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1952-06-16 第13回国会 衆議院 大蔵委員会 第91号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十七年六月十六日(月曜日)     午後一時五十九分開議  出席委員    委員長 佐藤 重遠君    理事 奧村又十郎君 理事 小山 長規君    理事 佐久間 徹君 理事 松尾トシ子君       大上  司君    川野 芳滿君       島村 一郎君    清水 逸平君       高間 松吉君    苫米地英俊君       三宅 則義君    宮幡  靖君       宮原幸三郎君    深澤 義守君       中野 四郎君  出席政府委員         大蔵政務次官  西村 直己君         大蔵事務官         (日本専売公社         監理官)    久米 武文君         大蔵事務官         (理財局長)  石田  正君         大蔵事務官         (銀行局長)  河野 通一君  委員外出席者         議     員 世耕 弘一君         議     員 井上 知治君         議     員 森山 欽司君         大蔵事務官         (理財局管理課         長)      横山 正臣君         参  考  人 青木  斌君         参  考  人 濱野金次郎君         專  門  員 椎木 文也君         專  門  員 黒田 久太君     ――――――――――――― 六月十六日  たばこ専売法の一部を改正する法律案井上知  治君外百二十八名提出衆法第七〇号) 同月十四日  政府資金統一運用に関する請願中垣國男君  紹介)(第三六七二号)  同(島田末信紹介)(第三六七三号)  同外六件(志田義信紹介)(第三七〇四号)  同外三十二件(尾崎末吉紹介)(第三七〇五  号)  同(柳原三郎紹介)(第三七二六号)  同外一件(早稻田柳右エ門紹介)(第三七五  四号)  同(山口好一紹介)(第三七七五号)  在外資産補償に関する請願大石ヨシエ君紹  介)(第三六九七号)  人形等に対する物品税免税点引上げに関する  請願島村一郎紹介)(第三七六三号)  公衆浴場業所得税減免に関する請願武藤運  十郎紹介)(第三七六四号)  未復員者給与法適用範囲拡大に関する請願(  宮幡靖紹介)(第三七六九号) の審査を本委員会に付託された。 同日  政府資金統一運用に関する陳情書外一件  (第二  三八二号)  同(第二三  八三号)  同  (第二三八四号)  同  (第二三八五号)  同(第三二  八六号)  同(第二  三八七号)  同(  第二三八八号)  同外一件  (第二三八九号)  同外一件  (第二三九〇号)  同(第二三  九一号)  同(第二三九  二号)  同(第二三九三  号)  同(第二三  九四号)  同(第二  三九五号)  同(第二三  九六号)  同(第二三  九七号)  同(第二三  九八号)  同  (第二三九九号)  同外三件  (第二四〇〇号)  同外一件  (第二四〇一号)  同外一件  (第二四〇二号)  同外一件  (第二四〇三号)  富士山本宮浅間神社奧宮境内地帰属に関する陳  情書(第二四〇  四号)  中小企業経営合理化ため国有財産特別措置  法の運用に関する陳情書  (第二四一七号) を本委員会に送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した事件  接收貴金属等数量等報告に関する法律案(  内閣提出第二三一号)  連合国財産返還等に関する政令等の一部を改  正する法律案内閣提出第二四七号)  たばこ專売法の一部を改正する法律案井上知  治君外百二十入省提出衆法第七〇号)     ―――――――――――――
  2. 佐藤重遠

    佐藤委員長 これより会議を開きます。  まず、去る十一日本委員会に付託されました連合国財産返還等に関する政令等の一部を改正する法律案議題として、政府当局より提案趣旨説明を聽取いたします。西村大蔵政務次官
  3. 西村直己

    西村(直)政府委員 ただいま議題となりました連合国財産返還等に関する政令等の一部を改正する法律案提案理由説明申し上げます。政府は、さき連合国財産返還等に関する政令連合国財産補償法等を制定いたしまして、サンフランシスコで署名されました平和条約第十五條(a)項に規定する連合国財産返還または補償に関する義務を履行することとしたのでありますが、このたび締結されましたインドとの間の平和条約五條規定によりますと、サンフランシスコ条約の第十五條(a)項と同様、日本政府は、インドまたはインド人が有していた財産で、開戰時から終戰時までの間に本邦内にあつたものを返還すること、及びこのような財産開戰時本邦内にあつたものが返還されず、または戰争の結果損害が生じている場合には、連合国財産補償法規定されているの件と同一條件で、補償を行うこととなつているのであります。このインドとの平和条約規定に対応いたしまして、在日インド財産返還または補償を行い得るようにするために、さき法律としての効力を有するものとなりました連合国財産返還等に関する政令、及び連合国財産である株式の回復に関する政令、並びに連合国財産補償法規定に必要なる改正をすることとしたのが、提案趣旨であります。その内容は、わが国平和条約に基いて財産返還または補償義務を負う国として、サンフランシスコにおいて署名された日本国との平和条約第二十五條規定する連合国のほか、今回のインド、及び今後サンフランシスコ条約第二十六條の規定に基きまして同様の条約を締結することのある相手国を、必要に応じ政令で定めてこれに加えることができるようにいたしますとともに、財産返還または補償請求期限など、これに関する若干の規定を整備したことであります。以上申し上げましたように、この法律案は、今回のインドとの平和条約締結に伴い、わが国条約上の義務を履行するために必要なものでございます。何とぞこの趣旨をおくみとりの上すみやかに御賛成あらんことをお願いする次第であります。
  4. 佐藤重遠

    佐藤委員長 本案に対する質疑は次回に譲ることといたします。     —————————————
  5. 佐藤重遠

    佐藤委員長 次に接收貴金属等数量等報告に関する法律案議題といたします。本案に関しましては、中野委員の要求により参考人出席を求めておりまするので、これより参考人の方々から参考意見を聴取いたしたいと存じますが、参考人の諸君には本案に関し忌憚のない御意見の御開陳をお願いいたします。まず参考人に対する質疑の通告がありまするので、これを許します。中野四郎君。
  6. 中野四郎

