことを同じだなんて言うのだから、どうも脳のしかけがどうかしていやしないかと思うのだが、その十一分の一と一対一とはとんでもない違いですよ。それはあなたに文句を言っているのじゃなくて、あなたが係りだから、ずっと引き継いでいるだろうと思うから、私は質問している。どうしてそういうことになったのですか。
  114. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 満州と中国との違いで、ございますが、満州につきましては、当時内地との間の通貨の流通が非常に自由でございました。その点は著しく中国と異なっておりました。そういう関係でございまして、先ほどの二十年六月の通牒も出ておるのでございます。当時の判断としましては、そこに非常な差があったものと認められたのではないかと思います。
  115. 天田勝正

    天田勝正君 ですから、そこに今の柏木さんの答弁とさっきの管財局長答弁には自然に食い違いができてくるのです。満州までは通貨が自由であった、こうあなたはおっしゃる。ところが、満州の金はまた日本においてはえらい切り下げを受けてでなければ送金為替なんかもどうにもならなかった。朝鮮の場合はさっきあなたがお聞きの通り。そこで、それは通貨が自由、不自由というのはどういうことが基準なんですか。十一分の一、二十一分の一、五十一分の一、差はあるけれども、そういうふうに……。これも同じくあれでしょう。当時の為替レートにすれば一対一だったはずですよ。なぜそれがそうなってしまったのですか。
  116. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 公定換算率は一対一というか、聯銀券につきまして一対一、儲備券に対しては一〇〇対一八というふうにきまっておりましたのですが、御承知のように、当時中国ではインフレが進行いたしまして貨幣の実質的な価値は非常に下がっておった。その点が、まあ程度の差と申してはそうかもしれませんが、当時の判断としては満州と中国では著しく違っていた。それからもう一つ非常に違います点は、当時中国で締結しました保険契約の保険料というものは内地送金を禁止いたしまして、すべて現地で運用を強制された。従って、運用面においては中国関係の契約におきましては非常に制約を受けた。内地への送金を一切認めていなかったという実情で、その点は満州と全く著しく事情が異なっておりました。
  117. 天田勝正

    天田勝正君 その聯銀券の価値が下がったというと、日本の十一分の一なり、あるいは二十一分の一なり五十一分の一なりと、こういう為替レートをきめましたか、大蔵省なりその当時の為替管理の役所で。どうなんですか。
  118. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 当時レートは公定しておったように聞いておりますが、十一分の一にいたしましたのは、レートの変更というよりは、先ほど申し上げました、要するに再建整備の結末としての調整勘定の益を処理するときの、そのときの分配のやり方をそうきめたというものでございます。
  119. 天田勝正

    天田勝正君 そうでしょうが、現実には中国はあの通り日本にとっては大混乱向こうにとっては正常な姿、こういうふうになった。そうすれば、それを現地で金を取って使うだの何だのという頭があるはずがない。命からがら逃げて来たのが実情であるということは、幾ら内地にいても皆さん御存じのはずです。ですから、あとになってそういうふうになったのだとおっしゃるけれどもあとにならざるを得ないのですよ、これは。ですからそれは加入者の何も罪じゃない。  それから、なぜ私がこれを問題にするかといいますと、簡保のときでも、今後のことでも、一つ為替換算率と言わないように注意してもらいたいと先ほど申し上げましたが、これは普通の預金の場合と保険というようなものの場合とは全然性質が異なるのだということを、まず大蔵省各位はよく身にしみてこれは承知しておいてもらわなければならぬと思うのです。預金なら、これはインフレだといえば、それを引き出してすぐ何か物を買える自由があるのです。保険の場合は十年なり二十年なり長期にわたってしまって、一ぺん出してしまったものは幾ら高い貨幣価値のとき掛金をしても途中でやめるわけにいかない。やめればおそろしく今度は不利になる。それで、ずっと引きずられていってしまうというのが実情だということなんです。  そこで、申し上げますが、インフレインフレと言うけれどもインフレというのは、私の調べでは、加入者が加入した当時はインフレではないという事実が日本銀行へ行ってわかったのです。私の言っておることがうそだと思ったら、あなたたちは日本銀行へ行けば調べられるのですから、調べて下さい。だから、多くの人はもう十九年に保険募集を中止してしまっているのですから、十八年までにまず加入したものは加入したのです。そういたしますと、貨幣価値の高いときに納めておる。そうしてインフレになるということは、銀行券がよけい増発されるからインフレになるのですよ。ところが、ここで申し上げますと、初め聯銀ができたのは十三年の十月ですか、そのころです。それですから、その十二月においては発券は一億六千万円、そのときに日本銀行における発券は二十七億なんです。そうしてこれはいずれも増加してきますけれども、日銀の方はウナギ登りに上って、十七年の十二月には七十一億になっておる。聯銀券の方はそういう伸び方をしないで、十五年の十二月麦たりは七億一千万円になっておるけれども、十六年の六月には六億九千万と逆に下がっておる時期さえあるのです。だから、私はさっき言うように、こういう資料国会審議する場合に提出しているかしていないかといえば、していないと思う。していないから、誤った判断を下されたということを言わざるを得ないのです。その次には、十六年十二月にようやく九億六千万円に上がったけれども、さらにその次の六カ月に九億三千万までやっぱり下がっているのです。だから、逆に日本銀行券の方はずっと直線を描いて上がりに上がっているけれども、聯銀券の方は上がったり下がったりしている。結局、十七年十二月、さっき銀行局長の通牒は十八年の四月にさかのぼって適用しようというのです。これはどだい法令不遡及の原則に反するのです。さかのぼって適用するなんという。むちゃくちゃな話だ。けれども、とにかくそういう通牒が出た。そうすると、十八年の四月一日にさかのぼることになる。十八年の四月一日という調べはありませんけれども、十七年十二月において、ずいぶん発券が多くなると言ったって、まだ十五億八千万円。これはあなたが調べてみればちっとも間違いないから、控えておいてもらいたい。そのときの日本銀行券は七十一億なんですよ。そのすぐ一年後には日本銀行券は百二十九億に上がって、十八年の六月における聯銀券が十九億四千万までしか上がっていないのです。ですから、案外聯銀券が発行された紙くずのようにというのは、この銀行局長によって適用されるべき十八年四月一日現在までのところでは、少なくともそう貨幣価値は低くなかったという事実があるのです、そこらの時点までは。また向こうへ行って、生活物資などに至っては、ずいぶん日本より安いものがあったということも、これも事実なんです。役所にもずいぶん向こうへ行っていた人もいるから、その人に実態を聞いてみればよくわかる。日本よりもよけい生活費がかかったというのは、べらぼうな豪遊しているのです、そういう連中は。普通のまじめに生活をしている者では、日本のものが安いものもあったけれども向こう生活物資も、植民地というのは平均して安かったくらいなんです。だから、それをトータルどのくらいの貨幣価値と見るかは、私も専門家でないからわかりませんが、はからずも、この今の貨幣の増発状況を見るならば、確かにそういうことがあり得るのだということはわかるのです。ですから、銀行局長通牒が二十年六月に出されたけれども、しかしその適用は十八年の四月一日である。その十八年の四月現在では、まだ十八億かそこらしか聯銀券というものは出ていない。個人の生活状態においても、決して日本よりえらく物価が上がっているという状態ではなかった。そのときにストップしたのです。そこにさかのぼれというのは……。  それで結局、この聯銀券がおそろしい勢いで上っていったのが、ほとんど戦後なんですよ。二十年の初めころから二十年の八月ごろまで、とうとう千三百二十億になってしまった。ですから、このあれから見ても、十八年四月一日まで、そこまでに納めた人たちの金の価値というものは低いものではなかった。こういうことが言えると思いますが、どうです、この点。
  120. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 当時の通牒で、なぜ十八年四月一日にさかのぼったかという点でございますが、これはその三月末までは、中国日本との間の送金は全く自由でございました。ちょうど、満州、朝鮮台湾と同じような状況でございましたですが、十八年四月以降送金が自由でなくなった。そこで一つ境が考えられる。  それから、保険契約がいつごろ行なわれたかという点につきまして、少なくも私どもが聞いておりますところでは、やはり十九年十一月以後の契約が非常に多い。二十年に入りましても、相当多くの契約ができております。十八年四月以降の契約につきまして、やはり一括まとめて考えるということは、もちろん便利でありますが、さらにもう一つ、十八年四月以降の契約でも、保険契約というのは随時解約しようと思えばできる状態でございますので、やはり取り扱いをするとすれば、一括処理する方が適当ではないかという判断によりまして、そういうふうにもつていったわけでございます。
  121. 天田勝正

    天田勝正君 さっき私の説明が長過ぎたから、全部のみ込めないかもしれないけれども、それは十九年の十二月ごろまでは募集が細々ながらあった。加入者があった。だけれども、加入者があったということなんでして、進んで募集するものではなくなってしまったのです、今度は。それで保険というものの性質と、貯金というものの性質が、まるで違うのだということをさっき申し上げましたが、保険なら、いやでもおうでも最低十年でしょう。私も入っておったけれども、みな二十年ぐらいだ、当時ね。まあ私は三十代だったから。それでそういうふうに考えますと、あなたのおっしゃるように、十八年四月一日までは、満州と同じように通貨の流通は自由だったのだとおっしゃるのですが、その時点までは貨幣価値はそう下がらなかった。というのは、発行高から見たってぴちっとそれが出てくるのですから、その通りでしょう。ところが、もう最低十年なんですからね。そうすると、この十九年になってから加入したという人は別だけれども、それ以前の人は、貨幣価値の高いときに掛金はしてあるのだということなんです。それが二十一分の一だの五十一分の一だのというのは、それはどうもこの銀行局長の通牒がもとになって、そういうものが結局導き出されたと思うのだけれども、それ自体がどうも当を得ていないのじゃないか。不正とは言わないけれども、当を得ていないのじゃないか、こういうふうに聞いているのです。どうなんですか、それは。
  122. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 十八年当時、今おっしゃったような通貨の流通状況であれば、そうインフレでなかった。そういう当時に保険に入った人は気の毒ではないかという点につきましては、一応もっともと考えられるかと思いますが、一つには、先ほど申し上げましたように、常に保険契約は解約できるのでございますので、その貨幣価値が下落していくと、すでに保険は十年の契約でございますが、常に解約できる状態にありますこと、それからまあ十八年当時加入しているものは、いわゆる中国関係の保険契約の非常に少数でございます。私どもの方にあります調べでは、非常に少なかったというふうに聞いております。さらに、その一定期間のインフレが進行しているときに、これは場合によっては、あるものがインフレの結果多少の影響を受ける。一部のものはさらに受けるということも、場合によってはやむを得ないというふうに考えますので、いろいろ考えたところ、昭和十八年当時の少数のものも、全体と一緒に処理するということに、まとめて考えていくというふうになったように思います。
  123. 天田勝正

    天田勝正君 一体通貨の価値が下がったというのは、何に比較して下がったのかという問題なんですね。そのかつての物価と比較して、それが何百倍使わなければ同じものが買えないとすれば、そのものについては何百分の一に下がったということはいえると思うのです、確かに。ところが、この場合、私が問題にしておりますのは、つまり日本銀行券基準にして、十一分の一なり二十一分の一なり五十一分の一なりと、こうなっているのですよ。そうしたら、さっき例を申し上げたのは、日本銀行券それ自体も下がっているということなんです。日本銀行券の価値が下がらず、日本銀行券はコンスタントでいけて、聯銀券だけが増発されて価値がなくなったという筋のものではないのですよ。日本銀行券であっても、終戦時の十二月現在からすれば、五百五十四億も増発されちゃっているのですから、これはかつての二十七億からすれば、おそろしい増発です。やはり当時それくらいの実勢の下落があったということは間違いない。その下落している日本銀行券と比較してあれすれば、それは片方は八月以降はもう発行しないから、これを同じ十二月で比較はできませんけれども、八月ですれば千三百二十億になっているでしょう、聯銀券は。だから、この時点だけで考えるということも当を得てないじゃないか、そうお思いになりませんか。  それはある者が不利を免れないとおっしゃいますけれども、そうなれば、さっきの朝鮮台湾銀行の場合と同じなんです。ある場合といったって、銀行においては預金者債務というものを最優先に考える、保険の場合は加入者の立場を一番先に考える、これは当然なんです。だから、やはりその場合には、保険会社の株主も役員もともに損をしたというならば、私もすぐなたの説明でうなずくのですよ。そうではない。今、現在の保険会社状態は、ここで言うまでもありませんでしょう、六兆くらいになっているのじゃないですか。おそらく今期における資産の額は、驚くべき額になっておりますよ。それと比較すると、五十一分の一というのは、どう考えても酷じゃないかと思うのですが、どうなんですかな。
  124. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) 今の保険会社が非常に資産経理状況がよろしいから、従って、そういう一部の中国関係の契約だけについて特別措置するのは当たらないという点につきましては、これは保険というのはやはり全体の利益というか、すべての加入者の利益を考えなければならないので、今日、保険会社の状況が非常にいいというのは、やはり内地加入者の関係がほとんどすべてといっていいんじゃないか。特に中国関係の契約につきましては、先ほど申し上げましたように、その現地で受け取った保険料を内地へ送金して運用するという道を全く封じておりましたので、今日、日本にあります資産というものが、中国関係の契約から生まれて出たというふうには見がたい。そこにやはり中国関係の契約と内地の契約というものとは、違った取り扱いが出てくるのは事情やむを得ないのではないかというに考えます。
  125. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) 速記をやめて。   〔速記中止〕
  126. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) 速記をつけて。
  127. 天田勝正

