○大和田
説明員 それでは、お配りいたしております資料に基きまして御
説明を申し上げます。
お配りいたしてあります資料の荒筋を申し上げますと、大きな表は「米生産費分析資料I」で、これは昭和三十一年と三十二年の生産費についての詳細な分析がございます。
それから、「米生産費分析資料II」というのがございますが、これは大きな資料の補足でございます。
それから、「生産者米価算定方式資料(II)」とございますのは、「生産費及び所得補償方式に関する資料」で、三十三年の米価審議会に至るまでの過程といたしまして、昭和三十年の米価の専門
委員会において提案された方式でありますとか、
食糧庁が米価審議会に参酌事項として提出いたしておりますところの生産費及び所得補償方式の算定の
方法でございますとか、
農業団体と
農林省との算定の相違でありますとか、そういうものが資料に出ております。
それから、「生産者米価算定方式資料(III)とございますのが、「米価と
農家経済及び家計」で、主として昭和二十六年を基準として米価の伸び、家計の伸び、あるいは
農家経済の内容の変化がございます。
その次に、「生産者米価算定方式資料(IV)」とございますのは、「パリティ米価算定方式に関する資料」でございます。
それから、さらに、白い表紙がございませんものは、「
農業パリティ指数の改正について」というものでございます。これは、昭和二十五、六年を基準として、昭和二十五、六年のウエートで品目と等級を選んでパリティ指数を従来作っておりましたのを、基準が古過ぎる、あるいは品目、項目のウエートが古過ぎるという御意見が米価審議会等でしばしばございましたので、幸いに昭和三十二年から
農家経済
調査の
農家の選定がえが行われましたことを契機にいたしまして、昭和二十五、六年を基準として指数を一〇〇に置くことは従前と変りございませんけれ
ども、
農家経済の内容、家計と消費と両方の面において最近における
農家経済の内容をよりよく反映するために、三十二年のウエートで品目項目を新しく再
検討いたしまして、パリティ指数に組み入れる品目もふやしましたし、またウエートも三十二年にとりまして、三十二年に連鎖さして二十五、六年の基準のパリティを新しく組み直すことを
考えておりますが、数値もごく最近において出ましたものですから、新旧のパリティの比較をいたしながら取りまとめてございます。
以上が資料についての
概略の
説明でございます。
そこで、「米生産費分析資料I」この方から御
説明をいたします。生産費の
調査は、
農林省で昭和三十一年から
農家の選定の
方法を組みかえております。これは、四ページをごらんいただきますと、「
調査農家の選定
方法」というところに詳しくございますが、米価を決定する場合に、生産費の
調査がいよいよ重要になりましたことを契機といたしまして、昭和三十一年から直接に米を売っている
農家の生産費を主体として調べるように組みかわりておるわけでございます。米を一俵以上販売する
農家というものを二千六百戸とりまして、その二千六百戸が全体として販売
農家の平均の生産費を代表するようにいたしておるわけでございます。四ページ以下、五ページ、六ページに選定の方式が書いてございますが、五ページをちょっとお開きをいただきますと、まず(2)に「府県へのサンプル配当」というのがございますが、県ごとの米の販売
農家数に応じて総数二千六百戸を各統計事務所へまず配当をするわけでございます。その次に「第一次抽出法」というのがございます。各統計事務所内における第一次抽出単位は、臨時
農業基本
調査における標本
農業集落、——部落の性格によってまず第一次選定をいたすわけでございます。その部落の選定の
方法は(b)に書いてございますが、「各統計事務所において次のような
方法で管下の臨時
農業基本
調査における標本集落の一覧表を作成した。」「まず臨時
農業基本
調査の集落階層」——集落というのは部落と大体お
考えいただいて誤まりございませんが、「集落階層を次のように細み合わせて生産費
調査選定替のための集落階層を作った。以下これを生産費階層という。」というふうにいたします。右の表を見ていただきますと、普通農村で商業的穀作商品
農業、これの中には平地農村と穀作商品
農業と農山村が入るわけでございます。さらに、普通農村で商業的
農業、普通農村で商品的
農業、普通農村で自給的農村、普通農村で勤労者の多い集落、それから、山村、その他の農村。その他の農村の中には、漁村でありますとか、開拓部落でありますとか、都市におけるいわば農村地帯でありますとか、そういう七種類にまずあらゆる部落をわけるわけでございます。そうしてこの部落をこの七種類に県ごとにわげましてから、生産費階層ができたら、六ページにいきますが、次に生産費階層の配列をきめる。部落の順序をきのる。七つの種類に部落を区切るわけでございますが、その区切った七種類の部落の集まりの順序をきめるわけでございます。この部落の集まりの順序をきめる
方法といたしましては、ここに書いてございますように、販売
農家の割合で順序をきめるわけでございす。生産費階層ごとに、その主産費階層に属する標本
農業集落の
農家数の合計を分母に置きまして、分子にその生産費階層に属する標本
農業集落の米販売
農家数の合計。全体の
農家の中で米を販売する
農家の数が幾らかということを調べまして、各事務所ごとにこの販売
農家数の割合の大小順に生産費階層に第一から第七までの番号をつけるわけでございます。前のページにお戻りいただきますと、たとえば普通農村で穀作商品
農業地帯で、米販売
農家の割合が七〇%であり、以下それよりも全部少いものといたしますと、七〇、六五、六〇、五五というふうにそれぞれの販売
農家の割合がきまるといたしますと、その販売
農家の割合でまず順序をきめるわけでございます。そして、そのグループでくくってからそのグループに順番をつけるわけですが、今度はその中で集落一覧表を次の順序で作成をいたします。まず、第一生産費階層、これは販売
農家の割合が一番多い階層でございますが、この第一生産費階層に属する臨時
農業基本
調査における個々の標本集落の
水稲平均反収の大なるものから順に表に記入する。部落ごとでは
水稲の平均反収の順に並べるわけでございます。第一生産費階層に属する標本集落の記入が終ったら、次に第二生産費階層に属する標本集落を上と同様にして記入していく。そのようにして順次第三生産費階層、第四等々に及んで、第七生産費階層に至るわけでございます。この際、集落
水稲平均反収というのは、部落の平均反収というのは出ておりませんから、その集落が所属する旧町村の
水稲の平均反収を使っております。具体的には昭和二十七年産米の
水稲の平均反収を用いているわけでございます。とにかく、まず部落の性格によって部落を大ぐくりして、そのくくられた部落の中では、部落の米の生産反収の順序に従って部落に順番をつけるわけでございます。
そして、上のようにして標本集落の記入が終ったら、各集落ごとに、米の販売
農家数を、A部落三十戸、B部落四十戸というふうに記入するわけでございます。そして、その上で、上の集落一覧表を用いて次の
方法により抽出単位区を設定する。抽出単位区は、府県に配当された標本集落数、標本
農家の五分の一でございます。
一つの部落から生産費
調査の
