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1951-12-14 第13回国会 参議院 法務委員会戦争犯罪人に対する法的処置に関する小委員会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十六年十二月十四日(金曜日)    午前十時四十一分開会   —————————————   出席者は左の通り。    委員長     鬼丸 義齊君    委員            岡部  常君            中山 福藏君            宮城タマヨ君            伊藤  修君            一松 定吉君            羽仁 五郎君            須藤 五郎君   事務局側    常任委員会専門    員       長谷川 宏君    常任委員会専門    員       西村 高兄君   参考人            清瀬 一郎君            鵜沢 総明君            林  逸郎君   —————————————   本日の会議に付した事件戦争犯罪人に対する法的処置に関す  る件   —————————————
  2. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それでは只今から委員会を開きます。  本日は、かねて当委員会において決定いたしておりました極東国際裁判並びに連合国裁判にお立会いになりました清瀬一郎先生鵜沢先生並びに林先生高柳先生の四氏より戦争犯罪人に対しまする裁判の審理に関しまする御意見等を承わることになつておりますので、高柳先生だけが何かお差支えがあつてまだ御臨席でありませんが、他の御三方が御出席でありますから、これから直ちに御意見を承わることにいたします。  ちよつとこの際御三方に御挨拶を簡単にいたしたいと思いまするが、実は平和条約がいよいよ締結されますることになつておりますにつきましては、同条約の第十一条によりまして、発効後、従来極東裁判並びに連合国当局裁判されました有罪被告に対しまする裁判を、日本国はこれを承認いたしまして、更に日本にありまするこれらの有罪者の刑の執行を日本に課せられることになつておりますことにつきましては、いろいろとそれに関しまする法的処置を如何にするかということについて、当法務委員会において調査をいたすことに相成つております。それにつきましては、やはり御承知通り平和条約の第十一条にあります通りに、釈放、仮出獄とか、或いは減刑その他の恩典に関しまする事項につきましては、日本政府からの助言と、更にそれぞれ裁判をいたしました関係国の了解を得なければ、その処置ができないことになつておりますので、かたがたこの際、裁判にお立会いになりました有力なる専門法律家の皆様より、裁判に関しまする実際の面からお気付きになりました事情等を直接お聞かせ願いまして、今後の法的処置に対しまする資料に供したいと思いまするために、非常に御迷惑でありまするけれども、本日参考人として当委員会に御臨席頂いたわけであります。つきましては、どうか御三方よりそれぞれ御関係のありました裁判上の法的御見解並びにそれに対しまする短所長所、或いは事情等について、この際我々に聞かしておくことが必要であるとお考えになりました点等につきまして御意見を聞かして頂きたいと存じます。順を追いまして、清瀬先生鵜沢先生林先生の順によりまして、一応それぞれの御見解をこの際お述べを頂くことにいたしたいと思いますから、どうぞよろしくお願いしたいと思います。御着席のままどうか……。   —————————————
  3. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) それでは今委員長の仰せの趣意によりまして、簡単に私の考えていることを申上げたいと存じます……。
  4. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それからなお丁度戦犯裁判にお立会いになりました弁護人かたがたから、かねて戦犯釈放に対する請願が出ておりました。これに関しましても重ねてそれぞれお考え下さつてることがあると思いますので、併せて一つお聞かせを願いたいと思います。
  5. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) その機会を与えて下さつて感謝に堪えません。私の申上げんとする結論は、国際裁判における法律問題は未解決だということなんです。その次第を申上げますと、あの裁判の来歴はこうなつているのです。すでに御承知でありまするが、一九四五年即ち昭和二十年七月二十五日にポツダム宣言が発せられました。その宣言のうちで「吾等ハ」というのは、連合国は、日本民族を奴隷とする考えはないけれども俘虜虐待その他の戦争犯罪を犯したものは、これを厳重に処罰するという条項があつて、その条項日本が承諾した、これだけが起りであります。これがなかつた戦争犯罪国際裁判というものは、今までの国際法では設定すべきものではないのでありまするから、これを受諾したという一点から国際裁判は起つているのです。引続いて同年の十二月二十六日に連合国がモスコーで外相会議をしております。この連合国外相会議に、国際裁判に関する手続一切を連合国最高司令官即ちマツカーサー元帥に委託するという規定をいたしました。マツカーサーはこの委託に基きまして翌一九四六年即ち昭和二十一年の一月十九日に特別宣言という表題で、極東国際軍事裁判構成法規定したのであります。これが世間で言うチヤーターであります。それから翌二月十五日には、裁判官の任命、嘱託を各国に要請しまして、おのおのの国からあの通りの、サー・ウイリアム・ウエツブ以下十一名の裁判官が任命された。更に三月をとんで四月の二十九日に、初めて連合国政府を代表するキーナン検事以下の起訴状が送達されたのであります。この起訴状は、日本全般の予期に反して非常に広汎なものでありました。日本人太平洋戦争、こちらで言えば大東亜戦争に敗れたから、その戦争に関する犯罪起訴されるものと思つたところが、いずくんぞ知らん、起訴状には一九二八年の一月一日、一九二八年と言いますと、昭和三年なんです。思いもよらぬ一九二八年の一月一日から、降伏条約に署名いたしました一九四五年の九月二日までの間のことを起訴しておるのであります。でありまするから、太平洋戦争ばかりではなく、我々が支那事変と言いまするもの、満州事件と称するものに遡つて起訴をいたしたのであります。起訴した犯罪の種類は、平和に対する罪、これは侵略戦争を始めたということであります。第二は通常の戦争犯罪、今まで言い来たつた俘虜虐待戦時中の戦闘員以外に対する殺害、放火、人道に対する犯罪、宗教の圧迫、モルヒネの使用といつたこの三色の罪を起訴しておるのであります。こういうことでありましたから、ここに多数の法律問題が続々と起つたのであります。そのうちで一番世間から注目をされたのは、管轄の問題、これは日本語ではちよつと合いませんけれども向うでいうジユリスデイクシヨンの問題ですが、この裁判所が、こんな裁判を、今言つたような我々の予期せんようなことを一体裁判をする権限が、国際法上あるのかどうかという問題が起つたのであります。この権限に関する問題は、私どもの分類では少し違いまするけれども、ここでは私見を交えるよりも、裁判所自身が、我々が各種の機会で述べたことをまとめた判決文によつて、その順序で申上げますと、七つあるのであります。これは根本思想は同じことであります。この管轄に関連する七つの問題の第一は、こういうことなんです。