○猪俣
委員 野木法制第二部長の
趣旨もよくかりましたが、きょうはここに各役所の幹部諸公がみなお見えになっております。そこで、各役所と、それから
法制局あるいは
法務省と連絡をとられまして、政府の見解として、国家公務員法の第百条の秘密の基準、及び範囲、及びその判定者を何人にするかということについて、もっと明確なものを打ち出していただきたい。一片の訓令で、秘密であるやいなやを勝手に
課長級が判定して、認定されたとたんに、その公務員は一年以下の懲役に処せられるのです。あるいは懲戒処分になって首が飛ぶのですよ。かようなことは、どうもやはり昔の官僚国家、天皇の官吏といわれた時分と同じ頭でやっていられるのじゃないか、私
どもはそこに不満があるのです。憲法の
規定、あるいは国家公務員法の服務の基準なりとして示されたものについて、役人諸公は頭が直っておらない。昔と同じ旧態依然たる頭を持っておる。私は
行政管理庁の高田君の事件であきれ返った。昔と何も違ってないのです。封建国家ほど、あるいは独裁国家ほど、あるいは軍事国家ほど、警察国家ほど、この秘密というものの範囲が拡大される。また、これを犯す者に対する処罰は峻厳である。民主国家であり、自由国家であり、人格尊重の国家、基本的人権の尊重の国家ほど秘密というものは少いわけなんです。ことに、
日本の憲法のごとく、戦争を一切放棄し、兵備を備えることができない、軍備を持つことができないという憲法を持ち、国民の奉仕者としての公務員の
地位というものは憲法上確立せられているにかかわらず、その解釈は昔と同じような態度をとっておる。何が一体秘密なんというものがあるのですか。戦争のさなか、軍事国家の場合には機密が高度になることもやむを得ないでございましょう。平和国家の今日、一体役所の機密とは何だ。国民の前に知らせることが国民を裏切るようなことが秘密だ。それはいけない。それを明らかにすることが国民全体の奉仕者としてふさわしくないような行動ならば、それは秘密です。しかし、国民に知らした方がいいのだという場合でも、なお、官庁のセクト主義から、自分たちの特権意識から、それを秘密にして、極秘でござい、秘でございますと、やたらに判こを押しまくって箝口令をしいている。それは役人の
諸君には都合がいいでしょう。都合の悪いことは部外には出さぬようにしておく。それだから、幾らやったって役所の汚職は絶えないのです。
諸君らは恥かしいとお思いになりませんか。何ぼやったって官庁の汚職は浜のまさごのごとく絶えない。石川五衛門をして喜々たらしめる。それは何にあるか。私は、根本的のこの中心は官庁の秘密主義にあると思う。官庁のやっていることが国民と直接しておらない。国民主権主義の今日において、まるで天皇の官吏みたいな頭でもって
諸君は仕事をやっておられるとすれば大いに間違いであるが、この国家公務員法の解釈についても、どうもそういう頭でやっているのではないか。そして、自分たちに都合の悪いことは秘密だといって、それを犯したといってその人を首切る。もってのほかだと思う。昔の官吏諸公はいわゆる官僚というものの組織体を作っておられた。私も、自分のごく近親者がその一人であったから、よくその実体を知っております。もちろん長所があります。みんなお互いに相互扶助をやっている。たとえば、内務省の役人であったとすると、みんな相互扶助をする。やめたあとまでその人の就職の世話を同僚なり上官がやっている。これは美点だと思うのでありますが、その弊害は、今度はお互いに攻守同盟を結んで、お互いに悪いことは人民に知らせない、国民に知らせない、そしてお互いに自分の保身の術を全うしている。これが弊害であります。緊密に役人の
諸君が連絡をとって、相互扶助までやっているのはいいが、とんでもない相互扶助もやってしまう。こういうことでは汚職の粛正ができないのでありますが、それには、この秘密というものの解釈、それが重大な問題だ。今日、官庁の汚職を根絶するには、内部からどんどん不正を摘発してもらわなければだめだと思う。われわれがどんなにあせりましても、内部のことはわからないのです。だから、内部のことで目に余るものがあったら、内部の人たちがどんどんそれを国民の前に公表する、そうしたら悪いことはできなくなる。こういう態度をとったなら、検察庁をわずらわすまでもなく官庁の粛正は期して待つべし。しかるに、その障害をなすものは国家公務員法百条であり、あるいは八十二条であります。ゆえに、この解釈の基準というものは、新憲法にふさわしいものでなければならぬ。すなわち、軍備を持ってはならないのだから、軍の機密なんてあり得ない。どこの国だって国家の機密なんてものは軍の機密であります。その軍というものがない以上、軍の機密なんてないはずなんです。また、国民全体の奉仕者という考えからすれば、天皇の秘密だとか上官の秘密なんてあり得ようはずがない。そうすれば、この秘密なんてものは縮小解釈さるべきものであります。しかるに、近ごろ、秘密保護法なんてものを作らなければならぬなんて、とほうもないことを言い出して、こういう官庁の公務員の大量の検挙もその前提じゃないかという心配をわれわれはするのであります。かような
意味におきまして、私
どもは、どうか至急政府が中心となってこの秘密の解釈を確定してもらいたい。そして、秘密だと断定して人の首をちょん切ることのできる者はいかなる
地位の者であるか、これは相当の人権問題でありますから、ほんとうに上部の責任の中心者でなければならぬと思う。そういうふうなただ一片の訓令で勝手に首切ることのできることをきめるものがあっていいのかどうか。また、今各官庁にお聞きしても、極秘だ、部外秘だと、いろいろな
名前の判こを押されている。こんなものも統一してもらいたい。何のことかわけがわからぬ。どうもああいう「秘」という判こを押すことが好きなんだね。わけがわからぬね。昔の慣習だと思うな。そこに一種の特権意識を満足させ、そして場合によればお互いの攻守同盟で世間にくさいものを出さぬ、そして自分たちだけが知っておって国民に知らさない、民はよらしむべし知らえしむべからず、こういう頭が今の役人
諸君にある。それでなければ、みずからこの国家公務員法百条の解釈につきましてもっと民主的な憲法に沿うような解釈をとらなければならぬのであるが、昔と同じ解釈をやっておる。
法務大臣もお見えになりませんし、野木さんも突然おいでになったので無理もないと思いますが、
法務省、
法制局、その他の各機関にもっと相談されまして、秘密とは何ぞや、その秘密の断定を下すものはいかなる機関がすることが妥当であるかというようなことにつきまして、私は徹底した解釈のもとの御答弁を求めたいと思うのです。きょうおいでになりました方々は、みな
法務省のような
法律解釈を主とするような官庁の方でもありませんので、私今質問をいたしませんが、おのおのその官庁の
諸君もお互い考えていただいて、そうして秘密の範囲を決定していただきたい。秘密なんていうものは、
日本の憲法下においてはないはずだと僕は思う。国民を本位に考えたら、ないはずだ。あったとしても、よほどの国家国民全体に危害を与えるものでなければならぬはずなんだ。そういう観点から御検討を願いたい。これを私は御注文として申し上げておきます。
それから、今回の具体的の事件につきましては、今捜査中であるから答弁ができない、これも無理もないと思いますので、なお事件が進展してから質問したいと思いますが、法務
委員会といたしましては、国家公務員法の「秘密」の範囲をどこまでも確立しておきたい、これを
要望いたしまして私の質問にかえます。