○
政府委員(
木村忠二郎君)
中共地域からの
引揚受入に必要なる
経費といたしましては、
昭和二十七年度分として一億四千二百三十万七千円、それから四、五月の
暫定予算といたしまして六億二千五百五十五万七千円というふうに組んであ
つたのであります。六月分といたしましては一応一億五千八百十万七千円という
予算を組みまして案を出しておるわけでございます。大体の
考え方を申しますと、
昭和二十七年度分は五千人分を計上いたしました。これが一億四千二百三十万七千円でございます。それから四、五月分といたしまして二万人分を計上いたしまして六億二千五百五十五万七千円ということになりました。それから六月分は
残りの五千人分というので一億五千八百十万七千円、
合計いたしまして三万人、これが
中共側がこちらに帰すとい
つております数字三万人というものに合せてあるわけでございます。
帰還いたしまする順序を申しますと、大体一
船団三千乃至五千人、現在までに三
船団終つておりまして、三
船団合せまして一万四千五百人はかりの者が帰還いたしております。残余が約一万五千人、これに対しまする
予算は四、五、六月分の
暫定予算でも
つて一応できる計算に相成
つております。現在までに三月に一回、四月に一回、それから本月一回と、三回三
船団帰つて参つております。予定によりますれば六月、七月、八月各月に一回ずつ三
船団、合せまして六
船団三万人ということに相成るわけでありまして、四、五、六の三月分の
予算で以て一応八月までが賄えることになります。この
内容につきましてはお手許に配付してありまする
援護等の大要というものと合せまして、これによりまして御
説明申上げたいと思います。
第一、
帰還輸送船内、これは先方の港から
日本の港まで入ります。
日本の港は
舞鶴港を
引揚の
受入港にいたしておりまするが、ここまで帰
つて参ります船の中の諸
経費でございまして、
給養はここに書いてありまするように
船内の寝具、これは
援護局から船に渡します。それから航海中の
食事につきましては一人一日単価百七十円七銭、三千カロリーを確保することにいたしまして、主食六〇〇グラム、副食八四〇グラム、
調味料若干を
内容とする給食を行う。これは六日分だけ
予算としましては組んでございます。実際には六日の必要はないのでございまして、従来の実績を見ますと大体四日あればいいということに相成
つております。
それから次は
医療でございますが、
帰還輸送船の
大型船と
小型船でございます。
大型船は大体千七百名乃至二千名乗せる船でございます。興安丸と
高砂丸、これには
医師を三名、
看護婦十五名、それから
小型船は五百人乗ります、
白山丸と
白龍丸でこれは
医師一名、
看護婦六名、
大型船は先ほど申しましたように約二千名、
小型船は五百名でございますので大体この比率で一応いいのじやないかと
考えられます。これは当初もう少し少か
つたのでありまするけれども、第一次
輸送船の実際の
実情によりましてこれを改めまして
医療は殖やしました。これは
予想外に
病人が多いという
実情によりましてこの
医師、
看護婦を入れることにいたしました。なお船の側からはもう少し増してもらいたいという
意向があるようであります。これにつきましては検討いたしてみたいと思
つておりまするが、船の側ではそういう
意向があるということを噂に聞いておる
程度でありまして正式に聞いておりません。そういう話があるということをほかを通しましてちよつと聞いております。普通の
ソ連あたりの
引揚の場合と違いまして非常にこの方に手が余計かかりまするのは、
家族を持
つておりまする
関係上
病人が割合に多いのじやないかというふうにも
考えられまするし、どういう事情でありますか、普通のお客よりは
病人が非常に多いし、更に医者にみてもらいたがる人が非常に多いようでございます。
それから
引揚につきましていろいろ上陸いたしましてから
あとの
手続等のために必要なる
指導、
世話をいたしまするために、特別にそういう事務をとりまする船員を乗せてもらうように船にお願いいたしますので、その方に必要なる