連合国自身は、この裁判所でなく、連合国自身は、一体最高司令官を通じて、ここで言う、平和に対する罪といつたようなものを、裁判条例のうちに含めて、そうしてこれを裁判に付するという権限はないじやないか、こういうことであります。キーナン検事、又はマツカーサー自身でない連合国自身がそういう権限を持つておらんという主張一つであります。第二番は、侵略戦争はそれ自体として不法なものじやないか。一九二八年のパリ条約、かの不戦条約のことです。パリ条約国家政策の手段として戦争放棄しておる。併し放棄はしたがこれを犯罪としておるものじやない、戦争放棄は即ち戦争をすぐ犯罪と言うたものじやない。それが二番であります。三番目には、一体戦争は国と国との喧嘩だ、戦争犯罪としても、それに従事した、又は国家を代表した個人が罪を負うべきものじやない。総理大臣であろうが、外務大臣であろうが、これは機関だ。その個人を訴追すべき道理はないということが第三であります。四番目に、あのチヤーターで平和に対する罪とか人道に対する罪とかいうものを犯罪としておる。けれども、このチヤーターができたのは一九四六年一月十九日のマツカーサー特別宣言でこれを罪としておる。犯罪のときにはそのチヤーターはなかつたのだから、チヤーーターが平和に対する罪を犯罪としたとしてもそれは事後法だ、犯罪の後の法律じやないか。これが第四であります。第五番目は、こういうことなんです。ポツダム宣言即ち同年の七月二十五日のあの宣言です。俘虜虐待その他戦争犯罪を犯したるものは、という文字がある。これはそのときに行われた国際法で、俘虜虐待とか、或いは人民を略奪するとか、非戦闘員を凌辱するといつたよう四つ五つ国際法に一般にいう戦争犯罪であつて、七月二十五日現在では、まだまだ戦争を始めること、たとえそれが侵略戦争であろうとも、戦争をイニシエートするということを、あのときには罪とするという趣意で言う人も言うておらなければ、これを受取つた降伏した人もそんなことは思つておらん。そうすると、ポツダム宣言裁判所を作り訴追を始めるというのは、この宣言に言う戦争犯罪、オーソドツクスの国際法の本にある戦争犯罪だけであつて戦争開始を罪とすることは約束違反だ、こういう趣意であります。第六は、これは説明を要することです。マーダーといいます、殺人罪起訴しておるのです。なぜ殺人起訴するかというと、日本のこの開戦通告が、真珠湾で敵を攻撃したよりも数時間後に初めてアメリカ大統領の手許へ着いておるのです。八日の二時過ぎに着いているのです。そうすると、七時に敵を攻撃してから二時までの間はまだ開戦通告はないのです。その間にやつたものはそれは人殺しだ、マーダーといつたのは謀殺ですね、殺人罪だという起訴があるのです。それに対して、それはたとえ戦争開始が後であろうとも、軍人に対する殺人戦争に当然伴うものだから、それを独立の殺人罪とするのは不法だ、こういう趣意であります。それから被告の中に、フイリピンにおつた軍人、武藤その他、二、三起訴されるまでに、敵の捕虜になつておるのがあるのです。捕虜に対してはジユネーヴ条約で別の裁判があるべきもので、ジユネーヴ条約によらんところの裁判不法だ、この七つのことが管轄に関する問題であります。それで問題が一番初め私の言いました未決であるというのは、我々が裁判管轄権なしと言つて公訴棄却を求めましたが、数日間会議の後に公訴棄却申立を却下いたしまして、その理由は後に言うと言つてなかなか言わなかつたが、到頭判決の中にその理由があるのです。  以上私七つずつと並べましたが、判決書にはこの順序に並んであるのです。そのうちの一から四まで、即ち連合国にはこういう裁判をする権限がないということ、それから不戦条約戦争放棄しておるが、犯罪とせぬということ、たとえ戦争惡い戦争であつて個人を罪とすべきじやないということ、事後法であるということ、この四つに対して裁判所がいうのには、これが非常に大切なんです。それは、我々裁判官マツカーサーのこしらえた裁判条例拘束されるものだからして、この裁判なり、起訴惡いという申立は却下しなければならん拘束を受けておるのだ。こういうのであります。そのことが法律的に、即ち国際法的にいいか惡いかという裁判をする力は私はないのだ、マツカーサーに頼まれたのだから、頼んだ人のおつしやることを否定することはできないのだ、通俗に言えばこういうことです。私がこんな大切なところで間違つたことを言つてはいけませんから、このところだけを読んで見ます。公判決はこういつております。「裁判所条例の法は、本裁判所にとつて決定的であり、これを拘束するものであるから、弁護側申立てた右の七つ主張のうちで、初めの四つについては、本裁判所はこれを却下すべき形式上の拘束を受けている。しかし、これに関連する法の諸問題が非常に重要であることにかんがみ、本裁判所は、これらの問題に関する裁判所意見を記録しておく。」この記録のことは省きます。主に却下した理由裁判所条例はこの裁判所にとつては決定的のものであつて拘束的のものだから、弁護側の言うことは却下する義務があるのだ。こつちはこの裁判所条例惡い言つておるのでしよう。国際法上いけないものだと、マツカーサーじやない、連合国自身がそんなことをするのは無理だ、こういうことを言うておるのに、自分はその連合国に頼まれたのだから、これがいいか惡いかのことは別として、これは却下しなければならんものだということを言つておりますから、以上四つの問題、即ち侵略戦争を罪とするとか、或いは不戦条約は果して戦争犯罪としておるものであるかとか、或いは又事後法処罰することができるものであるとかといつたような根本問題は、それ自身メリツトを判断しないで、我々が任命された構成法違反することはできぬのだから却下するということで始末がついているのでありまするからして、戦争が済みましても、法の世界においては、これは未決の問題であります。而うして連合国はルール・オブ・ロー、法律の支配、これを連合国自身は使用しているのでありまするから、更に戦後においても、又今後の前例としても、果してこれぶ国際法至当チヤーターであつたかどうか、至当裁判条例であつたかどうかということは、もう一つ高い見地からは未確定の問題であります。そのときどきに独自の見解によつて更に定め得る余地が残されております。そうして、その後に書いておりまする却下しなきやならぬ、で却下をしておいて、それに開通する問題はここに言うて置くというて、どういうことを言つたかと言いますると、ニユールンベルグのドイツの裁判を引用しまして、我々の意見も大体これと同じことだ、同じような言葉を、同じような意味違つた言葉で言うた。後にも惑を起すからニユールンベルグ裁判をそのまま引用すると言うて、あの裁判の要所を引用しております。  以上はこの一から四までのことで、五ですね、五のポツダム宣言にいわゆる戦争犯罪とは、その時の国際法で言う俘虜虐待人民の凌辱と言つたようなもので、戦争を始めることには関係がないといつたような我々の抗弁に対しては、これは五番になつておりますから、はみ出しているのです、それについては独自の見解をとつているのです。その主なことはこういうことを言つているのです。あのときに戦争犯罪というものはやはり広い意味のもので、戦争を始めたことをも含むということは日本のほうも知つてつた、やはり日本も御存じの上だと言うて、そうしてこの有名な木戸日誌木戸日記を引用しているのです。木戸日記のうちに、八月十日ですね。あれは宮中では十一日に降伏の大体廟議が決し、十五日に天皇陛下の御演説が発表されましたが、十日の木戸さんの日記に、天皇陛下木戸に対する思召として、戦争責任者処罰を思うと、忍びがたいものがある、そうして今日は忍びがたきを忍ばなければならぬときであると陛下が仰せられた、こういう記事があるのです。
