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1956-03-08 第24回国会 参議院 文教委員会 第8号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十一年三月八日(木曜日)    午前十時四十八分開会     —————————————   委員異動 三月七日委員寺本広作君及び横山フク 君辞任につき、その補欠として木村守 江君及び森田豊壽君を議長において指 名した。     —————————————  出席者は左の通り。    委員長     飯島連次郎君    理事            有馬 英二君            川口爲之助君            湯山  勇君    委員            木村 守江君            中川 幸平君            松原 一彦君            三木與吉郎君            吉田 萬次君            秋山 長造君            安部キミ子君            荒木正三郎君            矢嶋 三義君            竹下 豐次君   委員外議員            佐藤清一郎君   説明員    文部省初等中等    教育局財務課長 安嶋  彌君   参考人    全国へき地教育    研究連盟委員    長       小澤 清信君    日本教職員組合    中央執行委員  長谷 秀一君    岐阜大野郡丹    生川村国見中学    校教諭     住   昴君    へき地教育振興    促進期成会副会    長       砂子由次郎君    栃木県定時制教    育振興会事務長 齋藤 一郎君    日本教職員組合    中央執行委員  的場 正宏君    全国高等学校定    時制主事協会会    長       勝村  滿君    労働科学研究所    長       桐原 葆見君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○教育文化及び学術に関する調査の  件  (へき地教育に関する件)  (高等学校定時制教育及び通信教育  に関する件)     —————————————
  2. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) これより文教委員会を開きます。  委員異動について御報告いたします。三月七日寺本広作君及び横山フク君が委員を辞任され、その補欠として本村守江君と森田豊壽君が選任されました。以上であります。     —————————————
  3. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 本日の議題はへき地教育に関する件であります。  本委員会におきましては、かねてからへき地教育振興について種々調査研究を重ねて参ったのでありますが、特に昨年九月には九県にわたって現地調査を行なった結果、一応の結論を得、委員会決議をもって政府に申し入れを行い、その実現のため鋭意努力を続けて参ったのであります。  一、教育機会均等の見地から、僻地教育振興が現下の教育施策において、きわめて重要であること。  二、僻地指定基準合理化。  三、僻地手当増額。  四、養護教諭の設置。  五、僻地における学校給食の普及。  六、僻地教員研修。  以上がその決議内容であります。  本委員会としては、本件の重要性にかんがみ、この決議の前後において、かねてこの問題について熱心な御研究と深い御体験を持っておられる方々から御意見を拝聴する機会を得たいという熱心な希望を持っていたのでありますが、種々事情から延引しておりました。本日幸いその機会を得て、それぞれのお立場からの貴重な御意見を伺うことになったのであります。参考人方々には御多用中わざわざ御出席いただきましてまことにありがとうございます。これより御意見を伺うわけでありますが、時間の都合上お一人二十分ぐらいの範囲で順次御意見を述べていただき、最後に一括して委員各位の御質疑を願いたいと存じます。  まず全国へき地教育研究連盟委員長山梨県北巨摩郡江草村岩下小学校長小澤清信君。
  4. 小澤清信

    参考人小澤清信君) このたびへき地教育に関しまして公聴会を開いて下さいまして、われわれ現場におる者の意見を直接聞いて下さることに対しまして深く感謝する次第であります。  へき地教育振興については、いろいろの点からいろいろの対策が考えられていると思うのでありますが、私は現場におる者としての立場から、特に単級複式学校分校等小規模学校教育充実改善の問題、へき地教育振興法対象学校の問題、へき地教育振興法に基く手当の問題、指導体制確立問題等についてお聞きとり願いたいと考えております。私は山梨県立師範学校昭和二年に卒業いたしまして以来、十八年間富士山麓の富士吉田市の小学校に奉職いたしました。この学校は市の学校だけに経済的に文化的に恵まれた学習環境にありましたので、教育を実践する上にまことに理想的でありました。教師学年別研究会教科別研究会全校研究会等組織を持ちまして、相互に研究をいたしましたので、教育の効果は上りました。昭和十八年から山梨県の県視学として勤務しておりましたが、終戦直後郷里の岩下小学校長として勤務いたしたのであります。この学校は二個学年複式三個学年編成のきわめて小さい学校であり、校舎は明治八年龍泉寺伽藍を移転改築したものでありますから、屋根はカヤぶき、民家と変らない建築でありまして、軒は低く、通風採光の便もきわめて悪く、雨天の日にはランプをともして学習する状態でありました。地域社会が経済的にあまりにも貧困でありますから、校舎の破れも修理ができず、教材教具などほとんどないため、学習活動とは名ばかりの状態でありました。その他いろいろの観点から小規模学校の困難さを痛感いたしました。私の学校と同様の学校、さらにさらにみじめな学校全国にたくさん散在しておることを思うときに、またこれらのへき地学校に勤務している教師の悩みや学習指導上の困難は、はかりしれないものがあると思いました。さらにまた経験を重ね、年月を重ねて感じましたことは、このように複式教育を行なっている小さい学校では、児童生徒指導育成という本来の使命のほかに、地域社会文化センターとしての使命を、非常に多く持っているということでありました。  私の学校実態を申し上げますと、子供たちの九五%は、九カ年の義務教育を終えると直ちに実社会で働く実情でありますから、それらの青少年の教育はもちろんのこと、PTA、母親学級その他の成人教育等は、いずれもわずか三、四人の教職員中心として行われることが多く、日に夜に全村教育という立場から活動しなければならないのが実情であります。このような状態のうちで、複式学級子供たち義務教育課程を正しく身につけさせることは非常に困難なことであります。そこでこのような困難性を、どうにかして解決いたしたいと考えた私たちは、昭和二十七年以来、全国的な研究組織を結成して、いろいろと研究を続けてきたのでありますが、複式教育には、まだ解決されない非常に多くの困難な問題が山積しているので、国並びに各方面からの強力な御援助をお願いいたしたいと考えております。幸いにして、十九国会においてへき地教育振興法が制定され、この法律に基いていろいろの施策が講ぜられてきましたので、私たちは非常に勇気づけられまして、前途に大きな期待と希望を持ったのであります。しかしこの法律が制定されても、なお現在残されている大きな問題として、現在私たちが痛切に感じておりますことは、全国にある約六千に近い小規模学校が、駅や、バスや停留所からやや近いということなどが主な理由として、この法の対象から取り残されているということであります。それでこれらの取り残された学校教師は、研究会等にも出席することが非常に困難でありまして、市村町においても、その教育実態がきわめて貧困であるにもかかわらず、へき地教育振興法対象学校として指定されていないということから、振興対策に関心が薄いという傾向も見受けられるのであります。従ってこれらの学校からの転出希望教師は非常に多い半面、赴任を希望する教師はほとんど少いという悲しむべき実態にあるのであります。このような実情から、やむにやまれず地域社会の人々や現場教師は、その実情陳情書請願書にしたためまして、昭和二十九年の十一月以降、政府並びに国会に対して、たびたびお願いいたしたのであります。幸いにしてそれが受理されました二十二国会参議院文教委員会においては、このことについてお取り上げをいただいたので、私どもは非常に感謝をいたしておったのであります。ここに政府におかれましては、単級複式学校分校等教育上からのへき地学校を漏れなくこの法律対象学校として規定され、子供たちのために、生涯の幸福という基盤を確立していただきたいと念願する次第であります。またこのような学校に勤務する教師を力づけ、その苦労に報いる方途として、従来支給されていたへき地手当単級複式手当に相当する特別手当を、この法律に基き、へき地教育振興手当仮称)として義務支給方途を講ぜられるよう、あわせて御配慮を願いたいのであります。  最後に、私たち毎日児童生徒を直接指導しているものの立場から強くお願い申し上げたいことは、国において指導体制確立を具体的な面からお取り上げを願いたいことであります。前記にも申しましたように、へき地学校中、一万校に近いスモール・スクールで行われている単級複式教育に対しては、現在これに応ずる教科書や資料がほとんどないのであります。それで複式教育に関する教科書を、現場教師研究によって作ろうという話し合いなども進められている状況であります。私たちも五年前から、研究組織を通して、単級複式教育方途や、教育課程等について研究を続けてきましたが、全国的に見て経験の浅い助教諭等の多い現在のメンバーでは、到底解決しきれない困難な問題の多いことを痛感しております。今回政府におかれては、この方面配慮されたことと伺って、まことに喜ばしいことと思っております。どうかこの方面予算を十分に御配慮下さいますようお願い申し上げます。  以上、私は現場教師立場から申し上げましたが、へき地教育振興については、日常の児童生徒育成指導等教育実践活動を助成するためのいろいろな対策が必要であることを深く感じております。また全国小中学校の三〇%を上回るべきへき地学校教育が、日々どのように営まれるかということは、単に農山漁村離島等へき地学校教育振興するというにとどまらず、日本国将来の運命を左右するものとして重視していただきたいと、切に切に念願いたしているものであります。ここにこれらの学校教育で実改善を期し、指導体制確立するためにも、ぜひ文部省内に総合的な機関としてへき地教育班仮称)、または小規模学校教育班仮称)等を設置され、画期的な教育振興対策を立てて下さるよう、全国一万二千五百三十七校に勤務する教職員からのお願いをも申し上げて私の口述を終ることといたします。御清聴をいただいてありがとうございました。     —————————————
  5. 飯島連次郎

  6. 長谷秀一

    参考人長谷秀一君) 私はただいま御指名をいただきました日本教職員組合中央執行委員長谷秀一であります。富山県のへき地に近い地域から昨年出て参りまして、現在本部でへき地対策を担当しているものでございます。  まず最初に、私は本委員会が、昨年全国的にへき地教育実態調査されまして、要望書などを決議されるなど、常にへき地教育振興のために格別の御配慮と御尽力を賜わっておりますことを、心から感謝申し上げる次第であります。  私は昭和二十三年に、雪に埋もれた、いわゆる冬の季節分校に約三カ月間勤めた経験がございます。暗くて寒い教室の中で、二十人ほどの子供を相手に暮しながら、私はへき地教育の重大さをしみじみと感じたのであります。もちろんそのときから相当長い年月がたっているわけです。そして昭和二十九年六月には、待望のへき地教育振興法ども制定されまして、徐々にではありますけれども改善方向をたどっておりますことを、われわれといたしましても喜んでいる次第であります。しかし御承知のように、へき地教育振興させなければならないという声はますます強くなってきております。委員皆様方に対しましても、個別に陳情がなされておろうかと思うわけです。で、私は昨年十一月に山梨県の甲府市で開かれました文郡省主催へき地教育研究大会にも出席いたしまして、切々とした訴えを聞きました。また本年一月愛媛県松山市で行われました日教組の全国教育研究集会へき地教育部会の模様も聞たわけでありますが、本委員会要望書にもありますように、根本的、総合的施策を望む声は強いと申し上げなければなりません。この点につきましては、本委員会としましても、先に現地調査もされたわけでありますし、本日も現場からの参考人も来ていると思いますので、私の方からは詳しくは申し上げないつもりでありますが、二、三の例を申し上げますと、たとえば通学距離が長くて、冬などは暗いうちに家を出て、暗くなって帰宅するから、勉強や宿題がろくにできないという、これは愛媛報告であります。あるいは欠席調査をしたら、小学校では三六%、中学校では七五%の事故欠席があったという、これは佐賀県の調査であります。それから長い間のゆがめられました教育人事の結果、教員同士においても、あるいはへき地の父兄からも、特別の目で見られるという京都の報告どもあったわけです。そのほか貧困からくる問題、あるいは封建性からくる問題、財政上からくる問題など、枚挙にいとまがないほど指摘されているわけです。申し上げるまでもなく、根本的総合的施策と申しますのは、振興法の第二条の定義にありますような交通的、経済的、文化的諸条件全般に亘っての対策の樹立とその財政的裏づけ意味するものであろうかと考えるのであります。言いかえますならば、へき地社会文化向上や、へき地解消のためのいろいろの措置へき地勤務教師の待遇の改善などが同じウエイトで考えられなければ、とうてい解決は困難であろうかと思うわけであります。率直に申し上げまして、へき地教育振興法の一条一条を読んで参りますと、実にいいことが書いてあるわけであります。従いましてこれが完全に実施さえすれば、問題がなかろうかと思うのでありますが、まず第一に予算裏づけが非常に少いことが指摘され得ると思うわけです。もちろん国の予算の全体の中で考えなければならない点に関しましては、われわれといたしましてもわかるような気がいたすのでありますが、本年度の予算状況を見ましても、私たちの判断では本委員会が、昨年さしあたっての措置すべき事項として要望されましたへき地手当定率制による増額も、健康管理もその他給食研修手当どもほとんどがかけ声だけに結果的にはなっているのであります。特にへき地手当研修手当に至りましては、こういうことを申し上げるのは、まことに恐縮なのであります。けれども、常に指摘されてきましたように、まことに少く、へき地教育振興上、大きな障害になっていたことは事実でございます。研修手当全国的にほとんど支給されておりません。へき地手当に至っては、文部省予算要求の際に示した基準、すなわち一級地二百四十円の線にすら達していない県が文部省の昨年三月の調査によりましても十七県、二百四十円の県が八県、従いまして過半数の府県が二百四十円以下ということになっておるわけであります。もっとも文部省の今年度の当初予算の案によりますと、現行の倍額、すなわち四百八十円の五段階で組んでいたかと存ずるのでありますが、われわれの態度といたしましては、本委員会要望にもございますような、定率制による増額の方針を堅持しておるわけであります。へき地手当を論ずる際に、常に定額制をとるか、あるいは定率制をとるかという問題にぶつかるのでありますが、私どもといたしましては、へき地手当は、へき地に優秀な教師を送るという、教育行政上の立場から非常にこれを重要視しておるわけでございます。そこで私どもへき地手当には二つ要素があろうかと考えているわけです。一つは特殊な地域、特殊な条件下に勤務するための不便や、不安に対する慰労、または保障意味のものと、もう一つはいわゆる特殊の条件下における生活給という意味であります。従いまして、前者の場合は定額制が望ましいし、後者の場合は当然定率制が考えられるわけでありまして、この二つへき地手当の中で一緒にお考え願いたいと思うものでございます。言いかえますならば、何と申しましても、現在の情勢下におきましては、生活給が主体でありますので、本委員会要望しておりますように、定率制中心といたしまして、それに不便や不安に対する慰労または保障意味手当を加えていただきたいと思うわけであります。  このような観点から、私どもといたしましては、当面一級地一割、二級地一割五分、三級地二割、四級地二割五分、五級地三割の支給を要求しているのでございます。そしてこれを実施いたします際には、現任各府県で実施している基準を下回らないよう、言いかえますと、既得権を侵さないことを御要望申し上げておるわけでございます。  またこのほかにもやはり本委員会要望として取り上げられました研修のための旅費といたしまして、当面その一部を国が負担するという意味で、一級地から三級地まで年間二千円、四級地から五級地につきましては年間三千円の手当を考えているわけでございます。  以上給与に関する私どもの見解を申し上げたのでありますが、全国約四万のへき地勤務教師になりかわりまして、委員各位格別の御配慮をわずらわしたいと考えておるのでございます。  もちろん何と申しましてもへき地教育振興させるためには総合的にレベルを上げていくことが最も重要であることは申すまでもありません。小規模学校統合促進教育的へき地黒解消、あるいはへき地社会文化向上などのいろいろの措置につきましても、文部省が当初要求されました線を最低といたしまして、今国会におきまして委員各位の良識ある御努力でぜひ復活させていただきたい、かように考えておるものでございます。  次にへき地指定基準について若干御意見を申し上げてみたいと思うのでございます。へき地指定基準に関しましては、第二十二回の特別国会速記録によりますと、文部省緒方局長は、教育学校関係として一応別な基準を作るという前提で研究を進めているが、結論段階に至っていないので、今後とも研究を進めるという答弁をしておるのであります。本委員会といたしましても、要望書の第一項に「へき地教育振興法に規定する教育上のへき地の理念に基づく統一的、合理的基準を設けるよう国が措置すること」と決議いたしておるわけであります。  御承知のように、へき地教育振興法の中では、へき地の概念は抽象的包括的に規定しておるわけでありますが、へき地手当支給基準は現状のまま各府県にまかせることになっております。問題は教育特殊事情基準の中にどう生かすかということにかかってくるかと思うわけです。私どもといたしましては、まず第一に現実にへき地教育上の問題を持つ地域は現在の基準外にも多くあると考えられますので、従来の交通やあるいは距離的要素中心としたものから振興法二条に示されてありますような、自然的、文化的経済的な要素、あるいは社会的、教育的な要素を加味いたしました方向にいくべきであると考えているわけであります。従いましてへき地として指定されます地域は当然今までよりはふえるかと存ずるのであります。またこうした諸条件を加味する場合に、全国的にそれぞれ特殊事情のある地域を画一的に規定することは困難であろうかと一思いますので、やはり各府県の条例にまかせることが望ましいのではないかと考えるわけであります。   〔委員長退席理事有馬英二君着席〕  ただ常に御心配願っておりますが、文部省が、私が今まで述べて参りましたような観点から、各府県に対しまして、参考とでも申しましょうか、指導的な意味基準を示すことは差しつかえないと考えているのでありますが、あくまでやはり教育の特殊な事情と各府県の特殊な事情を生かすように御配慮をお願い申し上げたいと存ずるものであります。  最後へき地教育振興法につきましてお願い申し上げたいと思うわけであります。率直に言いまして、私どもはこの振興法内容では不十分であると考えているのであります。たとえば付帯決議要望書をしばしばつけなければならなかったり、またかりにつけても、その決議要望が十分に達成されないで終ってしまうおそれなしとしないのであります。何といいましても、地方現場からの要望補助を多く出してほしいとか、あるいは国の方で措置していただかないことには根本的な解決にはならぬというのが多いのでございます。そしてそれが法律裏づけされることを願っているわけであります。そこで法律のどの点を修正していただきたいかということがありますが、最初に第六条の国の補助に関してでありますが、振興法では、市町村任務にかかわる事務に必要な経費について予算範囲内でその一部を補助するとあるわけです。この点で私どもといたしましては、市町村任務を義務づけて、これに必要な経費につきましては、国の二分の一の補助を明確にしていただきたいと考えておるわけであります。また第六条第二項の都道府県任務にいたしましても、条文では教員養成施設についてのみが予算範囲内においての一部補助を規定されているのであります。しかしこれはやはり第四条の各項、すなわち教員研修教員養成施設、あるいは特殊勤務手当、定員の決定等全般にわたりましての任務の遂行を市町村等に義務づけて、これに要する経費につきましては、国の二分の一の補助を明確にいたしてほしいと念願するのであります。この点が振興法に関する御要望の第二点になろうかと思うわけであります。  次に特殊勤務手当の取扱いでありますが、振興法第四条第三項に「特別の考慮を払わなければならない。」と規定いたしておるのであります。従いまして、どういった特別の考慮を払わなければならないのか不明確であろうかと思うのであります。かりに文部省一級地二百四十円の予算要求としての基準を出しましても、全国で十八県がはるかにそれを下回る実態であることなどから見ましても、私どもといたしましては、条文の中で明記する方が望ましいのではないかと考えているわけであります。もちろんこのことは給与法、あるいはその他との関連もあろうかと存じますが、教育特殊性を生かす意味におきまして、私が先ほど述べました観点から、明確に措置していただきたいと思うわけであります。  以上をもちまして私の意見は終るのでありますが、私どもといたしましても、へき地教育振興策につきましては今後とも十分研究を続けて参りたいと思っております。そして少しでもへき地教育がよくなりますように運動を続けていきたいと考えておるわけであります。どうか委員各位におかれましても、今後ともに一そうの御配慮と御指導をお願いいたしまして、私の意見を終りたいと存ずるのであります。ありがとうございました。     —————————————
  7. 有馬英二

