○
国務大臣(一
萬田尚登君) ここに、
昭和三十一年度
予算を提出するに当りまして、
わが国が当面いたしております内外の
経済の
情勢と、これに
対処いにしまする
財政金融政策の
基本方針を明らかにいたしまして、
国民各位の御
協力を得たいと存じます。
最近におきまする
わが国経済の
推移を見ますると、いわゆる
経済正常化が進み、安定した
基調のもとに
経済の
拡大、
発展が行われつつあります。’、ハ
すなわち、
昭和三十年度は前年度に比べまして、
輸出は二八%、
鉱工業生産は一〇%、
国民所得は九%と、それぞれ大幅な
増加を示すものと見られております。これは
世界にもまれな記録と言わねばならないのであります。また、
国際収支は、昨年中に五億ドルに近い黒字を示し、
外貨保有高は、昨年末現在十三億ドルを突破いたしました。かくて、
わが国経済は、漸次、
特需依存の
状態を改めまして、
自立達成に近づきつつあるのであります。しかもこの間におきまして、物価はほとんど横ばいの
状態で
推移して参りました
ため、
国民の
通貨価値に対しまする信頼はますます高
まり、預貯金の
増加につれまして、
金融面の
正常化が進み、金利は大幅に低下して参りました。また、憂慮されました
雇用の問題につきましても、その最悪の
状態を脱しまして、
好転のきざしがうかがえるのであります。今や、われわれが、かねて強調しておりました「
インフレなき
経済の
拡大」が
実現しつつあると言っても決して誤
まりではありません。
それでは、このような
経済の
拡大がどうして生じたかと申しますと、それは、
農産物の
空前の
豊作もありましたが、
世界景気の
好転が
わが国の
輸出を増大させたことが大きな
原因と言えましょう。しかし、その前提としてわれわれが忘れてはならないことは、この
世界的な
好景気を受け入れるだけの
わが国の
経済態勢というものが、両三年来の
経済健全化政策の実施によりまして準備されていたということであります。(
拍手)
経済健全化政策の実施と
世界景気の
好転とが、時を同じくいたしましたことは、
わが国にとってさらに幸いであったと言わねばなりません。
かようにいたしまして、
わが国の
経済再建は、今や、新しい段階に入ったのであります。今後は、この
経済の
基調をできるだけ堅実に
発展させながら、真に底力のある
日本経済を築きあげる
ための
努力をいたさねばなりません。
その場合、特に
注意を要しますることは、
貿易をどうしても主としなくてはならぬ
日本経済の構造から見まして、
海外経済の
動向がどうなるかと言うことであります。
ここ一両年、
米国及び
西欧諸国を初め、多くの
国々では、
経済は繁栄し、
工業生産は顕著な上昇を示し、
経済交流の活況によって、
世界貿易は全体として
空前の大きさに達しました。このような
海外諸国の好況は、にわかに後退するとは思いません。しかし他面、
各国とも
好景気に伴います
インフレの高進を避け、
国際収支の
均衡を得る
ため、昨年来、
中央銀行公定歩合の
引き上げ等によって、信用を抑制し、
景気調整の
ための
努力を払っております事実は看過できないのであります。
このような
景気調整の政策が、
わが国輸出の前途に影響いたしますかどうかは今軽々に判断できませんが、この点について、警戒的な見方をする向きも少くありません。加えて、これら
諸国は、すでに
わが国に先んじて
経済力を充実し、
生産性の
向上に努めておりますので、これがその効果を発揮しますと、
わが国としても、
国際市場を舞台に激しい
輸出競争にさらされることは避けがたいのであります。また
地域的な
経済圏の存在を
考えますと、
世界経済の活況が続いたといたしましても、それがそのまま、
わが国貿易の
拡大をもたらすとも限りません。このような
情勢にかんがみまして
わが国としては常に、
世界経済の
動向に即応し得るよう、国内
経済態勢を整え、
産業の
国際競争力を
強化していくことが何よりも必要と存ずるのであります。
以上申し述べました内外の
経済情勢にかんがみまして、今後の
経済運営の
基本方針として、あくまで現在の
健全化政策の
基調を堅持すべきであると信ずるのであります。かくて、
