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1958-04-17 第28回国会 参議院 内閣委員会 第29号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十三年四月十七日(木曜日)    午前十一時二十七分開会   ―――――――――――――  出席者は左の通り。    委員長     藤田  進君    理事            大谷藤之助君            松岡 平市君            永岡 光治君    委員            後藤 義隆君            近藤 鶴代君            佐野  廣君            苫米地義三君            中野 文門君            増原 恵吉君            松村 秀逸君            伊藤 顕道君            田畑 金光君            千葉  信君            森中 守義君            矢嶋 三義君            島村 軍次君            八木 幸吉君   国務大臣    大 蔵 大 臣 一萬田尚登君    国 務 大 臣 郡  祐一君   政府委員    総理府恩給局長 八巻淳之輔君    自治庁行政局長 藤井 貞夫君    防衛政務次官  小山 長規君    防衛庁長官官房    長       門叶 宗雄君    防衛庁防衛局長 加藤 陽三君    防衛庁経理局長 山下 武利君    大蔵省主計局長 石原 周夫君    大蔵省生計局給    与課長     岸本  晋君    文部政務次官  臼井 莊一君   事務局側    常任委員会専門    員       杉田正三郎君   説明員    大蔵省主計局主    計監査官    穗刈 誠一君   参考人            今村  均君    軍事評論家   高橋  甫君    大陸問題研究所    長       土居 明夫君   ―――――――――――――   本日の会議に付した案件国家公務員共済組合法案内閣提  出、衆議院送付) ○国家公務員等退職手当暫定措置法の  一部を改正する法律案内閣提出、  衆議院送付) ○防衛庁設置法の一部を改正する法律  案(内閣提出衆議院送付) ○自衛隊法の一部を改正する法律案  (内閣提出衆議院送付)   ―――――――――――――
  2. 藤田進

    委員長藤田進君) これより内閣委員会を開会いたします。  国家公務員共済組合法案及び国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。  前回に引き続き、質疑を続行いたします。御質疑のおありの方は、順次、御発言を願います。
  3. 森中守義

    森中守義君 ここ数日間にわたりまして、この案件審議の中で、ほぼ明瞭になり、しかも、私どもがどうしても承服しがたい点が一、二ありますので、この際、大蔵大臣に明瞭に所見を承わっておきたいと思います。  その第一の問題は、この法案のきわめて悪い特徴として、政令もしくは省令に多くを譲っておるということ、さらに、大蔵大臣認可もしくは承認、あるいは専決権というものか非常に多いのであります。ことに、現行法律によりますと、政令にゆだねておる点が二点、それからこの案によれば、政令にゆだねておるのが十四件、さらに、大蔵省省令現行法では二つ、それがこの案では六つ、こういったように、具体的にあげていっても相当多い状況であります。  私は、こういったよう考えて参りますと、やはり政令省令がこのように広範にわたり、しかも多様にわたっておるということは、内閣法の十一条にいう政令規定精神を逸脱をしておるのではなかろうかと思います。こういうことを考えて参りますと、やはり大蔵省の方ではむやみに行政権乱用を来たす私はおそれかあると考えるし、同時にまた、国会における審議権を無視した、さらには審議権を意識的に忌避した、こういったよう判断が成り立つと思うのでありますが、なぜかよう政令あるいは省令にゆだねたのか、大蔵大臣専決権特段に多くしたのか、この点を、まず第一番に、大蔵大臣から明確に御答弁を願いたいと思います。
  4. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これはいろいろあると思いますが、個々の具体的な点について、なぜこういうように多様にしたかという点は、事務局からも答弁させまするか、私としましては、この制度主管大臣といたしまして、まず一つには、制度運営の上で実態をよく把握する場合には、相当認許可報告とかいう事項をきめておくことか適当であるという考え方で、そういう認許可報告等につきましては、また一々法律にこれをあげるわけにもいきませんので、政令あるいは省令に譲った点が多かろうかと考えております。  そうしまして、御議論の、あるいは御意見の基本的な点は、何らか、大蔵大臣が、今回のこの制度に対しまして少し立ち入って、干渉がましくはないかというようなお考えかとも思うのでありまするが、決してさよう考えてはおりません。まあ国庫のこれに対しまする負担の割合も相当高いので、他のこの種の国家出資等による機関との関係等考えまして、それからまた、この組合強制加入ということにもなっておるような点も十分考えまして、まあこういう程度の、監督といいますか、監督命令規定はやむを得ないだろうと、かよう考えておる次第でございます。  なお、具体的に、ここのところはどうというような御意見がありますれば、それにつきまして御答弁を申し上げることにいたします。
  5. 森中守義

    森中守義君 私の調べたところでは、政令省令の多いのは、食糧管理法、それから外国為替及び外国貿易管理法国家公務員法中小企業安定法、大体この四つか比較的に政令省令が多い。しかし、この四つのものが多いとはいいながら、この法律の中にうたわれているように、政令やあるいは省令は多くはありません。だから、やはり国会中心にして、法律中心にして行政というものは行われていくのが妥当だと思うのてすが、こういう点について、この法律の意思というものは、どうも政令省令が多過ぎて、行政権乱用をおそれるということを聞いておるのでありまするが、何も政令省令によらずとも、正規に法律条項として出しても一向差しつかえないのではないか、こう思うのであります。何となれば、政令省令大蔵省から勝手に出されても、国会審議を求める必要がない、こういうことになれば、はなはだ私は遺憾な事態が発生をすることが将来において想像される。だから、法律建前として、大蔵大臣はどうお考えであるか。つまり、政令省令によらずして、なぜほんとう法律として出すようなことをしなかったのか、こういうことを聞いておる。
  6. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) その点につきましては、今、私、基本的な考えとして御答弁申し上げた通りであります。が、しかし、問題は、この組合等運営についての把握、それに関連して、相当技術的な問題もあると思う。どういうふうにこの組合実態を把握して運営していくか、それには、どういうふうな、たとえば認許可とかいうようなものが基調となるのであります。技術的な点がありますので、これは一つ、それらの点について御納得のいくように、主計局長から答弁をさせます。
  7. 森中守義

    森中守義君 そういう技術的なことは聞いていないのです。大臣に聞いておるのですよ。元米、岸内閣は、非常にこういうことをおやりになるのが好きなんです。しかも、最近は官僚独裁の傾向がきわめて顕著になっております。国会中心にして行政を行い、国政を行うのが当然であるのに、政令省令にゆだねるということは、何といっても、これは国会審議よりも行政権の方がより高度なものになっていく危険性がある。私どもは、そういう危険性をここで承知で、立法技術がどうである、具体的な運営がどうであるとかというよう理由のもとに、国会審議を無視されたようなこういう法律に対しては、はなはだ遺憾に思う。こういう考え方については、与党の諸君も国会の権威を高めるため、国会審議というものをあくまでも民主政治の原則に置く限りにおいては、反対でなかろうと思うのです。だから、省令政令にゆだねなければならない事項が、どういうむずかしいものであるか知りません、しかし、省令政令に出し得るならば、当然法律の中にうたってもいいのじゃないですか。これが、私はほんとうに正しい法律運用であろうと思う。技術的なことでなくて、大蔵大臣が、立法精神国会に対する責任内閣法の明らかにそういうものを規定している。憲法規定しております。そういう点について、もう少し明確な答弁を求めなければ、私ども国会に議席を置くものとして、そういう軽々なことで法案審議はできないということです。
  8. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) そういう点について、何も、私は自分の見解を不明確にしておるわけではありません。法律によるべき事柄は、むろん法律によらなくてはなりません。しかしながら、私が申しますように、事柄によって、これ、すべて法律でいくというわけにはいきません。ここに政令省令範囲によるものも、事柄によってはある。  そこで問題は、あなたの御質問からすれば、省令政令によるところ多いじゃないかという御意見ですから、多いとすれば、なぜそうならざるを得ないか、その個々省令政令によっておるところは、こういうわけで政令省令によっているということを説明すれば、なるほど、それは立法によらなくても、省令政令でよいということに納得できればいいと、私はこういうふうに考える。基本的のもので、法律によるべきものは法律でやっていただく。政令でいいとは考えられません。それは法律によるべきである。省令政令によるべきもの、しかも、それが行政運営の上から、政治をやる上においてそれか適当であるとすれば、採用することに何もちゅうちょすることもない。それはそれでよろしい。何も、それが国会審議権をどうとかという問題はありません。法律によるべきものは法律によると、こういうのでありますから、省令政令でやるのはおかしいじゃないか、法律によるべきじゃないかという御意見があるいは実際にあれば、それは両方の意見を聞かなければ……。私は、なぜここで政令省令によるのかということを、説明させるのが適当である、かよう考えるわけです。
  9. 森中守義

    森中守義君 はなはだ本末転倒していますよ。理由を聞けばこれでもいいじゃないか。なるほど、ずっと後退した考え方はそういうことになるでしょう。しかし、それでは、憲法内閣法や、あるいは立法権というものはどうなるのです。理由を聞けばいいということであれば、これは法律なんか要らないというよう解釈も、極端にいけば成り立ってきます。そういう考え方大蔵当局関係のいろいろな法律を出してきたり、しかも、政令あるいは省令にゆだねようとするところに、さなきだに、大蔵官僚が各行政省庁に対して不当な行政干渉をやっているというそしりか出てきた。あるいは国の財政を大蔵省の私物的なものに考えられていると指摘されておるような、そういうことが私はあると思う。立法精神、それはやはり、大蔵大臣、そういうよう内容さえ聞いてくれれば、何も法律万能でいかなくてもいいじゃないかという考え方そのものが、国務大臣として、私はいささか見識がないと思うのですが、ここまで追及しても、やはりそう思いますか。
  10. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 私はきわめてわかりよく話しておるのでありまして、法律によるべきことは法律によらなくちゃならぬ。何も異存はない。国会で御審議を願って、立法手続をとってそれに基いてやるのでありますから……。しかし、すべて何もかも法律に、言いかえれば、政令省令は一切相ならぬという御意見でも私はないだろうと思う。問題は、省令政令でやる範囲が逸脱しておるか、少くともそれが法律によるべき事項ではないかとか、その点に私は問題かあるべきだと思う。私どもは、法律によるべきものは、今回法律に御審議を願って立法している。その法律の許す範囲内において、行政をやっていく上において妥当であると思うこういう事柄について、省令政令による、こう言うておるのであって、何も私は御意見と食い違ったものはないと思います。
  11. 森中守義

    森中守義君 この点についてはこれで終りますが、しかし、最後に一口申し上げておきたいのは、私は省令政令が全然いかぬと言っておるのじゃないのですよ。内閣法の十一条をごらん下さい。政令の限界を規定してある。だから、政令省令というものも、法律の背景を持っている以上は、その限りにおいてはいいでしょう。しかし、それには限度がある、程度があるということなんです。その他、六法全書の中に盛られているいかなる法律も、かように多種多様な政令を持っているものはないと。ほとんどこれは、本法よりも政令にゆだねておるじゃないですか。省令にゆだねておるじゃないですか。法律としての体をなしていないし、そのことをさらに考えてみれば、国会における審議権に対してはどう考えておるのか、こういうことを私は言っておるのであって、何も政令省令が一切がっさいいかぬ、こういうむちゃなことは言っておりません。しかし、この案に関する限りは、政令省令があまりにも多過ぎる。しかも、あまりにも多過ぎるということは、さなきだに、大蔵省行政乱用する危険性がある、こういうことを言っておるのです。だから、この点については、私はいささか警告を発すると同時に、次の国会あたりではもう少し真剣にこの扱い考えてもらいたいと思う。また、資料が出ております。同僚議員伊藤さんからの要求によって、あらかた政令内容か出ておりますが、やはり随時、この政令扱いについては、立法精神を逸脱しないように、そして大蔵省が不当に行政干渉をしている、あるいは不当に権限を拡大するというそしりを受けないように、特段の注意を私は喚起しておきたいと思う。  それで、第二番目の問題でありますが、この法の百二十九条の中に、極度な罰則条項が設けられてあります。この罰則条項に対して国家公務員法との関係をどうようにお考えになってるか、その点を明瞭にしてもらいたい。
  12. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 技術的な点でございまするので、私がかわってお答えを申し上げます。  現在の共済組合の役員は、この法規に基きまして省庁の長が長になりまするし、事実上公務員たるものがその仕事をやる場合が多いわけでありまするが、それはそれといたしまして、この共済組合ないし連合会は、当然でありまするが、独立の主体に相なりまするので、これはいわば便宜そういうものかその事務を行うというだけでございまして、本来のこの共済組合関係業務につきましては、本来の業務の基準があり、業務の慣例、法令があり、あるいはここにございまするよう事業計画というようなものがあるわけであります。従いまして、それに対しまする、その法令あるいは付則の適用を確保いたしまするには、それに伴います、それ自身としての公務員の立場を離れまして、この共済組合職員といたしましての仕事のやり方、それに対しまする罰則というものが出て参りますので、ここに罰則規定を設けたのであります。
  13. 森中守義

    森中守義君 議事の進行について、特に委員長にお願いしたいと思います。実はきのう、政務次官石原局長出席をされておりました。局長政務次官からお答えいただいてけっこうであれば、きのう私の質問は終了しております。しかし、政務次官局長では困るので、わざわざ今日まで質問を保留して、大臣出席を求めたのでありますから、事務的なことであっても、質問者の特に指名をして答弁を求めている人に、御指名を願いたい。
  14. 藤田進

    委員長藤田進君) 質問者に申し上げますが、質問される劈頭に、だれに質問ということを言われました場合は、大蔵大臣であるとかいうふうにきめて申し上げますが、折に触れて国務大臣政府委員答弁させるということもあり得ることは、やはり質問者も了解しなければならぬと思います。ただし、御趣旨の点はもっともだと思いますから、さように取り計らいたいと思います。
  15. 森中守義

    森中守義君 大蔵大臣に伺いますが、現行国家公務員共済組合法制定をされたのは二十三年六月三十日ですか、こういう過去の歴史の中で、こういう罰則を設けなければならないような具体的な実例が、きのうはないとおっしゃった。政務次官が答えております。それでは、過去にそういう罰則適用をしなければならないというよう状態のもとに、なぜわざわざ予防措置的な意味でこういうものを作らねばならなかったか、これについて大臣はどういうふうにお考えでございましょうか。
  16. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) お答えします。私は、この罰則という点は、何さま今回は膨大な積立金を持っております。公務員短期給付長期給付福祉事業、非常に重大な業務を自主的に運営する、こういう責任共済組合あるいは連合会は持っております。しかも、国とは、主計局長の話したように、独立した独立法人でもあります。こういう見地からいたしまして、その職員法令違反に対しましてある程度処罰を設けるということは、私はむしろ当然ではなかろうか、かよう考えるのが私の考えであります。
  17. 森中守義

    森中守義君 それでは、今までそういう実績はなかったが、これは予防的なものとしてその必要がある、こういうことですが、そうだとすれば、各省庁の中で、たとえば国家公務員法の八十三条ですか、「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」ないしは「国全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」、こういう懲罰事項国家公務員法の中にある。現存する。今、大蔵省の中でこの懲罰事項に該当した者があった場合に、ほかの法律適用しておりますか。おそらく、私の知る範囲では、各省庁間における公務員法違反の事実があったならば、当然国家公務員法罰則条項に照らして処罰を受けております。もちろん、刑事罰は別です。行政上の過失については公務員法適用を受けるというのか、大体法律運用上からいっても私は妥当な考えでなければならぬと思う。だから、公務員法とこれとの関係はどうかと聞いているのは、その辺にあるのです。もう少し明快に御答弁をしていただきたい。
  18. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 現行法におきましては、組合行政機構との関係が私は必ずしも明確でないように思うのでありますが、今回は、改正法案によりましてこの関係を明確にいたして、そして組合には定款も設けることに相なって、これは独立法人であるということが私は明確になると思うのです。ただ、実際におきましては、国の公務員事務をとるでありましょう。しかし、理論的には、そういうふうな事務をとっておる公務員が、義務違反をしたという場合に、私はやはり、こういうふうに国と組合との関係が明確になったのだから、この場合においては、やはり今回のこの罰則適用されるのが正しいのではないか、かよう考えておる次第でございます。
  19. 森中守義

    森中守義君 そういったように、ものの考えが使い分けができるというならば、大へんこれは私は大きな問題だと思うのですよ。法案の十二条、この十二条によれば、「各省各庁の長は、組合運営に必要な範囲内において、その所属職員その他国に使用される者をして組合業務に従事させる」、こういう工合に明瞭になっているではありませんか。国家公務員という身分保障のない者、国に使用されていない者がこの仕事に従事するというならば、特段にこの罰則条項制定が必要であろうと思うのであります。しかし、各省庁の長がみずからの指揮下にある職員をして仕事を行わしめるというのだから、当然、あなた、これは国家公務員法罰則条項適用であることは当然じゃありませんか。これに対してはどう考えます。
  20. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) ただいまの答弁で私は尽きておるように思うのであります。それは、各省庁公務員に対しまして、この事務に携わるということは、それは申すでありましょうが、しかし、その公務員が実際に義務違反をするのは、この組合事務をとったその結果生ずるのでありまして、これは私、やはりこの組合において働いているというその形において、関係において罰則がある、処罰の原因が生ずる。この組合に、規定しておる罰則適用するということは、私は正しいと思います。なお、これは法律問題でもあります。私はさよう考えておるのでありますが、なお詳しくは、また専門家答弁させます。
  21. 森中守義

    森中守義君 もう少しよくお考えになって下さい。先刻読み上げましたように、国家公務員法の八十二条の二号「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」というのがあるのです。だから、今申し上げたように、この新しい法律案による十二条の適用を受けて仕事をする人は、共済組合仕事をするからといって、休職になるとか、あるいは停職になるとか、身分を転換するとか、そういう状態仕事をするのじゃない。国の仕事の一環として各省庁の長の命令を受けて仕事をするのですから、当然これは国家公務員が国の仕事をするというのと同義になりますよ。だから、さっき大臣が言われた、この仕事をやる、その仕事によって発生した事犯であるからこういう罰則条項を作るというのは、これは私は法律建前からいっても、さよう解釈は成り立たない。勝手に好きこのんでこの仕事をやっておるのじゃないけれども、上司の命令によってこの仕事をするわけで、いわんや、その身分というものは国家公務員であるわけです。どう思いますか、こういうことは。
  22. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) ただいま私が説明したので私は尽きておると思うのです。これを繰り返すこともないと思います。なお、御不満がありますれば、法律の問題でありますから法律専門家一つ答弁させます。
  23. 藤田進

    委員長藤田進君) 森中委員にお伺いいたしますが、政府委員答弁でよろしゅうございますか。
  24. 森中守義

    森中守義君 けっこうでございます。
  25. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) ただいま御指摘に相なりましたように、この法律の十二条によりまして、組合運営に必要な範囲内において、その所属職員その他国に使用される者をして組合業務に従事させることができるわけでございますが、この条文に基きまして、当該官庁職員がこの業務に従事をいたしまするのは、これは国家公務員として当該の人が雇用をせられました本来の目的と違う仕事をいたすわけであります。従いまして、国家公務員身分は保有はいたしておりますが、現に行なっております業務は、この組合関係業務であります。従いまして、この組合関係業務を行うにつきましてどういうような問題があるか。たとえば、認可証認を受けないで仕事をやる、ないしは規定に違反して積立金余裕金運用をいたすというような、この組合固有の、本来の国家公務員仕事とは全然別の、こういうよう業務を営みます。これは便宜仕事都合上そういう方が都合がいいということで、その人の配置をいたします。しかしながら、その仕事内容は全く組合関係事務でございますから、従いまして、その関係事務につきましては規律関係はこれは全然別途の体系に立つのが適当であるというふうに考えまして、こういう立法をいたした次第でございます。
  26. 森中守義

    森中守義君 これは本来ならば、法制局長かどなたかおいでいただいて、明確に法律の問題を論議するのが私は至当だと思う。しかし、私の判断からいけば、身分というものがやはり私は先行してくると思う。仕事というものはあとになります。それで、先行する身分上に関係のある条項が現存すれば、それによって懲罰を受けるということが、法律論として私は正しいのじゃないかと思うのですよ。また、こういったような事例が各省庁の中にはあります。たとえば、純然たる国の行政以外の所管事項について、身分保障を受けながら仕事をやった場合に、こういう罰則条項はありません。おそらくこの共済組合をもって嚆矢とするでしょう。だから、私は自説を曲げるわけには参らないし、この点は法制局と打ち合せの結果大蔵省でお作りになったのかどうか知りませんが、もう少し国家公務員身分の問題については真剣にお考えいただかないと、大へんなことになるのです。  だから、私は、大へん言葉が過ぎるかわかりませんが、二重、三重に国家公務員罰則下に置くということは、およそ六十数万になんなんとする国家公務員に対する侮辱であると思う。しかも、先刻も申し上げたように、こういうことに該当するようなことが、現行法が効力を発生して以来、一回もその事実がないという、こういう厳然たる事実の上に立って、予防措置を講ずるということは、いささか私は大蔵当局の行き過ぎではないか、こういうことも考える。  その点について大臣の私は明らかに行き過ぎであると、こう思うのですが、もう一度大臣の所見を承わっておきたいと思います。
  27. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これは先ほど詳しく私申し上げたつもりでありまするが、なお、要約して申し上げますれば、一つには、この組合が今回この独立の自主的な性格を明らかにして、今まで国との関係は必ずしも明確でなかったのでありまするが、これが明確になる。もう一つは、この組合のなす仕事がきわめて重大な仕事で、かつ膨大なものでもあり、従って、これに携わる職員に対しまして、その違反に対してある程度罰則を設けると。これが理由でありまして、これは何も公務員等に対して特別に何か、こう、今のお言葉を返せば、侮辱的なことだとか、そういうことはもう全然考えておりません。ただ、事柄がきわめて重要なことでありまするから、かようにいたした次第であります。
  28. 森中守義

    森中守義君 問題は、現行法律が効力を発生して以来、こういう罰則適用しなければならないような事犯が一つもなかった、こういう答えがきのうあっておるのです。そうしてまた、現行法と新法とを照らし合せてみた場合において、運営上の問題としては、今大蔵大臣が説明されたように、非常に大きな変化があっておりません。従来通り運用の形態であると私は思う。基本的にこれが特段に予防措置を講じておかなければならぬよう運営の仕組みになっておるというならば、話は別なんです。しかし、全体的な運営の方式としては、基本的に大きな変革はどこにも発見できません。だとするならば、過去においてそういう罰則条項の発動をしなければならぬというような事犯が一件もない。いわんや、運営の中において基本的な大きな変革がないとするならば、ことさらにこういう罰則条項の設定ということは必要ないのではないか、こういうことを私は大臣に聞いておるのです。
  29. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これは、あるいはまた、専門的な法律論になるので、御満足を得るかどうかわかりませんが、私の確信といたしましては、むろん過去において罰則に値するような重大な違反がかりになかったといたしましても、今回は、先ほどからしばしば申し上げますように、組合と国との関係を明確にいたしまして、そうして、これを、自主的性格を明らかにいたしたわけであります。従いまして、その意味におきまして、私はこの組合自体に罰則を設けるということは適当であると考えるわけであります。
  30. 森中守義

    森中守義君 今、大臣のその言葉から感ずることは、国と組合関係を区別をすると、こういうことですが、先刻から指摘しておるように、政令あるいは省令が、大蔵大臣専決権が拡大をされる。こういうことだと、これは二分した状態というよりも、むしろ国の干渉というものが極度に強いということも成り立つと思うのですよ、今、大蔵大臣答弁からいくならば、もう少し組合自体の自主性を尊重するような体をなさなければ、今の答弁は妥当でないと思う。政令はたくさん作る、省令はたくさん出す、大蔵大臣専決権は拡大をされておる。これでは、理屈に合わぬじゃないですか。私はそう思いますよ。だから、今の大臣の答えで私は承服できない。組合の自主性をあたかも区別をして尊重するがゆえに、こういう罰則条項の設定を必要であると主張される。反対なんです。従前にも増して、専決権も拡大をされる、政令も多く出る、省令も多く出るというならば、逆に国家の干渉が強いじゃありませんか。大いなる矛盾がある。私はそう思う。
  31. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) いかにも政令省令を何か乱発でもして、そうして乱用するかのようなお考えが、まずあるかのように私は感ずるのでありますが、そういうことは絶対に考えておりません。これは事柄の性質上、省令政令によることが適当、適切であると、一般的に認められるものに限るのでありまして、何もいたずらに政令省令乱用するということは考えておりません。問題は適切なりやいなやというところにあると私は考えておるのであります。  が、しかしながら、先ほどからいろいろと御注意もありまして、やはりそういうふうな政令省令によるとしておけば、事柄の性質上やむを得ないにしても、よほど注意をしないと、そのためにおもしろくないようなこともまた起る傾向を持つであろうという御注意につきましては、私はありがたく承わっておきます。従いまして、そういう点につきましては、今後十分注意をいたしたい、かよう考えております。
  32. 森中守義

    森中守義君 もう簡単に承わりますが、どうも私がお尋ねしている点とピントがときどき合いません。大臣は、要するに国の仕事組合仕事を確実に分離する、そういう説明が今行われて、分離をするがゆえに罰則条項は強いものにしておかなければならぬ、こういう説明なんです。だから、私は、分離をしたというならば、当然、この立法精神、少くとも公務員制度調査会の答申、こういうものも出ている今日、さらに国民皆保険というようなそういう社会保障制度の確立の方向に時代の趨勢は向いております。そういう時代の趨勢に応じてこの立法措置がとられたという解釈に立つならば、やはりこれは具体的に組合の自主性というものが大幅に尊重され、自主性にすべてがゆだねられる、こういう行き方でないと理屈に合わぬ、こう言っておる。しかるに、運用資金については全部これは預金部に預託をする、こういったよう条項がたくさんあってみたり、あるいは各省庁連合会の中に審議会というものができる、こういう条項があるけれども、具体的に考えていけば、やはり大蔵省特段に権限を強化しておるということは、逆から言うならば当りまえでありますが、一つも自主性が認められていない。だから、国と組合と分離して、そうしてこの精神に沿うという意味には成り立たないのではないかということを、承わっておる。これに対してもう一度大蔵大臣の見解を述べていただきたいと思います。  さらに、もう一つ申し上げておきたいのは、この罰則の過料三万円というのがありますね。おそらく、これは刑事罰ではなくて行政罰でしょう。しかし、行政罰の過料に三万円というものは、あまりその例を多く見ないようです。考えてみて下さい。今この仕事に従事する国家公務員諸君は、おそらく事務次官やあるいは局長クラスばかりではないはずです。下級職員がおる。そうなると、三万円というような俸給を取る者はよけいおりません。たまたま報告を漏らした、あるいはこの条項にたまたま違反したがゆえに、一月分の俸給はそのまま罰金に、過料に払わなくちゃならぬというような、こういう不当な過料なんというものはないと思います。こういうことについても、あわせてお答えをいただきたいと思います。
  33. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 国と共済組合との関係を今回明確にして、この共済組合の自主的性格を明らかにした。その意味におきまして、この罰則を設けたなら、さような自主的な性格は――この共済組合の自主性格を明らかにしたんなら、自主的にやればいいじゃないか。それは一つの見解でありましょう。しかしながら、この共済組合に対しては国家は非常にやはり負担をいたしております。これはおそらく五五%程度の負担になると思いますが、そういうこの負担もいたすのであります。また、これは単に、その個々組合個々に勝手にやっておればいいというような性格の組合でもありません。仕事内容からいけば、きわめてこれは公けの性格も持っております。まず、そういうことから考えまして、一面この可能な限り自主的な点を強めていきますが、同時にまた、国の監督ということも適当な範囲内においてこれを認めないわけにはいかないのであります。それがまた私は適切でもあると考えております。  ただ、今お言葉のうらにちょっと――私、何も言葉じりをつかまえるのではありません。そういうふうなことは極力避けるのでありますが、しかし、ちょっと誤解がそういう点にも現われていると思いまするから、私は申し上げるのですが、たとえば共済組合積立金を全部何か資金部に預けさせる、ここに巻き上げてしまうんだというようなお考えようでありますが、私はさようには思っておりません。これはまあ、どういう程度を資金部に入れてもらうか、相談をしよう。そうして福祉施設等については困らないよう考えようというふうに相なっていると私は思うのでありまして、そう何もかも、むちゃくちゃなことを、何か大蔵省が権力といいますか、何か勢力範囲を拡張するかのようなそういうことは、私は非常に今日つつしんでいるのであります。かりにそういうようなことがあるとすれば、それはいかないので、むしろ、この適当なところでとどめることに意を用いているのであります。そういうような点もありまして、私は、十分関係者と大蔵省も相談をいたしまして、適切な運用をはかっていきたい、かよう考えている次第でございます。  それから、今の罰則の重さについてでありますが、これはまあ私ども罰則を必要とするということは、法制局長官にも立案のときに申してあるのでありますが、しかし、どういう内容にするか、これは他のいろいろな法律関係もありまするので、具体的なその罰則の点につきましては、他から説明をする方がいいと思います。ただ、この種のものは、御承知のように、私学共済組合にやはり罰則がありまして、大体これと私は似たものではないか、かよう考えている次第でございます。
  34. 森中守義

