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1952-06-17 第13回国会 参議院 文部委員会 第44号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十七年六月十七日(火曜日)    午後一時三十三分開会   —————————————   委員の異動 六月十三日委員山田佐一君辞任につ き、その補欠として田方進君を議長に おいて指名した。   —————————————  出席者は左の通り。    委員長     梅原 眞隆君    理事            木内キヤウ君    委員            川村 松助君            黒川 武雄君            白波瀬米吉君            高橋 道男君            堀越 儀郎君            山本 勇造君            荒木正三郎君            矢嶋 三義君   政府委員    文部省初等中等    教育局長    田中 義男君    文部省大学学術    局長      稻田 清助君   事務局側    常任委員会専門    員       竹内 敏夫君   —————————————   本日の会議に付した事件 ○教育及び文化に関する一般調査の件  (漢文教育に関する件)   —————————————
  2. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) それでは文部委員会を開きます。  漢文教育について、これを議題といたします。田中局長がおいでになつておりますから、田中局長から通達をなすつた二つ通達、三月三十一日の御通達と、四月九日の御通達に関して、一つ御報告を願います。
  3. 田中義男

    政府委員田中義男君) 漢文の問題につきましては、いろいろ各方面要望もあり、又御意見等があつたのでありますが、文部省といたしましては、慎重に検討をいたしました結果、一応去る三月三十一日付を以ちまして、各都道府県の教育委員会、或いは府県知事乃至学校長等に対しまして、通牒局長名を以て出したのでございます。で、その内容につきましては、お手許に差上げてあるはずでございますが、簡単にその要点を御説明いたしますならば、先ず従来高等学校におきます漢文学習につきましては、すでに昭和二十二年の学習指導要領一般編として作りました際に、国語科科目として、国語甲、これが必修でございますが、国語乙、これが選択になります。そうして漢文、これも選択でございまして、国語甲国語乙漢文、こういう科目をきめましたものの、それに対しまする実際の学習指導要領については、何ら示されておりませんのでございました。従つて従来の反動的な考えも多少ございましたが、漢文につきましては、相当軽視されたような趣きもございまして、漢文国語甲の中には入らないのであつて、単に選択として漢文だけを採用すべきものだというふうな考えから、殆んど漢文についてはこれを学習することについて相当欠けておつたような結果でございまして、それらに基きましていろいろな要望等も起つたようなわけなのでございます。ところが昭和二十六年の十月に、それらの事情に鑑みまして、国語科学習指導要領の制定をいたしました。その中には文語文漢文が或る程度まで読める、即ち平易な漢文に関する学習国語甲の中に置いて、即ち必修として国語甲の中に置いてこれを学習をする。こういうふうなことになつて参つたのでございますけれども、而もこれらのことについての趣旨が徹底いたしておりませんし、なお実際の学習指導示唆につきましても、ただ国語甲国語乙漢文ということを示し、それらについての一まとめにした指導要領を示したのみでございまして、一一国語甲国語乙選択漢文についてどういうふうに指導して行つたらよいかというような具体的な示唆もいたしておりませんでございました。  なお、実際に用いられておりました教科書等を見ましても、余り漢文に関する教材資料というものは殆んど採用されておらないような現状でございまして、而もそれにつきましては、教科書検定基準等におきましても、昭和二十六年に国語科におきましては、漢文等の文章や、平易な漢文の読み方を基準として検定をするようになつたのでございますけれども、而もそれらについての実際問題として、実現を見ておらなかつたような現状でございます。で、これらに鑑みまして、現在規定等が期待をいたしております当然の限度のことすら、実は実現をいたしておらないというような実情に鑑みまして、この従来の規定等が要求をいたしているその程度まで漢文について学習指導上の考慮を払うべきものである。かような観点からいたしまして、そういう意味において先般の通牒を出しましたのでございます。なおそれに合せまして選択漢文の点につきましても、殆んどこれらについて選択をしているような学校は余りございませんので、その漢文選択についても、指導についても、事情が許す限り生徒希望にも即するように用意する必要もございますし、なお又大学人文科系学部について調査したところの資料によりますと、相当、約七割近くの学部高等学校において選択漢文を履修することを希望しているというような実情もございますので、大学人文科学系に進むことがすでに予定されているような生徒に対しましては、将来の授講の便宜からいたしましても、それらに対して適当な科目選定指導する必要があるというふうに考えまして、以上の点についての要点通牒として出したのでございます。  その次に四月の九日付けで出しました通牒は、これは特に社会科の問題と選択科目としての芸能科家庭科及び職業関係教科についてでございまして、道徳教育が御承知のように非常に重要視され、やかましくなつております事情から考えて見まして、この社会科の中において、哲学的な、倫理的な方面学習を特に指導することを配慮をしてもらう必要があるというふうに考えました点と、それから芸能科家庭科等につきましても、例えば家庭科等について考えます場合に、女の子でありながら全然卒業まで家庭科について一時間の授業も習わないで出て行くということすら行われ得る、又さような事例もあるような実情でございますので、単に大学入学ということのみを考えないで、もう少し実際の生徒の環境或いは能力、将来の進路等をも考えながら、而も適切な指導を行う必要があるというようなことを考えまして、更に四月九日にこの通牒を出したような次第でございます。
  4. 山本勇造

    山本勇造君 この漢文の問題のときに、余り漢文必修ということがやかましい問題になつていたと存じますが、そういうあれから参議院文部委員会においても参考人を呼んで意見を聴取するというようなことをやつたわけでありますが、いろいろ政治的なことをも考慮しまして、実はこの問題を今日まで議題に上げないでいたわけでありますが、今会期も非常にもう迫つて参りましたし、又今御説明のあつた通達は実は我々多少意外の感がないでもないのでありますが、後にそういうものを見せられまして、そのときにもこれは当然質問すべきではないかという気がしたのでありますが、やはり政治的な考慮もありましたのと、もう一つは出てしまつたとき今すぐしてもどうかというような点も考えまして、特に質問を控えておつたのでありますが、今日一つ今のような御説明がありましたのを基礎にしまして、お伺いをしたいと思います。  これは実際言うと、私はまあさまざまな立場から文部省がこういう通達を出さなければならなかつたというところに、僕は文部省の苦しい立場があるのじやないかというようなことも考慮されるのでありますが、併しこの漢文の問題というものは、国民にとつて単に個々高等学校漢文科というだけじやなしに、広くこれを考えて行きますと、国民にとつて非常に大きな問題にもなつて来るのですね。言葉文字の問題のほうから考えて行きますと、大事な問題だと思いますので、先ず初めに通達のこの中に書いてある文字だけについて、ちよつと私たちわからんところがありますから、それを先ず伺いたいと思うのであります。  第一は、この中に採用されておりますが、この指導要領というのでありますが、その指導要領の中に、文語文漢文が或る程度まで読めるということを言つております。これは僕は文字通り賛成なんですが、ただ或る程度まで読めるというその或る程度ということが、随分解釈がまちまちであるのじやないかと思うのですね。この或る程度というのはどういうことなのであるか、それを一つ、このこととそれと関連して今度の通達の第二になつておりますようですが、二のところですね、学習指導要領等国語科にある漢文学習指導その他について不備な点も補いたいと考えている。不備な点を補いたいというのは、どういうふうにする意思なのであるか、先ずそれを一つ伺いたいと思います。
  5. 田中義男

    政府委員田中義男君) 或る程度と申しますのは、誠に客観的な標準を立てがたいのでございますけれども、実際検定基準としては平易な漢文、少し言葉を言い換えたようでお答えにならんかも存じませんけれども、まあ平易な漢文漢文としては極めて初歩的なという、そんな気持になつているわけでございます。それから不備な点を補いたいのでございますが、先ほど申しましたように、実は指導要領を出しながらも、これはただ一般国語甲国語乙漢文というものを一まとめにして出しただけでございまして、その国語甲あり方国語乙あり方選択漢文あり方というような点についての個々学習指導についての示唆等が、まだできておりませんのでございまして、それらの点は誠に不備な点でございますので、これからそれらの点についての学習指導上の示唆を具体的に示したい、かように考えておりますことを意味したのでございます。
  6. 山本勇造

    山本勇造君 その点についてもう少し伺いますが、或る程度まで読めるというのは平易だと、やさしい漢文と、こういうことになるわけですが、やさしい漢文というと、ここに漢文教科書が来ていますが、或る程度はやさしい漢文ということになるのですか。
  7. 田中義男

