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1954-05-14 第19回国会 衆議院 大蔵委員会 第55号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十九年五月十四日(金曜日)     午前十時五十一分開議  出席委員    委員長 千葉 三郎君    理事 淺香 忠雄君 理事 黒金 泰美君    理事 坊  秀男君 理事 山本 勝市君    現事 内藤 友明君 理事 井上 良二君       宇都宮徳馬君    大上  司君       大平 正芳君    小西 寅松君       苫米地英俊君    福田 赳夫君       藤枝 泉介君    福田 繁芳君       小川 豊明君    柴田 義男君       春日 一幸君    平岡忠次郎君  出席政府委員         大蔵政務次官  植木庚子郎君         大蔵事務官         (銀行局長)  河野 通一君  委員外出席者         検     事         (刑事局総務課         長)      津田  実君         専  門  員 椎木 文也君         専  門  員 黒田 久太君     ――――――――――――― 五月十四日  委員山村新治郎君辞任につき、その補欠として  安藤覺君が議長の指名で委員に選任された。     ――――――――――――― 五月十三日  金融引締緩和等に関する陳情書  (第三〇〇八号)  国家公務員共済組合法第九十一条の改正に関す  る陳情書  (第三〇一九号)  入場税法案に伴う善後措置に関する陳情書  (第三〇七八号)  商工組合中央金庫貸付利子引下げに関する陳情  書  (第三〇九二号)  復元業者の借入金の分割減税並びに利息軽減に  関する陳情書  (第三〇九三号)  同  (第三〇九四  号)  同  (第三〇九五号) を本委員会に送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した事件  補助金等に係る予算執行適正化に関する法  律案内閣提出第一四七号)  出資受入預り金及び金利等取締に関する  法律案内閣提出第八一号)  証券取引法の一部を改正する法律案内閣提出  第八八号)     ―――――――――――――
  2. 内藤友明

    内藤委員長代理 これより会議を開きます。  出資受入預り金及び金利等取締に関する法律案証券取引法の一部を改正する法律案の両案並びに補助金等に係る予算執行適正化に関する法律案一括議題として質疑を続行いたします。質疑は通告順によつてこれを許します。山本君。
  3. 山本勝市

    山本(勝)委員 この疑問の点について、もつぱら法務省の考えを承つておきたいと思うのであります。  この法律ができますと、結局法務省がその運用に当るものと考えますので、見解をはつきりさしておきたい、速記録にもはつきり残しておきたい。その速記録残つたよう運用されて行くという意味で、はつきりと御答弁を願いたいのでありますが、この法律提案理由説明の中に「一般金銭貸付利息等につきましては、その不当に高いものはこれを取締る必要があると考えられますので」云々、こういうふうになつておりますが、この不当に高いというのは、何か高いとか低いとかいうものを定める標準があるわけであります。これを三十銭にするか、三十五銭にするかというふうな金額の問題ではありません。そういうものをきめるもう一つ奥に、不当に高いものを取締るのだという立法の趣旨でありますから、その不当に高いというのは何を標準にして判断されたのか、この点であります。
  4. 津田実

    津田説明員 この法律の第六条に書いてございますように、すでに物価統制令の第九条の二には不当高価契約等禁止規定があるのであります。不当高価契約禁止と申しますのは、物価統制令ができましたときの目的といたしまして、いろいろなものについてそれぞれ統制額をつくるが、しかしながら万般のもの、あるいは役務につきまして統制額をつくることは困難でありますので、さような場合の統制意味するつもりで、物価統制令の九条の二が規定されておるわけであります。その場合に不当高価ということがございますが、その場合の不当というのは何をさすかと申しますると、これは判例の大体の傾向でありますが、社会通念に照して相当と認められない、こういうふうに解釈をいたしておるわけであります。これによりまして、九条の二はしばしば過去ににおいて適用されたわけであります。金利につきましても、不当高価契約によつて不当に高い利率取締られて参つたわけでありまして、裁判例にも大体出ております。そこで、それでは幾らをもつて社会通念に照して相当でないと見るかということにつきましては、これはその時及びその場所によつてつて参ることは当然だと思うのであります。具体的に申しますならば、都会地一般的に高く、地方一般的に低い。あるいは過去においても、金融と申しますか、金銭貸借関係が非常に逼迫していると高く、そうでなくなると安くなるということは、一般論として申せるわけであります。従つて時、場所によつて違うわけでありまして、すでに御承知かと思いますが、過去におきましては日歩五十銭程度より高いものは一応不当高価として常に取締つてつた次第であります。しかしながら五十銭というのは固定的なわけではありませんで、地方に参りますと四十銭とかいうようなもともそれぞれ考えて運用されている面もございます。そこで今回の第五条に日歩三十銭というふうに原案がきめられました根拠につきましては、すでに当委員会で御説明申し上げたところでありますが、要約して申し上げますならば、現在の一般貸金業者業務報告書によつて届け出る、あるいは実際に行つている金額は三十銭ないし三十五銭という数字が統計上出ております。さらに従来の貸金業法に違反したことのある業者につきまして精密に調査したところによりますと、高いのは日歩一円でありますが、安いのは日歩二銭からありまして、平均といたしましては日歩二十二、三銭でありますが、しかしながら数的に多いのは三十銭ないし三十三銭くらいのところが多いようになつております。そういう事実から見まして、将来に向つて高金利限度といたしましては三十銭を妥当とする。と申しますのは、利息制限法におきましては、年二割をもつて最高限度とすることになつておりますが、一応国家意思利息制限法によつて現われていると見なければなりません。従いまして利息制限法最高利率、すなわち最高年二割を越えるものは一応国家意思に反しておるといわざるを得ないのであります。しかしながら個人間で任意にそれを受渡しする場合には、そこまでは国は干捗しないという建前でできているのが利息制限法でございまして、利息制限法につきましては、すでに当国会において御承認を得てもはや成立しておるわけであります。従いまして利息制限法の二割と日歩三十銭ということを勘案いたしました場合に相当の開きがございますが、これは処罰する限度であるという意味において、かような年二割というものと日歩三十銭、月九分というような高い額との差ができておるという説明をいたさなければならぬことになるわけでありまして、今申しましたような実態から申しまして、日歩三十銭ということをこの原案の第五条に掲げている次第であります。
  5. 山本勝市

