○野田(卯)
委員 次にお尋ねしたいのですが、昨年の
選挙に際しまして、わが党は、経済成長政策の三本柱の柱である公共投資、減税、
社会保障あるいは科学、文教政策の振興等、
国政の各般にわたって数多くの公約がなされたのでありますが、そのほとんど全部の公約が
予算に具体化されております。そこで大蔵大臣も言っておられますが、これまで久しきにわたって未解決であった財政上の幾多の困難な問題があったのでございますが、それらの問題に一応目鼻をつけたということもある。こういう
意味におきまして、本
年度の
予算は
日本の今後の発展、繁栄を約束し、また
民主政治の根本である
国民に対する公約は、これを正直に守っていくという
意味においてきわめてりっぱな
予算であるということができると思います。本
年度予算の規模は、前
年度当初
予算に比べますと二四・四%の増大であり、二兆円に迫る膨大なものになりました。第二の
予算ともいうべき
財政投融資においては約七千三百億円に迫り、前
年度当初計画に対しまして二二・七%の増を示しております。そこで世間の人の一部にはその大きさに驚いて、これは不健全じゃないだろうか、刺激的じゃないだろうかというおそれを抱くものもあります。また
社会党の
諸君のごときは、これは中立性、健全性を放棄した刺激的、インフレ的性格を持った
予算であるというような
批判もしておられます。なるほど三十五
年度当初
予算に比べてみますと、かなり膨張しておりますけれ
ども、第一次補正と第二次補正を加えたものに比べますと、一〇%弱の膨張にとどまっております。また三十六
年度予算に見込んだ自然増収というものは四千四百億円でありますが、三十五
年度予算についてこれを比較してみますと、補正
予算を加えました三十五
年度予算が、その前の年の三十四
年度に対してどれだけの自然増収になっているかというと、これが約四千億円をこえておるのであります。これから見ましても、不健全なものとか、非常に膨大なものだとかいうようなことが言えない、かように
考えるのであります。また、
国民所得の
関係から申しましても、三十五
年度の一般会計の当初
予算というものは一五%でございまして、第二次補正まで加えますと一五・七%になるかと思うのであります。それに対しまして本
年度は一五・三%であります。しかもその財源
関係を見ますと、いずれも正常な、しっかりした収入を基礎としておるのでありまして、赤字公債を発行するとか、あるいは過去の蓄積を食いつぶすということはいたしておりません。しかもその上に平
年度千百三十八億円という巨額の減税を行なっておりつつ、かつ収支均衡を得たりっぱな健全
予算でございまして、反対党の
諸君の
批判は全く当たらないと私は
考えるのであります。このようなすぐれた
予算を組むことができましたにつきましても、
総理大臣が
就任以来、寛容と忍耐の精神を持って
政治に当たられまして、国内の一時の異常な社会的な緊張、これが次第に緩和の方に向かって人心が安定してきた。社会的な秩序が取り戻されてきた。それに
総理が
日本経済の持つ実力と
日本国民の持っておる能力というものを、声を大にして
国民に説かれ、高度の経済成長ができるんだ、所得倍増がりっぱにできるんだということを唱えられまして、
国民がこの
総理の主張に対しまして次第に理解を深め、そうしてその職場におきまして、落ちついて大いに経済的活動に努力するというようなことから起こって参りました経済全体の情勢から、このようなりっぱな大きな
予算ができるのである。こういう
意味におきまして、これまでの
総理の非常な賢明なすぐれたリーダー・シップに対しまして、心から敬意を表するものでございます。
ところがこの
予算につきましていろいろと世間で——ここから
総理にお尋ねするのですが、世間でいろいろな
批判がございます。またジャーナリズム、反対党、各
方面の声をよく聞いてみまして、比較的私たちにぴんとくるというか、わかりやすく、特に一般に対する里耳に入りやすい批評としては、所得倍増と物価倍増との
関係でございまして、所得はふえても物価が上がるので、実質的にはそうふえないのじゃないか、あるいはまた減税はしてもらったけれ
ども、公共料金等が値上がりになっちゃって、それに食われるというか、帳消しになるじゃないか、こういうようなことが言われるのであります。これは非常に一般大衆の里耳に入りやすい。これにつきましては
総理大臣も経済企画庁
長官も、あらゆる機会をとらえまして、説得的にいろいろな御説明をなさいまして、それによって相当程度私は、
国民の間、特に識者の間でもわかってきたと思うのです。しかし昨日ここで
同僚の
田中議員がお尋ねになりましたように、町を歩いて一つ一つの店頭を見て歩くとか、あるいは大きな財政経済は知らぬけれ
ども、身近に
