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1952-04-23 第13回国会 参議院 外務委員会 第23号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十七年四月二十三日(水曜日)    午後一時五十一分開会   —————————————   委員の異動 四月二十一日委員吉川末次郎君辞任に つき、その補欠として曾祢益君を議長 において指名した。   —————————————  出席者は左の通り。    委員長     有馬 英二君    理事            徳川 頼貞君            野田 俊作君            曾祢  益君    委員            團  伊能君            平林 太一君            伊達源一郎君            中山 福藏君            岡田 宗司君            加藤シヅエ君            大隈 信幸君   委員外議員            吉川末次郎君   政府委員    外務事務官    (外務大臣官房    審議室勤務)  三宅喜二郎君    外務省條局長 西村 熊雄君    外務省国際協力    局長      伊關佑二郎君    運輸省港湾局長 黒田 靜夫君   事務局側    常任委員会專門    員       坂西 志保君    常任委員会專門    員      久保田貫一郎君   —————————————   本日の会議に付した事件 ○理事補欠選任の件 ○派遣議員報告国際情勢等に関する調査の件  (行政協定に関する件) ○日本国との平和條約第十五條(a)  に基いて生ずる紛争の解決に関する  協定締結について承認を求めるの  件(内閣送付)   —————————————
  2. 有馬英二

    委員長有馬英二君) それでは只今から外務委員会を開会いたします。  先ず先日、本委員会理事吉川末次郎君が委員を辞任されましたので理事が一名欠員となりました。つきましては後任の理事を互選せねばなりませんが、その方法を如何いたしましようか。
  3. 大隈信幸

    大隈信幸君 互選は成規の手続を省略して、委員長に御一任いたしたいと思います。
  4. 有馬英二

    委員長有馬英二君) 大隈君の御動議に御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  5. 有馬英二

    委員長有馬英二君) それでは委員長曾祢益君を理事に指名いたします。   —————————————
  6. 有馬英二

    委員長有馬英二君) 次に派遣議員報告をお願いいたします。
  7. 大隈信幸

    大隈信幸君 私は先に外務委員会から佐世保のほうに出張を命ぜられました一人といたしまして、その関係の御報告を極く簡單に申上げて、なお詳細はあとで資料をお配りいたしたいと思います。  佐世保市の特質は軍港都市といたしまして発展したものであります。終戰後は立市條件を旧軍港都市転換法によります平和産業港湾都市といたして再出発いたしましたが、朝鮮動乱勃発によりまして軍事的性格帶び浮動的経済生活、つまり朝鮮ブームによる破竹的繁栄を招来いたしましたけれども、休戰会談推移によりましてその景気下降状態でございます。行政協定に偉い米国海軍基地としてその駐留地決定を見るに至つておるわけでありますけれども、私は下記調査に基きまして大体次のごとき意見を有するものでございます。  第一は、朝鮮動乱によりますところの活況は特殊事情でありまして、その経済生活は何ら産業繁栄をもたらしたものではありませんで、特需景気の実態はサービス部門、即ち外人向け商品店、或いは街娼婦キヤバレーレストラン等関係でございまして、そういう特殊な部門に限定されておるのであります。次は駐留軍基地として使用されます場合に、依存的対象でありますところの米海軍と旧日本海軍とを比較すれば曾つて人口構成に見ますような軍人、海軍工廠工員海軍軍需品納入を主体とした経済生活面は全然なく、且つ国庫や海軍助成金などは望まれません。米海軍との依存性は非常に少くなるわけであります。次に駐留軍との関係朝鮮事変推移に偉いましてその特殊事情は稀薄化しつつあります。国際情勢変動によりましては限定された駐留軍となりまして、曾つての旧日本海軍軍縮時代のようた不況を当市にもたらす結果を招来する場合が考えられるのであります。  以上の三点から考えまして、佐世保市民の経済的、文化的生活水準維持向上のためには、国際情勢変動に左右されないところの自立経済の確立上、佐世保港並びにその接岸地域商港として軍基地の目的を阻害することなく両者併立し運営せしめることは、現実の状態においては当然の施策だと考えられるのであります。かかる見地よりいたしますと、駐留地決定に当りましては特に留意すべき点としては、米軍側では絶対必要物件に限定せられるように勘案せられ、日本側では当市特殊事情に鑑み立市條件を維持できる範囲として、先に本委員会におきまして採択せられました請願の中にも述べられておる問題でありますが、特に次の三つの点は考慮余地があると考えられるのでございます。一、立神岸壁及び倉庫の開放、二、赤碕地区ば筑豊炭搬出貯炭地とする、三、旧防備隊跡をば漁港基地に転用する、この三つの点は十分考慮余地があると思うのであります。  非常に簡單でございますが、以上細報告申上げます。
  8. 有馬英二

    委員長有馬英二君) 次に平林委員にお願いいたします。
  9. 平林太一

    平林太一君 呉を視察いたしました状況簡單に御報告いたします。  私は四月十日佐世保より呉に到着、翌十一日市当局から概況を聽取いたしまして後、旧海軍施設視察し、又関係者懇談機会を持つた次第でああます。先ず現地要望を申上げますと、呉は旧海軍時代潜在人口を含めて七十万の大軍港都市でありましたが、現在は十九万に減少しておりまして、今後は旧軍港施設を有効に使用して、更に貿易の振興を図り、産業工場を誘致して商業都市として更生しようとしております。ところが行政協定によつて駐留地決定されるに当つて、旧海軍施設が再び軍用使用されることになれば折角計画中の商業都市としてのいろいろの計画が崩壊いたしますので、市といたしまとては国の方針協力するのは当然でありますが、市の発展に必要な地区施設は是非とも確保したいというのであります。視察いたしましたところ、港湾東南部はすでに返還済み地区でありまして、日亜製鋼尼ヶ崎鉄工所が操業しており、旧ドツク播磨造船所米国ナシヨナル・バルク・キヤリアーズ会社使用いたしております。ところがその他の岸壁は大部分英濠軍が專用いたしておりまして、而もその地区が、殊に中央部は旧市街と接続いたしておりまして、商業埠頭として市が最も返還を希望いたしております。その他は現に英濠軍が占有いたしております地区返還を期待して、詳細な案を陳述いたしておりましたが、その資料は持参いたしておりますので、後の機会に詳細御報告をいたします。  次に結論的に私の感想を申上げますると、呉地区は、これは英濠軍駐留地区でありますので、佐世保等と違い今回の行政協定対象外であります。英濠軍としては日本政府駐留に関する今後協定がなければ平和條発効後当然撤退すべき筋合いであります。尤も吉田アチソン交換公文によつて国連軍は引続き日本施設を利用するの向もありまするが、この種の協定進捗状況について政府の説明を聽取いたしたいと存ずるのであります。英濠軍は今日国連軍としての性格朝鮮の戰争に参加していて、日本基地がやはり必要であろうと思われますが、現在占有しておる地区は、占領当初からそのままの広大なものであり、一方兵員は減少しておるようでありますので、朝鮮事変の続く限り若干の地区は必要でありましようが、今日においてもこの機会にいま少しく範囲を縮小して市の発展協力する余地もあり得ることと考えられる次第であります。一方米軍地区施設も多少はあるのであります。例えば江田島の海軍兵学校跡米軍将校訓練所使用されており、又広地区黄幡には火薬置場、吉浦には貯油所がありますので、作業予備班視察を注目いたしておりました。要するに中国、瀬戸内海地区戰略価値から見ましても今後重要性相当稀薄と思われますので、米軍が新たに駐留地を設定することがないように、又英濠軍としても現在の占有地区を縮小して、でき得る限り呉市の産業都市としての再建協力すべきであろうと考え、市の要望達成のために委員会としては何らか有効な措置をとられるよう御考究願わるべきであると存ずるのであります。  なお私の帰京いたしました翌日、中山委員が別に翌十二日呉を視察されておられますので、この機会に同委員から御意見を拜聽することができれば非常に幸いと存ずる次第であります。以上であります。
  10. 中山福藏