    山本(勝)委員 われわれとしましては、今この法律をつくるかつくらぬか、どういうふうにきめるかということが問題なんであります。昔の法律がどうだつたとか、あるいは利息制限法がどうであつたとかいうふうなことを聞いておるのではない。この法律をわれわれがここでつくるべきか、つくるべきでないか。どういうふうにきめればいいか、一旦つくつて出しますと、執行される方でいろんな問題が起りました場合に、われわれの方にずいぶん泣きついて来る。そのときにわれわれが行くと、法律国会がつくつたのじやないか、文句を言うなら国会に言うべきだということをいつも言つておるのであります。その通りなんです。ですからわれわれは、この執行部に責任を負わすわけに行かぬので、あくまで慎重にして、最後の瞬間までできるだけ完璧な形にして、そうして国民の利益に資するということでなければならぬ、こういう立場で聞いておるのです。私が聞きたいのは、不当に高いというのは何か標準があるに違いない。その標準は、今承つたところでは利息制限法のあれが標準だ。しかしこれは罰則がついておるから云々というふうにも聞える。また社会通念というようなことも言われましたが、そういう漠然たることでは——これまでは五十銭が高いことになつていたけれども、今度は三十銭が高いことになつたというふうなことでは、私はおそらく立証もできないだろうと思う。そうでなしに、私はこういうふうに考えるのです。どこへ行つても二十五銭で借りられる、二十五銭で借ろうと思えばどこでも借りられる場合に、ある業者は三十銭でなければ貸さぬ。本人としては、よそへ行けば二十五銭で借りられるのだが、たまたまその男がその人の特殊の困つた状況を見て、三十銭でなければ貸さぬと言つた場合、それは不当に高利だといえるのじやないかと思う。しかしどこへ行つてもある金利でなければ借れない、また貸せないといつた場合に、なおかつそれがほかの標準からすれば不当に高利だというふうなことがいえるのかいえないのか。要するに標準ですよ。高い安いというのをきめる場合、何を標準にするのか。私が今申したのは、一般にどこでもある一定の金利が成り立つている、それで借りられるような状況になつておる、それに比べてある業者の貸したのが高いというなら、私はこれは不当に高利だといえると思う。しかしどこへ行つてもそれより借れないし、それより貸せないという基準が需要供給できまつて来ておる場合に、もしそれ自体をなおかつ高いというのなら、別に何か標準がなければならない。その別の標準を聞きたい、こういうわけです。
  6. 津田実

    津田説明員 ただいまのは、この法律案提案理由説明のところにある、不当に高いということを中心にして仰せられることと拝聴するのでありますが、この法律そのものには、不当に高いということはどこにも現れていないわけであります。この五条の意味は、不当に高いものを取締ろう、こういうわけであります。そこで現在について不当に高いというのはどこを標準にするかということは、現在の社会通念なり、それにその場所を加えた要素をもつて考えるわけであります。従いまして多くの人が日歩二十五銭で貸しておるものであれば、日歩二十五銭で貸すことが不当に高くないということは当然申せることだと思う。ですから、多くの人が二十五銭で貸したものを三十銭で貸せば、不当に高価だということはいい得ると思うので、前に申しました物価統制令の場合もそういう考え方だと思います。現在はなへんにそれを持つて来るかということが問題になるわけでありますが、現在多く行われておるところは、先ほど申しましたような次第で、三十銭ないし三十三銭くらいのところというふうに、私ども調査の結果では現われておるわけであります。そこで、それでは三十三銭にすればいいじやないかという考え方もむろん成り立つわけでありますが、この五条と申しますのは、その趣旨自体としては、もとより不当に高いものを取締るわけですが、不当に高いということは——この法律目的は、将来の不当に高価なものを罰則をもつて禁圧する趣旨なんで、過去のことについて問題にするわけではありません。将来は何がいいかということを考えなければなりません。そこにおきまして、先ほど申し上げました日歩五十銭というのを、三十三銭ないし三十銭というところをもつて、現在の実態をあまりかえないで、しかも現在の実態の一番高いところと申しますか、現在大方に行われておる金利の一番高いところにきめないで安いところできめる、こういう考え方であります。しかしながら現在の金利にいたしましても、先ほど申しましたように日歩二銭で貸しておる人もおるのであります。日歩一円の人もおる。ですから問題は、日歩一円にすれば何人もこの法律に違反しないでありましようが、はたして日歩一円までを高金利限度にすればよろしいかということはとうてい言えないと思う。その意味におきまして三十銭ができたのでありまして、三十銭がいいか悪いかということを計数的に表わす根拠を何から求めるかということの的確な数字を出すことは困難であります。先ほど申しました調査による資料によつて考え出した限度、こういうわけでございます。
  7. 山本勝市

    山本(勝)委員 先ほどの説明で、いなかでは二十五銭くらいのところもある、都会では、場所によつて違うが、三十三銭くらいのところもあるということでありましたが、一般いなかで、その地方では二十五銭で借りられる、また貸しておるという場合に二十八銭で貸せば、私はこれは不当に高いといえると思う。その地方一般にどこへ行つても二十五銭で借りられる、そういう場合に、たまたま相手を見て二十八銭で貸した場合、不当に高いといえると思います。しかし都会において一般に三十三銭の場合、たまたま相手を見て、弱みにつけ込んで高く貸したというときは、今度は四十銭に貸せば不当に高いということになりましようが、しかし三十三銭がそこの適当な値段ということになると思う。ですから標準が、結局いなか標準にすれば都会が高いということになりますが、しかしいなか標準にして都会が高いというわけではない。そこの状況における一般的なものが標準だ、こういうことに理解していいのですか。そのとき、そのところにおける一般的な同業者——銀行か安いからといつて、これを銀行に比べれば全部高いにきまつておりますが、銀行や信用金庫とはまさか同じ標準で判断されるのではないと思う。簡単に申しますと、同じ業者が見て、あいつは不当に高く貸しておると、業者の口に上るようなものなら、不当に高いということになると思う。そう解釈してよろしいかどうか。
  8. 津田実

    津田説明員 先ほども申しましたように、提案理由説明のところには、第五条の趣旨として、不当に高いものについて取締る、かような趣旨であるということを説明してあるわけでありますが、具体的にこの法案は三十銭ということをきめるわけです。形成するわけですから、不当に高いか安いかということは、その三十銭の実態の問題でありまして、法律そのもの日歩三十銭をもつてきまるわけです。ですからいかにいなかの人が、二十五銭が実態であるのに、相手につけ込んで二十八銭をとつたといたしましても、この法律の第六条によつて物価統制令不当高価契約等禁止規定は排除いたしておりますから、それは犯罪にはならない。でありまするから、この具体的にできておりまするところの法律案については、三十銭ということを形成するという意図に出ておるわけでありますから、結果的に三十銭が不当であるか不当でないかということは、この五条を適用する場合には議論をする必要がないわけであります。但し検察運用、つまり起訴、不起訴標準といたしましては別でございまして、今申しましたように、二十五銭を二十八銭とつたものは、それはいかなる場合でも処罰できません。しかしながら三十一銭になる人をはたしてただちに起訴するかどうか、これは別であります。問題はその時と場所こよつて、あらゆる事情をしんしやくして、場合によつたら三十一銭で起訴猶予になる場合もあります。あるいは三十二銭で起訴猶予になる場合もあり得ると思います。それはいわゆる検察権起訴便宜主義による運用にとどまるわけであります。法律自体は三十銭を五厘でも越せば犯罪になるという建前であります。
  9. 山本勝市

