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1961-03-29 第38回国会 衆議院 文教委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十六年三月二十九日(水曜日)     午前十一時四分開議  出席委員    委員長 濱野 清吾君    理事 臼井 莊一君 理事 坂田 道太君    理事 竹下  登君 理事 中村庸一郎君    理事 米田 吉盛君 理事 山中 吾郎君       伊藤 郷一君    上村千一郎君       大村 清一君    小島 徹三君       田川 誠一君    高橋 英吉君       千葉 三郎君    灘尾 弘吉君       花村 四郎君    原田  憲君       松山千惠子君    八木 徹雄君       小松  幹君    高津 正道君       野原  覺君    前田榮之助君       三木 喜夫君    村山 喜一君       鈴木 義男君  出席国務大臣         文 部 大 臣 荒木萬壽夫君  出席政府委員         法制局参事官         (第二部長)  野木 新一君         文部事務官         (初等中等教育         局長)     内藤譽三郎君         文部事務官         (大学学術局         長)      小林 行雄君  委員外出席者         文部事務官         (大臣官房総務         課長)     木田  宏君         専  門  員 石井  勗君     ――――――――――――― 三月二十九日  委員千葉三郎君、井伊誠一君及び久保田豊君辞  任につき、その補欠として小島徹三君、野原覺  君及び小松幹君が議長指名委員に選任され  た。 同日  委員小島徹三君、小松幹君及び野原覺君辞任に  つき、その補欠として千葉三郎君、久保田豊君  及び井伊誠一君が議長指名委員に選任され  た。     ――――――――――――― 三月二十四日  市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する  法律案内閣提出第一六二号) 同月二十五日  日本育英会法の一部を改正する法律案内閣提  出第一六四号)(予) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する  法律案内閣提出第一六二号)  日本育英会法の一部を改正する法律案内閣提  出第一六四号)(予)  国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置  法案内閣提出第九六号)  学校教育に関する件      ――――◇―――――
  2. 濱野清吾

    濱野委員長 これより会議を開きます。  市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する法律案及び日本育英会法の一部を改正する法律案一括議題とし、その提案理由説明を聴取いたします。
  3. 濱野清吾

  4. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 このたび政府から提出いたしました市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及びその内容を御説明申し上げます。  さきに一般職職員給与に関する法律の一部を改正する法律施行により、科学技術に関する専門的知識を必要とし、かつ採用による欠員の補充が困難と認められる職に新たに採用される職員に対し、初任給調整手当が支給されることとなり、また地方公共団体に採用される職員についても同様に初任給調整手当が支給されることとなったことは御承知の通りであります。  この法律案は、右の改正に伴い、指定都市を除く市町村立高等学校定時制課程授業を担任する教員に支給される初任給調整手当をその他の給与と同様に都道府県の負担とする旨の規定を設けるとともに、所要の規定を整備することといたしたものであります。  以上がこの法律案提案理由及びその内容であります。  次に、このたび政府から提出いたしました日本育英会法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  昭和十九年日本育英会法施行以来、日本育英会は、年々堅実な発展を遂げ、今日まで同会を通じて学資貸与を受け、その勉学を続けることができた学徒は、きわめて多数に上り、国家的な育英事業として多大の成果をおさめて参りました。  日本育英会から学資貸与を受けた者は、修業後一定の期限内に、その貸与金返還する義務を有しておりますが、特例として、それらの者が義務教育に従事する教員または高度の学術研究者となった場合に、その貸与金返還免除できる制度を設けて参りましたのは、それらの分野に積極的に人材を誘致し、義務教育の充実と学術振興をはかろうとする趣旨に基づくものであります。  ところが、近年、局等学校進学者の急増に対処し、また科学技術者の育成を促進するため、高等学校または大学に優秀な教員確保することがますます重要になって参りましたので、これに応ずる措置を講ずるとともに、日本育英会貸与金回収を一そう的確に行なうため、現行法の一部に必要な改正を加えることが適当であると考え、この法律案を提出するものであります。  改正の第一点は、大学における貸与金返還免除される職のうちに、高等学校大学その他の施設の教育の職を加えたことであります。  改正の第二点は、大学院における貸与金返還免除される職のうちに、局等学校教員の職を加えたことであります。  改正の第三点は、日本育英会の業務の方法のうち、特に貸与金回収に関するものは、主務大臣の定めるところによるものとしたことであります。  改正の第四点は、当分の間、大学または大学院学資貸与を受けた者が、沖繩教育または研究の職についた場合も、日本本土の場合と同様に、その貸与金返還免除できる規定を設けたことであります。  改正の第五点は、当分の間、貸与金返還免除については、国立工業教員養成所大学と同じ取り扱いとしたことであります。  以上が、この法案提案理由及び内容概要であります。何とぞ十分御審議の上、すみやかに御賛同下さるようお願いいたします。
  5. 濱野清吾

    濱野委員長 両案に対する質疑は追って行なうことといたします。      ――――◇―――――
  6. 濱野清吾

    濱野委員長 次に、国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置法案議題とし、審査に入ります。  質疑の通告がありますので、これを許します。山中吾郎君。
  7. 山中吾郎

    山中(吾)委員 前の文教委員会において、臨時教員養成所卒業生教壇に立つことを義務づけるということが、憲法疑義があるという政府の御答弁であったので、その点について法制局の権威的な解釈をお聞きしたのでありますが、十分に検討していないというお答えであったのであります。それで、法制局において検討してお答えを願うように要望しておいたのでありますが、その結果法制局において御検討なさったかどうか。御検討になったならば、なったことについて御答弁を願いたいと思います。
  8. 野木新一

    野木政府委員 前回の当委員会において山中先生からただいま御質問のような御質問がありまして、私一応お答えしましたが、その際、事が憲法問題に関連いたしますから、慎重を期しましてなお多少の猶予期間をお願いしておったわけでありますが、その部内において議論いたしまして、一応の結論に達しましたから、きょう御報告申し上げます。  問題は、この国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置法案につきまして、国立工業教員養成所卒業者に対して一定就職義務年限と申しましょうか、そういうものを課するという制度を設けることが、憲法上可能であろうかどうかという問題だろうと思います。私ども研究しました結果の一応の結論といたしましては、工業教員確保するという、何というか、広い言葉でいえば工業教育振興の要請がありまして、こういう工業教員養成所を設置する。それに入所する者は全く自由意思入所するわけでありますが、もしその就職義務年限というものが一定の合理的な期間であるというのであり、またその就職義務年限の経過以前であっても、たとえば病気とか何か正当の事由のある場合には、就職義務免除したり、あるいは猶予したりするという規定を設ける。それからいま一つ就職義務を課しても、それが観念的の義務というのならば、これはそれだけでは問題はありませんが、さらにその義務担保にしようという場合におきまして、その担保手段として、たとえば昔師範学校におりまして、奨学金を与えて一定義務年限を設けまして、義務年限を履行しない者には奨学金を返させるといったような、養成所入所中に与えた利益奨学金とか授業料免除するとか猶予するとか、そういうものを義務違反者に対しては返還させるとか、あるいは養成所を卒業することによって与えた資格を取り上げる、そういう点では、それはおそらく憲法上も差しつかえないだろうと思います。さらに進んでこれに刑罰を科するという点がはたしてどうかという点になりますと、議論が少し分かれまして、ある人は相当問題で、適当かどうかということが問題であるし、ある人はそこまでいくと問題だという人もありますので、そこまでいくとまだ問題として残る点がありますが、今私が申し上げたような仕組みにするならば、その限りにおいては憲法上も差しつかえない、一応そういうような結論に達しました。
  9. 山中吾郎

    山中(吾)委員 どうも御答弁が少しわかりにくいのですが、教職につくことを義務づけることは憲法違反でないということですね。その違反でない条件に何か担保手段として――もう少しよく説明願いたいと思います。
  10. 野木新一

    野木政府委員 たとえば義務年限違反も、一生とか不当に長い期間だとこれは問題になりますが、たとえば昔の師範学校でしたら、就業年限の二倍の期間ですか、そういったようなことがありますから、そういうような一定の合理的な期間ならばいいということ、それが第一点。第二点といたしまして、その期間中であっても何か病気その他正当な事由があった場合には、その義務免除あるいは猶予するというような規定を設けるということ。第三といたしまして、義務担保方法ですね。別に担保方法を設けないで、そういう者は就職義務を有するというそれだけの規定でも、ある程度効果があるという見方もあると思います。義務を有すとしただけで、それでとどまるならば問題はありません。ただ義務に反した場合、何かそれに対して不利益を与えるという点、つまり義務確保するという手段としてどういうことが考えられるかと申しますと、たとえば入所中に与えられた利益授業料を猶予したが、その猶予した授業料を取り上げる、奨学金をやったが、その奨学金を返させる、そういったこと、あるいは入所して卒業することによって与えた一つ資格をも取ってしまうといったようなことになったならば、これはもう私ども議論したところでも問題はないのだという結論であります。ただこれがさらに進みまして、そういう義務違反者に対して懲役に処するとか、罰金に処するというところまでいきますと、議論が分かれまして、かりに違憲でないと言う人でも問題だという人もありますし、ある人はそこまでいくと違憲だという議論になってくるわけであります。
  11. 山中吾郎

    山中(吾)委員 大体わかりましたが、そうすると、たとえば工業教員養成所設置法という法律の中に、本所の卒業生一定期間教職につかなければいけないという、ある条項を入れるということは、明確に憲法違反でないということになりますか。
  12. 野木新一

    野木政府委員 それだけの規定でありますならば、そしていま一つ私のほしいと思いますのは、何か正当な事由があった場合、病気とか非常に困った場合とかいうときには義務免除することができる、あるいは猶予することができるという規定がいま一つほしいと思いますが、そうすれば違憲という問題は起きないと思います。
  13. 山中吾郎

    山中(吾)委員 それから、たとえば工業教員委託生をとった場合、私立あるいは国立工業大学入学する者で個々委託生制度をとった場合に、授業料免除あるいは奨学金を付与することにして、そうして個々学生に対して教壇に立つ義務を付与する。工業教員委託生に関する特別措置法といいますか、そういうような法案をもし作る場合に、この中に今の点と同じような義務づけをすることも憲法疑義はありませんか。
  14. 野木新一

    野木政府委員 その点も、政策上はたしてどうかという議論はしばらくおきまして、ぎりぎりの憲法論だけからいたしますならば、私が先ほど申し上げたと同じように、それだけで直ちに違憲ということにはならないのではないかと存ずる次第であります。
  15. 山中吾郎

    山中(吾)委員 あなたは法制局の第二部長でありますが、法制局長官の責任のある答弁考えてよろしいですね。
  16. 野木新一

    野木政府委員 答弁言葉づかいは別として、大筋につきましては長官の了承の上であります。
  17. 山中吾郎

    山中(吾)委員 文部大臣にお聞きいたしますが、法制局権威的解釈として、養成所卒業生法律上の規定に基づいて教壇に立つ義務づけをしても差しつかえない。刑罰その他を加えるということについては疑義があるけれども、正当な事由のない限りにおいては教壇に立つ義務がある。そうして一定期間を付することも疑義がない、こういう答弁でありますが、前回文部大臣は、この法案提案するについては憲法上の疑義があるので、義務づけをすることはしなかったのである。そして卒業生についてはどれだけ就職するかということについては自信はない。期待しておるだけである。こういう御答弁であったはずであります。そういうところからいいますと、法制局権威的解釈疑義がないということを明確に国会において答弁をされた暁においては、文部大臣はこの際、明確に科学技術教育のために必要な教員確保について義務づけるというように法案修正することについて、どうお考えになりますか、お聞きいたしたいと思います。
  18. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私どもこの原案を出します段階におきましては、むろん法制局審議を経て出しておりますが、今法制局からの比較的明確な御答弁でありまして、安心するわけでございます。提案しました当初は、むろん義務づけ等のことも論議はいたしましたものの、その段階におきましては必ずしも憲法との関連において明確にされていなかった、疑義が全然ないということは、それこそ私ども自信ないままに提案をしたわけであります。法制局におきましても論議はされても、原案がそうなっていませんために、ぎりぎりのところまで突き進めた論議がなかったろうと思うのであります。それはそれといたしまして、できればそうありたいとむろん思いますが、この前のお尋ねに対しまして自信がないというふうな意味合いのことを申し上げたと記憶しますけれども、それはあくまでも問題は工業教員養成という国家的な目的、いわば社会公共福祉につながる国家的な課題、一方におきましては職業選択の自由という個人の自由、それを双方考え合わせてどういう制度が一番よかろうかということに帰するかと思います。義務づけがないがゆえに、その意味においては自信があるなどと結論的なことは申し上げる筋合いでないので、この間の御答弁のように申し上げたのでありますが、私は一応これでスタートいたしまして、工業教員たらんと欲して志願してくる人々である限りにおいては、特別の事情の変化がない限りは当然卒業したら工業教員になってもらえるはず、また学校教育を通じましても、そういう信念を持ってもらうような指導が必ずやなされることと思います。そういうことで、工業科学技術教育高等学校における生徒の教育の重要さを思い、それに情熱を感じる人が志望し育成されていくことと思いますから、そういう個人職業選択の自由にまかせても、なおかつその学生信念と申しますか、その一人々々の考え方に依存しても大体においてとんでもないことにならないであろうということを期待する次第でございます。大学を出て小、中学校先生になる人がたくさんあるわけでありますが、そういう先生方は何も義務づけがあるわけじゃございませんけれども、長い間じっくりと腰を据えて教育してもらっておる。従って繰り返し申し上げますが、工業教員養成と銘を打った学校の門をくぐるほどの人ならば、必ずや今申し上げたような気持を持って卒業してもらえるであろうという、個人の自由の意思に依存することによってスタートをして、それで予期の成果が上がりますならばその方がベターじゃないか。実施後に憲法上の疑義もはっきりしたとしまするならば、実施後に今度は社会公共福祉との関連において必要性が出てきたならば、第二段のかまえとしてあらためて御審議を願って、さような規定を追加するというのが穏当ではないかというふうに思うのであります。
  19. 山中吾郎

    山中(吾)委員 大臣のおっしゃることはまことに観念的で、期待をするということを言われております。いわゆる教員になりたいという希望の者が自由に教壇に立つ二とを期待してというのですが、そういう程度でしたら、この工業教員養成所なんて作る必要がないじゃないですか。そういう期待ができないから、最初から一定の特典を与えるとしてこの法案を出されたのであって、そういう期待というものはとうてい望みなしということの上に立って提案をされたはずだ。提案説明の中にもるると説明されておるはずであります。大部分の工学部の卒業生は、教壇に立たないで、ほとんど実業界に行くからやむを得ずこれを出したのだ、しかし憲法疑義があるので義務づけることはできないのであるということをるる説明されておったはずであります。法制局の方では、明確にそういう心配はないと答弁されておるのでありますから、大臣は今までの答弁と矛盾のあることを言われておるのです。それではこの法案を出す最初提案理由はもう解消したような感じがする、いかがですか。
  20. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先日のお答えと別に矛盾したことを申し上げておるつもりはないのでございますが、もし国会の御意思憲法上の疑義なしということを御確認いただいて、国会でさような修正等が行なわれるというならば、むろんかれこれ申し上げる筋合いではないとこの前申し上げたと思います。それはやはり同じでございます。私ども提案します段階におきましては、政府部門憲法との関連における解釈もいささかあいまいな点がございましたから、事いやしくも憲法に関して疑義があるならば、それを独断で強行するような案で提案すべきではない、こういう考え方で、義務づければ義務づけないよりは効果のあることは当然でありましょうけれども、そもそも義務づけないで提案しましたときの考えは、先刻も申し上げました通り一般大学というのじゃなしに、特別に高等学校教員養成法律国民に訴えて、その趣旨をはっきりさせながら希望者を募る、それに応じて入学を志望して入ってくる、そういう趣旨に従ってまた三年間教育が行なわれるということは、他の一般大学のたまたま単位をとった人が、単位をとった後に教職員になるか、あるいは産業界に入るかという自由な気持よりも、純粋に使命感を持って卒業してくれることと思います。これは単なる期待というよりも、いやしくもこの学校に入ってきた人は、そういうことを期待されるに値する人であると考えてかかっても、そう間違いはないじゃなかろうか。そこでせめてものことでありますが、わずかながら授業料の点で特に優遇をし、自分意思教職員にならない場合はその優遇を取り消すという程度スタートをしてみたらいかがであろうか、こういうことがこの原案提案しましたときの考え方であります。憲法問題はその後に、今の言明のようなはっきりした線が初めから考えられておるとするならば、おそらく原案もそういう規定を取り入れたであろうとは思いまするけれども、当時としましては、幾分疑義があるという前提のもとに、公共福祉個人の自由との調整関係は、どちらかといえば個人の自由を主としてスタートすることがベターであろう、こう考え原案提案した次第であります。
  21. 山中吾郎