    中野(四)委員 ただいま議題となりました接收貴金属等数量等報告に関する法律案に関しまして、私は去る五月二十八日の本委員会におきまして政府委員質問をいたしましたが、その結果によりますると、大体三点に要約することができるのであります。すなわち第一点は、この法律案を通しても、具体的に返還をする方法はまだ確立していないということです。「返還その他」という言葉の中のこの返還ということが、まだ政府において確立をしていない。第二点は、この報告書とつた結果を見て、あらため法律を定めて、これをいかなる方法返還するか、あるいはどういう価格返還をするかということをきめるという点です。それからさらに重要なことは、第三点は、先日石田政府委員説明によりますれば、日銀倉庫にありまするところの接收解除なつた金、銀、白金ダイヤモンド等は、隠退蔵物資等として摘発を受けたものとは違つておる。すなわち当時連合軍の権限ある軍属あるいは軍人が、貴金属等を占有しておる者からこれを管理に移したものであつて、この品物隠退蔵物資等品物と違うということを証言されておるのでありまするが、これが根本的に食い違つておる点であります。後ほどいずれ委員会において政府当局質問をして行くつもりでありまするが、率直な例をあげてみても、現在私が得ておりますこの資料によれば、金百二トン七百七十六キロ、合金二十六トン四百三キロ、銀が二千三百六十五トン九百四十キロ、白金一トン三キロ、ダイヤモンド十六万一千カラットとなつておりまするが、このうちの銀の数量であります。金あるいは、ダイヤモンドというものは、今後の調査にまたなければなりませんけれども、これは戰時中は統制物資として、また戰後においても重要統制物資として、大蔵省政令に基いてそれぞれ強制買上げをされたものであります。しかしながら銀というものは戰争中においても統制のなかつたものでありまして、これが強制買上げは隣組を通じてあつたかは知りませんけれども、法律上の罰則はなかつたのであります。しかも今日日銀地下室にありまする銀の大半というてもよいものは、当時の隠退蔵物資摘発あるいに不当財産委員会等の活動によつて摘発されたるところの銀を、相当多量に含んでおるということを、まず大蔵省は認識しなければならぬのであります。その例は後ほど参考人証言によつて明らかになると存じますが、私個人が率直に申し上げるなれば、昭和二十二年の九月に板橋の銀線摘発いたしましたが、その数量は約三十一トン余と言われておるのであります。これは当時朝霞の騎兵連隊に持ち込まれ、さらに大阪の造兵廠によつてこれがすつかりインゴツトとされ、大阪造幣廠より日銀地下室に收容されておるという確固たる証拠があるのであります。さらにいろいろな件についてもこの点は十二分に調査をしなければならぬ。すなわち、接收貴金属等数量等報告に関する法律案というものをばきめるにあたりましては、どうしても私らは参考人を求め、もつと深く掘り下げて調査をする必要があるのであります。そもそも日銀地下室にあります金、銀、白金ダイヤモンドにつきましては、最初から何か暗い影を持つてつたのです。いやな因縁がまつわりついておるというような感じが深いのであります。当時政府手持ち、あるいは鉱山等手持ちは別といたしましても、愛国的処置によりまして一般国民の中から戰争遂行、必勝のためにというて供出、提供されましたダイヤモンドや、あるいは金、銀というような財宝は、買上げの当時から不正があるといううわさが出ておつたのであります。すなわちどれだけ買い上げたのか、どういう処置をしたのかということが明確になつていないのであります。接收後におきましても司令部では戦争中日本政府が買い上げた量より、いくら調査しでも現在残つておる数が少いというので、今日来ていただきました参考人は、十数回にわたつて司令部取調べを受けておるのであります。しかもその間には警視庁等の忌まわしい取調べ、あるいは弾圧、脅迫等がとりまざつてつてなかなか容易ならぬ問題であります。現に私は大蔵省に向つて、先日日銀地下室にある金、銀、白金あるいはダイヤモンドに対する資料を要求いたしました。幸いに理財局長の案内によつて日銀地下室大蔵委員全員が参りまして実物を拝見いたしましたが、残念ながら日銀地下室ダイヤモンドは、その品位種類を明確にすることができなかつたのであります。そこで私の方から、さらに大蔵省に命じて資料を要求したのであります。ところが先日来、この資料を提供するにあたつては相当な日にちがかかる、こういう答弁でありましたが、幸いに了とされて、本日ただいまこの委員会に配られた資料を拝見いたしますと、これは私らの要求した資料とはまつたく趣をかえておるものであります。すなわち私の要求したものは、現在日銀地下室倉庫に保管してあるダイヤモンドの品質と種類であります。そして時価はどのくらいに相当するものだということを、明確にする必要があるのであります。われわれしろうとがそのダイヤモンドを一見いたしましたところが、これが工業用ダイヤモンドであるのやら装飾用ダイヤモンドであるのやら、どれだけの価格がするものかまつたくわからぬのであります。特にわれわれが関心を持たなければならぬことは、当時地下室に立ち会つていました專門家と聞く久米という方は、このダイヤモンドの中には工業用ダイヤが入つておるということを言われたのであります。われわれは寡聞にして大蔵省説明の中に進駐軍接收された品物に、工業用ダイヤモンドをまぜておるということを承知していないのであります。当時買い上げた経緯連合軍接收した経緯を明確にしなければならぬのであります。そうして当時愛国的な気持で供出した国民に対してこれを返す——今度の法律案を見ますと返すのか返さぬのかがはつきりしない。なるほど金というものは、今日日本国家にとつて重要な役割を演ずるものであつて個人に返したくないという気持はわかります。しかしながら、法律を制定するにあたつては、曖昧模糊であつてはならない。どういう人には返還をする——返還をする事後の施行令はあとでよろしゆうございますが、返還をするかしないかということをはつきりしないで、返還等に資するためにこの報告を求めるのだ。しかもこの報告に誤りがあれば、懲役あるいは罰金という重い罰則が科せられているのであります。またこういう政府の一方的な便宜に供するためにのみこういう報告を求めて、その責任国民に課するというようなことは、今日の民主主義国家のあり方として私は疑わざるを得ないのであります。言いかえれば、主権いずこにありやと思うのであります。政府戦争中と同じような考え方で、ただ責任国民にとつて、自分らの責任を明確にしないという点が私には感ぜられるのであります。従つて私は今日この入手径路と、それからダイヤモンドにありましては品位種類、金銀にありましてはそれぞれの度合いというものがありましようから、こういうものを明らかにして、この法律を制定する目的を明らかにしたいと思うのであります。こういう見地から参考人の御出席を得たのでありますが、第一番に、青木参考人にいささかお尋ねいたしたいと思いますから、これに対して委員長の御許可を願います。
  7. 佐藤重遠

    佐藤委員長 それでは順次参考人に御発言を願いますが、最初青木参考人
  8. 中野四郎

    中野(四)委員 青木さんに参考人としておいで願つてたいへん恐縮に存じますが、今この調査にあたつて重要な関係ありと認めておいで願つたのでありますから、どうか私のお伺いする点について簡単に、しかも明瞭にお答えを願いたいと思うのであります。御承知のように今度国会に、今まで連合軍接收されておりました貴金属等数量を、報告しなければいけないという法律案が出たわけであります。特にその接收解除を受けました。ダイヤモンドが、日本銀行地下室には相当多量に置かれておるのであります。このダイヤモンドはかなり長い間、終戦直後から問題になつダイヤモンドであろうと私は思うのであります。本国青木さんにおいでを願いましたのは、たしか昭和二十三年、終戦直後だと思いますが、この日本銀行ダイヤモンドの点について、地下室相当多量ダイヤが隠匿されておる。すなわちそれは交易公団のものであるからこれを摘発したいということを、たしか当時の隠匿退蔵物資委員会に要請をされた方だと私は信じでおります。そこで当時の状況について少し伺いたいのでありまするが、あなたはそのダイヤモンド日本銀行地下室にあつたということを、どうして御存じなつたか。まずこれを一点伺いたいと思うのであります。
  9. 青木斌

    青木参考人 それは今日やはりここに出て来ております濱野という人のせがれが私のところに来まして、日本銀行地下交易営団ダイヤモンドが多量に隠されてある。どうかこれをひとつ摘発する手続世耕さんにお願いしてもらえないかしら、こういうことであつたものですから、それがほんとうだらそれはいいけれども、うそだつたら非常に困るが、君はどこからそれを聞いたんだと言つたところが、それは池山という当時交易営団嘱託をして、その保管の係をしている人から聞いたという。それは間違いがない。しかしそれは君だけの話ではどうも何だから、一度その人に会つて、そうして話を聞いて、間違いがなかつたならば、世耕さんにお話をしよう。そういうことで五、六人で行つてその話を聞きましたところ、やはり約五升くらいの国民が誠意をもつて供出したダイヤを預かつている。これを日本銀行金庫の中へ交易営団池山という名義のもとに入れてある、間違いがないということを言いました。それで私はすぐ池山にはないしよで、大串の希望に上つて世耕さんに、これはぜひひとつ摘発手続をとつていただきたいと言つて、お願いに上つたのであります。そういう順序で交易営団ダイヤモンドが、日本銀行に約五升ぐらいのものがあるということを聞いて、世耕さんに報告したのであります。
  10. 中野四郎

    中野(四)委員 青木さんに伺いたい焦点は、このダイヤモンド戰時物資活用協会、あるいは後に交易営団渡つて日本銀行地下室に入つてつたというのですが、量がはなはだしく減つておるというのです。その証拠には、現にマレーという大佐が相当このダイヤモンドを持ち出して本国へ帰つた。それがために後日これが発覚して、本国で逮捕されて日本に送還をされ、重労働十箇年という懲役を受けておるという事実もあります。私はその量がはなはだしく減つた点が調べたいので、おいで願つたのですが、たとえばあなたが摘発を依頼されて、そうして当時日本銀行にあるものを封印してくれとか、あるいは立会わしてくれとかいうようなことを言われたことは当時の新聞で明らかであります。その後四月の初めだと思いましたが、ハリク・タンセイ代将が、米国軍の立会いで日本銀行金庫を開いてみたところが、全然そのダイヤモンドがなかつた。ここで愕然として大きな問題が出て来たわけであります。私は必ずしも新聞、雑誌を信じて言うのじやないのですが、旬刊読売の六月二十一日号の冊ページかを見ますと、この中にはちようどこの字句と符合するような、しかも日本銀行地下室からどこかに持ち出されたような形跡があるのであります。それがため米軍発表なつたものであろうと思うのでありまするか、この間について何か見聞したことかあつたなれば、一応御説明願いたいと思います。
  11. 青木斌

