○村上
説明員 最初に、パネル
調査の数字が都市に偏向しておるから、この数字を使っていろいろな立論をするのはいけないという
お話でございましたが、私が先ほど申しました
昭和九—十一年に対する
昭和三十二年の倍率は、先ほど
販売部長からも申し上げましたが、まさにおっしゃるように
昭和二十八年十三万三千円、
昭和三十二年が約十二万八千円というその数字でいっておりますから、この指数についてはパネル
調査は
関係はないということをまず御了承願いたいと思います。
第二に、
昭和二十八年は非常によかったじゃないか。これは確かにその通りであります。今までの専売たばこの売れ行きから見ましても、
昭和二十八年というのは、一本当りの単価にいたしましても、成年人口一人当りの消費本数にいたしましても、異常な売れ行きを示しております。その後ずっと下りまして、それが現在、この二、三年来徐々にまた取り返して、
昭和三十三年にはおそらく
昭和二十八年の水準まで回復するだろう、こういう
状態にあることも事実でございます。ただ、この年によってそうしたフラクチュエーションがあるということは、これはほかのたばこ
関係の所得についてもあるわけでございまして、耕作者一人当りの収納代金をとりましても、
昭和三十年というのが非常にいい年であって、それから比べますと
昭和三十二年はやはり下っておる。こういう小さな動きはございますけれ
ども、われわれがものを
考えますときに、
戦前一割であったから現在の八分を
戦前の一割に復活しろというような御議論に対して、われわれの研究いたします場合には、やはり
昭和九—十一年の基準年次をとらざるを得ないのであります。その当時における統計技術が現在に比べてどの
程度劣ったものであったか、それはある
程度の議論のあるところでありましょうが、現在あらゆる経済指数は、
昭和九—十一年のときと現在とを比較しております。ことに専売においては、比較的はっきりと小売人員の数もわかっておりますし、
販売数量もはっきりわかっております。従って、小売一人当り幾らの収入があったかということも、はっきりわかっておるわけであります。従って、
昭和九—十一年の私のとりました七百四十九倍という指数は、決してどちらから見てもおかしくない数字であろうかと思うのであります。
昭和二十八年当時に比べて確かに少くなっておりますけれ
ども、先ほど私が
戦前に比べて徐々ながらもとにかく現在上り道にあると申し上げたのは、
昭和二十八年より二十九年まで下りまして、それから徐々にまた上りかけておるその傾向を申したのでありまして、傾向としてはこれは否定すべからざるものであろうかと思うのであります。一人当りの売り上げが農村は非常に少いから、従って、最低賃金にも満たぬのではないかという
お話でございますが、小売につきましては、これが全くたばこの
販売手数料だけに依存しておるかどうか、要するにほかに家業を持っておる、専業ではないということも、やはり問題にすべきかと思うのでありまして、タバコ耕作者におきましても、タバコの耕作だけだと一反歩当り五万円、六万円だけで、これでは食うわけにいかぬのであります。ほかの所得も
考えましたときに、小売の部門から上る金は、少くとも
戦前に比べるとこうした相当な所得の伸びを示しておる。これは
一つの帰納の過程として申し上げても差しつかえないのではないかと思うのであります。