    中山福藏君 只今平林委員から呉の現状に附いての大体の御報告がありましたが、私、翌日呉に参りまして、吉村商工課長の案内で全部に亘つて視察して参りました。御承知の通り、呉という所は、我が国海軍発祥地とも言うべき歴史を持つておるのでありますが、現在の情勢下におきましては全く米軍の爆撃のために旧態をとどめないくらいに状況は変つておるのでありますが、今日、只今仰せ通りに、東南部の旧海軍施設というものは、種々の鉄工所或いは造船所というような内外の資本を導入しまして、相当の操業をやつておるように見受けて承りました。ただ英濠軍駐留によりまして、風紀上或いは商業関係の伸張の上に幾分影響があるということを感じて参つたのでありますが、要するに今日呉の旧海軍施設というものは、大資本を注入してここに工業地帶というものを打立てるということが必要じやないか。只今平林委員から商業都市としての発展を図らなければならんという御意見もありましたが、私は呉は商業と同時に工業方面に関しても相当の努力をする価値のある所だということを見て参つたのであります。吉田アチソン交換公文によりまして、英濠軍駐留関係というものが相当に交渉されなければならんと思うのでありますが、これはまだ政府の御意見を承わつておりませんから、この点について今日政府意見を承わるのは当然でありますけれども、私の考えでは、もう英濠軍というのは、成るほど朝鮮問題につきまして国連軍の一部として協力いたしておるという関係にありまするけれども、もはや呉に英濠軍がいる必要はないのじやないかということを痛感して参つた次第であります。どうか政府におかれましてはこういう点に鑑みまして、できるだけ呉地区から英濠軍を他の方面に移動さして、何とか呉市民要望に応えるというふうに取計らつて頂きたい、又当委員会におきましてもさような方面一つ関心を持つて償いて、呉市民の要求に応えて頂きたいということを私は考えて参つたような次第であります。  委細の点につきましては、私相当資料を呉市の当局から交付されておりまするから、御必要があればいつでも持つて参ろうかと存じておりまするが、平林委員によつて大体の状況が御報告されたのでありますから、これ以上私から申上げることはございません。どうか一つ皆様がたの御協力によりまして適切妥当な方針を打立てて頂きたいということをお願して、私の平林委員から仰せられたことについての意見に蛇足を加えさして頂いたような次第であります。どうかよろしくお願いいたします。
  11. 徳川頼貞

    徳川頼貞君 私は去る四月十九日有馬委員長以下八名の委員にて行政協定締結に関連する諸問題の実情調査の一環として、神奈川県横須賀附近視察いたしました。その概要を御報告申上げたいと存じます。  現在横須賀市は、その旧軍用施設のうち、約百五十七万坪が連合軍によつて接收されておりますが、今回視察いたしました地域は、昭和二十二年に正式返還を受けましたが、行政協定締結伴つて、更に再接收を予定されている追浜地区及び長浦地区二つ地域でございます。まず追浜地区におきましては、協同工作会社にて石渡横須賀市長を初め、市側懇談の後、同会社及び追浜繊維を初め、工場倉庫等、数社を視察いたしました。この地区は九万坪、現在二十二の全社工場が操業いたしております。次いで長浦地区視察いたしましたが、この地域は三十万坪、太洋漁業東京芝浦電気等会社が進出しており、更に旧軍港の一部であつた長浦港は昭和二十三年一月貿易港として指定され、食糧、肥料、工業塩綿花等陸揚港として貨物取扱量最高年六十万トンに達する由であります。  これら再接收を予定されている両地域に対する市側要望は次の通りであります。即ち終戰直後より横須賀米海軍基地司令官の理解と厚意とに上りまして、平和産業に必要な旧軍施設は順次返還され、戰前見るべき産業のなかつたこの横須賀には現在七十余の会社工場が操業されるに至つたのでありまするが、万一接收地域がかかる地域まで拡大されることになりますと、これらの会社工場は他に移転の場所もなく、従業員とその家族は生活の根拠を失い、更に一般市民復興再建の意欲を喪失してしまうのであります。同市は旧軍港転換法によりまして、平和産業港湾都市として更生するために転換事業計画を樹立して、この地区の育成に全力を傾注しておる矢先でもありますので、是非この両地区基地供與地域より除外して欲しいというのがその趣意であります。更に市の側といたしましては、すでに接收されておる地域のうちから八つ地域並びに施設接收解除を要求いたしておるのであります。この八つ地域と申しますのは、第一は、吾妻山地区であります。この地域の旧軍の貯油施設連合軍がそのまま使用しておるが、横須賀市としては、長浦出入船舶及び臨港工業地帶に対する燃料、補給施設として必要であるから、その一部でも解除して欲しいというのであります。第二は、旧海軍港務部物揚場及びポンツーン、即ち浮きドツクであります。米軍は常時は使用しておらないのに反して、横須賀駅に隣接しておる関係上、民需物資陸揚港として最も適しておる場所であるというのであります。第三は、旧軍需部構内、彈薬類の陸揚使用されており、同地区への出入の自由及び地区内の使用制限がある現在におきまして、倉庫業及び貿易関係業の円滑なる運営が阻害されておるので解除されたいというのであります。その第四は、軍需部D倉庫であります。現在アメリカ陸軍彈薬荷揚場附帶倉庫として利用されておるのでありますが、東京湾倉庫の経営になる倉庫中央でもあり、又貨物の量の増大と倉庫面積不足を補う見地からして是非解除してもらいたいというのであります。第五は、旧軍需部号倉庫であります。米海軍使用しておるのでありますが、この前のD倉庫と同様にすぐれた倉庫であるので是非返還されたいというのであります。六番目は、久里浜物揚場であります。現在米陸軍の彈薬の陸揚場として使用されておるのでありますが、これは市が多額の経費を以て築造をしたものでありまして、漁船の接岸、魚の荷揚場として最も大事な場所であるから解除願いたいというのであります。七番目は、旧久里浜潜学校岸壁であります。横須賀港の荷揚場は、前の場合とこの地しかないので是非解除してもらいたいというのであります。最後は、旧海軍下士官兵集会所であります。アメリカ海軍のクラブとして今使用されておりますが、この施設は旧日本海軍下士官兵等の醵金によつてできたものでありまして、国民感情の上から解除されることが望ましい。解除後は市役所の庁舎として利用したい。現在の庁舎は非常に狭隘であつて、本施設使用できれば市のあらゆる部局をそこに收容できる。  以上でありますが、これらの趣意基地に供與すべき施設について政府は事前に十分市長意見を徴せられたいという要望と共に、別に請願書として本委員会に付託されておりますことを申添えておきます。  なお私どもは米海軍基地を訪問いたしまして司令官マツクマナス少将と歓談の後、その厚意によりまして同基地内を視察することができましたことを併せて御報告いたします。
  12. 團伊能

    團伊能君 私は舞鶴地区視察いたしました御報告をいたします。舞鶴軍港は呉、佐世保横須賀に比較いたしまして、旧軍当時におきましてやや地位の低い小さい軍港でございましたが、日本海に面しておる特殊な地形によつて、軍縮的には或る意味の非常に有効なものがあつたと思います。この地形を見ますると、非常に深い湾の周囲は全部高い山に囲まれておりまして、非常に避難港として完全な要素を持つております。舞鶴の場合は丁度横須賀長浦のように西港東港に分れておりまして、東港は、あそこは二又になつておりますが、東港は全部海岸は海軍使用しておりまして、西港は古い城下町でありまして、そこには漁港その他の港が今日も存在いたしております。それから西港は水深も浅いし、近海航路以外の船が入ることは不可能でございまして、将来この軍港を転換いたしまして商業港といたすならば、旧軍港東港が最も適しておると思います。今日この東港海軍施設におきましては横須賀呉等のような大規模なものはございません。併しな相当施設が残つておりまして、これに米軍は極く少数ここに駐屯いたしております。米軍が今日使用しておりますのは軍港としてではなく、一つ補給地としていろいろな資材をここに貯蔵しております。殊に周囲が山でございまして洞窟がたくさん作られております関係で、火薬その他の物資が貯蔵されておりまして、米軍はこれを管理しておるに過ぎないのであります。それでその結果、今日これを商港とする問題は、米軍占領中というものは、使用中というものはそれほど大きな問題でございませんが、東港軍港でございましたために全部沖荷役をいたしましたので、埠頭がございませんことが第一であります。これを商業港といたすには、海軍施設に加えてなお相当の費用を投じて埠頭を造る必要が先ず第一に必要ではないかと思います。ここでこれを商業港といたすことは将来も非常に有望と存じますが、このたびの視察におきまして同じ日本海に面しております敦賀視察することができませんで、敦賀との比較、重要性を今日判断することができないのは甚だ遺憾と存じます。ただその附近の宮津には帰りに寄りまして、宮津湾を調査いたしました。併し呉のほうが遙かに海水が深く将来有望な港であると考えられます。今日この軍港転換法以来、軍港を転換いたしまして漁港等にいたすについていろいろ市当局苦心をされまして、ドツクには飯野汽船がすでに船舶修繕工事を始めておりますが、ドツク余り横須賀呉等に比較いたしまして大型でなく極く小さいものでありまして、小艦艇の、小船舶の修理をいたしております。余り経済的には振つていないようでありますが、舞鶴市が非常な苦心をして最近十二、三億をかけて日本板硝子工場というのをここの赤野地区という丁度対岸に持つて来ました。これが操業されますと、約二千五百人くらいの工員がここに働くことができて、市のために相当寄與するであろうと思います。一般市民生活はそのために佐世保その他に見るような米軍駐屯に関する一種の市民生活の形は余りございません。それでただこの土地朝鮮半島に近い関係から相当朝鮮人居住者が多いようであります。今日舞鶴は引揚港として用いられておりましたが、引揚事業只今休止している状態になりますと、非常に眠つた静かな余り活動のない町となつております。この舞鶴港の商業港転換の大問題といたしましては、日本海における少数の、而も非常に優秀な湾でございますので、この復活にはどうしても大陸との関係が再び開始される時を待たなければならないと思います。それと同時にこの舞鶴港は日本生産地区と非常に交通が惡く、今日鉄道はございますけれども、單線の場合が多く、殆んど大阪その他の生産地との交通は、大貨物は不可能なような状態にありますので、先ず舞鶴港を復活させるとすれば、舞鶴関西地区とを結ぶ鉄道輸送線を完成しなければならない、それが第一の條件だと思います。次にこの地方は工業的にも地盤がいいし、水もよろしいし非常に有望な土地でありますが、ただ電力が足りませんので、ここに電力を配給するということの二つが、この鉄道路線電力の両方の補給がなければ商業港としては今日立行かないような形でございます。細かい部分につきましてはいろいろございますけれども、それは後に御報告いたす機会を持つことにいたしまして、大体におきまして舞鶴港を商業港に復活させるという点から考えますと、以上のような結論になります。  右御報告いたします。
  13. 有馬英二