  6. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) ちよつとあらかじめ予定がありましようからお願いしておきたいと思いまするが、大体三十分くらいの範囲で一つお願いしたいのですが……それで十一時三十分まで一つ先生にお願いして、それから鵜沢先生に三十分間、林先生に三十分間、あとの三十分間で各委員からの質問ということに……。
  7. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 承知しました。今十一時十五分ですから、そのくらいになるのであります。それより延びることはないと思います。この引用ということはおかしいのです。戦争責任者処罰を思うときは忍びがたきものがある、それ自身で、戦争責任者というものが兵隊であるとか、伍長であるとか軍曹とかいつたものが犯した戦争責任思召しておるのであるか、或いは戦争を始めた東條その他のものを思召しておるのかということは、この日記それ自体を見てもわからない。それ自身戦争を始めたものとあればわかるのですけれども、これを引用することは、同じ事を繰返して引用することになる、循環論法になるのです。けれども判決はこの陛下思召を引用いたしまして、戦争責任者意味を広く解釈しておるのです。それからして第六番目の附随的のマーダーは、これは無罪にしたのです。戦争に関連する殺害は、これは当然の結果だと言うて、これは罪にしておりません。第七番目の、被告人のうちで俘虜であつた人は、俘虜を持つておる国、俘虜を握つている国がジユネーヴ条約裁判しないでこちらのほうに引渡したのだから、引渡された以上は、こちらで裁判してもいいのだということで、管轄に対する点を却下しておるのであります。ですからして、七つのうちで五、六、七は事実問題で解決をしておりますが、初めの一、二、三はチヤーターは我々が従わなければならんものだからというので、チヤーター自身メリツト裁判せぬのでありますから、これは未定の問題であるというたゆえんであります。  このほかにあの裁判所で問題になりました法律点は、ジユネーヴ条約の一件であります。これはA級裁判のみならずB、Cにも関係があることでありまするから、管轄問題のほかに一言その当時のことを附加えておきたいと思います。あのジユネーヴ条約については、我が国はこれを批准しなかつたのであります。即ち一九二九年のジユネーヴ条約は、考えるところがあつて遂に批准しなかつたのです。然るに俘虜虐待ということで横浜その他において日本人が多数起訴せられ、且つそういうことをせしめたものだというので、陸軍大臣たる資格外務大臣たる資格で、東條東郷は、やはり起訴を受けております。その訳はどこから来ておるかと申しますると、アメリカのほうから、日本ジユネーヴ条約を守るかどうかという照会があつたのです。それに対して東郷外務大臣スイツツルを通じてこういうことを言つております。これも原文のまま言います。「日本帝国政府俘虜虐待に対する一九二九年の国際条約はこれを批准せず」批准しておらん。「従つて何ら同条約拘束を受けざる次第なり」受けない。「併し日本の圏内にあるアメリカ人たる俘虜、」対しては同条約規定を準用すべし一。こういうことを言つております。アメリカ照会でありますから、アメリカ人に対しては条約規定を準用いたします。答えにラテン語を使つて、ウイル・アプライ・ムタームス・ムタンジスです。イギリスに対してはスイツツルじやなく、アルゼンチンを通じまして、全く同様のムタームス・ムタンジス、準用、ムタームス・ムタンジスと書いて答えておるのです。それで大体準用いたしまして、英米人に対してはよく待遇したつもりでありましたが、何分日本の当時の食糧事情その他で先方の俘虜は困難をしたことは事実のようであります。これも日本日本憲法上必要な枢密院の批准も受けず、天皇陛下の御署名もなく、外務大臣中立国を通じて準用いたしましようというたのでありましたら、これは外務大臣約束違反ということにはなるけれども、法の違反国際法違反ということであると、これ又意義が少し違うと我々は思つております。併し———これに対する判決法律違反ということになつております。この裁判についてはいろいろほかにも申上げたいことは私ども今日に至つても胸中鬱積いたしておりますけれども、本日は法律的の問題であつたことを言えとおつしやいますから、これだけにしておきます。ただ今回の平和条約第十一条のことであります。私ども十一条に持つております一番大きな疑問は、全体今までの平和条約というものは、戦争犯罪人お互い大赦しよう、こういうのが平和条約なんです。国際法でアムネスティ・クラウズというべき大赦條項というのがあります。アムネステイ・クラウズは明言せぬでも当然だという説もあります。裁判にかかつてつてもおらんでも、犯した罪は犯した罪なんです。長い戦争でありますから、どつちも罪を犯しておるのであります。今言うと負措しみのようでありますが、アメリカのほうでも罪を犯しておるのです。例えば東京の無差別爆撃、これは犯罪ですわね。広島の原子爆弾投下、これも当時では犯罪です。アメリカでは—————————日本人の男があるでしよう。これも人道犯罪というべきで、キリスト教国では如何なものでありましようか。大きな犯罪でありまして、どつちにもあるのです。丁度労働争議が済んだ上は争議中のヴアイオレーシヨンはどつちもやめましようということで、平和条約談判というと、一番初めに前提条件として、お互い戦時中の犯罪はこれはやめるというのが第一条になるべきものなんです。だから、日本から言えば、こつちが勘弁してくれと言わないで、向うから切り出す先に、あなたのほうの犯罪はこつちはもう問いません。鴨緑江日本の船を沈めた場合も問いません。私がさつき言つたあれと同じように、無差別事件——事件もすべてこつちは問いません。だから、こちらのほうも問わぬようにしてもらいたいというのが談判の一番初めの第一回に言うべきものだと思うのです。ところが今の平和条約ではあべこべで、戦争裁判判決はこれをアクセプトすると言つてしまつている。それは私ども甚だ不満であります。この条項の代りに、批准と同時に双方の犯罪は帳消し、こう言うべきであつたと私は思つている。ただ併しアクセプトとなつているのですから、これは条約としては仕方がないけれども一体アクセプトができるかどうかです。あの事件日本国家犯罪とされたのだつた国家アクセプトできる。ところが今言つた第三の点のように、個人を罪としているのでしよう。その個人に相談なくこれはアクセプトするといつたところが、御自慢の日本憲法では、裁判官裁判によるにあらずんば処罰されずというのですから、これはアクセプトして巣鴨におる連中を当然犯罪人として日本が引受けて処罰できるかどうか、何も手続せずにあれを日本が引受けて処罰するということは私は憲法違反だと思う。それからこの十一条によりますると、日本レコメンデイシヨン日本の勧告があつて、B、C級のほうについては、裁判上、国が同意する。国際裁判巣鴨のほうでは、裁判官を出した国の多数が同意するというと、これを特赦減刑又はパロール、即ち仮出獄といつたようなことができるといつておりますが、これはどうしたらよかろうかということで、私ども考え考え抜いた上、一番公平な方法は、批准前に全部当り前ならみんな大赦を受けるんだ。講和条約がこうなつたから大赦に最も近い方法にしたい、ついてはこの規則にまとい付いて、批准寄託と同時に、又は批准寄託より多少遅れてもいいけれども戦争犯罪人全部を一人残らず赦免にすべしというレコメソデイシヨンを我がほうが出す。向うがもう六カ国批准するときに日本の言うたレコメンデイシヨンを承認する。そうすると条約が効力を発するときに赦免ができるから、結局昔やり来たつたように、平和条約と同時に皆が釈放されるという結果を持ち来たすのであろう、こういうことを当時の弁護人が皆寄りまして、こうして本院にも請願書として私ども提出いたしておる次第であります。あれは本来は大赦を必要とするんだけれども、こういうふうに条約がなつた以上は、本当の大赦じやないけれども大赦と同じように先にレコメンデイシヨンをやつて向う批准と同時にデシジヨンをやつてもらつて、そこで全部釈放の大団円をよかつたよかつたでやろう。これが即ち平和と友情の条約ということに適するじやないか。こういうことでありまするから、何とぞよろしく御審議を賜わりたいと思つております。   —————————————
