○法制局参事(中原武夫君)
優生保護法は合法的な
人口妊娠中絶の可能範囲を拡大しまして、止むを得ざる
事情にある人が刑法の堕胎罪にひつかからないような措置を講じてあります。ところがそういう措置を講じたにもかかわらず、
優生保護法の規定によらない
人口妊娠中絶、いわゆる闇の
人口妊娠中絶がなおあとを絶たないと言われております。その数は的確には推定できませんが、公衆衛生院の古屋傳士は十二万と言われ、
谷口先生は五十万近い数があるのではないかというように推定されております。資料によりますと、
昭和二十五年度におきまして妊娠可能の配偶者を持
つておる女子の数は三百六十万人であります。これは二十五年における総女子
人口四千二百五十万人の大体八分五厘くらいに当ります。この三百六十万という数は若し外部的な抑制がなければ出産者として現わるべきものであつたのであります。ところが
昭和二十五年の出生数は現実には二百三十万であります。そうしますとそこに百三十万人の差が出て参ります。この百三十万人は恐らく出生を抑制された数であるということができるのであります。一方二十五年度における
優生保護法に則
つて中絶をやつた数は約五十万であります。そうしますと八十万人というものが
優生保護法の線に乗らずして何らかの形で抑制されたということになるのであります。その途は
一つは
受胎調節の
方法を講じたことによ
つて妊娠に至らずして抑制されたものでございます。
人口問題研究所が
調査いたしました二十五年度における
受胎調節の
普及率を見ますと二〇%弱にな
つております。又その
受胎調節の
方法の成功率は八〇%弱にな
つております。この計数に三百六十万を掛けまして割出して参りますと五十四万人、約五十万人という者が
受胎調節の
方法によ
つて抑制されておるということができます。すると
優生保護法によるもの五十万人と
只今の
受胎調節によるもの五十万人を合せますと百万人、残りの三十万人は闇によ
つて人口妊娠中絶が行われたものだということになるわけであります。三十万人の人々が
人口妊振中絶の途を闇に求めたということは、二つの面において大きな弊害を伴
つております。
一つは
経済的な面であります。
優生保護法の線に乗つか
つて人口妊娠中絶をやりますと、費用は全部合せて千円で済みます。闇でやりますと三千円から五千円取られると言われております。少いところを押えましてその差二千円を三十万に掛けますと大体六億円、その六億という金が浪費されたということになるわけであります。それから
優生保護法は指定医という制度を設けて、熟練した專門家によ
つて人口妊娠中絶をやるということにしております。その線から外れた
人口妊娠中絶は拙劣な技術によ
つて手術が行われたということになるのでありますから、
母体の健康に対する傷害が甚だしいと言うことができるのであります。この二つの面から闇による
人口妊娠中絶はどうしても合法的な線へ乗せて行く措置を講じてやらなければならないということになるのであります。
人口妊娠中絶というものは最善の
方法ではございません。若し
子供を持ちたくないならば、
子供を持つことがどうしてもできないならば、それは
受胎調節の
方法によることがよりよい
方法であります。
受胎調節につきましては先ほど
厚生省から
お話がありましたように、行政措置によ
つて二十七年度から積極的に運動を展開されるということにな
つております。
受胎調節は法律の面では自由放任行為であります。法律上禁止されてはおりません。若し
受胎調節のことに関して法律がタッチするとするならば、そういう
厚生省の行政措置による
奨励策に便乗して金儲けのためにいい加減な
受胎調節業をやる者、そういう者が出て来ることを阻止するというだけを一応
考えておけばいいということになるのであります。堕胎罪という網がかぶさ
つておるために初めから終りまで一応法律によ
つて措置を講じてやらなければならない
人工妊娠中絶の場合とは趣を異にしておるのであります。
優生保護法があるにもかかわらず闇の
人口妊娠中絶が行われております理由は、そのうちの或る部分は
優生保護法が認めておる範囲に外れておる、そういう場合が
考えられます。それから又
優生保護法があるということを知らずに、
優生保護法で当然許さるべき事由があるにもかかわらず、この法の適用を受けなかつたという者もあります。それから更に進んで