    青木参考人 それはその後、ダイヤモンドのないということを——封印をしてくれと言つて頼んで摘発を申し出た日から、ないという発表までに十七、八日の日数を経過しております。どうも私らにはおかしなこととは思つておりました。そうして四月に入りましてから、非常に圧迫がひどくなつた。警視庁だとか、あるいは連合軍の方から絶対にあのダイヤを追究しちやいかぬ、こういう話がありました。そうして片一方また司令部CPCあたりから、後になりまして、どうもダイヤがどこかにあるはずだ、ぜひ骨折つて情報を入れてくれ、どこか話を聞かないかと何回となく呼び出されては聞かれる。一方的に聞かれて、向うはどれだけ調べたのだか私らには言いませんが、とにかく数量が非常に減つていたと思われるように、司令部では一面とつてつたように思います。私らはただ数量が減つているのだろうということを感ずるのですけれども、司令部の万ではただ一方的に数量が減つているから、どこかにまだあるはずだが、君らは知らぬか——どれだけ減つたのか、どれだけどうなつたんだか、それは向うから私らには言いませんでした。それが何十回となく呼び出されたのです。約三月くらいかかりました。私らからはどこにあるということは言いませんでしたが、その間どうもあのダイヤは分散されて、どこか埼玉の方へ持つて行つたとか、いろいろな風説を聞きました。これは事実二、三の人から分散されて持つて行つたというようなことが、今だれから聞いたのか調べておりますが、二、三人からは確かに聞いた覚えがあります。
  12. 中野四郎

    中野(四)委員 それからもう一つ伺うのですが、あなたはCPCでやはり相当調べられたことがありますか。あるとすれば、その内容はどういう点でありましたか。
  13. 青木斌

    青木参考人 私はただいまお話ししたように、どこかにまだ行つたいるわけだろう、どこか行つているところを知らないか、またあるいは情報が入らないか、それをCPCで三月間くらい調べられました。始終出頭を命じては呼び出しが来て……。
  14. 中野四郎

    中野(四)委員 そのCPCで調べられた人は現在日本におりますか。そうして何という人でしたか。ちよつとこれを聞いておきたいと思うのであります。
  15. 青木斌

    青木参考人 それは今はきつといないのじやないかと思うのでございますか、ヂユークという金属課長次席か何かのようでしたが、名刺がまだうちにはきつと探せばあると思います。調査官がその下に二、三人おりまして、よく記憶に残つていませんが、二人ばかり調査官の人が担任でかかつておりました。名前濱野さんも呼ばれたのだから、濱野さんも覚えているかもわかりません。
  16. 中野四郎

    中野(四)委員 これは後ほど池山さん、濱野さん等の証言の中にも、相当青木さんの重要な問題を含んでおるのでありますから、この際ひとつ参考人濱野さんにお尋ねして、後ほどまた青木さんに一、二点伺いたいと思いますが、便宜上濱野さんをひとつ……。
  17. 佐藤重遠

    佐藤委員長 了承いたしました。それでは浜野さん御登壇願います。
  18. 中野四郎

    中野(四)委員 濱野さんにはなはだ愚にもつかぬことを伺うかもしれませんが、参考に伺つておきます。やはりこの読売新聞の何か旬刊読売に、銀座の濱野金属店という名前が出ておりまするが、あなたは同一の方ですか。全然違うのですか。
  19. 濱野金次郎

    濱野参考人 全然関係がありません。
  20. 中野四郎

    中野(四)委員 濱野さんは現在何をしておられて、前は何をしておられたか、御職業を伺いたいと思います。
  21. 濱野金次郎

    濱野参考人 ただいまクリーニング業をやつております。以前は天賞堂日本橋支店長をやつておりました。
  22. 中野四郎

    中野(四)委員 今お聞き及びの通り、青木証人から聞きますると、ダイヤの所在はあなたが青木証人に話したということになつておるのですが、どういう経路で、日本銀行地下室にそれほど多数のダイヤモンドがあつたということを御存じなんですか、御証言を願いたい。
  23. 濱野金次郎

    濱野参考人 それは私が大賞堂支店を閉鎖するにあたりまして、現在のところへ行きまして、クリーニング業を営んでおりました。その時お客であつた池山さんガ霞町一番地におられたために、二十一年の十二月と思つておりますが、その時分から池山さんの二階の一室を借りておりました。ところか池山さんは非常に将棋が好きなんです。しよつちゆう私とまあいい相手で、相手をしておりました。たまたまそれは二十一年の九月ごろと思つております。ダイヤモンドもあまりたくさんだと実に見事なものであるということが、池山さんの口から将棋をさしている最中に話が出たのです。私も以前貴金属に関係して飾りましたものですから、ちよつと奇異な感じがしましたので、それは一体何ですかと聞きましたところが、いや実は私は交易営団嘱託でもつて買い上げたものを、私が扱つて日本銀行地下室へしまつてある、こういうようなことを聞かされたのであります。どうもあまりにも私もたくさんあると聞きましたものですから、一体どれくらいの量があるのですかと聞きましたところが、両手を広げましてこれくらいというように手を広げて示されたものですから、それは一体四、五升ですかと聞きましたところが、確かに四、五升はある。それで大体どれくらい買い上げたものですかと聞きましたところが、十二、三億と記憶しておるということを言われたのであります。
  24. 中野四郎

    中野(四)委員 ちよつとこの際大蔵省管理課長に伺いますが、この資料の中には、無色のものとかわずかに薄色のものとかいうような抽象的な文句だけですが、工業用ダイヤが入つておるか入つていないか。先日日銀久米という方はあると言いましたが、この点いかがですか。資料の中には出ておりませんが……。
  25. 横山正臣

    横山説明員 この中に工業用ダイヤモンドが入つておるかどうかということは、当方といたしましてはわかりません。私といたしましては、進駐軍からいただいたリストの種別だけを知つておるだけであります。工業用であるか装飾用であるかということは、今後鑑定人の鑑定に待つ必要があると思います。
  26. 中野四郎

    中野(四)委員 まことに重大な発言です。国民財産を預かる大蔵省が、体中にガラスが入つて曲るのか、工業用ダイヤなのか、しかも高価なものなのかも全然わからずに、連合軍から接收解除されてあるというだけの報告をするに至つては、怠慢といわざるを得ないのですが、それは後日の問題といたしまして、さらに続いて濱野さんに伺います。その池山さんの言うたダイヤ種類というのは工業用ですか、あるいは装飾用であるのか、あるいは一体どこで買い上げたものか、どういう性質のものであるかということをこの際伺いたい。
  27. 濱野金次郎

    濱野参考人 これは工業用は入つておるようなことは聞いておりません。非常にきれいなものである。各デパートでいわゆる装飾品を買い上げたものであるというようなことを聞かされたのです。
  28. 中野四郎

    中野(四)委員 きようは池山参考人が何かの御都合で見えませんが、さらに濱野さんに伺います。池山さんという人は、一体戦争当時何をしておつた人か。何がゆえにこのようにダイヤモンド相当多量に、日本銀行地下室にあるということを知つておるのか。この点について伺いたい。
  29. 濱野金次郎

    濱野参考人 池山さんは明照教の教頭でありますか、やつていられる方で、その当時交易営団嘱託としてその事務にあずかつていた方であります。
  30. 中野四郎

    中野(四)委員 それでこういう話は一体あなた一人で聞いたのか、あるいは大勢の間で聞いたのか。これは池山さんが来ればはつきりしますけれども、これは後日重要な点になりますので、この点を一点伺いたいと思うのです。あなた一人で聞いたのか、あるいは大勢で聞いたのかということを伺つておきたいのです。
  31. 濱野金次郎

    濱野参考人 それはもう私一人で何回も伺いました。しかしこれはあとでもつてまたむずかしいことになるといかぬと思いまして、青木さんに実はほかに二、三人一緒にいていただいて念を押して伺つているわけなんです。
  32. 中野四郎

