○
説明員(
石井昭正君) それでは七頁でございまするが、これは過去数ヶ年間におきます
工事経費がどういうふうに使われて来たかということでございまするが、結局この
一般設備の取替えに当る分は一向殖えておらないということでございまして、結局殖えたのは
電化と
建設、こういうものが本格的に実行されて参
つたために殖えて参
つたのだということが大体おわかり願えると思うのでございます。
それから八頁の表でございまするが、これは戦前と
只今とを比較いたしまして、如何に
工事経費の
自己資金の率が少いかということを
御覧願いたいと思います。赤で書いてございます分は全部
自己資金でございます。これに。プラスされる
あとの分がいわゆる
公債を
発行してお
つたわけでございまするが、それが終戦直後からのインフレーシヨンのために、
鉄道の
経営内容は全く悪化いたしまして、同時に
政府の
物価政策というものも
一貫性を欠いておりまして、
鉄道運賃のごときものは、
財政補給をしても差支えないから上げないで置くのだというような御
方針でございました。
従つて二十年、二十一年、二十二年のごときは、これは
経営費そのものが赤字でございます。いわ んや
自己資金を以て
工事経費に充てるということはできません。結局全部を
借入資金で
賄つてお
つたわけであります。二十三年、四年になりますと、新
物価体系ということで
鉄道運賃の是正も或る
程度お認め
願つたのであります。併しながらこれも
経費を賄う
程度でございまして、到底
自己資金を
工事経費に廻すわけには参らない。で、二十四年におきまして例のド
ツジ財政というものが打ち出されまして、そのために二十五年からは
経費が完全に
独立採算という建前で、而も
公債の
発行は認めないということになりましたので、結局二十五年だけは全部
自己資金で以て
工事経費を支弁しております。勿論額は余り多くはございませんが、しております。併しながらそのためには二十四年の六月に
旅客運賃の六割、又その年の暮には、たしか十一月かと思いましたが、
貨物運賃の八割
値上げというものを行
なつて、二十五年における
運賃の
ベースは
相当上
つております。そこで漸くかような姿にな
つたのでございまするが、その後依然として
経費の
内容には、給与の改善その他の諸
経費が必要と
なつて参りましたために二十六年、七年、八年、九年と、これは殆んど第一次再
評価の線で
自己資金を抑えられておりました。これをもつと殖やして安定性のある
工事資金の充実というところまではやはり
運賃値上げということをお認め願わない限り不可能ではないかと考えておる次第でございます。
そのことは、甚だ恐縮でございまするが、ちよつととんで十五頁を
御覧願いたいと思います。十五頁はこれは資産の減耗と取替補充の
関係でございまするが、御覧のように赤で書いてございます
自己資金による
工事費の使用高は第一次再
評価の線でずつと参
つております。これが大体二十九
年度では三百三十五億でございます。これを第三次
評価の線に高めますと、約四百八十億
程度に相成るのでございます。これだけは結局取替え不足ということで、簡単に申しますと資本の会い潰しをや
つておるということではなかろうかと思うのであります。而も第三次
評価にいたしましても、
鉄道の持
つております資材は鉄或いは木材というように非常に物価の値上り率の高いものでございますので、実際の時価にいたしますと更にそれを上廻るようなことに
なつておりまして、本当はむしろ第三次
評価の線までや
つて頂きましても、なお資産の充実には事を欠くのではないかということでございます。それはその次の頁で
車両単価を
御覧願うとおわかり願えると思うのでありますけれ
ども、
車両の単価は、第三次
評価の線で換算いたしますと、大体
電気機関車に例をとりますと五千二百万円というのでございまするが、これは戦前の十一
年度の十七万七千円を二百九十四倍した
数字に
なつております。併し実際の購入価格は
只今では五千七百六十万円かかるというわけでございます。以下同じように、貨車にいたしましては五百十五倍、
電車は四百二十二倍、客車は四百四十八倍、蒸気機関車はこれは
只今作
つてはおりませんが四百二十三倍、こういうような
数字になるのでございまして、従いまして仮に第三次
評価の線で
自己資金で取替をや
つて参りますとしても、なお時価との差がある。然るに依然として第一次再
評価の線でこれを抑えられておるということは、
鉄道の施設の改善、荒廃、老朽を取替え、陳腐化による
設備を近代化いたすということになかなか前進できないということに
なつておるわけでございます。
それから次にいつも
運賃値上げにつきまして、いろいろ
お願いをいたしますときには、もつと経営の合理化によ
つて経費を生み出せという御指摘を受けるのでございます。そこで私
