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田中参考人 私は
特許庁の
審判長の
田中博次でありますが、本日
研究技術職員の
給与に関する問題についてお呼び出しを受けました。私はこれから主として
特許庁の
技術官の主体をなします
審判官及び
審査官の
給与の問題について申し上げたいと思います。
それで、私
どものところの
審判官及び
審査官は、
一般の
公務員とはその
職務が非常に違って、
特殊性がございます。この点につきましては、
昭和三十年九月に
公務員制度調査会に対しまして、その
特殊性をよく
考慮していただきたいということをお願いしたのでございます。ところが、同年十一月の
調査会の
答申の中では、このことは
考慮されたとは思いますが、明らかに表明はされておりませんでした。それから、今回の
給与制度の
改正案の中でも、私
どもの
審判官及び
審査官につきましては、特別の
措置が講ぜられていないのでありまして、この点は私
どもはなはだ遺憾に存ずる次第でございます。それで、この
給与問題に入ります前提として、
わが国の
特許制度の概要と、その
特許などを審理いたします
審判官並びに
審査官の
職務につきまして、簡単に御説明いたしたいと思います。
わが国の
特許制度は、明治十八年の
専売特許条例の制定以来七十年余りを経過しておりまして、
産業政策の上に大きな力をなしているのでございます。それから、
工業所有権の国際的の
関係につきましては、
万国工業所有権保育同盟条約というのがございまして、現在世界の四十五カ国が加入しております。
わが国ももちろんこれに加入しているのでございますが、現在
特許庁におきましては、
年間約数千件の
審判事件と、
年間約十万件の
特許出願並びに
実用新案の
出願がございます。そしてこれを処理するのは
審判官が約三十名と、
審査官は
補助官を含めまして約二百九十名でございます。それでこれらの
職員がいたします
仕事は、
一般の
官庁におけるような
局長、
部長あるいは
課長といったような組織と違いまして、むしろこれは裁判官の
職務に非常に類似していると思っております。私
どもはまあ技術の裁判官であるということもできるのじゃないかと思います。
それでは次にどういう点でこれら
審判官並びに
審査官の
職務が
特殊性を持っているかということを簡単に御説明いたします。
審査官は
特許及び
実用新案の
出願につきまして、これが法律に規定してある新規な発明であるかどうかということを判断いたしまして、
特許登録あるいは拒絶の査定をいたします。この査定というのは、
審査官に与えられました独立の権限でありまして、直属の上司であります
部長あるいは
課長あるいは長官といえ
ども、この査定に対しては干渉し得ないのであります。この査定がありますと、金を納めれば
あと特許権は十五年という長い間の独占権を生じます。
実用新案については、その期間は十年でございます。
審判官は
審判事件を審理いたしまして、裁判所におきます判決に
相当する審決あるいは決定ということをいたします。その審判にはいろいろな種類がございますが、そのおもなるものは、無効審判、これは
特許権を無効にするものでございます。それから権利範囲確認審判、これは、あるものが
特許権あるいは
実用新案に抵触するかどうかという審判、それから拒絶査定不服の抗告審判、これは
特許、
実用新案を
出願した者が一度拒絶されましたときに、それが不服であるという申し出を審理する審判でございます。それで審判におきましては、審理の公平を期するために、三人あるいは五人という合議体をもってこの審決をいたします。この審決をすることも
審判官に与えられました独立の権限でありまして、審決については直属の上司といえ
ども干渉することができないようになっております。なお
審判官は
異議申し立ての決定あるいは口頭審理。それから証人尋問といったようなものを行いますが、これらはすべて民事訴訟法の規定を準用しておるのでございます。なお、その他
審判官及び
審査官につきましては、除斥及び忌避の規定がございます。これも民事訴訟法におきまする裁判官の除斥並びに忌避の規定に準じてあるものでございます。
次に、
審判官並びに
審査官が
科学技術に対してどういうことをしなければならぬか。これは申すまでもなく、
特許並びに
実用新案の
出願というのは、それぞれの産業部門におきます最先端を行く技術でございますから、それを判断いたしますについては、いろいろ技術的な、深くかつ広い知識経験を必要とするのでございます。原子力あるいはオートメーション、電子計算機、あるいは有機合成化学といったような部面で、現在世界の各国からこういう
出願が来ておるのでございますから、これを審理するわれわれの
職員が、これらの現状を常に把握して、的確なる判断を下せるように、態勢を整えておかなければならないのであります。
先ほ
どもちょっと申し上げましたように、私
どもの
職務は、
一般の
官庁におけるように、
局長、
部長、
課長というような
制度には非常に工合が悪いのでございまして、これはその
局長、
部長・
課長というようなもののいわゆる統括者と申しますか、統括者の
