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1956-09-11 第24回国会 衆議院 法務委員会閉会中審査小委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十一年九月十一日(火曜日)    午前十一時十二分開議  出席小委員    小委員長 高橋 禎一君       池田 清志君    椎名  隆君       世耕 弘一君    林   博君       三田村武夫君    猪俣 浩三君       佐竹 晴記君  出席国務大臣         法 務 大 臣 牧野 良三君  小委員外出席者         検     事         (内閣法制局第         二部長)    野木 新一君         警察庁長官   石井 榮三君         警  視  長         (警察庁刑事部         長)      中川 董治君         総理府事務官         (自治庁税務部         長)      奧野 誠亮君         検     事         (民事局参事         官)      平賀 健太君         検     事         (刑事局長)  井本 臺吉君         法務事務官         (人権擁護局         長)      戸田 正直君         文部事務官         (社会教育局         長)      内藤譽三郎君         文部事務官         (調査局長)  福田  繁君         文部事務官         (調査局宗務課         長)      近藤 春文君         文部事務官         (文化財保護委         員会事務局長) 岡田 孝平君         参  考  人         (映画倫理規定         管理部事務局         長)      池田 義信君         専  門  員 小木 貞一君     ————————————— 本日の会議に付した案件  法務行政に関する件     —————————————
  2. 高橋禎一

    高橋委員長 これより法務委員会閉会審査小委員会を開会いたします。  去る六月三日、法務委員会において、不正なる宗教活動及び東佐誉子事件調査の結果に基き精神衛生法改正についてそれぞれ決議を行なったのでありますが、この際それらに対する政府措置について報告を求めたいと存じます。  まず東佐誉子事件調査の結果に基く精神衛生法改正問題について法務省より報告を求めます。戸田人権擁護局長
  3. 戸田正直

    戸田説明員 本日東佐誉子事件につきまして御質問のあることを承知いたしておりませんので、記録等を持参いたしませんから、正確のことを申し上げられないのでありますが、数日前東京法務局長名におきまして日本女子大学武蔵野病院東京都等に勧告をいたしたのでありまして、勧告文はただいま持参いたしておりませんので、正確な御報告はできません。後ほど取り寄せまして御報告をいたしたいと思います。
  4. 高橋禎一

    高橋委員長 後ほどとおっしゃるのは相当時間がかかりますか。
  5. 戸田正直

    戸田説明員 いえ、すぐ役所から取り寄せますから、間もなくです。三十分もあれば……。
  6. 高橋禎一

    高橋委員長 そうですか。  それでは不正なる宗教活動に対する措置について文部省より報告を求めます。近藤宗務課長
  7. 近藤春文

    近藤説明員 六月三日当法務委員長から不正なる宗教活動に対する決議が送付されましたので、それに基きまして、文部省といたしましては、さっそく立正交成会を初め文部大臣主管の三百七十七の法人に対しまして、法務委員会決議また参議院の申し出を添付いたしまして、不正なる宗教活動あるいは不当なる行き過ぎ等につきましての警告を発しております。なお、あわせまして、全国都道府県知事に対しましては、同じように決議を添付いたしまして、今後の指導あるいは調査につきましての依頼を発送いたしました。
  8. 高橋禎一

    高橋委員長 以上の報告に対し御質疑がございませんか。
  9. 猪俣浩三

    猪俣委員 去る二十四国会におきまする当法務委員会決議、そのうちの精神衛生法に関することにつきましては、後ほど、どういう警告をなされたか、その内容をお聞きいたしましてからお尋ねしたいと思います。  いま一方、今文部省の方から報告にたりました不正なる宗教活動に対する決議、この取扱い方でありますが、大体お聞きいたしました印象は、はなはだおざなりだという印象なのであります。しかも、おそらく当委員会が開かれるということを何らか聞知されまして、そのほとんど二、三日前に急速なされたのではなかろうか。私は文部省が果して所管庁としてほんとうにこの法務委員会決議精神のあるところを体得されてそのように活動されたというふろには理解できない。これはいろいろの制約はございましょう。しかし法務委員会決議相当厳しいのであります 「本委員会が右の趣旨により立正交成会に関する人権侵害問題を調査したところによっても種々の行過ぎがあり、加入、脱退、金品受授治療等につき欺罔、強制、圧迫、迷信等により、公共福祉に反すると思われるものがある。政府は、この際、立正交成会は勿論、いわゆる新興宗教その他宗教団体の不正不法な宗教活動の横行している現状に鑑み、人権擁護の立場から速かに」と称して、四つのことを具体的にあげてあるのであります。その(一)として「布教活動にして、人権侵害行為又は犯罪を構成するものについては、その摘発につとむべきである。」、(二)としては「宗教法人法第八十一条の解散権発動すべき事由ありや否やにつき、徹底的に調査すべきである。」、かような事項になっておるのであります。本委員会の意のあるところはこの文章に脈々として発動していると思いますが、これに対する文部省態度というものは私どもははなはだ理解できない。なお、そういう疑いを持ちまするには多少の根拠があるのでありまして、私はその点について御説明いただきたい。私はキリスト教の洗礼を受けまして三十数年来麹町三丁目のインマヌエル教会というキリスト教教会に所属し、現在も教会委員として運営に当っている一員であります。しかるに、文部省調査局宗務課に勤めておる文部事務官広安孝夫なる人物が、私の所属いたしております教会牧師に対して再三電話をかけて私を誹謗し、私を信者から追放すべきことを要求しておる。それで、牧師ががえんじなかったところが、わざわざ教会までたずねていって牧師に面会を求め、立正交成会なるものは全国に数十万、数百万の信者を擁する堂々たる宗教である、との大宗教教祖といわれる人物売春婦上りと誹謗する猪俣のごときは、信者の名に値しないものであるから除名すべきであるということを強調しておるのであります。牧師はこれを反駁いたしまして拒否いたした。文部省宗教課の中にこういう人物が存在する。そして大胆きわまる行動をやっておる。私に対しましてはいろいろな脅迫状がさんざん来ております。またいろいろのインチキ雑誌インチキ新聞相当私を誹謗しておる。これは全部立正交成会相当手を回しておるというふうに私は思っておるのであります。そんなことにはびくともしませんけれども、私どもがこれだけ熱烈な要望を盛った決議をし、監督官庁にその調査発動を念願いたしております際に、その所管官庁役人の中にかような人物が存在する。日は今はっきり覚えておりませんが、国会閉会後読売新聞の主催で新興宗教についての座談会をいたしました。その際に清瀬文部大臣も出席せられました。阿部真之助大宅壮一氏も出席せられました。ここにおいでになる戸田人権局長も出席されました。その際に大宅氏から、文部省宗務課の中に新興宗教と通謀しておる者があるという発言があった。清瀬さんはいたく怒られまして、清瀬さんと大宅氏の間に激論が戦わせられました。なお、私の記憶にあるところによれば、この立正交成会教祖である日敬最初修練をいたしました霊友会、この霊友会事件に何か文部省役人関係しておって問題になったことがある。世上文部省宗務課の中には新興宗教から相当の礼をもらっておる人間がある、これが文部省が活発なる活動ができない理由であるということを相当の人が言っております。その一つの現われとして大宅壮一氏が座談会に発表しておる。私はさようなことはないと思っていました。しかるに現にこういう人物があり、こういう行動をしております。私の属しておる教会聖公会というのでありまして、これはカトリックとプロテスタントの中間くらいなイギリスを中心とするキリスト教の一派であります。私は三十数年この信者として今日まで宗籍があるのです。その人間に対して除名すべきことを牧師に強要しておる。牧師によれば、この広安という人物を前に知っておったそうであります。文部省役人になっておるということは知らなかったが、知っておった。顔を見たらわかった。これはおそらく、その牧師がもしこの説に動かされて私を除名するようなことがありますならば、必ずや立正交成会が経営している宗教新聞あるいはその他のパンフレットで私のことをあしざまに言って宣伝する、そういう私に対する一つの攻撃の手段としてこの広安という人物がその手先を務めたのじゃないかと思うのです。かようなことを何によってやっておりますか。一体宗務課の中に新興宗教と結びついておる人物があるのかないのか。この広安という人物は立正交成会信者であるのかどうか。あなたの課の中に新興宗教信者相当おるのじゃないか。  そこで、今の文部省の当法務委員会決議に対する態度というものは実におざなりである。これはあなたに聞いてもわからぬかもしれぬので、あと文部大臣にお聞きいたしますが、あなた方はどれだけの誠意を持ってこの仕事をやられたか、その決意のほどを承わりたい。それが第一点。第二点は、広安孝夫なる人物が存在するのか、これは彼個人の考えでかような行動をやったのであるか、何か宗務課のそういう空気の中から広安が身を挺して出かけたのであろうか、新興宗教文部省宗務課との関係について御説明願いたい。
  10. 福田繁

    福田説明員 ただいまの御質問でございますが、まず御決議の点につきましては、先ほど宗務課長から申し上げたと思いますけれども文部省としては、御決議をいただきましてから、誠心誠意この問題は御趣旨に従った取扱い方をしていきたい、こういうような態度で今日まで来ております。なお、今後いろいろな点につきまして調査すべき点あるいは文部省自体として措置しなければならぬ点は、事態の進展を待ちながら関係省連絡をとって研究いたしております。  第二点でございますが、広安という事務官宗務官の中におります。おりかどうか、それは私も存じませんが、さようなことをやる人柄とも私は考えておりません。また、文部省宗務課の中に新興宗教と通謀する者があるというようなお話でございますが、これは断じてないと私は考えております。
  11. 猪俣浩三

    猪俣委員 今局長の話によると、広安という人物そういう人物じゃない—。それだからあんた方は監督が行き届かない。現にやっておるのであります。彼が持ってきた名刺を私は持ってきておる。彼は自分の住宅の電話番号まで書いて行っておるじゃないか。執拗に言っておる。それを諸君は知らない。そういうことじゃだめだと思うんだ。新興宗教が問題になった際に、しかも霊友会の問題で宗務課が問題になったことがあるでしょうが、それ以後どういうふうに宗務課では刷新されておるか、御説明願いたい。新興宗教文部省宗務課の悪因縁というものは相当世上の常識になっておる。それに対し諸君はどう監督し、どんな刷新をはかっておられるか、今広安という人物がそんな人物じゃないと言われておるところを見ると、何も知っておられないのじゃないか、放任主義じゃないか。当法務委員会でこれだけのきつい決議をした以上は、こういう新興宗教宗務課関係について、もっと大臣にしろ局長にしろ神経質に厳重に監督しなければならぬものだと思う。世上そういう評判がもっぱらなんですよ。私はそれにあまり拘泥しなかったからこの問題のときにそういう方面を追及しなかったのですよ。ところがこういう人物がこういう行動をしておる。たまたまこの牧師が私を信じて私に告げてくれたからわかったのですが、いかなる方法でどんな中傷をやっているかわからぬのです。私は立正交成会に何の因縁もない男であるのみならず、あの日敬という人物は私の選挙区の出身の人間なんです。それがために私は選挙にも非常に損をしています。しかし、ああいうふうな合理性を否定しましたる、そうして金集め主義のものが繁盛しておることは、わが国の文化向上人権擁護意味から実に許すべからざるものであると思って、義憤を感じて私は立ち上っておる。私に対しても何百万と言ってしょっちゅう誘惑を受けました。しかし今日まで戦ってきたのは、虫のせいやかんのせいではありません。わが文化向上精神文化革命の一環として私どもは立ち上っておるのです。文部省は、そういうことに対しては、当委員会の意のあるところを察知して、文教刷新迷信打破のためにも、新興宗教というものをもっと熱心に研究し、この対策を身を入れてやらなければならぬと思う。それに対する熱意が実に乏しい。そうして部内にこういう者が出ておる。そうすると私どもは疑わざるを得ない。まだ役人の中に、みんな手分けしてこういうふうな新興宗教擁護方向、まるで当法務委員会結論と逆の方向に動いておる者があるのではなかろうかと私どもは疑問を持つのです。  そこで、あなたに伺いたいのは、霊友会事件があったでしょう。それ以後文部省はこの新興宗教との関係について一体いかなる監督を進め、いかなる刷新をやられたか、それを承わりたい。
  12. 福田繁

    福田説明員 文部省宗務課仕事自体、これは猪俣委員もよく御承知のことと思いますが、現在の宗教法人法建前ではいろいろな点で調査が十分できないといううらみがございます。従って、いろいろな場合に文部省としては資料が十分集まらないということで従来難儀をいたして参ったのでございますが、こういう新興宗教の問題が起らなくても、常に私どもとして宗教団体との接触の面につきましては非常に用心をいたしまして、課員あるいは局員も全部誤解の起きないような態度をもってやっております。これはもう上は大臣からそういう御注意もございますし、われわれとしては常にそういう一つのモットーをもってやっておるわけでございます。その点は御了承をいただきたいと思います。
  13. 猪俣浩三

    猪俣委員 あなたの答弁ははっきりしませんが、しかし、これはあなたをあまり追及したってしょうがない問題ですから、大臣になおお尋ねいたしたいと思います。  そこで、この法務委員会決議した中には四項目あるわけです。先ほど私は二項目だけ読み上げたのですが、「  (一)布教活動にして、人権侵害行為又は犯罪を構成するものについては、その摘発につとむべきである。」、これはどういう調査をなされたか。「(二)宗教法人法第八十一条の解散権発動すべき事由ありや否やにつき、徹底的に調査すべきである。」、これはどういう調査をされたか。「(三)宗教法人法中「認証事項」「役員の欠格条項」「書類の閲覧権提出権」第八十一条解散権発動の前提たる「調査権の整備」「罰則強化」等につき、検討すべきである。」、これはどういう検討をされたか。四番目は検察庁になりますから、この(一)から(三)までに対して御報告願いたいと思います。
  14. 福田繁

    福田説明員 お尋ねにお答え申し上げますが、この(一)と(二)は非常に関連ある問題だと考えます。この問題にきまして、人権侵害行為あるいは犯罪を構成するものというような点につきましては、これは文部省だけで十分調査もできませんし、また文部省だけでそういう事実を断定するわけにも参らないと思います。従って、関係各省連絡をとりながら、具体的の事件につきまして、こういった人権侵害行為なりあるいは犯罪を構成するかどうかという資料を集めておるわけであります。従って、この宗教法人法第八十一条の解散権の問題は、御承知のように非常に抽象的な規定でございますので、具体的な断定が出ませんと具体的に実行に移すということは現在のところではできないと思います。従って、関係各省あるいは今までお調べになっているようなところから具体的な事実、データをいただくということに主眼を置いております。  それから第三番目の点でございますが、今の宗教法人法規定が非常に不備であるということはもちろん私どもも認めております。これは当委員会で私が猪俣委員に申し上げた通り、その点につきまして具体的にどこをどうするという案はまだきまっておりませんけれども文部省宗教法人審議会という文部大臣諮問機関がございます。それに対しまして文部大臣宗教法人法改正の問題について意見を聞いております。従って、この宗教法人審議会におきましてこういう点を具体的に改正する必要があるという結論が出ますれば、文部大臣はその答申を十分尊重していくという建前になっており、現在はこういった点につきましては宗教法人審議会で具体的に研究をしていただくという措置をとっております。
  15. 猪俣浩三

    猪俣委員 宗教法人法宗教法人審議会研究することになっているというのですが、研究を始めているのですか。もしそういう諮問をして研究を始めているというならば、法務委員会が摘出しましたような事項についていつ諮問されましたか、そうして何回そういう審議会が開かれたか、それをお知らせ願いたい。
  16. 福田繁

    福田説明員 この宗教法人法は、もし改正するにしましても、非常に重要な事柄でありますので、宗教法人審議会としてもこういった研究は慎重にやりたいという委員各位の御見解でございます。文部大臣としては五月にこの審議会に対して研究を要望いたしましたけれども、まだ具体的にこの宗教法人審議会の方でこの事項についての審議はやっておりません。と申しますのは、ちょうど委員の都合もございまして、夏は会合機会がございませんでしたが、大体この秋からそういった会合をやろうということに申し合せはできております。夏は具体的には動かなかったということを申し上げておきたいと思います。
  17. 猪俣浩三

    猪俣委員 私は宗教法人審議会活動を言うているのではない。法務委員会決議は六月三日です。六月三日にこういう新たなる決議がなされておるが、それをもとにして文部大臣がこれを審議会にかけたか、これをお尋ねしている。五月中に諮問したというが、五月には決議ができていない。六月三日にできているのです。その以後こういう国会決議ができたのだから、そのあとこれをどう処置されたのかを聞きたい。五月ごろやったということは意味にならない。六月三日決議した後にどう取り扱われたのか、それをお聞きしたいのです。この一項から二項までのは、これはほかから調査するのだということで、結局何もしておらないという御答弁なのです。三項については、五月中と言ったが、五月中はまだ決議ができていないじゃないですか。この決議ができてからどういうことを一体やったか、それを私はお尋ねしたのです。これは委員会決議というものを官庁が軽視する傾向があるのではないかと思う。また委員会決議しっぱなしで、あと知らぬ顔をしているよう傾向がある。これは非常によくないことだと思う。最高機関とするならば、そこで決議した以上は、行政機関はそれを忠実に実行しなければならないと思う。その意味で私はお尋ねしているのです。だから、ことしの五月中に文部省がやったことをお尋ねしているのではなく、六月三日のこの決議ができた後にいかに処置をとられたのか、それをお尋ねしているのです。
  18. 福田繁

    福田説明員 私の申し上げようが少し足りませんでしたが、もちろんこの決議は六月三日付でいただきましたが、宗教法人審議会開催は五月でございました。ところが、五月にはすでにそういう問題が起きておりますので、文部大臣としては開催機会にそういうことを要望されたわけでありまして、具体的にこの三項にあがっているようなことをそのときに申し上げたわけではございません。しかし、この決議をいただきましたので、われわれとしては、宗教法人審議会が正式に開かれなくても、そういう委員のおもなる人にこういう点については常時連絡いたしておりますので、審議会委員には、正式の会合ではありませんけれども、こういう問題があるので、これをやっていただきたいということは連絡をいたしております。委員としては、さっき申し上げましたように、この秋には具体的に小委員会を設けて、これをやろうというようなことに話はきまっているということを、私申し上げようが少し足りませんでしたので、その点だけつけ加えさしていただきます。
  19. 猪俣浩三

    猪俣委員 法務当局にお尋ねいたしますが、この委員会決議は一項から四項まで、今文部当局の話によれば一項、二項、つまり人権侵害行為有無犯罪の容疑の有無、そういう摘発に関すること、八十一条の解散権発動すべき事由があるかどうかというようなことは検察庁のやるべきことであるというような御答弁に見受けられる。それと、第四項は「公益代表者にして、宗教法人解散請求権をもつ検察庁は、宗教法人調査につき適宜の措置を講ずべきである。」という決議になっております。そこで、こういうことに対してどういう処置をされたか、それを承わりたい。
  20. 井本臺吉