    委員長有馬英二君) これで各委員の御報告は終りました。つきましては政府委員意見を聽取いたします。
  14. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 只今の問題につきましては、私も関係市長さんたちからいろいろお話を伺つております。私のほうの仕事としまして只今具体化しておりますのは東京横須賀地区は入つております。併し舞鶴、呉、佐世保等はまだ問題として取上げておりません。佐世保は来週になつて私が先方の代表と一緒に見に参ることになつております。それから横須賀につきましては、本日午後三時から横須賀市長と詳しく御相談をしようと思つております。そういう次第でございまして、只今の問題につきましては、私も十分聞いておりますけれども、まだはつきりした見通しを申上げる段階に至つておりません。
  15. 平林太一

    平林太一君 今政府の御答弁を伺いましたが、一つ二つ局長にお伺いしたいのは、横須賀佐世保に対してはそういう処置をとつておるが、呉と舞鶴には何ら御用意がないように承わりましたが、それはやはり相並行してその処置をとるように要望しておきます。これに対しまして御答弁願いたいと思います。
  16. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 呉のほうについては、国連協定対象になりますので、国連協定ができました上で参ろうと思つております。国連協定がまだいつできますか、ちよつとはつきりいたしませんので、今のところいつ頃視察いたしますか見込が立つておりません。それから舞鶴につきましては、先方の話を聞いて見た上で問題がございますようでしたらば誰か参ろうと思つております。舞鶴につきましては余り問題がないんじやないかと今一応予想いたしております。
  17. 平林太一

    平林太一君 国連協定が出ないというので、出てからと、こういうのでありますが、甚だ心許ない話でありまして、現地におきましては非常に他と並行して将来のことに深く関心を寄せておるのでありますから、そういう漠然としたことでありませんで、国連協定に対しては、いずれはこれをしなくちやならんのでありますから、何かそのように自然に放置するというようなことでなくて、やはりこの講和の発効機会にこの際きめべきものはきめろ、それからけりをつけるものはつける、こういうことが非常に常識上の事柄でありますから、決してこれはむずかしいことでないのでありますから、そのようなことはそのままにいたしておくということは、甚だ政府といたしましては民意に副わざるものであります。国協定のことはいずれどうということでありましたが、それを取り進めるということに対しましての考え方を一つ承わりたいと思います。
  18. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 国連協定のほうは外務省の分担といたしましては、條約局のほうで交渉を担当いたしておりますので、私は余り詳しい経緯は存じませんけれども、只今段階アメリカはワシントンにおきまして米国政府とその他の朝鮮関係国連諸国との間に話合いが行なわれております。それでまだ発効までに協定ができるというふうなことの見通しはついておらないようでございます。併し急いでいることは事実でございます。成るべく早く作るように努力いたしたいと思います。
  19. 平林太一

    平林太一君 大体今の御答弁でやや接近したと思いますが、これは職務上所管が外務省條約局にあるというのでありますならば、まあ外務省をして職務上これを進捗せしめるようなことにまで積極的にこれを一つ取運ぶように強く要望しておきます。従つてそういう観点を以ちまして非公式にそれらの問題に対しましては十分に取運べる途があると思いますから、十分一つこの点に対する手拔かりのないように御処置をいたされんことを要望いたしておきます。
  20. 曾禰益

    曾祢益君 只今平林委員の御発言に関連いたしまして、ちよつと政府に伺いたいんですが、これは必ずしも伊關君の御所管でなかつたら外務省の代表という意味でも結構なんですが、国連との間の話ができなければ、いわゆる英濠軍というようなものが、日本と英国或いは濠洲というそれらの国との間に講和條約の効力が発生したという建前に立つて見るならば、爾後九十日以内にさような国連との話というような恰好で駐留に関する協定ができなければ、例えば佐世保等における駐留というのは講和條約の関係から言つてできなくなる、かように私は一応解釈するのですが、果してその解釈でいいかどうか、これを一つ伺いたいと思います。
  21. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 発効後九十日間に話がつかない場合は駐留できないということになります。
  22. 曾禰益

    曾祢益君 従つて平林委員がおつしやつたようなお気持に私はこれは賛成で、これは伊關君の御所管ではないようですけれども、当然これはアメリカ国連軍司令官ということになつておるから、結局アメリカを中心として日本にある国連軍駐留の問題を日本とどういうふうにするかということを先ず予備的に話しているんだと思いますけれども、それは我々日本国から見るならば、実は直接の関係のないことであります。我々としてはその国連に協力するという建前からと平和條約及び附属文書等の関係から、これを速かに国連との間に話をつける、そうして実は国連軍に対する現に朝鮮における行動に関する便宜供與ということの目的以外に位するような、従来英濠軍がおつたからそれを殆んどその施設の供與を引続き認めて行くというような考え方でなくて、根本的に考えを改めまして、いわゆる新らしい観点に立つた必要なる程度にこれを押し込めて行くような積極的な態度でやつて頂く必要があるんじやないか、かように思いますので、平林委員の御発言に全く同感であつて政府とされては、要するに相手方の準備もございましようけれども、積極的にこの問題を処理するように御努力願いたい、これは希望でありますけれども申上げて置きます。
  23. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 只今の私の申上げましたことは、ちよつと間違つておりました。この交換公文で以てやはり英濠軍国連軍としてはおれるというふうに解釈いたします。そのおります條件について、今協定を交渉しておるということであります。
  24. 曾禰益

    曾祢益君 今言われた交換公文というものは、吉田アチソン交換公文ですね。
  25. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) そうです。
  26. 曾禰益

    曾祢益君 それによると、特定の英濠軍等が日本におることを引続き認めるという意味であるかどうか。その点は外務省の明確なる御解釈であるか、現在のように国連軍駐留していることを或る程度に抽象的にこれを合法化するという趣旨であろうということはわかるのですが、それが特定の英濠軍というようなものを一応認めてしまう、当然にということになるのか、それともやはり講和條約の基本的な規定によつて規律されるものであるかについてはやや私は明確でないと思うのですが、その点は確かに英濠軍等の現状におけるものをアチソン吉田交換公文で完全に一応認めているのですか。若し認めているとすれば特別な協定は要らないということになるのです。それがちよつと私はわかりかねるのですが、その点はどうなんですか。
  27. 三宅喜二郎

    政府委員三宅喜二郎君) 只今のお尋ねは御尤もかと存ずるのでございまするが、そのアチソン吉田交換公文日本が承認いたしておりますのは、原則的に国連軍日本或いはその附近におきまして軍隊を駐屯せしめるような場合は、日本はそれを承認する、それを支援するということを言つておるのでございまして、具体的の場合に然らばどの軍隊であるか、その軍隊がどの地域使用するか、どういう條件であるかということは、個々の協定に待たなければならない、こう解釈しております。
  28. 曾禰益

    曾祢益君 私もその意味ならば実はアチソン吉田交換公文がなくとも、講和條約の正式的な解釈からいつて国連軍が、不幸にして講和條約が効力を発生した後にまだ朝鮮動乱が続いておるというようなことを一応予想しての念のための規定というような意味で、ただ切替えるときに全然国連軍の根拠がなくなるということでは困るという意味で注意的に作つたものであるかように解釈しているんです。だから法律的にはそういうものがなくても、国連軍が当然に日本における行動が基準がなくなるということでないようにという注意的の規定であつて従つて英濠軍日本とはアチソン吉田交換公文もあるが、併し英濠軍との間には当然国連と日本との間の話合いによつて規律して行くべきであつて、駐屯に完全な根拠がなくなるというのではないけれども、同時に今までやつていたことがただ一応アチソン吉田交換公文で合法化されるという意味のものではない、こういうふうに解釈すべきだと思いますが、もう一度お話を承わりたいと思います。
  29. 三宅喜二郎

    政府委員三宅喜二郎君) 平和條約におきまして、日本が国連の原則を受諾する、殊に国連憲章第二條の義務を受諾する、つまり国連が平和維持のために或る種の措置をとりまする場合に、日本があらゆる援助をするということを約束いたしておりまするが、あらゆる援助の中の一つがつまり国連の軍隊に対する便宜供與だから、それに駐屯を認め、それに対していろいろな便宜を供與する、こういうことが考えられるわけでありまして、そのことをやりますということを、ここにも確認すると書いてございますが、確認的な意味があるのでございます。
  30. 曾禰益