経費をその他に若干組んでございます。なお船に積みまする医薬品、石炭、水の
経費とい
つたようなものを若干組んでおりまして、これを
海上輸送援護費といたしまして
合計で四千百万円、今度の六月分といたしましては千二百五十九万三千円出して組んでおります。
次に
舞鶴引揚援護局内におきまする
援護、これは上陸いたしまして
入国の諸
手続をいたしまして、そうしてこれを
汽車に乗せましてそれぞれの落着く先に行く、その
汽車に乗るまでの仕事を全部
舞鶴引揚援護局におきまして行な
つております。そのための費用といたしましては、この中に入
つておりまする間におきまする
食糧、大体三泊四日向うに滞在しております。船が着きまして上陸する日、それから寮におります日が二日、それから送り出す日、丁度三泊四日になります。この間の
食糧費は船の中と同様でございます。それから
予算といたしましては五日
分組んでございますが、今申しましたように実際には三泊四日でございます。必要によりまして、船が非常に遅く入
つたというようなときにはもう一日
延びるようなことがございまするけれどもできるだけ三泊四日にいたしまして、一日も早く落着く先に落着くようにして頂きたいというふうに
考えております。
それからこの文書にありまする
検疫、
入国査証、
税関検査、これはそれぞれ
検疫は
厚生省の
検疫所のほうでやります。
入国査証は法務省の
入国管理局でいたします。それから
税関検査は大蔵省で所管いたしております。ここに
持帰金の点が
税関検査等に書いてございます。
香港ドルを持
つて帰りました者につきまして特別の
措置を今回講じまして、従来こちらに
持帰りを認めておりませんでした
香港ドルにつきまして特に
香港政庁と連絡をとりまして、これを現金に引換えるようにいたしております。即座に引換えますのが二万円の
限度であります。その他の超過分は
香港でこれを
成規の
手続きを経まして外貨に替えまして、そうしてこれをこちらでも
つて円に替えておるのであります。次の
給養と書いてありまするのは先ほど申しました三泊四日の食費でございます。なおこの間に電報を一回打つことができるようにいたしております。それから
入浴をここでするということにいたしております。この
入浴は大体一回でございます。
それから次の
身上相談等は
係官を
厚生省、
労働省、文部省とい
つたようなもののほかに、
戸籍の
相談或いは南方の
帰国相談とい
つたものができまするようにそれぞれの
関係庁の
係官を派遣いたしております。それから
引揚証明書の
交付は
定着地にありまして
食糧の配給を受けたり、
援護物資の
交付を受けるという場合に、その人が
引揚げて来たものであるということの証拠になりますものでありますので、ここで以てこれを
交付いたしております。それから元の
軍人、軍属につきましての
復員業務もここで行う。
それから
援護物資の
交付、これにつきましては大体男子に対しましては、手持の
物資を、元の
軍関係のものと同じような
物資を
交付いたしております。女子に対しましては被服の材料をこちらで買入れましてこれを渡しております。現在は原反で渡しております。それから次には
応急援護費の
支給、これは
帰郷旅費と
帰郷雑費ということになりますが、元の
軍人とそれから元の
軍人でなか
つた者とが名前が違うだけでありまして
金額は同じであります。距離に応じまして一人
当り大人が千円乃至三千円、
子供がその半額という
帰郷雑費を
支給いたしております。次の
帰還手当は今回の
中共引揚から初めて
交付するものと
なつたものでございまして、これは帰りまして当座の
生活資金、或いは
就業のための
繋ぎ資金とい
つたような
就業準備金というような
意味を以ちまして
帰還者全員に対しまして
大人は一人
当り一万円、
子供が一人
当り五千円の
帰還手当を一律に
支給することといたしました。第一次
帰還船まではこれを
持帰金から差引をいたしたのでありまするけれども、これは
手続上も非常に問題もございますし、実際問題といたしまして物を持
つて帰つた人と金を持
つて帰つた人との間の不均衡という点もございまするので、これは第一次に遡りまして全部一律に