農家というのは五戸選ぶわけでございますから、二千六百を五で割った数だけ部落ができるわけですが、その抽出する部落の数にひとしいだけの数に部落をくくり直すわけでございます。集落一覧表を用いて上から順に標本集落数にひとしい抽出単位区を作る。その場合、各抽出単位区に含まれる米の販売
農家数はひとしくなるようにする。要するに、二千六百を五で割りますと五百二十でありますが、五百二十部落をくくるわけであります。第一の生産費階層から第七の生産費階層にかけて
一つのくくりの中に入るところの
農家の数が同じようになるように全体を五百二十というグループにくくるわけであります。そうしてその中から部落を
一つ選ぶわけであります。この抽出単位区から
一つの標本集落を確率比例抽出する。この確率比例抽出というのは、たとえば、全部番号を一番からずっとつけまして、二番、それからその次は機械的に選ばれるようにいたす。そこにおいては人の個人的なあるいはいかなる
意思もまじらないような形で機械的に抽出をするわけであります。この部落を機械的に選びました
あとで、どの
農家の生産費を
調査するかという標本
農家を選び出すわけであります。
まず、そのようにして選ばれた部落全販売
農家を
水稲作付面積の大小の順に従って配列をいたします。まず部落を機械的に選んで、その機械的に選んだ部落から、今度はその部落に属するところの
農家を二十戸なりあるいは三十戸なりに番号をつけまして、たとえば五十戸の部落といたしますと、一番、十一番、二十一番、三十一番というふうに選んでいくわけでございます。このようにして選ばれた二千六百戸の生産費を平均することによって、販売
農家の全体の生産費が代表されるというふうな仕組みになっておるわけでございます。
そこで、まず
統計調査部の生産費でございますが、今のようにして選ばれました
農家について生産費を
調査いたすわけでございますが、工業の生産費と違いまして、
農業の生産費の場合は自給部門が五割以上に上っております。要するに、原料を買い、労働者を雇って肥料、鉄等を作るのと違いまして、家族労力を使い、また自給肥料を使って生産を営むわけでありますから、買わない品物なり、買わない労働力が相当たくさんあるわけでございます。従って、米価と直接結びつけませんでも、生産費
調査の
調査におきましても、その自給部分の評価というものが相当厄介な問題になって、昭和の初めから生産費
調査をやっておりますけれ
ども、なかなかきまらない問題がまだ幾つかあるわけであります。
そこで、生産費の構成項目について多少の注を申し上げますと、二ページをごらんいただきたいと思います。肥料その他のものは買った値段で評価いたしますから、これは問題はございませんが、自給肥料の評価につきましては、過去の生産費
調査におきましては、市価のあるものは市価をとり、市価のないものについては、自給肥料でいきますと、窒素が幾ら、燐酸分が幾らというふうに成分価格によって評価を出しておるわけでございますけれ
ども、この
調査におきましては、自給肥料の生産に要した材料費、建物費、農具費、労働費等の総費用を計算して総生産量で除して一貫当りの単価を求め、それに
調査作物への施用量を乗じて算出するという、いわば自給物の生産費方式をとっておるわけでございます。自給畜力についても、同様に、現在におきましては、牛なり馬なりの飼育費を計算をして、実際の役畜の使用の一時間当りの費用単価を出して、米とか麦とかにいろいろ牛や馬を使っておりますが、
調査作物である米への役畜の使用時間を出して計算する。自家労賃の評価につきましては、これはその時代あるいはその時期における
農業日雇い賃金で評価をいたしておりますのが
統計調査部の
考え方で、それを、米価について生産費及び所得補償方式という
考え方をとるという場合には、都市の製造業の平均労賃に均衡するような労賃でこの自家労賃を評価するということが、いわゆる生産費及び所得補償方式の中核になるわけでございます。それから、さらに、三ページに参りますと、地代の計算では、
統計調査部の
調査といたしましては、小作地につきましては、支払い小作料、自作地については近所の似たような小作地の例をとっておるわけであります。
大体、これが、三十一年以降の
統計調査部の生産費
調査、また私
たちが米価算定に生産費を取り入れる場合の基礎になりますところの生産費
調査の内容なり性格なりでございます。
そこで、三十一年と三十二年についてこまかな分析がございますが、一々申し述べることは略しまして、要点だけこの資料について申し上げますと、まず十五ページを
一つお開きをいただきたいと思います。これは三十二年の米の
統計調査部の生産費でございます。この大きな生産費の分析資料の十五ページで、横にとじ込んでおりますところの資料でございます。「昭和三十二年産米の生産費高低別戸数分布(販売
農家)」、
先ほど御
説明をいたしました二千六百戸の
農家で、
災害をひどく受けたとかあるいは記入漏れがありまして
統計調査部として資料として使えないものを除きましては、二千四百三十五戸の生産費を、安い方から高い方にかけて並べております。戸数の平均で言いますと、六千百二十七円が一石当りの生産費でございます。これは都市の均衡労賃で評価がえをする前のなまの生産費でございます。これは全体の数量について生産量でウエートをつけますと五千八百六十二円になります。戸数の平均でやりますと六千百二十七円、生産費でウエートをつけますと五千八百六十二円ですから、多少は生産費の安いところで多くの米が作られている、平均よりも生産費の高いところで作っている
農家の数はやや少いということになるわけでございます。
そこで、この表をごらんになりますれば、戸数の平均が六千百二十七円でございますが、それが、凡例と書いてありますところの右の肩の表の、標本の平均値というところでございます。これは戸数でウエートをつけてございます。平均は六千百二十七円でございますけれ
ども、一番安い生産費
農家というのは、これは二百円刻みで図に表わしておりますが、二千四百円ないし二千六百円のところに一戸ございます。以下、山がだんだん高くなりまして、一石当り五千円ないし六千六、七百円あたりのところまでに生産費が集中して、
あとはまたずっと背が低くなります。これは戸数がふえてまた減るわけでございますが、五千八百円あるいは六千百円が平均生産費という場合に、一番安い生産費は二千四百円
程度、一番高い生産費は、ここにもございますように、一万四千四百円
程度ということで、その幅は非常に大きいわけでございます。凡例の標本の平均値に対しまするところの標準偏差は千五百四十一円でございます。
〔
委員長退席、大野(市)
委員長代理着席〕
それから、平均に対するそれぞれの生産費の分布の
状態といいますか、離れ工合を示すところの変異係数は二五・一五%で、これは生産費の広がりといいますか、分布といいますか、平均に比べて相当離れているところを示しておるわけでございます。そして、一番数の多いところを探しますと五千九百八円、これが最頻値でございます。それから中位数を拾いますと五千八百三十九円、総和平均というものは生産量でウエートをかけますと五千八百六十二円、いわゆるバルク・ラインと申しますか、七五%に該当するところは六千九百五十五円、八〇%に該当するところと、だんだん戸数が生産費の安い方から高い方に行きまして、一番下の欄にございますが、たとえば八千八百円ないし九千円というところをごらんいただきますと、戸数の累積度が九五・二%ということになっております。ここまでで生産費をカバーする