    森中守義君 今の罰則の問題ですよ。これで、私は、その三万円の根拠がどににあるかということも、ちょっと聞いておかねばならぬ。私学共済か何かの話を、今一つの対比の中に出されたようですが、法律として罰金等臨時措置法というものがあります。それで科料は幾ら――もちろん最高、最低という規定はない。しかし、大体科料にしろ、罰金にしろ、こういう一つの基準的なものはあるのです、基準的なものは。それと、やはり私は、根本的に問題になるのは、報告を怠った程度のことで、一カ月月間まるまるむだ働きをしなければならぬような科料というものは、この過料というものは、どう見ても過酷に過ぎる、こういうことを言っておる。  それで、集約的に大臣からもう一度お答えをいただきたいと思うのです、が、やはりいろいろな角度から、今の国家公務員法とこの罰則条項の問題について、双方で意見の開陳をしましたが、おそらく、お聞きになっている皆さんも、そういう意味で私は盲点が残されていると思うのです。  それと、さらに一つは、政令あるいは省令の問題も、私の言うことにも、若干の価値はあるのじゃないか。押し売りはしませんよ。押し売りはしませんが、通念的に考えてみても、そういうことは成り立つ事柄でありましょうし、また罰金の三万円ということも、この罰金等臨時措置法に照らして考えるならば、必ずしも当を得ていない。だから、こういう項目だけの問題に限ってでも、きょうにわかにこの問題をどうせい、ああせいということは言いませんが、少くとも、おそくとも次の国会等には再検討して、この問題に対しては一応の何がしかの回答をする、検討を加えるというようなことをお考えでございましょうか。その点を明瞭にしていただいて、私の質問を、ちょうど時間が来ましたから、終ります。
  35. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) だいぶ御謙遜で、御意見が全然価値がないとかという非常に御謙遜ですが、私は価値のあるものは大いに認め、敬服しているわけであります。なお、しかし、これをさらに考え直す、あるいはもう少し考えてみるということは、私も最善を尽してこれでいいと、かよう考えておりますので、さよう御了承をいただきたいと思います。
  36. 森中守義

    森中守義君 そういったように、おれのやったことはオールマイティだというようなことじゃ困りますよ。やはり国会審議の中で問題点がある、こういうことについては一考の価値があるということを、政府当局の方でお考えになったならば、いつどうする、こうするということではないにしても、当然これは行政上の問題として、一応の措置を講ずるという、検討を加えるということは当然だと思う。自分がやったことはオールマイティだ、最上のものであるという、そういう思い上ったことじゃ困ります。だから、次の国会には、今指摘した問題点については、何がしかの検討を加える、こういう答を私はほしいと思うのですよ。その点、どうでございますか。
  37. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 私は、先ほどお答え申し上げましたように、いろいろと御注意もありましたが、そういう御注意の点については十分注意を申し上げる、かよう答弁いたしております。なお、この案自体につきましては、とても私はオールマイティとか、そういうことは全然考えておらない。私は、やはり事務当局とも、そういう方々にいろいろと説明も受け、こっちも一生懸命勉強しましてやっておるというようなわけで、オールマイティというような、そういうふうな方向じゃない。しかしながら、研究あるいはいろいろ衆知を集めて作ったその結果は、私は今日最善と確信をいたしまして御審議を願っておるのでありますから、さよう答弁いたしたので、決してオールマイティとか、そういうような独善的な考えは私自身が持っておりません。
  38. 森中守義

    森中守義君 しかし、大蔵大臣、結果的にはオールマイティじゃないですか。国会審議なんというのは形式だけだ、いろいろ問題点が指摘されて、その指摘されたことに対しては、もうこの問題が解決した以上は、一考も与えないというふうな、たとえ謙遜、謙虚な気持があっても、これはやはりオールマイティといわざるを得ない。私は、国会審議というものは、国会法のどこを見ても、やはり行政上の問題について是は是、非は非として指摘をして、それでよりよいものを作っていくというのが、国会審議の私は大きな使命であろうと思う。そういう使命の一環として、今指摘したようなことが、なるほど大臣の方で、にわかにその通りにすることはできないとしても、そういう問題点については、将来何がしかの、これは検討の要素にならなければ、国会審議というものは価値がない。私どもはここへ出てきて、何も口角あわを飛ばしてしゃべるだけが能じゃない。そういう意味合いで、次の国会あたりには、今申し上げた二、三の事柄については検討を加えるという答えがあるのは、当然私はあり得ることだと思う。そういう意味で、次の国会に直せとか、もちろん大蔵当局で直さなければならぬとか、直さぬでいいという、いずれの結論になるかわかりませんが、要するに、検討を加えるといった答えは出そうではありませんか。そのことを、もう一回、答弁を願います。
  39. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 私も少しあるいは理解が悪いかもしれないが、しかしながら、私は国会審議をどうというようなことはむろん考えられぬことでありまして、周知を集めて、国会の御審議を仰ぐ原案を、最善を尽して出しているということを、申し上げるのでありまして、国会審議をどういう問題とは全然これは別個で、どうぞ原案について十分な御審議を願いたい。私は、原案自体は周知を集めて、確信を持って提案申し上げた、かように申したのであります。  従いまして、今これについて、私は最善と考えてやっているのでありますから、今のところは、これについていろんな検討を加えるというお約束はいたしかねる。そういうあやふやな案は出してはいけないと思う。それから、しかしながら、運営の上においていろいろと、たとえば省令政令や何かあるから、そういう点については乱用にならないように、十分の注意をしよう。そうしないと、また大蔵省が何とかかんとかいうふうなことがあると。そういう点について、私は謹んで承わって、注意いたしておるのであります。
  40. 藤田進

    委員長藤田進君) 大蔵大臣に対する質疑はまだありますか。  ちょっと、速記とめて。    〔速記中止〕
  41. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記つけて下さい。  自治庁長官は十分間くらい抜けて来ているようですから、この際、一つ御了解を得て、自治庁長官に質疑をしていただきます。それで、大蔵大臣はそのまま一つ、いていただきたい。
  42. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 審議の時間の関係上、本法律案の逐条審議をすることができずに、アウトラインの審議となると思う。そこで、大蔵大臣に対する質疑はあとに回しまして、自治庁長官に、あなたは岸内閣国務大臣の一人でございますので、大まかな線を承わりたいと思うのです。  それは、ただいま出ている法律案は、五現業並びに非現業の中で恩給公務員でない者を適用対象とし、さらに、地方公務員の中で恩給公務員でない人を対象とするものが、ここに共済組合法案として出ていること、御承知の通りでございます。そこで、お伺いしたい点は、すべての法体制というものは、地方公務員国家公務員に準じて取扱われるように、わが国の立法体系はなっているわけです。ところが、所管大臣として十分御承知の通り、地方公務員に対しましては、地方職員共済組合とかあるいは市町村職員云々と、まあ数多くのものがありまして、その適用対象から、給付額から、内容等、ばらばらなわけなんですね。ところが、このたび岸総理の裁断によって、ある方向を指向する法律案がここに出てきたわけです。そこで、当然これと関連して、一体地方公務員の共済組織というもの、民主的な老齢年金制度というものは、今後いかようにされようと今研究をされておるのか、その指向しておる方向と、われわれ立法府において審議をさしていただく時期の見通し等について、承わりたいと思います。
  43. 郡祐一

    国務大臣(郡祐一君) 矢嶋委員の御指摘のように、私は地方公務員というものが一つの統一した体系を持つことが望ましいと思います。御指摘のように、府県の恩給条例によっておりますもの、市の条例によっておりますもの、あるいは町村の恩給組合によっておりますもの、共済組織によっておりますもの、それから、こういう国家公務員の共済制度の中に盛られておりますもの、いろいろございます。私は、地方の公務員というものについて、一つの統一したものを持ちたいと思います。  その時期でございまするが、私は、地方の公務員については、国家の公務員についての恩給の扱い方、共済の制度についての扱い方、こういうものに準じて地方の公務員考えなければなりません。地方の公務員についての一つの統一した考え方を持ちたいと思っております。ただいま恩給についての考え方というものか、なお一つの検討の段階にございます。今度国家公務員の共済制度につきまして御審議をわずらわしております、それらの決定と相待ちまして、地方公務員についても、時期といたしましては、来たるべき通常国会にはぜひ地方公務員については一つの体系を整えまして、御審議をわずらわしたいものと私は考えております。
  44. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 重ねてお伺いいたしますが、この法律案審議に際して、政府委員答弁では、恩給というものをやめて退職年金制度でいこう、その一つのはしりとして、国家公務員共済組合法案なり、この法案立法府に提出された。そうしますと、あなたの答弁を推察するに、この国家公務員共済組合法案に準ずるいわば地方公務員共済組合法案というものが、自治庁当局において検討され、次の国会くらいに審議の対象として国会に提案されるであろう、かような方向をたどっておると、かように了承してよろしゅうございますか。
  45. 郡祐一

    国務大臣(郡祐一君) 広く国家公務員、雇用人も何も非常に広く含めまして、国家に奉仕しております者のこれからの年金制度がどのように相なるか、そうしたこととにらみ合せまして、それと均衡のとれましたもの、地方の、地方団体に奉仕しております一切の者を含めて、はずの合ったものをこしらえたい。矢嶋委員のおっしゃるごとく、私はただいま申したように理解する意味合いにおきましては、私は矢嶋委員と同じ意見です。
  46. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 次に、もう一、二点承わりたいのでありますが、それは、本法の第三条の二項の二に「地方自治法附則第八条に規定する職員」とあるわけですか、この職員はどういう職種で、何人ぐらいおるのかということと、こういう方々に対しましては、この法律と並列審議しております国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案、これによって退職金が支給されると思うのです。それは間違いがないかどうかということと、もう一つは、地方公務員で恩給公務員でない人がこの適用を受けるわけです。そういう方々は、ただいま審議しておる国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案によって退職金は支給されるのではなくて、都道府県の条例によって支給されるわけですね。従って、同じこの共済組合法案適用対象となっておる公務員の中でも、地方公務員で一部入っておる人と国家公務員関係で入っておる人とでは、退職手当暫定措置法の適用でアンバランスになる。従って、これをなくするためには、われわれの今審議しておる国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案に準じたものをこれらの地方公務員適用するようにしなければならぬ。そういう行政指導を自治庁は都道府県にやられるべきだと思いますか、以上の点についてお答え願いたいと思います。
  47. 郡祐一

    国務大臣(郡祐一君) 御指摘のものは、職安、保険、道路整備、これらのものについてでございまして、大体八千四、五百人でございます。それらのうちの雇用人に対しますものは、御指摘の通り、御審議を願っておる法律で扱うことに相なりまするし、それから、従来の恩給を受けておりまするものについては、それらの国家公務員と同じに処遇されるわけでございます。  それから、確かに、おっしゃるように、アンバランスか起って参ります。これはそれぞれぞれの条例を直さなければ相なりません。行政指導をそのようにいたすことにしております。決定次第はっきりいたそうとしておりますが、時々そういうような指導をいたしておるのでございます。
  48. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 付則二十条の五項、百十七頁でありますが、「地方公共団体の退職年金及び退職一時金に関する条例の」云々とございますね、これを「適用しない。」となっている。これに対してそういう措置をとられるということですか、その点はどうですか。
  49. 郡祐一

    国務大臣(郡祐一君) この点、一つ行政局長の方からお聞き取りを願いたいと思います。
  50. 藤井貞夫

    政府委員(藤井貞夫君) ただいまの点でございますが、退職手当の臨時措置法の改正というものも、これは年金制度の改正と照応してとられるものでございまして、国家公務員につきましても、いわゆる雇用人について国家公務員共済組合法の退職年金制度適用があるということに相なりますことに照応しての、退職手当の臨時措置法の改正でございます。従いまして、地方職員につきましても、国の改正措置に照応いたしまして、退職手当臨時措置法というものに対応いたしまする条例の改正措置というものを講じて参ることに相なるのでありまして、一般の職員、その他恩給の適用を受けておりまする教職員、あるいは警察職員等につきましては、この退職年金制度が改正をせられますことに相なります際において、退職手当の臨時措置法も適用していくということに相なっております。
  51. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 大蔵大臣に対する質疑は、他の委員質疑をなされた後に、少しやりたいと思います。自治庁長官並びに行政局長の御答弁はきわめて明確でございますので、これをもって質問を終ります。
  52. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 自治庁長官にお尋ねをいたしますが、共済組合関係長期給付短期給付を含めまして、地方公共団体の負担額と組合員の負担額は、大体総額でどの程度になっておりましょうか。ごく大ざっぱなことを伺いまして、こまかいことは資料で後ほどいただいてけっこうです。
  53. 郡祐一

    国務大臣(郡祐一君) 即刻資料をお届けいたしますが……。ちょっと私承知をいたしておりません。
  54. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 本法案に関連して、大蔵大臣に三、三お伺いしたいと思います。時間の関係で、ごく要点だけを簡単に、簡明にお尋ねしますので、要領よくお答えいただきたいと思います。  まず、組合の設立についてでありますが、現行法では、御承知のように、国庫から報酬を受ける職員で各省各庁それぞれに組合を設置しておる、これは御承知の通りでありますが、本法案の第三条を見ますと、「各省各庁ごとに、その所属職員をもって組織する国家公務員共済組合を設ける。」、これを見ますと、行政組織上における行政機関との結びつきが非常に強く出ておる、そういうふうに感じられるわけです。組合の性格が、現行法とこの法案とによって、非常に大きな開きを出しておる、こういうふうに見受けられるわけであります。この点を、明確に伺いたいと思います。
  55. 穗刈誠一

    説明員穗刈誠一君) 事務的なことでございますので、私がかわって御答弁さしていただきます。  今度の共済組合法のこの改正におきまして、組合の構成区分が三条に規定してございますが、これは現行は各省各庁の長がその組合の代表者になっておる、こういうことになっております。ところが、たとえば大蔵省におきまして、印刷局とか造幣局は、これは現在は大蔵大臣がその組合の代表者になっておるのでございますが、いろいろ事務上、手続上に繁雑であるという面がございますので、その組合の代表者をそれぞれ印刷局長官、造幣局長官、こういうふうに改めた次第でございまして、実体的に見ましては、現行と何ら変らない内容になっておるのでございます。
  56. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 今指摘申し上げましたように、これは労務管理に結びつけて共済組合を利用しようとする、そういうねらいがうかがわれるわけです。この点を、はっきりお伺いしたいと思います。
  57. 藤田進

    委員長藤田進君) 政府委員でよろしゅうございますか。
  58. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 けっこうです。
  59. 穗刈誠一

    説明員穗刈誠一君) まことに失礼いたしました。今ちょっと局長と話しておりましたので……。
  60. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 今申し上げた点は、労務管理ということに結びつけて共済組合を利用するものではないか、そういうねらいがあるようにうかがわれるが、この点はどうなのかということを聞いておるのです。しっかり聞いておって下さい。
  61. 穗刈誠一

    説明員穗刈誠一君) 実は、この点につきまして、昨日もこの委員会でどなたか御質問になったことと思われるのでございますが、制度といたしまして、労務管理上に関連が全然ないとは申さないのでございます。と申しますのは、この共済組合法の第一条にもございますように、この制度は国が負担金といたしまして五割五分、それ以上も負担しておるわけであります。そして共済組合のこの制度の目的といたしましても、一条の末段に「公務の能率的運営に資することを目的とする。」と、こういうふうにはっきり目的を明確に規定しているわけでございますので、関連をつけてこの法律規定してある、こういうことでございます。
  62. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、運営規則についてお伺いしますが、現行法においては運営審議会の議を経て制定あるいは改廃するというふうになっておる。この規則の内容について、あらかじめ大蔵大臣に協議するということでありますけれども、実際には各組合の自主性が尊重されておる。ところが、この本法案第十一条ですが、大蔵省令ですべてが制約を受けておる。そういうことで、非常にここに遺憾な点がうかがわれるわけなのです。この点を明確にしていただきたい。
  63. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 従来は、御承知のように、共済組合に定款というものがなかったわけでありますが、今回定款を作ることにいたしまして、独立の法人格と申しますか、そういう趣旨を明らかにいたしたわけでございます。従いまして、従来は運営規則で一本で行っていたのでありますが、それが定款で参るものと大蔵省令で運営していくものと、二本に分れることになったわけであります。その運営規則に残る部分につきましては、これは技術的な事項でございますので、大蔵省令できめることにいたしたい、こういうことにいたしたわけでございます。そういうふうになりましたのは、今申しましたように、定款と運営規則の二本建てになっておる、こういうようなことから、こういうよう規定が生まれたわけでございます。
  64. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、法案の十三条になりますが、これは「組合に使用され、その事務に従事する者は、刑法その他の罰則適用については、」ということがあるわけです。ここにいう「その他の罰則」というのは、具体的には一体どういうことなのか、適用範囲をこの際明確にしていただきたいと思います。
  65. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 刑法以外に、公務員といたしまして行政罰の適用があるということでございますので、その方の行政罰の適用を受けるというのが「その他」ということになっております。
  66. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 今度の法案では、組合が他から借入金をしてはならない、こういう制約をしておるわけですが、どういうよう考えから、こういうような制約をしたか、そこを明確にしていただきたい。
  67. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 従来も、法律にはございませんが、実際におきましては、借入金をいたさないことにしておりましたので、今回はそれを成文化をいたしたということに相なっております。御承知のように、この組合積立金相当持つよう組合でございますので、これは従来もそういうよう運用で参っておりましたし、今後も制限を一般的にいたす。しかしながら、そこにただし書きがございまして、「組合の目的を達成するため必要な場合において、大蔵大臣の承認」云々ということで、例外的な場合につきまして掲げてあるわけでございます。
  68. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 従来はこのよう規定はなかったと思う。従って、原則的にはこの借入金は自由であったはずです。なぜこういうような制約を設けなければならないのか。
  69. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 大蔵省令の条文を今見つけましたから、条文を申し上げます。先ほど御答弁申し上げましたように、法律にはございませんが、省令におきまして制限をする規定がございます。従って、その点は実体的には、先ほど申し上げましたのと、同様のわけでございます。
  70. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 実際には、組合事業計画あるいはまた予算等について、大蔵大臣の権限が非常に強化されている規定である。そこで、このよう大蔵大臣の権限強化というような面は、現在は各条項にうかがえるわけです。ここでもその一つがうかがえるわけです。こういうよう規定は必要ないと思うわけですが、これに対する大臣のお考えはどうですか。
  71. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これはこまかくいろいろあるかもわからぬが、私はやはり何もこういうふうな規定を置いて、大蔵大臣の権限を強化する、そういう目的でやるのじゃございませんので、ただ、この法案が通過して実施した場合に、事務内容積立金の量等がだんだん大きくなります。そうして同時に、この組合の目的からいたしまして、その健全性を確保することが必要であり、同時に発展もしなければならない、こういうふうなことでありますので、従来のこの組合運営が自主的に行えるように、その考え方に何も変りはありませんが、こういうふうな今申しましたようなことからして、大蔵大臣にある程度監督権を与えるということは至当である、かよう考えておるのでありまして、特に私自身としては、権限を大いに強化して、この自主性を少くするという考え方には立っておりません。
  72. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、資金の運用についてお伺いしたいと思いますが、厚生年金保険で積立金の資金運用部への預託、この事自体が組合で現在問題になっているわけです。それなのに、今回国家公務員共済組合がこれに足を入れてきたということ、これは将来の障害が非常に予測されるわけです。こういうことは必要ないじゃないか。預託運用ということについては、この際再考が必要であろうと思う。この点、大臣はいかようにお考えになりますか。
  73. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これは資金の量が相当大きくなるということも一つであると思いますが、一番大事な点は、年金というようなものを払う財源であります。その運用はきわめて堅実性を持たなければならない。むろん組合自体が自由に運用されたからといって、何も私はそれで不健全であると、そういうふうなことを申すのじゃありませんけれども、しかし、この資金の健全な運用のためには、従来の例からいたしましても、ある程度資金部というところに、いわゆる国に預けてそうして健全性を確保するということが、これは常識的になっておりますので、そういう意味におきまして、ある程度の量はこれは資金部に預託して運用していただくと、かよう考えております。そういう量はどうするか、これはよく相談をいたした上で、この組合が主義、施策をいろいろと考えておりましょうから、そういう目的を阻害しないようにという配慮のもとで考えたい、かよう考えております。
  74. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 安全かつ効率的に運用を考慮するという項があるわけですが、これはここで安全かつ効率的に運用というのは、一体具体的にはどのよう運用をさしているのか、ここを明確にしていただきたい。
  75. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 十九条一項の規定は、これは事務的な問題がございますので、私の方から答弁さしていただきたいと思います。  この「安全かつ効率的に」といいますのは、具体的にはどうするかといいますと、大体資金の構成割合、たとえば不動産投資はどれくらい、有価証券はどれくらい――これは現在の共済組合制度のもとにおきましても、国家公務員共済組合経理規程と申します大蔵省令がございまして、その中で資金の構成割合をきめておるわけであります。その目的は、あまり不動産投資のようなものに重点を置いて資金が固定化しても困りますからして、そういうよう関係で、あるいは有価証券で不健全なものに投資されても困ります。そういう意味で、総体の健全な資産に対して、どういう程度の割合で運用するか、その割合をきめるものであります。
  76. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 ここでいう「安全」とは、どのようなものをさしておるかということが一点と、それから労働金庫に対してはどのよう考えているかということ、それから「効率的」とはどのくらいの利率をさしているのか、この三点を明確にしていただきたい。
  77. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 第一点の「安全」と申しますのは、これは先ほど例示いたしました、たとえば不動産投資というようなものはあまり困る。あるいは有価証券の中でも、株式のように元利保証のないものは、投資対象の中からは遠慮する。資金が安全な形で、流動的な形でいつもあるようにしたいというのか第一点。  それから「効率的」と申しますのは、やはり組合の全体の資産の運用上、予定金利を五分五厘程度に今まで想定いたしております。少くとも五分五厘は確保いたすような資金運用をいたす。たとえば、金が余っておりますから、これは利率の低い当座預金に回すということは、困るわけでございます。できるだけ利率の高いものに回していただいて、将来金利が下ったような場合に備えておくということも必要になるかと思います。これが「効率的」という意味であります。  それから、労働金庫に対する関係でございますが、金融機関に対しますたとえば預金でございますとか、これは若干認めております。これは別に制約を加えておりません。労働金庫自体に対しても、労働金庫に預託してはならないということは何も言っておらないわけであります。これはただ、各組合連合会、そういうところの自主性にまかしておる問題でございます。
  78. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、資産の運用についてお伺いしますが、この資産総額の十分の六をこえることができない、そういうふうになっておるわけです。この額は新法案においても資金運用総額として確保できるということなのか、この点が不明確ですから、はっきりお伺いしたいと思います。
  79. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 失礼でございますが、資産総額の十分の六と申しますと、法律にある事柄でございますか。法律にはないようですが。
  80. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 連合会の定款にあります。
  81. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 定款にもそのよう規定はございませんが。……あとで取り調べまして、お答えさしていただきたいと思います。
  82. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 現行では十分の六をこえることができないが、これを新法案ではどういうふうにするのかということです。
  83. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 長期給付の資産の運用割合は、現行規定では何割ということを規定してございます。ただ十分の六という規定は、現在のところございません。
  84. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 責任準備金の額の中で、資金運用部に預託して運用しなければならない額と、それからいま一つは、組合運用できる預託した以外の額というのがあるわけです。この比率はどのくらいかということをお伺いしたい。
  85. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 資金運用部に預託する金額は、組合が厚生年金保険給付を行うとするならば、必要となる積立金ということになっております。現在の国家公務員全員につきまして厚生年金保険制度をやったとしたらどうなるかという一つの見通しを立てまして、それに基きましてこの積立金を算出するわけであります。まだ正確な計算を私ども済ましておりません。来年の一月一日の実施時期までには間に合うようにいたしたいと存ずるのであります。
  86. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 次に、役員についてお伺いいたしますが、現行では理事長とか常務理事は評議員会の議を経て大蔵大臣が委嘱すると、そういうふうになっておりますが、新法案では、理事長、監事というものは大蔵大臣が任命しておる。理事は、理事長が大蔵大臣認可を受けて任命する。こういうふうに、任命権は一切あげて大蔵大臣にあるという。そこで、組合関係以外のものが多くこの連合会役員となる公算が相当出てきたわけです。かくなると、運営上いろいろと問題があろうと思う。支障の根源となろうと思われる。なぜこういうふうにしたか、その理由をはっきりお伺いいたしたい。
  87. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) これは、理事長と役員が大蔵大臣の任命になっておりますが、その際は、評議員会の意向を十分徴しまして、これを尊重して遺憾ないようにしていきたいと、かよう考えます。
  88. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 評議員についても、従来から職員組合の代表も加えるべきであるという声が相当あるわけであります。なお、大蔵省主計局長も、反対するものではないというような発言があったと承わっておるわけです。この点はどう措置されるのか、この本法案ではどういうふうに措置されるのか、その点、明確にお伺いしたい。
  89. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) ちょっと、私の昨日のお答えと関連をいたしておりますから、つけ加えて申し上げさしていただきたいと思います。  昨日、職員団体の代者をもってとお答えいたしましたのは、これは運営審議会の方の問題でありまして、運営審議会の三者構成の場合におきまして、学識経験者とともに、組合関係者という意味におきましては、これは職員団体の代表者をもって充てるつもりだということをお答え申し上げたのであります。この評議員会の方におきましては、これはやはり組合の代表者でございまするが、これは運営者側の代表者ということに相なろうというよう考えます。
  90. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 この法案では、Aの組合組合員がBの組合職員になった場合、Aの組合組合員の資格を失って、Bの組合組合員となる、そういうふうになっておるわけです。各単位共済組合ごとに組合品員の資格をきめる、そういうふうになっておるわけです。ところが、連合会をもって集中的に本制度運営をはかろうとしておる本法案で、はなはだその点が矛盾しておるのではないか。そこで、組合員の資格については組合員一本でよろしいのではないか、こういうふうに考えられるわけです。こういうふうにはならないのか、そういうふうにお伺いしたい。
  91. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 共済組合組合員の資格につきましては、これはやはり同じ法律のもとに入って参りますものは、どこの省に勤めておりましても同一の組合員であります。ただ、組合所属を異にした場合は、職員身分には変更がありますが、組合員としての身分はどこまでも続いておるわけでございまして、その点は特に、よそに行ったから組合員じゃなくなるとかいうような取扱いはいたしておらないわけでございます。
  92. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 これは、共済組合の趣旨あるいはまた共済組合の性格からいって、職員範囲とかあるいはまた雇用の形式、こういうことにこだわる必要はない、こういう点がこの法案にはうかがわれるわけです。この点をお伺いして、時間の関係で、私の質問を終ります。
  93. 岸本晋

