○岡本愛祐君 私は緑風会の第一陣としまして、
吉田内閣総理大臣並びに関係各
大臣に対し、現下重要の諸問題につき質問をいたしたいと存じます。
我が国は昨年四月
独立を回復し、自主独往、国際社会に乗り出して参
つたのでありますが、
独立後、
国際情勢も国内事情も依然として多難を極めているのであります。即ち、朝鮮事変の妥結はいつ成るとも見込が立たず、民主主義国家群と共産主義国家群との対立は更に激化するものと存ぜられます。封じ込め
政策から押し戻し
政策に積極化せんとする
アイゼンハワー新
大統領の
外交政策は、ソ連及びその衛星国を刺戟して、国内の浄化結束のため血の粛清工作によ
つて鋭く対立し、両陣営間に、原子爆弾、水素爆弾その他の新鋭武器の集積競争が果てしなく続く
現状であり、両勢力の衝突地帯に置かれている
日本の環境は誠に容易ならざるものがあるのであります。更に国内的には、四つの小島に八千五百万人の大人口を擁し、資源も少く、
国民の生きる途は、主として輸入原料等による工業と輸出貿易に依存せざるを得ない
我が国において、重要
産業のストライキは続出し、暴力革命の企ても跡を絶たない状況にあります。
ただ国民の自覚と結束と不断の努力とが、この
外交、
政治、経済上の苦況を切り抜けて、真の
独立を完成するのでありますが、この
施策の
中心であるべき吉田
自由党内閣は、果してこの重責に堪え得る実力と
責任感を持
つておられるのであるか。私は甚だ憂慮に堪えないのであります。
吉田総理大臣は先に本
会議場において、
独立後最初の総
選挙に当り、
国民の大多数が再び
自由党を支持し、四たび
国政を担当せられたことを誇りとせられ、これ全く
国民の大多数が従来の
自由党内閣の
施策を是認したものとし、この絶対多数の勢力を基礎としてますます政局安定に努めたいと言明せられたのであります。然るに
政府与党たる
自由党の
内部においては当初から
内紛を生じ、とどまるところを知らない
現状であるのは、甚だ遺憾であります。これでは、吉田首相が
自由党の絶対多数誇示し、その基礎によ
つて政局の安定を図らんとする
考え方が根底から覆えされるのであ
つて、只今首相の
答弁もありましたが、
自由党を支持した
国民の期待を裏切ることが多大であります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)
自由党の
内紛によ
つて吉田総理大臣が政局担当の自信を失い、総辞職されるのであればとに
かく、党内不統一による
内紛処理を真の原因として再び衆議院の解散を試みんとするのであれば、非立憲も甚だしいと言わざるを得ないのであります。解散は衆議院議員の死命を制するものであり、濫用すべきものではないのは勿論であります。
憲法第七条は首相に対し無制限の衆議院解散権を認めたものではなく、
国政遂行上止むを得ないときにのみ限定さるべきであり民主主義に反する解散は到底許されないのであります。かかる場合に際会して、首相は果して解散を断行する法律的
政治的な根拠がありとせられるのであるか、承わりたいのであります。或いは吉田首相は、義務
教育費全額国庫
負担、基幹
産業のストライキ制限、警察法改正、中央行政機構、地方制度の
根本的改革、その他論議が多くて容易に成立を期待し得ない重要法案を積極的に
国会に提案して、野党と民同派等の反対を喚び起し、それを理由として再び解散する口実を作らんとしているとも言われていたのでありますが、
かくのごとくでは徒らに政権に恋々として民主
政治を破壊するものと言われても仕方がないのであります。首相の率直なる御
所信を
お尋ねいたします。(「緑風会はどういう態度をとるかな」と呼ぶ者あり)
吉田総理大臣は、昨日、「
独立日本としては、
自由諸国との提携、なかんずく対米親善関係を一段と緊密にし、力を
国連協力にいたし、以て
世界平和に貢献いたしたい」と
言つておられるのであります。概括的な
方針としては私は賛成であります。岡崎外相の述べられたことく、
独立回復後の