支給することにいたしたのであります。
それから
病人はここで
応急医療と書いてありまするように、軽い者は
援護庁の
医務室に入れましてそこで静養、
治療を加えるわけであります。重い者はすべて
国立病院に直送して入院させて療養させております。これらにつきましては従来は未
復員については
全額国費で以てや
つておりまして、
一般邦人は国では全然見なか
つたのでありまするけれども、この
中共引揚以降二十五日間を
国費で以て
治療することにいたしました。なお
応急医療の
局内におきます
医務室の整備をいたしまするために
医師一名、薬剤師一名、
看護婦十各をここに特派いたしまして
治療に当らせるようにいたしております。それから
郷土室の
設置、これは各
府県の
経費で以て作らせております。それから次の
托児施設の
設置、これは今回の
引揚が幼児をたくされ連れております者がありまするので、
引揚の
業務をいたしまするために
子供の面倒をみる必要がございますので、保姆十名をここに入れまして
托児業務を行わせるようにいたしてございます。
これらの
経費が併せまして
合計で三億八千九百八十一万五千五百円、このうちの六月の
暫定予算は一億三千四百四十九万三千円でございます。この今申しました
経費の中には
援護局の
人件費等は入
つておりません。これは
援護に必要なる諸
経費でございます。
それから次に三泊三日
援護局におきまして
業務を終えまして
定着地まで帰りまする間の陸上の
輸送が、これは途中の
汽船等まで含むわけでありますが、そこまで行きます
輸送につきましては、東
舞鶴駅から
帰郷地までの
鉄道輸送、これは荷物すべてを含めまして
援護庁が負担することにいたしまして、
引揚者に対しましては無料で行うようにいたしております。それから東は
舞鶴から
東京まで、西は
舞鶴から
鳥栖まで、特別の
臨時列車を出しております。その他の
国鉄の
幹線の間はできるだけ
計画輸送によるようにいたしております。それから発駅から
帰郷地までの車中の
食糧といたしましては、
引揚者弁当を
支給することといたしまして、これはたしか
交通公社がや
つておると思いますが、これに対しまして途中の適当なる駅におきまして
弁当が全部に
交付されるようにいたしてございます。その車中
食糧費は一人一日二百二十二円二十八銭ということに相成
つております。それから途中の主要の駅におきましては湯茶、
味噌汁等の接待をしたり、或いは途中で
休養相談もできまするように主要駅におきまするそういう
施設を
府県をして行わしめております。又
汽車の中には
治療ができまするように
医療関係者を乗車させるように
措置いたしてございます。これは無論
国鉄幹線だけでございます。それから
患者の
輸送につきましては
引揚患者の
病院間の
転送を必要とするような、
つまり担送を要するような
患者のためには
東京舞鶴間と、それから
鳥栖との間には
患者専用車、
寝台車を特設いたしまして、これで
輸送するようにいたしております。その他につきましてもできる限り担荷を以ちまして寝たまま
輸送ができるようにいたしておるのでございます。これらに要しまする諸
経費が併せまして五千八百九十四万五千八百円、
合計でございましてそのうち六月分として組んでございますのは千十五万八千円でございます。
今申しましたのは直接の
援護庁の
経費でございまして、そのほかに主要駅におきます地方に対する
補助金といたしまして、
合計二百六十万円ばかりが組まれております。
補助率は八割といたしておりますけれども、実際には
府県が相当多額に出しておりますので八割というのは名目でありまして、実際はこの
金額は五割見当のようにな
つているのじやないかというふうに
考えられます。
それから
最後の
定着地におきます
援護でございまするが、
定着地に着きまして一応落着く先のご
ざいまする者につきましては、それぞれの
縁故者の所に落着いてもらうというのが建前にな
つております。併し参ります先の
縁故者がいない、或いは
縁故者がおりましてもそこに今落着けないという
