○金(三)
参考人 日本の民主主義と
世界平和のために、特にアジア諸民族との善隣外交を推し進めるために日夜努力しておられる皆様にごあいさつを申し上げる
機会を得ましたことを光栄に存じます。これから
朝鮮問題についての卑見を申し上げたいと思いますが、皆様が当面している問題は、日韓会談をどうするかという問題でありましょうから、まずその問題からお話を進めたいと思います。
日韓会談は、現在四つの分科
委員会で討議されており、それらの討議内容は皆様の方がはるかに詳しく御存じのはずであります。従って部外者としての私が申し上げられるのは、その討議内容ではなくて、四つの分科
委員会で討議されている四つの論点に対する純然たる私見にほかならないのであります。
論点の第一は、
韓国政府を全
朝鮮における唯一の合法
政府と認めるか、三十八度線以南における合法
政府と認めるかの問題でありますが、一九四八年十二月十二日の国連決議によれば、明らかに三十八度線以南における合法
政府となっているのであります。
第二に、
李ラインには反共防牒線という意義と、漁族、漁民の
保護という二つの意義があると主張されております。しかし
李ライン自体が鉄条網的な役割をしているのではなく、現に
北鮮の武装スパイ団が沿岸伝いにどんどん
韓国に入っており、
日本への密航者を防ぐわけでもなく、
李ライン自体に防牒的意義があるわけではありません。でありますから、漁族
保護と両国漁民の互恵を主眼とする漁業協定が成立すれば、
李ラインは当然消滅すべき性質のものにほかならないのであります。ところが、この
李ラインがあくまでも主張される裏には、
李ラインを利権化しようとする動きさえあると伝えられております。これはまことに心外なことでありまして、不明朗な日韓会談をいよいよ鼻持ちならないものにしているのであります。
第三は、
韓国側の
財産請求権の問題であります。具体的な内容は公表されていないので、知る由もありませんが、この問題で目立つのは、たとえば文化財の返還だ、いや贈与だという言葉じりで表面化されているように、報復主義と恩恵主義の対立であります。時間をかせぐための言葉のやりとりとしか思われません。
第四は、在日
朝鮮人の法的地位の問題であります。在日
朝鮮人を全部
韓国籍に入れるという主張は、
韓国政府が全
朝鮮における唯一の合法
政府であるという主張と不可分に関連する問題でありまして、
韓国政府を唯一の合法
政府と認めれば、在日
朝鮮人の国籍選択の自由は、事実上
韓国籍か
日本籍に制限される結果となりましょう。
日本が自主的に
処理できる問題までもこういうふうに制限を受けることになると、
日本国内にいろいろと大きく問題を残すことになりましょう。
要するに、日韓会談を通じて一般に
印象づけられる
韓国側の
態度は、反共の名における無理難題と報復的な要求ということになります。実際の会談の内容は知りませんが、表面に現われる限りにおいては、こういう
印象しか与えていないのであります。でありますから、一般が日韓会談はえたいが知れない、不明朗だ、何かやみ取引でもしているのではないかと疑うのはむしろ当りまえでありましょう。国交を再開して、善隣友好を推し進めようという会談がこんなに不明朗でよいものでしょうか。国民が共感を持つどころか不快な疑惑しか持てないような会談、両国民の親善に寄与するどころか、不幸なしこりを増大することにしかならないようなこの会談ほど不思議な会談はないのであります。
国民の理解と納得をこえたこの不可解な会談は、一九五一年十月以来満七年の長きにわたって続けられております。そして今やまさに妥結されようとしています。両国民の親善友好のためでしょうか。違います。七年間の会談でかもし出されたものは、双方の不信と猜疑心だけであるといわれても過言ではないでありましょう。
日本国民の大部分は、李承晩という人は無理難題ばかり言う人だという
印象しか受けておりません。それと終戦後における在日
朝鮮人の行き過ぎなどがからみ合って、
日本国民一般は、内心では
朝鮮人に対する蔑視感を深め、外面的には
朝鮮問題に対する無関心を装うようになったのであります。他方、
韓国民の大部分は、
