○
羽仁五郎君 主として
刑事判決の再
審査等に関する
法律案についてでありますけれども、それに並ぶ
民事判決の再
審査等に関する
法律案、それから
民事特別法案、これらに共通する問題でありますが、すでに繰返し
質疑をしました。私自身
質疑し、又各員からも
質疑があ
つたのでありますが、まだ氷解できない点の要点について改めて、
政府の見解を伺
つて置かざるを得ないのでありますが、それは言うまでもなく講和後の政治的影響に
関係することでありますが、この
講和條約及びそれに伴う
行政協定などから発生して来る
法律案というものが、原則的にいわゆる勝者の敗者に対する命令というものの印象があるべきものでない、原則的にそういうものはあるべきものでない。又あるとそれは必ず収拾すべからざる状況を発生して来る。この点についてはもう異議がない問題だろうと思うのであります。これについて勿論これは原則上の問題であるとしましても、併し現実の上においても極力その方向に向
つての努力を
政府はなさるはずだと思うのです。これが第一点です。従
つて少しでもそういう点を必要以上に譲歩されるということはあり得べからざることである。止むを得ない場合は必要にして十分な限度にとどめるべきであ
つて、いやしくも必要にして十分な限度を超えてこの
日本側の立場というものを縮小せられるということはあ
つてはならない。又現にここにあるものはこれを除き、或いは将来それを救うという努力を重ねらるべきであろう、これが第一点であります。それで
吉田委員からの御
質疑の点も、直接にこの
刑事判決の再
審査等に関する
法律案なり、或いは
民事特別法案なりに
関係しているんじやないんですけれども、併しそれらの背後に、又これらとの関連においての
立法上の態度、又それの更に背後をなすところの
政府の政治的態度としていずれであるのか、そういう公平並びに対等、又相互という
関係を極力努力するという態度にあるのか、或いはそうでないのか、又仮にそうであるとするならば、現に今
質疑を行な
つております
法律案においてもそう理解されない点があるではないかという点に関することだと思うのです。これが第一点です。従
つてそれに派生して来る問題としては、再
審査に関する
法律案に関しては、第二に
日本の過去の戦争中において
裁判の独立ということを害せられたような事実があるのじやないか、或いはそういう印象が與えられているんじやないか、これは直接には
裁判ではなくして、私はむしろ検察なり警察なりの
関係において
日本がサード・デイグリー的であるという印象が與えられていたんじやないか。それが不幸にしてそれら検察及び警察については救済の
方法がないものですから、
判決の再
審査という救済の
方法がある方面についての要求というものにな
つて平和條約にこれが現われて来ておる。この第二の点について果して
政府はこういう不名誉な、或る
意味においては昨日でしたか最高裁のほうからの御
意見を伺
つたときにも現われてお
つたように、
日本の
裁判の独立という点から、現に最高
裁判所においてこれらの
法律案を決して喜ばしい
法律案と考えていない、こういう結果がここに発生して来ておることについて、第一にはさつきの平等の原則の実現に努力する、第二にはそうした平等の原則の実現に努力することが妨げられる
一つの
理由としては、
日本側においてもこれは或いは直接に
裁判じやないかも知れない、検察乃至警察においてであ
つたかも知れませんが、併しその禍いが
裁判に及んで、そうして過去の
日本の
裁判の名誉を低くし、そうして又今後の
日本の
裁判の独立という上にも好ましからざる影響を與えて来る、これらの点について
政府はいま少し率直に反省をせられる必要があるとお考えになるならば、率直にその反省の態度を示されることを期待したんですが、今までのところではそれは十分に
感じなか
つた。昨日も最高裁としても、
裁判に関する限りそういう権威を低くせられるような原因があ
つたというふうには考えられない。むしろ検察なり警察においてそういうふうな憂うべき事実があ
つたんじやないか、過去においても現在においても今後においても重大な関心を持つというふうに言
つておられますが、これらは最高
裁判所から手を着けることのできるものじやない。
法務府自身の責任に属することですから、それらにおいて、検察乃至警察の
関係において生じて来るレベルの低い慣習というものが、
日本の
裁判の独立並びにそれに対する国際的な印象というものの上に悪い影響を與えるようなことについて、過去について反省せられ、現在及び将来について努力を集中されるということのその誠意を我々にお示し下さることができるのかできないのかということが第二点であります。
それから第三点はこれらと、それから大赦などとも関連して来ることでありますが、その前に今の第一の点に
関係して
吉田委員からも御
質疑があ
つたように、戦争中
日本人が外国において若し不当な取扱いを受けたということについてその救済を求められる場合に、それらに対して
政府がそれらに協力するという点があ
つたと思うのです。この第三の問題は今申上げていたのと同じ
趣旨において、占領
期間中に
日本の
裁判の独立ということ、それから
日本の
憲法の尊厳ということが
如何なる
意味においても高められたというふうには解釈できないで、或いは低められ、或いは制限せられ或いは一時停止されていたという状況において
裁判が、
日本側でもそれからアメリカ側においても行われたというような印象を與える事実があります。これもやはり最高裁の御
意見として占領
期間中に超
憲法的な力によ
つて行われたことが
日本の
裁判の独立及び
憲法の尊厳ということにと
つて喜ぶべきであるとはいうことのできない影響があるということをお認めに
なつたんです。それらの解決が今
平和條約の発効の際にあらずんば再びその機会を失う。この
平和條約発効の機会においてそうした超
憲法的な力によ
つて日本の
憲法の保障するところの自由というものが制限されていたような
裁判、これは外国の
裁判とそれから
日本国内の
裁判と
両方においてでありますが、これらはこの際一掃されるという努力をせられることが当然ではないか。そうでありませんと我が
憲法の尊厳それから
裁判の独立ということについて
国民が確信を持
つて、そうして今後この
憲法の下に安心して生活し、今後
裁判に対してそれを完全に信頼して
裁判を受けるということが困難になりはしないか。そのために
裁判所侮辱制裁
法案というようなものを出されることは、いよいよ
裁判の権威を低くすることである。鞭を伴
つてでなければ維持できないような
裁判所の権威というものは高いものとは言えない。そういう鞭、鞭というのは罰するという……、
裁判所が侮辱制裁法というものを持
つていなければ、
裁判がやれないという状況になるというようなことは、
裁判に対する
国民の信頼がないからである。なぜ
裁判に対する
国民の信頼がないかと言えば、占領
期間中に或いは
日本側の
裁判所に訴えても、それは管轄権がないからとい
つて却下せられたり、或いは
日本の
憲法で保障せられておる自由が制限せられたりしていたのですから、だからこれらが殆んど唯一の機会である講和発効の際に一掃せられるという努力をせらるべきであるというふうに考えるのでありますが、
政府はどういうふうにお考えになるのか。大体以上の三点についてすでに繰返し伺
つたことであり、本来政治上の問題にも
関係することでありますから、
法務総裁自身がお答えを下さることが当然だと思うのでありますけれども、
意見局長官が
法務総裁に代
つてそれらの点についてお答えを頂くことをお願いする次第であります。