    天田勝正君 いろいろ立場答弁されますが、しかし、あなたの答弁の中に、銀行預金だっていつでも解約できる、同様に保険でもしょっちゅう解約はできるのだ、いつでも解約はできるというふうに言われますが、それは特殊な法律知識のある人はそう感じておられる。ところが、一般にはそう感じておらない。契約は十年なら十年は守るべきものである、これが要するに良民なんです。あまり法律にばかり通暁している国民ばかり出てきたら、これは国はろくなことはありません。そういう案外皆さんが感じられない人たちがおるので、国は健全なんです。ですから、十年契約、二十年契約といえば、それは加入者も、会社も、そして監督立場にある政府も、それを守らせるように、守った結果不信にならざるようにお互いに努力するのが、私は国の行政としても、またわれわれ立法府にいる者の責務であろう。あなた方を責めるばかりではない、私どももそう考えているのです。ですから、ことに今のお答えの中には、その途中にはどんどん送金をして、そしてこちらで今度は利殖した面もある。そんなのは、何とか機関と言われるような特殊な人ですよ。これまた良民はそういう悪知恵は容易に働くものではない。ただ、これは単なる生命保険ばかりではありませんけれども、簡保の問題、普通の生命保険だって、何しろこれが国策で、戦費になるのでございますから、はい、ごもっともというようなことなんで、それもこの法律用語みたいな表現をすれば、それは何も政府がお勧めしたのではございません、それには責任はありませんと、こうなるけれども、あの時代の空気を今振り返ってみれば、私が申し上げているのがうそでないことはおわかりになるだろうと思うのであります。ですから、そこに少しでも不合理があり、そしてそれが訂正できない不合理ならば、これはやむを得ないけれども、私は訂正できると感じて質問申し上げているのであって、そういう、何、生命保険だってすぐ解約できるのだなどという法律を専門にしているような人の言い方でなく、もう少し零細な、そして知恵の回らない少額加入者というものの立場を守る観点で、一つこの問題は事務当局としても検討してもらいたい。後ほど大臣が来るそうですからまたその際には根本的には聞きたいと思っております。午前中は以上で終わります。
  128. 柏木雄介

    説明員(柏木雄介君) ちょっと補足させていただきたいのでございますけれども、まあ少額の保険につきましては、これはやはり内地の契約並みの取り扱いをいたしております。問題になります中国契約の大部分というものは、保険金が十万円以上のものでございます。当時の内地契約の平均というものがまあ三千円未満でございますから、それに比べると、いわゆる中国関係の契約というものが非常に大きな保険が多かった。そういう実情でございまして、また先ほど申し上げましたように、小さい保険につきましては別途政府というか、保険会社の再建整備におきまして内地並みの取り扱いをするようにいたしております。少額保険者の、保険契約者の保護という点は政府としても考慮に入れていることだけ補足的に申し上げたいと思います。
  129. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 簡単に、時間がありませんから……。  今まで天田君の質問に対して御答弁になっていましたが、それを聞いていて、あの当時の十八年四月ですかのことが問題になっているが、当時私、北支、それから南支の方へインフレ調査に行ったことがあるのですよ。あのインフレはなぜ起こったかといえば、いわゆる預け合い勘定で、みんな聯銀及び儲備銀行と正金銀行との預け合い勘定で起こったもので、インフレになって送金を許していると、円元パーで許していると、日本が損しますから、それをとめたと思うのです。それを預け合い勘定でどんどん日本で印刷して持って行ってやったのですから、あのインフレの原因は戦費調達として日本政府に大きい原因があるわけですよ。従って、あの当時の戦時状態においてやむを得なかった。やむを得ないというのは変ですけれども、そういう情勢にあったのであって、契約者にとってはなはだ気の毒だったと思う。  それで、インフレ自体に対してやむを得ないというようにあなたは言われるでしょう。それは当時として、われわれとしては、あの通り軍部の力が強いのですから、私もあのころインフレの原因は預け合い勘定にあるということを報告して軍部に非常ににらまれましたが、そんなことを報告したのはけしからぬと言われましたよ。そういう状態であって、だれもこれに反対することはできなかったわけです、軍部の力が強くて。それは非常に遺憾なことであった。インフレそのものを大蔵省がやむを得ないものだと肯定するようなことではいけないと思う。やはり保険契約には長期契約の欠陥があるのです。ゴールド・クローズかなにかしなければいけないですよ、そういう場合は。それに対する何か教訓を学び、反省になる御答弁があるかと思って聞いておったのですが、天田さんの質問に対して、みなやむを得なかった、仕方がなかったと、何か合理化するような御答弁になったのでは非常に遺憾だと思うのです。あの当時の非常な欠陥から、保険契約なりなんなりについてこういう教訓を学んだ、また被保険者にこういうインフレになると弊害があるから、決していいことじゃないのだ、そういう御答弁があってしかるべきだと思う。ところが、何でもかんでも、何もあなたを責めているのじゃないということを天田さんも言われているのですから、やはりそこはもっと事実は事実として、欠陥は欠陥として、はっきり教訓を学んで、それを御答弁になってかるべきじゃないかと思ったわけですが、当時あのインフレ調査に行った経験があるものですから、その点だけちょっと御注意を申し上げたいと思って最後に発言したわけです。
  130. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) これにて暫時休憩いたします。    午後一時二分休憩    ————————    午後一時五十七分開会
  131. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) ただいまから委員会を再開いたします。  午前に引き続き、閉鎖機関等に関する件並びに、大蔵大臣が御出席になりましたので、最近における財政及び金融一般についてを議題にいたします。  御質疑のある方は御発言を願います。
  132. 天田勝正

    天田勝正君 午前中大臣出席がありませんので、事務当局から答弁を受けたのでありますが、この閉鎖機関の問題及び旧中国関係生命保険の問題、これについていろいろ質疑を繰り返しましたが、結論的には、事務当局答弁ではどうにもならないところに来た、こういうことでありますので、今後大臣の処置を要望いたしますために締めくくり的な質問をいたします。  さきにもお断わりいたしましたが、大臣見えられましたばかりでありますから繰り返しますが、これは事柄は過ぎたことでございますから、決して今現在の大臣初め事務当局を責めている問題ではありません。ただし、終戦混乱の中になされた事柄は、それが不正でないまでも当を得ないというものにつきましては、妥当なるように修正して参るということが当然であろうと考えまして、私どもはそういう観点から質問をいたしておるわけでございます。過去のことだから取り上げないというのならば、さきにも申しましたが、軍人恩給のごとく、むしろ旧帝国憲法がなくなった——その当時の権利がここに生きてきて、逆にわれわれから見れば大将の腕一本と兵卒の腕一本の値段が大へんに違うというようなばかばかしい矛盾さえ作られているし、天皇の官吏まであった諸君といえども、ずっとその権利は承継されている。こういうこともまた直さなければならないことだと思います。そういう観点でありますから、一つこれから申し上げまする要点だけにつきまして、今後の大臣の善処を要望したいと思います。  その第一点は、朝鮮台湾銀行の預金の三分の一切り捨ての問題であります。これが、なるほど法令的にも一五〇対一〇〇という換算率を適用されたわけでありますけれども先ほど来ずっと数字をもって申し上げましたように、終戦以前におきましては、むしろ物価朝鮮台湾の方が生計費などは安かったのであって、決して日本円と比較して低い価値ではなかった。なおまた、生命保険等を例にとりまするならば、朝鮮台湾、満州、ここまでは一対一の割合で返戻を受けている。さらにまた、簡保等につきましても、台湾においては一対一、朝鮮の分は外務省の所管に移っているそうでありますが、将来をお聞きいたしますと、これまた一対一で処理をしたい、こういうことだそうであります。これら二、三の例をあげましても、朝鮮台湾銀行預金者のみが不当の扱いを受けたということは明らかだと思います。さらにまた、この両銀行の資産がきわめて悪い状態に置かれているというならば別でありますけれども、これも政府が提出した資料によって明らかなように、役員などは実にその退職手当と解散手当と、いわゆる二重取りをしている。職員も含みますけれども職員はつけたりで、一人当たり三百六十三万円ずつ受けている。これは普通の退職金以外であります。そういうふうに、役員は非常な優遇を受け、一方株主は三十倍という多額の割当を受けて、新会社の株主になっている。こういうわけで、この内部における役員、株主、預金者、こういう三者を比較した場合も、預金者だけが不利な扱いをされている。役員などは、規定に全くない別な手当定受けている。こういうわけで、そういうことをだんだん並べますというと、大蔵省監督不行き届きと、こうなるものですから、それは私ども監督云々ではなくて、清算人にまかせたから、それをそのまま認めたかのごとき答弁になってくるわけなんです。そういうことでありますが、他のものと比較した場合、さらに内部と比較した場合どっちから見ましても、預金者だけが不利な扱いをされているということは間違いないのでありますから、こういう点につきましては、一つ考慮される御用意があるかどうか、まずこれを聞きたいと思います。
  133. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) この問題は、前々からこの委員会でお聞きしておりましたので、私の方は、事務当局でいろいろ従来のいきさつそのほかのことを聞いて検討しましたが、事務的にはもうこれはどうにもならぬことだと考えましたので、これを政治的に考慮する余地があるかどうかという問題については、これは別に考えてみようということで、実は前の政務次官に、特にこの問題について勉強してほしいということを私から頼みまして、前の政務次官の手でいろいろ検討してもらいましたが、結局この換算率というようなものについて若干問題があったとしても、この一般市中銀行閉鎖機関等の在外店舗預金の支払いというようなものはほとんどもう完了して、当該勘定を閉鎖したものが実際には多くて、閉鎖しないものでも清算を完了したものが大部分でございますので、これを今ここで修正するということは、実際上もうこれは実行も困難な問題である。だから、政治的にも、これを再検討するというような問題として扱うべきものではなかろうというのが、これを担当しておられた政務次官の意見でもありますので、私もこの報告を聞いて、大体この件は、ここに来てこれを再検討したり、あるいは修正してどうこうしようとしても、事実上閉鎖がもう行なわれ、清算が完了している以上は、これは実際問題としてさわれない問題じゃないかと、こういうふうに私は考えております。
  134. 天田勝正