我が国の進路として共産主義国家群の陳営に参加する手はもとよりないのであります。又、私も、民主共産両陣営のいずれにも参加せず、中立の立場をとる
方針にも反対であります。中立国とな
つても、しばしば強国間の戦争によ
つて踏みにじられる例が多いのであり、
日本自身も日ソ不可侵条約をソ連自身によ
つて公然と蹂躪されたにがい経験を持
つております。而も
日本の戦略的要衝たる
地位と水準の高い工業力は、両陣営のどちらからも最も重要視され、両陣営の衝突の際は
日本は天王山的
地位を占めるものでありますから、中立を保つことは至難であります。又、
日本の中立は、孤立を意味し、平和攻勢に出でるソ連戦術の各個撃破の好
対象であります。中立を固持し、一旦侵略を受けて後悔しても取返しがつかないのであります。故に
我が国としては、志を同じうする民主主義国家群に参加し、やがては
国連に参加して、共に
世界の平和と安全に寄与する
方針をとるほかはないと信ずるものであります。併しこのことは、
我が国が民主主義陣営の東方における最前線に立つことを意味し、甚だしく困難な
地位に立つのでありますが、これはすでに一昨年締結した平和条約と
日米安全保障条約とによ
つて、(「戦争条約だろう」と呼ぶ者あり)
日本の進路を
決定したものであり、覚悟はすでにできているのであります。或いはソ連と中共が、中ソ友好同盟により、第三次
世界大戦の危険を冒して早期決戦に出で、人民解放を名目として、民主陣営の最前線たる
日本に侵入を企てる虞れがあるかも知れません。最近、外電は、ソ連が北シベリア、樺太等における空軍基地の整備を終え、北海道ではしばしば領空侵犯が行われていると報じ、一月二十七日、ダレス国務長官は、「ソ連機の北海道上空侵犯は共産主義の
日本に対する脅威の一部を示すものであり、若しソ連及び中共が偉大な工業力を持つ
日本をその統制下に置くならば、彼らはそれを利用して強大にアジア人を武装させるであろう。若しこのことが起れば、我々にと
つて極めて不幸なことになる」と述べ、
日本を民主主義陣営の反共国として強化しようとする強い決意を示しているのであります。(「再
軍備論か」と呼ぶ者あり)而して一月十三日、米駐留軍側の要請により、
政府は我が領空の侵犯に関してソ連と解せられる某国の不法
行為について声明を発し、今後なお繰返す場合は必要と認める有効適切な手段をとる旨警告を発したのでありますが、武力を持たぬ
我が国として、領空侵犯に対する自衛の
措置を駐留
米軍に期待するほかないのが
現状であります。
米軍の駐留する間は
米軍が外敵を
防衛してくれますが、
米軍が永久に
日本にとどまることは
我が国も迷惑であり、
日米安全保障条約についてみても不可能であります。而も国内の暴力革命は、外国軍が人民解放の名目の下に侵入すると同時に起ることが常識とされております。(「質問をしろ、質問はどうした」と呼ぶ者あり)我々
国民はこの重大な
情勢を深く認識し、
国民一致の努力と
政府の適切な
施策とによ
つて、
独立国としての実力を
国民の
経済力の上に置いて、又同時に自衛面において急速に高めて行く必要があると信じます。(「いよいよ出たね」「再
軍備賛成論者」と呼ぶ者あり)私は、
国民の
生活水準を高めつつ、成るべく速かに自衛戦力を培養し保持する
方策をとり、その自衛戦力が外敵の侵入を半月乃至一カ月
防衛し得る程度に至れば、
米軍の退去を求めるべきであると思います。(「ほう」と呼ぶ者あり)その程度の
防衛力を保持するときは、連合国の来援と相待
つて国防の目的が達し得るのであります。吉田首相並びに木村保安庁長官は、これらの点につき
如何に認識され、
如何に対処されるか、お伺いいたしたい。
去る一月二十日、
アイゼンハワー新
大統領は九原則を
内外に宣明し、その中に、戦争を避け、侵略撃破の力を発展せしめることを第一の仕事とすると言い、又
国連の枠内で地域的安全保障の体制を強化すると言い、又、
国連を言葉の上だけではなく実際の勢力に作り上げるべく努力すると
