○今村
公述人 私、
法律を平素専門にや
つておりまして、その中でも
独占禁止法というようなものについては、かねてからいろいろ関心を持
つてお
つたわけでございます。そういういわば
法律を専門にや
つております者の
立場から、今度の
改正案をどういうふうに考えるかという点を申し上げまして、皆様の御参考になります点があればと存ずる次第でございます。それについても二、三初めにお断りいたしておきたいのでございますが、
法律を専門とすると申しましても、問題はこういう
経済政策に関連する
法律でございますから、
独占禁止法の根底をなすいわゆる反
独占政策というものが、現在の
日本経済においてどういう
意味を持
つておるのかということを考えなければならないわけでございます。それは単純な
法律家としての
立場を多少越えて来ることになるわけでございます。
従つてそういう点について私がここで喋々する必要もないし、またそれだけの力もないわけでございますが、何かしらそれについて一つの考えを持
つていなければ問題を取上げることはできないわけでございます。そういう点につきまては、私は今日の
日本の
経済というものを前提といたしましても、あくまでも反
独占政策は維持しなければならないと考えるわけでございます。そういうふうに考えますと、反
独占政策を維持するための
法律は、その政策を実効あらしめるためのものでなければならない、そういうことになるわけでございます。
従つて今度の
改正案に対する私の
根本的な
立場は、今度の
改正案は反
独占政策を実効あらしむる上において適当な
改正であるかどうかという点に尽きるわけでございます。そしてそういう
観点から見まして、今度の
改正案が実際に
法律になりますならば、遺憾ながらわが国の反
独占政策というものは、いわば骨抜きというようなことにな
つてしまうのではないか、そういう点を非常におそれておるのでございます。それが第一に申し上げたいことでございますが、第二に今度の
改正案は、この前の国会に提出されました
改正案をほとんどそのまま
——多少部分的な修正はございますが、ほとんどそのまま再提出されたような形でございます。ところでこの前の
改正案につきましては、ジユリストという
法律雑誌に一応私の見解を述べたことがございます。ただいま申し上げましたように、今度の
改正案が前の
改正案とほとんど大差ないということになりますと、私の申し上げますことも前にその雑誌で発表いたしました考えと別段かわ
つていない、同じことをかなりの程度に繰返すようになるのでございますが、その点あらかじめ御
承知おきいただきたいと存じます。
反
独占政策を実施するための
独占禁止法というものは、大きくわけますと
トラストの
禁止に関する部分、それから
カルテルの
禁止に関する部分、それから最後に不公正な
競争方法——今度の
改正案によりますと、不公正な
取引方法というように名目が改められておりますが、その不公正な
取引方法の
禁止、この三つの部分にわけられるわけでございます。そうして今度の
改正案はこの三つの部分について、それぞれ重要な
改正を試みております。そしてその三つの部分の
改正案というものは、原則としていずれの点におきましても私は適切ではないといふうに考えておる次第でございます。
順を追
つてトラス
禁止の緩和、
カルテル禁止の緩和、それから不公正な
取引方法についての
改正、この三点について申し上げて行きたいと存じます。
最初の
トラストの
禁止緩和でございますが、この
トラストの
禁止に関する基本的な規定は、
私的独占の
禁止でございます。ところで
私的独占の
禁止というのは第二条第三項の定義規定にもございますように、他の事
業者の事業活動を排除し、また支配することにより、公共の
利益に反して、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限すること、いわゆる事業支配力の
集中によりまして
市場支配を実現することでございます。
従つて法律の目的はこれを抑圧することにあるわけでございますが、こういうふうに
トラストによる
市場支配がすでに実現したのでなければ、この
トラストは取締ることができないというのであれば、反
独占政策というものは非常に実効の薄いものにな
つてしまうわけでございます。そういう実効の薄いものであ
つたのでは何にもならないということから、いわゆる予防規定というものが
独占禁止法の中には置かれておるわけなのでございます。
従つて予防規定の本来の
趣旨は、
市場支配力を有する
トラストというものが実現する前に、その一つ前の段階でこれを取締るという
趣旨でございまして、こういう規定がなければ反