    山本(勝)委員 どうもよくわからぬですが、三十銭ときめたのは三十銭であつて、これは数字が示すのですから議論の余地はない。ただ不当な高利取締るという必要がなければ、こんなものをきめる必要はない。不当な高利取締るという以上、こういう数字が出ておるのですから、そこでこの三十銭をもつて、三十銭を越えれば不当、三十銭までなら不当でない、こう判断されたに相違ないと思う。しかし先ほどの話で、いなかでは二十五銭で一般貸借が行われておるというところがあるにかかわらず三十銭ときめた。そういうふうなところにこういうことをきめた場合に、実際の取扱い上非常な弊害を生じて来る。それは法務省としては一律にきめなければならぬから、いなか幾ら都会幾らときめるわけに行かぬから、こういうふうにきめたのだ、また最高できめるわけにはいかぬから、大体大よそのところで、都会の多数のところできめておけば、それ以下は罰にならぬのだからよかろうということで便宜上やつたのだと思いますけれども、しかしそういうふうな実際に数字できめるということがよくないということを、先般の公聴会におきましても、学者の連中もことごとくそう言つておるのであります、私どもも同感であります。ですから答弁としては、三十銭ということが高いか安いかをきめてくれればいいのだ、これで論じてくれと言われるような御答弁のようですけれども、私はその数字の前の、こういう不当に高いという判断の基礎自体基礎はつきりしないようなら、その基礎はつきりしていないのですから、出て来た数字もいいかげんなものだ、こういうことに解釈するほかないと思う。社会通念といい、あるいは利息制限法のあれだとか、あるいはおよそ十人のうち八人までそういうふうにとつておるというふうなうち、どれが標準になるか、もし私が申し上げたように、同業者一般にやつておる以上に高くしておる、同業者から見て、あいつは不当に高く貸しておると言われるようなものをもし不当に高いとして取締るのであつたら、こういう規定を設ける必要もない。法律をまたないで暴利取締令で行けるのだと思う。はつきりしないのじやないですか、その点いかがですか。
  10. 津田実

    津田説明員 金利あるいは物価というものを需要供給関係のみに放置するといいますか、まかせるという考え方は当然あり得ると思います。ですからその考え方をとるのがいいかどうかというのはいろいろ議論の存するところだと思います。しかしながらこれは需要供給関係がはたして正常かどうかということまでさかのぼらなければならぬと思うのです。ことに物資の少い場合におきましては、物価統制をしておりました。あれも放置すれば自然に価格がきまるだろうといつても、それは国家としては認められぬという考え方から出ておるわけであります。現在におきましては、価格統制はほとんどなくなつたわけでありますが、それでは金利の面につきましては野放しでいいかどうか、こういう問題があるわけです。もちろん現在におきましては、利息制限法というものが存在します。新しい利息制限法がこの間成立いたしたわけでありますが、それは年二割ということを最高限度に考えておる。これは一つ国家意思の現われだと思うのであります。通常の契約においては年二割であるべきだ、こういうことを国家が認めて表現しておることと言わざるを得ません。ですからこれも野放しにするという議論もあり得るわけであります。しかしながらそうでなくて、少くとも二十五銭とか二十銭とかいうことは利息制限法上からは好ましくないが、当事者相互の間でこれを授受すればそれはやむを得ない、そこまでは国家は干渉する意思はない。しかしながら日歩三十銭を越えて授受すればそれは刑罰をもつて強制しよう、ということは強制の限度を強くしよう、こういう考え方になるわけであります。そこでそれではそういうものをやめればいいじやないかという議論もそれは成り立ち得ます。しかしながらそうなりますと、具体的に確定利率をもつて利息を制限する目的いかんということになつて参ると思うのでありますが、その目的につきましては、先般も申し上げましたわけでございますので、ここでさらに申し上げるのは時間をとるわけでございますので、あらためて申し上げないわけでございますが、要しまするに、これは確定利あるいは確定金額をもつて利息を押えるかどうかということは根本的な大問題でありまして、いかような議論も立ち得ると思いますが、政府案は少くとも確定金利をきめようという考え方をとつておるわけでございます。
  11. 山本勝市

    山本(勝)委員 いくら聞いても結局同じことで、ただ利息制限法国家意思の現われと見るというようなことで、ここで、だからもう国家意思が表明されたのだからこうだというような答弁は、私は答弁にならぬと思う。利息制限法というのは、これまで一割というふうな世間離れをした、しかも百円以下幾らというふうなことで、大正八年以来三十数年間そのままほつて来られたということは、罰則もついていないし、また実際にしばしばそれが適用されるものならば、そんなに長い問放任されるわけがない。ただ、たとえていえば二階の物置きのすみに入つてつたというふうな、そういうことだから、今まで三十何年問も世間離れしたような数字のままで来たのだと思う。それはしかし一割ということでは、すでに実際に正当に行われておる金利が一割以上になつておるために、公正証書すらつくることができない。そういう不便で利息制限法そのものを撤廃してしまうか、そうでなければこれまでのまま残すわけに行かぬというふうなことで、撤廃ということはなかなかいろいろな議論もあつて、二割ということできまつたのだと思う。しかしそれを材料にして、ここで罰則のついたものを国家意思がすでにきまつておるというようなことでは私は答弁にならないと思う。利息制限法はここできめたわけではなし、それはよその法務委員会でこの間考えたことである。しかしこれ以上お尋ね申したところで、大体法務省がどれくらいのことを考えておるということはわかつたので、これ以上聞いてもむだだと思いますから質問しません。
  12. 春日一幸

    春日委員 それではこの第二条に関連をいたしまして、法務省並び銀行局にお伺いをいたしますが、二条二項の終りの方に書いてあります「これらと同様の経済的性質を有する」という「これらと同様の経済的性質」なるものの中には、出資の募集、要するに出資証券出資金、これを含むものであるか含まないものであるか、これをひとつ伺いいたしたいと思います。
  13. 河野通一

    河野政府委員 名目及び実質がともに出資であります限りにおきましては、この規定の中に入りません。
  14. 春日一幸

    春日委員 了解いたしました。  それからここの二条二項の中にあります「不特定且つ多数の者」これの定義でありますが、株主特定の者に入るか、不特定範疇に属するか、これはどういう考え方をお持ちになつて立法されたか、この点をひとつ……。
  15. 河野通一

    河野政府委員 この点は現在ありまするいわゆる貸金業取締法、この第七条にありますところと同じようにお考え願いたいと思います。従いまして株主であるということ自体は当然に特定ということにならない。しかし株主であるということが、それだけが理由でなくて別の理由特定者であるということになることもあります。株主であるということをもつて特定とは言えない、こういうことであります。
  16. 春日一幸

    春日委員 わかりません。(笑声)そこでいろいろの場合の特定特定範疇の区別が生ずるでありましようが、この法律にあるところの、この法律規定において、株主特定の中に属するか、不特定の中に属するか、これをひとつ伺いをいたしたいのであります。
  17. 河野通一