    中野(四)委員 さらに伺いたいのですが、あなたと元一緒に天賞堂で働いておられて、現在銀座で相当貴金属商として成功しておられる金山という人があるわけなんですが、この人は当時買上げのときには相当活躍して、その後非常に終戦直後急に財をなしたということを、かねてより聞かされておるのであります。ただ真偽のほどはわかりませんけれども、ここに名前が出て来てはなはだ恐縮なんですが、同じ国会へ籍を置く埼玉県選出の青木正という名前の代議士が出ております。金山さんは当時青木さんとどういう関係におられたか。それから続いて伺つておきたいのですが、この青木さんがダイヤモンドをば相当多量に埼玉県へ持つて行つたというようなことが、文書にも現われ、当時うわさもあつたのでありますが、この点について濱野さんは何かお聞き及びになつたことがありますか、あるいは御承知の点があるか、伺いたいのであります。
  33. 濱野金次郎

    濱野参考人 金山という方は、私が大賞堂におります時分に、やはり一緒におりました方でありまして、今度ダイヤモンド日本銀行の方へ返還をされたという新聞を見てから、何か得るところがあるかと思つて、実は金山さんをおたずねしたのであります。そうしましたところが、実はあの当時に生活物資活用協会の嘱託ですか何ですか、看板が出ておりましたのですけれども、それをやつておりまして、その当時自分の上役の方に青木さんという方がいたという話を金山さんから伺いました。
  34. 中野四郎

    中野(四)委員 そうすると当時池山さんが話しておつたダイヤモンドは、現在接收解除なつ日銀地下室にあるダイヤモンドと同じものだとあなたは思われますか。想像でけつこうです。これは明日池山さんに聞くため参考に伺つておきたいのですが……。
  35. 濱野金次郎

    濱野参考人 池山さんから聞いたのは、装飾品と聞いておりますから、工業用はまじつておらぬように思います。それから量は四、五升でもつて、その当時買い上げたものは十一、三億と聞いております。ちよつと量が違うような気がいたします。
  36. 中野四郎

    中野(四)委員 この問題はやはり関連した重大な問題ですが、あなたが、日銀地下室にあるダイヤモンドの問題でいろいろ論議された当時、警視庁から大分いろいろな圧迫受けたように聞いておるのですが、その圧迫の事実、内容、どういうわけでその圧迫を受けたかという点を伺つておきたいと思います。
  37. 濱野金次郎

    濱野参考人 ちようど警視庁の捜査第三課の藤井という刑事が私のところへ見えまして、お前は洗濯屋という商売があるにもかかわらず、なぜこういうものに関係するか、以後絶対に関係しちやいかぬ、またどこか遠くへ行く場合には届けなくちやいかぬ、というようなことを言われました。その後、あれは五月十五日に、警視庁へ私と大串広次——これは私の子供でございますが、二人呼び出されまして、アメちやんが非常に怒つているぞ、まことにふてえやろうだ、うちは燒き払つて、貴様は沖繩へ送るぞ、と言つて私は脅迫されました。しかし私は一面、アメリカの方のネヴイルという方でしたが、この方に、とにかくダイヤモンドのことについて非常に数字も違つているから、どこまでも協力してくれということを言われまして、何度かネヴイルさんとあちこちを歩いたこともありました。しかし最後の何はとうとう突きとめることはできませんでした。あれは何回ですか、ちよつと記憶がありませんけれども、ネヴイルさんの車でもつて、ずいぶんあつちこつちを探して歩いたこともありました。
  38. 中野四郎

    中野(四)委員 日本銀行地下室にあるダイヤモンのいろいろな問題については、相当当時司令部と第八軍との関係で、大分ひどい軋轢があつて、その結果が大きく働いておると私らは想像しておるのです。当時警視庁にもそういう手がまわつたことは、われわれも承知しておつたのだが、あなたを調べた刑事というのは、現在も警視庁に奉職しておりますか。しかもどの職におりますか。
  39. 濱野金次郎

    濱野参考人 ほかの課にまわつているかもしれませんが、まだいるように聞いております。
  40. 中野四郎

    中野(四)委員 これ以上のことは行政監察委員会でなすべきであつて、大蔵委員会で伺うべき性質のことではないから、私はお尋ねいたしません。さらに伺いたいのは、青木参考人と同じように、あなたもこのOPCのW・デユークという男に呼び出されて、日本銀行地下室にあるダイヤの件で聞かれたことがあるのかどうか。あるなれば、どういうふうなことを聞かれたのか、伺いたい。
  41. 濱野金次郎

    濱野参考人 そのことについて、私はネヴイルという方に呼ばれました。とにかく日本銀行地下室にあつたダイヤについてはどこまでも追究しなくちやならぬというようなことを聞かされて、とにかく協力しろということで、ネヴイルさんと実は各方面に向つて捜査したことはありました。
  42. 中野四郎

    中野(四)委員 もう一点伺つておきたいのですが、当時日銀地下室にあつたといわれる、ダイヤモンド品位、あるいは種類、量というようなものをば、池山秀という方は詳しく知つておると思いますか。また思うならば、どういう根拠をもつてつておると思うのか、その点を伺いたい。
  43. 濱野金次郎

    濱野参考人 その数量と品質や何かは、みんな池山さんから聞いたことでありまして、よく知つておることと思います。
  44. 中野四郎

    中野(四)委員 濱野参考人にはその程度で私はけつこうですが、続いて世耕参考人に少し伺いたいと思うのであります。世耕君とはまつたく久しぶりで相対するわけなんで、世耕事件以来で、はなはだ奇異な感じがいたしますが、数日前の毎日新聞紙を見ますと、今回国会に提案されておりますところの接收貴金属等数量等報告に関する法律案に関して、世耕弘一代議士談としての意見が載つておりました。これを要約いたしますと、解除の数量接收されたものよりははるかに少い、一体この食い違いはどういうわけか、金塊とかダイヤがいつの間にか消え失せてしまつたというような見出しで、非常に国民の間に大きなセンセーシヨンを巻き起しておるのであります。これについては本委員会におきましても、かねてこの法律案の目的とするところの返還その他の処置をするという点について、重大な関心を払つておるのでありますが、従来日本銀行地下室にあると称されておりますところの金、銀、白金、あるいはダイヤモンドというようなものについて、いかなる根拠に基いて、これが買い上げられた当時よりも非常に減つておるということを、公の機関である新聞発表されましたか。この点をまず第一に伺いたいと思うのであります。
  45. 世耕弘一

    世耕弘一君 中野委員からお尋ねでありますが、毎日新聞に私が一部意見を申し上げましたのは、過般来議会において政府側において発表したと称するダイヤモンド並びに金塊等の数量が、私の摘発当時の調査資料に基いて申し上げますと非常な食い違いが発見されたのであります。それで食い違いがあるということを、この際その数量の厳格な御調査を願うことが、国家国民ために必要であると私はかように考えまして、行政監察委員会に文書で要求したようなわけであります。その一部が新聞に載つた、かように考えるのであります。こまかい数字は抜きといたしまして、ダイヤモンドは今日本銀行にあると発表された数量を、かりに装飾用ダイヤモンドと仮定いたしますと、今装飾用の、ダイヤモンドはカラット四十万円以上いたしております。かりに四十万円を標準として考えてみますと、十六万一千カラットというのは、太体六百五、六十億円のものになると思うのであります。ところが私は、戦争当時政府が計上いたしました予算を標準に考えてみますると、最初政府ダイヤモンド買上げの費用は十五億円の予算を計上したのであります。その後意外に国民の愛国心が高まつて、十五億円で足らなくて、また三億円ふやして、十八億円でダイヤモンドを買い上げたという記録が出て来るのであります。そうしますると、そのダイヤモンドを当時買い上げた予算を現在二百倍と見積りましても、そのまま日銀に保管されておつたとするならば、三千六百億円のダイヤ日銀倉庫になくてはならぬという結論が出て来るのである。ところがただいまの話を伺つてみましても、十六万一千カラットしかない。しかもそれがずいぶん妙な形のものまでも人つておるということになりますると、いよいよもつて私の予想をはなはだしく裏切るという結果になると、申し上げることができるのであります。なおまた金塊の問題も、東京湾から引揚げた白金、金塊等を、かりに金といたしまして計算いたしましても五十六トン、その他で出したのが、かれこれ四十トン、百トンばかりの金塊の行方がまだ発表になつておりません。これは確実な証拠のもとに、実はこの数字が出て来るのであります。この点今度大蔵委員会においてこの金、ダイヤモンドその他のものが処理される法律案が出たというやさきでありますから、できればこの機会にそういう方面も御精査が願いたい、私はかように考えておる次第であります。一応この程度で質問にお答えいたしておきます。
  46. 中野四郎