農家が九六・二%という意味でございます。バルク・ラインというふうにお
考えいただいても同じであります。いずれにしろ、
統計調査部の生産費が五千八百円という場合にも、二千四百円から一万四千四百円までの幅があるということでございます。
それから、十八ページをちょっとごらんをいただきます。今申し上げましたのは石当りの生産費でございます。石当りの生産費はなるほどピンからキリまであるけれ
ども、反当の生産費はそれほどの違いがないかもしれないというお
考えもあるわけでございますが、十八ページの数字は昭和三十二年の産米の販売
農家で反当生産費別の戸数分布でございます。同様になっております。反当にして一万四千円あるいは一万五千円
程度のところに多く集まっておりますけれ
ども、それでも反当にして一番安いところは六千六百円、一番高いところは三万一千円というところがあるわけであります。石当り生産費ばかりでなしに、反当生産費においても分布の幅は相当あるということでございます。
それから、バルク・ラインの生産費の
説明を簡単に申し上げます。五十九ページの表を
一つごらんいただきます。これは、異常な二十八年の大凶作でありますとか、あるいは三十年の豊作でありますとかという年を除きまして、二十七年と二十九年、三十一年、三十二年について生産費のカーブを描いてございます。一番下の八〇%というところを見ていただきますと、三十二年と三十一年とをごらんいただきますと、三十一年の方がバルク・ライン生産費は七千四百円のところに近いところにございますが、三十二年のところでは八〇%バルク・ラインというのは、七千二百円のところにございます。しかし、この表でこのカーブをごらんいただきますと、三十一年と三十二年とをお比べいただきますと、平均生産費でエックス・パー——Xの上に—が書いてございますが、三十一年の平均生産費は五千七百八十四円、三十二年のところが五千八百六十二円で、平均生産費でいきますと、三十一年と三十二年とを比べますと、三十一年の方が平均生産費は三十二年より安いけれ
ども、八〇%バルク・ラインの生産費は三十二年の方が三十一年より高いというふうに、平均生産費の動きとは逆になることを示しております。これは
あとからも御
説明いたしますけれ
ども、平均の生産費をいう場合とバルク・ラインの生産費をいう場合とは分散の幅が問題でございます。平均生産費が上っても、要するに高いところと低いところ、最高、最低の分散の幅が詰まりますと、八〇%バルク・ラインというのが低くなることは当然でございます。だから、平均生産費が上ってもバルク・ライン生産費が下ったり、平均生産費が下ってもバルク・ラインが上ったりすることはあり得ることで、バルク・ライン生産費の動きというのは平均生産費と逆の動きをすることがあり得るわけでございます。
さらに、六十ページをちょっとごらんいただきますと、平均生産費の振れについては
先ほど申し上げましたが、六十ページには「三十二年産米バルク・ライン生産費並びに
農家の概況」というのがございます。七〇%、七五%、八〇%、八五%、九〇%、九五%というふうに、相当幾つものバルク・ライン生産費の内容が分析されております。これは厳密にバルク・ライン生産費を問題にいたしますと、バルク・ラインの線でございますから、二千六百戸のうちで八〇%目に当る
農家というのは一戸か二戸でございます。線の上に乗っかる
農家というのは一戸か二戸か三戸で、とにかく少い
農家でございます。それだけで生産費を言うのはきわめて不安定でございますから、便法として、従来から
農林省もまた団体の方も、八〇%バルク・ラインという場合は、七七・五%から八二・五%で、上下の幅五%のところでバルク・ライン生産費ということを議論しております。従って、七〇%バルク・ラインというのは六七・五%から七二・五%までのものの平均でございます。従って、集計の戸数はそれぞれ百二十六戸ございますが、二千六百戸の中で多少落ちるものがございますから、その五%として百二十六戸が出てくるわけでございます。これで七〇、七五、八〇、八五、九〇というのをそれぞれ反当の費用と石当りの生産費と一戸当りの
経営の内容と労働時間あるいは一戸当りの収入の構成というものを調べてございますが、これらはいずれも百二十六戸の平均の数字でございます。それを見ますと、まず反当の収量でごらんをいただきますと、まん中からちょっと下の方、反当というワクの一番下に反当収量がございますが、七〇%バルク・ラインで二石四斗八升、七五%バルク・ラインで二石四斗八升、八〇%バルク・ラインで二石五斗一升、八五%バルク・ラインで二石三斗三升、以下少し収量が下っております。八〇%バルク・ラインというのは、七五%あるいは七〇%バルク・ラインの
農家より反当収量はかえって高いということを示しているわけでございます。それから、販売
関係をごらんに入れますと、一戸当りの販売
関係で(B)分の(A)というのは、作った米の中でどれだけを売るかという数字でございます。七〇%が五五%から始まって、七五%が五八%。七〇と七五では、七五%の方が、すなわち生産費が高い方が販売率が高くなっております。八〇%バルク・ラインでは五四%で下っておりますけれ
ども、八五%バルク・ラインでは五八%というふうにまた販売率が高くなっております。さらに、
経営作付面積、水田の作付面積でございますが、一戸当りという欄の一番下の作付面積をごらんいただきますと、七〇%バルク・ラインは八反九畝、七五%が九反三畝二、八〇%が八反四畝五というふうに下っておりますが、また八五%バルク・ラインで九反二畝というふうに作付面積が上っております。さらに、反当の労働時間の男女計というところをごらんいただきますと、七〇%バルク・ラインでは一八七時間、七五%では一九〇時間、八〇%では一九九時間と、バルク・ラインが高くなるに従って反当時間がふえていくようですけれ
ども、八五%バルク・ラインを見ますと、一九〇・四時間というふうに反当労働時間がかえって少くなっていることになります。一々こまかいことは申し上げませんけれ
ども、平均としてバルク・ライン生産費を観察する限り、七〇と七五と八〇と八五と、取り立てて性格上の違いがないように
考えるわけでございます。
それでは八〇%バルク・ラインに限らずどこのバルク・ラインでもそうですけれ
ども、八〇%バルク・ラインの生産費を形成する
農家の内容はどういうものかということは六十六ページにございます。
六十七ページをごらんいただきますと、反当生産費でございますが、これも詳細は省略いたしますが、八〇%バルク・ラインのところをごらんいただきますと、反当一万一千円
程度から二万六千五百円
程度に反当生産費が分散をいたしております。
六十八ページをごらんいただきますと、八〇%バルク・ラインで反当費、これは副産物収入を引かない前でございますが、それも一万三千円
程度から二万六千円ぐらいに分散をいたしております。
さらに、六十九ページに反当収量がございますが、八〇%バルク・ラインのところをごらんいただきますと、一石五斗から三石七斗ぐらいに収量が分散をいたしております。八〇%バルク・ラインというのは限界地における平均生産費を代表するものだという御意見がございますけれ