独占政策というものは決して実効を上げることができないということは断定できるわけでございます。それに対応する
独占禁止法の規定はどういうものかと申しますと、大きくわけて二つあるわけでございます。
一つは不当な
事業能力の
較差の排除の規定でございます。それからもう一つは第四章に規定されておりますところの株式の保有、
役員の
兼任、会社の合併に関する規定でございます。ところで今度の
改正案は、最初の不当な
事業能力の
較差の排除に関する規定は、これを削除いたしております。この規定は本来
経済的な合理性のない
独占力の存在を否認するという
趣旨の規定でございます。
従つてこういう規定が反
独占政策を建前とする以上、あ
つてならないということはないわけでございまして、これを削除しなければならない積極的な理由は見出せないわけでございます。ただ実際問題といたしましては、この規定は実際には発動したことはない、また非常に発動しにくい規定であるという
意味からして、実効のない規定であ
つた。そういう
意味から、これは削除しても実際問題としては大した問題はないということは言えると思います。
次に、第四章の
改正でございますが、この点は、これまでの
独占禁止法の
トラストの形成に対する最も重要な予防規定の部分だ
つたわけでありますが、今度の
改正によりまして、これを完全に骨抜きのものにしてしまうことになるという感じがするのでございます。この点において特に問題となりますのは、株式保有の
制限の緩和、第二は
役員兼任の
制限の緩和、この二点でございます。元来現行の
独占禁止法におきましては、株式保有の
制限は、株式を取得する会社と取得される会社の、あるいは取得される会社相互間の
競争を実質的に
制限することとなる場合、それから一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限することとなる場合、それから不公正な
競争方法を手段とする場合、そういう場合においては株式を取得しまたは所有してはならない、これが十条一項にございます。それから十条二項には、
競争関係にある会社間の株式保有は全面的に
禁止されております。
金融機関については、多少違
つた規定の仕方でございますが、
趣旨においては大体これに準じておるところが今度の
改正によりますと、会社は他の会社の株式を取得しまたは所有することにより、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限することとなる場合、そういう場合についてのみ株式取得の
禁止を規定しております。ところが他の会社の株式を取得しまたは所有することによ
つて、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限するということは、株式支配を手段とする
私的独占にほかならないのであります。
従つてこれは言いかえれば、株式取得の
方法によ
つて私的独占をしてはならないというにすぎないのでございまして、こういう規定を現在の三条の
私的独占の
禁止という規定のほかにわざわざ置くという理由は、実質的にはほとんどなくな
つてしまうということにな
つてしまうわけでございます。
従つてこういうような
改正は、予防規定をま
つたく骨抜きにするものである。
次に、
役員兼任の
制限でございますが、これも同じように
役員の
兼任の結果、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限することになる場合にのみ、そういう
兼任をしてはならないように改めたわけでございます。これにつきましても、結局それは
役員の
兼任によ
つて私的独占をしてはならないということに帰着するので、ございまして、予防規定としての
意味は全然なくな
つてしまうわけでございます。そればかりではなく、株式の取得というような場合におきましては、それぞれの会社の
事業能力は客観的に一応わか
つておる、それから一会社が他会社の株式をどの程度まで取得すれば、その会社を支配することができるかということも、一応判断ができる。
従つて他会社の株式を取得しまたは所有することによ
つて、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限することとなる場合というのは、判定が困難なことではございません。ところが
役員の
兼任によりまして一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限するというようなことは、これは少くとも実際の審判手続というような、証拠をも