    理事有馬英二君) 次は岐阜大野郡丹生川村国見中学教諭住昴君にお願いいたします。
  8. 住昴

    参考人住昴君) 三尺の雪を踏んではるばる東京の参院当委員会へき地教育苦しみについて述べさせていただく機会を与へていただいたことを心から感謝申し上げる次第でございます。  昨年も本委員会から文教委員の方がはるばる飛騨にお見えになりまして飛騨実情をいろいろつぶさに御視察下さいまして、私どもといたしましてもほんとうにその御好意に対して心から感謝をしていたわけでございます。  すでに前の方がいろいろな面、へき地教育に関する施策をお述べになっていらっしゃいますので、私は離れ島に対する、いわゆる陸の孤島とも言うべき、山の中の、しかも寒冷積雪飛騨地苦しみを主として申し上げ、一部その対策についても申し述べさせていただきたいと、このように考えるわけでございます。  昔から日本の屋根と言われております飛騨の高冷地、これの特徴といたしましては、一言に申しますれば、きわめて険しい山が縦横に重なり合っておるということであります。非常に雪の量が多いということ、また零下二十数度というような酷寒に見舞われまして、他のへき地には見られない特殊な自然環境を形づくるのでございまして、夏は非常に短かく、反対に冬はほとんど六カ月近くも交通途絶をするというような危険な状態でございます。従ってそこに起るいろいろな教育上の障害というものはとうてい筆舌の限りではございません。特に私のおります大野郡という所は、高山市を中心といたしまして、その周辺を半円形に取り巻いておる山岳重畳地帯でございますので、地方事務所に連絡をとるのにも、いろいろな研修を受けるのにも、学校教育備品その他を買いととのえるのにも、幾多の峠を越え二十数里にわたるような道を通って高山へ出てこなければならないのでございまして、その間の時間的な空費、労力、そういったものは実に多大なものがあるのでございます。また山の中へ参りますと、小さな山合いの平地、と申しましても海抜は千メートルにもなんなんとする高冷地でございまするが、そういう小さな部落には、やむを得ず小中学の併設校あるいは分校、そういうものも設けねばならないという状態でございまして、一例を申し上げますと、一つの村に独立校が七つ、分校が四つ、こういうような実態もございます。また一つの本校に対して分校が六校ほど付属をしておる、こういう実態もございます。そういうように非常に教育方面におきましても特別な事情があるわけでございます。そこで私は最初にこれを、自然的な環境がどのように教育上に障害をもたらすかという点について申し上げてみます。  まずその一といたしまして、冬季の寒冷積雪のために交通が途絶するとどんなふうに学校が困るか。まず第一に教師は地方事務局との連絡あるいは会議、研修、備品の買い入れ、生活物資の買い入れ、出張というようなことのために多くの日数、労力を要し、旅費の負担が非常に多くなるということ。次に児童生徒教師が長い間出張をするためにやむを得ず自学自修をする。あるいは指導者なきままに、管理者なきままに放置をせられる危険が多分にあるということ。第三番目に四月の赴任、転任の時期にバスやトラックは雪のため、に不通であるためにやむを得ず生命の危険を冒して徒歩で単身で赴任をするか、あるいは遠く迂回をいたしましてそこへ赴任をいたしますために、赴任旅費の負担が非常に大きくなる。また冬ごもりのため、なま野菜や魚肉の入手ということが非常に困難となり、栄養失調というような状態になる。また診療所との交通が困難であるために医師、保健婦が来てくれないので、教師並びに児童の傷病に対しては自家治療をするより道がないので非常に不安である。また養護教員はその大きな村にただ一名しか配当がない。それで中心校以外はその指導援助を受ける道がない。また新聞や手紙の配達が何日もおくれ、電話さえもない所が多く、急用は間に合わない。分校下の中学生は本校へ雪のため行けないので単級小学校の分校ではただ一人の先生が小学校の一年生から中学三年に至る九カ学年の指導を余儀なくせられ、また本校との連絡がつかないため重要なことでも校長の指示管理を受けることができない。また中心地との距離が非常に遠く、出張のため多くの日数を必要とする点におきましては、出張のため授業に支障を来たし、他の教師はその先生の分も背負って指導管理をいたしますため過重負担に悩み、児童の指導は不徹底となり、またへき地の物価が非常に高いので生活費が高くなり、しかもいろいろな必要なものの入手ができない。またへき地子供中心地までの旅費、宿泊費が多く要るので郡の行事や修学旅行に参加することが非常に少くなり、映画や工場見学の機会も少く、経験領域がきわめて狭くなるのでございます。  一つこの固い空気をやわらげるために一例を申し上げます。この前CRCが録音に参りましたときに、小学校の五年の子供をつかまえまして、お前は海を見たことがあるかと言いますと、私、海は知らない、どれくらいあると思うかと申しましたら、その本校の夏厩という学校があるのですが、その夏厩学校の運動場くらいの広さだろう、こういう答えをしております。そんなに狭いかな。それじゃ三倍くらいでしょう。こういうことは子供経験領域がいかに狭いかということを表わす一つの例になると思います。またへき地には小中併設校や分校が多い、そういうために児童の関係でやむを得ず単級複式の教科課程をしなければならない。単級複式を担当する教師は教材の準備や特別のカリキュラムの編成及び教科研修に多くの時間と労力を要し、しかもそれに対する教科書もなく指導書もなく、講習もきわめて少く、その指導を受ける機会が少いのでございます。単級中学校教師に至りましては一人で三ないし七つの教科課程を担任せざるを得ないのでありまして、自分の免許教科以外の不得意な教科の研修に多くの労力を要し、しかも十分な指導効果を表わし得ないのであります。どんな小さな学校でも学校事務には大差のないものでございますが、僅かの教師に対して多くの事務が付加される関係上、授業以外の仕事に忙殺されることが多い、たとえば会計の仕事、組合、青年学級、育友会、婦人会、こういったあらゆるその部落の仕事が先生に付加されて参ります。また単級の小学校では教師の出張、病欠等が直接影響いたしまして、先ほど申し上げましたように、教師のない自学自習とか休校とかいうようなことが出て来るのでございまするので、学校管理上においてもきわめて危険であります。また教師の性格、能力によって子供の能力が大きく左右されるのでございます。先ほどもお話がありましたように、そういう山の中の学校へはなかなか経験の深い相当の年配の先生はいろいろな関係で行かないで、無資格の先生がそれを担当するような場合が多いのでございます。そうすればその危険性はますます増大をするのでございます。また女の先生の着任が非常に少いので、家庭科とか音楽とか、あるいは女子体育のごとき、ほとんどこれをなすことができない、教えることができない、こういう実態でございます。その他分校が非常に多いので、校長も一回分校を巡視するのに三日もかかるような実態もございます。  また次に、社会的な環境はどのように教育上に障害を及ぼすかと申しますと、第一に村及び校下が非常に貧困であるということからして学校予算配当が非常に少いので、教育備品や設備が充実をされない、予算配分は本校が主体となり、分校はきわめて少額であって備品すらほとんど購入をすることができない、また国においては理科振興法、産業教育振興法、図書館法と、いろいろなよい法律を作っていただいておりますが、それに対するへき地優先の事項が実施に移されていないということ、また一面必ず地元負担が付属をしておりますので、その多額の地元負担にたえかねてこれを受けることができないのでございます。また校舎建築に対しても、やはり同様、地元負担が大きいので、村も校下も困っている。また学校給食のための設備はもちろん必要ではございますが、月々の給食費の支出にすら父兄は現金収入がないので困っているのでございます。その他子供たちは父母の経済の苦しさをよく知っておりますので、学級費や教材費や旅行費などを自分で働いたり、あるいは集団作業をやって生み出しておるというような事情もございます。また先ほどもありましたが、家庭の貧困のために家の仕事の手伝いをせなければならないので、やむを得ず学校を欠席する子供が非常に多くなって参りました。その他家庭の封建性あるいは因習によっていろいろ教育上の障害があります。衛生に対して無理解であるから保健衛生の習慣ができないとか、あるいは食生活があまりにも簡素であり、そういった栄養知識が少いので、子供の体位向上ができないとか、あるいは子供は非常に家庭作業に追い使われるので、勉学の習慣がないとか、あるいは子供は従順ではあるけれども知性が欠除いたしておりますので、ただ盲従的でありまして、批判力に乏しく、科学的合理性に欠けておるとか、あるいは部落の祭礼というようなことが非常に重視をせられまして、そのために教師はやむを得ず参加が要求をせられるために、肉体的、精神的にも疲労が大きいとか、いろいろな面がございます。  また次に、非常に大事な問題として、教育法規上の欠陥のもたらすへき地教育の障害を申し上げます。これは第一に教師配当基準が不合理であるということでございます。というのは、単級学校の最低基準は現在二十人になっております。だから二十人の子供たちに対しては先生は一人しか配当されないということは、その先生は一年から六年までの子供を全部教えなければならない。一学年の教科の数が十ありますれば、六十の教科を一人で教えるということになります。そういうような非常に機械的な基準のため、裏を返して申し上げますれば、教師の負担能力を無視した配当基準がなされておるのでございますので、どのようにわれわれがへき地教育振興しよう、教師よがんばれと申しましても、これは無理でございます。そういった点においていろいろ複式の学級においても同様でございますが、幾多の困難があるわけでございます。また養護教諭の配当基準にいたしましても、岐阜県の状態では二十二学級に一人というような状態で、何らそこに医師がいないとか、保健婦がいないとかいうような事情は考えていないのでございます。そういった点からも、無医村、無医部落、無医校下を救うような方途が講ぜられなければならないと考えておるわけでございます。またただ一人の先生の守る学校のいろいろな危険性については先ほど申し上げた通りでございます。  同様免許制度の面におきましても、免許は二つしかないのにやむを得ず五つ、七つの教科を担当するというようなことは、これは免許制度の不備でございます。また校長も事実上は教科を担当し人ければならないようか事態に追い込まれております。その校長は多くの場合出張をして学校にはいない。だからその教科はほとんどできなくなる。あるいは夏の認定講習はきわめて遠い所で、遠い中心地まで出かけていく。しかもその講習たるや、あまりにも専門的でありまして、現場の授業にはあまり役に立たないような面も相当あるのでございます。こういった点においてもわれわれは非常に因っております。  その他地教委制度のもたらす障害といたしましては、地教委や教育長がボス的人物である場合には、いたずらに教師の監督的立場を強化いたしまして、へき地教育は大きくボスによって左右せられるような危険性が都会より一そうひどいといわねばなりません。また郡全体の人事異動については教育長の力関係が大きく影響いたしまして、よい先生は極力出さないようにする、悪い先生を取引をする、そういったことに終始いたしまして、結局教育振興どころか、郡内の異動すら円滑になされず、村内異動というのが実情であります。また郡市との交流に至りましては、これは先ほども出ておりますように地域給というものが都会についておりますために、心理的にも都会の先生は動こうとしない。そういう実態の中では、この問題は、これは人事交流は不可能と言わねばかりません。そうしてその結果都会の教師へき地の先生を蔑視をする、特別扱いをする。へき地の先生はいつまでたっても自分は都会へ出られない。初めへき地へ入るとき持っていた熱意はいつか薄れて、次第にあきらめ、消極的なその日暮しのような先生ができてしまうという、あたら若い先生を殺してしまうのは、この地域給の不合理さである、こういうことも言えるのでございます。  その他給与の面におきましても多々ございます。が、あまり時間がかかりますので、細かいところは省略をさしていただきまして、二、三対策を申し上げさしていただきます。  第一にへき地手当増額をし、教員へき地勤務に対する経済的な不安をなくしていただきたいということ。  第二番目に、へき地教員の勤務に対して、さらに福利、保健の面における対策を立てていただきたいということ。  第三番目に教員の定数基準をもっと合理的に改正をして単級学校を少くし、複式学級を少くする方向努力していただきたいこと。  教員の人事交流を円滑にするために特別配慮をなされること。  へき地学校の建築施設、設備の充実に対しては国費をもってし、その計上予算については特別助成されるごとく交付金の増額をしていただきたいこと。  へき地教育指導機関を充実していただきたいこと。  最後へき地教育振興法実情に即するように改正するとともに、へき村を救済するための抜本的、総合的施策を講じていただきたいこと。  以上が私のささやかな願いでございます。長い間御清聴をわずらわしましてありがとうございました。
  9. 有馬英二

    理事有馬英二君) 最後に、岩手県教育委員会委員である砂子由次郎君。
  10. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) 私砂子でございます。  前の参考人同様、本日こういう機会をお与えいただきましたことを感謝申し上げるとともに、常々へき地教育振興のために御尽力をいただき、加えて先般へき地の現状を親しく御視察いただく、こういう御恩情に対して心から感謝申し上げております。なおへき地の住民の中には感泣をいたしておるものもあるということを御報告を申し上げたいと思うのであります。   〔理事有馬英二君退席、委員長着席〕  私意見を申し上げると存じましても、ほとんどがお願いの言葉になると思うのでありますが、御了承をお願い申し上げたいと存じます。  結論から申し上げますと、第一番にへき地教育振興に関するところの国家予算は、振興の実をあげ得るように御措置をお願い申し上げたい。  第二番目には、へき地教育振興法市町村あるいは都道府県、国、それぞれの任務について、より強く義務づけていただくように改正を願いたい。  第三番目は、以上の二問題に付随して起ってくる問題の解決方について御配慮をお願い申し上げたいというわけでございます。  第一の予算の問題でありますが、私どもへき地教育振興促進期成会は、このへき地教育振興法に基いて、その振興予算の御措置について三年来政府並びに国会に対して懇請を続けて参ったのでありますが、その内容につきましてはここに一々申し上げる時間がございませんので、失礼でございますが、お手元に配ってあります資料の末尾に一覧表を作ってありますので、それらによって御覧を願いたいと存じますが、ただここに一言だけ必要な事柄を付言いたしまして御了解をいただきたいと思います。  申し上げるまでもなく、お願いをいたして参ったその項目は、すべてへき地教育振興にとっては欠くことのできない必要事項でありますが、ただおのずからその間にも必要度には緩急の差のあることはこれは当然であります。同時にいろいろお願いの運動をしている間に、国の財政事情がなかなか容易でないということを承知いたしまして、最後的には緊急欠くことのできない項目、すなわち八項目にしぼってお願いをいたして参ったのでございます。  その内容といたしましては、基本対策といたしまして、スクール・バス、スクール・ボートの購入費補助によって小規模学校の統合をはかりたいということと、無電燈学校の自家発電装置費補助と、無医地帯学校に対する養護教員の配置費負担金の措置によって、非文化的な生活を幾分でも解消して参りたい。それからへき地学校の集会室の建築費補助をお願いいたして、へき地社会文化向上をはかりたい、こういう考えのもとにこの四項目を基本対策としてお願いをいたして参ったのでございます。  また次に、教師の資質を向上するために、へき地教員に対する特別研修旅費の負担金をお願いすると同時に、単級複式学校教育課程の作成費をお願いいたす、さらに教師の誘致確保のためには、へき地学校教職員特殊勤務手当増額と、へき地学校教職員宿舎の建築費補助の四項目、以上八項目にしぼってお願いを続けて参ったのでございます。  ところが政府において本国会に提案されましたところの三十一年度の予算案を拝見いたしまして感じたことは、率直に申し上げて私ども非常に失望を感じたのでございます。  まず第一番に、振興法に比較的明瞭に規定されているものについては措置されておりまするが、この点非常に感謝いたしております。ただその内容はあまりにも僅少でありまして、失礼な言葉ではございますが、名目的な計上に過ぎないと思われる点もございます。またこのために、振興の実をあげるにはほど遠いものがあると思うのでございます。ことにそのお手元の資料によっておわかりの通り、通学用の交通機関とか、あるいは健康管理の問題、自家発電の装置等、どうしても緊急欠くことのできない諸対策に対する配慮が全然なされていないということは、非常に遺憾に存じているところでございます。  第二番目には十九国会において衆議院、参議院におかれておきめいただいたへき地教育振興法付帯決議の精神というものは、予算案の面には十分生かされていないのではないか、これでは積極的なへき地教育振興の道はいまだ遠いという感じをぬぐうわけには参らないのでございます。  第三番目にはへき地教育振興によって国土開発を促進し、教育機会均等の実現をはかり、文化国家建設に寄与しようと念願いたしましたところのこの振興の理想というものも、あるいは画餅に帰するおそれがあるのではないかという感じさえ持たれるのでございます。  このような観点から、こいねがわくはへき地教育振興を強力に推し進めることができるような予算というものを本国会において実現をみるように、特段の御配慮をお願いいたしたいと存ずるものでございます。万一これが不可能な場合におきましては、できるだけ早くその実現をみることができるような保障について、一つ御尽力をお願いいたしたいと存じます。  以上はこの予算に対するお願いでございますが、次に第二の問題であるへき地教育振興法の改正についてお願い申し上げます。予算措置がこういう結果に終ったというのは、結局この振興法内容に消極的な要素があるためではないかと、失礼でございますが、そういうふうな感じを持たざるを得ません。私どものように末端にあって教育行政を担当いたしておる者に対しまして、最近へき地の人々から不満の声がしきりに寄せられるのでございます。これは案ずるところ、振興法に対するへき地住民の期待というものは非常に大きかった。しかしその結果へき地教育振興の実というものは、案外遅々として進まないのではないか、ここから来る一つの失望感というものが、われわれ責任者に対して不平不満となってくるのではないかというふうに感じておるのでございます。  私考えますに、へき地のようにすべての点において一般水準以下にある、しかも政治的にも経済的にもか弱い、こういう対象に対しましては、時の政策なりあるいは財政事情というものによって、この救済策が忘れがちになったり、あるいは見捨てられるというようなことがないようにするためには、どうしても先生方のお力によってこの法的根拠に基いて保障していただかなければならない、こういうふうな念願から、振興法内容を強力に改正をして、いただきたいと心からお願いを申し上げるものでございます。  その希望内容といたしまして総括的に申し上げまするならば、二十九年五月、いわゆる第十九国会において、へき地教育振興法に対するあの付帯決議内容でございます。私どもはあの付帯決議内容に当時非常に大きい期待を持って参ったのでありますが、あの内容と、またありがたいことには、重ねて本委員会において三十年十月七日におきめいただきましたへき地教育振興に関する御要望決議内容振興法の中に、具体的に、しかも義務づけるように規定していただきたい。そうして具体的なこの条文について簡単に申し上げまするならば、第三条の定義においてうたわれておりますところの、自然的、経済的、文化的諸条件は交通条件に比べまして、何かしら第二義的条件に見られるきらいがあるのではないか。これを何とか対等の条件になるように改めていただきたいと存ずるのであります。これが実現いたしますというと、へき地条件下にありながら、わずか比較的交通に恵まれているがゆえをもって除外されておりますところの小規模学校も落ちこぼれることなく救われる道か開けて来るのではないかというふうに考えるわけでございます。  第三条に参りまして、市町村任務において、第二項を二つに分割をし、一つへき地学校における教職員及び児童生徒健康管理についての規定として、そして他の一つ小規模学校統合の目的をも含めて、通学に難渋いたしておる児童生徒の通学を緩和するところの規定としていただきたい。そしてともにこれらについて必要な措置を義務的に講ずるように改めていただきたいと存ずるものでございます。  第四条に参りまして、都道府県任務において、第三項の特殊勤務手当でございますが、この特殊勤務手当支給基準を明確に、これは多分私よくわからないのかもわかりませんが、これを明確に規定してある法令というものは現在見当らないのではないか。従って各都道府県支給というものが統一を欠いている。これによってせっかく国において特殊勤務手当予算を講じていただいたところの制度というものが地方に参りましては十分に生かされていないというのが現状ではないかと思うのでございます。従ってこれを、支給基準というものを、何らかの形で公立学校教職員に対する特殊勤務手当支給基準というものを明確に御規定をお願い申し上げたい。こういうふうに存ずるわけであります。  第六条に参りまして、これは国の補助の規定でございますが、その中の第一項においては、第三条の各項に掲げてあります市町村事務に要する経費について一定の率をもって補助しなければならないと改めていただきたいと存じます。日教組の方は二分の一ということを申されておりましたが、私どもは一定の率をもって補助しなければならないというふうに改めていただきたいと存じております。  同じくここでは第四条の都道府県任務のうち第一項、第一項は教員研究機会を与えるということでありますし、第二項、これは教員養成の問題でございますが、この第一項、第二項についても一定の率をもって補助しなければならないというふうに改めていただきたい、そういうふうに存ずるものでございます。  以上は法律の専門の立場から見ますと、あるいはあやまりがあるかもしれませんが、直接、行政の立場からいろいろ支障を感じておりまして、そういう立場からお願い申し上げたいと存ずる次第でございます。  最後に問題の第三、すなわちこれらの問題に付随して起って来る問題についての御配慮をお願い申し上げたいと存じます。  その一番目に、振興のため必要な対策のうち、予算措置がなされない、あるいは行政措置と言いましょうか、予算運営において規定の予算のワク内で操作をし、これを補うというふうな考え方も考えられるわけでありますが、何とかこの考え方というものは排除していただきたいと存じます。と申しますのは、たとえばへき地学校に養護教員を配置するという場合に、この養護教員を現在の定員のワク内で操作するというふうな措置をとりますというと、必然的に教壇に立つところの教員の定数というものを食わなければならない。いわゆるしわ寄せが参るのでありまして、全体的に見て教育効果の減退を来たすことは当然であります。あるいはへき地教育に対するところの研修の旅費の支給においても、現在のワク内から操作をいたしますると、さなきだに少い旅費というものがますます少くなって参るというふうなことが起るのでありまして、どうしても必要な振興対策については別ワクに予算措置をお願いいたしたいと思うのでございます。  二番目には、地方自治体において、へき地教育振興に要する財政負担については、財政計画の中で、単位費用の算定対象としてお取り上げをいただき、明瞭に地方交付税の対象としていただきたいと存じます。これは御承知のように、市町村自治体並びに都道府県は、財政的に非常に困窮いたしております。せっかく国の補助、あるいは負担の親心をいただきましても、自己財源がないために、その恩恵に浴する機会を失う場合が、現に起っているのでありまして、こういう点からお願いを申し上げたいと存じます。  三番目に、前の方からもお話があったのでございますが、へき地学校指定基準について御配慮をお願い申し上げます。国において、各地方がよりどころとするととろの客観的な基準をおきめいただくということは、これはもちろん必要でございますが、ただその基準というものが、教育特殊性とか、あるいは地方の特殊事情というものが認められないで、その結果実質的にはへき地学校でありながら、ふるいにかけられて、整理されて行くというような方向になりますと、本当に困った問題が起るのでありまして、何とか都道府県が自主的立場で行政計画が立てられる余地が残されるような基準を設定していただきたい、こういうふうに存ずるものでございます。  大体お願い申し上げたい点は以上でございますが、与えられました時間が少しありますので、私、行政の立場で現在なまなましく当面して困っている問題を御披露申し上げたいと思います。  これは地方新聞、あるいは東京新聞にも掲載された問題でございますが、その一つは、私の県に昨年末、ある寒村の開拓地の分校において、二年生の女の子が、雪の下に埋もれて、凍死いたしたのでございます。これは学校からさがって、帰宅の途中、雪道に迷って、ついに倒れたのでございますが、家庭ではそのことを知らずにいる。夕刻になっても帰えらないので、学校と連絡をし、部落総出で捜索した結果、哀れにもその子が雪の下に埋もれて死んでおった。私はこの新聞を見て直ぐ、その分教場の先生に手紙を出したのでありますが、分教場の先生は、自分は今年の四月初めて教員になって、この学校に赴任し、何の経験もなく、こういう申しわけのないことをいたして、まことに済まないということを私に書いてよこしたのですが、私は追っかけて、それは、子供の生命は何をおいても大事にしなければならないことは当然であるが、同時にこういう問題はわれわれだけの力では、あるいはできない面があるかもしれない。そういう点をお互いに力を合わして県なりあるいは国の力を仰いで解決しよう、いわばこのへき地における子供らの通学に難渋しておるなまなましい問題であると思うのであります。  もう一つは、これは先生方の研究会で、私も列席したのですが、このへき地地帯の女の先生の報告に、夜の訪問者という主題があったのでございます。その先生の報告によりますというと、大体例外なくその地域の女の先生方が夜の訪問者の被害を受けておる。この先生が泣き伏していわくには、あの地域において身を守るために残されたたった一つは、教員住宅である。どうか教員住宅を建てていただいて、その地域方々の先生が一つの住宅に合宿をし、女性の協同の力によって身を守りたい、こういう悲痛な訴えがあって、これまた教員住宅の問題につながるなまなましい事件であると思うのでございます。同じ地域でございますが、ここに東京朝日の切り抜きを持って参っておりますが、川井村という村がありまして、ここは本校十校、分校二十四校ある村でございますが、その中の一村の女の先生が一年のうち四人が異常出産をしておる。一人の母親となるべき女教師が難産をいたし、医者の迎えに三甲、四里の道を行きましたけれども、ついに間に合わずして、右手には自分の時計を握り、左手には夫の時計を握ったまま息を引き取ってしまった、こういうことがやはり報告になっておるのでございます。まあいろいろ健康管理にこれはつながる問題でございます。こういう問題を考えますときに、健康管理にいたしましても、交通機関の問題にいたしましても、あるいは教員住宅の問題あるいは自家発電の問題にいたしましても、今や私ども地方の行政力をもってしては何ともいたし得ないところまで来ておる、またこれはぜひとも解決をしなければ絶対いけないと、こういう矛盾した立場にありますので、これはいろいろ国においても御事惰があられると思いますけれど、こういう切羽詰った問題については、何とか先生方のお力によって御解決願いたい、心からお願いを申し上げるのでございます。いろいろ失礼なことを申し上げましたが、以上をもって私のお願いの言葉といたします。ありがとうございました。     —————————————
  11. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 以上でへき地教育関係の参考人の方の発言を終ります。質疑のおありの方は順次御発言を願います。
  12. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 大へん皆様御苦労様でございました。私承わったところによると、皆さん方の御意見は大体一致しているように拝聴いたしました。まあその最大公約数をとってみますというと、結局この振興法はできたけれども、法の盲点があまりにある関係上、十分これが活用されていない。特にその法の成立の場合になされた付帯決議というものが死文化している。それから予算面が非常に不十分である。それからへき地検の指定基準がどうも実情に即さない、さらに教育者の手当の問題、それと人道的な立場からの健康管理、こういう点が最大公約数ではないかと承って、ごもっともに感じたわけですが、若干伺いたいと思います。  それはまず施設設備もさることながら、へき地検における教育者、その人を確保するという立場から非常に強く意見を述べられたようですが、承わりたい点は、大体へき地の先生は平均して経験年数どのくらいの方が多いか。これは関連して参りますが、大体一つ学校に何年ぐらい連続勤務されておられるのか。具体的な数字は持たれないと思いますが、大ざっぱでよろしいと思うのです。たとえば極端な場合には二十年間御夫婦で同じ職場におられるというような例があるいはあるのじゃないかと思いますが、そういう方面はどうなっておられるか、その点を住さん、それから小澤さんに承わりたいと思います。
  13. 住昴

    参考人住昴君) お答えいたします。二通りあると思います。非常に長く勤めている先生は二十年あるいはそれ以上、そういう方もおられます。一方非常にまた僅かしか勤めてない方がまた相当に多いということ、これはそれぞれ理由があると思いますが、一つ一例を申し上げます。これは大野郡の清見村の池本という学校の実例でございますが、一年未満勤めている先生が二人、一年から二年の間の先生が二人、二年から五年というのは全然皆無でございます。それで、五年から十年が一人。中学校においてはやはり同様でありまして、一年から二年が二人、五年から十年が一人、こういう実態でございます。だから、たいていの人は一、二年勤めたらたいてい腰を折らしてしまって、とてもここにはおられないから、なんとかして出してくれといって、あらゆる手を尽して出ようとするわけでございます。方法がない場合には、地方の教育長さんやあるいは村長さんや村会議員やいろいろの人の手だてを経てそうして出てゆく。ところが一方長くいる人はどういうわけで長くいるかといいますと、その土地の人、やむを得ず土地の人が先生をやらねばならない。白川村という大家族で有名な村がございます。そこには加須良という非常にへんぴなところがございます。道は鳩谷というところからそこへ参りますのに三里の道を川の底を伝って行くか、あるいは山の断崖絶壁を伝って行かなければならない。学校はものすごく荒れているのですけれども、それを直すよりまず先に何がやってほしいかというと、道路を作ってくれということなんです。ところがその道路ができない。やむを得ずお寺の坊さんが片手間に教えております。それは二十年現在勤めております。そういうような特殊な地帯もございます。以上でございます。全般的として非常に長く勤める人は僅かであるということでございます。
  14. 小澤清信