    政府委員田中義男君) その物指で限定をいたしておるのでございますから、さように御承知願いたいと思います。
  8. 山本勇造

    山本勇造君 それは又あとでそれじや伺うとしまして、今度不備な点を補うという場合のときに、漢文をこういうふうな漢文のままで読ませて行くのか、それとも書下し文にして読ませるつもりであるか、例えばすでにもう高山樗牛漢文を書換えよということを明治三十一年に言つているのですね、で、その中で書換えても、漢文の中に含まれている思想は十分に伝わるのだ、そうしてこういうひつくりかえしやつていることは意味のないことであるから書換えよということを樗牛がすでに言つているのでありますが、こういうふうな問題をあなたのほうの指導の今度補うというような問題のときにこういう点なんかどういうふうにお考えになられますか。やはりこのままでやられるか、それとも漢文というものは書下しにするような御意思になつているか、その点どうでしようか。
  9. 田中義男

    政府委員田中義男君) それらの点につきましては、いろいろ議論のあるところと承知いたしているのでございまして、その学習指導上の示唆を具体的にいたしますために委員会を実は組織いたしまして、国語漢文両方関係かたがたそれぞれ十名内外のかたにお願いをいたしまして今いろいろ討議研究をしてもらつているわけでございまして、それらの権威あるかたがたの御研究の結果に待ちまして処置いたしたいと考えております。
  10. 山本勇造

    山本勇造君 その点大変結構だと思いますが、それは一体いつ頃大体結末が付く予定なんですか。
  11. 田中義男

    政府委員田中義男君) 実は漸く先般その集りを開いたようなことでございまして、でき得ますならば九月の新学期からでも間に合うように内容的には計らいたいと思つております。
  12. 山本勇造

    山本勇造君 そんなに早く結論出せますか。
  13. 田中義男

    政府委員田中義男君) 一応目標はさような目標で、できるだけ大まかなものから細かい点に至りますように学習指導上の全般の問題について検討を進めている次第であります。
  14. 山本勇造

    山本勇造君 早くきまるということは非常に結構なのですが、併し早くて悪いものができたのでは却つて改悪されると困るので、どうか今のようなことができること自体大変結構なのです。私も賛成ですが、一つどうかできるだけ慎重にやつて頂きたいと思います。  それから同時にこの語句であなたに伺いたいのは、その二の終りのほうに「文部省から具体的示唆のあるまで待つことなく、各高等学校においては、教師判断によつて適切な教材補つて、」云々ということがありますが、この「教師判断」ということになりますと、教師によつて随分まちまちだと思います。それから或る種の教科書を使うというようなことになれば、何といいますか或る標準みたいなものができるかと思いますが、これだとプリントみたいなものも入るのではないかと思われるのでありますけれども、教師プリントを渡しまして、それを漢文で読ませるというようなことは入るのですか、入らないのですか。又プリントの如何を問わず、こういう「教師判断で適切な教材」というものは、教授の不統一を来すような嫌いは起りませんですか。
  15. 田中義男

    政府委員田中義男君) 大体教授の上におきましての根本の基本は、学習指導要領でございますし、なお実際には教科書がその中心になる最も重要なものであることは明らかなことでございますが、なお併しそれだけには限りませんので、その学習指導要領等についての方針に沿つたような意味におきまして学習目的を達成いたしますように適切な教材を補充するということは、これは許されたことでございまして、それらについての細かいまあ規定はないわけでございますので、学校長なり或いは先生方それぞれのかたの良識に待ちまして適切なる教材として使用をされるものは、それぞれ認められるわけなのでございます。そこでプリント等におきましても先生考えによつてこれを以て特に口で話す場合等のことよりも、一層具体的なものとしてそれを補う意味においてプリントで出すこともこれはあろうかと思うのでございますが、ただお話のように全くまちまちになつて勝手気ままになるというようなことは誠に困つたことでございまして、それらの点につきましては特に学校長なり或いは先生自体良識に待ちたいと存ずるのでございます。
  16. 山本勇造

    山本勇造君 そこでこの教科書がいろいろありますけれども、幾通りもの種類があるわけですが、こういうのがあなたのほうで平易と称するのには当るのですか。これあなたなんかちよつと出されて読めますか。それならばここで出したところで読んでもらいたい気がするのですがね。(「その通りだ、これが一番大事なところだよ」と呼ぶ者あり)
  17. 田中義男

    政府委員田中義男君) 誠に手痛い御質問でございますけれども、大体そういう標準によつて検定を従来いたして参つておるのでございまして、個々の点の適不適については更に私ども検討さして頂きたいと思います。
  18. 山本勇造

    山本勇造君 これは又教科書検定委員会があつて検定委員会というのはあなたのほうとは又局がたしか違うはずですから、あなたに言うのは筋違いですけれども、これは単に漢文だけでなくて、さまざまの検定は実は非常に問題があるのじやないかとも思うのですが、これはまああなたのほうの局と少し違うから控えますけれども、これはまあ検定の問題よほど考えて頂かんと大変だろうと思うのです。  序でになお字句だけについて先に伺いますが、これは第三になりますが、一番最後のページで、「事情が許す限り、生徒は卒業するまでにその何単位かを履修するように指導することは望ましいことであります。」と言つてこの何単位かをやれ、こういうことを或る意味から言うと、文部省が積極的と言つてもいいくらい勧めていると我々にとれますが、これは何単位言つて取れば、それは同時にそのまま必修になるわけなんですか、取れば……。そこのところも伺いたいし、又どういうわけでこういうものが望ましいということまであなたのほうでお書きになつたのか、そこのところを伺いたい。
  19. 田中義男

    政府委員田中義男君) 判断するかしないかは生徒の自由でございますが、併しそれを履修いたします場合には、これは単位にもなりますので、必修と同じ効果と相成るわけでございます。ただやるやらないは自由だという意味でございます。それからここに掲げましたのは、先ほども申しましたような意味におきまして非常に従来当局においても、又諸規定におきましても期待されているだけのことすら、実はやつておらないという実情でございますので、漢文等についてもまあ事情が許しますならば履修させる。こういうことがこれは当然なことでございまして、そういうふうな意味でここに掲げましたのでございまして、特別にこれをやれと特に奨励したというような気持ではないのでございます。
  20. 山本勇造

    山本勇造君 今問題を私二つ出したのです。ごつちやにして悪いですから……。そうすると整理する上で前のほうのだけに私先ず限りましてお尋ねいたしますが、それを選べば結局必修になる。選ばなければいいということでありますが、学校では選択科目になつてつて選択してもいいし、しないでもいい。ところが表向きは大変そういう選択が自由のようにできておりながら、現実にはその学校でそれをやるようにしてしまつて、一種の学校必修が起つている。例えばこの別の例をとつて言うと、音楽ならば音楽があるとして、それは自由にこれは自分が必修したいと思つても、それは或る学校においてはそういうものがなくて、表向き選択でそれがやれるようになつているが、現実にはそれがないという学校を僕は聞いておるのですが、そういう場合と同じように、表向きでは選択が自由になつておりながら、現実的にはできないで、結局自由というものが実は必修にされる結果になつておるということが起りやしませんか。いわゆる課程科目の上では必修でないのでありますが、実際は学校必修というような形になされておるものがありはしませんか。
  21. 田中義男

    政府委員田中義男君) そういうふうなことにつきましては、殊に大学への入学準備のために特に力を用いて、どうかと思うようなふうにまで行つてるおようなところには、さようなこともあるやに耳にいたしておるのでござまいす。ただ逆な場合を考えますと、例えば或る科目をやろうと思つても、それに対しては殆んど準備も何もない。併し僅かの希望のためにわざわざ科目を置き、教師を雇うということも大変なものでございますから、それらについては本人の希望があるにかかわらず、実際問題としてやれないといつたようなこともあるようでございますが、お話のような点は誠にこれは行過ぎであり、弊害だと思いますけれども、さようなことも間々耳にいたすのでございます。
  22. 山本勇造