    井本説明員 六月の御決議に基きまして、われわれといたしましては宗教法人の中で解散請求をなすべきものありやいなやという点についてわれわれの仕事方面からこれを検討して参ったわけでございますが、何分にも検察庁の人手が不足でありまして、この専管の検事がただいまおりませんので、これが目下予算の請求中でございますが、その際には少しこの専門の検事を置きたいということで折衝中でございます。現状までにおきましてわれわれがいたしました仕事を簡単に申しますと、今月の初めに私の部屋に関係部局に集まっていただきまして、宗教法人法の八十一条の規定に基きまして検察庁解散請求をすべきような宗教法人があるかどうかという点についていろいろ検討したのでございますが、現状ではただいまさようなものは見当らないということになったわけでございます。  なお、御指摘の立正交成会布教または病気治療等に際しまして暴行、脅迫等事件があるということで全国的に調査をいたしたのでありますが、検察庁に対しまして、この件に関する告訴、告発というものはまだ出ていないのであります。ただ関係部局には数件これが認められるのではないかというようなものがございますが、果して宗教法人としてさような数件の行為が法令に違反して著しく公共福祉を害すると明らかにきめられるような行為をしたということが認め得るかどうか相当問題であるという結論になりまして、なお引続き調査をしたいと考えているわけでございます。なお、宗教法人の中の創価学会につきましては、今次の選挙におきまして各地で戸別訪問が組織的に行われまして、その数が約千五百件ほどになっておりますが、これはただいますでに公刊請求をしたものもありまするし、なお引続き調査中のものもあります。これについては検事が全力を尽して今やっている最中であります。  なお、直接宗教法人活動関係するかどうか多少疑問があるのでありまするけれども、立正交成会の幹部が和田堀区画整理の問題に関係いたしまして虚偽公文書作成、同行使、背任、都市計画法違反等事件について、本年二月十三日に東京地検告訴事件を受理しておるのでありますが、これは目下居林検事中心になりまして、鋭意捜査中でございます。これは昭和二十八、九年の事件でありますために、捜査に時間を要して、目下引き続き取調べ中でございますが、近く結論を得る見通しでございます。
  21. 高橋禎一

    高橋委員長 それでは、先ほど調査してから報告するとお話のありました法務省戸田人権擁護局長、いかがですか。
  22. 戸田正直

    戸田説明員 まず日本女子大学に対する勧告であります。    人身の自由に対する侵犯について(勧告)  被害者日本女子大学教授東佐誉子にかかる標記事件について、調査したところ、次の事実が認められた。   日本女子大学の理事者等は、東佐誉子が昭和二十三年頃日本女子大学教授の職を失ったものとして、その居住使用にかかる同大学フランス料理研究室二室の明渡しを要求して、かねてより右佐誉子と紛争を続けて来たものであり、昭和二十七年以降は、同大学事務局長が主として右明渡問題の処理に当ったものであるが、事務局長は理事者等とはかり、たまたま右佐誉子に精神障害の疑があったのを奇貨として、同意入院の名目を以て、昭和二十九年十一月二十三日同人を東京武蔵野病院に強制的に入院させ、よって前記明渡の要求の目的を達成したものである。  貴大学当局においてかような行為に出たことは、憲法第三十一条の趣旨に反するものであり、且つ精神衛生法において人権擁護のため人身の自由拘束について慎重な手続を定めているのにかかわらずこれを濫用して民事上の紛争を解決したものと非難されてもやむを得ないものであって、人権擁護上当職の極めて遺憾とするところである。  今後は学校の経営管理に当って人権尊重に十分意を用いられたく要望する。  次に、東京都知事あての精神衛生法運用についての勧告であります。    精神衛生法の運用について(勧告)  東京都文京区高田豊川町一一八番地所在日本女子大学及び東京都板橋区茂呂町三六三九番地所在東京武蔵野病院にかかる人身の自由に対する侵犯事件について調査したところ、次の事実が認められた。  一、前記病院長上田守長は、昭和二十九年十一月二十三日元日本女子大学教授東佐誉子精神衛生法第三十三条により同意入院させたにもかかわらず、同法第三十六条に定める届出の期間をけ怠し、翌三十年一月十一日に至りその届出をなした。  二、同病院において右佐誉子を昭和二十九年十二月九日精神衛生法第二十七条第一項に定める診察をなすに当り、同条第二項に定める当該吏員の立会がなかった。前記の事実は、憲法第三十一条の趣旨に反し、精神衛生法の諸規定に違反するものであって、人権擁護上誠に遺憾である。  貴職におかれては、今後再びこのような過誤が行われないよう、東京武蔵野病院に対し業務指導について万全の措置を講ぜられると共に、貴庁精神衛生関係職員並に管下関係病院、医師等が精神衛生法の運用を誤り、人身の自由を侵害することのないよう十分監督指導されたく要望する次第である。  次に、東京武蔵野病院長上田守長あて精神衛生法の運用についての勧告。   被害者日本女子大学教授東佐誉子にかかる人身の自由に対する侵犯事件について調査したところ、次の事実が認められた。東京武蔵野病院長上田守長は、  一 、昭和二十九年十一月二十三日東佐誉子を精神衛生法第三十三条による同意入院をさせるため、日本女子大学より自動車で強制的に病院に移したものであるが、強制収容前に右佐誉子を直接診察せず、且つ同法第三十六条に定める期間内に入院届出をしなかった。  二、既に同意入院をさせた右佐誉子につき、その入院費用を公費負担とするため、昭和二十九年十二月九日東京都知事に対し、精神衛生法第二十三条の規定による診察並びに保護を申請した上、同日精神鑑定医として同病院医師末弘乾とともに同法第二十七条の規定により診察に当ったものであるが、その診察の結果何等合理的根拠がな いのに右佐誉子が精神障害のため他人に害を及ぼすおそれがあるものとして、あらためて同法第二十九条を適用し、強制入院手続をとったものである。  右の事実は憲法第三十一条の趣旨に反し、精神衛生法の諸規定に違反するものであって、同法を日常直接解釈運用する精神病院の長がこのような行為をなしたことは、人権擁護上看過できない。  今後は再びかような過誤を犯さないよう精神衛生法規定を遵守することは勿論、その運用を慎重にされたく勧告する。 以上でございます。
  23. 猪俣浩三

    猪俣委員 当委員会決議に対する御処置に対して私も大体満足するものであります。本件は当委員会調査だけではなかなか結論が出なかったのでありますが、人権擁護局が非常に徹底的に御調査いただきまして、事実の真相がはっきりいたしました。これに対しましては、私ども感謝するものでありますが、その他のことにつきまして、人権問題なんというのはなかなか委員会で事の真相を結論を出すのは容易じゃないのであります。これはやはり政府当局に御協力していただきませんと、事の真相がなかなか明らかにならない。私は、その意味において、文部省あたりに対しましても、もっと官庁として、こういう新興宗教人権じゅうりん問題なんというものには、やはり神経過敏に協力して調査してもらわなければならぬということを強く考えるものであります。法務省人権擁護局が御協力下さったために、これが非常に詳細にわかってきたのであります。  そこで、これは刑事局長にお尋ねいたしますが、あるいは調査がまだお届きにならぬかどうかわかりませんが、東氏と同じようなケースが申告されてきております。これは福岡県の野田耕造という人物で、戦時中航空大尉までやった男であります。これがやはり自分の兄や兄嫁の陰謀にひっかかりまして、自分の妻が反対するにもかかわらず、精神病院の院長と結託しました兄弟どもが無理やりに注射をいたしまして、意識不明なものを病院にかつぎ込んだ。ところが、妻と妻の兄弟が協力して談判をやりましたために、一日だけ留置されたあと助け出された。そこで、今福岡県の八女市の区検に対して人権じゅうりん横領事件告訴しておるわけです。これがどういうように進んでおるか、どうもよく進んでおらないと本人が訴えてきておる。これを検察庁がどういうように取り扱っておるか。これは非常に容易ならぬ問題だと思うのです。精神病院の院長と結託いたしまして、注射をしてかつぎ込んだ。ところが妻と妻の兄弟とが協力して一日だけで助け出した。東さんは五十日間入れられておりましたが、これは一日だけで助け出された。こういう事件があった。こういう事件に対して、告訴が出ておるけれども、どうもよく調べないというのです。これはどう処置されておりますか。御報告がありますか、ありませんか。もし御報告がなければ、後日来たるべき委員会で御報告願ってもけっこうです。私きのうちょっと通告しておきましたが、間に合わなかったかもしれませんので……。もし御存じでありましたらお答え願いたい。
  24. 井本臺吉

    井本説明員 実はまだ御通告を受けておりませんので、さっそくこの件につきましては現地に照会いたしまして、次の機会に詳細御報告申し上げます。
  25. 猪俣浩三

    猪俣委員 それから、精神衛生法につきまして、当委員会決議として相当詳細な項目があがっております。一項から八項目まで精神衛生法改正すべき要点を掲げておりますが、これに対して法務当局はどういうふうに審議を進められておりますか、その概況を承わりたいのであります。
  26. 戸田正直

    戸田説明員 この問題につきましては、所管の厚生省とも十分な打ち合せが必要であると思いますので、来週の月曜日、十七日に、厚生省それから関係部局にお集まりを願って、これらの問題について打ち合せをいたしたい、かようにただいま準備中でございます。
  27. 猪俣浩三

    猪俣委員 戸田局長に対してはちっと気の毒ですけれども、一生懸命やっていただいた割合に、どうも精神衛生法の方はなおざりにされてはなはだ遺憾であります。これをしっかりやっていただけると満点なんでしたが、はなはだ遺憾です。何かどうも委員会があるということを目して急に打ち合せられたような格好であります。私どもはそこが問題だと思うのです。大体官庁国会委員会なんか少し軽視していられるのではないか。これは委員にも責任があると思う。委員も勉強が足りない。だから官僚諸君は少しばかにしているのじゃないかと思う。今まで委員会で何を決議してもほおかぶりしている。こういうことではいかぬと思うのです。少くとも当法務委員会だけは、委員諸君そうそうたる人物なんです。それを皆さんがほおかぶりして知らぬ顔の半兵衛でばかりいられるといけないと思う。ここに詳細なこれだけの結論をこの委員会研究して出しているのです。六月ですよ。下手をすると半年以上たってしまう。法務委員会質問されそうになると、打ち合せるとかなんとかという御報告、はなはだ緩慢も度を過ぎていると思う。事が人権に関することですから、その人権の侵害のおそれのある精神衛生法ですから、これはさっそくわれわれが指摘しない以前においてもすでに法務当局研究しなければならぬ問題です。いわんやこれだけの相当の問題と相なりまして、これだけ詳細なる決議になっているので、これを尊重して、さっそく関係官庁研究に着手しなければならぬ。十七日というのはあまりおそ過ぎる。この委員会質問しないと諸君はまた先へ送ったかもしれないのですが、そういう態度に対して私どもは不満なんです。私ども決議した以上は責任を負うてその成り行きを監視する必要がありまするし、官庁の方でも、世論を代表するのは国会の意見でありますがゆえに、それを軽視せずして私はさっそくに研究に着手してもらいたいのです。十七日ということでございますから、これ以上申し上げても仕方がない。これは法務大臣に言うべきことだと思いますからあれですが、とにかく徹底的なる御調査が願いたい。これと類似の事件が実に多いと思う。ですから、早くこの精神衛生法改正いたしませんと、こういうまるで法の盲点みたいなところで人権じゅうりんが白昼堂々と医者によって行われるという、その辺から法の盲点を突いたものになると思う。これは明治時代の相馬事件以来問題のことでありますから、もっと厳重に一つ研究を願いたい。これは刑事局長もおられますので要望しておきます。
  28. 戸田正直

    戸田説明員 国会の御決議に対しましては、私ども常に尊重をいたしておりますし、決して軽視いたしておりません。ただいまの猪俣委員の御質問の御趣旨は十分よくわかるのでありますが、実はきょうも東佐誉子事件があることを承知しておりませんで、ただいま記録を取り寄せたような次第で、法務委員会が開かれるからさっそくやらなければならぬというようなことでいたしましたのではないことだけは一つ御了承を願いたいと思います。ただ、所管が厚生省でありますので、私どもとして人権擁護の立場からそれを十分に検討すべきことは言を待ちませんが、厚生省としても自分の所管のことでありますのでよほど力を入れていただきませんと、法律改正というようなことは非常にむずかしいのではないかと考えております。ただ、何と申しましても、法律等になりますと、十分な手がございません。十分に慎重にやらなければならぬということでおくれておることは申しわけないのでありますが、決してずるけておったということではないことだけは御了承願いたいと思います。さっそく関係当局とも十分打ち合せいたしまして、精神衛生法による人権侵害なからんことを期したい、かように考えております。     —————————————
  29. 高橋禎一

    高橋委員長 次に、暴力団の取締り及び青少年犯罪について調査を行います。  質疑の通告がありますので、これを許します。三田村武夫君。
  30. 三田村武夫

    ○三田村小委員 最近毎日のごとく新聞紙上に報道され、あるいはまた雑誌、ラジオなどでも問題が提起されまして、大きな社会問題になりつつありますいわゆる暴力団の問題であります。これは実は、私、ことしの三月十四日でありましたか、第二十四国会における当委員会においてもこの問題を取り上げ、法務大臣の御所見を伺い、また石井警察庁長官、江口警視総監の御意見も伺ったのであります。先ほど来猪俣委員の御発言にもありました通り、国政調査の大きな任務を持っております国会のその意見を尊重されることは行政当局もとよりでありますが、われわれの発言があるなしにかかわらず、この暴力団事犯というものは看過し得ざる問題であることは言うまでもありません。基本的人権と自由の守られない社会は民主国家でもありませんし、文化国家でもありません。そういう立場からの当委員会の発言であることは当局もよく御存じであろうと思います。  法務大臣が来られましたから、率直にお尋ねいたしますが、近ごろこのいわゆる暴力事犯、一名愚連隊と称せられておりますが、これらの事件をめぐりまして、あるいは新しい立法が必要であるかいなかの論議が提起されました。また、いわゆる青少年の不良化、その前提条件ともいうべき映画の問題も提起されて参りまして、映倫の機構あるいは活動内容、さらには法的措置が必要であるかどうかという問題にまで発展しつつありますが、これはきわめて重要な社会問題でありまして、法の権威とか法の秩序とかいうものが民主国家においてどれほど重要であるかということは申すまでもありません。同時にまた、この青少年の不良化という問題がどれほど大きな社会問題化してきておるかということも、申し上げるまでもないのであります。近ごろ御当局の英断によってこれらの存在に相当勇気あるメスを加えられつつあることは、われわれ敬意を表するのでありますが、まず、今まで警察当局、検察当局がお取り扱いになりましたこの暴力事犯、愚連隊と称するその部分を含めまして、計数的にどの程度の件数に上っておるか、この件数と人名、さらには現在までの犯罪の内容と申しますか、傾向について御説明を願いたいと思います。
  31. 井本臺吉

    井本説明員 私どもの統計が少しおくれて恐縮なんでございますが、今年の三月一ぱいまでの統計しかございませんが、われわれの方で扱いましたいわゆる暴力団関係の検挙人員は、昭和二十七年が二千四百五十、昭和二十八年が一万一千百七十五、昭和二十九年が三万四千四百十九、昭和三十年が五万五千七百八十三、昭和三十一年の一月ないし三月が一万一千五百三、大体これは昭和三十年とほぼ同じくらいの数になると考えております。犯罪別検挙件数でありますが、概括的に申しますと、暴行、傷害、脅迫、恐喝というのが約七、八割を占めておりまして、そのほかに窃盗、強盗、殺人、強姦、放火、詐欺等の罪名がございますが、さようなものはわれわれの統計では非常に少くなっております。
  32. 三田村武夫

    ○三田村小委員 刑事局長の御説明は検察当局に移ってからの件数であろうと思います。  警察当局にお尋ねいたしますが、警察当局は検察当局の手に渡さないものもお取り扱いになっておると思います。その点を含めて一応説明をお願い
  33. 石井榮三

    ○石井説明員 ただいま井本刑事局長からお答えのありました通り、二十七年から三十年の統計数字は私どもの数字と合致いたしております。本年に入りましてからの数字、ただいま刑事局長からは一月ないし三月までの数字をお述べになっておるようでございますが、私どもの方で現在手元にあります資料では七月までのものがございますので、これをつけ加えて御参考に申し上げます。今年一月ないし七月までの検挙件数は三万四千九百、検挙人員は三万四百七十、こういう数字が出ております。八月に入りまして、私ども全国的に暴力事犯の取締りのさらに一そうの徹底強化を指示して参りましたので、おそらく八月には非常な成果をあげているものと確信をいたしております。従いまして、これを加えますならば、前年三十年の年間五万五千余件に比較いたしました場合、はるかに上回る数字が今年一年に必ず成果として現われるものと確信をいたしております。こういう状況であります。
  34. 三田村武夫

    ○三田村小委員 もう一度検察当局にお尋ねいたします。立件された件数は、今刑事局長、石井長官の御説明の通りだと思いますが、検察庁に送られない、補導といいますか、そういう面における件数が相当あるのじゃないかと思うのです。つまり犯罪として扱われないもの、むしろこの方が多いのじゃないかと思うのです。そういう点の数字がありませんか。
  35. 中川董治

    ○中川説明員 御説のように、刑事事件として刑法その他の刑罰法令に触れるものとしての事件は、ずっとただいま御説明した通りでございます。今の数字は、われわれ検察庁と警察の連絡を緊密にしておりますから、全く同様の数字が出るわけです。それ以外のお説のような虞犯、ことに少年の場合に虞犯として犯罪行為をまだ犯していない、たとえば学校をサボってうろうろしているというような少年を発見いたします。こういった少年等を警察は補導しております。その補導の数字も確かにあるのでございますが、ただいま手元に持ち合せておりませんので、そのことの数字を申し上げることはできませんが、これは補導した数字です。ことに少年の場合でございますが、相当補導少年としての数字は上っておるのでございます。
  36. 三田村武夫

