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1959-08-10 第32回国会 衆議院 文教委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十四年八月十日(月曜日)     午前十時四十分開議  出席委員    委員長 大平 正芳君    理事 稻葉  修君 理事 臼井 莊一君    理事 簡牛 凡夫君 理事 木村 武雄君    理事 高見 三郎君 理事 小牧 次生君    理事 櫻井 奎夫君 理事 辻原 弘市君       加藤 精三君    木村 守江君       坂田 道太君    高橋 英吉君       竹下  登君    谷川 和穗君       松永  東君    八木 徹雄君       河野  密君    西村 力弥君       野口 忠夫君    長谷川 保君       原   彪君    堀  昌雄君       本島百合子君    山崎 始男君  出席国務大臣         文 部 大 臣 松田竹千代君  委員外出席者         文部政務次官  宮澤 喜一君         文部事務官         (大臣官房長) 齋藤  正君         文部事務官         (初等中等教育         局長)     内藤誉三郎君         文部事務官         (体育局長)  清水 康平君         文部事務官         (体育局学校保         健課長)    塚田 治作君         文部事務官         (監理局教育用         品主任官)   小林  毅君         文部事務官         (文化財保護委         員会事務局長) 岡田 孝平君         通商産業技官         (工業技術院標         準部長)   伊藤こう太郎君         労働事務官         (職業安定局雇         用安定課長)  木村 四郎君         専  門  員 石井つとむ君     ————————————— 本日の会議に付した案件  教育文化に関する件      ————◇—————
  2. 大平正芳

    大平委員長 これより会議を開きます。  教育、学術、文化及び宗教に関し調査を進めます。質疑の通告があります。これを許します。辻原弘市君。
  3. 辻原弘市

    辻原委員 お伺いをいたしますが、去る七月三十一日付で僻地指定基準に関する文部省省令が出されておりますが、これについて大蔵省との折衝経過をかいつまんで一つ伺っておきたいと思います。
  4. 宮澤喜一

    宮澤説明員 あらましのことを私からお答え申し上げます。法律改正になりました結果、僻地基準をきめなければならないようになりましたわけで、法律改正の際に若干の経緯がございましたために、従来人事院の考えておりますような基準、これは国家公務員の場合、灯台でありますとか、営林署でありますとかに僻地がございましたので、そういう基準をそのまま当てはめますと、従来各県できめておりました基準より、現実の問題として、非常に辛い基準になってしまうおそれがある。その結果、現在まで僻地手当を受けておりました者について、相当の部分が、新しい基準のもとにおいては僻地手当その他の恩典を受けられない、こういうことになりかねない、その点がただいま御指摘の問題の中心であったわけであります。そこで私どもなるべく従来よりも不利な取扱いを受ける人々が出ないように——これがおそらく法律改正国会でなさいました場合の趣旨であると考えましたので、そういうことに努力を払いながら大蔵省折衝して参ったわけであります。御指摘のように、先月の末に大体折衝妥結をいたしました。ただいまちょっと正確に数字を記憶しておりませんが、妥結をいたしました結果は、従来僻地手当を受けておった人々は、すべて今後その人間に限っては必ず僻地手当を続いて受けられる、これは最初の大原則であります。つまり改正の結果、従来僻地手当を受けておった者が、その後に僻地手当を受けられなくなるということはない、いかなる場合にも、言葉は粗雑でありますが、既得権は尊重してやろう、こういうことの一つ原則、それは成立をいたしました。それからその人間が転勤をいたしました場合に、次に参る後任者が新しい基準のもとに僻地手当をなるべく受けられるようにしたいということで、つまり属人的でなく属地的にそれをしていきたいということでいろいろ折衝いたしまして、結局とどのつまりは、教員数を一〇〇といたしました場合に三%、たしか三人であったと記憶をいたしますが、現在勤務しておる者が勤務を継続する場合に限り、僻地手当は受けられるが、その三%程度の者は現在の人間後任者に交代をすれば、そこで僻地手当が打ち切られるということになったわけでありますが、それ以外については従来通り、と申しますのは、給与の額が上りましたので、従来通りまたはそれ以上であります。それ以上の僻地手当並びに僻地に伴いますところの宿舎でありますとか、そういう施策の対象になり得る、大まかに申しましてこういう結論になったわけであります。
  5. 辻原弘市

    辻原委員 前に私が初中局長から伺いましたところによりますると、大体大蔵省との間で折衝を続けておった指定基準の案によれば、約一五%がこれに該当しない、従って問題はその一五%をどうするかということについて、その後の折衝が行われておるだろうと思います。それに従って今お話のような、またすでに発表されておるような政令の取扱いがきめられたと思いますが、問題は、その取扱いによって一五%が完全にいわゆる既得権保障といいますか——また観点を変えれば、振興法を作ったのは、ともかく点数等による差は多少ありましても、大よそ僻地に対して何がしか他の地域に比して増したアンバランスを調整するための国家的な施策を加える意味手当を支給する、こういう立場考えておるのでありますから、そういう点に立てば、従来僻地として考えられておったところがにわかに僻地でなくなるということは、逆に振興法によって新たな基準設定をされることがマイナスになる。こういうことでは困るから、あくまでも残る一五%については完全にいわゆる既得権保障をしてもらいたい、こういうことが全国的な世論でありました。従って私もそういう趣旨で先般当委員会質疑をいたしましたところ、文部省から、内藤局長が代表せられて、その点については必ず自信を持ってやれるというお話でございましたので、その経過をわれわれも見守っておったのです。ところが、それによりますと、必ずしも一〇〇%既得権が保障せられているとは理解しがたい面があります。その中で私の一番気になりますのは、確かに、残る一五%の中でそれぞれ点数の差によって、あるいは暫定的に一級取扱いをする、あるいは暫定的に属地補償を行う、残るものには属人補償を行う、こういう形で一応当面は問題を解決しておるやに見えますけれども、しかしそれは、私も今申しましたごとく、あくまでも暫定的な措置考えられておるところに問題がある。  その点について少しく私は承わりたいのでありますが、法律に定める級地に、完全に新基準によって、落ちるところを引き上げられないという前提に立っておるようでありまして、従ってそれ以下のいわゆる級地取扱いを事実上においてしているわけです。しかし、僻地の度合いということから、そういう取扱いがやむを得ないという文部省考え方、あるいは大蔵省考え方がかりに是認されたといたしましても、少くともその措置は恒久的な問題でなくちゃならないと思う。ところがそれがただ一定の期間を区切って自然消滅ということであるならば、ほんとうにこれは暫定的な、ただそれによって移行させるための経過措置としてわずかにその期間だけを保障するというのにとどまっている。それでは決して僻地振興ではないのであるし、またその期間の切れるころに至れば、僻地の問題がまた再燃をして問題化されてくる。こういうことでは私は将来に対する無責任な措置だといわなければならぬと思う。従って、この暫定というものは、ある期間——取りきめを伺いますと、大体三年間ということであるらしいのでありますが、三つ年経過したならば、それは自然に消滅をされるのであるか、三年を経過しても、一応今の暫定措置暫定措置として、新たにそれらを救済するような方法を講じようとされておるのであるか、その点をこの機会に明らかにしておいてもらいたいと思うのです。
  6. 宮澤喜一

    宮澤説明員 御指摘の点はまことにごもっともだと考えます。実は折衝最後の段階におきまして問題になりましたのは、ただいま辻原委員の御指摘通り暫定一級地が三年経過後にどうなるかということでございまして、これは法律救済規定を設けておいて下さいましたために、暫定一級地が設けられたわけでありますが、私ども大蔵省と話をいたしました際には、ざっくばらんに申しますと、その問題についてはそのときにもう一度お互いに相談しようではないか、こういうことで話が終っております。文部省といたしましては、ただいま御指摘の御趣旨のように、ともかくこの際向う三年間、措置はそれでいたしまして、私どもとしてはそのときにこれをどういう形においてか恒久化をして参りたい、かように考えております。
  7. 辻原弘市

    辻原委員 政務次官の御答弁でけっこうなわけでありますが、大臣もお見えになりましたし、私は将来の問題を実はお尋ねをいたしておりますので、またこれは大蔵省との折衝というよりも、むしろ文部省の今後の御努力、態度、こういうような点についてはっきりさしておいていただきたいという観点から申し上げておりますので、大臣にその点に関して一つお答えをいただきたいと思います。  途中でお入りになりましたので問題の焦点がはっきりしないかもわかりませんから、もう一度かいつまんで申し上げますと、僻地省令文部省で出されました。これによって、いわゆる指定をされないという心配のあった、落ちるところを救済しようという措置がとられたと文部省は言われておるのでありますが、私の懸念いたしておりますのは、その救済措置は三年間を限っての救済措置だ、こういうふうにされておりますので、従って三年たった後にそれが自然に暫定措置がとれて、結局僻地指定からはすれていく、こういうことでははなはだ困る。従って現在のそれぞれ行われておる暫定措置を、大蔵省との約束等がありましても、その期限の切れるまでに完全にそれらを保障するというような、そういった方針をお立てになっておられるのかどうか、このことを大臣から一つ承わっておきたいと思います。
  8. 松田竹千代

    松田国務大臣 現在暫定措置で三年ということになっておりましても、三年後に事情のどういう変化を来たすかは別として、この三年前と同じような状態であれば、やはり引き続きそれが恒久化していかれることが望ましいし、またそうなることであろうかと思います。
  9. 辻原弘市

    辻原委員 ちょっとはっきりいたしませんが、こういう約束を取りきめられたということは、これは事実でありますか。それは一応暫定的に三年ということを定めておるけれども、その間に調査、それから検討、こういうものを加えて救済的な措置をとれるようにやろうということについては、これは大蔵省も承認したのでありますか、その点がどういうことになっておりますか。
  10. 宮澤喜一

    宮澤説明員 お互いにこの問題は三年間の間に検討し合おうではないか、こういうことは約束をいたしております。
  11. 辻原弘市

    辻原委員 私は検討することは、かりにこれは努力がなくとも当然級地の問題は検討するのでありますから、別段目新しい問題でもないと思う。問題は検討した後においてそれらを救済するような方向でもって検討というか、調査というか、そういうことが行われるのかどうか、この点が問題なんです。これは先の話をするのでありますから、はっきりしないとおっしゃればそれまででありますが、しかし私はやはりこの省令話し合いをして妥結をしたときに、相当そういう点についてははっきりさした話し合いがなけらねばならぬ。従ってどうもただいまだけの話では将来に対する不安がありますから、具体的にもう少しはっきりしたお答えをしていただきたいと思います。
  12. 宮澤喜一

    宮澤説明員 法律改正になりました国会の御意思考えてみますと、僻地に勤務する者を優遇しようではないか、こういう御意思だということはこれは文部省大蔵省もその通り考えておりますし、またそういう御意思の具体的な実現に向って努力をしよう、共通な意思は確かにございます。その際僻地を、端的に申せば、もう少し締めていこう、そういう考え方でなく、法律改正の御趣旨に従ってできるだけ優遇をしていこうではないか、こういう共通の意思は持っております。従いましてこれから三年間にかけまして具体的な検討をいたしまして、その結果としては、端的に申せば、すでに三年間においての既得権が発生しておるわけでありますので、この際ただいま属人的な意味での既得権を尊重いたしましたと同じような考え方で、少くとも既得権をそこなうような結果を三年たって見るような措置を講じよう、そういう意図で検討いたすのではない、そういう気持の上でのものの考え方は私どももまた大蔵省も基本的な考え方で一致をしておる。こう考えております。
  13. 辻原弘市

    辻原委員 ちょっと私一つ疑問が出たのですが、今政務次官お話によると、今の暫定措置、たとえば暫定一級、それから属地補償——属地補償はこれは法律ですから問題はないとして、そうすると三年経過した後にその検討というのは、第三項によって行われておる属人補償的な考え方で結局それは救済、その後も三年間の既得権として救済していこうという考え方で三年以降をながめられておるのですか。そうだとすればこれは別にその間検討しなくとも法律によって自然に行える問題ではないか。その程度努力であるならばわれわれとしてはきわめて不満であります。それはどうでありますか、あわせて折衝の当事者であられた内藤さんから一つその問題を伺いたい。特にこの前のお話によれば、大体落ちる予想の一五%については、文部省としてはいわゆる年限を切った意味における暫定措置じゃなしに、多少級地の差はあっても、一つの恒久的な措置として補償できるような自信のほどを示されておったので安心をしておったのでありますけれども、それが三年という期限を区切られると、多少時間的に向うに延びるだけであって、本質的に問題の解消ということには相ならぬと思う。その点一体どういうふうにこの三年間の期間及びその三年を経過した後において取り扱われようとしておるのであるか、もう少し具体的に一つ聞きたいと思います。  それからいま一つはこの点の解釈なんですが、今とった暫定措置というものは法律に基くいわゆる級地措置の範疇の中にこれは含まれるのであるか。そうでなしにいわゆる法律趣旨に基いてとりあえずとった単なる暫定措置であるのか、この点は一体どうなんでしょうか。その点は法律に完全に基くものであるというなら、法律による属人補償救済規定というものは完全に生きてくると思うのです。そうでなければ、これまた将来の単なる暫定措置であるのであるか。法律によって補償せられた級地既得権ではないなどという議論が起きてきたときに困るので、私はその点も一つはっきりしておきたい。
  14. 内藤誉三郎

    内藤説明員 先般来僻地指定基準につきましてはいろいろと御心配いただきましたところ、ようやく妥結いたしまして、大体私どもサンプル調査によりますと、先般八五%までが救われると申しましたが、大体四十点以上のものが八五%、それからその四十点には満たないけれども、三十五点以上のものを暫定一級としたわけであります。ですからこれは学校に対する八%の手当であるわけです。それからさらに二十点以上の学校は現状を保障したわけでございまして、二十点以上のものを入れますと、大体学校の数では九八%、それから教員数では九七%が補償された、こういうことになるわけでございます。従って、これらの学校についての宿舎あるいは集会室及びスクールバス、その他僻地に対する財政援助は全面的にその学校には及ぶのでありまして、残ったものが二、三%ございますが、これは法律規定に基くところの属人的な補償が当然適用になるし、また残った分のみならず、全面的に属人補償の分は、これは従来から指定基準が変ったために不利にならぬように属人補償されているわけでございます。ただお尋ねの三年間という点でございますが、これは三年の間にいろいろ学校等事情も進むだろうし、さらに再検討しようということでございまして、三年で打ち切るという意味では毛頭ない、今後三年たってさらに検討を続けていく、こういう意味でございます。ですから三年後になってもら一ぺん僻地実情をも検討し、また現在の僻地基準が妥当であるかどうか、こういう点も検討し直すという意味でございまして、打ち切るという趣旨ではございません。  それから最後暫定一級はどういう制度かとおっしゃったのですが、これは法の規定に基く一級ではございません。従って法の精神をくんで暫定的に一級地としたものでございます。
  15. 辻原弘市

    辻原委員 そういたしますと、今あなたが前段で言われた三年間にいわゆる諸条件も変ってくるから検討して、あわせて僻地基準が不適当な、実情に合わないような点があれば、それらもひっくるめて検討するということで、完全に行われれば問題は残りませんけれども、そうではなしに、結局三年間の暫定措置だけを受けている分について検討した、しかしその中にもやはり幾分残ってきた、そのときにとった措置が全部救済することができなかったというような場合には、法律による属人補償は受けられないということになりますか。その点はどうなんですか。
  16. 内藤誉三郎

    内藤説明員 それは当然受けられます。
  17. 辻原弘市

    辻原委員 そういたしますと、法の精神から見て、暫定措置ではあるけれども、法に保障する属人補償規定適用は、その暫定措置に該当している地域をも含めて考えられ得る、こういうことなんですね。その点ははっきりさしておきたいと思います。
  18. 内藤誉三郎