    山本勇造君 私現実にその両方の場合を知つておるのでお尋ねしているのですが、これはそうすると教育課程審議会がいろいろ今後あれもなければならんと思いますが、そういう点よほどよく一つ御考究を願いたいと思うのです。表向きは大変自由のようでありますが、ちつとも、ちつともと言うと語弊があるかも知れませんが、自由選択ができない場合、殊に入学試験のために必修にさせられているような場合なんかは、学生に非常に気の毒であるのみならず、学校入学試験のための教科をやるようなところであれば、学校が楽しい所でもなし、又本当に勉強する所でもなくなつて、まるで入学試験に入るための試験勉強のための所であるようになると、学校本来の目的を阻害しやしないかと思われるのです。よほどこの点は注意してもらいたいと思います。今の第二のほうに亘りますが、この「望ましい」ということはあなたのほうでお書きになりましたが、この指導することが望ましいということは、この国語政策の上から言つて、これはあなたのほうとしてどうお考えになりますか。漢文をそういうふうにされるとことは……。
  23. 田中義男

    政府委員田中義男君) 繰返して申しますように、特にここで漢文に重点を置きまして、そうして漢文だけを取上げてここに奨励をしているという気持ではないのでございまして、それらの点につきましては、先ほど学習指導要領内容についての指導示唆を与えるための委員会作つたということを申上げましたが、更にもつと根本的にはお言葉にもございましたように、教育課程審議会というものが別にございますので、それらの審議会の慎重な審議を経まして、そうしてそれがそれぞれの多数の科目、それぞれのあり方従つて無論その教授上の時間等も重要なものでございますので、すべて審議を経た上で処置をしたいと考えておりますので、それらの点については只今特にこれだけをどうという積極的な強い意味があるわけじやございません。
  24. 山本勇造

    山本勇造君 それだから今のような審議会に諮つてつたならこれはいいのですが、この通牒審議会に諮つた上で「望ましい」と言つてあなたのほうで出したのじやないのではないのですか。
  25. 田中義男

    政府委員田中義男君) お話通りに、審議会の議を経てこの通牒を出したわけではございませんが、各地方学校参考のために一応我々としての意見を出したわけであります。
  26. 山本勇造

    山本勇造君 文部省立場を私は全く知らんでこれは言つておるわけではない。あなたがたのほうのお立場も僕はわからんではないのですが、ただ、やはり文字を、言葉をあれするという上から言いますと、これは非常に大事な問題なんで、又あなたのほうとしましても、あの時の世論がどうであつたか、例えば朝日の社説がどうであつたか、毎日の社説がどうであつたか、読売の社説がどうであつたか。而も社説の中で漢文必修にするなというような題を掲げて随分猛烈にやつた社説さえあるくらいで、又社説以外でもたくさんそれがあるのみならず、又参議院参考人を呼んだ場合のあれというのも、あなたがたは十分に御承知のはずだと思う。ところがそういうようなのが僕は参酌されないでそうして文部省から「望ましい」として出たことは非常に残念に思う。これは少し私議論に入りますが、申すまでもなくあなたがた御存じだと思うのですけれども、文部省のほうの教育研究所日本人読み書き能力というこんな立派な本を出していて、そうしてこの中で日本人読み書き能力はどれだけあるかということを調査した。而も少数の人でなしに、北海道から九州まで全国に亘り、そうしてそれも都市だけでなしに、農村やら、漁村やら、さまざまの所、そうして年齢も十五歳以上から六十歳まで、そういうふうな層の人に対して、一万七千人もの人の読み書き能力調査をやつたところが、それは何もむずかしいものを出したのじやなしに、日日の新聞に出ておるようなこと、これは社会人として当然読めなければならんようなこと、そういうようなのを問題にした。或いは文部省教科書の中から取つてつた。これは義務教育で皆やつたのだから当然できるというような極めてやさしい問題だけを出したにもかかわらず、その時の結果として満点を取れた人は全体の中の僅かに四・二%しかない。あとの九十何%というものは全部できなかつた。それで、平均点としては七十何点かになるわけですね。或る意味から言つて、文盲がないという点から言つて、私は日本の教育は大変普及されたとも言えると思うのですが、結局やさしいもので満点が取れなかつた、或いは九十点まで行くということができなかつたのは、それならどこに原因があるかというと、それは結局漢字の問題、この点に落ちて来ておる。ですからこの漢字の問題ということは、非常に日本人読み書き能力の上からいつて、或る意味から言えば癌になつておるほどのむずかしい問題なんです。そういうことは無論私が申すまでもなく文部省のほうで、研究所でこれだけ綿密な調査をされておるのですから、あなたがたのほうの国語政策の建前から言つても、これは当然御承知だと思うのです。そういうあれからいつて、今のこの中には大学を卒業したものも、高等学校を卒業したものも皆人つておるにもかかわらず、全部できたというのは僅かに四・二%になつておることを考えると、とても十分に教え切れないので、それでやはりあなたがたの、何といいますか、指導要領の中で当用漢字のあれを本当からいうと中学で全部覚えさせなければならんはずで、初めはそんなふうに考えておつたのだが、到底できないことを知つて、今では指導要領の中に当用漢字を、千八百五十字というものを高等学校を卒業するまでに全部覚えるようにしろということが、あなたがたのほうでやられた指導書の中にあるわけですね。千八百五十字がなかなかこれはそう言つても十分にはできないので、それにもかかわらず、又更にここに出て来るどこの頁をあけてもすぐわかると思うのですが、こういう字が出て来たときにこれだけの負担に堪え得られるか。一番大事なことは、本当に読み、書ける字ができなければならん。それなのに、それが満足に行かないのに、更にこういうのができて、本当に国民が或いは高等学校生徒が覚え切れるかどうか。ただ文字の数だけ見せたとて、それがそれでいいというのじやなくて覚えなくちやならんのであります。文字を見せるだけでは意味はなさない。そういう意味において、国語政策の上から言つて、あなたはどういう望ましい態度でやられたのですか。私はどうもそこのところが疑問なんですね。この点あなたが先ほど言われたように審議会に諮つてやられるというのなら私はちつとも不服はないが、諮らないでこれが出されたということはどうも私は残念に  思います。
  27. 田中義男

    政府委員田中義男君) いろいろお話の点誠に御尤もでございまして、現在出ておる教科書等についても検定その他について相当検討すべきものがあると存じておるのでございまして、それらの点については一つ将来の解決にいたしたいと思うのでございます。ただ先ほどから申しますようにこの通牒の趣旨といたしておりますところは、従来国語甲国語乙漢文、こういう国語科については三つの必修選択科目があつて、而も必修国語の中には漢文も含まれるのだ、或る程度において含まれるのだということをはつきりといたしますことと、同時に漢文選択等についてもこれは現実に二時間損しておるのだ、そこで学生、生徒希望に応じ事情に応じてこれを指導すべきである、こういうふうな趣旨からいたしまして現在あるべきその趣旨を更にここに再確認せしめるために謳つた、こういうのが根本趣旨でございますので御了承願いたいと思います。
  28. 山本勇造

    山本勇造君 その点私はもう間違えてはおらないのですけれども、それよりもここのような通牒が出ますと、その通りに行かないで、これが大変に強い力をもつて来るのじやないか。又それなら一つあなたに伺いたいのは、この通牒が出た結果どのくらいつまり今度は漢文をやるようになつたか、その点一つお答えを願いたいと思います。
  29. 田中義男

    政府委員田中義男君) まだ実は新学年始まりまして以来、それらの点についての結果をまだ聴取しておりませんので、事情はまだよく承知いたしておりません。
  30. 山本勇造