    曾祢益君 大体その問題はそれでいいんですが、これは横須賀地区のことについて、丁度伊關局長がこれから横浜市長と会われるそうですから、この点は十分に前から外務委員会におきましても、又両條約特別委員会におきましても、この横須賀追浜地区の問題は特に取上げられたと思います。そのほか徳川委員から詳細な現地側の希望の伝達があつたわけですから、この点は十分に考慮して、そうして市民の要望に応えるように一つ政府で努力されることを希望いたします。
  31. 團伊能

    團伊能君 只今曾祢君或いは平林君の御質問にありました英濠軍駐留に関して、これをこういう工合に考えていいのでありましようか。米軍駐留は、安全保障條約の上においてこれは駐留いたしておるのであつて英濠軍というものはもうなくて、国連軍、実際上は英濠軍でおつても、国連軍としてのその行動のために、その必要上日本に暫定的に、暫時的に駐留しておるのである。それで英濠軍のステータスはどこまでも国連軍であると私は思う。そうすると国連軍駐留は、要するに国連軍の活動に関しての便宜供與であつて、そうしてその理由がなくなつたときはこれは当然撤退するものである、こういうように考えますが、そうすると同じ日本施設地域を使うにしても、全然契約形式なり約束形式か違つて来るんだと思います。従来の占領軍の下にあつた契約、又は駐留軍としての契約とは別な形の契約になつて来るんだと思いますが、その辺のお考えは如何ですか。
  32. 三宅喜二郎

    政府委員三宅喜二郎君) その点につきましては、御尤もな御疑問だと思うのでありますが、従来のアメリカ軍につきましても、国連軍としての活動のために必要である特殊の費用というものは、アメリカ軍がドルで負担するというふうに、やはり違つておるのであります。日本占領軍としての異常の活動の場合は別の條件によつてなされておるのでありまして、そのことはアチソン吉田交換公文にも書いてございまして、今後そういう場合の国連軍としての活動に伴う経費の分担等は別に協定すると言つているのは、やはりその趣旨であると存ずるのであります。
  33. 團伊能

    團伊能君 只今の点でお伺いしたいのは、同じ地域施設接收するといつても、その條件がいろいろ違い、或いはそれが国連軍の活動に必要なる時期をきめるとか、或いはその使用方法を又違えるとか、要するに片一方は非常に暫定的な形において契約するというようなことはお考えになつておりますか。
  34. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) これは朝鮮の事変の見通しにもかかわることでございますけれども、朝鮮のほうが收まりますれば、当然国連軍としておる必要がなくなるのだろうと考えます。要するにまあ時期的に見まして英濠軍のおります期間がずつと短くなるのではないかと考えます。
  35. 平林太一

    平林太一君 こういうことを一応きまりをつけるべきだと思うが、英濠軍はいわゆる占領軍として駐屯をいたしたのであるから、二十八日に講和が予定通り発効になれば、その瞬間においてこれは解消せられるのである。だからそこで解消して、改めて駐屯するところの、これは国連軍として駐屯するという意味であつてもそれはよろしいのでありまして、とにかく改めてここで駐屯するのであるという形を政府としては是非とるべきではないか。アチソン吉田交換公文は、條約以外に、いわゆる交換公文の申合せとして、そういうことは国連軍としてとることができるということであつて、それは講和の発効によつて、一応そこで区切らなければならんという性質のものであると思うが、その点如何ですか。又それがなければ講和の発効に対する英濠軍と我がほうとの関係が誠に頼りない微弱なものに考えられまする筋が発生して来る。それは非常に由々しいものであるとこちらでは考えます。尤も先日この席上へ岡崎国務大臣が参りましたときに答えられたところによりますと、何か申出があるとか、先方から……、当然つまり講和発効によつて、それはきりがつくのではないか、併し何らかの申出があれば、その申出によつてそこで改めて又話合いをするのだ、こういうようなことを言つておられました。併し申合せがなければ、自然二十八日を機会にこれはきりがつくべきものである、今日までにその申合せがあつたかどうか。只今国際協力局長として伊關君はその点どういうふうにお考えになつておるか。ただ、いわゆるそのまま、占領軍がかくきめるには、国連軍と見合わしてここに何らかのきまりをつけずに、そのまま九十日間というのがあるから、そういうことを前提として、何ら当方からはそれに対して処置先方にいたさないというようなことは、余りにも講和に対しまする何か今日持つておる国民の期待というものの強靱性というものを非常に失わしめる、そういうふうな行き方で行くことは、我が外務省の今後の行き方に対しまして非常に国民をして危惧を抱かしめるようにする、さらでだに何かエチケツト外交なんかを背走しておる。我々は非常に不満であります。今後の我が国の外交というものは、魂の外交、肚の外交をしなければならないそういう際にエチケツトなどということを大いにやかましく言つて外国人の尻を追廻しでもするような、御機嫌をとるような外交は嚴として戒めてもらわなければならん。そういう片鱗がいわゆる今回の予備作業班の作業行為、引続いて日米合同委員会にそういうことが反映をしたらどうなるか、由々しい問題です。そういうことをこの際併せて、あいまい模糊たることではこれを許さない、はつきりしたことを一つ御啓弁願いたい。(「賛成」と呼ぶ者あ、り)
  36. 岡田宗司

    ○岡田宗司君 議事進行について。今の平林さんの御発言は根本的な問題になつておるのです。これはちよつと今日御出席になつておる政府委員にはお答えできない。若しできますれば外務大臣の御出席を願つてそういう問題を先ず明らかにして、そして更に進む、こういうふうにしては如何でしようか。
  37. 有馬英二

    委員長有馬英二君) お答えいたしますが、外務大臣の御出席は本日をかねて交渉したのでありますが、どうしても都合がつかず今日は出られないということですから、改めて日を期しまして外務大臣に出席を求めまして、この問題についてはつきりした答弁を求めることにいたします。それではこの問題につきましてはこれでよろしうございますか。
  38. 岡田宗司

    ○岡田宗司君 先ほど各軍港都市視察の結果御報告がありまして、それについて伊關氏のほうにこれに対してどういう態度をとるか、こういうことが各委員の間から御質問があつたのです。ところがそれについて進行状況の御説明はあつたが、どういう態度をとるか、どういう態度をとつて臨むかということについて何らお触れになつておらん、甚だ心許ないことだと私思うのです。併しそれはそれといたしまして、先ず伊關さんのほうから、現在までの進行状況についてお伺いして、それに対して一体どういう態度で臨んでおるかということを一つ詳しく御説明を願いたい、こう思うのです。
  39. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 現在までは、つまり北のほうから始めましたので、北海道それから東北そして関東地区というふうにやつておるわけでありまして、大体北海道、東北につきましては一応の話は終つておりまして、細目についてのまだ打合せをやつておりますが、只今は関東地区をやつておるわけであります。それでやり方としましては、米軍のほうから、将来ともこういうものは引続き使いたいというリストを我々のほうによこすわけであります。それで我々としてはそのリストを見まして、そうして米軍がなぜ必要とするかというその軍事上の必要というものを十分聞きまして、且つ又一緒に現地施設等を見るわけであります。それに対しまして米軍の軍事上の必要と、それから日本側の経済上或いは文化上もありましよう、社会上或いは国民感情の問題もあり、或いは個人財産の尊重といういろいろな観点からこれを考慮いたしまして、両者の調整を図つておるわけであります。それで施設区域をきめますに際しての原則的な考え方につきましては、三月の何日でありましたか、発表いたしております。その方針、原則を適用しつつ今問題に当つておるわけであります。大体東北、北海道につきましては一応の話がついておりまして、まだ細目の決定には至つておりません。関東地区只今折衝中であるという段階であります。
  40. 大隈信幸