ども、八〇%バルク・ラインの収量の三石七斗とか三石五斗とかいうのを見ますと、限界地における平均生産費を現わしているというふうには
考えられないわけでございます。
七十ページをごらんいただきますと、
水稲の作付面積がございます。八〇%バルク・ラインのところは、二反八畝から始まって、大きいのは三町をこえるところがございます。八〇%バルク・ラインは零細農を代表するという御意見があるわけでありますけれ
ども、生産費の内容を
一つ一つについて当ってみますと、必ずしも零細
経営を代表しないで、大きな
経営も相当入っておるわけでございます。
それと同じように、七十一ページをごらんいただきますと、販売量率で、米の生産量の中で売る率の割合でございますが、一〇%
程度から八五%
程度まで、これも分散をいたしております。
さらに、七十二ページをごらんいただきますと、八〇%バルク・ラインのところは、石当りの労働時間で、三十五時間から百二十八時間ぐらいまで分散をいたしております。非常に能率的な
経営から非常に人手を食う
経営まで、いろいろなものが中に含まれておるわけでございます。
さらに、七十三ページをごらんいただきますと、反当の労働時間でございますが、反当九十二時間から三百五十時間ぐらいまで分散をいたしております。
以下、米作の依存率でありますとか、作柄の頻度でありますとか、いろいろございますけれ
ども、詳細は略します。
七十八ページをごらんいただきます。これは、三十一年と三十二年とを比較をいたしまして、販売
農家全部と非
災害農家——この非
災害農家といいますのは、
農家単位で二〇%の
被害を受けている
農家を除いた残りでございます。それと両方並べてございますが、バルク・ラインの高いところの
農家、たとえば八〇%バルク・ラインに属する
農家というのは近畿あるいは中国地方に相当あることは事実であります。三十一年、三十二年をちょっとごらんいただきますと、八〇%バルク・ラインというところの三十一年の縦をごらんいただきますと、八〇%バルク・ラインの百二十六戸というのを地方別に当てはめてみますと、東北が二・五%、関東が一三・六%、東山北陸が一一%、東海が一二・七%、近畿が二一・三%、中国が一四・四%、四国が一一・八%、九州は一二・七%というふうに分散しておりますけれ
ども、三十二年を見ますと、今度は近畿が一二・一%というふうに小さくなって、東山北陸が二二・四%というふうに変っております。
経営面積からいって小さいところにバルク・ラインの
農家が集中しているわけでもございませんし、地域別にいってバルク・ライン
農家が一カ所に集中しているわけでもないわけでございます。
それから、さらに、七十九ページをごらんいただきます。これが、三十一年と三十二年の生産費を比較いたしまして、三十一年に八〇%バルク・ラインに位していた
農家が三十二年にどこへ移ったかということの追跡でございます。もしも三十一年と三十二年と同じような
農家が八〇%バルク・ラインにいるとすれば、それは八〇%バルク・ライン
農家というのに何か固有の法則性があるというふうにも
考えられるわけでございますが、五〇%からずっと一〇〇%までのそれぞれの翌年における運命をたどって孝ますと、三十一年に八〇%バルク・ラインにいた百十八戸の
農家の中で、平均生産費以下になっている
農家が二十五戸、それから以下ずうっとちらばりまして、三十一年も八〇%バルク・ライン、三十二年も八〇%バルク・ラインという
農家は十六戸でございます。百十八戸のうちの十六戸で、一五%には足らないわけでございます。それでは、こういうような出入りは
災害の
関係であって、
災害を除けばどうかというのが右の表でございますけれ
ども、八〇%バルク・ライン百九戸の中で、三十二年も八〇%バルク・ラインに乗っている
農家は十五戸にすぎない、これも一五%に達しない
状況でございます。
以下、三十一年に八〇%バルク・ライン
農家が、三十二年に生産費が上ったり下ったりする場合には、どういう理由で上るだろうか、下るだろうかというこまかい追跡がございます。遺憾ながら、私
たちが分析した限りでは、なかなか法則性がつかまらない
状態でございます。
そこでこの大きな表の
説明は終らせていただきます。
次に、「米生産費分析資料II」の方を
一つごらんを願います。これはIとIIと対でごらんいただく性質のものでございます。
一ページをおあけいただきますと、生産費及び反収の分散度というものがございます。これは、三十二年で変異係数が二五・一五%ということを申し上げましたけれ
ども、三十一年の生産費
調査では二八・四%で、非常に大きいわけでございます。平均に対する分散が二八・四%ということになっております。そうして、石当りの生産費の分散度は高くても反当の生産費は大体同じようではないかというふうに予感はいたしますけれ
ども、実際調べてみますと、三十一年では二三%、三十二年で二一・七%というふうに、これも相当高いことが示されております。
二ページをおあげいただきます。これは、前にありましたのは三十二年の生産費で、これは三十一年の販売
農家の石当りの生産費の高低別で、分布の型は三十一年度のときと同じでございます。
それから、五ページを
一つおあけいただきます。五ページはいろいろなバルク・ラインにおける生産費及び諸項目の分散度を示すものでございます。これは、バルク・ラインを並べてみますと、平均の数値としては
農家の性格から言って、八〇%とか七五%とかいって、とりわけ七〇、七五、八〇、八五と並べてみましても、それぞれの特色が平均としてなく、また個別に当ってみますと非常にピンからキリまであるということを
先ほども申し上げましたけれ
ども、それを統計的に処理した表でございます。石当り生産費は、これは分散度があまりないことは当りまえでございます。石当り生産費の順に並べてあるわけでございますから、これは当りまえでございますが、反当生産費をかりに八〇%のところでごらんいただきますと、平均が一万八千三百八十円で、標準偏差が三千三百九円で、分散度が一八%でございます。反当費用の合計で分散度が一六・四%、反当収量でも、
先ほどもごらんに入れましたけれ
ども、一八・四%、作付面積に至っては五八・五%、販売量率では二七%、労働時間では石当りにして二〇・二%、反当にして二〇%という大きな変異係数を示しております。
そこで、十ページをお開き願います。
先ほど、バルク・ライン生産費が、三十一年と三十二年と、ある
農家がどこのバルク・ラインに属するかということは、結果的にいわば偶然的にきまることで、非常に浮動をしているということを申し上げましたけれ
ども、それでは、念のために、都市均衡労賃で評価がえをしたいわゆる生産費及び所得補償方式による生産費でもう一度検証をしてみますとどうかといいますと、これも全く同様の結果でございます。三十一年のときに八〇%バルク・ラインに属していた
農家が百八戸で、その中で十四戸しか三十二年もまた八〇%バルク・ラインに属しておりません。これは生産費・所得補償方式的な生産費でありましても、あるいは純粋な意味での生産費でありましても、傾向としては同様であります。
さらに、十三ページをおあけいただきますと、石当り生産費ではバルク・ラインが動揺しているけれ