言つているのであります。ダレス新国務長官は、先に、「日米、米比等の三安全保障条約よりも、もつと大きな統一と力を築き上げ、もつと適切な安全保障機構を作り上げる方向に進むべきである」と述べているのであります。
吉田総理大臣は、
アイゼンハワー大統領とダレス国務長官の就任に関し、日米関係の将来にも新らしい希望を感ぜしめるものであると述べられましたが、やがて米国新共和党
政府は
日本に自衛戦力の造成を強く要望することは、この
情勢下から
考えても明らかであると存じます。
政府は従来のその都度
外交でなく、この際、毅然たる
根本方針を立てるべきであります。(「御催促ですか」と呼ぶ者あり)
更に、
我が国が国際連合に加入すれば、その集団安全保障方式に従わなければならないのが当然の帰結であります。即ち、
我が国が侵略を受けたときは他国の援助を受け、他国が侵略を受けたときは
我が国が助けねばならないのであります。西太平洋において自衛の最も潜在力のある国の一つは
我が国であり、その実力のある
我が国だけが
国連内にあ
つて外国を救助する義務を免かれることは、共同
責任の上で不可能であると存じます。
我が国は先に
国連への加入を申入れたのであり、それは不幸にしてソ連の拒否権の発動となり、失敗に帰したのでありますが、
国連加入を申し出る以上は、究極は
集団保障方式に加わるのであり、ひいて
我が国も他国を助け得る戦力を蓄えねばならない結論になるのであります。
吉田総理大臣は、従来しばしば「再
軍備をしない。現在の状態が続く限りは
軍備はしない。
従つて憲法改正の必要はない。いつから再
軍備を始めるかという時期については
考えていない」と答えられるのを例といたしますが、恐らく
総理大臣の意味は、従前
日本が保有していた他国を侵略するに足るような
軍備は再びしないという意味であると付度されるのであり、自衛のための戦力は、
日本国民の
経済力の充実を待ち、
生活水準を維持し得る限度において成るべく速かにこれを培養し、保持し、これを以て他国が侵略せられたときは支援し、
集団保障の責を全うすべきであると
考えておられるものと思うのでありますが、
如何ですか。(「この前の催促か」と呼ぶ者あり、
笑声)集団
防衛と
日本の
責任についての
総理大臣及び
外務大臣の真意は果して
如何であるか、お伺いいたします。(「柳の下にどじようか」と呼ぶ者あり)現に木村保安庁長官は、一月十八日、西宮市において、
日本の
防衛は諸外国との集団
防衛に依存しなくてはならぬ旨を語
つておられるのであります。
総理大臣は、第十三回
国会の
予算委員会において私の質問に対し、(「そうでした」と呼ぶ者あり)初めは自衛のためには戦力を持つことを
憲法は禁じてない旨の
答弁をされたのであります。後にこれを訂正して、「たとえ自衛のためでも戦力を持つことはいわゆる再
軍備であ
つて、この場合には
憲法の改正を要するということを私はここに改めて断定する」と
答弁せられたのであります。現在でもその
通り考えておられるのか、お伺いをいたします。
総理大臣は、再
軍備即ち他国を侵略し得るごとき従来の
軍備はしないが、自衛のため、集団安全保障のための戦力は早晩保持するのであり、これは現在
憲法上禁じているから、戦力を持つに際しては、
国民投票により
憲法を改正する
措置を要すると
考えておられるか。明確な御
答弁を承わりたい。最近の
総理大臣の御
答弁を詳細に検討してみますると、この点を再確認しておく必要があるのであります。
吉田首相は又、先に、「フリゲート艦を持ち、又はヘリコプターを持つことは、パトロール用のものであるから戦力ではない。これを以て直ちに軍隊と申すことはできない」と言われ、岡崎
外務大臣は、「
軍備というものは相対的のものであり、従来軍隊であ
つても、今同じものが軍隊とは言えない。又他国が軍隊として持
つていると同様のものを
日本が持てば軍隊となるかというと、必ずしもそうではない」と補足しておられるのでありますが、これは非常な重大な
答弁であります。