    内藤説明員 さようでございます。
  19. 辻原弘市

    辻原委員 今の点が重大でありまするから、内藤局長お話のごとく、また政務次官が申されたように、三年間に十分それらの時間をかけて、僻地振興立場救済措置というか検討をして、それらが全部機械的に切れてしまわないような方法を講じていくということでありますならば、われわれとしても完全ではありませんけれども、まあ問題の解決としては文部省努力の跡を拝見できまするし、今後の努力にも期待をかけられまするので、一応それに信頼いたしまして、その問題はこの程度にいたしたいと思います。  次に、これも簡単に伺いたいのでありますけれども、問題は先日の新聞にも、またその後教育委員会協議会ですか、この方面でも取り上げられておる、それぞれの職員団体専従者を制限するという問題です。承わるところによりますると、これは新聞でありますけれども、従来の専従者期間が長い、そういうところから何か三年間のこれまた期限を付して、職員団体の自発的にきめておったものに対して、文部省等行政機関がこれに関与して制限するやの動きがあるように私は聞いております。そういった考え方を持っておられるのでありますか、その点を大臣から一つ承わりたいと思います。あなたのお考えはどうかということであります。
  20. 松田竹千代

    松田国務大臣 率直に申しますが、私の気持から申しますると、専従者というものが、現在はこれはおもしろくない姿であるというふうに私自身は思っております。しかし現在の状態では、いずれからどういうふうに適当な解決をするかということについては、ILO条約の批准の問題も今のところでは決定を見ておらぬという状態でありまするし、その他諸種の事情から、はっきりとしたお答えをするには私まだもう一つ事情をつまびらかにしておりません。私自身としては、いかにもこの専従者の姿というものは好ましからぬ姿になっておる、かように考えておるわけであります。
  21. 辻原弘市

    辻原委員 専従者が好ましくないという個人的な考え方ですが、それは一体どういう意味お話しになったのか、いわゆる専従という制度が好ましくないとおっしゃるのか、それとも現在専従をやっておる人たちが好ましくないとおっしゃるのか、この点は私は受け取りようによっては、まことに労働の慣行から生まれてきている制度に対して、はなはだどうも松田大臣としては非常に不穏当な発言をされておると思うのです。その点を一つ伺いたいと思います。
  22. 松田竹千代

    松田国務大臣 あなたの方からお考えになると、あるいは不穏当とお考えになるかもしれませんが、何しろその職についておらぬ者が現在専従者としてほかの仕事をやっておる。教職員の地位にはっきりあって、そしてその職の組合仕事専従するということなら、これはよくわかるのでありまするけれども、そうでない立場の人が組合の席にあるのだ、休暇という姿で何年も専従者としてやっておるということについては、いかにも私はすっきりとした姿でない、かように考えておるわけであります。
  23. 辻原弘市

    辻原委員 ちょっと大臣の言われておる問題の焦点がはっきりしない。それは教職員という立場にありながら専従をしているのはまことに好ましくない姿だ、こういうふうにも受け取れるし、それ以外に、休暇をとって専従をやっておるというのも好ましくないという。これは、専従者というのは、もちろん大臣も御存じだろうと思って質問をいたしておるのでありますが、それぞれ都道府県の条例なり法律規定精神に基いて設けられているものですから、専従者があるということを好ましくないなどということは、これは私は、現行の労働法を否認するものであり、また職員団体というものをまっこらから否定するものであると思う。そういう一つの形を好ましくないと言われるのであれば、これは本質的な問題としていずれ松田大臣の御見解を私は伺わざるを得ないのですけれども、もう少し問題の焦点をはっきりおっしゃってもらいたい。
  24. 松田竹千代

    松田国務大臣 実際教壇に立っておらない人が、かつて教職に短期間ついておった、現在は全然その方と関係はない、長い休暇をとって、そうして一つ組合仕事専従するということは、教職員としての組合専従としておもしろくないじゃないかということだけを申し上げるので、そういう気持は私は動かない。
  25. 辻原弘市

    辻原委員 それは私はおかしいと思うのです。それぞれ職員団体仕事に従事するために、そのまま教職員としての仕事を持っておったのでは、かえってこれは職務上の仕事にも専念できないし、また民主的な組合の運営ということも、片一方において完全に給与を受けたり、あるいは職務専念の義務を負うたままでは、職員団体という性格もあいまいになるから、いわゆる専従休暇という制度を認め、それに専念さしておる。その制度自体がいかぬ、こういうことの議論は私は受け取りがたい。あなたは端的におっしゃって、制度そのものについてもどうも合点のいかない、おもしろくない姿だ、こういうふうにおっしゃっておるのでありますか。その点を一つはっきりしていただきたい。そうなれば、これは単に教職員の問題だけではないと思うのです。地方公務員国家公務員、あるいは現業職員、これらの問題にも相関連する問題であると私は理解をしなければならぬのですが、もう少しはっきりおっしゃっていただきたい。
  26. 松田竹千代

    松田国務大臣 ですから私がどうもすっきりしないということを申し上げているのでありまして、これが、休暇が二月とかあるいはせいぜい半年くらいで教職に帰って、またさらに休暇をとってやるというようなことでありますならば、あるいはそういうことも普通常識によっても認められないことはないと思うのでありますけれども、何年も休暇の姿でいって、そうして教職員と称しながら組合仕事専従しているのはおかしいじゃないかと言うのであります。
  27. 辻原弘市

    辻原委員 そういたしますと、結局これは何年もやっているからけしからぬ、おもしろくない、こうあなたは言われる。ところが、それは単に教職員のみならず、戦後のいろいろな労働組合から生まれてきた職員団体なり、あるいは現業組合というものは、かなり長い年月をやってきているのです。そういうものをも含めて、これはおもしろくないから何とかしなければならぬ、こういうふうにお考えになっておられるのですか。そうなれば、あなたは文部大臣と同時に国務大臣なんですから、教職員の問題だけをかりに文部省の所管だからというて取り上げるというのは、これは非常な片手落ちになる。そういう点については一体どうお考えになりますか。これは事務当局でもよろしいが、一つ考えを承わりたい。
  28. 内藤誉三郎

    内藤説明員 現在の専従につきましては、辻原委員もよく御存じの通りだと思うのですが、ただ現実の問題として、結局定数の問題といたしましても、あまり専従の数が多いと、これで教職員の定数を食いますので、その範囲におきましては教授能力を低下させることにもなりますので、ある程度の制限が必要ではなかろうかということが議論されておるのであります。専従の数だけ結局定員が削られるわけであります。  もう一つは、今大臣お話のように、あまり長い期間教職から離れておりますと、いろいろ教育内容の改定もございますし、教育方法の改善もあるでしょうし、こういう点で果して十年も長い期間おった者が現場に帰って十分な教育能力を発揮できるかどうか、こういう点にも問題があろうかと思うのです。そこでどの程度が妥当なのかということはいろいろ検討されているわけなんです。現状においてはそういうことでございまして、もちろん他の公務員との関連も考慮いたさなければならぬ問題だと考えております。
  29. 辻原弘市

    辻原委員 これは先ほど大臣も言われた結社の自由、あるいは団体行動の自由、こういう立場から申せば、私は問題は考え方の本質が誤まっているように思うのです。少くとも専従を制限したり、専従の行動を規定したりするということは、今内藤さんは定員の問題から言われましたけれども、いわゆる自主的な職員団体を作らせるということはむしろ法律においても積極的な意味である。積極的な意味であったならば、当然その業務に専念させるということ、それから本来持っている職務専念する義務とを分離してやるべきだ、こういう趣旨で私は専従者というものが今日まで認められ、置かれてきたと思うのです。ところがそれを、本来職員団体自身できめるべき問題を行政官庁が左右するなどということはもはや民主的な、あるいは自主的なというか、そういう職員団体の存在を許さないということにも通じてくると思うのです。これは完全な結社の自由の侵害だと思う。今問題になっているILOの八十七号の批准ということは、最近わが国においてそういう傾向がままあるから、国際的にも注意を喚起され、従ってまた国際的なそういう一つの動きとしてわが国においても批准をせざるを得ないような状態にきておる。そのさなかに、そういった最も職員団体にとって、あるいは労働組合にとって活動の中心をなす専従者を、行政機関が制約をしていくというようなことは正しい措置であるとは私は考えられない。ただ現象的にというか、あるいは、ただ教育上、予算上のそういう観点からだけで問題の処理をしようとするから、事の本質を誤まると思う。こういう問題は一方の見方だけでもって処理できない重要な問題だと思う。そういう点を私は考慮すべきだと思うのですけれども、一体松田大臣はどうでありまするか。  それと、今内藤さんが言われた専従を認めるから教育効果を低下するとか、予算上差しさわる。現実には差しさわる面もあるいは出てくるかしれない。しかしそれは程度の問題であって、現在においてそういう声を聞かない。しかも従来とも、これはあらかじめ専従ということはわかっておるのですから、予算編成の際にはそれは補充されておるはずだ。だから、その専従があるからそれだけの定員を減しておるという各県の例を私は見ない。それは単なる算術上の一つの根拠だけにすぎないと思う。内藤さんの言われたことは現実には考慮されておると思う。
  30. 内藤誉三郎

    内藤説明員 専従の身分を持っておる限りにおいては、やはり公務員である。従って定数のワク内であって、決して定数の外ではあってならぬと思うのであります。この問題につきましては、辻原委員も御承知の通りと思うのですが、終戦直後において千人に一人の基準がきまって、この点については前の労働協約にも認めたわけであります。かって日本教職員組合労働組合であった当時の協定は専従を認めておったわけです。そこで現状においては、これが非常にくずれておるということが一つの問題だと思います。それからいま一つ、当時専従制度を日本に特に認めたのは、特に司令部の配慮によると思うのですが、できるだけ現職の者が入って、そうして現場の空気をよく伝えること、こういうことで専従制度を認めた。ところが、その後の実情を見ると、すでに十数年も専従をやっておるという人が相当多いわけであります。現場の方では、こういう方は現場に戻ってもらっちゃ困るんだという強い現場からの抵抗があるわけであります。帰したくも帰せないという実情は非常に不合理じゃなかろうか。私どもは、決してこのことによって労働組合の自主的な運動を干渉するとか、そういうことは毛頭ないのであります。
  31. 辻原弘市

    辻原委員 現場にそういう意見があれば、毎年度労働組合はそれぞれの規約に基いて大会が行われて、それによって役員が選出される。だから現場において少くとも民主的にきめられるような素地をその内部において作らせることが肝心である。それができないから権力を持っておる側がやるということは、どこに民主的な職員団体を認めておるということが言えるのですか。それは間違いです。自主的にそれをやらせる。かりにそういうことはいけないということならば、そういう空気を労働組合自体が持つべきであります。あなたが言うように今そういうことが出ているならば、なおさら権力の側が規制をするということは不必要なのです。そこに私は本質的に誤まりを犯していると思う。  もう一つは、予算定員だというけれども、専任は、あなたも御承知のように、給与をそのまま受けながら専従者として専念できた。ところが、その後においてそれが規制された。そのことはそういう予算上の問題にもからむし、また一方において、金を受けながら金を出す側と交渉することは対等的な立場が保持できないという意味において、給与を受けておらぬじゃないですか。だから財政上、金をもらっていないものは何ら予算的に支障はないはずじゃないですか。それは一体どうですか。
  32. 内藤誉三郎

    内藤説明員 これは公務員としての身分を保有する限りにおいては定数の範囲内でありまして、それから予算上と申しましたのは、これに対して共済組合の分担金もございます。同時に恩給の国の分担金もある。ですから予算上国から何も援助を得てないというのは私は言い過ぎだと思う。
  33. 辻原弘市

    辻原委員 給与は受けていない。
  34. 内藤誉三郎

    内藤説明員 給与は受けてないが、共済組合の分担金や恩給にしても、これは国が負担しておることでございます。しかもこれは公務に従事してない職員であるから不合理だということを申し上げたのです。
  35. 辻原弘市

    辻原委員 それはおかしい。取り立てていえば、共済組合の分担金、恩給納金はある。しかしそれは年間にすればそう予算上に支障を来たすような大きな額じゃないはずである。問題は、一番予算上困るということは、月々の成規の給与を支払うことにおいて、それは相当人数が重なってくれば支障を来たしてくるという議論であって、あなたは私がそう言うたから、そういう共済組合の分担金、恩給納金を払っているんだ、現状論からいえばこうへ理屈をこねたに過ぎない。だから、予算上という議論は、今のあなたの議論をもってすれば幾ばくの議論になるかもしれないが、それは主体的な議論にならない。そういうことよりも、そういった理由でもって労働組合のあるいは職員団体の自主的な役員の構成、そのことを規制するという方が、私は今日においてはより重大なことだというのです。従ってそれは単に教職員のことだけではなしに、その他地方公務員の問題もあれば国家公務員、現業の問題、ひいては民間労働組合等の、それらの全体のいわゆる労働政策をどうするかという上において立案されなければならぬ問題だと私は言うのです。それを一文部省がそのことをやるということになれば、それは文部省の側から——一方において岸内閣は少くとも民主的な労働組合を育成するといっているのだが、育成するどころか、この最も中核的な重要問題を権力によってセーブしているということになってくるのです。だから、私は問題は重大だからこのことをきょう御質問申し上げておるのです。
  36. 宮澤喜一

    宮澤説明員 その問題でございますが、先ほど大臣からああいう考え方についての御答弁を申し上げ、今局長からまた答弁を申し上げたわけでありますが、私も不十分な知識でありますけれども、この問題を考えてみますと、やはり地方公務員法の第五十二条第五項に「職員は、地方公共団体から給与を受けながら、職員団体のためその事務を行い、又は活動してはならない。」とあります。この規定精神と、それから先ほどおっしゃいました組合の民主的に代表者を選ぶという組合個有の権利との間の調整の問題であろうと思うのであります。かりに専従者が国から何らの給与を受けておらない、地方公共団体なり国からの何らの恩典にあずかっておらないということであれば、先ほど辻原委員のおっしゃいましたような完全に対等なと申しますか、フリーな立場お互い——対等という言葉は不適当かもしれませんが、対等に話がやっていける。しかし専従者は現実にどういう扱いを受けておるかと申せば、国から恩給を受ける権利というものを持っておるわけであります。しかも専従期間中、確かに給与は受けておりませんけれども、実際に行われておることは、専従期間が過ぎますと、その間におくれた昇給分を、復職して教壇に帰りますとともに取り戻しておるわけであります。そういうことが現実に行われておるわけであります。従いまして、そのこと自身が五十二条五項の精神にかっきり合っておるのかどうか、実は私自身は疑わしいと思うのであります。給与を受けてはならぬと書いてあるのに、恩給を受ける通算期間にその間が入っておるばかりでなく、現実には教壇に帰ると同輩よりおくれた昇給分をまた取り返してキャッチ・アップをしておる、こういうことは現実に申せば私は五十二条の五項との関係でどういうものであろうか、疑わしいのではないかと、不十分な知識でありますけれども、実は私自身考えるのであります。  そこで、もしそういう問題がすっきりしていけば、何も国なり地方公共団体から恩恵を受けておらないならば、何人そういう人間がおろうと、何をやろうとそれは国なり地方公共団体の知ったことではないじゃないか、組合の完全に自主的な選択である、こういうことがおっしゃれるはずでありますけれども、実際はそうでないために、国としても地方公共団体としても、納税者の税金を使うことでありますから、やはりそこに一つの規制を置かざるを得ないことになると私は思う。私の考えでは、すべてこの五十二条五項が厳格に施行されていないことと、同じ組合の自主的な代表者を選出する権限、そういうものとの衝突がそこにある。またなければ私ども国民の税金を適正に使わなければならないという義務を十分に履行し得ない。そういうことから問題が出ているのではないかと実は思うのであります。
  37. 辻原弘市