状況の人に対しましては、
引揚者の
住宅を提供するように相成
つておりまするが、その
住宅ができまするまでの
応急収容施設といたしまして
主要都市に一時
収容所を
設置することにな
つております。これは
東京におきましては九カ所、その他におきましては二カ所乃至一カ所というのが各県に設けられてございます。それから
引揚者住宅でございますが、これはおおむね三千五百戸建造されております。正確に申しますと三千四百四十七戸でございます。そのうち二十七年度分として四百三十七戸をすでに建築いたしてございます。二十八年度分は三千戸作るのでございますが、
差当り一千戸各県に
割当をいたしまして現在建築中でございまして
残りの二千戸につきましては、これから
引揚者の
定着の
状況によりましてこれを配付いたすつもりでおります。何を申しましても
引揚者がどこに
定着するかということがわかりません。又その
定着した場所におきまする
住居の
不足状況というものがわかりませんと、
住居をそこに作りましても一方で
不足を生じ一方で無駄を生ずるという虞れがございますので、一応
定着の見込がはつきりついた時にこれを
定着するようにいたしたいと
考えまして、先ず一千戸
本年度割当をいたしております。次の一千戸は近く従来の
定着状況というものによりまして配付いたしまして、県におきまする
計画を立てたいと思
つております。
最後の一千戸でも
つて最後の補正をするというようにいたしたいと
考えておるのであります。その次に書いてありまする
応急家財の
支給、これは帰りました
人々の持
つておりまするものの
状況等によりまして、非常に
家財に困りまする
人々に対しましては、
救護用品等の
生活必需の資材を
世話しなければなりませんので、これを都道
府県で
斡旋させるようにいたしております。この
経費は一千四百八十万円
全額で組んでおります。この
経費は全部すでに五月分までの
予算でも
つて全額組んであるわけでございます。
従つて六月分としましてはこの
予算は組んでない。
つまり四、五月分までに大体三万人に相当するものについて組んであるわけでございます。
それから
医療費の点につきましては、先ほど申しましたように二十五日分ということにな
つております。これは
舞鶴の
病院に入りましてそこからそれぞれの郷里に近い
病院に
転送する、その
転送の
期間を除きまして二十五日
分平均といたしております。
従つて大体一カ月間は国庫でも
つてその負担をされるという結論に相成るわけであります。
次の
更生資金は、従来国民金融公庫で
引揚者のための
生業資金の
特別貸付を行な
つてお
つたのでありますが、これが従来一口三万円でございましたものを五万円に
引上げることにいたします。
限度を五万円に
引上げました。それから利率もこれを引下げるということにいたしました。それから次の
引揚援護、愛の運動、これはやはり各県に対しまして五割の
補助で、非常に少いのでありまするが総額百八十万円を組んであるわけであります。それから
最後の職業の
斡旋、
就職等につきましては、これは
厚生省の
予算といたしましては組まれておりませんが、
労働省におきましてこの
就職の
斡旋について特別なる
措置を講ずることにいたしておりますることは、本日
厚生大臣が仰せにな
つた通りであります。これにつきましては特別の
予算は
厚生省としては組んではございません。それから
引揚者子弟の教育、
戸籍に関する事項、これは
応急援護の
措置はいたしますが、これらにつきましてはそれぞれ担当の省について所管いたすことにな
つております。
厚生省では組んでないのであります。
以上申上げました件を合せまして
合計して
予算が九億二千五百九十七万一千百円というのが、今度の三万人の
中共地域からの
引揚者の
受入に必要な総
経費にな
つております。ただこれには先ほど申しましたように、
厚生省関係つまり引揚援護庁関係の
予算だけでありまして、このほかに
運輸省その他の各省の
経費の必要なものがほかのところにあるわけであります。大部分は
運輸省の船の雇い上げをいたしまする
経費がこのほかにあるわけでございます。