憲法第九条第二項に言う「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」という重大な条項が、
国民大多数の常識に反して、
政府の一方的解釈で、殊に相対的というような言葉で左右されるのであるならば、これより危険なこはないのであります。
木村
国務大臣は従来戦力を定義して、「戦争を有効適切に遂行し得る装備と
編成を持つ力」であるとし、「
日本の治安確保のために自衛力は持
つてよろしいが、戦力に近づくべきようなものは成るべく
日本は差控えるべきものである」と
答弁されているのであります。然らば、自衛力がどの程度に達すれば「戦争を有効適切に遂行し得る装備と
編成を持つ力」になるかは、一般
国民の常識的判断に待つべきものであると思うのであります。
政府が
国民の大多数の常識に反して、その都度、言を左右にし、勝手に断定を下し得ないものと信ずるのであります。
総理大臣は又「国力の回復に伴
つて自衛力の漸増を図るべきであるが、現在の段階は専ら物心両面における国力の充実に努力を傾くべき時期である」と言われるのであります。而して二十八年度
予算案においても保安庁
経費八百三十億円を投じ、
保安隊、海上警備隊の増強に充当し、即ちその程度において自衛力は増強されるのであります。そこで、自衛力の増強を続けるときは、遂に戦力に到達するのは当然であります。自衛力漸増の名の下に
国民の目を塞いで、着々と戦力を作り上げつつあるという印象を
国民に与えるのでは、断じて不可であります。最近、木村保安庁長官に同行して
保安隊を視察に現地に出かけて行
つた新聞記者がありますが、その新聞記者は、姫路の特科連隊の榴弾砲、高射
機関砲、車両等の装備を見て、これだけでも明らかに砲兵部隊であるとし、「
保安隊は軍隊にあらずと断定する図太い感覚を持つ
政治家の神経を疑い、
国会答弁における詭弁の苦しさを再認識した」と書いているのであります。
総理大臣は先ほど
軍備をしておるのでないことは
国会が認めていると言われたのでありますが、
かくのごとく自衛力を増加して参れば戦力にたり、
国会も認めなくなるのであります。
政府は戦力となる前に速かに
憲法を改正して、自衛戦力を保持することの可否を
国民投票に問うべき段階にすでに立ち
至つていると私は信ずるのであります。
吉田内閣総理大臣は第十三回
国会の
予算委員会において私の問いに答えて、
日本の
経済力がこれを許し、又外界の事情がこれを許すに至れば、戦力を持つことを
考えざるを得ないのであるが、その場合には
憲法に
従つて国民投票に聞き、
憲法改正をするが、差当り未だその時期に至らない。併しその時期に至れば成るべく速かにやるということも承知いたします」と答えておられます。而してすでにその時期が来たのではないか。
かくしてこそ
政府は民主
憲法を遵守し、
政府に対する
国民の
信頼を繋ぐゆえんであり、ひいては優秀な青年が進んで国の
防衛に挺身し、自衛力の面目を一新し得るものと信ずるのであります。
なお、ここに附言いたしておきたいことは、米国が新政権に交替したこの際、
吉田総理大臣は
アイゼンハワー新
大統領に対し、先に私が首相に提言したごとく、米空軍が原子爆弾攻撃の基地として
日本の領土を使用することを拒絶する旨の断固たる申入れをいれをされることが絶対に必要であると存じます。
アイゼンハワー大統領が朝鮮事変の解決促進のため
日本を原子爆弾の基地として使用するときは、外敵も又報復的に基地附近に対して原子爆弾攻撃を行う正当の理由を生ずるからであります。
総理大臣の
所信を
お尋ねいたします。又、
米軍が
我が国を基地として満州又は支那本土を爆撃することがあるときは、必ず事前に我が方に協議するよう確約すべきであります。この点については、日米
行政協定締結の際、米国側と協議済みであると岡崎
外務大臣は曾
つて私に答えておられますが、果して然りであるか、確認いたしておきます。
我々は原子爆弾攻撃をこうむり、原子爆弾の恐るべき被害を身を以て体験している唯一の
国民として、自衛につき万全の用意を整えつつも、民主、共産両陣営の冷たい戦争が第三次