    河野政府委員 これは先般の当委員会においても詳細な御質問があり、お答え申し上げた通りでありますが、私はこの不特定あるいは多数という言葉は、やはり具体的に判断しなければいけない、しかし少くとも株主であるということは決して特定ということではない、これははつきり言えると思います。株主であるということはそれが特定になるということにはならない。
  18. 春日一幸

    春日委員 そうすると、この法律第二条第二項の中に「不特定且つ多数の者からの金銭受入云々禁止いたしておりますが、株主からそういうことを受入れることを禁止しておるのであるか、株主はこれに該当しないものであるか、具体的に御答弁をお願いいたします。
  19. 河野通一

    河野政府委員 これは法律解釈の問題といたしましては、すでに現在の、先ほど申し上げましたように貸金業取締法運用としてもあつた例であります。昨年の六月でありましたか、いわゆる株主相互金融会社を中心とする貸金業者の検査を行つた結果、株主からの借入金というものが相当な数に上つております。これは不特定多数の者からの預り金であるということの認定かをいたしまして、これをすみやかに整理すべく命令を出したのであります。その解釈と、現在この法案に言つております不特定多数ということの解釈とは、まつたく同じに考えております。  なおこの辺は法律解釈になりまするから、法務省の方からもお聞き取りを願いたいと思います。
  20. 春日一幸

    春日委員 法務省からあわせてひとつ法律的の御見解を……。
  21. 津田実

    津田説明員 ただいま銀行局長が申し上げました通りでございます。従来の貸金業法解釈といたしましては、単に株主であるということのみでは特定とは言えないという大蔵省の解釈は、法務省の方とも協議の上きまつたところでございます。
  22. 春日一幸

    春日委員 それでは株主たるの条件だけをもつてしては特定だとは言い得ないということでありまするが、されば株主プラス・アルフアによつて特定になると思うのだが、そのプラス・アルフアはどういうものか、具体的にこの際御説明を願いたい。
  23. 河野通一

    河野政府委員 株式会社におきましても、いわゆる同族会社的なものであつて、しかも株の譲渡を禁止しておる、しかも株主は非常に限られた同族縁故者だけであるといつたような場合におきましては、私は株主であるけれども特定者だという場合があり得ると考えております。
  24. 春日一幸

    春日委員 そういたしますと、重ねて伺いますが、株式会社がその総会において、その株式の譲渡を禁止いたした場合においては、特定の者という資格を生ずることになり、従つて本条の適用を受けないことになると思うが、さように理解してさしつかえありませんか。
  25. 河野通一

    河野政府委員 今私が申し上げましたのは、単に株式の譲渡禁止だけでなく、さらにその株主になつております人々が非常に少数で、かつ縁故者とか同族といつたような、何といいますか、非常にオープンになつていない、ある特定の限られた人々だけがそれを構成しておつて、しかもそれが譲渡禁止になつておる、こういう場合を申し上げたのであります。
  26. 春日一幸

    春日委員 そういたしますと、少数というのは、やはりこれまた抽象文字たるのそしりを免れませんが、その少数なるものの限界は、大体百人程度を言うのであるか、千人程度を言うのであるか、五百人程度を言うのであるか、これも大体証券取引法がその対象を不特定多数に認めておりまする限り、法律的に大体の基準するところは、その少数なるものの数字はどこへめどを置いておるのであるか。しこうして今ここに答弁されんとする銀行局長答弁は、法律的にどの程度の権威を有するものであるか、これをひとつ、今後この問題が大きい具体的な問題となつて参りましようので、責任ある御答弁をお伺いいたしたい。
  27. 河野通一

    河野政府委員 私の答弁は、実は権威という点に行きますと、結局は裁判所がきめることでありますので、私は、今申し上げておることは自信をもつて申し上げておりますが、客観的にどの程度の権威があるか、私としては自分でこれを裏づけることはできません。今お話の、少数とは何人ぐらいを言うかということであります。これが具体的に何人ということが大体常識的に言えるのでありますならば、おそらく少数という言葉は使わないだろうと思う。たとえば五十人以上からとかなんとかいう言葉をおそらくは使うのじやないかと思つております。しかし少数とか多数とかいう言葉の意味は、先ほどもちよつとお話がありましたように、非常に具体的な事例によつて、あるいは十人でも多数になる場合もありましようし、十五人でも少数だという場合も私はあり得ると思う。具体的ないろいろな四囲の事情から見て……。従いまして、そこはやはり結局社会通念と申しますか、そういつたことで判断をせざるを得ない。法律的に言えば、多数というのは複数でありますから、二人以上は多数になり得るわけであります。そこらあたりの判断というものは、やはり具体的に四囲の事情を考えた上で判断して行かなければならぬ。数字をもつて一律に何人以上はということはなかなか言えないと考えております。
  28. 春日一幸

    春日委員 法務省の御答弁はありませんか。
  29. 津田実

    津田説明員 ただいま河野銀行局長が申しました通りであります。
  30. 春日一幸

    春日委員 法律は、すべてその事柄が問題になつてから最高裁判所がその判例によつてそれをきめるというようなやつかいなものであつてはならぬと私は思うわけであります。きめ方は困難な場合のいろいろな法律もあります。あるいは中小企業等協同組合法も、どの程度が中小企業であるか、これはきめるのが非常に困難であろうと思うのでありますが、この場合といえども、資本金が五百万円、従業員が三百名以下のものと、これは明確に規定して、そうして国民をしてその準拠するところにあやまちなきようこれを明示いたしております。法律はやはり制限列挙して、法律に違反するものと法律に違反しないものとの限界を明確にするのでなければ、法律自体が三年以下の体刑を伴う立場におきまして、これま非常に問題を後日に残して参るのではないかと思うわけであります。従つて立法にあたつては、疑義のあるところは、やはりその疑義を解明するというだけの努力が払われなければなりません。この意味において、私がただいま質問をいたしましたいわゆる少数、多数、それから特定のもの、不特定のものということは私自体がわかつておりませんし、しかも河野銀行局長は立法された当事者でありながら、そのことがやはりその場における条件、それから世間の通念、それから裁判所の判決、こういうようなものによつて決せられる、こういうことでありまするが、さすればこの法律に基いて貸金業を行わんとする者が、この第一条に基くいろいろな金の受入れをするにあたつて、この程度のことはやつていいのか、この程度のことはやつて悪いのか、これはわかりはしない、あなた自体がわからないことを諸君がわかるはずはない。これはやはり明確にする必要があると思うわけであります。従いまして、これは制限列挙して、株式会社にして、その総会によつて譲渡を禁止したものは、これはまさしく特定のものであることに相違はないと思いますが、しかしそれに対してなお批判があるならば批判のあるところをさらに解明して、こういうものはやつてもいい、こういうものはやつてはいかぬということは、私は明確にせなければならぬと思うのでありますが、これについて植木政務次官は、どういうふうに政治家的感覚においてこの条文を御処理されようとしておるのであるか、ひとつ最高の責任者として、植木さんから私の疑義に対して御解明が願いたいと思います。
  31. 植木庚子郎