    参考人小澤清信君) 山梨県全体の調査をいたしました結果、前者の申された通り長い人もありますが、短い人もあるわけであります。その山梨県全体の統計から見ますというと、一年八カ月というところが基準になっているわけでございます。大体そのくらいの期間において更迭するというのが山梨県全体の状態でございます。
  15. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 そこで教育委員であられる砂子さんに伺いたいのですが、やはり現在ではへき地に発令してそこに赴任しないというようお方がございますか。さらにまた懲罰的な意味を含めてへき地と大規模学校というような人事交流をやったことが過去にあったと思うのですが、現在そういうことがあるのか、ですね。さらに分校と本校との人事交流というものはスムースにいっているかどうか、ですね。これが先ほどから述べられましたやはり手当等と重大な関係があるのではないかと思うのですが、教育行政に当られている砂子さんとしては、先ほど来小澤さん、あるいはへき地振興手当という形で出してほしいというようなお話がございましたし、また長谷さんの方では生活給に重点を置く立場から、かつて人事院も考えたように定率給与にしてほしいと、それは妥当性があるという御意見がございましたが、教育行政に携わっておられる砂子さんとしては、この人事と関連がある手当の問題をどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、承わっておきたいと思います。
  16. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) はなはだ失礼でございますが、第一番目の問題は……。
  17. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 第一番目はですね、私もちょっと想像した通りの答弁さっきいただいたのですが、へき地に行って非常にへき地教育に興味も覚え、子供並びに地域に愛情を感じて一生を犠牲的精神でその教育に携わる。しかも御夫婦で携わっておる方も私一、二知っていますが、そういうふうに非常に土地になじんで定着された方と、もうへき地に行って、ともかくこれではどうしてもやりきれないというので、一年もたたないうちに転任することばかり考えておられる。結局おそらく在職年数の統計をとってみると、中間層というのがないのではないかと想像しておりましたが、先ほどからの答弁で、やはりそうかなと思ったのですが、教育行政に携わっているあなたに承わりたい点は、本校と分校ですね、こういうものの人事交流というものは学校長の職権も入るのでしょうが、スムースに行われているか、ですね。  それからかつて懲罰的な意味でよくやっていましたね。そういうものが今あるのか、ですね。  それから最近はこの教職希望者と採用人員との関連でどうかと思いますが、あるいは私は希望者に発令をした場合に、辞令を返上して赴任しないような方も、そういう場合もあるんじゃないか、そして今後の教育に支障を来たしている場合があるのではないかと想像するわけですが、そういうことが実際行政を扱われて経験されたかどうかというのが第一点でございます。
  18. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) 第一番目の赴任拒否というような言葉で表現いたしておりますが、かつては相当この赴任拒否がございましたが、ここ二、三年来これまた完全にございません。これは一つはやはり赴任する先生方の自覚の向上があると思います。これは、はっきりわかるような気がいたしますし、もう一つは、これは他律的な原因かもしれませんが、就職難の問題もあるわけです。こういう点で最近は一名も見あたっておりません。ただ赴任後一年先の、先ほどの方も申された通り、一年あるいは二年ぐらいになると、猛烈に転任運動が起るのはまだございます。  それから第二番目の懲罰の問題でございますが、現在は非常に神経を使い過ぎる。こういう線を出さずにむしろ優秀なる教員に行ってもらいたい、こういう方策を打ち立てております。現在地域方々もあるいは行く教員も、かつて行なった懲罰人事というものがいかに大きい災いを残しておるか。両者に非常に大きい印象を与えておるために、ずいぶんとへき地とその他の人事交流に支障を来しておるというのも事実上ございましたが、どうやら最近こういう点も薄らいでは来ております。  それからここに申し上げたいことは、こういう人事の害悪というものはずいぶん長く続くものであるということだけの感じはもっておるわけでございます。  それから第三番目の手当の問題でございますが、これは現在の手当においては、どうしてもこういう強い人事を行うにはまことに頼りない、まことに無力であると言っていいと私は考えるのであります。私岩手県でございますが、岩手県は御承知の通り全国でも最も貧弱な県でございます。同時に最もへき地の多い県である。教育委員会制度が二十三年に発足いたしましたが、そのとき第一に取り上げた問題は、このへき地教育振興でございます。で、へき地教育振興でまた一番先に取り上げたのはへき地手当増額はできなかったのでございますけれども、赴任する場合に正当の赴任旅費のほかに、無理算段をいたしまして支度金として一名に一万円ないし二万円の間の支度金を支給する。それから貧弱な財政から独自で各町村に住宅の建築補助費を出して、実は二十三年から二十八年の間に五百何戸を県の補助において建築いたすことにいたしたが、国の補助政策がおかげさまで始まったので、県の補助政策は打ち切ったのでございますが、遺憾ながら国の政策を頼りとしたところが昨年度は九戸、本年度は十一戸と、こういう状態でありまして、またぞろへき地からは県の補助政策も復活してもらいたいというような要求が猛烈に起きております。これらを御勘案いただければわかると思いますが、どうしても現在のままでは府県なりあるいは市町村なりが独自の財源をもって手当等の優遇策を講じていかなければ、やはり優秀な教員を強い方法をもってへき地へ送るということは至難であると、こういう非常に苦しみをもっておるのでございます。  以上でよろしゅうございましょうか。
  19. 安部キミ子

    安部キミ子君 ちょっと関連して。大野郡の住先生にお尋ねしますが、私も昨年の九月に御地方をつぶさに視察して参ったものでございます。で、そのときの実情を今思い出しまして、へき地学校に赴任する若い先生方が峠を越えて未知の学校に赴任する際に、最初にびっくり峠と名のついておる峠を通るときに、全く田舎だからびっくりしちゃったと思っておると、また果しなく続いておる道の先に思案峠というのがある。そこでこういうふうな山の赴任地に自分が教員にならなければならないかというので思案をするというところまで私は記憶しております。私ども実際に参りまして、こんな田舎に、同じ先生をするのにまあ都会の非常に恵まれたところに教鞭をとっておられる先生と、それから同じ先生でもこんな田舎に先生をしなければならないということは、やはり何かそれだけの犠牲に対しての慰安と言いますか、恩典というものがなければならないと思うのです。ところが先ほど砦さんが一致した意見として要望されておりますように、へき地振興法というものが実際にはただ空文に過ぎないような結果になっておるという結論になっておるのですね。そこで私ども、ほかの県でもこういう実情は多々あることでありますし、また私が二十八年に北道道の標茶の方の視察に参りましたときにもいろんなへき地困難性を見て参りました。そこでも雪の降る中をそりに乗った子供、児童二人がそりから落ちて、そうして死んでしまった。家について、もう家についたと思ってそり引きのおじさんが振り返ったときには、乗せたはずの二人の子供がいなかったというふうな実例も聞いて参りました。それから池本小学校を訪問したときも、赴任された先生に急病な大患が、大きな病気ができて、とうとうその先生が犠牲になられたというふうな記憶も私にはあります。そういうふうに考えて参りますと、文部省なり、またその責任はわれわれにあることなんですが、画一的な法律の適用というところに私は非常に矛盾があるのじゃないか。その地方に適した、ぴったりあったような運営をしていかなきゃならぬじゃないかというふうに考えております。へき地へき地と申しましても、そのへき地の中にも非常に段階があるのじゃないか。特に私が御地に参りましたときのようなあの飛騨実情からすれば、全国へき地と言いましても、また特別なケースになるのじゃないかと考えますが、住先生の御意見はいかがでしょうか。
  20. 住昴

    参考人住昴君) ただいま安部先生から非常に私の方の事情をよく述べていただきましたので、ほんとに私感謝するわけでありますが、やはり先生がおっしゃいましたように、飛騨事情というのは非常に特殊な地帯でございます。特にはなはだしい地帯のことで申し上げますと、阿多野郷というところがございますが、これは乗鞍と御嶽のちょうど中間の地区でございますが、ここには現在大親分がおりまして、それがほとんどの地域を、山、畑、そういったものを所有しておる。その親分の言うことをきかなければ土地を追われるという結果が出てくるのでございます。また必要な生業が与えられない。その生業というのは、田畑を耕そうと思っても、それは非常に高冷地でございますので、十分な収入がございませんので、結局牛を飼わせて、そうして子供に牛を山に連れていかせて、牧草を食べさせて養わせる、その仕事をやらせて、そうしてそれに対して年間幾らという工合に金を与える、これを牛小作と言っております。そういうような特殊な地帯がございまして、行って参りますと、ほんとうにまっ暗な家の中にござを敷いて親たちが寝ている。子供学校に集って参りますが、ほんとうに背の高い子供、低い子供はございますけれども、どれもやせ細って青い顔をして、目は落ちくぼんで、これが十代の子供かと思われるような実情がございますけれども、それではそれをなんとかしようと思っても、やる手だてがないのでございます。こういうようなあわれな状態もございます。そういったようないろいろな観点から考えまして、やはり地方の実情に即してやっていただきたいということでございます。  ついででございますから、いま一つ申し上げますが、実はこの前岐阜県には教育団体連合という団体がございまして、育友会と地方教育委員会、それから校長会と教職員組合とが一体となりまして教育の問題を論議し、必要なる陳情請願をいたしております。その中で傷害保険制度というものを作ろうということになりました。子供たちの傷害保険制度、それを県の方へ陳情いたしましたが、教育委員会としては取り上げてくれたんですけれども、折衝の中でそれは予算から外された。その実態を知って、これはいけない。子供たちが病に見舞われ、回虫に虫ばまれ、山道を行くときにいろいろなけがをする、そういうものをまず救わねばならないというので、育友会がとにかくこれを率先して実行に移そう、とにかく少しずつでも零細な金を集めて保険制度を作ろうじゃないか、こういうようなことが決議をなされております。このようにやはりその地方の実情に即した基準ということが大事であるし、また地方のものはこれをがんばっていかねばならない、こういうように考えておりますが、しかし半面から申し上げますと、たとえば先ほど私申し上げました定数基準の問題でございますが、文部省基準は一学級定員は五十人、中学校の場合においては四十人と規定せられておると記憶をいたしておりますが、地方の実情によっては、岐阜県においては六十人、愛知県においては六十五人、こういうように財政範囲内において自由に条例が作られておる。へき地の学級の定員につきましても同様でございます。りっぱに研究をなされた文部省の決定が、地方においてはそれが結局地方の財政事情からうやむやにされるという実態についても、何とか国できめられた基準が合理的な基準であるならば、それがまた地方にも十分加味されるような、実施されるようなことも同時に考える必要があるのじゃないか、このようにも考えるわけでございます。
  21. 安部キミ子

    安部キミ子君 へき地教育の問題の根本解決策は、へき地というものと貧困ということがつきものだと私は私の視察した範囲での感想の結論一つ持っております。どのへき地に行きましても、必ずそこには貧困がそのあらゆる面で阻害をしておる。そういうことになりますれば、これは地方の村とかあるいは市とか、市というところでも、まあ分教場というものがありますが、村とか町とかいうものは、この貧困は根本的に解決できないと思います。それは義務教育の面においてですね。そういうことになれば、どうしても政府がほんとうの意味機会均等を考えたへき地教育振興させようと思えば、交付金なり何とか地方の財政計画を立てていかなくちゃならないと思うのですが、こういう点について、あなた方は現場の先生として村なりあるいはその地方の団体に、政治団体に、もっと交付金をたくさん下さるようにというふうな働きかけをなすったことがありますか。
  22. 住昴

    参考人住昴君) 実は先ほどからいろいろ申し上げておりますように、飛騨は非常にどこをつついてみましてもへき地でございますので、これはこのへき地の問題を救うのには、ただ幾ら先生だけが運動してもだめである、当然育友会は一緒にならなければならぬ。それから村会議員さんも市町村長さんも、すべてが一体になって、政党政派を超越して、この問題は解決しなければならぬというのがわれわれの考え方でもあり、また現在実際そういう方向にわれわれは動いております。でありますから、すでにこの前参議院の先生方がお見えになりましたときも、文部省からお見えになりましたときも、県会議員を先頭といたしましていろいろ御案内を申し上げ実情を申し上げております。従って、交付金の問題に関連いたしましては、市町村長さんからして強く県会の方へ要求をし、また県会におきましては、この前寒冷地の問題に関連をしておりますが、全会一致の決議をもってこのへき地の寒冷対策について抜本的な改正をしていただくように、参院並びに衆院の方へ要望いたしておるような状態でございます。
  23. 木村守江

    木村守江君 へき地教育の問題については、われわれもまあ参議院に席を置きまして、文部委員としてまる六年の間いろいろ微力を傾倒してきて、最近においてはへき地教育振興法というものまで作るようになり、予算もきわめて少額ずつではありますが、まあ順次増加して参っておりますが、現在の教育実態から見まして、今四人の方々が述べられたような状態にあることはまことに遺憾至極だ、皆さん方の御意見を拝聴して、もっともっとこのへき地教育に対しては力を入れなければいけないというようなことを考えております。しかしながらなかなかやはりへき地解消というようなことは実際問題として言うべくして一挙にできる問題ではないので、それはやはりだんだん、ステップ・バイ・ステップによって合理化して進歩させて行かなければならないと思うのですが、いろいろの問題もありますが、へき地学校というものをきめる基準の問題ですが、実際ほんとうに非常なへき地にあっても非常に裕福な所では自家発電機を持って映画なんかをやって、かなりへき地と思えないような状態の所もあるし、それからバスや何かが通りまして、いわゆるへき地と見られないような状態というような所にも、実際問題として教育実態へき地だ、あるいは単級複式のような状態学校もあるし、そういう点から考えると、やっぱりこの前私もこの問題についてちょっと意見を述べたのですが、単級複式学校、それから分校の非常に貧弱なものというようなものについては、やっぱりへき地学校としての基準に当てはめていった方がいいのじゃないかというような考えを持っておりますが、砂子先生や小澤先生どうですか。
  24. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) ただいまの木村先生のお話全く同感でございまして、ちょっとバスが通ったためにほかの条件が全く同じ小規模学校があるいは捨てられる、こういう問題に私ども非常に神経を使っておるものでございまして、こういう学校はぜひともへき地学校として指定をいただき、同じような対策を講じでいただいて、通常の教育課程が運営できるような条件を作っていただきたい、こういうふうに考えております。
  25. 小澤清信

    参考人小澤清信君) ただいま木村先生からのお問いでございますが、過去においてへき地手当あるいは複式手当というようなものが支給されておったのでありますが、これは従来支給されておるような線において現在も各都道府県予算措置を講ぜられまして行われておる現状でありまして、このへき地振興法の根本の精神にのっとって、このようなへき地に該当するところの単級複式分校、こういったようなものの線には現在においてこの補助が全然載っておらないのでございます。従ってバスに近いとか、あるいは停車場に近い、こういうような地域的な、地勢的な、あるいは距離的な条件によってのみ今までは考えられておったのでありますが、この振興法の第一条の精神の上に立ちましてへき地振興対象学校というものを御決定願えれば幸いだと思うわけであります。
  26. 荒木正三郎

    荒木正三郎君 本日はへき地教育振興につきまして非常に有益な御意見を拝聴いたしまして感謝しておる次第であります。  ただ一、二お尋ねしたいと思うのですが、現在のへき地指定の問題です。へき地指定の問題については、皆さん、現状はうまくいっていない、ほとんどそういう御意見でございました。私もいろいろ調査いたしましてその感を同じくするものでございます。そこでどういうふうにすればこのへき地指定が合理化されるかという問題です。で、へき地教育振興法の中には社会的あるいは自然的、あるいは教育的諸条件を勘案して指定をしなければならぬというふうに書いてあるのです。非常に抽象的であって、これだけでは合理的な指定が行われるということがあまり抽象過ぎてむずかしいのじゃないかと思うのです。そこで皆さんの御承知範囲の中でへき地指定が非常にうまくいっているというような実例があるかないか、比較的うまくいっているような実例があれば一つ報告願いたいと思うのです。あるいはこういう抽象的な言葉でなした、もう少し具体的に、どういうようにしたら合理化するのか。そういう点で、もし御意見があればこの際お聞かせ願いたいということが一つ、これはどなたからでもけっこうです。  それからもう一つは、皆さんも御承知の通りへき地教育振興に関する要望書、これは参議院の文教委員会で昨年の十月七日決定をいたしまして政府に出したのです。この要望書についてまだ足りない点があるとか不十分な意があるとか、あるいは要望書内容について、こういう点は感心しないとか、そういうような点、いわゆるへき地教育振興に関する要望書について皆さんに特に御意見があれば、その意をどなたからでもけっこうですから、一つ御聞かせ願いたいと思うのです。この二点お伺いします。
  27. 長谷秀一

    参考人長谷秀一君) 質問の内容二つに分れておりますので、まず第一点で、現在の指定でうまくいっている地域があるかどうかというふうなことなんですが、これは私たち結論的にこの指定で十分だというふうなものは持っておらないわけでございますけれども、私たち調査で今まで一番この指定基準でいいという地域、これは北海道の学校の指定内規というものがあるわけです。これは、じゃどこが他の指定と比べて違うかと申しますと、やはり付加点数表によって、今申しましたような文化要素とか、あるいは交通的要素のほかの諸要素を加味して、る。こういうふうな点でやはり違っていると私は思うのであります。  それから問題の第二点になるのですが、具体的にどういうふうにすればこの指定基準というものが合理化されるかというふうな問題につきましては、実は昨年文部省が膨大なへき地実態調査をやりまして、そのときに付随しまして、やはり一応の基準を示しまして調査をされたというふうに私どもは存じておるわけですが、その内容を見ますと、やはり北海道で取り上げたような文化度、あるいはまた経済的な要素教育的な要素、そういったものをある程度加味されて、そういうような面を十分いわゆる付加点数で考慮していただいて、そして調整すれば合理的な基準というものはおのずからできてくるというふうに、これは抽象的な答えになって申しわけないのでございますけれども、考えておるわけであります。  そこで第二点の質問の、現在の参議院の文教委員会における要望書で足らない点、あるいは不十分である点はないかというふうな御質問であるわけなんですけれども、私たちはこの要望書内容を見まして、もちろん要望書内容にはへき地指定基準の問題、あるいはまた研修手当の問題、へき地特殊勤務手当の問題、健康管理の問題、そういった問題が取り上げられておりますけれども、私はこの内容は非常にありがたいと思っておるわけです。ただ指定基準の中で統一的という言葉があるが、これは先ほどからのいろいろの質問なんか実は出ておるわけでございますが、統一的という方向ですね。これは人事院が統一的な方向基準を作られたも文部省が統一的な方向基準を作られるということについては、われわれとしても注目して見ておるわけでございますけれども、その統一して作るところの基準が現在の指定されておる地域を下回ってはいけない、下回っては意味がないというふうな意味で私たち意見を持っておるわけなんです。なぜかと申しますと、現在の指定基準、今までの指定基準というのは、やはり交通的であるとか、あるいは距離的な要素基準というのが作られておるわけです。ところがいろいろ本委員会要望しておられる、あるいはまた本委員会の考えておられるところの方向というのは、その距離的な要素だけではだめなんだと、文化的な要素も、あるいは経済的な要素もその中に加味して考えなければならないというのでありますから、少くとも現在の地域指定よりもその数というものは、そのワクというのは拡大された形でいかなければいけない。従ってこの統一的という言葉を解釈する場合に、そういう拡大していくという方向を当委員会としてぜひやっていただきたい。この一点について私たちは御要望申し上げたいのです。以上でございます。
  28. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) お答えというよりかお願いになるわけでございますが、逆に第二の要望内容について付加していただきたい項目といたしましては、この通学交通機関と自家発電の問題を取り上げていただきたい。  それからこれはこの中にとりあげることができるかどうか私知識がないのでわかりませんですが、先ほど申し上げましたこの地方財政計画の中に、地方自治体のへき地教育振興に要する財源の問題、これを何とかお取り上げいただきたい。と申しますのは、うちの県でへき地手当増額をいたしたい。せめて国の財政的に措置していただいた基準までというのでいろいろ知事と交渉いたしたのでございますが、知事の側の申すには、それは負担法においては保証されてあるけれども、交付税においては何ら顧みられていない。わずかに特別交付税において幾分かが認められておるけれども、従ってそういう片手落の措置の間は応ずることができない、こういう回答があったわけでございます。その真偽のほどは私はよくわからない、そういう内情もよくわかりませんですが、そういうことがありますというと、手当のみならずいろいろな問題に支障を来たすでありうということが予想されますので、何とかこの問題を取り上げられたいというふうに考えます。  それから第一の指定基準の問題でありますが、私の県では不備であります。これもやはり北海道のように付加点数法をとりまして、それには医療機関と、それから通信機関、これの問題を点数加算をいたしております。問題はただいまの基準が、荒木先生もお話になった通り交通上停車場から何キロというふうな線だけがはっきりしておって、あとが抽象化されているものですから、受け取る方はそのはっきりした交通条件だけをとる、そういう事態にも遭遇いたしております。先ほどの手当増額に関して、もしも国の財政措置の線まで増額するならば、指定基準を国通りやれ、こういう知事側の申し出があったわけです。そうしますと現在恩恵を受けているところの学校の大体六割が捨てられる、こういうことになります。道路と申しましてもいろいろへき地の道路というものは困難度が違いますので、先ほど長谷さんがおっしゃったように統一的という線で、もしも、しかれて参りますというと、ずいぶん不幸に陥る学校というものが出てくることは、はっきりしている、こう思うのでありまして、この点を御配慮お願い申し上げたいと思います。
  29. 小澤清信

    参考人小澤清信君) へき地振興手当のことでありますが、私は教育内容方面からお話いたしたいと思います。皆さん御承知のごとくであります単級複式並びに分校、この学校におきましては距離的な問題を取りはずしまして、実際に教育を行う教師立場から申し上げたいと思います。身体的の発育の異なる児童、年令の異なる児童、教科課程の異なる児童を一つの教室において一人の教師がこれを教えるということが、何かしら教育を推進していく上につきましてマイナスではないか、こういうようなことから考えまして、たとえこれが現在町村合併によりまして市の一隅に所在している単級複式あるいは分校でありましても、こういう学習の形態がきわめて不自然な、無理な形態で行われておると思うのであります。ある教授の精神分析的な発表がありましたところ、複式学級におきましては、教師の疲労度というものは二倍、それから三学級の場合においては二・八倍、四学級を一個学年にする場合には、三・二倍と、こういうような精神疲労、あるいは労働疲労が加算されていく、こういうような立場から考えまして、たとえ市の中にありましても、これは教育的なへき地と考えまして、このへき地基準の中へ入れていただかなければならない問題だと私は思うのであります。それから現在へき地全体につきまして、これはお答えとは違いますが、私が口述の要旨の中の第四項に掲げておきました「指導体制確立についての問題」でございますが、「全国農、山、漁村、離島等にある単級、複式学校分校等小規模学校教育の充実、振興を期するために、文部省内にへき地教育班仮称)または、「小規模学校教育班」 (仮称)」どちらの名前でもよろしゅうございますから、実際においてこの教育を推進していくという、現場に直結されたものが、教育を実践していく場合に、文部省内に何かしらよりどころがなければ、このへき地教育ということは、推進するのに非常に困難さがあると思います。複式の教科書の問題にいたしましも、教育課程の作成の問題にいたしましても、文部省内に単独に一つの班あるいは室というようなものが設けられまして、へき地教育のまとまったところの中心点、車の心棒となるべきものをぜひ設置させていただきたい。こう思うものであります。
  30. 住昴