世界大戦に発展し、原子爆弾戦に突入して、
日本国民が、否、
世界人類が破滅に立ち至らないよう、最大の努力をなすべきであります。(「針のめどを通るより困難だ」と呼ぶ者あり)
次に国内治安の現況と
政府の治安
対策等について
お尋ねいたします。先に
総理大臣は、「国内における一部破壊分子による暴力主義的活動は、近時表面的にはややその影を潜めておるかに見えるが、その基本的な企図には毫も変化はない。
国際情勢との関係を保ちつつ、将来一層周到且つ巧妙な
方法によ
つて自由社界を
崩壊せしめんとする行動に出る危険性は依然として頗る大である」と述べておられるのであります。一月十五日
発行の
日本週報は、日共の第二十二中委軍事
報告書なるものを掲載し、その
報告書には、「武装闘争の正当性を主張し、反動勢力の暴力と闘う力を
労働者農民の中に組織し、これを基礎に
国民の自由な
政治活動を保障する遊撃隊の行動を展開することが必要である」と言い、「武装は正義の手段である。武器の製造、獲得、管理を行え。公然たる武装活動の時期は近い。今日の段階は武装闘争の準備期である。
国民総抵抗の闘争を徹底的に強化すべき時期である」と説いているのであります。果してかかる危険な
情勢が現実的に存在するのでありますか。若し
日本週報に載せる
報告書が真実なりとすれば、日共の
行為は破壊活動防止法第四条にいう「暴力主義的破壊活動」に該当するに至るのではないか。犬養法務
大臣の詳細なる御説明と
お答えをお願いいたします。
国内治安維持の第一線は警察力であります。
吉田総理大臣は昨日の
演説において、「占領中の
施策中、行過ぎの感あるものに対して、この際これを是正するのは当然の
措置である」として、その一として現行警察制度の改革を取上げ、国警、自警の区別は往々にして両者の連絡を欠き、警察目的の達成に不便を来たすから、その欠陥を是正し、旧弊を戒めると共に、能率的な警察制度を
確立する。」と述べられましたが、具体的に
如何なる構想を得られたか、
お答えを得たい。最近、国家公安委員及び都道府県公安委員の連合会においては、市町村の自治体警察制度を廃止して警察を一木とし、その単位を都道府県ごととする。公安委員会は、中央、地方の二本建として、主として中央公安委員会は行政管理を、地方公安委員会は運営管理をなし、
経費は大
部分を国家
負担とし、一部を都道府県の
負担とする等を議決したようであり、犬養法務
大臣も同意見であると新聞紙は報じておりますが、果してそうでありますか。すでに全国市長会、自治体警察側では、この改正に絶対反対を表明しておるのであります。私は、警察法制定の当時から、民主警察の創設、中央集権的国家警察の廃棄の
根本方針には賛成でありましたが、併し自治警察が果して犯罪検挙の面において又治安維持の上において適する制度であるかどうかを疑
つていたのであります。人口十万以下の市町村の自治体警察は廃止して、国家警察に統合すべきであるということを提唱したのであります。一昨年
国会から派遣されて、米国各州を視察し、その警察制度、殊に市町村自治体警察を調査いたしましたる際、ニユーヨーク州シラキユース大学のスベンサー・パロツト博士は、「米国においても小自治体警察はうまく運営されていない、小自治体は米国にあ
つても完全な警察を維持することは困難であ
つて、連邦警察、州警察の援助を借りて漸くその職務をや
つているに過ぎない、小自治体警察の犯罪の捜査検挙の機能は零である、現在我々が不備であると思う制度を
日本に強制したことは絶対に不可であ
つた」と率直に話してくれたのであります。又ニユーヨーク州のローソン警視は、「
政治と警察を混同しては大変である、党派の利益を図るものに警察を持たせることほど危険なものはない、米国では遺憾ながら
政治と警察とが混雑している」(「
日本は」と呼ぶ者あり)「
日本がこれを分離することができれば、米国の警察より数歩前進したものとなる」と忠言してくれました。米国の自治体警察が必ずしも民主警察の実を挙げているのではないのであり、そこにも無知と堕落があるのを知