通貨価値を安定させ、
インフレを避けながら、
経済の
拡大発展をはかることがどうしても必要であります。健全財政政策では
経済が縮小
均衡に陥りやすいとよく言われるのでありますが、
さきに述べました昨年以来の
わが国経済の現実の
推移は、この種の見解の誤
まりであることを実証していると思うのであります。むしろ逆に、財政金融をより
健全化し、通貨の安定を確保することこそ、
インフレなき
経済の
拡大を
実現する
基礎であることが明らかになったと思うのであります。私は安易な
拡大均衡論に賛成することはできません。財政運営の
基本方針は、何よりも財政の健全性を堅持することに置かれるべきであると存じます。
昭和三十一年度
予算は、この趣旨にのっとりまして、収支
均衡の原則を貫徹いたしまして、財政面からする
インフレ要因を厳に排除することを目途といたしまして編成いたしました。この
ため、一般会計
予算の総ワクを、租税その他の通常収入によってまかない得る限度内にとどめ、その範囲内において
重点的に緊要
施策の
推進をはかったのであります。
もとより、国の重要
施策が、すべてこの
予算のワク内で十分に遂行されるとは申しがたいでありましょう。一部には、公債等の発行によっても財源を調達し、積極的に
各種経費の増額をはかるべきであるという声もないではありません。しかし、私はいまだその時期にあらずと
考えるものであります。
戦後の異常な時期におきましては、
経済の再建復興の
ために、財政が直接に大きな力となってきたことは当然であります。しかしながら、今日
経済全般が現に
正常化の
方向に進み、民間の資本蓄積も充実しつつある段階におきましては、漫然と財政規模を膨張せしむることは、
国民負担の
増加を招き、あるいは
インフレを引き起して、かえって
経済の
発展を阻害するおそれが多いのであります。
経済の自立
発展は、財政、金融を含め、総合的な
経済施策の運用によって初めて達成し得るものであることをここに強調いたしたいのであります。
以上申し述べました財政運営の
基本方針に即応いたしまする金融政策のあり方といたしましては、私は、現在進みつつある金融
正常化をさらに
推進し、金融が、健全にして自主的な機能を十分に発揮するよういたしたいと
考えております。
御
承知のように、近時、
通貨価値の安定により、金融機関の預貯金は、きわめて順調な
増加を続け、金融機関の
日本銀行に対する依存
傾向はほとんど解消をみるに至りました。しかし、この資金の需給
関係の緩和と金利の低下は、特に短期資金において著しいのであります。
従いまして、今後の金融
施策といたしましては、これらの短期資金の長期市場への流入を促進し、長期金利の引き下げをはかることが肝要であります。この
ため、社債等の発行条件を改訂するとともに、その取引を円滑にいたしまするよう、社債市場を再開することが必要であると思います。かようにして、長、短期資金を通じて金利の平準化が達成され、漸次、金利体系が
確立されるでありましょう。
政府といたしましては、さらに一段と預貯金の増強をはかりまして、資金需給の緩和によって、この平準化された金利の低下を一そう促進して参りたいと思います。
このような金利の低下は、企業
経営の
合理化、安定化に寄与いたしますとともに、健全な投資の
伸張を通じまして、
経済の
拡大発展の要因となると思うのであります。企業におきましても、このような
情勢に即応して、社内留保を充実し、増資を積極化する等、資本構成の是正に一段と
努力をいたされることを望むものであります。
次に、市中銀行が
日本銀行依存の
状態を脱しました今日におきましては、中央銀行の通貨調節機能につきまして、新たな角度から
検討を加える必要があると
考えます。この
ため日本銀行による証券の売買市場操作が、より一そう適切に行われ得るようにいたしますとともに、支払準備
制度の創設についても、慎重に
検討いたしたい
所存であります。
また金融機関のあり方につきましては、
各種金融機関の性質に即して業務分野の調整をはかる等、金融
制度全体について
検討を進めたいと存じます。これとともに金融機関は、金利低下の
情勢に