ども、反当生産費ではバルク・ラインはもっと安定しないであろうかという感じを持つわけであります。多少安定いたすと思いますけれ
ども、反当生産費で三十一年に八〇%バルク・ラインにいた
農家百八戸の中で、三十二年も同様に八〇%バル・クラインにいる
農家は十四戸であります。これは、石当り生産費についても、反当生産費についてやっても、また賃金を評価がえしてやってもやらなくても、傾向としては同じだということでございます。
なお、その
関係をさらに詰めてみますと、——十五ページをおあけ願います。これは三十一年に八〇%バルク・ラインにいた
農家百二十六戸が三十二年ではどういう数値を示しているかということの
一つの検証でございます。総労働時間で言いますと、三十一年は二百十六時間でございましたが、三十二年ではそれが二百六時間に減っている。それから、第二次生産費をとりましても、三十一年は反当にして一万八千六百八十円で、三十二年は一万八千百六十円で、反当は五百円
程度の違いでありますけれ
ども、石当りにいたしますと、三十一年は七千六百五十五円が、三十二年は七千四十二円というふうに、同じ
農家が三十一年と三十二年で七千数百円の生産費の中で六百円くらい違うわけでございます。これは評価がえを用いないでなまの生産費でございます。同様に、八五%バルク・ラインで検証をいたしますと、三十一年には石当り八千二百十一円であった同じ百二十六戸の
農家が、三十二年では七千三百十二円というふうに、千円減っているわけでございます。平均生産費としては多少高くなってもバルク・ライン生産費としては落ちるということを
先ほど申し上げましたが、これが
一つの証左でございます。
そこで、生産費について、十七ページをごらんいただきますと、これは生産費の高低を左右するところの項目というのは一体何であろうかということの追跡であります。まず(1)が石当り生産費対反当収量、——石当り生産費と反当収量とはどの
程度の相関
関係があるであろうかということでございます。これは当然、非常に高いということを予想いたしますが、ここでごらんいただいておわかりになりますように、縦が反当収量、横が生産費で、石五千円刻みになっておりますが、一番上の一石五斗米満のところをごらんいただきますと、収量は一石五斗に達しない
農家で、生産費は五千円くらいのところから一万二千円くらいのところまで分散をいたしております。それから、さらに、どこでも同じ
程度の分散をいたしておりますが、一石五斗ないし一石七斗のところを押えますと、生産費は、これも石五千円から一万二千円以上のところに非常に幅広く分散をいたしております。一石九斗ないし二石一斗としますとさらに幅は広くなるわけで、私
たちが常識として
考えるよりは相関
関係は大きくない。相関
関係はでございますが、〇・五五。これはマイナスの〇・五五であります。反当収量がふえれば石当り生産費は減るという意味で、マイナスの〇・五五であります。ほんとうは〇・八とか〇・九とかいうものが予想されますけれ
ども、これは生産費を規定するものは必ずしも反当収量だけではないということになるわけでございます。
それから、同様に、十八ページをごらんいただきますと、反当の肥料費と石当りの生産費ですが、これはコリレーションが〇・一〇でございます。
関係が多少はあるという
程度で、ほとんど問題にならない
程度でございます。
それから、十九ページが反当の物財費と石当り生産費の
関係ですが、これも相
関係数が〇・三八。相
関係数で〇・五ないし〇・六以上なければ
関係が深いというふうにはなかなか言い切れないわけでございますが、肥料にいたしましても、反当の物財費にいたしましても、二十ページの反当畜力費にいたしましても、ほとんど問題はないといいますか、相関
関係が非常に薄いというふうに言えるわけでございます。
二十一ページを見ますと、石当り生産費と反当労働費で、これは〇・五八で、反当労働費がたくさんかかれば石当り生産費も高くなるというその割合が〇・五八であって、これは相当の相関
関係があるわけでございます。
それから、二十二ページにいきますと、相
関係数は〇・三七、これは反当労働時間と石当り生産費で、反当労働時間よりは反当労働費の方が相関度が高いわけでございます。これは評価がえをする前の生産費でございますから、家族労賃を評価するのは、その地方、そのときにおける雇用労賃で評価いたしますから、雇用労賃が高い地帯の生産費というのは、安い地帯の生産費よりは石当り生産費に相当な大きな
影響がある。当りまえのことでございますけれ
ども、その度合いを示しておるわけでございます。
それから、石当り生産費対反当費用の合計が二十三ページにございます。これも、
先ほどの、反当収量が高ければ石当り生産費が安いということは当りまえだということを申し上げましたが、そのうらはらで、反当費用が高ければ石当りの生産費が高いのも当りまえでございますが、その相関度が〇・六四。これも相当撹乱をされていて、相関度が非常に高いというふうには
考えられないわけでございます。
二十四ページが石当り生産費対反当第二次生産費で、これが〇・六三。これも同様でございます。
二十五ページをお開きいただきますと、石当り生産費対販売量でございます。販売量が多ければ石当り生産費が下るということは、前にこの大きな分析資料で、
説明は省略してございますが、そういう
関係が平均としてはございます。平均としては、販売量が多ければ石当り生産費が安いという
関係がございますけれ
ども、それは平均の数字であって、一戸々々に入って相関度を調べてみますと、二石を売っていない
農家の生産費では三千五百円から一万二千円以上に分散をいたしております。こうういように分散が非常に広いものでございますから、石当り生産費と販売量というものの
関係ば、相
関係数はマイナスの〇・二七で、マイナスの〇・三に足らないごくわずかだということになるわけでございます。
さらに、二十六ページにいきますと、これは米麦——畑、水田を全部含めての
経営面積と石当り生産費の
関係でございますが、
経営面積が大きければ米の石当り生産費が低いということはほんのわずか言える。しかし、統計上はマイナス〇・〇四でありますから、問題にならない。相関度は非常に低いものでございます。
それから、二十七ページは、今度は
水稲の作付実面積と行当り生産費の
関係で、通常は、石当り生産費というのは、
水稲の作付面積が大きくなるに従って下っていくという常識がございますが、それは平均として見ればそうでございますけれ
ども、一枚々々、生産費
調査農家一戸々々を分析いたしますと、三反歩未満の
農家でも三千五百円
程度から一万円
程度まで生産費は分散をいたしております。三反ないし六反の
農家で、二千五百円から一万二千円以上に分散をいたしております。従って、
水稲の作付実面積と石当り生産費との
関係はマイナスで〇・〇七でございます。
以上が生産費
関係の分析でございます。
それで、生産費及び所得補償方式に関する資料というのを
一つおあけを願います。「生産者米価算定方式資料(II)」でございます。これはまずIが、昭和三十年米価算定専門
委員会において提案された方式でございます。生産費及び所得補償方式A案、同B案と、限界生産費方式というのがございます。内容を多少要約してございますが、