    山本勇造君 いやそれは非常に残念です。それはすぐに実は聞きたかつた。そのときにおきまして君のほうからその数字が出るだろうと思つて実は延ばしていたのですがね。僕はその数字は実は聞けるかと思つていた。併し、なければ仕方がありませんが、成るべく早く一つそれを出して頂きたいと私は思います。それから私がこれを言つているのは、一方で漢文をやると、東洋思想に触れてそうしてバツク・ボーンが入るというような説がありますが、私は何と言いますか東洋思想を拒否しているわけでも何でもなくて、ただ漢文というものが徳川時代における漢文の位置とそれから今日における漢文の位置というものは、漢文の何と言いますか、つまり価値が違うのですね。徳川時代におきましては今のような社会科があるとか、哲学があるとかいうことはないのですから、漢文をやること、そのことによつて、こうしたうちに漢文も学んだ、東洋思想も学んだ、東洋哲学も学んだし、東洋歴史も学んだし、或いは文学も学んだ。漢文をやることで幾つもの方面をやれた。ところが現在になりますと、一方においては哲学であれば東洋思想の純粋なものをやるところがちやんとできておるのですし、それから又東洋史のこともちやんとできておるのでありまして、漢文だけをやるということが徳川時代におけるような漢文のあれとは大分意味が違つて来ております。その意味漢文というものを或る種の人が大変尊重するのは、それは徳川時代の考え方の漢文尊重の仕方で、現在の漢文は大分違えて考えなければならないと思うのですが、それらの点もあなたがたのほうで、どうもいろいろ押されているところもあるので、少しあなたのほうがそれのほうにかたよつた嫌いがありはしないかと思うので、これはよほど今度の審議会考えてもらわなければならんと私は思うのです。何か話が非常に固くなつたから、ちよつと言葉の問題でエピソードを一つ申上げたいと思います。柳沢淇園の書いたものの中に「無学の人」というのがある。無学の人が或る学者のところに行  つて、我々は如何にしたら自分たちが世の中を渡つて行くのにいいだろうかという話を聞いた。ところがその学者がそれはもう世の中を渡るには堪忍の二字に限るのだとおつしやつた。そうしたところがその無学と言われる者が、はあそうですが、堪忍、「かんにん」の四字ですね、とこの聞いたのです。「かんにん」の四字じやない。堪え忍ぶという二字だ。「たえしのぶ」というと五字になるじやありませんか。お前はどこまでわからんやつだ。そうものがわからなくてはあれだと言つて非常に無学の人を怒りつけたとい  う話であります。そうしたらその片一方の怒られた人が、いや私は先生にどれだけ怒られましても、「かんにん」の四字で以て辛抱をいたしますという話が出ておるのですね。そうして柳沢淇園はどうもこの男はなかなか知恵があるが、併しその愚や及ぶべからずと言つて、堪忍の二字がわからないというので、これは漢学者ですから悪口を言つているのですが、併し実際からいつて堪忍というのは仮名で四字で覚えようが、漢字で二字で覚えようが本当に堪忍するということが一番大事なんで、どうも漢字を覚えなければ本当のことはわからないのだという僕は間違いがこの柳沢淇園あたりでさえもやつている。尤もこの人は柳里恭なんて自分のことを言つているのですから相当漢文気違いの人だと思いますが、現実の問題としては漢字で覚えようが、仮名で覚えようが本当に堪忍なら堪忍ということが会得できることが大切な点で、それは漢字で覚えることが大切な点じやないと思います。そういう意味から言いましても、余りにあなたのほうあたりが、審議会に諮つて出されたのなら仕方がないけれども、諮らずにこういうふうなものを出して望ましいということは、私は実は望ましくないのです。ほかに私もう一つこの入学試験の問題が後にあるのでこれを聞きたいのですけれども、この問題は又別になりますから、ほかのかたの御発言もあるだろうと思いますから、この問題はいま暫く……。
  31. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 只今山本委員のほうから質問があつて大体尽されておるようですけれども、私も若干お伺いしたいと思いますけれども、私はこの文部省から出された通牒その他を読んで、どういうわけでこういうものを出されたかということは、どうしても納得できないのであります。衆議院で東洋精神文化交流に関する決議案があつたということは承知しております。参議院では漢文教育の問題を非常に大きく取上げて、今山本委員が申されたように、公述人まで招致してそうして我々は一般輿論というものを承わつたのですが、然るに三月三十一日と四月九日と続けざまにこの漢文教育を強調するがごとき、而もその漢文教育内容というものは、当初出された必修国語甲の中に含まれるところの漢文教育から飛躍した内容を持つたものを出された、一体どこに真意があるのですかお伺いしたい。
  32. 田中義男

    政府委員田中義男君) 二つの通牒のうち九日のほうは、これは漢文問題には殆んど触れておりませんので、これは一つさように御承知を願つておきたいのでございます。で、お話にもございましたように、いろいろ漢文の問題につきましては、当時やかましい問題になりまして、文部省としても我々いろいろ検討をいたしたのでございますが、先ほど来申上げますように、現在あるべき程度にまで行つておらないというふうなことを感じまして、そこで文部省としてもその根本的な将来の積極的な面についての研究は、これは当然それぞれの機関を経てきめるべき問題でありますけれども、当面の措置としてさような足らないところは、これを適当な程度にまで措置するのが穏当だと考えて、そういう意味で措置をいたしたのでございます。
  33. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 局長、私は大変聞えないのですがね。この四月九日の通牒というものは、三月三十一日に出された漢文教育に関する通牒の繕いをやつておる、私はそうとつておるのですよ。最近何でしよう、高等学校校長会でも必修単位を少し多くしろ、必修を多くして欲しいということを言つております。それから高等学校教科課程については再検討しなければならんというのが輿論なんです。そのときに漢文だけを取上げて文科系統に行く者は是非漢文が必要だ。丁度これは学生諸君が読めば、来年は本格的な漢文の問題が入学試験に出るぞ、準備しなくちやならんぞということを示唆しておるような通牒ですよ。だから早速漢文参考書を書くような人は文部省にわんさ押しかけておるのです。来年は漢文入学試験があるということですぐ参考書でも書いて出版しようというので相当初等中等教育局あたり、管理局あたりへ行つたということを聞いておる、行つた人からも聞いておる。高等学校の校長に聞きますと、この通牒が出まして漢文選択は非常に多くなつた。それだけ非常にこれは影響をしておるのですよ。そうしてこの問題が漢文だけで、あなた十分御承知だと思いますが、一体人間の育成に当つて芸能あたり一科目も取らんでも宜しいか、或いは男女共学であるが、女生徒の諸君なんか家政科一単位必修としないで人間ができるかというような批判があると思うのです。だからあなた様は四月九日の通牒漢文についてはこの前言つたけれども、芸能科とか家政科は無視されておつた。だからこれも選択を軽視する傾向があつたから考慮しようという繕いの通牒を出しておるのですよ。漢文と言えば、理科系統あたりでは大学へでも進む人は今数学あたり三十八単位の中で五単位つても、とても大学の理科系統の授業はできないということを大学教授諸君も言つている。理科系統でもそうです。理科でもそのうちの三十八単位のうち五単位だけ取つたのでは、とても物理化学系統の講義はできない、こういうふうに言われている。何も漢文に限つたことではない。国語甲必修単位、それに乙と漢文選択があるわけですが、これだけに限つたことではない。全般的な問題なんです。それを漢文だけこういうふうにピクアツプして三月三十一日で通牒を出し、それの繕いをするような通牒を四月九日に出された。これは私今の御説明では納得できないのですが、私の言つておるのは間違つておるでしようか。
  34. 田中義男

    政府委員田中義男君) いろいろ御批判を受けるわけでございますけれども、私どもの気持は繰返し申しておるようなことなんでございます。特に九日に出しましたのは繕いだというお話でございますけれども、繕いという言葉が少し感じが私どもの気持にぴたつと来ないのでございまして、私どもの気持から申しますと、繕いという意味でなしに、当然実は考うべき事柄であつたのでございまして、実は当時すでに選択芸能科等その他についても十分考えておつたのでございまして、ただたまたま行きがかりから漢文のほうが先に出たというわけなのでございます。特に漢文だけを積極的にこの際奨励しようといつたような気持でなく、それらの点については将来の検討に待ちまして、取りあえず現在足りないところを期待せられておるところまで回復しようというと、妥当かどうかわかりませんけれども、まあかような実は気持なのでございます。
  35. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 私のお尋ねいたしたい点は、教育を私は混乱させると思うのです。千八百五十字の制限漢字を組むところの国語政策、それから高等学校必修選択教科課程、これらをひつくるめた文部省の根本的な方針、そういうものが私ははつきり現場において把握されないのじやないか。ただ何が決定ずけるかというと、どうも入学試験に今度本格的な漢文がありそうだから、だからといつてその角度から教科書プリントして補助教材を作るとが、或いは選択さしてその方面の授業時間数を多くするとか、そういうふうに入学試験によつて左右されるというようなことではならないと思う。現実にそれは起つておるわけです。私はもう少しお伺いしますが、ここに中学校特に高等学校における漢文に関する学習の問題というプリントを頂いておるが、その中の第二項に「大学入学学力検査においても、国語(甲)の中で漢文的問題が出題されてもよいような措置をとつた。」という中ほどに「昭和二十七年度から直ちに平易な漢文国語(甲)の学力検査問題に含ませることは学校によつて生徒に補習を必要とさせることになるであろう。」そういうふうに書いてある。更に「昭和二十七年度は、国語(甲)の中で漢文的教養を検する必要がある場合には、漢文書き下し文の程度にとどめ、昭和二十八年度あたりから全面的に新らしい指導計画に基いた出題がなされることが望ましい。」こういうふうに表現されておるわけです。これは先ほど局長山本委員に読み下しか或いは句読点みたいなような、ああいつたつて読む漢文ですね。そのいずれかについてはなお慎重に検討したいというようなこととはこれは矛盾はしませんか。
  36. 田中義男

