○平林太一君 これは
参考人の各位にお尋ねをしたいと思いますが、私からも、一応きま
つたことであるから私の
意見を申述べて御
参考に供しまして、私の蒙を啓いて頂きたいと思います。こういうふうに
考えるのでありまして、第一の
所管の問題でございますが、御承知のようにこの
所管によりまして
ユネスコ運動の性格、それからこの
活動というものがおのずからそこに出で立ちをするということは、常識上理論のように行かないことでありまして、
文部省の
所管にすれば
文部省のようなやはり
委員会の
構成ができ、それから
外務省の
所管にいたしますれば
外務省的な性格を持
つた委員会の
構成ができる。
構成の如何にかかわらず国民的なこの運動に対する受け方というものが、やはりその
所管によ
つてそういう受け方をするので、納得をするということはこれはあり得ないことではございますけれ
ども、事実におきましてはこういうことが避けられない問題である。それであるから
只今未定にされておられるという
お話でございましたが、又
文部省と
外務省の共管にするということでありますが、これは誠に不安な事柄であるから常識上誠に敬意を表するのでありますが、併しこの運動を推進するためにはやはりこの問題は先ず発足において確固たる不動の形を整えることが極めて大切だと思います。私はそういう
考えから申しましてもともとこの
ユネスコの性格が
国内からできたものではない。国外からできたものである。今国際連合の
お話があ
つたが……。
従つて国際的な協力運動であるから、国際協力をすることによ
つて我が民族の地位というものを国際的水準にこれは持
つて行く。そうして更にその水準を高からしめることによ
つて、国際間の上に我が民族が貢献をして行くということが目的でありますから、これは
政治運動でありますとか何とか、そういうように私は細かく
考えたくない。極めて素直に従順にありのままに
ユネスコ運動を、
ユネスコ運動そのものにこれを受入れなければならないと思います。そういたしますと私はどうしてもこれは
外務省の
所管にするということが極めて無理のない行き方であり、又
方法であり、
考え方である。これを
文部省にするということが何かやはりそこに自然を……余り思い過しをいたしましたり、心配をし過ぎまして、そうしてそれを
文部省にして、その結果が又共管というような極めてあいまい模糊たるものになります。そういうことがおおむね今日までの国家運動といたしましては失敗をいたしておることを、私
ども考えさせられることが実例を挙げても多々あるのでありますが、それを非常に私は心配いたします。是非この運動は成功せしめなければならない。そうしてこれは長くこの
趣旨のなにを達成しなければならんのでありますから、そこに非常に心配をいたすのであります。そこで一番無理がないのでありますから、
外務省に国際協力の運動をさせる、そうすれば一番無理のないところだと思います。併しながら一方
文部省でなければという
お話が出ているのでありますから、私はその点に対しまする杞憂を申上げるのでありますが、
外務省にさしておきますればそういうことの弊害は少しもありません。併し
文部省にいたしますと直ちにこれを地方組織に持
つて行きます。例えば
教育委員会の問題も
只今出ている。それから文教
教育を通じての、文教
教育上のやはり線にこの組織を持
つて行く。組織と申しますか、そういう協力を求めざるを得ない事態にこれは立至るのであります。ところが御承知の
通り我が国の
教育委員会の現状というものを見まするというと、終戦後におきましてああいう
制度が対外的な指導によ
つて出て来たのですが、ところが対外的な指導によ
つてできた
制度そのものが、向うの
制度そのままを受入れたのでありますが、その結果からいわゆる
教育委員選挙、そうして
選挙から現われて来るその
教育委員会のスタツフというものがどういうことになるか。その発足をいたしましたことはいいことでありましたけれ
ども、我が国に教えられた
実情とは全く相反する結果に至
つたのであります。御承知の
通り全国の
教育委員のなにがおおむね
選挙によりまして、その地方の
教育者、現職教員が離職をして、そうして
教育委員選挙に現われて、いわゆる学校の父兄、子弟の応援を求めて当選する。第二には、すでに
教育は停年に達してやめておる。併しやめておるが丁度遊び
仕事にいいだろうというようなことで、
仕事のないのにあれいたしまして、これ又そういうものに立候補している。又これが単純といいますか、多くの父兄、子弟というものがやはり学校の先生に頼まれれば、
教育委員会というのは学校の
教育の
仕事をしてもらうんだというので、やはりそれが否めないのであります。併し深い
考えがそこに至りませんのでおおむね現職の教員がやめてなるか、既往の教員がなる。そうしてその県の現職のいわゆる
教育者と相提携して協力するというのでありますから、
教育委員会というものの性格が、
教育自体の
範疇からこれは出でないのであります。
制度としてはもとはよか
つたのでありますが、今日我が国における
教育委員会の結果というものは、全く何か教員のいわゆる……教員と申しましても、これは大学とか高等学校は余りしていないようであります。さすがであります、大抵地方の
教育者でも、やはり
教育者としては教養の低いところの地方のそういう教職員、(「失言々々」と呼ぶ者あり)それは
あとで反駁して下さい、私の
意見でありますから……。そういう事柄が遂にこの
教育委員会の
制度というものになりましてごうごうたる非難を受けておるという地方さえもあります。そういうものが
選挙の
一つの母体として現われておる。現に当時
米国側から参
つておりました軍政部というのがありましたが、
選挙の結果は止むを得ない。教員がそうな
つたことは我々としては
米国の事情から言えば残念である。併し地方
議会から出す
教育委員会のものだけはどうか
教育者でないものをや
つてもらいたいと、地方
議会にはそういう要望があ
つたのであります。ところがこれ又地方
議会に出ておる教員が、いわゆる地方の県会等に、府県会等でありましよう、それに教員が出ておる。それが又いろいろに
議会なりへ運動をして、そうしておおむねね
教育委員にな
つておる。そういうような実例を……、(「簡単にして下さい」と呼ぶ者あり)