つたのであります。私は、新
憲法下の警察は飽くまで民主化の線に沿い、警察国家の弊害を除去するに努めると共に、
如何によくこれを能率化するかを警察法改正の眼目とせられたいと思うのであります。警察制度改正に際し、これらの点につき
如何に
考えられるか。吉田首相及び犬養法相の御抱負を伺いたい。
次に、地方自治の
確立と地方制度の改革について吉田首相の信念を
お尋ねしたい。民主
政治の基盤は地方自治の
確立にあります。それ故に、
憲法は特に地方自治の章を設けて地方自治の原則を掲げ、
国民に地方自治を保障しているのであります。即ち、
憲法の定める地方自治の原則は、
憲法の
根本原則である
国民主権に基く民主的体制を地方行政の部面に取入れると共に、これによ
つて国の民主的
政治体制の基礎を培養せんとするものであります。その原則の一つに、地方公共団体の長は、その地方公共団体の住民が直接これを
選挙する」。とあるのであります。吉田
自由党内閣の従来の施政の状況を見るに、この地方自治の
確立について他の政務よりは関心が薄いのではないかと疑わざるを得ないのであります。すでに
政府乃至
自由党は、都道府県知事の公選を廃止して
政府の任命制とすることを唱道し、人心を動揺せしめたのであります。而して
政府は第十三回
国会において、その手始めとして、東京都の区長の公選制を改めて都知事の任命制をとらんとしたのでありますが、
国会の修正により、区議会が知事の同意を得てこれを選任する制度とな
つたのであります。吉田首相は昨日、地方制度については、「中央地方の有機的関係を密にすることを主旨とし、目下地方制度調査会に諮問中であり、その答申を待
つて改正を待
つて改正を実施するつもりである」と述べられたのでありますが、都道府県知事については、その公選制を改め、
政府の任命制とすることを、中央地方の有機的関係を密にする上において望ましいと
考えられるのであるか、お伺いいたします。而して知事の公選制廃止は、即ち現在
憲法上の地方公共団体である都道府県の性格を
根本的に改め、
憲法上の地方公共団体でなくするよう法律の改正を要するのであり、そうでなければ前に述べた
憲法の定める地方自治の原則に反することとなるのでありまして、容易ならざる問題であります。
吉田総理大臣はこの法理を御認識の上
お答えをお願いいたします。
又、先にシヤウプ使節団の
勧告に基いて設置した地方行政調査委員
会議は、地方自治を基底とする市町村、都道府県及び国、相互間の事務の配分の調整等に関する
計画につき調査立案するため、衆智を集めて検討し、一年余の日子を費して結論を得、同
会議設置法に基き、行政事務再配分に関する
勧告を
内閣を経由して
国会に
勧告して参りました。同設置法第四条には「
内閣は、前条の
計画に関する法律案の
国会提出に関しては、
会議の
勧告を尊重しなければならない。」と義務ずけているのであります。ところが、その後、
政府はややもすればこの
勧告を無視し、これを尊重するの実を示さないのであります。今回
政府は
勧告の趣旨に反して、突如義務
教育費の全額国庫
負担の
方針を
決定して、義務
教育を地方公共団体の事務から国家事務に変更し、教員を市町村
公務員から国家
公務員に変更せんとしているのであります。而も
政府は、地方制度を
根本的に再検討するため、各界代表を網羅して設けた地方制度調査会の意見を聞く以前に義務
教育費全額国庫
負担の
方針を
決定したのであり、調査会が反対の答申をしても、それを参考意見とするにとどめて、その
方針を変更しないというのであります。而も調査会が
責任担当
大臣として岡野文部
大臣の出席を求めたにもかかわらず、同
大臣は言を左右にして出席しなか
つたのであります。地方行政調査委員
会議の
勧告や地方制度調査会の答申を無視し、地方行政事務の連関性を
考慮することなしに地方自治の重大問題を決せんとする
政府は、果して地方自治を
確立し民主
政治を徹底する熱意を有せられるや否や、疑わざるを得ません。(「その