    政府委員田中義男君) さようにお感じになるのも御尤だと思いますが、ここに書きましたのは、現状を基にいたしまして、書いておるのでございまして、現在の検定教科書程度から申しましても、なお科目の点から申しましても、この程度のことが現状なのでございまして、それに基いてここに申しておるのでございます。
  37. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 結局何でしよう、現在の国語甲の中にあるその読み下しの、あの程度のものでは不満だ、もう少し本格的にやるぞということをあなたがたは腹の中に持つているのでしよう。そういうふうに取れますよ、この通牒は……。読む人はそう取りますよ。それは現実に現われて来ておるわけなんです、如何でしようか。
  38. 田中義男

    政府委員田中義男君) ここに書いておりますのは、本格的と申しますか、ただ漢文を試験をする虞れがありますので、二十七年度においてはそれは適当でない、漢文書下しでないと非常に困る。こういうのでありまして、若し漢文の試験をするならば、二十八年度から、こういう……。
  39. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 二十八年度は書下しになつてもいいという意味ですね。
  40. 田中義男

    政府委員田中義男君) でもいいという事柄は何かよほど積極的に……。
  41. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 慫慂している……。
  42. 田中義男

    政府委員田中義男君) 慫慂しているように聞えるかも知れませんけれども、そういうわけじやないのでありまして、若しそれを、これがなければすぐやる虞れがありますからして、それが二十七年度からはやつちやいけないぞ、こういうふうに意味しているのでございまして……。
  43. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 そうすると二十八年度からはやつていいぞということをこれは意味しているのですか。それだと問題は文語文漢文が或る程度までよろしいというこの指導要領目標との関連が問題になつて来るわけですね、更にですよ、第四項に行つてから検定基準というものを昭和二十五年のときには「漢文体の文章の読み方」、それが昭和二十六年になると「漢文体の文章や平易な漢文の読み方」、こういうふうに進んで来ているわけですね。これは本格的な漢文教育を推進しよう意思を持つてこの方向を辿つていると認めざるを得ないのですけれども、如何ですか。
  44. 田中義男

    政府委員田中義男君) 全体として漢文そのものが高等学校においては平易な漢文と、こういうことは大原則でありまして、それにはみ出るようなものがまた入学試験等の場合において出題されるべきものではございませんので、そういう範囲内におきまして、而も前段の文章によりますと、二十八年度からでないと……、二十七年度からやつては困る。こういうことはむしろ注意書だと考えているのでございます。それから検定基準等についてもだんだん積極的になつて来るというお話でございますが、これは最初から申しましたように、余りに従来規定されていることすら非常に行われませんで軽視されている傾きがある。不当に軽視されている傾きがある。従いましてそれがだんだん自然の程度にまでもどつて来つつある。そのために検定基準等文字等においても変つて来たものと考えているのでございます。
  45. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 それでは何ですか。局長が言われるような漢文の読み方まで必修国語甲の三時間でやれ……、国語漢文を含む国語教育三時間でやれるというような見通しは立つているのですか。時間数の関係でどう考えているのですか。
  46. 田中義男

    政府委員田中義男君) 国語甲は御承知のように三時間でございましてお話のような程度にまで漢文学習されるということはできないだろうと思つております。
  47. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 そうするとどうしますか。
  48. 田中義男

    政府委員田中義男君) それは撰択科目に待つよりほかございません。
  49. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 そこで撰択を慫慂するという通牒を出していますね。ということは国語必修時間でも多くするのが適当だというような御見解でも持つているのですか。
  50. 田中義男

    政府委員田中義男君) それらの点についてはやがて設けたい、開きたいと考えております教育課程審議会等の検討に譲るつもりでございます。
  51. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 結局そこに私やはり山本先生と同じ結論に落ちつかざるを得ないのです。ちよつとした一部の世論とか思いつきあたりによつて、直ちにこの漢文の問題だけをピクアツプしてこういう通牒を出すということは納得できません。これは私先ほど申上げたように漢文だけでなくて……、私は漢文教育は全面的に必要でないというように否定しておるのではないのです。教育の全般的の立場から漢文だけの問題ではなくて、全般の教科に当つて教科課程の再編成というものは慎重に検討されなくちやならないと思う。その段階において漢文だけをピクアツプして出して、而もこの通牒というのは、三月三十一日の通牒というのは、少し出過ぎておると思うのですね。文科系統に、人文科学系というものは是非漢文を取る必要がある、普通科課程においても事情が許す限りと、言葉でぼかしてあるけれども、何単位か履修するようにして欲しいと。これなんですよ、今度大学入学試験をする場合に、例えば漢文科担当の教授がおつたらですよ、どういう問題を出すかということになつたら、この通牒を出して文部省の方針はこうだと、人文科学には漢文は必要で、なければいけないと書いてあるじやないか、普通科課程はこれは国語必修が三時間で漢文は余り授業していないと主張する教授もおりましようけれども、併しながら文部省通牒は普通科課程の学生もできる限り漢文必修することが大事だと書いてあるから、文部省指導と助言によつて授業をやつておるところの学校ならば、必ず普通科課程の学生でも相当の漢文を履修しておるわけである。だからこういう問題を出してよろしいというので入学試験あたりというものは変貌して来ると思う。その入学試験あり方によつて先ほど私が申上げましたように、二つの現実的な立場からのみこの高等学校教授というものは左右される。過去の日本においてそれはたくさん事例があるのです。非常に影響性の大きいことをこういう形で出されたということは私は非常に遺憾に存じます。早急に文部省は全般的な立場から慎重に検討されて、そうしてこの通牒局長の本旨にもとつて現場においてこれが運用されている点を、一日も早く是正するように努力して頂きたい。御所見は如何ですか。
  52. 田中義男

    政府委員田中義男君) 実際問題として私どもの出しました通牒を私どもが意図しますことと違つてそれが非常に濫用され、弊害をかもすような実情にございますならば、私どもも適当に考えねばならんと思つております。この問題については非常に重大な問題でございますので、この通牒を出しますについても相当私どもも慎重に考究したつもりでございますけれども、特に将来の問題についてはいろいろな御所見等も十分頭に置きまして遺憾のないように措置いたしたいと考えております。
  53. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 もう一点念のためにお伺いしておきますが、文部省考えられておられるところのこの程度漢文教育は望ましいという、その実物見本と申しますか、そういうものを明確に全国の高等学校に指示する用意はございますか。わからないですね、どの程度つたらいいか……。
  54. 田中義男

    政府委員田中義男君) それらにつきましては、むしろいろいろ手続を経て慎重にいたすべきものでございまして、それなしに、ただ現在文部省だけでこの程度ということを示す現在用意も十分持ちませんが、なお又そういたしまするにつきましては十分に慎重な手続を経た上でいたすべきものだと考えておるのでございます。
  55. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 その手続と通牒を一緒に出さなければならないと私はそう考えるのです。そういう漢文教育はこの程度でよろしいという具体的な指示ができないでこういう通牒を出すということは、私は非常におかしいと思うのですが。
  56. 田中義男

    政府委員田中義男君) 何にもないとすれば誠にお話通りでございますけれども、一応文部省の仕事を進めます上での基準というものは学習指導要領等もございますし、具体的に教科書については検定基準等も設けてやつておりますので、その物差しが極めて抽象的ではございますけれども、一応基準だと考えるべきものだと思うのでございます。
  57. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 それは只今は検定基準があつて検定教科書が出ておるのです。ところが文部省の見解では、その検定教科書では足りないとこう断定しておるわけですね。だから補助教材でも使つてやれ、こういうことを指示しておるのですよ。どの程度足りないかということを指示しなければわからないと思うのです。どの程度足りないんだと具体的に指示する用意があつて、こういう通牒を出さなければ、意味をなさないということを私は申上げたいのであります。
  58. 田中義男