    ○植木政府委員 ただいまの春日委員の御指摘まことにごもつともと存じますが、この政府の出しております法律原案におきましての考え方は、先ほど来銀行局長から申し上げておりますように、特定あるいは少数、多数という問題につきましては、その時、その場所、その場合によつてやはり違うので、この際はつきりと法律に明示することは困難である、かように考えておるのであります。従つてこの判断につきましては、社会通念及び時、場所等を勘案いたしまして、そうしてやはり裁判所が決定をし、これによつておのずから幾つかの判例ができて来て、それによつておのずから帰すべきところに帰するというのがやむを得ない処置だろう、かように考えておる次第であります。
  32. 春日一幸

    春日委員 判例によらなければ、すなわち一応の犠牲者を出すにあらざればこの法律の正当なる理解ができないという、そういうような立法がなされてよいことでしようか。やはり法律を条文通り読めば、これは国民大衆が理解ができ、しかもそのことが法律としての権威を持つて国民を拘束する上において、やはり国民のあらかじめの理解の上に立つてその拘束力を発揮できるという、そういう体をなしたものでなければ私はならぬと思うわけであります。社会通念によつて処理するということならば法律は必要ではありません。やはり立法する限りにおいては、これが同族会社の範囲内ということを考えておるならば、それを明示する必要がある。それからさらに株主プラス・アルフアならば、株主プラス・アルフアについて、これを制限列挙して国民に明示する必要があると思う。こういうような形で株主から預かり金をしてもいいのか悪いのか、これは法律の条文で見てもわかりません。ただいま植木政務次官がおつしやつたように、これは法律の条章によつて表現することは困難だと言われておりますけれども、一条で表現することが困難であるならば、これは百条をもつて表現するといたしましても、やはりその法律の権威を保つ上においてはこれは重大なことであり、その努力は払わなければならぬと思います。お考え願いたいことは、もしこの法律に誤つて触れるということになりますると、その人が三年間の体刑を受けなければならぬわけでありまして、われわれはここでは法律をつくつておるだけなんだが、しかしこの法律相手にわからない、わからないことのために国民をして懲役に処するというような事柄は、これは基本的人権の尊重の上からいたしましても重大な事柄であろうと思うわけであります。私は三年間、寒いときも暑いときもあるだろうが、獄舎にすわる人の気持を考えて、これは悪意があつてそういう方面で法律を乗り越えて悪事を働いた人ならば、当然それは法の制裁を受けることはやむを得ないことでありましようけれども法律が何となく荘洋としておつて理解できない、そのときの社会通念と、最高裁判所の判決によらなければそれがわからない、こういうような立場において国民が誤つたといたしましたならば、その責任は立法の府にあるわけであります。従つてどもは立法の責任を尽すという立場において、そういうような被害を国民に及ぼさないことのために、疑義があるところを明確にしなければならぬと思うわけでありますが、この問題について法務省は何らかの具体的な考え方、対策をお持ちにならないか。先般来伺つておるところによりますと、長時間にわたつて慎重な御検討を願つたと承つておりまするけれども、しかしその御検討の所産がわれわれにしてなお理解を得せしめないという程度のものでありますならば、さらに国民の衆知を網羅して万全を期するということで、やはり原案に固執するということであつてはならぬと思うわけでありますが、これに対して何らかの対案をお持ちにならないか、法律の専門家としての法務省の御見解を承りたい。
  33. 津田実

    津田説明員 法律をなるべくわかりやすくする、しかも具体的に表わすということに努力すべきであるという御意見はごもつともでございまして、立法はまさにさようでなければならぬということは考えるわけでございますが、しかしながら法律というものは、あらゆる事象に適用があるように考えなければならない、その辺はやはり具体的なものから抽象的なものを出して行かなければならぬ、こういうことになるわけでございます。かりに何人ということをきめるとか、どういう条件ということを百羅列いたしましても、これはやはりカバーされないものが出て参る。その場合に、それではそれはカバーされないからみすみすだめだということになるかならぬかということになりますと、やはり制限列挙ということになれば、具体的に当てはまらなければ全部それはオミツトされる、こういうことになる、これてはやはり法律の本来の目的を達するゆえんではないという考え方があり得るのでありまして、そういう考え方のもとに、法律はどうしても抽象的に規定して、解釈によつてその具体的なものを導き出すよりほかに方法がない、かようになるのであります。そこでこの二条なりの表現といたしましてこれが妥当かどうかという点につきましては、御意見の存するところでございますが、およそ刑法にいたしましても非常に抽象的に書いてあるわけで、たとえば人を殺したる者はといいましても、単に人を殺した場合はむろん問題がありませんですが、それはいろいろな条件が加わる場合があるので、それははたして人を殺したことになるかならないかというようなことで、やはり解釈できめざるを得ないのであります。そういうような意味におきまして、やはり抽象化しなければならぬという要請も無視できないようなところがある。そこでできるだけ抽象化したものを正当に解釈するという、いわゆる解釈論の発達というものを促さなければならぬということになると思うのでございます。
  34. 春日一幸

    春日委員 理解できないのであります。たとえば殺人の問題を例に出されましたけれども、殺人の場合におきましても、やはり過失致死の場合があり、あるいは正当防衛の場合があり、過剰防衛の場合があり、いろいろの場合を制限列挙いたしまして、殺人という事柄一つを対象にいたしましても、あらゆる場合を刑法の中できめてあると思うのであります。私は法律専門家でないのでありまして、ただ一つの常識論を申し述べておるのでありますが、しかしながら少くとも国民を拘束して行くという立場におきましては、法律を見ればやつていい限界とやつては悪い限界とがはつきりどの法律でもわかつておる。ここに六法全書がありますが、私は関係法律を審議する過程においていろいろこれを参照しておりますけれども、多くの場合すべて制限列挙をいたしております。そうしてこの場合場合その他これ準ずる場合ということで、制限列挙が不可能な面はそれに準ずるということで、やはりそれに包含をして、ごく小部分の制限列挙が不可能な場合もその中に掲げておる。そうして読む者をしておのずからこれが文字通り判断ができる、こういうことになつております。そこで私は、法律が出発する当切から立法者もわからない、審議に携わるわれわれも十分腹に理解をすることができないというような抽象文字によつてこれを国民に君臨させようということは、はなはだ冒険ではないかと思うわけであります。もとよりこの大きな問題がわずか九条の条文によつてここに取扱われておりまする事柄について、これは多少の飛躍はありましようけれども、私はやはりこれが刑事罰を伴つて参るという立場において、さらに深い検討を必要とする事柄であろうと思うのであります。先般私が指摘いたしました第一条のこの「誤解を生じさせるような仕方」というような問題についても、同僚諸君の御理解を得て大体の御検討が進んでおる様子でありますが、私はあわせてこの第二条の第二項についても「不特定且つ多数の者からの金銭受入で、」このことは具体的に申しますれば、株主からの借入金ということに局限されるでありましようが、河野銀行局長のただいまの御答弁にありましたように、この事柄こそは現実に行われておる事柄であります。現実に行われておる事柄であればあるほど問題が重大でございまして、その行われておる事柄がどういうものはいいのであるか、どういうものはいけないのであるか、こういうことを裁判所の判決によらなければわからないというような法律であつてはならないのであります。あなたの御指摘のように、同族会社にして、さらにまたその株券の譲渡を禁止しておるものはいいならいいと書かねばならぬ。ところがここには書いてない。だからあなたがいいと思つている人々にしても、これはあるいはいけないのかしらという不審を生ぜしめて、当然いいこともやめなければならない人々も生じて参る事柄であります。それからまたあなたは、そういう人たちが現実にやつておるから、おれたちもあるいはやつてもいいかもしれないというので、やはりその必要に迫られた諸君があなた方の期待のラインを乗り越えて、あるいはそういうような要するに特定という自己判断の上に立つて株主からの借入れを行おうとするような場合がないとは断定できない。こういうような意味合いにおきまして、この第二条の第二項は多大の疑義を持つておりまする事柄でありますので、今の質疑応答では私はなお御理解が願えないのではないかと思いますので、願わくば後刻懇談会において当局の御見解並びにわれわれ委員側の意見とを、ひとつ十分交互に検討を加えまして、そうして第二条については、さらにこの完璧を期せられたいことを強く要望いたしまして、私の質問を終ります。
  35. 河野通一

