○
稲葉参考人 はなはだ重要な問題でございますが、簡単にお答え申し上げたいと思います。
北海道について、私が先ほどややリコメンドしたやり方と、国の自立五カ年
計画とのやり方が、食い違っているのではないか、この点は先ほど岡田さんが御指摘になった
通りであります。私は三年ほど前にアメリカに参りまして、コルム博士に親しくお目にかかったことがございます。その後コルム方式が採用されて、国の自立
経済計画の基礎になった、こういうことも
承知しておりますし、また私はその
委員会の
仕事に参加をしておるということも事実であります。しかしコルム方式なるものは、御存じのように
一つの目標
計画にすぎないのであります。ちょうど五カ年、六カ年後に
日本の
人口がこれだけになる、これに対して職業
人口がこれだけだ、労働力率がこれだけだ、そして労働生産性がこれだけだ、それを収容するためには、
産業水準はこの
通りでなければならない、といったことをただ想定をしたという
計画にすぎないのであります。そして現実との間に、一応
ほんとうの
意味の橋はかかっていないということであります。ちょうど私は、昭和二十二年から二十三年にかけて、連合軍総司令部と折衝する、そして
日本の
経済の長期的な目標を立てる、さらに対外援助あるいは賠償の緩和を要請する、こういったような含みもございまして、第一次あるいは第二次五カ年
計画、
経済復興
計画を作るという
仕事をしたのでありますけれ
ども、そのときの方式とやや違いますが、結局は同じことであります。しかしあの当時は、御存じのように
日本の
経済はまことにこんとんとしておった、
国民の生活は非常に不安にさらされておった、しかもその不安の上に、ある程度賠償のための強い撤去が要請せられる、しかもわれわれは平和な形において将来生きようとしても、ある程度重工業、化学工業を持たなければ、
日本は自立をしていけない、そういったようなときに、ある程度目標を与え、方向を与え、また賠償の緩和を要請したり、あるいは在外
資金がないわが
日本といたしまして、やはり立て直りの
資金を要請するというふうな方式は、あの当時においては
相当現実的であった。しかし今日のように、もはや
経済水準がここまで大きくなってきた場合においては、むしろその六カ年目にこうなる、その六カ年目にこうなるけれ
ども、現実とはそれはほとんど橋渡しがない、しかも、
経済企画庁長官がその六カ年
計画の実績というのを国会で御報告になっておりますけれ
ども、
経済企画庁というのが、どの程度予算を指導したか、どの程度
産業投資を指導したかといったようなことに対しては、ほとんど何もない。こういったような
計画を国が作り、またそれを発表し、それを実行したと称することは、実際どうかと思うのであります。そうであるとするならば、むしろ、
ほんとうの
意味の総合
計画は、別の
方法論で行われなければならない。別の
方法論というのは、むしろ現実を中心にして、あまり数字に中心を置かないで、現実の手がかりから
プラス、
マイナス、いろいろな道を変えることにおいて、どの程度までわれわれの
経済が合目的的になっていくか、それの障害は何であるかということを始めるということが、
ほんとうの
意味の
経済計画でなければならないと私は考えます。万全の方式ではございませんけれ
ども、私はそういう
意味において、
経済六カ年
計画をやり直してほしい。だから、はっきり申せば、目標
計画と積み上げ
計画、その両方をにらんで、そしてむしろポリシーに中心を置いた
計画をやっていただくということが、つまり
日本の今後あるべき自立
計画であり、総合
計画であるのではないかと思います。そういったような
意味において私は
北海道の
計画もあってほしい、こういうふうに思うのであります。
そこで岡田さんに申し上げたいのですけれ
ども、先ほどちょっと第一次五カ年
計画の話を申し上げました。私は
北海道開発審議会の委員ではございませんけれ
ども、
札幌の方でそれの原案をお作りになるときに呼ばれまして、そうして道庁や知事さんの御諮問にあずかって、そうしていろいろリコメンドしたことがあります。そこで私は申し上げたいのですけれ
ども、あのときの五カ年
計画が、私は国から与えられるであろうところの予算及び投
融資の
計画から見て、あまりにも大き過ぎるのじゃないか。つまり大きい
計画を作って、夢を与えるということが
ほんとうの総合
計画なのか、少い金であっても、できるだけ一歩々々確実にこれをやっていくということが五カ年
計画なのか、となりますと、私はつまり後者の方式の方が合理的じゃないかということを、その当時にもはっきり申し上げたことがございます。決して国の
経済バランスの上からは、先ほど申し上げましたように、
北海道の
人口吸収を将来は千万人にする、そのために
日本の国をあげて
北海道を支持する、という方式にはまだなっていないのですよ。そうでしょう。そのなっていない現実から申しますと、
北海道の、
日本の内部におきまする
財政投資のあり方は、やはりだんだん上向いております。現に
北海道の
経済が最近やや好転しているという裏には、国の
財政投
融資が非常に強いという事実もあるわけです。しかし、これを合目的的に言えば、十分なものでないことは、それは私はわかります。しかし、どうしても
北海道を
開発しなければならないとするならば、現実の資本をどういうふうに使ったら一番
プラスになるかという
意味の
計画を作ってほしい。その
意味におきまして、私は来年度からお作りになりますところの、三十二年度からの五カ年
計画におきましても、そう大きな
計画を作って、そうして五年、六年後には
北海道はこうなる、しかし現実においては三〇か四〇%しかできないという
計画をお出しになるということは、よほど少くしてほしい、こういった
意味のことを申し上げております。たとえば漁港にしましても、港湾
計画にしても、もっと別のやり方をすれば、うまくやっていけるという方式が私はたくさんあるように思うのです。それをまず考えていただいて、そうしてそれを上積みしていく、
——行政機構の改革もいいけれ
ども、むしろ真に
北海道のことを思われる方が、それに上積みをして、
責任をもって、今度はこういう
お金をつけるというやり方は、私は
北海道を現実的に真の
意味の
プラスにすると思う。その間に国の方針をきめて、ほかを削っても
北海道に
重点を置くんだという方針をおきめになり、そのかわり、ほかの
地域はある程度がまんをするということでなければ、
国民の税金負担はたまったものではない。そこまでの論証は、決して
北海道からなされていないと私は思うのです、
黒沢さんは五十年
北海道においでになったかわかりませんけれ
ども、
ほんとうの
北海道の
経済の成長率、投資
効果、そういうようなものを
経済学的に裏づけになって、十分御証明になっていただきたいと思います。そうしたら、
国民はやはりついていきます。そういったような方式を僕はやっていただきたいということで、私の申し上げましたことは決して矛盾をしているとは思いません。
それから第三の、
北海道の
開発をするときに、外資を必要とするかどうかという問題であります。私は、それは国内
資金で
北海道が
開発されれば一番望ましいことだと思います。しかし国内
資金で、ほかだってやはり
開発していかなければならぬのですから、どうしてもそれがだめだとするならば、世界銀行の金を借りるということも、決して何から何までだめだと言う必要はないのじゃないかと思うのです。要は、それを
ほんとうの
開発の
意味と、将来の
産業開発や道民生活の向上に使っていただけるとするならば、そう形式ばって議論をする必要はないじゃないかと思います。