    参考人住昴君) 最初へき地指定基準の問題でございますが、現在の人事院規則におおよそ準拠して、各府県で条例を作られておるようでございますが、この人事院基準の中に大分不合理があると思います。その点を二、三指摘申し上げたいと思います。  まず第一に、バスの問題でございます。バスが着いておれば、そこから八キロ以内にあるものは、これは指定をしないというようなことでございますが、バスと申しましても、ほんの三十分やそこら乗る距離でございましたら、これは問題でありませんけれども、私の方の実情では、二十里からの道をバスで行くことになりますと、六、七時間かかる。しかもその間の峠というものは、先ほど安部先生からお話がありましたように、びっくり峠あり、思案峠あり、最後は辞職峠がある。こういう状態でございますので、その疲労たるや、まことにすごいものでございます。バスのカーブが三百度というようなカーブが幾つかございます。一回ではとうてい回転できませんで、何回もやってようよう回転する状態、それは山がけわしいので、よほど熟練した運転手でなければ通れないというような状態でございます。そういう疲労度ということを十分考慮していただかないといけないということ。もちろん徒歩の場合にも当然疲労度ということが問題になると思います。これは学術的に申し上げますれば、たとえば蛋白の程度を調べるとか、いろいろな方法はないことはないと思うのでありますが、そのようにして疲労度ということを考慮していただきたいということ。  それから中心地との距離、飛騨地域においては、高山に出てくるためにどのくらい距離があるかというようなことが相当重大な問題になります。  それから冬季の交通途絶という問題が割合に軽く扱われておるということです。これは本当に大きなファクターだと思います。半年交通途絶をする。その間は徒歩で行かなければならないということは、実に大きなファクターだと思いますが、それはただ考慮をする程度でありまして、その点まことに不満であります。そういう点において、もう少し合理的なものを作る必要  がある。  それから第二点でございますが、いろいろ参議院の方で、文教委員会で御決議をいただいたことは非常に感謝しておるわけでございますが、二、三申し上げます。  養護教諭の問題でございますが、へき地における本校には少くとも養護教諭とありますのを、無医村、無医部落、そういうところの学校には必らず養護教諭を置くというような方向へこれを御指定いただいた方が実際的じゃないかと思います。  それから教員の待遇面を、もう少し大きく取り上げていただきたい。特に私のお願いしたいことは、これは従来ございましたのですが、退職金の加算とか、あるいは恩給加算という問題です。これは前に、いわゆる視学が各地方事務所に存在したころは、へき地へやるときには、一号俸特別上げてやっておるのです。そういうことを事実やっております。ところが今日そういう制度が全然ない。だからやはり特別昇給制度、それから恩給を加算をする。たとえば、日本から外地へ赴任をするときには、これは一年を一年半に見るということを戦前すでにやっておることでございますので、そういうような制度をやはりこの際復活するようなことが必要じゃないか。あるいは退職金において加算をするとか、こういうようなことが大事な問題じゃないかと思います。  それからへき地教員子弟の進学の問題でございますが、これはこの前、ちょっとデータを差し上げたことがあるのでございますが、へき地におる先生の子供を、たとえば町の高等学校へ入れるというような場合には、ものすごく出費が重なるのでございます。入学金だけでも二万円、月々で私の統計では三千円ずつよけいいります。だからして出したいと思っても出せない。しかたがないからして借金をする。でなければ、ある方法を用いて、なるべく近くへ来ると、こういうことをしなければならん。こういうような結果が出てくるわけでありますが、そういう点において育英資金というようなものを特別貸与をする。あるいは国において補助をするとか、そういうようなことが考えられるべきじゃないかと思います。  それから赴任旅費の規程というものがまことに不合理でございまして、実情を申し上げますと、私のほうでは赴任旅費規程というものは、役場から役場が単位になります。ところが、その役場たるや村の一番端っこにある。高山の方向へ向って一番端っこにあるわけです。そうして、そういうものが幾つかこういうふうに並んでおるわけですから、役場との間はまことに近いわけです。ところがその奥はものすごく袋小路になっておりまして、三里も四里も五里も奥にまだ学校がある。その奥の学校からこちらの村の奥の学校へ行っても、役場から役場という計算であります。こんなばかなことを現在実施しております。そういうような不合理さというものをやはり解消するような方向決議をなすっていただきますれば非常にありがたいと思います。いわゆる実際に勤務している場所から勤務している場所へ動くというのが当然のこれは赴任旅費規程だと思います。そういう点において非常に不合理だ。  それからもう一つ、この面は先ほど申し上げましたように、定数基準の改正をやはり織り込んでいただきたい。教員定数の基準を合理的な基準にして織り込んでいただきたい。これも一緒にお願いをしたいことでございます。  以上でございます。
  31. 湯山勇

    ○湯山勇君 時間がありませんから、私非常に簡単な事務的なような問題を一、二お尋ねいたしたいと思います。  先ほどへき地学校等において、幾つもの教課を中学で持たなくちゃならない。そのためには、現在の法律によりますと臨免をとらんといかんわけですね、そうしないと処罰されますから。そうすると、臨免をたくさんとればそれだけ手数料がいると思うのですが、そういう手数料はどこの負担になっておるか、これが第一点。これは岩手県のほうではどうなっておりますか。その事情もちょっとお聞かせ願いたい。  それから第二点は、今、赴任旅費のお話等も出ましたが、現在教職員一へ当り四千円が大体基準になっておりますが、それがどういうふうに配分されておるか。たとえば岐阜県でいえば、岐阜市の人が大体幾らぐらい、それから住さんがいらっしゃる所では一人平均幾ら、これは小澤さんの方もおわかりでしたら甲府の人は幾ら、それから小澤さんのいらっしゃる学校では幾ら、岩手県でしたら盛岡は幾ら、それからへき地では幾ら、大体そういう点がどうなっておるか。  それから最後にちょっと、これは結論だけお聞かせ願いたいのですが、住さんの御意見では、地教委がへき地教員異動に障害になっておるという意味の御発言がありましたが、これについて岩手県の教育委員立場において、果してそういう事情にあるかどうか。これも結論だけでけっこうでございますから、簡単にお話いただきたいと思います。
  32. 砂子由次郎

    参考人砂子由次郎君) 第一番の手数料の点は自己負担でございます。  第二の旅費の問題は、四千円の基準でございますが、そのうち赴任旅費に千五百円から都市によっては二千円くらいのがあります。残額は一般旅費になっておる、こういうような現状であります。そうしてこの配分につきましては膨大な県でございますので、出張回数、それからいろいろ行事の中心である盛岡までの距離、こういうものを按分しまして、地域によって配分差をつけております。その具体的なものはちょっと忘れました。  それから人事異動につきましては、うちの県では県の教育長と地教委の教育長が人事協定書というものを結んでおりまして、相当強力な調整の役割を教育長がやっておりますので、二、三は問題がありますが、大体毎年やはり問題なくやっておるようであります。
  33. 住昴

    参考人住昴君) 最初に臨免の手数料でございますが、一切自己負担でございます。  それから赴任旅費の問題でございますが、これは現在県といたしましては距離割が六・七、それから個人割が三・三、こういうような配当基準を作っております。そうして大野郡といたしましては距離割が七、個人割分が三という状態でございます。この点に関しては長い間ものすごく論争が行われまして、ここに落ちついております。そこで大体どの程度かとおっしゃいますと、大野郡の状態では一人当り五千五百円、それで一回の出張の費用というものは、これは一例をちょっと申し上げておきますが、大よそ白川の奥から高山まで参りますと、今冬でございますと六泊必要でございます。それですからそんなのを二回やりますれば、ほとんど済んでしまいます。一年間にそれだけでございますので、二回ほどで済んでしまいます。  それから第三点でございますが、地教委の問題でございますが、人事の問題でございますが、何かしら私たちとしては地方の課長が一切をやるような方向でやってもらいたいと思いまして、いろいろ地教委の方にもお願いをしたり、なだめすかしたりいたしておりますけれども、どうしてもそれがなかなか実行できないのでございます。ということは、へき地の郡の方の、特にへき地の村の教育予算ですね。村長さんはいい先生をもらってこいよと言われるのです。そうすれば何とかしたいと思っていい先生を、いい先生をとあせるわけです。ところが平坦部の方の条件のいい鉄道の沿線のようなところの村長さんから、おれの方のいい先生を離してはいかんよというわけで、絶対にそれは動かしません。そうすれば結局のところどちらも力の関係で争うだけでございまして、やむを得ないのでございます。そういうような状態がここのところ三年ばかり続いております。何とかしてこれを打破したい、教育長さんに教育振興立場から一つがんばっていただきたい、御協力を願いたいということからして、そういうことで本年度は一応地教としては三人分教育長さん、九カ村のやつを三人の教育長さんにおまかせしたような形になっておりますけれども、この間の状況をいろいろ聞いてみますというと、結局取引人事よりしようがないなあというような情ないような言葉を聞いております。残念に思っております。
  34. 小澤清信

    参考人小澤清信君) 一番の臨免の手数料は前の参考人と同様自己負担であります。  山梨県は全体として三千五百円が平均旅費でございます。それによりまして距離とかあるいは学校を一単位と見るとか、あるいは多く集会する地点、こういうようなものを三カ所あたりに基準をもちまして、そしてそれを出張回数によって配分する、しかもそれは完全な実費旅費であります。でありますが、へき地におる私の学校でありますというと、実費旅費では足りないほどの出張回数があるわけであります。それは旅費の点におきましても自己負担、こういうのが私たちの現状であります。
  35. 住昴

    参考人住昴君) ちょっと敷衍させていただきます。赴任旅費でございますが、実はこれは県の方では一般旅費の中に含まれております。それでありますから、非常に多くの人が赴任をすれば、転任をすれば一般旅費はそれに応じて減額せられるということになるわけであります。それですから何とかして、これを別ワクにしてほしいということ々長い間要望いたしております。
  36. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) それでは長時間にわたりまして遠路わざわざお出かけをいただき、へき地教育についての問題点に関するきわめて詳細な御意見の開陳、御解明をいただきまして、まことにありがとうございました。私ども委員会といたしましても、本日の御陳述を十分参考にいたしまして善処したいと思います。  なお文部省から初中局の財務課長がお見にになっておりますが、何か文部省立場でおっしゃることがございましたら、一つ時間もだいぶ経過していますから簡潔に御発言をお願いしたいと思います。
  37. 安嶋彌

    説明員(安嶋彌君) 先ほど来いろいろお話を承わって非常に参考になったのでございますが、お話になりました個々の問題につきましては、文部省におきましても、かねていろいろ研究をいたしておりまして、またこれに対して多少の意見もございますが、ただいま私の立場としてそれを申し上げることも適当でないと思いますので、この際差し控えたいと思います。ただ砂子先生から先ほどちょっとお話がございました地方交付税の交付の場合におけるへき地要素考慮の点についてでございます。砂子先生が先ほどおっしゃいましたように、地方交付税のうちの特別交付税、これは通常の財政需要額の算定によっては捕捉しがたい特別な財政需要に対応して支出されるということになっております。二十八年までは、ただいま手元に詳細な資料がございませんので十分御説明申し上げられませんが、二十八年までは、積雪のための冬季分校の数、それからへき地手当支給が多額であるということ、それから島嶼、鳥が多いということ、この三つの条件が特別な財政需要と見られまして、特別交付税の算定の基礎に一応織り込まれておったわけでございます。ところが二十九年昨年以降は、この特別な需要が交付税の算定の基礎には取り入れられておりません。この理由は、特別な財政需要としては比較的軽微な財政需要であるからだという、こういう理由だと承わっております。こういう財政需要の特別算定方法は、御承知の通り、自治庁がきめます。法形式といたしましては総理府令できめられておるわけでございます。
  38. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) それではこれで午前中の参考人の御意見の開陳を終ります。ありがとうございました。  これで休憩いたします。    午後一時二十二分休憩      —————・—————    午後二時三十四分開会
  39. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 休憩前に引き続き、委員会を再開いたします。  午後の議題は高等学校定時制教育及び通信教育に関する件であります。  本委員会においては、かねてから高等学校定時制教育振興について種々調査研究を重ねて参ったのでありますが、特に昨年九月には九県にわたって現地調査を行なった結果、一応の結論を得、委員会決議をもって政府に申し入れを行い、その実現のため鋭意努力を続けて参ったのであります。  一、地域実情に即応した教育の実施によって定時制教育本来の使命を達成すること。  二、卒業生のために夜間大学を設置すること。  三、卒業生の就職に際しての全日制卒業生との差別撤廃。  四、定時制課程の生徒に対する育英資金のフクの拡大並びに生徒の通学に対する雇用主の理解の促進。  五、県財政の窮迫による分校統合は定時制教育の発展を阻害するから国が強力な財政措置を行うこと。  六、定時制高校の施設費の国庫補助、設備費の増額。  七、定時制課程の生徒の保健管理と給食の実施。  以上がその決議内容であります。  本委員会としては本件の重要性にかんがみ、この決議の前後において、かねてこの問題について熱心な御研究と深い御体験を持っておられる方々から御意見を拝聴する機会を得たいという熱心な希望を持っていたのでありますが、種々事情から延引しておりましな。本日幸いにその機会を得まして、それぞれのお立場から貴重な御意見を伺うことになったわけであります。  参考人方々には、御多用中をわざわざ遠路御出席いただきまして、まことにありがとうございます。これから御意見を伺うわけでありますが、時間の都合上お一人二十分くらいの範囲で、順次御意見をお述べいただき、最後に一括して委員の質疑を行いたいと存じます。  なお佐藤清一郎君から委員外発言を求められております。これをあらかじめ許可することに御異議ございませんか。   〔「異議なしと」呼ぶ者あり〕
  40. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 御異議ないと認めます。  では第一に栃木県定時制教育振興会事務長、栃木県立宇都宮農業高等学校主事齋藤一郎君。
  41. 齋藤一郎