    中野(四)委員 世耕参考人は、この品物をば当時戦争中買い上げたもの、あるいは連合軍が無償で接收したものと書いてありますが、そういうような品物同一のものであるとお考えであるかどうか。お考えになるとすれば、その根拠を伺いたいと思う。
  47. 世耕弘一

    世耕弘一君 これは摘発当時の詳しい事情を申し上げなければ、御了解いただけないと思いますが、そういう点を省略いたしまして、結論だけを申し上げますと、先ほど来の政府並びに中野委員のお話を伺つておりますると、われわれが摘発して司令部に預けた金塊、白金並びにダイヤモンド等は、今日の大蔵委員会の話題に上つてないと旧いうふうに察せられるのであります。
  48. 中野四郎

    中野(四)委員 この際ちよつと大蔵省管理課長に伺いたいのですが、現在接收解除なつた金、銀、白金ダイヤモンドは、どういう径路から接收されておつたものかということを伺いたい。
  49. 横山正臣

    横山説明員 今回解除になりました貴金属などが、どういう径路で接收されたかということにつきましては、たびたび本委員会で大臣なり局長がお話くださつたものと思いますが、政府としては一切わからないために、この法律案を出して、だれから幾ら接收したかということを、資料を集めるわけであります。
  50. 中野四郎

    中野(四)委員 そうすると、先日石田政府委員言つたこれは隠退蔵物資品物でないということは言明できないわけですか。間違いであるのですか。
  51. 横山正臣

    横山説明員 この前に石田局長から申しましたのは、いわゆる隠退蔵物資——ちよつと今資料がどこへ行つたか党えておりませんが、たしかその関係の特別会計並びに規則は二十三年に出たかと思います。その隠退蔵物資におきましては、摘発されたものは、それぞれ担当の特別会計で買うということになつている。この関係におきまして、貴金属特別会計に摘発されて買上げ請求のあつたものは、ただいままでに二件しかない。従つてそれは当然特別会計が買うという措置をとるべきでありまして、接收されたものの中にはそれが入つてないという見地から、いわゆる隠退蔵物資のものは入つていない、こういうふうに申したわけであります。
  52. 中野四郎

    中野(四)委員 ここに重大な食い違いがあるのです。政府側の意見では、無償接收という点をどういうふうに考えられておるか。法律案の中には無償で接收と書いてありますが、どういう場合無償で接收したのですか。
  53. 横山正臣

    横山説明員 現在貴金属進駐軍接收する際に、有償でなしたということを聞いておりませんので、無償ということになつております。
  54. 中野四郎

    中野(四)委員 そうするとこの提案理由の中には、何分にも接收に関しましては政府はまつたく関与いたしておらなかつた言つておりますが、実際上も関与しておりませんか。
  55. 横山正臣

    横山説明員 関与しておりません
  56. 中野四郎

    中野(四)委員 世耕参考人に伺いたいのは、ここなんですが、たしか政府はこの接收に対して関与しておつたはずであります。当時内務省の政務次官であり、隠退蔵物資摘発委員会の副委員長でありました世耕君は、当然それに関与され、また承知をしておられたはずだと思いますが、これについての知つておられる限りを伺いたいと思います。
  57. 世耕弘一

    世耕弘一君 大蔵省という名前をもつて関与したかどうかということは、あるいは話が違うかもわかりませんが、大体において大蔵省が関係したということは、申し上げることができるのです。それはなせかというと、金の摘発なんかするときは、必ず司令部から大蔵省を通じてそれぞれの話が出ておるのです。私が静岡縣へ摘発をかけたときも、司令部から話のないうちに、当時の大蔵次官だと思いましたが、あの金塊はどういうふうに処理になつたかということを、私の方に聞き合せて来るだけの熱心さがあつたのだから、知らなかつたということは言えないのじやないか。むしろ忘れたんだ、忘れたという方が適当じやないか、こう私は思います。それはなぜそういうことを言うかと申しますと、東京湾で引揚げた白金並びに金塊が、約二貫目の白金が約二百本、それから十貫に相当する金塊が千二百本、合計一万四千九百貫というのを東京湾から引揚げたのであります。大蔵大臣に私は予算委員会昭和二十五年にお尋ねしたのだが、そんなのは知らぬとこう言う。知らぬで済むまい。いくら大ざつぱに物を片づけるというても、これだけの金高のものをば大蔵省は知らぬでは済まぬ。うわさぐらいは聞いただろうというと、知らぬという。大蔵大臣が知らなけれで理財局長は知つていなければならぬから、理財局長出てくれといつて理財局長に出て説明してもらつたところ、理財局長は実は東京湾から引揚げたのは銀で二億円ほどありました。こういう話でありました。そこで私は私の方の調査報告並びに当時監督して引揚げた隊の報告書によりますると、金、白金ということが出ておる。非常な食い違いがある。あなたは銀だと言うが、銀という証拠をどうしてあなたは突きとめることができたかと聞いたところ、向うからの報告だけでございます、とこういう話です。そこで私は意地悪く、もし向うが金と銀だ、あるいは白金を銀だと報告したら、あなたはどういうふうにして自分の職責を全うし得るかと、実はつつ込んだようなわけであります。報告がずさんだ、信用できぬから、さらに精査をしろということを要求して翌日に至つたのだが、翌日今度は大蔵大臣がこの席上に出て来て、実は東京湾から引揚げたのは金塊が五億円、銀が二十億円ありました。しかしそれはオランダから略奪して来たものだというので、オランダに返しました。こういうことの報告であつた。そこで一応大蔵大臣の説明を了といたしまして、略奪物資として返還したのであれば、それは賠償庁に記録がなければならぬと思つて、賠償庁の記録をすぐとつて調べてみましたところ、大蔵大臣の言うことはでたらめだということに結論はなつた。それ以来そのままになつて今日に至つたのであります。世間では実はあまり金高が大きいから、みな夢物語りぐらいに考えている。実はそういうふうな空漠なものではありません。私は貧乏なこの日本にせめて金の百トンでも出て来れば、どのくらい経済界の潤いになるのではないか。私が今ここに所持している時計のごときも、これみな当時政府に献納した形見であります。これは私ばかりでない。数百万の人間が祖国を守るために、勝ち抜くために、みな涙を振つて家宝の中から出したのである。余談ではありますが、最近私のところへ老婦人がたずねて参りました。相当な生活をされた五十がらみの婦人でありますが、実はダイヤモンドを私は二カラット所持しておりました。それがどういうふうにして国家ためにお役に立つたか、今なおそれがわからず、実はそれを知りたい。もしその二カラツトのダイヤモンドを返していただくことができるとするならば、私のうらぶれたこの姿が、何かそこに生活のかてがつくと思う。こういうふうなことを言うて泣きついて来た者がございます。過般私は大阪に旅行いたしましたが、大阪のある会合でも、婦人の方がやはりダイヤを一つ持つてつた。実は結婚の記念のダイヤであり、命から二番目と自分は考えておつた。戰争が苛烈になつて来て空襲に追われなりがら、指にさしておるのも目立つから、腰にぶら下げて寝起きをしておつたのだが、一晩父に説得された。お前の夫は今場で戰戰つておるではないか。お前の弟は今飛行機に乘つておるじやないか。その戰場の新しい武器に飛行機の新しい部分品にお前のダイヤモンドの一角がもし使われたら、それでお前は満足すべきじやないか。毎晩、毎夜ラヂオで、供出しない者は非国民だと国賊呼ばわりされている。そのときにそういうものを持つておるべきではないということを、こんこんと説かれた。とうとう三晩考えた末、実は供出いたしました。こういうような懐旧談を私は聞かされて来たのであります。聞くところによると、ダイヤモンドを扱つた人は相当成金になつておるということを二、三私の耳に入れて、その現場を見るようにと忠告を与えられております。私は国家多難なときに、できたら、この国民の血と汗によつて供出されたものが、幾分でも国家のお役に立ち、国民の生活の一部にでもすることができたらと思いまして、これまでも努力を続けて参つておるのであります。ただこの機会にもう一言大事なことをつけ加えて、御質問にお答え申し上げたいことはマツカーサー元帥が進駐にあたつてこういうことを声明しております。軍の持つておる物資はみなあれは国民のものだ、国民の血と汗によつて得たその金によつてあがなつたものである。政府は一物一文といえども流用しては相ならぬ。すみやかにこれを国民の生活に振り向けろということを、私の承知しておる範囲におきまして二回命令が出ております。御研究くださればわかると思います。私はこういうような見地から、実は隠退蔵の摘発に協力し、またその遂行を果したいと思つて努力して来たのであります。
  58. 中野四郎