  8. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それでは鵜沢先生一つ……。
  9. 鵜沢総明

    参考人鵜沢総明君) 本日御喚問を頂きまして、戦争犯罪人裁判に関する法律的所見について、こういうことをお聞き取りを頂くという次第でありますが、極東国際軍事裁判判決に至るまでの概略は只今清瀬君からお述べになつたのであります。私ども今日の立場では、この判決に対して法律上どういう意見があるかというこの判決を全部批判をして行くというのではなく、これに対して裁判所において弁護人としてどういう立場をとつて弁護申したかということ、その他大きな問題だけをどう考えているかという御意味もあると了解する次第であります。私は、この判決にもありまするように、途中からこの日本人弁護人団長になりまして、個人の弁論は差控えたわけでございます。そうして終局の弁論をいたしたのでございますが、勝つた国が負けた国に臨んで法律を作つて、その法律によつて裁判をするということが果して国際正義の立場から適当であるかどうかということを裁判所に述べたのでありますが、この裁判条例は、判決にもありまするように、附属書のAの五にありますが、極東国際軍事裁判所条例というもので規定せられまして、且つ裁判官の中に中立国の判事が一人も入つておらない、かかる場合に公平な裁判といつてもそれはなかなかむずかしいことであろうというような主張をいたしまして、その他国際法上の問題、殊に只今まで清瀬君の述べましたように、戦争犯罪人を罰するというようなことは従来の国際法にはないではないか、キーナン検事主張では、国際法というものはお互いの人類の進歩と共に生きておる法律関係になる。従つて世界の実際の国際上の関係において必要な法律というものは、生ける法律としての効力を持つものというロード・ライトの意見を引かれて弁論したのでありますが、私どもは、その生ける法ということを国際法廷に持ち出したことは誠に法律一つの進歩ではありますけれども、その場合ならば、なお公平な裁判の構成から、法律に対する規定につきましても、十分に考えた上で進めて行くべきものであろう。東洋にはおのずから東洋の正義、東洋の戦争、これは大体侵略というような考えではなく、戦争をやめて万民の平和を求むるというのが東洋の武の意義であり、又戦争意味である。日本人としても多年の間その考えで養成されたのであるが、大体この軍国主義とか、ミリタリズムとかいうものは、ナポレオンの時代から近来始まつたもので、これが日本などへも持つて来られたもののように考えるということを弁論しようと思いましたらば、これはアメリカ弁護人から、この点はどうか削つてもらいたいというので、原稿はできてアメリカ弁護人に検閲をしてもらつたのでありますが、その点は削りました。なおそういつた点が二、三点あります。ありますが、もうそのことはここだけの問題で、今これによつて判決をかれこれ申す次第ではございません。それから、なお、すでに国家の問題となつてここに条約が締結されようという場合、講和条約の第十一条ができておりまして、実際の問題としましては、現在の戦争犯罪人を法的にどう取扱うかということが主たる問題であろうと思うのであります。それには裁判がいいとか惡いとかいうのではなく、すでに裁判は確定しておる。この確定によつて罪人となつておる者が、国の講和というような、殊に今日降伏以後の日本の独立ということを考えますると、日本にとつては空前の大事業と申しますか、或いは非常に歴史的に大きな喜びを国家国民共に経験する時代である。こういう時代には、国内の犯罪者につきましても、従来の慣例によりますれば、大赦、特赦というようなものが必ず行われておる。これはひとり日本のみではなく、世界の文明国が皆やつておるところでございます。然らば戦争裁判によつてすでに確定しておるこの犯罪人に対して、大赦、特赦ということを特別に除外する理由はない。すでに判決は確定しておつて、新たに国家が行動を起す場合でございますから、これにつきましては法律的に大赦或いは特赦の方法を講ずべきものである。これについては、この十一条では日本で先ず勧告をするということになつておりまして、その勧告が関係の国々に出されて、多数決のように、判決も多数決であつたということでありますから、多数決を得られれば直ちに効力を発生することであるから、そういうような方法について一つ法的に考えて頂きたい。これが私ども請願の趣旨でございます。それでこの判決文にもいろいろのところに、大体まだ完全な国際的の法典ができないが、そういう場合には、文明諸国の慣習、人道の法則及び公共の良心の要求から生ずる国際法の保護と原則というようなことを判決でも認めておりますので、この場合においては、全く特赦、大赦の手続をとられることがこの国際法上の原則にも合するものであろう。それで、判決に対する学問的の批判につきましては、私は別に法律哲学を今書いておりまして、これで詳しく文献を残して置きたい、こう思うのでありますが、それは今日の只今の場合に関係がありませんから……これを以て卑見を申上げておく次第でございます。
  10. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) 有難うございました。それでは次に林先生一つお願いいたします。   —————————————
  11. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) 私は軍事裁判判決はおおむね事実の認定が正確とは言えないと考えておりまする点を二、三申上げまして、これを是正する意味においても速かに全部を釈放しなければならないものであるという御了解を頂きたいと思うのであります。私ども極東国際軍事裁判弁護人に選任されましたときに、私どもは先ず如何なる立場においてこれを弁護するやということについて、十数回に亘りまして協議を開いたのであります。そうしてその主張はおおむね二つに分れました。その一つは、戦争日本国家全体がしたのである、併しながらそれは自衛のための戦争であるという主張をしようとするものであります。これに反対する者は、戦争軍人と一部少数のものがした、その他のものは全然関知せざるところである、こういう主張をしようとしたのであります。本日出席いたしました鵜沢清瀬両先輩、私どもは、もとよりその前者の意見に立つたのであります。併しながら極めて少数ではありましたけれども日本軍人と少数のこれを取巻く者とが侵略戦争をしたものであるという主張を最後まで捨てず、表面は私どもと同調したるごとく装うて米人弁護人と相謀つて売国奴的態度をとつた者があつたのであります。それが大いに判決に影響を及ぼしておるということは争うべからざる事実であります。かくのごときことを本日申上げることが妥当なりや否やを私は考えるのでありますが、この点は特に後世のために私どもも書き残しておきたいと思うておるところであるのであります。それから第二に申上げたいと存じますることは、戦争犯罪人に指定せられました者が必ずしも全部戦争をいたした者ではないということであります。