    ○三田村小委員 おそらく今刑事部長のお話しの補導少年の数は、送検の数と同様もしくはそれより多くなっていはせぬかと私は思うのであります。むしろ問題の焦点はここにしぼってこなければ個々の対策はその効果の全きを得ないということをまずわれわれは考えておるのであります  法務大臣が御出席になりましたが、先ほど申しました二十四国会における当委員会で、ここに速記録を持っておりますが、三月十四日であります。非常な御決意で、何と申しますか、まことに文化国家として恥ずべき、あるいは民主国家として恥ずべき社会悪の措置に対しては大いに反省と勇気を持つて臨むという御言明がありました。おそらくはその一つの現われとして、最近の暴力団に対する手当が非常に厳重になってきたものと私は想像するのであります。これは多くの学者または評論家がこの問題に焦点をしぼっていろいろな議論をやっておること御承知の通りでありますが、私は、前回の委員会においても、また第二十二国会に警察当局からお出しになった飛び出しナイフの所持禁止の問題の際にも、この問題は相当突っ込んで申し上げた記憶があるのであります。これは、飛び出しナイフという一つの凶器が青少年の手によって犯罪の用に供される、なるほどこの面はあり得るのですが、飛び出しナイフを手にしなくても、飛び出しナイフという得物を取り上げても、今お示しの通り犯罪件数というものは減らないのであります。一体問題はどこにあるのか。この根本の問題にメスを入れませんと、私は何にもならぬと思う。今刑事局長お示しの、昭和二十七年には二千四百五十件であったものが、昭和三十年は五万五千七百何件であるというその莫大な犯罪件数、もとよりこれは警察の活動、検察当局の活動がその当を得て検挙件数が多くなったということも言えます。その実効があがったということも言えますが、また同時に、これだけ莫大な青少年犯罪がふえるということはまことに悲しむべきことであります。これは検挙率の高いことのみをもってわれわれは事成れりとは決して思わない。どうしてこれを是正していくかということに根本の問題があると思います。だから、私は、先ほどお尋ねした場合にもただ数字の点だけをお尋ねしたのではなくて、犯罪の態様、内容、その傾向が一体どこにあるのか、もう一つ端的に伺いたいのは、原因、条件がどこにあるのかということであります。これは率直に申しますが、検察活動においても、ただこれを検事局から送って裁判所の手に渡すというだけの事務的な活動では私は用をなさないと思う。その青少年犯罪の背後にあるものは何だというところまで突き詰め、探求して、これを法務行政運営の上に生かしていく。近ごろ青少年犯罪の手当のために新しい立法が必要であるとかいうような要求があります。検事総長の新立法要請の意見に対して法務省事務当局は反対だということを新聞は伝えております。検事総長はその検察行政の面から新しい立法の必要を感じておられるのでしょう。事務当局は、それとは別個に、青少年犯罪のよって来たるべき根本に眼を向け直して、別途の考慮があるのではないかと私は考える。それならまことにけっこうでありますが、この青少年犯罪のよって来たるべき根本の原因、条件というものを私は十分掘り下げてみたい。これは検察当局も警察当局も同様でありますが、ただ警察の活動によってその辺の愚連隊をつかまえさえすればいいのだ、持っている凶器を取り上げさえすればいいのだ、検察庁に送ればいいのだ、留置場にほうり込めばいいのだということでは、私は問題は解決せぬと思う。ここに太陽族の問題だとか映倫の問題、映画をどうするかとかいう問題も新しく出てきたのであります。これは映倫の問題だけ、あるいは映画の検閲の問題だけを取り上げてみても意味をなさぬ。映画を見に行くなとか、十八才以下の者は太陽族映画を見ていかぬというような法律的規定を設けてみても、私は片のつく問題でないと思うのであります。そういう点について法務当局、検察当局はこの種の担当官庁として相当掘り下げた御研究もあるいは対策もお持ちではないかということを思いますので、一応この際伺っておきたいのであります。
  37. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 ただいま御質疑の点についてはすべてごもっともと思います。目に余る社会の状態、これはほっておけません。この点については法務当局ことに刑事局当局と検察当局との間に意見の扞格があるように新聞が伝えるものですから、御懸念があるようでありますが、それは絶対にない。どうしてああいうふうに新聞が書くのか、それをきょうも新聞の当局者にきわめてみたいと私は思うのですが、私はないと言うのです。ないと言うにかかわらず、新聞にはあるように出る。けれども、私は、検事総長並びに最高検の諸君、また高検の諸君、地検の諸君とか、関係者に会っている。それから刑事局長、刑事局の諸君とも親しく意見を交換しているが、同じ心持なんです。それは御承知の通りに、戦前からいる町のやくざの連中が、規律が弛緩し、そこに乗じて再び台頭してきたということが一つ、それから、戦後、いわゆる太陽族と近ごろ称せられるもの、あれは最近この名称が出たのでありますが、これは敗戦の結果社会状態が非常に乱れまして、何といっても本能のおもむくまま行動をしたがるということであります。自由だということ、この自由をわれわれは憲法で擁護されておる、官や道徳で制肘されるいわれがない、こういう心持が非常に盛んになってきた。これをこのままに放置すべきじゃございません。  そこで、法務当局といたしましては、まず個々の問題をどうするということの末のことよりも、今仰せられたように根本をきわめなければならぬ。それで、この点においては、ここでも御説がしばしば出たように、治安対策の方針を確立する、このことに対して基本的な態度をきめていく、それの中にすべてのものを包含させて皆さんの御期待に沿う方針をとりたい。そしてただいまの具体的な御質問である町の暴力団その他に対しては新しい立法をする意思があるのかどうかという点ですが、これは新しい立法をする意思をもって今鋭意調査をいたしております。私はこれは新しい立法をしなければならぬと思うのであります。現にこれを取り締る法規はありますが、それはあたかも、ここで御心配をいただいた売春対策としても現に取り締る法規があったのと同じであります。しかし、新しい時代に沿うがためには関係者の心持を聞いてそれを中心にしていかなければならぬと同じように、この新しい時代の犯罪に対しましては、やはりそれに対応すべき新しい立法をいたして厳重な取締りをすると同時に、一社会政策的見地に立った新立法がどうしても必要だ、かように思います。この点については、法務省内部においては意見の扞格等は絶対にありません。一致して毎日その具体策を研究しております。どうぞその点は御助力を賜わりたいと存じます。
  38. 三田村武夫

    ○三田村小委員 牧野法務大臣から当委員会において公式に重要な発言がありました。それはいわゆる青少年の不えておる、目下検討をしておるという、御発言であります。私はその法務大臣の御所見に異論を持つ者ではありませんが、しかし、われわれがここで厳粛に考えなければならないことは、今法務大臣も申されましたように、よって来たる根本的原因、条件というものがどこにあるかということであります。法は法なきにしかずでありまして、今治安対策の一環としてというお言葉がありましたが、本来最も好ましい治安対策というものは、明るい社会と政治に対する信用を維持していくということであります。どのように厳法酷圧をもって臨んでも、社会の暗い場合、政治に対する信用の失われた場合、民主主義の秩序は保っていけないのであります。これはひとり法的処理だけでは目的が達成し得るとはわれわれ遺憾ながら考えません。従いまして、私は今の法務大臣の、検察当局、検事総長と法務当局、法務大臣との間に意見の食い違いはないという御意見はそのまま拝承いたしますが、しかしながら、新立法の過程においては、たといよし意見の食い違いがなくても、十分論議していただきたい。事務当局が新しい立法に懸念をお持ちになるならば、どの点に懸念があるかということを私は率直に言っていただきたいと思います。そうでありませんと、法はただ法として作っても、作られた法律は、一人歩きするだけで、内容はからになる。立法の趣旨と逆な効果が出ることも従来しばしばあり得たのであります。そういう点をまずわれわれは懸念いたします。さらにまた、よく問題になります暴力団、今法務大臣の言われました親分とかあるいはそういったテキ屋とか、こういう関係、むしろ彼ら自身で持っておったその社会の秩序というものが失われてきた、そういう場合に、よく近ごろ問題になりますお礼参り、すぐ保釈で出してしまう、検事保釈という道が開かれておりますからこれはやむを得ないのであります。しかし、ある機会に私この問題を取り上げて聞きますと、裁判所が保釈するからけしからんのだ、検事局が怠慢だから出してしまうのだ、こういう意見が繰り返されるのであります。どこに原因があるか。これは法務大臣よく御存じの、やはり終戦から今日までやって参りました法体系の紊乱ということも考えられます。つまり裁判機構そのものに対してもわれわれは再検討加えなければならない。ひとり暴力団事犯だけでなくて、裁判全体の機構についてもわれわれは検討を要すると思う。そういう観点から私は暴力団対策に対する新立法を深く掘り下げてみたい。  これは大臣と事務当局、ことに練達堪能な井本刑事局長がおりますから私は伺いたいのでありますが、おそらくは新立法という御予定があるならば、来たるべき通常国会に出るものという予想のもとに伺いたいのでありますが、われわれもそれまでに十分研究しておかなければなりません。大きな社会問題を対象にして——子供を持つ親は、自分の子供が犯罪者と思っておらぬ、自分はそんな不良青少年を育てたと思っていない、どこかに社会的欠陥があるのだと思っております。現に数日前私のすぐ隣の大事な長男が逮捕されて行きました。二カ月ぐらい所在不明である。私のところへもしばしば手配を頼んできておったのであります。そのお父さんはかって大学の英語の先生をしておって、うちで塾をやっておった。親の立場からすれば悲しみの極であります。まことにまじめな少年でありましたが、ついに警察の御厄介になってしまった。こういう悲しむべき社会事象というものは、ただ法律を作っただけではいけないと思う。もとより立法的処置も必要であります。私は新立法そのものには異論はありません。りっぱな法律を作りたいと思っておりますが、その背後にひそむその内容としてなすべきもの、この点について事務当局はおそらくは今鋭意御検討中だと思います。何か御所見がありましたらこの機会に参考に伺っておきたいと思います。
  39. 井本臺吉

    井本説明員 私どもも刑事関係法規を扱っておるのでございますが、法律ができただけで、そのあとどうなっていくかということを見きわめずには新しい法律を作る気がいたしませんので、作りました以上はこれを厳格に励行できるものでありたいというように考えておるのでございます。新立法の問題につきましては、暴力団検挙の観点からしさいに検討いたしますると、何がしかの欠点があるようでございます。従いまして、この点につきましては、われわれの局の全員を動員いたしまして、目下、どの点をどう改正すれば最も力強く取締りがなし得るか、と同時に一般の人権を侵害するというようなことがないようになし得るかということを鋭意検討中でございます。冒頭に申しましたように、私どもといたしましては、いやしくも刑事罰の法規をもし作りましたならば、あくまでもその法規が厳格に励行できるようにいたしたい。これはまた、裏から申しますと、励行できないような法規は遠慮したいと考えております。
  40. 三田村武夫

    ○三田村小委員 刑事局長の御意見は、私、その通りだと思います。つまり、実行の件わない立法は意味がない、その通りでありますが、同時に、私、率直に申し上げておきます。現在の法規に欠陥のあることは私よく承知しております。しかし、取締りの便利のために新立法をお考えになるなら、それは一つ十分に検討を願いたい。そうでなくて、問題の本質を剔決することのための新立法、つまり、同じ法の適用を見ても、そのことがただ一人の犯罪者を作るんじゃなくて、刑余者たらしめないところの立法というものが——先ほど牧野大臣のおっしゃった通りです。そういう意味の新立法を御研究願いたい。もう一ぺん言いますと、取締りの便利のために——今は穴だらけで非常に不便だ、だから便利のために新立法を考えるということでなくて、一人の刑余者も作らない、将来春秋に富む青少年をして刑余者たらしめないための立法、——もとよりこういった悪質な集団暴行事件というものは厳格に取り締ることは必要であります。これは言を待ちませんが、一面考えなければならないことは、取締りの便宜のための立法でなくて、一人も刑余者たらしめない、こういう根本にメスを入れるための、言ってみるならば保護立法という点に新しい観点と構想を向けられんことを切望いたします。  警察当局にお尋ねいたしますが、今刑事局長が言われました暴力団ですね。近ごろ新聞でにぎやかに毎日書いております。続き物で新聞はこれをずっと報道いたしておりますが、読んでみるとなかなか興味しんしんたる丈のがあります。一体どうしてこういうものが育っていくか。それから、どのような関係で存在理由があるのか。社会的存在理由というのはどのようなところにあるのか、そういう点についておそらく警察当局としても御検討になっておると思います。さらにもう一点、今刑事局長が言われました、現存の法規に非常に不便なところがあるということ、どういう点が不便だということ、この際以上三点伺っておきたい
  41. 石井榮三

    ○石井説明員 青少年の不良化の原因につきましては、私どもも鋭意いろいろ検討いたしております。きわめて多元的な要素を持っておると思うわけであります。今日の世相から、希望を失った少年の問題、住宅事情等に基く性生活が少年に悪影響を与える問題、あるいはさらに各種のいわゆる不良映画、出版物、こういったようなものによって青少年の精神が毒される面、つまり、言葉をかえて申しますならば、青少年を取り巻く社会環境が、彼らをして悪に走らしめるきわめて多くの要素を持っておるというふうに考えられるのであります。その社会環境の浄化ということが、きわめて大切な問題ではなかろうかと思っておるのでございます。この問題はひとり警察の分野のみにおいて解決できる問題ではないのでありまして、私どもは、私どもの任務の範囲内におきまして、先ほどもお話のありました青少年の補導という面におきまして、関係各機関と絶えず緊密な連携をとりまして、青少年が非行に陥る一歩前においてこれを防ぐ、未然防止をするという態度をとって今日までやっておるのでございます。いわゆる虞犯少年、犯罪を犯すおそれのある少年を補導いたしまして、非行に陥る一歩手前においてこれを食いとめるということに、警察庁としましてはかなり努力をいたしておるつもりでございます。今日までかなり成果をあげておるつもりでございますが、この点につきましては今後もなお一そう力をいたしたいと思っております。  なお、新立法によってこの問題の解決をはかる点についての所見いかんというお尋ねでございますが、お説にもありました通り、私ども、取締りの便宜のために新しく法律を作るということは厳に慎しまなければならぬと思っておるのであります。今日のわれわれに与えられたる関係現行法令が必ずしも理想的であるとは申しかねる点は確かにあると思うのであります。それらは、今日までの取締りの体験に徴し、また現に強力に全国的に展開して暴力事犯の取締りをいたしておりますが、この経験に徴しまして、幾多貴重なるデータをわれわれは集め得ると確信いたしております。そうしたものを基礎にいたしまして、真に国民が現在要望しておる暴力事犯の撲滅のために、現在の法令でどうしてもまかなえない大きな致命的な欠陥がありとすれば、それを改正する新立法に待つということは、これは考えてしかるべきものと思うのであります。ただ、単に現行法令では取締りをしにくい点がある、それを取締りを容易にする、いわゆるイージー・ゴーイングに法を改正するということは厳に慎しまなければならぬと思うのであります。私どもは、現在さしあたりは、現に与えられておる法令をフルに活用いたしまして、取締りの一そう徹底を期するという態度をもって当って参りたい、かように存ずる次第であります。
  42. 高橋禎一

    高橋委員長 この際お知らせいたしますが、青少年犯罪問題について参考人として映画倫理規定管理部事務局池田春信君が見えておられます。  この際参考人に対一言ごあいさつを申し上げます。参考人におかれては御多忙中本委員会のために御出席下さいましてありがとうございました。委員質問に応じ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
  43. 三田村武夫

    ○三田村小委員 映倫の事務局長にわざわざ御出席願いましたので、二、三の点についてお尋ねいたしたいと思います。  申し上げるまでもなく、池田氏よく御承知の通り、近ごろいわゆる太陽族映画なるものがだいぶ問題になって参りまして映倫の機能云々という問題も世上論議の対象になってきたようであります。ただいま石井警察庁長官の御意見にもありました通り、青少年不良化の原因、条件と申しますか、その社会的条件を正すことが根本の問題でありまして、すでに不良化してしまった者、凶器を持って町にあふれている者をただ警察の手で手当するというだけでは問題が片づかないのであります。これは私が申し上げるまでもなく、社会的経験の深い参考人よく御承知のことと思いますが、その中でいつも大きく浮んでくるものは映画であります。映画というものが社会的に及ぼす影響はきわめて大きい、これは私が申し上げるまでもなく何人も肯定するところで与える影響というものはきわめて重要であります。そういう観点から、近ごろいわゆる太陽族映画なるものが問題になってきたことは申し上げるまでもありません。ところで、ここに根本的問題にわれわれはぶつかるのであります。いわゆる新憲法下における自由なる社会においては、できるだけ強制的手段を用いたくない、つまり立法的処置とか権力による手当というものはできるだけ避けなければならぬ、これは言うまでもないのであります。そこに映画製作に対しても政府の意向とかあるいはまた権力的干渉というものがあくまでも排除されていることは御承知の通りであります。しかしながら、映画は企業である限り企業には営利が伴います。営利が伴う企業なるがゆえにまたその企業が自由であるということも少しどうかと思われるのであります。そのために映倫なるものができまして、自主的に調整と申しますか、そこに自粛の道が開かれている、かようにわれわれは伺っておるのであります。ところが、こういう自主的な映倫という機構があるにもかかわらず、次々とああいう太陽族映画が出て参ります。われわれは頭が白くなって感じが古いのかもしれませんが、少くともわれわれが見た感じでは、好ましくない、社会的に何人も問題にするに足る映画が次々に出てくるということは、どうしてもわれわれは理解に苦しむ。極端な言い方をいたしますと、映画業者の自由企業はあくまでも認めます。同時に企業なるがゆえに営利もわれわれは尊重いたしますが、それゆえに企業と営利があくまでも野放しで自由であって、社会的な悪を好ましくないところに巻き散らすならば、別なことを考えざるを得ない。みずから求めて立法的処置を誘導するというような結果になることをわれわれはおそれるのであります。映画の倫理化と申しますか、倫理的な措置、そういったことが参考人の今までの御経験の上から、今までおやりになってきたこととあわせて可能か不可能か、そういうことによっていわゆる太陽族映画というものの手当が可能か不可能かということを私は伺いたいと思います。  よく十八才以下の者はそういったものを見せてはいけないというような法律を作るのだというようなな意見も出ますが、そんなことは私は何の価値もないと思う。そうでなくて、それがどうしても必要ならば、映画企業者の自由というものがあくまでも野放しであって、どう考えてみても今のような映画か次から次と出てくるならば、別な方途を考えなければならぬ、われわれはこういう国家的要請のもとに立たされるのであります。そういう点を一つ御考慮の上率直な御意見を拝聴いたしたいと思います。
  44. 池田義信