    政府委員(岸本晋君) 組合員の範囲の問題につきましては、いろいろものの考え方がございますが、この共済組合制度と申しますのは、やはり国家公務員として長期間継続雇用され、しかも常時勤務に服している、しかも特殊ないろいろな服務条件の制約を受けておる、そういう公務員を対象といたします一つの職域保険制度でございます。そういう意味合いにおきまして、今申し上げた常勤とか長期雇用、あるいは特殊な任用、服務条件、そうしたものを前提とした、そういうものがかぶせられておる公務員だけをやはりこの共済組合制度の対象とせざるを得ないわけでございます。この点は御了承願います。
  94. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 大蔵大臣に若干伺います。この法律案は、第一院を四月四日通過いたして、本院に送付されて参ったのでありますが、その第一院で可決する場合に付帯決議がなされております。この付帯決議につきましては、当然所管大臣としては、立法府の意思でございますから、尊重されることと存じますが、いかがこの付帯決議をお考えになっておられますか、伺っておきます。
  95. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 尊重いたすつもりでございます。
  96. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 主計局長に伺いますが、いずれ解散、総選挙となりまして、法の基くところによって、内閣は総辞職をして、新たに首班が指名され、組閣されるわけですが、その場合も、おそらく今の大蔵大臣が引き続いて大蔵大臣に就任されるであろうと私は予想いたしておるわけでありますが、万が一、大臣がかわるような場合においても、事務当局はこの立法府の付帯決議というものを尊重して、そして新たに就任された大臣を補佐し、その指導に従うべきものと、かように私は国家公務員法の立場から考えるわけでありますが、この点、念のために局長に伺っておきたいと思います。
  97. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) すべて大臣の御指示に従って職務を執行いたすつもりでごごいます。
  98. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 従って、ただいま責任大臣が衆議院の付帯決議を尊重すると答弁されたそのことは、事務当局とされましては、現在においても将来においても、内閣がかわろうがかわるまいが、あなたが仕えるところの大臣がかわろうがかわるまいが、立法府の意思というものは決定されておるわけなんですから、当然これは連帯的なものとして尊重して事を運ぶべきである。これは申し上げぬでもわかると思うのでございますけれども、先ほど行政権の云々なんというお言葉もありましたので、私は念のために所管局長に伺っておくわけでございます。もう一回。
  99. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 先ほども申し上げましたように、すべて大臣から御指示をいただきまして、その御指示に従って事務的な処理をいたすというつもりでおります。
  100. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 あなたの答弁は、奥歯に何か物のはさまったようなことを言いますが、何ですか、大臣がかわれば、そのときの大臣の指示に従ってということなんですか。今の国会で決議された立法府の意思というものは、内閣がかわれば、これを無視していいというものじゃ私はないと思う。まさか、あなたはそういう意味で答弁しておるのじゃないと思いますが、念のために伺っておきます。
  101. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) この付帯決議に対しまして、大臣が御答弁になりました通り、尊重するということを大臣がおっしゃっております。私どもも、大臣の御意思を体しまして仕事をやって参りたいというふうに考えております。
  102. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 そこで、若干念のために申し上げておきますが、この付帯決議を見ますと、これは大臣の方針と同一でありますが、「非現業国家公務員についても本法の適用をすべきことが当然である。」と、与野党一致して決議をいたしております。それから、「第二条第一項の臨時に使用されるもので本法の適用をうけるものの範囲を定める政令制定に当っては、一年以上雇傭される常勤的非常勤職員適用の対象にし得るよう、その実態を吟味の上深甚の考慮を払うべきである。」と。ところが、本日伊藤委員の要求によって出されましたこの政令草案と申しますか、まあ固まったものではなく、なまなものでありますが、それを見ますと、若干第一院の意思決定とずれている点があるようでございますので、これらの点については十分検討されるよう、注意を私は喚起いたしておきます。それ以外に幾つかの付帯決議がなされておるわけでありますが、私は、なるほどさすが第一院だと感心してこれを拝見いたしたわけでございます。時間の関係上、これらを一々お読み上げませんが、大臣答弁もあったことですから、その点はお忘れなく、事務当局としては、この法案成立と同時に、その作業を始められるよう要望いたします。  なお、大臣に一、二伺いますが、先般大まかなことを、大蔵大臣のお考えを承わりました。あなたが、恩給とかあるいは退職年金、民主的な老齢年金に対して持たれているあなたの考え方は、私は政党は違うけれども、あなたの考え方は私はよろしいと思います。まあ進歩的保守党とでも申しますが、やはり幾らか新し味がある。この法律案につきましては、先ほどから他の委員から指摘されましたように、まあ自分で法律を書くとおのずとこうなるのが人の弱さと申しますか、人情の常と申しますか、大蔵官僚の言葉でいくというとお気にさわるかもしれませんが、自分のもとにこれらを掌握したい、抱えておきたいというようなにおいが、ちょっと出ておる、そうしてその大蔵大臣の権限が強化されているというところに、新しい民主時代における近代的な社会保障政策の一環として行われる共済組合法として、やや難点か伏在しているとう点を、他の委員から指摘されたわけです。その点を除けば、私は大きな方向としては、これは、この法案というものは、やはり前進したものである。私は、他の非現業なり地方公務員と、全般的に体制が整えば一歩の前進である、かように私は考えておるわけです。  そこで、私は大臣に率直に伺うのですが、あなたもせっかく苦労されて、閣議でいろいろ議論されて、この法律を出してこられたわけでしょうが、まあせっかくやるなら、やっぱり人が喜ぶようにされた方がいいと思う。それも国家財政に非常に響くとか、あなたが政治的信念をもって一歩も退けないということなら、別ですけれども、そうでなくて、運営の面でこうすることによって醵出金を出している組合員も安心をし喜ぶということになれば、為政者としては、人の喜ぶようにするのがあなたの私は本意だろうと思うのです。そこで、先ほどからいろいろ委員さんから質疑され、また組合員等も要望があるわけですが、それが十分大臣にのみ込めていないのじゃないかと思いますので、私は一、二点についてお伺いをしたいのであります。
  103. 藤田進

    委員長藤田進君) 簡潔にお願いをいたします。
  104. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 それは、具体的に申しますよ。たとえば百十一条ですね。国家公務員共済組合審議会、これは論じられたものでありますが、たとえばこの第三項に、審議会の委員は九人以内で組織するとあるわけです。この以内なんという言葉は術語としておかしいじゃないか、やはり何人というふうに明確にしておくべきじゃないかと、こういうことを言われているわけです。たとえば八十七ページをごらんなさい。八十七ページの「審査会の設置及び組織」のところには、「審査会は、委員九人をもって組織する。」とある。こちらの方は「九人以内で組織する。」としてある。だから、そんなら二、三人でやるような場合もあるのじゃないかというふうに心配するわけですね。それから、審査会の方は三項をごらんなさい。「各省各庁の長が委嘱する。」とある。これで私はけっこうだと思う。ところが、今度は審議会になりますと、大蔵大臣が任命するというふうにこわばってきているわけですね。ところが、質疑をしてみますと、理事とかを任命するに当っては評議員会の意向を聞いて尊重してやるというのですが、それならば、評議員会の議決を経てそして大臣か任命すると、こうしたからといって、私は、一つ運営を誤らぬし、かつ大蔵の皆様方の権威に関することもないと思う。  それから、局長よく聞いて下さい。あなたは、この審議会はずいぶん大事だから、委員九人では少な過ぎるのではないかと、こういう質疑に対しまして、現業と非現業と地方と、だから三人になるから、三の倍数だから九人だというわけですね。そういうこわばったことを言わないで、九人は確かに少いですよ。  そこで、私は数を調べてみますと、同じ非現業と現業、地方公共団体にしましても、数はずいぶん違うのです。私の調査では、現業は三十一万もあるのです、現業関係は。ところが、非現業は十五万程度しかないのです。それだから、組合員の数は違うのでしょう。従って、醵出金も納付金も違うわけですね。だから、あなた、九人で少なければ、非現業から一人出せば、現業から二人出すとか、地方公共団体から――これは二十万ばかりあるのですが、一人ないし二人出すというふうにして、結論としては採決をするのだから奇数になるようにして、この九人というのをもう少しふやすようなことは、そんなに私はがんばらんでもいいのではないか。そうすることによって、組合員の方が安心して喜べば、それにこしたことはないじゃないですか。きょうの委員会の運営については、委員長もいろいろお考えがあるようですから、今この法律をあなた方修正手続をとりなさいというようなことを私は申しません。しかし、委員会で指摘された点については、私は次の国会にこれを改めて出すということを言いなさいと、そんなことは私は申しません。しかし、こういうわれわれの意見というものは、私は聞こうと思えば聞けると思うのです。そして組合員がみな安心して喜ぶわけなんですからね。  それから、もう一つ例をあげれば、たとえば十条をあけてごらんなさい。これは逐条審議ができないから、一、二拾って質疑を終ることにしますけれども、十条あたりでも「次に掲げる事項は、運営審議会の議を経なければならない。」と書いてある。こんな不明確な法律の術語をなぜ使われるのですか。これを「議決を経なければならない。」といっても、少しも差しつかえないじゃないですか。それぞれ責任者が責任を持って運営審議会の委員というものを推薦するのでしょう、あるいは任命するのでしょう。そしたら、そこで議決をしてやるというふうに書かれたらいいじゃないですか。これは議決という意味ですか、あるいはそれとは違うものでありましょうか。それを答えるとともに、私が今まで申し述べたことについて、一つ大蔵大臣並びに主計局長答弁を求めます。
  105. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 便宜、私からお答えいたすものから先に、お答えを申し上げます。  ただいまの最後のお尋ねの方から申し上げますと、第十条の「運営審議会の議を経なければならない。」と書いてございますのは、これは諮問機関の建前でございますので、諮問機関といたしましては、この文章にございますように、「議を経なければならない。」という文章に相なるわけでございまして、こういうのがこういう性賢の審議会の例文に相なっておるわけであります。  その前にお尋ねのございました委員の数の問題でございますが、これは昨日も申し上げましたように、三者構成の場合におきまして、職員団体の代表者ということで、三つのグループがあるということを申し上げたわけであります。今、矢嶋委員が御指摘に相なりましたように、その人数には多少の違いがございます。従いまして、人数を違えるというのも御一案かと思うのでありますが、相当な人数をおのおののグループが用意してございますので、これの代表者という意味では、一人という方がかえっておさまりがよろしいのではないかという判断をいたした次第であります。  なお、九人以内ということでございますが、これは昨日来御答弁を申し上げておりますように、九人といたすつもりでございますので、実行上九人という数は間違いなく確保して参りたいというふうに考えておる次第であります。
  106. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) 大へん御親切な御注意、これについて何も私がかれこれ異論を言っても、やはり私はもう議論の相違とかいうことになりまして、非常に御注意はありがたく拝聴いたしたのでありますが、これにつきましても、今主計局長から話がありましたように、委員の数等ですが、みんなでこれは慎重に審議して、幾人ぐらいがよかろうか――大体先ほど話がありましたように、公益代表、国の代表と組合の代表の三者の代表でもって構成することを予定しておりますので、審議会のまとまり等から九名程度が適当であろう、こういう結論から出ておると思います。これを多くふやすかあるいはどうなるか、これはなかなか論議が私は尽きないと思います。そういう点について十分検討を加えた結果、一応この九名を予定しておる、かよう考えて、私もそれでよかろう、かようにいたしたわけであります。
  107. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 まあ、あな方、今この法律案を最善と思って出されておるのですから、今さら、その数はもう少し変えた方がいいと思うなんかということは、腹の中で思っておっても、言葉で表わすわけにはいかぬと思うのです。もしこれが通過して公布、施行されるに至りましたら、運用してみて、その結果に基いて私はあなた方に勉強していただきたいということを要望しておきます。  そこで、主計局長に伺いますが、先ほどあなたは「議を経なければならない。」というのは、これは諮問機関だから議決という術語を使わなかったのだ、こういうことですが、今の民主主義時代において考えられることは、諮問機関であっても、その諮問機関で議し、答申してきたものは、よほどのことがない限りは、それは曲げられることなく、諮問機関のきめられた通りに進むのが、今の時代のあるべき姿だと思うのです。おそらく立案者のあなた方としても、そういうお考えだろうと思いますが、念のためにそれを伺っておきます。
  108. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 運用の面におきまして、まさに今矢嶋委員から御指摘に相なりましたように、この運営審議会の答申を十分尊重いたしましてやることになっております。従来におきましても、大体この審議会の答申の通りやってきておるつもりでございます。
  109. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 しさいに検討する時間がないのでありますが、私もこの法律案を検討し、それからまた関係者の意見も承わって、総合するところ、非現業関係のこの法の適用を受ける人におかれては、現業と比べてかなり不安を持たれているようです。ですから、要望はかなりあるようです。それらの点は、もし法律が施行された暁においては、十分運用の衝に当られる局長において私は配慮をしていただきたいと思うのですが、非現業関係にそういう声のあることをあなたは承知なさっているかどうか、それをあわせてお答え願いたいと思います。
  110. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 現実の運用の面におきましては、できるだけ御注意のございましたようなところにおきまして、行き過ぎのございませんように、円滑な運用をはかるようにやって参りたいというふうに考えております。
  111. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 今度利率を、四分五厘を五分五厘にしましたね。これでは、福祉事業をやること等に当って、非常に支障を来たすのではないでしょうか。大蔵大臣、お聞き願いたいと思うのですが、今何ですね、火災保険はずいぶんもうけておりますね。それから生命保険の方も、強弱の差はあるけれども、ずいぶん利潤を上げております。あの生命保険あたりにおいても、金を回す場合の利率は四分でやっていますね。ところが、このたび組合が金でも借りて、そうして今福祉事業でもやろうという場合に、今の四分五厘を一挙に一分上げて五分五厘にしたということは、ちょっと私は、この資金の構成から考えても、隠かでないのじゃないかと思うのですか、これはどういう根拠でこうされたのか、検討されるべきものだと思う。  それから、要求しました財政投融資計画の原資、資金運用部資金の内訳等、詳しく提示されましたが、あれを見ればわかるように、勤労者の積み立てた資金がずいぶんあれに入って、そうして国の財政投融資計画というものが立てられているわけですが、勤労者住宅等に七十億程度の還元はされておりますけれども、全般的に見たときに、この勤労者がささやかな金を醵出した金の還元のやり方というものは、まあ私は、資本主義経済に立脚する保守党と、社会主義経済に立脚する革新党が政権を取った場合とで、その金融財政計画にはかなりの差があるのじゃないか。のじゃない、あると私は思います。そういう点はあわせて、私は、やはり国民の九割以上を占める勤労者のさちのために、利益を擁護するために、私は考慮をしなくちゃならぬと、かように私は考えます。私はむちゃなことを言っているつもりはない。具体的に四分五厘を一挙に一分上げて五分五厘にしたということは、これは私はできるだけ早い期間に検討して、そうしてこの組合員の醵出した金が広く組合員の福祉厚生のために活用される、よい意味において循環していくように、私は財政運用というものを考慮をいたすべきである、かよう考えるのですが、局長から一つ答えいただきたいと思います。
  112. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) 利率の点でございまするか、これは従来の運用の実績から見まして、五分五厘を相当上回る実績を上げているのであります。矢嶋委員御承知の通りに、利率の関係と払い込みます保険料との関係は、一定の関係があるわけでございますから、現実のこの利回りが相当高いところに来ております関係上、むしろこれはある程度まで現実に近づけて保険料を低下するという方が、保険経済の本来の趣旨からいって適当ではないかというところから、現在の四分五厘を五分五厘に引き上げた。現実のこの利回りはそれより相当上回っている状態でございますので、矢嶋委員の御心配に相なりましたそういう点につきましては、支障になるようなことは今後の運営上ないようにいたします。そこらは十分まかないがつくよう考えてやって参りたいと思います。
  113. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記をとめて。    〔速記中止〕
  114. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記をつけて。
  115. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 それで、お待たせいたしました、文部省に最後に一つ伺います。  それは、この法規が施行されますと、あなた方の所管にかかる、限定しますよ、地方公務員の、ただいま教育公務員の中には、公立学校共済組合法と恩給法と二本適用される人と、それから公立学校共済組合法とこの国立学校共済組合法と適用される人と、この二種類に分離されると思うのですが、この点と、それからさらに、あなた方の所管にかかる私立学校教職員については、これは私立学校教職員共済組合法一本が適用される。そこで問題は、公共関係が二十四国会に成立しているわけですが、その方と、今審議している国家公務員共済組合法と私立学校共済法とのアンバランスはあるのかないのか、もしあるならば、どういう措置をとろうとしているのか、それだけ伺っておきます。
  116. 臼井莊一

    政府委員(臼井莊一君) ただいま矢嶋委員の御質問国家公務員につきましては、短期が準用されるわけでございますが、長期につきましては、地方公務員につきましてはこれは現在は準用されませんが、しかし、将来については検討して、十分これに準用されるような方向に持っていきたいというのが、私ども考え方でございます。  それから、私立学校につきましては、短期につきましてはこれは準用されるのでございまして、この点につきましては、昨年、ただいま御審議いただいているよう国家公務員職員共済組合法律の一部改正が通るものと、こういう想定のもとに、私立学校の教職員共済組合法の一部も改正いたしたのでありますが、ところが、私立学校の方の改正案は皆様の御協力によって通ったのでありますが、もとの国家公務員共済組合法の一部改正が通りませんで、そこで今度この法案につきましては、多少内部で、形式の上で、法律上形式の上で多少差異がありまするので、今度それを調整するように、付則におきまして御審議をいただいているはずでございます。それから長期の――でございますから、短期につきましては、本法と同様に準用されているわけでございまするが、しかし、長期につきましては、これが旧法によって準用されて、今度の改正によっては準用されない建前になっております。この点につきましても、やはりいろいろな問題がございまするので、文部省としては、私立学校教職員共済組合についても、何とかこの改正案に沿った方向に、長期についても持っていきたいということを考えておりまするが、この点について今後十分検討いたしたいと、かよう考えます。
  117. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 大蔵大臣に、財政と経理の面で二、三点、簡単にお伺いをいたします。大よそのところを御答弁いただきまして、詳細は資料でちょうだいいたします。  先般、長期給付の収支並びに積立金の状況の表をいただいたのでありますが、長期、短期、含めまして、全体として、国庫と組合員とがおのおのどれくらいの金額を負担しているか、これが第一点。第二点は、五現業三公社の傭主側と組合側との負担金額。  それから第三点は、恩給公務員が今度組合に加入した場合の国庫と組合員のおのおのの負担総金額。それから最後に、三十四年度以降大体将来五カ年ぐらいに、収支の状態はどういうふうになるというお見込みであるか。以上の四点を伺いたいと思います。
  118. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) すべて数字にわたるようでありまするので、正確を期しまして、政府委員からお答えをいたします。
  119. 石原周夫

    政府委員石原周夫君) いずれもこの場所では用意がございませんものですから、資料で差し上げるようにお願い申し上げたいと思いますが……。
  120. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 それでは、なるべく早く資料を御提出願います。
  121. 藤田進

    委員長藤田進君) ちょっと、速記をとめて。    〔速記中止〕
  122. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記をつけて。  他に御発言もなければ、質疑は尽きたものと認め、これにて両案の質疑を終了することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  123. 藤田進

    委員長藤田進君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより両案を一括して討論に入ります。御意見のおありの方は、賛否を明らかにしてお述べを願います。  なお、委員長のもとに、永岡君から、国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案に対する付帯決議案が提出されております。本付帯決議案の御意見は、討論中にあわせて表お述べを願います。
  124. 永岡光治

    ○永岡光治君 私は、日本社会党を代して、ただいま議題となりました国家公務員共済組合法案並びに国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案の二法案に対し、付帯決議を付して賛成するものであります。本筋は賛成するものでありますが、この法案については、幾多指摘すべき事項がありますので、それらのことを指摘をいたしまして討論にかえたいと思います。  そもそも国家公務員に対する退職年金問題は、昭和二十二年国家公務員法制定以来の、十年越しの懸案事項であります。  御承知の通り国家公務員法は、その第百七条、第百八条で、国家公務員に対する新しい退職年金制度の検討を人事院に命じ、政府に対してはその実施を義務づけております。人事院は、同法第百八条に基き、昭和二十八年、政府国会に対して勧告を提出した。以来わが党は、機会あるごとに、政府に対しこれが即時実施を要求してきたのであるが、歴代政府はこれに対し何らの誠意も示さず、これが実施を五年間にわたってサボってきたのであります。国家公務員諸君は、国家公務員法制定当時から見れば十年間、法律上当然受けられるべき新制度に対する権利を、歴代政府の怠慢によって、放置されてきたことになるのでありまして、この責任はきわめて重大でありまして、あくまでも追及されるべきであります。  このような歴代政府の無誠意に見限りをつけた国家公務員諸君、特に現行の恩給と共済という二本建の制度がもたらす不合理のしわ寄せのもとにあえいできた現業公務員諸君の中からも、みずから共済制度によって老後保障の道を講じようという声が高まり、わが党は、この要請にこたえて、まず郵政職員共済組合法案をわが党議員提案として第二十六国会に提出いたしまして、これが成立に今日まで努力を続けてきたのであります。このようなわが党の主張に刺激されまして、大蔵省案が出て参ったのであります。  本法案が、昨年秋以来、大蔵省中心となって検討され、本国会に提出されるまでの過程を見まするに、政府与党は、一部の官僚に災いされまして、幾たびか意識不統一の醜態を暴露いたしました。すなわち、党六役会議の決定も、関係閣僚会議あるいは閣議の決定も、一部の官僚の横車によってゆさぶられ、ついに一本のすっきりした形がとられず、五現業公務員と非現業雇用人のみとされ、その他の非現業公務員の取扱いが今後どのようになるのかさえ、今日この法案が通過されようとする段階においてさえ、明らかにされていないことは、まことにぶざまであると言う以外にはないのであります。しかし、この問題は単に岸内閣のぶざまだけでは済まされない重大な問題であります。すなわち、今回全公務員を一本とした法案をまとめ得なかった真の原因は、公務員諸君の退職年金制度がどうあるべきかという純粋の討議の中から生まれたものではなく、明らかに大蔵省対総理府恩給局の官僚相互間のなわ張り争いでありまして、これを統制し得なかった岸総理の優柔不断さは、きびしく追及されなければなりません。  ともあれ、政府はすみやかに政府部内の意見を統一し、次期国会には、全公務員諸君に本法の適用を受けしめるよう改正法案を提出すべきであることを、強く要望するものであります。  念のため申し添えますが、わが党は、公務員の退職年金制度が二本建になることにはあくまでも反対でございます。政府は、本法案提案理由の説明の中で、あるいは質疑の中で、しばしば明らかにしたことは、国家公務員の退職給与制度を民間の制度にならって改正をすると言い、そのために、退職年金制度を共済制度に統合し、実施に伴う財源は労使折半負担とし、また退職手当についても、民間水準と見合って約三割の引き上げを行なったと言い、あるいは給付の条件等につきましても、民間労働者の厚生年金保険法を引き合いに出して、それを根拠として説明して参りました。しかりとするならば、退職給与制度のみを民間にならうということは、理論的にも論旨が一貫しないのであります。本法の適用を受ける国家公務員に対しましては、労働条件、なかんずく労働基本権、政治活動等についても、原則的に民間労働者に準じた取扱いをするよう、あわせて改正さるべきものと考えるのであります。このことは、わが党が久しく主張してきたところでありまして、政府は、当然その線に沿った公務員法の改正がなされるものと理解し、また、わが党としてこの際そのことを強く要求しておきたいと思うものであります。  本法各条項中、短期、長期を通じまして、その給付対象の範囲、給付の条件、給付の内容、これらについては、わが党としては多くの不満を持っておるのであります。なかんずく、今回適用となっておりますものの主体である五現業職員と同一の公労法適用下にある公社職員に現に適用となっておる公共企業体職員共済組合法、あるいは現行法より、多くの点についてレベルダウンになっておることであります。これらの点について、政府は、大半の理由を厚生年金との均衡論をもって正当づけようとしておるのでありますが、これは本末転倒もはなはだしいと言わなければなりません。政府は、厚生年金を含め、より改善された方向に漸進させるべき立場にありながら、現行共済組合法に現に規定されている条件、あるいは最も近似する諸条件にあって、公共企業体共済組合法が現に与えている条件より低い条件を、ことさらに厚生年金を引き合いに出して、両制度間に新制度制定時から不均衡を生ぜしめることは、職員に対する人事労務管理上に与える影響はもとより、今後制度的に混乱をもたらす原因を、政府みずからが種をまいていると言わなければならぬのであります。良識ある政府は、すみやかにこれらの不均衡をなしている条項を再検討いたしまして、改善と調整のための改正をなさなければ、将来大きな禍根を残すことになることを銘記しなければなりません。  その際の問題点として特に指摘しておきたい点は、まず短期給付におきまして、第一に、被扶養者の範囲現行法並びに公共企業体の場合の線に復活すべきこと、第二は、休業手当金支給対象に、現行法通り「公務によらない疾病または負傷」を復活すべきこと、長期給付におきましては、第一点は、給付額算定の基礎俸給を三年平均としているが、退職手当を増額しているからということは理由にはならないのでありまして、現行法並みに改善すべきこと、第三点は、一時金の支給対象を三年以上に制限したことは、強制加入建前としている限り、きわめて不当な犠牲の強要でありまして、少くとも掛金程度は返還をすることが常識的に妥当であると考えるものであります。以上のほか、なお細部にわたれば多くの問題点があるが、前申しました趣旨に沿い、政府において誠意をもってすみやかに善処されることを、強く要望するものであります。  次に、本法案において特筆すべき問題点は、全条項を通じ、大蔵省権限を極端に露骨に強化し、各共済組合運営を規制しようとしている点であります。具体的に比較してみますると、現行共済組合法で大蔵大臣認可、承認、あるいは政令省令という表現のある条項は、わずかに十八カ所であるに対しまして、本法では、実に四十数カ所の多きに及んでおる。さらにまた、これに関連をいたしまして、新たに設けられました罰則条項第百二十八条について問題かあるのでありまして、これを指摘しておきたいと思うのであります。  政府の説明によれば、共済職員を本法の適用対象としたと称して、そのために国家公務員法規定した国家公務員に対する罰則に準じて新設したと言っているのであります。しかし、同条にいう「その他組合又は連合会事務を行う者」という中には、国家公務員である者が多数事務を行なっているが、その者が本条各号に該当した違反かあった場合は、国家公務員法罰則と本条の罰則との重複処罰を受けることになることは行き過ぎであるのでありまして、所要の改正を行うべきことを強く主張いたしておきます。  運営上肝心なところはほとんど政令あるいは省令にゆだね、大蔵省の意のままに運営をさせようとしているのでありますが、これは一体どういうことでありますか、政府は、質疑の中で、運営の現状において、これ以上規制しなければならないような不都合な事実は今までなかったと答弁をしていながら、このような権限強化を大蔵省に許すことは何の必要性に基くものであるか、全く了解に苦しむところであります。  政府は、一体、共済組合というものを基本的にどのようなものと認識しているのでありましょうか。本法第一条の目的にも明定されておりますように、相互救済制度であるのでありまして、この点は、恩給制度とは根本的に指導理念を異にしておるのでありまして、相互救済を行う組合運営の自主権が、基本的に、あるいはまた原則的に、当然与えられるべきものであると思うのであります。そのためにこそ、各組合には運営審議会を設けて、重要事項は民主的に組合員の代表によって審議することをきめ、しかも、各組合の執行の責任者は各省庁の長、すなわち各省大臣あるいはこれに準ずる者が当ることになっているではないですか、それにもかかわらず、大蔵省はほとんどすべての運営上の重要事項について権限を握らねばならぬ理由がどこにあるのか、了解に苦しむのであります。大蔵省は、自分の意のままになる官製共済組合たらしめようとしているとしか受け取れないのであります。このような方向に進めるときは、本来の共済制度のよさ、妙味は全く失われまして、共済組合とは名のみのものになり、ただ単に、職員に財源を折半負担せしめる方便のみと化したうらみなしとしないのであります。わが党は、このような方向については絶対に反対であるのでありまして、従って、政府はこれの条項について全面的に再検討を行い、運営の現況を十分勘案し、支障のない限度で各組合に自主的な運営の妙味を発揮せしめるよう改正すべきことを、強く要望いたします。  その際、特に強く指摘しておきたい点は、連合会に関する条項と資金運営についてであります。  連合会については、本法においては従来自由加盟であったものを強制加入制度とし、理事長は大蔵大臣の一方的任命とし、理事は理事長が大蔵大臣認可を受けて任命するとしている等、全く官制連合会である。これは少くとも現行法程度の自律権を各組合に認めるべきであるのであります。あわせまして、評議員会の構成には、各単位組合から労使各一名の評議員が参加できるよう改めるべきであります。  次に資金運営でありますが、本法第十九条、第二十条を見ると、大蔵省の思う通りに資金運営ができる仕組みになっております。しかも、資金の一部は強制的に資金運用部に預託せしめようとしております。これは根本的に問題であるのでありまして、一体、政府、特に大蔵省は、共済資金というものをどのように認識しているのか承わりたいくらいであります。共済資金は国家資金ではないのでありまして、共済組合の資金であります。共済組合の資金は、その共済組合組合組合員の利益のために運営せしめることが原則でなければなりません。しかるに、大蔵省があえてこのような第百二十九条で罰則まで付した強行措置に出たのは、本法案要綱試案の当時、大蔵省に第二資金運用部的な特別会計を設け、全共済組合の資金を大蔵省が一手に握ろうとする考え方が出され、各省共済組合の猛反対にあって、それを引っ込めざるを得なかったという一幕があったと聞いておりますが、この法文を見ると、大蔵省はこの際一歩後退した形を示しておりまするが、各組合に形式的に資金運営権を与えた形をとりながら、実質的にはがんじがらめにして、将来一手に握るための布石としようとしているのではないかとさえ危惧される条文となっているのであります。政府は、この点についても共済組合の本旨に立ち返り、少くとも現行程度監督に改めるよう強く要望いたしておきます。  最後に、今まで申し述べましたことと関連して、ぞひ政府、特に大蔵省に善処を要求しておきたいことは、本法には多数の政令あるいは省令事項があり、この内容いかんによっては、共済組合のあり方、運営に重大な影響をもたらすものばかりであります。従いまして、これが制定に当っては、事前に各組合意見を十分に徴しまして、各組合が納得する姿において制定されるよう強く要望いたしておきます。  次に、付帯決議案を読み上げます。    国家公務員退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案に対する付帯決議(案)  一、地方公務員国家公務員共済組合法長期給付適用を受ける者の退職手当については、地方公共団体の退職手当支給条例の適用となるので、これと均衡を失しないよう政府は善処すべきである。  二、本邦外より引揚げた公務員で、本邦に上陸後他に就職することなく、一カ年以内に現公務員となった者の引揚げ前の勤務期間は、特別の事情ある場合は、そのものの職員としての在職期間に引続いたものとみなすべきである。  以上、申し上げまして、私の賛成討論を終ります。
  125. 藤田進