    参考人(齋藤一郎君) 私ただいま委員長の方からお話のありました、栃木県立の宇都宮農業高等学校定時制主事をやっております齋藤一郎であります。なお県に定時制教育並びに通信教育振興会ができておりまして、その方の事務を兼ねて仰せつかっております。  ただいまから定時制教育、ことに私の学校の定時制は、昼間の農業高等学校でございまして、中心一つ、分校三つございますので、これを中心にしまして、地方における昼間の定時制並びに地方における分校の状態、こういうことにつきまして、常に接触しております場面から幾つかの問題点、あるいは現実に非常によくやっておるというような例をお話し申し上げたいと思います。さらにそれを中心にしまして、私知っております限りにおいて、各県の情勢などを折り込んで参りたいと思っております。  定時制教育のお話を、各方面の方といたしますと、どなたもその趣旨につきましては反対の方はございません。で、運営の幅といいますか、そういう面におきましても、全日制に見られないような非常に広い幅がございます。まあ一つの例でございますが、私の方の県のある学校では、ことし卒業式に四十八才の方が卒業されました。その方の息子さんもことし同じ学校の全日制の方で同じ日に卒業証書を握った、息子さんは早稲田大学の方に進学をする、お父さんは群馬大学の短大の方に行きたい、こういうふうな珍しい例がございます。全国にも幾つかこんなふうな例がありまして、こういう例は定時制でなくては見られないことではないかと、こう考えております。  そこで、本県の栃木県の状況をできるだけ簡単に申し上げておきたいと思いますが、全日制の学校が公立で三十一ほどございます。その中で十九校ほどが定時制を持っております。十九のうちさらに九つほどの学校が分校を持っております。分校の数は二十一という状況でございます。他の県と違った点は、一般的に申し上げますと、定時制の場合は夜間の課程全国的に多うございますが、私どもの方では、これは県の特殊事情かと思うのですが、昼間の学校の方が多うございます。中間三つについて夜間一つというくらいの割合でできております。それから課程別に申し上げますと、農業が大部分でございまして、普通科、商業、工業というものは非常に少うございます。学校数の変遷でございますが、昭和二十八年度に最も数が多うございます。その後、あるいは設置町村といいますか、分校の場合はその設置は町村が設置することになっておりますが、町村の意向、あるいは生徒募集難というようなことがからみまして、次第に数が減って参りまして、本年度は中心校十九の分校二十一と、来年度になりまして中心二つが募集停止になろうとしております。これは一つは町村合併などに伴う一つの現象でございますが、同時に地方においては都市部の夜間の定時制は生徒募集については非常に楽といいますか、充実できますが、並びに僻地の分校などは募集定員を突破するという状況にありますが、その中間であります農山村の農業高等学校、あるいは分校はなかなか生徒募集に困難を来たしておると、こういうふうなことがございます。それでそういうふうな生徒募集の問題、あるいは財政の問題などから統合、廃止といいますか、そういう線が浮び上っております。  そこで、生徒募集難の話に参りますが、どうして生徒募集が困難であるかということになるのですが、一つは施設設置の面におきまして、ことに分校の場合、二十一ありましても、そのうち現在ようやく十校ほどが独立の校舎を持てるようになっております。各町村におきましては、これの校舎の新築に当っては、自分の町村の金を工面してやっている。非常に施設費の点において問題があるわけでございます。それで、しょっちゅう言われますことは、何とか町村が分校を作るときに起債ができないだろうか、これがもう常に町村の悩みの種になっております。生徒の側からいいますと、これは私どもの中学校の、よく定時制を理解しておる中学校長さんの意見でございますが、定時制は今のわが国情から推すと、ほんとうに理想的な教育の方法だ、だから大いに生徒をとれと、こういうふうに申しておりますが、しかし、今のあの分校の状況、これは中学校に間借りしておる分校でございますが、中学校の一部を借りまして、普通の二十坪の教室を二つに仕切って教室にしております。こういう分校で、あれを見てはほんとうにやりたいけれども、ほんとうに自分の子供をさてやろうと思ったらば、やっぱり市内の学校らしい学校——というのは施設の問題ですが、そういう学校にやりたくなる。分校にやりたくなくなってしまう。非常に協力はするが、そういう面で一つ校舎の独立ということを条件にしてもらいたい、そうすれば、分校のために幾らでもこれという生徒は上げて、村の教育のために努力したいと、こう申しております。これに設計の問題でございまして、どうぞこういう点においては御当局においてもぜひ地方の定時制教振興のためには施設費がいただける、こういうことが一つの大きな条件になりますので、よろしく御承知おき願いたいと思っております。  それから次に、それでは施設ができれば生徒が入るかどうかということですが、現実に私どもで県内で調べました生徒の数ですが、中学校卒業者が一年間に約三万五千ございます。そのうちで県外に出たり、あるいは全日制の高等学校に入ったり、あるいは定時制に入ったりして、つまり村内に残っておる生徒、この県内の総数を調べましたのですが、農林業に従事する者、あるいは仕事も何もしないもので農村に残っている、言いかえれば、昼間の定時制の高等学校に入れるはずの生徒が約九千人ほどまだぶらぶらしておるわけです。それから就職をしたり、あるいは自家の営業に従事しておるという生徒、このどこの学校にも行っておらない、こういう者が約八千人ございます。一万七千くらいの数がどこにも行かないでぶらぶらしている、こういうことを本県の数字は物語っております。ですから、こういう生徒がこういう数がありますので、これらの教育機関のブランクといいましょうか、こういう生徒が、将来こういう教育を身につけないでぶらぶらしている者が、こういう青少年がたくさんあるということは、村の問題にしましても、あるいは県、国の問題にしても大きな問題じゃないか、こういうものをぜひ定時制に吸収して十分教育をしていきたい、こういうのがわれわれの念願でございまして、生徒募集もこういう面からやって参りたい。それで実際に入りますのはどうかといいますと、これは栃木県の場合で、ほかの県には必ずしも適用できませんが、中学卒業者のうち約三五%が全日制に入っておりまして、ただの五%だけが定時制に入っております。その数は、県で募集しております一年間の募集定員は約二千百でございますが、その二千百のうち千八百か千九百くらいの数が入学している。いつも定員全体に対しましては、二、三百の不足がございます。これが中学校卒業から定時制に入る状況でございます。そこで同じ県内でも、都市の夜間の方は大体定員を突破しております。それから僻地にあります分校、これまた定員を十分満しております。先ほど申し上げました通り、その中間の農村地帯にある分校が、あるいは都市に通えるようなところの分校が、ただいま申し上げましたように生徒数が不足、こういうことになるのであります。  で、校分はどうすればいいのかということですが、先ほど施設、設備の不十分からくる募集難ということを申し上げましたが、もう一つ特に農村地帯に入りますというと、あるいは市内でもそうですが、社会通念というのでしょうか、定時制の教育のやり方を、これは何といいますか、一段低い学校教育というような考え方を持つのです。父兄などでも会って話をしますと、定時制じゃごめんだという父兄がございます。しかしながら、全日制の方に無理して入って、途中で経済的な面、あるいはその他の面で脱落する生徒も相当ございますので、一般の地域社会の人たち定時制教育に対する趣旨の理解といいますか、これがもっと行われなければならない、こう考えております。これらの点は、この社会通念の上からの間違いというものは、父兄ばかりではありませんで、もちろん中学校を卒業すべき生徒にもそういう面がございます。まことにこれはわれわれ学校教員の仲間においてもこういう点を反省しなければならない点もやはりあるものと承知しております。そういう点につきましては、学校のわれわれ現場の職員ばかりでなしに、振興会、そのほかの方々のお力によりまして、よほど変っては参っております。それから生徒が魅力がないと言いますが、とにかく魅力がないために定時制に入らないのじゃないかという面がありますが、これは分校に対する、あるいは中心校に対する教員数の割当の関係などから、どうしても教員の数が不足でございます。もう少しなければ困る。そこで兼任という方法でもって中心校、分校間の教員の動かし方をやっております。運営上兼務ということが非常に多うございます。この兼務の問題は、このほかにも地域給が問題になりまして、地域給が分校の職員組織を充実させるためには非常な難問題を起しております。これは私どもの県ばかりでなしに、他県の話を聞きましても、その問題が分校職員の配置に非常な影響がある、こういうことを承わっておりまして、何とかうまい方法がないものかと実は心配いたしております。この問題によりまして、中心校ではたとえば一割五分の地域給がもらえるが、分校に行くとそれがなくなるというようなことで、これに従事する教員自身の問題として、私たち教員の配置については非常に苦労する次第でございます。  さらにわれわれが反省します点は、農村地帯に行きますと、ことに女の生徒には四カ年というのは非常に長く感ずるものがあるのでございます。これを従来は前期、後期の課程、あるいは前期を卒業する者とか、いろいろ工夫したのでございますが、どうも二カ年というのが一番女の子の希望の年限でございますようで、これをうまく充実させていきませんと、生徒の数が集まらないのではないか。本年度と言いますか、昭和三十一年度から県内で新たに別科の制度を作りまして、七校ほど別科を新設いたすことになったのでありますが、別科新設ということが非常に生徒募集に好影響を与えておるようであります。現在今まで少かった学校に別科ができるというのでかなり集中してきた。これらは私たちが当然研究してやらねばならぬ問題と、こう思いますが、幾分かずつそういう点も考慮いたしまして、来年度の新入の生徒は別科制度によりまして相当大幅にふえてくる、こういう見込みがございます。  それから現実にどういう点が学校の面において足りないか。先ほど施設設備として校舎の問題を申し上げましたが、現在中心校は全日制のものをそのまま使う、こういうことで行っておりますので大した問題はございません。もちろん夜間の定時制の場合はまたおのずから別な面がございますが、昼間制の中心校の場合ですと、全日制の生徒と同じように同じ品物が使える。ただ問題になりますことは教養という点で、全日制の生徒が千人おって定時制が二百人おるという場合に、これを千人の数で割ったところの設備が与えられておる。私たちが考えるのに、全定延べ人員千二百の数で設備を考えなければならないのじゃないだろうか、そういう考え方から、千人だけの分を与えられて千二百人で使う、こういうようなところにやはり訂正すべき点があるのではないか、こう考えております。  それから分校に行きますと、教員給だけが県から与えられておりまして、あとは全部その設置者——町村の負担でございますので、思うように財政措置がなされません。最初二、三年前までは二十万平均ぐらいの町村予算でしたが、本年度はそれが五十万平均ぐらいに上っております。なおそのほか熱心な町村におきましては、私たちの方では粟野分校というのがありますが、ここは非常に熱心な教頭さんがおりまして、これは二千数百万の金を出して本年度独立の校舎を作った、これは全日制のものに比較しても劣らぬようなりっぱなものであります。しかし遺憾ながらそれから先の経費を出すのに骨が折れて、建物はりっぱなものができたが、中の設備があと一段というところで困難しております。こういう点につきましても、設備の充実ということにつきましては、やはり大きな力で応援していただかなければならないと思っております。分校の施設設備でどんなものが不足しているかと申しますと、何しろ町村の費用でやっていきますので、実験、実習などの設備が全般的に申しまして不足でございます。それから視覚、聴覚に訴えるところの教材教具が足りないようでございます。さらに図書の面で、これも分校は中心校に比較しますと、はなはだ低い状態にございます。やむを得ず県の移動図書館を利用するとかというような方法をとっておりますが、非常に図書などの面においても別段の充実がはかられなければならないと、こう考えております。  さらに町村におきましては、最近の栃木県は黒字県とこう言われておったのでありますが、しかしながら町村の方に行きますと、相当苦しい状態でございまして、せっかくの補助も半分地元負担ということになってきますと、たじたじというような町村が幾つかございます。私たちもこの補助を受けまして、設置者当局に話をしまする際にも、向うの係の方も非常に心配してくれているが、私どもの方でも堂々ともらうのじゃなしに、ひやひやしながらもらうので、うっかりするとお返ししなければならぬのじゃないかという危険性があるのじゃないかというような、非常に情ない状態でいるのであります。これは一つ大きな力で地方の分校をお救いいただくようにお願いいたします。  次に、教職員の問題に入りたいと思いますが、定時制の教職員組織は私ども調査——これは県の調査も同様でございますが、一口に言いまして、中堅層の教員が不足しているということに落ち着きます。君は初めて勤めるのだから夜間の方からやってくれとか、あるいは相当老令になってくると、分校の方へ行くと伸びるのじゃないかという考え方があるのです。それで中堅層の人は全日制にいる。こういう傾向がございます。私たちの考えは、やはり全日制の高等学校経験を幾年か積んだそういう方々が定時制に回って来てこそ、それが伸びるのであって、定時制の教育は、職員の側からはこういう方法であってこそ初めて成り立つ、こういうように考えております。そのほかに定時制の教員は、ことに夜間の先生などの場合には非常にいろいろな問題がございますが、昼間の定時制教員でありましても、これは全日制に勤めておりますよりは、非常にいろいろな面で過労といいますか、そういうようなものに陥りやすい。全日制の教員の場合には、私どもの県では生徒募集に歩きません。私たちの方では生徒募集に、わらじをはくと言っておりますが、どんどん出て歩きます。はなはだしい場合には家庭訪問までしてやっております。教育だけは押し売りしてもいいと、みんなに教育を売りつけてもいいのだと、そして大勢の青年が高等学校教育を身につけて世の中に出て行く、これが必要だ、こういう考えで教育だけは押し売りでもいいのだ、どんどんやって来いと、こういうことで家庭訪問までしまして生徒募集をしている。こういう実情を持っております。  あるいは地域の産業と密着しております関係上、地域産業の指導と申しますか、もちろん農業の改良普及員などおるのですが、一つの小さな農事試験場の役目を各分校が果しまして、そこへ農家の人たちが来る、こちらからも指導に行く、こういうような方面で全日制の先生から比べますと、昼間の定時制の職員ははるかに勤務の方では過労に陥っておる、こういうように考えております。しかし一生懸命やっているその先生を中心校の方に、全日制の方に引っぱって来ようかと考えるのですが、やはりその人ちはその人たちなりに、もう一年置いてもらいたい、これだけの仕事をやりかけている、あと一年やればこの仕事ができ上る、たとえば私の方の分校では、村の果樹の品種の統一ということを三年来計画しておりまして、まさにカキにつきましては、その品種統一が間もなく完成しようとしております。そのほかブドウの栽培とか、桃の栽培、これを全村に普及させようというようなことで、これにかかった職員は本校の方に引っ張り込もうとしましても、もう一年かんべんしてくれ、こういう熱意を持っている。熱意を持っておりますが、私どもの方から見ますと、それだけやはり過労に陥らしておる。しかも待遇の面におきましては、地域給やら何やらで非常に迷惑をかけておる。こういうように非常にお気の毒であるが、本人たちはもうその職に喜んで熱意を入れてやっておる、こういう人がたくさんいる。こういう意味におきまして、非常に疲れております定時制の教員を、また何らかの意味におきまして十分お考えおき願いたいと思っております。  それから定時制の私たちの昼間の行き方は、大体農繁期には大幅に休める、農閑期にはどっと授業を当てはめて来る、これは授業編成の上において相当全日制と違いまして、一年を通じて同じ時間表でできるものじゃありませんで、非常に困難な点がございます。それから夏休み、冬休みの期間におきましても、農繁期に大幅に休むという関係で、夏休みはある程度返上でございます。生徒の方も返上ですし、私たちの方でも夏休み返上である。このことは冬休みにも適用されますし、春の休みにも適用されます。土曜日などはまず大体半日という行き方はございません。一週間に低学年は五日くらい、一、二年は五日くらい出ますし、三年が四日、四年は二日、平均しますとそんなようになっております。土曜日だから半日だということで行きますと、その線がくずれて参りますので、月曜から土曜まで、全く朝から夕方までの授業でありまして、夏休み、冬休みの取扱いなどもそういう特殊な行き方をやっております。  次に生徒の状況でございますが、入学の際に一次募集と二次募集とございますが、一次募集で入って来る数は全体の四分の三くらいであります。二次募集が四分の一くらいであります。二次募集というのは、第一次には全日制、定時制一緒に試験をしますので、その全日制から落ちたというような意味の者が入って来ると、こういうふうにある程度解釈できます。これは中学校の先生方の進学指導の面で、先ほどの社会通念の意味から、全日制の学校に生徒を送り込めたのがその先生の手柄であるというような考え方が、まだ相当ございます。この点は最近よほど是正されておりますが、そういうような意味を持っておりますので、従って定時制の場合の学力というものは、上の方は非常にようございます。下の方に行くと、非常に落ちているのがある。例を上げますと、東大に入ったからいいんだというようなことは言いませんけれども、地方におきましては、夜間の学校から昨年、本年度の四月ですか、東大へ合格している。全日制から入れないのに定時制から入っている。こういうような面がございまして、学力差は相当ありますが、本当の意味の定時制の生徒はどんどん伸びて行く。しかも大ぜいの生徒たちが勉強したがっているということは、これは事実でございます。  それから家庭の環境から言いますと、両親、それから父親、母親、とにかく両方ないか、あるいは一方ないか、これが合計で二〇%くらいございます。ちょっとこまかな数字は、必要とあればお示しいたしますが、親のない生徒がとにかく二〇%くらいおるということは現実の問題でございます。ことに父親のない生徒はかなり多うございまして、言いかえますと、父親がないための経済面の問題から、あるいは両親がないための経済面の問題から定時制に入るんだと、こういう生徒でございます。こういうのが定時制の生徒の家庭の状況でございます。これらの生徒は、家庭環境、あるいは村うちで青年たちとつき合いをしたりしておりますので、どうしても特別教育活動という面において、私たちはこの恵まれない生徒の情操教育方面をぜひ向上してやりたいと、こう考えております。  次に地方の産業との関係でございますが、先ほど一つの例として、村内のカキの品種の統一というようなことを申し上げましたが、あるいは蔬菜栽培、私の方の分校の一つは、日光利根川温泉に近いところにございますので、そちらの方に供給する野菜類を作っておりますので、これらについて学校が直接指導をしていくというようなことをやっております。ただいまのところは、村の特殊生産物であるラッキョウの栽培について分校がこの実験をやったり、あるいは麦のアカタマバエ、麦の非常な害虫ですが、これの駆除方について分校が率先して取り上げて、なおそれに成功している。これによって村に非常に貢献している、こういうような実情がございます。分校は、大体地域文化、あるいは産業の先端と言いましょうか、そういう役割を果しております。またそういう役割を要望されております。  なお定時制農業関係の学校の特色は、全日制の場合ですと、多くは長男が入りますが、定時制の場合には必ずしも長男でございませんで、やはり半分が長男、半分が二、三男、こういう形をとっております。農業学校でありながらそういう形、従って定時制の場合には二、三男教育という問題が浮び上っております。農業学校であっても二、三男教育が浮び上ってくる。これはそのまま就職問題ということにつないで考えてもいいんじゃないかと思います。このための一つの例を上げますと、農学校でありながら、県の工芸指導所と連絡をして、そこに生徒をひまなときに送ってやって、そこで竹材工とか、木工とか、各種の技術を身につけさせている。そうして家具商や何かそういうところに送り出してやる、こういうふうな方法をとっております。これも私たちから言えば、実は私たち直接の仕事じゃないんだが、そうしてやらねば、これらの生徒の問題が解決しないというので、教員が付き添って指導所に行く、こういうことで、二、三男対策も行わなければならない、こういうことになって参ります。  これは予算の面ですが、特に分校におきましては、県からの補助も多少ございまするが、やっと本年度十万もらったものが、来年はまた五万に、分校平均五万と、ひっこんでしまう。分校の生徒が納める授業料がそのまま県から分校に返されるということを望んで、分校補助の面を運動しておりますが、県財政状況からまた再び五万円しかもらえないというような状況に戻っております。非常にこれは残念なことですが、現在の状況やむを得ないと一応は観念しておりますが、県当局あるいは国当局などの絶大なる御援助を仰ぎたいと思っております。何しろ町村から分校に出す金も年々相当上ってきておりますので、将来分校の運営上、その分校の予算の問題ということは相当大きな問題じゃないかと、こう考えております。  最後に、ただいまは問題になることばかり申し上げたのですが、中にはもちろん全部そういう定時制学校中心校、分校、夜間いずれも含んでおりますが、県内におきまして、ずいぶん定時制をよく理解してくれておる方々がございます。実例としては幾つか名前をあげてもけっこうだと思いますが、宇都宮の市長さんはかつて東京で夜学に入られて苦学をされた方で、非常に理解がございまして、率先されて宇都宮市内三校の定時制の学校のために、定時制の生徒のために後援会を作っていただきまして、宇都宮定時制教振興会という名前ですが、昨年は二十九万の金を市費から出して下さいました。本年度は四十万の金を市費から出して下さる。これによって宇都宮市内の定時制のあるいは趣旨の普及、あるいは生徒の厚生に大いに役立ててくれと、みずから激励されております。それから先ほどちょっと申し上げた粟野町の分校は、粟野町長さんが、これまたみずから非常に若いころ苦労をされて、望む教育も受けられなかったという立場にある方ですが、非常に定時制に理解がありまして、みずから二千数百万の金を苦心してりっぱな粟野分校を作った。しかもみずから自分の町の中学校に出かけて行って、中学校の先生とひざをまじえて、ぜひこの分校を育ててもらいたい、これがこの町の教育中心地であるから、文化中心である、産業の中心である、こういうことを頼んでおります。そのおかげで、かつて生徒数も少かった粟野分校も非常な数で堂々と発展の途中にございます。あるいは中学校の校長さんなどでもよく理解されておる方は、中学校の中に併設されておっても、この分校の位置を非常に重くみてくれております。そうしてみずから分校長と、だれも分校長という資格を与えたのじゃなくて、自分みずから分校長だと名乗っております。定時制の先生方もそこに行くと、今、分校長さんがみえますからと、分校長ってだれだと思ったところが、そこの中学校の校長さん、それでこの分校はこういうふうにして発展させる、この村の青年は全部ここに入れて全村教育をやるのだ、こういうような意気込みを示しております。そういう分校も幾つかございます。こういうふうな理解ある協力者、後援者を得ることも非常に大切だと思います。そういうところは隆々振興していく下地は十分に持っておることが見られるようでございます。こういうような面で後援者の力というものを私たち十分信じておりますので、どうぞ一つ精神的な上からも、あるいは物質的な面からも大いに後援をお願いしたいと思います。ただ私たちは後援だけを求めて、それでやっていこう、こういうのじゃなくて、われわれの力でできる範囲はどこまでも解決していく、こういう考え方を持っております。ただ人にすがって定時制教育を発展させよう、こういうようなさもしい感情ではございませんので、われわれの力の限りはやる。しかしながら現在の状況においてはわれわれの力の及ばない面がたくさんある。こういう点はどうぞ各位のお力添えによりまして、一日も早くこの定時制教育が全日制のように安定したといいますか、固定した教育に入って、そうして、これが今望んでおります勤労青少年を一人も漏れなく教育をして、国家あるいは社会の発展に寄与できるようになりたい。こういうことを念願しております。大へん失礼いたしました。     —————————————
  42. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 次に、日本教職員組合中央執行委員的場正宏君。
  43. 的場正宏

    参考人(的場正宏君) 日本教職員組合中央執行委員をしております的場でございます。  私は主としてまあ私ども立場でやはり定時制教育につきましていろいろと平素考えたり、考えまするがゆえに悩んだり、また悩みますがゆえに、先生方や文部当局、その他関係各方面にいろいろ訴えたり、お願いしたりして参っておりますような立場でございますので、そのような立場から全国的に定時制教育の問題点がどういうところにあるのか、その問題点をどういうふうにしていただけば何とか解決できるのかというような立場で、少し意見を述べさせていただこうと考えております。  特に昭和三十一年度の各県の予算査定の過程におきまして、すでに二十八、九年度ごろから各県の中で少しずつ芽ばえて参っておりました定時制の高等学校の整理なり統合なり、あるいは課程の廃止なり補充停止なりというような動きが、非常に三十一年度の当初予算査定において顕著に出て参っております。この傾向は、従来言われておりました富裕県であるとか貧県であるとかいうことではございませんで、ほとんど全国的な傾向として出て参っておるということが申し上げられると思うのでございます。でただいまも栃木県の先生から言われましたように、黒字県ということになっております栃木県においてさえ、そのような若干の動きが見られる、このような傾向は大体どういうところから出て参っておるかということをいろいろ考えてみますというと、やはり表面的にはこれは学校自体の、あるいはそれぞれの県、あるいは地方自治体と申しましょうか、むしろやはり学校自体の持っている問題点というようなことが一応原因になっているものと信ずるものでございます。どのようなことかと申しますと、学校の配置が非常に不適正である、適正を欠いているというようなことだとか、それからその学校なり分校なりに設けられている、学校なり分校なりで教えられている課程というものが、その地域社会に対して適合していない、不適合であるというようなことであるとか、あるいはもっと突っ込みますというと、学校の運営が非常にまずいとか、あるいは教員組織が、これも先ほど申し述べられましたように、教員組織がいろいろな意味でうまくいってない、まあいろいろそういうような織りまざった原因が結局学校というものを地域社会のほんとうに文化中心と申しますか、教育の中核として育て上げていない、魅力がない、従って応募者が少い、先生方は足を引きずって生徒募集にかけ回らなければならない、しかも生徒は集らない、このような現実が結局先ほど申し上げましたような情勢を生んでおる、そのように考えるわけでございます。ところが、それではそのような現実をどうしたならば解決できるのかということになりますと、これにはいろいろな方法があると思うわけでございます。まあ、最も直接的な解決の道といたしましては、各都道府県なり地方自治体なりの、すなわち学校設置者のいろいろな配慮、あるいは地域社会学校に対する、特に定時制教育に対する理解なり、協力なり、あるいは各県における、これは定時制通信教育振興法の中で義務づけられておると思うのでございますが、総合的な定時制教振興の計画を建設的に樹立をして、それを推進していく。あるいは社会教育学校教育とのちょうど結び目にあると思われますところの定時制教育というようなことで、学校の先生がどしどし地域社会の中に足を踏み込んでいって、地域社会学校とを密接に結びつけるような努力をする。あるいは教師みずからがときとしては持っております定時制蔑視の観念というようなものを払拭するとか、あるいは教師自身の努力、研さんによって学校全体を魅力ある運営に持っていくというような、いろいろな直接的な努力の種み重ねによって解決できる面も相当あります。むしろこのことが主体的なものでなければならないと確信をするわけでございます。ところが、どうしてもこのような努力を幾らしても解決できない面がございます。その点は結局何と申しますか、国の文教政策のあり方とか、あるいはそれから流れてくるいろいろな財政措置の問題であるとか、その財政措置裏づけるところの具体的な法的な措置であるとか、このような問題になりますと、どうしましても職場における教師なり、地域社会努力だけでは解決できないのでございます。学校教師なり学校自体なりもうんと努力しまして、いろいろと問題を解決しているような例がたくさんございます。一、二申し上げますというと、埼玉県の玉川分校においては二十六年度においては廃止寸前の姿にあった。大体学校の生徒が七名くらいしかいなかったということを聞いておりますが、それがただいま申し上げましたような努力によって、三十一年度においては二百五十名ないし三百名くらいの規模の独立校にまで発展するというようなことになっておりますし、私の郷里でございますところの鹿児島県の山川といういなかの高等学校のごときも、二十六年度ごろにおいては廃止寸前まで追い込まれていたのが、地域の協力や地方当局の理解ある措置等によって、それと学校努力が相待って、現在規模三百五十名くらいの隆々たる定時制学校として成果を上げております。このような実例はどこにでもございますが、このような実例はどうして生まれてきたかということでございますが、これはやはり学校自体、教師自体の、あるいは地域社会の献身的な努力に少しばかり外から援助の手が差し伸べられたことによってこういう現象は、現実は築き上げられて参っておるのでございまして、やはり学校内部だけの、あるいは地域だけの努力ではどうしても力及ばない状況に現在の定時制教育は追い込まれておるというふうに判断せざるを得ないのでございます。  まあ、いろいろと財政的な面、あるいは法的な面になりますというと、全国的な視野で改善しなければならない。そうしなければ定時制教育が振興しないと思われる点はたくさんあるのでございますが、最も根本的な問題といたしまして、基準財政需要額の算定の基礎になりますところの単位費用の問題を一点指摘してみたいと思うのでございます。大体高等学校経費を国が算出いたします場合は、現在の法律によりますというと、規模七百五十名の学校にどれだけ経費が要るかということを算出をいたしまして、そして生徒一人当りの単位費用が幾らということになっておるのでございます。ところが定時制高校の場合は、全国的な平均規模と申しますのは、二百名から二百五十名程度の規模でございまして、すなわち二百五十名とかりにしましても、規模は三分の一でございます。全日制の。ところが三分の一の規模だから所要経費も三分の一で済むと、そのように機械的に割り出せるかと申しますと、そうは参りませんので、やはり生徒相手のことであり、職員の数も三分の一で済むか、まきをくべるとすれば燃料費も三分の一で済むか、あるいは電灯料金も三分の一で済むか、こういうふうに考えますると、どうしても規模が小さければ比較的に経費は多くなるわけでございます。そのことが現在この地方に国の方から流していただきます経費を算定する場合の基礎に大きな矛盾がございまして、このことが地方の方ではやはり定時制にはこれだけしか金が来ないのに、これだけ金を使うからこれだけマイナスになるのだ、どうしても定時制教育を何とかしなければおれの県はまかなえないのだというようなことで、やはり地方の行財政担当者になりますというと、どうしても金のことを計算せざるを得ませんから、それではあすこの分校をつぶそう、ここの学校を育てておるひまはないというようなことで、先ほどのような現象が出てくると、私といたしましては考えております。ところがもう一点ございまして、単位費用がそのような矛盾をはらんでおります上に、定時制教育につきましては補正係数というのがございまして、この単位費用をさらに補正しております。どういうふうに補正しておるかと申し上げますというと、いろいろ複雑な補正の仕方があるのでございますが、一例を申し上げますというと、普通課程に比べて〇・七七でいい、全日制を一〇〇としますと、七七でいいのだ、こういうわけで、そのような係数がかけられて定時制の費用が打ち出されてくるわけでございます。従いまして、やはりここのところを何とか改善していただかなければ、定時制にはやはり地方行財政からの圧迫——と申しますと語弊がございますけれども、このような現象か起らざるを得ないのでございます。ここのところが定時制について一番大きな国の措置として障害になっておる点であると私は確信するのでございます。  それから直接定時制教育に関係のあります問題といたしまして、現在国でとられておる措置を概観してみたいと考えるのでございますが、設備費についてまず考えてみますと、定時制通信教育振興法の第五条及び第六条におきまして、予算範囲内で設備費について……、この設備費と申しますのは、現在の設備の水準を大体一九%程度と了解しておりますが、これを国が定めました基準がございますから、その基準まで高めるために必要な設備費を予算範囲内で国の方から補助していただく。これが現在の定時制教振興法の、僭越な言い方になりますけれども、たった一つの中身なのでございます。それによりまして大体八千万円程度のものが三十年度、三十一年度と国の方から補助していただけることになっております。この補助の総額は二十八年度に法ができまして、二十九年度以降はこのような額は国の方で見ていただけるようになっておるわけでございます。ところがこれを一つの分校なり学校なりに割り当てますと、四万円なり五万円なりというような、まことに僅少な額にしかなっていないと、これは概念的でございますのではっきりした数字ではございませんけれども、了解しておるわけでございます。従いまして、この辺にも一つのやはり盲点があるというように考えるわけでございます。  それから施設費の問題でございますが、都会地におきます。特にここは東京でございまするから、定時制課程というのはほとんど全部が夜間でございまして、夜間の学校というのは昼間の全日制に併設されております。併置されております。そういたしますというと、特に施設費をこの際考えなくとも、現在ある校舎を夜も昼も使うことによって問題はある程度、全部ではございませんが、解決しておるわけでございますけれども、農村地帯に参りますと、どうしましても働きながら学ぶという制度でございますから、一週間のうちの三日なり四日なりは農耕に従事をしながら、あとの残りの日は学校に行って学ぶのだということでございますから、勢い遠くの学校に寄宿舎にでも入る、あるいは遠隔の地に汽車通学なり自動車通学なりというようなことでは学校が成り立たないわけでございますから、必然的に学校は昼間でなければ成り立ちませんし、また学校の規模も必然小さくなりがちであるし、さらにまた独立の校舎を必要とする度合いが非常に高くなって参ります。このようなことで施設費につきましても、どうしても地方自治体の現在の貧困財政だけにまかせられては何ともならないのでございますけれども、現在国において施設費については起債も認めていただけない、補助金も一銭もいただけないというような状況にあるわけでございます。ここのところもやはり特に農村地帯の定時制学校定時制教育の障害点になっております。  それから人件費の問題でございます。昭和二十三年の定時制発足のころに公立高等学校定時制課程職員費国庫補助法という法律ができまして、定時制教育のこのような性格にかんがみまして、高等学校の中でも定時制の職員には十分の四の国庫補助をするという法律を作っていただいていたわけでございますが、これが二十五年になりまして平衡交付金制度の中に繰り入れられております。その後先ほど若干御説明申し上げましたような非常に不合理な、もうすでに国の措置自体が定時制軽視の傾向を打ち出しているとさえ言えると思うのでございますけれども、矛盾に満ちた財政的な措置しかしてきていない。やはり教育はどうしてもたくさんの人を必要としますので、やはり人件費が相当大きな比重を占めて参ります。そうしますというと、ここのところに何とか国のあたたかい思いやりある措置がなされるのでなければ、現在の地方財政の中ではなかなかまかない切れないというようなふうに考えておるわけでございます。なおこの人件費に関しまする補助法は現在死んでいるのではないと了解しておるわけでございまして、これらの点につきましては、やはり政治を担当していただきます諸先生方の大きな御配慮がお願いしたいものであると、かねがね念願しておる次第でございます。  それから高等学校設置基準の中には、明らかに給食に関する設備をしなければならないようになっておるわけでございますが、現在きわめて微々たるパーセンテージの学校が、一〇%、本校、分校あわせましても一〇%を若干上回る程度の学校だけしか給食の設備を持っておりません。で、ほとんど現在やっております設備と申しますのも、あるいは貧困な家庭の父兄たちが負担をしたり、あるいは地方自治体の若干の補助をもらったりというようなことでやりくりして現在やっておるわけでございます。定時制の生徒五十万人の中に三十九万人というような、大体八割は夜学んでおるというような現実に照らしまして、この給食に必要な施設なり、これは施設も必然的に必要になります。施設なり設備なりについて何とかやはり国の思いやりがほしいものであると考えるわけでございます。  それからいろいろと、このような地方自治体なりあるいは大きくは国なりのいろいろな思いやりある措置がとられたにいたしましても、現在の社会の実情定時制教育、夜学ぶ生徒、昼、全日制でない子供というようなものについて、どうしても長い日本の国の社会通念というものがございまして、どうしても定時制の教育というものがほんとうに理解されない、ここのところでやはり大きく社会の理解を促進するような方向へ、これは学校教師ももちろんやりますし、地域社会の住民自体もみずから理解するように努力をすべきでございますけれども、その理解を促進するために、何か国として指導なり助言なりができるような方法というものはないものか、あるいは都会地でございますと、中小企業の従業者が夜学ぶ場合が多うございますので、そのような場合には雇い主がほんとうに喜んで自分の雇っている子弟を定時制の学校にやってくれるように、そういうような雇用者を何らかの方法で優遇するなりというような、何とか理解促進のための措置はとれないものかと、まあ考えるわけでございます。具体的にどういうふうにしたらいいと思っているのかということになりますと、なかなかいい方法が見つからないわけでございますけれども、非常に重大な問題ではないか、そのように考える次第でございます。  まあまとめて申し上げたいと思いますことは、社会的に定時制の生徒、勤労しながら学ぶ生徒というものがもっともっと大事にされなければならないのではないかと、勤労することによってとにかく現在の日本の国家社会に対して貢献をしておるわけです。社会人として一面はそのような働きの上に、みずから一念発起して学問をする、その学問を再び自分の勤労の上により高い発展的な段階において世の中で働けるように持って帰る、こういうことが高まり高まっていってほんとうに日本の国がりっぱな国に発展するのではないかと、そのような立場からもこの定時制の生徒がもっと大事にされ、もっと何とか彼らのために、多くの生徒が恵まれない環境にございますから、何とかあたたかい思いやりが必要ではないかと考えるのでございます。これはただ技能さえ与えればよいという教育のあり方でなくて、やはり学校教育の中で貫かれております技能も与えるとともに、人間的にも完成を念願し、助成をしてゆくことが、教育の体系の中でやはりこういうような青少年の教育が一貫的に考えられていかなければならないのではないかと、このようなことをかねがね考えておる次第でございます。  で、このような定時制教育の問題とからみまして、どうしてもここで一つ考えなければならないのは通信教育の問題でございます。通信教育は現在逐年発展をして参っておりまして、生徒の数などにいたしましても飛躍的に増加をみて参っております。その内容につきましても、取扱っておる科目というようなものも、現在普通教科につきましては、通信教育だけで高等学校卒業の資格がとれるところまで発展して参っておりますが、なお職業教育に関しまする問題とか、あるいは定時制教育よりもある意味ではもっとみじめなところで苦しんでおります事務職員、教職員の定員不足の問題でございますとか、あるいは対象になります生徒が非常に不特定である、不安定であるというようなことなども原因するものと思いますが、この学習書の発行を何とかできるならば、振興法の中あたりでもっと国で助成の措置がとられるというようないろいろな問題点をはらんでおります。で定時制の学校にどうしても工場の都合で行けない場合には、休んだ期間の単位は通信でもとれるのだ、あるいはどこか遠い所に一家移住をした場合でも、定時制の学校に転校ができなければ、通信教育で学べば高等学校の卒業の資格がとれるのだというようなことで、通信教育重要性というものは非常に大きな立場をやはり現在の教育体系の中に占めるべきではないかというふうに考える次第でございます。  非常にまとまりつかないことをくどくどしく申し上げましたけれども定時制教育というものを全国的に大きな立場から眺めまして、かねがね問題点と考えておりますような点について、若干の意見を申し述べさしていただいたわけでございます。     —————————————
  44. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) では、続いて全国高等学校定時制主事協会会長、東京都新宿高等学校定時制主事勝村滿君。
  45. 勝村滿