    中野(四)委員 この法律案提案いたしまする裏面には、私は悪く推察すると、これは今の世耕参考人の話が裏づつけるがごとく、一部の大金持に対しては非常に有利な法律になるかもしれません。しかしながら多数の民衆に対しては、非常に不利な結果になるおそれが多分にあるのであります。なぜかといえば、ただいま大蔵省の話を聞きますと、政府はまつたく関与しておらないというております。言いかえれば、全然今日は一応独立した日本でありますから、その責任連合軍に転嫁をして、政府はうそをついておるのではないか。すなわち接收当時に大蔵省が全然関係せぬということは私はうそだと思います。あなたは一管理課長責任として言われるのか、あるいは大蔵省の代表であるか、その点ははつきりしておらつぬが、あなたの責任または大蔵省責任でありましよう。なぜか、私がかように申しますのは、第一国会のとき、すなわち昭和二十二年十月九日の隠退物資等に関する特別委員会の席上において、国塩政府委員は、当時の安本の監査局長ですが、この金、銀、ダイヤモンド等は大蔵省の方へ正式に報告しなければならぬことに政令でなつておる。そうして大蔵省は正式に報告を受けたもの、あるいは自分の方で探知したもの、こういうものについてすべてこれを連合軍の方に報告する。安本の監査局長である国塩君は、明らかに大蔵省連合軍と緊密なる連絡の上に立つて接收しておることを明確に答弁しておるのであります。当時の速記録を見れば明らかであります。今管理課長は、政府は全然関与しないということを提案理由説明でしておりまするが、これでも関与していないことがさらに強調できるかどうか。管理課長に伺いたいと思います。
  59. 横山正臣

    横山説明員 政府が関与していないということについてはあるいは誤解があるかと思いますが、その接收の行為において全然関与をしていないということであります。その後貴金属のことにつきましては、窓口が大蔵省でありますので、CPCからいろいろ連絡がありました。そういつた程度の関与はしております。少くとも接收の当時において関与しているということはありません。ただ報告令の関係でありますが、報告令につきましては、政府はどういう目的でとるのかわかりませんが、私の聞いておるところでは、当時の担当官の話でありますが、司令部からその報告をとれ、こういう命令があつたからとつて出したにすぎない。その結果どうなつたかということについては、あるいはそれによつ接收されたのかわからないが、それと接收行為に直接関係づけるということは大蔵省としてはできない。こういうことを言つております。
  60. 中野四郎

    中野(四)委員 それがわからない。そうすると現在接收解除を受けた金、銀、合金、白金あるいはダイヤモンドの径路についてはあなたの方では全然知らぬ。それから接收については全然関与しなかつた。であるから連合軍のリストのまま、解除を受けたまま報告したのだ、こういうのですか。私は事実を示して、当時同じ政府の監査局長から、接收するにあたつては金、銀、ダイヤモンド、こういうものは大蔵省の方と正式に緊密なる連絡の上に立つてということをうたつておるのであります。二十二年度の委員会の速記録をあなたの方で全部調べればすぐわかる。にもかかわらず当時の安本の言つたことがうそで、あなたのおつしやることが正しいと、こういうのですか。
  61. 横山正臣

    横山説明員 二十二年の当時につきましては実はよくは存じておりませんが私が聞いておるのは先ほど申し上げたようなことでありまして、おそらくその当時、その報告をとるということについて、安本と大蔵省との連絡があつたことだと思います。ただその連絡があつたということ、それから報告とつたということ、それと実際の接收とに関係があるかどうか。そこの関係をつけるということにつきましては大蔵省としては自信もありませんし、何度も申し上げているように大蔵省の官吏は全然立ち会つておりません。ただ一部聞くところによりますと、警察官吏が立ち会つて接收したということを聞いてはおりますが、これは單なる立会で、たまたまそこに警察官がおつたから、立ち会つてくれというふうに立ち会つた場合があるということを聞いておりますが、それ以上大蔵省の人が立ち会い、あるいは正式の政府責任者として立ち会つたということは一切開いておりません。
  62. 中野四郎

    中野(四)委員 そうしますとこういうことは言われますか。大阪の造幣廠でインゴットになつた金銀が、日本銀行地下室に納められるときのいわゆる数量とか、それからその金銀はどこから接收されたものだ、ということだけの記録はあるはずだと思いますが、この点はどうですか。あなたが直接関与せぬまでも、間接的にその証拠となる書類があるはずだと思いますが、この点はどうですか。
  63. 横山正臣

    横山説明員 私の聞いておりますところでは、現在接收されたものはすべて東京の日銀本店にありますが、当初は東京、大阪、名古屋に分散されていたようであります。途中におきまして、これも進駐軍の手によりまして、東京に集中されたということを聞いております。従つて大阪にあつたものは大体大阪附近から接收されたということはわかるだろうと思います。同時に造幣廠から幾ら接收されたかということ、政府あるいは日銀接收された数量は、政府あるいは当時の日銀資料をもつて、大体推測できるわけであります。
  64. 中野四郎

    中野(四)委員 ちよつと世耕参考人にこの際伺いたいのですが、昭和三十二年の四月ころですが、交易営団の総務次長をしておつた津田元一君、あるいは古田島恭輔君という人が、たしか大阪造幣廠にあつたダイヤやあるいは金の問題について、あなたを私的に訪問しておると思いますが、これは今私が大蔵省に問うておりますことに、非常に関連の深いことであります。この点について御記憶があるならば、ひとつ説明を願いたいと思います。
  65. 世耕弘一

    世耕弘一君 日にちは記録を確かめませんとわかりませんが、交易営団の次長と、もう一人私の池袋の自宅に訪問したことを記憶いたしております。そのときの話に——その前と思いますが、実はダイヤモンド摘発を急いで私がかけた一つの理由は、どういうことかと申しますと、ダイヤモンドあるいはその他の宝石、金銀が第三国人の手によつて流出の危険が多分にある。いろいろな名前のもとに品物が製造されて、横浜あたりに氾濫したことを発見いたしましたので、従来地下へ隠匿されておつたガソリンのようなものは、水が入る危険があるから、それを早く摘発したい。あるいは纎維員のごときは温気を帶びると、摘発が成功しても使用にたえないということがありますから、そういうものばかり目をつけておつたのが、急に貴金属、宝石類にも手を伸ばして行つたのであります。たまたまその手続を進めておるうちに、昭和二十二年四月三日と記憶いたしておりますが、三井信託の倉庫から時価二億円ばかりのダイヤモンドが出て来たのであります。これは当時の状況を聞きますと、こういうものを預かつてつてかかり合いになると困るから、早く引取つてくれというので、これは自然に出て来たわけなのであります。その話題を土台として私のところへやつて参りまして、あの二億円のダイヤで、もうあれだけしか手元にはございません。あと貴重品はないのだというようなことを、私のところの応接間で言うたように記憶いたしております。しからばそのほかに何か交易営団は持つておるのかとかように聞きましたところ、雑貨が二十億円ぐらいあります、こういうような話でありました。当時の公定価格にして二十億円と申しましたが、ちようどタオル一本が五十銭の相場であります。タオル一本五十銭の相場になるくらいの物資を、当時交易営団は二十億円以上持つてつたということで御推測ができると思うのであります。かようなわけで、偶然に実はダイヤモンド摘発の手が伸びて行つた、こういうような次第であります。
  66. 中野四郎