    大隈信幸君 それに関連するのですけれども、予備作業班の持つておるところの原則でございますね、日本側が持つところの原則というもの、これをこの際御説明頂きたい。我々が岡崎国務大臣とかその他の方のお話によると日本経済生活を紊さないということが一つの大きな前提だと思うのです。それから大都市の周辺からはできるだけ接收地区というものを遠ざけてもらう、或いは民間施設は原則として返すんだ、或いは公共的な施設は避けるんだといつたようなことを、我々は説明して頂いているのですが、それをもう少し具体的に予備作業班がとつておるところの原則を説明して頂きたいと思います。
  41. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) この原則は只今御説明いたしますが、米側とも相談いたしまして、共同声明の形で、発表いたしたものでありまして、向うも了承しておる原則でございます。それでこれを読んで見ますと、第一に原則として、陸海空軍は都市の郊外に駐屯する、都市を避ける、大都市の中心地を避ける、それが第一でございます。それから第二は、但しその例外としまして、日本政府との緊密な連繋を保つために、この総司令部というものを一つだけ都心に置く、東京に置くということがその例外になつております。これは緊密な連繋を保つ必要上この例外措置に出たわけであります。これに基きまして、東京では旧陸軍省が充てられ市ヶ谷に総司令部ができます。そうして、その総司令部の通信上の必要から昔の麻布三聯隊に通信隊ができる。それ以外にはこの東京の市内というものには米軍施設は全然残りません。一、二の例外は起り得るかも知れませんが、私の承知しております限りでは全部東京の都心からは離れております。それから三番目には、将来米軍が使います施設を選定するに当りましては、曾つての旧陸海軍施設、それからそれだけで足らん場合には国有財産を使うようにする。そういうものを成るべく使つて民有のものは避けるようにするというのが三番であります。それから学校とか図書館とか、その他の公共建物というものはできるだけ避ける、但し只今朝鮮で戰争いたしておりますので、米軍の病院として使つておりますものにつきましては、特別の考慮を加える。それから第五番目には、米軍が娯楽施設とかの厚生面に使つておりますものは速かに明ける。これに基きましてゴルフ場とか、運動場とかいうふうなものは四月一日に解除になつております。そして今後、こういうものはまあ米軍も必要でありますので、持主との間に話合いをいたしまして、有料でお互いに使つて行くというふうに考えております。それから第六番目は接收住宅でありますが、接收住宅は、現在住んでおります者がその家を出ましたときは出ることにより、もう一つは現在住んでおります者を他に移すことによりまして、速かに明ける。これにつきましては講和発効の日に空いております家はその日で以て接收解除になります。それからこの原則がきまりました日、三月八日以降といたしておりますが、三月八日以降から講和発効の日までの問に居住者が変つたもの、ですから三月八日以降に一遍空いて、又誰か米軍が入つたもの、こういうふうなものは発効後九十日以内に全部返すということになります。接收住宅は全国で二千ちよつとございますが、大体三分の一ぐらいが講和発効後九十日以内で以て解除になります。その他のものは逐次解除して参りますか、最終の期限といたしましては来年の三月三十一日ということにいたしております。但し解除いたしましたものでもこの所有者が貸してもいいというふうなものがございますれば、これは所有者と米軍との間の個人契約というふうな形になりまして、日本政府行政協定に基いて提供する施設というふうには住宅を考えておりません。   それから次は港湾施設でございますが、港湾施設もできるだけ早く返すとこれについては港湾局長も見えておりますから後ほど御説明があるかと思います。これは横浜とか神戸とか、殆んど全部接收されておつた状況でございますが、大体今度は原則として日本に帰つて来るというような方向に進みつつあります。  それから陸上の演習地の問題でありますが、これにつきましては農民の利益を十分に考慮する。それでこれらのものの選定に当つては農林省と十分協議してやろうということになつております。現在農地の問題は、演習場の中に農地がありましても農民は立退かないで行くということに打合せております。ただ演習をいたしますと、どうしても耕作物に被害がございますから、それは補償をする。それから成るべく被害を避けるよに、演習場の演習のやり方につきまして、目下農林省と司令部の間で以て現地調査いたしましたり、或いは現地から来てもらいまして、その具体的な演習のやり方について今相談いたしております。それからもう一つは、この演習地というものはすべて警察予備隊と共用するという原則にいたしております。警察予備隊のほうでもかなり演習場が要りますので別個に取られますと大分農地を潰しますので、そういうようにいたしたのであります。  それから飛行場につきましても成るべく早く返す。日本の民間航空の発達に伴いまして返して行く、又その間共用を考える。それで羽田だけはこちらの準備が整い次第に日本に返します。大体、あと三月もすれば準備が整うということを言つております。その他の飛行場は当分共用する。併しこれも日本側の航空事業の発展伴つて管理を日本側に付與して行くということになつております。大体これが原則であります。
  42. 中山福藏

    中山福藏君 ちよつとその点に関連してお尋ねしておきますが、いわゆるこの取極めの地域的の関係ですね、それは必要、不必要に応じて伸縮性を内容として打たせろのですか、どうですか、そこは。
  43. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 現在必要なものを今話しているわけでありまして、将来必要性がなくなるとすぐ返すということになります。
  44. 中山福藏

    中山福藏君 彈力性を持たせる……
  45. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) ええ、そうです。
  46. 中山福藏

    中山福藏君 港湾局長がおいでになろそうですから、私、ちよつとお尋ねしたい。只今私どもが申上げました呉とか佐世保とか横須賀とかですね、通商関係からあなたがたは見られて、この部分は必要だ、この部分は必要でないというような、大体の港湾局としての考え方はもうすでにきまつているかどうか、一つお伺いしておきたい。
  47. 黒田靜夫

    政府委員(黒田靜夫君) 四つの旧軍港都市におきます港湾施設が、平和都市として生きて行く上に、只今どの程度必要であるか、最小限度の生存のための港湾施設の量はどのくらいであるかということにつきましては、地元公共団体、その他の意見をいろいろお伺いいたしまして、一応この程度なら止むを得ないんじやないかというような腹案は持つておりますけれども、未だ折衝の段階に入つておりませんので、ここで申上げる段階までには至つておりません。
  48. 中山福藏

    中山福藏君 その腹案があるとすれば、大体の骨子をお示し願うほうが、私どもとしては非常に幸いだと思うのですが、どうでしようか。ただ向うさんから仰せられるのを承わつて、それに対して対応的な考え方を打立てるということではどんなものかと思うのですが、どうですか。
  49. 黒田靜夫

    政府委員(黒田靜夫君) これは非常に日本側が持つていなければならない港湾施設を、広範囲に考える場合もございますし、又非常に窮屈に考える場合等もございまして、その辺のところ、今ここで明瞭にはつきり申上げる段階に至つておらないのでございます。
  50. 大隈信幸

    大隈信幸君 今のに関連して問題があるのですが、港湾関係の問題が出たのですが、特に或る倉庫等がそれに含まれた問題として、私なんか佐世保を見た場合に非常に感ずる問題があるのです。それは要するに、佐世保朝鮮事変が始まつて接收された。而も朝鮮事変が非常に盛んな時代においてもそれがフルに使われておらなかつた。現在においては無駄な施設まで、向うにとつては恐らく用もないと思われるものまで、接收されて、利用されないでいるという現状と思いますが、そういうことを考えて行くと、今後予備作業班なんか、こういうことをどういうふうに考えられるか。必要最小限度のものを向うに提供するというのならわかりますけれども、必要以上にこつちが出すということは、全然考えられないと思うのですが、その辺の原則はやつぱりそちらで立てておられなければならんと思うし、こういうことはここであえておつしやつて頂かなければならんと思うのですが、如何でしようか。
  51. 黒田靜夫

    政府委員(黒田靜夫君) この如何なる施設を提供するかという限度でございますが、この点につきましては、目下折衝中の商港の例を申上げたら、おわかりがいいのではないかと存ずるのですが、それは門司港の場合でございますが、門司港は佐世保とやや似ておりまして、終戰直後接收はなかつたのでございますが、朝鮮動乱が起きました後に、繋留施設の殆んど全部、九割程度を先方接收されたのでございます。現在では二割程度返つておりますけれども、なお大部分接收状況にございます。先般の予備作業の分科会におきまして、まだこれは最終的に決定した段階ではございませんけれども、私どものほうとしては、方針としては、もう全部一応接收解除して頂いて、そうして然る後にコンマーシヤル・ベースによつて、契約によつてつて行きたい。かようなことを言つておるのでございますが、行政協定において協力する面も残つておりますので、門司につきまして先般先方からスリー・バースの、三隻分の船が着く岸壁と。上屋及び後ろの鉄道、道路の引込み等を政府から提供しろというような先方の第一回の申入れがありまして、その後数回協議いたしました結果現在では鉄道も、道路も自由に使えるんだ、ジヨイント・ユースで、共同使用でいいんだ。船の繋留できるものについてはワン・バースだけを先方日本側として提供しようというような段階にだんだんとなつて来ておるのでございまして、そういうような関係もございまして、私どもとしては、全部返してもらうのが一番利用上いいのだけれども、なかなかそれはそこまで行かない。行政協定も結んだから最小限度のやはり施設もこれは当然考えなくちやいかんのではないかというので、ここに門司港だけでも三回の会議を持つておるのでございます。そういうような経過を経まして、現在接收されておりまする港湾は、東京が十割近く、横浜港が八割、神戸港が七割、門司港が九割博多が十割、こういうような現状でございますが、これに対しまして神戸港においては殆んど大部分接收解除になる見込で、僅かに一から七までありまするピアーのうち、一本だけふ提供せざるを得ないんではないか、かような段階に至つております。これもまだ最終的の決定には至つておりません。横浜港につきましては目下これは第五回目の交渉を持つておるのでございますが、当初の先方の要求からだんだんと縮小して来ております。最近にはこちらの要求が強かつたがために、向うがむしろ前回の要求よりも更に飛躍して来るような場合も生じておりまして、この点は気長く折衝いたしたい。かように存じておるような次第でありまして、旧軍港につきましてはそういうふうな方針でやつておりますし、私どもとしては勿論先方の利用状況をよく見ておりまして、港湾施設として十分活用しておらないじやないか、ほかの場所でもいいじやないか、そういうものにつきましては開放してくれということを強く主張しております。例えば神戸港におきまして相当な経費をかけて船の繋留ができる、なお荷役の能率を上げ得るような中央突堤がコカコラの工場になつておる現状からしまして、工場になつておるのなら、早く接收解除をしてもらいたい、かような申入れをしまして、これもおおむね解除になる段階になつております。
  52. 大隈信幸