つてある事実を認定するというような制度のもとにおいて、そういう事実を
法律的に違反事実として認識するということは、ほとんど不可能なことでございます。たとえば、具体的な例をあげますと、去年でしたか、
公正取引委員会が取上げました事件に、剛宝。スバル事件というのがございます。これは株式会社東宝がスバル興業株式会社の営業を賃借いたしまして、そのことが
独占禁止法の十六条違反になるということで、その営業の賃借は認められないという審決が下りまして、東京高裁でもその公取の審決を支持する判決が下りました。これはなぜいけないかと申しますと、東宝がスバルの営業を賃借することによ
つて、一定の
取引分野における
競争を実質的に
制限することになるからだというわけでございます。ところがかりに東宝の社長がスバルの社長を
兼任したという形を考へてみます。この場合におきましては、東宝の社長がスバルの社長を
兼任したというたけで、東宝がスバルをその支配下に置いたということを簡単に認定できるかどうか、非常に問題でございます。社長同士の
兼任でさえそだうと思います。ましてや、社長以下のもつと微力な
役員の
兼任というような形で、いわばかえ玉を使
つて役員を
兼任するというふうなことにな
つて参りますと、もうほとんど
役員の
兼任によ
つてトラストを形成するということを防止することはできないという結果に陥るわけでございます。そういうような
意味におきまして、第四章の
改正は、この
トラストの形成に対する予防規定たるの実質を完全に失わしめるものであるというふうにいわなければならないと思います。
次に
カルテル禁止の緩和でございますが、これについては、今度
不況カルテルや
合理化カルテルを認めるということについて最も論議が
集中されておりますが、その前に、第四条を削
つて不当な
取引制限の
禁止一本にしてしま
つたということに、まず第一にこの
カルテル禁止の緩和が現われております。第四条の規定が、不当な
取引制限の
禁止のほかにわざわざ規定されておるということは、少くとも
カルテルというものは、この
法律の目的に照らせば、それ自体存在理由のないものであるということをはつきりさせるための規定であり、不当な
取引制限に至らない段階においても、一定の
取引分野における
競争に対する影響が軽微でない場合にはこれを
禁止するという
趣旨を表わしておる規定でございます。
従つてそれを削除してしまうということになりますと、これまた、第四章の
トラスト形成に対する予防規定を骨抜きにしたと同様に、
カルテルについても完全な
市場支配が行われるまでは、これを取締ることができないという結果になるわけでございます。
従つて第四条の削除ということは誤
つているというふうに私は考えます。
その次に第五条の削除というのがございますが、私は別に
意見はございません。また
事業者団体法を廃止して
独占禁止法に繰入れるということは、これは
事業者団体法自体が非常な行き過ぎた
法律だ
つたわけでございますし、独立の法規としての存在理由がございません。
従つて今度の
改正案のような形において
独占禁止法に繰入れることは非常に適切であると思います。
その次に問題の
カルテルの
認可制の採用でございます。これにつきましても、
根本的には私は
反対でございます。なぜかと申しますと、この
カルテルの取締りということは、現在の
独占禁止法の規定によりましてさえ非常にむずかしいことでございます。ことに最近の状態は、
独占禁止法あ
つてなきがごとき
状況に至
つておるわけでございます。
従つて今度大ぴらにこういう形で
認可を認めるということになりますと、結局全
産業の
カルテル化ということの橋頭堡が築かれたと言
つても過言ではないと思います。しかしこの点もやはり
経済政策の問題に関連いたしますので、私は深くは論じません。
ただここで問題となりますことはやはりこの手続規定でございまして、通産大臣に
認可権を与えたという点でございます。なぜ通産大臣に
認可権を与えなければならないか。通産大臣が
産業の
主務官庁であるからというふうなことを申されますけれ
ども、そういうことであるならば、
公正取引委員会も反
独占の政策を通じて
産業に対する一つの主管官庁なわけでございます。
従つて通産大臣が
産業行政を担当する官庁であるからという理由ならば、
公正取引委員会の
認可権を解消するという理由は全然ない。むしろ
産業政策の中で、
独占禁止政策というものが、
日本の国策として国会の制定した
法律によ
つてきま
つておるというならば、それは
産業政策の中でも特殊の性格を持
つておるものでありますから、そういうものに対する適用除外を認めるという場合は、これは