    辻原委員 それは、実際はそういうところから出ておるのではないかと言われるが、問題は、端的にいえば、日教組対策をやろうとする自民党の意思、それが反映をしておる、それで取り上げられておるにすぎない。そうでなければ、今宮澤さんがおっしゃられたようなことは、あなたは昨今政務次官になられて、あるいは今までの経過をおわかりにならぬかもしらぬが、しかし、少くとも、ただいまあなたが例に引かれた五十二条の職務専念の義務、いわゆる給与を受けつつやってはならぬ、そのことについての解釈を、これは何べんも文部省がやられて、専従休暇制度というものを今日まで認めてきたのである。あなたが言われるようにそれが違法であるとするならば、なぜ最初からその休暇制度についてもう少し検討を加えなかったか。今日では、そのことは明らかにこの法律でもってそれぞれ地方に対して自治庁は条例の指導を行なって、そうして職務専念の義務を免除して、給与を受けて専念することはできない、給与を受けなければそれは認めていい、そういう指導を今日までやってこられた。それを今になって、これは何とかしなければいかぬ、困るので、どこかでひっかけてやろうという——これは私の少しひがみかもわからぬけれども、そういう点から出た議論のように聞えるのです。そうして共済組合の掛金と恩給をもって、納税者の、納税者のと声を大にして言われる。しかして、そのことが本来いけないという指導が当初においてなされておれば、ほんとうに民主的な労働組合はかくなければならぬという指導があったならば、私は、このことは当時解決されておると思う。しかし、それはいいといういわゆる行政官庁の指導があったがために、今日各府県においてもそういう条例を設けてやっておるじゃありませんか。それを今問題に持ち出してやるということは、過去における行政指導のあなた方自身の大きな誤まりをここに認めることだと思う。このものの言い方は勤務評定と同じだ、八年も九年もほったらかしておき、何とかしなければならぬといって、いわゆる古着をひっぱり出してきて、これでいこうか、あれでいこうかという姿なのです。そういう姿が、私どもは、ますます日教組とは団体交渉をしない、話し合いをしない、どんなにいい教育上の問題であっても話し合いをしない、そういうふうな一つ考え方に変貌してくるのだと思う。もう少し相手方にも信頼を持たせるような行政指導、行政措置をとれば、今のようないろいろな紛糾問題は起きないと思う。ですから、宮澤さんのお説も、あなたの個人的なお考えだと言われる限りにおいては、私も何ら反駁の義務を持ちませんけれども、しかしそれが文部省考え方であるとするならば、それはとんでもないことです。この席上に至って、今さらそういうことを、今まで自分たちがやっていいと押しつけてきたものを、今度はそれはどうも工合が悪い、そんな一貫性のない行政指導をやられたのでは、迷惑するのは国民ですよ。教職員も国民です。一体内藤さんはどうなんですか。間違っておったのですか、今までのやり方は……。
  38. 宮澤喜一

    宮澤説明員 幸か不幸か、私は過去のいきさつを実は知らなかったものでありますから、そこで、一体どういうわけで恩給というものをあげておるのかという経緯を、実は過日調べてみたわけでありますが、確かに辻原委員の御指摘のように、人事院規則の十五号の系統でありましたかによって、こういう場合には恩給というものはやはり当然期間に通算されるのだという解釈で今日まできておる。それはおっしゃる通りであります。しかし、そこでもう一度白紙に返って、地方公共団体から給与を受けてはいけないという、その給与の中に恩給は入るのか入らないのかということになれば、私は、恩給は明らかに給与だと思うのであります。私はそう思うのであります。そのこと自身いろいろ議論があると思いますけれども、なぜいけないというのに恩給が従来支払われてきたのであろうか、そういうことに私は非常に疑問を持っておるわけであって、もしこういうことがなくて、ほんとうに五十二条の五項通りのことが行われておったならば、国なり地方公共団体もよけいなことは何も言わずに済むわけであります。そこで、実は不十分な研究ではありますけれども、いきさつを顧みるとその辺に多少不十分なところがあったのではないかということを端的に申したのであります。
  39. 辻原弘市

    辻原委員 時間もありませんから、一々議論をいたしませんが、先刻から申し上げましたように、やはり物事には一つのそれぞれの経過というものがあります。事柄にはやはり一面だけでもって処理できない問題もある。そういう立場から推して、私どもはいかにして正常な職員団体また健全な職員団体の発達を自主的にやらすか、こういうような観点から問題を考えております。そういう立場からいけば、いわゆる地方公務員法にも述べておるごとく、規約はそれぞれ自主的にきめたものがあればよろしい、民主的手続が強調されておるわけです。民主的手続、全体の意思が反映するがごとくそこできまったものであるならば、それは職員団体の運用として適正であるという法の精神が述べられておる。そういう中で重要な問題は、やはり運動の方向、運動の方法、具体的な目標、そういうものと同時に役員の構成という問題が、その職員団体が民主的であるやいなやを決定する要素である。そういう立場からみれば、困った点があれば、長い目でそれは世論に徴して指導する。世論に徴して問題を解決すべきだ。それを直接に短兵急にやることは、またその反動が現われるということです。そういう立場から、そういうことについては事は慎重を要する。従って文部省側にそういう意図があるならば、それは十分御再考願いたいということを申し上げまして、その問題に対しての質問を終ります。
  40. 大平正芳

    大平委員長 堀昌雄君。
  41. 堀昌雄

    ○堀委員 すでに新聞紙上などにも出まして皆さんも御承知だと思うのでありますけれども、実は学校保健法が制定されました後に、学校保健法施行規則というものが、昭和三十三年六月十三日文部省令第十八号で出されたわけでありますが、その中に健康診断の項の就学時の健康診断という項目の中で八番目に「聴力は、オージオメーターを用いて検査し、左右各別に聴力障害の有無及び障害の程度を明らかにする。」こういうふうな省令が出されたわけであります。そこでこの省令に基いていろいろな業者がオージオメーターという聴力測定の機械を作りまして、これを学校に売り込んで参ったわけでありますけれども、その売り込まれたオージオメーターの機械がほんとうに聴力測定の機械として適当かどうかという問題につきまして、日本耳鼻咽喉科学会の学校保健部会というところでいろいろと調査をしてみましたところが、現在出されておりますオージオメーターがきわめて不完全なものが出されておるという事実が、実はわかって参ったわけであります。そこで、この問題は非常に私重要だと思いますので、本日伺うわけでありますけれども、オージオメーターがどういう形で出されておるかといいますと、いろいろな問題を含んでおるわけであります。特に一番多数に売り込まれておるといわれますのは、株式会社山越製作所が作っておりますKYSオージオメーターというものが最も多数に学校に入っておるようでありますけれども、そのKYSオージオメーターのパンフレットを見ますと、文部省教育用品審査合格品、こういうことがまず第一に書いてあります。その次にJIS・T・一二〇一・一九五六、それからあとは財団法人日本学校保健会、各府県学校保健会推薦品、そうしてさらにそのパンフレットには、文部省体育局学校保健課荷見秋次郎先生著、「聴力検査—オージオメーターによる—」御申越次第贈呈、こういうふうに書かれております。これはいろいろなパンフレットをずっと各社のを調べてみますけれども、なるほど一番よく売れる条件が整えられておる。まずJIS・T・一二〇一・一九五六とだけ書いてあるとすると、だれが見てもこれはJIS規格にきまった、要するに通産省が出されておる工業規格品として安心できるものだという第一の印象を受けるわけです。その次へ持ってきて文部省教育用品審査合格品、これはもう文部省がこれを使って間違いないと太鼓判を押した、これは買う側にしてみれば当然こういうふうに考える。あとのは財団法人のものでありますから、これは大したことはありませんが、そういう形で売り出されておりますそのKYSオージオメーターを初めといたしまして、現在市販をされておりますものは非常にたくさんありまして、主たるものはそのほかには岩崎通信機とか小林理研、中島医科器械、平和電信、金子製作所等たくさんございます。これを、慶応大学の耳鼻咽喉科の大和田講師が全部これらの商品につきまして、一ないし二の品を学校から借りて参りまして、そうして調査をいたしましたところが、ちょっと専門的にわたりますけれども、断続器——音を入れて、音が聞えるかどうかという、その特殊な音を響かすわけですが、それが入る前にクリック音という雑音がほとんど全部に出る。これはJIS規格の方を見ますと、JIS規格の2Bというところで、「クリックを出さないことが望ましい。」「純音の断続器は操作中に過渡的な音が正常な耳に聞えるようなものであってはならない。」こういうふうに規格できめられておるわけでありますけれども、実際にはこの規格に合っていない。現在市販されておるものはそれと、減衰値不正その他いろいろ、あまりに専門的にわたりますのでこまかいことは申し上げませんけれども、規格の面から見ましてきわめて不適当なものであるということが、精密な検査でわかって参ったわけであります。  そこで、私がこれから伺いたいことは、まず文部省はこういうふうなJIS規格に合っていないものが出ておるということを御存じかどうか。もし御存じなら、いつごろから気がつかれたかどうかをちょっとお答えを願いたい。
  42. 塚田治作

    ○塚田説明員 JIS規格に準拠していないものが出ているということにつきましては、先般朝日新聞にそういう記事が出まして、文部省としまして知ったわけであります。
  43. 堀昌雄

    ○堀委員 新聞で見ないうちは全然わからなかったのでしょうか。自主的に何かそういうものが売られる場合には、そういう品物が適正であるかどうかというようなことについては保健体育課の方では何ら関知しなかった、要するに新聞を見て初めて知った、こういうことですか。
  44. 塚田治作

    ○塚田説明員 ただいまおっしゃった通りでありまして、われわれはオージオメーターにつきましてはJIS規格に準拠しているものと考えておったのであります。
  45. 堀昌雄

    ○堀委員 ではちょっと学校保健法施行規則の方に触れたいのでありますけれども、「聴力は、オージオメーターを用いて検査し、左右各別に聴力障害の有無及び障害の程度を明らかにする。」こういうふうに施行規則を作った当時は、頭の中に何か障害の程度をはかる器械がなかったと私は思うのです。この省令ができたときには、まだなかったのじゃないかと思うのですが、これと器械との関係を、あなたの方ではどういうふうに考えてこの省令を作られたのでしょうか。すでにこのオージオメーター、簡易オージオメーターが作られていて、それからこの省令ができたのか、この省令ができてから簡易オージオメーターができたのか。どちらでしょうか。
  46. 塚田治作

    ○塚田説明員 このオージオメーター、簡易オージオメーターは、昭和三十年ごろにすでにできておりました。省令を作りましたのは、御承知の通り三十三年の六月でございますので、二年前からすでにできておりました。しかもこのオージオメーター、簡易オージオメーターは、すでに耳鼻咽喉科の医者に相当数販売されておった品物であります。
  47. 堀昌雄

    ○堀委員 昭和三十年にできたと言われますけれども、実はこの一二〇一というオージオメーターの規格は、三十一年の三月十日に指定されたのだから、少くとも簡易オージオメーターというものは、三十一年三月十日以後でなければJIS規格に合ったものは出ておらないと私は思うのです。今のお話ですと、省令を作る前にすでにそういう簡易オージオメーターがあったということですが、どういうところの器械があったのでしょうか。文部省の方はその器械について、実際に省令を作る前に、これとの関係でこれなら使えるという考えがあったかどうか。
  48. 塚田治作

    ○塚田説明員 ただいまのお話でございますが、この製品は昭和三十年の十月ごろからできております。私らの方でいわゆる省令にオージオメーターを使った方がいいということを考えましたのは、昭和三十一年、三十二年の両年度にわたりまして、文部省の科学試験研究費によるそういう学童の早期発見と処置に関する研究に参加されました専門家の意見を十分徴しまして、この省令を作ったような次第であります。
  49. 堀昌雄

    ○堀委員 ではそのときにできていたのはどこの会社の器機か、ちょっと教えていただきたいと思います。
  50. 塚田治作

    ○塚田説明員 そのときには山越製作所の品物ができておったのであります。
  51. 堀昌雄

    ○堀委員 そうしますと、私そこになるとちょっと問題があると思うのですが、山越製作所のものは最近の調査によって調べてみてもJIS規格に合っていない。大和田講師がわざわざ山越製作所へ行かれて調査をされたところが、それの検定をすべき機械も現在は故障しておるという状態で作られておる器械である。そうすると山越の器械を頭の中に置いて、そしてその器械をもとに出てきたものに、障害の程度を明らかにするということまでも可能かどうかという点に、私は実は問題があったと思うのです。JIS規格がまだできておらないときにできた品物——JIS規格というものは、さっき申し上げたように三十一年の三月に制定をされておるのですから、その以前に出たものには、JIS規格に合ったものがあるはずがない。規格がないわけです。その後にきめられた規格に合せたかどうか、そこのところは私もよくわかりませんけれども、しかし少くともそれ以前のものが、それほど完全なものであったとは思われない。JIS規格ができた後においてすら、現在調べてみると十分でないものが出されているということから見ますと、その規格自体がきわめて不十分なものであったということが頭の中にあるのにかかわらず、そういう不完全な器械を使って障害の程度を明らかにするような省令を作ることは、私はこの省令の作り方に少し問題がある、こういうふうにまず第一は考える。  それから第二点としては、この間から私は学校医の問題について触れておりますけれども、難聴という問題は、これはやはり児童にとっては重大なんです。難聴であるかどうかがわからないままで学校へ行っておる場合には、その学童の成績が不良になるのは当然でありますから、難聴をすみやかに発見しなければならないことは当然でありますけれども、現在の学校の身体検査の実情との関連で、果してこのような高度の検査が行い得るかどうかということについて、一体学校保健課としては自信があったのかどうか。現在全国に約五万に近い学校があるわけですが、この五万の学校の所在地で、耳鼻科の専門医師のいないところの方が大部分で、普通は内科のお医者さんが学校医をしている。その学校医を内科のお医者さんがしているのに、このような耳鼻科の専門的な、高度の器械の使用をさせて、そして難聴の程度までも明らかにさせようなどということは、私は現行の状態省令の作り方との間に、大きな開きと困難を感ぜざるを得ない、こう思うわけです。そういう点から考えるならば、私は前段の聴力障害の有無を判定するに足ればいいのではないか、程度というものは、それぞれの専門的な病院に連れていって精密な検査をするようにすべきであって、これは難聴ではないかということだけの疑いをそこで選別をすれば足りるのではないか、こういうふうに考えている。  そこで、いろいろと大和田講師の話を聞いておりますと、大体現在売り出されておりますものは、二万二千円から八千円くらいで売り出されている。この価格をもってしては、聴力障害の有無及び障害の程度を明らかにすることは事実上困難である、こういうことがいわれているわけです。標準型のオージオメーターは、御承知の通り十五万円から三十万円くらいするものでありますから、これだけのものならば障害の程度を判定することも可能であろうけれども、二万円前後のものでそういうことを判定さすのは、第一無理である。それと、程度をはかるということになれば、きわめて高度の技術と、それに伴うところの環境が必要である。ところが身体検査を行なっている学校の教室などというものは、きわめて雑音の多いところであって、子供たち静かにしろと言っても、それは静かにできない。そこで結果として起ることは、こういうことを行なって多数の学校が大きな負担を負うだけでなくて、誤まった結果が出る危険がある。このことはこの前もちょっと触れましたけれども文部省の方で身体検査のときに行なった知能指数と、厚生省が再度精密に行なったものとの間には、全然食い違いがあるということが新聞紙上に出たわけでありますが、これは当然だと私は思うわけであります。そこでまず問題は、一番肝心なところは、現在の学校実情その他を勘案するならば、私は学校保健法施行規則の第一条八項を改めて、「左右各別に聴力障害の有無を明らかにする。」ということで、「障害の程度」という項目を削ってもらいたい。これがある限りは、今後もなおかつこの問題は非常に大きな問題として、幾ら器械を一時的にどうこうしても、あとに残る問題だと思うので、考え方をそういう選別の範囲にとどめる。そうすると七、八千円の器械で間違いのないものができて、そしてそこで選別をして、難聴の疑いのある者は専門的な場所へ連れていって、正確に検査をさせるということになるのが科学的な方法ではないか、こういうふうに考えるわけですが、学校保健法施行規則を改正する意思ありや否や、ちょっと伺いたい。
  52. 塚田治作

    ○塚田説明員 ただいま堀先生のお話通り、あの省令についてもまだ十分研究すべき点があるのではないかというように考えておりますが、しかしあの省令を出したときには、専門家の意見を十分徴してやったのであります。今堀先生から程度の問題のお話でありましたが、程度ということにつきましては、われわれとしてはそんなに窮屈には実は考えておらなかったのであります。しかし誤解があってはなりませんので、その点は十分研究いたしまして、改正すべき点は改正しなければならぬと考えております。
  53. 堀昌雄