    大隈信幸君 今の商港関係のお話は、それでわかるんですけれども、軍港の場合になると、非常にこれは性格が変つて来ると思うのです。それで、私は詳しいことは存じませんが、何か聞くところによると、軍港関係は別に分科会で扱わないで、本会議で扱うというふうに、新聞報道で聞いておるわけなんです。そうして今までの、旧軍港であるために、いろいろな不利の扱いを受けるんじやないか、国有財産といつた意味で簡單にそれが扱われるんじやないかと心配するんです。その辺はどうなんでしよう。
  53. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 旧軍港関係につきましては、四軍港都市市長さんがたびたびお見えになつておりますので、必ず現地市長さんと御相談の上できめろということにいたしておりますので、本会議でやることになつております。ただ商港のほうにつきましては、一々現場から人を呼ぶというわけに行きませんので、殊に又港湾局長のほうが專門でありますので、その專門委員会のほうでやつております。軍港につきましては、必ず現地市長と御相談の上でやるというふうにいたす、そのつもりでおります。
  54. 大隈信幸

    大隈信幸君 問題を重要に考える故に本会議でお扱いになるのであつて、当然旧軍港転換法等の趣旨から言つたら、この軍港等も今度商港として移行して行こうという趣旨だと思うのですが、そういう意味から言えば、一般商港と同様に同じ分科会でお扱いになるほうが非常にいいと思うのですが、特に重要だから本会議に取上げて行くといふうに了解してよろしいですか。
  55. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) まあそういうわけでもございませんけれども、現地市長さんのほうは市長さんで御相談してもらいたいというお話でございますのと、それから商港と違いまして旧軍港というものは、港として使つておる場合も、兵舎として使つておる軍事的の使い方の面が強い点があるので、そういう点が多少違うので、商港のほうは純然たる本当の港という観点から見られますが、片一方は軍事的な面も併せて考えなければならんのであります。いずれにしましても御相談すればよかろう、これでよくわかるから、こういうつもりであります。
  56. 大隈信幸

    大隈信幸君 特にお願いであります。けれども、とにかく軍港関係については、要するに国有財産だからといつたような簡單な考え方でなくて処置して頂きたいということを特に要望いたしておきます。  それからもう一つ、これは三月二十四日の毎日新聞に出ているのですけれども、行政協定附表の日本側原案というものが新聞に発表されておるのですが、一体現実にこういうものができておられるのかどうか。若しできておられるならば本委員会資料を出して頂きたいと思つております。
  57. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) そうしたものは全然できておりません。現在東北、北海道においてやや決定しかかつておるという段階に過ぎないのであります。
  58. 岡田宗司

    ○岡田宗司君 先ほど伊關氏からの御報告がありましたけれども、極めて簡單で内容を知るに定るものが何もない。港湾局長のほうの御説明で港湾関係についてややわかつた、或る程度のことが港湾局長から御発表になり、もう少し全体について伊關氏のほうから御発表になつても差支えない問題があるだろうと思います。それはやはり一つこの委員会で多くの委員諸君はいずれも聞きたがつておるのでありますから、もう少しそういう点を親切に御発表願いたいと母います。私がお伺いしたいのは、一体向うがどういう態度で臨んでおるかということからお伺いしたい。アメリカ側は先ほど港湾局長のお話によりますというと、門司の例で見えるように、やはり相当なものを求めて来ております。向う側の大体求めて来ておる状況は、私は公益施設や何か別問題でありますが、純然たる軍事施設等については現状のまま、或いは現状以上のものを求めて来ておると思うのですが、その点についてお伺いしておきたいと思います。
  59. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) この專門委員会になりますと、向うのほうも專門家が出て捗りまして講和後のことを心配いたしますせいか、いろいろ講和後になれば日本はもう何にも言うことを聞いてくれない。全部ノーというふうにでも思いますのか、多少向うも主張が強くなります。何でもこの際はつきりしておきたいというふうなところが見えるわけであります。私が相手になつておりますのは向うの代表でありまして、これは先ほど申上げました原則に従つて、向うの代表が十分見て、そうして大体要求を出して来ておりますので、この原則に照らしまして、それほどおかしいものは余りつて来ておりませんのですから、ただ原則の適用上疑問あるもの等につきまして十分議論をいたしております。それから大体旧軍事施設等に限られるか、今現在の兵舎に限られるか、殖えるかという御質問でありますが、東北、北海道、関東地区におきまして、大体先ず兵舎等については現状維持というのが大体のラインでございまして、殖えるという点は余り考えられません。ただ演習地等につきましては、従来の占領軍というものは、これは占領軍であつて、作戰軍というふうな面が弱かつたのであります。朝鮮事変以来非常に演習等が強化されて来たそのために、演習場が狭いという問題は随所に起つて来ております。従つて演習場の拡張という問題が考えられます。それから飛行機がジエツト機に変つて来たということによつて、飛行場の滑走路の延長というような問題も出て来るかと思います。東北、北海道につきましては、大体両者の意見が一致しておりますからどういうものが残るかということをお話いたしますと、先ず北海道につきましては、北海道の札幌の南に一つ大きな兵舎がございます。それから札幌の南部、自動車で約一時間くらいのところに千歳というところがございます。ここにやはり陸軍関係と空軍関係の兵舎が二カ所くらいに固まつてございます。大体北海道で軍隊がおるのはその三つの兵舎、千歳のほうは或いは二カ所、三カ所くらいになつておりますが、ともかく千歳に一つ固まつております。千歳と札幌の南、そうして大きな演習場が札幌の南部から千歳附近に亘つて一つあるわけであります。その他には千歳の南部の湧別という川がありますが、この川を挾みまして演習場が欲しいと言つております。これは工兵の渡河演習、架橋演習、工兵のための演習場、それから湧別川から東のほうに行きまして紋別という地区がございます。ここで以て上陸演習をやりたいと、こう言つておりますが、この地区につきましては多少現地のほうからもいろいろな申出がございますので、もつと漁民とか農民の利害関係の薄いところが他にあるのじやないかと思いまして現在農林省の者、それから司令部の作戰係りの者が現地に行つておりまして、他に適当な土地がないかと思つて代りを探しております。その外には北海道では八雲、勿論千歳に大きな飛行場がございますが、その外八雲というところに飛行場がございます。それ以外に不時着用と申しますか、そうした小さいものが根室に一カ所、稚内に一カ所くらい残ります。それ以外は無電関係の中継所なるものが北海道の周辺に幾つぐらいありますか、数は発表していいかどうかわかりませんが、五、六から十くらいあるのです。これは農民とは関係のない不毛の山の上とか、そういうふうな所にあります。それから本州に入りますと青森県の一番北に関根という地区がございます。そこに従来から演習場があります。それはそのままであります。それから下つて来まして三沢に空軍の大きな施設がございます。それからその南部に八戸というところにもキヤンプが一つございます。それから仙台の市内といいますか市の周辺にキヤンプが三カ所ほどございます。それから山形県の神町というところにもキヤンプがございます。それから仙台の西北になります王城寺ヶ原、旧日本軍の使つておつたところでありますが、ここにかなり大きな演習場がございます。それから新潟に飛行場がございますが、大体北海道東北はそれだけでございます。勿論本州東北につきましても、電波の中継と無電の中継というような小さなものが多少ございます。まあはつきりしたものとしましてはそれだけでございます。関東地方についてはまだ確定という段階に至つておりません。
  60. 曾禰益

    曾祢益君 演習に関連してよく問題になるのは勿論この農地ばかりでなくて、漁業のほうは御承知のようなわけなんですが、非常に実彈演習とか、ああいうものの被害問題が非常にあるわけですね、丁度私がヨーロツパに行つていたときには、ドイツでも同様な問題がある。ヘリゴーランド、この島は連合軍の実彈と爆撃の演習のために無人地帶にしてあつたが、今度ドイツ側が西ヨーロツパ諸国と話合つて、ドイツ人に言わせれば奪還したと言つている。そういうような問題もあり、その点は主として海岸地帶及びそれから地上もありましようが、海上が多いと思います。その点も十分に考慮されてお話になつておると思うのですが、どうなつておりますか、そういう点は……
  61. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) その点も十分協議いたしております。結局これはいつ使うかという使い方の問題でありまして、漁期を避けるとか、又一日のうちにしましても大体夜中に出て朝魚を獲つてつて来るならば、帰つた頃から使い始める。そういつたように一つの演習場につきまして詳細に使い方について研究いたしております。止むを得ないような被害がございますれば、それは補償という方法でやります。
  62. 曾禰益