優生保護法の存在を知
つておる、そうして指定医の所へ行つたけれ
ども、手続が誠に面倒くさいので、
優生保護法の手続をやめて以外の
方法によつた者もあります。そこでこの闇の堕胎を合法的な
人口妊娠中絶の措置へ乗せる
方法としては、もつと
優生保護法の認める範囲を拡大し、実質的に堕胎罪というものを廃止してしまえという議論がございますが、こんは先ほど
お話がありましたようにとるわけには参りません。そこで
優生保護法で要求しておる手続、その手続を簡素化することによ
つて手続の煩瑣を嫌
つて闇に走つた人を合法的な線に乗せて行こうという途を今度の改正案はとつでわけであります。現在は身体的な健康上の理由による場合でも、
精神病とか将来健康を害する慮れがあるという
見通しの下にやる場合には、指定医師の認定だけでなく、ほかの医師の
意見書と審査会の審査と二つの手続を要求しておるのであります。このことが非常に
優生保護法を利用する者にと
つては煩瑣な手続にな
つておるのであります。それで改正案では健康上の理由による場合には、指定医師だけの認定だけでや
つてよろしいというように措置をいたしました。今申上げました二つのことが今回の改正案の主眼点でございます。そのほかに三年間の経験から非常に不均衡と感ぜられるものを是正し、又優生結婚相談所という名称が世人に実態を認識させない名称でありますので、その名称を変えて行くということ、又優生
保護相談所の設置の仕方につきまして現実に行われております実態と法律とがそぐわない点がありますので、そういう点を是正したこと、そういつたものを盛り込んで今回の改正案ができております。
ざつと各條の変つた点だけを申上げます。対照表の上欄は現行法、下の欄は改正案でございます。三條は
優生手術の文でありますが、この見出しを先ず変えました。「従来(任意の
優生手術)」という見出しをつけておりましたが、実は勝手にや
つてもよろしいというのではなくて、同意を必要とし、医師の認定を必要とするわけであります。それで実態に合うように「(医師の認定による
優生手術)」という見出しに変えました。三條の一項の一号で「又は」以下が附加わ
つております。現在は本人が
精神病者か
精神薄弱者でありますときは、常に審査会の審査にかけるということにして、同意だけではやれないようにしてあります。ところが本人についてはそれでいいのでありますが、配偶者が
精神病者、
精神薄弱者である場合には、健全な頭を持
つておる本人の同意があればやれる途を用いたのであります。二項は新たに附加えた條項でありまして、現行法の三條の四号、五号は「
生命に危険を及ぼす慮れ」、「
母体の健康度を署しく低下する慮れ」、これはいずれも女性に関することでありましたので、一号から三号までにかぶさ
つておりますように「本人又は配偶者が」というかぶせ方をしてございません。そうしますと四号、五号に該当するようなときは女性に対してのみ
優生手術をする、男に対してはできないということになります。これは女性の
立場からいいますと、男性横暴であるという声が出て参りましたので、男性に対してもできるというようにしましたのが二項の追加條項であります。三項は二項をただ移しただけであります。第四号では先ず見出しを変えました。「(
強制優生手術の審査の申請」)と従来言
つておりましたが、この
強制という言葉は、本人を
手術台の上に縛りつけてでもやるというような強い意味までは含んでおらなかつたのであります。そういう実体を表現する意味で「(審査を要件とする
優生手術)」と改めました。その次の第十二條は全文が書き改めてございますが、実質的に変つた点は二点でございます。先ず見出しを先ほど三條で変えましたように「(任意の
人工妊娠中絶)」を「(医師の認定による
人工妊娠中絶)」、こういうふうに変えました。それから十二條をいじくるついでに、現行法で先の條文を準用して非常にわかりにくかつたのを、わかりやすく列記的に改めてわかりやすくいたしました。この列記のうちで二号から四号までは前と同様であります。一号のうちで「
精神病、
精神薄弱」が追加されております。これは現在十三條の審査を要する條項に入
つております。これらのものを審査を要せず、医師の認定だけでできる該当事由にいたしました。五号は現在は審査を要する條項に入