    山中(吾)委員 大臣お答えは少し的はずれだと思うのです。憲法疑義という点についても、強制的に職業選択の自由を制限するのでなくて、公共福祉に従って、自由意思によって義務づけられた学校にみずから志願をして、そうして入学届を出して受験をしていくのですから……。今御説明の中には、そうでなくて、昔の徴兵制度のように、一定条件を持った国民はこの学校に入らなければならないということを前提としての制度論議だと思うのです。従って、自分自由意思によって入学希望するという前提のもとに、しかも二十二条の「公共福祉に反しない限り」というものをあわせて論議をして、法制局は明確に疑義がないという、その点は正しいと私は思うのです。それで、提案をされるときには、疑義があるからそこまでいかなかったのであるが、新しく憲法疑義がないということがここに明確になったのでありますから、むしろ修正希望するということを大臣が言われるべきが自然ではないか、そう思うのです。  それから、今の答弁の中に、教員になって、教育というものに大きい使命感を持って入る者によって初めてよい教育ができるということをおっしゃっておりますけれども青年時代教育に熱情を持って入るという人は現実にはないのです。それは数十年教壇に立ったあとに、子供に向かって教育実践をしてみて、そのあとから教育使命感を感じて、そうして生涯この教育を通じて子供養成のために生きるのであるというのがほとんどです。これはお調べになったらわかります。教壇に立ったあと使命感を持ってくるのですよ。そして、教壇に立たない者が持つのは、長い人生の中にいろいろな経験をして、体験をしてもう四十、五十になったときに初めて教育必要性というものをお考えになるのです。荒木文部大臣も、おそらく胸に手を当ててお考えになれば、大体二十才前後のときにはそういうものを持っていなかった、やはりもっと現実的な人生をやろうとして勉強されたはずなんで、教師なんというのはくそくらえと思っておったかもしれない。最近はいかにも、文部大臣になったからではないと思うので、やはり、五十、六十になって教育は必要であるということを今長い経験あと考えられておる。だから、今の御答弁は事実に全部反しておると私は思うのです。そういう意味において、御認識には非常にズレがあると思う。そこに憲法上明快な一つ法制局解釈もあるのですから、何かこだわって、いかにも、工業教員確保の見込みが立たないことがわかっておるのに、何かそういうふうな形式上のことでこだわっておると思うのですが、これは修正をいたしたい、あるいは国会修正してくるのが望ましいという答弁ができませんか。使命感認識についても、教壇に立つ前に、そういう教育に従来していこうという、大学に入る十七、八才の少年は、百人に一人ぐらいしかいないというのですよ、それは精神が悪いからじゃないのです。教壇に立って教育実践の中から出てくるのが自然の使命感です。
  22. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 ただいまの使命感認識は、山中さんほどの認識は私はございませんが、しかし、さっきも申し上げましたように、一般教職員になるならぬとは全然関係なしに、門戸を開いております一般大学志望者と、初めから工業教員養成所であるということを天下に明らかにしたその校門をくぐる人とは、おのずから使命感は、出発当初から違っておるかと期待いたします。まさしく年を経るに従って、お説のような使命感をさらに濃厚に充実していくことであろうかと思いますけれどもスタート・ラインから違って、一応期待できるのだということは言い得ることかと思います。しいて、言葉を返して争うということじゃなしに、そう思うのでございます。  そこで、今度は憲法上の疑義がなくなった。しからば、義務制にすることが望ましいとするならば、修正したらいいじゃないかというふうなお話でございますが、先日も申し上げましたように、国会の御意思としてそれを原案よりベターだと御判断いただいて御決定いただく分には、かれこれ申し上げ筋合いではむろんございません。原案策定当初におきましては、先刻来申し上げているような考え方で御提案を申し上げたということでございます。
  23. 山中吾郎

    山中(吾)委員 これは委員長においてあと理事会でお諮り願いたいと思うのですが、現在の法案のままでは、この重要な科学技術教育振興のための教員確保は不可能だと私は確信するのです。憲法解釈もそう出ておるのですから、この文教委員会において修正をすべきであるかどうか、一つお諮りを願いたいと思います。これは私の個人的な希望として委員長に申し上げたいと思います。  次に、教員免許法の関係養成所関係について疑義があるので、大臣並びに局長にお伺いをいたしたいと思うのでありますが、教員免許法の関係については、一級免許については、大学を卒業した者でなければならぬことに明らかになっておるわけです。それから、特別に養護教諭という特殊な免許状については、第五条に基づいて「文部大臣の指定する養護教諭養成機関において」ということになっておるので、免許法そのものについては、一般教員の免状については大学、それから養護教諭という特定の免許状については養護教諭養成機関という、免許法そのものに基づいた教育機関によって与えることになっているわけです。そこで、今度提案をされた工業教員養成所大学でもない、各種学校でもない、免許法自体に特に文部大臣が指定した機関でもない、これは免許状を付与するのに適する学校として私には考えられないのですが、その点いかがですか。
  24. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 お尋ねのございましたように、免許法におきましては、普通免許状を与える場合には、原則として、四年間の修業年限を持つ大学卒業者ということになっておるわけでございます。だから、先ほど来話が出ております工業教員につきましては、この国立工業教員養成課程の卒業者工業教員になる。しかし、実情は、先般来御説明申し上げておるように、免許状は取得いたしましても、実際に教員として教育界に入るという者はきわめて少ない現状でございますので、   〔委員長退席、坂田委員長代理着席〕 本来は、御承知のように原則としては大学卒業者ということになっておりますが、それでは当面の窮状を打開し得ないということを考えまして、特に、こういった特別の養成施設を作る、その養成施設は、この法案の第五条に規定してございますように、修業年限から申しますと三年でございますが、教育内容等に特別の工夫をいたしまして、専門の学力等につきましては、決して、大学に劣らないような力をつけるということを目標にして教育を行なうこととしておりますので、この工業教員養成所卒業者高等学校の二級普通免許状を与えることは決しておかしなことにはならぬというふうに文部省としては考えております。
  25. 山中吾郎

    山中(吾)委員 二級免許状を付与するのに大学において教育しなければならぬということを原則としておっしゃっておりますが、一体その免許法に例外を認める規定はありますか。
  26. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 第五条の普通免許状はこれは本則でございます。これに対して特に免許法上の特例を設けるという規定はございませんけれども、この工業教員養成所設置法の中でその特例を設けようということにいたしておるわけでございます。
  27. 山中吾郎

    山中(吾)委員 免許法自体に規定しなければ私はいけないと思いますが、こういう資格条件をきめるところの法律をその他の教育機関の設置法で幾らでも例外を作ることができるなら、免許法などというのは要らない。私は免許法自体に規定しなければできないと思います。どうですか。
  28. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 法案の中にございますように、免許法自体の中に一項を加えるという形の御提案を申し上げているわけでございます。
  29. 山中吾郎

    山中(吾)委員 ちょっと読んでみて下さい。
  30. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 法案の附則の第四項でございますが、「教育職員免許法の一部を次のように改正する。附則に次の一項を加える。工業の教科についての高等学校教諭二級普通免許状は、当分の間、第五条第一項本文の規定にかかわらず、国立工業教員養成所設置等に関する脇町措置法による国立工業教員養成所に三年以上在学し、所定の課程を終えて卒業した者に対して授与することができる。」こういうふうに、免許法自体を改正することを御提案申し上げている次第でございます。
  31. 山中吾郎

    山中(吾)委員 その点はわかりました。そうすると、工業教員というものについては一般の普通免許状ですね。一般の普通免許状というものは別表その他を見ると、それは大学でなければならぬという規定があるわけですね。それから特別の免許状でしたら特別の養成所で認めるというふうなことができるけれども大学でない養成所一般の普通免許状を付与するというふうな改正は私はできないと思うのですが、どうでしょう。
  32. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 五条にございますように、本則は大学卒業者に対して、その単位を修得した者に対して普通免許状を授与するということになっておるわけでございます。これが本則でございますが、そうかといって、これ以外に絶対にそういうものを認めないということになっておるわけではございませんので、原則といたしましてそういったものに準ずるような特別の養成施設を設置いたしまして、その養成所を卒業した者に対して教員資格を特別に付与するということについて、法律で御審議を願えば、絶対にいけないということには私はならぬと思います。
  33. 山中吾郎

    山中(吾)委員 ほかにそういう前例がありますか。
  34. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 従来教育職員免許令といわれた時代にはいろいろ臨時教員養成所というものがございまして、そこの卒業者には与えられたのでございますが、現在の免許法の体系になりましてからは、ほかにはございません。
  35. 山中吾郎

    山中(吾)委員 そうすると各省の、この間水産講習所を持ち出したのですが、ああいうところの設置法の一部改正で、免許法の、大学で免状を与えなければならぬという規定を変えてくることができるのですね。水産講習所設置法の一部改正で、大学でないところの養成所で二級免許状を与えることができる。その他農林省あるいは水産庁、いろいろ各省にそういう養成所の設置が幾らでもできるのですが、その投資に関する特別措置法に基づいて、そこの設置法の中で、大学でない養成所において免許状を付与するというようなことは、法律上何ら疑義がない、こういうことになりますか。
  36. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 ただいまお話のございましたようないわゆる特別教育施設がございますけれども、そういうものは本来教育職員養成するための特別施設ということでございませんので、そこの卒業者に対してそれぞれの科目に応じたような免許状を与えるということは考えられませんし、そういうことは私ども事実として起こり得ないと思っております。
  37. 山中吾郎

    山中(吾)委員 起こっているじゃありませんか。この法案がそうじゃないですか。この法案国立工業教員養成所設置に関する臨時措置法の中に免許状を付与している。そしてそれは大学でない。
  38. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 これは御承知のように特別に工業教員養成するための特別施設ということでございまして、先ほど例示としておあげになりましたようなものは教員養成施設というふうには考えられないわけでございます。
  39. 山中吾郎

    山中(吾)委員 局長は工業教員免許状という特殊の免許状ができたようにお話しになりますが、工業教員というのは特別の工業教員という免許状を持ったものじゃありませんよ。単なる教諭ですよ。あなたの説明はおかしいじゃないか。
  40. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 この免許状は、御承知のように中学校及び高等学校先生については、それぞれ教科について授与するということになっておりまして、高等学校教員にありましては工業という一つの教科になっているわであります。
  41. 山中吾郎

    山中(吾)委員 いや、そのことはわかっているのですよ。たとえば教育職員免許法の第二条において「この法律で「教育職員」とは、学校教育法弟一条に定める小学校、中学校高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校及び幼稚園の教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭及び講師をいう。」だから養護教諭というのは特別の免許状に基づいた固有のものであって、養護教諭というのは特定の免許法に基づいた身分です。ほかの教諭は別にないわけです。工業科の免許状を持った教諭もあるいは社会科、数学その他あらゆる教科について免許状を持った者も、ここにいわゆる教諭、助教諭なわけでしょう。特定の工業教諭という、特定の免許制度を作って、工業教員というものができているのじゃないでしょう。従ってそういう一般の教諭というものは大学において教育を受けた者だけがやらなければやらぬということが鉄則として免許法にあって、これをつぶせば免許法廃止と同じじゃないですか。あなたが今言っておられるのは工業教員という特殊の免許状の制度ができて、そして養護教諭と同じように工業教諭というものが設定されたことを前提として答弁されているので、それは間違いですよ。だから私は疑義がある。この免許制度からいって大学でない工業教員養成所のこういう施設に免許状を与えることは、これは私は法律的に疑義がある。そういうことをすれば私大にしても公立大学にしても、大学において初めて免許状を与えるという制度を全部つぶすので、これは現在の学校制度を破壊するようなものだと思う。その点の疑義を解明していただかなければ、法律的にも私は賛成できない。
  42. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 高等学校先生についての免許状は、先ほどお答え申し上げましたように、たくさんございますが、それぞれの教科について与える。従って、それぞれの教科についての免許状を持っているということでございまして、もちろん身分的にはそれぞれ高等学校の教諭、助教諭ということでございます。いわゆる工業教員というのは通俗的でございまして、工業科の免許状を持っている教員という意味でございます。なお、確かに第五条にございますように、大学卒業者で、その大学一定単位を修得した者に対して、それぞれ教科によって免許状を与えるというのが本則でございますが、先ほど申しましたような工業関係先生の需要に対して、供給が不十分であるということから、臨時の特別の措置といたしまして、そういった大学卒業者でない者にも特別の教育施設を作りまして、そこで学力を十分修得した者に対して、工業科の免許状を与えようとするものでございます。
  43. 山中吾郎

    山中(吾)委員 原則という言葉を使いますけれども、免許状制度ですから、厳格にその第五条というのは、普通免許状については大学、それから養護教諭という特別免許状については、養護教諭養成機関において修得した者に限るという法律だと私は思う。それを原則としてと言うのは、免許法という法律の性格から私はそんな解釈は成り立たないと思う。どうでしょう。
  44. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 原則はそうでございますが、別にこれは例外を禁じているわけではございませんので、臨時の特別の措置としてそういう制度を作り、そして国会に御提案申し上げて御承認を得れば、私はできないことではないと思っておりますし、また現在でも大学以外の教員養成機関として、たとえば小学校、中学校等の指定の教員養成機関という制度がございます。たとえば僻地の教員養成機関というようなものも現在できておるわけでございます。
  45. 山中吾郎

    山中(吾)委員 それは、その大学を修得した者、「又は教育職員検定に合格した者に授与する」。教育職員検定に合格した者と例外そのものも限定している。だから、この教員養成所大学としなければ免許状を与えられない。それで、別表第一に、小学校においても一級普通免許状は「学士の称号を有すること。」ときっちり書いているでしょう。中学校の一級も学士称号とし、高等学校の教諭は大学の学士だけでなくて「修士の学位を有すること。」「大学の専攻科又は」云々と書いてある。二級免許状も「学士の称号を有すること。」とはっきり書いてある。それを大学でもない、各種学校でもない教員養成所の設置に関する臨時措置法によって高等学校教員の免許状を与えるということは、これは不可能じゃないか。しかも四年を三カ年にしてというような、こういうのを暴案というのだろうと思う。暴案というより、法律の常識からいって成り立たない。先ほど言ったように、工業教員という特別の免許状という制度を作れば、養護教諭と同じだが、そうではない一般の教諭の免許状なんです。私は局長の法律論はどうもおかしいと思う。今の原則という言葉は原則ではないと思う。どうでしょう。
  46. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 先ほど御説明申し上げましたように、この法律で免許法自体を改正するための御提案が出ておるわけでございまして、この工業教員養成所設置法の中で免許法の一部改正ということがいわれておるわけであります。なお高等学校教諭二級普通免許状については、ただいま御説明がございましたように、別表第一で二級の普通免許状については「学士の称号を有すること。」というようになっております。確かに本則はそういうことでございますが、別にこれ以外に絶対に例外を禁止しているというふうに私ども考えないのでございまして、特別の必要ある場合には臨時の特別措置としてこれ以外の方法も考慮することはできるものと私ども考えております。
  47. 山中吾郎

    山中(吾)委員 臨時と言いますけれども、免許状は期限付の免許状はないでしょう。もらった限りにおいては終身の免許状ですから、免許制度そのものからいったら臨時も何もないと思う。もらったものは六カ年有効な免許状というならば、あるいは十カ年というならばわかるのですが、終身の免許状で臨時も何もないんだ。従って一般の教諭であるところの工業教員の免許状を大学によらないで与えるというなら、これは免許法全体の破壊なので、そんな一部の例外措置だとか一部改正の問題じゃないと思う。どうですか。
  48. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 免許状としては、これは大学卒の高校二級免許状と全く同じでございますので、特にその間に差異があるわけではございません。ただ先ほど申しましたように、私は特例として、特別の措置としてそういうことをすることもこの免許法の規定違反するということにはならぬと思うのです。
  49. 臼井莊一

    ○臼井委員 ちょっと関連して……。この法案が提出されたゆえんは、すでに質疑政府の意見等に述べられたように、何とかして工業教員確保したいということにあると思うのです。ところが、過去においてたしか七つの国立大学に、工業教員養成はやはり工業課程を置いてやって参りました。その実績が、実際教員就職する者は卒業生の中で一%から二%しかない。こういう点から考えると、この国立工業教員養成所を作っても、また寝際に教員になる者はきわめて少ないのじゃないかということは当然考えられることです。そこでただいまの山中君のような質問が出るのも当然だと思うのです。ところが、今までは憲法上の疑義があるというので、義務年限をつけるというところに問題があって、本人の自由意思にまかしてきたようでありますが、その点はただいま法制局解釈でも差しつかえない、また従来の学者の代表的な宮沢俊義博士あたりの意見でも、一定期間で、たとえば終身というような極端でなく、ある期間学資金を受ければ、かりにその受けた期間の二倍とかそういうようなあれでやれば差しつかえないという解釈が言われていた。ただしかし、ここで一つ法制局にお伺いしたいことは、法律的にそういう役務制をはっきりきめないでも、入学の際にこの工業教員養成所という名称が示しておる通り趣旨のところでありますので、入学に際して学校当局と入学者との間に契約書というか、誓約書というとちょっと強くなるのですが、何かそういうものを取りかわして、法律規定せぬでも、ある程度の残務づけができる、これは憲法上にも一向差しつかえないと思うのですが、その点を一つお伺いしたい。
  50. 野木新一

