○伊藤修君
只今上程になりました
刑事特別法案に対する修正案につきまして、提案者を代表いたしましてその趣旨並びに
理由を申上げたいと存じます。
原案は御承知の
通りいわゆる旧軍機保護法にふさわしいところの法律でありまして、この法律の施行によりますれば、曾
つての軍機保護法によりまして我々がこうむ
つたところのあらゆる基本人権の制約というものが、より以上に加えられるということを憂うる次第であります。又原案によりますれば、今日、新聞雑誌その他の言論機関の
活動が何らの制約なく自由にこれが許されておるこの現状におきましてこの原案が通過いたしますれば、少くともアメリカ合衆国軍隊に関する限りはその報道の自由というものは全く制約されるのであります。この別表に掲げられました事項に亘ることは、すべてこれをあらかじめ検閲を受けざれば報道の自由なしと申上げても差支えないのです。この点におきましてこの法案が重大な問題を投げかけておる次第です。なお法案の第三点の主とする
理由は、この法案が先ほど委員長の御
報告の中にもありましたごとく、いわゆる
行政協定に基きまして必要最小限度において規制をしたと、こういう御説明でありますが、併しこの法律
自体は、むしろこの
政府の立案の基本的観念を遥かに逸脱しておる。むしろこの法律
自体によ
つて、
安全保障條約に基くところのいわゆる
行政協定が企図するところの、即ち二十三條、十七條、この二カ條によ
つて企図するところのもの以上にこの法律は制約しておるのです。
〔
議長退席、副
議長着席〕
従つて、
政府の立案の基本的観念は、原案においてはむしろ拡大されておると言わなくてはならんのです。かような次第でありまして、原案の構成
自体は、旧軍機保護法の列挙主義を排しまして、いわゆる抽象的に制約する表現を用いておるのです。規定しておるのであります、却
つてこれが拡大解釈される虞れがあるのです。あらゆる面にこれが広く解釈されまして規制せられるところの危險を温存する次第であります。これは、列挙主義とこれらのいわゆる抽象主義の書き方との利害得失はありますとはいえども、少くともこの原案によりましては、却
つて弊害を多くもたらすものであることは断言して憚からない。かような根本趣旨に基きまして、我々はこの原案に対しまして次の修正を加えたいと存ずる次第であります。
第二條におきまして、いわゆる施設又は区域を侵すの罪、これを規定しておるのです。これは原案によりますれば、その立入禁止を表現し、その表現されておる所の立入禁止区域に侵入いたしますればこれを処罰する。又これらの施設及び区域の中におる者が退去を命ぜられた場合において、これに応ぜざる場合は退去不応罪を以て処罰する、こういう規定であります。成るほど現実にその場にその
行為者がおります場合においては、この原案
通りであえて差支えないのです。併し、全国に設けられたところの区域及び施設というものは、それ
自体日本の国法は適用されない地域です。いわゆる租借地と同様の結果をもたらすところの地域です。かような日本の主権の行われない地域を、單にその
現場におけるところの立札のみを以てこれを賄おうという
考え方は、余りに
国民に対して親切さを欠くものと言わなくてはならんのです。かような主権の制約されるような区域は、少くとも国家の意思表示として官報を以てこれを公示すべきは当然のこと、当り前のことです。
政府はそういう処置はとると
言つておる。併し、これは法律
自体においてその区域を全
国民に明示すべきことをここに規定する必要は当然
考えられることです。かような意味合いにおきまして、第二條をこの趣旨を表現する意味において修正を加えたのです。先ほど委員長が
報告された
通りであります。
第五條、これは軍用物損壊に関する罪です。これは
行政協定の二十三條のいわゆる拡大解釈をと
つてこの規定を設けたのです。二十三條にはかような規定を設ける趣旨は表現されておりません。ただその精神を汲んで、日本
政府においてこれを立案するに
至つたに過ぎないのです。この趣旨は、刑法の二百六十一條の器物損壊罪、これを以てしては、これらの外国軍隊のこの種の物件に対するところの保護の全きを得ない、かような趣旨から、特別に本法においてこれを規定しようと、こういう目的のために原案の第五條としてこれを規定された次第です。併し第五條は何々と表現して、その次に「糧食、被服その他の物」、こういう文字が
使用されておる。糧食若しくは被服に至りましては、日常生活、いわゆる軍隊の日常生活の上において容易にこれは毀損されるところの事実が繰返される虞れがあるのです。例えば婦人がその軍人の被服を引張
つた場合において、これがたまたま破れれば直ちに本法により処罰される。或いはこの間の
メーデーのような場合におきまして、この軍人が
騒擾の中に巻き込まれ、その被服が
損傷されますれば、直ちに本法により処罰されます。又軍用自動車が燒却されますれば、この第五條によ
つて処罰されることは当然のことです。たまたま本法が成立していなか
つたので、この間の
メーデーに際しましてはこの法律の適用がなか
つたと言うに過ぎないのです。かような次第でありまして、軍用の重要なものに対しまして、この保護を加えるということは、これは首肯できます。併し糧食、被服に至りましては、余りに細か過ぎまして、