    曾祢益君 それに関連しまして、非常に都会附近で爆彈や何かの演習があつて爆風でかなわんというような苦情も聞いておるのです。これは具体的には藤沢地区の海岸とか、こういう点も現実的に考えられる。実際まあ都会地に接近した所で、爆風で始終毀されて、心理的にも相当影響があると思うから、それらの点も十分考慮して頂きたい。それから、港湾局長のお話、非常に詳細で、まああれ以上伺うことは却つてお互いに殺生ですから、向うにこれが最小限度だということをここで言い切つても具合が惡い点もあるだろうから、これはまあお互いに聞きたいところも勘弁して上げたほうがいいんじやなかろうかと思うのです。大体軍事專門家は、日本のときでも特にそうだつたのですけれども、安全率を多くしてたくさんのものを要求するということは、これは当り前なのであります。これは非常に我々としては最小限度のものを提供するという考えでおやり下さつていると私たちは信じたいわけであります。そこで、あなたの言葉尻をつかまえるわけじやないけれども、行政協定関係もあるというふうに言われますけれども、行政協定のほうは、まあむしろ朝鮮動乱をカバーするという性質じやないと思うのです。そこで、いろいろの港湾施設等の要求は、現に朝鮮事変が継続中だから、だからこれだけの安全率を取るという場合が非常に多いのじやないか、当然にその点は二段階にお考えになつて折衝されていいんじやないかと思うので、即ち、行政協定及び安全保障條約の必要上からの、駐留軍に対する施設ということと、朝鮮動乱とは違うんです。朝鮮動乱部分は、一種のプラス・工ツクスとして、現状止むを得ないものもあるでしよう。それをマイナスの場合はこうだというふうに、二段構えでお話になつておるかどうか、その点をお伺いしたいと思います。
  63. 黒田靜夫

    政府委員(黒田靜夫君) 先ほどの話で、私ちよつと説明が足らなかつた点がございますので、その点御説明申したいと思います。が、やはり門司港の例でございますが、門司港は、終戰後接收がなかつたが、動乱直後に全部接收なつた。それで、行政協定による日本側施設の提供はなくていいのではないかということを、私が先方に質問したのでございます。零でいいんじやないか。そうしますと、先方は、その通りだと、併し、朝鮮動乱が仮に休戰になつて、全部引揚げて来た場合に、日本駐留するアメリカの軍隊のいろいろな補給なり、その他の点で、最小限度の要求がこれこれであるという説明であつたのでございまして、曾祢先生から御指摘のように、行政協定による日本側提供施設と、それから国連軍使用による施設、これは、今のところ提供ではありませんので、先ほどお話のありましたように、全然折衝の段階にまだ入つておりませんが、そういうふうに二つに分けて折衝を進めておるような現状でございます。
  64. 岡田宗司

    ○岡田宗司君 予備作業班の仕事は、北海道、東北が済み、これから関東と、こういうお話ですが、一体日本全国が済むのはいつ頃か。それからもう一つ、日米合同委員会の発足はいつ頃になるか、この予備作業班が済んでからか、或いは途中で切り替えるか。
  65. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 只今の進行状況から申しますと、大体五月一ぱいには全部済むじやないかと思つております。それから予備作業班は、講和條約発効と共に合同委員会に切り替えるわけであります。
  66. 岡田宗司

    ○岡田宗司君 この二十八日から合同委員会になるというわけですね。そうしますと、予備作業班はそのまま合同委員会の一部になるわけですか、つまり下級機関になるわけですか。
  67. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 只今でも予備作業班としまして、私が代表ということに任命になつておりまして、それからこの仕事は外務省の私の局がその事務をやるということになつております。合同委員会になりますと、誰か別の者が日本側委員に任命されると思います。併し仕事は、合同委員会の事務は私の局でやるということにこれは閣議決定になつております。事務といたしましては、依然として同じようにやつて行きますが、頭が変るというだけだと思います。
  68. 中山福藏

    中山福藏君 ちよつと伊關さんにお尋ねしておきますが、向うが軍事上必要ということは、これは軍事專門家として境界をきめて行くわけですが、あなたは外交專門家として、軍事上必要であるかないかということが、大体おわかりになるでしようか。その折衝の上において全然畑違いの人が折衝するということになつて参りますと、そういうときには、軍事上必要かどうかということは、どういう心持でおきめになるのですか、それを一つ聞いておきたい。
  69. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 確かに專門家ではございませんが、勉強もいたしておりまするから、予備隊にも一年ほど出ておりましたから、(「軍隊だな、そうすると」と呼ぶ者あり、笑声)勿論施設を一々見まして、そうして例えば兵隊一人につきましては何立方フイートという規則があるわけです。大体おる兵隊から見まして兵舎が広いとか狭いとか、事務室にしましても基準がありますから、その基準に合つておるかどうかというような統計等もとりまして、これが広いとか狭いとか、こういう点までも検討いたしております。
  70. 曾禰益

    曾祢益君 先ほど岡田委員から発言がありまして、それから委員長もそれを採択されたようなわけで、私も全然賛成であつて、結局今日は伊關君もさつきから横須賀市長とも会わなければならんと言つておりますし、結局この問題は、委員会としては続けて、どうしてもこの次、成るべく速かに、できるならば、この講和発効の前にやるべきじやないかとすら思うのですが、相手の都合もありましようが、成るべく速かにこの問題を、折角同僚の委員のかたが出て来られたので、この御報告を中心に、やはり責任大臣に来てもらつて一つ結末をつけて頂きたい、かようにお取計らい願つて、今日はこの程度にして頂きたいと思います。(「異議なし」と呼ぶ者あり)
  71. 大隈信幸

    大隈信幸君 この次の機会でいいですけれども、今まできめられた地域施設等があるわけですが、それが従来接收された地域施設と、今度新たに日本側が提供する地域施設とのパーセンテージは、今までどれだけ取られていて、どれだけ返されるといつたような、数字的な細かい個々のものは必要ありませんけれども、全体のあれをちよつと教えて頂きたい。
  72. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 関東以北で以て従来接收対象になつておりました件数は千八百でございました。関東以北でございます。今我々が考えております、大体これは提供しなければならんかと思いますものは三百以下に減ります。但し、スペースで見ますというと、そういうふうな率には参りません。広い所でございますから。件数で参りますとずつと減つて参ります。
  73. 大隈信幸