    野木政府委員 ただいまの点はまだ十分研究はいたしておりませんが、憲法の問題としてはおそらくそういうことも可能ではないかと思いますが、ただ他の法律との関係でどうかというような問題が多少出得る余地があるのです。今どの法律かという点は私もちょっと的確に申せませんが、ただこれがこの第八条で授業料その他の費用の免除及び猶予という規定がありますから、この授業料を猶予したり何かする際に、後に工業教員となってやれば免除になります、そうでないとこれは免除になりませんといったような趣旨をはっきりさせるような趣旨で、今言った書面をかわすということは、これはもちろん差しつかえないことだと思います。
  51. 臼井莊一

    ○臼井委員 さっきちょっと私申し上げたのですが、誓約書というものを本人に入れさせる。卒業した場合には、やむを得ざる事情が起こる以外については、何年間は教職員につきますという、そういう点についてはいかがなものでしょうか。
  52. 野木新一

    野木政府委員 ただいま第八条との関連におきまして、この趣旨をはっきりさせるというような意味ならば差しつかえないと思いますが、それ以上に出ますと私も今ここですぐ――ただほかのいろいろな法律との関係がありますから、憲法の面から見ればおそらくそういう立法をすれば可能だと思いますが、立法でなくて単なる合憲だという場合に、その合憲がほかのいろいろな法律関係でどういう点を持つかという点は、いま少しその点を検討してみないと自信を持って言いかねますが、一応その程度答弁でとどめたいと思います。
  53. 村山喜一

    ○村山委員 関連法制局の第二部長の御違憲をお伺いし、かつまた文部大臣の意見もお伺いいたしておりまして、疑義を生じましたので質問をいたしますが、初め文部省としては月に七千五百円程度の貸費制ということで、この問題を処理しようとしておった。ところが予算査定においてこれが削られた。そういうようなことから現在のままでは教員確保する方法は困難であり、道義的な期待だけしか持てないような状態に現在あることは、大臣が言われている通りです。その憲法解釈の問題をめぐりまして大臣は、あと国会の方でそういうようなものを修正するといいますか、初めこのままの形で出発をさしておいて、あとになってから、年度を改めるか、あるいは年間の途中においてかという意味でありましょうが、後ほど措置する。こういうふうに実施後にあらためて追加することも考えられるというような意見も発表された。そうなりました際において、初めは就職についての義務はない、こういうような形で学生を募集し、そしてその条件のもとに入学をした学生が卒業をするまでの間に、今度年間の途中においてあるいは二年生になった場合において、就職義務づけがされる。こういうふうになってきた場合においては、当然事情というものが変わってくるわけであります。そういうような場合において憲法疑義がないかどうかということについては、非常に問題点があるのではないかと考えるわけですが、この点について、一たん法律が制定をされて実施された後において、あらためてそういうような条件を追加した場合の取り扱いがどういうふうになるのか、憲法上の解釈を承りたいと思います。  それと同時に法制局第二部長にお尋ねをいたしたいのは、今月謝の一部免除等、あるいはその他の費用等が免除あるいは猶予されるという特典が与えられる。そういうようなことからいって、一般的な概念として、憲法違反はしないという御説であったと思うのですが、あるいは小学校、中学校就職をし、一定期間勤めた者については育英会の資金は免除をする、こういうような特典がほかにも与えられているわけです。そういたしますと、そういうような特典が同じような形において与えられているものには規制をしないで、工業教員だけは規制をするというような片手落ちな考え方のもとに、憲法就職義務づけることが可能であるかどうかという点については、これは疑義があると思うのです。そういうような場合には他の卒業生に対してよりももっとそこに有利な条件、たとえば貸費制度、月額八千円程度のものを貸与していく。こういうような恩恵を与えたときに反射的にそういうような就職義務づけを規定ができる、こういうふうに解釈をしなければおかしいのではないかと思うのですが、他の条件との相関性の上においてこの問題をどういうふうに解釈をすべきかということをお尋ねをしたい。
  54. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 お尋ねの第一点についてお答え申し上げます。  かりにさっき私が申し上げましたように、実施後にあらためて憲法上のことも再検討をした結論として、たとえば三十七年度ないしは三十八年度というときに法律改正をしていただいて義務制になったといたしました場合、一般的に法律は遡及しないのが原則だと承知しておりますが、こういう今問題になっておりますがごとき問題については、まさしく遡及すべからざるものと私は思います。ですから義務制になりました以後に入学する人から適用されるということでないならば不当ではなかろうか、こう思います。
  55. 野木新一

    野木政府委員 御質問の点は非常にむずかしい点でございますが、まず第一点は、私もただいま文部大臣が仰せのようにした方が妥当であるし、そうでないとやはりいろいろな論議が巻き起こる可能性があると存じます。  第二点は、まさに御指摘のように一つの問題だろうと思います。私の方も、現行の法制といたしましては、たとえば自衛隊の医者とか厚生省の保険の医者とか、それから今度の国会提案になっております法務省関係の刑務所の医者、こういうものがなかなか医者になり手がないというので、貸費制度を設けておる法案がありますが、この際にも実は貸費を受けた者は一定の年限就職しなければならないという義務は立てないで、ただ一定の年限就職したならばその貸費を免除してやる、そういうような仕方でやっておるわけであります。この法案も実は相当類似の手法できておりますので、私どももこれならば問題ないと思ったわけでありますが、さてこれは今言った義務年限を課するということはどうかという点は、これだけを取り上げて申しますと、先ほど申しましたように、憲法上は可能であるということになりますが、他との権衡上どうかという問題はやはり生ずるわけでございます。だから法制といたしましては、他と同じようにやっていくこの法案の方が非常に説明がしやすくて楽でありますが、ただ他との権衡上すぐそれが憲法違反になるかどうかという点につきましては、この国立工業教員確保という点の、公共福祉上の要請の強さと、そのためにこういう特殊の制度を設置するといったような点から見て、他と多少区別できるというのならば、それは説明がそれで非常に楽になります。ただ何とも区別できない場合にどうかといいますと、これは非常に問題はありますが、ただそれだけですぐどちらかが違憲というふうに断定してしまわなければならないかどうか、立法上、政府なり国会が、立法体としてあまり適切でないではないかという議論はもちろん起こり得ると思いますが、それが直ちに、どっちか一方がそれだけで遠慮になってしまうかどうかということまで断定すべきかどうかということは、私ども必ずしもそこまで言わなくてもいいのじゃないかというような一応の気持はしておるわけであります。しかしながらそれは立法の形成とかいったような点からいうと、大きな問題点の一つであることは間違いないと存じます。
  56. 野原覺

    野原(覺)委員 関連して……。法制局第二部長にお伺いしますが、今あなたの御答弁を承っておりますと、どうも私はよくわからないのです。あなた自信もおっしゃっておることが非常に難問なんでわかっていないんじゃないかという気もいたします。これは他の法令上との関連は、今御説明のように非常に疑義があると思うのです。これはやはり法案審議するにあたって、そのような疑義を残して私ども審議できない。これはあなたの方でぜひ検討してもらいたい。よろしいですか、その点について承っておきたい。
  57. 野木新一

    野木政府委員 私としては今言った点だけで、直ちにこれは違憲になるというまでには考えていませんが、その点はまだ十分討論はしてきませんですから、最終的の断定は多少留保したいと思っております。
  58. 野原覺

    野原(覺)委員 法制局長は、国会に対する法制上の疑義についての解明をしなければならぬ政府側の責任者ですから、あなたの個人的なそういったあいまいな考えではなしに、法制局としての統一したその点についての解明をしてもらいたい、この点について承っておきます。あなたはどう考えますか。
  59. 野木新一

    野木政府委員 私といたしましては、直ちにそれで一つ法案違憲になるということはないのではないかと存じておる次第でございます。
  60. 野原覺

    野原(覺)委員 だから、あなたとしてはそうなんだけれども、なおやはり問題があるんじゃないかと思うのです。だからこれは法制局でも少し検討して、明解な御答弁をお願いしたいと思うのです。よろしいですか、そういうことです。
  61. 臼井莊一

    ○臼井委員 関連して……。ただこの法律で役務を何年課する、勤むべきものとするというようなことにしても、罰則がなければ何もならない。ところが罰則を保するということになると憲法上そこに問題がある。ただ貸与制度でもしておいて、もしほかに行った場合においては貸与した金額は戻さなければいかぬということは、やればやれるでしょうけれども、しかしそれにしても財界の方へ行くとなれば、それぐらいのものは財界の力でけっこうですというので払うということになればこれは何もならぬ。問題はそういう点で卒業した者を教員の方へ就職するようにするということはなかなかむずかしい問題で、われわれとしてもあまり法律的に自由を拘束する、ことに職業選択の自由ということは憲法にも保障されておるのでしたくないのですけれども、従いましてこの法案趣旨も私はそこに重点を置いて、良識に訴えるということでやってこられたことはよく了解いたします。ですから今山中委員等のお説のように、ただ法律だけ直して、それで卒業生をそちらの方へ義務づけすることはむずかしいと思う。それでお伺いいたしますが、戦前師範学校卒業生義務づけがあった。それは一つ授業料がないということと、もう一つは兵役の免除ということが大きな特典であったように思うのですが、戦前のことになりますが、何かそのほかに師範学校卒業生教員の方に就職することによる恩典というか、義務づけがそのほかにあったでしょうか。その点をちょっとお伺いしたいのです。
  62. 小林行雄

    ○小林(行)政府委員 戦前の師範学校の時代には、ただいまお尋ねがございましたように授業料は徴収いたしておりません。それから給費制度があったのであります。それと兵役の関係で、きわめて短い期間の、短期現役的な制度があったわけであります。
  63. 山中吾郎

    山中(吾)委員 関連して……。法制局にお伺いしますが、先ほど局長と私と質疑応答をしておったわけですが、免許法というような法律資格を厳格に定める法律なわけですが、その法律において大学卒業の条件で、しかも学士号を有するということ、しかも学士号を有するばかりでなしに、法定の単位、いわゆる学習をしなければならぬという二つの条件教員の免許を付与しておる、そういう背骨を持った法律なのでありますが、今度のような工業教員養成所設置に関する臨時措置法というものは、学士号を与える学校でもない、それから四カ年ではなくて三カ年である、そして教科課程についても免許法からいうと非常に少ない、そういうふうな内容の設置に関する特別措置法で免許法に関する最も中核になるものを全部規定するような法律を作ることについては、免許法そのものを全部廃止したと私は同じ実質を持っておると思うのですが、これについては本質的に可能なのかどうか、あるいははなはだしく不適当だということは私はいえると思うのですが、法制上の法的常識から御回答願いたいと思います。
  64. 野木新一

    野木政府委員 法制上といたしましては、これは免許の点について原則がありまして、原則についてある極の例外を設けるということ、これは法制的には可能であります。ただその例外が実際に政策的また宝質的に見て合理的なものであるかどうかという点は、まさに実質的の点で論議になり得ると思いますが、法制的に見ますと、免許法から見まして、附則なりあるいはその法律中の他の部分におきましてある特例規定を設けるということは、法律形式的には少しも問題の点はないのではないかと思います。
  65. 前田榮之助

    ○前田(榮)委員 関連して法制局第二部長にお伺いいたしますが、この工業教員養成所制度臨時措置法に基づく措置であります。従って、その臨時措置に基づく教職員の免許状を出すなら、これは問題はないと思います。しかし、今論議の中にありましたように、免許状そのものは、やはり工業教員の免許として、免許法の一部として下付される、これは大学卒業生でなければならぬという本則からいいますと、本則に該当しないものだということになる。すなわち、今度の臨時措置法の中の附則において免許を与える、この法律で本則の方を規制するということになる。この問題は大切な問題ではないか。四カ年制度大学を卒業する者にこれこれの免許を与えるとあるのを、この際は三カ年でも臨時免許状を与えるという臨時措置が行なわれる。その臨時措置は臨時に適用されるのではございません。臨時措置であっても、与えた限りにおいては、その免許状をもらった人は、大学卒業生と同じように、横行濶歩というとおかしい言葉になりますが、どこへ行っても、おれはこの免許状をもらった、これは大学卒業生と同じ免許状なんだ、こういうことは言えるわけなんです。そういうことが法制上、つまり本則の力の中に臨時措置として臨時的なものを与えるというならば、この臨時措置法も生きてくると思いますが、そうでなくして、臨時措置が本則を規制するという結果になることは、立法上可能な問題であるかどうか、これは立法的な立場で一つ解釈をお聞かせ願いたいと思います。
  66. 野木新一

    野木政府委員 本則の方に免許の原則がきまっておりまして、その特例を設けようというのでありますから、特例を設けることがはたしていいか悪いかという実質の談論はあるとしても、特例を設けるという政策をとった以上、法的措置といたしましてその附則なりにこういうような特例規定を設けるということは、法制的には差しつかえないと存ずる次第であります。
  67. 前田榮之助

    ○前田(榮)委員 これは、私は、立法的な立場に立つ法制局の第二部長にお尋ねするのであって、たとえば、極端に申し上げますと、このたびはたまたま三カ年制度教員養成所卒業生臨時措置法の附則によって免許状を与えるということですが、ただ、立法をする上から申し上げますと、そういう立法もここで議決をし国会を通過しますればできることは間違いない。それは立法はできるが、その立法そのものがよいかどうかという問題を私はお尋ねしておるのであって、かりにこれが三カ年制度でなく、二カ年制度、あるいは極端なことをいいますと、一カ年制度でこれをやったらどうなるか。それは大へんなことになると思うのです。一カ年制度で、四カ年制度大学を卒業した者と同じような免許状を与えるということであって、臨時措置法をここで議決すればできるわけなんですが、この臨時措置法で、工業教員養成所を置く臨時の措置として臨時の免許状を与えるということをそこへ加えるのならば、何も問題はないと思うのですが、臨時の免許状だけではありません。免許状だけは臨時ではなくして、あたりまえの免許状が下付されることになるわけですが、そういうことが可能かどうかということをお尋ねいたしておるのであります。
  68. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 法制局に対するお尋ねでございますが、ある程度政策的な御質問意味もあろうかと思いますので、一応お答え申し上げます。  私どもこれを提案するにつきましては、法案の最後に、「教育職員免許法の一部を次のように改正する。附則に次の一項を加える。」ということで、「第五条第一項本文の規定にかかわらず、」云々、ということを規定することによって、本則に対する例外を意図しておるわけでございます。ところで、小、中学校の免状につきましても、原則は大学のわけでございますが、例外的に文部大臣の指定する教職員養成機関を卒業した者も免状が与えられるという例外は、教育職員免許法第五条に関連して現在あるわけでございます。高等学校についてはそれがうたわれておりませんが、しかし趣旨は同じような意味にとりまして、高等学校についても今申し上げました、すなわち第五条第一項本文の規定にかかわらず、大学と名づける教育機関でない、そういう名称は使いませんが、実質的にはそれと同等であると考え国立工業教員養成所、これを同等のものと規定するという例外的な措置をとろうという意図のもとにこの条文を御審議願っておる  つもりでございます。従いまして、残る問題は、この新しく作ろうとしておる工業教員養成所教育内容がはたして適切であるかどうかという政策上の問題はあろうかと思いますが、私どもは、先ほど政府委員が御説明申し上げましたように、特に専門の科目については、期間は三年でありましょうとも、四年制の大学に実質上劣らない教育を授けるということによって、今申した同等の教育施設なりと考えてよろしいのではなかろうか、こういうことを立法上もあるいは政策上もあわせ考えまして御提案申しているつもりであります。
  69. 野木新一

    野木政府委員 法制的に申しましても、ただいま大臣がお述べになったとほぼ同じようなことに尽きると存じます。三年間にいたしまして、その課程を非常によく組みますと実質的に申しましても大学卒業と教員資格取得の点についてはほぼ変わらないようなことができるのじゃないか、そういうような点も承った記憶があります。そういう点を考えましても、政策としての点はいろいろ議論があるといたしましても、法制的には一応その程度承れば、例外規定を設けても差しつかえない、そう存じた次第であります。
  70. 山中吾郎

