○梨木
委員 私は日本共産党を代表いたしまして、ただいまの
川崎秀二君を
懲罰すべしとの
田淵君の
動議に反対し、
懲罰すべからずとの
石田君の
動議に
賛成するものであります。そもそもこの
懲罰の対象とな
つておる
川崎君の一月二十六日の本
会議における
行動は、昭和二十七年度の
予算案が、いまだ改正されない財政法に基いて編成されておる、
法律に違反して編成された
予算であることが明らかとなり、この
予算に対する
質疑が開始されようとしてお
つたのでありまして、この
法律違反を抗議し、これを是正するための
発言を本
会議において求めたのであります。これは当然であり、もしも
国会法、
衆議院規則に基いて
国会の運営がなされなければならないという立場をとるものである限りにおいては、この
発言は認めなければならなか
つたのであります。しかるにこれを、ただいま
動議の
提出者の言うところによれば、
議長は認めなか
つたというのであります。
許可しなか
つたというのであります。
許可しなか
つたのに
登壇したからけしからぬ、こういうことにな
つておるのであります。しかしながら、これはこの
川崎君の
発言を
許可しなか
つた議長の方が、
法律を無視し、
国会の法規に基く運営をやらなか
つたということをわれわれは指摘しなければなりません。この点が
本件を検討する上にきわめて重大であると思うのであります。しかしながらこの点に関して、
議長が
発言を許したか許さないかについては、
議長と
川崎君との間の
意思の疏通を欠いたかのことぐであります。しかし私は、現象面に現われたものだけについて論議するということは、事の本質に触れ得ないと思うのであります。それよりも問題は、
国会の運営の本質的な観点から、この
懲罰事犯というのをわれわれは評価し、検討しなければならないと思います。
そこで私は、
自由党の
国会運営の実情をつぶさに検討いたしまするに、ま
つたく
自由党のやり方というものは、多数党にあぐらをかいて、憲法や
国会法や、
衆議院規則を無視した運営をや
つておる。こういうやり方というものは、実際国民の負託に著しく反するやり方であるといわなければなりません。事ごとに反対党、少数派の言動を圧迫しておることは、
何人も否定できません。(
発言する者あり)私は、具体的に例をあげましよう。昭和二十七年度の
予算委員会のやり方を
ごらんなさい。本年度の
予算が、諸君が言うように講和発効第一年度の
予算であるといたしますならば、これは野党のたださんとするところ、聞かんとするところの、その機会を十分に与えてやらなければならないにもかかわらず、数にものを言わせて、
質疑の打切りを強引にや
つたではないか。しかも、こういうようなやり方をや
つておきながら、このごろの本
会議のあのありさまは何だ。この間の刑事特別法の本
会議にあた
つては、二百有余名を持
つておる
自由党の諸君が、
議場の中にはわずか四、五十名しかおらなか
つたではないか。このため定足数がないために本
会議が流れたではないか。こういうやり方を諸君はや
つておる。しかもわが党の
議員の緊急
質問は、ことごとくこれを禁止しておる。こういうやり方をや
つておる。さらに本
会議におけるところの
議員の
発言を、実に乱暴に削除しておる。こういうやり方というものは、ま
つたくアメリカの政府の政策や、
自由党吉田政府の政策を批判し、これを追究し、非難するところのあらゆる言論というものを、
国会の
速記録から抹殺いたしまして、われわれ野党の
国会における政府批判を、国民の目からおおい隠そうとするものである。このようなことを平気でや
つておるではないか。
国会へ傍聴に来ておるのは、せいぜい入れても二千名ぐらいのものであるとすれば、
国会の中の言論と国民とをつなぐものは
速記録であります。従
つてこの
速記録には、事こまかに、
国会内におけるところの各
議員の
意見や
発言というものが記録され、これを通じてのみ、初めて国民の多数が、
自分たちの選んだ
議員の
国会における
行動を検討することができるのである。しかるに諸君は、この
速記録から
議員の重要なる政府攻撃、政府非難の言論を削除することによ
つて、
国会と国民とを切り離そうとしておる。これは
国会の自殺
行為ではないか。そういうことを諸君はや
つておるのである。しかもはなはだしきは、今日
国会の中へ警視庁のスパイが入り込んでおる。きのうも私は地方行政
委員会においてこの事実を摘発いたした。しかもこれをわれわれは
議院運営委員会におきまして問題にした。ところが、
自由党の諸君はま
つたくこれに冷淡な、無関心な態度をと
つておる。こういうことは、
国会の中における
議員の活動というものを、警察官の監視のもとに置くことであり、こういうようなことで、どうして自由なる論議ができるか。(「何を言うか、また
懲罰にするぞ」と呼び、その他
発言する者あり)諸君が議会の歴史を
考えてみましても、か
つて政友会が少数党のときにおいて、警官が
国会の中へや
つて来たときに、これが非常に大きな政治問題にな
つたことを諸君は知らないのか。(「共産党だ
つて傍聴に来ておるじやないか。」と呼ぶ者あり)共産党の傍聴と警察官の傍聴とを同じように
考えておるのか。こういうように与党諸君が無関心な冷淡な態度でや
つておる中に、
国会の自殺
行為があるのじやないか。(「ほんとうに
懲罰にするぞ。」と呼び、その他
発言する者多し)何でもやりなさい。
こういうように
国会の最近の
自由党の運営の仕方というものは、ま
つたく戰時中の翼賛議会そのものである。時の政府の政権を維持するための傀儡化されて来ておる。かような
国会の運営のやり方をいたしますならば、次第々々に
国会というものは、ま
つたく
自分たちの
意思を代表するものではなくな
つて来る。少数者の権力維持のため、特に最近においては單独講和と行政協定を結び、明らかに日本はアメリカの従属国にされておる。こういう従属国たる政権を維持するための道具にな
つて来ておる。このことを国民が
はつきり知り始めて来ておる。でありますから、かようなことをそのままにしておきますならば、これは結局国民によ
つて国会が無視される時代が来る。これをなくするために、あくまでも国民と
国会とを直結し、
国会の民主的な運営
——民主的な運営ということは、いうまでもなく、国民の
意思を最も忠実に代表した言論が
国会の中で保障されるということなのだ。
国会が真に
法律に従
つた運営がなされるということなのだ。ところが諸君のやり方というものは、明らかに
国会法や
法律を無視したことをや
つて来ておる。こういうことを諸君が多数にものを言わせてやろうとするときには、少数派のとるべき
行動は何か。ここに私は、
川崎君の今度のこういう
行動についてのほんとうに正しい評価というものがなされなければならないと思う。これは、
自由党によ
つて運営されているところの、こういう傀儡的な
国会の運営を、最も民主的に、国民の
意思に合致した運営をしようとする努力の現われが、
川崎君のあのやり方ではないか。従
つて私はこの観点からしまして、
川崎君の
懲罰には絶対に反対するのであります。