    池田参考人 ただいまの御質問に対しまして少し時間を許していただいてお答え申し上げたいと思います。私どもこの映画の倫理運動を始めましたのが昭和二十四年の六月でございますが、そのころ御存じのように戦後においての日本の国内のモラルといったようなものがはっきりと確立していなかったのであります。しかしながら、ただいまもお言葉にございました通り、映画の影響性というものに対しまして私ども考えまして、少くとも映画の中ではこのくらいな線は守ろうではないかしらということを業者の間で取りきめました取りきめ事項が、ただいまお話のございましたような映画倫理規定なのでございます。しかしながら、業者が製作の過程においてこれを守るというだけであっては、守られているか守られていないかというようなものの実証がとれない。そこで、公正な管理委員会を作ってこの管理をしてもらおうではないかしらということで、管理委員会というものが設けられたのでございます。当時は、御存じのように、しからばわれわれはこれをだれに宣誓してこの仕事を始めようかということが第一に大きな問題となったのであります。われわれは黙ってこれをやっていていいという説もございましたけれども、それではいけない、社会にこれを発表し、国民の支持のもとにこれをやらなければ何もならないではないかという説があったのでございまして、当時の衆参両院議長、総理大臣文部大臣、厚生大臣、最高検察庁、法務総裁、そういう方々のところへ参りまして、こういう仕事をわれわれがやるがどうだということを申し上げましたところ、業者みずからそういう倫理運動を展開してくれることはまことにけっこうなことであるということで、そのときに私どもは賛成の言葉をいただきました。そしてこれを社会宣誓——当時国旗の掲揚が許されないころでございましたが、これを社会宣誓という言葉で社会にこれを宣誓しよう、私たちはこういうことの仕事をしていきたいと思うが、どうぞ皆さんこれを見守りこれを支持し、またわれわれに対してよく監視をしていただきたいということで、社会宣誓という形式をとりまして社会に宣誓し、六月の十四日からこれを開始して以来ちょうど七年余りになるのであります。その間ちょうど日本映画二千有余本の審査をいたしました。その間において、社会情勢の変化につれ、多少倫理規定の改変、解釈、そういう問題についてそのつどいろいろと協議をし、限度をきめて映画の審査をしておったのでありますが、たまたまここへ参りまして「太陽の季節」以来一、二本の映画が上映されましたために非常な問題を起しましたことに対しましては、私ども映倫当局としてはおわび申し上げるのでございますが、それ以前にちょうどたまたま青少年問題が大きく社会的に取り上げられましたときに、私どもといたしましては、映画の倫理運動を展開していく上において、もう一つわれわれは青少年問題というものを考えなければならないではないかということを考えまして、一昨々年ころから関係御当局にお集まりを願って、どのように青少年と映画の対策を講ずべきかということをいろいろ研究いたしまして、また各国でやっておりますいろいろの例をとりまして、そこで青少年映画委員会というものを設置することにいたしたのでございます。現在は業界だけでやっておりますが、青少年の問題はそれだけでは済まない。これはつまり、業界の一員だけがやっておったのでは非常に過誤があっていけないというので、全部第三者の皆さんにお集まりいただいて青少年映画委員会を設置し、青少年に見せていい映画はこれを推薦し、青少年に見せて悪い映画はこれを排除する、そしてまた見せないようにするという運動を展開したのでございます。これはあくまで倫理運動でございます。従いまして、そのとも対象年齢というものが大きく取り上げられましたが、対象年令を幾才にしようか、これは児童福祉法から申しますと十八才を限度としておりますが、しかしながら、一方民法上からいけば結婚も認められておる、その他少年法なり政府の考え方というようなものに適応させまして満十八才を限度としようということで一応線を引きました。それで、十八才未満の方の観覧は御遠慮下さい、——これはわれわれ業者がやっております倫理運動でございますから、御遠慮下さいというより以外手はないのでございます。まさか命令はできません。だから、それを大きく映画館の前に掲げて、青少年の観覧の、禁止的ではありますが、観覧制限の実施をはかろう、と申しましても、これは私どもだけではどうすることもできないのであります。各都道府県の地域社会の御協力がなければこの仕事がうまくいかないということはもう当然なことでございますので、私どもは各都道府県にあります青少年問題協議会とか児童福祉審議会、教育委員会あるいは母の会、PTA、そういうところにお願いして、この映画がかかりますときには青少年の観覧をさせないようにしていただきたいということをお願い申し上げて、非常にこれに対して強力に展開されている都道府県もございます。また非協力と申し上げると大へん失礼でございますが、関心を深く持たれていないという県もあることは当然だと思うのであります。  そこで、私どもはなぜ地域社会の御協力によってこの仕事を始めるかと申しますと、私が今さら申し上げるまでもなく、アメリカにおきましても、上院議員の中に青少年犯罪調査会というのができておりまして、エステル・キーフォーヴァーというような方が調査委員長になりまして、アメリカの全州を調査いたしました結果が、この問題は映画業者にのみ責任を負わせるべきでない、やはり地域社会もともに責任を持って解決をしなければうまくいかないという結論を出しておりますし、また一九五四年のロカルノにおきます世界児童映画会議におきましても、この問題は映画業者が一であるならば、児童に対する福祉法を守る団体、児童の道徳を守る団体が一となり、その一と一とが集まってこの仕事がうまく展開されなければならないということを決議されておりまして、昨年もエジンバラで、それを実施に移すということで、国際児童映画センターというようなものを各国に設けるべきであるという決議が出まして、つい最近外務大臣に対して日本にもそういうセンターを展開し、児童に対する映画の観覧、またその配給、そういうような問題を解決すべきであるという勧告がなされたのでありますが、そういうふうに、世界でも映画業者だけでこの仕事がやっていけないということは実情上から申しましてその通りなのでございまして、これを助けていただく、つまり地域社会の皆さんが一体となってこの仕事を展開しさていただきたいという私たちの念願から、各都道府県にお願いし、そして地域社会の御協力のもとに今日までその運動を展開して参ったのでございますが、たまたま——問題を戻しまして、太陽族と申します一連の映画は、当然青少年の観覧は望みたくない映画としてわれわれはこれをはっきり公示をしたのであります。また映画館の中におきましてもこれを大きく取り上げて、そうして表示されているのでありますが、たまたまそれが十八才以下の子供たちが見ているではないかという現状、それから映画館が断わらないではないかという現状、こういう現状によって大きく問題が展開され、むしろ青少年問題対策よりも映画倫理対策というような方へ大きく波が押し寄せて参ったのであります。  そこで、私どもといたしましては、青少年問題はさることながら、映倫自体に対しましてもとかく批判があるということならば、これは業者だけの一機関としてこれを発足さしてはいけない、そこで、業界としてきめましたのが、第三者の方々によって公正なる批判をしていただく機関としてこれを作り上げようということで、現在の仕事を私はしておりますが、将来の仕事に対して私自身が参画しましたのではちょっと不明朗な形になりますので、私は存じません別の集団が新映倫の機構の設置に対して日夜会議を続け——これは国際的な問題もございます。たとえば日本で封切られる映画はアメリカを初めイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、小さい国といたしましてもたくさんな映画が参っておりますので、これらを総合しなければ効果があげれないのでございますから、それらの業者の人たちとともに今連日会議をしておりますが、それらの人たちは、やはり本国の指令を受けなければどうにもならない国もありますので、本国へ照会をしておりまして、その照会が集まりますと同時に、それらの人たちが集まって、最もよき委員長を第三者から一人選び、その委員長は自分の責任によって第三者からまた五名ないし七名の委員を選んでこの仕事を展開していこうという、こういう構想で進めつつありますが、それと同時に、各国ではやはり政府の検閲あるいは政府の干渉、そういうものを避けてあくまでもこれは民間の倫理運動として展開すべきであるというのが各国からの現在の申し込み条件としてなされておりまして、それができないならば、また別な考え方があるというようなことさえも言っておりますが、私どもとしては、もちろんこれを始めたのはあくまでも倫理運動でございますから、倫理運動として、私どもの手で、それから地域社会の御協力によってこれを展開していきたいというのが私どもの考え方なのでございます。簡単でございますが、一応これで終りまして、またいろいろと質問に応じてお答え申し上げたいと思います。
  45. 池田清志

    池田(清)小委員 法務大臣お急ぎのようでございますから、ここで一言簡単にお尋ねを申し上げておきたいと思います。  本朝来犯罪の撲滅、犯罪へ転落することの防止、ことに青少年の不良化防止につきまして真剣に調査が進められておりますことはまことに御同慶にたえません。これらの問題につきましては、法務省検察庁文部省その他者機関、並びに民間団体においてそれぞれ御苦労を願っておりますことを感謝を申し上げておる次第であります。犯罪の撲滅の一面といたしまして、刑余者が再犯をしない、累犯を重ねないようにということもまた最も大事なことであると思うのであります。ところが、近来残念ながら犯罪を犯しますものが多く、刑余者がふえて参っておりますることは、まことに残念に思います。その刑余者の方々は郷里に帰りましたりあるいは社会に出られましていろいろと活動し、働いておられるまじめな方もいらっしゃいます。ところが、中にはそうでなくてやはり犯罪を重ねるおそれのあるような方もあり、現実に重ねておる人もあるのです。これらのことは犯罪の撲滅上残念なことであります。同じ犯罪人が犯罪を重ねるたびごとにそれは悪質になります。そうしてまたその犯罪者は終生暗いところに呻吟するという結果にもなりまするので、私はこれを憂えておる者であります。法務省におかれましては、刑余者の累犯防止ということについて、すなわち感化善導いたしまする機関といたしまして、いわゆる保護司制度を設け、活発にこれに働いていただいておることを了承しております。しかしながら、その活動が私どもの期待するように参っていないのを残念に思うのであります。今回私ども国内の法務行政調査に地方を回りました。その際におきましても、各地方の司法並びに法務機関、警察機関等からこの問題について強い要望がありました。保護機関の強化ということに尽きたのであります。これにつきましては、ただいま予算の編成期でもありまするので、私は要望としてお願いを申し上げます。つまり、保護機関の強化ということをお取り上げいただきまして、人数をふやすことや、あるいはまた一保護司に対するところの費用を増加するというようなことに御努力をお願い申し上げます。保護司の方々は地方におきまして有識な方々であり、人格のある方であり、そうしてまたそういうような保護の事業に最も熱心な方が選ばれておるのであります。しかしながら、御承知のように交通費等も増額いたしておりまする今日、法務省において予算をとっておられまする範囲内においては十分な活動ができないということであります。これではまことにせっかくあります機関がその効果をあげることができないのでありますから、この際、法務大臣におかれましては、保護機関の拡大強化ということに御留意をいただきまして、それに要するところの予算の増額方を一つ御努力をいただきたいということを御要望申し上げます。なお、これに対する法務大臣の御抱負をお伺いいたします。
  46. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 まことにありがとうございます。全部同感でありまして、私、今年一月以来その心持をもって一生懸命になっております。それについては委員会の皆さんに私はお願いをします。それは、社会政策、ことに社会保障ということが一番戦後大切なことだとされておりますにもかかわりませず、社会保障というと厚生省の行政だけだと思っておられるような誤解が世間にあるようであります。私は貧、病気、この二つのほかに、犯罪ということが非常に大事だと思う。貧、病気、犯罪この三つを同格に扱って社会保障の上で大きい努力をしなければ、ただいま池田さんの言われたように、明るい社会を作るなんて口の先で言ったってだめだ。この点において、暴力団の対策も、青少年不良化対策も、ここへ集中してこなくちゃならぬ。ただいまの御要望かつ御意見、全く同感で、その方面に向って行きたいと思っております。何とぞこの点は特に御協力を賜わりたいと存じます。  なお、私は、今閣議を済ませてきて、新聞記者会見をいたしておりませんので、ちょっと時間をいただきまして、きょうはここにゆっくりおりますから、何なりとお尋ねをいただきたいと存じます。暫時退席をお許し願います。
  47. 三田村武夫

    ○三田村小委員 池田さんにあと一、二点率直にお伺いいたします。  御意見の通り、映画倫理化問題というものは、企業者の責任が一つ、他の一半は協同社会にある、この御見解は私はその通りだと思います。そのようにありたいのであります。ありたいのでありますが、残念ながら現在の日本の客観的社会条件というものはそうなっておりません。今の十八才未満の者にはこの映画を見せてはいけないといっても、見せてはいけないということによって、よけい見に行く者もある。これを防止する道がない。こういう問題が出てくるのであります。従いまして、私がここで率直にお尋ねいたしたいのは、映倫の事務を御担当になっておる方々も当然でありますが、より大きなウエートは、映画企業者についても私は倫理的要請が必要だと思うのであります。いかに企業は自由だといわれても、犯罪を扇動したり、社会的悪をまき散らすような映画は必ず慎しんでもらいたい。映画倫理委員会においてこの措置がどうしても不可能である——先般来問題になりました太陽族映画でも、最初の一本が問題になったあと、問題になったことによって自粛され是正されるかと思っておりますと、そうではない。ますます次から次へと出てくる。逆光線とか、あるいは何とか申しましたが、次から次に出てくる。まだ続々そのあとを断たないというのが偽わりのない現状であります。どうしてもこれが映画企業者ないしは倫理委員会によってそれらの行き方が是正されない、自粛されない、反省されないとするならば、私が最初に申し上げましたように、はなはだ遺憾でありますけれども、社会全体の秩序を守るために、青少年の健全な精神的、肉体的育成を保護するために、別な方途を講ぜざるを得ない。これは民主主義の原則であります。その民主主義の原則にのっとって、国の権力により、あるいは法制的処置によって手当をせざるを得ないという現実の問題にぶつかってくる。これは個人の人格を侵害するとか権利を制限するとかいうことではない。表現とか思想の自由を制限するということではない。より大きな社会的自由、健全な青少年の肉体的精神的育成を保護するという立場から、大きな民主主義の原則の上に立ってこの問題が当然出てくることを、はなはだ遺憾に思います。   〔高橋委員長退席、池田(清)小委員長代理着席〕 そこで、長い御経験をお持ちの参考人に率直にお尋ねするのでありますが、一体映画企業者ないしはその倫理的規制に携わっておられます参考人の方々の立場から、そういうまことに好ましくない、映画の持つ娯楽とかあるいはそういった面から、さらに大きく芸術とか文芸とかあるいは歴史、そういう面からさらに大きく逸脱した、いわば、端的に申しますならば、犯罪の扇動ないしは社会全体の大きな悪——悪といっても悪の標準はなかなかむずかしい。昔はこういった問題については勧善懲悪の趣旨に背戻するものという規定がありましたが、善とは何ぞや、悪とは何ぞやという問題にぶつかりますから、簡単にできませんが、少くとも民主社会においては、社会全体のきれいな姿を守っていく、みんなの自由と幸福を尊重するというのが善の標準でなければならぬ。これを破壊するものが悪の標準でなければならない。そこに映画倫理規定の根本があるのだと思います。そういう面が果して守られるかどうかについて、参考人の率直な御意見を伺いたいと思います。
  48. 池田義信

    池田参考人 ただいまのお言葉で、私の現在考えておりますことだけを申し上げさせていただきたいと思います。私どもがこの運動を始めましたときは、先ほど申し上げましたように、報復的なもの、あるいは懲罰的なものというものはどういう面で返ってくるかということでございますが、それは社会制圧で返ってくるだろうと考えたのでありますが、現在の段階におきましては、社会制圧として返っていなくて、逆に、そういうことが喧伝されることによって、多くの人が興味を持ってくるということになってきた現象に対しまして、これがわれわれの考え方と違ったということが現状であります。そこで、今大きく取り上げられておりますのは。私どもといたしましては、もちろん青少年に見せていい映画と、それから青少年に見せて悪い映画とあることは、これは映画ばかりでなく、あらゆる社会現象がそうであります。しかしながら、映画の中では、そんな規定は現在もはややってはいられないじゃないか、少くともだれが見ても納得のできる映画を作ろうではないかというところへ、自粛と申しますか、反省と申しますか、そういう段階まで現在の心境としては業者側は全部到達しておられるように思うのであります。しかし、すでに製作にかかった何十本かの映画がある、これをどうするかという問題について日々今苦慮しておるのであります。そこで、新しい法律が作られるとか作られないとかいうようなことの以前に、現在ある法律を活用する何かがないか。そこで、児童福祉法の中には、児童に対して悪影響のある映画、出版、音楽、レコード、玩具、そういうものは製作者、配給者、販売者、興行者に対して勧告することができるという一カ条があるのであります。これを十分に活用することができないだろうかということを私たちは考えましたし、また児童行政当局とも相談をいたしたのであります。これをとにかくどういうふうに適用し、どういうふうに効果あらしめるかということは研究するといたしまして、とにかく法的措置からいうとこれを活用してもらう。われわれはわれわれ自体自粛しよう。御承知のように、現在の段階におきまして、あらゆるところで、母の会とか、PTAとか、婦人会とかいうものが連日会議をしております。その結論といたしまして、まず第一に取り上げられておりますのが業者の自粛、業者の自粛という中には、青少年に見せて困るような映画の製作はやめてもらいたいということが一つ。第二には、法律措置によって取り締られるということは困るということ。つまり自分たちの子供たちも同時に取り締られるということは困る。第三には、子供たちをもう少し自分たちは信じようじゃないかというようなこと、こういうようなことがきめられて、私どもの方へも非常に要望され、私どもはその要望を直ちに反映させ、業界みずからただいま申し上げましたように反省に反省を重ねた結果、とにかく今の管理機関も業者の発言をさせないで全部第三者によって構成し、その上でそこで自由な審判を受けようじゃないかというところまで、白紙によってそういう考え方まで来たということは、大きな進歩じゃないかと私どもは思うのであります。現在では、その機関をほんとうによく成長させ、そうして皆様の信頼し得るような機関に発達させていきたいというのが私どもの念願なのでございます。
  49. 三田村武夫

    ○三田村小委員 御意見よくわかります。わかりますが、今参考人もおっしゃいました、社会的制圧というものが期待と逆にはね返ってくる、これは私は現在の日本の現状だろうと思うのです。ここに問題点がある。ですから、現在母の会あたりが青少年対策としてこの映画なら映画の問題を取り上げての研究の結果は、今参考人がお話しになりましたように三つある。一つは製作者の自粛、一つは見せないようにするということ、一つはもう少し青少年の自由を尊重しようじゃないかということ、分ければこの三つだと思いますが、今お話しのように、期待した社会的制圧と逆のものがはね返ってくる。そうしますと、最後の法律的制圧というものをあくまでも避けたいというわれわれの念願を達成するためには、どうしてももとに戻って映画製作者の自粛という一本にしぼる以外にないのであります。私はそう思う。その点についてわれわれは非常に遺憾だと思うのは、青少年問題というものは、参考人の御説明の通りに、戦後の混乱時から非常に大きくなってきた問題であることは言うまでもありません。この点は当国会においてもしばしば論議されておるのです。たとえば昭和二十四年四月十四日、当法務委員会決議にありまする青少年犯罪防止に関する決議、この決議に基いて現在の青少年問題協議会というものができておるのであります。これがどれだけ活動しているか、私は寡聞にしてその実態についての把握は足りませんが、少くともこの青少年問題については識者あげて関心を持っておることは間違いのない事実であります。事実であるにかかわらず、その社会的制圧というものか逆にはね返ってくる。共同社会の力が得られない。しかもこの青少年というものは次から次へと傷つけられていく。先ほど参考人御指摘にならぬ前でありましたが、青少年犯罪の統計を見ましても、昭和二十七年において二千四百五十件であった。それが昭和三十年において五万五千七百余件という膨大な数字であります。これだけ傷ついた青少年の数字がある。これは実に悲しむべき、しかも厳粛なる事実であります。五万五千人というものが検察庁の手に渡されて、少くとも法の裁きを受けるという立場は、まことに悲しむべきことだと思う。そういうことが厳然たる事実として現存する以上、その原因の一半が——私はパーセンテージはどれだけとは申し上げませんが、少くとも今日識者は、家庭の良識ある主婦は、あるいは父兄は、映画にもその一半の責任があるということは認めておるのであります。その場合に、企業の自由というものと社会公共福祉というものの観点について大いに検討せざるを得ないのであります。言葉を何べんも繰り返しますが、もしそれ映画企業者の自粛によってどうしても問題の解決ができない場合は、社会公共福祉のために、青少年の健全な育成と成長を守るために、国としては当然別な方途を講ぜざるを得ない。もとよりこれは文教の責任であり、教育の根本問題でありますが、それだけでは社会はこれを許しません。ついに社会の世論として、大きな声として、われわれは最も好ましからざる法的措置をとらざるを得ない、こういう事態の出現をおそれるのであります。私は、前回の国会においても本国会においても、この問題を幾たびか議論の話題に上せましたが、そういう事態の来ることを悲しむがゆえに、一つ行政的措置において、あるいはまた文教的措置において、映画界においてはその業者の立場から、これに関係を持つ文化人の立場から、社会公共福祉のためにという大きな焦点にしぼって、厳粛な努力と反省を求めたいということを、繰り返し繰り返し言ってきたのであります。悲しむべし、ついに今日は映画倫理の問題が、あるいはときに法的措置を必要とする、こういう問題にまで発展ししことを私は残念に思うのであります。そういう意味において、せっかく映画倫理化の問題については長年の御経験をお持ちの参考人でありますから、われわれが社会公共福祉を守るために、汚れなき青少年の思想的、肉体的健全を守るために別途の法的措置をとらなくても済むように、一つ研究の上、せっかく有効なる対策を立てられんことを切に要望いたしまして参考人に対する私の質疑を終りたいと思います。
  50. 池田清志