    山中(吾)委員 今の質疑の中の一番の要点は、当分の間これこれと書いてある。その当分の間が免許状自体の期限を定めた免許状ならば疑義がないのですが、免許状そのものは他の免許状と同じように無期限の免許状である。しかもそれは大学でない、学士号を持たない、しかも三カ年である、そうして養成所学校でない、単位も少ない、そうして養成所ができる前の者はそれ以上加重された条件で免許をもらい、養成所が廃止になったあとは、また大学を出た者でなければ免許状をもらえない、養成所を卒業した者は期限つきの免許状というならばわかる。終身の免許状である。従ってこの規定は免許法全体をつぶすものである、だから少なくとも文部大臣は、この免許制度確保して保障していかなければならぬ立場が、これはみずから免許制度を破壊する法案であると私は思う。そういう意味ではなはだしく不適当であると思う。法制局もこういう法案を作るときに免許法というものの本質を考えて、この法案が少なくとも不適当であるというふうな意見が出るはずなんです。それを当然のことのようにお考えになるということは、法制局の常識に相反すると思う。私はそう思うのであって、さらに明確な答弁をいただきたいと思うのであります。  それはあと一つお聞きしますが、次に疑義のあることは、いろいろ疑義があるのですが、この三十四条の三項に「文部省設置法の一部を次のように改正する。第十六条中「国立学校設置法」の下に「及び国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置法」を加える。」と書いてある。十六条を見ますと「国立学校については、国立学校設置法の定めるところによる。」学校としてこの十六条に挿入されるようにこの原案はできておりますけれども、この前の文教委員会においては学校でないとお答えになっておる。学校教育法によるところの第一条の学校でもございません、さらに八十何条ですか、各種学校でもございませんと言っておるじゃないですか。そうしてこの法案の附則の3によれば国立学校についてはこれこれとなる。あなた方の答弁は矛盾だらけである。そういう点についても法律的に疑義がある。いかがですか。
  71. 木田宏

    ○木田説明員 ただいま御指摘の点は、国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置法におきまして国立工業教員養成所は三条の二項に掲げてございますように国立大学に附置されるもの、こういう立て方になっておるのでございます。従いましてそれは広い意味におきまして国立大学に附置される一環の教育の機関でございますから、文部省設置法の十六条の国立学校につきましては、国立学校設置法のほかにこういう工業教員養成所設置等に関する臨時措置法によって附置された機関があるということを示したものでございまして、国立学校にあります他のいろいろな附置機関につきましては国立学校設置法自体に書いてあるところでございます。従いましてこの学校は御指摘のように学校教育法一条の学校ではございませんけれども国立大学に附置される一つの機関であるというところから、十六条にこの法律規定をあわせて書きまして、国立大学国立学校設置法による学校あるいは国立学校設置法によりますところの附置機関のほかに国立工業教員養成所設置等に関する臨時措置法によって附置された国立工業教員養成所があるということで、文部省設置法の規定の中に示したものでございます。
  72. 山中吾郎

    山中(吾)委員 その答弁を聞くとますます矛盾を感ずるのですが、それならば先般の国立学校設置法の一部改正の中に四年制の大学以外に短期大学にも付属の教育機関を置くことができるという規定があるのであって、その一部改正に基づいてこの教員養成所設置を別表に出せばいい。それをそうでなしにこういう特別のいわゆる養成所を作って、この条文を全部見ましてもこれは一つの独立の教育機関としての態勢をとってきているのです。そういう意味において法的には非常に問題がある。そういう点を含めて私はまだずいぶん疑義がたくさんあるが、一応私はこの質疑は保留をいたします。保留をして休憩をして理事会を開いて、そうしてこの取扱いについてもう一度理事会において審議をしていただきたい。そういう意味において基本的にこの法案について疑義があるので、免許状の関係からいってもあるいは憲法上の論議もありますし、このままではまた科学技術教育振興のためにならないという政策上の本質的な疑義もありますから、私は保留をして、そうして一応休憩をしていただきたい。
  73. 坂田道太

    ○坂田委員長代理 暫時休憩し、直ちに理事会を開きます。    午後零時三十七分休憩      ――――◇―――――    午後二時四十四分開議
  74. 濱野清吾

    濱野委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。  学校教育に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますから、これを許します。三木君。
  75. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 教育のあり方につきましてわれわれかねてから心配な点が三つございます。  その一つは、今次の政府の所得倍増計画によるところの科学技術振興という問題に関連して、最も科学技術を高揚し科学教育振興するのには、その人ないしはその教育のあり方が問題でありますのにもかかわりませず、科学技術庁等の要請から文部省がそれに動かされて、そしてにわか作りの技術者を作るという。このことが将来わが国の科学教育に非常な影響を及ぼすというような心配を持っておるわけでございます。しかしながら先般の文部省の説明の中で、十七万と七万の技術者の不足、この差が問題になりまして、わが党の委員の方からもその追及があったわけでございます。ここに文部省としてはやはり単なる産業界の要請からそうしたにわか作りの技術者を作るということだけに動かされていない点もありまして、そうした点は先般の委員会で心配な点が若干なくなっておるわけでございますが、依然として工業教員の臨時養成の問題をめぐってその心配は大きく日本の教育の分野にある。  もうあと二つの問題は、私たちはかねがね現場におっても、またこうして国会の場に出てきましても、大臣からやはり直接このことに対するお考えを、ほんとうに教育を憂える者の立場から一つ答弁をいただきたい、こういう切なる要望を持ちまして、本日、愛媛県の内部に起こっておるところの教育上のゆゆしい問題につきまして、大臣の所信を一つただしたい、こう思うわけでございます。  その一つは、この内容につきましては、すでに愛媛県ではあの勤務評定以来現場には非常に混乱が起こりましたので、文部省あるいは大臣としても、このことは知られないというはずはないと思うのです。なお現地の愛媛教員組合としては、この愛媛県に起こりました女教員の講習会の問題を取り上げまして、臨時大会を開いてそのことに対するところの反動性をついておりますから、このことも文部省としては御存じのはずであろうと思いますけれども、やはり若干皆さん方の御理解を得たいために、その説明を付しつつこのことの質問をさせていただきたい、こう思うわけでございます。一つよろしくお願いいたしたいと思います。  事案は、昭和三十六年の一月七日、八日におきまして、愛媛県の県教育委員会、宇和島教育事務所、宇和島市教育委員会、北宇和郡地教委連絡協議会、南宇和郡地教委連絡協議会、これらの主催によって、管内の中堅女教員の資質の向上をはかるということで、講習会を開いたわけでございます。それは一月の七日、八日の二日間にわたって北宇和郡吉田町の玉津公民館で開いております。その講師として見えておるのは、愛媛県の教育委員会教育長、大西忠、出石寺信徒総代の菊池正行、大耕舎主、大山澄太氏の三人で、助言者として県教委の宇和島教育事務所の主事、市町村教育委員会関係者その他で、それらの主事が一班から七班までに分かれて、班別の指導をその講習会の中でしておるわけであります。出席者としては、五十名の女子教員がこれに参加しておるのでございますが、この講習会を表面だけ見ましたときには、何でもない講習会のように思うわけでありますが、その内容に立ち至りますと、一つは、現在右翼思想が非常にばっこして、戦争中の事態を惹起しないかというような心配を持っておりますときに、われわれとしては寒心にたえないところの右翼思想的な、こうした講習会が行なわれておるというようにとられるわけです。その点について文部省としてはこのことの報告を受けたか。あるいは現地から、そうした組合等の大会をもってこれに対する抗議の火の手が上がっておるということをすでに御存じかどうか、その点から一つ質問していきたいと思のです。この事柄の全貌をすでにとらえておられるかどうかということについて最初質問いたします。
  76. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 愛媛県の女教師研修会の問題につきましては、大体のことは報告を受けておりますし、文部省から係官を派遣して事情も一応聞いておるわけであります。
  77. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 その係官はどなたで、そうしてどういうことを調査なさったかということについて御報告いただきたいと思います。
  78. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 文部省の地方課の佐野課長補佐でございますが、教育事情一般について調査を命じたわけでございます。
  79. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 その日、時間あるいは調査された内容についてお知らせいただきたいと思います。
  80. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 三月の十五、十六日の二日間にわたってでございます。愛媛県の教育についていろいろと一般的な調査をいたしたわけでございますが、その中にこの女教師の研修会の問題も当然含まれているわけでございます。
  81. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 内容も当然に含まれておるようでしたら、そのことについてすでに御存じだろうと思いますが、私たちのとらえた中では、最初その時間的な問題についてお尋ねしたいのですが、こうした研修会を夜の十時までに及んでやることについて、文部省としてはよいとお考えになりますか。その点について一つお聞かせ願いたいと思います。
  82. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 研修会はできるだけ昼間の間に済ますのが適当かと考えております。ただ今回の場合は、限られた日程でございますので、七日、八日というのはまだ三学期が始まっていない時期でもございますので、特に女教員の方々に二日間の間で十分な研修をしていただく、こういう趣旨でやむを得なかった措置ではなかろうかと思うのでございます。
  83. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 労働基準法との関係はどういう工合に考えておられますか。
  84. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 労働基準法をやかましく言いますれば問題があろうかと思いますけれども、宿泊講習というようなものは、大体そういう趣旨のものではなかろうかと思います。宿泊を伴う講習がいいか悪いかという点については、いろいろ意見が分かれておりますが、宿泊講習である以上はやむを得ないのではなかろうかと考えます。
  85. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 その内容については、後ほどいろいろ私の方からも申し上げたいと思いますが、やり方につきまして、女の人に座禅を組ませておるというように私の調査の方には載っておりますが、この一時的な講習のあり方というような、教育の面から見たときの問題として、この座禅を組むということは相当なしんぼうが要ると思いますが、こうしたものがやられておるところに基本的な人権問題も私はあると思います。相当宗教と関連してくる取り扱いがここでなされておるわけでありますが、こういう取り扱いについてはどう思われますか。
  86. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 これも一つの研修の方法ではなかろうか。要は参加者が十分理解して協力されたかどうかという点にあろうかと思います。これは強制すべきものではないと思うけれども、講習会の一つのあり方としてそういう方法もあり得ると思います。
  87. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 次に大臣にお尋ねしたいと思うのですが、この内容につきまして御存じなければ、私の方でどういうことがなされたかということについて申し上げて、あるいはそれについて間違いがあれば文部省の方から御訂正を願い、文部省の見解を申し述べていただいたらどうかと思いますが、そうした内容最初に申し上げまして大臣のお考えをお聞きしたいと思います。  問題は、吉田松陰の松下村塾記というものを出して、これを教育の材料にしておるということが一つ。それから勤行聖典というお経の一冊を出して参りまして、それをここで使っておるということ、それから座禅和讃、菩薩願行文、その他延命十句観音経等を出しまして、そのあとで食事五観というものを出しておったわけでございます。それを教材にいたしましてこの講習会を進めておるわけでございますが、その取り扱った内容としては、この中で主として精神修養を主体にしたように私は思うわけでありますが、その内容に、総評を誹謗し、あるいは日教組の誹謗の問題もあり、なお内容といたしましては、国粋主義あるいは宗教観を押しつけたやにわれわれは見るわけでございます。その点について文部省の方としては、間違いがないかどうかということを一つお答え願いたいと思います。
  88. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 菊池正行氏が松下村塾記を使ったとか、あるいは勤行聖典大耕舎を大山氏が使ったということは聞いておるわけでございますが、これらはテキストでございまして、別にどうということはなかろうかと思うのであります。ただ、今お話しのように、特定の世界観、右翼思想のような点を御指摘になったのですが、そういう点は全体を通じて見なければわかりませんですが、松下村塾――吉田松陰先生はりっぱな教育者でもございますので、その面におきまして適当な方ではなかろうかと思うのであります。もちろんこの講師の、全文をプリントしたものもございませんので、詳細にわたって論議することは差し控えたいと思うのでございます。
  89. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 私たちの方で調べたところによりますと、この松下村塾記を取り扱いまして、そうしてこの中で特に孝、忠、君臣の義、特に私たちが問題だと思うのは、日本の国をほめ、諸外国はえびすであるというような取り扱いがなされておるわけであります。この点につきまして、大臣としては、これは右翼思想でない、これは当然だ、こうお思いになりますか。その点一つお聞かせ願いたいと思います。
  90. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 お話の講習会の全貌を存じませんので、何とも申し上げかねます。ただ松下村塾記をテキストにしたというお示しだけでは、かれこれ申し上げることもはばかるべきだろうと思います。もし教育の中立を侵すがごとき、また侵すことが当然であるようなことを講習会で言ったとすれば、それは妥当でないと思いますけれども、何を、どういうふうに言い回して、結論がどうなったのか、受け取る側でどういうふうに理解されたのか、そこら辺がわからないままにかれこれ申し上げるとこは、私は、県として責任を持って講習をやりましたその企てに対して、無用の批判をすることになることをおそれますので、とやかくのことは申し上げない方が適切かと存じます。
  91. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 私が申し上げたいのは、ただいまも申しましたような右翼的な思想、あるいは復古的な思想を、県の教育行政機関として取り扱っておるということと、なお憲法教育基本法にいうところの、そうしたものをひん曲げるような形でこの研修会が進められておるということになるということを、われわれは申し上げたいと思うのであります。その点について、内容がおわかりにならなければ、それはお互いに調査をする必要があると思うのです。しかしながら県の教育委員会がそのことを指導しておるということがわれわれとしては問題だと思うのです。その点について大臣にお伺いをしておるわけなんです。内容については、これはいずれお互いに調査しなければ、われわれが申し上げましても、一方的な考え方だという工合にとられるだろうと思いますので、今申し上げましたように、そういうことが、県の教育委員会として、あるいはまた憲法ないしは教育基本法がゆがめられておるという形においてなされておるときには、大臣としてどう考えるのかということを聞いておるわけであります。
  92. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先ほど申し上げました通りで、それ以上申し上げることはどうかと思います。いずれにせよ、左翼であれ、右翼であれ、一方に偏したようなことを教育の場でやらざるを得ないようなことを講習したとするならば、適切でないと思いますけれども、あくまでもそれは仮定の上に立ったことでありまして、お示しの具体的な愛媛県の課題としては、ちょっと今かれこれ申し上げる段階ではなかろうと思います。
  93. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 今私の調べたところを申し上げたのですが、それは仮定の上に立ったということを大臣は申されておるわけなんです。しかしながら、これは共同調査によってでもやらなければ大臣はその点は納得がいかない、こう言われるわけなんですか その点一つお聞かせ願いたい。
  94. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 共同調査などということを念頭に置いて申し上げているのじゃございませんで、御指摘の講習会というものがほんとうにどうであったかを、われわれ自体としても責任を持って知る必要があろうかと思います。そういう意味においては、まだ十分な報告もございませんようですし、私どもの方では明確にはつかんでいないと存じております。
  95. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 その明確につかむ方法は、どういう工合にしてつかまれますか。
  96. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 まず第一には、県からの正確な報告を待つということであると思います。さらにまた、必要ならば現地に調査に行くということもあり得ると思います。
  97. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 今の内藤局長のお話では、調査員を派遣して、二日にわたって調査して、文部省としてそういう手配をしておるということなんですが、その調査員をここへ呼んでいただくわけにいきませんか。そうでなかったら、それは一方的な話だということで、この話をそらされるということになりますと、これはわれわれとしては、最初にも申し上げましたように、いずれにしましても、正しい教育を進める上に大事だという観点に立って冒頭三点について申し上げましたのですから、呼んでいただきまして、私の方からも申し上げ、その調査された方からも言われた上で話を進めていかなければ、仮定の上に立っているというような話では、これは話にならないと思うのです。そのことを一つ要請いたしたいと思います。
  98. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 愛媛県の教育事情の視察に文部省から係官を派遣いたしましたが、特にこの問題についてだけではございません。この問題について、先ほど大臣からお答え申しましたように、詳細な調査はいたしておりませんが、県の教育委員会に聞きましたところ、県の教育委員会としては大したことではないということで、具体的な事項をお示しいただきますれば、さらにその点について調査を進めたいと思います。
  99. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 それでは申し上げます。そちらの方で調査なさっておれば、時間を節約する意味において、私の方からとやかく申し上げるのは省略しようと思っておったわけなんでございますが、しかしながら、おわかりにならぬ点がございますので、時間をいただきまして、その点を申し上げたいと思います。  まず、「古典について」はこのように書いてあります。「これは安政三年にお書きになったものでありますから今よりざっと百年も前のものであります。」「外国のいろいろの説に対してこれを批判する力はどこから出てくるか。日本にはこれを批判するだけのものがあるであろうか、ないであろうかこれといふほどの思想は日本にはないのじゃないか、かういう疑問はしばしば人のいふ所です。ところが外国の思想に対抗するのみならず之を明快に批評し得るところの思想内容は我々の先哲が明白に教へられてをるところであります。」こういう書き出しで、日本書紀、万葉集、そうした古典について書きまして、あるいは神童正統記とか、そのおもな作品の「内容を熟読玩味されますときには真に我々の精神をみがき、感奮興起せしめるもの、そして目の前にある幾つもの困難なる問題を一刀両断に批判し得る所のものは正に幕末先哲の遺文であろうと思ひます。」そして藤田東湖とか、橋本景岳とか、いろいろなことが書いてあります。それから飛ばしまして、「かういうことはひとり我国に於てなお稀であるばかりでなく、外国の歴史をみてこれだけの秀れた学者が東西一時欝然として興りそれが全部一つの目的に向って協力し、そして全部血を以てその責任をとられたといふが如きは世界に類例がない所であります。」それから「これほどのすばらしい学者が前後相継いで倒れられたといふこと、そして倒れても恐れることなくその後をつがれたということ、これは真に国史の壮観であります。そしてその力によって明治維新の大業が遂に成るのであります。」また「明治維新の出来ましたのは、百姓一揆の結果できたのではありません。」そういうことがずっと書いてありまして、「「松下村塾の記」は文章はわりに短いものでありますが亦一段と光り輝くものでありまして、明治維新がいかなる精神によって指導されたかといふことは之を拝見しますれば明瞭であります。」これが第一です。第二に「君臣の義」について、「しかしまだ華夷の弁の方は今日何とか話をすれば判るだろうと思ひます。君臣の義に至りましては、今日実に荒蓼たるものと言はなければならぬ。」ずっと飛ばしまして「つまり尊ぶべきものが何であるか。おそるべきものが何であるかといふことが判らなくなってをる。そういふ国家といふものが一体どこにありませう。」ずっと飛ばしまして「今日の日本の最も大きな問題は蓋しこの国内が二分されて混迷していることでありませう。ドイツの如くに東独と西独に分れてをるのでなくして、不幸にして同じ国土の中に二つのものが並存してをるのであります。政府も二つあるといってよい一つは正しい政府であります一つは総評であります。文部省が二つあるのです。一つは正しい文部省であり一つは自ら文部省を廃止して之にとって代って天下の文教に号令しようといふ日教組なのです。この恐るべき状態事事に之が問題になるのであります。これ正に日本の最も重大なる而して恐らく之は下手をすれば致命傷になる。いやもう致命的な損害を受けている問題であります。」こういうことが言われておるわけであります。そして結語といたしまして「願はくは「松下村塾の記」の如き古典は皆さん毎朝これを読まれてよろしい。毎朝およみになる事がつらければ日曜毎におよみになってよろしい。私共の力はそういふ所から初めて出てくるのであります。読んで読んで読みぬいて初めてそれは自分の魂にしみわたってくるのであります。すらりと読んでそれで読みおはったといふ筈のものではございません。日本の道を何によって知るか。かういふものを熟読玩味することが何よりの近道です。」こういうことがずっと書いてあるわけであります。これについてどういうようにお考えになっておりますか。
  100. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 問題は講習を受けられた方がどう感じたかということだろうと思いますが、私個人としてどう思うかとおっしゃるならば、もっともな点もあるし変な点もあるということです。いかなる古典、東西の文献といえどもまさにそうだと思います。政治的にあるいは教育の場についてこれを言いますならば、ものさしは憲法であり、教育基本法であり、もろもろの国権の最高機関の決定によります制度である、それのみがものさしであると思います。思想そのものについては、これがいいの悪いのということを申し上げる資格は私はないと思いますが、今お読み上げになりましたことで申し上げれば、当初申した通りの感想を抱く程度であります。
  101. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 今の大臣の御答弁を承って、私は非常に遺憾に思うのでございます。私はだてや体裁でこの問題を文教委員会に出したわけではございません。ただ申し上げたいのは、大臣としてこうした文教行政が行なわれておることを、講習者がどう思うかによって物事がきまると言われる――もちろんそうであるかもしれませんけれども最初お答えでは、偏向教育をやっておるということはいずれにしろよくないという意見を聞いたのですが、私はやはり大臣としてここに姿勢を正していただいて、このことに対するところの明快な御答弁がいただきたい。偏向する教育行政の立場から一つ言っていただきたいと思います。
  102. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 教育の中立を守る、偏向教育をしていけないというのは児童生徒に対する関係においてそうだろうと思います。その意味ならば学校先生教壇に立ってどう教えておるかという問題であって、その先生が講習会で何を聞いたかによってそれが偏向教育に当然つながるということじゃなかろうと思います。悪いことは悪いこととして、他山の石として自分の思いを正す材料になりましょうし、いいことを聞けば、いいことをさらに自分も推し進めたいという気持になりましょうし、その教材というかテキストがどういうものであるかだけでもって、その講習会がいけないのだということはいきなりは言い得ないかと思います。先ほど申し上げましたように全貌を知り、ことに講習を受けた方々がどういう気持で受けられたかということにかかると思います。
  103. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 私の方から申し上げておるのは、偏向教育でなくして、偏向しておるところの教育行政という工合に申し上げておるのですが、教育の面では、そのこと自体と子供にどう響くか響かないかということはその人の受けた受け方によろうと思います。教育行政の立場からお聞きしておるわけなんですが、にわかにそのことについては裁断を下し得ない、こういうお考えなんですね。
  104. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私が申し上げておりますのは、都道府県が教職員に対して講習会等の機会を作って、教職員としての教養をさらに積んでいくという場を与えるという行政上の責任を持っていると思います。その意味において講習会が行なわれたと思うのでありますが、その場合にいかなる講師を選んで講習会をやるかということは、当該都道府県の教育担当者の責任においてやることでございますから、今の憲法、今の教育基本法、学校教育法等もろもろの関連法律制度のもとに偏向するがごとき教育行政を行なわんと欲してやるはずがない、これは初めからそう信用してかかるほかにはなかろうと思います。あとは具体問題としてどうだということですが、これは当初申し上げましたように、真相そのままを知らないで軽率に批判を下すべきじゃなかろう、こう思いますので、お答えしたわけであります。
  105. 山中吾郎