どものほうの
経費の構成割合を
御覧願つて個個別々に御
説明上げたいと思うのでございますが、大体大まかに分けますと、人件費と業務費と修繕費と動力費と相成るのでございますが、この割合は
御覧願いますように、終戦前は人件費は約五五%を占めておりました。
只今では二十八
年度は約四六%、二十九
年度に至りましては、これは
ベース・アップがございまして五〇%に漸く到達いたしたわけでございます。この経緯は十頁にはこれが
昭和九年から、十年、十一年と二十四年以降の
数字を比較してございますが、戦前は五五%を越しておりましたものが
只今ではずつと四〇%、丁度人件費と物件費の割合が逆に
なつております。
十一頁はこれは
国鉄と私鉄との
経営費構成割合の比較でございまするが、これはちよつと細目になりますので、その次の諸外国の
鉄道との比較、これも御覧おき願うことにいたしまして、十三頁に参りますと、これが私鉄或いは他の外国
鉄道と
国鉄との人件費、物件費の比較でございまして、結局人件費の割合は
国鉄のように低い所は殆んどない。諸外国におきましても皆五〇%を超えておるということに
なつておるわけでございますが、この人件費の節約と申しますと、結局
ベースと頭数とによ
つて決定されるものだと存じます。
ベースのほうは、これは裁定で以て国会の御承認を頂いて実施いたしておるのでございますので、結局頭数を減らすということ以外に人件費の合理化の余地はないんだということではなかろうかと思います。
それにつきましては、二十頁の職員の推移を
御覧願いたいと思うのでございますが、これを
御覧願いまするとわかりますように、
昭和十一年に比較いたしますと、
只今のところは約二倍の人員に
なつております。併しながら
昭和二十二年の或いは三年の六十万人を数えておりましたときからみますと非常な減員をいたしておるわけでございます。殊に二十四年におきまする行政整理は、
国鉄のみ本当に十万以上の
人間の馘首をいたしております。その後も毎年減耗不補充ということでや
つて参
つておりまして、二十六年に四十四万二千人になりまして、それから以後は殆んど
増加なく、業務量は増して来るのをこのままで捌いておるわけでございます。特に管理部門につきまして、は、赤い線で示してありますように、戦前におきましては二万人でございましたが、
只今は二万一千人で、ほぼ同数に相成
つておるわけでございます。
従つて昭和十一
年度では管理部門は僅かに九%ございましたが、
只今では僅かに四・七%
程度に
なつておるわけでございます。これはパーセントだけを比較すれば、管理部門のごときは、現場要員が殖えたからとい
つて殖えるべき性質のものではないから当然だというふうなお考えになるかも知れませんが、実際人員につきましても、全く同数でございます。而も
昭和十一年に比較いたしますれば、これは業務量指数を後ほど見て頂けばわかりますように、あらゆる指数で以て十一年よりは殖えておるわけでございます。業務量は殖えたにもかかわらず、而も終戦後におきましては、率直に申しますれば、いろいろの社会立法その他の
関係でどこの経営体におきましても、管理部門の業務量というものが非常に殖えて参
つておるわけでおります。それにもかかわらず二十二万一千人という
数字でや
つております。ということは、結局現場のほうが苦しいので管理部門のほうを極力割けるだけ圧縮いたして、人員の配置をいたしておるということを申上げられると思うのであります。
然らば現場の
人間はどうであるかということでございまするが、二十二頁を
御覧願いたいと思いますが、現場の職員数はこれは
昭和十一
年度に比べますと約二倍近くに
なつておりまするが、併しこのうちの二割はこれは労働基準法
関係、いわゆる業務緩和のための所要人員でございます。で、殊に
鉄道のように夜間業務、昼夜交替の多いところでは労働基準法における勤務緩和のための
人間の
増員というものは非常に大きく響いております。その結果、我々の
計算ではほぼ二割がこれに該当する
人間と申上げることができる。
従つてその二割を修正いたしますと、そこに点線で書いてございますような数になるわけでございます。ところが仕事のほうはどう
なつておるかと申しますと、業務量として考えられますものは、
一つは人トンキロでございますが一これは運んだお客さん及び貨物の量、これは三倍近く
なつております。併しながら何もお客が殖えたとい
つて人間がそれに応じて殖える必要はないということは御尤もなのでございます。次に一番大きな要素となりますのは、換算
車両キロと申します水色で書いてございまする線でございまするが、これは結局列車の
輸送力と申しますか、お客さんで申しますれば、どのくらいのまあ定員を運ぶか、貨物にいたしますれば、どのくらいのトン数を運び得るかと、結局