日本国民のこれに対するところの社会生活を規制すること甚だしいと言わなくてはならんのです。かような危險な條項までここに加えまして、あえて外国軍隊の保護をそれによ
つて達成するということは、却
つてアメリカ軍隊に対するところの御迷惑であると
考えなくてはならないのです。かような微細なものは国内法のいわゆる器物損壊罪によ
つて十分賄われるのです。而もその場合におきましては、国内法では親告罪である。アメリカ軍隊の親告があ
つて初めて処罰の対象になる。然るに本法においてはかような微々たるものに対しましても
独立罪として、この親告罪を廃止している点において、我々はどうしてもこれに対して是認することができない。
従つてこの点に対しまして、第五條中「糧食、被服その他の物」というものを削除いたしまして、代えるに「その他軍事上重要な物」と、こういう表現に修正しようと
考えている次第であります。
本法において一番問題となるのは第六條です。
先ず第六條の第一点といたしまして、いわゆる「別表に掲げる事項」、これはいわゆる機密事項としてここに掲げられたるものでありまして、本法案の重要な点であ
つて、機密というものの定義をこれによ
つて明らかにしている次第であります。この別表に掲げられている事項をそのまま、平時戰時あらゆる場合を問わずして、これが機密として保護されるということになりますれば、これほど
国民生活の上において危險甚だしいものはないと思われるのであります。元来、
安全保障條約なるものは、日本の内乱若しくは外国からの直接間接の侵略に対しまして、この
安全保障條約が発動し、その
安全保障條約の運用のために
行政協定というものが結ばれている。その
行政協定の
内容としてこの法律が賄われるのです。してみますれば、今回の、
安全保障條約に期待するところの目的を逸脱した、平時にまでこの軍の機密を保持するという
考え方は、余りに広過ぎると言わなくてはならぬ。又
安全保障條約が目的としているところのこの事項に対しまして、却
つて反するものと言うてもあえて差支えないのです。要は
安全保障條約に企図する範囲内においてこの法律において賄えば差支えない。
従つて我々は、この別表に掲げる事項について
一つの制約を加える。即ち「別表に掲げる事項でその漏えいが合衆国軍隊の防衛作戦上支障を生ぜしめる虞のあるもの」と、こういうふうに制約いたしますれば、これによ
つてこそ初めて我々は安心してこの機密保護に対しまして却
つて協力し得る態勢が整えられると思うのです。
次に第二点といたしましては、「物件で」というのを「物件であ
つて」、これは語呂の修正であります。
次に「又は不当な方法で、」を「且つ、不当な方法で、」こういうふうに修正いたしたい。これは前段におきまして、いわゆる「合衆国軍隊の安全を害すべき用途に供する目的をも
つて、」と、これで
一つの犯罪が成立する。そうして原案では「又は」と、こう謳いまして、いわゆる探知、收集と、こういう
独立犯罪を設けているわけです。前段の合衆国の軍隊の安全を害すべき目的のためにや
つた場合においては、これは犯意が認められます。後段の「又は」以下では、さような害すべき用途に供する目的がなくても、單に探知する、收集するという事実そのものを直ちに犯罪として処罰する、この規定であります。これは余りにも過激な、余りにも峻烈な法規と言わなくてはならないのです。かような法規によりまして、何ら合衆国軍隊に対しまして安全を害すべき意図がなくても、たまたま私が世界各国にあるところの飛行機の型を收集したいと、こういう意味において、あらゆる手段を用いまして、全世界にあるところの飛行機の写真を集めるといたしますれば、これが即ち直ちにこの收集罪に引つかかる場合があるのです。又探知の場合におきましてもそうです。直ちにさような意味において
独立罪として処罰されることになるのです。この危險さというものは我々が思うだに戰慄せざるを得ないと思うのです。
又第四点として第六條の二項におきまして、「通常不当な方法」でと、こういう規定があります。この通常不当な方法でという表現は、
政府の説明によりますれば、いわゆる不当の方法の上に「通常」という言葉を冠して制約したと、こう言うのです。併し、この立法の表現形式から申しますれば、却
つて複雑になるのです。「不当な方法」と言い切
つておきますれば、それで目的は達するものと
考えなくちやならぬ。その上に「通常」と、こう申しますると、例えば公務員が公務上知り得たことを、これは通常では知ることができない。
従つてそういう事項を、自分の家内に、家族に漏洩しますれば、この第六條第二項によ
つて漏洩罪として処罰されるわけです。かようなことは……本法が第一條から全條文を通じましていわゆる過失罪を罰していないのです。故意なき
行為は罰していないのです。この趣旨から申しますれば、この第六條の一項の後段及び二項の場合におきましては、故意がなくとも、この点において、そういう事実さえあれば直ちに処罰されるという不合理な結果を招来するのであります。故にこの点に対するところの修行を行わんとするものであります。