    池田(清)小委員長代理 関連いたしまして世耕弘一君。
  51. 世耕弘一

    世耕委員 参考人にちょっと御意見を承わっておきたいのであります。今同僚委員から種々お尋ねがございまして、了解を得たのでありますが、私は別な観点からお尋ねいたしたいと思うのであります。  現在の映画企業者の倫理感というものは信頼できるかどうかということです。世間の批評を聞きますと、もうけさえすればいいのだ、利益さえ上げればいいのだということを考えて、そこに社会的倫理という観念が非常に薄いのじゃないか、これがすなわち太陽族を輩出せしめた原因だ、こういうふうに見ている者もあるのです。世間の批評のごとき、いわゆる映画企業者がほんとうに社会倫理というものを無視して、ただ営業本位に出発しているのだということの点を、あなたの御経験から御批判を願いたいと思います。  それと、もう一つは、劇作家です。作者の倫理観、これも問題があろうと思うのであります。ただ自分の作ったものが売れさえすればよい、収入が増加すればいいというだけの傾向が今日流れているように考えられる、これが非難の問題です。  それから、もう一つは、映倫協会と申しますか、あなたの直接御関係になつておる御事業が果して成功したかどうかという問題です。成功しなかったから、太陽族映画、石原慎太郎なら石原慎太郎が飛び出したのもそういう原因じゃなかったか。これも私は社会面の批評の一端をとらえて今あなたにお尋ねしようと思う。ごくひどい批評家に言わせるとすれば、今の映倫協会とか映倫の事務をやっている方々は、あれは映画企業者の手先だ、ブレーキの形にはなっているけれども、ブレーキはだれが持っているのかわからない、こういう非難がまつ正面から浴びせかけられていることは、池田さん御承知だろうと思うのであります。このままでは新しい法の力を借りなくちゃならぬという世論が出てくることも、これはいなみがたいのではないかと思います。しかしながら、映画本来の使命並びに社会的面から見て、これは法律によって取り締まるべき性質のものでない、できたらそういうことでなく他の社会的な観点からスムースにやるべきだというのが、われわれ考えてみたいところなんです。それの参考の意味で隔意ないこの点の御説明を願いたい。  もう一点は、最後に審査したこれまでの映画は二千数百本という今御説明があったように承わったのでありますが、この二千数百本の審査をなさったのは、問題の映画を取り上げたのであるか、それとも、この中から特にカットの問題が出、あるいは上映禁止に至ったのであるかどうかということを御説明願いたい。できれば、これは無理かもわかりませんが、その作者並びに、会社名がわかればけっこうだと思います。
  52. 池田義信

    池田参考人 ただいまの世耕先生のいろいろな点は、一点々々とあげてお答えできないかもしれませんが、大体総論的にお答えさせていただきたいと思います。  今の審査の数は、私どもこの仕事を始めまして以来審査いたしました数でございまして、その中には御存じのように優秀映画もたくさんございます。文部大臣賞を得たのもございますし、世界各国でグラン・プリをとった優秀映画もその中に入っております。  それから、企業家の倫理観というような問題が、さきの先生の御質問にも上っておりましたが、これは私が企業家の代表でないもので、ここではっきりと私自身の口から確約はできないのでございますけれども、企業家自体としても、倫理運動を展開しようという最初の考え方から出発するならば、当然現在のいろいろ起ってきております社会動向に対して十分なる反省があることだと思うのであります。その結果が、今世耕先生のおっしゃったように映倫は業界のひも付であるがごとき観が見えるので、公正なる第三者にこれをおまかせして、第三者の審判を仰ごうじゃないかしらということで、白紙に戻って、自分たち最初考えてきました自分たちの作る映画を自分たちの手によってというような考え方から離れて、第三者におまかせしてみようという考え方になったのは、大なる反省の結果だと私は思うのであります。  それから、もう一つ、作家精神と申しますか、芸術表現と申しますか、そういう面に対しましても、これは問題はたくさんあると思うのであります。たとえば芸術と倫理という問題は、日本ばかりでなくて各国でも芸術と倫理という問題、優秀映画のみならず、優秀なその他の作品、文学作品、文化作品と倫理というような問題も大きく取り上げられておりますし、またわいせつと倫理というような問題も大きく世界的に論議されつつあるような問題でありますが、この作家的精神の面からいきましても、私どもの方にはシナリオ作家協会というのがありますのと同時に監督協会というのがございますが、その協会の方々とも、そういう面についてはいろいろと話し合って、芸術と倫理とをどういうふうに並立させていくかということの問題を現在研究しつつありますが、しかしながら、終局においては映画は御存じのように大衆のものであります。もう映画ができ上った上においては、企業家のものでもなければ、監督のものでもなければ、シナリオ作家のものでもない。これを生かすも殺すもすべては大衆の手にあるのでございますので、大衆の好まない映画を映画製作者側としてことさらに作ろうとはしないと私思うのであります。のみならず、戦後においての映画界の復興状況というものが、非常に異常的でございまして、現在製作されておりますところの映画は、日本映画約六百本であります。ところが、六百本の映画が、これはどっからかやはり材料を持ってこなければならぬ。材料を持ってくるとすれば文学作品から大てい持ってくる。昔のデータから申しますと、大体文学作品を取り上げる場合においては二五%くらいでございますが、現在の段階におきましては七〇%くらい文学作品から材料を取ってやる。それを検討する時間もないという問題も一方に起りつつあるので、産業行政側からいいましても、これでは質的に低下する一方ではないかしらん、何らか製作に対する制限というようなものを考えなければならないじゃないかということで、一方におきましては産業行政面からこの方に対して関心を持たれている。これらの問題も別途に研究過程でありますので、あわせて映画界としては全体的に今合理化というような面が大きく叫ばれて、精神面にもあるいは産業面にもそういうことが大きく叫ばれつつある段階でございまして、私どもといたしましては、皆さんの御要望通りに一日も早く立ち直って、たとえばきのうのニュースにもございますように、日活作品の「ビルマの竪琴」が世界人類の平和に非常に寄与する、人道主義的に寄与するというために、たくさんな各国から集まった映画の中でたった一本表彰されたということも、日本映画として大きな誇りだと思うのであります。そういうふうに日本映画が世界的に進出しつつある今日の段階におきましては、皆さんの御要望にこたえ得るような映画作品を作り得る態勢にまで倫理運動というものを展開していかなければならないじゃないかしらと、関係者一同深く反省しております。
  53. 池田清志

    池田(清)小委員長代理 猪俣君。
  54. 猪俣浩三

    猪俣委員 法務大臣が参ります前に、池田さんにちょっとお尋ねいたします。池田さんは映画界の先覚者でありますし、現在映倫の中心人物になっておられますので、これはあなたの個人的意見でもよろしゅうございますが、二、三お答え願いたい。  映倫のことについては、私ども文化委員会委員をやっておった時分に、あなたの説を承わって、この委員会を作るべきことを慫慂した因縁もありますが、その後の映倫の活動というものはどうもあまり予期した成果をあげておらぬように私どもは考えております。そこで、太陽映画の問題でありますが、このごろ太陽映画と称せられるものを私が見たのは「太陽の季節」、「狂った果実」、「処刑の部屋」、この三本であります。その三本についてあなたの感想はどうでございますか。結局PTAを中心といたしましたような福田恆存君は、これを「かまとヽ族」と言っておりますが、こういう一派の人たちの太陽映画に対する反感の中心は、性的刺激を与え過ぎるという点であろうと思います。これも確かに一つある。ところが福田君の中央公論の本月号に発表しました論文は、「処刑の部屋」を見ないで書いておられるから、その性的刺激を与えるということだけの観察から結論を出しているようでありますが、そのほかに、「処刑の部屋」などに現われておりますのは、結局社会道徳といいますか正義感といいますか、とにかく異常ですね。同じ大学の同期生に睡眠薬を飲ませてこれを強姦するという、刑法の最もにくむべきりっぱな犯罪です。かようなことを学生の制帽をかぶった人間が堂々とやっておるというようなこと、それに対する反感、私はこの二つがあると思うのです。つまり、太陽族のあまりに豪胆放縦なるやり方によって倫理道徳以上に犯罪行為を平然とやっておるようなことに対する反感、及びもう一つは性的刺激を非常に与え過ぎるという反感であります。この性的刺激を与え過ぎるという反感に対しては、私ども異論があるのでありまして、性ということが、これはごくいけないことであるというのが、長い間の日本の相当の常識人の考え方じゃなかったか。これが今解放されつつある。ローレンスじゃありませんけれども、性の問題というものは非常に未知の世界をたくさん持っておるのであって、これをただ悪なりとし、これを弾圧するというようなことに対しては、私どもは賛成いたしかねます。これは善導すべきものです。ことに愛情の発露としての性的交渉といったようなことは、これは人類の必然的な姿であって、これ自体は悪でも善でもありません。ですから、性的刺激を与えるということを言うたなら、それ映画のみならんやで、あらゆること、福田君じゃないけれども、女が口紅をつけるのまで干渉しなければならぬことが起ってくる。それも私は理由があると思う。ですから、これも程度問題でありますが、私の見ましたいわゆる太陽族映画と称せられるものから来る性的刺激といったようなことは、今それほど大騒ぎして撲滅しなければならぬようなものとは、私ども考えないのです。ただ、こういうことをあなたも人の親としてお考えなさるかどうか。私どもも数人の子供を持っておりますが、自分の青少年時分のことを反省して考えることは、ああいう性的刺激を与えることそれ自体が悪いというのじゃありませんが、子供に対して非常に気の毒になる。苦痛を与えやせぬか。私は妻帯者なんというものは何でもないと思うのです。解決する道がちゃんとあるのですから。しかし、まだ未婚の書少年にああいう女を抱擁する場面を見せつけて非常に性的刺激を与えることは悪いことであると言えませんか。かわいそうな気がするのです。苦痛を与える。その解決の道がない。しようとすれば売春街に飛び込む。われわれは売春禁止法でもってそれを禁止しようとする。解決の道がない。いたずらにもんもんたる情を刺激する。ですから、私どもは子供に苦痛を与えることになりゃせぬかと思う。それだから、ああいう刺激の強いものは、子供に対する愛情から——悪ではない。性的刺激がなくなったら、人類は滅亡しますから、悪ではないけれども、独身の若い者には気の毒だ。苦痛を与える。ことに映画の影響力というものは、申し上げるまでもなく実に甚大であります。現代における映画の影響力というものは、実に過大評価してもいいと思うくらい影響力があるわけですから、こういう非常な性的刺激を持った映画を、——しかも、私もこの三つの映画を見たときに、ほとんど九分九厘は青少年です。若い者ばかりです。私みたいに頭のはげたのなんかほとんどいなかった。そういう人間がむさぼるようにこれを見ておりますが、こういうものによって刺激せられた者はどうするのか、ここに私ども一つかわいそうな点があると思う。池田さんはそういうふうにお思いなさるかどうか。  それから、いま一つは、ですから福田恆存氏の論文のように、性的刺激そのものを悪だと私ども申しません。これを弾圧しろということは申しませんが、ほんとうに子供を持っている愛情深い親ならば、自分たちの若い時分を回想して、——性欲苦という言葉がある、ことに女子よりも男子の方が強いと思いますが、性欲苦です。苦痛なんです。この苦痛を増大させるようなもの、ちょうど受けた傷をかきむしるようなことになる。そういうことに対する愛情を、一体起さぬでいいだろうかどうだろうかという点です。ですから、がんこおやじのように、ただ性的刺激を悪と見、これを憎むというのじゃなしに、ほんとうに子供に対する苦痛を与えたくないという意味から、そこに相当の統制が必要じゃなかろうかということに対するあなたの御所見を承わりたい。  いま一つは、先ほどあげましたように、一体同期生の女子学生に、同じ講義を聞いたその帰りに、睡眠薬を飲ませて、アパートに連れ込んで強姦するというようなことは、あまりに醜悪過ぎる。あまりに不義不当過ぎます。もちろん映画に犯罪行為のない映画もないでありましょうけれども、大学生で角帽をかぶった人間にさような行為をさせて、それを平然として観覧させるということに対しましては、私どもはこれは悪だと思います。そういうことは現実にありましょうけれども、それを数百万、数千万人の若い人たちに見せる場に提供する、かような態度は全くの商業主義から来たと思うのです。かようなことは、私は性的刺激を与える問題と区別して断固として排撃しなければならぬ。それはそういうわいせつ罪の共犯です。不義不当の共犯です。私は取締り規則を作ることは望みませんが、作るとするならば、そういう映画会社、製作者、脚本家、これは全部わいせつ罪の共犯者として一つ処罰すべきものだと思う。かようなあまりに人間を侮辱した行動、大学生ともあろう者が、あまりに人間そのものの尊厳を冒涜し過ぎます。かようなことを平気で映画面に現わす製作者、脚本家に対して、私は疑わざるを得ない。あまりに残忍性が強過ぎると思う。かようなことに対しては私どもは断固として反対しなければならぬ。かような残忍をきわめましたる映画、私は「夜と霧」なんかよりもこれがなお残忍だと思うのです。「夜と霧」というような映画は、先入観念があって、見まして戦争嫌悪の情に通ずるのであって、私は相当文化価値があると思う。この大学生が同じクラスメートを睡眠薬を飲ませて強姦するなんというに至っては、実に雲助どころか、これは人間ではありません。これを大学の角帽をかぶった人間にやらしたというがごときことは許すべからざることです。私は、この意味において、こういうものは徹底的に取り締らなければならぬと思う。ただ、今言ったように、検閲制度を復活して法律で取り締るということに対しましては、私どもはそうさしたくない。それには、何としても、あなたが経営されております映倫委員会のようなものを強化いたされて、これにもっと実行力を持たせてやってもらいたい。  そこで、私がお聞きしました二つの点は、こういう区別をして考えていいかどうか。それから、今言ったように、福田恆存氏の論文のように絶対検閲というものに反対の意見もありますが、私が今述べましたこういう人間性そのものを冒涜するようなものに対しては、仮借なく取り締るべきものだというふうに私は考えます。これに対してあなたの御所見、及びこの映倫委員会の組織——聞くところによれば、映画会社の重役ども、こういう者たちによって組織されている。こんなことでは意味ないと思う。この人たちはもうけ主義の人たちです。あの「生きていてよかった」というのは実に近来比類まれなる名映画だと思う。しかも実写をうまく編集いたしましたほんとうに名品だと思う。この名品を配給会社はみな拒絶してしまった。そうして太陽族映画なんというものを続々映写しておる。かような彼らのもうけ主義、商売主義、こういう連中だけに映倫なんというものをまかせておって、一体できる道理がありません。だから、これをいかに改造し、いかに強化するか、私はその点に対してあなたの方針を承わりたいと思う。
  55. 池田義信

    池田参考人 正しいお答えかどうか存じませんけれども、あるいは総括的になるかもしれないのですが、具体的に、「太陽の季節」、「処刑の部屋」、「狂った果実」というような題名があがりましたが、私どもといたしましては、実際問題として、あの映画が、たとえば「処刑の部屋」の一例をとってみますと、実は私どもの審査員があの映画をどうして——もちろんいろいろとカットされました。相当カットされましたが、あの映画をそのまま通過されたことに対しまして、私どもの方では直ちに会議を開きました。そのときに、あの映画の持っている世界というものは、あの中にいる主人公が現在の学校制度にもあきたらなさを持った、社会制度にもあきたらなさを持った、友人たちにもあきたらなさを持った、家庭にもまた何かあきたらなさを持った、けれども、自分たちの生きる道がどこかにあるのではないかしら、暗中模索ではあるけれども、生きる道が何かあるのではないかしら、——あの主人公は盲目になりながらも廊下の外へ何ものかを求めて出ていこうとする。あすこをつかまえて、これはこういう現実もあるかもしれない、だから、世の教育者、お母さんたち、お父さんたちに見てもらって、考えていただこうではないかというような大それた考え方を持ったのがちょっと行き過ぎだと思うのであります。たまたま、先ほど申し上げました「ビルマの竪琴」が世界から集まりました八十何本の映画の中からただ一つの賞を得た、その監督であるところの市川君はやはりこの「処刑の部屋」の監督なのであります。だから、彼の美術表現が非常に鋭く、彼の芸術表現が人間の探求に食い下っていたために、その効果が非常に大きくぶつかってきた。そういうところに審査員が負けたということになりますか、その美術性に打たれてきたというようなところから、そういうことが起ってきたのではないかしら、われわれはその会議の結果そう見たのであります。しかしながら、審査の際において、芸術性、商業性というものにはわれわれはタッチしないという考え方で審査を始めているのでありますから、そういうものに左右されては困るというので、直ちにその翌々の審査におきまして、性行動と性倫理、暴力行使、家庭秩序の尊重ということにとにかく重点をかけようではないか、——もちろん「太陽の季節」も「処刑の部屋」も「狂った果実」も青少年に見ていただいては困るということを打ち出してはあるのでございますけれども、今もお話がございますように、若い人たちが見ていたという点に非常に難点があり、私ども批判される点があったのでありますが、私どもといたしましては   〔池田(清)小委員長代理退席、小委員長着席〕 今後の作品に対しましても、性行動と性倫理、暴力行使に対する点、家庭の秩序の尊重という面に重点をかけて、そうしてその線にうんとしぼろうじゃないか、これをもう少し厳格にするならば——現段階としては社会の批判はまだまだ寄せてくる、だからこれに力点をかけようということで、ずっとそれからその三つに非常に力点をかけ、非常な慎重な態度をとって審査をなしつつあります。  また、最後の映倫機構の問題でありますが、これは先ほども申し上げましたように、映画界は白紙で第三者にまかせて、第三者によってよき運営をなされる方法を講じていただこうじゃないか、それで、その第三者の御意見に映画界は全部従おうじゃないかという考え方から第三者に白紙でお願いしようという線をまとめたのでございます。だから、今後できますものは、映画界の発言が許されなくて、第三者の委員の人たちがきめられたことは映画界がそれを聞くという考え方で、新映倫の機構というものを発足させようという原則が話し合われたことだけは御報告申し上げておきます。
  56. 猪俣浩三

