○森
参考人 森でございます。大島村の件につきまして、当
委員会の特別のおはからいをいただきましてありがたく
思つております。実は大鳥村の
村長さん、あるいは婦人会長さんも
参考人にな
つてお
つたわけでありますが、水害のために交通が非常に不便にな
つておりまして、間に合わなか
つたというような状態にな
つておりまして、私だけが三重県の側をまわりまして、けさはせ参じたようなわけでございます。
先ほど
西川さんから御説明がありました通り、大島村というのは、皆さんすでに御
承知の通り、ここは串本、向いは大島、中を取持つ巡航船のあの歌のある大島村であります。串本から約巡航船で十五分、周囲四里という小さい村でありまして、この村の
人口は約三千三百人ほどおります。職業といたしましては、ほとんどが
漁業であり、それから
農業、半農半漁という島でありますが、もちろん山ばかりの島でありまして、
耕地も非常に少い。そういうような
関係上、非常に貧しい村であります。戦前は海外へ相当の人々が進出いたしまして、海外からの仕送りによ
つて生計を立てて行
つてお
つた、こういわれてお
つたわけでありまして、現在でも、海外とは行きませんが、アラフラの遠洋
漁業とか、遠くの海へ出かせぎに行
つて生計を立てておるというのがこの村の実情でありますけれども、非常に平和な村でありまして、犯罪行為なんかも、軽犯罪が
年間に十件そこそこである。大きな犯罪がほとんどない。それがために、昼といわず夜といわず、戸締りをしたことがないというような非常に静かな平和な村であるのであります。島民の気性といたしましては、非常に純朴であり、剛直である。知らない者がこの村へ入
つて行くと、何か大きなけんかでもしておるのじやな
いか、こう思うわけでありますけれども、それが普通の会話であるというように、非常に素朴剛健と申しますか、気の荒い点はありますけれども、先ほど申し上げましたように、非常に純朴な村であります。この村に、御
承知のようにアメリカ軍の電探基地が設置されるということに現在なりつつあるのでありますけれども、島民はあげてこれに
反対いたしておるのであります。その
経過については後ほど説明申し上げますが、その
反対の理由の第一点は、この村には、戦時中にやはり海軍の同じような
施設があ
つたわけであります。それがために、戦争に非常に悩まされておる、爆撃の対象になる、隣村の潮岬には海軍の飛行場がありまして、この辺が非常にねらわれた。それがために戦争は非常に恐ろしい。だからこういう危険なものをこの村へ持
つて來てもら
つたならば、いざという場合、島でありますから避難することもできない。そういう意味においてまず第一点として
反対である。
第二点は、今
西川さんも申し上げました通り、風紀教育上の問題でありまして、先ほど申しましたように、夏の盛漁期になりますと、男盛りの人はほとんど遠くへ出かせぎに行く。そして留守を守
つておるのは女、子供ばかりである。特にこの島の特徴といたしましては、夜焚網とい
つて、夜出漁するのであります。だから夜は、留守居をしておるのは女子供というようなことになりまして、もしこの村にアメリカ人などが入
つて来た場合には、そうい
つた面におきまして、家を留守にすることが危険である。それがために出漁は不能というようなことになれば、経済的にも非常に打撃をこうむる。またこの
接収予定地に接しておるところでありますが、ここに中学校があるわけであります。中学校と申しますと、相当な年ごろの学生たちでありまして、この
子供たちに与える教育上、風紀上の影響も村人は非常に心配いたしておるわけであります。特に串本高等学校へ通う生徒は、日暮れ方この基地の下を通らなければならないというようなことも手伝いまして、第二点といたしましては、風紀、教育上の問題からこれに強く島民は
反対いたしておるわけでございます。
第三点は、この村は
耕地が非常に少いのでありますけれども、その上に二十四
町歩以上の
耕地山林を
接収されることによる経済上与える影響、そういう理由をもちまして、島民は強く結束してこれに
反対をいたしておるわけでございます。
なおこれについての
経過を簡単に申し上げますと、占領中に
接収予定の公
文書が大鳥村に来たのであります。これは占領中でありまして、
村当局といたしましては、困
つたものだという程度にな
つてお
つたわけでございますけれども、講和発効によりまして、これが白紙還元されて新しく計画されたわけでございます。二十六年の十一月二十三日に大阪の調達局から派遣したことが事の起りとなりまして、
村民大会を開きまして、ここで
いかなる説得があろうが、
いかなる条件があろうが、
村民は絶対に
反対であるという
反対決議をいたしまして、
反対対策
委員会を設けたわけであります。十二月九日には、大阪の調達局の平井
課長さん一行五名が見えましたけれども、
村民は激昂いたしまして、役場を包囲いたしまして
陳情決議をいたし、
決議文を手交したわけでございます。その翌日もやはりこの
方々が参
つたのでありますが、役場に入ることができないで、役場の外で、立入り
調査はとりやめる、
村民の
反対は十分中央へ反映するからという
言葉を残して立ち去
つたようなわけでございます。そのころから、
村民の
反対機運はますます高くな
つて来たのでありますけれども、アメリカ軍より変更できないとの回答が外務省にあ
つたというような情報も入りまして、四月二十日に、外務省の
国際協力局の次長さんと、関参事官、和田事務官の
方々が政府の使いといたしまして了解を求めに参
つたわけでございますが、大島の桟橋に集ま
つた村民が、ここで一歩も大島村に立ち入ることをさせないで、三時間立ち往生というような形で帰
つてもら
つた。五月一日には、閣議で大鳥村を
使用する、
接収するということに決定いたしておるのでありますけれども、村会、対策
委員会は、数次にわた
つて反対確認をいたし、さらに政府
当局その他各
当局へ、これのとりやめ方、あるいは変更方を
陳情し、お願いいたしておるのでありますけれども、ただいまのところは、
土地收用法による立入り
調査は無期延期するということだけにな
つておりまして、この大島村の軍事基地を中止する、とりやめるということにはな
つておらないわけでございます。ところが
村民は、先ほど申し上げましたように、非常に強い決意を持
つてこれの
反対をいたしておりますし、ある
村民は、最後の場合は、内灘以上の問題になるやもしれないというほどの強い
反対を示しておるわけでございます。なお串本におきましても、これの
反対村民大会を持ち、各市町村すべて
反対大会を持ちまして、漸次全県的な
反対運動に広がりつつあるわけでございます。特に先ほどから申し上げました通り、この大島は非常に素朴な
村民であり、ほんとうに経済、風紀上の問題、あるいは外国人には入
つて来てもらいたくない、それから戦争は恐ろしい、こういうところから燃え上
つたところの強い
反対、しかも紀州の南端であり、どちらかというと置き忘れられ、あるいは見捨てられがちの紀州の南端の孤島であります。どうか十分この点をお考えいただきまして、
委員さん力方の御協力を得まして、この基地設置
反対方を御協力願わんことをお願いする次第であります。