説明は省略をいたします。それから、IIが、
食糧庁が米価決定の参酌事項として算定する生産費及び所得補償方式の内容。それからIIIが、生産費及び所得補償方式による米価で、
農林省方式と
農業団体方式の三十三年米価の比較でございます。さらに、それに参考といたしまして、
農林省と
農業団体の生産費
調査の比較がいたしてございます。
〔大野(市)
委員長代理退席、
委員長着席〕
これはまだ三十四年の問題は今せっかく勉強中でございますので、この三十二ページを
一つごらんいただきます。従来の方式の御
説明をいたします。
生産費及び所得補償方式による方式のそれぞれの前提
条件といたしますか、均衡の労賃をどういうふうにして求めるか、地代をどういうふうにして求めるかということは、実は
農業団体とここ一月、二月相談をいたして、あるものは大体まとまり、あるものはまだまとまらない
状態でございますが、その従来の経過とあわせて多少申し上げますと、三十二ページにございますが、
一つは評価
方法の違いがあるわけでございます。
それは、家族労働費を、私の方は製造業の全規模の平均賃金をとっておりますことに対して、最近
農業団体で発表いたしましたものを見ますと、一人ないし四人以下の規模の労働者の賃金を除いて、五人以上の規模のものではじいております。これは都市の製造業の賃金に均衡するような賃金を家族労働に当てはめるという立場からの議論でございますが、三十二年の七月から、毎年七月に、一人ないし四人の規模の労務者の賃金と五人以上の事業場の労務者の賃金との格差を
検討する資料がこまかいものができておりますこともありまして、都市の製造業の平均賃金を私の方はとりたいということでございます。
地代は、これはなかなかむずかしい問題でございます。従来も
農林省は統制小作料をとり、団体ば勧銀
調査による実納小作料をとっております。これも団体の方は勧銀
調査の方の実納小作料をとることにほぼきめているようでございますが、
建前といたしましては現在の統制小作料というのは、都市の生産費に都市の平均賃金を代入して、小作農が自作農とほぼ同じような生活
程度あるいは
農業所得を得るようにという考慮で統制小作料をはじいておりますことと、それから、統制小作料をこえてやみ小作料を
農家が払っておる場合に、そのやみ小作料を米価の中に算入いたしますことは、いわばやみ小作料の追認になることでございますから、
建前としては統制小作料をとらざるを得ないというふうに
考えております。
さらに、資本利子は、従来
農林省といたしましては、ここに書いてありますように、
農業に投下している
資金を安全確実に
運用する場合の利回りということで年利四分をとっておるのに対しまして、
農業団体は、
農業経営が全部資本をよそから借りて
農業を営むという前提に立ちまして、固定資本は一割一分——農協貸出利率で、流動資本は、農手のあるものは九分一厘、農手の
適用のないものは一割一分というふうにいたしておるところが非常に大きな違いでございます。額の違いは、前の三十ページ、三十一ページをごらんいただけばおわかりになるだろうと思いますが、
農業団体でも、ことしは多少
やり方を変えまして、自己資本と他人資本の割合を九対一で割りまして、他人資本につきましては農手の利子、自己資本につきましては農協の定期六分一厘ということで評価をいたしておるようでございます。私の方は、年利四分ということに必ずしも固執をしないで、
実態に即するように現在
検討中でございます。
以上で、団体と私
たちの方の違いは、主として家族労働費と地代と資本利子に、評価の面ではあったわけでありますが、もとの
調査そのものに相当の食い違いがあることは事実でございます。
調査の設計からいたしまして、ここにも書いてございますが、私
どもは販売
農家二千六百戸をランダム・サンプリングの上で選んでいるのでございます。いろいろな
農家がくるけれ
ども、全体としては販売
農家の平均を代表するように設計されておりますが、
農業団体はランダム・サンプリングではございません。有意選択で、中庸
農家というものをねらっておるのでございましょうが、数が、全中は千五百戸で、
農業会議所が四百七十五戸、そうして、実際集計されますのはその全部ではございませんが、三十三年産米では全中の
調査の分と
農業会議所の
調査の分を合計されておるようでございます。
調査の設計が違う二つの統計を一緒に合計することの意義については、私
どもは疑問を持っております。
それで、あまり時間が長くなりまして恐縮でございますが、一番最後の三十六ページをおあけいただきますと、三十一年産米生産費結果の比較を
農林省と
農業会議所と全国中央会とでやってございます。これでありますと、
農林省の二千八百十三戸というのは、実は販売
農家ばかりでなしに全体の
農家を含まれておりますが、五千九百四十四円、——第二次生産費、資本利子、地代算入という右から三行目をごらんいただきますと、反当で五千九百四十九円、それから全国
農業会議所の六千八百二十八円、全国中央会の方は七千八百円。
農林省が六千円に対して、全国
農業会議所はそれに大体千円プラス、中央会はまたそれに千円プラスというのが実情でございます。
それで、もとの生産費
調査でこれだけの食い違いがあり、そうして評価のところで労賃、地代、資本利子等について若干の食い違いがございますので、実際の米価算定方式として出て参ります結果は、昨年で言えば一万一千四百八十円と九千三百三十五円ということになったわけでありますが、その
一つの相当大きな理由といたしますところの農村と都市との物価差、これは、私の方は昨年は八二・一四だと思いますが、
農業団体の方は八七くらいで、都市の製造業の労賃を農村の労賃に持ってくる場合に物価差でディスカウントするわけでありまして、そのときに八七であるか八二であるかという相当大きな違いがありましたが、ことしは、私の方は
農業団体と話し合いまして、同じ数値を使うように
努力をいたしまして、八七という数値を新しく積み上げて作ってございます。
農業団体で最近発表いたしました要求米価は、私
たちが使おうといたしております物価差と同じものを使っておるわけでございます。その他、なおいろいろ評価の問題については今後も話し合いを続行いたすつもりでございます。
そこで、最後に、
農業パリティ指数の改正について御
説明を申し上げます。「
農業パリティ指数の改正について」、六月六日付夫定稿となっておりますが、読みながら御
説明をいたします。
「現行
農業パリティ指数は、昭和二五、二六年(四月—三月)の二カ年平均を基準年次とし、同年の
農林省農家経済
調査による項目、品目、ウエート及び物価賃金
調査による品目、価格をもって、ラスパイレス式によって算出している。」、ラスパイレス式というのは、御
説明するまでもないと思いますが、二十五、六年のときの項目のウェートで価格の変化を見るわけでございます。それと逆に、たとえば三十二年のときのウェートを使ってやりますと、それがパーシェになる。二十五、六年のときの品目、ウエートをとってございます。それは、ごらんをいただきますと、二十八ページ以下に、資料Vとして、「旧パリティ品目別ウエイト表」というのがございまして、項目名で「種苗、動物、肥料、飼料」等とございます。それから、品目名で「大根種子、玉葱種子、れんげ種子、馬鈴薯種子」等々とございます。その右にありますところの「ウエイト」というのは千分の一のウエートでございます。これは二十五、六年のときの