対処いたしまして、経費の節減、配当等、社外流出の抑制をはかって、内部留保を
増加し、その経費の
合理化に一そうの力を尽されたいのであります。なお、金融機関がさらにその
経営の
基礎を
強化いたす
ため、自主的に合同するなどのことも、望ましい
方向であると
考えております。
次に、財政金融総合一体化の原則のもとに、財政資金と民間資金を通じて、
経済の
発展の
ため真に緊要な
方面に資金が投下されるよういたしたいと
考えております。この
ためには、金融機関の自主的かつ積極的な
協力を期待するものでありますが、さらに資金の運用に関し、国の
施策がより円滑に反映いたしますよう、適当な方途を講ずる
考えであります。
中小企業金融につきましては、金融全般の
正常化に伴い、漸次
改善される
傾向にありますが、信用保険、信用保証
制度の活用と相待ちまして、民間金融機関がさらに積極的にこの
方面に力をいたすことを期待いたすものであります。
政府といたしましても、その
重要性にかんがみまして、
昭和三十一年度
予算において、
政府金融機関の資金を充実する等、
中小企業金融については、格段の意を用いた次第であります。
次に、為替及び
貿易面の
施策につきましては、正常
輸出の増進に特別の
努力を払うことはもとよりでありますが、国内
経済の
正常化に対応し、
貿易為替
制度の
正常化、
自由化を
推進したいと
考えております。すなわち外貨
予算の編成運用に当っては、輸入の
自由化を
推進するよう配慮を加えまするとともに、関税の引き下げを通じまして、
貿易の
拡大に一歩を進めたい
考えであります。また、すでに双務協定の整理、商社の外貨保有の実施等を行なって参りましたが、今後銀行、商社等について、その機能の
強化、活動の
自由化及び自主
責任体制の
確立に資する
ため、為替管理
制度及びその運用の
改善について具体的な
検討を加えて参りたいと存じます。
以上のごとき
施策は、対外的にも、相互互恵の原則の上に立ちまして、
輸出の促進、
貿易規模の
拡大をはかるという公理にもかなうわけでありまして、これは
国際通貨基金及びがットの目ざすところとも合致すると思うのであります。
以上、今後の
経済運営の
基本方針につきまして、
政府の
考え方を明らかにいたしました。
昭和三十一年度
予算は、この趣旨にのっとりまして、財政の健全性を主眼といたしまして編成いたしましたが、同時に、
さきに策定されました
経済自立五カ年
計画ともにらみ合せ、財源の許します限り
政府の重要
施策の遂行に遺憾ないよう
努力したのであります。
一般会計
予算の総額は、一兆三百四十九億円でありまして、前年度に比べますれば四百三十五億円の
増加となっておりますが、
国民所得の
増加等を勘案いたしますれば、この程度の
予算規模は適当であると
考えるものであります。また、財政投融資は、二千五百九十二億円と前年度に比べまして若干減少になっておりますが、別途民間資金の活用と相待ちまして、必要な資金を
重点的に確保することができると確信をいたしております。
次に、
政府が特に
重点を置きました重要
施策につきまして、その概要を申し述べたいと思います。
貿易の
振興及び
産業基盤の
強化につきましては、
輸出入銀行の資金を増額いたしますほか、
海外市場の開拓、
経済外交の
推進等に必要な措置を講じました。さらに民間資金の活用と相待ちまして、電源開発、基幹
産業の
合理化、新規
産業の育成、北海道開発等に努めることといたしております。
次に、民生安定の
ための経費といたしましては、まず
社会保障関係費の充実をはかります
ため、百二十二億円を増額をいたし、千百三十四億円を計上いたしました。特に
失業対策につきましては、前年度に比べまして約三万人を
増加して、約二十五万人の
失業者を吸収することといたしております。
また住宅
対策といたしましては、引き続きこれを
強化向上して参ることといたしました。すなわち民間の自力
建設を含め、約四十三万戸の
建設を目途といたしまして、公営住宅、住宅金融公庫及び
日本住宅公団を合せまして、五百十二億円の資金を予定し、前年度に比べますれば、四十五億円の
増加となっております。
次に、新農村の
