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中田吉雄君 それでは時間がありませんので、最後に……。自由党とされても、今二百三十名の過半数に達しない現状においては、何らかの局面の打開をされなくてはならんと思うわけです。私はやはりこれは先の
中山議員とは
反対に、何と
言つてもこのあとの総選挙のときに打出した各党の
政策は違うのだから、その際には総選挙をや
つて、やはり信を
国民に問うて、政界の再編成をすべきである、
吉田総理にやめてもらいさえすれば保守三派が一緒になれるんだというようなことは、選挙をやらずに保守三派が政権にありつこうとするところの、現
政局を混乱させるところの私は非常に重大なものだと思うわけであります。そういう点からして、もう
吉田総理とされても、これほど行詰
つたら、一遍
吉田総理は二百二十名を提げて野党に下
つて、一遍野党の冷飯を食
つて、刻苦精励して出られることが……、私は自由党の悲劇というものは野党の悲しみを知らないことたと思う。もうこれほど混乱しても、又何とかして政権を盥廻しして、一遍も野党にならずに万年与党のようなことをやろうというところに非常に自由党
議員の磨かれない点もありますし、私はこの点は
吉田総理が、どう党の運命、
日本の民主
政治に対して対処されるか、私は今政界刷新というような美名の下にやられているのは、総選挙をやらすに、どうして保守三派が政権にありつくかという非常にさもしい根性だと思うわけであります。又自由党の唱えられているこの新党樹立というようなことも、やはり解散をやらずに、指導権を持ちながら
政局を安定させようとする政権の盥廻しだと私は思うわけであります。そこでもう一遍私は
昭和二十三年の十月九日、民自党大会において第二次
吉田内閣を作られて、
吉田総理が意気揚々と党員に訓辞された言葉をここに思い起して頂きたいと思うわけであります。それは、一昨年五月、
反対党政局に立ちてより今日に至るの間、諸政とにかく我々の期待に反するもの多く、遂に昭電
事件の暴露により政変を見るに至り、
政府の面目、威信を
内外に失するの醜状を呈したるは遺憾の極である。かかる結果を生じたるは芦田
内閣の当初より無理を重ね、政権の盥廻しというがごとき、
国民の納得し得ざる言動をあえてしたためである。民主
政治においては、
国民輿論の納得すべき行動をとるべきである。誠に自由党の諸君並びに
吉田総理がこれを実践して頂くならば、
政局の昏迷はもう直ちに展開できると思
つて、我々としても拳々服膺すべきものだと思うわけですが、ところが
吉田総理は、私はもつと筋を通した、政権に恬淡とされたかただと思
つているのですが、少しこれも恐縮ですが、どうも長期政権から伴うところの出所
進退を遂に誤まられて、どうも少しや
つておられる行動が、焼きが廻
つたと
言つては恐縮ですが、非常に
吉田総理は六年近くも
政局を担当された、私はフイリピンに行かれた東畑さんの子弟としてよく知
つているのです。もう少し
進退をはつきりされたほうが晩節を汚されない私はことだと思うのですが、この
昭和二十三年十月九日の民自党大会の言葉を思い起しますと、今や自由党は政権の盥廻しを策しておられるものと思うのですが、これは
吉田総理の言を以てすれば、民主
政治においては
国民輿論が納得しないところであると思いますので、恐らく私は
吉田総理とここで対決するのはこれが最後ではないかと思うと、なかなかか感慨無量なわけですが、ここでやはり
政局に対して四つに組んだ、私ははつきりした、もうそう駈引とか、腹芸というようなこともできんと思いまするし、そういう点をはつきりして頂くことは、やはり全
国民か待望している点だと思いますので、この点お願いいたしまして、私の
質問を終る次第であります。