職務を下級の
職員が分掌して行うというものと全然違うのでございます。この点でやはり
職階制をしくということは、はなはだ妥当でないというふうに考えます。
なお、
審査官は、新しい
大学の卒業生を採用しましてから、数
年間の研修むいたしました上で
任用いたしますし、
審判官につきましては、さらに
審査官の経験十年くらい以上を経た者について選考によって
任用いたしております。
次に、今回の
給与制度の
改正案についての
意見を申し上げます。このたびの俸給
制度改正の表を見ますし、この中には
特許庁の
審判官とかあるいは
審査官というものがどこに入るかは明示してございませんので、私としては
行政職の
俸給表(一)という表によるのだろうと思いますが、この表はいわゆる管理
職務を重要視しております。表でございまして、
職階制をその基礎とするものと考えます。しかし、私
どもの
職務は、さきにも申し上げましたように、多くの人の
仕事を集めてこれを管理する。そうして
一つの
仕事をなし上げるというようなものと違いますので、むしろ各個人の専門的な技術知識あるいは法律上の知識というものによって事件を処理していくのでございますから、管理的な
能力というようなものよりも、むしろ長い間の経験というようなものが十分に尊重されなければならないのだと思います。この点におきまして、管理職を特に重要視するようなこの
俸給表では、
審判官及び
審査官といたしましては、安んじて長くその職にとどまるということはできないように考えます。それで、私の考えておりますところでは、一
審判官あるいは一
審査官でも、
局長あるいは長官と同等あるいはそれ以上の俸給を受けるまで、途中で昇給期間が延びるということのないように、すなわち通し号俸で
頭打ちのない
俸給表というのが最も望ましいのでございます。まあこれは理想案かもしれませんが、かりに一歩を譲りまして、現在出ております。案の表をもし適用するということになりましたら、その
運用において今申し上げましたような趣旨を十分取り入れていただけるような特別の
運用措置を講じていただきたいのでございます。
それでは、私がなぜこういうことを申しますかということのために、
特許行政の現状をちょっとお話しいたします。実は、
特許行政は現在事務が非常に停滞しております。
昭和三十一年の
特許及び
実用新案の
出願件数は九万七千百七十件でございます。これに対して
出願を処理した件数は七万五十件でございます。それで差し引き二万七千百二十件は未処理件数の増加となっております。これを
昭和三十年末までの未処理件数十三万三千三百七件に加えますと、本年一月一日におきましては十六万四百二十七件という膨大な
出願が
特許庁の金庫の中に眠っておるわけでございます。それで、この数字を三十一年度の処理件数に比べますと約二倍以上であります。これは言葉をかえて申しますると、
特許あるいは
実用新案を
出願いたしますとしても、二年以上たたないと果してこれを
特許するのかしないのかわからないというような
状態でございます。これではせっかく苦心して発明された方も、その発明意欲がすっかりそがれてしまいますし、また事業をされる方といたしましても、
出願されたものの、権利が早くきまらないということは大きな不安であると思います。なお、
特許制度は技術を公開するということが
一つの大きなねらいでございますが、この点においてもこのようなたくさんの
出願が
特許庁の中でたらざらしになっておるということは、日本の産業全体から見ても、はかり知れない損失であると思います。
それでは、これをどうしたらいいのかと申しますと、これはいろいろ
原因があると思いますが、最大の
原因は、
特許庁の
審判官並びに
審査官の数が少いことと、その質がやや低いということだと思います。それで、
特許庁ではこの数
年間毎年
審査あるいは審判の
職員を増加しておりますので、数の点ではおいおい整ってくると存じます。しかしまた一方、中堅の技術者で、毎年
特許庁をやめて民間の方に出ていくという人も、また数が少くないのであります。このような
状態では、新しい人を幾ら採用しましても、結局その審判あるいは
審査の実質上の内容というものは、いつまでたっても充実されないと思います。なぜそうなのかと申しますと、やはり
原因の最も大きなものは、
審判官並びに
審査官の
待遇がよくない、こういうことに帰着すると思います。私は、かつてこの二、三年前に
特許庁が
審査官を採用するというので、ある
大学に行きまして、
先生に卒業生がほしいということを申し出たのでありますが、その
先生のお話によりますと、近ごろは、私のところの卒業生ではもう
官庁を志望する者はないというようなお話で、なおよく伺ってみますと、
公務員試験を受けておる者はほとんどないというような
状態でございました。このようなことでは、だんだん
官庁の
技術官の質というようなものも低下するのではないかと思いますので、ちょっと申し上げました。
以上申し上げましたように、
特許庁の
審判官並びに
審査官は、その
仕事の困難性と責任の重大だという点から考えまして、これに妥当な
待遇が与えられますよう、さらに御検討いただきたいということを申し上げまして、私の
意見を終ります。