    委員長藤田進君) 他に御発言もなければ、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  126. 藤田進

    委員長藤田進君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより採決に入ります。  まず、国家公務員共済組合法案全部を問題に供します。本案を衆議院送付の原案通り可決することに賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  127. 藤田進

    委員長藤田進君) 全会一致と認めます。よって本案は、全会一致をもって、原案通り可決すべきものと決定いたしました。  次に、国家公務員等退職手当暫定措置法の一部を改正する法律案全部を問題に供します。本案を衆議院送付の原案通り可決することに賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  128. 藤田進

    委員長藤田進君) 全会一致と認めます。よって本案は、全会一致をもって、原案通り可決すべきものと決定いたしました。  次に、討論中に述べられました永岡君提出の付帯決議案を議題といたします。永岡君提出の付帯決議案を本委員会の決議とすることに賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  129. 藤田進

    委員長藤田進君) 全会一致と認めます。よって永岡君提出の付帯決議案は、全会一致をもって、本委員会の決議とすることに決定いたしました。  この際、ただいまの付帯決議に対する政府の御所信をお述べ願います。
  130. 一萬田尚登

    国務大臣(一萬田尚登君) ただいまの付帯決議は、誠意をもって尊重いたしたいと考えております。
  131. 藤田進

    委員長藤田進君) それでは、本会議における委員長の口頭報告内容、議長に提出する報告書の作成、その他自後の手続につきましては、慣例により、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  132. 藤田進

    委員長藤田進君) 御異議ないと認め、さよう決定いたしました。  それから、両案を可とされた方は、順次、御署名を願います。   多数意見者署名     永岡 光治  矢嶋 三義     島村 軍次  田畑 金光     森中 守義  千葉  信     伊藤 顕道  八木 幸吉     松岡 平市  大谷藤之助     苫米地義三  増原 恵吉     中野 文門  近藤 鶴代     後藤 義隆  佐野  廣
  133. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記をとめて。    〔速記中止〕
  134. 藤田進

    委員長藤田進君) 速記をつけて下さい。  これにて暫時休憩いたします。    午後一時四十九分休憩    ―――――・―――――    午後二時三十四分開会
  135. 藤田進

    委員長藤田進君) 休憩前に引き続き、委員会を開きます。  防衛庁設置法の一部を改正する法律案及び自衛隊法の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。  本日は、さきの本委員会の決定に基き、右両案について参考人から御意見を承わります。  本日、御出席参考人は、元陸軍大将、現在、偕行会理事長をしておられます今村均君、元海軍主計少佐で軍事評論家の高橋甫君、大陸問題研究所長の土屋明夫君、以上三名の方々でございます。  参考人の方々には、御多用中のところ、本委員会のため御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人の方々からは、三法案について御意見をお述べいただくわけでございますが、わが国防衛問題の前提である憲法との関係の問題を初め、世界的な現防衛態勢に関連するわが国防衛のあり方等の問題を含めて、広範な視野から御意見を承わりたいと存じます。なお、時間の都合もございますので、御陳述は二十分程度にお願いいたします。  議事の進め方でございますが、まず、参考人から、順次、御意見を承わり、その後で一括して委員から御質疑を願うことにいたしたいと存じます。  それでは、まず今村均君から御意見を承わります。
  136. 今村均

    参考人(今村均君) 私、元軍人でありました今村均でございます。  まず、次の五つの区分に分って私の所見を申し上げたいと存じます。  まず、核兵器の出現と国防との関係、第二には憲法と自衛隊との関係、第三には自衛隊無用論に対する意見、第四には国際連合とわが自衛隊との関係、第五には自衛隊の今日問題になっております整備増強についての私の意見、かような項目に分って申し上げて、後に御質問に答えようと存じます。  まず、核兵器と国防事情との関係でございますが、昨年八月末に、ソ連の大陸間弾道兵器の試験がなり、また、十月、十一月の二発の人工衛星の発射成功が、米国のそれよりも数歩先んじましたことが、世界各国民に大きな衝動を与えておりまして、もはや民主主義陣営は、共産陣営に対して、はるかに軍事上劣ってしまって、もう追いつき得なくなっておる。従って、核兵器を持ち得ない国のごときは、民主主義陣営にとどまって、共通の基地などを持つことは、核兵器の犠牲をこうむる危険があるから、むしろ中立陣営の中に移るがよいと、こういう考えを生ぜしめたのでありました。特にわが国では、従来、兵備によるところの現在の自衛隊のごときは、全く無価値のものであり、これに国費をつぎ込むようなことは、無用のことであるとするものが相当に生じておりました。しかるに昨年末以来、四カ月余りのこの日月は、世界の人心をして平静を取り戻さしめております。従って、昨今の世界の世論は、大体次のようになっておると私は観察をしております。一つは、大陸間弾道兵器は、幾年か後には実用兵器になるだろうけれども、現在の段階では、まだ実験過程であり、現在の軍艦等から撃ちます火砲でも、射距離の千分の一の誤差は免れ得ないと言われております。でありますから、八千キロもの遠大な距離に飛ばす弾が、果して目標近くで爆発し得るかどうか疑いがある。ともかく大陸間弾道兵器というものは、さらに数年後にならなければ実用兵器にはならない。だから大陸間のものよりは、射程が三分の一くらいではありますけれども、すなわち、二千五百キロメートルを飛ぶ中距離弾道兵器の方は、もはや整備時期に至っており、この中距離弾道兵器では、米ソの相対する陣営の原子力はほぼ同程度である。もちろん一人ないし数人で戦争を決定し得る共産陣営というものが、この独裁国が先制の利を占めやすいことは、その通りである。しかしながら、ソ連の周囲に三百以上の基地を持つ自由主義陣営、ことにソ連よりは相当すぐれておる遠距離重爆機の整備を持つ民主主義陣営が、かりに敵から先制の利を占められたとしても、同時に、ことごとくが亡ぼされてしまうというようなことはなく、幾時間の後には、やはりソ連圏も同様な運命に入ってしまうだろうと、かようなことをソ連内の指導者が知らぬはずはない。従って、核兵器を持つ弾道兵器というものは、戦争抑制のためには大へん大きな威力を持つけれども、使用されない兵器という考え方になっております。また、戦争の歴史が正しく示しておりますように、まず攻撃的兵器というものか発達し、それに伴って防御用兵器というものが追いつくという観点から、やがて、ことに誘導弾兵器というものが日進月歩に進んでおる今日に至りましては、大陸間なり、中距離弾道兵器の弾というものは、空中で破壊されてしまうということも不可能ではない。こんなことからしても、弾道弾兵器というものは、使われない兵器というものになる公算が多くなるだろう、かように世界の多くの人が考えかけております。これが、弾道弾兵器を持ちかかっておる米ソ両国初め、世界の約九十の独立国中八十カ国以上の国家が、依然として従来軍備の防衛施設をやめておらないというわけでありましょう。今朝の新聞によりますと、北大西洋条約諸国は、さらに従来の地上兵力を増そうとしておるというようなことも見えておった次第でございます。ただ、防衛施設と申しますものは相対的なものでありますから、かりに日本を取り巻く近い諸国が、ことごとく核装備をした場合に、わが国だけが核兵器を持たないで済むかと、そういう疑問を持ち出した者が相当ありまして、しばしば私の意見を求めます。これに対しまして、私はいつも次のように答えております。それは、人類全部の滅亡か予期されるようなもの、また小規模のものでありましても、無事の老幼婦女子までも一緒に葬り去るような残忍な核兵器というものは、その実験、生産、使用を世界的に厳禁いたしまして、現在持っておる核兵器などというものは、ことごとくこれを廃棄すべしと、そういうような国際法を制定することを、最初の犠牲者でありますわが国が、率先して国際連合に提議するのが、早急を要する第一の手段である。しかしながら、もし世界の絶対多数の国が、さようなる国際法を作ったとしても、また監察制度をよくいたしましても、どこかの国がひそかにこれを作り、これを使用する不安が依然としてあるということでありますならば、わが国としては、次のことを国際連合に提案すべきである。それは、核兵器を使用し得るものは、国際連合のほかに、いずれの国もこれを使えない、国際連合は、これに参加しておる八十二カ国のうち所要の地域に基地を持ち、これに核兵器を整備する、そうして国際連合だけがこれを指揮をする、万一いずれかの国であっても、国際紛争の解決手段として核兵器を用いる国がありましたならば、その国に対して、国際連合のすべての基地から懲戒手段をとる、かような手段を講ずることが人類の滅亡を救うただ一つの道である、これが先決であって、それもできないという場合には、これはまた慎重に考慮を重ぬべきである、これが私の常に答えておりますところの返答であります。  憲法と自衛隊との関係でありますが、自衛隊の存在を憲法違反であると申す人もあります。けれども、私はそうは考えておりません。現憲法は、国際紛争を解決する手段として、戦争と武力の行使とを放棄するというのでありまして、わが国が何らその意思がないのに、他国が祖国に侵入した場合に、全く無抵抗で、他の国がなすままにまかしておけと、かよう規定したものではないと信じております。たとえば、他人の犬が、こちらが何もしないのに、わが子にかみつこうとしたときに、これをそのまま、やむを得ないとほっておくようなことは、人道でもなく、神の道にもそむいておることと信じます。すなわち同様に、自衛隊は国際紛争を解決する手段としての戦力ではなくして、不法な侵略国に対しまして、直接、祖国と国民とを守るための戦力でありまして、憲法違反ではないと、かように私は解しております。もっとも、かように疑いを生ぜしめるようなものは、憲法上の文字と字句とを、もっとはっきりと、疑いのないような表現に改むべきでありましょう。従って、やはり憲法というものは、やがては私は改正されなければならぬものと考えております。  次は、防衛不要論についてでございます。私は、キリスト教徒中のクエーカー宗徒のように、信仰上の信念から、いかなる圧迫があっても絶対に戦争行為に参加しないと、そういうことを信条としておる人々に、甚大なる敬意を抱いております。しかしながら、不幸にして、かような信念の人は世界中にまだ幾十万人ほかすぎません。もちろん、かつての生物進化論の優勝劣敗とか、弱肉強食というような思想は、大規模に下火にはなっております。しかしながら、不幸にして、社会の進歩は階級闘争により求められるというような思想が、かわって生物進化論の場所を占めまして、平和を口にしながら闘争をあおるような現代の世相から考えまして、わが祖国の防衛は無用であるとか、無抵抗主義がよいというような説には、私は絶対に同意いたしておりません。現に、国際連合が設けられまして、国際平和の維持と安全保障とを目的として、国際問題を平和手段によって解決するということを任務としております国際連合、成立以来十二年を経過しておりましても、ほとんど毎年のように、地球上のどこかには熱戦が行われております。しかも、その局地戦争の背後には、いつも何らかの思想的冷戦の影響があると、こう観察されます以上、わが国だけが一切の防備を捨ててしまった方が、かえって国を安全にするゆえんだなどと説く論には同調いたされません。そのよい例が、八年以前の朝鮮戦争でありまして、私はこれら自衛隊廃止論者が、わが国を取り巻く近い諸国、しかも平和共存を言うておる国々に向ってこそ、大軍備縮小を説くべきじゃないか。しかるに、それに対しては何らの処置を考えずに、ただ、おのれの国だけの防備をせぬというようなことは納得されません。現に、わが長野県と群馬県だけの大きさの国で、しかも両県の人口の半分の百七十万より持たないイスラエルが、その周囲を取り巻く敵性国家に対して、国の安全を果しておりますものは、従来兵備による二十五万の地上軍隊というものが、それを可能ならしておるのであります。また、絶対中立主義のスイスさえも国民皆兵の主義をとっております。そして国民所得の割合では、わが防衛費の負担よりは一倍半もの費用を投じて、これが同国の絶対中立を可能ならしめておる事実を見落してはならないと考えます。  次は、国際連合とわが自衛隊との関係であります。今や世界の趨勢は、軍事科学の大進歩から、各国とも国際連合の活動によって紛争を防止しよう、なお、これを補うために、集団安全保障の線によって各国の安全をはかる時代になっておりまして、米ソのごとき国でさえも、やはり集団安全保障の線を守っております。わが国は国民一致の熱願によりまして、この連合内の一国となりましたし、また安全保障理事国の一国ともなっております。そして、国際連合憲章中の自衛権に関する項の中には、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」としておりますのは、国際連合の具体的措置にいずるまでは、各国互いに自力でその国を防衛せよという意味でありまして、一切がっさいを国連に依頼して、おのれは防衛上何の努力もしないというような、わがままなやり方は、決して国連の容認も受けるものではなく、やはり国際連合に入った以上、その義務は確実にこれを守る、また、具体的にその措置を示すということが世の信頼を受けるゆえんであろうと思います。説をなす人がありまして、現在の国際連合は無力であるから、別に世界連邦というものを作るべきだ、それまでは何もしないがよろしいと主張いたしておるものもありますが、国連の無力というものは、安全保障理事国十一カ国中の五大国だけが、いわゆる拒否権を持っておりまして、その参加国八十二カ国中の八十一カ国が、いかなることを議決いたしましても、たった一国の反対でいつも有効な処置がとり得ない。そのためでありますので、この拒否権を認めないような改正さえ実現すれば、この国際連合が世界連邦の第一歩となるものと私は信じます。従って、国際連合を認めずして世界連邦を期待するような話は、全く不可能を夢想しておるもののよう考えております。  次に、今問題になっております自衛隊の整備、増強のことでございますが、核兵器の時代に、昔の陸軍の平時兵力二十万に近い十八万の陸上自衛隊を作るなどは、全く愚のことだと説く人もあります。しかし、昔の陸軍の平時兵力二十万というものは、平素よりの動員計画によりまして、数週間の間に三倍、すなわち六十万に直ちに拡張し得る準備のもとの二十万でありました。が、今日は戦争の様式というものが昔より違いまして、昔のように、じりじりと戦局が拡大するものではない。今や戦争勃発の初めが一番危険である、こういう時期に変っておりますので、今日のように、わが国が何らそういう動員計画的なことを持たないことは、私は政府、特に議会等においては、十分に熟慮され、研究さるべきものだと思いますが、しかし、次の理由によりまして、今度の計画には、私はこれを多過ぎるなどとはちっとも思っておりません。  その第一の理由は、極東地域では、わが国を取り囲みまして、南千島、樺太、朝鮮、中共というふうなところには、約三百万近い陸兵、また、飛行機の数は約八千機も配置されており、軍艦の数は六百隻、潜水艦の数は百隻近いものが配置されている現状で、何にもしないでいいのか。もちろん、これは対米の備えである、その背景とする台湾に対する備えであると言うでしょうけれども、かりに共産陣営と米国との争いがあったとして、わが国が戦略上大価値を有するものが無事であり得ようか。かりにわが国が中立の態度をとったとしても、このわが国をおさめるということが、太平洋の半分以上をその威力圏におさめるゆえんでありまして、だから、中立さえとれば、わが国が無事に過ごせる、何らの兵備、防衛上の自衛の措置が要らないということは、私は間違っていると思っております。  第二の理由は、わが国が絶対防勢に立つということは、憲法上また私はこれは当然のことと考えております。しかしながら、防衛体制をとるというときの兵力は、攻勢作戦のように、初めから計画的に一点に兵力の重点を向け得るということにはならないものでありまして、もちろんアジア大陸の極東における他国の兵備配置から、第一は北海道及び東北、第二は九州あたりに重点が置かれましょう。だからと言うて、中部の海岸地帯には何もせぬでいいか、そういうことはできません。さような見地から、私は絶対防勢に立つ場合においては、かえって兵力の分散ということが余儀なくされるものである。従って相当の数を要する、こう考えております。  第三の理由といたしましては、核兵器の現出から、世界のすべての国は、平素から民間防衛体制というものの緊要さを痛感いたしまして、その最も徹底した民間防衛体制を持っておりますのはソ連と中共でございますが、民主主義陣営の米英仏のごときも、それをやっており、また、中立国のスエーデンのごときは、わが国の人口の十三分の一でありますのに、九万の常備兵員のほか四十五万の予備兵員を持っており、その以外に民間防衛部隊として常設のものが二万八千、また、毎年三十五万ものものを集めまして、これは一年四、五十時間に過ぎませんが、民間防衛訓練をやっております。また、昭和三十年のイギリスの下院におきましての国防白書に関する論争のときに、野党であります労働党のアトリー党首は、次のような一項をも述べております。今後の民間防衛というものは、在来のものと、はるかに違ったものでなければならない。しかるに、この点に関する政府の施設は十分の努力をいたしておらない、かよう意見を述べて、政府の民間防衛施設を促がしておるのでありますがどういうわけか、わが国では、ほとんど民防に関しては施設することをやっておりません。これは私の大いに残念と考えるところでございます。この施設は、わが国のような風水害、火災、震災の多いような国におきましては、同時に、国民の災害軽減に大いに役立つものであります。しかるに、これは現在では一に自衛隊の協力ということになっております。このようなことから考えて、また、三十四年前の関東地方の大震災のときには、市民救済のために五万もの兵力か動いておる、使われておるということから考えましても、陸上で十八万というような数が多いなどとは絶対に私考えておりません。  第三の理由は、現に行われております冷戦の手段として、民族の一致団結を害し、階級闘争をあおる傾向が一そう多くなりますので、自衛隊の主任務たる直接及び間接侵略の防衛以外にも、公共の秩序維持に当る機会というものが決して減ずるなどとは考えられません。  海上及び航空兵力でありますが、人によってはこれからの戦争は短期間で終ってしまうのだから、わか防衛庁が考えているように、海上交通保護のための船団護衛等の必要はないではないか、こういうふうに言う人もありますけれども、近代戦が次第に短期間になるという傾向はもちろんあります。ありますが、これは核兵器使用ということを前提にするものでありまして、私が前に申した通り、核兵器などというものは、これをなくするということが前提でありますし、また、前述の通り、核兵器などというものは使用し得ない武器ともなりましょう。現に、核兵器が実現いたしましてから十二年の間に、わが国が犠牲になっただけで、その他は世界中の毎年ある紛争にも一ぺんも使われておりません。また、現に朝鮮戦争のごときは三年間を費やしております。でありますから、わが国に船団護衛というようなことの必要がないというようなことは、ふに落ちません。  また、今の世界の軍事情勢から、わずか六百機に過ぎない貧弱なるわが航空自衛隊を、約二倍の千三百機にしようというよう考えも、私は非常にむしろ少いものである、これはもちろん集団安全保障の見地から、日米安保条約によりまして、万一の場合には米海空軍の協力を期待してのものとは存じますが、国民所得に占める国防費の負担比率が、イタリアの半分以下、スイスよりは五割も少い。かような現状から見、ことにわが国と同じような敗戦国でありましたドイツに比べては、ドイツは四倍半もの金を使っておる、これから考えましても、今度の計画が国民に大きな負担となるなどとはどうも考えられず、従って今後とも、せめて質の向上によりまして量の不足を補うということが、今後のわが国としては避けてはならないこと、かよう考えております。  以上で私の所見を終ります。
  137. 藤田進

    委員長藤田進君) ありがとうございました。   ―――――――――――――
  138. 藤田進

    委員長藤田進君) 次に、高橋甫君にお願いいたします。
  139. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 私も海軍軍人として、第二次大戦中、海軍省の軍務局の局員、それから大本営の幕僚というよう仕事に携わった人間であります。私はあの十三年前の戦争並びに敗戦というものは、国民に対して、さらに日本国民だけでなく、世界の諸国民に対して、全く申しわけのない、一大失策であったと、こう反省しております。そしてまだ弱輩で、また、一部分であったとは言いながら、このような戦争に自分が果した役割というものを通じまして、この戦争の責任を非常に痛感しております。そして、生き残った以上、何とかしてこのあやまちを二度と繰り返されないように努力すべきことが、私が生き残っておる一番大きな仕事だと、こう思っておる人間であります。このような、軍事に携わったものの一人として、私は現在の自衛隊というものは、これはどう考えても明らかに軍隊であると、こう思っております。さらにまた、これは何と言おうが明らかに戦力であると考えておるわけであります。  次に、今度は国民の一人としてでありますが、私は戦後あの二百四十万の血を流した大悲劇の中から生れ出た日本国憲法の九条というもの、いろいろのむずかしい法律論は存じませんけれども、あれは、戦力はもう持たないのだ、こういう大原則を明らかにきめた国の基本的な立場だと、こう理解しておるわけであります。そして、このよう考えから、私は現在、自衛隊を維持しておるということは憲法に違反しておる、こう言えると考えております。ましてや、これをさらに増強し、整備して行くというようなことは、このあやまちをますます拡大することであって、これはいけないことだと、こう考えておるわけであります。  私は基本的にはこのような立場から、本日の防衛庁設置法の一部を改正する法律案と、それから自衛隊法の一部を改正する法律案というものについての意見を申し述べたいと思うわけでありますが、憲法違反であるとか、ないとかいうような問題をあまり申し上げることよりも、この本日の問題になっております個々事項について、主として政策論の立場から、以下私の考えますところを申し述べたいと思います。  第一番目は、世界の今大きな流れというものが、どのような状況にあるかということを考えて見たい。イギリスの国防白書が、現在指摘しておりますように、一方において、世界は原水爆であるとか、原子戦争であるとかいうものを、何とかしてやめなくてはいけないという、大きな平和への動きがあります。さらにまた、このような中で、平和への動きとまるっきり反対に、今にも原水爆戦争が始まるのではなかろうかと心配されるような、軍事的緊張の場面が同時にあるのは御承知の通りであります。すなわち、ここで世界の動きが、大きく平和に踏み切るか、あるいはそれができなくて、原子戦争に突っ込んでしまうか、まさに戦争か平和かの分岐点であるということを、今年度のイギリス国防白書はうたっておりますが、私もまさに、そのような、まことに大事な時期である。ことに、ことしから来年にかけての、われわれの動き方一つというものは、人類に対して、また子孫に対して、非常に大きな責任を持っておる大事な時期だと、こう考えております。このような時期に、世界の諸国民は一致して、何とかしてこの原子戦争の奈落に入って行くのを防いで、平和をかちとるように、具体的に申しますと、現在、東西会談が求められ、しかもこの東西会談で、核実験の即時停止であるとか、あるいはまた大幅な軍縮協定であるとかいうような、平和への大きな転換が起るかと期待されるようなこの時期に、これはどこの国民でも、このような平和の動きというものに、一致協力して、自分たちの動きもきめて行くことが正しいことだと、こう考えておるわけであります。なぜならば、どのような軍備を作ろうと、また何千機の飛行機を作ろうとも、この原子戦争の防止ということに破れれば、これは国防は全部ふっ飛んでしまうというのが、私の研究の認識であるからであります。このような中で、西ドイツの動きと祖国日本の動きというものは、特に大事な意味を持っていると私は考えております。なぜならば、西ドイツか再武装されない限り、ヨーロッパにおいて戦争をおっ始めることが、西にとっても東にとっても不可能であります。さらにまた日本を再武装しない限り、極東において大規模な戦争をやるということは、これはアメリカにとってもソビエトにとっても不可能であるからであります。このような意味で、日本と西ドイツが、このような世界の動きの中に、自分たちとの動きを、どのように姿勢をきめ、動いて行くかということが非常に大事だと、こういうことを私は考えておるものなのであります。しかも世界の大きな動きの中に目立っておりますことは、これはアメリカについてもソビエトについても言えることでありますが、また、このような大きな大国でなくとも、小さな国、そういう国についても、いわゆる軍縮ということが現在実際に起っておるわけであります。ソビエトについてもアメリカについても、軍縮というものが事実上なされております。さらにまた最近の例で見ますと、あの隣の韓国の軍隊に対して、アメリカはその六個師団を縮減しろと、こう言って要求しております。さらにまた、長い間、アメリカか日本に対して、陸上自衛隊十八万を早く整備しろと言って、強引にがんばっておったのでありますが、このミサイル実現後、アメリカの戦略は転換いたしました。最近では陸上自衛隊の増強なんかより、もっと防空の方をしっかりやれ、あるいはまた対潜警戒力をもっと固めろというような動きになって参りました。これは防衛庁の事務当局の中でも、御承知のように、第一次長期計画に続いて、先々月に第二次長期計画というものが研究されて、そうしてその中で、ついに十八万の陸上兵力を整備するということは取りやめになって、十七万でもうやめる、こういうことになったように新聞も報道しております。ここで十六万から十七万という、本日の一万増員という問題が出ているわけでありますが、この自衛隊自体が、十八万をやめてしまって十七万で打ち切ると言っているさらにまたアメリカ自体が、陸上自衛隊の増強などという、とぼけたことはやめろと言っている事態、さらにまた与党である自民党の担当方面に、いろいろの異論があったやに新聞報道で私は承知しております。このような事態は一体何を意味するのであるかということを、私はよく考えてみますと、これは陸上自衛隊を、ことし一万増加するなどということは、どうもこれは理解ができない、どうもとんでもない、何と言いますか、時代錯誤ではないかと、こう考えるわけであります。さらに、一体何のためにこのような事態のもとで、一万人の増強を考えているのか、配付されました法律案提案理由であるとか、あるいはまた政府委員の説明などを、私は読んで研究いたしまするが、どうもその理由がさっぱりわかりません。「現下の情勢に対処し、国力に応じて防衛力を整備する必要があることを認め」、云々、これを要するに、昨年きめました防衛力整備三カ年計画というものを、ことしはやっていく、ことにアメリカに対して、陸上自衛隊を十八万にするという約束をしたから、面子上、何とかしてこれは徳義上もやらなければいかぬというよう意見を言う人、そうかというと、いやそうではない、陸上自衛隊増強のねらいは別なところにあるのだ、その別なところは何かと思って考えてみますと、この二月の二十六日、衆議院の予算委員会で、船田中氏の質問に津島防衛庁長官がお答えになっているのを、新聞の面で読みますと国内治安に関して、間接侵略に対してどう考えているかという船田さんの質問に対して、防衛庁長官はこう答えている。「国内の治安に関する間接侵略に対しては十分の配慮をしている。現在、中部地区の自衛隊の配置が手薄になっているので、三十三年度に増員する一万人については、一部を関東に配置するほか、大部分を中部地方に配置する考えである。」、こういう答弁をなさっている記事が、朝日新聞に出ておりました。これを読んで私はがく然とするわけでありますが、ただいま前陳述人が申されましたか、日本の国の国民の一致ということが、これほど大事に考えられるときに、一体この今国内戦に備えるような動きというものを、この時点において、今政策として採用しなければいけないのかということを考えて行きますときに、私はやはり、これもとんでもない時代錯誤だと思うのであります。なるほど思想、謀略であるとか、あるいはまた階級闘争論であるとか、いろいろむずかしいことを言って心配される方もありますが、私は私なりに、この現在の警察力あるいは自衛隊の武力というものを考える際に、日本の国の国内治安というものに対処するために、現在一万人の兵力を新たに増加するということは時宜も得てないし、また策も得てない、こう考えます。このよう考えてきますと、この本日の問題になっております陸上自衛隊一万の増加という問題は、どう考えてもこれは不適当な、時宜を得た政策ではないという結論になるのであります。  次に、今度は同じこの二つの法案の中に、「「技術研究所」を「技術研究本部」に改める。」という点がやはりございます。これも昔、私が軍部の局員でありますれば、声を大きくしてその必要を叫んだろうと思うのですが、私は先ほど申しましたように、基本的に、今、戦争に対してわれわれが準備を固め、努力をしていくという、こういう動き方は間違いである、こう考えておりますので、この技術研究本部の出発という問題も、これは非常に気になる動きが私には感ぜられるのであります。それは何かと申しますと、いわゆるミサイル戦備に日本の自衛隊が漸次移行するこの一つの大きな踏み切りである、こう考えられるからであります。現に配付された自衛隊からのこの資料を見ましても、やれオネストジョンは核兵器でもあるし、普通兵器でもあるとか、あるいはミサイルの中には、核弾頭のものもあれば普通弾頭のものもあるから、ミサイルはそうびくびくしないでもいいんだと言わんばかりな、いろいろな資料もありますが、これは軍事的な観点から見ますと、核戦備と結びつかないミサイル戦備というものはナンセンスである。これは私のかつての上司保科善四郎氏も、ある席で、このような兵理上の考え方をはっきりと述べておられるのを私は刷りもので見ましたが、いわいるミサイル戦備というものは、核戦備と軍事的には構造的に必須に結びついていくのだ、こういう観点から見ますと、現在、自衛隊の三軍が、三軍共通の研究項目としてミサイルの戦備をあげ、さらにまたこの間の、先月の中旬でありましたか、九十数人を動員したあの弥生研究とかいう大会や、アメリカのナイキの書簡をめぐって、すったもんだやったという新聞報道を見ても、それからまた新島のミサイル試射場設置の動きを見ましても、熊谷の三尻の地対空誘導弾の計画を見ましても、この一連の動きというものは、現在の自衛隊が着々としてミサイル戦備についてのコースをたどりつつあるのだと、私は推定せざるを得ません。この意味において、これもきわめて世界平和の動きに逆行した、何としてでもこれはとめなくてはならない大事な動きの一つだと考えております。  それからまた、同じくこの二つの本日の法律案の中には、軍人以外の、自衛隊員以外の人々に対しても、いろいろ教育訓練を施そうという提案がなされております。これはよく考えてみますと、あの私どもが昔やった大東亜戦争のときに、いよいよこれから戦争に入るという前に、私どもが国家総動員体制というものを意図して、これを実施に移して行きました。その実施の中に、総力戦研究所というものがあったのであります。そうして、この中に軍人でない各省の官吏たちをみんな入れてきて、そうして総力戦に対処して、いろいろの教育訓練を施したのであります。これは私はこの改正法のねらっておるのは、何のことはない、総力戦研究所の再現を意図しているものである。そうして、それを通じて日本か再び国防国家になろうとする動きを示しているものである、兵舎国家になろうとしている動きを示しているものであると私は考えております。  さらにまた、この法案の中には、外国人の教育訓練という項目が掲げられております。これもそのこと自体として見れは、数人の外国人の希望者を教育することぐらい何でもないじゃないかともとれますけれども、私にはそうとれません。それはなぜかというと、現在、御承知のようにSEATOという動きがあります。東南アジア集団防衛機構、それからまた韓国とか、台湾とか、日本とかいうこの北太平洋の諸国の一つの軍事同盟、集団安全保障という体裁のいい言葉を使いますが、これは決して集団安全保障ではありません。明らかにこれは集団軍事同盟であります。こういう本質のいわゆる軍事ブロックができつつある。こういう動きの中において、日本がまさに、アメリカ方面からよく伝えられる、アジアにおいて、極東において原子戦を展開して行くときに、日本こそ頼みの綱の根拠地になるあの動きを示すものと考えます。すなわちSEATOあるいはNEATO、こういうものと結びつけて、外国人を日本の自衛隊が教育訓練するという問題を考えた場合に、これは事は小さいと言っては済まされないのである。これはやはりいけないことだと私は考えます。  で、このような動きを総合して考えますと、二万人の増加といい、あるいは総力戦体制の整備の措置といい、あるいは今度は自衛隊のPRという問題、いわゆる宣伝教育、またこの法案の中にやはり出ておりますが、このような動きの意味するものは何かというと、あのわれわれが十数年前、泣いて、われらあやまてりと言ったあの敗戦というものを、すっかりこれをたな上げしてしまって、再び日本の国を平和国家から逆に国防国家、兵舎国家に、これをだんだん再編成して行く動きだと、私は理解せざるを得ないのであります。しかも、十数年前の軍事国家日本というものは、まだまだ自分自身の軍国主義の遂行のために、これは努力した動きであったのですが、今のこの日本の国の軍事化というものは、人の国の軍国主義に、いわゆる共同という美名のもとに、お先棒をかつぐ動きと私は理解するのであります。私はこれを兵舎国家という名で呼んでおります。基地国家という名で呼んでおります。基地国家というものは、国ぐるみ基地化されていく国家、で、この一番いい例はイスラエルという、また西ドイツという、またアジアにおいては日本という国、これは残念ですか、祖国日本が今の、このように国ぐるみ他国の軍事政策に奉仕するいわゆる基地国家になっていく、軍事化されていく、これは一体どういうことになるのだという心配を、国民の一人として、また元軍人の一人として表明せざるを得ません。  原子戦争が始まった場合に、あるいは民防衛というものが、まだこのような効用があるとか、あるいはこういうような方法によって、アンチ・ミサイル・ミサイル、いわゆる大陸間弾道弾を途中に要撃して落して、またミサイルが生まれるとか、いろいろな議論がございますけれども、どなたでも、胸に手を当てて考えればわかるように、われわれの頭上で原子戦が始まったならば、国民をいわゆる原爆の惨禍から防ぐことは、私は絶対に不可能であるということを、軍事研究家の良心において私は言明して恥じません。原子戦争の中から人民を救い得ると言うことは、これは私は許すべからざる虚偽であると思います。うそであると思います。  そのような意味において、原子戦争から守り、平和を守ること、これはこのような方向にあらゆる国の政策を持って行くことが、私は当面の生き残った日本人の義務である、こう考えまするがゆえに、この本日の二つの改正案に対しては、私は反対であるという意向を表明せざるを得ないのであります。
  140. 藤田進