日本人は全く油断がならぬということを警戒しております。大陸侵略の兵站基地として四十年間も支配しておいて、今になっては恩恵を施したといい、サンフランシスコ
条約では在韓
財産権を放棄しておきながら、いざとなると、それを持ち出しておるからであります。日韓会談に関する限り、両国民の理解と親善は促進されるかわりに、全くその逆であったということがいえるかと思います。
では、日韓会談が成立すれば、両国民の理解と親善が促進されるかといえば、あながちそうともいえない面が強いということは、何とも残念であり、遺憾であると言わざるを得ません。それは日韓会談の目的が両国民の理解と納得に基く平等互恵、民主提携にあるのではなく、自由陣営の防衛強化にあったからであります。つまり極東における
アメリカの戦略態勢の強化にあったからであります。でありますから、日韓会談は、実は日韓間の外交交渉の形における対米交渉であり、これがどちら側も決裂の責任をとりたがらなかった
理由であります。
では、なぜ今まで成立しなかったかと申しますと、それは
日本の主体的条件が整っていないと李承晩が判断したからであります。その主体的条件と申しますのは、
日本が反共に踏み切ることであります。
日本が反共に踏み切ってくれさえすれば、過去は水に流して、ともに手を携えて共産脅威に立ち向おうというのが李承晩の年来の主張であり、今もその主張は変っていないと思うのであります。
日本を反共に踏み切らせるということは、中共に対する融和政策を放棄することであり、憲法を改正し、
日本の防衛と治安を強化することであります。さきには澤田廉三氏の発言があり、このたびはセシル・ブラウン記者との会見において、岸首相みずからこのことを明確にしました。そしてこのことは、
安保条約の改正、警職法改正の問題としてすでに皆様の前に提起されている通りであります。今や岸首相ははっきりと反共に踏み切りました。李承晩の要求はかなえられた形でありますが、今後の成り行きを
考えると、まことにおそろしい気がいたします。李承晩のおかげで、
韓国民は、今後
日本国民との善隣友好どころか、権力的論理のおそろしさをもう一度体験するかもしれません。まつことにおそろしいことであり、激しい憤りを禁じ得ないのであります。
さて、岸首相が反共に踏み切った以上、李承晩としても、これ以上日韓会談を延ばす
理由はないはずであります。澤田廉三氏も指摘されているように、日韓会談の大目的に比べれば、議題などはとるに足らないものであります。もはや売り言葉に買い言葉で時をかせぐ必要はなくなったわけであります。今やお互の面子を立てて取りまとめる段階に入りつつあります。
韓国側では、
日本側の面子を立てるために
李ラインを引っ込めるでありましょうし、
日本側は、
韓国側の面子を立てるために相当額の補償に応ずるでありましょう。皆様が日韓会談を成立させて
韓国と反共同盟の形をとって進まれようと、日韓会談をたな上げして、平和憲法と民主主義を守りつつ、中ソに対しても友好
関係を保っていかれようと、日韓会談が成立していない現段階では、皆様の御裁量
一つにかかっていることではありますが、いずれにしても皆様は、もはや
朝鮮問題に対して無関心ではあり得なくなったと思いますので、それに対するいささかの意見を申し添えておきたいと思います。
皆様がこれほど無理をして日韓会談をまとめ、
韓国と反共同盟を推し進めるのもやむを得ないとお
考えになる裏には、実は
韓国は
日本を防衛する第一線であると
考えているからであります。つまり三十八度線は
日本の防衛線であると
考えているからであります。この
考えを突き詰めますと、澤田廉三氏が発言されたように、三十八度線を鴨緑江まで押し上げてしまわないと、
日本の防衛は不安だということになります。三たび立ってこのことをなし遂げないと祖先に対して申しわけないということになりますと、李承晩の北進統一論と軌を一にするもので、その結果は
説明するまでもなく、アジアの天地を核兵器の試験場と化してしまうことになります。皆様はもはや
朝鮮問題が、実は
日本の国防問題にほかならないということに対して、これ以上そっぽを向くわけにはいかなくなりました。
朝鮮問題は
朝鮮人にとっては統一独立の問題でありますが、皆様にとっては
日本の国防問題にほかならないのであります。