次に、第七條の二項中に「教唆し、又はせん動した者」と、こういうのを、「教唆した者」というふうに修正いたしたいと思うのです。これはたまたま破壊
活動防止法案において、この
煽動という言葉は問題にな
つておりますから、皆様においても注意される点と思われますが、併し最近、
政府はあらゆる法律に
煽動という用語を濫用し過ぎておる。本法の場合殊にそうです。本法の場合において
煽動するという場合が果してどうあるでしようか。
煽動ということは、御承知の
通り、不特定又は特定多数人に対しましてその中正の判断を失して実行に至らしむることを言うのです。してみますれば、本法の場合におきまして、探知、收集という、秘密に行うというこの犯罪に対しまして、多数の人の前で以てその人の決意を実行に至らしむるというような
煽動行為が行われ得るかどうか。事実上あり得ないのです。仮にこれがあるといたしましても、仮にあるといたしましても、その場合は蓼々たるものです。殊にこの
煽動という言葉
自体は非常に拡大拡張して解釈される慮れがあるのです。こういう点は立法をする場合においては嚴に愼しまなくてはならぬと思うのです。この意味において、この点を修正いたしたいと思うのです。
次に第十九條中の「参考人」とあるのを、「裁判官の
許可を得て、参考人」と、こういうふうに改めたいと思う。この趣旨は、第十八條におきまして、アメリカ軍隊から要請がありますれば、裁判官の
許可を得て家宅捜索ができる、臨検ができるという規定にな
つておるのです。然るに、第十九條の場合に限
つては、裁判官の
許可を得ずして、検察官、司法
警察員は直ちに
日本国民を尋問することもできる、検証することもできる、物を領置する、いわゆる押收することもできると、こういう規定でございます。十八條においてすら
許可を要件としているのです。然るに十九條の場合において何が故に
許可を外すか。これは
政府の説明によりますれば、このアメリカ合衆国の要請は判断を許さない。判断を許さないのだから、
従つて裁判所の
許可を得ることは必要ないと、こういうのです。併し、若しそういう見解の下にこの十九條が規定されているとするならば、それこそ由々しい問題だと思う。少くとも、日本の行政権、司法権の
活動は、この範囲においては主権が制約されていると言わなくちやならぬのです。アメリカの
命令は、即、
日本国民にそのまま適用されるということになる。日本の主権はこの範囲において重大な制約をこうむ
つておると言わなくちやならぬのです。かような不合理な結果があり得ようか。殊にこの十九條に定めることは、その
行為自体が即ち司法権の行使で、準司法権の行使です。検察官の尋問権、
捜査権及び検証権、そういう準司法権として、日本の国内法においては刑事訴訟法においてこの手続を非常に愼重に規定しているのです。而も
政府はこれは裁判所の
許可を要することにしているのです。にもかかわらず、この場合に限
つてのみ裁判所の
許可なくして独自に單独になし得るということは、これこそ法律
自体が
憲法の精神をみずから壊して行くというあり方です。あえて
憲法違反と言うても私は差支えないと思うのです。かようなあり方は、我々は立法の際において十分常に注意しなくてはならんのです。知らず知らずのうちに、
憲法に定むるところのあらゆる保障というものが、こうしたら
一つ一つの法律によ
つて片隅から崩されて行くというあり方は、国会議員として常に私は深い関心を持たなくてはならんと思うのであります。次に、この法律は
安全保障條約
発効に至るまでに成立する
予定でありまして、原案には
発効と同時にこの法律の効力を生ずるという旨が規定されているのでありますが、不幸にいたしまして成立せずして本日に至りましたから、この原案のいわゆる公布に関する事項を修正いたしまして、原案の
安全保障條約
発効の日から効力を生ずるというのを「公布の日」からその効力を生ずると、こういうふうに修正いたしたいと存ずる次第であります。
以上の点の修正案をお手許に差上げてありますから、十分この修正点に対しまして皆様の御同意をお願いいたしたいと思います。殊に、この法律が一たびできますれば、我々は曾
つての、スパイ
活動に対するところの、あの規制されたところの軍機保護法のような悪法的な法律の下に再び私たちは生活しなくちやならん。この危險さというものを我々は
考えてみなくてはならん。殊に先ほど申しましたごとく、言論に対するところの大きな制約であるという点も重視しなくてはならんのです。かような法律は一党一派の
政策的な法律じやないのです。
国民全体に対するところの一般法規であるのです。でありますから、我々は政党政派を超越いたしまして、参議院として、いわゆる政党の縦の繋がりの線は第二義的に
考え、参議院は参議院としてのあり方において、この行き過ぎた法律に対しまして
国民のために規正することが最も我々に課せられた任務の遂行ではないかと思うのです。この意味において、何とぞこの修正案に対しまして御
賛成をお願いいたしたいと存ずる次第であります。
以上であります。(
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