    委員長藤田進君) ありがとうございました。   ―――――――――――――
  141. 藤田進

    委員長藤田進君) 次に、土居明夫君にお願いいたします。
  142. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) 私は、初めに私の世界情勢の分析からお話しをし、次いで戦争あるいは原子国防というような問題について意見を申し述べ、次いで、憲法と自衛隊の問題について、次いで、日本の防衛の骨幹の一つのことについて、次いで、自衛隊は役に立たぬという問題について、次いで、一万名増員、こういう順序でお話をしたいと思います。  私は今日の世界情勢を判断をして、世界は逐次平和に近づいておる、平和勢力が強い、世界は宇宙時代になったから戦争はできない、こういう話には、これは非常な政治的、謀略的宣伝があると断じております。事実、第二次大戦後の終戦処理さえまだできておりません。ドイツは三つに分れ、朝鮮は二つに分れ、また東ヨーロッパの五、六カ国は、終戦のときのむりやりな政権によって、今日まだ維持されておる。また、アジア、アフリカの後進諸国は、急速に民族独立、民族の発展を願う、こういうことから、いろいろの抗争の種をまいております。世界はちっとも平和の方に向っておりません。ことに、アメリカも自由民主という思想を絶対捨てない。ソ連も共産主義思想を絶対捨てない。フルシチョフは平和政策を言いながら思想には平和共存はないと断言しております。勝つか負けるか、世界において逐次社会主義、共産主義が勝っていく、勝たせる、こういう信念で戦うのだと、これが去年の十一月の十二カ国、ソ連を先頭とした、ソ連を頭に仰いだ十二カ国の共産国の宣言であり、六十四カ国の共産党の宣言であります。こういうふうな思想、これらは絶対相いれないというなら、平和に向っているとはおくびにも言えない。いわんや、これに伴う経済戦はますます熾烈をきわめると思います。だから世界が平和に向っているとか、平和勢力が強いとか、そういうことは、おのおののこの陣営におけるところの勝手な熱である。私は、従って原水爆戦争をやれば人類は絶滅する。水爆一発で日本は壊滅する、こういうことは私は謀略宣伝の一つの型である、決して人類が絶滅するような水爆戦争はやらぬと思う。決して日本は一発の水爆で日本が壊滅するような戦争はしかけないと思う。まあこの点は次の問題になりますから譲りますが、とりあえず、とにかく原水爆戦争というものは容易に起らぬ。しかし小戦、局地戦争、制限戦争あるいはいわゆる間接侵略というようなものは至るところに起る。決して平和の方に向っていないという情勢分析であります。  次の、世界の軍事、国防、戦争という問題でありますが、今やわれわれは、戦争とか、国防とか、軍事とかいうことを根本的に見直さなければいかぬ時代に入ったと私は思う。軍事は、簡単に言えばミサイル核兵器の時代に入っておる。ミサイル核兵器、もっと大きく言えばICBMであり、人工衛星、これを含んだミサイル核兵器時代に入った。一体原爆禁止は日本政府の方針でもあり、国連にも提訴しております。政策としては私はけっこうである。しかし現実はそうでありません。アメリカも原子装備をした集団にどんどん切りかえております。NATO諸国も原子装備をすると、けさの新聞にもあります。三十個師団にNATO諸国の軍隊を増員するけれども、その装備は核装備だということを原則に認めております。ソ連も原爆禁止の宣伝は大いにやりますが、無通告で、今日まで、ことしも九回実験をしておる、核実験を。また、ソ連もこの四、五年前から核装備に切りかえております。だからスエズのときにイギリスやフランスをおどす、あるいはフルシチョフは再三再四にわたって、世界中どこへも打ち込めるミサイルと核兵器を持っているというおどしをかけている。日本にもアメリカの基地がある限り、日本はたたかれるぞ、壊滅するぞというおどしをかけてきておる、去年の十二月には、ソ連も戦術的な核兵器を軍隊に装備をさせつつあります。だから、これはもう世界のだんだん軍事界の常識になりつつある。一方だは、政策として原爆禁止政策、外交術として原爆禁止、これを唱えますが、しかし現実はどんどん進んでおります。イギリスのごときは、ミサイル、核兵器に切りかえて陸海空三軍をほとんど縮小しようとしておる。これはもうイギリスの白書ではっきりしている、しかし、一方から言いますと、平和利用はこれはどんどん進むでしょう。平和利用、原子力の平和利用が進めば、原子力の開発かできて、そうして現在のような人間に放射能の害があるというようなことかだんだん減ってくると思う。科学技術の力で平和利用は各国とも猛烈にやるのですから、日本でもやらなければいかぬ。そうすると、科学技術の進歩は現在のような害を防ぐ、害の少いものがどんどんできる。平和利用はいかに原爆を禁止しても禁止することはできません。しかも、平和利用が進んで、きれいな核兵器というものかすべて小型化し、これがまた平和利用から、いつでも転換ができるというなら、禁止をして、どれだけの価値があるでしょう、禁止はほとんどできないでしょう。いわんや、近ごろのソ連、アメリカ、NATOの軍隊を見ますと、大砲はだんだん原子砲弾の大砲に変えます。ロケットは原子砲弾のロケットに変えます。昔の大砲百個中隊で今日原子砲一門、それよりもっと力が強いでしょう。そうすると、そういうことにだんだん小型化し、そうして普遍化して、ジューコフはこの間追放されましたが、ジューコフが国防大臣のときに、次の大戦は原子戦争になる、ロケットミサイル、核兵器の戦争になる。戦争というものはそのときの最強最大な武器が使われる。死ぬか生きるかなんだから、もう持っておるところの最強最大のものを無意識に使うのだ、こういう言い方をしておる。だからふだん禁止しておいても、それはいざという場合には、ジューコフが言っておる通り、この前の大戦で毒ガスか使われなかったのは、毒ガスかまだ最強最大の兵器でなかったからだ。あれは補助兵器であって、あんなものを使わぬでも主兵器があった。ところが今度の核兵器、これは主兵器だ。普通の兵器に取りかわりつつある。だから、これはたくさん使う、何をソ連がぐずぐずしているのか、われわれもこれによってやらなければならぬ。だから彼らの訓示を見ると、演習場はもちろん、兵営の中でも核兵器のもとにおける訓練というものを、兵営の中でもやれというのがお達しなんです。私ども中共へ行って南京の高級歩兵学校を見ました。そのときの議題は、核兵器の戦闘下における連隊本部、大隊本部の防衛体制というので、日本の人は核兵器と言ったら、もう虫ずが走るくらいしゃくにさわるのです。しかし列国の装備は着々政策とは違って、そういうふうに進んでおります。また、フランス、ドイツがサハラ砂漠で今度は核兵器の実験をやるというのが、けさの新聞には載っているのです。フランスは去年の十二月、国連総会において、米ソが核兵器を持って、われわれが持てぬというのは不公平である。フランスはプルトニウムから今核兵器を作りつつあるということをはっきり言っておる。ネールは、核兵器を大国が持って、ほかのものに持たさぬというのは、大国の原子力帝国主義であると、こうまでネールは言っております。ネールはまた、中共は二、三年後、核兵器を持つだろう、そうすると、国連に入れなければならない、少くも軍縮会議には入れぬというと、これは大へんなことになるとまで言っている。中共は最近五千キロワットの原子力発電所の完成を報告しております。これはもう三年前から建設に着手して、五千キロワットの原子力発電所というものが完成をした。これから先き、中共かどういうふうにこの原子力開発をやるか知りませんが、おそらくは中共も、英、米、ソ、フランスぐらいが核兵器を持つなら、おれだってイギリスを追い越すのだから当然持つ、こうなるでしょう。アメリカも、小国が持てば、これは大へんなことになるから、早く核兵器を持つやつを制限しなければならぬ。しかし平和利用がどんどん進めば、これは当然平和利用からだんだん小国も核兵器を持つということになるのです。それは欧米の研究者が言うております。これから二十年後においては、おそらく二十の国が核兵器を持ち得るだろう。だから日本人が核兵器や、そんなもの持ったら、もうほんとうに何と言いますか、地獄のさただと思うけれども、そんなものではないのです。  次に戦争という問題で私の意見を申し上げますと、戦争をやったら日本は壊滅する、水爆一発で壊滅するとか、あるいは日本はみな殺しになるとか、そんなことを申すが、戦争というものは、そんなものではないと思う。一億玉砕というものは戦争ではない。一億玉砕の覚悟で戦争して勝たなければならぬというだけであって、一億玉砕で戦争の目的を達するか。戦争には目的かある。正義の目的を達成しなければいかぬ。その正義の目的を、日本を壊滅するという目的なんかはどこの国だってとらぬ。アメリカだってソ連を壊滅する、一億一千万のロシヤ人をみな殺しにするという戦争目的、政治目的はとらぬ。いわゆる無条件降服、戦犯処罰、こんなのは外道であって、第二次大戦以後、こういうことは絶対私は起らぬと思う。戦争が政治目的の達成の一つの手段であるならば、これは政治目的を制限すればいい。はっきりすればいい。そうして、この目的で妥協するということにはっきりすればいい。しかし人は言います。クラウゼヴィッツは、戦争は理知の産物ではない、感情のほとばしるところ、とことんまで行く、とどめを知らぬ。原水爆戦争になったら、小さい戦術的原子兵器を使うとすると、だんだんとどめを知らぬことになって、大きくなって、世界戦争になって人類が絶滅する。これは講談師がやるならいいですよ。大体こういうのは戦争恐怖感を与え、戦争嫌悪感を与える謀略宣伝です。そんなのは戦争というものの中には入らない。だから私は理知の発達した今日においては、苦のように感情で戦争を抑制し得ないなんということはだんだんなくなると思う。それは私も思いますよ。現在米ソの持っている二万個の原爆が一ぺんに破裂したら、人類はほんとうに参ってしまうかもしれない。しかし、そんなものは私は絶対起らぬと思う。いかにアメリカやソ連でも、そんなばかなことはやらないですよ。やはり昔より、クラウゼヴイッツのときよりも理性が感情を支配する力が強い。いわんや集団防衛、集団戦争ということになりますから、それは昔よりやっぱり抑えがきく。それはとにかくとして、私はそこにおいて制限戦争というものはある。地域局地戦争というものはあり得る。たとえば、局地戦争はアメリカとソ連か加わらない。そうすると、アメリカとソ連が加わらないから局地戦争。そうすると、政治目的というものは非常に小さいのです。国境をこういうふうに変えようとか、あるいはあの島はおれのところへよこせとか、そういう小さいものです。そんな小さい政治目的で局地戦争が起ったときに、どっちか知らぬが、ソ連か、アメリカからもらった戦術的原爆を使ったとしても、それかだんだん大きくなって、米ソの世界戦争になって人類は絶滅する、絶対そんなことはない。そんなちっぽけな政治目的のために、アメリカもソ連も、その本国が壊滅するような戦争はやらないです。だから朝鮮戦争でも、あそこまで行っておさまったのです。だから戦術的核兵器を同地戦で使っても、これはそれがだんだん大戦争になって、人類絶滅戦争になるなんて謀略宣伝、戦争恐怖感を与えるものに過ぎない。それから制限戦争については、地域的の制限戦争もありますが、時間的の制限もある。たとえば、米ソかどうしても政治目的のために戦争をやらなければならぬ場合に、私はこれは時間的制限をやると思うのです。政治目的を非常に限定をして、そうして原水爆、ICBMで打ち合うでしょう。これは非常に制限をして、それで結局どっちが勝つかということは、とことんまでやらぬでもすぐわかるのです。ICBMに対する防備が下手であった、ICBMの能力と数が少かったという方が……、これはこれ以上やったならば、アメリカも壊滅するが、世界も大へんなことになる。それではあの政治目的も妥協しよう。だから昔の戦争のように無条件降伏だとか、とことんまで戦わなければいかぬ、そういう今は時代ではないのです。それで、私はやはり戦争のあり方、戦争というものの本質、こういうものを今や原水爆時代において再検討せなければいかぬ。クラウゼヴイッツを後生大事にかかえて、戦争というのは悪いのだ、こういうのは今や時代おくれだ。だから今や戦争のあり方、やり方ということを世界が暗中模索、今考え中である、こう私は思う。その一つに東洋兵学というのがあります。最近、中共の孫子、呉子の兵法を、新しい解釈に基く孫子、呉子というので出版しております。ソ連は革命以前から、ロシアには孫子のロシア版がある。革命後は孫子、呉子のああいう六韜三略のやり方は非常に共産主義のやり方に似ているから、これはいいというので、ずいぶんわれわれがモスクワにおりましたときも質問を受けた。これは戦わずして勝つのか一番いいのだ。刀は抜かずして刀の用をたせばいい。それからまた敵を乱してとる。敵の内部を混乱さして乱してとる。あるいは上兵は謀を討つ、次は交を討つ、三番目が軍隊を討つ、四番目の一番いくさの下手なやつが城を攻めるなんということがちゃんとある。ソ連と中共はそれを今一番研究している。だから水爆の投げ合いというものが容易にできないということになると、こういうことにだんだん持ってきます。経済戦、思想戦にはますます持ってこいなんです。だから戦争というもののあり方を考えるとともに、その本質、やり方というものも、また考え直されつつあるのです。そこで防衛庁と言いますか、自衛隊と言いますか、この方面におかれても、もっともっと新しい時代における戦争とか、国防とかということを広く検討され、ことにアメリカはガラス張りでわかりますが、ソ連、中共の戦争に対する考え方、やり方をもっともっと深刻に御研究になる方がいいのじゃないかと思います。  第三段目の憲法と自衛隊の問題ですが、私は憲法は、これはやはり先ほど言われましたように、国際間の紛争の処理のために戦争や武力行為を用いないとか、威嚇しないとか、あるいは軍隊を持てないとかいうのであって、自己防衛は、これはこの憲法の禁止外であると、こう思うのです。人間は敵が来たらば無意識にこれを防御するというのが本能です。犬でもネコでも、たたかれそうになったら逃げます、あるいは抵抗します。自己防衛は動物の本能です。人間の本能なのです。国家は個人の集まりです。国家がなぐられたら、もうしょうがない、なぐられっぱなし、そんなことは動物の本能からおかしいのです。そんなものを憲法で禁止しておるわけではないと思う。憲法学者はいろいろ言われるのですか、これは自己防衛は動物の本能なのですから、憲法で自己防衛を禁止するなんというのはもってのほかなんです。これはまあそういう政党もあるかもしれませんが、これは自分が政権をとるための一つの手段としか思われない。自分か政権をとったら、ものすごくやりますよ、自己防衛を。しかし、これはわしが言うばかりでない。ソ連が言うておる。サンフランシスコの対日平和条約で、ソ連の代表は日本の軍備についてこう言っている。日本は自衛の必要の限度に軍備を持たす、自衛の必要の限度において持たす。このときソ連は日本の憲法をちゃんと知っていますよ、日本の憲法を知っている。知っとって、自衛の必要限度に日本には軍備を持たすと、こういっている。あとで言いたいと思いましたが、陸上兵力十五万、海軍七万五千、飛行機三百五十、戦車三百台です、彼が提案したのは。だからソ連でも自衛の軍備は許す、持たねばならぬというのに、日本の中には、そんなものは要らぬというのは、これはどういうことか、頭が狂っとりゃせぬかと、私はこう思うのです。  それから国連の問題でありますが、先ほど今村参考人からお話がありましたが、私もそれに同意です。われわれは国連に入って、国連が平和を維持してくれる。しかし、やはり国連の中でわれわれは世界平和の維持の任務を達せねばならぬ。だからどうしても、日本がすき間があって、非常にいたずらされた、それで世界の平和を乱した、こういうことのないようにするのが国連における日本の義務じゃないか。日本は無手勝流で何もしない、そのときにいたずらをして来た、はね返すこともできない、あるいは防ぐこともできない、それで国連にすぐおぶさる、そうしてそれがだんだんいろいろな国に迷惑をかける、これでは義務を果したとは言えないのです。国連に入って、権利ばかり主張して義務を果さないというのは、これはどうも工合が悪いと思います。  それからもう一つは、憲法制定した当時の世界情勢、戦争というものとの関連が今とはだいぶ違うのです。われわれは日本の防衛を安保条約にもよっておりますが、国連にも依存している。そうすると、国連がもし国際警察軍というようなものを編成をして、いろいろ世界の治安を維持しようというそのときに、これは国際紛争の処理のために武力これを用いることになる、ぼんぽんやるかどうかわからぬが、とにかく武力、軍隊を派遣することになる。そういう場合に、日本は、憲法にあるからおれのところは行わぬ、これはどうも国連にわれわれはやはり国の安全を託しておる部分があるのですから、われわれは、もう少し憲法もこの点を考えて作り直さなきゃいかぬのじゃないか。  そのくらいにしまして、次に、日本の防衛の骨幹は、これは何としましても国連と日米安保条約であります。おそらく終戦のときは、もしソ連軍が来て、アメリカ軍が一部であって、アメリカ軍が帰ってソ連圏内に入っておったならば、日ソ共同防衛というものの中に入るでしょう。しかしわれわれはアメリカの中に入った。だからアメリカの協力によって防衛をやり、その次は国連の庇護下に防衛をやる。しかし私はここで言いたいのは、いつまでも、集団防衛とは言いながら、アメリカの軍隊におってもらい、アメリカの基地をふだんから置いておかなければ、日本が危いというようなことは、これはやっぱりだんだん少くしたい、なくしたい。イギリスはなるほどアメリカの基地を置いてありますが、いずれはあれもなくしたいと思っているでしょう。スピード時代になったから、あっと言う間に、百秒戦争で片づくなんと言う評論家もありますから、なかなかむずかしいのですが、しかし、まあやっぱり自力自衛というか、自衛中立というか、そういうことになるのは、スイスとか、スエーデンとか、ああいうふうにならなければいかぬという話ですが、そういうことになるのは、その前にやっぱり集団防衛のワク内で一つの条約を結んでおいて、ふだんはおらないが、いざという場合には機を失せず来てもらうということにすれば非常にうまいのです。これはまあすぐはできません。将来、漸次日本の国民の心持あるいは自衛隊の強化によりまして、私はそういうことになりはせぬか、それを理想とします。最後の理想は自衛中立ですが、これはちょっとやそっとではできないから、まず第一の目標をそこに置いてあると、こう考えております。  その次には、自衛隊は役に立っております。役に立たぬというのは、それはやっぱりおかしな話で、まあこれも私は私の感じを述べますが、水爆四つで日本は壊滅する、ちゃちな軍隊を持つなというようなのか電信柱にあっちこっちに張られておったことがありますが、一体ちゃちな軍隊を持たぬ方がいいというなら、イスラエルあるいはハンガリー、あるいはもっと小さい国々は軍隊なんか持っちゃいかぬわけなのです。日本より小さいのは、西ドイツもイギリスも小さい、トルコもハンガリーも小さい、こういうものは持つちゃいかぬということになるのです。これは非常に論理の飛躍である。それから今の自衛隊が役に立っておるということは、やはりほかの国、どこといわずほかの国、ことに強国が野心を起していたずらをしたり、すきをねらっていろいろなことをすることを防いでいるだけでも相当の価値がある。フィンランド、あるいはエストニア、ラトヴィア、リトワニアという三国がソ連に合併をされたあのときに、私はモスクワにおってつくづく、小国でも、負けるいくさでもやって、民族国家の名誉を保っていけば、いつかは復興するということをつぶさに見たのすで。エストニア、ラトヴィア、リトワニアはどうせ負けるいくさだから、ソ連のために一人でも国民を殺すのはむだだ、ですからみんな手をあげたのです。ソ連の進駐要求に対して。最後通牒です。そのおかげで今日は国が一つもない、ソ連の一州なんです。ところがフィンランドは負けるいくさであっても、民族国家の名誉にかけて戦わなければならぬといって戦った。それで今日独立を保ち世界の尊敬を受けておる。だからちゃちな軍隊であろうが、何であろうが、そんなに言われても、とにかく相応のものを持つということによって国の名誉も維持も保っておる。またそういうすき、いたずらを防いでおると私は思うのです。早い話が、国際間の力というものを考えますと、日本では自衛隊があるから日本の国威が、国威というか、日本の評価が違っているということがよくわからない。ところが一歩外へ出ると、やはり日本の自衛隊というものの戦力、力によって日本の力はやはり上っておるのです。外交もおそらくはそれで少しずつ、何と言うか、日本に有利になっている。一体今の国際間は力しかありません。そんな憲法に書いてあるような公正と信義に信頼してなんという、それで国がうまくいくなんてとんでもない。神様の世界じゃないのです。これは欲の皮の突っぱった人間の世界なんです。利己心の多い人間の世界なんです。ですから、これは列国が、やはり日本の自衛隊というものが伸びていって、そうしてだんだんと力を持ってきたということに対して、尊敬と評価を与えておる。国内の人は、あんなちゃちな自衛隊はつぶしてしまえ、こう言うけれども、ほかの国はそう思っていない。だから私は自衛隊は、そりゃ文句はあります、私も。いろいろ今の自衛隊のあり方あるいは内容、いろいろのことについて進言もありますし、批判もありますが、総体的に見れば、とにかく軍隊に反対する、戦争に反対するという空気が婦人層や、あるいは青年層に相当多い中に、よくもここまでがんはって作って成長させていただいたと感謝しております。  その次には、一万名増員でありますが、これは日本の国家、一つの家ですね、この家にふさわしいだけの国防というものは、これはちょうど家に玄関と便所があると同じなんです。だから家は建てたけれども便所がないというのは、それはおかしいのです。やはり国防というものも国家の中の一つの機構であり、外国がこれを国力の一つとして判断する。そうすると、その家に応じたものを持たれなきゃならぬ。それじゃその家に応じたものはどんなものか、これは少し古いですが、やはり私はソ連の例をあげたい。ソ連がサンフランシスコ条約に、陸軍十五万といった、だからまああのソ連は、日本の軍人、軍隊は全部武装解除して、二十五年間強制労働をやらすということをモスコーの外相会議で、あの終戦の年の十二月に提案しております。そのソ連が十五万の陸軍を持たすというのですから、これは大体評価の最低ですね。だからまあ世界は、やはりあの日本の家であったならば、陸上兵力十五万か二十万ぐらいは、これはまあ大体常識でしょう。まあしかし、先ほども言われたように、一万名この際増すよりは、ほかのことをやったらいいというこれは一応うなずけます。これは確かにそういう議論もあるべきである。ただ私は今すぐミサィル、核兵器なんて言ったならば、これはここにおる方もみん反対されるかもしれません。しかし科学国防をやらなきゃいかぬ、どうしても将来は科学国防に踏み切らなきゃいけない。そうすると、今から逐次これはミサイル、核兵器、これらの防御を研究せねばならぬ。これは中共が三年先に核兵器を持ってきて、北鮮に行くにきまっているんです。そうすると、日本としては、これはやはりある程度防御の研究をやらなきゃならぬ、これは技術本部なんか大いに拡大すべきなんです。今度の一万の増加は、なるほど混成旅団一個とありますが、おもなるものは科学技術実験部隊とかヘリコプターとか、通信とか、いろいろ技術を主とする部隊を新設するというのだから、私もこれは賛成であります。そうして国防というものは今日の国防を考えるばかりじゃない、やはりそれを訓練して装備するには時間がかかりますから、十年後、十五年後の国防を考えなきゃならぬ、そうして逐次それを整備し、研究整備して行かなきゃならぬ。そうすると、今技術部隊なんかを作らなければ、十年後も竹やり部隊になりまして時代おくれになるのです。だから、どしどし私は科学本部を作り、そうして科学者を養成してどんどんやらなきゃならぬ。日本の科学国初において一番欠陥は、有名な科学者、物理学者が軍事国防に協力しないという態度をとっております。これが日本の国防の最大の欠陥であると私は思う。だから非常にやりにくいでしょうが、しかし、そんなことを言うてはおれないから、ぜひ一つその方にやっていただきたい。まあ一万名増加してどうだ、いいか悪いかとかいうこともありますが、先ほどの話もありましたように、大体、日本の国民には祖国防衛の義務を負わしてないんです。軍事訓練もやっていないのです。これは中共やソ連から見たら、ものすごい軍事訓練ですよ。学校だって学校配属の将校がおりまして、ばりばりやっております。中共に行ってみると、これはもう中共へ行かれた人、ソ連へ行かれた人、これが日本の国防は要らぬとか、軍事訓練は要らぬとかいうのはおかしいのです。そのかわり中共と同じようなグループに入ったら一ぺんにやりますよ、現に親方がやっているんだから。それはもうアメリカさんだから、まあこれでわれわれはいいけれども、これはソ連、中共のブロックに入ったらものすごい訓練であり、国防強化である、これはもう有無を言わさずやるのですから。だから、やはり日本が今国防の義務を負っていない、それから軍事訓練はやつていない、このときに際して、やはり仕方がない、まあ少しでも、千名で二千名でも自衛官を増して訓練をして行こうというのが当りまえです。それからまた予備兵力がないということ、あるいは日本が細長いから、張りつけた兵力が足らないということ、これは不経済です。もう飛行機がうんとでき、そうしてちゃんと空中機動が瞬間にできるようになれば、少い兵力で防衛もある程度できるでしょうか、日本みたいな、のろのろした汽車に乗ったり、道路の悪い所を自動車で行ったりしたのでは、これは間に合わないのです。どかんとやられたら一ぺんにおじゃんです。だからどうしてもむだな兵力か要るわけです。そういうことで私もやむを得ないと思います。非常に進んでは賛成はできないか、まあこの辺は大体十五万か、二十万くらいはやむを得ないところだと思います。  最後に私は……。
  143. 藤田進