    政府委員田中義男君) 教科書の又その基準となりますものは学習指導要領でございまして、大体教科書のみならず他の教材等についても、それぞれ学習指導要領を基にして考えるべきものでございますので、教科書において材料、資料が少いと申しますのは学習指導要領に基いて批判をいたしておるのでございまして、通牒文にもございますように、学習指導要領の趣旨に照して一般的にも少いというので、一応の標準は持つておるつもりなのでございます。
  59. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) ちよつと私念を入れて伺いますが、今いろいろ先ほどから局長お話がありますが、まあすなおに局長が今言おうとしておられることは、在来示して来た、つまり文部省国語の中にその基礎として漢文を取込んでそれを必修にした。それからそれに基いて学習指導要領を作つてあるその線よりもう一歩も出て、積極的に漢文を取上げて強化しようという意図があるのではありません。今まで示した学習指導要領の線に沿うて文部省が見た場合に、文字はどうあるにせよ、学力の上から言うと、どうも手が足らないと思うから、在来の線を高めようと意図したのではなくして、示しておる線にまで達しておらんから、その点に考慮を払えよということを言うたので、この通牒は在来よりも漢文を強化せい、こういうことを言うておるのじやないと、こういうのが局長の弁明の要旨であると私は聞いたのですが、どうですか。
  60. 田中義男

    政府委員田中義男君) さようでございます。
  61. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) つまりはつきり書いていないのです。そうしてここに書いてあるのは、在来の文部省が示した線を一歩も出ておるのではありません、今後もう一遍日本の教育の全体を再検討する意図がある、審議会を通して……。その場合にどう変るかということはこれが言うておるのではないと、又それとの繋がりがあるのではない、又一方から言えば漢文を強化せよという世論があるから、その世論を緩和するためにこの通牒を出しておるのではない。ただ今まで出した線にどうも到達しておらんから、その点を文部省の独自の立場から親切に指導するつもりで書いたのである。従つて山本委員とか矢嶋委員が言われたような心配も、成るほど検討してみれば読み方によつてはできるかも知れない、だからそういう誤解の起らないようにそういう事態に対しては善処する。こういう意図のように私聞いたのですが、文部省の意図はどうですか。それをはつきり示してもらえば、問題は済むと思います。
  62. 田中義男

    政府委員田中義男君) 委員長の言われる通りであります。
  63. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 委員長に今まとめて頂いたのでありますが、私はもう一度不明確な点を伺いたいと思います。検定基準を引上げられまして、あなたがた通牒を見ますと、二十五年と二十六年と変つておりますね。それはどういう手続を経てきまるのですか。
  64. 田中義男

    政府委員田中義男君) これは検定委員会がございます。それらと我々のほうと御相談の上できまるわけでございます。
  65. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 教育課程審議会あたりの意向というものは入らないのですか。
  66. 田中義男

    政府委員田中義男君) 教育課程審議会には直接検定基準が問題になるわけではございません。教科書の編集方針その他については、初中局のほうでやつておりますが、直接には検定課程のほうでやつておりますので、両者の間で相談をし、なお委員会にも御相談の上できまるわけであります。
  67. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 今度の文部省の設置法の一部改正を見ますと、教科書全部初中局のほうに持つて行くということになつております。その予算のほうは初中局のほうでやつておりますので、検定方針は管理局のほうでやつておりますが、検定基準を変えるに当たつては、国語甲の中に漢文を含んでおる。その漢文をどの程度にするかということを目標に書いてある。従つて検定基準はかくなければならんという観点に関する全般的の教育立場からの初中局の発言というものは非常に私は大きいと思うのですがどうですか。
  68. 田中義男

    政府委員田中義男君) 内容的には初中局でいろいろ従来やつておりましたし、検定そのものは検定課でやつてつたのでございますが、今回若し機構改革等が実現いたしますならば、それが一つになることになつておりますので、従来以上にもつと円滑に能率的に事が運ぶようにいたさなければならんと思つております。
  69. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 学習指導要領検定基準とはどちらが先ですか。先ほどから学習指導要領を引張り出しているのですが……。
  70. 田中義男

    政府委員田中義男君) 私は学習指導要領とどちらが先かといえば、学習指導要領が先だろうと思つております。
  71. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 その学習指導要領に照して不十分だと言われるが、学習指導要領が先ならば、学習指導要領に照らして不十分なような教科書検定をパスさせなければいいじやないか。文部省検定済みの教科書であつたならば、検定委員会をパスしておるのだから、これは学習指導要領に則つておるものであるということを証明するから、その文部省検定教科書教師諸君は安じて使えるというようにしておかなければ、文部省検定済みの教科書を作つておきながら、これは学習指導要領に照らして不十分であるから、補助教材を使えなんという通牒を出すことは、それはおかしいじやないですか。
  72. 田中義男

    政府委員田中義男君) ここにも書きましたように、不十分と申しますか、少いと言つておりますので、別に検定をいたします場合には、その点のみに置いてそれを検定しないというだけのものであるかどうか、これは非常に実際問題としては相当問題だろうと思うのでありますが、併しとにかく学習指導要領とそうして検定基準というものは、これはお話のように一つになるべき問題でございまして、その間齟齬あることは誠に面白くございません。そういうことは今後特にないようにいたすべきことだと思つております。
  73. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 もう一つ聞きたい。学習指導要領が先だとなると、これはこの場合一番ソースで問題になつて来ると思うのです。学習指導要領は誰が作るのか。同じ学習指導要領でも、体育保健科とか、或いは理数科とか、或いは国語科とか、それぞれ学習指導要領があるわけであります。それらをそれぞれの専門家が自分のお好みで作つてつたのでは、それを全部押しつけられる生徒というものは、限度があるので参つてしまうと思うのです。それを取扱うところの教師諸君も非常に私は困惑すると思います。学習指導要領は誰が作る、その各教科学習指導要領指導を受ける人は一人なんですから、それをどういうふうにして調整するようにしておるのが。そういう基本的なものを承わつておきたい。
  74. 田中義男

    政府委員田中義男君) 学習指導要領を作成いたします手続は、一応文部省のそれぞれの係官が、できるだけの研究と手段を尽しまして、いろいろ内容等についての準備検討をいたします。その結果を以て実際家或いは学者のかたがた、それぞれその方面での権威あるかたがたに委嘱いたしまして、そうして委員会を作り、委員会において十分検討を加えた上で一つの成案ができるわけでございまして、それが文部省の措置として学習指導要領になるわけなんでございます。それぞれの実際家のかたがた、学者のかたがた意見が十分尽されて出ますもので、立派な尽されたものが出ておる、又出るべきものだと思うのでございます。
  75. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 もうちよつと聞いておきたいのですが、学習指導要領は飽くまでも金科玉条のものでなくて、学習指導の要領である、こういうように申されるだろうと思いますが。他教科との関連とか調整というものは、どこでどういうふうにやられるのですか。でなければ、学習指導要領をこういうように教科基準を作つておいて、今局長が言われるように、学習指導要領に照らして、漢音の扱い方はかくかくである、或いは理科の扱い方はかくかくである、数学の扱い方はかくかくであるから云々ということを個々別々にやられたのでは、教える教師も、教えられる生徒もたまつたものではないと思う。
  76. 田中義男

    政府委員田中義男君) 御承知のように各科科目それぞれに応じて作成をいたしておりますと同時に、一般篇におきましては、これは総合的な立場において大綱をきめるわけであります。それらによつて一応総合的の調整はできるのでございますが、更にその事務そのものは初中局においてやつておりますので、相互の関係の調整はでき、なお又いたすべきものだと思つておるのでございます。
  77. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 先ほど委員長から確認して頂いた点は非常に大事だと思い、結構と思いますが、委員長を通じて確認された事柄と、実際の現場に起つている事態というものは、かなり懸隔があると思う。文部省におかれても早急に調査されて、通牒の趣旨に反するようにならないように、格段の御尽力を願つて御善処願いたいと切に要望いたします。
  78. 山本勇造

