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石橋(政)
委員 まあ苦しいのはわかりますけれ
ども、あまりにもそれではこじつけですよ。というのは、三十年に岸内閣が統一見解を述べたときに、オネスト・ジョンというものはなかった、その後できたものであるというなら別ですよ。それならあなたが今御説明になったことで十分納得いくわけだ。けれ
どもそうじゃない。もう現にそのときオネスト・ジョンはあったし、しかも
日本の国内にあった。核兵器に一番近いものといえばオネスト・ジョンで、
国民の関心も
国会の関心も、一番オネスト・ジョンに向けられておったときの論議なのです。そのときに、こういう統一的な見解を岸内閣は
国会に提示したわけなんだ。ところがその統一見解でいうところの核兵器の中には、核弾頭を装着したオネスト・ジョンは入っておらないなんというばかなことがどうして言えますか。どうしてそういう解釈が出て参りますか。一番肝心なものとして当然入ってこなくちゃならぬじゃありませんか。ほかの兵器は
国民一般は知らないのです。オネスト・ジョンだけはみんなが知っておった時期なのです、これが論議されたときは……。だからあなたがおっしゃるような理屈がこうひねくり回して出てきたとしても、オネスト・ジョンだけ当時入れてなかったという解釈は成り立ちません。そのときはあったかなかったか、
国民も
国会も知らなかったが、その後の科学の発達、兵器の進歩その他で新しく生まれてきた兵器、それを今度あなたが
長官になられて、これは違憲ではないとおっしゃるなら、理屈として成り立つかもしれぬけれ
ども、当時あったものを、そのときにはオネスト・ジョンだけはのけておったのです、そのほかの核兵器はどうも
攻撃的性質を持つようだ、こういうふうに
考えたのだ、そんな論弁はおやめになった方がいい。あなたは当時
長官でなかったからと、それで気持の上では済むかもしらぬ。しかし補佐しておられる方は、ずっとその当時からおられた方だ。この統一見解を
政府が作られるときに、まず頭に出てこなくちゃならぬのは原水爆、そのほかの核兵器は何だといえばオネスト・ジョン、これが核弾頭を装着したときまず頭にこなくちゃならぬ。それでは核弾頭をつけたオネスト・ジョンは一体どういう性格を持っているだろうか、伝えるところによれば、やはり
攻撃的性質を持っておるようだ、こうなくちゃならぬと私は思うのですが、わざわざオネスト・ジョンだけが統一見解を述べるときにはのけておったのだという解釈が、どうしてどこから成り立って参りますか。それからオネスト・ジョンの性格は、二年前と今と比べた場合に、性能はうんとよくなっている、威力も増加している。
現状維持あるいはそれよりも低下したということはあり得ません。そこからいっても、今おっしゃっているような理屈は成り立たないと思う。それから
日本の
自衛隊が持てばどうしたって
防衛的なものになるのだとおっしゃるならば、それならほかのものだって、
日本の
自衛隊は何でも持てるじゃありませんか。持つものによって
攻撃的か防御的かきまるというなら、
日本の
自衛隊はとにかく
攻撃的なことは一切禁じられているし、しないから、使う場合には全部防御的に使うのだ、こういう理屈をおっしゃるなら、どんなものでも持っていい、こうなるじゃありませんか。
アメリカでは通常の歩兵師団その他が持っている、こういう理屈をおっしゃるなら、それならオネスト・ジョンだけじゃありません。その他の核兵器だって、普通の師団
あたりが持っている場合だってございます。原子砲だってあるでしょう。そうすると、オネスト・ジョンだけを違憲じゃないという解釈も成り立たない。とにかくつじつまが合いませんよ。ああいう例を出されたことが私は間違いだったと思う。こんな重大な問題はもっと慎重に
検討すべきじゃないか。
国民にいたずらに不安動揺を与えるべきじゃないと私は思うとにかく二年前に岸内閣が統一見解を述べた際の核兵器の中には、オネスト・ジョンは入ってなかったのだなんて、そういうばかなことは私絶対
承知できません。あくまでそれを固執されますか。