    山中(吾)委員 三木委員質問関連して大臣にお聞きしますが、この問題の核心は、民間の組合とか団体の講習会でなしに、県の教育委員会主催の講習会であるということに問題の中心があって、そこでそれを前提として質問を申し上げておると思うのであります。文部大臣は県教育委員会あるいは市町村教育委員会に助言、指導する権限と責任があることが明記されておるわけであります。それから教育長の任免についても承認をして、その任免に対しても左右することができることになっております。そこで文部大臣が前の委員会の私の質問に対しても、当然憲法教育基本法に基づいて文教政策を遂行するのだ、ほかに他意はない、こういうふうに名言をされておるわけなんですが、そういう制度上の立場からいいまして、君臣の義とかそういうふうなものを中心とする思想を持った者ばかりを講師に選び、そして憲法第一条にある主権は国民に存するという現代の民主的なものに対する理念というものから完全に逸脱するような思想を持った者で全部埋められておる。委員会の主催において講習会が行なわれておる。そうするときには、文部大臣は助言、指導の責任から、それは現在の憲法教育基本法に相反する講習会であって、教員の再教育の講習会としてこれは不適当であるから、そういうものはやるべきでないということを通牒をもってお示しになるということが、今までの大臣の言動からいって、当然出てくるはずである。事実そうならば、愛媛の場合は、事実であるかいなか、まだ明らかでないというのですから、愛媛県の場合は別にして、委員会主催の講習会の講師全部が、いわゆる現在の国民主権の上に立った憲法の思想を非難をし、そして講習の内容がまたいわゆる君臣の義というような言葉を中核とする思想の上に立って、現在の憲法を破壊するような講義をしておる。受け取り方はどうあろうが、する立場に立つ講習会の内容がそうである場合については、それを中止すべきである、注意すべきであるという通牒を出すのが、私は大臣の責任だと思いますが、その点はいかがですか。
  106. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 山中さんの御質問に対しまして、先日おっしゃったようにお答えしたことを承知しております。今でもそう思います。そこで、そのものさしではかってみて、適当でないということに対しての指導、助言の責任があることも承知いたします。しかしその課題それ自体が、一応概貌は承りましたけれども、はたしてどうであったかということは、責任を持って講習会を開催した側からも責任のある報告なり、あるいは責任を持てる調査なりの結果に基づかなければ、あらかじめ批判めいたことは申し上ぐべきではなかろうということを申しておるのであります。
  107. 山中吾郎

    山中(吾)委員 大臣の御答弁その通りです。  そこで愛媛の具体的な問題がどうだというのではなしに、今私が申し上げたように、いわゆる国民主権という理念の上に立っておる現在の国家思想のもとにおける教育委員会主催の講習会の中で、いわゆる国民主権を否定をして、君主主権という思想を中核とした講習をしている場合に、事実愛媛と関係なしに、そういう講習会がある場合については、大臣としてはそれは不適当である、そういう講習会はやめろという通牒をお出しになるのが責任だと思うのですが、お出しになりますか、はっきりして下さい。
  108. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 仮定のお話ですから、お答えしない方がいいかとは思いますけれども、現在の憲法を曲解し、理解しないで、今の憲法のもとにおいても、今あなたがおっしゃったようなことがほんとうだということを、講師たる者が言うならば、その講師がちとばかではないか。だから、そういうばかな講師は取りかえたらどうだろうということは、これは言うこともあり得るかと思います。あくまでも今の憲法がある限りは今の憲法、今の教育基本法がある限りは今の教育基本法は、まさしく生きている厳然たるものでございますから、これをものさしとして判断して、私どものなすべき責めを果たさねばならないと申し上げた考え方には、いささかも変更はございません。そのものさしに従って、今後処置いたしたいと思います。
  109. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 この際、教育基本法とか憲法ということをおっしゃいますが、私は、しばしば、文部大臣教育基本法は変えなければならない、これには日本的なものがないというようなことを、談話として見たと思います。それについて、大臣としては、こうした愛国心あるいは君臣の道ということを書いておるところについて、これがよい、こうお思いになっておるのでございますか。その教育基本法についての大臣のお考え、そうしたことをかつて言われておる、その変えなければならないというお考え一つ聞かしていただきたいと思います。
  110. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 講師が君臣の道ということを言ったということは、昔はそういうことがあった、今はそうでないということで言っただろうと思う。ばかでない限りはそうだろうと思うのですが、それはそれといたしまして、教育基本法なり、憲法についてまでも、もっと日本人の国主的な判断のもとに、国民みずからのものとしたいという一つの課題であるということを申しまして、今でもそう思っております。現に国会を通過した法律に従って憲法調査会が成立し、現に委員が選ばれて数年がかりで検討を加えております。改正すべきかいなか、改正すべしとするならばどういう点だろうということでもって調査検討を続けておる。これはしょせん憲法というものが占領中にいわば与えられたものである。これは厳然たる事実である。しかしそれが現に生きておる以上は、憲法として厳粛にこれを順守していかねばならぬことは、むろん当然でございますが、教育基本法もまたその成立の経過等に顧みまして、これは憲法と違って、GHQ側から英語で書いた、要綱を示されて、それに基づいてやったのではないということは、私も承知いたします。当時の教育に関心を持たれる権威者の方々が集まって、教育勅語がなくなったあと大穴があいたままでいいかどうかという事柄だろうと思いますが、教育の基本的な目ざすところをきちんときめたがよかろうというので、組織委員会の方々が原案を作って、枢密院の議を経て、当時の国会にかかりまして、審議されて、法律として正式に制定され、今日に至っておることは、まさしく疑う余地はございません。ですけれども、私が申し上げたいことは、占領中であって、無条件降伏であった。日本人の意思は、国会を通じても、正しく当然の国民結論国会意思として、GHQにオーケーを出された範囲では、通りましたけれども、オーケーを出されないものはやみからやみに葬られて、いわば弾圧せられて、意思を透徹しないままに国会というものは運営されておった。そういう状況下において、一言半句てにをはの末に至るまで原案修正することができなかった。意見はいろいろあったと承知いたしますが、そういうおい立ちの記を持った教育基本法、書かれておることそれ自体一々読んでみて、どこがどうということを私自身は今申し上げる材料もございませんけれども、少なくとも国民意思が完全に透徹して制定されたものでないことだけは確かである。そうであるならば、独立回復後もう十年であるならば、憲法と同様の趣旨において、衆知を集めて日本人みずからのものにするという再確認の機会があってもよろしいのじゃなかろうか。しかしそれが国民の総意によって自主的に検討され、このままでよろしいとなるかもしれない、あるいはある程度これを修正する、もしくは補足するということもあるかもしれない。それはそれといたしまして、そういう機会が訪れるまでは、教育基本法はあくまでも教育基本法として厳粛なものとして守っていくということが、法治主義のもとにおけるわれわれの心がまえであることは、これは当然でございます。憲法の立法論的な立場でものをいう、教育基本法その他の法律の立法論をいえば、それ自身を軽視しておるかのごとくよく言う人がありますが、そういう見解が私は間違っておる、あくまでも憲法はもちろんのこと、もろもろの法律がある限りは、不満があろうとも、正規のものとして完全にこれに従う、これが法治主義の建前だと思います。共産党以外の人はみな私と同感だろうと思っておる次第であります。
  111. 野原覺

    野原(覺)委員 関連。非常に重大な発言をなさったと思います。私はここで大臣にはっきり確認しておきたい。それは現在の教育基本法というものが国民の総意によってできたものではない。あなたはそのようにお考えであるかどうか。今そういうことを申されたのですけれども、これは大事な点ですから、日本の文部大臣として今日の教育基本法は国民の総意でできたものではないのだ、悪法も法であるから、しょうがないから守るのだ、そういうお考えで、あなたは文部大臣に就任されておられるのかどうか、これを私ははっきり確かめておきたいと思う。いかがですか。
  112. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 今私が申し上げましたことは、さっきのことで尽きていると思いますけれども憲法であれ教育基本法であれ厳然として存在しております。国民が従わねばならないものとして存在しておる。このことについてはだれしも一点の疑いもなかろうと思います。私もかねがねそう思い、文部大臣に就任して以来もその国民的常識は一つも変わっておりません。今でもさように思っておりますことは先刻申し上げた通りであります。
  113. 野原覺

    野原(覺)委員 私の質問お答え願いたい。存在しておるという事実は、それはあなたがおっしゃるまでもなく存在はしております。しかし、この憲法教育基本法というものは国民の総意によってできたものではないのだ、こう確信していらっしゃるかどうか。この点をはっきり承っておきたいのであります。
  114. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 国権のと申しますか、日本統治の最高の権限と責任はGHQにあったと思います。そのいわば占領政策の下請け機関的な存在として日本の国会政府というものが作られて、外見上は少なくとも独立国の国会であるがごとく、独立国の政府であるがごとくGHQがこれを運営していたことも事実だと思います。  それは無条件降伏のもとに保証占領の時期において誕生したものであります。ですからすでに御承知の通り憲法審議の過程におきましても、教育基本法の審議の過程におきましても、もろもろのその後の占領中に制定されました法律等につきましても、原案作成のときからGHQのあらかじめのアプルーバルをもらって提案をされた。提案したものの、審議過程における原案修正につきましても、修正動議を出す以前にGHQに行ってその修正趣旨を訴え、アプルーバルをもらったら、初めてあたかもそういう楽屋裏のことはなかったがごとく、休憩前に引き続き委員会等が開かれて、アプルーバルの範囲内においての修正ができた。これがあの当時の国会を通じて憲法を初め審議されました実態であります。日本人にあらざる占領軍の意思の決定するところに従って、承認を得られないものは――日本人の国会としては、日本人の意思を代表しておられたことには間違いないのですが、その日本人の意思が暢達できなかったということも事実である。その意味において、完全に自主的な立場における日本人の総意が完全に盛り込まれたとは言い得ないということを申し上げて、必ずしも総意によったものではない。言うとすれば、そういう意味で申し上げたつもりでございます。
  115. 野原覺

    野原(覺)委員 それで大体はっきりしたわけです。あなたに言わせれば、日本国憲法教育基本法も、これは占領軍が作ったもので、国民の総意によってできたものではない。それはその成立の経過等から詳しく御説明があったわけです。  そこでこういう憲法教育基本法というものは存在しておりますから、やむを得ずこれに従っていかなければならない、やはりある限りは従っていかなければならない、こういうこともあなたは仰せられておるわけであります。だから、そういう言葉の裏には、憲法教育基本法には非常に問題点がある。こういうことであろうかと思いますが、きょうの三木委員質問は、実は必ずしもそこへ焦点が合わせられたものとは存じませんから、私は関連質問でありますからこれでやめますけれども、もう一点お伺いしておきたいと思うのです。  それは悪法も法なり。悪法も法として存在する限り守らなければならぬのだ、こういう気持で一本国憲法教育基本法を考えておられるのか。そういう言葉があったのですよ。あなたのそのお言葉の中に、そういう気持憲法教育基本法を考えておられるとすれば、これは大へんなことだろうと私は思うのです。そういうような文部大臣のもとで私どもは文教問題を審議することすら大へんなことだろうと思うのです。私はこの問題は徹底的に究明しなければならぬ重大問題だと思います。あなたは憲法教育基本法に非常に大きな疑念を持っていらっしゃる。その点についてもう一度確かめておきたいと思うのです、後日の論議の参考のために。
  116. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私は今の憲法の目ざすところの平和主義、国際協調主義、民主主義、このことに一点の疑いも持ちません。さっきも申しましたように、日本人の総意が自由に暢達される場ではないときにできたことが事実であるとするならば、独立を回復して十年、おのずから日本人の気持も落ちついてきたし、国会の場もだれも制約を加えることのできない文字通りの国権の最高機関である実体を示しておるというときに、もう一ぺんこれを検討する機会があっていいのじゃなかろうか。教育基本法といえども、いつも申しますように、書いてある事柄それ自体は私は不満は持たない。もっと権威者から自由の立場で国民にかわって検討してもらうならば、日本人の意思教育基本法に盛られ得なかったものがかりにありとするならば、今日それが暢達せられて、よりよきものになるであろう。こういうことは私のみならず一般国民としては期待しておるところではなかろうか。そういう意味においての再検討課題と申し上げるのであります。  憲法教育基本法も、これは悪法なりときめつけて考え、もしくは発言をしたことはいまだかって一度もありません。ただ、悪法は法にあらずと一、二度引例したことはございますが、それは特に共産党の系統の人々が、何かといえば悪法は法にあらず、自分たちの立場に立って法律制度を見た場合、よろしくないと思うことは従う必要はないというがごとき、民主主義下には許されないへ理屈をこねつつ現実に行動しつつある向きもあるようですから、そういうことではいけないのであって、かりにそういう立場で悪法なりと思っても、なおかつそれが悪法と思われないように改正されるまでは法的効力は認めてかかるのが民主主義下の当然のおきてでなければならないという意味合いにおいて引用したことはございます。憲法教育基本法それ自体悪法であるなどと言った覚えはいまだかってない。自分の念頭にないことですから……。
  117. 野原覺