日本の国防問題であるばかりでなく、中ソの国防問題でもあるわけであります。要するに
朝鮮問題は、対内的には
朝鮮民族の統一独立の問題であり、対外的には日米・中ソの国防問題、安全保障問題にほかならないのであります。ここに
朝鮮問題の複雑性と困難性がありますが、それがどんなに困難でありましょうとも、
関係各国との間の話し合いで取りきめるよりほかに道はないのであります。三十八度線を武力で鴨緑江に押し上げることはできないことでありますが、三十八度線を撤廃して双方の安全保障に寄与するような統一
朝鮮を実現することはできるのであります。安全保障に寄与すると言いましても、
朝鮮がいずれかの軍事基地になったときに、他方が受ける脅威を取り除くことにほかなりませんから、結論的にはいずれの軍事基地にもならない、民主的で自由な統一
朝鮮を実現することにほかなりません。つまり民主的で自由な統一
朝鮮を平和的に実現することが、
日本の安全保障に寄与することになります。もっと正確に言えば、かかる統一
朝鮮こそ
朝鮮から起るかもしれない国防上の危険を未然に取り除く最上の
方法ということになります。言いかえますと、
朝鮮をいずれの国の軍事基地にもしないためには、
朝鮮を中立化し、中立化された統一
朝鮮の
領土と主権を
国際的に保障するよりほかに、日米・中ソ間の国防上の利害
関係を調整する道はありません。三十八度線を撤廃して統一
朝鮮を実現する国内的
方法は、
南北両政権の敵対的現状にかんがみ、
国際管理のもとに
南北を通ずる自由秘密一般投票、すなわち自由総選挙を行うよりほかに道はありません。しかもこの自由総選挙は、
関係各国の国防上の利害
関係が調整されない限り実現されないのでありますから、
朝鮮の中立化こそ
朝鮮の平和的で民主的な統一を実現するための大前提であり、極東の平和と友好と繁栄を確保する道でもあるということになります。中立化された民主的で自由な統一
朝鮮の実現は、ただに
朝鮮民族の悲願であるのみならず、今や日米・中ソの共通の課題とならねばならないと信ずるものであります。
朝鮮が
南北に分れてすでに十三年になります。この分割は
朝鮮民族に言語に絶する苦しみを与えたばかりではなく、極東における絶えざる不安と緊張の原因になっております。
日本が今
韓国と組もうということも、実はかかる不安と緊張の現われにはほかならないのであります。しかし組んだ結果は、
韓国と
日本対
北鮮と中共の抜きさしならぬ対立となり、極東における不安と緊張をいよいよ高めることにはなりますが、そこからは何ら建設的なものは生まれてきません。要するに
日本が
韓国と組んで
朝鮮問題を
処理しようというような対
朝鮮政策は、必然的に軍事力増強、治安対策の矢つぎばやな強化を結果し、
日本が再び反共軍事国家になることは見やすい道理であります。しかも対
朝鮮政策が
日本にもたらすプラスは、何も期待できません。期待できないどころか、その道はアジヤの破滅に通ずるものであります。
戦後における
日本の民主的発展は
世界の驚異であり、アジアの
希望であります。
日本がその民主的発展を伸張させることこそアジア諸国民に
希望を与え、また
日本が彼らの信頼と尊敬を得る道であると思うのであります。
日本がみずからの民主的発展を確保し、アジアの不安と緊張を緩和する平和政策を堅持することが、また
世界の尊敬を集める道でもあると思っておるのであります。民主
日本の運命は今や重大な岐路に立っております。しかもその運命は、皆様がこれからきめようとする対
朝鮮政策によってきまるのであります。つまり李承晩と組んで
北鮮と中共に立ち
向う道を選ぶか、全
朝鮮を中立化し、民主的で自由な統一
朝鮮の実現をはかる道を選ぶかによってきまるのであります。もし皆様が後者の道を選ばれれば、三千万の
朝鮮民族は心からの尊敬と拍手を惜しまないでありましょう。アジア諸民族も新たな尊敬と信頼を
日本に寄せることでありましょう。アジア諸民族から尊敬され信頼される
日本であってこそ、また
アメリカとの提携も自主的であり対等的なものになるのではないでしょうか。国を愛し
世界の平和を思う皆様の御健康と御健闘を祈ります。御清聴ありがとうございました。(拍手)