○滝井
委員 関連して……。今総販売
金額の五%ないし八%の広告料が出ておるということでございますが、私が見たところでは、六・九%ぐらいにな
つております。大体合
つておるようでございますが、そうすると、これは
昭和二十七年ですか、それとも現在
昭和二十九年なんですか。その後
相当ラジオ、テレビ等において製薬会社は重要なスポンサーにな
つております。従
つてこれはあるいはふえておるのではないか思う。私の方でいろいろと手わけをして
調査してもら
つたのですが、
新聞広告の種類別の比を見てみますと、これは一九五四年、ことしの四月の
調査ですが、それによりますと、大体
新聞の広告面で一〇%以上を占めるものを見てみますと、まず第一が
医薬品、それから化粧品、それから図書、食料、嗜好品、機械機具、映画、演劇、これだけが大体一〇%以上なんです。薬事といいますと、
医薬品と化粧品が入ります。これが大体二八・五%を占めて一番多い。それから今度は記事の広さの面について、全国の
新聞四十八紙について調べてみましたところが、大体において広告面でその一四・一%を占め、記事面で六・一%を占めておる、こういう状態です。そうしますと、当然これは最近における今言
つた売行き不振、生産過剰の状態は、各社にヒステリックな広告戦術をとらしておることは火を見るよりも明らかであります。大体薬の広告と販売とのカーブを精密に分析してみますと、こういうカーブにな
つております。まず初めに製品ができますと、非常な広告費をつぎ込みます。そうすると、ぐつと広告費のカーブが上
つて参ります。そうすると、当然薬の販売のカーブがこのカーブにつれて徐々に富士山のすそ野のような状態からだんだん上
つて参ります。そうすると、一定のところで、ぐつと広告費を最大限に使うと、売行きのカーブも最高に上
つて参ります。そうすると、売行きが最高に上
つたときには、広告費を徐々に減らして参ります。そうすると、売行きは急角度に減少はいたしません。やはり今度は富士のすそ野のようにプラットが徐徐に水平面に下
つて来て、薬の売行きが
減つて来ます。そうすると、
減つて来たから、もう一回今度はラジオなりテレビなり
新聞を使
つて、広告費をつぎ込むと、今度は下らないで、品物の売行きが徐々に上
つて来る。こういう方法で今申しましたように季節的な状態、あるいは薬品の売行きの状態等を見て、適当に広告費をつぎ込んで行く、こういう状態が現在製薬業においては行われておることが、大体分析の結果わか
つて来ました。そうすると今五%なしい八%というのは、これは二十七年なんですか、
現実の二十九年の状態というものはどういうことなんですか。さいぜんから申しますように、今まで
国民の
医療費の
総額、すなわち
負担の能力というものは
国民所得の三%だというのがあなた方の原則だ
つたのです。十九国会における私のすべての
質問を通じて
大臣並びに
医務局長の
答弁は、
国民の総
医療費すなわち
負担の限界というものは
国民所得の三%である。これがあなた方の今までや
つて来た
答弁なんだ。ところがこの
国民所得の三%というものがくずれ去
つておる。実は私たちは
国民所得の三%がはたしてあなた方の言うように正しいものであるかどうかということの検討をやらなければならぬ。なぜならば
国民の
負担能力の限界を規定するからなんだ。ところがこの三%というものは、どう
考えても下からだんだん積み上げて行けば行くほどあなた方の言
つた国民所得の三%の限界をはるかに越えて来るのです。へまをしておると、あなた方の言う三%の倍額の五%、六%というものが
国民負担の能力だということが出て来る。そうしますと、あなた方がしつかり締め上げてお
つた一千五百億のその土俵というものは、へまをすると三千億の土俵にな
つてしまう。そうするとその三千億の
わく内で現在の
医師の
技術料、薬剤師の
技術料をどうするかという問題にな
つて来ると、問題の解決はやさしい。あなた方のいわゆる
国民の総
医療費というものは、どうもこの統計から見ると患者から医者に支払われたものばかりを中心にして
考えて行
つておる、こういうことにな
つてしまう。そうしますと、
医療費体系というものの総
医療費が
国民所得の三%であるなんという観念をまず先にコンクリートしてお
つて、そうして今度はそこから出て来た数を基本にして
医療費体系をつく
つたというその根本的なものの
考え方がくずれて来ることになるのです。このあたりのところが一番下から論議を進めて行く場合に大事なところなんだ。ところがこれはこまかく積み上げれば総
医療費体系というものぐらつくとともに、その
わくが今度は
はつきりしないのです。あなた方は千五百億の
わくなんだ。私たちはどうも千五百億の
わくというものはとてつもなく広げられるという
考え方なんだ。そうすると
国民の
負担の限界というものをもつと
はつきり分析してみなければならぬ、こういうことになる。そこで私たちは広告費とか、今言
つた製薬の原価ということになるわけです。そうしますと当然これは今度は製薬業における利潤は少いでしよう。少いならば製薬業に順当に再生産のできる姿をつく
つてやらなければならぬことになる。だから製薬業においても製薬技術者にどんなに働きかけるか、それをストツプ・ウオッチでや
つてみなければならぬ。そうしてストップ・ウオッチでや
つて、製薬技術者の俸給は二万五千円が適正妥当なものであるというならば、それを基本にして、Gというその製薬技術者の
技術料に
プラスの製薬に使うところのものと、それから今度は人件費のNというものが加わ
つて来る。そうすると日本の製薬業に必要な経費というものはびしやつと出て来る。これに利潤をやるかどうかということは、これは一応別の問題だ。そこで働いておる人が全部食えて行けば、これは医者の方の診療所なんかは雨が届
つても当分十一円五十浅でやむを得ぬと、こうおつしやるのですから、製薬業もこの耐乏生活のときには忍んでいただかねばならぬことになる。やはり議論というものは一貫をした筋の通
つたものでして行かぬと、一部の弱いものだけを押えつけて、そうして他はそのままほ
つておくことはできないということになる。議論がそれましたが、広告料の五ないし八%というものはいつなのか、そしてその後の二十九年のテレビあるいはラジオ等が非常に広告に利用される現段階においては、それがどういう状態にな
つて来ておるのか、この点をもつと
はつきりしておいてもらいたい。