申し換えますならば、或る位置におりました者が、たまたまその位置におりましたということによつて全体の責任を負わされておる者が多いのであります。恐らくは皆さんもA級裁判所に付せられました者の氏名が発表せられましたときに、どうしてあの人が入つておるのであろうかと奇異の感に打たれました人がなかつたとは言えないのではないかと思います。B、C級裁判におきましても又同様のことが言えると思います。それから又A級裁判判決が知らされました際にその罪科の軽重について奇異の感にお打たれになつたかたが絶無とは言えないと思うのであります。どうしてあの人が死刑になり、どうしてあの人が極く軽くなつたのであろうかということについて、恐らくは今日に至りましてもなお疑いを存しておいでになるかたがあるのではないかと思うのであります。私どもが三年半の法廷を通じまして感じましたことは、処罰をされましたものが、当然受くべき処罰を受けているものと言い切れないものもあり、更にその人よりも免かれて恥なき徒輩がより多く世の中にはいるのではないかと考えられる点が多かつたのであります。木戸日記或いは原田日記が記載しておりまするところによりますれば、戦争が始まれば戦争に便乗し、戦争が終れば敗戦に便乗しておる者のほうが、処罰を受けました者よりも遙かに咎むべきものではないかと思われる者が多いのであります。そこで私どもは、処罰を受けております者は、日本人全体のいたしました戦争の或る部面或る部面の責任者として、或る意味における代表者処罰ではないかと思われるのであります。或る方面或る方面の代表者を処罰するということによつて戦争犯罪というものがその完全なる目的を達するということに相成りまするならば、私は今日までに死刑の執行を受けられました人たちの犠牲だけを以てこれは完全に償われておるのではないかと、かように考えるのであります。必ずしも戦争に十二分に参加せず、わずかに終戦の当時その位置についたというがごときことによつて、死刑又は無期というがごとき重罰に処せられておりまする人たちのありますことは誠に遺憾に堪えないのであります。それから第三には、この判決はいわゆる———事実の誤認をいたしておるということであります。事実の誤認をいたしておりますることは、私ども担当いたしましたA級裁判、即ち東京裁判その他B、C級の幾多の裁判によつてみずからこれを体得いたしておるのでありますが、その他のB、C級裁判も又おおむねそうではないかと想察できるのであります。何故に事実の誤認をいたしたかと申しますると、第一に敗戦という事実のためにこちらが主張いたしまする事実に対する証拠が十分に集まらなかつたのであります。証拠書類が紛失しておつたのであります。それから第二に、証人の多数が、みずからの生命を惜しんで、人を売り国家を売るの言辞を弄したのであります。それが証拠となつておるのであります。満州国の廃帝の傳儀の証言のごときものは恐らく御記憶に新たなものがあろうと思うのであります。日本人の中でも或いは田中隆吉君のごとき、事実に関する結び付きができない場合が常に検事側の証拠となつて———の役をいたしておるのであります。第三には、当時の日本国家がこの裁判に対しまする理解がなかつた日本の政府が理解がなかつたそのために、事実を明らかにするに必要なる費用の支出を惜しまれたのであります。従いまして証拠を収集するだけの私どもに財力がなかつたのであります。そのために、収集し得べき証拠も、又召喚し得べき証人もこれを出すことができなかつたのであります。第四には、判事がおおむね日本の国情に通じない者がやつて参りましたので、日本の風俗習慣と全然かけ離れた物の見方をいたしておるのであります。第五には、語学の通じないということであります。これは東京において行われた裁判、横浜において行われました裁判においてもなお然りでありまするから、或いは濠州或いはインドネシア等において行われました裁判においては思い半ばに過ぐるものがあつたのではないかと思われるのであります。従いまして事実の認定はおおむね——られておるのであります。この裁判の摘示事実のごときが歴史となりましたならば、これは恐るべき歴史の——と相成るのであります。若しも覆審制度が布かれましてこの裁判をやり直すということに相成りましたならば、全部とは申せませんけれども、殆んど大部分が——さるべきものではないかと考えるのであります。かような状態の下に審判された人たちでありまするから、国家戦争いたしました犠牲者であるとみずからを諦めておられるであろうとは思うのでありまするけれども、事実の誤認に対しましては——やるかたなき人たちが大部分ではないかと考えられるのであります。これを救いまするのはやはり日本国家一つの義務ではないかと私は考えます。そこで私どもが今回の釈放の運動を開始するに至つたのであります。然らばどういうふうにしてこれの処置をとつたらいいかということを申上げなければならんのでありまするが、少くとも講和条約の発効以前に全部の戦争犯罪人釈放すべき旨の要求を、裁判をいたした国家に対して通告して頂きたいということであります。それが日本国そのものの当然の義務ではないかと思うのであります。審判されたるものは負けた日本なのです。少数の人々じやないのであります。被告人も国民の一員であるということに思いをいたして頂きたいと思うのであります。併しながら裁判をいたした国家は数は多いわけでありますから、こちらの要求に対しましても直ちにこれが回答が来るかどうかということが疑問となるのであります。そこで講和条約の発効と同時に、その回答が来なかつた場合、或いは回答がすぐに得られなかつた場合に戦争犯罪人をどうするかということが、私は最も御考慮を煩わさなければならんことじやないかと思うのであります。少くとも外地におりまする者は発効以前に全部日本に召還するような手続をとつて頂きたいのであります。戦争犯罪人を外国に留めおいて講和条約の発効ということはあり得ない。これはどうしても全部帰して頂きたいのであります。それから国内に残つておりまする者を、或る者は日本の刑務所に収容すべしと言い、或る者は新らしく法律を設けて特別なる措置をとるべしと言うているようであります。私はこれは日本の刑務所に入れることは絶対にできないと存じます。これは申上げるまでもないのであります。日本の刑務所は国内における犯罪を犯した者を収容する所でありますから、外国が裁判した者を預かる場所ではないのであります。これは不可能と存じます。そこで特別なる処置をとるという法律をお作りになると相成りますると、それが、平等の人権をお認めになつて、それを一枚看板となすつておいでになるところの新憲法に抵触はしないかという問題が起つて参るのであります。国民は全部、犯罪を犯した者以外の者はみだりに監禁ができないはずなんです。少くとも裁判をいたしました国家の委嘱がある限り、国家の委託に基くお客様扱いにする以外に方法はないのじやないか。例えて申しまするならば、只今巣鴨において非常に厚遇を受けていると聞いておりまするが、それと同じ態度を外国の委嘱に基いて続ける以外には方法はないのじやないか。併しながらこれとても決して法律的に考えまして正しいやり方ではないのであります。これを処遇するの方法が完全なものは何もない。然らばどうしたらいいかと申しますると、即ち最初私が申上げましたように、条約発効と同時に全員を釈放するということに対して裁判国の同意を得る。更に申し進めまするならば、条約発効と同時に全員を釈放しても裁判国の異議のないように、一刻も早くこれが釈放を要求をする、これを国家の意思として一刻も早く裁判国に伝えるということが一番大切なことではないかと思う。私が申上げたいと存じまするところを要約いたしますと以上であります。   —————————————