    中野(四)委員 さらに大蔵省の方にもう二点伺いたい。あまり長くなると悪いですから、率直に伺いますが、現在地下室にあるダイヤ、金、銀、白金交易営団から引継いだものと認めるかどうか、この点を伺つておきたい
  67. 横山正臣

    横山説明員 政府といたしましては、それがだれから接收されたものかということはわかりません。
  68. 中野四郎

    中野(四)委員 まつたくあやふやな、天から降つたか、地からわいたかわからない、ただ進駐軍から引継げと言われたからというような不見識な話はないと思う。それであるなればなおさらのこと、あなたの方で現在の金や銀は大体品位がわかつておりますけれども、ダイヤモンドだけは、莫大なる価格になるものが——私らの見ましたところ、幅、縦ともに約一尺二、三寸、長さ二尺五寸か三尺ばかりの箱の中に、八つ分散されてダイヤモンドが紙の中に包んでありました。しかしながら一体どういうものが中に入つているか、あるいはどういう径路でここにあるものかということが全然わからぬというに至つては、不見識きわまると思う。だから私が先日来資料を要求しておりますように——いくら金をかけてもいいのです。国家の財宝じやありませんか。これがうまく行けば国家が救われるような大きな財産じやありませんか。従つて日本には專門家はうんといるのですから、この專門家をすみやかに動員して、現在日銀地下室にあるダイヤモンドの、おのおのその種類品位に基いての時価等をば明確に資料にして出すのが、国家に思案かゆえんじやありませんか。この資料をすみやかにお出しになるかどうか、この際伺つておきたいのであります。
  69. 横山正臣

    横山説明員 今回の貴金属の解除にあたりましては、この前に、やはり本委員会であつたと思いますが、石田局長から、急なことであるために、まず進駐軍資料を信用して、それで受取つて、それからあとで詳細に調査いたします。その調査に相当の日数を要しますと言つたと思いますが、現在その調査行つている最中であります。これがいつごろ終るかということにつきましては、なるべく早く終えて、次の返還その他の資料にしたいと思いますが、これについてはなお進行中でありますので、詳しいことはちよつとわかりかねるのであります。
  70. 中野四郎

    中野(四)委員 そんな無責任な話はない。先日理財局長の話では、約一年くらいかかるというのですが、そんなにかからなくたつて日本中にたくさんの專門家がいるので、久米という専門員一人にまかしておくことはない。日銀地下室へ行けないと思つたら、あぶないからうつかり外へは出せませんけれども、嚴重なる監督のもとにその品質を調べて、そうして国民の前に、これだけの財産があるのだ、これに対して返還をするとか、返還のできない場合にはこれをどういうふうにするとかということを明確にしなければ、こういう法律案提案したつて何にもならぬじやありませんか。しかもその資料、方途すら明らかにしないでおいて、この法律案を通そうといつてもそれは無理じやありませんか。いくら絶対多数の自由党の方々でも、そんなばかげたことは承知しません。だからまずあなたの方で入手径路を明らかにする必要がある。それに続いて、現在あるところのダイヤモンド種類品位というものを明らかにする必要があるじやありませんか。ただいませつかく調査中ですけれども、早い機会にこれを完了しますといつたつて、いつやるかわかりません。国会の期限はもう間もなく切れます。もつと継続されれば別ですけれども、現在の段階においては今月一ぱいで国会は終了する。してみれば、この法律案は通らぬじやありませんか。これを提案した政府側の責任も重大といわなければならぬ。だからこの法律案を通そうとするなれば、この法律案を審議中にその資料を出す必要がある。これができますかどうか伺いたい。他のものとは違うのです。しろうとが見てはわからないのです。あれはガラスなのか、工業用なのか、あるいは高いものなのか、安いものなのか、さつぱりわからない。わからないのをいいことに、悪い意味で言えばごまかすものがいるかもしれません。今の政府にはそんな不届きなものはいませんでしようが、何しろ信用できない。戰争中からずつとやつて来たその残類もまじつていることだから、うつかり安心できない。従つて、現在ないのじやない。現在地下室にある。あるものに対してこれを明らかにするということは、政府の当然の責任であると同時に、国会に対するところの義務であると私は思う。理財局長が何と言おうと、大蔵大臣が何と言おうと、国家財産なんだ。国民財産なんだ。だから前提として申し上げる。主権いずこにありやと私は疑わざるを得ない。こう言うておる。政府のかつてな便法に供するためにただ法律案をつくるのではなく、国家国民の福利増進のため法律をつくるのでありますから、あなたの方でそのリストを出すのはあたりまえだと思う。あなたのところでは責任ある答弁ができませんかどうか。できなければ、すみやかに上司にはかつて、この法案審議中に出すようにしていただきたい。いま一ぺん見解を聞いておきます。
  71. 横山正臣

    横山説明員 私が聞いておりますのは、この法案を出すにあたりましては、詳細な資料をまずつくつてからお出しすればよかつたのでありますが、この接收された金属についていろいろ問合せもありますし、平和条約が発効しながらなお返されないかということについて非常に疑問を持たれ、あるいは疑惑も生ずるおそれがありますので、まずこの法案を出しまして、確かに返りました、従つて何とかの措置をとりたいと思うが、何しろ政府としては、だれから接收されたかわからないから、この法案を出してその報告をとります、こういうためにこの法案な出そう、こういうふうに了解しております。従つてこの資料の点におきまして、おそらく皆さんの満足の行くような資料が出せなかつたということにつきましては、非常に遺憾ではありますが、できるだけ早くそういつた解除されたという事実、それから何らかの措置をとるという事実を、国民に知らせるということを急がれたために、まず資料を整える前にこの法案を出した、こういうふうになつております。
  72. 中野四郎

    中野(四)委員 その資料が出て、どこから入つて来て、どれだけのものがあるということが明確にならないと、先ほど世耕参考人言つた、莫大な接收当時と今日の間にギャップがあるということが明らかにならないわけである。だからすみやかに出してもらいたいと思うのであります。今のあなたの説明によると、悪くこれを聞けば——ここに共産党の人がおつて悪いけれども、共産党的な聞き方をすれば、これはある意味においては金持の利益にはなるが、貧乏人一般大衆のためにはならぬという結果になる。なぜかといえば、大きな鉱山とか、あるいは大資本家そういうふうなところから押えた金属ダイヤモンドは、数がすみやかにわかるだろうと思う。これについてはある一定の書類があるだろうと思う。だから反証が上つたら、あなたの方で返還その他の措置に該当するかもしれない。けれども一般大衆の中にはそんな受取なんかありはしない。現に政府買上げた当時において、一カラット以上のものは一カラツト三千円——後には二千八百円にして買上げたけれども、当時は一カラット未満のものに対しては金を払つておらない。強制供出と同じような形において、隣組で強要してこれを提供せしめた。してみれば、一般大衆はこれがために非常に大きな被害を受け、ある一部のものは、当時の値段でやるか、あるいは今日の時価でやるか知りませんが、莫大な財産が返つて来るということになれば、一部のものを利するというようなことも考えられる。だからこの法律の裏にかもされているところはどういう意味を含んでいるか、今後の問題でありましようけれども、さようなことは万々ありますまいから、これを明らかにする上においても、まず入手の径路を朗らかにできるはずだ。連合軍のそれぞれ担当しておつた責任者は名前がわかつておる。その人間を追究して行けば十分わかるのです。司令部においても連合軍の人々でも、これを明らかにすることに決してやぶさかでないはずだ。それが証拠には、マレーという大佐を厳罰に処してまでそのあり方を示しておるのです。すなわち大蔵省に熱意がない。あなたの方でやろうという気持がないのです。ただ日暮れ腹減りで、何とかごまかして行こうというような考え方が如実に見えるから、こういう結果になるのであります。さらに進んでもう一点だけ聞いておきたいのは、先ほど世耕さんの証言の中にもありましたが、先日毎日新聞で取扱われた結果において、「政府では」としてありますが、大蔵省、あなたの方以外にはありませんから、おそらくあなたの方だと思うが、そういうふうに当時の状態から見れば、相当量が減つておるという。それは医療用のために特別に払い下げたということを言つておられますが、実際医療用に払い下げた事実があるか。それから払い下げたとすれば、どのくらいの量をどこへ払い下げたか。もののついでに伺いたいと思うのです。
  73. 横山正臣