    野原(覺)委員 そこで、もう一点だけお尋ねしておきたいと思うのですが、それは君臣の義ということで、三木委員から出されておるのです。この君臣の義というものを教育の中心、中核に置くということは、今日の憲法教育基本法にはっきり違反するのではなかろうか。あなたの方は先生子供に教える場合は教育の偏向だと言いますけれども子供に教える先生の講習会で、そういうようなことを教育委員会という国の公の機関がこの詰め込みをやる、押しつけをやる。押しつけをしやらないと言っても、そういうことを講習会の中心テーマにするということは、今日の憲法教育基本法は禁じておるはずでございます。これはどうお考えですか。
  118. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 吉田松陰先生が君臣の義を説かれたことが書いてあることを中心に話が進んだから、そういう用語があったのではなかろうかと想像するわけですけれども、さっきも申し上げましたように、昔ながらの君臣の義というもの、上と臣下という政治体制が今の憲法下にもあるのだ、だからそういうつもりで教えなさいよ、などとばかげたことを言う人は今はないと思いますけれども、かりにそんなふうな意味のことを言ったとすれば、それは講師がばかだということだけであって、そういう人間を選んだのが適切でなかったということでございましょう。いずれにしましても真相を把握してからでなければ責任ある批判的な言葉は申し上げない方が適切であろうと思います。
  119. 野原覺

    野原(覺)委員 これは三木委員質問があろうと思いますのでこれでやめますが、大臣にもう一度お聞きしたい。そういうばかな講習をやるばかな教育委員会が日本にある。私どもの調査ではそういうことが出ておるし、三木委員がこれを指摘している。あなたの答弁では、はっきりしない、はっきりしないと言われるが、これだけのものを社会党から提出されておるわけでございますから、責任のある調査を何日までにどうしてやるのか。――私どもはこれは非常に重要に考えておりますから、そういう調査事項というものはこの文教委員会に報告書を出していただきたいのです。憲法教育基本法に違反したような講習が教員に押しつけられておるというようなことは、許しがたいことなんです。憲法違反です。それを教育委員会がやっておる、大西という教育長が先頭に立ってやっておるということになれば、大へんなことなんです。大臣は今、指導助言の責任があることは知っておると言われた。そういう点からも、直ちに責任者を現地に派遣して調査するなり適当な方法をとって、この文教委員会に文書をもってその調査した報告を出してもらいたい。この点について大臣のお考えを聞いておきます。
  120. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 調査した上でお答え申し上げます。
  121. 高津正道

    ○高津委員 関連して。今三木委員から報告のあったように、菊池講師が松下村塾記をテキストとして、その中には忠孝、君臣の義というようなことがずっと書き並べられてあるのでありますが、そのテキストを推奨して、女教師に対して、教師たる者はこれを毎日読め、それができなければ毎日曜に読め、そして荒木文相の言われる日本的なものというか、日本精神を学びとれというように教えたということは明らかであって、参議院の人も衆議院のこの委員会におられる三木委員も、ともに行って調査して証拠をつかんで帰っておられるのであります。だから、文部大臣お答えを聞けば、松下村塾記には君臣の義ということがあるかもしれぬと言われるが、講師が講習会に集まった女教師に言った言葉は、この中に日本精神があり日本的なものがある、これを朝な夕な読め、こういってたたき込んだ、詰め込んだという。私は特にそこが大きい問題だと思うのです。そのようなことがあっていいものかどうか。そのことだけは確かなのでありますが、これは調査しないでも、文部大臣として公正妥当なことであるとは言えないだろう思う。それは大間違いだ――われわれも間違っておると思いますが、文部大臣の所見を伺います。
  122. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 おっしゃることをそれだけとして考えれば、前後の話の順序がどうか存じませんけれども、旧憲法時代しか言えないようなことを、今もあたりまえだ、現実の問題だとして講義する人があったら、その人はばかではなかろうかということだけであります。しかしこれとても、私どもの方では正確に把握していない段階のようでございますから、その意味では仮定に立っての話でしかあり得ないので、恐縮でございますが調査の上でお答えさせていただきます。
  123. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 教育基本法の問題について、話がそちらの力にずっと内容に入っていったわけですが、私が大臣にとくとただしたかったのは、今申しましたような君臣の義とかあるいは皇国観に立ったとか、こんな問題を押しつけるところに、教育基本法違反があり憲法違反があると思ったのですが、大臣はこういうことをやる者はばかである、もしそういうことが仮定としてあれば、そんな講師はばかたれであるということをはっきり言われましたので、私は安心したわけでございますが、ただここで聞いておきたいのは、大臣としてはかってILOについて、そのILOに参加している国が共産国であるというように解釈して、ありもせぬことをこしらえられるというような芸当もやられておりますので、この教育基本法について、大臣がかって、占領下であった、従ってわれわれは何もできなかった、言えなかったのだ、だからこれを変えなければならないとおっしゃったことについて、それは今のお話では、そうした情勢が動くならば変える、動かなければ変えないとおっしゃいましたが、日本の教育基本法は日本的でないから、日本的なものにしなければならないとおっしゃったことは、今もなお大臣はそう思っておられるかどうかということを私は聞きたいわけなんです。これが一つ。ですから、最初に言われました基本法は占領下においてなされたからして、われわれの、意思は十分言えなかったのだ、言うなればアメリカの圧力で基本法ができたのだというふうにわれわれは解釈していいかどうかということを最初にお聞きし、なお、君臣の義とか日本的なものが必要である――今は、必要でない、そういうことは旧憲法だとおっしゃったのですが、そうした日本的なものがほしいという考えが依然としてあるかどうか、この二つの点についてお答え願いたいと思います。
  124. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 君臣の義などということをまたもとに返さなければ日本的じゃないのだと思ったことはありません。そういう意味でいまだかって申し上げたことはない。教育基本法が日本人のものでないような気がするというのは、先刻申し上げた通りでありまして、憲法は英語で書いた基本線が与えられてそれを中心に作られていったようですが、教育基本法は、日本人みずからが案を立てて、枢密院の諮詢を経、国会の議を経て法律になったという形式はまさしく整えておりますけれども、刷新委員会のメンバーの方々すらもが、いろいろと意見はあったようですが、そのことはとてもアプルーバルがもらえまいということで遠慮なさったと聞いておる。国会の場においてもいろいろな御議論があったように聞いておりまして、社会党からも当時数項目にわたって相当御意見が開陳されたと承知いたしますが、それも国会の場において違憲を開陳したにとどまるので、お堀ばたにアプルーバルがもらえないがゆえに、せっかく貴重な意見がありながらそれが盛り込み得なかったことも事実であります。だとするならば、先刻も申し上げました意味合いにおいて、日本人が自主的に再検討を加えたならば、よりよきものになりはしないだろうか。あるいは検討を加えた結果今まで通りで一向かまわぬということになるかもしれない。それはしかしあくまでもその道の権威者によって検討された結果を待たなければならないことであります。しかしそれ以前でも、先刻来一切ならず申し上げました成立の過程あるいはその当時の環境に顧みて、検討すべき課題であろう、かように今でも思っております。
  125. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 そういうお答えをいただくのだったら、二度三度重複をしたことになるわけなんです。私の言いたいのは、大臣がかって日本的なものにしなければならないとおっしゃったから、教育基本法の中にどこかそんな個所があるのかということを聞いているのです。ここをこう変えなければならないということを感じられて言われたのか、ただかってそういう委員会の方々がこうだったという話を聞いて、そのことを受け売りして言われておるのかということを判別したかったのですが、どうやら後者の方に解釈していいですね。そして、アメリカから強圧的にこれをやられておるから、あるいはものが言えなかったから、教育基本法は万全のものではないというお考えを今持っておられる、そして、その内容は別にないけれども、ただそうした人々が言っておるから変えなければならぬところがあるかもしれぬ、こういうようにお考えになっておるととっていいのですね。
  126. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 その通りであります。
  127. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 それはそのくらいにしておきまして、次に、いろいろ皇国の道を注入したとかしないとかいう問題につきましてもう一点申し上げて、次の問題に移りたいと思うのです。  これはこういうことが最後に言ってありますので、そういうことがあったかなかったかわからないというようなことでなくて、一つはっきりとこのことを認識していただきたいと思うのです。それは講習会に行った人に対しまして、菊池講師からプリントが送られておるのであります。その中にははっきりと、皇国護持のために皆さんがんばって下さいということが書いてあるわけなんです。それをしも、今そういうことがあったかなかったかわからないということでは私は片づけられないと思うのです。その点を一つ読んでみたいと思います。時間をとって与党の方も非常にお気の毒でありますけれども、将来それも一つの調査の対象になると思いますので、一つ聞いていただきたいと思うのです。   研修会参加者への挨拶状   拝啓 お寒い町に玉津ではさぞお疲れの事であったと思います。私が先生に教へられた「松下村塾の記」を通読しまして、古典の事や其他少々あとで話そうと思ってはぶきましたところが御承知のやうに其の機会がなくて遂にお別れしました。  それでここにまづい謄写別紙を送りますからあなたの生徒やお子様やお友達に御利用下さらばありがたいことで御座います。もしもあなたの学校で二つになっておられるならば、あなたのおやさしいお心持を通して一つになって貰うやう具体化して下さいませんか。  明治維新の先哲は剣で切り結んで血を流してまで正道に進まれましたが、今日は話し合いでやはらかくねばりづよくゆけば女の方々のほうが武骨な男子よりもかへって強い力が出るのではありますまいか。くどいやうでありますが終戦後膨涛として頭をもたげてきたデモクラシーといひ民主的といひ、この言葉は吾等の上に被ひ覆さってきました。されど静かに眼を閉じて吾国の歴史を見直して見るがよい。此時天よりの声をきく。而も力強く響いて来る。その来るものは何か。「デモクラシーを解して、高圧的でなくて懇談的に、独断専行の強制でなくて人々の理解と協力とを求めてゆくあたりのやはらかい優雅温和の態度と規定するのであればこれに反対する理由はない。しかしもしも人々が思い上って自ら国の主権者の地位を獲得したかのように妄想し天皇との関係が昨日までとは逆転したかのように考へるならばそれは笑うべき滑稽というよりはむしろ憫むべき悲劇であろう」と。更に又「この国が天皇を中心として組織せられ団結せられ発展して来って二千幾百年の歴史を織り成した事もまぎれもない事実である」と。他人の甘言にあざむかれ自分の妄想に惑はされてはなりません。実体を正直に見究める事は学問の第一歩と私は教へられております。皆さんマスコミ媚び、世論を恐れれてはなりません。これも時代の大勢、いたし方のない事で、これに反対しては自分の立場が苦しくなり、場合によっては衣食の道もとざされはしないかと心配してしばらく頭を下げて俗論に従っていろといふ。そういふ卑怯な態度は一日も早く擲たなければなりません。  あなたの周囲を見らるるがよい。遠く七百年の昔建武の中興の際南朝の御為に又近くは明治維新の際天下に魁けて活躍された名藩主を中心に敢闘されたる誉ある祖先をもたるる皆様、どうか皇国護持の御為御勇奮ひたすらお願い申し上げます。以上   昭和三十六年一月十五日           菊池 正行  こうなっております。「皇国護持の御為御勇奮ひたすらお願い申し上げます。」と、こういう手紙が行った以上、これは大臣の言われるように、ばかたれ、こういうふうに解釈してよろしいですか。
  128. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 それも、私どもの方も正確に把握してから申し上げさしていただきます。
  129. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 山中委員の方から話がありましたように、そのときもしこのことが事実とするならば、大臣としてはいわゆる教行法の示すところによって、この承認という問題についてそれまで関係されるお考えはご  ざいますか。
  130. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先刻山中さんにお答  えした通りであります。
  131. 山中吾郎

    山中(吾)委員 関連して。今大臣は私に答えた通りだというので、いま一度確認したいと思うのですが、そういう教育委員会主催の講習会は、明らかに憲法無視の講習会で、目的が明らかであると思うのですが、これは今後そういうことをやってはならぬという通牒を出すべきであるし、その大西という教育長が次の任期になったときには、私はまた文部大臣に承認を求めてくると思うのですが、承認すべからざる人物だと思うのですけれども、いかがですか。具体的に解決をするとさきに大臣が私にお答え願った答えの内容と、今申されたことと一致いたしますか。
  132. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先刻と同じでございますが、もっと調べてから具体的には申し上げたいと思います。その講師を選びましたときに、シナリオまで書いて適当でないことを要請したとすれば問題と思いますが、講師が自分自身の考え方をしゃべった結果が、たとえば先刻来お話しのようなことであるとするならば、必ずしも教育委員会それ自体が全責任を買うべき問題でもなかろう。いずれにしましてもそういう全般の筋道なり内応なりを正確に知ってでなければ、結論的なことを申し上げることは今としては適当でないのじゃないか、そう思うのでございます。
  133. 山中吾郎

    山中(吾)委員 ただそういう教師の研修会ですから、そういうときには大体講師というのは地元の人であって、そういう人の思想は明らかであるということと、大体講義の概要は提出さして計画を立てるのが教育委員会の責任であって、そういうことをやらない教育長はわれわれ想像つかないものである。もちろん大臣の言われるように、それは事実であるかどうかわからないからということはその通りでありますけれども、今申し上げた事実がある限りは、教育長は再任を承認すべきではないことは明らかです。もしそうだったならば、そういう人は承認すべきでない人物であるということぐらいはお答えできるのじゃないですか。
  134. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先刻来申し上げている通り、正確に把握した後に意見を申さしていただきます。仮定に立って申し上げることはあまり適切でないようでございます。
  135. 山中吾郎

    山中(吾)委員 それでは調査をして、そのあとこの国会において御答弁願いたいと思います。  それから関連して御質問申し上げたいのですが、現行憲法を忠実に守って教育行政をやるべきであるという確信のほどをたびたびお示しになっておられるわけです。それで憲法を正しく理解するということがない限りにおいては、やはり憲法を忠実に守るということにならないのであって、その点について私、大臣は十分に御理解になっていないのじゃないか。善意に解釈をすれば結果は憲法に対して忠実でないという感じがするので、この機会にお聞きいたしておきたいと思うのですが、日教組に対して破防法すれすれの団体であるとか、テキ屋の仲間であるというような放言を吐かれておる。これは思いつきの放言であって、あるいは失言であって取り消すべき問題だろうと思うので、本心ではないと思うのですが、そして一方日教組というのは、これは結社の自由権に基づいて存在するものであるから、その存在についてはかれこれは言わない、こういうふうにお答えになっている。それは憲法の二十一条結社の自由という、その二十一条に基づいた団体であるから、これについてはかれこれ言わない、そういうお考えなのか、あるいは二十九条ですか二十八条ですかに基づいて勤労者に与えられておる労働権、そういうものに基づいた団体としてお考えになっておるか。その辺を正しく御理解なさらぬために、私は結局、日教組を軽視するとかいうことの中に、憲法の精神からはずれての判断がされておるのじゃないか、そういうことを考えるので、その点大臣憲法上の知識をお聞きしたいと思います。
  136. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 むずかしい試験問題を出されて恐縮でありますが、私は両方だと思っております。倫理綱領をよく読んでみれば、正しく労働者の団体なりと規定されております。その意味では二十八条だと思います。しかし寺あってか政治団体のごとき行動もなさいます。その意味においては二十一条の結社の自由の保障のもとに一つの団体として存在しているのじゃないか。両面を持っておられるように思います。ですから憲法の条章からいえば、御指摘の両方にまたがっておるのじゃないかと自分としては思っております。
  137. 山中吾郎