  12. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) ちよつと私言い漏らしたことがありますが、一言だけ……実は今鵜沢君も判決書を引用いたしましたが、極東国際軍事裁判も多数決による判決のほかに各判事が別別に自己の意見を述べております。ですからして各判事の意見は別であります。そのうちでインドから来ましたパル判事は七つの点について皆多数意見と反対で、無罪を主張しております。日本戦争侵略戦争にあらずと、それからして事後法処罰することは国際法でも国内法でもこれはいけないのだと言つて、これは詳しく全部七点とも無罪の裁判をしている……。
  13. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) インドの何ですか。
  14. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) パル、PAL……パルの意見は全部無罪であります。これは長い五百ページぐらいの意見書があります。それからロシアのザリヤノフはこれは死刑には反対しております。これは自分の本国では人を死刑にすることはせぬから東條以下全部死刑に反対。それから裁判長をやりましたウイリアム・ウエツブですね、ウエツブも、捕虜虐待して殺した者はこれは仕方がないが、侵略戦争に対しては死刑は反対だ。その訳は、侵略戦争を罪とする法律は、日本戦争を始めた後にそういうことになつたのだ。ニユールンベルグのことを言うのです。これは事後法だが、国際法では事後法でもいいのです。あの人は、それは国内法でのことであつて国際法では事後法でいいが、併し事後法処罰をするときには手心を加えなければいかんというので、裁判長のウエツブも死刑は反対した。それからもう一つ附加えたいのは、これはあのことではありませんけれども、前の第一次世界戦争でカイゼルを処罰しようとしました。あれは処罰と言いましても、国際道義に反して、条約の神聖を犯したということで、犯罪としての処罰じやない。それにしても、あのときに一国の天子であつた者を処罰するのは反対であるど、日本国アメリカとがこれは反対しております。それに力を得てオランダは引渡しを拒絶しましたからカイゼルは処罰されませんでした。捕虜虐待とか凌辱とかいうことで、結局ライプチツヒで裁判があつたのですが、その数は十二件で、これは前のことですが、有罪になつたものが六件、無罪になつたものが六件、一番重い罪が……。
  15. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それはどこですか。
  16. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) これはライプチツヒでやつております。戦争が済んでから、向うの大審院があつた場所で、国内法を適用しまして、戦争犯罪、略奪とか、殺人とか放火とかいうのを十二件起訴して、六件有罪、六件無罪、最高は四年であります。今度日本のほうは皆で五千人ですかね。この二つのことと、それからもう一つ、あの中で、巣鴨に今いるのは満州事変だけしか関係のない被告がいるのです。名前を言わなくても皆さん御承知だと思いますが、太平洋戦争の時分にはむしろ在野で、ちつとも関係のない人がおられます。むしろアメリカとの戦争には反対的態度を持つたが、満州事変だけしか関係がない。それから日華事変だけしか関係がない、この人は日華事変のほうにも少し関係がありますが、一方日華事変で問われております。太平洋戦争の結末の裁判に満州事変だけの人を放り込むのはどうだろうかと思つておりますから、若し罪の軽重によつて区別をして下さる時分には、太平洋戦争には在野でむしろ反対の立場をとつておられるような人は、どうか速かに御考慮下さるように、スキヤツプのほうへの御交渉を願いたいと思います。
  17. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) 今清瀬さんのおつしやつた少数意見に、更にフランスの判事が少数意見を付けております。
  18. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) ああ、そうですか。
  19. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 全部ではありませんが、一部。
  20. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) 極く一部であります。
  21. 一松定吉

    ○一松定吉君 フランスの何でしたかね。
  22. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) アンリ・ベルナールという人です。
  23. 一松定吉

    ○一松定吉君 それがどうなんです。
  24. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) これも侵略戦争という大きな問題については、これを有罪ではないと叫んでいる。つまり不戦条約で、つまり戦争放棄するという条約で、すぐに戦争犯罪だというのは、一つ飛躍しておりますから、それについて裁判官内に議論が非常にあつたのです。
  25. 一松定吉

    ○一松定吉君 わかりました。
  26. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) ちよつとそれでは清瀬さんにお伺いするのですが、極東裁判において有罪の判決を受け、そうして日本にすでに服役しており、おのおの確定裁判を受けている場合に、ここで講和条約が締結されてその執行を日本が引受けるという場合です。先ほどあなたの仰せになりましたごとくに、戦争は国と国との間においてしたものである。それから戦争犯罪人として判決を受けたのは個人である。そこで国と国との間においては講和条約は締結されるけれども、併しそれによつて直ちに個人たる人権についての執行は、日本国政府としてはこれを引受けてなすことはできないのではないか、法的にですね。その御説がありましたね。これをどういうふうに一体解釈するか……。
  27. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 私は二つしかないと思います。
  28. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) どういうふうに解釈すればいいのでしよう。
  29. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) これを合法化するならば、日本政府連合国の代理人といつたよう向うからの授権によること、もう一つ日本の国内法でこれを執行し得べき立法をすることですね。そうじやなければ……。
  30. 一松定吉

    ○一松定吉君 国内でどうする、国内法で……。
  31. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) 新らしく作るというのです。
  32. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) それは、国内法でやるとすれば、憲法問題が起る。事後法というものが起りますけれども、国内問題で市ケ谷の裁判は合法の裁判と認めて、憲法には日本裁判所裁判を受けなければ執行ができんという規則があるけれども、あれを日本裁判として認めるといつたような強行的な法律を作るか、或いは吉田政府が連合国の代りにこれをやつているのだといつて連合国権限で執行するか、この二つの面を例えばかむりをかぶればそれはできるけれども、今のままでやるというと、外国の裁判を強行的に日本が執行するということは大壷な問題が起ると思うのですね。