車両が動いた長さでございます。走
つた長さでございます。これが最も
鉄道の生産力と申しますか、生産物と申しますか、いわゆる。プロダクシヨンというものとしては番学問的にも合理的な
数字であるということに
なつておりまするが、この
数字で
御覧願いますとわかりますように、これが実際の修正した職員の数で見ますと成るほど二十二、三、四年あたりは職員が遥かに多か
つたのでございます。二十五年からは殆んどこの線とマッチいたしております。それから最後には列車の走
つた列車キロでございます。これは若干職員の傾向よりはまだ下廻
つております。そこで職員と申しましても、或る部面につきましては列車キロに比例して増減すべき性質のものもございます。これはまあ乗務員というようなものは確かに列車キロによ
つて増減すべき、大まかに申上げればそうなる。逆に人トンキロに比例して殖やさなければならん職員もございます。例えば出札係であるとか或いは改札係である、或いは荷物の受取りをする係である、通知を
発行する係りであるというものは、これは列車の本数よりは荷物の量によ
つて増減しなければならんと思います。そのほかの保守その他の職員はこれは大体換算
車両キロに比例して行くべきではなかろうか。そういたしますと、結局換算
車両キロよりももつと殖えなければならん部面もあるし、まあ若干それを下廻
つている部面もありまして、両方を操作して考えたといたしましても、この換算
車両キロで以て仕事量を計
つて、そうして職員数をこれと対応して考えて行くことは妥当ではなかろうかと思うのでありますが、それによ
つて見ましても御覧のように、二十八
年度、九
年度にかけては業務量のほうより
人間のほうが減
つて参
つて来る、こういうことに
なつておるわけであります。人件費につきましてはそういうふうに人員のほうは極力能率を図
つております。そうして
ベースのほうはこれで一定の基準で抑えられておりますので、この点につきましてのまあ工夫の余地は決してないことはございませんが、財政に大きく響く
程度のものはなかなかむずかしいのではなかろうかと考える次第でございます。
次に、一八%を占めておる動力費でございまするが、動力費につきましては、これは結局石炭の使用量と石炭の値段ということできまると思うのでございます。石炭の値段は最近ここ一、二年は下り気味でございますが、それまでの上り方というものは目ざましいものでございました。
只今鉄道で購入いたしております主要資材の主なものの十九頁に値上りの仕方がお示ししてございまするが、十九頁を
御覧願いまするとおわかりになりまするように、石炭が一番上
つております。大体五百二十五倍だと存じております。これはまあ最近若干下り気味に
なつておりまするが、とにかく何と言
つても五百倍以上に
なつておるわけでございます。このほか、ついででございますので申上げますが、先ず物価指数の値上りでございます。三二〇或いは三三〇というものよりも少い上り方をしておるものは極めて僅かでございます。すべてそれよりも高い値上りでございまして、それらを総平均いたしたものが
国鉄購入物価指数としておりますが、これは四百三十倍に
なつております。で、これに対しまして
鉄道の旅客賃率或いは貨物賃率の指数は百三十倍乃至百七十培という
程度であることはもう皆様御
承知の
通りでございます。
そこで石炭の値段はそのように高く
なつておりますが、この石炭の消費量のほうは十七頁を
御覧願うとおわかりでございますが、これは同じ重さを引張るだけにどれだけの石炭が要るかということの
計算でございます。単位は換算
車両百キロという専門的な言葉で恐縮でございますが、同じ重さに直しまして
計算いたしますと、
昭和十一年では大体四一・五キログラムでございます。それが終戦直後からずつと石炭不足、炭質の低下、勿論従事員の技倆も悪い、或いは機関車の保守状態も悪い、いろいろの原因が作用しておると思うのでございますが、最高の場合は六八・一キログラムになりました。
昭和二十七年では四一・三キログラムに
なつて、十一年の
数字よりも良い
成績を示しております。二十八年はもう少し下目の
予算を組んでおりまして、二十九年慶は更に若干節約するという
数字を出しておりますが、併しながらこの面ではかような
成績に
なつておりますので、消費節約というものは殆んど限界に到達したのではないか、
あとは炭価が下らなければ動力費の節約はできないのではないか、かようなふうに考えられるのでございます。勿論購入炭価の引下げ等につきましても極力努力して参りたい、かように考えております。戦前に比較いたしまして動力費の。パーセントの殖えておりますのは、結局そういう炭価の点が一番大きな原因であるということを申上げておきます。
それから次に修繕費でございますが、修繕費の大半はこれは材料費でございます。その材料費は先ほど申上げましたように、大体
