○阿
具根登君 私僭越ですが、視察の御
報告を申上げたいと思います。
去る十月三日、四日の両日、
栗山委員長、上條
委員、寺本
委員、市川
委員、
吉田委員、それから私及び専門員、法制局珪肺法案担当者等の一行で、栃木県下
日本鉱業木戸ケ沢鉱山及び
労働省珪肺労災病院を視察、珪肺発生の原因である鉱内の粉塵作業の
状況及び珪肺患者の治療、保護の
実情を詳しく見る機会を得て、
只今審査中の珪肺法案の審査に資するところが多か
つたと思うのであります。
日本鉱業木戸ケ沢鉱山は、その規模においては、採掘鉱石は黄銅鉱を主として月産約四百トン、従業員数約三百名で、
日本鉱業株式会社中中位に属する鉱山であります。当鉱山ではその岩石中に含有する珪酸分の含有量は少いために、従来とも比較的珪肺の発生は少く、更に現在においては粉塵防止のため、ストッパーを除いては鑿岩機はすべて湿式を使用し、作業環境を著しく改善されつつありますが、従業員三百各中十三名の珪肺入院患者を出していることは見逃すことのできぬところであります。又坑内も丁度衛生週間に当
つているためかよく整頓され、坑道の補修も行届いているように見受けられました。又坑外撰鉱場も金属鉱山としては建築物が珍しく平地利用可能なため水平式製煉法を採用し、作業場も極めて清潔で、粉塵防止のための
努力が著しいものであ
つたと思いました。併しながらストツパーの湿式化を採用すれば粉塵防止に更に一段と有効であろうと思うのであります。
次いで鬼怒川珪肺労災病院を視察いたしました。当病院は東武線新高徳駅から徒歩約五分の地点にあり、鬼怒川の清流に臨み、附近に鬼怒川温泉があり、その環境は風光明媚な健康地帯であります。病院の設立は昭和二十四年六月仮施設のまま財団法人労災協会の委託経営で発足、一年後の昭和二十五年五月一千二百万円の工費で本館、第一病棟、第二病棟、附属建築物等の本建築を完成し、当時
日本唯一の
労働省珪肺労災病院として珪肺患者を収容して、治療と保護を加えると共に、珪肺
研究の諸施設を設け、珪肺の
研究に専念して来たのであります。更に昨年一月より一千万円の工費を以て一病棟を増築し、病床の増加と
研究施設の完備とを図
つて来たのであります。病院の患者収容定員は現在百十名でありますが、開設以来の延収容人員は二百三十八名で、十月三日現在七十三名の入院患者があり、うち四十八名は金属鉱山、十名は石炭鉱業、残りの十五名は窯業、鋳物業等一般産業部門において罹災した患者であり、珪肺が現実に金属鉱山のみに発生しているのでなく、一般産業においても石炭鉱業、窯業、鋳物業等広汎囲に亘
つて発生していることを物語
つているものと思われました。又病院の収容定員が百十名であるにかかわらず、現在七十三名の入院患者で、未だ三十七名の余裕が残され、病院の利用率が完全でない理由は、元来珪肺そのものは完全に治癒する病気でなく、病状を安定させるにとどまるのであるから、患者が遠隔の地から入院のための長期に亘る二重生活の不便に忍びず、希望しないためであると思われます。折角の病院がその利用率において完全でないことは
検討の必要があろうと思うのであります。当病院は職業病、特に珪肺の
権威者である院長大西博士以下五名の医師及び看護婦その他の職員の熱心な治療、看護及び珪肺の
研究に顕著な功績を挙げつつ今日に至
つているのでありますが、すでに退院せる患者中労災保険の治療期間満了したため、未だ治療の必要が認められながらも、止むなく退院せしめた者も
相当数に達し、彼らは退院、帰省直後病状悪化して死亡している例も多いのであります。
大西博士からは、患者によ
つては珪肺症状を安定せしめる期間は三カ年間では困難である旨の強い
意見が述べられました。現行法三カ年の治療期間は珪肺に限り
検討すべき点があることは明瞭でありましよう。又博士は、現在の医学では珪肺の発見は可能であるから、早期に発見し、その病状の
程度に応じ病状を安定せしめ、患者の
労働力を維持せしめることが重要な旨
説明がなされました。なお博士は、現在の病院施設について、患者の家族の宿泊所及び厚生福祉施設の増設も長期に亘るこの種患者の療養生活に必要な旨の
意見も述べられました。
次いで博士の案内により、病棟におる入院患者の
実情を視察すると共に、珪肺及び珪肺結核に対する診断及び特殊な治療
方法の
説明を受けました。次いで入院患者の一部と懇談し、その希望
意見を求めたところ、先ず現行労災保険法については、打切りまでの治療期間が三年間では短か過ぎること及び打切り補償の金額が少な過ぎる、少くとも子供が満十八歳にな
つて労働能力ができるまでの間の生活保障に十分な金額にすること等の要望がありました。又
労働基準法については、現行の健康管理では結核と珪肺の区別が
地方医では困難であるため珪肺の発見が遅れ、治療の時期を失する虞れがあること、特に珪肺結核についてはその治療
方法が普通の結核と異り、特殊な療法が必要であるから、併発せる結核を急速に悪化せしめる場合もある。それで健康診断等を更に十分にする法的
措置を講ずることなどの要望がありました。病院の施設等に対しては、院内に職業補導施設を設け、患者が病状が安定して退院した場合、粉塵作業場以外で直ちに能力に応じて就労できるよう職業補導を入院中に受けること、その他家族宿泊所、娯楽室の拡張或いは院内食事の改善等の要望もありました。
又、石炭鉱業その他一般産業部門の患者から、金属鉱山
労働者は大部分事業主との間に珪肺協定が締結されており、現行労災保険法による補償に更に補償が追加されて保護が厚いが、金属鉱山以外の産業では珪肺協定の締結されている場合は殆んどなく、特に一部石炭鉱業方面においては、現在
国会に珪肺法案が上程されているから、法案の制定も近いであろうという理由の下に、協定の締結が妨げられている場合もあるので、一般産業部門においても事業主の理解により補償の増額と珪肺法制定のための善処を早急に要望する旨の
意見もありました。
当珪肺病院は先にも申上げたことく風光明媚な健康地の設置されていますが、将来軽度の患者に職業補導を兼ねて、且つは病院の自給のため、酪農経営等を新設することも必要な
措置であろうと思いますが、病院の立地条件等を
考えると適当でないので、将来この種の珪肺病院を新設する場合は、立地条件も慎重に
考える必要もあろうと思うのであります。
以上珪肺労災病院において患者の実態及び珪肺に対する特殊な治療
方法の
実情を詳しく視察する機会を得、又
権威ある大西博士から、先ほ
ども申上げましたように、現行法では患者の治療上にも完全でない旨の
意見があり、患者からも現行法の補償では十分でないから、その善処方を要望しておるのでありまして、その
意見は皆おおむね妥当なるものと
考えられますから、
只今上程されている珪肺法の早急なる制定が必要であろうと
考えた次第であります。一以上御
報告申上げます。