自分の生活をしょって立っている主婦の連中、そういうものに触れると、そしてそれから得た感覚から言うと、どうも十分
国民から
納得されてないのじゃないかという節もあるわけであります。私はこれは、現段階における物価問題がきわめて重大な、経済的ないろいろな問題を含んでいるからだと思います。自由経済の
体制のもとにおける価格政策、これが一本でいけばいいのですが、それに
総理はみずから所得倍増ということを盛んに唱えておられる。この所得倍増がもう少し進みますと、
国民各人の所得をある程度
保障するといったような
考え方に発展して参る。これは私、最近における顕著の事実だと思う。そういう点からこの物価問題が論ぜられている。ここに私は物価問題の新しい面が出てきていると思う。こういうような新しい経済情勢、あるいは
総理が引き起こされた新しい経済的な事態のもとにおける物価政策、物価対策というものは、これは従来の
考え方では、なかなか解決がつかぬのではないかという私は感じがするのでございます。
総理も
長官も非常に御熱心にお説きになり、また
質問する人も、それなりにやはり切実な感じから訴えておる。
そこで私はこの問題についてこの際深入りするわけではありませんが、どうしてもこれは新しい事態に即応する新しい物価対策といいますか、物価政策というものをこの際打ち出していかなければならぬのではないか。それには、この問題が広範にしてかつ深刻でございますから、国内の各
方面の衆知を集めまして、そうしていろいろな面からこの問題を取り上げて研究して政策を立てていく。しかもその研究を通じ、その質疑を通じまして、
国民各層に物価に関する
納得を得てもらう、物価というものはどういうものだということをよく知ってもらうというようなことが必要ではないかと思うのです。物価問題については企画庁あたりも一生懸命にやっておられますけれ
ども、たとえばCPI一つとっても、その内容を分析すると、今日の実際の事態に即しているかどうか、かなり疑わしい点がある。また電力料金のようなものを取り上げておるのですが、これはまだ会社から出てきたものそのものをとらえまして、そうして高いの安いのというような、いわば末端的な
議論になる。電力会社なら電力会社が電力料金をきめる、そのもとになる価格構成のファクターを一つ一つとりますと、いろいろな大きな問題を含んでおります。その問題については何らか
考えてやろうじゃないかという程度であって、それに対する具体的な対策が講ぜられていない。それで全体を寄せ集めた結果だけを申し上げますればと、こういうような査定になりやすいのであります。でありますから、新しい物価体系、物価政策を
考えられる場合には、もう少し掘り下げて、物価の構成される一つずつの大きなファクターについてメスを加えて、それに対する対策を——法律も要りましょう、あるいは
予算も要りましょう、そういうことをやっていかないと、私は
納得のできる物価問題の解決はできないのではないか、こういうように
考えるのでございますから、そういうふうに衆知を集めて、そうしてこの問題と本格的に取り組んで解決の方途を見出そうとするというような御意思が
総理大臣にあるかどうかということをお尋ねしたいと思います。
もう一つお尋ねしたいのは、今度の
予算が
国民各層に与える恩典といいますか
影響といいますか、いい方の
影響、それを見ると、大所得者については私
どもはとにかくいろいろな政策をとる必要はないと思う。中所得者以下、そうすると税金を納める程度のクラスの人は、今度の減税というものによって非常に恩恵を受ける。
総理御
承知の
通り大へんな恩恵を受ける。それはそれでよろしい。また零細というか、もっと下の非常に小さな経済力のない人々、極端にいえば極貧階級とかそれに近い人、ボーダー・ライン、そういう人については、
社会保障政策というものが非常な前進をいたしまして、それによって相当明るい前途が持ち得るようになったと思う。もちろん現在の段階におきましては、十分いきません。しかし
自分たちの将来は明るくなるのだという、そういう気持を持ち得るだけの素地は私はできたと思うのです。ところがその中間に位しているところの、税金は納めてない、しかし
社会保障の直接の対象にならないところの階層の人が相当いるわけです。そういう人がこの本
年度の
予算を見て、それで
自分が一体どういうふうに恵まれるのだろうか、どういうふうに
自分は均霑していくのだろうかという点になりますと、必ずしも明瞭でないようなところがうかがわれるわけです。これにつきましては、私は私なりにいろいろな
考え方を持っておりますけれ
ども、
総理大臣としては、この
予算を
考えてみたときに、その階層に対して若干手薄ぎみの感じがある。それについてはどういうふうにお
考えになられるか、この点に対する御所見を
伺いたい、こら思います。