    河野政府委員 今のお話の点はごもつともな点があると思います。しかしそれは先ほど津田総務課長からも申し上げましたように、なかなか具体的に例を引きますことは、多くの事象がある場合におきまして困難だと思います。しかしできるだけ皆様方に、善意の方々にその線がわかるような方法で解釈なり何なりがはつきりして来るという努力は、今後とも続けて行きたいと思います。  それから先般の御質問で私ちよつと言葉が足りませんので、あるいは誤解をされておるかもしれませんので、ちよつとつけ加えておきますが、新商法におきましては、株式の譲渡禁止というような法律的効果を持つような制度はなくなつております。譲渡禁止というものは株主の間の申合せという程度になつております。しかしその申合せはしたということ自体は、そこに大きな縁故関係がつながつて来るということの推定を申し上げたのであります。言葉が少し足りなかつたのでちよつと申し上げておきます。
  36. 春日一幸

    春日委員 私はこの問題は重大だから、懇談会でもう一ぺん検討してはどうかということを申し上げたのでありますが、御答弁がありましたので、さらに私も申し述べたいのでありますが、先般のお話の中にもありました通り特定という場合は、そういう同族会社の場合もあり、あるいは縁故関係もあり、あるいは同級生というような関係もあり、その他いろいろなものがあるように申し述べられておりましたが、私が不安に考えますのは、これは決して野党としての攻撃的立場において質問いたしておるのではなく、法律を文字通り読んでの解釈の上において理解できないのです。今あなたのおつしやつたように、まあ法律的効果を要しないとしても、現実にそういうような定款の議決が行われて、またそれがみんなに守られるという立場においては、やはりこれはそれだけの効力を有するものである。こういうことで、これは特定の定義の中に入るかもしれないというような御意見等もございましたが、せつかくそういう御意見を立法者がお持ちであるならば、そのことはやはり明記をして、そういう諸君がやり得る道を確保して行くことが必要であろうと思うわけであります。もとより御指摘の通りあらゆる事象を対象とする立法でありますから、これはその表現が困難ではありましようけれども、私の申し上げるのは、できるだけ手を尽すこと、それをあらゆる場合に言いましたところで、大体一つのカテゴリーというものはあるわけでありますから、これを五項目なり七項目なりあげて、その他これに準ずるものというようなことで、他の立法もなされておりますので、本法だけがあえてこのことをなし得ないということは考えられないのであります。従いまして願わくばこの法律は、なお三、四日間をかけてさらに万全を期そうではないかという福田君の御意見等もございますので、その間にさらに深く検討を遂げられまして、国民に不当な被害を及ぼさないよう十分政府においては深甚なる御配慮を願いたいと思うのであります。従つて本日は時間もございませんので、これをもつて散会されたいという動議を提出いたします。   〔「横暴だぞ」と呼び、その他発言する者多し〕
  37. 柴田義男

    ○柴田委員 政府側に伺いますが、今の法案ができますことによつて、商法の五百三十五条に掲げております匿名組合の問題に関しましては、何か御考慮を払われておりましようか、この点をまず承りたいと思います。こういう不特定多数の者から金を集めて、そうして今までやつたような、たとえば保全経済会のようなものを禁止されるということが立法の趣旨であることはわかるのですが、その場合に、しからば匿名組合の問題をそのままに放置しておいていいのか、こういう疑問が出るわけでございますが、これに対するお考えを承りたい。
  38. 津田実

    津田説明員 商法五百三十五条の匿名組合の規定でございますが、これは本来申しますならば、その立法の趣旨特定の信頼した当事者間において出資をして、一方が営業をし、一方が匿名組合員となつて事業をやる、こういう目的規定であります。それではその出資者が何人でいいかということになると、これまたいろいろ問題がございまして、それは前には十人に限定するとか、五十人に限定するとか、いろいろ議論がございましたが、そういうことは商法のとらないところでありまして、そういう立法の趣旨、すなわちお互いが信頼した間において行うところの事業の一つの形態であるというふうに考えております。そこでこの法律の第一条との関係になるわけでありますが、要するにさような匿名組合の出資と申しましても、そのほか一般出資と申しましても、出資というのはまかり間違えば元本が返らないという、つまり共同で事業をするということが建前で、共同で事業をするために、それに金銭的なものを援助するということなのであります。ですから、その事業が失敗すれば元がなくなることは当然考えなければならぬという性質のものが、いわゆる一般的に出資といわれているものである。匿名組合もまさにそれでございまして、匿名組合の営業者が失敗すれば、その匿名組合に出資した額は返らないという場合もあり得る。第一条は、さようなものはさようなものであるということが明らかになつた上で受入れてほしいということを考えておるわけでございますから、匿名組合の規定そのものから言いましても、別に矛盾はしないわけです。匿名組合は特定少数の間でやる場合が多いのでありまして、特定少数の場合は、むろん第一条の不特定多数の場合に入りませんから、表面は第一条の適用はございませんが、要するに第一条の規定は、匿名組合の本質か、あるいはそれを形式的に使うかは別として、そういうようなもので金を集める場合には、集めること自体禁止しているわけでなくて、その出資額は返らない場合があり得るということがはつきりしていればよろしい、こういうことになります。
  39. 柴田義男

    ○柴田委員 そうしますと、やはりこの商法の五百三十五条以下の匿名組合に対する態度というものは、法務省のお考えは現存そのままでございましようか。そういうお考えでございましようか、それをもう一度承りたい。
  40. 津田実

