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山下義信君
銀河丸の
状況につきましては、大体ただいまの御
報告でわかったのでありますが、関連いたしまして、私が本日特に承わりたいと思いますることは、かねて
政府の手によりまして
建設される
予定になっておりまする
無名戦没者の墓の
建設の件でございます。このことも、すでに
海外戦没者の
遺骨収集のことを当
参議院が特別の要請をいたしまして、実行されまする当初から、
無名戦没者の墓の
建設につきましては、強い関心を持って参ってきたのであります。申すまでもなく、このことが
政府におきましても御同意に相なりまして、
政府の手によって
建設されるということに相なったのであります。しかも、そのことは、すでに
昭和二十八年十二月十一日の
閣議でこの墓の
建設が決定され、納骨される
遺骨の範囲、あるいは墓の
性格等も大体において御方針がきまったのであります。だんだんと御準備を進められまして、
昭和三十一年十二月四日の
閣議におきましては、この墓の
敷地も、
閣議決定としてきまったのであります。すなわちその
敷地は、
東京都千代田区三番町所在の
国有地の一部を充てられることになったのでありまして、その
国有地の一部とは、すなわち
千鳥ケ淵の
水上公園前の、いわゆる
宮内庁用地約四千七百坪がこれに充てられるということがきまったのであります。
昭和三十一年十二月と申しますると、すでに二カ年に近い以前のことであります。しかるに、今日までその
建設が一向に進捗しないというのはどういうわけか。私
どもに了解しがたいのであります。三十二年度の
予算には、この
建設費が計上されておるのでありまして、しかるに、今年度にはお使いにならない。すなわち
建設は一向に緒につかない。この
予算は、このまま三十一年度に繰り越していくということ、私
どもといたしましては、実にこれは遺憾にたえないのであります。世出いろいろな
うわさが伝えられております。どういうわけで今日までこの
建設が進まなかったのであろう。不審にたえないのでありまして、この際私は、この
戦没者の墓の
建設が行き悩んできたその
事態を明確にされていただきたいと思う。すでに今日まで、八回にわたって
海外戦没者の
遺骨を
収集され、それらの
遺骨は、およそ八万一千九十四体と伝えられております。いまだこれが、
政府の
庁舎の一部にそのままにされてありまして、放置されておるということは、
国民感情として許されません。どういうわけでこの
建設がかくのごとくに遅滞されているのか、明確に願いたいと思うのであります。われわれが聞く
うわさによりますというと、この
敷地の
用地には、
宮内庁に
関係がある、その一部に
宮内庁の
職員の
庁舎がある。これを移転しなければ、
敷地が決定することができない。その営内庁の
職員の建物を移転するということが非常に行き悩んでいるために、
敷地問題が
解決ができなくて、今日に及んでいるということを聞くのでありまして、どういうことなんです。
あとで
事態が明確になると思いますが、どういうことなんです。私は
社会党です。
社会党が
戦没者の
遺骨の問題や、墓の問題を取り上げますることは、いかにもふさわしくないように聞えるかもわかりませんが、これらのことは、党派やイデオロギーの問題ではございません。死者に対する礼を厚くいたしますることは、人道的の問題であります。こういうことをおろそかにいたしまして、どこに道義の確立があります。おそらく、思うに
政府当局者は、かくのごときことはきわめてささたることであると
考えて、事を軽々しく取り扱ってきたったのではないかと疑わざるを得ないのであります。
宮内庁関係のことによってこれか渋滞しているとは
何事ですか。これらの多くの
兵士たちが、天皇陛下万歳と言って戦死した。その
戦没者の墓の
建設を促進するのに、
宮内庁の
関係によってこれが妨害せられておるとは
何事です。私は、そういう事実があるとするならば、これはゆゆしき問題であると思うのであります。われわれが、
千鳥ケ淵の付近にこの
戦没者の墓の
敷地を選定いたしますることに
賛意を表したのは、
一つには靖国神社に近く、
一つには皇居に近く、これらの
戦没者の霊が永遠に眠るにふさわしき
地点であるとして
賛意を表したのであります。その
敷地が、この
宮内庁関係の
庁舎移転等に関連をいたして、
解決が長引いて、渋滞をいたしたということは、許しがたきことであると私は思うのでございます。
事態を明確にしていただきたい。また、世上伝うるところによりますと、その
宮内庁の宿舎の
候補地を他に求めようとする、たとえば、代官町の
国有地にこれを移転しようとするとしますと、またそこには自衛隊が、いわゆる昔の近衛兵とでもいうか、皇居守護の部隊の兵舎を
建設するために難色を示しておる。そういうようなことがからんで、この
戦没者の墓の
敷地が今日まで決定をみることができなかったということも聞くのであります。これは何ということですか。一方では
宮内庁が妨害をし、一方では自衛隊が妨害をする。そういうことでこの
建設が遅延しておるというような事実がありとしまするならば、私は、これは許しがたき問題であると思うのであります。この際、今日まで墓の
建設が遅延いたしておりました事情を明快にしていただきたい。私
どもが、この
建設の促進を小林
厚生大臣の時代に強く要求いたしまして、
昭和三十一年の十一月には、地鎮祭を執行したはずであります。一年半近い以前に地鎮祭を行い、それなのに、
建設が進まぬというようなことは、私はこれを黙過するにしのびません。本日は、
関係者の方に御
出席をいただいたのでありますから、
東京都
関係としましては、部市
計画の上にどういう問題があって、どういう御交渉をなされたのか。これらの点につきまして、当
委員会で御証言が願いたいのであります。また、その
敷地に関連いたしましての緑地帯の
計画等に関しまするお
考えもお示しを願いたいのであります。また、厚生省当局と
解決がついたならばついた、どうならどう、懸案になっておるなら懸案になっておるという状態を明確にされたいのであります。
宮内庁長官も
出席を願っておりますから、
宮内庁としては、どういう
考えを持っておられるか。どういう
関係があったのであるか。今後この
戦没者の墓の
敷地の問題について、どう
協力されるというお
考えであるかということを明確にされたいのであります。また、
首都圏整備委員会の
計画部長が
出席ということでありますが、
首都圏整備委員会としては、どういう
意見を持っておられるか。またどういうふうに
協力する
考えであるかということを明らかにされたいのであります。
大蔵省の
政府委員御
出席であると思いますから、大蔵省
関係者としては、ことに管財
局長としては、どういう方針を持っておられるかということを明確にされたいのであります。従いまして、これらの問題をすべて総括して、
厚生大臣としてはどういうお
考えであるか。今後の
建設の見通しについて、御所信を御表明を願いたい。いつごろ墓を作って下さるのか。いつごろまでには
建設を終了されるというお
考えであるかということを、明確に御表明を願いたいと思うのであります。従いまして、私は、総括的には
厚生大臣から御答弁を願って、
関係の各位とされましては、今日までの経過並びに今後のお
考えにつきまして、明確に御証言を願いたい、かように
考えるのでございます。