つておりますのを、同じように健康上の理由によるものでありますから、十二條に移したのであります。二項、三項は、それに伴いまして條文の整理をいたしましたのであります。第十三條は十二條へ引取りました「
精神病、
精神薄弱」と身体的理由によるものを抜き出したための整理が一項であります。そうしますと十三條は
経済的な事由によ
つてする場合と暴行脅迫を事由とする場合に限
つてだけ審査会の審査にかかるということになるわけであります。でその場合には従前は民生
委員の
意見書を要するということにいたしておりましたが、これを市町村長、特別区の区長の
意見書でもかまわないというように範囲を拡げたのであります。十八條の五項は、実質的な変更ではございません。審査会の
委員の報酬、費用弁償について根拠規定を與えませんと、地方におきましては、財務
当局から金を出すことを澁る向きがありますので、そういうことがないように根拠規定を與えたのであります。現実にはこの
通りに殆んど手当を出しておるのであります。五章の優生結婚相談所という名称は、いずれも優生
保護相談所と変えました。優生結婚相談所とありますので、結婚の相手を探してくれという相談が来るのであります。そういう間違いがないような名称を
考えようというので優生
保護相談所と一応いたしました。併し優生
保護相談所といたしましても、実体が何であるのかよくわからないのであります。これにつきましては家族
計画相談所、
計画出産相談所、母性
保護相談所というような名称でどうだろうかというような
意見も出ております。ただこの名称は、あとに二十三條に名称の独占という條項がありますので、余り広い名称にいたしますと、そういう名称を使つたらいかんという條項との関連をお
考え願
つて御決定を頂きたいと思います。二十一條の改正は、これは現実にあることを法律に反映するように書き直したのであります。前は優生結婚相談所は国の責任において作るということを
建前にして作つたのでありますが、現実には、いずれも都道府県、
保健所を設置する市の負担において設置されて参りました。そういう実態に合せるように書直しました。又二十七年度からは相談所に対して補助を出すことになりますので、新たに四項を加えたのであります。二十二條は條文整理であります。二十三條も條文整理、二十四條も同様の整理であります。二十五條は報告をする期間を今まで三日にしておりましたのを十日に延ばしたのであります。二十七條は、民生
委員は
意見書を付けるということが前に要件にな
つております。でその民生
委員に対する秘密保持の義務が従前は的確に出ておらなかつたのであります。民生
委員法の十五條には、執務基準としまして、人の身上の秘密を保持するように努めなければならないとありますが、その
程度では足りないのではないかというので、はつきりと民生
委員に対しても秘密保持の法上の義務があるということを明らかにいたしたのであります。二十八條には新たに二項を附加えました。これは女子に対して避妊用の器具を使用する
受胎調節の実地
指導を業とする者は、医師のほかは講習を受けて知事が指定をした
助産婦だけであるということにしたのであります。ただ子宮腔内に避妊用の器具を挿入する行為は医師でなければや
つてはいけないということにいたしました。現在薬事法では女子に対する避妊用の器具で身体に挿入するもので公然と販売を許されておりますのはペツサリーだけであります。ところが薬事法は使用販売の
目的で云々することだけを抑えておりますので、
医者が自分で作
つて、或いは注文さして、製造して、自分の研究用に使う場合には一応薬事法にかからないということになるのであります。薬事法は、子宮の中へ入れる避妊用の器具は不良用具として販売を許しておりません。ところが現実には先ほど申しましたような拔け穴と申しますか、穴から避妊用のリング、それからベンと称するものが
医者に使われておるようであります。但書は薬事法の
建前と少しぶつかるようなきらいがございますが、そういう意味で特に子宮の中へ入れることは專門的な
医者でなければやつたらいけないということにしたのであります。あとはこれは條文整理と、罰金、科料の額が今までは五千円、千円とい
つて非常に少かつたので、最近の額に合せる意味で十倍に引上げたのであります。又二十八條の二項が附加わりましたので、それに相応する罰則を三十三條につけております。
以上が今回の改正案の内容でございます。