    委員長藤田進君) 土居参考人に申し上げますが、他の参考人の倍の時間にもわたりますので、あと質疑がありますから、その際また……。
  144. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) それじゃやめます。  最後に、私はもう少し国民に、議会からはっきり宣伝をしていただきたい。それは反対も賛成もいいのです。そうして議会がもっともっと国民にいろいろの内容を知らせてもらいたい。新聞だけでは片手落ちなんです。国民の欲することだけしか新聞は書きません。だから国民に、いやなことも苦しいこともどんどん書かせる、これは国会がやるべきではないかと思います。これをお願いして私の意見を終ります。
  145. 藤田進

    委員長藤田進君) ありがとうございました。   ―――――――――――――
  146. 藤田進

    委員長藤田進君) 以上をもちまして参考人の陳述は一応終了いたしました。  これより、委員の御質疑に移りますか、御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
  147. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 お忙しいところを先生方においでいただいて、それぞれの角度から御意見を承わって非常に参考になりました。ただ、皆さん方の御意見がどうであるかということをお教えいただければよろしゅございますので、しぼりまして、各先生方に一件程度承わりますので、メモしておいて、間違いなくお答え願いたいと思います。それで若干意見は違う点があるかもしれませんが、別に頭が狂っているわけではなくて、皆さん方のお話を識別、判断するだけの能力は持っているつもりでありますから、皆さん方の御意見は多少私と意見が違いましても、率直にお教えいただきたいと思います。  その第一番は、これは今村先生と、それから高橋先生の御意見を承わりたいのですが、ソビエトが核爆発の禁止、製造生産まで一切禁止するという宣明を世界に対してなしたわけですが、これに対してどういう御意見を持っておられるか、また、そのソビエトの底意がいかにあろうとも、米英はこれに同調して、核爆発の実験等は禁止すべきではないか、やめるべきではないか、こういうふうに私ども考えるわけですが、先生はどうお考えになられるか。なお、この四月から始まりました南太平洋のアメリカの手による実験は、アンチ・ミサイル・ミサイル、すなわちミサイルを迎撃する防御用の実験だと、こういうふうに聞いておるわけなんですが、それをあなた方はどういうふうに理解されているか、これが一点。  それから第二点は、これは今村先生にお伺いいたしたいと思うのですが、現在、世界において、自衛のためでない戦力を持っている国はあるかないか、それから防衛庁の考えによりますと、北海道の領空に他国の飛行機が入ってきて領空侵犯をしたならば、航空自衛隊の飛行機をもってその退去を要求する、あるいは着陸を要求するというのですね。ところが相手が聞かないで、もしも向う側からパチンと撃ってきたら自己防衛の立場で応ずるというわけですね。これは私は一つの武力行使で、国際紛争拡大化の要因となると思うのですね。こういうことが今の日本の憲法下で許されると今村先生はお考えになられるかどうか。  それから第三点は、高橋さんにお伺いいたしたいのですか、それは、宇宙時代に入り、世界の各国の軍備状況はミサイル時代に突入して相当進んで参った、私の承知しているところでは、今村先生の言われることと違うわけですけれども、陸上部隊は各国とも相当削減しておるわけですね。あるいは大艦主義等についても、いろいろと検討されているわけです。それで飛行機の機種についても、各国は飛躍的な検討をなされている、これは高橋さん御承知と思いますが、F86を三十四年までわが自衛隊は三百機作る、来年度も百数十機作るわけですが、一機が一億九百万円ほどするわけです。先般、国防会議で、グラマン社のF11Fの新機種を三十四年から三カ年間で三百機、これは一機が約三億六千万円するわけです。こういう方針を打ち出したわけですか、軍事評論家として、こういう機種の選定の仕方を、世界の情勢から考えてどう考えるか、私はでき上ったときは、すでに時代おくれの、実戦に役立たない、たとえ戦っても役立たない、むだづかいに終るのではないか、こういうふうに推察する面があるので、それを専門家のあなたから承わりたい。それとともに、先ほど今村先生は、ICBMは非常に誤差が大きいから、実用向きになるには数カ年かかるであろう、こう言われるわけですが、これは約八千キロ、モスコーからワシントンまで大体三十分で飛ぶと言われておるのですが、私、雑誌で見たところによると、そんなに誤差はない。そしてこれが核弾頭をつけておれば、相当威力を発揮するということを読んでいるわけなのですが、高橋さんはICBMの実用化という点について、どういうような資料を持たれておられるか。IRBMについては、これは今村先生もすでに実用段階に入っているということを述べられているから、これはよろしゅうございます。要するに、あなた方ICBM、IRBMこれらの弾道弾、さらに誘導弾の今の時点における米ソ両陣営の研究製造の実力状況は、いかようになっていると御判断になっておられるか。  最後に、土居先生に一点承わりたい点は、先生のお話を承わっていますと、核爆発の禁止ということを岸内閣は唱えているが、これは政策としてけっこうであるか、現実は云々と言われていますが、これは、おそらく理論としてはけっこうであるが、岸内閣の核爆発禁止という政策は、核兵器を入れないという政策は了承できぬ、こういう意味だろうと思うのです。それで、さらに裏返してせんさくしますと、まあ世界の世論でもあるから、核爆発の禁止を呼びながら、あなたの分析にかかる世界情勢から、ないしょでは核装備をしなければだめだ、こういうお考えように拝察するのですが、相違ないかということと、そういうことが今の現行憲法下で許されるとお考えになっておられるかどうか。それからわが国の国防という立場からの軍備について、うんちくを傾けられてお話しだったわけですが、あなたの今お考えになっておられるような軍備をわが国に備える、そして他国に匹敵できるような、かような軍備を整備するためには、防衛関係の予算はどの程度計上すればできると御研究なさっておられるか、それだけ承わっておきたい。
  148. 藤田進

    委員長藤田進君) まず今村参考人からお願いをいたします。
  149. 今村均

    参考人(今村均君) ソ連が核爆発の実験をやめようということ、それだけは私もけっこうだと存じます。しかし、私はそう思いますけれども、世界か果してそうとっているかどうかは私は疑問だと思っております。ソビエトは、その数週間前まで連続八回も九回も実験を繰り返しておる。その前に言うたならば、これは大へんけっこうだと思うのです。自分の方の実験は終って、さあ次に他国の実験が始まるというときに、あの実験禁止を言い出したということに対しては、世界は非常な疑いを持って見ておる。これは私はやむを得ないことだと思っております。しかしながら、趣旨がいいことでありますから、わが国がこれに反対するというようなことは適当でない。やはり賛成はすべきだと思います。賛成はすべきでありまするけれども、先ほど私が言いましたように、もはやどこの国も実験、製造、保持をやめさせるということを、わが国としては努力すべきだと、こういう所見でございます。
  150. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 アメリカに対しての……。
  151. 今村均

    参考人(今村均君) アメリカに対しても、それを国際連合を通じて日本から言い出すべきだと思います。ひとりアメリカ、イギリスだけじゃない、世界に向って実験、製造、核兵器所持をやめさるような提案をわが国はいたすべきだと、かよう考えております。  それから次の、ソ連の飛行機が北海道の上空に来たときに、わが飛行機がこれに退去を命じ、応じない場合にこれを撃つことが許されるかどうか、これは私は、国家自衛上許さるべきものと考えております。それから……。
  152. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 自衛のためでない戦力を持っておる国。
  153. 今村均

    参考人(今村均君) 日本はそれは自衛だと思っております。北海道の上空に来た飛行機をまず退去を命ずる、飛行機の信号その他で退去を命じても退去しないというような場合に、これを撃つということは、これは私は許されるべきことだと思っております。  それから第三に、誘導兵器がこんなに発達しているときに、一機に対して何億というたくさんの金のかかる飛行機などを今作るのはどうかということでありましたが、これは今大きな問題になっております。しかしながら、つまり誘導弾というものが発達すれば、飛行機なんかでやるよりは、誘導弾兵器でやった方がいいじゃないかという議論は一通り真理はあります。しかしながら、誤まって入るということもある。敵の飛行機というものか、誤まって、たとえば雲などがあって、誤まって入って来て、ぱっと晴れたら、よその国の上空にあったということもありますので、自国の領土内に入ったから、直ちに誘導弾兵器でこれを撃ち落すというようなことは、やはり避くべきでありまして、これに退去を命じ、きかない場合に初めて自衛の処置に出るということが私はほんとうだろうと思いますから、そんなにたくさんの金をかける兵器はやらぬ方がいいという段階には、まだなっておらぬと思います。しかしながら、先ほどから他の参考人も申しましたように、だんだんと発達しまして、地上からの他の信号によって敵に警告を与えるというような処置ができますれば、やはりだんだんと、飛行機よりは誘弾兵器というものの方が、防空という大きな力をなすという時代かくるかもしれません。しかし、それは今の段階がそうであるというわけじゃありません。やはり今の段階においては、そうたくさんでもありませんでしょうが、ある程度のやはり飛行機を持つということは避けがたいことだと考えております。  何かほかにありましたか。
  154. 藤田進

    委員長藤田進君) 自衛のためでない、軍備を持っている国があるか……。
  155. 今村均

    参考人(今村均君) それはどこの国でも、今や侵略、つまり積極的攻撃のために軍備を持っているという国はないと思います。しかしながら、わが国のような、かような微弱なる国防、軍備を持っている国に、どうして南千島から中共にわたるところに三百万以上の兵、八千機に近い飛行機、六百隻の軍艦、百隻の潜水艦などを持つのは何の必要か、私にはわかっておりません。  それだけでございます。
  156. 藤田進

    委員長藤田進君) 次に、高橋参考人にお答えを願います。
  157. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 私にお尋ねの点は、第一に、ソビエトが一方的に核実験の停止を今度声明したわけでありますか、この評価に関してであると思いますが、私はまことに大したことをやったものだという見方をしております。で、大したことという意味には、一つは、ついにソビエトのいわゆる背景の実力と言いますか、このソビエトの軍事力というものもここまで成長したかという、背後の軍事力の成長に対する評価として、ここまできたかという考えであります。それから、それ以上にもっと私が感銘を深くしておりますのは、核実験は即時無条件にやめろといった、この日本に通った原水爆実験禁止の呼び声が、日本から諸国民の間にどんどん広がって行きまして、とうとう世界の世論にまでなった。そしてこの世論が今現実に国際政治を動かすに至ったという、これは大したことである。国際政治の血糊的な大事件である。こういうふうに評価しております。そしてこの評価と関連しまして、先ほど来、もはや軍事で国を守るなんという時代ではなくて、諸国民と仲よくすることによって国を守り国民を守る時代に間違いなくなったのだという私の情勢判断、それら信念を披瀝したこれは根拠になっているわけであります。これが第一点。  それから次に、エニウエトクの実験に対して、これはアンチ・ミサイル・ミサイルの実験ではなかったかと、こういう質問だと思いますが、私もさように了承しております。それはアメリカの原子力委員会の発表も、明らかにこれは弾導弾を防ぐための弾導弾、航空で、あるいは飛行機で核攻撃にあった場合に、これを落す時の防御用の弾導弾であるということを声明しておりますから、そのように信じていいと思います。ただ、ここで注目すべきは、アメリカはこの中に、いわゆるきれいな水爆という一種の宣伝をまぜております。しかし、私が承知いたす限り、現在の技術的な条件のもとでは、きれいな水爆というものは、これは宣伝以上の何ものでもございません。と申しますのは、現在ある水爆は全部原爆によって起爆されていると私は理解しております。原爆によって起爆する限り、これに核分裂が伴い、いわゆる死の灰の発生は不可避でありまして、従って、ただ比較的放射能の少い水爆、あるいはうんときたない水爆という程度の差はありますけれども、きれいな水爆というのは現在のところない。それから、ただアメリカは、これを自国の上空で使用する場合に、自分の頭の上に放射能が返ってくるために、国内のいわゆる心理を考えたり、あるいは世界のこういう原水爆禁止の世論というようなものを考えて、アメリカは九六%であるとか、七%きれいな水爆が漸次成功しつつあるとか何とか言って、これを大々的に宣伝しておりますけれども、これは私はやはり今のところまだそこに至っていない。それから将来完全に放射能を出さない水爆が出るという技術的な可能性については、私もあると思っております。しかしながら、その場合であっても、なお発生する中性子、今度は死の灰にかわって中性子が人類の生存に対して致命的な悪影響を及ぼす。従って、その場合には放射能が中性子に変るだけであって、依然として、この原水爆の反人類性というものは変らないのだということか大事だと、こう考えております。  それから御質問の第二点、宇宙時代の、このミサイル時代になったというのに、F86、スーパー・タイガーでございますか、この採用についての所見でございますが、F86Fとか、あるいはF86Dとか、F102とか、F104とか、あるいはF11F1Fというような、五種類なら五種類の戦闘爆撃機を目の前に出されまして、お前は日本の国情、将来の軍備というようなものを考えて何をとるかと聞かれれば、私はやはりF11F1Fをとったろうと思うのです。これは純然たる軍人の技術的な判断としては、これをとっただろう。なぜかというと、上昇限度もこれは一番高いし、スピードもマッハ二以上あるし、それからまた滑走距離、いろいろの性能というような点を総合して考えると、日本の国情では、これをとっただろうと思うような見方をしております。しかしながら、私はこのような飛行機国防そのものが間違っていると考えておりますので、これは先ほど申しましたように、やはりつまらぬことをやったものだという見方をしております。ことに、西ドイツは漸次戦闘機防空をあきらめて、全面的にミサイル防空に変えようとしておる。おそらく日本の航空自衛隊でも、やがてこの戦闘機防空からミサイル防空に全面的に転換を起して行くのは、私は三年を出でない時間の問題だ、今のまま進めばという見方をしておりますので、何を今、三年後はみすみすこんなものは使いものにならぬと言って騒ぐ飛行機です。また、新たにこれを生産システムに載せるのに百億からの金を使って一体やりますか。まあ飛行機産業を救済するためにやむを得ないという点は、よく私も理解できますけれども、しかし、飛行機産業の救済よりも、日本の国の福祉国家の実現の方がもっともっと大事だ。従って、なんてこんなばかなことをするものかという見方を、この問題に対しては持っておりますが、機種の選定という技術的な問題に限れば、先ほど申しました通り、選択としては一番合理性のところをついて、さすがに自衛隊の連中も見るところを見ているなという感じで見ております。  それから第三点、今村先生がいわゆる大陸間弾導弾、ICBMの弾着誤差について、千分の一ということを言われましたが、千分の一という弾着誤差であれば、はっきり申しますと、〇・一%というこの弾着誤差であれば、これはICBMとして理想の域、いわゆるもう使いものになる域に達する、これは目標なのであります。私の承知しておるところは、アメリカのICBM、IRBMは、現在〇・一%なんというような、千分の一というような精度ではなくして、百分の一というところでもたもたしている。百分の二というところでやっているために、アメリカがあのようにソビエトにおくれをとっているのだ。それに対してソビエトは、八千キロを飛んで八キロないし十五キロ、千分の一ないし二と、このような弾着誤差であれば、水爆弾頭を使えば、アメリカの軍人か上院で証言しているところによりますと、数十発の攻撃によって、アメリカはほとんど壊滅的な、立ち上れないような打撃を受けるということを言っておりますから、十分使いものになるのだ、これが私の見方であります。それから、ソビエトのICBMがまだ実用にならないという意見が、自衛隊やあるいは公安調査庁の公式見解なんといって新聞に出たこともありますが、いわゆる二、三年後だというような説が流布されました。しかしこれは私は何かの間違いか、あるいは、しかるべき方面からの、いわゆる誘導による宣伝というようなものではないかなと思って想像しておりますが、それは人工衛星の第二号というものも飛ばすことを考えてみれば、今やICBMがソビエトにまだできていないなんということは問答にならないということ、これはその通りだと思います。しかも私の理解するところでは、今村先生のおっしゃいましたように、アメリカは、確かに今後数年間は、おそらくゴールインできないでしょう。アトラスとか、タイタンとか、あるいは、二、三年中にできるかのような新聞報道が流されておりますが、私の研究によれば、ハンソン・ボールドウインが去年の三月に言ったように、少くとも七、八年、どんなに力んでも五、六年はかかる。ところが、ソビエトは現在もうできておる。従って、この間のギャップは、一般に考えられているように、一年や二年というような、そんなちゃちなものではなくて、数十カ月ないしは百カ月以上にわたるような、ほとんど回復できないような大距離である。ルメーというあの戦略爆撃隊の司令官は、軍人らしい率直さで、もう回復のできないギャップということを言っております。また、フルシチョフも、あるいはアメリカかソビエトに追いつき得ないということもあり得る、という意味は、追いつかないうちに、世界はもう戦争なんかおかしくってという時代、恒久平和の時代に入って行くだろうと私は理解しておりますが、そのくらい平和は目の前に迫っております。そういう意味で、ICBM、IRBMにおける東西の力関係の大きなギャップというものは、これは正確に評価する必要がある、こう私は考えております。  以上で私の御質問に対するお答えといたします。
  158. 藤田進

    委員長藤田進君) 次に、土層参考人にお願いします。
  159. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) 原爆禁止は、政策としてはけっこうだが、事実はいろいろ認めにゃあならぬという私の表現は、これは政策として日本がやっているのは正当であるが、世界中のおもなる国の核装備、こういうものを事実として考えて、日本の防衛問題も研究せにゃあいかぬという意味でありまして、表面、原爆禁止を言いながら、ほんとうは日本も核装備をせよという意味ではありません。  次の、核装備を憲法上許し得るかという問題であります。私は今すぐ核装備をせよと言うわけではありません。しかし、将来だんだん核装備が普遍化し、小型化していって、核装備が兵器になった場合には、防衛において、核装備で防衛しなければ防衛できないと思う。だから、それがいつになるかわかりませんか、私はそういう時代になったならば、何も憲法に違反じゃないと考えております。  他国に匹敵できる軍備費をどのくらいに勘定するか、これは私にはわかりません。ただ私は、日本の国民生活をあまりに窮屈にさせないように、まあ身分相応の防衛費を出して、そのうちで、やはり最近の事態における科学国防に力を尽してもらいたいと、こう言うだけであります。だから、核装備のために国民生活をうんと切り詰めろとか、あるいは、どれだけ要るとかいうことではありません。この軍事費は、私には今のところはわかりません。  これで終ります。
  160. 永岡光治

    ○永岡光治君 今村参考人と高橋参考人にお尋ねいたしたいと思います。お尋ねというより御意見を承わりたいと思うわけですが、ただいまいろいろお話を承わりまして、非常にまあ感銘深いところがあるわけでありますが、わが国が中立であれ、どこかの陣営につくのであれ、まあ一たび戦争が起れば、それはわが国は無事では済まされない。こういうことを今村参考人は言ったわけであります。それはその通りだろうと、私どもは情勢を分析しているわけですか、そうなりますと、一たび戦争になれば、土居参考人も言っておりましたように、百個中隊のものが、一個の原爆にしか値しないという、おそるべき時代になっているわけですね。しかも、今村参考人のお話によれば、侵略を防ぐということになるわけですから、絶対防衛体制になる。そのときには非常に莫大な兵力が要るんだ。こういうことをおっしゃった。ところが、あなたのまたお話の中にも、もうすでに千島からずっと北の方をめぐって、中共までを含めてでありましょうか、三百万の陸兵、八千機の飛行機、六百隻の軍艦、百隻の潜水艦を持っている。これに太刀打ちするということは、これはなかなか容易ではないと思うのであります。そうなりますれば、今私たち日本の国としてとるべき態度は、戦争は、起りゃおしまいだ、極端に表現すれば、そういう私たちも気持かあるわけで、ゆえに、それであればこそ、やはり戦争を起さないように、その刺激を少しでも取り払うということに、今、日本としては最大の努力を払うべき、少くとも今日においてはそういう時代ではないかと考えておるわけでありますが、どういうようにこの点を両御参考人考えているのか。  それから、これは今村参考人にお尋ねいたしますが、個々の国際紛争については武力を使わない、憲法の章は。外国の侵入は、これは紛争ではない、こういう解釈をされておりますが、しかけられたものは紛争ではないのかどうか。私は国際紛争というものは、どっちがしかけたにしても、紛争が起れば全部これは紛争と見るべきだと思うのです。両国間の紛争は、これは全部国際紛争と言うべきだと思うのですが、そうなりますと、こちらからしかけて行くものは紛争であって、向うからしかけられたものは紛争でないという字句の解釈はどういうところから出るのか。どうも私は、そういう紛争というものは、そういう区別さるべきものではないと思うのですが、そういう意味で、文字の上では少くとも、精神はどうあれ、文字の上からあなたの精神解釈すれば、それは、侵入は当然自衛の立場に立って、これは武力を行使し得るという解釈を持っているようですが、憲法解釈の上から、紛争という文字が使われている以上は、これはいずれにしても、紛争については武力を使うべきではないじゃないか、こういうよう解釈されるのでありますが、その点について、どういうお考えを持っておいでになるか、お智ねいたします。
  161. 今村均

    参考人(今村均君) 第一の、中立を守ろうがどうしようか、この国は油断はできないということでありますが、これはわが国ばかりじゃない、どこの世界の国も同じでございます。でありますから、世界が国際連合並びに集団安全保障というものを真剣に考えて、その処置をとっているのかそうなんでございます。今や科学兵器の発達から、いや中立だとか何とか言っとっても、その被害というものは必ず受ける。こういう時代だからそういうふうになったのであります。極端なことを言いますれば、たとえば中近東地区に、かりに両方が核兵器を使ったとしますれば、中立だと言っておるインドも死の灰をかぶります。こういうふうでありますから、努めていくさを起さないようにするには、各国の兵備というものは、すきをこしらえておって世界紛争の種にならぬようにするための兵備であって、みずから国際紛争の手段としての武力を持っているわけじゃ、どこの国もないのであります。これが国際連合及び集団安全保障という私は思想だ、これが世界的に是認されている思想だと考えております。  第二の憲法の第九条に掲げてあるのは、私の研究では、昭和二十三年の秋にマッカーサー司令官がアメリカ政府に出した報告の中では、日本には、積極だろうが消極だろうが、一切、戦争及び戦力行使ということはやめさせようとしたことが、はっきりわかっております。しかるにその英文の原案を見たある憲法改正委員の一人が、これは全く国家の自衛権というものを認めないものだ。そこで初めて国家の自衛権というものを存続せしむるために、国際紛争を解決する手段としての戦争及び武力使用の放棄、こういうふうに改まったのだと私は承知いたしております。その見地から言うても、国家の自衛権というものは持っておるのだ、こう解釈しております。
  162. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 質問者の方が、戦争を起さないように最大の努力をなすべきことが当面大事なのであって、中立であれ、何であれ、戦争になれば国民を救うことはできないという考え方、全然同感であります。私もそのよう考えまして、とにかく現在は軍事で国民を守るという考え方から、正しい政治をすることによって、平和の方向に行く政治をすることによって国民を守るのだというふうに行かなくてはいけない。こういう考え方で先ほど来の意見を開陳しておるわけであります。  それから第二の紛争の問題については、私は自衛する権利云々という問題については、ちょっと比喩的になりますが、権利能力というものはある、しかし行為能力は捨てた、こういうのがこの自衛戦争についての憲法建前ではないか。すなわち自衛戦争をするために、平素から軍隊という戦力を使って、自衛戦争にするのだと身がまえているやり方、これでわれわれは大失敗した、国を亡ぼした、だから今度はもうやめたのだ、こういうのがあの憲法の趣旨だと考えております。また、現に大東亜戦争で、アメリカは八千キロの太平洋を越えて日本に来ていたのですが、彼らがこれを自衛戦争と呼んでいることは御承知の通りであります。それからまた、われわれが作った戦争、すなわち満州事変あるいは支那事変というものを、私たちは自衛戦争としてやったことも御承知の通りでありまして、私は自衛戦争あるいは侵略戦争と分けて、侵略戦争はやらないが、自衛戦争はやるのだという言い方は、まさにその行き方を戒めたものが憲法九条である、こう考えております。
  163. 田畑金光

    ○田畑金光君 各参考人一つずつお尋ねしたいと思いますが、今村参考人にお尋ねしたいことは、今村さんの御意見を承わっておりますと、だんだん戦争というものが後退しつつある、こういう御所見のようであります。この点については、われわれも同意見でありますが、また、核兵器については、今村参考人としても保有すべきでない、こういうような御意見ように承わりましたが、さようであるかどうか。核兵器を保有しないとしますのは、それは政策的な意味で保有すべきにあらずという考えであるのか、それとも人道主義的な意味において核兵器は持つべきでないという見解をとっておられるのか、この点です。  それからもう一つ、今村参考人のお話では、最悪の事態では国際連合軍に核兵器を保有させて、もしどこかの直接侵略等があった場合には、国際連合軍の名において使ったらどうか、こういうことになって参りますと、これは核兵器を保有するとか、しないとかという、いわゆる人道主義的な立場からは、まるっきり離れていって、これは政策的には持てるのだという思想に通ずるのでありますが、この点はどう解釈したらよろしいのか、今のまた質問に対する答弁の中にもありましたが、率直に、私はこの大東亜戦争というものが一体侵略戦争であったのか、自衛の戦争であったのか、ことに今村参考人等は、私は軍人としては、りっぱな軍人であられたということで敬意を表しておる一人でありますが、ただ、あの当時、軍の最高の指導の位置にあられた今村参考人といたしまして、あの戦争は一体侵略戦争であったのか、自衛戦争であったのか、この見解を一つお聞かせ願いたいと思うのです。  それから高橋参考人にお尋ねしたいことは、いろいろお考え方、よくわれわれも了承できるわけでありますが、今度の自衛隊法あるいは防衛庁設置法の改正案で、国家総動員体制に一歩入ったような印象を受ける、観察を持つ。あるいはまた外国人の教育もやるような、そういうこと等は、昔の国防国家に帰りつつあるように思う、その通りだと、こう思いますが、そこで、やがてSEATOからNEATOの構想に入るのではなかろうかという見方をとっておられますが、そこで私は、アメリカを中心として日米安保条約というのかあり、それから一九五三年の末でありましたが、台湾とアメリカとは、米華相互援助協定を持っておる。同時に、相前後して、朝鮮とアメリカとは同じような相互防衛援助協定を持っておる。結局日本、韓国、台湾というものか、中心をアメリカに置いて、それぞれの同盟、防衛条約を持っておる。それは私はNEATOの条約を作る、作らないにかかわらす、実質的なNEATOの対象の中に置かれていると、私は判断しているわけであります。この点についてはどういうふうに考えておられるか。  それから土居参考人にお尋ねいたしたいわけでありますが、非常に豊富な軍事科知識をもって、いろいろ教えていただいて感謝にたえないわけでありますが、十数年前お話を承わりますと、われわれはほんとうに感激をもってお話を承わったと思うわけでありますが、ただ、今の国民全体の軍事常識や政治常識から申しますと、どうもいささか別の感激になってきたわけで、そこで私はお尋ねしたいわけでありますけれども、一発の原爆や水爆で、あるいは二、三発の原爆や水爆で日本がめちゃめちゃになるというのは、政治的な謀略だというようなお話でありますが、広島と長崎に落ちた一発から、何十万という人命を失ったことは現実であるわけですが、あれは現実であったのかなかったのか、こういうことになってくるわけでありますが、一つこれは、昨年の四月、西ドイツの科学者が、いわゆる有名なゲッチンゲン宣言というのを出して、広島に落した、長崎に落したあれは、戦術的にはほんとうに一番小型の原子兵器であるが、今日の原子兵器の発達は、極度に小さくなってきたけれども、今日のいわゆる戦術的なな原子兵器というものは、広島、長崎に落したものよりも数倍に匹敵するような力を持っておる、こういうようなことを、これは原子物理学者等が申しております、二発、三発受けても危なくないというようなことは、これはどうも私は、戦争中、戦争前の日本の、よく軍人の方か言われた話のような感じを受けるわけでありますが、そういうような安心したものであるのかどうか、これが一つ。  それからもう一つ承わりたいことは、土居参考人の御意見は、世界の情勢は、平和的な方向に進みつつあるということとは逆な見方をしておられますが、岸総理は、今の世界の情勢は、ときたま、なだれのようなものはあるが、全体としては平和の方向に動いておる、こういう認識のもとに政策を立てるのだということを言っておりますが、先ほどのお話を承わりますと、平和の方向に向って行くなどということは、もってのほかだ、これは政治的、外交上の謀略だというお考えようでありますが、そのような見方をとっておられるわけかどうか。  それから、結局先ほどのお話を総合いたしますと、科学兵器を持たねばならぬ、周囲の情勢がそうなってくれば、日本も科学兵器を持つべきだ、すなわち核兵器を持つべきだ、こういうような御議論であったわけでありますが、後ほどの質問に対しては、今直ちに持つべきではないんだという御意見ようでもありますし、しかし議論の筋を押して行きますと、核兵器に日本か踏み切るべき時期に入ったという態度でおられるように、われわれお見受けしたわけでありますが、その点をもう少しはっきりと、土居参考人の態度を御説明願いたいと思うわけであります。
  164. 今村均