    ○堀委員 十分検討をして改正しなければならないのなら改正をしたいというお話ですが、私の方は調査をして、これは改正しなければならないと思っておるのです。そこで、これはちょっと大臣にお伺いいたしますけれども、これは技術的な問題は離れます。要するに今私が申し上げたことをお聞きいただいていればわかると思うのですが、文部省の体育課では、身体検査を科学的にやりたい、こういう趣旨に基いて非常にこまかいことまでを規定したわけです。ところが現状ではいろいろな医師の分布の状態、それから学校におけるいろいろな状態、それから十五万円も三十万円もする器械が買えないという当然の問題、いろいろな客観情勢から判断をするならば、どうしてもこの障害の有無ということにとどめる以外には、いかに今後オージオメーターの器械に対してこまかい検査をし、いろいろなことをしても、現実に不可能だ。だからその問題を解決する道は、ただ障害の有無を選別するという、この程度に現在とどめる。将来日本の所得が倍とか、三倍とか、十倍とかになって、学校に一人ずつの耳鼻咽喉科の医師が校医として置かれるという時代がくれば、また別でありますけれども、現状では私は障害の有無を判定をして、そうしてその中でどうも障害があると考えられたものは専門的な病院にこれを送って、詳しく検査をして、その後の方針を立ててもらうということが、私はこれこそ科学的な身体検査の方法である、こういうように考えますので、私はこれは当然科学的にやろうという態度に立てば改正をしなければならない、こういうふうに考えるわけですが、これについて大臣はいかがお考えでございましょうか。
  54. 松田竹千代

    松田国務大臣 ただいまのお話は、私初めてあなたからお伺いするのでございますが、現在学校の衛生保健の問題は諸設備いまだ不備な点が多い、その段階において、あまり行き過ぎたことを計画してもむしろ結果が悪いではないかといういろいろ御親切な御注意でございます。その点につきましては、お話のように、私もやや感を同じゅういたすのでありますが、なお一つ検討させまして、御趣意のあるところを体して事に処するというようにやっていきたい、かように考えております。
  55. 堀昌雄

    ○堀委員 では、まずその点はそこまでにとどめまして、すでに現在、今のような不完全な状態の品物がなおかつ売られておるという実情があるのです。そこでもしこのままでいくならば、それがJIS規格にほんとうに合っておるかどうかということが、どこかで確認をされてもらわないと、不完全なものが売られておるということは非常に困ると思う。そこで工業技術院の伊藤標準部長がお見えになっておると思いますので、ちょっと伺いたいわけですが、このJIS規格というものを今私あまり詳しく知らないのですが、工場が何か認定をされて、そこから出てくる商品はJISのマークをつけられるものが一つございますね。その他のものの場合には、規格だけがあって、あとは別にその確認をされていないという実情があると思うのですが、今度のオージオメーターにつきましては、だれが見ても、ちょっと見るとJIS規格・T・一二〇一・一九五六というのを黙って名前を打っているわけですね。そうしてそれが規格に合っていないというようなときには一体どういうことになるか、これじゃ規格を作っても何もならない、合わないものでもその規格の名前を借りるということになれば、逆に規格ができたために誤まったものが正しいものかというふうに受け取られる危険があります。こういう問題の取扱いはどういうふうにお考えになっておるでしょうか。
  56. 伊藤こう太郎

    ○伊藤説明員 御説明を申し上げます。JISは工業標準化法という法律によって施行いたしておるのでありますが、その法律は三つの目的を持っておりまして、一つは規格を作ることでございます。それからその次はただいま先生がおっしゃいましたような規格の表示、いわゆるJISマーク制度と申しておりますが、そういう制度を通じて規格品を広めていこうという二つの性質を持っております。ただいまお話のございましたオージオメーター、T・一二〇一、一九五六につきましては、これは規格は定めてございますが、JISの表示制度にはまだ指定いたしておりません。  それから申し上げますと、工業標準化法は各省にまたがった仕事でございまして、主務大臣が非常にたくさんございます。それで工業標準調査会あるいはこの法律に関する庶務を工業技術院でいたすということになっておりますから、私の方がその庶務をいたしておるわけでございますが、このJIS・T・一二〇二番オージオメーターは主務大臣が厚生大臣でいらっしゃいます。従って厚生大臣の方からこういう規格を作ってくれというお話がございまして、私の方がそれを委員会にかけまして、そうしてこういうふうにきめたらよろしいじゃないでしょうかという答申を申し上げまして、厚生大臣が告示をされたわけでございます。  その次にこれをJISマーク制度に載せるかどうかというのは、標準化法第十九条に示してございますが、そのJISマーク制度指定をいたしますと、たとえばオージオメーターを十九条の商品であると定めますと、JISの適格品であるということを勝手に表示することが、許可を受けた工場以外はできなくなりますし、またそれ以外の工場がそういうまぎらわしい名称を使いますならば罰則がついております。しかしJISの十九条の指定をいたしません限りにおいては、法律においてはそれに対して一言も申しておらないわけでございます。従って問題はむしろ道徳的な問題になってくるのじゃないかと思います。JISの通産大臣所管のものでございますと、十九条の指定をいたしましたものにつきましてはかなり厳重な取締りをいたしておりますし、またそれ以外の十九条の指定をしておらないものがJISの規格に合っておるという表示といいますか、記載をいたしておるものが非常に多いのでございますが、その場合に、もし明らかにJISの規格の内容を離れたものがあります場合には、私どもの方はそれに対しても注意を与えるという程度のことをいたしております。これを処罰する等のことはできないわけであります。
  57. 堀昌雄

    ○堀委員 そういたしますと、今最後におっしゃったJISに合っているとか、それ以上だとか、そうでなくて何もなしに使っておるというようなものについては、やはりおたくの方で検査を一応されて、JISに合っているかどうかを確認をしていただくことができるわけでしょうか。そうしてでないと注意は出せないと思うのですが、この問題についてはやはり何らかの注意でも出していただかないと困るのじゃないか。調べていただいたものが、JISを勧奨しながらほとんどみなJISにうまくいっていないというようなことでは、これはまことにJISの乱用で、一般の市民に与える影響必ずしも小さくないと思うわけなんです。ですからこの点はいかが取り扱っていただけるでしょうか。
  58. 伊藤こう太郎

    ○伊藤説明員 実はこれは厚生大臣の御所管でございますので、私の方ではかりに何かお話をするといたしましても、私ども庶務といたしまして主務大臣の方の事務局に御相談を申し上げるという程度しかできないと思います。従ってオージオメーターを私どもの方で規格に合っているとか合っていないとかいう検査をするのは、実は通産省所管から離れて参りますので、一つは遠慮もございますし、また、するについては厚生省の御了承を得なければいけないだろうと思います。通産省の中には十一の試験所を持っておりますから、それぞれの試験所を使いますと、オージオメーターについてある程度いけると思います。しかし問題はやはり人間という問題が入っておりますから、これはやはり厚生省でお調べいただくのが至当ではなかろうか、こう思います。
  59. 堀昌雄

    ○堀委員 それでJISの点はわかったわけでありますが、その次に問題がございますのは、文部省教育用品審査合格品、この問題なんです。審査何とかの主任官に御出席をいただいておりますから、そこでこれをちょっと伺いたいのですけれども、この前ちょっとそちらに伺っていろいろお話を聞いたときに、教育用品審査要領というのが昭和三十三年十一月二十四日に出されておりますが、それの第二条を見ると「審査の基準は、文部省の定めた教育用品基準による。」こういうふうに一つ基準が定められて、その基準に基いて審査合格品という名前を出しておられるようです。そこで私はちょっと問題があると思うのですが、こういうオージオメーターが教育用品かどうかということをちょっと伺っておきたいと思うのです。教育用品というのは、お宅の教育用品基準通則というのを見ると、大体教師の用に供するものとか、児童の用に供するものとか、学校教育の用に供する物品をいう。「この通則で「教育用品」とは、学校教育法に基く学校教育の用に供する物品をいう」とあるのですが、私はオージオメーターというものが、さっきのお話のように、山越が法律ができる前から作っていた品物であるということになれば、これは何も学校教育用品のために作ったものではない。これは一般の医師が聴力検査を行うために作ったものだと私は考える。もしそういうものならば、そういう品物が申請が出てきたならば、学校教育法に基く学校教育の用に供する物品だという考え方の上に立って審査が合格している。私はこれをそのままで見ると、山越としてはこれを売り込むのに都合のいいレッテルはできるだけ使おう、頭の中で考えられるレッテルは、JISの、これも非常に便利だ、教育用品審査合格品、これも非常に権威があっていい、とにかく売り込むためには手段を選ばないという格好でいろんな方法をとってきた。そこでこれが出てきたと思うのですが、それについての考え方一つ審議官の方から伺いたいと思うのです。
  60. 小林毅

    ○小林説明員 ただいま堀先生から御質問の点でございますが、学校教育用品につきましては、一応学校教育の用に供する物品というふうなことに定義いたして取り扱っております。実は教育用品につきましては、文部省教育用品基準というのを作成いたしまして、個々の教育用品についてそれぞれ審査基準を作成いたしておるのでございますが、現在の段階におきましては全部の教育用品につきましてそういうふうな審査基準を作成する段階に至っておりません。それで、現在まだ教育用品の個々の基準が作成されていない物品につきましても、教育の用に供する物品であって審査の申請があったときには、早急に対象として取り扱った方がいいと思われるものにつきましては、教育用品基準通則というのを作っておりまして、その教育用品の基準通則に照らしてみて審査しておるわけでございます。  今の堀先生の御質問は、オージオメーターが果して教育用品であるかどうか多少疑わしい点があるのではないかというふうなお話でございますが、厳密に申しまして、多少研究する余地があると思いますが、すでに学校教育のために供する物品の中で類似のものといたしましては、坐高計とか身長計とか体重計とか、黒板のような類とか、そういうようなものも審査の対象にいたしております。そういうような点から、学校の身体検査にオージオメーターを使って身体検査をしなければならないというような規定が出ましたからには、オージオメーターも学校で使う用品として審査の対象に扱っていいのではないかというような審査会の考えから、これを審査会にかけたわけでございます。
  61. 堀昌雄

    ○堀委員 あなたの方の教育用品基準通則には、学校教育の用に供すると書いてあるのですよ。学校で使うものというのだったら問題がないのです。しかし学校教育の用ということならば、具体的に教材として使うということだと思うのです。だからオージオメーターのようなもの、ことに簡易オージオメーターというものは、学校で使うためだけにできておるわけではない一般のものなんです。その中で特定に学校用品として審査をして合格させたということについては、私はやはりちょっと問題があると思うのです。教材その他のもので教育の用に使うものならば、ほかの用には大体使えないのが多いと思うのです。これはそうじゃないのです。だから、黒板は別ですが、学校教育の用に供する物品に限定をしておいて、そうしてこういうものまで含めてくるということは、私はちょっと問題があると思う。含める、含めないはいいのですが、ただ問題は、そういうことで出てきたものが、あなたの方で審査をして合格をさした。合格さしたものがだめなんだということになれば、これは文部省の権威に関する。間違って不良品であるものを合格さしておいて、全国に売り込まして、そして今になってそれはどうもおかしいじゃないか。調べてみると工合が悪いのだ。それも偶然に一つ一つが工合が悪いということじゃない。その問題は構造上の不備だというふうに耳鼻咽喉科学会の方から指摘されている。そういうことになれば、私は事は重大だと思う。私はこの間あなたの方に伺って、大体合格さした理由というものを聞いても、どうも納得がいかない。そこでその点を一応もう一ぺんお答えを願いたいと思う。審査に合格さしたのはこういう理由に基いて合格さした——合格さしたこと自体に私は重大な責任を伴っておると思うのです。間違ったものを合格さしたのだから、その点もう一回ここではっきりさしておいてもらいたい。
  62. 小林毅

    ○小林説明員 今の御質問でございますが、山越のオージオメーターにつきましては、二月二十七日に審査会を開きまして、そこで審査いたしましたのでございますが、審査会にかけます前に、各審査委員には一応申請書の写しを全部送付いたしておきまして、審査会の当日までに書面の上でいろいろ御研究を願っておき、当日はその機械の説明のための技師、申請者同伴で現物を持ってきまして、その現物についてさらに重ねて説明を聴取する、それにつきまして書類で調査した事項並びに現物を見まして各委員がいろいろの点につきまして十分現物を審査するわけでございます。そういたしまして申請者が退出しましたあとで、さらにいろいろな参考事項も聴取し、しかる上決定をするわけでございます。山越のオージオメーターにつきましては、そういうふうにいたしまして現物を審査会場に持ってこさせまして、その説明を聴取し、委員が実際に手に触れてみまして審査いたしたわけでございますが、その結果、学校の身体検査の用に供する用品としてこれは十分その目的を達成することができるということと、それからすでにその山越のオージオメーターにつきまして学校で使用した成績、使用した状況等、さらに参考意見を聞いたりいたしまして、しかる上で決定したのでございます。でありますから、山越のオージオメーターにつきましては、学校で身体検査の用に供するために使用して差しつかえない品物であるというふうな判定をいたしまして、審査合格という——まあ適当だという判定をいたしたわけでございます。
  63. 堀昌雄

    ○堀委員 この前そちらから教育用品基準調査会、教育用品審査分科会、これに関係された委員の一覧表をいただいたのですけれども、この一覧表の中でオージオメーターが科学的にこれなら使えるということが認定できるような、科学的能力といいますか、技術能力を持っている人はどれでしょうか。これを見たけれども、私は一人しかいないと思う。十何人いるけれども、オージオメーターのような高度の器械を持ってきて、それが学用品として適正かどうかということについて科学的な意見を述べられる人は電力中央研究所の技師一人じゃないかと思うのですが、この十数名の審査に立ち会った人の中でほかにありますか。
  64. 小林毅

    ○小林説明員 審査会の委員は現在二十二名おられまして、当日出席されました委員の中では、議長に田口卯三郎氏がなられたわけでございますが、田口氏は音響学の方では相当大家というふうなことを聞いておりますし、関係者もそういうようなことを申されております。それから森照茂氏という今堀先生おっしゃいました電力中央研究所の技師がおられます。それからそのほかにも音楽の専門家、それから物理学の専門家等、それから理科の先生もおられます。そういうふうな人が数名おられますので、いろいろなデータに基き、さらに現物に触れて審査をし、使用成績なんかも聴取した上で判定すれば、妥当な判定ができるのではないかと考えております。
  65. 堀昌雄

    ○堀委員 この前にはJISの規格に合っているということで信用したというようなお話をちょっと聞いたんですが、ではその点はなかったわけですね。JISの規格に合っているものだという前提の上に立って見たんだというふうにちょっと伺ったのですが、今のお話は二つ問題点があると思うのです。一つ文部省学校用品として推薦をする以上は、推薦に対して何らか問題が起きたときには、これこれこういう状態だから推薦したという科学的な根拠が要ると思うのです、こういう器械ですから。それからあなたは、千葉かどっかで検査したレポートがきているという。ところがこれはとんでもないことだと思うのですよ。なぜかというと、器械が、百の能力のあるものと五十の能力のあるものとで、五十の能力しかないもので検査して、これだけありますといって届け出たものが、百の能力のあるもので検査したら全然違うという検査の結果が出てくるかもしれない。どこかでとんでもない器械を使っても検査のレポートはできます。これだけは難聴である、これだけは難聴でない、その基準が本来正確なものならここにいくべきものが、こんなところに基準がきめられておっても、あとで点検しない限り、標準型のオージオメーターで調べてみない限り、その器械がよかった悪かったということはわかるはずはない。これは最後までわからない。それがこの間の文部省の身体検査で出たわけです、知能指数を調べて、文部省はこれだけあるといって、厚生省はそれに基いて精神薄弱児の対策をやろうと思って、もう一ぺん精密にやってみたら、とんでもない、知能指数が十分あるやつがみんな精薄の中に入っていたという記事が新聞に出ていたのですが、私は当然だと思うのです。あとで点検したときに初めて前のデータが正確かどうかわかるのに、点検もしないで、まるのみで、どっかでやってよかったからこれを基準にしてやったというのは、文部省の権威にかかわると思うのですが、どうですか。
  66. 小林毅

    ○小林説明員 JIS規格に合格しておるかどうかということでありますが、これにつきましては、公的な機関で証明する制度ができておりませんので、JISの規格に合うところの能力以上の能力をその器械が持っておるということをデータなり、実際に審査委員が触れてみまして判定したわけでございます。しかしJISの能力、つまりJIS規格に合っているかどうかということは、そういうようないろいろな資料を総合いたしまして、申請者の説明、実際の器械の状況を見まして、重要な一つの要素にはなりますが、審査の基準というのは、文部省教育用品審査基準通則に合せてみまして、その基準に合っているかどうかということであります。JISの規格の能力以上の能力を持っているというようなことも、大きい一つの判断の要素にはなっておりますけれども、JIS規格に合っているかどうかということの審査を審査委員会でいたしておるわけではございませんので、それは一つの参考にしたわけでございます。
  67. 堀昌雄