    津田説明員 ただいまのところは、匿名組合の規定を改正する考え方は、法務省にはございません。
  41. 柴田義男

    ○柴田委員 そういたしますると、今のこの法案がたとえばこのまま無修正で通過したと仮定いたしましても、非常に危険性が存在することは明らかでございますね。この匿名組合から判断いたしますると、法の表面だけを見ましても、たとえば「匿名組合契約ハ当事者ノ一方カ相手方ノ営業ノ為メニ出資ヲ為シ其営業ヨリ生スル利益ヲ分配スヘキコトヲ約スルニ因リテ其効カヲ生ス」、筆頭の五百三十五条でこう規定しております。これをたてにとつて、たとえばやはりこちらの法案では不特定多数と言いまするし、こつちの方ではその相手方の目標を立てて、そうして匿名組合という形において出資を行うということであれば許されるという、非常な危険性が存在するとわれわれは考えるのです。このいわゆる匿名組合を現存するということであれば、この法案ができたと仮定いたしましても非常に危険が伏在すると考えまするが、これに対しては法律的見解をひとつ承りたいし、河野銀行局長は、匿名組合のこのままを現存せしめてこの法案をお考えになつたのかどうか、その二点をお二方から伺いたい。
  42. 津田実

    津田説明員 もちろん商法の匿名組合の章の規定でございますが、これの現存、将来においても続いて行くということを前提にしてこの法律をつくつてあります。特定少数の人からお互いの信頼関係によりまして出資を仰ぐ形が、匿名組合でありましようとほかの形でありましようと、それは何ら干渉するところじやないわけです。匿名組合の規定と申しまするのは、一つの準則をきめているわけでありまして、匿名組合の類似的な契約は、いかなる形においても一応今のところはできるわけです。ですからそういうような場合におきまして、特定少数の人との間にさような出資に関する契約をすることは何ら干渉するところではない。不特定多数のものに対して、この法律の第一条に書いてありますような方法を使つて出資受入れた場合には取締る、こういうことであります。ですから、まず第一条のような方法を使うかどうかということの観点で取締るか取締らないかがきまるわけでありまして、でき上つた契約自体の効力とか性質とかいうことを云々しているわけではないのでございます。その意味におきまして、匿名組合のこの規定がありましても、取締目的が鈍くなることはあり得ないというふうに考えております。
  43. 河野通一

    河野政府委員 今法務省の方から答弁されました通りに考えております。私どもは、これは株式会社の場合も同じだと実は考えておるのであります。株式会社の株を持たれる方が、株というものの本質を誤解しないで、正解しておられるならば、その株というものは事業がうまく行けば大きな配当をもらえる、株の値段もずつとよくなる。   〔内藤委員長代理退席、委員長着席〕 しかし事業がうまく行かなかつた場合には、株主というものは他人資本の債権者よりは非常に大きな打撃を受ける。もつと俗の言葉で言えば、元も子もなくなるということになる。そういつた性質のものであるということがはつきりわかつて、なおかつ株に投資する、あるいは匿名組合の出資者になるということであるならば、それ自体を私どもは必ずしも取締る必要がないのではないか。これは株式会社と同じものである。ただこれが誇大宣伝でありますとか、あるいは誤解を起させる、つまりこれは本来出資であるにもかかわらず、何か他人資本のように、借入金のように、どんな悪いときでも元本は返つて来る、いいときは配当をどんどんもらえる、両方のいいところの性質ばかり持つておるものだという誤解をさせるようなことをして、そうして誇大宣伝によつてこれらの資金を吸収するというようなことは、一般の国民に対して非常に悪い不測の損害を与えるおそれがあるから、そういうやり方をもつて出資を募集したり、あるいは株式を募集したりしちやいかぬ。これは法案の第一条の趣旨でありますけれども、こういうふうな規定をもつて必要の取締りはできるのじやないか。それからさらに進んで、およそ不特定多数からの出資受入れるということ自体禁止するところまで行く必要はないじやないか、こういうふうなことで、今申し上げましたような法案の御提出をいたしたわけであります。今お話がありましたように、実は当初には、そういつた特定多数の人々を出資者とするような匿名組合というものは、本来の匿名組合と性質が違うのだから、そういうものを禁止したらどうかということは、私個人の意見としては持つたこともございます。その後いろいろ専門家であられる法務省当局とも打合せましたが、やはりそこまで行くのは行き過ぎではなかろうかということを反省いたしまして、この法案で十分にこの目的というものは達し得るのではないかということから、こういうことになつた次第てあります。
  44. 柴田義男

    ○柴田委員 今の銀行局長のお話も、常識論としてはわれわれにわかるのですが、ただこの法の陰をくぐつて、やはり世にいうインチキ金融でもやろうという人々は、この匿名組合の五百三十五条以下の問題を大きな材料としてやるおそれが多分にあるではないか。そういう心配のあまり、不特定多数の者からこういう預金とか貯金等を集めてはならぬという厳格な法案ができ上つたといたしましても、匿名組合の問題を材料として、何かやりはすまいかという懸念をわれわれは非常に持つものであります。一般的な常識が発達いたしましたならば、決してそれに迷わされる者はないと思いまするが、しかしまた時期がたつて、そうして経済界がもう少しおちつきますると、こういう問題を惹起するおそれが多分に含まれておると私は考えるのであります。それでたとえば匿名組合の問題にいたしましても、人数の制限等はやつておりません。何万人でもいいわけなのです。そういたしますると、三人でもよければ、十万人でもいい、こういう形において商法が許しておりますると、非常な危険が存在するということだけは言えると思うのです。だから少くともこういう法案をおつくりになりまする場合には、商法の五百三十五条以下のたつた八条か九条なんですが、この問題にも大きくお考えを持つてもらいたい。私どもこの法案に対して、全面的な賛成はしておるのです。字句あるいはその細部にわたつてはいろいろな議論もございましようが、一般大衆の財産を擁護する建前から非常に賛成なんです。賛成なんだが、一面こういうものをそのままに放置しておきますそことは非常に危険だと考えるのであります。それからもう一つは、たとえば住宅の月賦販売のようなものもたくさん見受けるのでありますが、そういう場合にも、月々何千円かの金を集めまして、昔の無尽式に、当つたものに優先的に住宅を建ててやる、こういうようなものも随所に見受けられまするが、そういう場合でも、やはり不特定多数の者から集めた場合にはいかぬ、こういうのでございましようか。その点をもう一度河野さんから承りたいと思います。
  45. 河野通一