    山中(吾)委員 教師は勤労者の一人であるということのもとに、勤労者の団結する権利、団体交渉、その他の団体行動をする権利を保障するという二十八条に基づいた団体であるということは今確確認されたのでありますが、そうしますと、一方に公務員というふうな特定の身分があるので、現行法上においては、二十八条に基づいた団体であるけれども、現行憲法上においてはある程度の制限がある、制限のある労働組合であるというふうに御解釈なんですか。
  138. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 その通り考えております。
  139. 山中吾郎

    山中(吾)委員 そうしますと、本来憲法からいいますと、勤労者は、憲法の設定する国会論議の過程においても、公務員であるないにかかわらず、すべて二十八条の勤労者に属するということは、憲法論議の過程において明らかにし尽くされた問題であります。それを一方に公務員法に基づいて制限をしているところに、忠実なる憲法解釈からいったならば、これは憲法に忠実な法律でない、望ましくない法律であるというふうに私どもは断言できると思うのです。そういう立場に立って参りますと、二十八条に基づいた組合に対しては文部大臣としては、しかもそれは教師の団体であるから、できる限り労働組合本来の権利を広く認めていくという立場ら、団体交渉にも応ずるし話し合いもする、そういう精神がこの憲法に対する忠実なる立場であろうと私は思います。それを故意に拡大をして、いかにも二十八条でない方向にそれを解釈していって、努めて日教組というものに対して軽視をし、無視をする方向は、私は憲法の精神に沿うた文教行政の立場でないと思うのですが、それはいかがです。
  140. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 一般に公務員は国民なり住民なりに全般的に奉仕する特殊の存在だと思います。特殊の権力関係に立たされておる身分を持っておるのが公務員だと思います。その特殊性にかんがみまして一般に公務員に対しては二十八条の労働三権というものが制約を受けておる、これは私は当然のことと思います。憲法上から申しましても、個人の人権と社会公共福祉というものを調整することが当然のことになっておることにかんがみましても、公務員なるがゆえにある程度の制限、差別というものはやむを得ざることで、それが国民全般から見ましたときには妥当である、そういうものじゃなかろうかと思います。
  141. 山中吾郎

    山中(吾)委員 私は妥当とは思わない。その辺は見解の相違でやむを得ないと思うのです。ただ私の申し上げるのは、従って二十八条に基づいた団体である、それを確認をされておるわけですから、二十八条に基づいた団体である限り団体交渉その他の団体行動をする権利を尊重して、できる限り――大臣の思想からいったならば、公務員としてのある程度の制限を受けるのは当然だ。その思想は私と違っても、それはあなたの思想ですからけっこうですが、二十八条に基づいた団体交渉権その他の団体行勅をする権利を本質とした組合である。二十八条に基づいたその限りにおいてはできる限りその団体との団体交渉に応じ、そして会う機会を持つことが冠状の精神である。そういう公務員関係法律のできたことに便乗して何ら会う義務もない、会う必要もないというのは、憲法軽視の精神であると思うのです。私すなおに解釈しているのですよ。すなおにそのくらいの気持大臣がならなければ……。これは全教員の団体ですからね。どうも憲法を尊重して教育行政をやると言うけれども、言行不一致だと思うのですがいかがですか。
  142. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私の申していることは、憲法趣旨に沿って、完全に従っておると存じております。それは先刻も申し上げた通り、ある面においては結社の自由という角度からしか理解できない存在でもあり、またみずから言われるところによれば二十八条の労働者の団体であると考えられる。そこでどっちの面につきましても、日本教職員組合という全国単位の組織、その代表者と団体交渉をするなどということはどこを押しても出てくるものじゃない。日本の教育制度のあり方は御案内のごとく中央集権では適切ではない。地方分権こそが日本の教育の基本線として必要なりというので、この制度ででき上がっております。その当然の結果として教職員の身分を持っておる公務員、特に地方公務員については、その任命権者というか使用者の側に立つものは都道府県市町村の教育委員会と定めてある。従って労働三権が制約されてはおりますけれども憲法趣旨に従って地方分権の建前の日本におきましては、その交渉の相手方は教育委員会なりと明確に定められておるわけでありますから、その建前はくずすべきではない。むしろ中央における団体交渉というやり方をやるとすれば、法律を変えてからでなければやるべきでない。秩序を乱るものである。秩序を乱らないという意味において、私は消極的ながら今の憲法に従っておると存じております。
  143. 山中吾郎

    山中(吾)委員 大臣はそれは十分調べられて言ったのか、私は不勉強じゃないかと思うのですが、あとの方の地方分権という基本的精神から戦後の教育行政組織が出発したことは明らかなんですね。それならば、その精神を言うならば、委員会制度を任命制に変えたり、教育長の承認権を文部大臣が取ってしまったり、そういうことをしてきておるということの中に、一方に最初に出発した厳格なる地方分権制というものを、文部大臣の権限を拡張することによって中央集権化もしてきておるのであって、一方に都合のいいときはそういうことをおっしゃっておりますが、制度的には文部大臣が間接的に各地方の教育行政の責任者の任免権を持っておるのです。あるいは財政的な立場からいっても、教育委員会というのに財政権というものが設定をされて、そしてみずからその財源を獲得する権限を与えておるなら別であるが、そうでなくして、国の負担というものを前提にして教育責任者の任免権その他を持っておるのでありますから、実質的には、私は制度的に言っても地方分権であるから地方だけということは言えないと思う。その点はその実施に即して、中央、地方の交渉に応ずるということが私は制度上からいっても正しいことでなければならぬと思うのでありますが、その点どうであるか。  それから最初憲法解釈についても、二十一条の結社というのは、一般のすべての団体に関するいわゆる一般原則で、たとえば経営者なら経営者の団体というふうな場合には、特に団体交渉なんというものを与える必要がない。弱者じゃないから。ところが勤労者という、財産もなく自分の労働によって働いておる者については、すべて特別に団体交渉権を与えていかなければ対等の地位につけないというので、二十八条というものが特に設定をされたのでありますから、そういう意味において日教組、教員組合は二十八条に基づいたものであるということは明らかで、同時に、逸脱するようなところがあるから二十一条にも基づいておるという、解釈憲法上の解釈としてはおかしい解釈じゃないか。
  144. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 二十一条と二十八条両方と申し上げるのは、倫理綱領からいけば二十一条なんか引き出す必要はないと思います。ただ現実の行動から考えますと、二十一条の結社の自由に基づいての団体の性格も持っておるんだなと考えなければ平仄が合わないから申し上げるだけのことなのです。というのは、本来二十八条に基づく公務員たる労働者、勤労者の団結の保障のもとに、地方公務員法等で定められておるあの労働組合たる教職員組合というものは、あくまでも地方分権の姿のもとの存在であって、団体の交渉が不完全ながらもありますのも、公務員の特質のゆえだと思いますが、その不完全ながらも持っておる交渉の相手方は、あくまでもその任免権者たる使用者でなければ、二十八条の趣旨にも徹底しない。その意味で申し上げるのであります。全国組織の日本教職員組合をお作りになることは、地方公務員法でも認めておることでありますから、当然合法的な存在であることには間違いない。しかしその現実に存在しておるということと、地方公務員法に認められておるということ、中央交渉なり団体交渉をするかしないかということとは全然別問題で、制度上の問題としては逸脱した要求であると私は思うのであります。もしそうならば、地方公務員法を改正し、中央集権的に教育のあり方を変えて、文部大臣が任免権者であり、使用者側であるという制度上の裏づけがないことには、やれないことだと私は理解いたしておるのであります。
  145. 山中吾郎

    山中(吾)委員 それは単なる理屈でして、そうすると地方の県の教育委員会教員組合が団体交渉をして、経済上の要求を受けて、給与の改定もそれで承諾をする、定員増もやるという場合については、文部大臣はこの間の公労協の裁定のように完全に尊重して予算措置その他をされるわけですか。
  146. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 その点は私は、教職員という特殊の身分を持った公務員であることによる必然的な相違であると思うのであります。交渉をして、それで交渉の内容として給与が直ちにきまるものではないということは、制度上そういう権限を地方分権上与えていない。むしろ国会政府の間で話し合って、予算としてきめて初めてその結果が出るという建前になっておるのですから、その建前はやむを得ざる必然の制度であろうと思います。その制度を無視して、立法論としてどうするとおっしゃるなら別ですけれども、今の制度は私は日本の教育のあり方としては正しいあり方である。地方分権ということをくずすべきではない。地方分権ということを認めるとするならば、その任免権者、使用者側に立つべき者は都道府県、市町村の教育委員会であるという今の建前を貫くことが民主的であり、よりよき教育の発展に資するゆえんである、こう思うのであります。給与その他について予算のお世話をする役目はもちろん持っておりますが、それは文部省限りでどうなるものでもない。自治省の関係もありますし、結局は大蔵省の、予算制度上の予算査定権に従わざるを得ない。定によって初めて最終的な政府側の意見がきまる。そうしてそれを国権の最高機関たる国会の御承認を得て初めて結論が出る、そういう筋道は歴然と定まっておるのでありまして、それをそうでないと前提しながらのお話のように承りますが、立法論としてならばわかりますが、現行制度上の問題としては私は先ほど来申し上げておる通りである、こう心得ております。
  147. 山中吾郎

    山中(吾)委員 これは教員組合だけの問題ではなくて、今度の公労協の関係国会の予算でやらなければできない問題ですから、何か例がおかしいと思います。そうでなくて、この地方の団体交渉の相手方というものは財政権を持っていない。従ってそこでやっても結論が出ないのです。そうして給与関係については国が二分の一を負担する。そうしてその法律の執行の責任者は文部大臣である。もちろんあらゆるものが国会の承認を得た予算でなければならぬことは、国鉄であろうが全逓であろうが同じですから、教育関係特有の問題ではないはずであって、制度上の給与に対する責任者は、そういう意味において、給与行政からいえば二分の一は文部大臣の責任、二分の一は地力の責任、これが制度上のあり方だと私は思います。従ってそれに対する団体交渉の対象になるのは、文部大臣も、それから地方の教育委員会も、そうなるのだ、これが制度上最もすなおに解釈した解釈ではないか。それを文部大臣が、今は地方分権の建前だからおれは知らない、こう言えば教員組合というものは一体どこに自分の経済上の、憲法に基づいた要求をするところがありますか。ないのです。ないのがわかっておりながら、向こうに行け、おれは知らぬ、こういうような不親切な冷酷な文部大臣は、私は世界のどこにもないと思います。どうですか、給与行政の建前からいって……。
  148. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 冷酷なふりをしようとして申しておるのでは毛頭ありませんで、今の憲法教育基本法、会計法、ことごとくの法律制度のもとでそうなっておるから、その法律制度通り行動しておるということでございます。  公労協のお話が出ましたが、公労協の場合に、たとえば郵政大臣が全逓と話をする、これは郵政大臣が任命権者であり使用者であるから、法律制度の上で相手方たらざるを得ないからそうなっておる。教員の場合においては、地方分権の建前上、先ほど来申し上げるごとく、御承知のように、都道府県、市町村の教育委員会が相手方であると、法律上きまっておることを申し上げておるのであります。給与関係の予算的な関係においては、これは公労協の関係も同じことだと思います。しかし公労協の関係について見たところで、結局は国会の御承認を得た予算というものがなければ実行できない。今度の勧告で補正予算を組むか組まないかということが論議されておるようですが、かりに補正予算を組まないとするならば、公労協の予算なるがゆえに、ある程度の弾力性があるから実行上支障なくやれる余地があるというだけであって、概念論としてならば、当然補正予算を組むべき性質のものである。もしその弾力性が足りないとするならば、国会の承認を受けて、予算をおきめ願って、あれに応ずるほかはない性質のものであると私は心得ます。従って、文教関係であろうと何であろうと、予算の問題となるならば、むしろこれは最終的には、私は国会の御決定がないならば、予算というものは存在しないというほど複雑になっておるのが、公務員に関する限りにおいては必然的のことであろう、こう思うのであります。
  149. 山中吾郎

    山中(吾)委員 公務員々々々と言いますけれども教員はもとは国家公務員です。また地方公務員なんだ。そして市町村の公務員もあれば、県の公務員もある。従って、その任命上の形式については、時々に変わるわけですね。給与の実態については、いわゆる二分の一が国、二分の一が県という、これだけは動かない。そして給与の責任は国と衆が半分ずつ持っておる。そこでたとえば、市町村の教員組合は市町村の教育委員会給与の話をせい、それは市町村の公務員だから、市町村の教育委員会と交渉したらいいでしょうと文部大臣が言うことは、それは自分のかわいい子供を勝手にどこかで食えと突っぱねることと同じじゃないですか。またそういう理屈を言えば、市町村立先生は県の公務員でないですから、そうすると、市町村の者は市町村以外にはできない、県には団体交渉ができないという理屈まで言ってくる。そういう理屈でなくて、実際の憲法の二十八条の規定というのは、勤労者が経済生活の向上のために、実質的に保障をするためにできた、保障しておる団体なので、それに基づいた団体交渉権でありますから、実際に給与なら給与について実権を持っている文部大臣に交渉するということに解釈をされなければ、ほんとうに教育を愛するために、教師を愛していない、突っぱねて、いじめて、まま子いじめのようなことをして、どこにも交渉する相手がないようにしているのと同じだと私は思うのです。だから、そういう形式的なお話をばかりされておられますけれども、それなら直ちに何か立法の改正をやりますというようなことを言わないと、このままでそういうようになっておるから、おれは知らない、そんな文部大臣、どこにあるんですか。(「ここにある」と呼ぶ者あり)ここに厳然として、荒木大臣がおいでになっておるとするならば、それは私は教育は人ですし、そして鋭くあなたが教師を批判しておるのは、教育を思い、教師を思うからだと解釈する。(「そうじゃないよ。」と呼ぶ者あり)そうでないとすれば、また何をか言わんや、これは文部大臣資格なし、せめて、給与のことについて、交渉する相手がどこにもないような格好にして、そして教師を批判ばかりしているようなことでは、私は文部大臣としての価値がないと思うのですが、どうでしょう。もっと実質的に解釈できないですか。
  150. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私は、憲法は民主主義を基調としておる、民主主義は法治主義を根幹とする、教育行政は法律に従って、そののりを越えてはいけない、これが民主主義国家における行政府の根本的な心がまえ、ものさしであろうと思います。山中さんのお話によりますと、それは形式的にはそうだろうけれども、現実に交渉相手になってやったらどうだ、こうおっしゃいますが、そういうことを団体交渉という意味においてすることそれ自体が、デモクラシー下の地方分権の教育制度を乱るものだ、だからやってはいけない、こう申しておるだけであります。そのことは何も日教組このやろうとか、教職員を愛しないとかそんなこととは全然別問題である。もう型のごとく、法治国らしきことをやることこそが、全国民に奉仕する文部大臣以下教職員に至るまでの責任であろうと思っております。
  151. 山中吾郎

    山中(吾)委員 何回言っても大臣は心を入れかえなければ、これは永遠の課題なのでありますけれども、そういうようにきまっておるからといって、きまった通りということだけじゃ私はないのです。制度的にも給与の責任というのは、文部大臣なんですから、法制的にもそれは文部大臣給与に関する限りにおいては、交渉に応ずるということが、制度上私はそういう責任があると思うのですが、ないのですか。
  152. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 制度上責任も権限もないと思います。教職員給与二分の一負担ということはまさしく法律できまっておりますが、それは御案内のごとく、決算の結果に基づいて清算して負担するという制度づけになっておりますから、これは申し上げるまでもなく御理解のところであります。しかし、その使用者、任命権者というものはあくまでも地方教育委員会である、これは法律できめていただいておりますから、法律を変えてから、こんなふうに変えたらどうだという御説はあり得ようとは思います。しかし、文部大臣としてそんな法律を変えることも考えたらどうだ、さっきもおっしゃったようですけれども、変える意思は私はございません。今の状態が一番よろしい。最も民主的に最も地方分権の実を上げ得る制度だと思うのでございます。
  153. 山中吾郎

    山中(吾)委員 そうしますと、形式上任命権者でないから、形式的には会う何はない、実質的には、給与負担であるから実質的には経済交渉は受けるということは言えるのですね。  それといま一つ国立大学教員については任命権者であるから、これは――大学学長ですか、これは給与の責任はどうなっているのか知らないが、それも会わない、こういうわけですか。
  154. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 実質的には、会う会わぬということがどういう意味か理解できませんけれども、少なくとも団体交渉という意味においては交渉する権限が与えられていない。与えられていないものをあるがごとくやることは、これすなわち制度を乱るものなり、やるべからず、こういうことを申し上げておるのであります。実質的とおっしゃることが、事実上それでは交渉相手になったらどうかということかしらぬとも思いますが、それはお互いの自由であって、会いたいと思えば会えばよし、会いたくなければ会わぬでよいということだと思います。  大学の場合には、文部大臣が任命権者であり、使用者という立場に立つものとそうでないものとあるようであります。直接使用者という立場に立たねばならない関係にある大学職員の組合があるとするならば、その組合の公務員法に定める事柄についての交渉相手は当然文部大臣でなければならぬ、こう思っております。
  155. 山中吾郎