公正取引委員会がやるのがあたりまえでございまして、通産大臣が
認可権を持たなければならないという積極的な理由はどこにもないと私は思
つております。そればかりではないのでございまして、通産大臣がこの
カルテルの
認可権を持つということによりまして、
独占禁止法全体の
構造がくずれてしまうのでございます。それは
独占禁止法は、反
独占禁止政策の特殊性にかんがみまして、特に
公正取引委員会という行政
委員会を設置いたしまして、そこで特に慎重な手続をも
つて、いわば反
独占行政というものを運用して行くということを意図しておるわけでございます。そういう意図の現われが審判手続による審決という形でも
つて規定されておる。そうしてその審決に対して、特に不服のある者は、
一般の行政訴訟の例と異な
つて、直接東京高裁に持
つて行く、そういう形がとられておるわけであります。しかもその東京高裁における裁判というものは、これは
公正取引委員会における審判手続を信頼いたしまして、事実の調ベというようなものは、原則として
公正取引委員会にまかせる。ただその
公正取引委員会の事実の認定が、証拠に照らして不合理であるかどうかという点を再検討するというだけの
立場に置かれておるわけでございます。ところがせつかくのこの
法律の構想というものが、通産大臣が
認可権を持つことになりますと、第一
認可の拒否処分を行う場合において、もはや審判手続とか、あるいは審決というふうな慎重な手続というものは全然とられない。単なる普通の行政処分として拒否されるにすぎない。
従つてそれに対する訴訟は東京地方裁判所に持
つて行く。これは当該官庁所在地の管轄裁判所ですから、当然に東京地裁になるのだというふうに考えるのでございます。東京地裁に持
つて行く、東京地裁に持
つて行きますと、これは普通の行政処分と同じように、行政庁のすでに行いました調査とかいろいろなものは、これは裁判上は全然
意味を持ちません。あらためて裁判所において相互に証拠を提出して裁判所の
審査を求めるということになるわけでございます。そうしますと、こういう特殊の
産業行政については、特殊の専門的な行政
委員会を設けて、そこの判断を信頼するという
法律の建前が全然くずれまして、最もしろうとであるところの裁判所の判事が、
独占禁止法の運用について主体的な判断の当事者の地位に置かれるわけでございます。これは
独占禁止法が本来全然意図していなか
つたところのものでございまして、制度として非常な後退であると考えざるを得ません。なお同じようなこまかい点はいろいろあるのでございますが、時間もございませんので、省略いたします。
次に、簡単に不
公正取引の
方法について申し上げます。不公正な
競争方法を不公正な
取引方法という名称に改めるということは私もよいことだと思います。またこの列挙をいろいろ整理したということも、
内容的に見て、大体穏当であると考えるのでございますが、しかし
公正取引委員会が指定したものでなければ、法の適用がないということは、非常におかしな
改正であるというふうに考える次第であります。これはなぜかと申しますと、もともと不公正な
取引方法というものは、これは望ましからざる
競争手段であるという見地から、
法律にわざわざ書き上げられたわけでございます。
従つてその
行為をさらに
公正取引委員会が指定しなければならないということにしたのは、全然
意味のないことでございまして、なぜこういう修正をしたのか、私にはとうてい理解ができないのでございます。これは
現行法によりますと、具体的な違反
行為の類型が上
つてお
つて、そのほか
公正取引委員会の指定するものというふうにな
つております。これは非常によい規定の仕方でありまして、不
公正取引を
禁止すると、どういうことが出て来るかわからないという業界の不安を除くという
意味において非常によろしいのでありますが、今度は規定で一つ一つ列挙しておる。一応この規定を読めば大体何がいけないのかということはわかる。そこまで持
つて来ながら、これをさらに
公正取引委員会が指定しなければ発動しないということは、これは
法律的にも全然根拠のないことだ、極端に申しますと、立法あるいは司法の職権を侵す行政機関の越権
行為とさえ言えないわけではないと思う次第でございます。この不公正の
取引方法に関連いたしまして、再
販売価格維持契約を認めるという問題もあります。これも主として実情に関する問題で、
法律論ではございませんので、深くは私論じませんが、私の感じといたしましては、わざわざこんなものを今入れなければならない必要がどこにあるだろうかということを相当疑問を抱いておるということだけ申し上げたいと思います。
一応これで終ります。