    ○堀委員 あとの方はどうですか。どっかで一回やったら、もうデータが出るのだ、だからいいものだと思って、間違っているかどうかのデータの確認はされていないのじゃないですか。
  68. 小林毅

    ○小林説明員 JISの規格に示された性能を持っているかどうかにつきましては、申請者に対しましても、これを証明するいろいろな試験成績を提出するように要求いたしましたのですが、これは申請者の方からそういうふうな証明の資料は得られなくて、結局申請者の持っておる器械でテストした能力表を提出さしたわけでございます。そういうふうなものに基きましてJIS規格の能力は大体あるという判断をしたわけでございます。これは実際には審査の基準といたしましては、JIS規格に合っているかどうかということをテストする性質の機関ではございませんものですから。
  69. 堀昌雄

    ○堀委員 そうすると、今あなたは教育用品基準通則に照らして合格する理由があるとおっしゃったのですが、具体的に言って下さい。私も教育用品基準通則を持っているのですけれども、どの項目のどの部分に該当したから認めたのか、それをちょっと言っていただきたい。全然抽象的で、私もわからないのですよ、どうしてきめたか。何となくきめたような感じがするのですよ。いい、いいというから、いいだろうということできめたんじゃないか。それでは文部省の権威をまことに無視するもので、私は遺憾に思うのです。これがあるがために、学校の方は、文部省がちゃんと審査して合格したものだから大丈夫だと思って買っているのですから、責任を感じてもらわなければならぬと思う、こういう重大な問題ですから。  もう一つは、JISの問題については厚生省が主管なんですね。あなたの方で厚生省の関係者にこの問題について問い合せをされたことがあるのかどうか、この審査合格品であるかどうかについて。その二点について伺いたい。
  70. 小林毅

    ○小林説明員 教育用品審査基準通則のどの項目に合っているかという御質問でございますが、これは総合いたしまして審査基準の通則に照らしてみまして、審査基準通則自体は個々の基準ではございませんから、具体的な数字の基礎というふうなものはございませんので、審査基準の通則に照らしてみて、委員がこれは合格として適当であると判断したのであります。  それから厚生省につきましては、その申請がありましたことにつきまして、山越のオージオメーターそれ自身について問い合せをするというようなことはいたしませんでしたが、JISの取扱いその他オージオメーターの現状等につきましては、一般的な事項としては問い合せをして資料といたしております。山越のオージオメーター自身につきまして、これはどうかというふうな意見は尋ねてはおりません。
  71. 堀昌雄

    ○堀委員 どうもまことに納得のいかない答弁なんで、済んだことですからしようがないですが、今後はそんな何となくきめるというような権威のないことはやめてもらいたい。やはり私がここで質問したら、これはこういう理由でやりましたと、私どもが納得できるような、せめてその程度の権威をあなたの方で持ってもらいたい。それでないと、業者の利用の対象になるだけであって、私はそういうことを聞くと、ちょっと巷間耳にしておるのは、どうも山越と文部省との間に何かあるのじゃないかといううわさがあるのです。率直に言って。私はそんなことを思っていないですよ。しかしそういううわさが出るということは問題があるですよ。いろいろな点、あともう一つ触れますが、問題がある。そういうことは少くとも文部省はやめてもらいたい。これは大臣も十分御理解いただいたと思いますが、この点監督を少し強化していただきたいと思います。その点よろしくお願いいたします。  あとは、あなたの方で権威を持って、合格品でないならない、合格品としていけるならいける、いけないならいけないということを公式に発表してもらいたいのです。あなたの方でこれだけあやまちを犯していると思う。だから審査合格品として認定をしてみたけれども、どうも審査合格品としては不適当だというならば、不適当だということを発表してもらわないと困る。うやむやに過ごしてもらっては困る。だから文部省の権威を高める意味においても、再度調査してみたら不適格品であるから取り消すということをはっきりしていただきたい。それができないならできない理由をはっきりしてもらいたい。いずれにしても、この問題について文部省側の立場をはっきりしてもらいたいということを要望として申し上げておきます。
  72. 小林毅

    ○小林説明員 今の堀先生のお話でございますが、実は山越のオージオメーターにつきまして、申請書にも納付先が明記してございます。それから教育用品審査に合格しましてから納付した納付先もありますので、それに照会をいたしてみましたところが、現在までに使用成績の報告が来ておりますが、まだ故障で使えないとか悪いとかいうふうな報告はきておりませんで、一応故障がない、使用上差しつかえないというふうな報告がきておりますので、さらによく調査いたしまして、もしそういうふうな不都合なものがありましたならば、十分指導もいたしますし、善処もしたいと思います。
  73. 堀昌雄

    ○堀委員 ちょっと今のは問題なんですよ。この器械は故障があるとかないとか、使えるか使えないかということじゃないのです。いいですか。聴力を検査する器械で、周波数が幾ら出ておるか、何デシベルでどうなっておるか、減衰値がどうなっておるかという、きわめて高度な科学的な器械なんです。器械が間違っているかどうかは使用者にはちょっとわからないのです。百の音が出るものが五十の音が出ているのですから、耳で聞いたりする範囲だけではこの器械が正しいかどうかはわからない。だから、それを標準的な器械と対比をして調べたときに、初めてそれがどうかわかるわけです。私どもが使っている血圧計というものがある。血圧計で、水銀によるものならば大丈夫だけれども、圧力計による血圧計を使っておりますと、バネがゆるんでくると、百五十だと思って何回見ても百五十だけれども、実体は百八十あるものが、百五十しか出てこない血圧計がある。しかしその血圧計を使っておる人は、正確な血圧計と比較したときにそれが百五十しか出ていないということがわかるから、そのときに問題が起るので、私が幾ら血圧をはかって百五十でも、これは器械には故障がありませんから、これでいいですよと言っておれば、重大な問題が起るのです。器械というものは、そういう形の精密な検査をするのでなければ、あなたが照会しておるようなことで出てくるはずがないですよ。そういう点に、率直に言えば、私はあなたたちの科学的な精神の欠如を感ずるわけです。科学技術の振興ということは、文部省がまずみずから考えてもらわなければならぬ。もっとシビアに考えないと、そんなあいまいなことで科学技術の振興はできたものではない。どうかこれは重大な問題として考えてもらいたい。だから、ここに出たものを集めて、もし標準的な測定器械がないならば、慶応大学の耳鼻咽喉科教室にははっきりしたものがあるのだから、そこで大和田講師が測定したように、そのものを文部省に備えつけられなければ、慶応大学の器械を借りたらよろしい。できるところに持っていって、完全に測定して、この器械は大丈夫だという確認をしてもらわなければ困る。それが文部省の果すべき責任ではないかと思う。この点をはっきりしてもらいたい。  最後に、非常に問題がありますのはさっき触れました文部省体育局の学校保健課荷見秋次郎という人の著書の問題です。皆さんあとでちょっとこれをごらんになったらわかりますが、こういうふうな。パンフレットで出ている。前を見ていきますと、ずっと山越の器械の宣伝が入っている。説明や何かが入って、そして全部山越のこういうパンフレットで、その最後のところにきて、著者が荷見秋次郎、非売品、昭和三十三年九月一日の印刷、発行所が山越製作所である。私はこのパンフレットを見たときに、「文部省体育局学校保健課荷見秋次郎先生著「聴力検査—オージオメーターによる—」御申越次第贈呈」とありました。これはこの人がどこかの出版会社に本を書いて、それに出ているものが別個のところに何か本として出ている、それを山越が買い取って無料で送ります、こういうものだろうと実は私は考えた。ところがこの現物がきてみると、何と山越の宣伝用パンフレットである。そこで問題は、国家公務員法百四条、「他の事業又は事務の関与制限」というのがあります。その中で、「職員が報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも、人事院及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。」こういうことになっております。そこで問題は、これは荷見さんという人が書いたんだと思うけれども、初めから非売品ですよ。非売品で著書を書いた場合には、私は当然報酬がこの山越製作所からこの著者に与えられておると思う。これは社会常識上通念だと思うのですが、皆さんいかがですか。一文も金をもらわないでこういうパンフレットの中にみずから著者としての名前を許してこれを作ったということになれば、社会通念上は何らかの報酬をどういう形かでもらっておると思う。そういうことになると、「その職員の所轄庁の長の許可を要する。」こういう問題が起きているのだが、実はこの間保健課長のところへ伺ったら、そういう許可を与えた覚えはないという。許可を与えていないということになれば、百四条の国家公務員法違反であるという問題が次は起きてくると思う。そこで、この荷見さんという方はきょうはおいでになっておりますか。
  74. 塚田治作

    ○塚田説明員 おりません。
  75. 堀昌雄

    ○堀委員 報酬をもらっているかどうか、この間も私は申したけれども、これをあなたの方で調査をされたかどうか、一回伺いたいです。
  76. 塚田治作

    ○塚田説明員 先般堀先生からそのお話がございまして、本人に聞きましたら報酬はもらっておりません。
  77. 堀昌雄

    ○堀委員 それはおそらくそういうふうな返事が出ると思うのです。これは一つ大臣から皆さん委員の方までちょっと一覧していただきたいです。これはあまりひどいのでうわさが出るのも私は無理はないと思うのだ。文部省体育局保健課と山越との間に何らかのつながりがあるのだろう、そういうことを言われることは無理がないと思うのは、今ずっとごらんになった最後のところに著者として出ておりますから——こういうことが行われているということは、私は文部省の官吏の規律が低下していることだと思う。名前は公けのそういうものの中にはっきり書かれておって、報酬はもらっていませんなどとあなたの方で言ったって、堂々と外へ出したらこれはもらっているということはだれでも思います。思わない人はこの中に一人もいないと思うのだ。官吏としてそれだけのことをやるということは重大な問題です。だからそういうことが行われているということは、これは文部官吏の規律が弛緩しているということを非常に痛感する。この問題の経過を見ると、さっきの学用品の審査主任官のところでもきわめてあいまいなことで問題が処理されている。こういう問題の中に積極的に文部省の官吏が一役買って、山越製作所のオージオメーターの頒布のための努力を払っている。こういうような実情が先へいったらどうなるかというと、器械が不備なものを、二万八千円のものを、二万二千円だったか、金額は忘れましたけれども、多額のものを学校は無理して買って、買ったものが使えないということになったらどうなるか、文部省としてこれは重大なる責任がある、私はこういうふうに考えますが、これについて大臣としてはいかがですか。大臣として総括的な御答弁を願いたい。
  78. 松田竹千代

    松田国務大臣 堀委員の先刻来のお話、きわめて御親切な御注意であり、また文部省にとりましてきわめて重大な事柄であると思います。今私は拝聴いたしておりまして、文部省としては特に今後それらの点に対しましては特別の注意を払っていかなければならぬものと考えました。私もそれらの問題について、教育用品その他の問題についてまだ一々聞く機会を得ませんでしたけれども、いかにささいな問題でありましても、文部省としてはきわめて重大な問題と考えます。特に注意を払って今後処置したいと考えます。
  79. 堀昌雄

    ○堀委員 大臣から大へん満足な答弁をいただきましたので、今後は一つ文部省としてこの問題を真剣に取り上げていただいて、あやまちのないようにしていただきたいということと、この問題によって起っておりまするいろいろの問題、これについてはっきりした点検をやっていただいて、一つ次回の委員会までに御報告をいただきたいと思います。それとともに学校保健法施行規則第一条第八項の改正をするかどうかという問題についても、それらの全般的な検討の結果の上に立って次回の委員会に御答弁をいただきたい、こういうふうに思います。これで終ります。
  80. 大平正芳

    大平委員長 西村力弥君。
  81. 西村力弥

    ○西村(力)委員 私は第一に、この間新聞で見たのですが、無形文化財として指定された久留米がすりの、俗に人間国宝と言われている森山さんという人が自殺をした、あの件について対策を十分にやらないと、せっかくの民族文化というものが死滅をしていくのではないだろうかという、こういう心配を持つわけなんです。あの件について文部省は、今後どういう対策を強力に進められようとしているか、それを一つ聞かしていただきたいと思うわけです。
  82. 松田竹千代

    松田国務大臣 久留米がすりのことで無形文化財に指定された人がなくなったということは、私は報告を聞いただけで、ここにきております書類もまだ拝見するいとまがございませんが、お話のように、無形文化財は、いろいろ芸術にしろあるいは演劇その他工芸関係のりっぱな作品が死滅することのないように、その技能者を特に保護していかなければならぬということに対しては、私も特にその点は以前から考えておりまして、これが保護に万全を期するように、実は特定の人、ある財団にも、その方法、資金というようなことについても話したことがあるくらいでありまして、私もこの点に深い関心を持っておる次第でございますが、今度の久留米がすりの点については政府委員から直接にお答えさせたいと思います。
  83. 岡田孝平

    ○岡田説明員 久留米がすりは木綿がすりの集大成といたしまして、日本の染色史上きわめて重要な地位を持っているということで、昭和三十二年の四月に重要無形文化財に指定されたのであります。つまり久留米がすりは手織りでこれを作るということ、それから全く純粋な天然のアイで染めるというような点に特徴を持っておりまして、これは昔から伝えられておりますところの特別な技術である、これを保存いたしたいというのがその趣旨でございます。  ところで、この技術を持っております者は久留米地方には非常に多いのでございまして、しかもきわめて多い者のうちから百名ばかりをその技術の保持者というふうに認定いたしておりますが、これも非常に数が多いので、そのうち特に数名の方を代表者といたしましてこの無形文化財の保持者という認定をいたしております。この数名の方はいずれも三十年以上の経験を有し、しかも技術が優秀で、人格高潔な者、しかも技術者の組合で推薦して参りました者ということでございます。そのうちの保持者の一人、森山トヨノさんが先般自殺をされたのでありますが、その事情は調べてみますと、その御主人がやはりその保持者の一人でありますが、ことしの二月に心臟弁膜症でなくなられたということで、トヨノさんは非常に落胆されまして、かつ御主人の看病のために非常に疲労された、それで神経衰弱になられ、非常に気分が沈んでおったのでありますけれども、たまたま農繁期になりまして工場の織子などもそれぞれ田植えの方へ、行ってしまって、工場が休みであったというようなことで、神経衰弱が高じて自殺をされたというのが実情のようでございます。  これらの問題に関しましては、文化財保護委員会といたしましては、無形文化財の保護方策として大体四つの対策を考えております。一つは伝承者の養成、つまり後継者の養成でございますが、これは無形のわざを伝える者を養成するということがきわめて大切なことであります。もう一つは作品の買い上げでございまして、これらのりっぱな作品を国みずから買い上げるということをいたしております。そして技術の練摩並びに一般の普及をはかるということをいたしております。もう一つは無形文化財をいろいろ公開いたします場合に、公開補助金を出す。さらにもう一つはこの無形文化財の製作方法などをいろいろ記録をとる。写真にとるとか、あるいは製作工程ごとに見本を作りまして、その見本を文化財保護委員会で買い上げるというようなことをいたしておるのでございます。いずれの点につきましても予算もきわめて少額でございましてはなはだ不満足な点はございます。今後かすりの問題に限らず、無形文化財全体につきまして、もう少し徹底した方策をとりたいということで、ただいまちょうど予算の編成期でもありますので、いろいろ検討を加えておるところでございます。
  84. 西村力弥

    ○西村(力)委員 どうも森山さんの自殺は、夫がなくなられた、それの精神的打撃から神経衰弱になられてなくなられたという考え方をなされておりますが、それだけではちょっと足らぬのではないだろうかという工合に私は思うのです。そういうことよりもより多く、時代に取り残されておる仕事に取っ組んで、しかも指定されたという責任感から仕事が念入りになる、結局実入りが少い、こういうことが相当大きい理由になっておるのではないか。そういうことから経済的にも、あるいは身体的にも疲労する、こういうことが原因じゃなかろうか、こう思うのです。そういう把握をしないと、今後の対策もやはりほんとうのものは出てこないのではないだろうか、私としてはそう考えるのですが、それはいかがでございますか、局長さん。
  85. 岡田孝平