    天田勝正君 いつもどうもこの問題で、私ばかりが時間をとるので、他の委員各位に非常に迷惑をかけているのですが、私は、ずいぶん大臣の来る前にも、この不当な処置なることを実は例証しているのです。これは、また時間をかけることを言いたくないのですが、金融機関というのは、何といっても信用が大切ですから、昭和初頭における御承知のあのパニック当時、当時は今みたいに銀行の数は少ないのじゃない、少々大きな町にはみな一つぐらい銀行があった。それが全部つぶれました。しかし、つぶれても、株式ですから、決して役員だけが責任を負うとか、株主だけが責任を負うということではありませんけれども、しかし、ほとんどの銀行において役職員はみんな私財を投じて、そのために無一物になったような例も、私の埼玉あたりでも五行や六行ではありません。そういうふうにいたし、株主はもちろん、株はゼロにひとしい状態になった。しかし、それでも預金者だけは守った。ここに私は、やはり金融機関としての道義があると思うのであります。ましてや、国の別働隊ともいうべき発券銀行であります。法令的に処置されたから事務的にはどうにもならぬというお言葉は、一応わかりますけれども、私どもはこれは政治的に処理ができるものだと思う。なぜかというならば、当時国も、預金者の預金は一五〇対一〇〇に切り捨てましたけれども、切り捨てながら、国は多額の納付金を納めさしておるのです。国も損をしたというのじゃありません。国が持っている株は、もちろん同じく株主として三十倍になったでありましょうし、そのほかに日本銀行に課すると同様な納付金は、もう十二分に納めさしておる。さっき言ったように、株主は三十倍、そして役職員は二重取り、しかもどう考えても、当時の他の会社と均衡のとれない多額の退職金並びにさらに二重に解散手当というものを、一ぺん退職せしめた者に対してまた解散手当、こういうものまで出しておるのですよ。そういうことからすれば、預金者だけが貧乏くじを引いた。そんな金融機関などというものは、私は民間の金融機関だってまずあるまいと思うのですよ。しかも、民間の銀行、生保は一対一である。その一定の限られた地域においての換算率はあらゆる団体、個人が同様な処遇を受けるというならば均衡がとれますけれども、朝銀の場合だけ不利の処遇を受けている。生命保険の場合は朝鮮台湾、満州までみんな同様一対一である。ところが、生命保険の場合は中国のことでまた別に質問しますけれども、ともかくそういうわけで他の生命保険一つは金融機関といってもよろしいでしょう。そういうものも加入者の立場が一対一であるのに、朝鮮銀行台湾銀行だけがこれは切り捨てられた。さらにまた利息の面からすれば、これらの系統銀行である貯蓄銀行とか、ここに掲げられておるのが三十ばかりありますけれども、それらがみんな十割割増金をつけておる。ところが、朝鮮台湾銀行の場合はこれがつけられるどころじゃない。どう考えても不合理であることは間違いないのであるし、そこで不合理をどうするかといえば、処理した、事務的には整っている、こうなるでしょう。しかし、依然として当時の納付金もまだあるわけでありますから、それは国として生きておるのでありますから、それで一ぺん処置をしてしまったというならば、さっき私は軍人と官吏の例をあげましたけれども、たとえば引揚者、これは別に何の制限があり補償したわけじゃありません。しかし、そういう何の補償もしなかった方々に対しても、私はそれは不当というんじゃなく、私自身も引揚特別委員会を三年やってずいぶんそれを主張した一人でありますが、そういう別段債権を間接であっても国に持たない人たちでも処遇されておる、政治的に。ですから、大臣一つ研究してみようということになれば、政治的に解決できないはずがないというのが私の主張であります。どうですか、その点。
  135. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 御承知の通り終戦処理をめぐってのいろんな諸処置というものを今から見たら、これは問題が多過ぎて均衡を害しておるところもございましょうし、明らかに矛盾だと思われるような処置もあろうと思います。そういう問題を今一つ一つこれを取り上げて矛盾と思われるものを検討してこの解決をするかという問題となりますというと、一つの問題を取り上げても、これは関連する問題はまだたくさんございますし、結局当時国会がやはり慎重審議し、いろんなものをきめておるのですから、その線に沿って処置されたものは一応合法的ということで、済んだものの処置は処置としてこれを解いてもらうという、そういう行き方でいくより以外に実際には私は方法はないのじゃないかと思います。この問題一つも、確かに実際おっしゃられるようないろいろな矛盾があるかもしれませんが、在外店舗の預金は一対一ではないのですが、三対二の換算率で全額払っているので、法律的には債務は完済されており、別に退職金を払ったり株主に分配するためにこの預金を切り捨てたのじゃないということは、当時のやり方から見てもはっきりしておりますし、この問題一つをそういう形で取り出すということは、政府としても返答するといってみても、そういう問題の解決を全部今になって政府が解決するといっても、解決する能力はあるかということになりましても、私は実際問題としておそらくできない問題じゃないかと思うので、政務次官にも特にこの問題について研究をしてもらったのですが、結論としてはやはりここへきて実行解決をするということはむずかしいということで、私もそういうふうに思っているということでございます。
  136. 天田勝正

    天田勝正君 それから、事務当局がそういうことを言われたのですが、しかし、矛盾というものはあの当時のことを考えればいろいろあるというのは、ものの本に書くときだの、まあ普通の話する場合はそれでいいのです。今外地関係に残っている問題はほかに何がありますか、では逆に聞きます。ほかにありませんよ。この朝鮮台湾銀行という発券銀行預金者だけが特に不利であるという問題と、これから申し上げる中国関係の生保の問題だけで、ほかに何がありますか、矛盾が。そんなにたくさんのことがあってどうにもならぬということはありません。それから矛盾といっても、ものには程度といものがあります。片方がまあ三十倍になったが片方は十倍にしかならない、そのアンバランス云々というのは程度の問題であります。そうでないのです。片方が債権を完済したというけれども、債権というものがあるのです。朝鮮銀行券、台湾銀行券は日本円で表示されている。御承知の通り、当時日本のは金貨で表示されている。金貨をこの札と引きかえに引き渡す、こう書いてあった、全部。戦争の末期はそれがなかったかもしれませんが、当初あった。その日本銀行券を裏づけとして発券しておるのでしょう。ですから、等価でない方がおかしいのであって、それでただその場合、換算率というものをきめる唯一の根拠は、要するに向こう貨幣価値の方が低いということ以外にないはずです。ですから、ただ済んだということならば、われわれを含めて間違いを犯したことを認めれば、それでよろしい。そうでしょう。しかも、預金者は三分の一切り捨てられて、それで切り捨てられたものがあるのに、片方は三十倍だ、増額されている。役員もそうだ。そうでしょう。それは矛盾といっても、片方は十倍になり、片方は三十倍で、二十倍の開きをどうしたのだということを議論しているのじゃないのです、私は。片方は三十倍の配当をして政府は目一ぱいに納付金を納めさして、それで預金者だけが損をしておる。債権は完済しておる。その債権というのは、こっちから押しつけたから仕方なしに、取らなければただになってしまうからということだけのことでしょう。それではまるっきりやくざ者を相手にして借金返済を求めるというようなもので、向こうがよこさないのではどうにもしようがないということです。妥当というわけにはいかぬだろうと思うのです。政治的に解決ができないということは、ほかの例からしても私はできるはずだと思っている。今さらできないとおっしゃるけれども、できないという根拠の方を逆に私の方からお聞きしたい。できます。三分の二払ってあるのだから、あと三分の一の問題ですから。  そういうことを言うと、時間が長くなってほかの人に迷惑をかけるのですが、政府から提出して新会社に引き継いだ資産だって何だって全部書いてある。これはずいぶん私……さっきまだ答弁できないところがあるのですよ。答弁できないところは別として、これはまるでほんとうのものだとしたところで、この中にもたとえば預け金が十四億円というのがあるでしょう。これは台湾銀行の場合。朝鮮銀行の場合は銀行預金だけで四十四億円も持っている。そういう事実からして、ないではないし、第二会社ができてしまって、これから取り上げられるということができないというならば、政府で今何十億ぐらいの補償をしたところで、それはできないというものじゃないでしょう。
  137. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 政府が四十億、五十億の金が出せる、出せないというその問題じゃなくて、さっき言いましたように、終戦直後の処理としてはいろいろな問題がございますし、戦時補償打ち切りを中心にして国内においてはいろいろなものの切り捨て処置というものはずいぶん行なわれていたのです。それ以後になって出た措置はあのときの措置よりはもっと慎重を期してやってきたのですが、この問題は当時じゃなくて、相当おそくなって、昭和二十九年になって国会で十分に審議されて、そうしてきめられたもの、ございますし、そこらがまたやり直しとかどうとかいう問題になれば、もっとそれ以上のいろいろな問題が終戦直後のときにはあるんですから、これが今から見て若干不合理だという問題がかりにあったにいたしましても、私は、昭和二十九年、終戦よりはるかにおそくなって、時代が落ちついたときに国会審議して慎重に処理した問題であるだけに、ここでこういう問題の再検討、これをどうこうしようという、そういう取り扱いが実際にはあまり妥当ではないのじゃないだろうかということを申しているわけでございます。
  138. 天田勝正

    天田勝正君 あなたの言うことは、まあ半分ぐらいはわかるのです。そうして国会審議したのだからということで、国会の方に責任事務当局のさっきのお話では持ってくる。はね戻ってくるのです。しかし、私がさっき生命保険の場合であげた中国インフレ状況、日本銀行発券高の増、そうして外地銀行発券高の増、こういうものだって、当時の審議の場合、資料として出していないのですよ。慎重審議とおっしゃるけれども資料を出すのは政府の方です。議員がみんな政府のようにスタッフを何百人も持っているわけではないのですから、それに自分が独自で朝鮮台湾、満州、中国まで行って調べることもできないし、調べようったってそう簡単に渡航できるものではないでしょう。不十分な資料をもとにして慎重審議といったって、それはできるはずがないのですよ。水田さん、もし一ぺん国会で慎重審議してみたのだからそれはあとは直せないというならば、法律の改正案なんかもみんな出せないはずなんです。おかしいのですよ、まず打ち切り措置をとったというのは。私もいろいろな面であったことも知っていますよ。知っているが、そのいい例、あなたはこの間軍人恩給の例を引いたが、不磨の大典だった帝国憲法がなくなってしまった。天皇軍人天皇軍人でなくなった。天皇の官吏が天皇の官吏でなくなってしまった。しかし、それでさえもその権利を認めて、あなた、直したじゃありませんか。その直し方の方が私はむしろ問題だと思っているのだけれども、どうせ直すならば、平等の権利で、大将の腕一本、兵卒の腕一本同じにすればよかった。ところが、あのとき大将の腕一本と兵卒の腕一本とおそろしい値段の開きがあるのだということが明らかにされたでしょう。だから、一たんきめたことがもう不動のものだということは、私はどこにもないと思うのだ。そこを解決するのがやはり私は政治的解決だろうと思うのですよ。ですから、私としては、さらに、大臣は政務次官にまかして御研究になったか知らぬけれども、こういう矛盾についてさらに検討してもらいたい。逆に私の方でお願いする。どうなんでしょう。
  139. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) さらに考えろということで、ございましたら考えますが、今までのこの検討の結果を見ますと、これはここで手を触れても、なかなか方法が困難な問題だろうというふうに私は政治的判断をしておるということでございますから、さらに考えろということなら考えますが、私の考えでは、一応事務当局やあるいは政務次官が当たってくれた結論から見まして、そういうふうに今判断しているということでございます。
  140. 天田勝正

    天田勝正君 しぶしぶながら、もう一ぺん考えるということですから、この問題はこれで終わりたいと思います。私は先ほど委員長にお願いしておいたのですが、事務当局としては、政治的に変えなければならない事柄を、あなたのいないところで言明するわけにはいかないですから、先ほど事務当局答弁を私はそのまま聞きおいた。で、大臣もかみしもを着てここへ出てくると、ついつい今のような答弁になるから、そこでこれは一つ速記録をごらんになっていただきたいと申し上げるのですが、私も実際は大臣忙しいから見られないと思うのだけれども、そういうことも考慮して、このことは、私はここに持っている資料の十分の一もまだしゃべっていない。政府側答弁の反論は幾らでもあるんですよ。さっきも申しましたように、換算率換算率というけれども、一番ひどい中国の場合だって、私の調べによれば、何が基準換算率なのかといえば、日本銀行券でしょう。その日本銀行券たるや乱発の一途をたどっているのですよ。ところが、聯銀券などの方はむしろ下がったことさえある。そういう工合で、そういう調べも私は政務次官、どっちの政務次官だったか知りませんが、十分調べていないと思う。こういう事実を調べたって、日本銀行から出てきたのを基礎にしても、私のような主張になってくるのですから、そういうことについても、なかなかかみしもを着た場合には、いや、前のは間違えましたと、あなたがやったでないにしても言いにくい。だから、委員長にその点をお願いして、とくと一つ考えられるような資料をそろえて、速記録等も要約してあなたにお話しして、ぜひ協議してもらいたい、こうお願いしておきましたから、一つその線で御考慮願いたいと思います。  もう一点は、中国関係生命保険の問題であります。これも午前中に十分政府当局のおっしゃることの反証をあげまして、私は詳しく述べておきました。要するところは、当時の銀行局長通牒というものが、二十年の六月、すなわち敗戦になる二カ月前に出された。おまけに、その通牒が、大てい法令は不遡及が原則であります。しかるに、十八年の四月一日にさかのぼってこれを適用する。戦後インフレのとき、給与などについてはずいぶん前にさかのぼったという事例もございます。しかし、ああした特別のインフレでない限りは、法令はそう、めったにさかのぼって適用するということはないのです。しかし、当時はそれができた、銀行局長で。それは天皇の官吏だったからできたんでしょうが、とにかくそういうわけであります。それが結局あとになって五十一分の一だの、二十一分の一だの、十一分の一だのという適用にずるずると持ち込まれる結果になったのです。ところが、私の調べによりましても、この加入者が加入した当時、つまり貨幣価値が高かった当時においては、日本銀行券と比べて、そうむちゃくちゃな増発でもないし、当時の十八年四月一日現在などという時点をとらえまするならば、決して生活物資等が向こうが高過ぎたのではない。物によっては、普通庶民が食べるための商品などは、逆に向こうの方が安かったという例がたくさん調べれば出てきます。こういうところからして、しかも満州までは一対一で適用する、中国関係だけは五十一分の一とか、これは銀行預金者の場合と同じように、あまりに加入者というものの立場を無視したものではないか。これについてさきの台湾朝鮮銀行と同じように、もう一ぺん一つ検討してもらいたい。この点についていかがですか。
  141. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これはやはり先ほどの問題と同じような問題ですから、検討する場合には当然一緒にしたいと思います。
  142. 天田勝正

    天田勝正君 その場合に、すでに、大蔵当局が生命保険会社を通じて意見を徴する機関であろうと思うのですが、債権者代表審査会という何やらわからない機関があるようですが、これの性格、そして権限、さらにどういう人がこれはなっているのですか。私の知っている限りでは、ほんとうに困っている債権者の代表なんというものは一人もここに入っていないようなんですが、どういうものなんでしょうか。
  143. 大月高