    参考人(勝村滿君) 今御紹介いただきましたように、私は東京都の新宿高等学校に勤務しておりまして、主として都会の定時制教育についてお話し申し上げたいと思います。ただし、その前に全国高等学校主事協会の理事長ということでありますので、定時制全般について若干申し上げて、それからその問題に取りかかりたいと思います。  委員の皆さんにはすでにもう御存じの通りでございますが、この定通教育は終戦後の新学制の発足とともにできました教育でございまして、今日ようやく八年の成長を見たわけでございます。しかもこの定通教育は例の六・三義務教育とともに、わが国には前例のない全く新しい画期的な教育制度でありまして、わが国教育史上特筆されるべきものと考えておるわけでございます。それはこの定通教育がわが国の教育基本法第二条にうたってあります通り、「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。」という趣旨と、同じく第三条で、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」という、この教育機会均等の精神を最もよくこの定通教育が実現しているからだと思います。すなわちこの定通教育によって従来の学校教育の概念、すなわち教育というものは資力のあるものが学校という特定な場所において、昼間という特定な時間において教育を受けるものであるというような固定概念を根底からくつがえして、教育というものが時間と空間と資力を超越して、いつでも、どこでも、だれでも受けることができるということになりまして、教育の民主化、教育の社会化というのはこの定時制定通教育によって実現したのでございます。そういたしまして、これは現実的な問題といたしましては、この定通教育の制度によりまして、優秀な思力と旺盛な学習の意欲を持ちながら家庭の貧しいということで全日制に行けない学生が、働きながらその余暇を利用して全日制と同一程度、同一内容、同一資格の教育を受けることができるようになりまして、今日全日制の生徒の約三分の一、六十万の働きながら学ぶ生徒がこの定通教育を受けている次第でございます。  以上定通教育の特色を申し上げましたが、このいつでも、どこでも、だれでも受けることのできる教育の民主化ということのほかに、もう一つこの定通教育の大切なことは、勤労と学業の二重の作業によりまして、青少年がその地域の産業の振興と、その地域文化の発展に大きな貢献をしておることでございます。すなわち都市の定通の課程に学ぶ青少年は、昼間各種の会社、工場、事業所等に勤務いたしまして、それぞれの職場の生産や技術の向上に貢献しつつ自己の人格の完成に努めておるわけでございます。他方農村の定通の生徒たちは、農山村の持つ二つの課題を身をもって解決しつつあるのでございます。その第一は、将来自分の住む郷土で自営する農村子弟を農村の近代化と生産力の増大のにない手として有能な農民を育成することであります。もう一つは、先ほどもお話しがありましたが、潜在失業人口という形で農村に残っております青少年の就職に必要な職業教育をする機関でございます。すなわち前者は農村のまあ長男長女教育でありますし、後者は問題になっております二、三男女の対策でございます。このように定通教育は生産と直結した教育でありまして、地域社会と密着した教育であり、これまでの固定した学校という概念を超越した理想的な新しい学校教育であります。従来の学校教育が社会と遊離しまして、実社会の前段階としての教育であるのに対しまして、定道教育は社会の中における教育であって、教育の社会化、あるいは社会の教育化というのがこの定通教育によって実現されたわけでございますこれによりまして、現在労働に従事しながらなお学校に行けない十八才未満の約二百万の生徒がこの制度で教育が実現可能となるわけでありますし なお昭和三十八年度には中学を卒業する生徒の数が昭和二十三年度発足当時の約二倍の二百五十万という数になるような情勢でございまして、これはおそらく現在ある全日制の高等学校ではこれを収容することは非常に困難ではないか、そういう観点から申し上げますと、この定時制がこの卒業生の就学の最もいい機関となるのではないか、そう考えるわけでございます。そういうことでございまして、この働きながら学ぶ労学一体の定通教育は、人口が最も争い、しかも資源に乏しい、その上敗戦国であるわが国の再建には最もふさわしい教育として、発足当時は全国民の絶大な歓迎と期待をもって迎えられたのであります。すなわち発足当時の昭和二十三年は約十三万でございましたが、その後八年おいた今日では約その四倍、六十万の生徒がこの教育の恩恵をこうむっておりますし、それは全日制生徒の約三分の一というところでございます。このようにこの定通教育はまことにわが国の国状、国土にふさわしい教育、その国土の中から生れた教育と言っても過言ではないと思いますが、そうしたりっぱな教育制度もその後関係者の懸命な努力にもかかわらず 昭和二十八年度を頂点といたしまして、先ほどもお話があった通り生徒の数が漸次減少して、まことに憂慮すべき状態になっているわけでございます。これはどういうところに原因があるかと申しますと、先ほども財政の問題が出ましたが、一つはやはり何と申しましても財政問題、もう一つはこれも出ましたが、社会通念の問題、今日牢固として抜くことのできない、定時制を一段低いものと見る定時制蔑視の社会通念の問題であります。財政難の具体的な問題についてはただいまお話がございましたので、私はここでは単に歴史的な過程を申し上げたいと思います。  すなわち、二十三年の新学制が発足した当時におきましては、六・三制教育というものと、新しい四年制の大学というものが同時に発足したわけでございます。ところが六・三教育には莫大な予算が、莫大な経費がかかるのでありまして、ことに義務教育優先という立場から国の予算がほとんどその方に吸収されまして、定時制の方は予算措置がほとんど講ぜられないという状態でございます。さらにまた大学教育の面におきましても、やはり七十数校という国立大学が同時に開校されたために、これにも相当莫大な費用がかかったために、定通教育の面はやはり等閑に付せられた、ちょうど定通教育は六・三教育と大学教育の板ばさみになって、ちょうどその谷間に埋められたという状態になったのでございます。のみならず先ほどもお話がありました通り、当時ありました定時制高等学校教職員の国庫補助費が二十五年度には打ち切られまして、平衡交付金の中に陥没してしまったために、定時制教育費は地方財政のしわ寄せとなって、ほとんど地方においても予算が削減されつつあったのであります。これが第一の定時制教育に対する大きな打撃でございますが、もう一つ第二の打撃は、二十九年度において一兆予算という緊縮財政の余波を受けまして、地方財政が急激に窮乏いたしまして、そのしわ寄せがまたまた定時制教育に打ち寄せられたのでございます。そういう財政の第一次、第二次の大きなしわ寄せがこの定時制に打ち寄せられました関係上、二十八年度を頂点といたしまして定時制が漸次減少しつつあります。地方によっては定時制整理統合というような名目のもとに統配合されて行っておりますし、今なおこの問題は相当に深刻な問題となって、生徒募集をしようかしまいか、学校としては存亡の危機に立っているような状態でございます。   〔委員長退席理事有馬英二君着席〕  このような財政上の危機に対して、もう一つ先ほどからもお話がありましたやはり封建性というものが今なお根強く残っておりまして、教育というものはとにかく全日制中心教育に限定されて、定時制が一般全日制教育よりも低いものである、第二義的なものとされて、とかくまま子扱いされる、これが定時制振興の大きな障害となっているのでございます。こういうふうなわけでございまして、私ども予算の問題と、もう一つはこの定時制教育に対する社会の理解と認識をぜひともいろいろな機会に啓蒙していただきまして、特に肝心の雇用主の協力ということをあらゆる階層の方々にお願いしたい、そう思うわけでございます。こういうことによって結局は生徒の就職、就学が非常に困難な現象となって現われて参りまして、せっかくりっぱな定時制高等学校がありながらも、職場の都合等で通学ができないという現象が起っているのでございます。私どもはりっぱに定通教育を何とかして踊り上げて、一人でも多くの生徒に教育機会均等を与え、この国の再建に真に寄与する青年を育成したいと思いまして、国家ができるだけ財政的処置を与えていただくことをお願いする次第でございます。  以上全般的なことについてお話申し上げましたが、次には都市における夜間の定時制の教育の問題について若干お話を申し上げたいと存じます。夜間の定時制問題は、先ほど財政の問題、あるいは地方の農村の問題についてお話がありました通り、やはり大きな幾多の複雑した問題を包蔵しているわけでございます。その一つは、先ほどありました通り施設設備の問題でございます。大体都市の定時制の教育は全日制の教育に並置されているわけでございます。従って理論的には定時制は昼間の施設設備をそのまま教育に充てることができるわけでございますが、しかし現実的にはそうはいかないのでございます。それはどういうときに問題があるかと申し上げますと、今の全日制の場合にはやはりPTAというものがございまして、公立の高等学校ではありますけれども、全部施設設備について地方公共団体から予算がくるというわけではございません。大部分の施設設備はPTAの負担ということでございまして、そういうものが、全日制では予算が相当ありますので、りっぱな施設設備を作っているわけでございますが、定時制の方にはやはりPTAというものがないところが多く、またあっても非常に貧弱でございまして、全日制が作った設備をそのまま使うことは非常に問題があるのでございます。現に私ども学校にも図書室が定時制の方には開放できない。もう一つば医療設備、医務室でございますが、これも定時制の方には開放できない、まあこういうふうな事態になっているわけでございます。これはやはり都市における夜間の定時制の大きな悩みでございます。これはもちろん定時制の方も、ただ全日制のものをそのまま開放してくれというわけではございませんが、何しろPTAの力というものは非常に微弱なものでございまして、これをそのまま定時制に利用させるというためには、相当の資力を注がなければならない、そういう状態でございます。その他先ほどもありましたけれども、同じ学校を夜昼使うということに対しては、これはこの施設設備に対して何ら消耗の基準がございません。つまり全日制だけの学校でも、それから全日制と定時制と両方使っていても、全然予算措置、あるいはそれに対する基準がないのでございます。私の学校は昼間が千二百人、夜が千人でございますが、夜昼使うので相当いろいろな設備、施設が損耗しているわけでございますが、これはやはり設置者の方からは何らそれに対する補助がないので、結局全日と夜間の方が分担してやっているわけでございます。毎年この分担金という問題が非常に大きな問題になって、定時制の運営を非常に阻害しているわけでございます。場合によっては、昼間の方から申すと、夜間の方はもうやめてもらいたい、結局夜間があるために相当その費用がかかるのだ、定時制の夜間の費用を全日制が負担するのだ、そういうふうな考えを持っている先生も父兄もあるようでございます。これについては、やはりこれは現実の姿として認識いたしまして、何らかの財政的な措置もこの面にお願いしたい、そう考えるわけでございます。  その他夜間の定時制には、特に必要な施設設備といたしましては、先ほど申し上げました図書室、医務室、それから給食室、それから照明でございます。これも現在螢光灯に切りかえられている所は東京都内でもやはり三分の一という状態でございます。こういう面においても相当都市の夜間の定時制の生徒の勉学に非常な支障を来たしているわけでございます。  もう一つは生徒の問題でございます。これは農村には農村のいろいろの問題がありましょうが、都市においてはまたまた非常に、この働きながら学ぶというところに大きな問題が出ているのでございます。で、その一つはここにもございます通り、健康管理の問題、あるいは保健厚生の問題でございます。その中で特に本委員会にお願いいたしたいことは、都市において夜間に学ぶ生徒にぜひ給食を実施していただきたい、こういうことでございます。御承知の通り昼間八時間一人前の仕事をしながら、なお夜間四時間という勉強をして家へ帰るのでございまして、いかに意気旺盛の青年とは申しながらも並み大ていのことではございません。そのうち最も憂うべき状態にあるのは、働きながら学ぶことからくる身体的異常の問題、すなわち全日制の生徒と比べましで、その身長において、その体重において、その胸囲において、その視力において、またその跳躍力あるいは体力全般において相当劣っていることは、各校の実態調査によって明らかでございます。また働きながら学ぶということから起る問題として、遅刻、欠席、中途退学、病気にかかる、ことに結核の罹病率というものが非常に憂うべき状態にございます。そのうち、とりわけ一日も放置しておけないということは、生徒の胃腸障害の問題でございます。これは御存じのように大半が帰宅後食事をとる、大体十時過ぎに食事をとりまして、とってからすぐ、やはり一日の疲労のために床につくということから消化不良、食欲不振、慢性の胃腸障害ということになりまして、結局は中途にして職場と学校から脱落して療養の生活を送らなければならないということでございます。私どもが一番悩みとしていることは、たとえ一片のパンでも生徒に与えられたら、生徒の顔はどんなに明るくなるか、どんなにはつらつとなってくるかということでございます。自分の人格の完成な目ざして、しかも国家の生産に自分の若い精神を打ち込んで、労学一体の精神を身をもって実現しつつあるこの働きつつ学ぶけなげな青少年たち、三十八万の定時制夜間に学ぶ生徒たちに、全日本のおとなの人たちが一致団結したら、おそらく一塊のパンがどうして与えられないだろうかという生徒の素朴な質問に対して、私たち教師がどうしてこたえることができないかということが私たちの一番の悩みでございます。もちろん食べるということは、もう理論の世界ではないのでありまして、このことについては、関係当局にはもう六年前からもお願いしていることでございますが、今なおその実施に至っていない状態でございます。私どもは生徒の給食に対する質問については、いつでも例の第十六国会の参議院の付帯決議にもあるのだから、今度中学校給食法が改正適用されるときは、定時制の生徒にも適用されるということを話して参ったのでございます。ただいま本委員会においても、給食法の一部が改正されて、中学校にもその給食の適用がされるということを承わっているのでございますが、もしこの国会給食法の改正がなされ、中学校取り上げられて、定時制だけが置いてきぼりになったという現象が起きたとすれば、私たち一万敵手の定時制の先生たちが、今まで生徒にそういうことを申した関係上、公然と生徒にうそを教えたというようなことにもなって、非常に悩んでいるわけでございます。この際当局におかれましても、ぜひ定時制生徒に対する、ことに夜間の生徒に対する給食が必要であるということについては、何ら異存がないのでありますが、ただその実施方法等について慎重を期しているわけであると存じますが、ぜひ本委員会でも御考慮をいただきまして、関係当局を督励されまして、すみやかにこの定時制夜間に学ぶ生徒たち給食を実施していただくよう、特にお願いいたしたいのでございます。先ほどもありました通り、定時制生徒の中には両親のない、あるいは片親のない、特にお父さんのない者、これを引っくるめて先ほど栃木県のお話がありましたが、大体全国平均二八%でございます。この約二八%の生徒の給食問題は、やはり社会保障の問題として、ぜひお考えいただきたいと存ずるのでございます。どうぞ願わくばこの夜間の電灯のもとで空腹をかかえながら、しかも全身にむち打って勉強にかじりついている全国三十八万の生徒たちの顔を頭に浮かべていただきまして、あるいは実地にこの生徒たち教育現場を御視察いただきまして、この給食法の実施については、ぜひその六年の懸案が解決されますようにお願いいたしたいと存じます。本委員会の提案によりまして、長年の懸案の給食法が実現されて、定時制教育に輝かしい一ページが飾られるようになることを切にお願いいたしたいと存じます。  なお、先ほどから定時制の生徒だけのことを申し上げましたが、この定時制教育は、単に定時制の生徒だけではなしに非常に偏の広い、先ほど申しましたように、いつだれでも、どこでもできる教育でありまして、通信教育の面でも大いに取り上げられる問題でございますので、先ほどのお話で通信教育もいろいろな面で支障を来たしておりますので、ことに設備の点、あるいは学習書の問題、こういうこともぜひお取り上げいただきまして、具体的の措置を講じていただくよう、特にお願いして、私の分担を終ることにいたします。     —————————————
  46. 有馬英二