    ○岡田説明員 確かにお話の点もあるかと思います。つまりその技術の保持者というふうに指定されましたために、本人もそのために非常に責任を感じ、以前よりもさらに仕事に熱心に打ち込むということになる。またこれは他の漆芸あるいは陶芸等におきましては、指定されましたために従前よりも評価が高まる、またよく売れるようになるということも多いのでありますが、久留米がすりの場合にはそうではございませんで、機械織りのものがどんどん安い値段で売り出される。しかるに非常に手間がかかり、しかも値段が安い、売れ行きもよくないというようなことでありましては、本人の経済的な状態も楽ではございません。そういうような点も確かに今回の事件になった一つの遠因ではないかと思います。     〔委員長退席、簡牛委員長代理着席〕
  86. 西村力弥

    ○西村(力)委員 そういうところに焦点を置いて今後の対策を立てていかないとうまくないと思うのですが、作品の買い取りは現在どの程度考えられておるか。また将来はこれを拡大する方策をどう考えておられるか。これは自分が指定されたものにそむかない責任を持った作品となりますので、この点だけは重点を置いたって、たくさん作れるというものでないのですから、どうにもならないと思うのです。しかし、一応作品の買い取りは現在どうなっており、それを今後拡大する道をどういう工合に立てておるか、その方策をどう考えておられるか、その点が一点。
  87. 岡田孝平

    ○岡田説明員 作品の買い上げは、無形文化財全体で、本年の予算が八百五十五万円ということになっております。無形文化財の指定の件数もきわめて多いのでございますから、とうていこれでは十分なる買い上げをいたすことはできないのであります。  久留米がすりの場合は、三十二年度におきまして保持者の作品のうちから十一万二千円を久留米絣保存会から買い上げております。本年度も同額の買い上げを予定いたしております。これは確かに決定しないことでございますので、来年度以降におきましては予算がどの程度になりますか、まだ数字には触れておりませんが、相当の増額を要求したい、かように考えております。
  88. 西村力弥

    ○西村(力)委員 増額といいましても、買い取ったものをどうするかということ、そういう陳列する場所に全部陳列してしまえば、買い上げて政府のどこかの倉庫に積んでおいてもならぬだろうし、何かそういう方式を考えないと、むやみやたらと買い込んでストックしておいてもしようがないじゃないか。何かそういう日本の民族文化として、買い上げたものを対外的にも利用する方法なんかも考えられるんじゃないか、こういうことですね。ただ今後増額を必要とするというそういう希望だけではどうにもならないのじゃないか、こう思うのですが、どうでしょうか。
  89. 岡田孝平

    ○岡田説明員 買い上げた作品は、一応お話通り、これは完全な場所、たとえば東京博物館に保管いたしますけれども、これは必要に応じまして、無形文化財の展覧会がございます。日本工芸会という伝統工芸の作者の集まりの団体がございます。その工芸会主催の展覧会の際にはこれを最大限度活用いたしたいと思います。さらにその他民間のさような工芸作品の展覧会の場合には、常にこの買い上げた作品を貸し出すというふうにして、できる限りこれを活用するようにいたしております。また将来の考えといたしましては、たとえばこれを外務省に貸し出して、外務省におきましてはこれを在外公館などに陳列いたすというようなことも一つの方策ではなかろうかと考えております。在外公館におきまして、日本のこういう作品の価値が海外にも認められるという機会になりますならば、これはいい方策ではなかろうかというふうに考えております。  なお、工芸博物館というふうなものがほんとうは日本にほしいわけでございまして、東京博物館にも工芸作品はかなりございますけれどもも将来やはり一つの工芸美術館あるいは博物館というものができるのが望ましい。そういう際にはこれらの作品は十分に活用されると考えております。
  90. 西村力弥

    ○西村(力)委員 こういうものは時代からだんだんとおくれて取り残されていくのですから、そのためにも指定をして残していこうとなさるのだろうと思うのです。相当積極的な手を考えなければいかぬと思うのですが、今の在外公館に陳列するというほかに、対外的にいろいろな場合にこれを贈与するとか、何かそういう外務省関係ともタイアップして宣伝とともにまた無形文化財のはけ口を見出していくというような、こういう方式は考えていかれますか。大臣はどうお考えですか。
  91. 松田竹千代

    松田国務大臣 大へんけっこうな御示唆であると思います。最近アメリカでは日本民芸に対する非常な人気といいますか、ニューヨークだけでも三年前までは一軒だけよりなかったものが、今日では約七、八軒くらいの店ができておるというようなわけでありまして、説明と展示の方法さえよければある程度の輸出ということも可能であろうかと思うのでありまして、ただ久留米がすりの点については、日本においてもむしろ渋いものであるので、その渋みというものに対する理解が、外国においてどれまで持ってこられるか、近年は嗜好がだいぶんそういう方面に向っているというふうに見受けられるので、多少はそういう方面でも輸出するということも可能であるように思いますが、何といたしましてもやはり一たん指定したこうした文化財については、保存、用途ということについても十分進展せしめていくような方途を講じたいものであると考えております。
  92. 西村力弥

    ○西村(力)委員 次に伝承者の養成ですが、これは現在その業種々々の昔ながらのお弟子さん的な形で伝承者の養成は野放しにされておるのか。指定した以上その伝承者養成については国で相当の保護というか、そういう点は考えておるかどうか。この伝承者の養成ということが非常に大事なことで、これがなければ一代限りで絶えてしまうということになるわけですが、その点はどういう工合に進められておりますか。
  93. 岡田孝平

    ○岡田説明員 現在やっておりますのは、たとえて申し上げますと、芸能方面では文楽の伝承者の養成、それから能楽の養成、この二つだけをいたしております。この養成施設に対しまして補助金を出しております。工芸方面では香川県の県立漆芸研究所というのがございます。そこで香川県特産の漆芸作品についての養成施設をやっておりますので、それに対して補助金を出しておる。これは県立の建物を本年度から新築することになりまして、その建設費に対しても補助金を出しております。さらに三重県の伊勢型紙伝承者の養成というようなことをいたしております。ただいま問題になりました久留米がすり、あるいは同じようなもので結城つむぎ、それから越後縮み、三つございますが、これに対しましても来年からはぜひ後継者の養成をいたしたいと考えておりますが、今申し上げましたのはいずれも団体指定、いわゆるその保持者が非常に数が多い場合でございます。個々の人を特に名ざして指定いたしました場合も、芸能、工芸いずれもございますけれども、実はその場合にはまだ的確なる方策は立てておりません。個人々々のものにつきましてはどういうふうに考えるかということはただいまいろいろ研究いたしておりますが、ぜひ一つ適当な方策を立てたい、かように考えております。
  94. 西村力弥

    ○西村(力)委員 森山さんの自殺のことから考えられることは、森山さん方が不安なくただ自分の技術を次代に伝えるというところに専念できるようなことを考えてやらなければ、結局こんな形で最後には絶えてしまうのではないだろうかと思われるのです。ただいまのお話ですと、個人々々に対しては全然対策を考えられていないというが、先ほどからいろいろ申しましたが、森山さんとしてはやはり責任上悪いものは作れないから、慎重、たんねんに製品を作っていく、こういうことになるとその製品も少い、しかもそれがなかなか売れ口が十分にいかない、金がそれだけ入らない、生活難が襲ってくる、こういうことにもなってきますので、そういう心配もなく、十分に自分の技術を伝えるところに専念できるような方式を早急に立てるべきじゃないかと思うのですが、伝承者の立場を保護する何か経済的な応援の方式は考えられないものかどうか。それについては一体今どういうふうな方策を考えられておるかお聞かせ願いたいと思うのであります。
  95. 岡田孝平

    ○岡田説明員 実は数年前から個人指定の場合におきましても、あるいは団体指定の場合におきましても、保持者に対して年金のようなものを出したらどうかということを相当熱心に考えたのでございます。ところが年金の方は現在たとえば文化功労者年金あるいは学士院会員年金、芸術院会員年金というふうなものがございますが、いずれもこれは個人に対します給与でございます。しかもいずれも過去の文化あるいは芸術の功績に対する一つの栄誉として、栄誉に伴う経済的な給付ということになるのが今までの年金でございますが、無形文化財の方は、現在その技術を最高度に持っておる者の技術をどこまでも伸ばしていこうということでございまして、直接給与の面では少しむずかしい点があります。もう一つは、いろいろな工芸技術によりまして相当実態が違う。先ほど申しましたように相当作品の売れる場合もありますし、あるいは久留米がすりのような場合もあります。いろいろな場合がありますので一律に支給できない。それで実際に年金を支給する場合あるいはその額をどういうふうにきめるかということに相当難点がございまして、大蔵省にも二年ばかり続けて予算を請求いたしましたが、これはとれませんで、そのかわり先ほど申し上げました買い上げ制度という予算が通ったのでございます。この買い上げ制度も十分にいただくならばけっこうでございますけれども、先ほど申し上げました通りきわめて不十分で、現在のようなことではとうていできません。従って私どもは年金につきましてさらにもう一ぺん再検討を加えたい。そうして何かの形で継続的に毎年この保持者に対して国から助成金が出るというふうにいたしたいと思って、ただいまどういうような形で出すべきかということをいろいろ検討いたしております。もしどうしてもそれがうまい方法が見つからないということでありますならば、買い上げ制度を今までよりも画期的に拡充して、そうしてその上でそれと後継者の養成措置という、両方の面で代替させていく、かようなことでただいま検討いたしております。
  96. 西村力弥

    ○西村(力)委員 今一時支給はできないということですが、一時支給はできないという考え方は、いいものを作って高い値段で売って収入のよけいある人に支給するのはおかしいという考えだろうと思います。そうしますと、この年金というのは生活救済的な年金という考え方に立ってくるのだろうと思います。そんなことを顧慮せずに、どれほど収入がある人でもやはり指定した以上は一律に支給していくという形で何ら差しつかえない。そういう工合にしてはっきりと生活が成り立って、自分の技術を後代に伝えるというところに専念できるようにしていくということが一番基本的な解決策である、こう思うのです。買い上げ制度といいましても、先ほど言いましたように、これは念を入れてやるためによけいは作れないし、しかもそういう古いものはなかなか新しい時代の感覚にマッチしないために売れ口だってそう思うようにいかないということになりますと、結局収入が少いために苦しい生活を続けていかざるを得ないということになってくる。ですからやはり根本は、指定した以上は一律支給を前提として、はっきりこれらの人々が最低の技術伝承を行うに必要な生活が保障される、こういうところに問題の解決の基本を置かなければならぬじゃないだろうか、こう思うのです。今のような考え方で今後再度折衝考えていただきたい、こう思うのですが、大臣はどうでしょうか。年金問題についてはこれまで二回も要求したけれどもけられたということでありますが、今後そういうことを再度やってこれを通す、こういう考え方に立っていただけないものかどうか。
  97. 松田竹千代

    松田国務大臣 芸術に精進する人の熱意が強ければ強いほど生活能力にマッチしないという面も出てくるのでありますから、一たび真の芸術を保存するために政府が支援するという立場に立って特別なものを指定した以上は、もちろん年金制度のごときものは打ち立てて、そうして支援の実をあげていかなければならないと考えます。  また先ほどお話しになりましたように、資金の面で何ら困らぬ人でも、一律一体に出すべきだということはもっともでありますが、そういう人に対してはまた別途の方法で奨励の道もあろうかと考えるのであります。いずれにいたしましてもお話しのようにこの制度がある以上は、真の芸術を保存するために、政府の支援は年金制度であろうと、その他の形においてでも、十分にその目的を達するようにしていかなければならぬと考えております。
  98. 西村力弥

    ○西村(力)委員 優秀な芸術というものはどうしても残していかなければならぬ一つの義務があると思うのです。その点はぜひ努力を願いたい。  その点の最後の御質問は、この無形文化財として指定されたものも、時代の変遷に伴って芸能なんか変形していくのではないだろうか。時の人々のお好みにマッチしていくように変形していくのではないだろうか。変形しないとなかなか見てもくれないということになると、やっぱりくずすということになるのじゃないかと思う。くずすことを認めていきつつなおかつ本来の姿を保存するという工合にいくのか。この変形に対してあなた方の考え方はどうか。変形と原形の保持の点についてはどういう工合に考えておるか。
  99. 岡田孝平

    ○岡田説明員 その点は大へんむずかしい御質問でございますが、どこまでも日本の伝統の製法あるいは手法、あるいは演劇につきましてはその芸能の表現の方法、基本の型、かような伝統的なものはあくまで保存して、それが正しい型——何が正しいかということについても相当問題がございますが、ともかく正しい伝統の型、あるいは正しい手法なりをあくまで保存したいというのが基本でございます。しかしながらやはり工芸でも芸能でもそうでありますが、特に工芸などにおきましては、だんだん世の中が進んで参りますと、どうしても新しい感覚というものを全然無視しては現代人の好みに訴えることができないということがありますので、やはり新しい感覚はある程度入れる必要があると思います。しかしながらどこまでもそれは伝統を墨守するのじゃなくて、伝統を保持しさらに発展させていくというふうにしなければならぬのでありますが、やはり作品そのものの表現は、多少現代人の感覚にマッチしたものをある程度取り入れざるを得ない。むしろそれによって伝統の真価がずっと続いていくと思います。その点はちょっとむずかしい問題でございますが、業者の間におきましても常に検討を加えております。先ほど申しました日本工芸会というのは、伝統作家の集まりでございますが、そういう点は特に今まで議論され、またお互いに精進して、そういうものの保存、発展をはかりたいということに努力しておるのであります。
  100. 西村力弥

    ○西村(力)委員 この問題はその程度にして、次に時間がだいぶ長くなっておりますので、簡単にお聞きします。  それは高等学校卒業生の就職試験が、八月十五日に行われるのだということが新聞に見えておりましたが、あの件に関して文部省としてはどういう意見を出しているか、またこれを是とせられるか、またそのことが困るという立場に立っておられるのか、その点について一つ係官の方から御説明を願いたいと思います。
  101. 内藤誉三郎

    内藤説明員 高等学校卒業者の就職試験の開始の時期についてでございますが、これは昭和二十六年度までは適宜にやっておったことであります。ところが各学校があまりばらばらになっても不都合でございますので、昭和二十七年に実は一月一日以降ということにいたしたわけでございます。これは実際二十七年にやってみましたところ、中学校の就職者の数が非常に多くてとても実施ができないというので、実は繰り上げになったわけであります。その繰り上げるときに、大学の就職時期との関連がございまして、ともかく二十七年に一応そういう通達を出しましたけれども、実際は中学校の関係で守れなかった。そこで十月一日以降ということになったわけでございます。それは昭和三十一年の七月にそういう通達を出した。ところが大学と一緒にしますと、たくさんの大学の就職者の選考がございますので、この点で実は高等学校がまたままっ子扱いをされてしまった。そして一年実施したところ、とてもこれではやれないという業界の意見、あるいは学校側が非常に困ったというような点で、昭和三十二年になりまして、九月の十日ということになったわけであります。九月十日をぜひ守らせるように私ども努力をして参ったわけですけれども、九月十日ですと、大学が十月から始まるので、期間が非常に短かくて、とても十分な選考ができないというような事情がございまして、九月十日が約束が守られなかった。こういうようなことになって、実は私どもも大へん遺憾に思っておったわけでございます。私どもとしては、できるだけ修学の時期を十分にとって、そしてりっぱな中堅人を養成して社会に送り込むのが建前でございますので、できれば大学の就職時期のあとにしたいということを、かねがね業界、高等学校側に要望して参ったけれども、本年はなかなかそういうふうに参りませんで、結局本年の場合は、業界が守り得る時期、それから学校側がこれに協力し得る時期をいつにするかということで、だいぶ長い間業界と学校側とでいろいろ相談いたしました結果、一学期が終ってそしてその成績がはっきり出たころ、こういう点で八月十五日ということになり、この線は業界も学校側も守り得る線だ、こういう点で実は八月十五日になった次第でございます。
  102. 西村力弥