    説明員(大月高君) 債権者審査会は、金融機関再建整備法に基づきまして、具体的に債務を切り捨てます場合に、株主と預金者の利害を調整するために公正であるということを担保するために作った審査会でありまして、その審査会のメンバーとしましては、預金者の代表、それから株主の代表、それから第三者の公益的な人、そういう人にお頼みしまして、審査を受けておったのであります。従いまして、あらゆる預金者の代表という資格においていろいろ御発言を願っておるわけでございまして、個別的な人選がどうであったか今つまびらかにいたしませんけれども、建前としてはその利害の調整を民主的にはかっていただく、こういう趣旨のものであります。
  144. 天田勝正

    天田勝正君 ですから、今大臣が生保のものも含めてもう一ぺんそれでは検討しましょうというのですから、けっこうな話です。しかし、銀行局長、よく覚えておいて下さい。そんなのは債権者の代表ではないのです。ないから、そういう問題が起きている。しかし、実際の債権者の代表だったら、自分も三分の一になる、それは承知をするでありましょう。しかし、役員は膨大な規定以外の、退職金だのさらに解散手当だの、そういうものを取ったり、株主が取ったり、三十倍ももらう、そんなものを含めて承知するはずがない。ほんとうの債権者代表がそんなことをするはずがない。だから、それは株主であり、かつ預金者、こういう人がなっているのを、私も一人は知っています。大かたそれは預金者代表という名前であるけれども、むしろウエートは株主代表の方がウエートは多いのだ、その人の立場は。そういう状態ですから、まあ調整だと、表はそうでしょう。そうしてまあ善意に解釈すれば、あなた方はそのつもりで御委嘱になったにきまっているけれども、その人がどういう人かということがここで明らかになりませんと、とても信用することができませんから、今後の検討の中にもそれを含んでおいてもらいたい。さらにここに一つの私は例を持ち出したいと思います。これは具体的な問題ですから。  それから、さっきの生保の問題についても、先ほど答弁の中に、十九年後半になっても、二十年になっても、まだ募集をしておったのだという話がありましたけれども、事実はそういうたとはないのであって、今でも保険加入した場合には、二カ月たっても証書は来ません。当時は東京の本社へ送って、それから証書が行くのでありますから、五カ月、六カ月かかったということはざらで、だから、金は払ってしまって、そうして書類とともに外地から東京なり大阪なりの本店に来て、それで本契約が発生する。その発生する時点が皆様方の報告の方になっておりますから、当人が加入した日にちは、その六カ月なり八カ月なり前になる。これも一つ御承知置き願いませんと、業者の言い分だけがまかり通ることになるから、御注意申し上げておきます。  今、私は一つの例をといって申し上げましたが、これで終わりたいと思います。これは旧朝鮮銀行、今の日本不動産銀行に関することでありますが、昭和十三年当時に、すなわち当時中国においては、日本銀行券も、朝鮮銀行券も、正金の券も、軍票も、ともに通用しておった当時であります。そのときに、朝鮮銀行の天津支店に十万円の定期預金をした。そうすると、その定期預金の年利は三分六厘であった。これがその後放置されておりましたから、放置されるというと、一年間定期ですからその定期預金の利子がつく。当時の預金金利は七厘ですか、そういう金利で計算されるようであります。ところが、その事実を一体何の証拠もなしに調べられないわけですけれども、これをだんだん調べていったところが、確かに今の日本不動産銀行が引き継いで、そういう預金は受けたいというその事実は銀行側でも認めるに至りました。ところが、それじゃその証書はどうしたかということになると、これは供託であります。供託は御承知の通り日本の法務局のようなものに提出するのではございません。居留地でありますから、治外法権で、中国の政権もそこには及ばない。裁判から何から、みな日本の領事館に持ち込まなければならない。供託の場合にも日本の領事館で……。ところが、その領事館で、これは天津、北京、石家荘、こういうような所は書類を持って来ない。その書類を持って来ないのも怠慢ですけれども、写しもとって来ないのですね。外交官ですから生命は保障されているはずなんです。これはあなたに言うことじゃありませんけれども、きょう外務省が来ていないから、まあ経過を申し上げる。この点は外務省に聞かなければならない。何も生命の危険がない者が、写しぐらいとって来ればそういう権利者の立場がいささかなりとも守れる。この三カ所において写しをとって来ない。ですから、今ここで申し上げたこの例のごときことがあった場合には、全然もう補償されないで、銀行側が知らないといえばもうそれきりになってしまった。それでまあそれきりになったのはさることながら、それが天津であったということから、今の為替換算率というやつを適用されて、十万が結局利子も合わせて千五百円だと、こういうわけなんです。だんだんこの換算をし直しても、ずいぶん古いことですから、二十三年も前のことですから、だれも、記憶もさだかでない。しかし、つけた利息から逆算してみますと、十三年なんです。十三年の十月ですね。で、そのときに連銀券があるはずがない。あろうはずがないときに、無理に今の、勝手に、あなた方はこれは不動なんだ、動かすことはできないんだと言われておる換算率を適用して、千五百円だ、こういう例がある。名前もわかっている。ですから、これは実にけしからぬ話だと思って、まあこれは具体例ですから一つお伺いするのですが、これはこういう事例についてはだれが聞いてくれますか。
  145. 山下武利

    説明員山下武利君) その具体例を今初めて伺いますので、的確なお答えはできかねるかと思いますが、午前中のこの委員会でも申し上げましたように、北支につきましては、換算率日本銀行券千円に対して連銀券百円というふうにきめられたわけでありまして、これは同じ法律措置でそうなっているわけであります。従いまして、今の十万円が千円あるいは利子を含めても千五百円ということになったのはそういういきさつではなかろうかと思います。で、これはどうも想像で申し上げるので、はなはだ違っておるかとも思いますが、連銀券のなかった時代に入れた銀行預金というものでも、北支における円の預金というものは、その後にあの辺が連銀券の地帯になった関係から、一応連銀券の預金ということになったのではないかと考えるわけであります。これはまあ具体的な事例につきまして、どういうふうになっておりますか、調べませんとわかりませんですけれども、今お尋ねの点から申し上げますというと、そういうふうに推察されるわけであります。
  146. 天田勝正