    猪俣委員 私は、これは池田さんに特に私どもの意のあるところを察知していただきまして、自発的に十分この映画の社会性を重視していただきまして、法律なんぞで弾圧せられないうちに自律的にやっていただきたいことを強く要望いたします。当法務委員会では売春防止法などというものを成立せしめておるのでありますが、そうやって取り締っておるのに、一方映画であおり立てられましては、これは全く混乱を来たすのでありまして、国家の文化活動というものは一定の方向にお互い各方面が協力していかなければだめだと思います。売春防止法を成立せしめました国家が、同じように同じ国家におきながら、映画においては、もうどんな映画でも、エロ映画勝手次第ということでは、統一ある文化活動にならぬと思うのでありまして、その辺に御留意下さいまして、なお、先ほど言いました、親としては性的刺激というものはかわいそうな点が多々ある、その事実が悪でなくても、性欲のはけ口のない青少年に実に苦痛を与えるものである、そういう見地からも、なるべく自分の子供たちに苦痛を与えたくないならば、そういう刺激の強過ぎるものは遠慮するようにやってもらいたい。これは私どもの希望であります。  今私は池田さんに対してはそれだけ要望いたしまして、法務大臣が見えられましたから、暴力団問題についてお尋ねをしたいと思います。  サンデー毎日に暴力団の問題が取り上げられまして、相当分析をして論じております。サンデー毎日の報じたところによって私はお尋ねするのですが、それは、暴力団の撲滅ということを根本的に考えましたときに、発生原因はいろいろありましょう、またこれを撲滅するにいろいろの方法がありましょうが、その一つといたしまして、どうも今まで政治家と暴力団のつながりということがほとんど常識的になっております。そこで、今各地に町ぐるみの暴力団撲滅運動が起されておりますが、将来これが全部に徹底いたしますなら、暴力団の退治なんかはやすいものだ。ただ、これをはばみますのは、小さく言うと、その各区々々におります——中には区会議員、市会議員、都会議員などになっている者がある。それ自身が暴力団であるか、暴力団のバックをなしている人物である。そういう者が各地方のボスとして存在し、これが町ぐるみの暴力団退治に相当支障を来たしております。大をなしますると何々一家と称していわゆる博徒の親分、私はこの本体はよくわからない。こんな博徒などというものは現在どうして存在しておるものであるか。何々一家というものが実際治安を乱す根源をなしておることは明かなことなんです。ところが、この何々一家などというものに対してみな政治家が関係しておる。これは、一つは、何々一家と称する連中の中には反共的な色彩のものが多々あるので、この反共運動の使い場所としてそういうものを利用しておる点がある。これは私が知っておる法務大臣が現にやりました。私は今名前はあげませんが、四、五年前であります。こういう博徒の親分と密接な関係を持って、それに幾らか金か何かくれて反共運動に使っておる、こういう、ことがある。あるいは選挙に利用する、あるいはやくざによってやくざを取り締る、これは警察がよくやることなんです。しかし、これはミイラ取りがミイラになるようなことで、それから幾多の弊害を来たしておる。やくざをやくざの親分をもって取り締るというようなことで、その親分を保護しておるような形になる。これが非常な弊害を来たしておる。いろいろの関係がありましようが、このサンデー毎日に現われておりまする事実、これは事実であるかどうか。浅草の料亭でテキ屋の親分芝山益久の長男の結婚披露があった。そのときに安井誠一郎知事は都民を代表して、芝山親分に深く感謝しなければならないとあいさつした。テキ屋の親分を都民の恩人扱いにするのはどういうわけだろう。ところが、元の厚生大臣草葉隆圓は、本日お招きを受けましたのはまことに光栄しごくのことだと言い、また元法務総裁であった木村篤太郎は、芝山親分とはまことに古いおつき合いでして、何かとお世話になっています。かようなあいさつをしておる。私はこの芝山何がしは知りませんが、この記事を見ますと、テキ屋の親分で、一方の相当の旗がしらのようです。こういうふうに政治家はみなおせじを使っている。そうすると、こういう人間が町のこっぱ役人あるいはその他の役人に—— 私がこっぱ役人と言うのは、そういう親分が使う言葉をちょと言ったので、町の区役所あるいは都庁あたりの役人に対してこっぱ役人、こっぱ役人ということを言うのだが、わしらにはこういう者がついておると言う。そして彼らの子分は親分をまたかさに着て暴威を振う。警察も、どうも安井誠一郎知事があいさつを述べている親分などあまりやれない。そこにおいて実に暴力団の根源がつけない。なおまた、これに書いてあるのを見ますと、「八月十日、山口県を中心に、中国地方に名の売れた松田興行部の二代目相続披露が、山口市で開かれたが、そのチラシによると、見届人の大阪四代目宮川会々長清水六一郎氏をはじめ、大半が関西に名の知れたテキ屋とともに、後援者には鳩山一郎氏を筆頭に、大野伴睦、松本治一郎」——どういうわけか松本治一郎まで入っておる。「岸信介、佐藤榮作、周東英雄、田中龍夫、高村坂彦の各大臣級や政治家、小沢山口県知事、長井山口市長と政界人がぎっしり名を連ねていた。」とある。この人物もどういう人物かわかりませんが、新聞あるいはこのサンデー毎日の報道するところによると、全部テキ屋の親分なんです。かようなことをやっておる。そこで、岩井という都立大学の助教授はこう言っている。「彼らが政治家とつながるのは、自己保存である。自分たちの手に負えない事件は、政治家に依頼する。その代償が政治献金であり、選挙の時の票になるんだ。このヤクザがさらに成長すると、政治に足を入れるようになる。そうした時には民主政治は全く犠牲にされる暗黒政治になってゆく」。また大宅壮一氏も言っている。「いま問題になっているグレン隊などの暴力団は、いわばジャロから出る水のようなものだ。水脈をたどれば水源地は政治家だ。ジャロをしめても暴力はたえぬ。枯らすべきは暴力と結ぶ政治家だ」。私どもは、衆議院の法務委員といたしまして政治家の片足のつもりでおりますが、ここで暴力団の審議をしているのです。しかるに、世論は、根源は政治家だ、こう言っている。一体これをどうするか。そこで私は牧野法務大臣にお聞きしたいのです。暴力団退治の立法をなさる、これは私どもは縛る法律を作ることには不賛成でありますが、これには賛成いたします。実に日本のガンは暴力団です。これを退治できないようで文化国家などというものは成立しません。これに対しては、私ども法務省が乗り出すことに反対いたしません。どしどしやってもらいたい。また警察が今非常に馬力をかけてやっていらっしゃることに対しては、国民を代表してお礼を申し上げます。御心労のほど察して余りありますが、徹底的にやっていただきたい。そこで、この新しい立法につきまして、法務省検察庁は食い違いがないと法務大臣はおっしゃいました。ところが、これは私も非公式にお目にかかったことですから公開の席上はばかりますが、法務省の高官の実力者の中に、どうも立法なんかやったってむずかしいという意見を持っていらっしゃる方があるのです。だから、あなたがそうおっしゃっても、あなたの部下からそういう人が出て、あんなものは作れるものじゃないとおっしゃっている。ところが、検察庁ではどうしても作らなければならぬと言う。そこに何かちぐはぐがあるのじゃないかと新聞記者が感ずるのももっともだと思うのです。そこで、あなたの部内では、どういう名前になるかわかりませんが、暴力団根絶の立法を必ず作られるように部内を統一されておるかどうか、それを承わりたい。
  57. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 私も、猪俣さん、何かそういう問題が起きないかと思って、このサンデー毎日を持ってきました。これほど的確明瞭に具体的に名前を出してある以上は、根拠のないことではないと思いますので、これらの点を大いに参考にして対策を講じなければならぬ、こう思っております。  それから、法務省の中に、法務省というところは犯罪捜査し、検挙して起訴をすることが仕事のように思う空気が従来あった。それは昔の司法省はそれでよかったと思うのです。なぜかならば 君主主権のもと統治国でありますから、法に違反した者だけを対象にすれば法務行政はよかった。ところが、今日は主権在民で、文化的平和国家を作るのであるから、犯罪人一人でも出すということは法務省の責任であると思います。一人もないようにしなければならぬ。さっき三田村さんのおっしゃった通りであります。それには犯罪予防ということが主たる行政の中心にならなければならぬ。でありますから、社会保障として犯罪というものを委員会はどうか重大に取り上げて下さいと言うゆえんであります。従って、そういう昔風の思想のもとにおいては新立法はむずかしいと考える方もあるかもしれませんが、私は必ず——新しい法務行政精神がどこにあるかを部下の諸君と懇談を遂げ、毎日ディスカッションをやっておるのはそれなのであります。そうしてこの間すでに全国の次席検事の合同の席上で大胆不敵なことを言ってしまったのです。これをやろうじゃないかと言いました。私はもし実際に困難だと思っておる人が私のところにおりますれば、よく説いて納得させて、新しい方面に引っぱっていきたいと思いますから、どうぞ御協力をいただきたいと思います。
  58. 高橋禎一

    高橋委員長 まだ参考人の池田さんがいらっしゃいますが、お急ぎだと思います。参考人池田義信さんに対して他に御質疑はないでしょうか。——別にないようでありますので、それでは参考人に対しまして私から一言お礼を申し上げます。  率直ないろいろ有益な御意見を承わりまして、まことにありがとうございました。今後の調査に十分参考に資したいと存じます。どうもありがとうございました。
  59. 猪俣浩三

    猪俣委員 そこで、私が政治家とのつながりを前提に置きまして新立法の質問に入りましたのは、因果関係があるのでありまして、私どもが一度社会党として暴力行為処罰法を立案したことがあります。その中心は連座規定であります。この連座規定というのは、昔の伝統的な刑法理念から言うと非常に困難な理念になるのでありますけれども、社会連帯的な思想を展開していくならば、連座規定というものは悪に対する一つの対策として考えなければならぬ。だから、選挙違反というような場合についての連座規定、暴力団に対する連座規定というものは必要なのじゃなかろうか。そこで、今言ったように、要するに暴力団と称せられる連中は必ず港を持っておる。最後の逃げ込み場を持っております。それが親分と称するもので、昔と同じです。そこへわらじをぬぎますと一飯一宿にあずかる。そして彼らのバックとなる。そういうふうな組織になっておりまして、このテキ屋の親分とか博徒の親分とか、こういった、もうすでに明らかなこういう者たちは、何か事が起れば下のチンピラだけ責任を負わして、親分は知らぬ顔をしておる。これは昔の政治的暗殺なんかでも多く行われたと思うのです。背後にあってあやつっておる。平生恩を着せておいてさあという場合にはそいつに暴力を振わして絶対口外させない。奥にいるやつは助かって、チンピラばかりが実行者として処罰される。こういうことに対して、これを根絶しませんと、いつまでたってもできないのです。私は警察なり警視庁が一番手をやくのはここだと思う。偽わらざる告白を私は何べんか聞きました。いよいよ根底に捜査を進めていくとぶつかってしまう。どうしてもそれ以上出られないことが起る。この壁は何であるが、政治家です。あなたはそれは長い間の政治生活でよく御存じだと思う。そして今暴力団の大親分なんていうのは政治を左右しております。まあそれは私はここでは申しません。申しませんが、そういうチンピラを使って悪いことをしたことに対して、一連の連座規定を設けて、その直接の親分とか、彼をめんどうを見ておる者に対してやはり責任を負わせる立案もしなければならないのじゃなかろうか。ちょうど昔治安維持法がありましたときに共産主義者に金をくれても全部処罰しました。またそこまでやらなければ根絶しない。シンパまで全部やった。この治安維持法で赤を退治するためにそれだけやった実績を持っておるのです。暴力団というやつは庶民階級の生活を不安ならしめ、この日々の幸福なるべき生活を阻害する。これは赤なんていうものじゃない。こんな者に対して、やはりシンパというものに対してこの連座規定を設けて処罰するくらいにやる。そうして、ある親分のところからそういった暴力団が出た際には、その親分までが問題になる、親分までが問題になると、親分に花輪なんてやった者までも参考人として呼んで聞く、そういうことになると政治家はあまり花輪をやったの、公開の席上でお招きを受けて光栄しごくなんていうことは言わなくなる。連座規定を強化し、関係人、シンパに対して取調べを進めることができるようになるならば、この政治家とのくされ縁が相当断ち切られるのじゃなかろうか。堂々とだれが見たってテキ屋の親分、ヤクザの親分と思われる者に、今を時めく人たちがみなおせじを使う。こんなことで暴力団の退治ができる道理がないと思う。これをやらなければ暴力団は根絶できません。警察は活動ができない。私は警察ばかり責められないのです。今までこういうガンが残っておる。そこで、新しい立法に対しまして、こういう新しい連座規定というものを御考慮になっておるか、それをお尋ねいたします。
  60. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 考慮いたしております。いたしておりますが、非常に、猪俣さん、めんどうなんです。それは連座でない、私は一網打尽にする特殊の立法として、——あなた方の手で団体等規正令、あの破壊活動防止法ができておりますが、あれが左翼の方だけを取り締ると憂慮されて国会が実に無力なものにしてしまわれた。どうして国会はあの当時いくじがなかったかと思う。あれは左翼だけ取り締るのじゃない。右翼の今猪俣さんの言ったような連中を一網打尽にやる。ところが、それができないようにあの法律ができておる。なぜこんな法律をこしらえたかと言ったらば、大へんな反対でできなくなってしまったということで残念であります。そこで、もう一ぺんあれをやり直したいが、けれども、やり直しに出したら私は大へんな非難攻撃を受けるのではないか。そこで、法務委員会には専門的な方面の堪能な諸君がおいででありますから、どうしたらいいか、私がそんな法律に手をつけていいかということに対しては御相談をしなくちゃいかぬ。あれは、私は、左翼じゃない、右翼の方へ持っていきたい。親分のところへガッといかなきゃならぬ。すぐ共産党や社会党左派のとんでもないところばかり目当てにするように思われておるものですから。けれども、今では、治安立法をする上においては私は右翼を主にしてやるのでありますが、大へんな誤解があります。それで、この点は私は委員会諸君と御相談して手をつけたい。ただし用意はある。そいつを、私の決心を妨げておるものが破防法のときの国会審議であったということを率直に告白しまして、全くあなたに同感であることを申し上げたいと存じます。
  61. 猪俣浩三

    猪俣委員 実は、破防法につきましては、牧野法務大臣は当時の法務大臣でありませんでしたし、法務委員でもなかったので、成立について少し誤解なさっておる。あれは左翼弾圧の立法であることは明らかなことで、それはちっとあなたは誤解なさっていると思うのです。しかし、あなたのその意気込みは大いに了といたします。あなたは破防法をお読みになっていないんじゃないかと思うのですが、まあそれはいいといたします。いいといたしまして、私どもあれを反対いたしましたのは、そうじゃないのです。公安調査庁がその任務をやっていますが、あれは決して右翼なんかやっているんじゃない。左翼を取り締っておる。これは明らかなのです。それはそれといたして、あなたが非常に困難だと言うことは、実は私どもわかる。私どもも数年前に、先ほど申しましたように暴力団取締りの単独立法をすることで、おもに当時の参議院の法務委員長であった伊藤君が中心となってやりました。党でも相当研究いたしました。ところが、この連座規定で実は議論が停頓いたして参りました。相当の問題があるのです。しかし、その後社会事象を見ておりますと、これはやはりある程度の連座規定を置いてやらなければならぬのじゃないかと私どもは考えてくるようになりました。これは、お説のように、連座規定は、刑法理論から言いましても、また人権擁護の立場から言いましても、いろいろ議論のあるところでございましょうけれども犯罪に対する一つの抵抗といたしましてある程度考えなくちゃならぬというふうに思うので、検察庁で立案をされておるそうでありますが、なるべく早くわれわれにも内示いただきまして、ともに研究さしていただきたい。これはいつごろ一体立案ができる見込みでありますか。大体まとまっておられるのですか、まだほんの緒についたばかりですか。またわれわれに示されるまでにはどのくらいかかるのですか、それをちょっとお漏らし願いたい。
  62. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 ただいま監獄法の改正とこれとを並行して進めておるものでありますから、まだ十一月末までくらいはかかると思うのであります。もうしばらく待っていただきたいと思いますが、非公式にお目にかけることのできる草案は大体早くできるのではないかと思います。せいぜい急ぎたいと思います。
  63. 猪俣浩三

    猪俣委員 いま一つは、やはり暴力団に関係して法務省関係がありますのは、やはりこのサンデー毎日に書いてありますが、浅草の妙清寺境内で住吉一家の代貸し同士のピストル乱射事件が起って、銀座警察というやくざの親分高橋輝雄が射殺された。ところが、その結果高橋の前歴というものが明らかにされて、だんだん調べていくと、この高橋という男は昭和二十八年最高裁でやはり恐喝、暴行でもって刑罰を受けて、判決が確定した。ところが、病気と称してとうとう刑務所に入らなかった。その後数年間刑務所に入らないでいるうちに、今度のやくざの争いで射殺されたということがわかった。病気と称して、判決が確定しておるのに刑務所に入らないで、彼はやはりあちこち東奔西走をやっておる。こんなものの責任は一体だれがどこで負うのですか。裁判所ですか、検察庁ですか、どこですか。そういうふうに、最高裁で判決が確定しても、なお刑務所に三年間か入れることができず、そしてこれがしゃばに出てあばれ回っているのでは、一般世人は、裁判は何だろうか、こういう人たちは治外法権を持っているのだろうかと思って、非常におそれるのです。幾ら警察でふんじばって検察庁で起訴して、裁判になって判決を言い渡しても、刑務所に入らないであばれ回っておる。それではどうも一般の良民にそれをおそれるなと言っても、おそれざるを得ない。一体これはだれの責任ですか。一体どこに欠点があってこんなことになったのか、お調べになったと思いますが、責任大臣として御答弁願いたい。
  64. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 実に申しわけのない次第であります。裁判の判決と刑の執行とに関しまして、十分な緊密な制度が確立していないという疑いを抱かせるのは、やはり私は法務行政の責任だと思います。こういう大きな例を見せつけられて、かようなものが再び国民の不安の種にならないように、深く反省しまして戒飭いたします。
  65. 猪俣浩三

    猪俣委員 そこで、こういうことがどうして起ったか、その原因を探求されて、それを防止するような立法なり行政処置なりとらなければならぬと思うのですが、これは一体どこが原因でこういうことになったのか、医者の診断そのままをお信じになったためにこうなったのであるか、あるいはどういう原因からこういうことが起ったのでしょう。
  66. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 どうやらあなたがきょう私に一番初めに御質問になったようないやな空気が私は原因ではないかと思いますので、これがいけないのですね。この勢力を撲滅しなければいけない。
  67. 猪俣浩三

    猪俣委員 率直な御答弁でありまして、あなたは政党出身の大臣としてその粛正に全力をあげていただきたいと思います。そして牧野法相の存在を記録にとどめるだけの活躍をしていただきたいと思います。あなたでなければできないかもしれません。  それから、それと関連いたしまして、そのいやな空気の一つとしてあなたになおお尋ねいたします。これはやはり新聞のことでありまして、私も真否はわかりませんが、河野農林大臣が為替管理法に違反して競走馬を輸入してきたということは、実は社会党としても河野農林大臣を為替管理法違反で告発してある。その首謀者と思われる藤井商店の社長が、今まで何回出頭を命じても、アメリカに行っておって、病気と称して出頭しなかった。それがたまたま最近帰ってきた。しかし逮捕もしなければ何にもしない。そのまま放してしまった。もう証拠隠滅しただろうと思う。こういう重要な証人、しかも長い間出頭を命じても出てこないで、アメリカに逃げていった。それがたまたま帰ってきたのを、何ら尋問せず、そのまま羽田から帰してしまった。それと連関いたしまして、造船疑獄で最も活動いたしました河井信太郎検事——第一線の検事であります。この検事が司法研修所か何かの教官という隠居役みたいなところに回されておる。これなどに何か因果関係があるのかないのか。新聞紙やあるいは廊下とんびの話によると、どうも柳川検事正が今あなたの言う何か不愉快な雰囲気に包まれておる。その結果こういうことになったのだとうわさが出ております。すでに新聞に出ておることでありますので、私もあえて質問をするのでありますが、一体かようなことに対して法務大臣はどういうふうに御観察なさっておるか。ことに、競馬馬輸入事件、その他為替管理法違反事件中心人物である藤井を調べなかったということはどこにあるのか。まあ河井信太郎氏の第一線引退はそういう人事だと言われればそれまでかもしれませんけれども、何かそこに一脈の連絡があるというふうにも勘ぐられる。検察当局がかように勘ぐられることは不名誉だと思う。それに対して法務大臣趣旨を承わりたい。
  68. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 私は全然存じません。幸いに刑事局長が列席いたしておりますから、説明員として刑事局長よりお答えいたします。
  69. 井本臺吉