    ○西村(力)委員 経過をずっとお話しいただきましたが、最初は一月一日以降というようなことが、わずかの間に八月十五日までずっと繰り上ってきたわけですが、こんなようなことで一体学校教育は守れるのかどうかという工合に私は思うのです。今学校教育は、入学試験と就職に対する対策というものによって、中学校以上はもう完全になくなっているような状況ではないか。教育という本来の姿があるのは、小学校だけになってしまっているのではないか。こういう状態に放置しておいて、いかに教育の他の施策に力を入れようとも、中学校にいけば中学校で就職問題と入学準備、高等学校、大学にいけばともに就職関係で、生徒、学生諸君はほんとうに苦労惨たんしておるような状態であって、日本の教育の本来の姿は、小学校にしかないと極言してもいいくらいになっているのじゃないかと思うのです。そこで入学試験の持つ弊害をいかにして除去するか、就職問題からくる学校教育のゆがみをどうして是正するかという点については、文部省の本来的な任務として、これは早急に対策を考えてもらわなければならぬのじゃないか、こう思うのです。それはいろいろな関係からむずかしいこともあるでしょうけれども教育を守る文部省としての希望的対策を示されても何ら差しつかえないじゃないか。現実にそれができる、できないにかかわらず、そういうところまで進んでいいじゃないだろうかと思うのです。文部省の対策が十分に打ち出されて、これはよいものである、すばらしいものであるという国民の支持が出るようであれば、われわれも協力を惜しまないものでありますが、その点については大臣の就任された一つ仕事として、早急にそれを検討する機関なり何なりを設けるというお考えはないか。少くとも今年中くらいには、文部省がこの二つの重大問題について、教育を守るという立場から対策をはっきり打ち出してもらわなければならぬと思うのですが、大臣のお考えはどうでしょうか。
  103. 松田竹千代

    松田国務大臣 入学の問題、卒業生の就職の問題は、ともに長い間の問題だと思うのであります。そういう事柄に父兄を初め生徒がうつつを抜かして、実際の教育の面はおろそかになっているのではないか、こんなことで文部省はよろしいか。私どもも西村さんと憂いをともにするものでありまして、これではならぬ、何とか文部省文部省としてその責任において、これらの問題についてもっと強い線を出さなければいかぬと思います。むろん一般国民からの協力も、これは何とかして得るように努力もしなければならぬと思うし、また適当な委員会なり何なりを設けて、特にこの点について検討を加えて、そして文部省としての立場から適当なやり方をもって対処しなければならぬと存じておる次第でありまして、どういう姿にしてこれを実行するか、まだ明らかではありませんけれどもお話趣旨に基いて、そうした点について文部省の強い方針を打ち出したいと考えておる次第であります。
  104. 西村力弥

    ○西村(力)委員 労働省の方は、この試験期日繰り上げに参加せられておるかどうか。あるいは現在、最も学生たちをゆがめておるコネ就職の問題に対する打開策、そういうようなものは労働省で検討されておるかどうか。
  105. 木村四郎

    木村説明員 主として高等学校の職業選考の期日の問題につきましては、学校教育上の立場から、また職業紹介の面からいいましても、就職の機会均等というふうな面からいきましても、大きな問題でございますので、常に文部省と緊密な連絡をとりまして、これを行なってきておるのでありまするが、来年度の問題につきましては、さらに今文部大臣からおっしゃいましたような趣旨を体しまして、事務的にも文部省とよく連絡をとりまして、いろいろ期日について検討いたしたい、かように考えておる次第でございます。
  106. 西村力弥

    ○西村(力)委員 お考えは大へんけっこうですけれども、それだけでは、一般の行政当局としては、私らとしては聞いても聞かないでも同じことだ、こういうことになるわけです。しからば八月十五日に繰り上げた責任は文部省ですか、労働省ですか、業者ですか。
  107. 内藤誉三郎

    内藤説明員 これは文部省はもちろん責任を回避いたしません。十分業界と学校側と打ち合わした結果に基きまして、私どもは本年はこれよりほかにいたし方ないという結論に達しましたので、文部、労働両次官名をもって通達をいたしたわけでございます。
  108. 西村力弥

    ○西村(力)委員 その責任を回避いたしませんというようなことは、業者と学校側の打ち合せが決定権を持つのであって、それに文部省は了承を与えたというだけのことだというような工合にも聞えるのですが、端的にいうと、こういうものの責任はどこにあるのか、文部省にあるのか、労働省にあるのか、はっきりしてもらいたい。
  109. 内藤誉三郎

    内藤説明員 もちろん労働行政の面から、雇用を安定させようという考え方で、労働行政をやっていらっしゃる立場からの求人の開拓という面が、労働省にはあると思うのです。また私ども文部省といたしましては、高等学校と大学はそれぞれ子供たちを就職あっせんするところの権能が、法律によって認められておるわけですから、本来学校側と業界で話し合っていく筋合いのものでございます。私どもはこの間にありまして、文部省の当局の意見としては、できるだけ、せっかく三年間の期間ですから、この三年間の期間を十分活用してりっぱな国民を世に送ることが正しい、そういう信念で指導して参ったわけであります。     〔簡牛委員長代理退席、委員長着席〕 しかしながら今日のところはこれよりほかに方法がなかった。文部省もこれを認めた、こういう点については私どもは責任を回避するものではない、こういう趣旨でございます。
  110. 西村力弥

    ○西村(力)委員 はっきり文部省が責任をとるという立場であってもらわなければならないと私は思うのです。その点については、早急に根本的の対策というものが立てられないと、学校教育というものはなくなってしまうと思う。まあその点について、文部大臣からもお話がございましたが、その点はよろしく推進願わなければならぬのじゃないか、こう思うわけなんです。  最後に、先ほど辻原委員から僻地教員の手当の問題について話がありましたが、僻地に行って子供たちの希望を聞いてみると、おれは町に出て大工になるのだ、おれは自動車の運転手になるのだ、こういうのがほとんどでありまして、家業を継いでやるというのはほとんど少いのです。そういう点がありますし、また極端な僻地、山間地に行ってみると、子供たちは山の坂の上り下りなんかで正常歩という歩き方ができないというような子供のおるところがあります。そういう点を考えてみますと、僻地学校の子供に都会に出てそういう急激な変化を与えないためにも、文化の摂取が相当できるように措置してやらなければならぬのじゃないか、こう思うのです。それから、屋内運動場とか体操場の整地、整理、こういう点に重点を与えていただかないと、正常歩ができない、変な歩き方の子供しか出てこない。正常歩をやらせると、とっことっこと、スムーズな正常歩ができない子供がおるのです。町の子供は映画館もありますし、テレビも床屋の前に行ったりそば屋の前に行ったりすれば見られるのです。また映画館があるから映写機なんか必要ない。ところが町の学校や何かによけいそういうものがあって、最も必要な僻地にそういうものがない。だからことしあたりの予算要求では、僻地学校には映写機とか幻燈機とかテレビなんかは早急に備えてやる、こういうことは思い切ってやるべきじゃないだろうかと思う。それは山間僻地の子供たちの将来の希望と、現実に文化摂取の機会に恵まれない子供を救済するとともに、将来の彼らの行くべき道にあまり変化がないような工合にしてやるということからも必要ではないだろうかと私は思うのですが、そういう点はどうでしょう。ことしは、そういう私の考えているような考え方に立つ僻地の施設整備について、どんな構想を持っていらっしゃるか。
  111. 内藤誉三郎

    内藤説明員 目下予算編成の途上でございまして、まだ具体的に固まったわけではございませんが、ただいまおっしゃったように、僻地におきましてできるだけ文化的な色彩を強くするようにという点は同感でありまして、現在、僻地といえどもラジオの方はほとんど行き渡っているように見受けられるのでございまして、今までは無電灯地帯が相当ございましたので、無電灯地帯に発電の装置の経費も計上いたしまして、逐年助成もいたしておるわけでございます。ただテレビになりますとテレビの視聴の範囲がおのずから限定されますので、なかなかテレビまでは参らぬかと思うのであります。私ども僻地教育の振興のために、今般基準の制定を見たと同様に、今後あらゆる面において、スクール・バスの問題とか、あるいは今お話しの僻地における視聴覚教育の問題、あるいは保健体育の問題、こういうような点につきまして、今後一そう努力して参りたいと考えておるわけであります。
  112. 西村力弥

    ○西村(力)委員 テレビもアンテナをずっと山の上に持っていけば、電気さえあれば見えると私は思うのです。そのくらいまでして見せてやった方がいい、私はそう思うのです。  それで、今予算の話になりましたが、大臣にお聞きしたいのは、この前大臣は日教組とお会いなさったということを新聞で見て、大へんけっこうだ、こう思っておったのですが、今度この予算問題について日教組が話し合いをしたい、こう申し入れたのに対しまして、何かためらっておられるということをお聞きしておるのです。それは大臣の本意じゃないのじゃないか、こう思うのです。そうしてまたこういう予算問題なんかについて、個人あるいはある団体が申し入れをしたいとか話し合いをしたいということを拒否するということはおかしいじゃないか、こう思うのです。そんなことでは政府としての責任は果せないのじゃないか。私たちからいうと、理由とするところは、まことにつまらぬことで、それにこだわっているのじゃないか、こう思うのです。予算に対する要求を申し入れることに対して、それに会わない、聞く耳を持たぬ、そういうことをいう政府はおかしいのじゃないかと思うのですね。少くともこういうことは大臣意思としてなされておるのじゃないと思いますが、これはこだわりなく会っていくという、そして声は声として聞くというような工合に行くべきだと思うのですが、大臣のお考えはどうでしょう。
  113. 松田竹千代

    松田国務大臣 私といたしましては決してお会いすることをためらっているわけでもなく、拒否しているわけでもないのです。ただ最近私としての用件もだいぶいろいろ詰まっておりまして、その意味で少し先に延ばしてくれ、けれども今月中には会いましょうということを、この前も言っているのです。
  114. 西村力弥

    ○西村(力)委員 大臣仕事御熱心でお忙しくていらっしゃる、そのためでしたら、私の聞いたこととはちょっと事情が違う。理由なく拒否していると聞いたものですから、それはおかしいじゃないかと思ったのです。今のようなお話でしたら、お仕事のひまを見てなるべく早く、そういうことにこだわりなくお会いしていただきたいと思うのです。以上で終りです。
  115. 大平正芳

    大平委員長 長谷川保君。
  116. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 今の問題にも関連するのですが、時間もありませんから一点だけ端的にお伺いいたします。  お互いに国を憂える者としまして、今日文部省と日教組の対立ということにつきましては、これは何とかならないものかということを考えている。大臣も就任早々お仕事が多い中を会おうというお話があったことを新聞で拝見して非常に喜んでおります。これは私だけでなく全国民の要望でもありますが、何とか対立をほぐす道はないものか。教育の現場におる先生たちのほとんど全部と言っていいほどの団体であります。その団体と文部省が対立しておったのでは、満足な教育ができないことはどう考えても当然だと思います。この点はお互いにほんとうに国民のために腹を割って、こだわらないで話し合いをして、そして解決すべきものだと私は心から思う。大臣も就任なさいましてからすでに日教組の諸君と一回会われたように新聞では伺っております。大臣はこの日教組と文部省の対立の原因はどこにあるとお考えになっておるか、またその点はどうすれば直るとお考えになっておられるか、その点を率直に伺いたい。お互いに党というようなことにこだわりますとこの問題は解決しないと思う。そういうものではなくて、日本の国を憂える者としてお互いに率直に考えてみたいと思いますので、御意見を承わりたい。
  117. 松田竹千代

    松田国務大臣 日教組の皆さんもまた文部省も、ともに教育に通ずる仕事に携わっている者として、私は今お話しのように何ら他意はありません、何らのこだわりも持ちません。私は文部省へ来ている人だれかれなしに、時間の許す限りみな会っております。いわんや教育に関係しておる日教組の人々と会うということは、私は拒否する考えは毛頭ありません。またこの文部省と日教組が対立したような姿にあること自体がおもしろくないのであります。私の方としては何のこだわりも持たない。どういうわけでこういうふうになったかと言われましては、それはいろいろ原因があるのでしょうけれども、戦後の異常な社会情勢につれていろいろの不正常なことも多々出てきた。そういう一つの惰性とでもいいますか、そういうような事柄もあって今日の状態になったのではないかと思います。
  118. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 どういう方法解決する具体策は何か。
  119. 松田竹千代

    松田国務大臣 これはやはりお互いに相手方の立場を十分に尊重して、そうして十分に話し合いをして、できる話し合いは率直に話し合っていくということも進めていきたいと思います。その間に策略もなければ、私の方としては何ら別に敵視観念をもって対処しておるというような観念はありません。
  120. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 どうも近年の文部省の態度は理解できない点があるのです。むしろことさらに対立をしていくというような傾向が見えるように思われる。たとえば昨年の強引な第一回の勤務評定をやった、その直後に道徳教育のせっかちな実施をやった。さらに校長に続いて教頭にも管理職手当を支給する、あるいは教育長への手当の支出、あるいはまたたび重なる講習会等いろいろなこと、さらに最近では校長の非組合員化あるいは教組の専従者の制限、こういうような問題、どうもことさらに日教組との対立を強めていくような手を急速に打っておる。先ほども問題になりましたように、組合運動というものに対する文部省考え方がどうも時代とずれておるように私どもは思います。憲法や労働組合——もちろん教組は職員組合だというでありましょうけれども、本質的には同じようなものだ。労働組合法等にありますような民主主義社会における一つの大きな柱としての組合を重んじていくという態度でなくて、どうもこれを圧殺しよう、あるいはそれの力をあくまで制限していこうとするような態度がことさらに強いように思われるのであります。そういうような態度ではいけないのであって、今お話しの通り十分話し合う——私もときどき教組の研究集会やその他の集会の傍聴をいたしますが、決して共産主義をやろうとか、暴力革命をやろうとかいうようなことではないのです。また教員の考えもわれわれよく聞きますと、そういうことではない。この点は自民党の方でも非常な誤解をしておるのではないかと私は思う。加藤精三君と私とは同じキリスト教徒でありまして、ときどきキリスト教会の集会でも一緒になりますが、加藤君のお話を聞いておると、とんでもない考え違いをしておる。また社会党に対する考え方についても、暴力革命でもやっていくようにお考えになっておる。そういうような考え方に根本的な行き違いの原因があるのではないかということを私はしみじみ思う。教組の諸君の中に幾分の共産党員がいるかもしれませんけれども、もちろん日本共産党は一応法によって許されておる団体であり、他に社会党の関係の方もたくさん教組にはいる。社会党は御承知のように暴力革命なんて全然考えておりません。私も長年社会党におる。結成以来長年、戦前の社会民衆党あるいは社会大衆党以来ずっと籍を置いております。暴力革命なんか全然考えておりませんけれども、そんなふうに考えておるように加藤精三君と話し合っても聞くのであります。そこに根本的な思い違いがある。これが日教組の組合運動に対する根本的な思い違いになっておるのではないかというふうにも考えられるのであります。教組に対して話し合いをなさるという趣旨は非常にけっこうなことだと思う。ぜひそれを徹底的にやってもらいたいと思うのでありますが、大臣就任以後、教組の諸君とどれくらい話し合いをなされたか、お伺いしたい。
  121. 松田竹千代