一般物価指数よりも遥かに高い鉄とか枕木とかセメントとか、そういうものを使わなければならないという点が
一つと、それからいま
一つは、十八頁を
御覧願えばわかりますように、戦争中に非常に資材の投入不足に
なつております。戦争中から終戦にかけまして、十八頁の下のグラフを
御覧願えぱわかりますように、大きな穴があいておるわけでございます。これをカバーするというためにここ二、三年特にレールだけは重点を置いて
相当の投入をいたしたいと思
つております。そのほかの物資につきましては、まだまだそこまで行きません。それからレールの投入もまだ完全に穴を塞ぐまでに行
つておりません。
明年度におきましては、レールの投入は極力いたしたいと思
つております。レールにだけかか
つてまだほかのものにはがか
つておらないというような状況でございます。それ故に修繕費のごときものもいつも不足を訴えておりますが、大体こういうような点が列車の安全を維持するという点につきまして必要な
経費ということでございます。これは毎回、毎年大蔵省におきましても修繕費については殆んど
査定を加えないということは、如何にもこの修繕費というものの不足ということが目に見えて大きな結果を示しておるからだと存ずるのでありますが、そういうわけで修繕費は、資材の単価の値上りと施設の荒廃を防ぐというために、ここ暫らくはこの
程度はどうしても心要ではなかろうかと考えておるわけでございます。
そういたしますと、結局残るのは業務費でございますが、僅か百億そこそこの業務費でございますが、このうちには切符の印刷代とか、或いは機関車の水の代金、或いは汽車の電燈電力料、或いは職員の被服費等というように業務量と相関で
支出したければならないものがございます。それが大半を占めておるのでございますが、従いまして残余の
一般の行政官庁の庁費に比較するようなものは、
国鉄におきましてもこの業務費のうちの又僅かなパーセントでございます。この点につきましては、これは
一般行政官庁の節約費に倣いまして、非常に厳重に節約をして参りたいと存じております。又事実その成果を上げておるわけぐございますが、何分にもこういう大きな二千数百億という
経費の中でそういうパーセントの極めて少い部面におきます努力というものは、
数字の上としては、この
予算面に影響を及ぼすというほど現われて来ることができないのは、大変に遺憾に存じておる次第でございます。
それからいま
一つ御覧おき願いたいと思いますのは、二十九頁の
雑収入竹ございますが、これは昨
年度におきまして、土地の貸付料或いは
構内営業料等について、いろいろ御批判を受けたのでございますが、大体この
雑収入というものは、ここで御覧になりますように、毎回
運賃改正の都度等において、我々は勿論こういう面において努力をしなければいかんということで随分上げて参
つたわけでございます。その実績はここに
御覧願いますように、
昭和二四
年度には20億そこそこでごいしましたか、二十八
年度では七十億近い
予算でございますが、決算もその
通り近く出ると思
つておりますが、そういうふうに考えております。更に二十九
年度はこれに十四億プラスしたいということで、結局八十五億
程度まで上げたいと考えておるわけでございます。で、十四億と申しますが、これはなかなか一企業の
収入といたしましては、それだけでも普通の
企業体としては大きな
収入だろうと思うのでございます。併しながらすでにもはや七十億近い
収入を上げております上に、更に十四億上げることは大変な努力が要るところでございます。これはその前の二十八頁を
御覧願いますと、
雑収入と言われておりますうちにもいろいろなものもございまして、このうちで結局
収入を上げるということに役立ちますのは、土地物件の貸付料、
広告料、
構内営業料の大体この三つでございます。その他のものにつきましては、これは上げようと努力しても不可能な恩給法納金とか、これが入
つておるのございます。実際の眼目となりますはこの三点でございます。それはこに書いてございますように、
明年度におきましては、前
年度と比較いたしまして飛躍的に上げるように努力いたしたい。これは非常な無理がかか
つて参ると私
どもは思うのでございますが、併しながら
運賃値上げということもできないので、何とかこれで
経費の辻褄を合せるためにこういう思い切
つた努力をいたしたいと考えておるのであります。この中で
車両使用料というのは、前
年度に比較して下が
つておるのは或いは御不審を持たれるかも知れませんが、これは連絡社線に入りました貨車の使用料金の
計算の仕方を改めまして、今までは距離でと
つておりまたのを時間に改めました。その結果といたしまして、非常に
成績がよくなりまして、車を早く返してもらうということによ
つて、その結果使用料としては減