建設を促進いたします
ため、
所要の
予算措置を講じ、農林漁業金融公庫の融資と相待ちまして、
農山漁村の
振興に必要な総合
対策を強力に
推進することといたしました。また、農業改良基金
制度を設け、農民の自主的営農
改善を助長することとしております。
中小企業対策につきましては、
国民、中小両公庫の貸付資金を合計約百億円増額いたしますとともに、商工組合中央金庫の貸付利率の引き下げをはかる
考えであります。また、設備の
近代化、
経営の
合理化等を促進する
ため、
所要の経費を計上いたしました。
次に、
文教及び
科学技術の
振興につきましては、まず義務教育費国庫負担金を増額いたしましたほか、講座研究費の増額等国立学校運営費の充実をはかったのであります。特に原子力の
平和的利用の研究を初め
国際地球観測年、南極探検の事業等の
ための経費を計上し、
科学技術の
振興には大いに意を用いたのであります。
次に国土の開発、保全につきましては、
公共事業の
重点化、効率化をはかることといたしまして、特に道路の
整備に
重点を置き、道路事業費を大幅に増額いたしますとともに、新たに
日本道路公団を設立し、有料道路の
整備を促進する
考えであります。
次に、自衛体制の
整備でありますが、
国力に応じて漸次
自衛力を増強するという
基本方針にのっとりまして、
防衛庁費として
所要の金額を計上いたしますとともに、
米国政府と
交渉の結果、
防衛分担金を前年度に比し八十億円減額する等の措置を講じまして、総額千四百七億円の
防衛関係費を計上いたしております。
地方財政につきましては、その根本的な建て直しを行いますことは、多年の
懸案でありますが、
昭和三十一年度におきましては、この際あとう限りの
改善の
ための
施策を講ずることといたしました。すなわち
地方団体の自主的再建
努力と相い応じまして、特にこの際、
地方行政機構の簡素、
合理化に努めますとともに、国の補助金等については、
地方負担軽減の見地から、補助率の
引き上げ等極力その
合理化をはかるほか、
自主財源の
強化等につき、
所要の措置を実施する
方針であります。以上の
対策を講じますとともに、
地方交付税につきましては、その税率を三%引き上げて二五%といたし、前年度に比べまして二百五十四億円を増額計上いたしたのであります。
最後に、歳入に関連いたしまして税制の改正について申し述べます。
過去数回にわたる減税にもかかわりませず、
国民の租
税負担はなお過重であります。さらにその負担の軽減をはかることが望ましいことは申すまでもありません。しかしながら他方財政支出に対する需要は、年々
増加を続けている現状でありまして、この両者の要請を満足に調整することは、はなはだ困難な実情にあるのであります。
政府は
国民負担の
合理化をはかります
ため、臨時税制調査会を設けまして、税制の根本的
改革について目下慎重に
検討中でありますが、さしあたり
昭和三十一年度
予算におきましては、勤労者の所得
税負担を軽減いたします
ため、給与所得控除の引き上げによりまして、初年度約百五十億円に達する減税を実施する予定であります。これによりますれば、夫婦子供三人の標準家族におきまして、月の収入二万五百五十六円までの所得は課税されないことになるのであります。なおその財源を調達する
ために、間接税の一部の増徴、退職給与引当金
制度の改正等、税制に若干の調整を加えることにしております。
以上、財政、金融を通じまして基本的な政策及び
昭和三十一年度
予算について私の
所信を申し述べた次第であります。生産及び
貿易規模の
拡大を通じまして、
経済の正常な
発展を
実現していきますことは、
さきに策定を見ました
経済自立五カ年
計画も、その趣旨を同じくするところでありまして、この
目標を
実現することに、最善の
努力を尽したいと
考えております。もとよりその道は決して容易なものではありませんが、私は
国民諸君とともに、
日本経済の将来に明るい自信と希望を持ちまして、堅実な前進を続けたいと存ずるのであります。
国民各位におかれても、
政府の意のありますところを了とせられまして、一そうの御
協力を賜わりますよう切にお願いいたす次第であります。(
拍手)