    天田勝正君 そこで、これは一つだけれども、時間も参りますが、これは現に日本不動産銀行の経理部、特別管理部というところから返事が来ておるのだから、間違いがない。あなたが調べてもすぐわかります。だから、かりにあなたがさっきからおっしゃる、われわれもそうきめた、国会もそうきめたんでというこの議論は、こういう事例からしても、どう考えても当たらないのですよ。定期預金などというものは貨幣価値が下がったときにひょいと入れたのじゃない。ちっとも貨幣価値が下がらないときに入れたのだ。そうすれば、十三年当時の十万円を、今十万円もらったって大損なんだ。そこへ持ってきてその百分の一などということになったら、これはもうもらわない方がいいということになっちゃう。それで完済をしたなどということを言われたのでは、泣くにも泣き切れないというのはこのことなんだ。ですから、ここで別にあなた方だけを責めるのじゃない。国会がきめたとなれば、われわれもそういう手ぬかりについては考え直さなければならないということを冒頭から言っているのはそのことなんです。それで、保険のことについてだって、現に受け取りを持っている人があるかと言われれば、その受け取りを私はいつでも提示できます。証拠をいつでもそういうふうに持っています。この場合だって、銀行の言い分は今になって、あそこに連銀券がもう出ていた。従って、連銀券で納めたはずだ。連銀券だから百分の一だ、こういう理屈なんですね。連銀券しか通用しないということで……。これは日本銀行で調べた。日本銀行で調べればほんとうに出てくるのだから、間違いはないです。これは朝鮮銀行券が中国で通用しないどころのさたじゃないのです。これは昭和十六年の三月ですよ、三月の日本銀行にたまたまこういう数字があって、十六年三月になって、連銀券がとっくに通用しているときです、通用しているときだって連銀券だけが通用していたのじゃない。三千五百十八万七千円という日本銀行券中国でも通用しておる。連銀券が四千九百四十二万七千円台、銀券はさすがにありませんが、正金券が十六万四千円、同じく外貨が六十二万ドル、そうして軍票が四百七十三万二千円、合計するというと八千九百五十五万五千円、これに外貨六十二万ドルというものが連銀券のほかに流通されておったのです。これも私はしいて言うのじゃない。日本銀行で調べたのです。それが十三年に納めたのを、今になってそれは連銀券でございますなどと……。換算率なんて……。うっかりすると、そういうふうにして不当な利得を得るのです、銀行は。で、泣き寝入りをせざるを得ない。そうやって、証拠がない。その証拠はどこにある。証拠は政府職員の怠慢で持って来ないのですよ。供託してあるのだから……。そういう責任を一体だれが負いますか。預金者や何かには、証拠がなければとか受け取りがなければとか、たまたまこの場合はずっとほじっていったからわかったのです。これも証拠がない。ないままにわかった。だけれども、証拠を出せ。それじゃ政府の方の責任は、証拠がないときは知らぬ顔なんです。だれの責任もない。それではいかにも片手落ちじゃないかと言うのです。つい、僕はしゃくにさわるからあなた方をしかったような言葉になるかもしれませんけれども、そういう意味じゃない。国民とすれば憤慨せざるを得ない。  さっき言うように、在外外交官なんか生命は保障されておる。せめて受け取りの写しぐらい取れないはずがない。はずがないのに、それを置きっぱなしにしてきて、そういうときには何の証拠もないからどうしても、かりに百分の一だって渡すことはできぬ。渡せないんでしょう。百分の一になるべからざるものであっても、そんなところは日本銀行券だって朝鮮銀行券だって通用したのじゃない、連銀券だけが通用しておった、こう言いくるめられて皆泣いておるのです。この場合をいいますと、名前もわかっているのですが、当時の在外公館の人にちゃんと聞いてもらえばわかるのです。これはなぜ供託したか。なぜ供託したかといいますと、畜産商が結局中国人に迷惑をかけた。牛を日本に持ってくると買いたたかれる。しわ寄せば中国人。気の毒をしたものです。それで治外法権ですから、中国人が自分の政府に訴えるのじゃなくして、そういう場合には日本の領事館に訴えるほかしょうがない。裁判官は領事ですから、そこで訴えられる領事もやり切れなくなったから、お前ら団体を作って、そうして代表がいつでも支払えるように供託をしろ、そうすればこっちで処置してやる。それで大ぜいの者の代表としてこれは供託した金です。証拠を出せなんと言われたって、それは政府の方にあるというよりほかないのです。こういう事例もあるのです。外務省の場合は聞きおいてくれればいいのですよ。これが実情なんです、在留同胞の。こういうところでは言いにくいことですが、中国人いじめのその肩がわりのそれは供託金だったのです。どっちかというと、国は大いに何やら報償金でもやらなければならない立場なんです。それがたまたま鮮銀券も日本銀行券も正金券も、また連銀券もともに通用していた。そういう時期であったのをいいことにして、連銀券しかまかり通りません、だから、ほかの通貨で供託したというのはうそでございます、よって百分の一でございますと、こう来るのです。こういう事実のあることも一つ考えられて、これはあとで、あなたの方で扱いますね、あとでお見せしますから、一つ処置してもらいたい。  これは、私は十三年の連銀券を発行する以前だというのは、じゃ、その利息は幾らだと聞いて、さっき言った通り契約が一年だから、一年については三分六厘、それ以後は七厘というから、それを逆算したわけだ、向こうの金を。そうしたらば、その十三年の三月という時点にさかのぼる。そうなれば連銀券などは通用していないというふうに私は計算したわけであって、こういう例がほんとうにまじめな国民の方はこういう目に会う、よろしくやった方は早いところ送金している、こういう事実なんですから、一つこれらもさらに大臣がお考えになる資料にしてもらいたいと思います。以上で終わります。
  147. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 私は、最近の経済情勢の変化ですね、それと財政金融政策との関連について質問したいのです。  大臣もすでに御承知のように、この三十六年度はいわゆる所得倍増計画の第一年度で、三十六年の予算もそれを前提として編成されたのでしょうが、予算編成にあたりまして前提となった経済の見通しですね、特に国際収支、それから設備投資、それから物価、金融情勢等々につきまして、予算編成当時と非常に情勢が変化してきておるわけですね。これは予算委員会でも大蔵委員会でもわれわれすでに指摘し、政府の見通しは狂っている、従って基本的には所得倍増計画自体もこれは再検討しなければならないであろうし、いわゆる政策転換を行なわなければならないじゃないかということを、たびたび質問して参りましたが、政府の方では非常に楽観的な態度をとられ、かなり高姿勢な答弁をしてこられた。ことに水田大蔵大臣は国際収支については、下期にアメリカの景気も立ち直り、輸出もふえるであろうから、そう心配ないというような御答弁をしてきたと思うのです。しかし、特に最近の情勢ではそう楽観もしておられない、政策転換を行なわなければならない情勢になってきているのではないかと思うわけです。そこで、具体的に最近の経済情勢の変化、特に国際収支と設備投資、それから物価、金融情勢等について質問したいわけです。  まず、国際収支につきまして伺いたいのですが、最近八月、九月総合収支でもやはり赤字が見通されてきておるわけですね。八月は八千九百万ドルの赤字、九月はまた六千万ドル内外の赤字になるのではないかといわれているわけです。結局三十六年度の国際収支としましては、当初の計画では、御承知のように、経常収支は一千万ドルの黒字、総合収支は二億ドルの黒字という予定であったわけです。ところが、最近の見通しでは、実際には経常収支は七、八億ドルの赤字になるのではないか、資本収支が大体四億ドルくらいの黒字で、結局総合収支四億ドルくらいの赤字になるのではないかという見通しです。そうしますと、最初の計画で、総合収支二億ドルの黒字が結局実績として四億ドルくらいの赤字ということになると、それは当初計画と非常な狂いが生じますし、そこに差引六億ドルの狂いが生じてくる。このことがまたいろいろな財政金融上、あるいは物価等々に大きな影響を及ぼすわけです。そこで、まず最近の国際収支の情勢にかんがみて、三十六年度の国際収支は結局どういうふうになるようなお見通しでおられるのか、まずこの点伺いたいと思います。
  148. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 前から申しましたように、当初の国際収支の見通しというのが、これはもう大幅に狂っておることは事実でございますが、この原因は前からもしばしば申しましたように、輸出の伸び悩み、輸入の非常な高水準ということで、赤字がずっと続いておるということは御承知の通りでございます。  で、輸出について私どもは米国景気との関係をしばしば申しましたが、これも御承知のように、昨年の七、八、九月というときの対米輸出は一億ドル台でございます。それからだんだんに対米輸出は下がって、ことしの一月六千九百万ドルというふうに下がって、それからきょうまで徐々に対米輸出は回復して、今この七月になってようやく対米輸出が一億ドル台になって、昨年の七、八、九月程度に戻ったということですから、徐々に好転のきざしは見えてきておりますが、しかし、全体として現状では去年のような輸出増を期待するということはなかなかむずかしいと思っております。  それに反して、輸入は少し落ちつきぎみにはなってはきましたが、しかし、国内生産の伸びが非常に大きい。で、設備投資が当初の予想よりもはるかに活況を呈しておりますので、こういうものが原因となって輸入の高水準というのが現在まだ続いておりますので、今年末までの全体の見通しとしては、なかなか経常収支の均衡回復はもうむずかしいと私どもも思っておりますので、  それに対してどう対処するかという問題でございますが、問題は、政府成長の政策の変更とかいうような問題じゃなくて、成長政策は、これはむろん変えませんが、三年間平均で九%ぐらいの成長率が一番安定的な成長率だというふうに考えておりましたのに、最近の情勢を見ますと、これをはるかに上回って一二%前後の成長率を続けているというふうに、少し経済の伸びが過ぎているということがはっきりしておりますので、やはりこれを押えて、最初予想したような線に、これをその中心のところへ戻していくというこの措置を、いろんな措置をとることが必要だということを考えておりますので、そのためのいろんな措置を、今、政府でもとっておるところでございます。  で、日銀、市中銀行等の連携のもとに設備投資の一割削減の措置とか、あるいはさらに公定歩合を七月に引き上げるとか、輸出振興策を政府は立てておりますが、一応各省のとるべき輸出振興策もきまりまして、もう実行に移されておりますが、そういう措置による国際収支の改善とか、あらゆるそういう措置をとって、行き過ぎのないようにこの措置をとることが、今の場合は国際収支改善のために一番必要な措置だと考えまして、今いろんなそういう措置をとっておるというところでございますから、これからの見通しと申しますと、さっき申しましたように、年度内に均衡回復するとか、そういうようなことはむずかしいと考えておりますが、また一面、今とっておるいろんな措置の効果がある程度現に現われてきつつあるところでございますので、この効果が今後どういうふうに出てくるかというのが問題で、これによって国際収支の不均衡もそう大きい心配のないところに食いとめられるか、当初予定より相当上回った赤字というような事態になるか、これはあとやはり二、三カ月の情勢を見て見当をつけなきゃならぬのじゃないかと思っております。
  149. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 その問題は、今、大臣が言われたような当初の計画以上に設備投資が行き過ぎている、それが中心になって輸入も非常にふえ、また輸出のあまりふるわない原因も、設備投資が非常に予想よりも大きかったために、内需が、外国の需要よりも国内の需要が大きくなって輸出が減退したということにもなっていると思うのです。ところが、今、大臣が言われたように、公定歩合を一厘上げた。また、設備投資も自主的調整によって大体一割押える。そういう程度の措置では、この最近の国際収支の悪化あるいはこの物価の騰貴ですね、あるいは金融の逼迫、そういう情勢を調整できなくなってくる。もう一段と新たなる手を打たなきゃならない情勢になってきているのじゃないかというところが問題になる。たとえば公定歩合についても、さらに全定歩合を引き上げなきゃならぬのじゃないか。あるいは藤山大臣が言われたように、その輸入について新たなる何か抑制措置をとらなきゃならないのじゃないかというようなことですね。あるいは金融についても、国際収支の赤字から対民間収支は非常な狂いを生じておるわけでしょう。その上に、この自然増収が非常にあって、そうして二重の意味で、国際収支の赤字とそれから自然増収の増加、両方から非常に金融を圧迫しているわけです。従って、そういう情勢になっているので、今までの措置では最近の国際収支を中心とする経済のいろいろな情勢の変化ですね、それに対して不十分であると、そういうところが問題になってくるのじゃないかと思うのです。ですから、今後大蔵大臣は今までの措置に加うるにどういう措置をおとりになるか。特はこのことは今後の予算編成に非常な大きな関係を持っていると思うのです。三十六年度の補正予算あるいは三十七年度の予算編成についても、これは重大な影響があるわけです。特に国民は三十七年度は減税を非常に待望しているのですからね。まごまごすると、減税もできないのだ。自然増収は景気調整の資金に積み立てる、フィスカル・ポリシーの財源に積み立てるのじゃないか。大蔵大臣のそういうような御意見が発表されたように聞いておりますが、そうなると、三十七年度減税はできないのじゃないか。非常に今後の財政金融政策に大きな変化も生じてくるように見受けられるのです。その点を御質問しているわけなんです。
  150. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) どういう措置をとるかという問題も、結局経済情勢の推移に応じてとるべきものだと思うのです。で、まあ設備投資一割削減という程度のことでは追っつかぬじゃないかという御意見でございましたが、まあ当時私どもの調べた推定額が、設備投資が四兆億円ぐらいに捨てておいたら行くんじゃないかという予想でしたから、やはりそれを一割削減程度に縮める必要がある。で、もっと大きくという意見も政府部内にはございましたが、しかし、やはりもう民間というものはいろいろの計画をやって動いておるわけですから、急激な変化を経済に与えるということもこれは考えものでございますので、まあ年初は三兆少しの設備投資ぐらいが適当だという計画でありましたが、実際は今まで前年度に比較して三割以上の設備投資がふえておったのを急に減らすこともいけないので、昨年度の二割以内におさめる程度のところがまあ経済に大きい波を与えないことになるだろうというようないろいろな考慮から、一割程度の削減はどうしてもここでしたいというので、行政指導そのほかの措置をとったんですが、それがすぐに効果が出てくるかと申しますと、まあ三十二年度のようなときには思惑というものが経済をああいうふうにした大きい要因でございましたので、従って在庫投資というものを押えることがあの当時は最も有効な措置でございましたので、政府のとったいろいろなことがこれが割合に効果が早く出てきました。ところが、今回の場合は設備投資を押えるということが一番必要な措置であるということでございますから、行政指導による措置、金融を通ずる措置、公定歩合による措置というものをとっても、効果はすぐに出てきにくい。で、今一時あれ程度では効果がないんじゃないかという議論が非常に多かったんですが、当時はまだ金融逼迫といってもそう大きいものではございませんでした。その後金融引き締め基調というものを私ども相当強化していますので、それによって、最初は企業家も安易に考えて、まあその程度のものは実力でもやれるんだと、そうはいっても設備投資をそう押えなくってもというような気が民間にあって、強気であったことは事実でございますが、当てにしておったいろいろ長期資金の調達というようなこともだんだんと困難になってくる、手持ち資金も相当余裕がなくなってくる、増資にたよろうとしてもなかなか金融情勢というものはそうやさしいものでないというようなことが、今少しずつ響いてきまして、この設備投資を延ばせるものは延ばすということについては、今ようやく慎重な動きが出始めていると、ちょうど今、出始めてきたと私どもは見ていますが、この動きがどうなるかを私どもは見たい。それによって来年度の、これは予算の編成方針も当然経済情勢に対応した一つの方針もとらなければならぬでしょうし、いろいろのものを合わせた措置も、必要によってはとる考えでございますが、しかし、もう今までとった措置がどういうふうに現われてくるかというこのやはり経済の推移を見なくていろんな措置をとることの弊害ということも十分考えておりますので、今そういう経済の推移を私どもは見ている、こういうところでございます。
  151. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 大臣に伺いますが、設備投資の一割抑制というのは、大体三兆六千億ぐらいの一割ですか。最初まあ計画は三兆一千四百億ですね。ところが、その後大体三兆六千億ぐらいになるんじゃないかといわれておったんですが、その三兆六千億に対する一割ですかくらいの抑制を考えておられるのですか。
  152. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 投資の一割というのは、直接的には銀行を通じて把握されておる特定百五十社の設備投資計画が、あれは一兆一千億ございますので、とりあえず銀行を通じてそこを押えるということと、それにならって全体の計画を一割ぐらい押えたいという行政指導も裏でいろいろ行なわれておりますので、そういう措置をとることによって、全体として四兆億円といわれたり、三兆六千億といわれたり、いろいろ推定はいわれておりますが、概して三兆六千億円以内にそういう措置をとることによって縮められると、それ以内に縮めることは必要だというふうにまあ私ども考えています。
  153. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 そうすると、三兆六千億以内に押えるように、今の一兆何千億ですか、銀行の貸出対象になっていますねを押えたいと。そうしますと、大臣は計画よりは実際は行き過ぎていると、だから大体計画の線に成長率をとどめたいというお話ですね。計画は三兆一千四百億ですよ。三兆六千億というと、計画よりかなり上回っている。しかも、実際問題としてどうですか、三兆八千億ぐらいいくんではないかといわれておるわけですね。そこで大臣は、それを三兆六千億以内に押えたいと、こう言われると思うんですがね。しかし、どういう方法で押えるか。  自主調整といっても、今の自由企業の原則のもとで、そういう調整が一体つくのか、つかないのか。これは、私は所得倍増計画を行なうときに一番根本の問題として疑問に思ったところなんですがね。それと同時に、私はこう思うんです。大臣は三十二年と違う点を強調されましたが、政策の打つ手をここで渋っておりますと、今まで公定歩合を一厘上げた。それから一割の投資の抑制を指導している。その効果を待って第二段の手を考えると言われますけれども、しかし、藤山大臣も言われたように、今後輸入をかなり押えなければならないのだというようなことを政府が言うと、私はそこに必ず思惑が起こってくると思うんです。ぐずぐずしておれば、必ず思惑が起こりますよ。三十二年度と三十六年度の違いは、三十二年度は原材料の在庫投資が非常に思惑的にふえた。今回の輸入増加は、設備投資の増加による輸入増加だから違うのだと言われますが、しかし、ある時期に来れば、私は思惑的なものがふえてくると思うんです。輸入を押えるということが、政府責任ある人からそういう声が出てくれば、では今のうちに早く輸入しておこうというようなことに必ずなってきますよ。ですから、私はぐずぐずはしておられないと思う。金利の問題だって、一厘引き上げが論議されているでしょう。それに対応するようにみんな手を打ちます。では今のうちに早く借りておこうと、そういうことになるわけですよね。そうなると、今まで打った手の効果を見ながらやるといっても、私はなかなかそうはうまくいかないんではないか。ここで私はかなり思い切った手を打たないと、そういう経済情勢の変化に対応する措置がとれないのではないか、こう思うのですが、その点いかがですか。
  154. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) その輸入を押えようとしても、これは自由化になっているときに直接的にどうこうするという措置は、これはなかなかむずかしいと思います。またやり方によれば、あなたの言われるような問題もあるのですから、問題は自然に輸入が抑制されるように、大もとのやはり設備投資に対する抑制が根本であろうと思います。そういうつもりで設備投資を押えたいというところから行政指導もしておりますし、また金融政策の面からもいろいろなことを今までやって参りましたが、それでもなお反応があるかないかという問題ですが、やはりそういう設備投資の動向というものについては、今までいろいろ判定するための資料としては、機械の受注状況がどう変わっておるかというようなものから大体判断するのが例でございましたが、その機械の受注状況というものを見ますというと、去年との比率、前年同月比で見ますと、ことしの受注は非常に多くて、たとえば三月は機械の受注が去年よりも七割三分高い。四月にいって五割四分、五月にきて六割というふうに、去年よりはとにかくみんな五割以上高い水準で来ておりますが、この措置をとることによってこの鈍化が今はっきりしていまして、絶対額はむろん多いんですが、この前年同月比で見ますと、六月は三割前年に比べて多いにとどまる。七、八、九という傾向が、今年の四−六月の実績に対して見ましても、七−九月の見込み、もうこれはかなり確実なものですが、事実上は注文しているのですから、この見込みが四%以上も落ちてきているということも今出ておりますので、私どもは設備投資に対する今の手がようやくここでやはりさいてきだのだ、こういうふうに今見ておるのです。従って、これが全然無効果であったかどうかというのは、もうちょっと推移を見たら、私は大体この傾向としてはっきりしてくるのじゃないかと考えております。
  155. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 大体、大蔵大臣考えですと、設備投資を三兆六千億円ぐらいにどうして押えるかということが中心になってるようですが、三兆六千億でも私はかなり高い水準だと思うのですが、今までのそれは自主調整みたいな形で一体押えられるかどうか。私は、設備投資を押える方法としては具体的にいろいろあるでしょうが、行政指導等あるが、結局は金融面から押えていくということがまず第一の直接的な方法のように考えるのですが、ここでやはり金利の引き上げの問題が、公定歩合の引き上げ等の問題が起こらざるを得ないと思うのです。その金融の問題についてはどうですか。
  156. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 金融は、そういう一つの目的を持っているときでありますから、引き締め基調というものを変えないという方針でいくよりほかないと思います。
  157. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 公定歩合に移ります。公定歩合についていろいろ世間では、たとえば佐藤さんですか、通産大臣、佐藤さんは反対だという意見もあるようですし、山際日銀総裁は、政府あるいは与党の方の意向を待っているような形のようですが、大蔵大臣はどうお考えですか。佐藤さんは反対のようですが、その点、大蔵大臣どうなんですか。
  158. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) この通産大臣がああいうふうに申したかどうか、まだ会っていないから私は実際のところは知りませんが、これは反対とか賛成とかいうべきものじゃなくて、実際にこの設備投資の問題にしても、この行き過ぎというものが押えられなくて国際収入の悪化というものが大へんだというような状況がかりに出てきたとしますれば、ひとり公定歩合の問題というのではなくて、いろいろ政府のとるべき策は財政面からもございましょうし、いろんな面からもありましょうし、それは結局、賛成とか反対じゃなくて、どうすべきかという問題で、経済情勢によることだと私は思っておりますし、これはまた当然日銀にしましても、大蔵省にしましても、これを見てどうするかということは私どもの仕事ですから、これは情勢によって考えることである。その情勢というものがさっき申しましたような、まだ起こっているところでございまして一がいにこれではいかぬとかいいとかというのはまだ少し早いのじゃないかと思っております。
  159. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 そこに非常に今の経済情勢の変化に対する認識の相違の問題になるわけですが、しかし、それはただ見解の相違だけで済まされない問題だと思うのです。政府があまり、また大蔵大臣も今までの計画とか行きがかりにとらわれない方がよろしいのだと思うのですが、もちろん大蔵大臣は賢明ですからそんなにとらわれたりなんかしないと思うのですけれども、特に金利政策なんか非常に弾力的にやらなければならぬというのが常識ですね。ですから、ぐずぐずしておりますと、扱う時期を失するおそれがあると思います。  特に大蔵大臣は金融引き締め態勢は変えないと言いますが、その場合、三十二年のときもそうでありましたが、引き締め態勢を強化してきますと、中小企業に対する影響というのは非常に悪い影響が出てくるのです。いつでもそうなんです。これに対しては十分何か措置をお考えですか。
  160. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 私どもが心配しておるのは、金融をゆるめない、引き締め政策をこの際とらざるを得ませんからとっておりますが、とるということになると、中小企業にしわ寄せが来ることが一番心配な問題だと思っておりますので、そのために金融を締めるという政策をとると同時に、それに対する配慮というものをこれは常にしていなければいけませんので、今後中小企業に対してどういう対策をとっていくかということは、もう大体政府部内でも検討を進めて今後の対処策を私どもきめております。過去においても、かりに何らの準備なしに公定歩合をこの前上げたとしたらどういうことが起こったかと申しますと、企業家は非常に強くて自分のした計画というものは一つも残さない、やめない、やめないだけでなくこれを少しずつ引き延ばしすることもしないというくらいに強い態度でしたから、金融を締めても、民間の市中銀行は、おそらく企業家は自力でもこの自分の計画は進めてしまうという態度をとるでしょうし、銀行もまたそれに貸し出しをやるということになれば、もうそのまま中小企業にしわがいってしまうという事態も考えられましたので、大銀行にそういう大きい企業に対する一割削減、そういうふうに銀行がまたそれに対応した措置をとるようにという、いろいろなそういう問題のあれをやっておいて金融引き締めをやるということをすれば、中小企業にすぐにそのしわが寄ってこないということも私ども考えて、今でも金融は締めるが、締めるに応じて中小企業の貸付比率を落とさないように、今まで一応大企業の貸付と中小企業の貸付の比率がございますが、この比率は落とさないという指導を銀行局は今必死になってやって、そういう方向で中小企業のしわ寄せを防いでいるという状態でございますので、今後さらにこの引き締め基調をゆるめないという政策をとる以上は、今のところは確かに中小企業も金融は逼迫はしておりますが、まだ不渡り、倒産というような事態が見ゆるときではございません。今までそのことを気をつけてやってきましたから、今まではまだいいのですが、今後年末にかけての中小企業の金融というのはなかなかむずかしくなると思いますので、それに対する対策だけは今十分準備して、そうして引き締め基調をさらに進めていくということによって、今まで効果の出なかったいろいろの一連のものが、設備投資の伸張というところに私どもは必ずある程度現われてくると思って見ているわけですが、現にこういう機械受注の状況から見ましても、そういう点が見え出したというふうに私ども思っております。ですから、中小企業の金融だけはこれは慎重にやるつもりで、ほとんどこういう時期にいった場合は政府はこうするという対策は、全部一応検討済みに今なっております。
  161. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 社会党は党として、この中小企業金融対策について政府に善処方を要望してあるんですが、今大臣のお話では、今後金融の引き締め政策を変えないし、また強めていく場合の中小企業に対する金融その他の措置については十分検討済みの用意はしている。たとえば貸し出し率を変えないようにということですが、その他についてどういう用意をされているか、お差しつかえなければここでお聞きしておきたいと思うのですが。それは事務官の方でもけっこうなんですが、あるいは広範にわたるものでしたら資料等でいただいてもいいんです。
  162. 大月高