    山中(吾)委員 一番最後の場合は、法律上も会って団体交渉される義務があるということは確認されているわけですね、今。
  156. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 それは当然国家公務員法と制度の定めるところに従ってお相手申さねばならぬ責任のある立場であると思います。
  157. 山中吾郎

    山中(吾)委員 そうしますと、そういう大学先生が加入している組合、その組合の代表者が、大臣の任命にかかわる教員給与に対して交渉を要求した場合には、大臣は受ける義務がある、受ける、こういうことですね。
  158. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 そういう場合でも、交渉相手にならねばならない責任の立場にはないと思います。
  159. 山中吾郎

    山中(吾)委員 その理由をお聞きします。
  160. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 現実には、そういう当然私がお相手申さねばならぬ組合は形式上は存在していないようですが、登録をすることによってそういうことになると承知いたしております。その登録した組合代表者と交渉することは、これは制度上当然認められた範囲においてやるべきこと、さように思っております。
  161. 高津正道

    ○高津委員 関連。この文教委員会には、荒木文相の前に文相の地位におった人が松永委員灘尾弘吉委員といろいろおりますが、そのあなたの前任者は、五十数万の教職員の団体とは会った方がいいという判断で会っておられるのです。それは文書で団体交渉をするためにわれわれが会見を申し込むという、そういう別に脱走づけをして会ったわけじゃないが、いつも会って、大いに向こうの言い分を聞いて、教育界を混乱させないように、そういう態度であったのですが、それらの人はあなたとはまるで違うのですが、前任者のやり方が私は妥当であり、国民がみな了承するところであろうと思います。あなたのやられることは全く教育界を混乱させるものであり、上に荒木文相があるから、今のような宇和島市における大へんな脱線――これは証拠があるから文部省も逃げることはできないのでありますが、ああいう末端の極端なものまでも生むようなことになっておるのであります。私は、前任者にならわれて何回でも会うようにして、もう少し円滑に、現在の、何というか非常に陰にこもった、まあ二つの文部省の対立というようなことがいわれるような状態を政治家として何とか手を打たるべきであろう、こう思うのですが、それに対する所見をお伺いします。
  162. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 前の松田先生その他がお会いになったということは聞いております。それは御自分の御判断で、先刻申し上げた事実問題として会った方がいいと思われたから会われたのだろうと想像いたします。もし団体交渉という意味合いで会われたとすれば、それは適当でなかったと思います。そうでなく、おそらく事実問題としてお会いになったのだろうと思います。これはその人々の考えであることは先刻申し上げました通り、それはお互いの自由である、私はお会いしない方が適切である、こう思っておるのであります。また、私がお会いしないことによって陰にこもって混乱さしているとおっしゃいますが、会う会わないによって教育界が混乱するはずがない。会わないことによって、混乱させようとする人々がおるから混乱するかもしれないけれども憲法に従い、教育基本法に従い、もろもろの法律制度に従って当然なすべきことをなしておるということである限り、そのことから混乱が起こるということはあり得ないこと、もしあるとするならば混乱させる方が間違っておると私は思っております。
  163. 高津正道

    ○高津委員 会う会わないということは一つのあなたの行政の仕方であって、日教組に対する悪口雑言、毒舌、こういう文部大臣をわれわれは見たことがない。こんなにひどく、同じ教育者をこうまで誹謗する大臣を初めてここに迎えて、委員会のある日に顔を会わせるわけです。私はこのやり方は後世の歴史家は必ず批判するだろうし、二つの文部省があって、一つの文部省の方が対決せねばならないようになって、ちょうど外交論争で国論が二つに分かれておるとき、自由陣営論がだんだん少なくなって、自主中立論が、世界のナショナリズムの影響を受けて、ずっと高まって参って、一つの政策が破れて、明治維新のように他の政策が勝つようになるわけです。今度もまた、国会のいすの数もだんだん動きまして、(「いつのことやら、その話はもう何べんも聞いたよ」と呼ぶ者あり)案外早いです。私は、いつも物理学の加速度という言葉、加速度という原則を知る、物の落つることいよいよ激しく、いよいよ急なりで、案外早くくると思います、私はそう信じて疑わないのです。私は世論がこう逆転した場合には世論で裁かれる、それを覚悟して、最後にがんばっておられる悲壮な姿であるとお見受けするのでありますが、私は、会う会わないはただ一つのあなたのやり方であるが、あの悪口雑言というものは、ずっと続けておられるが、あれでいいと思いますかね。
  164. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 悪口雑言とおっしゃいますが、言葉が洗練されていないことは私も反省しますけれども、今まで私申し上げていることは事実に即して申し上げておると信じております。また、時世が変わるような御説でありますが、時世が変わってかりに共産党の天下になったときにどうなさるかは私の知るところではありません。今の憲法のもと、今の教育基本法のもと、今のもろもろの制度のもと、法律制度、国権の最高機関の定めた命令に従って、忠実に行動すること以外に、私のなすべきことはない、これは民主主義政治下における政府側の心がまえとして当然のことと思っております。
  165. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 大体三つの点についてお聞きしたがったのでありますが、その一つの分のあと二、三の御質問をして、第一の質問は終わりたいと思うのですが、次に金曜日にやっていただけるようでしたら、これで、この問題は次に延ばしたいと思います。  従いまして、ただいまの研究会の問題ですが、私の心配しておったのは、大臣も同じようなお考えで、これは私も了承したわけでありますが、なおこれを一つ確認をしておきたいと思うのです。私は、このことが非常にファッショ的な方向観に立ったところの道を人心に説くところの、非常におそろしいところの教育だ、こう思っておりましたが、大臣はそれを仮定の言い方として、ばかたれの講師である、こういうように言われましたので、それであったら、私も事実からすればそういうように解釈をしておきたいと思うのです。  次に、この研究会のあり方ですが、あり方について、文部大臣でなくて、内藤初等中等局長に一つ聞いておきたいと思うのです。聞くところによると、愛媛に対して文部省の方から三十万円ほどこの研究会に対して助成金が出ておるそうであります。それで、これは愛媛だけではないと思いますので、他の県にもどの程度出ておるか、そういう資料を出していただきたい。これは後ほど、研究のためのああした建物の問題が出ておりますから、それとも関連があると思うので、一つお聞きしておきたい。
  166. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 ただいま教育課程の改正が行なわれまして、小学校は御承知のようにこの四月一日から全面的に切りかえになるわけであります。中学校昭和三十七年に、高等学校は三十八年からになりますので、ただいまのところ、新教育課程の趣旨徹底のために、文部省が主催し、研究協議会を各県にそれぞれ自主的にやらせておるわけでございまして、この金は全国で五千五百万円出ております。それから、今後教職員の自発的な研究に待たなければなりませんので、できるだけ研究団体を育成していく各教課の授業に支障のないようにしたい、こういうことで各府県に研究団体を育成するという趣旨で二十万円程度出しております。そのほかに、文教政策の趣旨徹底ということで、これは研究会をやったり、あるいは協議会をやったり、いろいろあろうかと思いますが、そういう趣旨の金が各県に数十万程度出ております。
  167. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 それは出ておるというだけ聞かしてもらえばっこうなんです。それで具体的な数字は後ほど各県にどれだけずつ出ておるか、一つ委員会を通じて出していただきたいと思います。次会によろしゅうございますね。  そこで教育委員会の主催によるところの研究会のあり方について申し上げたと思いますが、この研究会は各人の自由意思でやる、そうして地方教委が推進されたものだと最初は言っておりましたけれども、だんだん調べておりますと、割当式に来ておる。研究の自由ということと、この割当式の研修問題を文部省はど考えておられるか。  それからこの研修会に対しまして一人三百円ずつの経費を取っておる。こういう経費を取るということとはどういうことなのか。その講習会に行ったということで調べてみますと、各地教委で割り当てて、金も出しておるわけなんです。それに各個人から研究会の費用として三百円先に取っております。これに対してあとから旅費名義で若干出しておる。これは明らかに押しつけがましい昔の天下り式の研修、そうしてその内容たるや皇国の道に徹せよというような、こうした式の研修会、講師の問題は先ほど申しましたが、あり方について私は非常にふに落ちないものがある。その点において文部省としてはどうお考えですか。
  168. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 任命権者が必要ありと認めた場合には当然研修に参加させる権利を持ち、教職員はそれに従う義務があるわけでございます。  旅費につきましては、出張命令を出す以上、何らかの実費程度のものは少なくとも出すべきものと心得ております。  金を取ったことは私は聞いておりませんので、これは後刻調べてみたいと思います。  それから自発的な教師の研究ももちろんございます。特に教育課程の研修とか、あるいは特に資質の弱い先生方に対して研修するとか、あるいは目的がいろいろあろうと思うのです。任命権者が必要ありと認めた研修会は、任命権者及び服務監督の責任であるところの都道府県、市町村の教育委員会が研修を進めることは当然でございます。
  169. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 あり方は、今お聞きしましたように、そういうことに対する講習料を取っておればいけないんですね。どうなんです。
  170. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 その取り方にもよると思うのですが、原則として出張命令を出している以上、少なくとも実費をまかなえる程度の旅費は支給すべきものと心得ております。
  171. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 旅費を支給じゃないですよ。今私の方から聞いておるのは、講習会に対して金を取っておるんですよ。三百円、額まで言っているんですよ。それを文部省としてどう思われるか。
  172. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 それは中身を調べないとお答えしにくいと思います。たとえば教材費の関係で、学校でいろいろな教材を用意した場合に、生徒から取るということもあるわけなんです。ですから、教材のプリント関係として取った場合もあり得ると私は思う。その実態を見てみないと、これが適切かどうかということは判断いたしかねると思います。
  173. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 そうしますと、あり方については問題を含んだまま次に送るわけであります。それから講師そのものの言うておることも問題であって、これも調査の対象になる。そこでこうした調査の対象になるところの講師、そうして調査の対象になるところの研究会のあり方というものを、ここに指導してやったところの県の教育委員会特に教育長は、当面の責任者としてここに出て話をしておるのですから、一部始終知っておるはずなんです。その教育長の責任は、前者の二つの事実があるとするならばどうなるのですか。これは大臣にお聞きしたいと思います。
  174. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 調査の結果がはっきりしましてから、お答えさしていただきます。
  175. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 そうしますと、この問題は三つの要素に区切って申し上げたのであります。講師のあり方と、講習会のあり方と、そしてこれを主催したところの教育委員会の指導のやり方、すべて調査の上ということになりましたが、はたしてこの調査はどういう方法でいつやられるかということについて、ここで言明してもらいたいと思います。そうでなかったら、われわれはこの話を引っ込めるわけにいかないのです。今にでも調査してもらわなければ現地においては――後刻申し上げるつもりなんですが、人事権とこれがからんで非常に恐怖心を起こしたり、あるいは混乱を起こしたりしておるように、私たちは現地を見て思うわけなんです。そういう事実もたくさんあがっておるわけなんです。それを一つ明確にお答え願いたいと思います。
  176. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 できるだけ早急に調査いたします。
  177. 三木喜夫

    ○三木(喜)委員 委員会の名で、どういう形でやるかということを一つきめていただきたいと思います。
  178. 内藤譽三郎

    ○内藤政府委員 調査の仕方については、おまかせ願いたいと思います。
  179. 野原覺

    野原(覺)委員 議事進行。三木委員質疑は、まだ相当たくさんあるわけでございますが、いかがでしょうか、次の金曜日に必ず三木君の残余の質疑を取り上げることにするならば、私どもはその他の文教関係の問題もそれぞれございますから、本日はこれで打ち切ってもよかろうと思うのですが、委員長の所見を承っておきたいと思います。
  180. 濱野清吾

    濱野委員長 先ほど理事会におきまして、次の機会には国立工業教員養成所設置法案の終末をつけよう、こういう取りきめがあったそうでありますから、その取りきめに従いまして、三十一日には御審議を願う。むろんこの問題は大へんな長い時間はかからないと思いますから、その後において三木さんの質疑を続行する、こういうことにいたしたいと思います。
  181. 野原覺

    野原(覺)委員 その点は、私は理事会を傍聴しておりましたが、委員長のただいまの御発言はいささか違うと思うのであります。これは自民党の理事諸君から、国立工業教員養成所の問題については、次の金曜日に上げていただきたいという要望があったのであります。しかし、これは要望であって、理事会はこれを上げるということを承認したとか決定したということはなかったと私は思うのでございますが、そういうことになれば、これは再度理事会を開いて協議をしていただかなければならぬと思うわけです。委員長の把握はいささか違います。
  182. 坂田道太

    ○坂田(道)委員 先ほどの理事会でお話しましたことは、なるべく次の委員会において、お宅の方で修正案もあるように聞きましたから、それを出していただいて、そして結末をつけよう、またわれわれの方でもそれに対して、十分与党内部で部会当にはかって態度をきめる。大体方向といたしましては、次の機会において上げるべくお互い努力するということで話はまとまったと思います。だから多少ニュアンスが違うと思います。
  183. 野原覺

    野原(覺)委員 委員長の御発言は、次に上げてしまうという発言があったわけです。今坂田委員からあったように、上げていただきたいという要望がありましたが、社会党の方では修正案を用意しておるから、この修正案についての検討を自民党もしてもらわなければならないし、委員会においてもどういうことになるかわからないが、それは自民党からそういう要望があったということをわれわれも聞いておくことにして理事会は散会したわけなんです。だから、上げるということをきめたことはございませんよ。
  184. 濱野清吾

    濱野委員長 委員長不敏にしてその点不明確でありますが、その要事に応じるというお話があったそうでございます。自民党の側から修正案を出してもらいたい、自民党も本日ただいまから散会後文教部会を開いて、そうして合議しようというような準備ができておったものですから、わが党の方が理事会でそれを申し入れたところ了承したというようなお話だそうでございますが、それとは違うのですか。
  185. 野原覺

    野原(覺)委員 違う。だから上げるとはきめてないのです。
  186. 濱野清吾

    濱野委員長 上げるとはきめてないが、しかし、できるだけお互いに協力しよう、こういうことですな。――わかりました。
  187. 野原覺

    野原(覺)委員 そういう要望があったから、協力しよう……。
  188. 濱野清吾

    濱野委員長 それじゃさようなことに間違いを起こして恐縮でありましたが、そのことを審議願って、そうしてその日にこの案を上程したい、質疑を継続して参りたい、こういうふうに御了承願いたいと思います。
  189. 野原覺

    野原(覺)委員 三木君が今重要な問題について質疑をしたわけです。私どもはその工業教員養成所の問題が重要であることももちろん認めます。しかしながら愛媛県の問題は、これは講習会が学年末の人事異動に関連してくるのです。そこのところまではまだ三木君は触れていない。学年末といえばあと数日なんですよ。ですから、私どもは今夜夜を徹してでもこの問題は実は質疑をしてもらいたいと思うのですけれども、それぞれ党の中にいろいろ事情もございますから、私は議事進行であのような発言をいたしましたが、できるならばいずれを先にやるかということは理事会に譲っていただいて、次会で三木君の残余の質疑も取り扱う、それからもちろん工業教員養成所も取り扱わなければならぬでございましょうから、そのどちらを先にするかは理事会によってこれは御相談をすることが最も民主的なやり方ではなかろうかと私は思います。この点について委員長の御裁断をお願いしたい。
  190. 坂田道太

    ○坂田(道)委員 先ほどの理事会の席では三木君の問題はそう出ていなかったわけです。一応われわれとしましては修正案を先にしていただくということで皆さんも御了承をいただくし、そのことの前提に立って実はきょうの午後の委員会も開かれたようなことでありますから、一つその点はこの委員会の終了後委員長のもとでお取り計らいをお願いしたいと思います。
  191. 濱野清吾

    濱野委員長 理事会でそのことはきめますが、野原さん、議事進行のことについてちょっとお伺いしたいのですけれども、今文部省の重要な調査を要求しておりますけれども、三十一日にはおよそ間に合うまいと思うのですけどれも、それがなくても非常な緊急性がございますか。
  192. 野原覺

    野原(覺)委員 文部省ではすみやかに調査をされるということで、これは私どもは文字通りすみやかにやっていただかなければならぬと思うのです。すみやかにということは、もうきょう、あす中にでもやはり調査官を派遣すべきである。これは社会党としては共同調査委員を出してはどうかという意見を持っておるくらいでありますが、国会の開会中でございますから、この辺は理事会の議題に供していただきたいと思いますが、やはり文部省の調査ができていないでも、私どもは私どもの責任ある調査をしておるわけです。これは調査官を派遣するについても、特に文部省側としてはすみやかに社会党の調査事項について知っておられることが必要ではなかろうかと思う。そういう意味で実は次会で取り上げてもらいたいということを申しておるわけであります。
  193. 濱野清吾

    濱野委員長 それではそのことは後刻理事会をもって決定いたします。  それでは本日はこの程度とし、次会は明後三十一日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会いたします。  これにて散会いたします。    午後四時五十六分散会