  33. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) そこで伺うのですが、若し、只今御説のごとくに、やはり連合国の授権によつて有罪の戦犯者を拘束するということですね。それから然らざれば法律を作るかでなければいけない、こういう状態にある場合に、それに何らの手続もなさず、ここで講和条約が発効した場合に、そうするというと個人たる戦犯者というものは自由の立場に置かれることになるわけです。そうなりますね。
  34. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) そうなります。
  35. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) 速記をとめて下さい。    〔速記中止〕
  36. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) 速記を始めて。
  37. 中山福藏

    ○中山福藏君 モスクワの外相会議マツカーサー元帥に付託されて、数名の、何名、十一名でしたか、判事に任命されたというようなことになつて、一応結末をつけたことに対して、先生がおつしやつた国際裁判は実体的にはまだその終りを告げていないのだ、これはあなたの法理的な見解からさような結論をなすつておるのだろうと、こう思うのですが、併しながらまあこれは裁判だから仕方がない。事実は事実として判決を認めて、そうして救済策を講ずれば、結局只今おつしやつた二つの点によつてこれを救済する方法しかないと、従つて判決の善惡というものは後日に任せなければしようがない。法律家としての立場の御見解を承わつておるわけなんですから、そこで、法律論は法律論、事実論は事実論として、一応事実を認めて救済策を講じなければならん、こう二途に分れておつしやつたように私は理解したのでありますが、そういう意味なんですか。
  38. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 今日のお呼出しは戦犯に関する法律問題を述べろということでしたから、法律問題としてですね、国際法上はこれは未決で、あの裁判だけで、私たちは負けた、負けた理由が、その法律メリツトによつたのではなくして、私どもの議論がいいか惡いかという裁判をするのでなくして、自分は条例によつて命ぜられた裁判官だから、条例のいい惡いは自分は言えないということです。私どもはその条例がいいか惡いか言つているのです。今後といえどもこういう条例、即ち戦争犯罪か、或いは戦争のときに国家の要職を占めた者は個人として罪をこうむるのかという法理はまだ解明されておらない。この判例のうちには入つておらない。この判例は、そういう規則をこさえた人がこれで裁判をせいというのですから、その規則がいい惡いを言う力はない。抽象的な法律としては後世に残る問題ですから、ここの委員長から、今の巣鴨その他におる者の立場と、それから又今回の平和条約との関係についても私ども判断しておりますから、それについても言えというから、よくても惡くても国際裁判で刑に服しておる、これにどうしたらよかろうかとおつしやいますからして、それはプラクテイカルな問題として、我々は十一条のこれを惡い思つた惡い思つたけれども、十  一条という条約を政府が受け合つて来て、あなたたちが批准なさつたのだから、これを有効的なものだとすれば、リコメンデイシヨンを早く出して、早くそれに対して決定をしてもらつて条約批准があつたら同じ時間に、又同じ時間と言つても一分一秒は何ですが、効力の発効の日には出るようにして下さつたら、問題は消滅すると、こう言つているので、初めとこれの終りとでは、これは問題が矛盾しているが、問題が違うのです。
  39. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) ちよつと速記をとめて。    〔速記中止〕
  40. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) 速記を始めて……。  ほかにありませんか。
  41. 宮城タマヨ

    宮城タマヨ君 林さんにお伺いいたしますけれども、さつき戦犯の非常に不利であつたという、戦犯者に対して気の毒な点を五つばかりお挙げになつたと思いますが、その中に政府が理解がなかつたという言葉をお使いになりましたが、その理解がないという内容を少し具体的におつしやつて頂きたいと思います。
  42. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) これは具体的に申上げてはどうかと思うのでありますが、名前は申しませんけれども、当時の内閣書記官長その他を通じまして、政府に対して日本の立場を明らかにするに必要なる調査をするに必要な金を作つてくれということをしばしば申した。これに対して少しも耳を傾けなかつたのであります。そこで日本の立場を明らかにすることが遺憾ながらできなかつた。我々の微力だけでこれを申上げた。それが一番大きなことです。
  43. 宮城タマヨ

    宮城タマヨ君 その理由は何だつたのですか。
  44. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) それはどうもわからないのです。これは私どもが批評する限りじやないと思うのです。私どもの誠意はどれだけ披瀝したかわからない。漸く途中から多少の費用が進駐軍の費用として出た。最初はもう全然我々の独自の財力によつてつて来たのです。
  45. 宮城タマヨ

    宮城タマヨ君 わかりました。
  46. 岡部常

    ○岡部常君 ちよつと速記を……。
  47. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) ちよつと速記をやめて……。    〔速記中止〕
  48. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それじや速記をつけて……。
  49. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 参考人のかたの今日お見え下さつたお三方は大体同じ御意見であると思うのですが、我々が誤解をしないように、大体伺うまでもないことだとは思うのですけれども、二、三の点について伺わして頂きたいと思います。それでは清瀬参考人からお答えを願いたいと思うのです。この東京で行われました国際軍事法廷の裁判について原則的にこれをお認めになるのですか、ならないのですか。
  50. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) どういう意味でしよう……。
  51. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 原則的にお認めに……、今まで……。
  52. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 認めるということは……。
  53. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 先ほど来御説明を頂いたのでありますが、その御説明でその点がはつきり私にまだ了解できませんので、念のために伺つておきたいと思うのでありますが、裁判を御承認になつておられるのでありましようか、そうでないのでありましようか。