    山本勇造君 入学試験の問題、それでさつき二つになるのを慣れるから、入学試験の問題を質問しなかつたのですが、矢嶋委員からちよつと出ましたけれども、もう一度入学試験の問題についてお尋ねを稻田局長にしたいと思うのです。今年の三月あなたとやはり初中局長と二人で出したものですが、それに入学試験の問題については、やはり通達を出しているようですが、それの中で国語甲を原則とするが、このほかに国語乙或いは漢文を加えてこれを選択させることもできる、一応尤もなことでわかり切つていると言えばわかり切つているんだし、何だつて……、又私から言えば、この国語は、国語のあれをすればいいんで、そのほかに特別にこういうことを乙をしてもいいんだし、漢文を入れてもいいんだというようなことを、入学試験の中に特別にこういうことを通達するんですが。それを一つ伺いたい。
  79. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 国語甲と申しますのは、御承知のように必修国語であつて国語乙と申しますのは二十四年前にはいわゆる国語古典、選択国語でございまして、それと相並んで漢文があつたわけでございますから、学習者において特別にその国語古典或いは漢文学習して、それを以て受けることを利便とし、又大学立場においてそういう学習をした者をやはり受けさせることを利便とするという場合には、そういう関係の出題をさせることが便利だと考えたわけでありますが、併しそうした特別の選択漢文であるとか、或いは選択国文というようなものを必ず出すということになると、先ほど矢嶋委員お話のように、それが延いては高等学校教育に影響を及ぼすということになりますので、この通牒に備考がついておりまして、五題仮に問題を出すということになれば、五題は国語甲から出すことを原則とするけれども、七題出して、五題国語甲のほかに、二題を漢文から出してもいいし、二題を国語乙から出してもいいし、一題を漢文から出し、一題を国語乙から出してもいい、そうして受けるほうは五題を国語甲ばかりから受けてもいいし、七題の中から勝手に五題を選んでもいい、結局受ける側から言えば、何ら制約されることなく五題を選べる、こういう注意をいたしておりますから、ちつとも縛られることなく、みずから得意とするところを受けられる、こういうことになつております。
  80. 山本勇造

    山本勇造君 一応それは大変なかなか稲田君らしい非常に注意周到なあれで、よくできているのですけれども、ところがこの際これを出すと、そうすると丁度矢嶋委員が心配したと同じように、これは漢文をやるんじやないのか、漢文を出したほうがいいんじやないのかという示唆をやはり与えることになる。又学生のほうから言うと、これは漢文が出るんじやないか、又学校から言えば、これはなんだから必修にさせたほうがいいんじやないかという示唆を与える。さつき委員長がなかなかいい助け舟を出していた。あれが私は本筋に行つて欲しいと思うのですが、現実の問題はそうではなくて、逆に行つている。その点私は非常に心配するので……。
  81. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 二十八年において初めて出したのでございませんで、二十七年においても同じに出したのでございます。その備考のほうは、今年度において少し誤解を解いて明らかにしたのであります。
  82. 山本勇造

    山本勇造君 どつちにしてもこれはいろいろ問題のあるところですが、この「世界」にやはり漢文問題が出たときに、漢文教育についてとして出ておりますが、それの中を読むと一体こういうことになつて来た原因はどこにあるかということになると、漢文教師の生活問題なんだ。そうしてその生活問題から大学入学試験に入れる、大学入学試験に入れれば、高等学校でどうしても漢文をやらなければならんようになるというふうなことがこの中に、示唆されておるのみならず、この中にこういうことが書いてあるのですよ。「その必修より更に残忍なのは大学入学試験漢文を必答させようという案である。高校生にとつて大学入試ほど恐るべきものはない。その弱点につけこんだ残忍な案が何と仁義道徳を説く先生がたから出ているのだ」。こういうあれがあつて、而も書いておる人が漢文先生ですよ。つまり漢文の場合について最もよく知つている人からこういう問題が出ているので、事実その大学入学試験漢文がなくちやならんという理由が僕にわからない。出してもいいし、出さんでもいいし、私は無論ただ漢文だけを排斥しているのではちつともないのですけれども、さつきの国語政策の根本から考えて行つた場合にこういうことをするのがいいのか悪いのか。又文部省一つ国語政策を掲げてずつとやつて来ているのに、大学行つて何かこういう通牒を出すことが時節柄なお更どうも疑問を持たれるので、あなたがたのほうとしては用意周到に出されているようでありますけれども、疑問は非常に深いのです。この点今の国語政策の上からあなたがたとう考えられるか。
  83. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 国語政策の上からというお言葉には多少違うかも知れませんけれども、まあ大学学習上、要するに高等学校から如何なる教育を修得して来ることが必要かというような意味において、これは昭和二十七年の一月でございますが、国立大学側においていろいろ調査いたしました資料がございます。これはまあ先ほど田中政府委員も言及されたのでございますけれども、人文科学系、これは狭義の人文科学でございますが、いわゆる哲史文系でございますが、こちらの側においてはやはり漢文高等学校において学習することが必要なのだという調査が六七%ばかりあるわけなんです。それ以外の社会科学系、或いは理科系その他においては、漢文学習を必要とするパーセンテージは非常に少いのでございます。とにかくこういう面がある以上は、漢文を受験課目から全然払拭するということはできないのじやないか。だから課し得るということは制度上必要だと私は考えたわけであります。
  84. 山本勇造

    山本勇造君 ただ、国語政策の大きな面から言いますと、倉石さんが「漢字の運命」という本を出しているが、あなたがたもすでにお読みだろうと思いますけれども、漢字の大元である支那ではこの中にもこういう言葉が出ているですね。「中国の文字改革はさすが漢字発明家の子孫だけに極めて真剣でいざと言えば正面衝突で行くほかないかも知れない」というほどこの国語政策問題について思い切つた政策をとつておるわけです。その点では、これにもはつきり書いておりますが、日本のほうがずつと遅れている。中国に対して遜色のあること確実であるということをこの中でも述べているぐらいなんで、ただ日本は幸いなことには、かなというものを持つているのです。支那のようにひどく行かなくても徐々に行けることは非常に日本の有難いところだと思うのですが、併しこの漢字の運命で述べているように、これはもう当然なくなつて行く運命にある。ただ私の生きている間にすぐなくなるとは思いませんけれども、将来これはまあ中国の人もそう考える、又日本のこういう漢文学者もそれを考えているぐらいなんです。それを飽くまであれして行きますと、国語政策の本当の面から考えて僕は大事な点だと思うのです。今の建前から言うと、昔四書五経を読んだというような、古い意味漢文科をやつた人から言うと、これをやらなければいかんという考えもありましようけれども、大きな国語政策の面から言うと、大事な点で、この点はこれ以上質問はいたしませんが、又入学試験等の問題においては、大学当局とあなたがたと御懇談する機会も非常にあると思いますが、今日のこの委員会の空気は一つ十分にお伝えを願つて善処されるようにお願いをいたします。これは田中局長にも、今日のこの会合のあれは、我々は決してあなたがたをいじめようなんということは一つもあるのではなくて、如何にしたらこれから日本の国民文字言葉の問題がよくなつて行くか。それを考えて行くのが我々の質問の要旨なんですから、その点を一つ十分にお汲み取りになつて、そうしていろいろの審議会があるようですから、十分にこの空気を伝えて御審議は間違いないように持つて行かれたい。  最後に二つだけお尋ねいたしますが、来年の四月から漢文必修にするというようなことはあり得ないのだろうと思いますが、これはどうなんでございますか。
  85. 田中義男

    政府委員田中義男君) 今私のほうとしては、漢文を現在以上に必修にするというような、或いはしないというようなはつきりした考えを持つておるわけではございません。これから更にそれらの点については、教育課程審議会等において他の学制改革その他との全般の問題の中において考えられる問題でございます。
  86. 山本勇造

    山本勇造君 その通りで、教育課程審議会に十分諮つて漢文だけ特別に考えるようなことなしに、ほかの様々の必修しなければならんものもあるのだと思われるのです。十分にそれらの点を考えてやつて頂きたいのです。さつき矢嶋委員から言われた中等学校特に高等学校における漢文に関する学習の問題、これの解説はこの間の通牒についている解説なんですが、これはどういうのでついている解説でしようか。単なる資料ですか。
  87. 田中義男

    政府委員田中義男君) これは当時いろいろ問題がございました当時に、大体どういうふうになつているかという意味まとめました一つ資料でございます。
  88. 山本勇造