    説明員(大月高君) ただいま大臣からお話ございましたように、市中金融機関からの貸し出しにつきまして、中小企業金融に十分配慮するようにという指導は現にいたしておるわけございます。政府関係におきましても、国民金融公庫、中小企業金融公庫、それから商工中金、これに対しまして、それぞれ年度間の計画を持っておりますが、情勢の推移に応じまして、まず資金の繰り上げ使用を認めるということを今検討いたしております。それから、情勢がさらに進展いたしますれば、財政投融資の追加計画を実行いたしまして資金源を追加する、こういうことを考えておるわけでございまして、その他現在商工債券の売れ行き、特に割引商工債券の売れ行きがあまりよくないわけでありますが、これに対しましては、市中銀行、保険会社等、各種の金融機関に対しましてむしろ長期の商工債券を追加して持ってもらうようにというような要請をいたしておりまして、資金源について商工中金が心配することはないようにいろいろ対策を講じておる。その他若干、今申し上げる段階ではございませんけれども、まだ財政的にも手を打つ余地があるということで検討いたしております。
  163. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 それじゃ、今度のこの三十六年度の補正予算においてそういう点を具体的に考慮されるわけですか。大臣にお聞きしておきたい。
  164. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 補正予算につきましては、範囲をどの程度にするかというような問題は今やっている最中でございまして、まだ政府部内の結論がついておりませんが、対策は対策としてやりますが、この今回の補正に必要とするか、この次の補正においてやって差しつかえなく済むかというものを、項目別に全部今検討いたしておりますので、ここでちょっとその問題ははっきり申し上げられませんが、いずれにしましても、こういう対策はとることに支障のないような措置は全部とりたいと思っております。
  165. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 最近の経済情勢の変化に対応して、補正予算はどういうふうにお考えになっておるか、編成の方針なり。
  166. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 今補正要因はたくさんございますが、そのうち一番大きい問題は何といっても災害だったと思います。この災害も、当初は今ある予備費で一応片づけられる。そうして次の機会まで補正はしなくても済みそうだという考えで臨んでおりましたが、さらに災害がつけ加わってきましたし、実情調査も大体終わりになってきましたので、そこらを総合しますというと、災害にはやはり補正予算が必要だろうというふうに私ども考えておりますので、もしそうだとすれば、一つの補正要因を取り上げるとすれば、他にどういうものがあるかというものの検討を今しておりますが、大部分実際に次の機会まで待てる性質のものが今多いのでございますから、そことの関係で、どの範囲までを、もし補正予算を国会に出すとすれば、どの範囲までの補正予算を出すかというような問題は、今関係者で検討されているような段階でございます。
  167. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 予算の問題が今出ましたので、ついでに。三十七年度の予算の編成の時期にもかかってきておるのですがね。それは今までの所得倍増計画三カ年、九・八%ですね、それでいくと、三十七年度は今までの計画のような成長率を前提とした計画ですね、それでいいかどうか。成長率はやっぱり落ちるのではないか、落とさなければならないのじゃないかと、こういうふうに見られるのですが、その点どうなんですか。
  168. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 来年度の予算編成方針ですが、編成方針を立てるときには、その基礎が、御承知のように明年度の経済見通しというものがその基礎になって予算編成方針が作られるというのが例でございます。その場合、予算が通過するときが三月で、その経済見通しというものは十二月に立てるものですから、そこで三、四カ月の間にもいろんな変化が出てこの見通しが正確でなかったという問題がもうしばしば繰り返している問題でございますので、ことに今度のようなときにはこの見通しというのはなかなかむずかしい問題でございますので、私どもは予算の編成はむろん年内にしたいと今準備しておりますが、経済見通しと関連することでございますので、できるだけ経済見通しはおそくつける方が正確でございますので、今のところ来年の予算編成方針というものの討議とかいうようなものはまだ部内でやっておりませんので、これはできるだけおそく編成方針は私はきめたいと思います、経済状態を見てから。
  169. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 これは御説の通りです、将来のことですからね。しかし、やはり将来の経済情勢とともに現在の経済情勢をも考えながら予算を編成しなければなりませんし、もうすでに編成の時期に来ておるのですから、心がまえとして、大きな方向としては、たとえやはり積極財政でいくか、あるいは緊縮財政でいくのか、あるいは経済に対して中立的な予算でいくのか、その裏にある心がまえというものは、最近の経済情勢の変化と対応して大筋の心がまえはやはりここで持つ必要があるのじゃないか、こう思うわけです。そういう点を聞いておるわけなんです。無理かもしれませんが、大体の大筋の考えですね、どういうお感じをお持ちになっているか。
  170. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは十一月、十二月の推移を見なくても、今の傾向から見て、当然われわれにもう予算の編成についてのいろんな考え方はございます。ございますが、この予算編成方針というようなものは、結局政府の方針でございますので、まだまだ編成方針が固まるというためには政府部内の調整とかいうようなものが必要でございますし、きょう私が予算編成方針についていろいろ触れることは、まだ時期が少し早いのじゃないかと思います。
  171. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 次に、物価と金融の問題について、なるべく質問をしぼってお伺いしようと思いますが、金融については、自然増収が何かまた例によって多いようであります。それで、自然増収の増加と、それから国際収支の赤字、この二つの要因で金融を非常に逼迫さしていると思うのでございますが、特に政府対民間収支ですね、予想と非常に狂っているわけですよ。それでどうでしょう、収入歩合、七月末の租税と印紙収入の大蔵省の調べを私の手元にいただいたわけですが、七月の収入歩合三七・二%ですね。前年同期に比べますと、前年同期は三二・一%、この調子ですと、自然増収はかなり見込まれるわけですが、お見通しはどうなんですか。まだむずかしい問題ですが。
  172. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは税収はきわめて順調でございまして、収入歩合の点から見ますというと、一般会計分では去年の対決算収入歩合に比べて七・一%多い。総計でも、今おっしゃられましたように、去年の三〇・二%に比べて収入歩合七%多いということですから、これは税収がきわめて順調であることは確かでございまして、もしこの調子でいくとすれば、今年度も相当大きい自然増があるのじゃないかと思われます。
  173. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 主税局長いらっしゃるのですが、この調子でいくとどのくらいの……。これはまだ機械的ですが、どのくらいのあれですか、この調子で。
  174. 村山達雄