    参考人(今村均君) 私が核兵器を持つべきでないと言つたのは、人道的の問題であります。それから、しかるに何ゆえに国際連合だけにこれを許すべきかということは、そのやめる手段として、核兵器というものを、この世界の上から消すためには、それ以外に手がないという私の考えであります。へたに使えは、国際連合の懲戒を受けると、この以外に、単に道徳的、人道的と言っても、なかなか聞かないというのが、今の世界の情勢だと思いますから、この上は仕方がない、最後の手段として、国際連合だけか、懲戒の核兵器使用の権能を持つと、これは世界の八十二カ国の同意のもとにそうなることが、最も賢明な措置だと考えるからでございます。それが第一の答え。  それから大東亜戦争は、自衛であったか侵略であったかという答えは、今日から考えれば、いろいろの議論はありましょうけれども、私が戦場に向ったときは、自衛戦争と確信して参りました。なぜか、これは日本に対するアメリカの経済封鎖というものが、このままで行けは、やがて国家は破滅してしまう。興るか滅びるかの道を国家は選んだものと、私は信じました。また同時に、御詔勅にあったように、これが、白人の植民地化されておる東亜民族を解放する一つの道でもあると考えておりました。その結果は、不幸にしてわが国は、ああいうひどい目にあいましたけれども、アジア諸民族というものの解放はされました。でありますから、私は今日考えても、いろいろ戦争の時期とか手段には、たくさんに論ずべき欠点はありましたけれども、あのときの国民全体というものは、やはりこれよりほかに手がないということで、大東亜戦争は行われたものと、今なお信じております。
  165. 藤田進

    委員長藤田進君) そういたしますと、私から関連してお伺いいたしますか、あれが自衛戦争と定義づけられるとすれば、参考人の先刻来の御口述から申しますと、自衛のためならば、現行憲法も、国際間の紛争を解決するのに交戦権はあるのであって、従って軍備を持ち得るという御議論からすると、たしか大東亜戦争の初めは真珠湾の攻撃から始まったように記憶するわけです。まず現実の交戦と言いますか、奇襲作戦というか、ああいう発端から、ずっと東南アジアの方向に、何と言いますか、進軍したわけですが、戦争を通じて自衛戦争で、動機もそうだし、国際海上封鎖等によるいわゆる経済封鎖ということも、野村氏がたしかアメリカに大使として駐在されて、相当の交渉も持たれていたように思うしいたしますと、そうすると、将来もああいう形、奇襲攻撃に始まるようなことも、やはり自衛戦争の意義のうちに、参考人として入れ得るということにならなければ、一貫しないようにも思うわけですが、あれ全体が、やはりその動機なり何なりからみて、自衛戦争と言い得るのかどうか、念のために重ねてお伺いしたい。
  166. 今村均

    参考人(今村均君) あの当時の世界情勢と、今日の世界情勢は全く違っております。あの当時は国際連合というものはありませんでした。全く国際連盟というものが無力化して、もはやあれは多分廃止されたときと思います。国際連盟はすでになし、安全保障体制という進歩もありませんでした。だから、あのときはあれより手がなかったと考えますが、今日は国際連合の力、ことに集団安全保障というようなものの考え方が進歩した今の時期では、かりにああいうことがありましても、手が十分にあるのであります。だから今日あのようなことが、自衛戦争であるかと言えば、私はいなと申します。しかし、あのときはやむを得なかったのだと、それが私の答えです。
  167. 田畑金光

    ○田畑金光君 その問題は今村参考人、私は納得がいかぬわけでありますが、実は時間の制限かあるから遠慮しておりますけれども、大東亜戦争と言いましても、これは日支事変の延長であるわけです。日支事変はそもそも満州事変の延長に始まるのです。だから大東亜戦争と申しましても、それは満州事変、日支事変、大東亜戦争と一貫して、これはあの戦争の性格はどうであったかと見るべきだと思うのです。今村参考人は満州事変は自衛の戦争であり、日支事変も自衛の戦争であるという前提の上に立って、大東亜戦争は、あの当時は国際連盟という無力なものであったが、しかし国際連盟を無力なものにしたのはだれかというと、日本です。松岡全権が行って、あの国際連盟から脱退を堂々とやった、あれを無力化したのはだれかというと、日本だ。この歴史的な事実に即して、満州事変、日支事変、大東亜戦争を一貫して、これを自衛の戦争と今村参考人考えるかどうか。
  168. 今村均

    参考人(今村均君) 満州事変、支那事変に対する私の考えは、ここでは申しません。それはすでに世の中でわかっていることだと思いますから申しません。もちろん遺憾に考えた点はあります。けれども大東亜戦争の発起というものは、もはや支那事変もやめようにもやめようがないように、英米陣営から押し込まれたと、こういう見地でございます。
  169. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 私への質問は、現在のこの自衛隊法の改正、それから防衛庁設置法の改正などに盛り込まれている総力戦体制の兆候というものについて、それを確めておられたと思うのですが、私は去年、岸首相が渡米されまして、そうして日米共同声明が出た以後の日本の防衛体制というものは、ルビコン川を渡ったという見方をしていると思うわけです。ルビコン川を渡ったということは、いわば準備時代がいよいよ行動の時代に入ってきたという考えなんです。いわゆる日本かアメリカの原子戦体制の中の一翼に繰り入れられまして、極東においてその任務遂行に必要なだけのいろいろな諸体制を整備して行ごう、そうして政治、経済あるいは労働対策、あらゆる面について、こういう一連の動きが出ておる。そういう中において、たとえば総力戦研究所みたいな政策の問題であるとか、あるいは自衛隊のPRであるとか、あるはまたSEATO諸国の軍事教育であるとか、こういうような問題が出ているから、また造修技術研究本部であるとか、こういうようないろいろな問題が出ているから、これは非常に意味が重大だと、こう考えているわけであります。  それから第二点の、NEATOはすでに実質的に、日米安保条約であるとか、韓米相互援助条約であるとか、あるいはまた米華相互援助条約というような、多角形なアメリカの軍事相互援助条約によって、実質的にできているではないかというお説に対しては、私もその通りと思います。しかしながら、現在、日本と韓国とか、日本と台湾、台湾と韓国というような、こういう格好がまだおそらく不十分に思っているのだ。それで去年の十二月以来、急速度にこの補強工作か外交面において、あるいはその他の面において、たとえばいろいろアメリカのサゼスチョンのもとに、これが補強工作が今進みつつあるのだ。そしてこれはNEATOとSEATOとをさらに結びつけてPATO、太平洋軍事条約機構というものにまで仕上げて行こうという、遠大な一つの計画の一環が今進められつつあるのだ、こういう見方を今私はいたしております。  以上であります。
  170. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) 広島は現実かどうか、現実であります。しかし広島は一つの目的を持っておりました。日本を早く降参させよう、水爆一発で日本が壊滅する、これは一体何を目的にするか。日本に対する戦争目的は何であるかということを考えると、そういうことは常識で考えられません。兵器は進歩しますから、膨大な水爆かできますから、一発で日本を壊滅さす水爆は私は可能である。しかし戦争に政治目的があり、政治目的によって兵器の使用、戦争の仕方を制限するという私の判断からすれば、日本を全滅さすような水爆を投げ込むようなことは、私は将来起らないと信じております。  それからその次は、平和の方向に向いつつあると岸首相は言われたが、私はそうでないというような何でありますが、私の言い方が悪かったかもしれませんが、世界戦争というものが非常にむずかしくなって、ほとんど不可能に近いということは私も認めます。その意味から言えば、世界は平和に向いつつあります。ただ、私が言いましたのは、紛争というものの種はちっとも尽きない。だから、いわゆる世界が手に手をとって、にこやかに暮す時代はなかなかこない、こういう意味なのであります。だから岸首相の言われた、平和の方向に向いつつあるという意味が、世界戦争が遠のきつつあるというように私は解釈して、全面的にこれは私は同意であります。紛争も一つも起らない、局地戦争も起らないという意味ならば、私はそれはちょっと違うと、こういうわけであります。  その次には、科学兵器を大いに……科学国防をやれと言ったから、核兵器を持つのじゃないか。科学国防は核兵器をもっと飛び越えるかもしれません。核兵器を押える光線なり、電子なり、電子工学が発達するかもしれない。われわれは今日ウラジオなり、あるいは沖縄から中距離弾道弾でどんどんやられ得る現況にあります。もし日本の科学技術、電子工学、これが発達して、向うがミサイルを発射した瞬間に、こちらは途中でそれを食いとめることができたならば、これに越した科学国防は私はないと思います。だから私の言いました科学国防は、核兵器を持つためにという、そういう小さなことではなくて、もっと大きいことなのです。科学兵器、核兵器をいつか持つだろうから、その時期を示せとおっしゃいましたが、私は一つその点についてお答えするならば、もし小さな水爆かあるときに、飛行機がそういうものを持ってくる。あるいは砲兵がどんどんそういうものを用いるという時代になってくる。それに対して、日本の方も研究をして、防御的な核兵器を持つということがいつかの時期、すなわち十年か三十年か知りませんか、くるのではないか。それがためには日本の科学技術、日本の原子力開発、平和利用というものが画期的に飛躍しなければできないと思います。言うべくして。だから、防御的なものは今やアメリカもソ連も持っております。それでなければ防御できないという見地で持っておりますが、日本がこれを防御的にも持つという時期は、これは十年、二十年先に、しっかりしてこなければ、とてもできないのじゃないか。それまではほかの国連なり、ほかの国にたよって行くよりしか仕方がないのじゃないかと、こう思っております。
  171. 藤田進

    委員長藤田進君) 今村参考人から発言を求められております。この際これを許します。
  172. 今村均

    参考人(今村均君) 先ほど私の答えましたうちに、北海道の上空に他国の飛行機が来た場合にどうするかというお答えの中に、私がこれをうっかりソ連の飛行機と言ったように思い出しますが、それは間違いであります。今まで私の聞いておるところでは、北海道にソ連の飛行機が入ってきたかどうかということは、まだ聞いておりませんから、あれは他国の飛行機か入った場合に、これに退去を指令し、それでも聞かなかったときにどうするか、こういう問題に対して、退去の指令も聞かずに、わが領土の上空に突っ込んだときには、これを攻撃するのは憲法違反ではないと、こういうことを申したのでありまして、ソ連と申しましたことは間違いであります。
  173. 伊藤顕道

    伊藤顕道君 参考人に一、二点お伺いしたいと思います。時間の関係がございますから、簡明にお伺いしたいと思います。  最初、今村参考人にお伺いしたいと思います。まず日本の現状で、日本をほんとうに守るものは、ミサイルの前に弱体化してきた自衛隊でもなく、また、日米安保条約のような軍事ブロックでもないと思うわけです。米ソのいずれの陣営にも入らないで、自主独立の外交を進めて行くことが一番日本の平和と独立を守り、これがひいては世界の平和に通ずる道でなかろうかと、私は確信をしておるわけであります。この点に関する先生の御見解を承わりたいと思います。  それから二点といたしましては、仮想敵国を考えないで、戦略とか、あるいは防衛計画が立て得るものであろうか、そういうことについての御見解を承わりたいと思います。  次に、高橋先生にお伺いしたいと思いますが、日本に、御承知のようにアメリカの軍事基地かあるわけですが、特に陸上部隊の引き揚げ等に伴いまして、その年半基地は数においてはだんだん減って行くと思うわけです。けれども、いろいろな情勢から、これらの基地が数は少くてもミサイル基地化するおそれもなしとしないと思うのですが、こういうことを非常におそれておるわけですが、こういうような点に対する先生の御見解と、それから二点といたしましては、日本の防衛上非常に大事なことは、どの国とは言わずに、他国の軍事基地を日本の国内に置くということは現在の情勢から見て、非常に危険なことではなかろうかと思うわけですが、その点に対する先生の御見解を承わりたいと思います。  それから次に土居先生にお伺いしますが、一点は、先ほど先生から、各国が核兵器を持つようになれば、日本はこの核兵器の防御の研究が必要だ。だから技術研究本部、こういうものの拡大は必要であろう、そういう御見解であったわけですが、ここで他国の核兵器を防御するのに、日本側が核兵器を使って他国の核兵器を防御しようとするのか、核兵器を使わないで他国の核兵器を防御しようとするのか、そこのところははっきりしておりませんでしたので、先生としてはどのようにお考えかということ。  それから、二点としては、先ほど田畑委員の御質問に関連のあることですが、現在の世界の中で、これは米ソいずれかに属すると思うわけですが、現在あり得る原水爆のうちで、どの国にあるどのような原水爆が一番威力があって、その威力は、先ほど御指摘のあった広島、長崎の原爆に比べて、その威力は、大よそでけっこうですが、大よそ何十倍か何百倍ぐらいかということを、もし御存じでしたら、承わりたいと思う。以上の点についてお伺いいたします。
  174. 今村均

    参考人(今村均君) 第一の点の、中立がよいのではないか、いずれの陣営にも加わらぬ方かいいのじゃないかという御意見でありますが、私は、国際連合のほか、どこの国にも属しないということが、私個人としては理想であります。けれども、実際問題としては、今の国際連合の力では、わが国の独立は、安全平和は保てませんので、やむを得ず、やはり集団安全保障という線で、米国との安保条約を結んだことはやむを得ない必要であったと、かように見ております。逆に、中立主義をとって何もしないということは、反対に、日本の戦略的に非常な価値のある位置というものが、ここに虚点、空虚な点を存して、よその国の食指を動かすようになる。逆に、第三次世界大戦の糸口になるおそれもあるのだ。やはり集団安全保障の線で当分いく方が世界の平和に役立つ、かように私は考えております。  それから、第二の、仮想敵国というものかなければ一国の国防準備というものができぬじゃないかと、こう申しますけれども、これは何も、国内においてこんなにたくさんな警察力で安全そうに見えても、一家の戸締り、警戒というものを軽んじてはならぬように、仮想敵国がどこだ、どこの国が攻めてくるのだなどということを考えないでも、やはりお国というものは、どんな国がやってきても大丈夫、最初の集団安全保障の国際連合の力か来るまでのお国の安全を守るということはやるべきだと、かように思っております。
  175. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 基地の数の変化とその質の変化の関係の点が、第一点の質問と思います。  私は、基地の形態は四つの段階を経て変化してきたと考えております。第一の段階は点、ポイント、点としての基地の形態、たとえば砂川とか新潟とか美保だとか、場所であります。ところが、だんだん作戦の要求が高まってきますと、数個の点が線になりまして、これが第二の段階であります。さらに、今度それが、作戦の要求が進んで参りますと、茨城県に七つも八つもの軍事基地が設けられるというふうに、面の段階になります。ところが、面でもまだ間に合わなくて、今度はある地理的な空間の上に社会という構造物を乗っけて、そうしてその社会の機能ぐるみ全部基地化して基地の任務を負わしていくという段階が、第四段階であります。これを私は基地国家の段階と言っております。国ぐるみ基地化される。  その国の政治も、教育も、国民生活も、地方政治も、全部基地の機能を背負わされて、国ぐるみが軍事基地化されていくのであります。原子戦略下に要求されているいわゆる基地というものは、私はまさにこの第四段階の軍事基地化であります。すなわち、国ぐるみ軍事化されていく、基地化されていく形態のケースである、こう理解しなければいかぬと思います。なぜならば、レーダーの、一つ一つのレーダー基地というものは、一つとして見れば大したことはありませんが、これか総合されていわゆる機能を発揮しますし、また、この法案でも載せられておりますように、    〔委員長退席、理事永岡光治君着席〕国の上にクモの単のように通信施設を充実する。これもまた、こういうクモの巣のような通信施設をしない限り、個々の基地の機能は十分全うできない。  さらに、飛行場を中心としたいわゆる空戦の段階から、ミサイルを中心とした空戦の段階に入りますと、ミサイルのある種のものは、たとえばマタドールであるとかレギュラスであるとかいうものは、みんなこれは移動するのであるから、別に特定の基地に依存するものではありません。ナイキのような移動するものでも、飛行場に比べれば、段違いな狭い面積、空間しか必要といたしません。反対に、このような基地というものは、国中どこへでも引っぱって歩いて、どこからでもぶっ放せる、いわば国ぐるみ一つのハリネズミのようないわゆるミサイル基地というものになる。従って、ミサイル基地というものは、国ぐるみ軍事基地になっていく形態における典型的な一つの基地形態だ。  しかも、こういうものか、先ほども申しましたように、核弾頭と結びつかなければ軍事的には無意味なんだ。すなわち、核戦備である。ところが、日本のような諸条件、いわゆる核戦備を自力で遂行することのできない国が核戦備を採用しますと、この核兵器を与えてくれる国に永久に軍事的に従属します。これは戦争がなくとも、この軍事的従属から離脱できなくなります。核兵器を供給してもらう。これが私は、現在アメリカが西ドイツや日本に対して、早く、まだ本家の傾かないうちに核戦備をさせようと努力している一つの大きな原因であるし、また、われわれが、今ここ一、二年、どんなにふんばってでもこの誘惑から逃げ切らなくちゃいかぬ、こう私が信じているゆえんでもあります。  こういうわけで、いわゆる国ぐるみ軍事基地になった国の遺命がどうかということは、戦争になったときは、親分の国から、なぐり込みを命じられるわけです。これはイスラエルが泣きなからアラブ地帯になぐり込みをかけたあの事件がよく表わしております。そうして、いやだといえば、ハンガリーの運命であります。戦争のせとぎわになって、おれたちは基地国家はいやだといえば、原子戦一線部隊で、一等最初に出陣の血祭ということになる。従って、国ぐるみ基地化された軍事国家というものは、戦争のせとぎわにならないうちに、今においてこそこの祖国を平和の国家に取り戻されなくちゃいかぬ。解放しなくちゃいかぬ。これか非常に大事だ。  他国の軍事基地になっている云々という問題ですが、これは間違いなく、一回核攻撃軍を送り出しますと、現在ソビエトのIRBMの場合には、七分であります。七分後に反撃を食ってしまって、文字通り、これはやはり私は墓場になる。これは決してソビエトが使わないなんということは、私はソビエトをそれほど人道主義者だとは思っておりません。そして、フルシチョフが、核兵器を使う国は墓場になるぞというのは、これはおどしではなくて、内容証明付、配達証明付郵便の警告だと思っております。
  176. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) 各国が核兵器を装備した場合に、日本は防御的に核兵器をもってやるかどうかという問題でありますが、まず、日本の科学技術並びに国力というようなものから考えて、まず初めは向うか核装備を、ほかの国が核装備をしても、なかなか核装備は核装備によって防御するということはむずかしいと思う。そのほかのことでなるべくやるように、当然研究されると思います。しかし、だんだん進んでいけば、あるいは核弾頭によってミサイルをたたき落さなければいかぬようになるかもしれません。その時期は、今のような放射能の害、そのほかの害が、だんだん減ってきたときだろうと思います。  その次の問題は、現在ある原水爆の中でどれが大きいか、これはソ連のことは発表しませんからわかりません。しかし、アメリカで発表したところでは、二万トンのTNT火薬に匹敵する原爆を広島に落したんですが、今十万メガトンというのですから、その千倍に近いようなものを持っているのじゃないかと思います。水爆は、大きさは幾らでも大きくなるそうでありますから、これは当然そういうことが予想されます。
  177. 森中守義

    森中守義君 ややもすると、今まで御質問を申し上げました同僚議員質問に類似するかとも思いますが、ここにいらっしゃる三参考人の御意見をお聞かせいただきたいと思います。  その第一の点は、非常に単純なものの考え方ようでありますが、わが国の防衛の体制は果して冷静な客観性を持ち、かつ純粋な状態のものであるとお思いであるかどうか、これを第一にお尋ねいたします。  それから、第二といたしまして、わが国の防衛は、防衛の純粋性というよりも、むしろ戦争に政治目的が存在するということを、先刻土居参考人か述べられました。それと同じような意味合いにおいて、わが国の防衛に政治目的と申しましょうか、あるいは戦略目標と申しましょうか、こういうものか存在するとはお思いにならないか。  それから、第三といたしましては、日米安全保障条約と、それから局地戦争の可能性がある、この二つのことをたてにして、すでに日米安全保障条約は過去のものとなったという印象を私は強く受けますし、そしてまた、いかにも局地戦争が眼前に到来するという印象をことさらに植えつけながら、実態としては日米の軍事同盟的な性格をもって戦力の増強を行うという、こういう傾向はお三人の方はお認めにならないか。  さらに、第四の問題としまして、やはり今日のわが国内における防衛論争というものが、東西三つの陣営を頂点としており、しかも、対比の中においてやかましく論議されております。しかしながら、こういうヒステリックな論争のほかに、先刻伊藤委員からもちょっと御質問があったようでございますが、やはり世界の中には、東西三つの陣営に属しない、つまり第三勢力、こういう規定の仕方ができるかどうか別問題でありますが、私は、アジア、アラブ十二カ国というものは、やはり平和を一つ中心課題に置きながらその国の運営を行い、かつまた国連とのいろいろな話し合いを進めております。従いまして、こういう勢力に対していかなる評価をおやりになっておるか。つまり、第三勢力とかりに規定することができるとするならば、この勢力が東西陣営の橋渡し的な役目を果し得るという状態が、将来において予見をされるかどうかという問題でございます。  それから、もう一つの問題でありますが、先刻私は局地戦争ということを申し上げたのでありますが、現在の時点に立って、果して局地戦というものが、しかも、局地戦ということになれば、わが国の隣接の諸国とわが国との関係を主としてささざるを得ません。こういう状態の中において、果して局地戦というものが予見できるかどうか。  それと、最後にもう一つ伺っておきたいと思いますことは、先般西ドイツを視察をして参りました同僚議員のいろいろな話によりますと、国の全力を平和産業に注入をしておる、あるいは科学技術の振興に全力をあげておる、これかその国を守るに値する国政であるし、また世界の平和を招来し得る唯一の道である、こういう確信に満ちた国であるという話を聞いたことがあります。従いまして、この防衛の問題と連鎖反応的に、国土防衛の正しい問題としては、科学技術の振興や平和産業というものが、とりもなおさず大きな課題になってくると思いますので、こういう点についてどうお考えになりますか。  大へん長々しい項目になりましたが、御三方の貴重な御意見をお漏らしいただきたいと思います。
  178. 今村均

    参考人(今村均君) 防衛体制は客観性を持ち得るかどうか、こういう第一の質問でありますが、もはやわが国ははっきりと、国家が、国際連合を中心とし、それの十分力がつくまでは日米安全保障条約の線によってやると、はっきりと自主的にきめてしまっておりますから、これを客観的に側面から見るという事態には、今なっておらないと信じております。  第二、防衛の重要性が政策的に動かされておるのじゃないかという御意見ようでございましたが、やはり国家の防衛というものは、政策の一つでありますから、国家の政策を離れた国防体制というものは、私はあり得ないと思います。それからまた、戦略目的はどこかというお話でありましたが、戦略目標はこの祖国それ自体であると申したいのであります。この祖国に他の国が侵略しない、この祖国を守り、われわれ九千万同胞を守るというのが戦略目的でございます。  第三番目に、局地戦争があり得るかどうか、今の日本はアメリカとの軍事同盟ではないか、こういうのでありますが、私は、局地戦争がどこにあり得るというようなことを、今言う知識を持ちません。が、日米軍事同盟という言葉ではありませんけれども、日米共同防衛の線が出ておるのでありますから、人によってはこれを軍事同盟と見るかもしれません。しかし、これはさっき申しましたように、私一個は、なるべく早く国際連合というものが有力になって、日米だけの関係を離れたいと、こういう気持でございます。  第四の、防衛論争がいろいろありますが、アジア、アラブのように、またインドのように、中立、いわゆる第三勢力になる道もあるのじゃないか、こういう御意見でございました。私は、アジア、アラブの今の中近東というものは、絶対中立的ではありません。半分は共産陣営の糸を引き、半分は民主主義陣営の糸によって踊らされておるのだ。そのいい例が、今のジャワにおける紛争、国内紛争というものは、今の政府陣営、ことに二百万の労働組合の背後にある共産陣営のあと押しと、それから中央政府から離れようとしておる人々の背後の英、米、オランダ等の糸と、こういうものから免かれてはおらぬのだと、そういうふうに私は見ております。だから、現に、これは私かある信用する人がスエーデンを回ってきての話でございましたが、その方に迷惑を与えては悪いから、名前は申しませんが、スエーデンにおいてさえ、すでにNATOの陣営に入るより仕方がないじゃないかという論がスエーデンにさえも起きつつある、こういうことを耳にしておりますが、今日の情勢は、不幸にして、今の思想的の紛争というものかどこの国にも災いをしておる。現にインドのごときは、これはわれわれとしては大きく注意しなければならぬのでありますが、あの全く共産主義になってしまったケララ州、あのケララ州というものは絶対多数を共産党が占めまして、官公吏の全部は共産党員が占めております。そういうところを、これをソビエトとしては十分なる援助をやって、共産陣営に入ればかくのごときみごとなものになるというので、しきりにあれに力を注いでおります。従って、インドにおいては、すでにケララ州長が申すように、やがて次の選挙にはこれの数倍の地区か共産陣営に入るだろう、こういうふうに声明しておりますように、もはや今の世界というものは中立主義の方が一番安全だなどと、そんなにあまく考えているときじゃない。やっぱり私は国際連合中心でいくべきだ、かように信じております。それだけでございましたか。
  179. 森中守義