    山本勇造君 矢嶋委員が言われたように、この二のところの問題の、「昭和二十八年度あたりから全面的に新らしい指導計画に基いた出題がなされることが望ましい」。というのは、委員長の解釈したようにも解釈できるし、矢嶋さんが解釈したようにも解釈できる非常にあいまいな言葉なんですから、これはもう大変な疑問を投げているだけに、こういう点が間違いの起らないように、さつきの委員長の助け舟出された解決は、なかなかよい解決を出されているのですから、よほどその点お考えを願つて、この点について善処して頂きたいと思うのです。大体こういうことはあなたがたが大体了承されればうまく行くのか、更にこの問題はここだけではいかんなら私は文部大臣を実は要求しようかと思つたが、むやみに大臣だけ引つ張り出すのもこの頃の慣習みたいになつておりますが、あなたがたで大体これらのことが審議会等に諮つて無論間違いない方向に進んで行けるものだとするならば、私は大臣まで呼ばなくても結構ですが、あなたがたに、そういう点でまだ事務当局ではそこまでは答えられんというならば、私は大臣を要求します。
  89. 田中義男

    政府委員田中義男君) なかなか私ども微力でございまして、お話の点にお答えいたすのもどうかと思いますけれども、私どもとしてはできるだけ努力をしてそうして誤まりのないようにいたしたい、こう固く考えております。
  90. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 田中局長、稻田局長にも念を押しておきたい。私は先ほど委員長の発言に全面的に田中局長のほうからお答えになつて了承するのですが、端的に我々いわゆる漢文科の復活というような、つまり講和条約成立と同時に文部省教育の面において逆コースへ行くというような非常な疑惑を持つておる、又不安も持つておる。それに対する世間の反撃が非常に正しいと思う面が多いので、そういう点で委員長の発言に全面的にあなたお答になつている点を、先ほど山本委員の言われたように、いわゆる漢文科の復活というような面には決して現われないというふうに私たちはまああなたの御答えから解釈しておるのです。勿論将来全部の教科課程に対して検討を加えられる場合に、漢文科をどう扱われるかということを制約するという意味じやない。一部の運動によつて、すぐ漢文科を復活すれば、日本の思想がよくなるのだというような考え方では行つてはいかんのじやないかというふうに私は確認しておきたいと思うのですが、その点で私の解釈で間違いありませんですか。
  91. 田中義男

    政府委員田中義男君) 間違いございません。お話通りでございます。
  92. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 入学試験のやり方を誤りまして、高等学校における国語学習及び漢文学習による負担過重を来たすことのないように考えたいと考えております。
  93. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 稻田局長にもう一度お聞きしておきたいのですが、人文科学系統において六七%の、漢文科復活に対して、漢文の力をもう少し増加したほうがいいという輿論があるのですが、これは大学のほうの考え方ですか。
  94. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 哲学科、史学科、文学科がございますが、高等学校において漢文学習して大学に入ることを希望するというものをパーセンテージをとりますと、史学科が一番多いのでございます。平均六七%という数字が出ておるわけでございます。
  95. 山本勇造

    山本勇造君 最後にちよつとお尋ねいたしますが、さつき文科系統において七十何%とかの希望があつたと言つたがそれは全部生徒希望ですか。それとも教師希望ですか。それをちよつと伺つておきたい。
  96. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 先ほどの答は、国立大学協会におきまして、各学部の各学科の教官につきましてその教官の担任する学科においては、学生高等学校の間において如何なる科目を履習して来ることが必要であるかということを、教官において調査いたした結果でございます。
  97. 山本勇造

    山本勇造君 そうすると私はさつき実は聞き違えていたのたが、生徒希望かと思つて見たが、生徒がそんなに希望するわけはないと思つたのですが、併し文部省の表ですから間違いないと思つて聞いたけれども、今のだと生徒でなくて教官なんですから、これはよほど事情が違つて来るのです。でき得るならば生徒がどのくらい希望しておるか、それも一つ今度調査されておかれることが私はいいことだろうと思いますが、本当に生徒を苦しめることは、孔子の言う人道に本当に背くのじやないかと思うから、一つ生徒のほうのあれも調査されておくことが私は必要だろうと思います。
  98. 矢嶋三義

    ○矢嶋三義君 それに関連してですがね。只今教える教授側の要望まとめられたもの、協会で全般的なことをまとめておりますが、大学に学ぶ学生諸君はかくかくの教科を修めて欲しい、或いはまとめられておられますが、あれで行きますと、もう職業課程高等学校の学生諸君が、実質上大学への門というものは完全に塞がれますね。とても高いレベルを要求しておりますから、教える大学教授側の意向というものを余り尊重してやられると困るのじやないかと思うのですがね。高等学校の校長さんあたりは悲鳴を挙げております。
  99. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) この調査につきましても、余り大学側の立場のみに即して調査することのないように、八十五単位のうちで大十五単位を超えない注文を出すというような制約その他、非常にこれは技術的になりますけれども、或る程度の制約は持つて来ると思います。併し今のような点については、まあ一つの傾向としてはあると思いますが、実際問題として十分検討をいたします場合に、注意すべき問題だと思つております。
  100. 高橋道男

    ○高橋道男君 今大学先生がた意見として、人文学関係の人が六七%漢文の履修を希望しておるというように伺いましたが、私はこういうように聞いたことがあるのでございます、人文学に入学しておる学生の、高等学校における学科の履修状態を調べてみたら、それが事実上大五%だつたか六七%だつたか、そういう実情にあるということをどこかで聞いたように思うのでございますけれども、そういうことではないのですか。又そういう調査を学生についてしておられたことはなかつたのでございましようか。それをお伺いいたします。
  101. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 只今お尋ねのは私承知しないのです。この調査は各学科の担任についてと書いてございます。
  102. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 稻田局長にもう一度お伺いしておきます。先ほどの、大学協会の要望統計でありますが、この問題について私は京都大学漢文、支那語の権威者の吉川幸次郎教授と話をした。それには私は逆に高等学校漢文が低いから、東洋史、東洋学、支那語をやり漢文をやる、生徒を教えられる場合に大学でお困りじやないか、ということを質問したところが、ちつとも困らないというのです。大学に来てから十分やれるというのです。それだから現在の程度でちつとも差支えないと言う、吉川幸次郎という人はその方面の権威者でありますが、そういうふうに意見を持つておられる教官があるのです。而もこの専門のかたです。そういうことは文部省でも十分知つておいて頂きたいと私は思いますが、念を押しておきます。
  103. 山本勇造

    山本勇造君 最後に一つ。今のは大へん大事な点だと思うのです。さつきあなたのお答えがあつたけれども、あなたのお答えは今のとちよつと考え合わせて考えついたから申すのですが、入学試験漢文を出すか出さないかというようなことは、入学試験に大事なことでなくて、入学試験に最も大事なことは、私は作文だと思うのです。これは作文を見れば、その人がどういうことを考えておるか、或いは又考えたことをどういう順序を持つて書いておるか。統一がされておるか否か、或いは文字が間違いなく書かれておるか。仮名遣いがちやんと書かれておるか。あらゆることがこれで出て来るのです。実際は或いはこれもやつぱり京都の連中とこの間京都へ行つたときに、偶然に座談で出たのですけれども、ドイツあたりでも、それからアメリカ、カナダ、それからフランスもそうだと思いますが、どこででも入学試験というものでその人を知るのには、一番作文がいいので、それを使つておる。ところがこの作文というものは実は相当見るのに困難なものでありますから、先生のほうから言えば骨が折れるかも知れませんけれども、実際言うと、これが一番よくて、そうしてこれをやらせさえすれば、ひとりでに漢字も覚えるし、仮名遣いも覚えるし、そうして一番いいことには、批判力、統一力というものが養成されるのでして、こういうところに僕は力を入れて然るべきだ。若し大学入学試験に作文でも使うというようなことになれば、この中学なり高等学校なり、皆学ぶ人の頭が、ものを見ても見方が大変変わつて来るし、或いは書く順序などについても大変何といいますか、非常にロジカルになつて来ると思う。私が作文と言う意味は、私が言うからといつて、決して小説みたいな(笑声)ものを書けという意味じや勿論ないので、これはもうちやんと論理の整つたものを言うので、そういうふうなものを、やはり大学の人たちと、入学試験問題について懇談されるときには、是非一つあなたがた懇談して頂きたいと思うのですな。
  104. 稻田清助

    政府委員(稻田清助君) 御意見承わりました。よく考究いたしたいと存じます。
  105. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) ちよつと速記とめて下さい。    〔速記中止〕
  106. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) 速記を始めて下さい。  それでは今日はこれで散会したいと思いますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  107. 梅原眞隆

    委員長梅原眞隆君) では本日はこれで散会いたします。    午後三時二十四分散会