    井本説明員 造船疑獄に関係いたしました河井信太郎検事が数日前に法務研修所に回されましたことは事実であります。この人事はもうすでに二カ月前からきまっておりまして、仕事の都合で延び延びになっておりましたわけのものが、最近発令を見たのでございます。  問題の藤井何がしの関係は、これは十月一日にヨーロッパの方から帰って参りましたものを逮捕いたしまして、東京地検の田村検事が主任となって逮捕状の期間三日間取り調べたのでありますが、一応本人の病気その他で在宅を許しておりますが、なお現在田村検事並びにその上司の鯉沼刑事部長などが取調べを続けております。この結論は現在でもまだ出ておりません。何か新聞の伝えるところによりますと、東京地検の上司と下の方と意見のそごを来たしておるというようなことでございますが、私の調べました限度におきましては、さようなことは全然ございません。
  70. 猪俣浩三

    猪俣委員 今御説明を聞きまして、新聞の誤報であったというわけで、私安心いたしました。新聞を見ますと、全然逮捕せずして釈放してしまったというふうに書いてありましたために、私お尋ねしたのですが、逮捕して調べたということなれば、それでいいと思います。  同じようなことでありますが、これは今言ったように新聞の報道とまたうわさが真実でないことを明らかにした方が法務当局のためにいいと思いますから、重ねてお尋ねいたしますが、いつぞやの——今から一週間くらい前ですか、読売新聞の三面記事に報道されました中野財閥の財産横領問題、これは芝浦に二十五億にわたる大きな土地を持っておる。それが巧妙な詐欺、横領によって取り上げられてしまったということで、告訴、告発問題が起っている。ところが、これに対して、どうも警視庁方面において何かこの取調べを阻害するような行動をやっておるといううわさがある。それで、どうしてもこれは検察庁が徹底的に乗り出さぬと、事の真相がわからないという説をなしているものがある。きょうは警視片の方がお見えにならぬので何でありますが、……。
  71. 高橋禎一

    高橋委員長 今刑事部長がいらっしゃいます。
  72. 猪俣浩三

    猪俣委員 中川さんからこの問題について御説明をいただくとともに、法務省としましては、検察庁がこれに来り出しているかいなや、実はいろいろなデマが飛んでおりますので、この際警察及び検察庁態度を明らかにしていただきたい。
  73. 中川董治

    ○中川説明員 警視庁でやっております事件で、芝浦土地に関連いたしまして、あれは詐欺または横領の事件の容疑がございまして、ことに本件は告訴になった事件で、告訴に基き、真実の発見のために警視庁は捜査を続けております。ところが、あの事件は非常に複雑で、私どもよく事情の報告を受けたのですけれども、非常に内容が複雑でございまして、犯罪関係については相当緻密に調査しないとわからない。それで大へん苦労しております。そういうことでございます。ことに、捜査には非常な苦心をいたしますし、検察庁でまた御捜査のあったことでもございますので、東京地方検察庁と緊密な連絡のもとに、当該告訴事件を警視庁で今捜査中でございます。だから、検察庁が容喙したとかいうことじゃなしに、当該事件は、告訴を受けた警視庁においては、検察庁とも十分連絡をとって、検察庁とともに本件事件の真実の発見に努めているという状況でございますので、何かその間に若干誤解に基いての新聞記事ではなかろうか、こう理解いたしております。所轄の警視庁におかれましては、本件事件につきましては全く厳正に、ことに検察庁とも十分な連絡のもとに、共同で真実の短見に努めている最中でございます。
  74. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 関連して。先ほど浅草の暴力団が射殺された、それが最高裁判所の判決を受けて確定しておるのに、執行しないでそのままに二年も三年もほうってあったものであるということを猪俣委員から指摘されました。なぜそうなったかということについて御質問いたしますと、何かもやもや、先ほど言ったようないやな空気でそうなったのだという。これは容易ならぬお答えであります。一体もやもや、いやな空気というのはどんなことなんですか。これは明確にしておいていただきたい。
  75. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 どうかそういうことを言わんでおいて下さい。率直にものを言うことを回避するようになります。ほんとうに率直に言ったんだから、そういうことはあまり非難しないでおいて下さい。私はそう思うのだ。私がやっている時代なら率直に言えるけれども、いやな事件ですよ。それをあまりここで何か言おうとすると工合が悪いのだから、この程度にやっておいて、私がこれを猪俣さんから聞いた以上は、何とか真相を確かめなければいかぬ。確かめたらあなたに言う。
  76. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 前に、その犯人をつかまえてはならぬといって指揮権を発動された。ああいうようなことは始終やっておるのですか。それと同種類のものですか。もう一点……。
  77. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 さようなものとは違います。
  78. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 違うなら、もう一度聞きましょう。
  79. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 いや、私の言った言葉は、そういうものとは違う意味のことを言ったんですから、私が率直に言ったことは、あまり追及しないでおいて下さい。やはり言葉に不足があるからお気に召さぬところもあるだろうけれども、私も、猪俣さんから聞いて、この事件には疑いを抱いている。あんなことがあっちゃいけませんよ。それは、いわゆる、どこまでも、当局者がいてあんな事態を惹起しちゃ申しわけないんです。弁解の余地はないですよ。だから真相を明らかにするまでは答弁を許して下さい。
  80. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 われわれの経験によれば、病気として出られた場合においては、その病気がいかなる病気か、診断書も出ておりましょうし、それから係官もしばしば行ってもおりましょうし、執行しようとしてその命令も出したでしょうそれなのにそれができなかったというならば、それはわかります。そういう手続をとらなかったとするならば、それは一体とらなかった責任者を出さなければいけません。そういう命令をもし執行手続をしなかったとするならば、当然その執行指揮をしなければならぬ検事は責任を負わなければなりません。あなたはそれを免職すべきです。しかし、その執行の指揮命令を出しているのに、警察官がそれに従わなかったというならば、その間にそれはもやもやしたものがあるかわかりません。少くとも前段であるか後段であるかぐらいはお答えにならなければ、私どもは理解されません。われわれ実務に携わって参りました者については、法務当局の責任か警察の責任かくらいのことは明らかに願わなければ、私どもはあなたがうっかりすると部下を誹謗しているようにも聞えるし、あるいは暴力団についてはよう手を下さぬ無力な警察の存在を指摘したかのごとくにも聞えます。あなたのぼんやりした言葉は、あらゆる方面にいろいろな悪影響を及ぼします。そこで、追及されて、私は率直に言ったのであるから、もうそれ以上は言わないで下さいとおっしゃるなら、むしろ最初から具体的事実をそのままお述べになって、これ以上は答えられぬというならば、それは私ども了承いたします。これは検察当局の責任であるか、警察の責任ですか、それだけでも聞きましょう。
  81. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 具体的な事実を存じませんから、お答えができません。どうぞあしからずお許しを請います。
  82. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 具体的事実を御存じないじゃありませんか。具体的事実を知らないで、いかにも、先ほどのあなたのお言葉は、暴力団には警察が手をようかけなかったと言わんばかりのことを言っている。
  83. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 さようなことは言いません。
  84. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 もしそうであったならば、それは、執行命令を出しておるのにかかわらず、それを拒否したとか、あるいは行方不明になってどうしても手がかからなかったとか、——おそらく私の見るところではこれは行方をくらましておったのじゃなかろうかとも見られる。従って、法務大臣、といたしましては、こういう点については軽々しい言葉を用いるべきじゃない。具体的事実をお調べになってやらないと、これは法務委員会としても今のお言葉は聞き捨てになりません。ほっておけません。もっと具体的お答えが願えれば一つ承わりたい。
  85. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 さような答弁をしたのじゃございません。私は猪俣委員質問に対して率直な私の意中を述べて、かかることに対してはどこまでも現在の当局者としては最善を尽すことに心がけねばならぬという意中を表白して、猪俣委員も了承せられたのであります。わきから私の言葉を誤解して、さような追及をされることは不本意であります。
  86. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 わきからとは何だ。委員会ですぞ。あなたは委員会答弁しておるのですぞ。   〔牧野国務大臣承知しない」と呼ぶ〕
  87. 高橋禎一

    高橋委員長 これからよく調査してもらって、この次の委員会までに一つはっきりすることにして、きょうは時間も相当おそいし……。  ただいま井本刑事局長が発言を求めておられますから、これを許します。
  88. 井本臺吉

    井本説明員 ただいまの事件は私どもまだ未調査でありますので、至急その間のいきさつを調べまして率直に御報告申し上げます。
  89. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 それなら私はけっこうだと思うわけなんです。ただ法務大臣もそういう意味で率直にその具体的事実に触れていなかったということであるならばこれは了承いたします。しかし、わきの者から口を出すとは何事だ、あるいは承知せぬとは何事だ、そういったようなことをおっしゃらないで、この委員会は全体の委員会です。猪俣君一人の委員会ではございません。私も委員の一人ですから、関連質問は法律上許されておる。しこうして、私がそれに反問をしたからといって、あなたが、承知せぬとは何事だ、そういったことは言わないで、委員会においてはお互いに自由なる発言をすることができるように私は願いたいものと思う。
  90. 牧野良三

    ○牧野国務大臣 承知いたしました。     —————————————
  91. 高橋禎一

    高橋委員長 次に、社寺観光税に関する法務行政上の問題について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許します。世耕弘一君。
  92. 世耕弘一

    世耕委員 観光税の問題をめぐって現在京都市と社寺側と激しい対立を繰り返しておるように伝えられております。従って、当局の税制の考え方は信教の自由を侵すものである、同時こそ生れは憲法違反であると考えられて、本委員会にも訴願してきておるような次第であります。憲法の第二十条には信教の自由が規定されております。この規定に直ちに違反するかどらかは慎重な研究を要することと思うのでありますが、第一、宗教施設を観光財として取り扱うことがいいか悪いかという問題があげられておるのです。また、ある意味においては参拝のための信者に課税するという議論も成り立ってくるのであります。第二は、古文化財の公開は博物館同様で課税してはならない方針であると存ぜられます。もちろん教育の対象物であるとも言えるわけであります。この点についてどう思いますか。第三は、修学旅行で教材の目的で生徒が拝観に行くのに税金を徴収するということが果して妥当であるかどうかということ。第四は、娯楽興行のような場合でも三十円までは免税になっておる。しかるに五円ないし二十五円以下の拝観料に対して一般に、生徒に対して五円の課税をするということは果して妥当であるかどうか。こういうのが本件の問題であります。  さらに、お尋ねするのにお返事を簡単にしていただくためにもう一点触れておきますが、京都市側の税の目的に関する説明を一部見ますると、この課税目的が、観光施設を完備したい、それについて七千九百五十万円要る、観光財保護として千四百万円、それから観光資料館の設置が二千二百四十万円要る、それから国際文化会館に四億五千万円要る、その財源のためにこの新たな観光税を設けたのだ、こういうような言い分があるようであります。この両方の言い分を総合してみますると、一応双方に理屈は成り立つのでありますが、観光施設のためにというその観光施設の内容を調べてみますると、道路などの施設費にそれが使われているように内訳が出てきております。観光施設の目的として道路・橋梁修築、便所・休憩所の増設、こういうことになっておりますが、この観光施設の道路・橋梁修築、便所・休憩所の設置のためにこの税を目的とすることは少し趣旨違いのように考えられる。むしろ他に徴収する道があろうということを考えられるのであります。  なお、もう一つの大きな問題としてここに考えられることは、信者から税金をとるという大きな矛盾であります。宗教関係は、観光の目的もさることながら、結局は信仰財である。信仰の道場である。それを目当てに来る方から税を取るということはすなわち信教の自由を拘束するものだという憲法違反の問題も一応うなずくことができます。  さらに、もう一つ私はこの機会質問を要約する意味において申し上げたいことは、お互いに京都市の繁栄並びに信仰、観光の目的を達成するという趣旨は両当局者とも意見の一致があるようでありますから、これだけ明白な双方の言い分があるなれば、なぜもっと話し合いができなかったか。こういうような大きな問題を社会に投げ出して、今や全国的に波及せんとするような問題を、もう少し双方の当事者が話し合いをすればまとまるのではないか。私の聞くところによると、税の形でとられなくても、そういうふうな金の入用があれば何らかの形で社寺側から市の方に対して寄付してもいいというような意向もあるやに聞いておるのであります。この間においての話し合いがまだ十分達しないうちに、双方いきり立ってしまったというのが今日の現状でないか、私はかように思うのであります。もしそうだとするならば憲法問題という大きな問題を引き出す前に、特に観光財、古文化財に関係のある文部当局及び自治庁当局は適当な扱いがあってしかるべきでなかったか、この点について当局の考えを私はお聞きしておきたいと思うのでございます。  なお、信教の自由という憲法の二十条に書いている規定と今日問題になっている税制と、果して憲法違反になるかどうかということについて法制局当局からの御回答を得たいと思うのであります。私の調べた範囲では、かような問題を目標にして課税をしている国は見当らないのである。そうしますると、かくのごとき税施設は今度初めての問題だというふうに考えられるのでありますが、こういう点について何か適当な資料がおありでしたらこの際お示しを願いたい。  本日は委員会が長く延びましたのでこまかくお尋ねするのも各委員諸君にもお気の毒でございますから、要約してお尋ねした次第でありますから、それぞれ関係当局の具体的な御説明をいただきたいと思います。
  93. 野木新一

    ○野木説明員 御質問のうち憲法問題に関連する点を私からお答え申し上げます。  御指摘のように、宗教と税とからまるような問題は非常にむずかしい問題であります。私は、現在問題になっている京都の観光税なるものは、新聞等でちらちら見た程度で、その条例案なるものや、その内容の具体的な点は実は全く承知しておりません。従いまして、具体的に考えられているのは果して憲法違反になるのかどうかということはなお慎重に具体案などを見て考えなければならないと思いますが、新聞などでちょっと見知ったところでは、何も神社に課するというのではなくて、その神社なり仏閣なりの観光施設を見に行く、そういう人に税を課するという建前になっているように承わりましたので、そういう建前が貫かれているならば、果してそれが妥当であるかどうか、そこまでやるかどうかという政策問題はあるとしても、直ちに憲法上それが憲法違反になるという問題にまではならないのではないかと存ずる次第であります。  なお、宗教と課税問題について諸外国の資料等を調査したことがあるかという点につきましては、法制局としては現在のところ特に調査したという資料は持ち合せておりません。
  94. 奥野誠亮

    ○奥野説明員 京都市の文化観光施設税を設定しようとする問題につきましては、許可申請の書類がまだ正式には自治庁には届いていないわけでございますけれども、内容は承知しているわけでございます。その内容によりますと、文化観光資源を鑑賞するについて、鑑賞させる者が対価を求める、そういうようなものについてのみ一回十円、中学生以下であります場合だけは五円の税の負担をしてもらおう、こういう趣旨になっているようであります。従いまして、観光する場合に全く無料公開をしているという場合については、もとより課税をしない趣旨が条例の中に明らかになっているわけでございます。  第二に、入場税との関係でございますが、入場税は国税であり、しかもまたその使途について何らの制約もなされていないわけでございまして、何に使おうと自由な一般財源でございます。他の目的を持った税が、国税を課さない部分についても課税をするという場合にはいろいろ例があるわけでございまして、そのことは別段違法の問題にはならないというふうに考えております。  第三に、義務教育の生徒にまで負担をかけることは避けるべきではないかという御意見でございます。これはもとよりできる限り義務教育の生徒には負担をさせない方が私たちも望ましいと思っております。しかし、京都市の考えております問題は、税を徴収するけれども、それを財源にして義務教育の生徒にも施設の充実を通じて還元をしたい、こういう考え方を持っているようでございまして、一例をあげて申しますと、観光資料館というものを作り、一般には公開されていないような桂離宮や修学院の模様もフィルムを通じて伝え、その他の観光資材についても多くのフィルムを集めて、京都を訪れた人たちには無料で公開をしたい、こういうような計画もその案の中に持っているようでございます。従いまして、相互比較検討して、それが適当であるかどうか判断せらるべき問題であると思うのでありまして、違法という問題とは別個の問題だというふうに思っております。第四に、わずかな拝観料しか徴収していないところについてまで五円、十円の課税をすることは酷ではないかというお話でございますが、そういう点につきましては私たちも同感でございます。従いましてまた、拝観料が非常に低額であり、しかも拝観する人たちが年間を通じてわずかな場合には、社寺の経済に与える影響も考慮しなければなりませんので、そういう範囲は課税からはずした方が適当ではないかという意見を事前に京都市側に伝えておりまして、京都市もそのような考え方で相当多数の対象物を課税から除外したようであります。第五に、寄付金の問題でございます。私たちも課税をしようとする側と徴税の便宜を受け持つ側とできる限り円満にやってもらいたいものというふうに存じているわけであります。ただ、お話のように社寺側は寄付金ならという気持を持っておられるように私も推察をしております。しかし、京都市側では、寄付金では不明朗で困るという気持を強く持っておられることも事実のようであります。私たち租税の問題を扱って参る者から考えました場合には、やはり寄付金という形は不明朗だというふうに思っております。しかし、京都市と社寺側とが寄付金という形で事を運ぼうとするのをあえて拒もうとかいう意思は毛頭ございませんで、自治の問題でございますから、法に許されいる以上にいろいろと干渉がましいことを市側にいたして参りますことは十分慎しむべきだという考え方を基本的には持っているわけでございます。なぜ京都市側が不明朗でいやだと言うのかと申しますと、かりに観覧料である程度の収入をあげて——しかし観覧に行った者はそのうちどの程度が税として負担され、どの程度が社寺の維持その他のものに使用されているかということがわからないわけであります。しかもまた、寄付金でありますと、人数のいかんによらずその額がきまっているわけでございますから、観覧料収入が社寺側において適正に使用されているかどうかということにつきましても十分な批判が下せないというような問題にもなるわけでありますので、市側としてはぜひ税の形でいきたいのだ、税という基本をのんでもらって、できる限り社寺側の希望も入れたいという考え方でおられるようであります。社寺側は税という形では一切いやだという考え方でおられるようでありまして、そこに基本的な対立があるように私たち承わっているわけであります。しかし、もとより今後ともどうか円満に運営されるような見通しが得られることを私たちとしても深く期待をいたしているものであります。
  95. 福田繁