つたのでございますが、実際は貨物輸送の面に大きな儲けを、利益を来たしておるのであります。貨車の廻転が非常に早ま
つて参
つたわけでございます。
従つてこれはむしろ使用料が上らないほうが
貨物収入が殖えるということになるのでございまして、特に下が
つておるのはそういう
関係であることを御了承願いたいと思います。それから三十頁、これは二十七
年度の、主要線区の赤字と黒字とを書き分けたものでございます。
御覧願いますように、総営業キロの七七%は原価
計算の結果赤字と
なつておりまして、結局黒字に
なつておりますのは限られた幹線だけというふうに
なつております。こういうようなわけでありまして、支線区の経営合理化等も十分努力いたさなければならないと思いますが、
一般的のやはり
運賃のレベルが経営上大きな圧迫に
なつておるということは申上げられるかと思います。と申しますのは、結局三十一頁にございますように、この
運賃と物価指数の歩みを見て参りますと、
昭和二十年、二十一年、二十二年とインフレの高進いたしました時におきまして、
鉄道運賃というものは殆んど上げずに抑えられてお
つた。これは先ほど申しましたように、
政府の政策としても必ずしも一貫したものは出ていなか
つた。その結果非常にここに食い違いができました。その後、
運賃値上げをいたしましても、いつも極端な常識を外れた率で上げるということはできませんために、次第にその差が激しく
なつて参
つたわけでございます。
旅客運賃につきまして、輸送量も殖えて混んでおるから、実際は
運賃は安いとい
つても安いことにはならんだろうというような御意見もあるようでございますが、確かにそういうことも二回では言えるのでございますが、私のほうでこの乗車効率を
計算いたしまして、即ち
電車と汽車につきまして、定員で走
つておるキロがどれだけ増したかということを、実際乗
つていらつしやる方の割合で修正いたして見ましても、
運賃を汽車について見ますると、現在の
運賃は元の
運賃の約二倍に
なつておるという
程度でございます。
電車にいたしますと百三十一倍というような
程度に
なつております。混み方を修正いたしまして考えても、このように
収入の率は減
つておるということに
なつております。
で、最後のほうに各国
鉄道とのいろいろの比較がございまするが、これを除きまして、一番最後に実は昨年私
どものほうで四十四頁でございまするが、栃木県にございます東野
鉄道とそれから私のほうの支線の鳥山支線というものとの経営の比較をいたしたのでございますが、それを比較いたしました
数字を見ますると、これは結局営業の
収入のところで
御覧願いますように、
国鉄の営業
収入に比較いたしますと鳥山線の営業
収入のほうがずつといいのでございます。その結果として、結局営業係数は烏山線のほうがいいという結果に
なつておるのでございます。併し賃率を
国鉄の賃率で鳥山線を換算いたしますと、そこに営業
収入の換算と書いてございますように、実は実際の
収入は
国鉄の半分ぐらいにしかならないのでございます。そういうように見て参りますと、結局
運賃率の相違であ
つて、営業費のほうは殆んど変りはない。
人間にしましても、四十五頁にございますように、この烏山線の要員と東野
鉄道の要員との労働の生産性を見ますると殆んど大差がない。こういうようなことでございまして、而も一人当りの人トンキロ、最後の欄に斜線で書いてあるようなものを見ますと、遥かに
国鉄のほうが一人当りの人トンキロが多いのでございます。そういうふうに生産性は上
つておりますにもかかわらず、経営が悪い、赤字に
なつておるということは、結局賃率の問題でございまして、そこに
数字がございますように東野
鉄道が旅客は三円でございます。これに対して鳥山線は一円八十五銭、貨物のほうは東野が十五円四十八銭、これに対して
国鉄のほうは四円八十四銭、
従つて東野
鉄道のほうは営業係数が九三%で儲か
つておる。ところが烏山線のほうは二一四%に
なつて赤字に
なつておるわけでございます。そういうようなことでございまして、結局私
どもは
運賃が安いから経営がうまく行かないというような泣き言を申上げるわけではございません。併しながら来
年度の
予算を通じまして、
運賃値上げということが見送りになりました
関係上、
収入の面におきましては、これに見合う人員或いは
車両の基礎付けなしに
収入を上げなきやならんということでございます。一面
工事経費につきましては、依然として非常に切り詰められた
経費で以て施設の取替え補充を行
なつて行かなければならないというような状況でございます。できるだけ早い機会にこういう苦境から脱却いたしまして、健全な経営をいたしまして、よいサービスを提供して国民の皆様の御協力を得たいと、こういうふうに考えておる次第でございます。