農家経済
調査によっております。これによりますと、三十ページをごらんいただきますと、
経営がこれだけの項目、品目で、ウェートが千分の三百三十になっております。同様に、三十一ページ以下「主食、副食」等々、三十五ページをごらんいただきますと家計のウエートが六百七十で、合計して千ということになっております。ここに書いてございますところのウエートをとって、毎月の物価の変化を見て、パリティ指数一二二とか一二三とかいうものを毎月出しておるわけでございます。
また一ページに戻ります。「しかし最近の
農業経済の動向から、
農家の生産、消費の構造は二五、二六年当時とは著しく変化したので、最近の正常な
農家経済の
実態をよりよく反映するような指数を算定するため、現行
農業パリティ指数について所要の改正を行うこととしたい。」、この点につきましては、昨年の米価審議会でも早くやれという御意見があったわけでございます。
そこで、改正の
方法と算式。「
農業パリティ指数の基準年次は、従来
通り二五、二六年とする。」とございます。二十五、二十六年を一〇〇とすることは変更はございません。「ただし、三三年四月以降の指数については、その指数の算定方式を従来の二五、二六年のウエイトによるラスパイレス式の直接法による指数を改め、連鎖方式によって算定した指数とする。」、三十二年を一〇〇と置いて式を直すわけでございます。「これは三二年(四月—三月)を連鎖時点とし、従来の方式による三二年の指数に三二年の
農林省農家経済
調査を基として新しい項目、品目、ウエイトによって三二年を基準年として算定したラスパイレス式による新指数とを乗じた連鎖指数によるものである。したがって、三三年以降の新
農業パリティ指数の算式は、次の
通りである。」、P・イコール・Σ……で式がかけ合せてございますが、左の式は二十五、六年基準で三十二年のときのパリティ指数でございます。右の指数は三十二年基準で三十三年以降の指数でございます。その両者をかけ合せて、二十五、二十六年基準一〇〇とする指数が出るわけでございます。
三ページでございますが、麦価の算定方式は、従ってこの新しい指数で二十五、六年を一〇〇としてやるわけでございます。読みますと、「麦価の算定方式は、
食糧管理法第四条ノ二により昭和二五、二六年産麦の政府買入価格の平均に
農業パリティ指数を乗じて得た額を下らないように定めることになっているので、従来
通り、昭和二五、二六年を基準とした新
農業パリティ指数によって算出する。算式は次の
通りである。」というふうに出ております。今申し上げました二ページの指数とちょっと違いますのは、従来から麦につきましては分母が二十五、二十六年の三月ないし二月のパリティ指数をとっておるから、式がそれだけ複雑になるわけであります。理屈は同様でございます。
五ページに参ります。「
農業パリティ指数の構造変化」。今までのパリティ指数は改めた方がよくはないかという理由でございます。「
農業。パリティ指数は
農家の購入品価格指数であるが、全体として正確な物価変動をあらわすためには、品目に何を選ぶか、又品目、項目のウエイトのとりかたが最も重要となる。現在二五、二六年基準に採用されている品目、項目、ウエイトは最近は著しく変化していると思われ、したがって、それによっては
農家購入品価格の変動を正確に示すことはできない。そこで二五、二六年当時と最近時について種々
検討してみると次の
通りである。」
そこで、(イ)は「採用品目のカバレージの算出」でありますが、パリティ指数を作るのに使うところの品目で
農家経済の内容をどの
程度カバーしているのかというのがカバレージでございます。「代表的な項目として肥料、農薬の二項目についてみれば次の
通りである。」
まず肥料について申し上げますと、二十五、二十六年のときは一年平均で一戸当りの総支出金額が一万六千五百八十九円でございます。指数に採用している品目の合計額というのは一万四千二百六十円。従いまして、指数に採用している品目で肥料の全体を代表させても、その割合は八六をカバーいたしておりますから、これはまずまずいいわけでございます。ところが、その後、指数に採用していない、たとえば化成肥料などがどんどんふえましたこともありまして、三十一年で見ますと三万三百三十九円の肥料代で、一万六千二百九十六円しかカバーする力がなくなって、カバレージは五三・七%に下ったわけでございます。同様に、農薬は、最初は四三一%。農薬というのは非常にごみごみ小さいものがございますから拾い切れないわけで、最初からカバレージは四二・一%でございましたが、三十一年ではそれが二三%に落ちておるわけです。
七ページに参りますと、「上の表で明らかなように採用品目のカバレージは著しく減少し、指数採用品目の総支出金額中に占める割合も、肥料では基準年次では八六%であったが、最近三一年では五四%
程度まで落ち、又農薬も四二%から二三%と、いずれも著しく変化している。これはこの間に新しい肥料や農薬が出てきており、しかもこれらの品目の購入が著しく増大したためである。」、たとえば肥料の支出金額中、当時は支出金額が小さいことから指数に採用しなかった化成肥料について見ますと、二十五、二十六年のときは三百十四円しか化成肥料がございません。肥料代一万六千五百八十九円、これは現金支出分でござごいまして、比率は一・九%でございましたが、三十一年ではこれが一七・五%にふえております。しかし、化成肥料というのは、パリティ指数の品目の中には入っておらないわけでございます。二十五、二十六年当時わずかに一・九%を占めていたにすぎないのが、三十一年には一七・五%と著しくその比重が増大したことがわかります。さらに、同様、農薬について、2・4D及びパラチオン剤について見れば、これも初めはほとんど問題にならない数が、三十一年では相当な量になっておりますが、基準年次にほとんど存在していなかったという事情から指数品目として採用していなかったが、最近は相当量購入することとなっている。
あとからも
説明いたしますが、パリティ指数品目のとるかとらないかという判断は機械的で、ウエートが千分の一以上で価格を調べているものを全部とってございます。当時はそういうものでなかったのでございます。
(ロ)は「二五、二六年に対する項目ウエイトの標準偏差」で、これは二十五、二十六年のときのある項目のウエートと二十七年ないし三十一年、その年々のウエートの変化の標準偏差をとりますと、その標準偏差が年を追って多くなるわけでございます。これはウエートがその後だんだん変ってきたということを示すわけでございます。項目ウエートの標準偏差は次第に大きくなってきており、二十五、二十六年当時に比して生産構造、消費構造が変化してきていることがわかる。
(ハ)は「ラスパイレス式、パーシェ式による指数の開差」で、これはちょっとめんどうくさいのですが、内容を申し上げますと、ラスパイレスでやって、ラスパイレスでやっていることがいいかどうかということを判断するために、ときどきパーシェでチェックして、ラスパイレスの指数とパーシェの指数と相当隔りがあれば、そのパリティ指数は組みかえた方がいいということになるわけでございますが、それをやりますと、十ページのまん中ごろにございますが、「ラスパイレス指数に対してパーシェ指数の開きは、傾向的には年々大きくなってきている。したがってラスパイレス指数のもつ信頼性は次第にうすれてきているといえよう。」