    説明員(村山達雄君) この調子というのを、七%収入歩合がいいと、この状態でずっと年度末までいけば、七%だけ予算に対してよろしいということになりますから、一兆六千億に七%かけた数字が計算されるわけでございます。そういたしますと幾らになりますか、千億余りの数字に計算は出ると思います。
  175. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 また非常にふえるのですね。大体大蔵省の推定よりこれまでは実際ふえてきているのですが、その自然増収の処理ですね、これはいつも問題になるのですが、それでこれはどうなんですか、減税の問題はどうも来年心細いのですが、立ち消えになりそうなうわさも聞くのですが、どうですか、来年減税はおやりになりますか。
  176. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは減税というものは、私は前から言いましたように大掃除みたいなもので、毎年これはやっていいものだと思っていますが、問題は経済情勢とにらみ合わせた幅という問題は、当然論議される問題になろうと思いますが、減税はこれはどうしてもやるべきことだと思っております。
  177. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 それから、新聞なんかで拝見したのですが、景気調整資金みたいなもの、前に一萬田大蔵大臣のときにやりましたのですね、いわゆる景気に対するバッファーとしてフィジカルポリシーをやると。この財源として自然増収を利用する、そういうお考えでございますか。
  178. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは来年度の予算の編成方針に関連することでしたら、さっき申しましたように、まだまだ全然来年度の編成方針について何ら討議もしていないことでございますし、本年度の自然増の処理というような問題からのお話だとしますというと、今主税局長が言われましたように、自然増がどのくらいいくかわかりませんが、今程度のものを上回る自然増程度でしたら、今年度事務的に片づけなければならない補正要因というものも年度末までには相当ございますので、そういう構想が必要となるかどうかも、今のところはまだ見通しがつきません。
  179. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 常にこの自然増収が多いということは、金融を圧迫する一つの要因になるわけですが、これに対して最近の金融逼迫は国際収支の赤字というものも一つの大きい要因ですが、その税金の、予算よりは取り過ぎですか、それによる金融逼迫については、何か調整の方法はないでしょうか。常にそういうことで金融を圧迫するということは、これはやはり考えなければならぬ問題じゃないかと思うのですよ。この点は何かやはりお考えになっていますか。
  180. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは財政の理由による金融の逼迫というようなものについては、ある程度責任は財政の方にあるのですから、これについて必要な調整はすべきものだと私ども考えています。従って、政府支払いについての考慮というようなものもしていますし、買いオペというような措置を日銀がとっているというのも、それに対応する一つの調整施策だというふうに考えていますが、ただ、便乗というわけでもないですが、金融の引き締めという方向に行こうというときですから、外為の引き揚げ超過というようなことは、むしろこれはわれわれの方向の線にたまたまなっていることでございますから、そういう引き締めということをやろうというときに、理由のない緩和という方法は簡単にはとれませんので、オプレーションの幅というようなものについてもそういう点を考慮して、基調をくずさない形の調整をやりたいというふうには思っております。
  181. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 最後に物価の問題について伺いたいのですが、前に物価白書を経済企画庁で出しましたが、大体三十六年度の計画では卸売物価は下がるという前提になっているのです。それから消費者物価は一・一%、これは鉄道運賃値上げ等を行なっても大体一・一%程度の値上がり、こういう前提になっているのです。しかし、最近の実績はそれをはるかに上回っているのですね。しかも、今後まだ物価の騰貴が予想されるわけです。この物価の問題については、大蔵省は無関心でおられないはずであります、財政金融政策の面で。物価問題についてどうお考えになるのですか。計画と物価は非常に違っているわけです。所得倍増についても、消費者物価が上がれば実質所得は所得倍増の計画通りにならぬわけですね。この点、物価の問題についてどういうふうにお考えになっているか。
  182. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 卸売物価を見ますと、たとえば先月の第一週ということと比較してみますと、今月の第一週は七月の第一週と比べますと、卸売物価総計で〇・二%上がってはおりますが、この上がっている原因は建築材料、特に木材が上がったためにこれだけ上がっているということで、ほかの金属機械、化学製品というようなものは、これはみな少しずつ下がってきているというのですか、木材を除いた卸売物価に弱含みの横ばいといいますか、むしろ全体として下がっておるというようなことですから、問題は建築材料で、ございまして、先月、先々月からもこの傾向は出ておりますために、政府は木材対策を今一生懸命にやっておる。これが落ちついてくるということになりますというと、卸売物価はここで全体として弱含みという方向をたどるんじゃないかと思っておりますが、この点は大体姿はいいと思っています。ただ、消費者物価の方は、これは先月比で見ますというと、二・九%上がっておる。そのうちで食糧が上がっているためにそうなっているのですが、そのほかの被服、光熱、住居、雑費というようなものの値上がりは、そう目に見える程度ではございませんが、食糧のうちで主食は、これは〇・三%ということですが、主食でない生鮮野菜類はこの季節に非常に上がっている。二・九%アップということでございますが、これだけの設備投資やそのほかが云々され、内需が強いという過熱を心配されるというようなときではございますが、この情勢に比べたら、物価の最近の足取りは私は比較的堅調じゃないかと思っています。ですから、特に上がっている要因に対する措置、それに対する対策というものを次々にやっていけば、今のところはそう心配な状態でにないじゃないかと思っています。
  183. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 ただいま大蔵大臣物価に対する御説明の資料はどこの資料かわかりませんが、経済企画庁の発表によりますと、今度は卸売物価指数を何か基準時を変えるようであります。基準時ばかりでなく、その内容も変えるようでありますが、今までのような指数でやっても、大体六月が一〇二・四、七月が一〇五・二となっている。六、七月だけでもかなり上がっているわけです。もちろんこの値上がりの内容の中で木材の騰貴が非常に大きな比重を占めていることは大臣言われた通りなんですが、大臣の言われたよりは卸売物価はまだ上がっているようです。それから、消費者物価についても、日銀の発表ですが、それで本年の上半期だけで前年同期に比べて四・五%の騰貴になっているわけです。しかも、今後さらにまだ上がる可能性があるのです。ですから、私はこの物価問題はあまり大臣は大して重きを置かないようでありますが、これだけの過熱状態になっておるのに、あなたは大したことはないと言いますけれども、やはり今後さらに問題になってくると思うのです。ですから、物価の安定についてもかなり積極的な対策を私は講じなければならないと思うんですけれども、その点はどうなんですか。これは非常な総合対策が必要でしょうけれども
  184. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これはもう御承知のように、物価を上げまいというためには、まず政府の手で及ぶものについての抑制措置というものは私どもは相当強く取っておりますし、それから対策が立てられれば明らかに物価を下げられるというようなものにつきましては、まず木材を初めとして鉄鋼その他、いろんな措置もとっておりまして、ただいま極力物価値上げを防ぐということをやっております。
  185. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 ことに消費者物価につきましては、前に料金の抑制措置をとられたのですが、その後どうもそれが十分守られないようでありすが、今度の経済白書を見ましても、料金等の値上がり低所得層の賃金を上げるために料金類が上がるのはやむを得ないとしても、全体の消費者物価指数が上がることについて、それはやむを得ないということは言えないのじゃないか。上るものもあるけれども、その生産性が非常に向上した物資については下がるものもあるべきである。ところが、片方は下がらないで、料金その他が上がってしまうから、全体としても上がってくるのであって、もっと独占物資に対する抑制措置というものを私は講ずる必要があると思うのです。そうしなければ、生産性が上がったものを下げなければ、片方は料金類が上がっていくのだから、全体としてどうしても物価は上がらざるを得ない。そういう点について、やはりもっと思い切った物価対策というものを考える必要があるのじゃないかと思うのですけれども、そういう点いかがですか。
  186. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 生産性が向上するために、本来ならもっと下がっていいと思われるものは私どもはあると思います。それは確かにそうでございますので、その点もしばしばその話は出て、たとえば代表的なものはやはり鉄だと思いますが、鉄の値段についても下げる措置というものを通産省が指導してやっておりますので、鉄も今上がっていない。下がっておると思いますが、そういう措置は次々にとっておるつもりでございます。
  187. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 大蔵大臣、今まで最近の経済情勢の変化、特に国際収支とかそれから設備投資、金融情勢等々、あるいは物価等について伺ったわけですが、われわれは当初から所得倍増計画を今の自由企業原則のもとで行なえばこういう結果になるということは前から指摘してきたわけであります。それで、政府にこれはしばしばわれわれの見解を述べたわけです。これは速設録を読めばおわかりでしょうし、大蔵大臣も十分御承知と思います。これは何もわれわれの批判が当たったことを喜んでおるわけではありません。われわれの批判が当たったことは、かえって不幸ですよ。こういう経済変動を生ぜしめるような倍増計画というものは、国民にとって決してこれはいいことではない。安定的成長が望ましいわけで、それにはやはりわれわれが主張しておるような社会党のような政策が必要だと思うわけですけれども、今の段階ではまだ決定的な、政策転換を行なわなければならない材料はもう十分出ておりますけれども、決定的にはまだ出ておりませんから、われわれの主張の正しさがまだ五、六〇%ぐらいしか証明されておりませんが、そのうち百パーセントに正しかったことが証明されてくると思うのですが、それで私は一番問題は設備投資に問題がある。この設備投資を自由企業原則のもとでどういうふうに調整できるかということが、これは大きな課題だと思うのです。今の自由企業原則のもとで、一体できるかどうか。この点、大蔵大臣も十分お考え願いたい。やはり社会党の政策を採用しないとだめなんじゃないか、こう思われるのですがね。大蔵大臣の御答弁を伺って、今後の見通しを立てる上にどうもまだ不十分ではないかという気がするのですが、予定の時間も参りましたから、私の質問はこの程度で打ち切ります。
  188. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 私は、わずかの時間で、木村さんとダブリますから、簡単に申し上げたいと思います。  大体、所得倍増計画を立てられるときの問題点は、現在でもすなわち輸入、それに見合う輸出、結局国際収支はどうなるかということが初めから考えられる問題だと思うのです。設備は過大投資になるだろうということもほぼ想像されておる。それから、物価の問題も大体想像されておる。それから、もう一点は、労働力の不足というようなことも当然思考されてくる問題だろう。それから、二重構造を持っているから、なお所得格差というものが開いてくるだろう。その所得も、所得別と地域別のそういう問題が起こると思うのですが、ここらあたりが問題点だろうと思います。  それで、たとえば国際収支に例をとりましても、木村さんが差引六億くらいの赤字になる、食い違っておるじゃないか、こう言いますと、いや、まだ少し見て見なければわからぬ、こういうようなこと。それから設備の方からいえば、金融引き締め。では、公定歩合はどうするかといえば、これはすぐやりますとか、やらないとかというようなこと。あなたの立場としてはなかなか言えないと思いますけれども、どうも行き当たりばったりのような気がしてならないわけですが、そこで今中小企業の人が一番困っておることは、物価の値上がりと、そして人員の不足に悩んでおるわけですが、中小企業の対策は持っております、立てております、しかしまだここではちょっと言えないというようなことのようですが、それでは所得格差、二重構造の持っている所得格差に対して、二重構造の格差が拡大していくことに対して、所得別にあるいは地域別にどうやったらいいだろうか、どういうことをやっていこうとしておるのか。これは当初予算あるいは追加予算にもからんでくると思いますが、どういうふうなことをお考えになっておるのか、大ざっぱの御答弁を願いたい。
  189. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 賃金格差の問題で見ますというと、従来多い格差があったのですが、最近はこの労働力の不足というようなものの影響で、大企業の賃金値上がり率と中小企業の率とでは、中小企業の値上がりの率が大きいというのが大体最近の現象で、そのために中小企業がやはりいろいろ困難になってきた問題もございますので、格差というところから見ますというと、私は今の成長政策が少し行き過ぎであったとしても、この行き過ぎ過程の中で格差はむしろ縮まるような方向に来ておるのじゃないかと思います。中小企業にとってむしろそれが問題なくらいで、いろいろ私どもも、この中小企業対策を訴えてきておりますが、賃金から見ると、その格差が一歩縮まる方向に今動いているのだというのが現状だと私思っております。
  190. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 何か労働組合、そういうものの影響で、中小企業に働いている人たちの賃金が少し上がったのじゃないかとおっしゃいますので、私はそうじゃなくて、中小企業の所得格差と中小企業者ですね、あるいは中小企業に働いている人でもいいでしょう。それでも大企業と比較すれば、何か八千五百円べースを十八才でとる、その恩典にあずかるものは、大臣がどういうふうなことにお考えかもしれませんけれども、それはもうお話にならない賃金格差。あなたはそうおっしゃるが、そうじゃなくて、私がいいたいのは、所得格差というものは、賃金の例をとられたら、これは若干上がったところもありますから、しかし、これが全体平均して突っ込んでみたときに、たとえば農民の全体の所得、それから成長産業に働いている人たちの格差というものを何か縮めることを労働政策上何もお考えにならないか。それは組合の運動で、労働組合の賃上げで若干上がったんだ、それでいいと、こうおっしゃるのか。そうじゃなくて、格差を縮めるために政府としてはどういう政策をお持ちになるのかということを、お知らせ願いたい。
  191. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) これは結局大きい産業政策の問題であり、直接的にはいわゆる中小企業対策という問題で、通産省が今後そういう問題の解決のためにも中小企業の基本法、これはすぐにはできるかどうか知りませんが、この問題と取り組んで、そういうこの基本法までも準備したいといっているくらいに、ほんとうにそういうものの解決に、そういう大きい角度からの別のものを考えなければならぬという立場で、通産省が研究しているところでございまして、やはりそういう考え方で今後の中小企業のあり方、その格差の問題というようなものは大きいそういう政策的な手によって解決していくより仕方がないだろうと思います。
  192. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 何か農業基本法ができたらば非常に農民の所得が上がってくる、中小企業基本法ができたら格差が縮まってくる、というような考え方は間違っていると思いますし、またそれは一時にはでき得ないことだと思います。そういうことではなくて、あなたの方で財政上どういうふうにしていくか、あるいは具体的にいえば、税制上どういうふうにしていくか、というような具体策がないと、私はとても困難じゃないかと思っているんです。ですから、そういうことも当然所得倍増計画をお立てになれば問題になることは、初めからわかっていることだと思います。従って、そういう地域別なそういうことの対策も当然立てられなくちゃならぬ。それについて何かニュータウン方式があると、こうおっしゃるけれども、実際は一つも出てこないわけなんです。自然にまかせて、かけ声さえかけていさえすればいいのだというようなふうにしか聞こえないので、方針がありますかということを聞いている。ですから、私は具体的にこういう対策があるということを聞かせていただけないと、計画の裏づけが一つもないんじゃないか。どうも行き当たりばったり的なものになっていて、それじゃいかぬじゃないかといえば、それならばこういうものがあるという、こういうことが御答弁があってしかるべきだ、こう思っているから、お尋ねしている。
  193. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) その問題でしたら、もう前回の国会で私ども言いましたように、税制面から中小企業にどういう措置をとるか、金融面からはどういう措置をとるか、財政面からどういうことを考えるかというようなことは、今年度の予算ですでに私どもはやったことでございますし、明年度にいきませば、さらに格段考慮するつもりでおりますが、今おっしゃられたのは、そういうあれじゃなくて、根本的に中小企業のあり方、二重構造という問題になりますと、私どもはそういう一連の動き以外に、もっと大きい政策的な考慮を払う必要がありはしないか。そういう意味で通産省は取り組みをしているということを申し上げたわけです。
  194. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 労働力の不足の対策というようなことについて、これは労働者の問題じゃないかとおっしゃるかもしれませんが、一応所得倍増計画を推進される中心の大蔵省として、それではどういうような対策をお立てになっておるのか。こういうようなものについては、どういうふうな見通しを持っておいでになるのか。これは方策も何もない、人口はどうにもしようがないのだから、しようがないじゃないか、こういうのか。大企業に集中されて、中小企業に来ないというのが、実情だと思うのです。こういうようなことに対しては、どういうお考えなのか。これは何か行政指導でもやっていこうと、こういうことなのですか。
  195. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 労働力の問題は、直接には私の範囲ではないのですが、今この労働力不足の問題を合理的に解決する方法として、従来のように狭い地域の労働あっせんということじゃなくて、もうここへ来たら大きく広域紹介という、考え方を広げて対処しなければいけない。そうなってきますというと、それに対する国の施策上のいろいろな予算措置というようなことが関連してきますので、それについての労働省の要望が大蔵省に来ておりますし、そういうことに対する予算請求というものも、期限はきょうまでですが、きょう出てきますか、出てこなくても、一、二日のうちに来ることと思いますので、そういう労働行政の線に沿った、国としてやるべき一般予算措置というものは、私の方の責任だと思いますので、これは十分私ども考えるつもりでおります。
  196. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 予算委員会のようなことになってもいけないかもしれませんけれども、一応所得倍増計画の中心的な役割を果たされる大蔵大臣としては、あらゆる観点に立ってそつのない対策を立てていただかなければいけないのじゃないかと思うのですが、今一番問題になっているのは、物価あるいは労働力の問題だろうと思うのです。従って、こういうような点については、十分一つやっていただかないと、何かしわ寄せが中小企業に寄ってきて大へんなことになりはしないかと思って心配しておるわけです。  それじゃ、その点はその程度にしまして、税制の問題について、先ほど木村委員も触れておいでになりましたが、きょうのあれを見ますと、減税を少し見合わせていこう、不景気になってきておるということが、いわゆる政府部内で出ているということは、所得倍増計画の一つの失敗だということを逆に裏づけしておるものだと思いますけれども、減税については、先方に税制調査会があるから、それの答申を待ってやろうということもさることながら、自然増になるものくらいは大体吐き出す、大掃除をやるといいながら二、三百億にとどめてやるというように、やり方は二つあると思うのですが、一体限度は、この前は二〇%台が妥当である、こういうようなことをおっしゃっておりましたが、大体国民所得との関係で見合って、どのくらいのところに押えるか。当然二〇%台だということになれば、一千億くらいの減税はやってしかるべきだということになると思いますが、その辺はどういうふうに押えられておるのか。
  197. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) 国民所得に対する税負担の比率の問題ですが、最初私はできるだけ、税制調査会からも意見が出されておったので、それを尊重して二〇%くらいにとどめたいということをことしの国会で一、二回答弁したことがございますが、これはどうも私の考えが誤りだったと考えて、衆議院の方ではすでに訂正して、この比率をそう税制調査通りに守る気はないということを一ぺん言いましたが、ちょうど今御質問がありましたから、ここで前言を一つ取り消しておきたいと思いますが、国民所得は、かりに個人で見ましたら、一万円の所得の人に一割の税負担ということでしたら、残るところは九千円。九千円ではなかなかこれは生活がむずかしいのですが、十万円の所得の人に一万円の税負担がかかっても、残るところは九万円ですから、九万円で生活しろといったら、生活は非常に楽になるということで、結局国民所得の額によって、この負担率というものも私は動くべきものだと思います。現にイギリスあたりにしましても、四割近い税の負担率で、先進国はみな三割以上の負担率になっておる。何でこうなっておるかという内容を見ますと、軍備とかそういうものもありますが、大部分はやはり社会保障費の増というので、先進国になればなるほど社会保障費というものは伸びていくので、それがやはり税負担の率の上がっていく大きい要因になっておるということを見ますと、日本の今の負担率は、先進諸国の大体十年前の負担率になっておるということでございますから、今後私どもが福祉国家を作るのだというようなことになれば、社会保障費の増額ということは、当然これから政府としてもやるべきことになってきますし、そうなるというと、国民の負担率を上げなければならぬ。上げることで国民生活が困るかどうかということは、要するに国民所得というものが多くなるかならぬかで、この負担率から来る苦しさといいますか、妥当性というものはきまってきますので、私は所得倍増計画をほんとうにやっていこうという考えでおりますので、従って、われわれの政策が成功すればするほど税の負担率は上がってもいいのだと、早く三割くらいの負担率に日本もなりたいものだとこそ今思っているところでございますので、経済の規模が伸び、国民の所得がふえても、税の負担率は一定の限度で押えることがいいと考えた前の考え方だけは、ここで一つ変更させておいていただきたいと思います。
  198. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 ただいまの大蔵大臣の発言は、僕は非常に重大だと思うのですよ。なるほど今後経済の成長率が高くなっていくことは予想されています。しかし、負担率が変わらなくても、税収が非常にふえるはずですよ。それから、英米とかそういうところを持ち出して負担率を云々されましたが、生活水準が違うでしょう。前にもずいぶん議論があったわけですよ。日本国民所得に対する国民の負担率が低いが、一人当たり国民所得自体が低いのですから、税負担率だけで諸外国と比較されたのじゃ、これは重大問題ですよ。それから、前に税制調査会の答申は尊重すると言われて、今度尊重しないということになるのですからね。これは重大な大蔵大臣の御発言だと思うのです。  それで、ほんとうは、だんだん税負担は軽くしていくのがあたりまえですよ。それで所得は、社会保障費その他は、成長率が大きくなれば、負担率はそのままでも税収が多くなるのですから、もし大蔵大臣が負担率を高めるという場合、その内容を、低所得層に対してはどんどん減税をする、そのかわり高額所得層あるいは法人等に対してはうんと増税していく、そういう考えならば納得できます。しかし、全体の租税負担をもっと高くしてもいいという場合に、大衆課税までもこれを高くしていくということになると、これは私は承服ができない。内容がやはり問題になりますけれどもね。これは大蔵大臣の御発言としては、われわれは衆議院で訂正されたことを知らなかったので、きょう初めてここで伺うのですが、前は尊重する尊重するとわれわれに言われて、われわれはそれだけしか知っていなかったんですから、今、成瀬さんが質問したわけです。大体地方税、国税を含めて、国民所得に対する税負担の比率は二〇%程度、こういうふうに何回も答弁されている。高ければ高いほどいい。それで英米並みに持っていきたいというお話ですが、これは今までの御発言と違うので、これは税制調査会でも問題になるんじゃないかと思います。もしそういう御発言でございましたら、問題だと思います。
  199. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) この問題で税制調査会とも私どもはいろいろやりましたが、今の段階として、今の日本の経済情勢、国民生活状態から見て、二〇%前後の負担率が大体いいところじゃないかということを言ったんで、今後この率を、経済が大きくなって、そうしていろいろな国の施策費が大きくならなければならぬというときに、よそが動いても負担率を二〇%以上に動かしてはならぬということをわれわれは考えていないんだと。この調査会の連中もそういう意味だということをはっきり言っておりますし、私どももまた当然そうだと思います。今後国費というものはどんどんふえますし、国民所得がふえていくに従って、もちろん減税はさっき言いましたように常にやるべきことで、私どもは減税というものはどんどんやりますが、この負担率を二〇%にするまでの措置をとらなければならぬのだというようなそういう理由はないんで、この負担率がだんだんに上がるということは一向差しつかえない。今の日本の負担率とか状況というものは、ちょうど十年前の西欧並みのところへ今日本が来たんだと私どもは思っておりますので、今後日本の経済成長力があって、早く西欧並みになろうということを私ども考えていろいろな経済政策をやっているのですから、この経済政策がうまくいったときには、おそらく税負担率というものは相当上がるだろうが、上がって国民が苦しいかといったら、そのときの方が国民ははるかに楽になる。生活水準が上がるときですから、この負担率なんかにはこだわらぬということだけを私は言ったので、減税しないということは言っておりません。減税は当然やりますが、二〇%にこだわるということは意味がないということです。
  200. 木村禧八郎