    森中守義君 もう一つ、科学技術と平和産業です。
  180. 今村均

    参考人(今村均君) ドイツの科学技術は平和産業の方か主体になっておると言いましたけれども、確かにそれはあります。それはありますけれども、私の知っている範囲では、同時に、NATOの一員として国の安全を保障するということがあわせ行われておるのだと、かように知っております。聞いております。    〔理事永岡光治君退席、委員長着席〕  また、そうだろうとも信じております。これは主として新聞及び雑誌等によって見る私の知識でございます。だから、そういう国防的のことよりは、平和産業の方にことごとく向いているようには、私は信じておりません。ただ、ドイツの平和産業というものは、ドイツの六百万ですか、六百万の労働組合員というものが、国家の復興なくして労働者の生活向上はあり得ないというような信念から働いておる。これがあの国の平和産業等を非常に、わが国に比べ数倍の勃興を見ておるということを、昨年八月に日本の生産性本部で招いたドイツの労働総同盟の二人の重要幹部がわが国で講演しておることがほんとうだと思います。
  181. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 第一問の、わが国の防衛体制の客観性と純粋性の点でありますが、私はおい立ちがはっきりしておりますように、これは客観性と純粋性、これは両方とも持っていない。はっきり申しますと。いわゆる朝鮮戦争後、アメリカの戦略目的のために、これはこういう措置が吉田首相の抵抗を排除して強引にどんどん積み上げられてきた、こういう見方をしております。従って、この政治目的あるいは戦略目的、これは日本をいわゆるアメリカの世界戦略遂行の非常に有力な要因として、これを再軍事化していこうという線をたどっている、その政治的な発現であると、こう見ております。  それから、第三番目に、局地戦争の可能性があるかどうかという問題、これは世界について、まず局地戦争の可能性かあるかどうかという問題でありますが、これはまだ軍事紛争というものが絶滅されるとは言えない。従って、アジアの一部分であるとか、アフリカの一部分であるとか、あるいはその他の所でも、やはり軍事紛争というものは起るであろう。しかしながら、今度はさらに、この局地戦争に核兵器、戦術核兵器を使った場合にどうなるかということは、これは制限原子戦争論、あるいは限定原子戦争論として、先ほど来土居参考人もおっしゃられましたが、これは、はっきり申しますと、全面原子戦にならずに抑制し得るときもあるし、ところが、し得ないときもある、こう私は考えております。しかも、この抑止し得るときはどうかと申しますと、日本に対してアメリカが広島、長崎で使ったように、あるいはエジプトに対してイギリスが使う場合のように、あるいはマライにおいてイギリスが植民地支配のために原爆を使う場合であるとか、あるいはアメリカがインドネシアに――これは一例であります。例としてこういうようなふうにインドネシアに使うとか、こういうふうな場合には、私は必ずしも全面原子戦にならずに、一、二発の原爆の犠牲で、投げられ損というような、いわゆる限定原子戦糸というものが局地的に起る可能性もないとは言えない。しかしながら、それ以外に、日本とか西ドイツとかいうような軍事的対立の濃いところで、いわゆる戦術原爆を使うならば、これは戦備の構造上、必至に全面原子戦に転化していくと私は考えております。従って、いわゆる今では全面原子戦を覚悟するのでなくては、原爆、戦術原爆そのものも、鼻くそのような原爆すらも投げられないというのが事実であります。たとえば朝鮮戦争において、あるいは台湾海峡のこの間の軍事緊張において、あるいはディエンビエンフーの軍事緊張において、アメリカ自身が言明しておりますように、まさに戦術原爆を使う一歩手前まで行ったのですが、こういうところで使えば、これは全面原子戦に転化していく危険性がきわめて多いということのために、アメリカ自体も投げられなかった。従って、そういう点からいえば、いわゆる限定局地戦争すら非常にやりにくくなってきている。いわゆる戦争なんというものはむしろ考えているほど簡単に起し得ないし、ほとんど起し得なくなってきているという見方が、私は軍事的な見解としては正しいものだと考えております。  今度は、具体的に日本についてどうかということを考えてみますと、私は、自衛隊でやっております統合見積判断、あの見積りというものがどういう内容であるかは私は知りません。知りませんけれども、一昨年読売新聞の自衛隊に出入りしている記者がすっぱ抜いたところによりますと、一昨年の統合調整見積りでは、やはり全面原子戦はない。それから、ソ連が日本に攻めてくるとか、中国か攻めてくるとか、軍事攻撃というものは、こんなものはナンセンスだと、これは自衛隊で判断しております。ただ、日本が自由主義陣営から非常に遊離するよう状態になってくると、日本を中心にしていわゆる局地戦争が起るのじゃないかという判断をしている。しかし、まあこの読売新聞の記者がすっぱ抜いているこの情報によると、ところが、この見解に対して自衛隊内部でも異論があるのだ。そうして、そういうような場合に日本で武装蜂起が起る。国内では、この武装蜂起した場合に、陸上十五個師団、あるいは飛行機二千機、海上千二百隻くらいの潜水艦を含むいわゆる共産圏の軍事力が、この国内の武装蜂起を援護する。こういうものに対して自衛隊が防ぐのにどれだけの兵力か要るか。独力で防ぐとすれば、陸軍百万、海軍六十万、飛行機三千機要るのだ。しかし、わが国が独自でそんな兵力をとっても置くというわけにいかないから、アメリカに助けてもらうということで、そのときの必要な兵力は陸上十八万、海上十二万四千トン、飛行機千三百機だと、こういうような想定をさるべきだと、こう聞いておる。こういう点から見ますと、いわゆる日本を中心にして局地戦がある場合において、局地戦に巻き込まれる、軍事紛争に巻き込まれる可能性ありとして判断をしておられるように見受けられるのですが、しからは、具体的にどこだかということを考えてみました。  ソビエトが攻めてくるか、中国が攻めてくるか、北朝鮮が攻めてくるかということを考えてみますと、私はこれらの国もある程度歩いてみたのですが、それからいろいろ研究してみたのですか、唯一のこういう局地戦争が起り得る可能性、危険性があるとすれば、むしろこういう国々ではなくて、兄弟として現在やっていかにゃならぬような、もっと近い、たとえば今非常に竹島だ何だといっていろいろなことを言っているようなところであるとか、あるいはそういう思いがけないところにかえっていがみ合いか起るのじゃないか。しかし、これもおやじに兄弟げんかやめろと言われれば、しゅんとなってしまうのだ、こういう意味から考えると、日本の具体的事態に当てはめて、局地戦というものは、相当これは無理な説明をしないと、どうも説明がつかないように私は思っております。  それから、第四番目に、国内の防衛論争の対比的な姿をやめて、あるいは第三勢力、あるいは第三進路と申しますか、これこそが私はやはり現在の国際政治を大きく動かしている基本的な線だと考えております。この第三勢力と申しますか、第三進路、サードコースといいますか、こういうものが、いわゆる単に両方の陣営に属さないというのではなくて、両方の陣営に属さないことによって積極的に世界平和を開拓していくのだという動き、いわゆる平和諸国家というもの、これはアジア、アフリカの国々は決してこれは共産主義の運動でもなくて、いわゆる民族主義の独立の運動でありまして、こういう考えが非常に第三勢力の主要な勢力になっておりますし、さらにまた、イギリス自体の中において、またアメリカ自体の中においても、こういう第三の道を行こうとする動き、これか有力に起き上りつつあります。そしてまた、ソビエト自体は、やはりこの第三のコースにだんだん近寄ってくる。たとえば二十回党大会の転向といい、あるいは最近の動きといい、これはだんだん平和諸国家の世論というものに影響されながら、ソビエトがだんだんコースを変えてきている。あるいはまた、アメリカ自体もだんだん変えてきている。こういう意味から、私は第三コースこそ平和に一番希望を持たせる有力な線だと評価しております。  それから、西ドイツの平和産業が非常に大きな国防力になっている、それについて意見いかんというわけでありますが、四ドイツは遺憾ながら、先ほども申しましたように、私の見るところ、やはり西ドイツの歩んでいる道は、私は平和な道ではなくて戦争の道だと思っております。しかし、西ドイツの国民はこれに対して、現在一齊に立ち上ってきました。この一カ月、この運動は顕著であります。このような中で、西ドイツのしからば重要産業はどうかというと、やはりこれは西ドイツの重要産業というものは、戦争の力としてむしろ評価しなくちゃならない。しかし、国民のこういう平和へ向う努力がだんだんとその戦争性を洗い流して、これを平和的な性格に変えつつある、こう評価すべきではないか。これが私の見方であります。
  182. 土居明夫

    参考人(土居明夫君) 防衛体制は純粋客観性ありやいなや、これは日本の戦後から、独立、これに伴う防衛力の創設、それからいわゆる防衛力、軍事力というものは政治目的に沿うて使用され、準備されるというのならば、これは客観性、純粋性はない。日本の政治目的、これに沿うて整備されている、こう思わざるを得ない。  次の戦略目的、これはやはり、何も敵国がここにあるというよう考えなくても、防衛計画は立てている。しかし、それは一番はっきりするのは、これはこの方面のこの敵に対して、これを敵として準備するというのは一番はっきりするのですが、今のようにはっきり、まあ政治目的は今、自由陣営であるアメリカと、日米安保条約を結んでいるアメリカと戦争するということは、今考えられない。そうすると、それ以外の国ということになります。しかし、大体において、国家を防衛するという見地からいくと、国際関係はきょうの友はあしたの敵になる。今敵であっても将来味方になるということが、ヨーロッパの歴史を見てもわかります。だから、この一つに限定をするということは非常に危険である。やはり自分のところは自分で守るということに基礎を置かなければならない。集団防衛あり、日米安保条約あり、あるいは国連にたよろうといたしましても、現実の問題はやはりそういうところにあるのじゃないかと思っております。  安保条約と局地戦とか日米軍事同盟に向うのじゃないか、こういうことは、なかなかそう原爆の対戦はできないし、局地戦においてもなかなかやりにくくなった。それで、日本の背後にも関連しますが、隣国とどういう局地戦か起るか、これあたりも、今日はっきり言えない。これは戦争というのは、われわれが過去を考えても、あの国と戦争をすることは思いもつかぬ。ところが、国際間の情勢がだんだん変る。われわれは、アメリカとソ連とイギリスか手を握って戦いに立つなんていうことは戦前考えられなかった。だから、なかなか国際間の状況というものは予想がつかないのです。だから、日本の安保条約に基いて局地戦がどういうふうに起るかというふうなことも、私は今はっきりお答えができませんし、日本の局地戦は隣国すなわちソ連、中共、台湾、あるいは韓国と申しますか、そういうものとの間に考えられるのでありますが、今それじゃどうか、これをはっきり私はお答えできない。これは韓国と竹島問題や李承晩ラインでいざこざが起る。しかし、こういうことについて、自衛と国際紛争との関係もありますし、なかなか今すぐどうということは私は答えられない。ただ、大きく見れば、局地戦というものはなくならぬのじゃないか。それで、どこにどういうふうに起きてもいいように、準備だけはせなければならぬのじゃないか、こうお答えします。  その次には、東西の橋渡しになったらいいじゃないか、第三勢力はどう考えるか。これはできたら、そういうことも非常にいいと思います。できたら、そういう状態になりたいと思います。しかし、日本の地位、日本の国の力というようなものから考えて、東海アジアやアフリカや南米のようには、なかなかいかないと思うのです。だから、一番先にお話ししましたように、少くもスエーデンぐらいな比率に基く防衛力を持ち、そしてスイスのようなああいう体制になれば、私は自立防衛も自衛中立もできやせぬかと思っております。   最後のドイツの問題でありますが、これは平和産業、科学技術が国防の上に役立つ、これは私もそう思います。原子力の平和利用をうんとやっておれば、これはちょっとやそっとで日本をうかがう国はなくなるだろう。日本の電子工学が非常に進んでおれば、これは原爆を持っている国でも、日本にちょっかいはかけないと思います。だから、平和産業、科学技術は大いに国防に役立ち、大いに推進しなければならぬと思います。
  183. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 大事なことだけ一つお伺いしたいのですか、どなたからも御質疑かなくて、私も大事なことだと思いますので、簡単に伺いますから、今村先生と高橋先生に一つ、簡単にお答え願いたいと思います。  今私ども審議している法案の中の自衛隊一万人増員は、これは天下周知のように、一昨年電光さんがアメリカにおいでになったときにお約束されて、昨年の予算編成の最終段階で日本政府とアメリカ側と協議したとき、一九五八年の六月三十日の会計年度が変るまでに、あの一万人ふやしてくれさえすれば、一九五七年の予算に組まなくても、一九五八年の予算に計上しさえすればよろしいという了解がついて、今度法案として予算の中にも入ってきたわけです。それで、伺いたい点は、今後アメリカは日本のこの防衛力増強に対してどういう希望を持ち、どういうことを期待してくるだろうか、純軍事専門的な立場から、どういうふうに見ておられるか。  それと関連するのですが、沖縄、小笠原の施政の返還ですね、これは国民の世論のいかんにも関係しましょうし、また外交権を持っておる内閣の外交のやり方にも影響されると思いますか、純軍事専門的な立場から、沖縄と小笠原の施政権の返還というものが期待できるのだろうかどうだろうか。外電の一部伝えるところによると、半永久的に返さぬだろうと言うし、日本政府は、努力して近いうちに返してもらうと、こう言うのですが、あなた方が純軍事専門家としてどういうふうにお考えになられるかということを、結論だけでよろしいから、簡単にお答え願いたい。  それから、最後に、先ほどの今村先生の大東亜戦争観というのは非常に私は重大だと思いますので、もう一度お聞きしておきたいと思いますが、それは今の私は自衛隊にも要望されなければならぬと思うのですが、当時軍が政治を支配して、それに上回る力を発揮して、そうして軍の大部分の方は外国の事情もよくわからないで、そうして情勢分析も誤まって、ああいう窮地に突入していったという面も私はあると思うのです。これは今後自衛隊がどういうふうに成長をしていくかわかりませんが、国防を担当する自衛隊と政治の面ですね、その関係では、私は当時のことを振り返るときに、当時のあなたとは申しません、軍部には相当にやっぱり私は反省がなければならぬのじゃないだろうか、その前車のわだちをこれからの自衛隊というものはきもに銘じていかなければ、再び大きなあやまちをするのではないかと、かように私は考えているのですが、先ほどの先生の大東亜戦争観を承わると、そういう点がないやに聞き取れましたので、かなり私はこれは重大なことだと思いますので、重ねてその点だけをお伺いして、質問を終りたいと思うのです。
  184. 今村均

    参考人(今村均君) 第一の、今度の一万人増人というものか、重光前外相とアメリカとの約束に基いたというお話でありますが、そのようなことを新聞では見たように思いますが、私は、直接に重光さんとも、時の総理とも話しておりませんから、その真実を知りません。けれども、ともかく日米安全保障協定というものでお互いに相談したということは、常識的にあり得るだろうとは考えております。  第二の、軍人か政治的にいわゆる為政者その他の政治家を押えて大東亜戦争をしたのじゃないかという御意見でありましたけれども、当時私は海外の軍司令官としてシナにおりましたので、どういうわけでそこまで、ああいういきさつになったかという真実を知っておりません。知っておりませんけれども、次のことに非常なる疑点を持っております。これは渡辺銕蔵博士の著述でございますが、あの「反戦反共二十年」という書物を見ますと、当時渡辺先生が大東亜戦争に非常に反対したときに、これに対抗して、大東亜共栄圏確立すべしと、天皇制を中心にして乗り出すべしというて、南方作戦を鼓吹した人々というものが、一人も追放になっておらぬということが実に意外だと、こういうことを論じております。ことに、今度はラストボロフですが、何とかいうソビエトの中佐が、大使館付武官をしておった中佐が、アメリカへ行ってから、一昨年の多分三月でありましたか、それが週刊読売に発表したところにはっきり書いておるところによりますと、ソビエトは、何とかして日本をしてシベリアを使わせないようにということで、非常な心配をした。なぜならば、ヒットラーから日本天皇陛下並びに首相に対して電報か発せられて、どうかシベリアの方から突いてくれと、こう言うたときに、絶対これに反対したのは企画院の人々であったと。その人々は、何ゆえにあんな不毛の地のシベリアなんかに出兵するのか、それよりは南方の資源のある所に行く方がよくて、またアジア民族解放という大義名文にも沿うじゃないか、こういうふうに論じて、ついに東条首相はこれに動かされて南方作戦をきめたという記事があります。しかも、この人々は、南方作戦を鼓吹した人々は、一人も追放にかかっておりません。そのままだから、それがほんとうならば、渡辺銕蔵博士のがほんとうならば、なかなか国際事情というものは複雑な関係で、私のような軍人出身の頭では驚くだけでございます。  それから、沖縄、小笠原は、これは当然、南千島も返還を求めると同じように、それを国民全部が一致してアメリカに交渉すべきものだと、こう思います。
  185. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 アメリカは返すでしょうか、どう思っているか。
  186. 今村均

    参考人(今村均君) アメリカが返すかどうかということは、わが国民の熱意いかんによると思います。もっと国民一致してこれを返すように申すべきだと思います。
  187. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 高橋さん、簡単に願います。
  188. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 第一問にお答えします。一万人の問題は、私は、防衛力整備三カ年計画の一部として実行されておると。従って、重光さんとのやりとりとか、そういうものは、いきさつにこだわって、やはりやめ切らずにおるのだと、こう見ております。ただ、非常に注目されますことは、二十九年末鳩山内閣で防衛五カ年計画というものが作られました。このときも、不思議なことには、陸だけはこれは三十年から三十五年末までに整備すべく兵力の目標をきめているのですが、ほかのものはみな三十五年末までに、陸だけは十八万を三十三年までにやるということを、このときからきめているわけです。そうすると、私はこれはやはり国内治安問題をにらんで、津島長官の発言なんかとの関連がこれはやはり考えられるのであって、必ずしもアメリカのそういう関係だけではないと。それから、アメリカは今あまり一万人増員に熱心でない。それよりはむしろ、日本はたとえばこの潜水艦防衛、極東の海面における潜水艦防衛をもっとしっかりやってもらいたい、あるいは日本の防空、自力防空をもっとしっかりやってもらいたい、あるいはまた、現在アメリカの核兵器の世界的な展開を調べてみますと、日本だけが現在穴になっておるわけです。そういうわけから、日本の防空体制をもっとしっかりやらせようというのが、アメリカの本心ではないか、現在自衛隊で作業としてやられています第二次長期計画の作業にも、こういうふうな面からの第一次長期計画の修正が新聞面に報道されております。  次に、第二問でありますが、沖縄の軍事的価値は、これはプライス勧告が表明しているところによると、東シナ海の入口を扼しておるとか、あるいはまた日本の近海の潜水艦防衛の拠点になるとか、あるいは海兵隊の根拠地になるとか、あるいはまた大陸に関する原水爆基地、誘導弾基地とか、ずっと五つ六つ並べているのですか、これ以上のことは軍地機密だから言えないということは、プライス勧告に出ています。その軍地機密なんだ、それ以上の言えないというものは何んだということは、考えてみますと、これは同盟国日本に対する監視基地である、監督基地であるというこの一事だと思います。現に、ベルリがやってくるときも、沖縄を抑えてから日本にきた。大東亜戦争は、沖縄を取られてからわれわれは無条件降伏したのであります。従って、沖縄を握っている限り、基地国家日本は彼らの思う通りに屈していきます。ある意味で、沖縄の持っている軍地基地の最大の意味は、どこまでも自己の軍事戦略に屈していく根拠地になる。従って、日本人がどれほど忠義を尽しても、あるいはどれほど返せといっても、これがそう簡単に返ると思ったら、これは甘いと思います。アメリカが半永久的に、はっきり申しますと、大陸に、あるいは中共なりあるいはソビエトなり、ああいう世界戦略体制が変らない以上は、半永久的にこれを持続していくという彼らの意思というものは、その通り私は評価しなくてはいけない。  それならば、将来永久にこれはほんとうにだめなのかというと、私はそうではなくて、はっきり申しましたように、世界の大勢は今急速度に平和の方向に進んでいますから、私は、遠くない将来、いわゆる平和共存という線で米ソのこの冷たい対立が雪どけか始まる時期が必ず来る。そうすれば、沖縄とか何とかいう問題も、あるいは二つの中国とか、二つの朝鮮だとか、日本の解放だとか、こういう問題が、ちょうどリトル・アメリカという永久の大陸のように思った南極大陸が足元で解けて流れるように、私は解け出してくると思います。  それから第三点、大東亜戦争の軍事指導というものか失敗がなかったかという問題、私は、これは個人的には非常に崇高な主観的な意図、あるいは先ほど来今村先生がおっしゃいますように、アジア、アフリカの諸国民解放のために決起したとか、あるいは日本人の八紘一宇の愛を彼らに教えるためにやったとかというような、個人的な崇高な考えを持っていらっしゃる方がありますけれども、私は、大東亜戦争に終る満州事変から一連の戦争というものは、これはまことに恥ずべき、また取り返しのつかない軍事的失敗だと思っております。従って、このような経過に対して軍人のえらい人々、もちろん、私も自分の責任というものを反省しておりますが、そういう人々はやはりこのあやまちを二度と自衛隊なんかに繰り返えさせてはいけないし、また国民にも繰り返えさせないように、監視するように、私は虚心たんかいに現在訴えて歩いているわけであります。  以上、三点をお答え申し上げます。
  189. 苫米地義三

    苫米地義三君 私はきわめて簡単に、一点だけ今村先生にお伺いいたします。それは、先生のお話にありますように、核兵器は禁止すべきである、こういうこととそれから国連中心の強化をしなければいかぬ、こういう二つのお話がございました。私は、非常にその点について興味を持っております。そこで、問題は、国連中心の強化といっても、現在のような集団安全保障、各国が提供するようなああいう軍備を備えたものでいいのか、もしくは国連に独立した強力な兵備を備えて、独立軍として各国に優越した地位を求めるべきものか。その場合に、先ほどあなたがおっしゃるように、核兵器や何かは国連に集中すべしと、こういうお話でありましたが、それと同時に、各国が持つべき兵器、あるいは軍備というようなものは、どういう姿であるのが世界平和を維持することができるのか。もう要は、世界の恒久平和をいかにして達成するかということに帰着すると思うのですが、その点からいいますというと、私の拝聴しますところでは、その点が最も有力なる足がかりであるように思うのです。それでありますから、どうぞあなたのおっしゃる国連中心の強力化というようなことは核兵器を含んでおられると思うのですか、それにもかかわらず、外国の兵備と国連の持つべき兵備との落差が非常に多くなければならない。その各国の持つべき兵備というのはどういう姿であるのかいいのか、その点を一つ伺いたいと思います。  それから、高橋さんに伺いたいのですが、いろいろ御意見がごさいましたが、また平和論者のようなお説のように伺いましたが、端的に世界の恒久平和はいかにして達成するかというお考えがありましたら一つ。それはもうきわめて簡単でいいですから、具体的におっしゃっていただきたい。これだけをお伺いいたします。
  190. 今村均

    参考人(今村均君) 私は、理想としては世界連邦主義者でございます。しかし、それは今のところ単なる言葉であって、実現はできない。国際連合を強力にすることによってその第一歩か始まる可能性がある、こう見ておる。それで、国際連合が各国の、つまり今軍縮問題というものは重要なる問題になっておりますが、従来、兵備までも国際連合がやるか、個々の国はどれだけの兵員よりはいけないというようなことが、これもなすべきであります。なすべきでありますが、その第一着として、まず核兵器に関する限り、国際連合以外のものは使えないということが、やがて第二段としては各国の従来の兵備の軍縮というものが可能になる、こう見ておるのでございます。それが私のさっき力をこめて申しました、核兵器というものか国際連合以外には持てないことに早く条約できめたい、こういうのでございます。  それから、先ほど申したのでございますが、国際連合の無力化の原因のもう一つは、国際連合総会というものが、あれは単なる勧告権でありまして、強制権がないのであります。強制権というものは、単に、御承知のように、安全保障理事国だけが持つ。そこに大へんなやはり欠点がある。そういう欠点が国際連合の無力化を来たしておるのでありますから、今度もし首脳会談というものかありますれば、まず拒否権の廃止ということが必ず問題になるのではないか。これが成立すればありがたい、かように思っております。
  191. 高橋甫

    参考人(高橋甫君) 恒久平和への何か手っ取り早い道というような御質問かと思いますが、私は恒久平和への簡単な道というものはないと考えております。要するに平和は、国連であるとか、政府であるとか、こういうえらいところ、あるいはそういう高いところから配給されるものではないということを、諸国民が自覚して、平和は自分たちが一緒になって、一生懸命になってこれを築きあげていくのだ、作り出していくのだという努力をやること、そうしてこの努力が個々になされずに、みんな手を取り合って団結してやる。さらに、このような努力の中で、いわゆる共産主義だとか、やれ資本主義だとか、いがみ合わずに、体制が違おうが、信念が違おうが、けんかをせずに仲よく平和に共存していくという当然の人間の常識を守ること、そうして諸国民が仲よくしてお互いに文化的に経済的に助け合うこと、そうすれば、私は今村先生がおっしゃられますような世界連邦を期待し得るような世界、社会というものが、長い間にだんだんと作られてくる。そうして、そういうものの中に初めて新しい政治秩序、恒久平和体制というものを期待できる、こう考えております。  従って、具体的に申しますと、原水爆の禁止と軍縮というものを要求して、世界諸国民がみな一緒になって、この目の前に迫った東西会談を何とかこのような線に妥結させる。そうして諸国民がお互いに疑い合うのをやめて、仲よくして、そうしてそういう運動のまっ先に、日本国民は原水爆を受けたがゆえに、これは先頭に立って進むべきだ、こう思っております。
  192. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 一点だけ簡単に伺いますが、先ほど高橋さんか、日本の関係する局地戦争は背後関係から結局全面戦争になるおそれが十分ある、こういう御見解でありましたが、これに対しまして今村さんはどういうふうにお考えでありますか。
  193. 今村均

    参考人(今村均君) 私は、日本が現実の世界情勢から口をふさいで理想的に無自衛である、自衛的措置を何もしないということこそ、世界戦争の糸口であると、逆に考えております。そういうことが、この国にほかの国が手を出すおそれを多くする。やはりこの国は自分が自分で守るという意図の下に、国際連合の協力が来るまではみずから守るということだけが、この世界戦争になることを防ぐのでありまして、この国を無防備にしておくということは逆の作用が来る、こう思っております。
  194. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 私の伺いましたのは、日本が防備をますます増強していっても、かりに局地戦争に拳き込まれた場合に、結局、それは米ソの全面戦争になるだろう、先ほど高橋さんのお話では、そういうふうに私伺ったのですが、その意見に対して、限定戦争だけで済むと、こうお考えになるか、やはりこれは全面戦争になるおそれが多分にあると、こういうふうにお考えになるかということを、私は伺ったのであります。
  195. 今村均

    参考人(今村均君) 今の御質疑の局地戦争というものは、日本の祖国以外の局地戦争に手を出すというお考えでございましょうか。
  196. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 日本かそれに関与した場合の局地戦争であって、日本の関与上ない局地戦争はこの場合論外とし、て伺っておるわけでございます。
  197. 今村均

    参考人(今村均君) 日本は局地戦争に介入するかどうかということは、朝鮮戦争において国際連合が規定したように、国際連合から命令された場合に、いかに国家が決心するかという問題にかかります。そのときの国家の情勢上、ことに国民の大多数が海外の局地戦争に介入したくないというときであったならば、わが国は、その局地戦争に加わらないで、国際連合に協力する手段は持ちます。それは朝鮮戦争において、インドは軍は持ったけれども、未熟で、何ら役に立つまい、インドは衛生部隊だけを持つというて、衛生部隊をみなインドが持ちました。同じように、かりにどこかの局地戦争のとき、国民多数の意向によっては、日本が衛生部隊だけは持つ、戦闘部隊は出さないというても、むしろ国際連合は非常に喜ぶでありましょう。だから、そのときに、国民多数の判断によりまして、国際連合が言うてきても、これは国際連合は許しておりますから、そのときの国家の事情上海外出兵ができない場合には、その他の方法をもって協力することを認めておりますから、私は努めて、海外派兵のような場合には、インドと同じような手段をとるのがいいんじゃないか。しかし、これは政策に属しますから、私は必ずしもそうせいというよう意見ではありません。
  198. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 もう一点伺いますが、無防備がかえって日本の危険を増す、こういうお話に関連してでありますが、イギリスの国防白書にあったように、戦争を防止するために日本は核装備をした方が、防止の力が強い、こういう意見に対しては、どういうふうにお考えですか。
  199. 今村均

    参考人(今村均君) その意見一つの有力なる意見だと信じております。しかしながら、私が先ほどから繰り返しますように、人道上、核兵器というようなものは、この地上から避けたい、これにまず邁進しなければならぬ、こう感じます。
  200. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 もう一点。万一、不幸にして日本が核攻撃を受けた場合には、核兵器で防御する以外に方法はない、こう考える。そういう場合には、やはり日本も核戦争の戦場になる、こういうおそれがあるわけでありますが、むろん、平和的手段でかような事態は防止することに全力をあげることはもちろんでありますが、そういうときの何か強力なる方法は、お考えがあるかどうかということを、最後に伺っておきます。
  201. 今村均

    参考人(今村均君) それは、先ほど申しますように、早く日本が手を打ちまして、第一発の核兵器を使ったものには国際連合が懲戒するということを、早く国際法としてきめたい。これよりほかに手はないと思います。しかし、日本に向って、これができない場合に、核兵器を使った場合に、集団安全保障の他の国が、必ずしも核兵器というものは地上ばかりではありません。軍艦とか潜水艦からも用いられますから、そういうものをそういう不法なる国に使うということはあり得ないとは、申し上げられません。
  202. 八木幸吉

    ○八木幸吉君 ありがとうございました。
  203. 藤田進

    委員長藤田進君) なお、御質疑があろうかと思いますが、相当時間も経過いたしておりますので、参考人に対する質疑は、この程度にとどめたいと思います。  御参考人の方々には、長時間にわたりまして、本委員会のために、貴重な御意見を御披瀝いただきまして、今後の審議に多大の参考となりましたことを、委員会を代表いたしまして、厚くお礼申し上げます。  それでは、本日はこれにて散会いたします。    午後六時十六分散会