そこで、「
農業パリティ指数における基準とウエート」、これも理屈の部分でございますから略しますが、要するに、長いこと二十五、二十六年を一〇〇とやっておりますから、これを動かすことは適当でないので、ただ
農家経済の実際の動きが二十五、二十六年と最近と変化しているので、品目、項目のウエートをできるだけ新しくとって、ちょうど幸いに三十二年から
農家経済
調査が直っておりますから、その三十二年をとって、そしてその三十二年でリンクをさせてパリティ指数の若返りをやることがよいではないかということが書いてあるのであります。
そこで、十二ページの「新パリティ指数の構成」ですが、「三二年四月—三三年三月をリンク時点とする二五、二六年基準の新パリティ指数は、次のように構成する。」
(イ)「指定品目」としては、「パリティ指数の算定に使用する品目については、
農家の現金支出の対象となる物及び役務について」——役務というのはサービスで、大工の賃金その他いろいろなものが含まれております。賃借料もそうであります。その役務について「昭和三二年の
農家経済
調査、農村物価賃金
調査の資料により、採用し得るだけ多数の品目をとった。」品目数、項目及び品目のウェートは別添資料にございます。「品目選定の規準は次による。」すなわち、一は、
農家経済
調査物財統計で採用している品目であること。これは、「何を調べるかということは物財統計でとるわけでございます。物財統計にないようなものは調べられないわけでございます。二は、農村物価賃金
調査で採用している品目であること。物賃で価格を調べていないものは、残念ながら採用できないわけであります。そして三は、品目のウエートが〇・一、千分の一以上ある品目であること。
(ロ)「品目の価格」については、農村物価賃金
調査による月別の価格とする。ただし、公定価格があるものは公定価格により、マル公に準ずるもの、電力料とか運賃も、その規定の価格または料金による。
(ハ)「項目、品目のウエート」、項目ウエートについては
農家経済
調査価値統計により、品目ウェートについては
農家経済
調査物財統計の現金支出額により、従来と同様な
方法によりそれぞれ算出した代表項目は、
経営が十一、家計が十、計二十一項目でございます。従来は一十三項目でありました。それは、かっこの中にありますように、家計中の副食費と調味料を別々にとっておりましたことと、住居、家具、家財を別々にとっておりましたが、
農家経済
調査で今度は一緒にいたしました経過から、これを項目として大きくくくってございます。従って、旧パリティでは項目二十三、新パリティでは項目が二十一でございます。また、品目については、新パリティで百九十九品目、従来は百六十九品目、三十品目ふえたわけでございます。どういうものがふえたかは、十八ページをおあけいただきますと、新旧パリティのウェート及び品目数比較表というのがございます。種苗と動物は変っておりませんが、肥料について言いますと、ウェートは旧パリティが百十二で新パリティが七十九でございます。肥料代はふえたけれ
ども、家計及び
経営の全体のふえ方が多いために、肥料のウェートは減っております。品目は旧パリティでは十一で新パリティでは十四でございます。千分の一以下になってしまったものが、二十五、二十六年では載っていたけれ
ども今度落ちたものがあり、硝安が減、そのかわり新しくふえたものは塩安、熔成燐肥、化成肥料、配合肥料、四つふえて
一つ減り、三つの増加でございます。以下ここに書いてございますように、相当たくさんの品目がふえて、百六十九が百九十九になっているのでございます。
十四ページをごらんいただきます。七、「新旧パリティ指数の比較をすれば、おおむね次のとおりである。」
(イ)「
経営部門のウエートが新パリティにおいて多少高くなっている。即ち旧パリティでは
経営部門のウェイト三三〇、家計部門のウエイト六七〇であるが、新パリティでは
経営三四〇、家計六六〇である。」——これも資料のIIにございます。
(ロ)「新旧パリティ指数でウエイトの相当異なる項目は、おおむね次のとおりである。」そこにあるのが二十五、二十六年と三十三年との
農家の
経営及び家計の内容の変遷でございます。
経営で申し上げますと、肥料が、旧ウエートが百十二で新ウエートが七十九、そのかわり、之さが三十二から五十二にふえておるのでございます。農薬が七から十一にふえ、農機具が五十一から四十七に減り、労賃が二十一が十五に減り、賃借料が八が十五にふえ、家計で申しますと、被服が百七十三が百三十に減り、そのかわり住居家具が百十八から百三十三にふえ、教育が二十九から三十五にふえ、修養が二十八から三十九にふえております。その他はそれほど項目のウェートの変化はございません。「肥料、農機具等のウエイトが減少しているのは、
農家の支出金額の増大ほどにはこれらの項目の支出が増大していないことによるものである。
農家支出金額とこれら項目の支出金額につき二五、六年と三二年を対比すれば次のとおりである。」すなわち、二十五、六年のときの
農家支出は、現金支出が二十五、六年は十七万三千円、うち、
経営部門が五万七千円、家計部門が十一万五千円と、三三〇と六七〇ということになっておったわけですが、三十二年は、
農家の支出がほとんど倍になって三十四万円になっております。
経営部門が十一万六千円、家計部門が二十二万五千円で、
経営部門が一四〇、家計部門が六六〇になっておるわけでございます。肥料のウエートが減っておると申し上げましたが、二十五、六年は一万七千円が、三十二年は二万四千円にふえておりますけれ
ども、全体のふえ方に比べれば小さいわけでございます。以下、農器具、被服等々、同様でございます。
そこで、十六ページの(ハ)にいきますと、「三三年四月以降の新旧パリティ指数を対比すれば、その差はきわめてわずかである。」すなわち、十七ページをごらんいただきます。新旧パりティ指数対比表、四月のパリティまで出してございます。五月はまだ出ないわけでございます。この左に書いてございますところの総平均が
経営と家計とを一緒にしたものでございます。
経営部門だけ、家計部門だけ、新旧それぞれの比較がしてございます。総合指数で見れば、三十三年においては新パリティ指数が旧パリティ指数より多少高めに推移し、三十四年二月以降はわずかであるが低目に推移しておる。しかし、全体的には、新旧パリティの指数を比較してみますと、新パリティ指数の場合は上り下りするときの幅はきわめて少いということである。今後の推移を想定すれば、長期的に見れば、新パリティ指数は、品目数が増加しておるため、一六九と一九九でございますから、いろいろなものを数多く調べるので、旧パリティ指数よりも新パリティ指数の方が安定的に推移するのではないかと
考えられます。五月のパリティがどうなるかわかりませんけれ
ども、大体新パリティも旧パリティも数値としてはほとんど変らないくらいでございます。ただ、新パリティの方が、
先ほど来申し上げておるような事情で、
農家経済の内容はよく反映しておると
考えるわけでございます。
以上でございます。