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政府委員(村上朝一君) この
法律案は、いわゆる接収された土地又は建物の借地権者或いは賃借人の保護のための立法でございまして、接収のために借地法、借家法による権利の更新、その他の利益を受けることができなか
つたため、借地権或いは建物の賃借権が接収中に消滅したこともあります。又対抗要件を欠くに至
つた場合もあるものと
考えられるのであります。かように接収に起因いたしまして権利を失い、又は権利の対抗要件を欠くことになりました借地権者や借家権者に優先的な土地或いは建物の賃借権の一方的な申出による取得を認めて、これらの消滅した権利を実質上復活させ、又借地権の存続期間を延長し、或いは土地につきましては登記、建物につきましては引渡しという対抗要件がなくても、借地権、建物の賃借権を以て、第三者に対抗することができるようにする等の措置を講ずることによりまして、これらの借地人、借家人の救済を図ろうというものでございます。で、接収に起因いたしまして、借地権或いは建物の賃借権を失うに至
つた方々は誠にお気の毒でありまして、借地人、これらの旧借地人、借原人の救済ということは誠に御尤もだと思うのであります。
ただ、この
法案につきまして技術的に検討いたしますと、いろいろな難点もあるかと思われるのであります。私
どものほうから先に衆議院のほうに申し出ました
意見のほかに、或いは弁護士会或いはビルデイング協会その他地主の方々からの
批判的な
意見がいろいろ出ております。で、それらを総合いたしまして御紹介申上げたいと思いますが、本日お手許にお配りいたしました各方両の
接収不動産に関する
借地借家臨時処理法案に対する各方面の
意見要旨というものにまとめてございます。で、この
法案のようにすでに消滅しました借地権並びに借家の権利を元の権利者の申出によ
つて一方的に復活させ、又は借地権の存続期間を一方的に延長する措置を講じますと、接収当時の所有者、或いは少くとも接収解除当時の所有者だけならばいいのでありますけれ
ども、その後権利者が変
つておる場合も相当ある。土地建物の現在の所有者その他土地建物について正当に権利を取得しておる第三者に不測の損害を与える虞れがあるので、何ら責むべき事由のない現在の正当な権利者の犠牲において、元の借地人、借家人の救済を図る結果となるのであります。従いまして少くとも現在の権利者のこうむることあるべき損失を最少限度にとどめる措置が別に
考えられないと、
憲法の財産権の不可侵を保障いたしております
憲法の精神に違反するのではないかという疑いも生じて参るのであります。又、この
法案におきましては、借地権及び建物の賃借権について
一般に権利変動の公示
方法として用いられております不動産登記、或いは建物の引渡等を要しないで第三者に対する対抗力を認めるということになりますと、権利関係の混乱を来たし、取引の安全を害する虞もあるのであります。
この
法案がお手本としております
法律は、罹災都市
借地借家臨時処理法という
法律がございます。この
法律の条文にかなりなら
つておるように見受けるのでございます。この
法律は申すまでもなく、戦災直後の極めて資材その他が不自由でありまして、都市の復興を何よりも先ずやらなければならんという
状況の下におきまして作られた
法律であります。都市の復興のためには、建物を建てる能力がある人には成るべく建てる機会を与えようということが
根本問題であ
つたのであります。当時とは経済事情も著しく変
つておりますし、当時としてはこの
法律の規定が止むを得ない異例の措置として是認されたといたしましても、現在の事惰の下にこれと同
趣旨の立法をすることが必ずしも常に妥当であるとは言えないということも
考えなければならんのであります。
なお、この罹災都市
借地借家臨時処理法は終戦直前の立法であります戦時罹災土地物件令のあとを受けた立法でありまして、当時の
状況から申しまして、その規定自体善意の第三者に対して不測の損害を与える可能性も少か
つたばかりでなく、当時の経済事情の下では、土地に関する権利関係の変動も
余り頻繁でなか
つたという
状況であ
つたのに反しまして、今回の
法律案につきましては、罹災都市
借地借家臨時処理法に対する戦時罹災土地物件令、これは
国家総動員法に基く勅令でございますが、こういうようなこれに先行する事前の措置がなく、又接収解除となりました土地建物もすでに相当数に上
つておりまして、解除後新たに相当な対価を支払
つて土地を手に入れたというような地主も多数できておるので、現在の罹災都市
借地借家臨時処理法制定当時とはかなり事情が変
つておるということも
考えなければならんと思うのであります。又罹災都市
借地借家臨時処理法におきましては、借地権の第三者に対する対抗力を認めておるのであります。同法の第十条におきまして、「罹災建物が滅失し、又は疎開建物が除却された当時から、引き続き、その建物の敷地又はその換地に借地権を有する者は、その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても、これを以て、
昭和二十一年七月一日から五箇年以内に、その土地について権利を取得した第三者に対抗することができる。こういう規定があ
つたのであります。そしてこの
法案におきましてもこの規定を踏襲しておるわけでありますが、土地を買います場合には、その土地が誰の所有であるか、果して売主の所有であるかどうかということのほかに、その土地の上に借地権があるかどうかということを先ず登記簿について調べるわけであります。登記簿に借地権の登記がなければ、借地権はないものとして安心して土地を買うことができます。又地上に建物があります場合には、その建物について登記がされているかどうかということを建物の登記簿について調べます。建物について登記がしてありますと、借地権の対抗力が出て参りますけれ
ども、建物がない、或いはあ
つても建物登記がしてないというときには、仮に借地権がありましても、買主は借地権がないものと安心して買うことができるわけでありまして、この場合の借地人を保護するというのが現在の法制の建前にな
つておるわけであります。
只今申しました条文は取引の安全と申しますか、
只今申しましたような土地を買う人の
立場を保護するという現在の原則的な法制に対する極めて異例な措置でありまして、先般
昭和二十一年七月一日から五カ年以内というこの期限を延長してもらいたいという陳情が衆議院のほうに出たことがございます。その際延長するかどうかにつきまして、これは争いが起れば、
裁判所の事件になるわけでございますから、
裁判所の
当局者にも来てもら
つて意見を聞かれたわけでありますが、そのときに
裁判所のほうから説明されたところによりますと、更地を買
つて借地権がないものと思
つて安心して建築をやろうとするきとに、実は借地権を自分は持
つているのだという人があとで現われて、いろいろな紛争が起り、中には果して借地権者であるのかどうか頗るあやしいけれ
ども、それを簡単に早く片付けて建築を進めて行くためには、何がしかの示談金を出さなければならんという事件が相当多数あるというような実情も説明されまして、かような異例な規定は終戦後五年以上を経たときにな
つて、こういう異例立法の期間を更に延長することは妥当でないということで、この罹災都市
借地借家臨時処理法の第十条の規定に定めております五年の期間の延長は行われなか
つた例もあるのであります。この
法案によりますと、第八条に同
趣旨の規定があるわけでありますが、而もこの起算日が接収解除の公告の日ということになりますので、
一つの土地ごとに果していつ接収解除の公告があ
つたかによ
つて期間の算定が土地ごとに違
つて来るわけでありまして、罹災都市
借地借家臨時処理法が一律に期間を定めておるのに比べまして、一層取引の安全を害する慮れがあるのではないか、かように
考えるのであります。
そのほか逐条については先ほど申上げました書類の第二以下に書いてございます。要するに私
どもといたしましてもこれらの借地人、借家人を保護する措置が望ましいという点におきまして全く同感でございます。そのこと自体少しも
反対する気は持
つておらんのでございますが、
法案の内容につきまして技術的にいろいろ検討すべき問題があるのではないか、かように
考えておる次第でございます。