    大隈信幸君 スペースのあれはこの次の機会に教えて頂きたい。
  74. 平林太一

    平林太一君 ちよつと申上げて置きたいと思いますが、今伊關局長から詳しく承わつたのでありますが、講和になると、先方は、日本側が願いを聞いてくれないだろうというようなことで、なかなか嚴しく出ておられるというお話でありました。講和後になるとあれだから、この際やつて置かなければならんということで、そういう意識的に米国側が出ておるということは、これは非常に私からいたしますれば、日米協定によります今後の講和後の措置というようなものに非常に何か暗い気持を持たざるを得ないことになると思います。御承知の通り行政協定による一切の取極、日米合同委員会において規定される事柄というものは、実に将来の我が国の運命はここにかかつておると申して過言でないのであります。内容を静かに、而も深夜ひそかに考えれば、慄然として膚に粟を生ずるような事態である。何者も発言を許さないのであります。そうきめられたことは、そのまま無條件でこれは取極められるのでありまして、誰も発言をよそから挿むことはできないのであります。でありますから、それに対して先方が、すでに講和後においては聞き入れられないであろうというようなことで進められておるということでは、それに対して根本におきまして、その心をほぐさなければ私はいかんと思います。これをお進めになるに当りまして。日本経済を破壊しないということを前提として、金科玉條としてこの行政協定の方向が進められておるはずである。そうしてこの日米合同委員会はこの線だけは嚴守して、そうして取結ばれて行くべきものであり、又そういうことに対して我々は国会において了承いたしたのであります。それでありますから、このことは、我がほうが米国に対しましても満腔の敬意を払い、又それに協力して行くことを、日米両国彼我の将来の世界平和のために処置せられるということを考えなければなりません。どうか諸君も、いやしくも疑心暗鬼を持たずに、いわゆる穏かな態度で、無私な態度で、そうしてこれに臨まれるように御配慮を願いたい。只今伊關君からお話を承わつておりますと、予備作業班は主として私がやつておるということであります。私もそういうことを承知いたしておりますから、伊關君に対する期待は誠に甚大であります。従いまして、世間の專ら奪いたしておりますところによりますと、合同委員会の唯一の日本側の代表は伊關君であるというような風評をいたしております。そうでありますから、私はそういうふうに特に考えるのであります。而も條約によりましてそれはどうであつたかと……私といたしますれば甚だ遺憾でありましたが、合同委員会は日米各一人ずつというのであります。代理者を二、三名お作りになるということだが、併し数は米一、日本一であります。それで日米合同委員会というのでありますから、私のような田舎に育つた凡庸な人間にはこの委員会というものの性格が納得できない。一人々々というものであるとするならばそれはどうも会議じやない。こういうふうに大勢出ておればこれは会議です。一名々々というので合同委員会というのでありますから……、私は十人なり、二十人なり、初めのうちは日本側が十人、米国側が十人、こういうふうに常識的に日本国民の大多数が考えておつたのであります。ところが條約によつて、これが一人々々ということになつた。そうして今度はそれが日米お互いに一対一ということに組んでありますから、そうするとそれは会議ではない。対決であります。要するに対決ということになるから、先刻私が申上げたようなエチケツトでは困る。これはどこまでも日本再建のために明治時代の蹇々録、ああいう一つ書物を勉強してもらいたい。外務省の諸君、殊に伊關君がこの衝に当られるのでありますから、いろいろそういうふうに日米合同委員会日本側委員になりますれば……それだからその点は非常に私といたしましてはただ至誠国を憂うる以外にない。それですから、そういうことは過ぎたる考えかも知れませんが、そういうふうにして、いやしくもこれが昔の言葉で申しますれば、いわゆる「朝に一城を失い、夕に一壘を奪わる」というようなことでは合同委員会は困るのであります。これも先方が困るということを言つておるらしいから、これは言うんであります。対決となりますれば、これはどうしてもただ議論ではいけない。至誠で以てこのことの何がきまるのでありますから、どうか一つ私は、今日伊關君が合同委員会委員になるんだということを仮定して申上げるので、そうなれば伊關君という人が日本国民の安危興亡を双肩に担つて、この委員会に臨まれるわけであります。実は私自身は今日初めて伊關君の風貌に接したわけであります。それで今日までの私の感覚からいたしますと、伊關君という人は実に鬼武者のような人である、これはどえらい弁慶のような何十人力というようなものを持つておると多大の期待を持つておつた。ところが、やはり外交官であるから会つてみますれば、この速記録にとどめてもよろしいのでありまするが、これは非常に紅顔の美青年である。(笑声)鬼ではない。紅顔の美青年にこの重大なことをやつてもらうのでありますから、これは十分に、明治維新において我が多数の志士先覚が本当に心から国を俺が救うのだという気持でおやりになつた、その気持を一つ範いたしてこれに臨まれたい。外交のことなどはそんなものじやないとおつしやるかも知れんが我々から見ればそれを憂れざるを得ない。きまつてしまえばあとは何ともいたすことができない。而も非常に複雑微妙な何がこれに潜んでおるのでありますから、どうかその点を深く……これは今日咄嗟にあなたに申上げるのではないんで、岡崎君にも先日私は、これは速記をお調べになればわかりますが、日米合同委員会委員というのは日本が一人、これは余ほどその人物を、間違いのない、後で悔を残さないような人物を選ぶべし、これは岡崎君はお誓い申上げますと、こう言つたんですが、その間違いのない、その当該の人物があなただ、こういう経緯なんです。私はどうか一つその点に対しまして、私非常に、これは何かこうもつときつい風貌で話せばいいのでありましようが、私も伊關君と同じようにきつい風貌で話せないんです。その点を一つ御推察願いたい。そういうわけで、こういうことに対しまするあなたの決意というものを一応これは速記録に留めべきだ。一つ答弁を願いたい。これは委員長に申上げますが、この講和発効前に、吉田外務大臣がこの席に来ていないということは私は甚だ当を得ざるものだ。これは外務省には、どういうわけでありますか、外務大臣と国務大臣と二人いるのであります。ところが国務大臣では、先ず岡崎君はやはり私もその人物だと思つてみたが、やはり国務大臣は国務大臣だけしかない。この国家の重大な際に、外務大臣としての吉田茂君がここに出て、我々の、いわゆる国民を代表する、主権の最高の機関であるこの場所に出て、そうして今日までの経過というものを、吉田茂自身が切々として訴えべきである。それを代理の人物をよこして、そうしてこれに出ないということはこれは怪しからん。それは日本のこの歴史を画すべきこの際におきまして、吉田という人がどういう人物でありますか、それは相当高く評価してありますが、日本の八千万の国民に比較いたしますれば八千万分の一にしか過ぎない。何を思つてそのような大きな態度を以て、この委員会、国会に対して出ることを成るべく拒否しているということは、これは吉田君自体のために取らざるものである。若しこういうことがつのればこの態度は僧道鏡であると言わざるを得ない。和気の何のときの蘇我入鹿、そうなることを私は非常に憂える。これは吉田君は自由党でありますからこういう公開の席で吉田君のために言うのであります。これはを以て万事を考えなければならんのでありますから、これはどうしても講和発効前に、二十八日前に、委員長は職権を以て吉田外務大臣のここに御出席を要求するように、若しそういう要求が仮に私一人でありましてもこれを通達願いたい。来たるべき委員会には、講和発効前において一切のこの重要な事柄に対して総理の説明を求めたいことがありますので、本日はそれを私は要求しておきます。併しその場合、委員長の権限で、そういう要求によつて何か品位が下るようであつてはいけませんから、その場合は委員長御自身の立場で然るべく一つ御自由にそういう要求をされまして、そうして講和発効前において十分なる検討を加えたいということをこの際要望いたすのでありますが、そこで例えば伊關国際協力局長の、先ほど申上げました御所懐をこの際一つ十分に承わつておきたい。この御所懐は会議録に載りますから、我が国の外交を画すべき万古不滅のものになりますから、十分に一つ真劍な御態度で御披瀝になられんことをお願い申上げます。
  75. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) 只今のお話では、将来私が委員になるというふうな前提の下でございましたが、そうではございませんので、現在の予備作業班の代表でございます。合同委員会には別にもつとずつと有能練達な者を大臣が探しております。但し私は今後ともそのきまります委員を助けて仕事はいたして参りますので、できるだけのことを十分いたしたいと考えております。
  76. 平林太一

    平林太一君 大変御謙遜な態度の言葉でありましたが、それならばこういうことにして頂きたい。今日までそういうことをなすつていられるのでありますから、合同委員会日本側の代表の一人に我若しなりせばという前提の下に、今までの経過を相勘案いたしまして、一つこれに対しまする覚悟のほどというものを一応御披瀝を頂きたい、形式のことではないのであります。形式的に質疑応答するということではありません。ですから私は、局長といたしましてもそういう態度で御答弁つて差支えないと思うのであります。
  77. 伊關佑二郎

    政府委員伊關佑二郎君) どうも私としてはできるだけのことをいたしておりますもりでございまして、それ以外に申上げることはないのであります。最善を盡しておるという一言にとどまつております。
  78. 平林太一

    平林太一君 それは了承をいたしました。最善を盡すことに対してその手ぬかりのないように、あとでそれを間違つたというようなことのないように、間違つたということになれば、日本が東条内閣で滅亡したというようなことに相成るのでありますから、そういう結果に相成りますから、決して間違いのないように、後に至つていわゆる陸離たる光彩を残されるような措置に出でられるようにお進み願いたいということを、この際真劍な気持で国際協力局長である伊關君に期待いたしておきます。そうして敬意を表しつつそういうことを申上げるのであります。敬意を表するということは主客顛倒である、実は国家の興亡には代えられないわけでしよう。それでありますから主客顛倒した、私のような敬意を表するべき必要のないものが、あなたに敬意を表して、国会を代表してそのお仕事の達成をお願いしたい、こういうことを申上げるのであります。
  79. 有馬英二

    委員長有馬英二君) 平林委員にお答えいたします。先ほどの、この委員会に外務大臣としての吉田首相が出席されるようにというような御要望に対しましては、委員長から早速然るべき手段を太ります。それではこの問題は大体これくらいにいたしまして、次回に改めて吉田外務大臣の出場席を求めまして、御質問をいたすようなことに取計らいます。
  80. 有馬英二

    委員長有馬英二君) 続いて日本国との平和條約第十五條(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定締結について承認を求めるの件を議題といたします。先ずこの提案理由の説明を求めます。
  81. 西村熊雄

    政府委員(西村熊雄君) 今日は御多用中のところ、わざわざ本件につきまして事前審査の手続をとつて頂きました御高配に対しまして、御礼を申上げたいと思います。政務次官が出席いたしまして提案理由を説明いたすべきところでございまするが、引揚委員会関係でよんどころなく出席できませんので、私から代つて説明さして頂きます。  只今議題となりました日本国との平和條約第十五條(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定案につきまして提案理由を御説明いたします。  我が国が昨年九月八日にサン・フランシスコで署名いたしました平和條約の第十五條(a)は、連合国財産の返還及び補償について規定しております。  政府は、連合国財産の補償の実施のため、さきに連合国財産補償法案を第十二臨時国会に提出いたし、この法案は、同国会で可決され、法律として公布されました。  併し、この場合、政府平和條約第十五條(a)及び連合国財産補償法の規定に従つて連合国財産の返還又は補償に関し措置をとりましても、当該連合国がそのような措置に満足しないため紛争が生ずることのあることが予想されるのであります。そこで平和條約第二十二條は、同條約の解釈又は実施に関する紛争の解決について特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法によることを予想しておるのであります。この協定案は、この第二十二條に従つて平和條約第十五條(a)の解釈及び実施に関する紛争を日本国政府が任命する委員一人、当該連合国政府が任命する委員一人及び両政府の合意によつて任命される第三の委員の三人の委員からなる委員会に付託して解決するための手続を設定することを目的としております。  この協定は、平和條約に署名した連合国のうち希望するものと締結することになつております。  よつてここにこの協定案に上る協定締結について御承認を求める次第であります。  愼重御審議の上、本件につき速かに御承認あらんことを希望いたす次第であります。
  82. 有馬英二

    委員長有馬英二君) なお本件につきましては質疑は次回からいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。(「異議なし」と呼ぶ者あり)
  83. 有馬英二

    委員長有馬英二君) それでは本日はこれを以て散会いたします。    午後三時四十八分散会