    松田国務大臣 私は旅行先々でも大ていみな会っております。山形でも会っておりますし、大阪でも会っておりますし、また新聞社等で日教組の人々とも会っておりますし、また個人的にも日教組の組合員の人々ともちょいちょい機会あるごとに会って、話をいたしております。また私の国に帰ったときは選挙区の人々とも会っております。その考えは、要するに日教組の実体を私自身みずから直接にできるだけ把握したい、こういう考えからでありまして、ほかに何ら他意はない。要するに実体をつかみたい。お話のように、私の会った多くの人々は決して共産党員でもなければ、また必ずしも過激なやり方、従来とかく世間からも非難を受けておる事柄、また文部省とも対立しているような問題についても、必ずしもみな是認しているわけではありません。またそれに賛成している者もあります。けれどもみなみなそうではないということをほぼ知って参りました。目下もっぱら実情を私みずから把握したいということに専念しておるような次第であります。
  122. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 そういう点私はぜひ、政治家として長い間の御経験を積まれておられます大臣としては、率直に話し合う機会を持ってもらいたい、お忙しいことはよくわかりますが。  そこで、先般大臣が就任された直後に、教育正常化をはかる会という団体が大臣にお会いになった。この中には全国小学校長連合会の会長などが名を連ねておるということであります。その教育正常化をはかる会の諸君が大臣にお会いになって、そして解決策として一点を指摘されたように新聞は報道しております。御承知のように第一点は、教育委員会制度が昭和三十一年に従来の公選制から現在の任命制に切りかえられた、この点がよくなかった、この点が今日の文部省、日教組の対立の一つの大きな原因になっておる、これをやり直したらどうか。結局日本の教育というものは戦前のように文部官僚の手に移る傾きがある。これは教育基本法の精神にも反する、これが教育界に不安と不信の空気を作る一因となっている。これをもう一度公選制に改めるべきだというふうに第一点はいわれている。もう一点は、日教組の諸君に対しまして、これは今日は日教組の組合活動が、社会が教職員に要求する教員としての仕事のじゃまにならないように、組合活動を教育のじゃまにならないように努力してもらいたい、こういう点を日教組の諸君に要望なさっている。私はどちらももっともなことだと思うのです。で、この点はずっと前の当委員会で私も文部省当局に向いまして、この任命制を公選制にするべきだ、いかなる理由があっても、公選制を任命制にしたことは民主主義の逆行である、人民をあえて信用しないということから出てきている、何としてもこれは逆行なんです。そこに大きな問題が起っているので、もしこれが真に教育委員というものが公選制であるなら、とにかく人民の名によって選挙せられたもの、これは人民の代表だ、人民の代表が教育をつかさどる教育委員ということになりましたら、これに対して必ずしも日教組の諸君も抵抗することはできなくなる。この問題を以前にここで論議しましたときに、内藤局長から、この間のいきさつというものは、教育委員の公選制をやったところが、投票率が非常に低くなってしまった、そういうところでどうも民意を代表しないということで改正せられたというような答弁があったように記憶する。ところが今度出ました立法考査局のリフアレンスの百号の中にあります戦後の教育という記事をずっと読んでいくと、その中には、そうじゃなくて、そのときのいきさつが書いてあります。そのときには、だれがやったか知りませんけれども、意識的にむしろ教育委員の選挙について国民に十分それを徹底させないで、意識的にむしろ投票率が下るように、そういうようにやっていったのだといういきさつが書いてある。私はどういういきさつでなされたか知りませんけれども、もし立法考査局のリフアレンスの記事がほんとうであるとすれば、実に遺憾なことであると思う。それはともかくとしまして、何と申しましてもこれを公選制にするということは、日本の教育を常に民主的に持っていく、そして戦前のあの大きなあやまちを犯さないようにしていくために必須のものであると私は考える。日教組に対する教育正常化をはかる会の要望は、日教組に対する要望でありますから別個の問題としまして、一応文部省の方でできる仕事としては、任命制の教育委員を公選制にかえるこの要望、これは私は的を射たものであると思う。私はどちらにくみするのでもありませんけれども、的を射たものであると思う。こういうことについて文部大臣どうお考えになるか。今日の日本の現場教員諸君と文部省との対立というこの教育界における最大の悲劇、そして教育をいわば非常に妨げるもの、この対立の問題一つ大臣が任期中において解決されましても、これは大臣として非常に意義あるお仕事となる。おそらく今日日本の教育界の最大の問題を解決したということになるのであります。官僚に引きずり回されないで、大臣は政治家としてこの問題と取っ組んで、しっかりやってもらいたい。大臣がやる以外にこういう問題とほんとうに取っ組む人はない。世論はすでに何とか解決しろということになっておることは明らかである。この問題を一つしっかり解決してもらいたいと思うのだが、その具体的なものの一つは、確かにこの教育正常化をはかる会の小学校の校長さんの連合会長さんなどが名を連ねているというこの会議指摘したところは当っていると思う。この点について大臣はどう思われるか。
  123. 松田竹千代

    松田国務大臣 民主主義には選挙というものはつきものであります。そういう意味において、原則的にいえば公選制は正しいというふうに話をされる方が多いと思います。先般も正常化をはかっておられる方々と会って、この問題を話し合ったのですが、その当時は私は何も申しませんでしたけれども、その後個々にやはり会っております。個人的に会っております。そのときに申したのですが、要するに、公選でもあるいは任命制でもやはり一長一短がある。公選制によって適切な教育委員長ができます場合は、それはまことにけっこうです。ところがこれを現に実行してみて、地方においてはなかなか適当な人がいなくて、はなはだおもしろくない人が出た場合も多々ある。すこぶる世間の非難の多かったような人が出てきた場合、今日の時代に任命制はいかぬという議論もありますけれども、任命制によってむしろ比較的適当な人を得ておるのじゃないかという見方もある程度できると思います。そういうことでありますので、いずれにも一長一短がある。現在までに公選制をやって、もう一つおもしろくないということで任命制に変ってまだ日がたたないのでありますから、今直ちにこれを公選制へ持っていった場合にいいということは、まだ今のところ私には確信がつきかねるのであります。
  124. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 それは世の中のことですからどんなことでも功罪があり、長短がある。選挙で出てくる代議士の中でも、これはお互に同僚の中で大へん恐縮だけれども、実にろくでもない者がときたまおるのです。長短はあります。いろいろありますけれども、何と申しましても選挙による人民の代表によって、議会主義によって政治をやるのは民主主義社会における原則だと私は思う。これはもう間違いない。もし間違があるとすれば、これは一つ根本的にやり直さなければならぬと思う。暴力革命という線も出てくるかもしれない。自民党にしても、社会党にしましても、そういう点は厳として間違いない。これより以上のものはない。これはいろいろ欠陥はあるけれども間違いない。これでいかなければならないという立場に立っていることは間違いない。これは同様に教育委員でもそうだと思う。いろいろな人が出てきます。今日任命制でもろくでもない者が出ています。私はその実例をいろいろ知っているが、実にろくでもない者が出てくる。それで日教組と文部省の対立の歴史をずっと見てみると、非常に激しくなってきたのはあの任命制になってきてからなんです。ですからこれはやはりもとへ戻す。ことにこれは日教組の方でも強く要望していらっしゃる。歴史的に見るとあれ以来非常に対立が激しくなっている。だから確かに一長一短はあります。世の中の制度でありますからありますけれども原則的にいってやはり公選制は人民を信頼する。公選制がだめだということは人民を信頼しない——人民を信頼しないよりも、主権は人民にあるという国柄なんですから、よくても、悪くても、選挙で出てきて、悪いならばそれは人民が悪い、ウリのつるにはナスビはならぬということになる。これはやむを得ないけれども、何と申しましても人民が主体ですから、人民が直接選挙するというのは正しい。だから今日ここまで問題が対立をしてきて、教育課程の講習会をやるのに警官を動員しなければならぬということは、これは文部省として恥かしいことだと私は思う。教育の府である文部省が、教育のことを扱うのに、話し合いとか説得ではできなくて、権力によらなければならぬ、警官に守られなければできないということでは、文部省の恥です。文部省の方にしてみれば、日教組だけが悪いというかもしれませんけれども、国民は、これは日教組も悪いかもしれないけれども文部省も悪い。私は世の中の常識ある人はみなこう考えておると思う。文部省だけいい子になっていると思うのは大間違いなんです。文部省も直さなければならぬ、とこう世論が主張しておるのは、大臣どうお考えですか。就任以来相当な月日がたっておりますけれども、率直に言ってどうですか。私は今日直面いたしまするこの教育界の波乱というものを何とか解決したいと思いますからこう言っておるのですが、文部省が悪いと世論はいっているのです。大臣はどうお思いになりますか。
  125. 松田竹千代

    松田国務大臣 世間における文部省が悪いといううわさを私はあまり耳にしておりません。しかし私も文部省の文部行政が完璧に行われておるとも思っておりません。文部省の役人も私どももみな欠点のある人間でありまするから、これは決して完璧なものだとは思っておりません。また御指摘のように、文部省のやることに対して警官を用いなければならぬというようなことは文部省の恥だ、まさに私どもも情ないことであると考えておるのであります。しかしこの場合に、あえて相手方の措置についてとやこう申しませんが、警官を入れざればどうにもならぬというような事態が生じてくるときにはやむを得ないと思うのであります。事前に事態を大きくしないで、局限した範囲内でこれをおさめていくということに対してやはりやむを得ないことである。かように感じておるわけでありまして、われわれは常に民主主義においてはみずからの考え方にこだわってはならぬ、常にお互いに相手方の立場からものを考える寛容の気持が一番大事である。かように考えておるような次第であります。
  126. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 大臣はあまり耳にしないそうですが、それはどうも困ったことであります。私は行きがかりにこだわっていては絶対にこれは解決しない。そうでなくして、やはり政治家としての大所高所からこの問題を解決しなければ解決しないと思う。ですから、私は政党人である大臣が出たことに、ことに長い政治経歴を経ておられる松田大臣に非常に期待を持った。これは新聞の社説ですが、「教育を闘争手段にするな」という題目の中に「謙虚に話合えないか」という小さな題目があるのでありますが、そこに「教育界からこの混乱をなくする道は唯一つしかない。文部省・教委も日教組も、教育というものの意味を冷静に考え直し、いままでの行きがかりを捨てて、謙虚に話合うことである。」以下いろいろ書いてございますけれども、こういうように文部省も話し合うのだ、今までの行きがかりを捨てて、言いかえれば、今まで文部省は行きがかりにこだわって、この問題の解決の妨げになっておるぞということを裏から言っておるわけです。ほんとうにこの問題一つ解決できないなら、文部省はなくした方がいいと思う。文部省がやはり混乱の一つの大きな原因を作っている。日教組の諸君が文部省をなくせということを言ったら、世人はだいぶ奇異に感じたようでありますが、実際こういうことでほんとうに腹から話し合いをして、今までのことにこだわらないで、この重大な問題を解決することができないなら、文部省はない方がいい。教委だけでやった方がいい。私もそう思わざるを得ない。だから官僚出身でない政党人の大臣ができたということは大所高所からそういう問題に断を下せる、こういうことでなければならぬ。それができないならお互い政党人の大臣というものはくだらぬものかもしれない。もちろん官僚諸君に比べれば技術的なものや知識はわれわれははるかに足らない。問題は官僚諸君でいけないのは、官僚諸君がいろいろないきさつだとか事務的なものだとか個々の一つ一つずつの政策と申しますか、政治的な技術と申しますか、そういうものにこだわり過ぎて、大所高所の判断をともすると誤まるというところに政党人の政治家としての大臣が必要なのです。だから私は今日この直面いたしまする重大な問題、ことに御承知のように東京を初め二十四府県は九月一日を第二回の評定日と定め、その他の府県も北海道、京都を除いておおむね十一月一ぱいで二度目の評定をしようとする。それに対して九月上旬を期して日教組は全教員が休暇届を出して闘争しよう。こういうような対立を目の前にして、そういうようなことをこの際二度とさせないで何とかしようじゃないか。先ほどのお話のように警官が出なければ教育課程の講習会ができないというのは恥かしい話です。世界じゅうに対してもこんな恥かしい話はなかろうと思うのです。こういうようなばかなことではなくて、そういうようなことならなぜもっとその前にその問題について腹を割って話し合わないか。日教組の諸君も大臣と会いたいと言っているのだし、なぜこういう緊急な問題について話し合わないのだろうか。どうも私は政治をやる者の一人として腹を据えかねる。どうも大臣のこの委員会における最初の答弁あるいは文部省と日教組が話し合おうというときの話から順次後退してきて、最初に非常に期待したその期待を裏切られるように私は感ずるのであります。この大きな問題一つ解決すれば大臣はそれだけでもう政治家としての任務はほんとうに私は果したものだと思う。何とかもう一歩進んで現場の教員諸君を信頼をして、そうして心から話し合おうということはできなかろうか。ことに今も西村委員から話がありました教組の諸君が予算問題で事務次官に会いたい、大臣はお忙しいだろうから事務次官に会いたいというのを、事務次官の方では何かと理由をつけ加えてこれを拒否しているという話、現場の教員諸君は自分のやります、受け持ちます教育の問題について予算はどうなるであろうかと心配するのは当然であり、いろいろ現場でやった結果、こういう欠陥が今の予算にはあるから、こういう文部省の予算をこういうふうに変えてもらいたい、こういうことで文部当局と大いに話し合いたいということは当然なことであり、それを聞くのは当然だと私は思うのです。そういうことすら今できない。文部省の予算編成期だからそんなひまはないと言うかもしれない、あるいはまた予算編成時で忙しいから、また事前にそういうことをやったのではうるさいから、文部省の腹をきめてから後にしてもらいたい、こう言うかもしれない。しかし今は編成期だから会わなければならぬと思う。現場の諸君の声を聞かなければならぬと思う。現場の諸君の声を聞いて今までの予算にどういう欠陥があったか、率直に聞くということでなければならぬと思う。問題の深いところにあります間違いのもとは現場教師を信用しない、現場教師の団体を信用しないということであると思うのであります。そういうことでなくて、大胆に現場教師を信用して、よしその言うところを善意をもって聞こうということができなければ、どこまでいっても問題は解決しない。まずなすべき第一のことは、現場教師の団体である日教組を大胆に信用して、何を言うのか聞こうというところから始まらなければならないと思う。今の予算問題でも先ほど大臣は忙しいから月末に会う、先にいって会うというのですが、先にいっては間に合わないから日教組の諸君は今会いたいといっておるのです。まずその話し合いをしてもらいたい。日教組の諸君を信用してもらいたいと思う。彼らは決して共産党でもなければ暴力改革主義でも絶対にない。だから信用して話し合いをしてもらいたい。これについて大臣のお考えをもう一つ伺いたい。
  127. 松田竹千代

    松田国務大臣 今の御熱心なお気持ちよくわかります。私も大体同感です。私が最初に日教組の幹部と会うというときにも、会ったってむだだよ、そんなことをやる必要はないと言った人も二、三にとどまらなかった。また会うことに対して党の方の二、三の人からも私に対してちょっと日教組を甘く見ているのではないかというふうに言われた方もあるやに聞いております。しかし私は初めからお話のような気持ちでおりまするがために、進んで会ったわけです。当初少数の人と会うということであったのですが、三役がそろって出るから三十人くらいだという。それは部屋が狭いし困る、かえって十分な話し合いができにくいのではないかといったのですが、三十人どうしても出なければならないというから、数の点でもこだわらないといって会ったわけです。今度のことについては、それはできるだけ早く会えばいいでしょう。私も会いたいと思っておるのですけれども、私は約束したことがたくさんありますから、万事放擲して日教組とだけ会えばいいといわれるかもしれませんが、そうも参らぬことがありまして、できるならば二十日過ぎにしてもらいたい、それまでずいぶん詰っておりますからと、きょうもそういうふうに返事をしてくれと答えた次第であります。何ら私の申し上げることに疑いを差しはさんだりする余地はない、私の率直の話であります。御了承願います。
  128. 長谷川保

    ○長谷川(保)委員 非常に緊急な問題であり、また差し迫ったことでありましたので、この際お忙しいでありましょうけれども大臣お会いできなければ代理に事務次官でもけっこうです。政務次官でもけっこうです。どうか現場の教員を信用して話し合いをしようという態度をまず持ってもらいたい、そこからこの対立をほぐす道を見つけてもらいたい。私も教組の諸君が多数押しかけて大臣や事務当局をつるし上げすべきではないと思っております。日本の教育をよくするために誠心誠意を尽して話し合うことを日教組の諸君にもやってもらいたいと思う。文部省の方でもぜひその態度をもって至急この問題を解決して今後の教育界の対立をほぐしていく一つの道を勇敢に進んでもらいたい。われわれもできることならば教員に対してもできるだけ大臣の心を伝えるようにしたいと思っておりますので、ぜひすみやかにその道を作ってもらいたいと思います。お願いします。
  129. 松田竹千代

    松田国務大臣 私は自分らの考えにこだわってはいかぬという考えから、努めて良識のある第三者の人々の話も聞き、場合には日教組と特に親しいような人をも特に選んで、そういう人々の話も伺っておるような次第でありまして、御趣意に沿うような考え方で進みたいと思っております。
  130. 大平正芳

    大平委員長 本日はこの程度とし、次会は九月十日午前十時より開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後一時五十九分散会