    木村禧八郎君 私もその二〇%だけにこだわるという意味でないこともわかります。何でもかんでも全部減税しなければならぬものだとは思いません。増税も必要だと思います。それは中身の問題になると思います。高額所得層——所得倍増計画でも所得格差をなくすというのですから、所得の多い人、あるいは法人、たくさん利益を得ておるところにはたくさん税金をかけて、そして低額所得者には減税をしていく。ところが、現在そうじゃないのですよ。うんともうかるところには租税特別措置法によってうんと減税をしておるのでしょう。配当控除によってうんと減税をしておるのでしょう。今のような租税体系のもとで、大蔵大臣そう言われるから、非常に誤解を生じます。中身も非常におっしゃって下いませんと。そういう場合には高額所得層にはうんと税金をかけて、低額所得層の方にはもっと減税をしていくのが、平均すると二〇%以上になるかもしれぬ、こういうお話ならいいのです。
  201. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) それはむろんそうで、税制は中身の問題で私は合理的に減税はやっていきますが、今ちょうど質問でやはり二〇%をちゃんと守るかということでしたが、守らないという予防線だけ張っておくことにします。
  202. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 何か大臣質問を始めて一時間以上になると思いますので、一応減税はやるということだけはお約束できますか。もうお急ぎですから、二〇%にこだわらぬということになれば、今年度は大体一千億くらい、来年度は三、四千億といわれておる減税に対して、一体どのくらいやろうかということについては全然お考えになっておる今の段階になっていない、こういうことで、ございますか。
  203. 水田三喜男

    ○国務大臣水田三喜男君) そういうことです。来年度のそういう方針についてはこれから討議する問題で、今、全然来年度の予算編成方針にはわれわれ入っておりません。
  204. 成瀬幡治

    ○成瀬幡治君 もう一点、実は大体二〇%台に押えるという、こういうことでしたから、私たちは大体一千億くらいの減税はおやりになるものだと思っておったのです。それだけ、今木村委員が指摘されたように、内容の問題についてなら非常にいろいろなことがあると思いますから、そうでなければ、何かこう大臣がそのつど答弁をされていくようなふうにしか受け取れないのです。従って、内容の問題についてあわせてこの問題について、また別の機会にお知らせ願うことにしまして、きょうはこの程度にします。    ——————————
  205. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) この際お諮りいたします。  先般、本委員会から実情調査のため派遣されました各班からそれぞれ報告書が提出されておりますので、本件につきましては、先例に従い、これを会議録に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  206. 大竹平八郎

    委員長大竹平八郎君) 御異議ないと認めます。よってさよう決定いたしました。  なお、明一日は特に案件はございませんが、午前十時に委員会を開いて、委員会の運営について懇談をいたしまして、引き続き工場の視察を予定しておりますので、さよう御了承願います。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時二十六分散会    ————————