    理事有馬英二君) それでは、次に労働科学研究所長桐原葆見さん。
  47. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) 先ほど来、教育の内部からいろいろ愛情のこもりましたお話しを承わりました。私はふだん産業の現場に関係をしております関係からいたしまして、その面からこの定時制の教育の問題につきまして、気づきましたことを申し上げたいと存じます。  今日各方面定時制教育の問題がかなり問題に取り上げられまして、盛んに論ぜられるようになりました傾向を見まして、非常に喜びにたえないのでございますが、これは、一方にはこの原因といたしまして、労働しておりまする青年自体のやむにやまれない強い向学の欲求を持っている。それがこういう声に反映しておるというふうに考えても間違いではないと存じます。と申しますのは、今日の産業の現場で働いております者は、身をもって従来のような基礎学力の程度では、もうやれないということを感じとっております。従いまして、青年の欲求を調べてみましても、絶対的に学習への欲望が盛り上ってきているのでございまして、これは国家のために、また青年のために非常に喜ぶべきものだと思っておりまするが、実例をあげて申しますと、近代産業の最も進みました設備を最近にいたしました大企業におきまして、あるいは中企業でもごく新しい機械を取り入れました所におきまして、それからもう一つは、最近非常に発展して参っております装置産業、大きな装置でもってやっていく産業、こういうものを取り扱っておりますものは、ほとんどどこの工場でも最近の高等学校を出ました者か、あるいは高等学校その他に準じた技能者養成の教育を受けた者でございまして、従来おりました熟練工がたくさんそこにいるわけでございますが、その人たちはあとへ後退してしまって手を出さない。聞いてみますと、手が出ないと言っております。何足りないものがある。何が足りないか、一言にして申し上げますれば基礎教育であります。たとえば従来の小学校あるいは高等小学校だけの教育を受けただけでは、たとえば解析についての基礎教育もない、電気についての基礎教育も足りないというようなことがそれに手の出ない大きな原因になっているように思います。そういう点を、今度は中小企業の方の関係で見ますると、現在の中小企業というのは、御承知のように仕事を始終転換しなくちゃならない、そうしなければやっていけない立場にございます。仕事を転換するということになりますと、大企業のように分業になっておりまして、そうしてその仕事がずっと続いている所と違いまして、転換しようということになりますというと、非常に幅の広い教育を身につけていないと、幅の広い技能を持っていないと転換がうまくいきません。それからもう一つは、従来は中小企業に対しましては、大企業から非常に簡単な仕事をおろして下請をさせておったわけでございまするが、最近の傾向といたしましては、たとえば簡単にネジを切るというのは、これは非常にたくさんこういう材料が要るのでございますが、そういうものも自動機械で大企業の中に皆設備がございます。そうすると、じゃんじゃんますではかるほど正確なネジが、人が要らなくて、ひとりでに切れていっている。それを大企業の中で、たとえば電気会社なら電気会社で設備いたしますと、幾ら安いからといって、手仕事でやっている中小企業にそんなものを下請に出すわけにいかない、こういうわけになるわけでございまして、従いまして中小企業におろされるものは、大企業でも手間がかかってむずかしい、言いかえれば、ある意味で高度のものを中小企業へおろす、またそれを持たないと中小企業はやっていけない、こういう関係からいたしまして、中小企業におきましても技術的にというのは、その基礎としては学習を向上させるという要請が非常に強くなって参っております。それにもかかわらず、それじゃどこでどうして一体学ぶかということなんです。これが労働青年が競うて定時制高等学校へ行きたいと言っておる一つの欲求に現われてきておると思うのでございます。ところで、工場の中には御承知のように労働基準法の技能者養成規定による技能者養成が一部行われております。これは企業の責任において行うところの養成教育でございまして、公教育とは全然別のものになっておるわけでございます。ところがこれは、その性質上企業の責任において企業が行うことになっております関係上、ややもいたしますると、企業の都合によりまして教育に一貫性がなくて、教育が片寄ったりあるいはときに動いたりと、こういうことはこれはやむを得ないことだと思います。そういう点が若い青年たちには納得がいかないということと、それからそれを終了いたしました場合の資格であります。社会的の評価ですね、これがその企業内では評価されますけれどもが、一般には通用しない、まあこういうことも現在ありまして、この一面で技能者養成で教育を受けながら、また夜は定時制高等学校へ通うというような、この二重負担というものについては、経営側といたしましてはほとほと困っておる次第です。というのは、そのために一日労働してそこへまた夜やるのでありますから、これはからだの方は非常に目に見えて悪くなって参っております。先ほどお話がございましたように、定時制高等学校の生徒の身体の発達あるいは健康状態が、全日制の高等学校の生徒に比べて悪いと、確かに悪いという報告がいろいろ出ておりますが、これにはしかしまだ家庭の状態というものの違いからくる問題も含んでおるかと思うのでございますが、かりに一つの工場で大体同じ階層から採用いたしまして、同じように技能者養成の教育をしておるというものだけについて、定時制の夜学へ行っておる者と行っていない者とを比較いたしますというと、その間の差はもっとはなはだしく出てきます。血液のヘモグロビンなどの量にいたしましても、病的というほど実は低くなっておる。しかも学年が進むに従ってそれが低くなるというような現象がございます。こういうわけで経営側といたしましても、これには非常に今悩んでおる次第でございます。こういう意味におきまして、もし私見を申し述べさしていただきまするならば、何とかして技能者養成とそれから定時制の高等学校を少くとも職業教育の面においては併合するような、合流させるようなことができないか、もちろん一方は公教育でありますし、一方は私の教育でありますからして、そこに何か制度化が、法制化ができなければ非常に困難なことかもしれませんけれどもが、しかし現在すでに今日の法制の中で許されておる範囲内でもって両者を合流させてやっておりますところがちょいちょい出て参って拘ります。   〔理事有馬英二君退席、委員長着席〕  たとえば実習は工場で技能者養成によってやる、そうして各科学習の方は定時制の高等学校にお願いしてやるというようなことがある範囲に行われておる。そこにもっていって通信教育を利用いたしまして、そうして一方技能者養成の教育を受けながら、それが同時に定時制高等学校の卒業の資格にもなるというようなやり方でございます。ですから、やればできない話ではないのでございまして、そこのところをもっと進んで制度化いたしまして、そうしてもしそうなれば、定時制の高等学校教育現場のこの実習訓練がうまく関連を持ちまするように仕組みができるのではあるまいかというようなことが感じられるのでございます。  一体この職業教育というのは、ことに進みました近代産業に対する職業教育というものを学校の中でやろうという例の工業高等学校と申しますか、ああいう実業高等学校のやり口は少くとも工業に関しまする限りは、農業でもそうかもしれませんが、工業に関する限りは不可能だと言ってもいいと思うのであります。第一には、実習一つ取り上げてみましても、現在の技術の進んだ産業施設というものを、学校の中で実習の設備を置こうということは、よほどのことをしない限りはできない相談だと思います。旋盤の最も進んだ自動旋盤一つ持ち込めば何千万円という金でございましょう、それを実習しておかなければ役に立たないのでございますから、この職業教育というものは中途半端にやっておきましては役に立たないのです。やれば完全にやっておく。中途半端にまあこんな機械があるから、これをやっておけばやらないよりはましだろうということでやっていたんでは何の役にも立たないのです。それよりもやめた方がいいのです。むしろ工場の方に受け取ったときにそれからやった方が早いのです。ですからやるならば最も進んだ——もちろん教育の上では、たとえば最も原始的な機械について理解させておくということは必要でございます。だからそういう設備もあっていいのですが、それはちょっとやればいいので、やはり今日の設備でもってやらなければならぬ。  それからもう一つは、たとえば化学工業におきまして、日本の化学工業はこれからぐんぐん進めなくちゃならないと思いまするが、この化学工業を学校の中に応用化学科と称するもので現在のレーヨンにいたしましても、あるいは肥料工業にいたしましてもできますか、一体学校の中へそんな設備が。そうしますと、学校の中では結局試験管でもってやるだけのことになります。これでは職業教育になりません。ですから、この検査係を養成するならばそれは学校でけっこうでございます。それだけじゃ産業は動いていかないのです。となりますと、実習設備一つ考えましても、そういうことでございますし、それからもう一つ職業人として重要な問題は、経営の体験、これが学校には第一原価計算からして、学校の原価計算というものは模擬の原価計算でございまして、これをやらないところが多い。一体これをやらない職業教育というものはあるものではありません。だから学校を卒業して、入札に行っても入札もできないじゃないかというようなことを業界から言われるのですね。それで一体職業教育になるかどうか。  もう一つは職業内の人間関係の問題、職業内の人間関係というものは学校内における人間関係とはよほど変った人間関係でございます。これにうまく適応していくということが職業上の成功に非常に重要なことでございますが、これは学校では学ぶことができない。そういうように考えてみますと、職業教育を現在従来のような考え方の学校の中でやろうというのはちょっと無理じゃないかと思っておるのです。そうだとすれば、先ほど申し上げました実習は現場でやらせる、そしてその現場の職業体験を教室でもって整理してやり、それに理論的な裏づけをつけてやり、並びに基礎教育をそこで与えてやる、こういうやり方をいたしまして、例のよくいわれておりますコオペラティヴ・システムという、廃業と教育が合体をいたしまして、そうしてりっぱな人を育てていく、こういう方式に何とかやらなくちゃいけない。そうして都市における夜間の定時制の高等学校についていろいろな悩みがございまして、その結果この委員会におかれましても、先ほど伺いますようないろいろな対策について御配慮をいただいておるわけでございまするが、このいろいろな点の実情を見ますというと、少くとも十八才までの夜間の教育はこれを禁止するというところにいかないと解決しないのじゃないか。現にイギリスではこの制度をやっているのです。一体今日の夜間の定時制高校というのは、あれは定時制といいましても夜間中学校の延長でして、あるいは夜間全日制でございまして、どうも本当の定時制じゃないと思うのです。昼間の時間に、もちろん短期にやります例の各種学校による職業教育の施設の夜間の学習などがこれはあってもいいと思いまするが、少くとも公教育として一定の教育体系の中にはまったところの長い教育課程、これはどうしても少くとも十八才までは夜間は無理であって、昼間の時間でもって、それこそ定時制にやっていくというやり方、そうするためには職業の現場から学校へ来る時間を開放してもらわなくちゃなりませんので、このことは産業界の協力で、支持がなくてはこれはできない相談でございまするけれども、これはしかしヨーロッパ各国でもうすでにやっておることなんでございますから、ひとり日本でできないということでもないのではないかということを感ずるのでございます。そういたしまして、この定時制の今のそういった学校をどこまでも、大学を含めましたところの日本の高等教育の一環としてこれを運営していく。こういう行き方にいたしましたらということを、大へんどうも私見を述べまして恐縮でございますが、こういうことを非常に切望しておる次第でございます。  ところで、先ほど技能者の養成のお話を申し上げましたが、技能者養成で一番困っておりますのは中小企業の技能者養成でございます。これはどこでも共同養成の形で、共同で教室を持ってやることになってはおりますが、財政的な困難もありまするし、その他いろいろな事情で非常な困難をなめております。せめてこれに対しまして教室教育が公けの公教育の方でやられるということになりますれば、あの面はかなり効果が上ると思います。それから今の技能者養成の進んでいない面に商業徒弟と申しますか、商業に従事しておる生徒の問題でございますが、商業のこの人数は、人数から言えば非常に多いのでございますが、日本の商家の習慣上、労働時間の問題などもからみまして、学校に行きたくても行けない者が常非にたくさんあるわけでございますから、行けないから放っておけばいいというわけのものではないと私は思うのでございます。この面に対しましても技能者養成ということを、ただ企業の責任においてやらせればいいのだ、国がこれを監督しておればいいのだという筋合いのものではないのではないか、こういうことを感ずるのでございます。それからもう一つ、この問題は直ちに日本の次代の産業、あるいは生産能力の問題に関連してきます。たとえばヨーロッパの各国が乏しい財政の中からもこういう面に向けて非常な努力をしておりますのを見ましても、このままで日本がいきましたならば、将来の生産の第一線をにないますところの、中軸になって働きます者の能力がずっと下ってくる。その結果は日本の経済上の地位までが非常に下ってくるというようなところまでいくのじゃないか。大体教育の効果というものは早いものでございまして、三年もすれば、たとえば系統的な学習をやらせますと、これまでの熟練工になるのに十年から十五年かかっておった同じ仕事を、三年の教育でけっこうやっているという例がたくさんございます。ですからその差が早いところで出てしまう。外国との差が非常に早く出てしまうというような結果が出はしないかということもおそれられておる次第でございまして、従いまして、この問題は文教当局だけの問題ではなくて、関係当局が、たとえば労働省、通産省関係当局が全部一緒になって考えなくちゃならない重要な国策であるかと思います。現に戦後イギリスはそれをやってきております。ですからそういうことから一つ——差し当って対策を講じなければならない問題もたくさんございますけれどもが、もっと基本的な、産業能力としてみて一体この教育はこのままであっていいのかという点も一つ考慮を願いたいということを非常に痛切に感じているものでございます。  それからもう一つは検定試験の問題でございますが、これが特に技能者養成で学習をしておりまする者にとりましては、こういう問題が切実に感じられてきておるのでありますが、これは日本の工業技術水準の維持というようか面からも、できれば工業高等学校、全日制の高熱学校を出た者も出ない者も、こういった方面から進んだ者も、全部に一つ技能に関しましては検定試験、公けの検定試験を課す、そしてその検定試験の中にはその専門の方面の大学に進む資格も含んでいく、こういうような制度、これも外国にございますから、やればやれないことはないと思います。と申しますのは、現在のように企業の責任において技能者を養成するのだということにまかせきっておきますと、非常にでこぼこがあるのです。国としては一応将来の産業計画などから考えますれば、あるところに、ある技能水準というものを考えたいところだと思うのでございますが、一向それが今日の制度では手をつけることができないような関係になっておりますので、この点も一つ、言いかえれば職業能力の、これは工業、農業を含めまして職業能力の向上ということに、水準の維持並びに向上ということについて、国にもっと考えていただくということ、この定時制の学校をどうするかという問題と関連して御考慮願いたい、こういう意味でございます。  それから女子の定時制の高等学校につきまして、いろいろ問題があるかと存じますが、こまかいことはおきまして、これがただ家事や裁縫の学校で終っておっていいかどうかということが問題だと思います。現にスイスには山の中に女子のために山林の林業の定時制の学校があります。これも一つ参考までにお考え願いたいと思います。どうも私の考えばかり申し述べましてはなはだお耳ざわりだったと思います。悪しからず。     —————————————
  48. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) 以上で、高等学校定時制教育及び通信教育に関する件の参考人の御意見を終りましたが、御質疑のある方は順次御発言願いたいと思います。
  49. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 的場さんにお伺いしますが、あなたの御発言の中に、地方財政の窮迫と関連して、定時制分校等の統合が行われ、募集停止の傾向が顕著になったという意味の御発言がございましたが、そういう概略をつかまれておりましたら、その点と、それと定時制の高等学校の公立の場合ですが、授業料の引き上げというような問題は、全国的に来年度予算編成期に当ってどういうふうに現われて来ているか。この点もし概略でも全国情熱をつかまれておったら伺いたいと思います。  それからもう一つ承わりたい点は、先ほどから、たとえば桐原さんから技能養成と併設と申しますかね、技能養成と定時制教育を併立さして職業教育をやられたらどうか、また可能なんではないかと、こういう立場から先生独得の御見解を承わったわけですが、四月一日から新教科課程が実施されるようになっておりますが、この定時制教育にどういう影響があるか、また今桐原さんのお説を承わって、果して今度の新教科課程でうまく運営できるかなと僕は考えたのですが、それは的場さんと、その教科課程関係については桐原さんからもどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、承わりたいと思います。
  50. 的場正宏

    参考人(的場正宏君) 募集停止の問題でございますが、この問題はほとんど全部の県でこういうような方向が出ておりますけれども、現実の問題といたしましては、昭和三十一年度予算査定の結果を見ましても、あるいは一校とか、あるいは多い場合で五分校とか、六教室とかというようなことでございまして、それほどたくさん実際問題として、査定終了時に募集を停止されたり学級減になったりということになっていないようでございます。ただ最も極端な例を一例申し上げますというと、兵庫県におきましては、査定の過程においては四十三分校を整理するというような考え方が出されまして、教育委員会でも二十分校までは仕方がないというような意見の出た過程もございましたが、最終的には三つに落ちついた。それから茨城県においては十六校が三十年度において廃止ということになっておるようでございます。それから福島県におきましては、三十一年度で募集を停止いたしますのが学級数として二十六、廃止をいたしますのが七学級、大体こういうところが一番大きな数字でございまして、その他の県におきましては、先ほど申し上げましたように一、二、三、四というような、最終的に落ちつきましたところは少いはずでございます。  それから授業料の値上げのことは、私そのような面を担当しておりませんので、はっきりつかんでいないのでございますが、これも全国的に全日制と同じような形で、低いところで二割程度、それからたしかどの県であったか忘れましたが、八割値上げという案が出されておるところがございます。それから鹿児島県等におきましては六割という考え方が出されましたが、全定ともたしか二割程度に落ちついたように思います。そのようなところが大体全国の情勢ではないかと考えております。  それから技能者養成と定時制教育の結びつきと申しますか、これを渾然一体にしたような形で、現在の産業界の超速度の進歩におくれないような形で教育制度を考えるべきではないかという桐原先生の御意見であったと思いますが、このような点になりますと、必然的にやはり教科課程の編成等のことにつきましてもまた別個な角度から考え直すのでなければ、現行教科課程をもってこのようないき方に対してどう思うかと聞かれましても、多少どうも意見が出て参りません。申しわけありませんが、御了解を得たいと思います。
  51. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) 現状について申しますと、現在の教科課程で、そうして技能者養成を融合させた案、これは現実にある工場でこの四月からやる案の一つでございますが、はなはだ技術的になりまして相すみませんが、通信教育——国語、社会を通信教育をもって利用いたしまして、それからあとは一週間に二日半、だからもし八時間ずっといたしますれば二十時間、この一週間に二日半学校に来るということ、そのあとは現場で実習してゆく、こうやって参りまして、単位数にいたしまして八十九単位、要するに今日の大体定時制学校の既定の八十九単位、時間数にいたしましては、これはずっと学校よりも実習時間が現場においてやりますと非常に多くなります。これは今日の工業高等学校の全日制の方では実習時間が非常に乏しくなっておりますが、この点は現場でやりますから非常に多くなります。だから授業時間数は非常に多くとれる可能性はございます。また現に大きな工場では技能者養成だけをやっておりますところでも、労働省の示しております単位数並びに時間数、これは最低限を示したものでございます。それぞれ非常に大幅に増加してやっております。その点はいいのじゃないかと思っております。それから新しい高等学校との連係の制度でございますね、これはむしろそれがそうなることによって、定時制の教育とそれから技能者養成教育との合流と申しますか、合併がよくいくのじゃないか、プラスになるのじゃないかという感じをもっております。ただいまも参考人の方からお話がございましたが、いよいよそうなるとなれば、もちろん今の教科課程につきましても、これは全日制の方の教科課程と並んで一つ検討しなおさなければならぬ点はもちろん出てくると思っております。
  52. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 もう一回桐原さん、ちょっとお互いの討論はいけないわけですが、私も去年スイスに行きまして、あそこは精密工業がずいぶん起っているわけですが、いわゆる工場における職工というのはそれはどういうふうにして育成されるか、職工というのは低級の職工ですが、そういうものの養成状況をみてきたわけですが、ただいまの先生の御意見、たしかにおもしろい意見だと思うのですけれども、ただ私ちょっと伺いたい点は、今の定時制の高等学校というのは、今の先生の眺めたような角度で眺められた場合は、従来の定時制高等学校に対するわれわれの考え方とかなり性格が変ってくるんじゃないかと思うのですがね。非常に職業教育というのを極端に狭義に解釈した場合の、いわばあまり技術の裏づけのない低級のいわゆる第一線の技能者養成というところに非常にしぼってきたみたいになって、従来の教育機会均等というような大きな柱から出てきたこの全日制と定時制の、その定時制教育そのものに対する見方がちょっと変った場合に出てきた考え方じゃないかと、かように思うのですがね。
  53. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) その点につきまして、私は今日の技能者養成が、おっしゃるような傾向がありすぎるので、それを救うために一般教育的な、基礎教育的な工場をこちらで、定時制の学校の方でやってもらいたいというわけで、こういうことを申し上げておるわけでございます。
  54. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 あなたの所見はわかりました。
  55. 安部キミ子

    安部キミ子君 桐原さんにお尋ねいたしますが、あなたのお説を聞いておりますと、今のような日本の社会制度で、しかも現行教育課程の中で、あなたが理想とされておる点までにはなかなか困難があるんじゃないかと思うのです。そういう点では昨年私が中華人民共和国を視察いたしましたときに、あちらの方では業余学校というのがある、御承知と思いますが。それはたとえば工場に働いている人たちが余暇を利用して教育を受けるのです。こういうふうなことは国全体の国家計画というものが一貫して国の財政的、政治的なものによってちゃんと目標に進むようにできておる。そういう形になれば、今日問題になっておりますところの職業教育というものの本質も目的がきちっと出てくると思うのです。こういうふうな理想的な体制を整えるにはやはり私は社会主義の国家体制でなければなかなか困難ではないかというふうな印象を受けておるわけです。ところが、今あなたはイギリスでは非常に理想的にやっておると、こういうふうにおっしゃいますが、そういう点では企業者の、いわゆる雇用者の責任というものが、日本の雇用者などに比べるとだいぶ性格が変っておると思うのです。と申しますのは、日本のいわゆる雇用者、雇っているところの人たちは少しでもよけい働かして、少しでも労働の過剰が自分に利益するように、いわゆる少しでもよけい働かしてもうけたいと、こういう考え方のもとに今の日本の資本主義というものは御承知のように成り立っておる。そういう中でその人の職業教育を完成させるためには、しかも自分の今の企業体とその教育を結びつけるために、一貫した目標のもとにその企業者がそういうふうな考えになるかどうか。それからまたそういうふうな体制が、今一例を上げられておるようでありますけれども、たとえば三菱工業というふうな中で、自分の工場で働いている職工を定時制の、私立の定時制ができております。そういうところへやって、昼の仕事とそして晩の教育を結びつけて教育をする、こういうふうな立場でやればできると思うのですが、今あなたのおっしゃいますように、夕方たとえば六時なら六時、五時なら五時になれば、自分のからだになる。それまでは資本家に自分のからだを売っているわけなんですね。そうすると、利害相反しているわけなんですよ。そういう点で一体日本のこういう政治情勢の中で、機構の中で、しかも現行教育課程の中で、あなたの理想とされるその職業教育が完成されるかどうか。ましてオートメーションというような今日時代にもなっているときに、私から言わせれば、日本の今のような政治機構では、国際的にも私は立ちおくれると思うのです。こういう体制では。やはり国家体制にまとめていって進めなければならないと、私は社会主義的な考えを持っておりますから、こういうふうに考えておりますが、その点桐原さんの御意見はいかがですか。
  56. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) ちょっと簡単に申し上げますが、私はむしろこれは資本主義の国々でよくいっておると思っておるのです。現にイギリスにいたしましても、ドイツにいたしましても、スイスにいたしましても……
  57. 安部キミ子

    安部キミ子君 その具体的な話を……
  58. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) もう一つ、これは制度的に、あるいは雇用契約ではなくて、教育または養成契約として、契約の性質も日本と違いますけれども、要するに一種の義務で、だから私が申し上げますように、これはほっておいたのではできないので、何とか制度化しないとできない。それには業界がこれに絶対全面的に賛意を表し支持するかどうか。そういう業界の方の、産業界の準備というものがそこまで来ておるかどうかということが非常に問題だと思っておりますがね、実は。しかし今でもすでに前におっしゃるように、自分の所で定時制高等学校を作ったり、あるいは公けの定時制高等学校と一緒にやったというところもあるのであります。必ずしもできないことはないと思います。スイスでは、御承知のようにもう技能工の養成というもとはほとんど九五%までがそのやり方でやっておりまして、全日制の学校は残っておるのがわずか一校か二枚で、わずか五%しかない。スイス政府当局の言うことを聞きますと、こうしてやったのとそれから定時制、全日制の高等学校でやったのとでは、職業教育として費用の点で二十分の一で済む、こういうようなことを計算しております。
  59. 安部キミ子

    安部キミ子君 私はこれは桐原さんはその道の専門家でいらっしゃいますから、よほど深く理論的に根拠を持っておいでになるかと実は思っておりますけれども、ただ私どもがつい考えましたときには、資本主義の国家機構の中で、そういうふうにぴっちりいくというようなことは牛のしりに橙を継いだというようなことわざもありますように、私はとうてい考えられませんが、その点もし私が納得できるような材料、資料がございましたら、今後まことに恐縮でございますが、お示しいただいたら大へん参考になって、私も勉強したいと思います。お願いいたします。
  60. 荒木正三郎

    荒木正三郎君 桐原さんにちょっとお伺いしたいのですが、この前私神戸へ参りまして、ある定時制の夜間の学校へ参りまして、そのときに聞いたのですが、最近定時制の学校へかよっておる生徒をだんだん雇わなくなってきたという話を聞いた。それから定時制の夜間へ入っておる子供の中には、その学校へ入っておるということを隠して、昼は工場で働いておる。こういうふうな傾向が相当強くなってきておるというような話を聞いたのですが、私は定時制教育の将来にとって相当憂慮すべき問題だと思うのですが、これは雇用主の方でどういう理由でこういう傾向が生まれてきておるのか、それからこれが事実であるとすればこれに対する対策、と言うと語弊があるかもしれませんが、どういうふうにしたらこういう傾向をなくしていくことができるかという問題について一つ意見を伺いたいと思います。  それから皆さんも御質問もあると思いますが、私まとめて、二つありますから、これは私勝村さんと的場さんに伺いたいのですが、先ほどの桐原さんのお話の中に昼は労働をする、晩は勉強する、これは十八才までの青少年にとっては非常に無理なことだと思う、こういう御意見がありました。またほかの方の陳述にも定時制の学校に通っている子供の健康問題は非常に憂慮すべき問題があるというお話がございました。私はこれは定時制教育にとって、生徒の健康管理の問題はまさに重大な問題であるというふうに考えます。そこで現在のような制度で昼は働いて夜勉強する、こういう制度のもとにおいて、まあ十分な健康管理ができるかどうか、先ほど勝村さんは学校給食を実施してもらいたいというお話がございました、これは御もっともな御意見であると思いますが、それだけでは十分でないと思いますがね。そういう点について十分に健康管理をして、青少年の発育に支障を来たさないとするのにはどうすればいいか、現行制度のもとにおいてあるいはそういうことはもう望み得ないというような御意見をもっておられるのか、そういう点をお二人の方から御意見を伺いたいと思います。  それから第三の問題は、最近あちこちで定時制高等学校の統合、廃止、あるいは生徒募集を中止する傾向が出ている。これも私は非常に重大な問題だと思うのですが、これの理由は地方財政が非常に窮迫しておる、そういうことが大きな理由であるということを述べられておられたのであります。まさにその通りであると思いますが、そこで今日の実情からいって、こういう傾向を食いとめるために国庫補助の道をもっと開いておく必要がある、こういう御意見であったと思いますが、国庫補助の道として差し当り考えられる点、そういう点を一つおっしゃっていただきたいと思うのです。以上三点お尋ねいたします。
  61. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) おっしゃる通り定時制学校に通うものを忌避する、あるいは禁止する、あるいは採用しない、これは方々に現にございます。これはおそらく第一には健康上の考慮、それから学校へ行くために夕方少し早目に工場を出なければならない、その人たちだけがというようなことで、それは統制上困るということもあります。もう一つ重要な理由は、工場のことと無関係のことを定時制の学校で習う、そこで工場はほんの腰かけであって卒業したらどこかへ行ってしまうのだ、そのために勉強している、こういう人もかなり実はあるようです。そういうようなことからおそらく会社としては、まあそうしない方がということになると思いますが、ところがその例をあげますると、現にその神戸に二、三年前まで禁止しておった会社が去年から定時制高等学校のことについて全面的にやってみましたところが非常にいい、こういうわけで今度は積極的になった、どうしてもそうして基礎教育をやってもらった方がもっと進むと、こういうことでやっているところもあります。これは何ですね、進んだ工場、進んだ会社は必ずしもそうではないと思うのです。将来を長い目で見ております会社は。何と申しますか、一般教養あるいは基礎教育向上ということにつきましては、進んだ会社ではかなりこのごろ関心が高まっております。自分のところのやっております各種学校様式の学校がその方向に転換しようというような傾向にございます。だんだんわかってきてはおると思います。そういうことをわからせることもその対策一つではないかと思いますね。
  62. 勝村滿