通り」と呼ぶ者あり)地方自治に対する吉田首相の信念を
お尋ねするゆえんであります。
なお、義務
教育費の全額国庫
負担に関し、吉田首相、岡野文部
大臣、
向井大蔵大臣、本多
国務大臣及び緒方官房長官に次の
諸点を
お尋ねいたします。
一、
政府は、地方行政調査委員
会議の
勧告をどの程度尊重するか。又地方制度調査会を諮問
機関としてどの程度尊重するか。
二、同
会議の
勧告には、「中学校及び小学校の
教育に関する事務は市町村の
責任とし、その
経費は市町村の
負担とする」とあるのを、
政府は全面的に否定し、義務
教育を国家事務とし、教職員を国家
公務員とし、教員の
給与を全額国庫
負担とせんとするその根拠はどこにあるか。昨日吉田首相は、道義の高揚は究極において
教育の作振に待つのほかなしとされ、今回の
施策により義務
教育の面目の一新を信ずるものであると述べられた点は、誠に重大な言明であります。地方自治体が義務
教育を担当しては
教育の作振はなく、道義の高揚はないと言うに等しいのであります。
吉田総理大臣、岡野文部
大臣の詳細な弁明を求めるゆえんであります。
三、義務
教育に従事する教員給を全額国庫
負担とすることは、何故必然的に教員を国家
公務員に変更する根拠となるのであるか。義務
教育に要する
経費は教員給だけではないのでありまして、校舎その他の施設等は地方公共団体の支弁に属するのであります。この変更は、専ら日教組の
選挙運動を封じて、その
国会進出を阻まんとする
自由党の苦肉の策であるとの非難がありますが、果してそうであるか、
お尋ねいたします。
四、大蔵当局は二十八年度
予算案原案において、当初地方財政平衡交付金の総額を千七百二十億と計上したのであるが、
自由党が突如義務
教育費の全額国庫
負担の
方針を決したため俄かに変更して、提出
予算にはこれを八百倍とし、差引九百二十億円を義務
教育費として計上したのであります。それが果して妥当であるかどうか甚だ疑問でありまして、現に自治庁当局は大いにこれに抗議したのであります。
向井大蔵大臣は昨日、「地方財政については今後地方制度全般の問題と関連して
根本的に検討を要すると認められるので、地方制度調査会等の
審議を待
つて急速にこれが改善を図りたい」と述べられましたが、差当り義務
教育費の全額国庫
負担により、東京都、大阪府等、従来平衡交付金の配付を受けないものも義務
教育費の全額を受け、又愛知、兵庫、福岡等の六府県のごとく、従来の交付金よりも多額の義務
教育費の額を受けるものを生ずるのでありまして、その合計額は相当多額に上りますが、そのため財政
窮乏にあえぐ他の府県及び市町村が受ける平衡交付
金額が当初の予定よりも減少することはないかどうか。私は減少するのじやないかと思うのであります。若し減少するとすれば、従来とも平衡交付金の増額を熱望し来た
つた府県市町村に不利を与えるのでありまして、甚だ不都合であります。この点を篤と御説明を願いたいと思います。
五、右による超過
金額の財源はどこに求めるのであるか。遊興飲食税及び入場税を都道府県より取上げて国税とするときは、都道府県税源は何を代償とするか。又暫定
措置としてこれら富裕な都府県には国庫から
支出しないと報ぜられておりますが、どうなさる御
方針であるか承わりたい。
六、以上のごとき複雑で且つ困難な
措置を伴う義務
教育費の全額国庫負相を、自治庁及び大蔵省側の反対を顧みず、何故に地方制度調査会の答申を待たずして突如閣議で
決定したか。
〔副議長退席、議長着席〕
七、岡野文部
大臣が地方自治庁長官であ
つた当時には、現行の義務
教育費半額国庫
負担の問題に対してすら必ずしも賛成せられなか
つたのであります。それは地方行政委員会に席を置く私のよく知
つているところであります。然るに文部
大臣となられるや、身を翻えして全額国庫
負担を率先推進せられるというのは不可解であります。その
政治的信念をお伺いいたします。
以上を以て私の質問を終ります。(
拍手)
〔
国務大臣吉田茂君
登壇、
拍手〕