    福田説明員 観光税の問題について文部省の考え方を申し上げたいと思います。  この問題が起きまして自治庁当局から文部省当局に内々御相談がありました際に、文部省としては、関係の担当官が集まりまして研究をいたしました。文化関係につきましては、担当の文化財保護委員会の岡田局長が見えておりますから、岡田局長から申し上げることにいたします。私は文部省自体の問題について申し上げたいと思います。  一応研究いたしました結果、われわれといたしましては——今奥野さんからお話がありましたように、自治庁としては今申し上げたような態度で臨んでおられますが、文部省としても、観光自体を市当局がおとりになることについては別に異議を差しはさむ筋合いのものではないという建前をとったのであります。しかしながら、その内容についていろいろ研究の余地があります。一つは、先ほど世耕委員がおっしゃいました学校の生徒、児童の問題でございます。この問題につきましては、学校の生徒、児童、特に義務教育の子供が修学旅行その他で社寺等を見学することは教育の一環でございまして、特に現在の社会科ではそういったことを奨励しているわけでございます。従って、そういう場合に観光税の対象として子供から税金をとることは適当でなかろういうことで、できれば生徒、児童をそういった税金をとる対象からはずしていただきたい、こういう希望を持ったのであります。  もう一点は、宗教の問題でございますが、これは純粋に観光料、拝観料と申しましても、寺や神社におきましてはいろいろケースが異なっております。従って、ある場合には、志納金だとかあるいは初穂料だとか、いわゆる宗教的な信仰から出て参りますものがあるわけでございます。そういうものを厳密に一般の観光料、拝観料と区別できるかどうかということ、これは徴税技術の問題もあるかもしれませんが、非常にデリケートな問題がありますので、そういういわゆる志納金だとかあるいは初穂料といった宗教的信仰にいずるものは対象にしない方がいいんじゃないかという考えを、研究の結果持ったわけであります。それらについては十分慎重に研究していただきたいということを自治庁当局にも申し上げ、従って、自治庁当局は、これらの問題につきまして文部省と相談した結果を、一応、七月の十日でございましたか、京都市長あてに自治庁の考え方として通達いたしております。それに至りますまでは自治庁と十分連絡をとりましてやってあるのでございます。  しかしながら、その後におきまして、八月の十七日でありましたか、市当局が市議会で可決されたという京都市の条例案を一応見たのでございますが、これはまだこまかい点を立案者に伺わないと十分わからない点もありますけれども、その通りになっているかどうかということは疑問だと考えております。従って、文部省としては、と変らない態度で考えております。
  96. 岡田孝平

    ○岡田説明員 文化財保護の見地からお答え申し上げます。  京都市でとろうといたしております観光税は、文化財保護の見地から言いますならばまことに遺憾でありまして、この税金をとらないことを実は希望いたしております。それは、できる限り多くの国民が文化財を鑑賞する機会を得ることを期待する文化財保護法の趣旨から申しまして、やはり税金はとらないことを希望するのであります。現在社寺側で観覧料をとっておりますが、これも本来ならばとらないのを希望するのでございます。しかしながら、文化財の平常の管理に相当の経費を社寺側が負担しておりますので、その必要の限度において観覧料をとることも、これまたやむを得ないのでございますが、それにつけ加えまして税をとることは好ましくない、かように考えております。また、さような文化財の公開の際には、公益性を認めまして、国におきましては入場税はとらないのでございます。たとえば国宝の公開、史跡、名勝、天然記念物の公開あるいは無形文化財の公開といった場合には、入場税をとらないことになっております。従って、さような精神から、観光税は好ましくないというように考えております。しかしながら、京都市側でこれを決議されまして、また自治庁におきましてもこれを認可するということでありますれば、これは私どもの権限外でございますから、やむを得ない。さような場合には、少くもこの税の運営に当りまして、文化財の保存、修理、文化財の防災施設等の整備あるいは管理、そういう文化財の保存、管理の費用に優先的にこの財源を充てていただきたい、かように存じまして、この旨を京都市側にもたびたび申し入れをしておる次第でございます。私どもの考え方は以上の通りでございますが、実際におきまして社寺側と市側となかなか意見が合いませんで相当問題を起しておるのでありますが、これらの問題もできるだけ双方の話し甘いによりまして円満に解決し、将来文化財の保存管理に遺憾のないように運営していただきたいと考えておる次第であります。
  97. 世耕弘一

    世耕委員 一応御説明を承わりましたが、結局古文化保存という意味から現在の拝観料もやむを得ずとっておるということなんです。やむを得ずとっておるところへ、また今度は課税するということは、すでに不当であということが言える。この点、できれば現在とっておる拝観料も無料にしたいということが古文化財保存の建前であると思う。それを拝観に来たやつをつかまえて税金をさらにとるのだということは不都合だということは簡単に論断できると思います。この頭でものごとを処理する必要があるのではないかということが一つ。もう一つは、今文部省側の意見を聞きますと、それだけの税金をかりにとるとするなれば、観光財保存に重点を置いてほしいという意見がある。これはごもっともなんです。ところが、京都市が税の目的をABCに分けたのを見ますと、観光財保存には一千四百万円しか組んでない。国際文化観光会館の建設に四億五千万円を計上しておる。非常に矛盾しておる。逆なんです。むしろ観光財の保存のために四億五千万円を使う、そうして観光会館にその一千四百万円を割り当てるというなら筋が通ると思う。御本尊を無視して鳥居だけ金をかけるという理屈になる。ここに大きな矛盾がありはしないか。しかもこの計画は七年半を通算してこの数字が出ておるのであります。そうすると、税の目的は、拝観するものをほうっておいて、拝観に来た人だけを扱うところに大きな金をかけるという、目標に矛盾があるということが指摘できる。この点は十分自治庁で御検討が願っておきたいということをこの面で申し上げることができる。  それから、どうも税でないとややこしいところがあるから、どうしても寄付金じゃ困る、こういうことを主張する。そこの点にどうも矛盾がある。明快を欠いていると私は思う。観光施設以外のいわゆる道路、橋梁の修築援明というのは市の直接の関係で、これを古文化財の収入から得ようということは目的が少し離れていると私は思う。市は別な面でこの収入をはかるべきである。それを七千九百五十万円取っておる。そうして観光財の保存には一千四百万円。観光資料館の方に設備費を二千二百四十万円。むしろこういう観光財保存並びに観光資料館の設備のようなものに重点を置けば、この目的は理解できると思う。この間に矛盾があると思うが、自治庁はこの点についてどうお考えになっておるか御説明願いたいのと、もう一つは、市当局の意見と同時に、京都府の知事として何かこれに対して見解を表わしていないかどうか。市の当局のやっているのは妥当なりという見解をあなたの方へ言ってきたか、あるいはまたそういう進達がないかどうか、この点を伺っておきたい。
  98. 奥野誠亮

    ○奥野説明員 第一点は、社寺側がやむを得ず拝観料をとっているものであるにもかかわらず課税をすることは不当ではないかという御意見でございます。御承知のように、現在地方自治団体のやろうとすることにつきましては、できる限り中央政府は干渉がましい態度をとらないで、かりに混乱をしても混乱しながら自治の発展を育成していこうじゃないか、こういう建前をとっていることは御承知の通りでございます。地方税制につきましても、新しい税を作ろうとする場合には自治庁長官の許可を得なければならないわけでございますが、原則として許可を与えなければならないのだという建前をとっているわけであります。この基本点を御了承願っておきたいと思います。あと私がお答えいたしますことは、どうしても、この税を許可しようという方針を一応きめておるものでありますから、市の立場を弁護した形のお答えになるかもしれないと思います。従いまして、違っている点は他の方面からお答えいただけばよろしいというふうに考えます。  御承知のように、別途国会で京都国際文化観光都市建設法が制定されておるのでございます。そして京都市の観光施設を整備するために国その他は必要な援助を京都市のために与えていかなければならないのだ、こういう立法がございます。これに基いて、京都市としましてもいろいろ苦慮されていると思うのでございますけれども、遺憾ながら財源がないわけでございますので、国も十分なものを与え得る余裕がないということになるのかもしれません。それだけにまた、半面京都市としては、多数の人たちがこれらの文化観光財をめぐって京都市に出かけて参るわけでございますので、それなりに休憩所を作るとかあるいは道路を整備するとか、あるいはさらに進んではもっと有効に文化観光財に親しめるように設備を拡充したいというふうにお考えのようであります。社寺側がやむを得ずある程度の負担を文化財を鑑賞する人に求めざるを得ないような事情がやはり京都市についてもある、こういうような同情的な見方ができるのではないかという、ふうに私たちは考えておるわけでございます。  第二の、目的税として考えるならば文化観光財の維持に重点を置いて使用していくべきではないかという御意見でございます。これももっともなことだと思うのでありますが、観光財の維持につきましては国からも相当の補助金が交付されているわけでございます。正確に承知しておりませんが、たしか八割くらいの率の補助になっておったのではないだろうかというふうに思っておるわけでございます。京都市としては、おそらく、自分の財源を持ち出すけれども、国の補助金を将来にわたって相当期待しているのではないだろうかというふうな考え方をいたしております。  なお、文化観光会館の建設のために多額の金が費される、このことを不当とは思わないかという御意見があったように思うのであります。私の聞いておりますのは、京都で二千人をこえる会合をしようとする場合には、京都大学の講堂以外にはそういう施設がないそうでございます。従って多人数が寄るような会合は京都市で持ちたいと思っても持てない、こういうことでいろいろな会合が流れている、そこで、多人数の会合でも京都でできるような施設をして多くの人たちに今までよりも一そうに京都市の文化観光財に親しんでもらうように持っていきたいのだ、こういう話でございます。ことにりっぱな国防的な会合もできるような施設も整えたい、そして広く世界各国から多くの人を京都に集めるようにし、同時に文化観光財にもっと多く親しんでもらうようにしていきたい、こういう意見を京都市側から聞いておるのであります。それもまた一つの行き方ではないかと存じておるのであります。  第三に、知事側からの意見が来ているかという問題でございますが、今週早々には京都府知事の意見をつけて正式に書類を自治庁の方に持ってくるという連絡はございますが、内容につきましてはまだ承知いたしておりません。
  99. 世耕弘一

    世耕委員 あなたと議論をするつもりではございません。御説明よくわかりました。実を言うと、国宝級に属する古文化財並びにそれに類するような貴重な文化財が、今の予算が足らずして放棄されている、そうして荒廃に帰しているのが多分にある。だから、京都の予算を、むしろ維持しようというなら、二千人の会館を建てる前にそういう点に重点を置くべきじゃないか。せっかく国際会館がりっぱなものができ上ったときには、どこか文化財は割れてしまってかけらもなくなってしまったというようなことが相当できるのじゃないか、現にそういうお寺かずいぶんあるのだ、こういうふうに私は考える。そこをもう少し掘り下げて行っていただかなければならぬ。  それから、京都市の市長、市会なり、自治庁は、どうも京都のお寺は金持ちだ、もうけているぞというねらいを持っているのじゃないかという感じがする。それはもうけたお寺もあるでしょう。また金持ちのお寺もあるようだけれども、平均してみて貧乏寺が多いのじゃございませんか。その貧乏寺で文化的価値のあるものをむしろ最初に再建し拡充し保護していくということに還元していくというなら、私はこれ以上議論する必要はないと思いますが、その点が少し転倒しているように思われる。この点はなお御研究を願いたいと申し上げることと、それから、税をとるのがいやだとか出すのがいやだという議論をするよりも、結局それだけの設備ができたらいいのでしょう。それなら、一つ自治庁が中に入って、話し合いで円満に片づける方法があるでしょう。金を出すのがいやだというのじゃない、話のつけようによっては出します。協力しますというふうに私は考えている。それなら、税というようなしかつめらしい話じゃなしに、お互いに話し合って円満にいく方法があるならそれが文化財を処理する上においての最も理想的な方法である。法律一片でものを片づけていく行き方は、少くとも京都にあるまじき騒動だと私は考えている。どうぞその点を十分考慮に入れていただきたいということを希望いたします。私の質問はこれで終ります。
  100. 高橋禎一

    高橋委員長 佐竹君。
  101. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 私はほんの二、三点お尋ねしたいと思います。本日私どもの手元に日本宗教連盟、全日本仏教会、神社本庁、京都古文化保存協会、奈良古文化保存協会、日光社寺関係団体等から陳情が参っておりますが、これによりますと、「私共は宗教法人並に交化財保護の立場から極力之に反対し、文部省文化財保護委員会・自治庁等に陳情した結果、自治庁より京都市長に対する内諾書に「社寺側の納得が得られるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」という条件が附せられたにも拘らず、市長はこの方面には手を尽すことなく、只専ら立法措置にのみ努力し、遂に京都市会の議決を経て、目下自治庁への許可申請を前に京都府において検討中であります。」とございますが、ここにございます。文部省並びに文部省文化財保護委会並びに自治庁等に対してただいまのような陳情がございまして、これ対して京都市長に対する内諾書が出た、その内諾書に「社寺側の納得が得れるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」という条件を付して内諾をいたしました事実がありますかどうか。それから、こういう事実があるにもかかわらず、京都市長の方においては、これらあげて反対をしております社寺側に対して何らの手を尽すことなく一方的に市会の議決を経て押し切ろうという場合においても、なお自治庁は許可を与えなさるお気持でありますかどうか、この点を伺いたいと思います。  さらに、いま一つ、先ほど文化財保護委員会の委員長お話によりますと、観覧料を取っておるということでありましたが、この陳情書によりますと、「七月二十五日以降有料拝観を廃止し、拝観謝絶・制限公開・無料公開等の形を取り、現に課税の対象とはなっておりません。」と書いてあります。こういう事態であるにもかかわらず、なおどうしても税をとらなければならぬとお考えでございましょうか、これを承わりたいと思います。
  102. 奥野誠亮

    ○奥野説明員 京都市側が条例を制定します前に社寺側と十分協議懇談をしたかどうかという問題、京都市側からは十分手を尽したのだということでいろいろな資料を届けておられます。しかし社寺側としては協議懇談がないじゃないかということで非常に憤慨をしておられます。従いまして、京都市のとって参りました態度が社寺側としては協議懇談を尽したというかっこうのものでなかった、こういうように考えておられることは、これは事実だろうと思っております。京都市としましてはいろいろな手を通じましていろいろと懇談をしてきた、しかし、社寺側から承わりますと、われわれを集めておいて条例を一方的に説明しようとした、これじゃ協議じゃないじゃないか、押しつけようとしておるじゃないか、こういう御説明も聞いておるわけであります。なお、市会に上程されましてから、総務委員会に付託され、総務委員の人たちが各社寺を訪れまして社寺側の意見を個別に十分徴されておったようでございまして、その結果は市会におきまする条例案文の修正になって現われてきているというふうに思うわけであります。市会のとった態度につきまして別に社寺側からどうこうという非難が上っておりませんところを見ますと、これは大体社寺側もその誠意は認めておられるのじゃないだろうかというふうに私たちも考えておるわけであります。  かりに社寺側が反対であっても自治庁は許可をするのか、こういう御意見でありますが、先ほどもちょっと触れましたように、地方団体が新税を設けようとします場合には自治庁長官の許可を受けなければなりません。しかし、主としてこれは他の諸税との間矛盾等を避ける意味において許可を必要としているだけのことでありまして、そういう特別な法定事項に該当するような事柄のない限り、むしろ自治庁長官は積極的に許可を与えなければならない、こう立法されておるわけであります。社寺側と京都市との間でいろいろもんちゃくを起しながら、住民の批判も高まっていくだろうし、そういう過程を経ながら民主政治の基盤が確立されていくのじゃないだろうか、こういう考え方に基いて、こういう地方自治あるいは地方税制に関する立法がなされていくのだろうというふうに私たちは考えておるわけであります。現在、さきに京都市に対しまして回答いたしましたように、許可を与えるという方針はとっているわけであります。しかしながら、自治庁といたしましても、できる限り、せっかく設けられる新しい措置につきましては、円滑に行われることを期待いたしたいわけでありまして、ことさらに紛議を巻き起すというようなことはできるなら避けたいわけであります。しかし、まだ正式に書類を受け取っておりませんので、協議懇談の形がどういうことであったのか、その辺のこともやはり書類を見たいという気持でおるわけであります。許可をするという方針はきめておりますが、他面できる限り円満に運営してもらいたいという期待感は今日といえども変りはないわけでございます。
  103. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 修正して許可を与えるといったようなことはできますか。また、自治庁において勧告をして、両者の間に立って認定の労をとって、円満に処理できるような修正案でも作って、これに落ちつかせるような、そういったような努力をなさいますことができるものか、あるいはまたそういうことをなさろうというお気持があるかないか、それをお聞きいたしたいのでございます。先ほど申し上げました、七月二十五日以降は有料拝観は一切廃止しているようでありますが、こういう事態に対処いたしましても、なお税の形においてとり立てようとなさいますかどうか。  いま一つ、先ほど世耕委員からすでに質疑応答で大体明らかにされておりましたが、一方国からも補助金が出ております。これら社寺団体においては補助金でもって相当満足をいたしておりまして、別に有料拝観などといったようなことにせずともよろしいと腹をきめているようでございますので、この点は御考慮あってしかるべきではないかと思いますが、この点いかがでございましょう。
  104. 奥野誠亮

    ○奥野説明員 自治庁長官が許可を与えます場合には、条件をつけたりする等のことができるような規定になっているわけであります。それじゃ条件をつける意思があるかないかというような問題になるかと思いますが、先ほど世耕さんからちょっとお話がございましたように、寄付金で問題を処理するということになって参りますと、自治庁としては立ち入るわけにいかないじゃないだろうかというふうに存じているわけでございます。寄付金という形でなしに、何か社寺側から御意見がございましたならば、できる限り私たちとしても教えていただきまして、円満にいくものなら円満にいくようにいたして参りたい。しかし、寄付金という形でなければならないということになって参りますと、われわれとしてもさじを投げざるを得ないのではないかという感じでございます。京都市から書類が出て参りましたならば、さらに事情を検討いたしまして善処して参りたいというふうに存じております。
  105. 佐竹晴記

    ○佐竹(晴)小委員 もう一問だけ……。先ほど、これは否定なさいませんでしたから、結局市長に対する内諾書、「社寺側の納得が得られるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」、こういうもし内諾書が与えられたといたしますならば、これに食言するわけには参るまいと思います。ただいまのお言葉によりますと、自治庁としては市会の方において議決して申請してくるならば、一応これに許可を与えるのが建前である、こうおっしゃるのでありますが、もしそういう建前であるといたしますならば、別に内諾書を与えて、それに「社寺側の納得が得られるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」などとおっしゃる必要はないと思います。おそらく内諾書の「社寺側の納得が得られるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」という中には、自治庁自身も、直ちに市会の議決をそのままに許可を与えていいかどうかということについて十分考慮を要する余地があると同時に、またさらにそれに条件等を付する必要のある場合、修正をせしむる必要のある場合等をも予想されて、そこで「納得が得られるよう事前に充分の協議懇談を尽すこと」、こういう内諾書が与えられたと思います。そうして、その内容も、世耕委員からの質疑応答に現われておりますそれらの内容に触れたものと見なければならぬと考えますので、ただいま社寺側から法務委員会にまでこうした陳情書が参っておりまする事態を洞察いたしますならば、しかもこれがあげて反対をいたしておりまする事実に徴しますならば、この問題はまだ円満に納得が得られるよう十分協議懇談が尽されておるものとは思われませんので、自治庁として最後に許可すべきか、あるいは条件を付すべきかどうかということについては、いま少しく慎重に御検討をいただきまして両者の納得がほんとうに得られるように十分懇談を尽して、その結果によって善処されんことを私は切望いたします。これ以上は申し上げません。
  106. 高橋禎一

    高橋委員長 他に御質疑がなければ、本日はこの程度にとどめ、散会いたします。    午後三時二十一分散会