    参考人(勝村滿君) すべて今荒木先生からお話がございましたが、桐原先生の御意見は企業の中の教育学校教育を一致させよう、そういうような観点だと承わっておるのであります。もちろんこの問題については、教育の根本問題になるのではないかと思いますが、それで私どもはやはり働きながら学ぶということが教育の基本的な問題、そういう労働と学問とを若いころから実地に体験させる、これは青年においてもおとなにおいてもやはり一生涯働きながら学ぶということは根本的な問題だと思います。現在のようにただ勉強は学校だけであとは社会に出れば勉強しない、こういう態度はやはり旧時代的な教育じゃないか、そう思うわけで、私どもはやはり働きながら学ぶ、特に日本のような国土においてはこれは基本的な教育制度にならなければならないのだ、そういうふうに僭越な考えですけれども考えているわけです。それで今の桐原先生のように職場の教育学校教育とがマッチして初めて人格の完成とそれから職業教育とが調和的に伸びるという、こういう制度が一番いいのでありますが、現実には学校と職場は何らの関係はない。企業は単に雇用関係でもってやっている。学校教育基本法に従ってやっている、こういう場合、おそらく桐原先生はそれを調和的に総合していくやはりやり方が望ましい、今のような全然無関係な教育をしているところに問題があるのではないか、そういう御意見だったのでありますが、特に工場に働いている生徒についてはそういう見方が持たれるし、何らかの関係を結んでコオペラティヴ・システムということでありましたが、こういうふうにいくのが理想的だと思います。現今においてもたとえば東京においても豊島工業学校では、経営者協議会というものを開いておりまして、学校の当局と、生徒を現実に雇用している雇用主と、それからもう一つは労働基準局、こういうものとが一体となって定時制の生徒を守っていこう、こういうような一つの両者の結びついた形態も出ているわけでございます。こういう意味においてやはり現在の夜間の教育が全部否定されるということは考えておりませんけれども、何らかの形で経営者と学校とが協調していく、また学校を監督している文部省あるいは職場、企業の監督者である労働省、通産省、こういうものがやはり総合的な計画を立てて青年を人格的は技能的に教育していただきたい、そう考えているわけです。  それから荒木先生のもう一つの二番目は、今のような制度では夜間の生徒の健康が維持されないのではないか、先ほど給食していただきたいと言ったけれども給食で果して健康管理、健康、保健というものは達成されるかどうかというお考えでございますが、これはまあ私の私見でございますけれども、私は青年というものは常に活動しているものである。職場から、たとえば五時に帰ってもすぐ家に帰って、まあ御飯を食べて寝る生徒はおそらくないのでありまして、どっか活動している。あるいはエネルギーの消耗になるようなこともしかねないということで、私はこの給食も、適当な設備が学校給食施設あるいは健康、保健施設があれば決して夜間の教育は無理ではないと、そう考えているものでございます。もう一つは、やはり職場において適当な健康管理が当然なされなければならない、こう思います。それで最近疲労等の問題いろいろ研究しているわけでございますが、私ども学校でも去年一年かかって労働科学研究所から係官が何人か参っていただきまして、この問題については資料はございますが、私はそう健康が全面的に憂慮すべきとは考えてないのでございます。  それから統廃合の問題ですけれども、これは先ほども的場さんからお話がありましたけれども、これは地方によっては非常に困っているところがあるという、私現地に必ずしも行ってはみないのでございますが、あるわけでございます。これは一部は先ほどお話がありました通り適正配置というようなことも一つ入っているわけでございます。それでまあお互いに生徒を取りっこするというような、そういうことではなしに、やはり適正配置、適正規模というものを考えて、そして定時制を振興させるというような部面も相当あるんではないか、そう考えておりまして、これはやはり統合配合されるというようなことについては、学校がその地域に、定時制に関しては地域に根ざして慎重に考えていくところが多少欠けているんじゃないかという、まあそういう観念をしているわけです。ほんとうに定時制教育がその地方の産業なり文化に直結している定時制では決してこれはもう廃止しようと思っても、地域の地元の人たちの強力な要望があるわけでございますから、決して僕は統合配合されないんじゃないか、こういう工合に考えております。
  63. 的場正宏

    参考人(的場正宏君) 二点と三点だけにつきまして御指名いただきましたので意見を述べさせていただきます。健康管理の問題でございますが、現在このすでに十八才まで夜学ばないどころではなくて、現実の問題としましては中学の課程も夜でなければ勉強できないというような実情がだんだん、特に東京のような大都会では出て参っております。そういうような一つ貧困から来るまことにやむを得ない現実の面もやはり考慮に入れる必要があるのではないか。そのような現実と、先ほど桐原先生からお述べいただきましたような十八才までは無理であるというような、いろいろ健康管理上からの一つの理想的な姿というものをどこかでマッチさせなければならない。ここのところに問題があるのだろうと考えるわけでございます。現実の問題として、十五になると中学校を卒業しますし、中学を卒業して勉強しようと思えば夜でなければ自分は勉強できないんだという子供たちがともかく三十九万人おるわけでございますから、そこのところで何とか健康管理をして、健康に障害を来さないようにして勉強させてやるということが必要であろうかと思いますが、それには二つの方法で考えられるのではないかと、一つは病気にかからないように適当な管理をしてやるということ、これは予防的な立場に立ちますが、そのためにはやはり適当な給食の施設設備なり給食物資の安い配給の仕方なりというようなものが当然国として考えていただいていいのではないかと思いますが、それからもう一つは、不幸にしてそういうような子供たちが勤労と勉強の積み重ねのために病気になった、それをどうするかというような意味健康管理の面もやはりあるのではないかと思います。そのような面でこれは法律にもいろいろ問題があると聞いておりますけれども、何とかいろいろな問題点を克服してそういうような子供たちが安心して医者に見ていただけるような医療保障と申しますか、そういうような問題まで政治の面で御考慮いただければ十八才未満であっても昼の勤労、夜の勉強というものを継続して目的達成ということも何とか可能ではないかと考えておる者でございます。  それから第三点の統廃合の場合に、今勝村先生が御指摘いただきましたような点は、これはそれぞれ地域の実体の中で地域の人たちが、行財政担当者、学校教師地域社会というようなものまでひっくるめて検討すべき問題でございますが、そのような検討をするいとまもなくて、とにかく財政逼迫ということで何とか、助成育成の手を差し伸べないで統合、廃止というようなことが出てきておりますので、それらの点については、どうしても地域のそういう努力の上に外から若干の力をかすことが必要である、施設の一部分でも国から補助があれば地域住民としてもこれは何とか地域でもしなければなるまいという気にもなりましょうし、そこのところにやはり国庫補助というような具体的な育成の手が差し伸べらるべきではないかと、実際こういうことが、私の県は特に二十八年度からもこの整理統合の問題が出て参っておりますので、つぶさに経験しておるわけでございますが、地域の人たちはなかなか、自分たち地域の町村のやりくりだけでも大へんで何もできない、それでいつもほうったらかしておる、ところが自分の地域学校が整理の対象になっているのだそうなということになると、とにかく一生懸命になってこれをつぶすまいと努力をしているわけです。かといって、それがつぶれないで終るというと、それでは施設費でも地域で負担してやろうという能力はない。こういうような現実が特に地方の貧困県と称せられます府県においては相当ございますので、まあほんとうにちょっと手を添えてやる程度の国の何らかの措置というものは非常に大事なことではないかと考えております。
  64. 有馬英二

    有馬英二君 僕は簡単に、大へん時間がたちましたので、先ほどからだいぶ参考人方々から健康管理というお話が出ましたが、私も御質問を申し上げようと思っておりましたが、荒木委員から御質問がありましたので、ただ当然こういうことが起るだろうと私どもは考えられるのでありますが、これについて何年もにわたった統計がとれていると思いますが、特に桐原先生はこの方の御専門であると思いますので、あるでしょうと思いますが、科学研究所で統計をとったものがあるでしょう。健康の問題では身体の発育とか、あるいは能力の問題であるとか、そういうふうなものが相当たくさんお集りになっておりますか、もしお集りになっていましたならば文献をいただきたいと思うのですが……。
  65. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) あるだけ取りまとめましてお出しいたします。なお健康管理の問題につきましてさらにつけ加えたいと思います。
  66. 有馬英二

    有馬英二君 勝村さんにもお願いいたします。
  67. 桐原葆見

    参考人(桐原葆見君) 定時制学校の夜間の生徒の疲労の調査から、一応健康管理の方法としてわれわれ結論を持ちましたのは、こういう結論を持っているのです。定期健康診断を年二回やってもらう。二回と申しますのは、あるいは非常に発育の非常に早い時期でございますので、半年たてば変ります。年に二回それでもって大体半数以上は労働基準法による雇用者の方の義務として、一回やらなくちゃならないことにこれはなっておりますから、それを二回にしてもらう。そうすると、あとそれの労働基準法のあれにかからない職場からきている連中が残るわけですが、これに対しては学校と職場とで一つお話し合いを願って、何とかとにかくの方法で年二回り定期健康診断はしていただくということが実行できないかということなんです。  それと、それから健康相談所でございますが、これはさしあたって特に保健所を使って保健所にその窓口を持っているわけです。健康相談の。それから健康保険に関しましては、これは大きな企業体におりますものは一応保険にかかっているわけでございますから、ですから小さいところがそれにまだそれのないのが多い。これは一面には健康保険をできるだけ小さい企業にまで普及するような措置を労働省の方でおとり願いたい、これを極力やっていただきたいというようなことが、まず現実の対策ではないだろうかと、実は考えているわけでございます。
  68. 佐藤清一郎

    委員外議員佐藤清一郎君) 時間が非常に過ぎていることですから、簡単に二つほど齋藤先生、勝村先生にお尋ねしたいと思いますが、この定時制の教育制度というものは、誰に聞いても非常にいい制度であるということを言うておりながら、だんだん統廃合が行われるような現勢にあることはまことに残念にたえないのですが、それにはやはりこの働きながら学ぶという、その崇高な労働が、われわれ人類の進歩発展の基盤であるというような崇高なプライドを持っておらない、社会通念としてなんだあれは定時制のあれじゃないか、あるいは家庭において恵まれない生徒が学んでおるのだというような、一般社会に底流している労働を忌むというのか何というのか、こういうきらいが多分に私はあると思うのです。それが自然と学校の教えておるものにも何となく支配的になっている。あるいは先生は別といたしましても、学ぶ生徒が自分の力を卑下して、全日制の学生と会っても、おのずからひけ目を感じていくというようなこと自体が、私はこういう教育のはなはだふるわないその一要因をなしておるのだと思います。そこでお尋ねいたしますのは、生徒の働きながら学ぶということは、これは非常にまじめに、そうして家庭においても一切の障害を克服しても前途に希望を持って、そして学ぶというのでありますから、こういう人たちがやがては家を興し、また民族の復興にも非常な役割を果す人たちと私は思うのです。これは歴史的にみましても、またいろいろな伝記をみましても、恵まれないで苦学力行した人が、非常な社会に国家に貢献をしていることは、類例にいとまがございません。そういう意味からすれば、この働きながら学ぶという青年を指導してやってこそ、私は将来の絶大な日本の復興に役に立つのだと思うのですが、生徒自身がみずから卑下するようなごとがあっては相ならん。そこで常々生徒に接触している先生方は、生徒の感想をどうお考えになっておりますか。率直に一つお聞かせ願いたい。
  69. 齋藤一郎

    参考人(齋藤一郎君) 今お尋ねがありました件について申し上げますが、この生徒の卑下するという面、いわゆる劣等感ということになりますが、これは確かに以前はありました。もちろん現在も多少ありますけれども、次第に劣等感がなくなってきております。ということは、現実に外に対して、先ほどもちょっとお話し申し上げたときに、入学、上級進学の面で、全日制では入れなかったが、定時制で入れたといったようなああいう事例が幾つか積り積ってきますと、定時制の生徒が非常に自信を持って参ります。なお施設、設備なども次第に充実されてきますにつれて、自分たち学校だと、こういう気分が確かに出てきております。次第に劣等感は払拭されております。そうして喜んで学校にくる、こういう傾向は年々強くなってきております。  それからいわゆる劣等感という面につきまして、もう一つ。先日ある会合がありました際に、話し合いに出ましたのですが、地方によって非常に違う。大体東北方面にゆくというと、定時制に学んでいる生徒は決して劣等感を持っておらない。劣等感というのは大体全日制の生徒に対してのひけ目なんですが、大手を振って歩いている。東北の方面ではそういうような状態である。ところが西日本の方へゆくというと、どうも全日制の生徒に対してひけ目を感ずるのだ。これは地方の各種の要素が入りまじってきて、そういう結果が出るのだと思います。  とにかく劣等感という面はあることはありますが、いろいろの要素が、いい面が積り積って、次第々々に劣等感が払拭されてくる、こういう傾向にあ  ります。
  70. 勝村滿

    参考人(勝村滿君) 今お話がありました通り、中学校の生徒がこの定時に入った場合は、全然そういう考えを持っていないのであります。それで実際こういう学校にある施設は、たとえば私の新宿高校でありますと、私たちは新宿高校の生徒である、だから新宿高校のあらゆる施設は自分たちに開放されてしかるべきである、こういう考えを持っていくのでございます。ですから入った生徒たちは、全然ないのですが、実際入ってゆくと、この今のような学校の運営の方で相当障害がある。これが生徒たちに一番劣等感かあるいはひけ目を感じさせる大きな障害になっていると思います。先ほど図書館の問題、それから医療施設の問題を申し上げましたけれども、そういうものが全面的に定時制生徒に開放されないということが、第一にそういった観念を植えつける一つのことではないかと思います。  もう一つは先生の面でございますが、これもしょっちゅう論ぜられるのですが、全日制の先生の方が優秀であるというようなことも、先ほど齋藤先生のお話にあった通り、何か優秀な先生だと昼間の方へゆくし、昼間からお下りの先生が夜の方へゆく、そういったことでも中堅層がないという、そういったことで、人事の面からも相当ひけ目を感じさせるのじゃないか、最近人事交流という面が相当言われているのでありますが、現実的にはやはり全日制優先ということで、夜間の定時制が行われておるのではないか、だから施設の面、人事の面でそういう問題が取り上げられれば、入ってくる生徒は全然色はないのでありますから、結局定時制に対する生徒自身の卑下感というものは払拭されるのじゃないかと。それからもう一つ、これは非常に言いはばかるのでありますが、中学校の先生方の方でも、進学の場合にやはり定時制と全日制を何か分けて取り扱うという傾向も出てくる、そういう面もこれは学校自体の運営によっては十分改善されると思います。
  71. 佐藤清一郎

    委員外議員佐藤清一郎君) もう一点お尋ねいたしますが、定時制の先生は優秀な先生が得られないということは、大分われわれも了解できるのですが、さらに分校に至ってはより以上に優秀な先生がなかなか困難である、それについてはいろいろな障害があると思うのですが、非常な努力をせなければならぬという点もありましょうが、一つ地域給が関係しておって、その分校にゆくと地域給がなくなってしまうと、こういうようなことで先生を赴任させるにしましても非常な困難があるということを聞いておりますが、やはり現場におられますお二方の御意見を承わりたいと思います。
  72. 齋藤一郎

    参考人(齋藤一郎君) 地域給の問題でお答え申し上げます。なおその前に、定時制あるいは分校に勤める職員が全部優秀でないというふうな感じがありますが、これは決してそうではありませんで、非常に優秀な先生を持っていくのに、地域給があるために非常に骨が折れると、こういうことなのでありまして、どういう結果か、どういう状況かということなんですが、現在私の方の県でとっておる方法について申し上げますと、分校には四名ないし五名くらいの専任の教員がほしいのであります。専任と申しますと、ほんとうにそこに毎日詰めて朝から晩まで働くと、こういう意味の専任教員であります。ところが私は宇都宮ですが、宇都宮は一割五分でしょうか地域があるのに、私の分校は地域給はゼロであります。そうすると地域給のゼロのところに送ってやるということは、私ども非常に忍びない、一般の先生でも何かまずい点があって島流しされるのじゃないかというような感じを受ける。かつて四年くらい前に、ある学校で女の先生がそういう配置がえになったときに、何も悪いことをしないのに、なぜ私は分校にやられたのでしょうと言って泣いたと、そういう話を聞いておりますが、そこで私の方では、現在やむを得ず分校主任だけは専任という形にしまして、これには地域給は出しません。そのかわり一号ないし二号、地域給に相当するぐらいの額をその給与につけると言いましょうか、そうしておきます。それでも地域給には及ばない。それからほかの先生を形式上専任にしてしまうというと、地域給はゼロになってしまいますので、これは中心校兼務ということにしておきます。そうして地域給だけは確保して、そのかわり中心校には必ず授業に来なければならない、実際来なかったならば、これはいろいろの面でおしかりを受ける結果が起きてきますので、どうしても一週に一ぺん来なければならない。従って自分の分校に専念する日が、少くとも中心校に一日来るために分校の方が一日減る。そのために、定時制の場合には、教員の数が非常に少いので、中心校と分校を合せた生徒数を基礎にして教員を割り出しましてやるので、必要なだけの教員を配置できない。勢いほかの分校にも一人の先生が回る、分校から分校、分校から中心校というように、一週間のうちに二日あるいは三日ほかの分校、ほかの中心校にいって授業しなければならない、こういうようなことで、非常に学校の運営上にも妨げが起きてくる、これが地域給の問題でも解決できれば、あっさりとここの分校には何人専任だということで、必要な人員だけをそこに確保できる、そうすればその分校が、教員側の努力による発展ということを期待することができる、こういうように考えます。  それからどうしたらよいかということにつきましては、私別に申し上げませんが、そういうふうな欠点がある、ただ地域給に中心校と分校との間に格差がないことは、ただいま申し上げましたような、あっちへやり、こっちへやりというように、無理に授業を動かしませんで、本当に円滑にいっております。地域給が妨げておるという例は、この間も岩手県……宮城県ですか、あちらの方の先生方にもそういうお話を承わって、どこへいっても同じような問題を感じております。
  73. 湯山勇

    ○湯山勇君 簡単にお尋ねをしたいと思います。最初勝村さんにお尋ねしたいと思います。私以前夜間勤務の先生に対しては特殊勤務手当がついておったように記憶しておりますが、今日そういう手当はついてないでしょうか、ついておるとすれば大体どのくらいついておるか、その点についてお伺いいたしたいと思います。  それから二番目は、齋藤さんにお願いしたいのは、今定時制の配置の問題が非常に大きくなっておりますが、その要素の中に、定時制の分校なり学校の設置が、政治的な、何と言いますか、支配を受けまして、たとえばあの人が出たためにできたんだとか、あの町長、村長が出たからできたんだ、ところが町村合併や選挙その他でその人がいなくなったため、熱意がなくなって廃止されると、そういう実例はございませんでしょうか、私は幾つかそういうのを聞いておるものですから、あなたの方にはそういうものがないかどうか、この点です。  それから通信教育についてはどなたも御質問なかったようですから、一点だけ、これも勝村さんか的場さんにお尋ねしたいのですが、今各県とも通信教育をやっておりますけれども、これは非常に人手が少いために、おそらくどの県も全科目にわたっては出してないのではないかと思います。そういうことだと、たとえば働いておる青少年が、選択してどの科目どの科目をとろうということができないで、結局通信教育というものは、実際にはその目的を達していないというようにも感ぜられますが、どこか全科目にわたって出しておる府県があるかどうか、それがどのくらいあるだろうか、そういう点についてお気づきの、あるいは御存じの点があれば一つお示しいただきたいと思います。  最後に、これは感想みたいなことになるのですが、一般にいろいろ定時制の生徒なり先生なりに、何といいますか、若干卑下したような気持があるというようなお話もありましたが、先般冬季国体で長野県かどこかの定時制の生徒が全国で優勝したというのがありましたが、ああいうのを聞いて非常に私愉快に感じたのですが、先ほど来お述べになったような点が改善されれば、四年たてばまず今日の定時制の学校が、全日制のレベルに劣らないようにやれるかどうか、そういうある程度の見通しをお持ちだろうか、どうだろうか、これは大へん妙な質問ですけれども、この点も一つお伺いいたしたいと思います。以上。
  74. 勝村滿

    参考人(勝村滿君) 特殊勤務のことでございますが、これは県によって非常に差がございまして、たとえば特殊勤務は東京都ではございません。それから先ほど特殊勤務がないことに関して、東京都では地域差というものもありませんで、一本でございますから……。まあ、そういう点もあると思います。それから特に北海道あたりは、まあ、夜勤務することになると燃料その他交通等の関係、家庭も相当燃料が要るし、それからいろいろなことでついているのでございます。それから各県によって若干あれがございますけれども、おそらく都市ではほとんどついていないのじゃないか、そう考えております。
  75. 湯山勇

    ○湯山勇君 今の点についてこういう事例をお聞きじゃないでしょうか、特殊勤務がついておる府県ではですね、実際はそこの職員に特殊勤務手当支給されるはずだけれども、定時制に配置をされた職員が少いために、その職員は特殊勤務手当を辞退して、その辞退した特殊勤務手当で講師なり、一時何といいますか、臨時職員を入れて授業をしてもらっておるというような実例を御存じないでしょうか。
  76. 勝村滿

    参考人(勝村滿君) 不幸にしてその実例を聞いておりませんですが、それはあるかもしれませんが、今のところは私は聞いておりません。
  77. 齋藤一郎

    参考人(齋藤一郎君) 先ほどお話ありました分校の廃止について何か政治的な面で廃止が起きた実例はないかと、こういうことなんですが、果してこれが政治的な意味であったかどうか、ちょっと多少判断に苦しむ点もございますが、私の方で今まで分校の廃止されたのは二枚ございます。そのうちの一つは一昨年でございましょうか、これはその学校の先生にも聞いておりますのですが、その分校の中心校で、校長さんも主事さんも知らないでいるうちに村会の方が通ってしまったと、こういう実例でございます。それから学校当局でも廃止というところまではまだまだと思っている間にすらすら通ってしまった。それで、どんなあれかと申し上げますと、その分校を一生懸命作られたその当時の村長さんと、それから村会議長さん、どちらもその廃止のときにはその職から退かれた。それで別な村長さん、村会議長さんがその職についておられたというのでございます。その間の政治的問題、これはちょっとよくわかりませんし、果してこの問題は申し上げていいのやら悪いのやらちょっと実は判断に苦しんでおるのでございますが、政治的といえばいえるかもしれませんし、そんな実情でございます。もっともこれはその分校の生徒数も少く、従ってその村から出す経費が非常に、まあ、何といいますか、割高ということなんでしょうか、とっても分校を維持していくほどの生徒数ではない、こういうような面からだと思います。それで、政治問題のみで廃校にしたと、こういう意味ではございません。根拠には生徒数が少い、非常に少い、ほんとうに私たちから見ても、あれで分校になるであろうかというような程度でございまして、それを伸ばすという面でなしに、廃止という面に向った、こういうことでございます。  それからもう一つは、本年度において四月から、これは廃校といいましても、上級生が幾らか残っているわけでございますが、これは町村合併の結果というのですか、その村でやっておった分校を、今度は三つぐらいの村が合併になりました。ところがその分校に入っている生徒は、その分校を作っておった村内の生徒であって、あと二カ村合併された村からは来ておらない。おれの方から一人も行っていないのだ、そこにまた金を出すというのでは、どうもどうかなあ、何とも妙だというような話が流れておりまして、そうしてまたその要素一つとしては、生徒数が少なかった、こういうことが原因になっております。いろいろと分校の廃止統合、廃止には財政問題なんかありますが、やはり生徒数が相当少い。これは必ずしも廃止の線にのみいくものではないと、こう思っております。
  78. 的場正宏

    参考人(的場正宏君) 通信教育の問題でございますが、現在科目数二十六でございますか、やれるようにはなっておりますけれども、ただいま湯山先生からの御質問のように、大体四人ぐらいじゃないかと思います。全国通信教育をやっております学校の定員でございますが、平均しますと一校当り大体四人ぐらいではないかと記憶をいたします。で、十名を超すような教員定員を持った学校というのは、ほとんどございませんで、たしか三県ほど、埼玉県とか、三県ほどあったように記憶をいたします。従いまして、全部科目がとれるようになっているという県は、ほとんどないのではないかと私も考えております。あったとしましても、十人以上の定員を持ったような、県の中にあれば、一県ぐらいあるかどうか、その程度であろうと考えております。
  79. 荒木正三郎

    荒木正三郎君 ちょっとこの際委員長要望しておきたいのですが、本委員会としては、へき地教育の問題、それから定時制教育の問題について、非常な関心をもって、先般も実地調査もいたしましたし、本日はまた貴重なる意見を拝聴したわけであります。それで本委員会としても、これを元として、さらにこれらの教育振興されるように、一つ努力すべき問題だと思うのです。そういう意味において、委員長もこの点今後十分御配慮していただきたいということを、お願いしておきたいと思います。
  80. 飯島連次郎

    委員長飯島連次郎君) それでは、非常に御熱心な、しかも体験に基く御意見を拝聴いたしまして、まことにありがとうございました。当委員会ではこの問題につきましては、かねて熱心な調査研究、あるいは検討を続けて参っておりますが、本日の参考人の皆さんの御意見も、十分文政の上に反映をいたしまして、皆さんの体験が国政の上に生かされますように、努力して参りたいと思います。どうも長時間ありがとうございました。  それでは本日はこれで終ることにいたします。    午後五時四十八分散会