    河野政府委員 お答え申し上げます。第二条の預かり金というものの解釈でありますが、これは「何らの名義をもつてするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するもの」こういうことは、金銭で預かつて金銭で返すということが、この経済的性質の中に含まれておると解釈いたしております。これを民法等の言葉で言いますと、たとえば消費貸借とか、あるいは消費寄託という形で、金銭で預かつて金銭で返す、こういうふうな形態をとるものをここで言つておるつもりであります。従いまして住宅を建設するといつたような場合とか、あるいは割賦販売業というものがたくさんある。冷蔵庫を割賦販売にして、金を月々納めさして冷蔵庫を渡す。金銭受入れて、物なりあるいはサービスと申しますか、役務を提供するということは、脱法行為は別ですが、脱法行為でない限りにおきましては、第二条で言つておりまする預かり金には該当しない。それから先般もこの委員会で御質問があつたのでありますが、たとえば旅行会というものがある。多くの人から金を月々集めておつて、それで一走のところまでたまつたら旅行する、一種のサービスというか、そういうふうなことも、これはそれ自体としては、ここに言つておる預かり金に該当しない、こういう解釈をとつております。但し実際には割賦販売という名目でやりながら、現実には物を渡さない、そうして金を返すということがある。いろいろな名目はつけておりますけれども、実際問題としては、金を預かつて金を返す、その一定の期間たけその金を運用するというふうな形になつておるものが相当にありまして、これらの問題に、法務当局において適当なる措置がとられて、判決例もすでに出ておるようなわけでありまして、こういうものは脱法行為として、この預かり金の禁止規定に違反する、かように解釈いたす次第であります。
  46. 春日一幸

    春日委員 過ぐる十日の日でありましたか、本会議におきまして、中小企業の倒産が続出いたしておりまする事柄について、これが対策について具体的な施策を掲げて、私は緊急質問をしたことがございます。その問題の中には、河野銀行局長金融機関に通達を発しました、要するに金融に関する諸要綱の事柄があり、さらにまた先般本委員会が議決をいたしました、政府の指定預金督促に関する事柄があり、さらに税法各般にわたる事柄等がございまして、この問題は、しよせん本会議における質疑応答をもつて解決する問題ではないのでございます。本委員会の検討によつて逐次施策に移し得るものは移して行く、しからざるものについても、いろいろ検討を加えるの機会が与えられなければならぬと思うわけです。これに対して委員長はどういうとりまわしをお考えになつておるか。  さらにまた植木政務次官におかれまして、当時私から質問いたしました諸項目について、当時の政府の御答弁は、これはしよせん型通りのものであり、そこで解決の約束をされたものもあり、されざるのもいろいろあるわけでありますが、これらの質問に対してどういう処置を政府は行わんとするのであるか、委員長のとりまわし並びに政府のこれに対する対策、これについてこの際ひとつ伺いをいたしておきたいと思います。
  47. 千葉三郎

    ○千葉委員長 ただいま春日委員からの御質問でありますが、委員長といたしましては、ただいまの中小企業に対する金融、これは現下きわめて重要問題と考えております。そこでこの問題に対する政府の心構えと申しますか、政府の施策というものは徹底しておりません。むしろ微温的で、われわれとしてはまことに歯がゆく存じておりおります。そこでこの際われわれ当委員会といたしまして、会期の終了までには具体的なものをつくりまして、政府当局にその実現を促すことを、衆参一致してこれは当らなくてはならぬと思つております。昨日も全国相互銀行協会におきまして参議院の大蔵委員長とも話し合つたのでありますが、どうしても一致してこれらの対策に当らなくてはならないと思つております。さしあたりの問題として、政府預託金の問題、また預託金の引揚げ問題等がありますが、これらの問題に対しましてもまだ十分なるわれわれの心持が現われておりません。この点は今後当局とも十分懇談いたしましてその実現をはかりたい、かく考えております。
  48. 植木庚子郎

    ○植木政府委員 大蔵当局といたしましては、本会議のその席におきまして大蔵大臣よりお答え申し上げた通りでございますが、さらになお、もしそのうちにお答え漏れがあつた点があるといたしますならば、そうした点はもちろんのこと、お答え申した点につきましても、さらに御趣旨の存するところを十分翫味いたしまして、でき得る限り現在の中小企業の受ける打撃を少からしめるように、今後とも善処して参りたい、かように存ずる次第でございます。
  49. 福田繁芳

    福田(繁)委員 私は委員長に若干希望を申し上げて、最後に簡単に動議としてあなたの手元まで御提出しておきたいと思います。それはほかでもありませんが、去年のたしか議会末期でありましたか、七月ごろと存じておりますが、大蔵委員会が所管の法案を審議いたしております場合に、どうしても海外の先進国の生きた実情を調査して来ないことには、今後の再建日本の大蔵省所管の法案を審議するのに非常に不自由を来すという結論に到達いたしまして、御承知のように、時の大蔵政務次官でありました愛知君の格別な御協力と御理解のもとに、円満に各党派から人選がいたされまして、六名の諸君が海外先進国を調査して参つたわけなんです。これは諸君も御承知の通り、その結果どういう効果があつたかと申しますと、大きな問題としては、御承知の日本の自衛権の問題に関して、当時の社会党の大蔵委員は、格段の御理解と認識をされて帰つて来られた実情もあるのです。なお大蔵委員会においては、あるいは関税問題にしろ、あるいは金融問題にしろ、財政問題にしろ、非常に理解を深められたがために、本国会は御承知の五十数件の法案が、いとも大多数が円満に御審議を終えたということは、実に大きな貢献があつたと私は考えております。そこでもういよいよ会期も残すところ数日になつたのであります。私つらつら本年度の予算の内訳を調べてみますと、大体国会の海外渡航費というものは、約一割五分は御遠慮してありますが、相当額が計上されて決定いたしておりますが、そこでいよいよ先般来、なかんずく関税問題のごとき、あるいはまた多少管轄は違うけれども、日本とフイリピンとの賠償問題のごとき、あれこれ数えると、もう一度大蔵委員会が海外へ行つて、正しく視察をする必要があると私は考える。そこであげてことごとくの人選だとか、あるいは日程ということは、理事会に申合せしてもらう。もちろん昨年渡航された諸君は御遠慮するということは原則でありまするが、そういつたことをあげて理事会におまかせいたしまするから、次回の理事会で委員長は正式におきめになりまして、議院運営委員長の菅家君のところへ大蔵委員会の決定として申入れをしてもらう。そうしてこれに対する諸事万端は、不幸にして政務次官がかわつておりまするが、植木大蔵政務次官も非常に御理解が深いと問いておるので、よく御協議されて、これの万全を期せられるようにされんことをお願いするという動議を出しておきます。
  50. 千葉三郎

    ○千葉委員長 ただいまの福田さんの動議には皆さん御異議がないようでありますが、さよう取扱つてよろしゆうございますか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  51. 千葉三郎

    ○千葉委員長 御異議ないようでありますから、さよう取扱います。  そういたしますと、次の理事会は火曜日の午前十時からでありますから、そのときでよろしゆうございますか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  52. 千葉三郎

    ○千葉委員長 御異議なきものと認めます。  では次会は公報をもつてお知らせすることにいたしまして、本日はこの程度で散会いたします。    午後零時十一分散会