  54. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 承認という意味が……。法的に確定判決として認めるかということですか……それは認めておるのです。
  55. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 林さんも……。
  56. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) そうです。裁判のありしこと、判決のありしことですか。その内容は十分認めております。
  57. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 そういうような裁判が行われたことの原則的な根拠についてどうお考えでしようか。
  58. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) それは異議があるのです裁判の根拠については……。今言つた根拠のことは、あそこでは管轄言つております。ジユリスデイクシヨンと言つております。これは裁判の根拠ですね。それについては異議があるのです。私の考えでは……。
  59. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 異議を法廷においてお述べになつたのにとどまらず、今日においてもその異議を持続しておられるのですか。
  60. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) ええ。
  61. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 林さんも……。
  62. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) そうでございます。
  63. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 鵜沢参考人裁判について現在は自分は批判する意思を持たないと言われておりましたが、この点は御意見が多少違うのですか。
  64. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) それは知りません、鵜沢さんの考えは……。私も国内の最高裁判所裁判でも確定判決はすべて承認しておる。併しながら判決理由については異議があり、法律批判というものは盛んにやつておる。それと同じことです。
  65. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 それじや、もう一遍もう一つつておきたいと思うのでありますが、ニユールンベルグと東京との国際裁判によつて戦争を計画し、歳いは戦争を開始した人に対する個人的な責任を追及するという国際法上の原則が確立したと述べられている場合がございましたね。トルーマン大統領よそういうことを述べておりましたし、又その裁判を行なつた側からはそういうことがしばしば述べられております。その点についてはどういう御意見ですか。
  66. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) それは間違つておると思います。
  67. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 そうすると、戦争を計画し又は開始したその国の政治上の指導的な地位にあつた人個人的責任を追及することは正しくないというようにお考えですか。
  68. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 正しくない。国際法上も、又国際条約においても、戦争について個人の責任を問うというまでに国際法はメーチユアしておらない。それは間違つておると思います。
  69. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 先ほど鵜沢参考人の御意見の中でしたか、一言でいうと、国際法の進歩というものをこれはキーナン検事主張された、そうしてそれを鵜沢参考人はお認めになつたようにもおつしやつておられましたですね。
  70. 清瀬一郎

    参考人清瀬一郎君) 鵜沢君の代弁はできませんが、国際法も国内法も法律はやはり進化するということは、やはり鵜沢さんの御意見だと思います。併しながら個人処罰するように今進化しておるかというと、それについては御異存があるのじやないかと思います。
  71. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) 今の点につきましては、私は鵜沢さんの代弁というわけではないが、こういう事実があつたのです。鵜沢さんは非常に長い専門の学問から国際法論を準備された。ところがそれに対してアメリカ側の弁護人から、これを非常に短かく削つてしまえという強い要求があつた。私どももそれを容れまして或る程度に縮めまして、これをタイプに廻した。ところがそのタイプが邪魔されまして、タイプで打つたものを先に提出しておいてからでなければ弁論できない。弁論するまでに間に合わない。そうして僅かに十五分間のものを間に合わさしたということなんです。そういう状態で鵜沢さんはまだまだ今の状態においては自分の意見を述べるべき場合じやないということをお考えになつているのじやないか。それが私どもの言いますことが十二分に通つていない一つの実例なんです。
  72. 羽仁五郎

    ○羽仁五郎君 もう一つ参考人に御意見を伺つておきたいと思うのですが、お述べになつたうちに、極東国際軍事法廷の目的とするところ、即ち再び戦争を計画し戦争を開始する、そうして国民を悲惨な状態に陥れるということはないようにするという意味だと思うのです、大体。そのことの意味は、死刑の判決を受けて、その執行を受けられたかたがたの犠牲によつて十分になされておるというふうにお考えになるということをおつしやいましたのですが、それは原則的にそういうふうにお考えになつているのでしようか。
  73. 林逸郎

    参考人(林逸郎君) いや、そうでないのです。つまり仮にそれだけの惡いことがあつて、それだけの惡いことに対しては何人かを責任者として処罰しなければならんのであるとしたならば、今までに死刑の執行を受けた人たちの犠牲において済んでいるのじやないか、これ以上の人を苦しめる必要はないのじやないか、こういうのであります。
  74. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それでは大変どうもいろいろ有力な御意見を拝聴いたしまして有難うございました。これで以てこのことはこの程度にとどめます。  そこで委員各位にお諮りしておきまするが、本日のこの陳述中にありました事項に対しまして、速記に載つておりまする点もありまするが、これを全部配付するかどうかということにつきましては、委員長において検討を加えて、適当でないと思います事項については取捨を多少しなければならん場合があると思います。一つお任せを願いたいと思います。御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  75. 鬼丸義齊

    委員長鬼丸義齊君) それじやそういうふうにいたします。  それでは本日の委員会はこれで以て閉じることにいたします。    午後零時四十三分散会