    横山説明員 最後の点の医療用に払い下げた云々につきましては、どういつた方面からその記事が出たか、当方としては存じませんが、私の聞いておりますのは、おそらく政府手持ちの金も全部接收されて、当初医療用その他金の必要な方面に対して、また新産金もなかなか集まつて来ないという時期におきまして、特に司令部に頼んで金を一部解除してもらつたことがあつたように聞いております。ただそれはその後新産金をもつて振りかえて返還しております。
  74. 中野四郎

    中野(四)委員 これ以上お話を伺うよりも、もつと重要な参考人である池山秀という人に明日午前中に来ていただきまして、まず今大蔵省側でどうしても明らかにならない入手径路を、明らかにする必要があると思うのです。すわち池山という人は、先ほど来の青木あるいは濱野両君の証言によりますれば、当時の交易営団嘱託として、しかも一切の買上げ責任者として、そうして当時戰時物資活用協会の業務部長、あるいは中央物資活用協会の常務理事、生活物資活用協会の理事として、当時非常に活躍をされ、しかもこのダイヤモンド買上げと、現在における量をば確かに知つておるといわれております現代議士の青木正という人とともに動いた人なんです。従つてこの池山参考人に来ていただきまして、入手径路を明らかにし、当時の種類品位というものを明確にして、そうして後にこの法律案に対して審議をするのが妥当だと私は存じます。きようは私の質問はこの程度にいたしたいと思います。
  75. 世耕弘一

    世耕弘一君 先ほど御答弁申し上げたのに追加して、もう少し説明中野さんに申し上げたいと思います。それは日本銀行金庫の中にあつたダイヤモンドを、私がどういう径路で摘発をかけたかという当時の実情を申し上げることが、必要ではなかつたかと思うのであります。昭和二十二年の三月十七日に、ダイヤモンドが五升ほど日本銀行地下室交易営団倉庫の中に入つている、摘発してくれという要求が、池山さんほか数名のものからあつたのであります。しかもこの地下室の大きな金庫にあるというのは、自分自身でこの目で見て来たのだ、こういう関係者の証言であります。そこでなお昭和二十一年の十一月十五日までその問題の金庫のかぎを預かつてつたという本人からの証言も、同時に証明を添えて私のところへ摘発の要求をして来たのであります。戰後の事情並びに戰時中の国家の予算等を総合しますと、しかも終戰まぎわのときにタイヤが多く集められたこと、戰時中に外に多数持ち出されてなかつたという一つの実情等を考えまして、これはうそじやない、私はかように確認したのであります。この際なおつけ加えて申しますが、装飾用ダイヤは非常に高価なものとして取扱われますが、世間でいう工業用ダイヤというのは、実は装飾用の悪いダイヤの値段の十分の一にも当らなかつたのでありますから、工業用のタイヤの摘発は、言うて来ても採用しなかつたくらいであります。静岡からも大分出ました。東京都内の関係から、工業用ダイヤ、五千カラットの供出がありましても、これはMPとの連絡でつかまつて、横浜の加賀町署に引致された例もありますが、しかしこれは私が摘発はかけたのじやございません。むしろ司令部側が活動した結果であります。とにかく私は工業用なんというものは目をつけていなかつたのであります。さような関係で、日本銀行地下室の大金庫の中にある金庫には、装飾用の高価なダイヤがあるということの証言のもとに、摘発をかける決意をいたしたのであります。そこで二十二年の三月十八日に、当時の大蔵省政務次官をしておつた上塚司君を通じまして、日銀のその問題の倉庫をば封鎖するように頼んだのであります。ところが、ちようど議会中でもありましたので都合よく連絡がつきましたので、すぐその後で封鎖したから安心せよという報告を受けたのであります。当時私は、国内における米の不足から米騒動が起るというような問題があつたので、京都、大阪方面における綿布の隠退蔵を摘発して、それを農村に振り向けて五百万石の米の供出を成功させるために、下阪する途中でありましたから、封鎖をしたという報告を受けたので、安心して大阪に立つたのであります。ところが帰つて参りまして、ダイヤモンドの事件が新聞に出て、たまたま本議会において当時社会党の稻村君だと思いましたが、ダイヤモンド摘発問題について私に決算委員会質問がありました。三月三十八日と記録には残つておりますが、その前後のいきさつを話しましたところ、翌々日でありましたか、いよいよそのダイヤ摘発に差手したのであります。結局司令部日銀の関係者等によつて摘発をしたけれども、問題の大金庫にはダイヤモンドが入つてなくて、紙くずが入つていた。そうして私はラジオ、新聞等で気違い扱いにされたのが当時の話題の中心である。しかしながらどういう風の吹きまわしか、司令部が数回にわたつてCPCの今の日本橋の国分ビルの四階へ私が呼び出されて、克明にダイヤモンドのあり方、調査方法等について資料を要求されたのであります。そうして得心の行くまで説明して帰つたのでありますが、その後沓として返事がなかつた。ところがその後外国電報において、日本ダイヤモンドトをめぐつて、アメリカの某大佐がサンフランシスコで逮捕されて、日本に送還されて、横浜で軍事裁判の結果、重労働十年の懲役を決定されたということを、実は報告を聞いたのであります。しかもその大佐が重労働を十年も科せられた裁判には、その大佐が持つてつたダイヤモンドが、日本の所有に属するダイヤモンドであるかどうかという鑑定を、日本人の專門家においてさせたような事実もあるのであります。その前、紙くずになつたというような話のあつたあとでありますが、川越にダイヤモンドが多量乘用車によつて移動したという情報が入り、さらに川越を追いまわしているうちに、今度は飯能へ移つた、さらにその後保谷の方へまわつたという情報がひんぴんとして現われて来たのであります。こういういろいろな話題があつて、あるいは日本銀行の中から、あるいは外部から、あるいは專門家の口から、私の方へ情報が伝えられたのでありますが、その後ダイヤモンドに関してはさらに一回、司令部からの要求で私は調査を協力するように求められたのであります。私の摘発に対して結果の報告もないような不熱心な当局に対して私は協力せぬ、私は酔狂でやつているのじやないといつてつたところ、今度はマッカーサー元帥の命令だから協力しろ、こういうようなことを特に言われたので、最後に協力をしたようなわけでありますが、とにかくダイヤモンドをめぐつていろいろな脅迫があり、あるいは話題が投げられたということをこの際申し上げておきます。なお金塊の問題については、私はこの機会に多くを申し上げようとは思いませんが、先ほどの大蔵当局の説明によりますと、あまり金塊、ダイヤモンドのことはわからないらしい。しいて言えば、大蔵省はこの問題を熱心に知ろうと努力していないのじやないかと私は言いたい。もしこの問題を国家国民ために得心の行くように処理しようという熱意があるなれば、ダイヤモンドに関する限り、あるいは金塊に関する限り、大蔵省よりも私が一番よく知つている。もうそろそろ私のところへ、あれはどうなつたかと相談に来ていいはずだ。そうしたらこういう問題もスムースに片づくのじやないかと私は思う。知ろうとしない。知ろうとしないところに何だかおつかないものにさわるような臆病な態度が、われわれは国民の一人としてはなはだ気に食わぬと申し上げたい。先ほども申し上げましたごとく大ざつぱに見積つてまだ九十トンばかり金塊が不足している、帳簿の上で明瞭を欠いているということを申し上げることができる。ダイヤモンドも五分の一しか現われていない。その五分の一もガラス玉か石ころか何かわからぬ。こんな不都合なことがあるか。もしかような問答が国民の供出した人に聞かれたら、何と奇怪に考えられるのじやないかと私は思うのであります。なおよけいなことですが、私が一言申し上げたいのは、隠退蔵を摘発するにあたりまして私は憲兵総司令官にも会いました。そうしてこの隠退蔵摘発をめぐつて、おそらくいろいろな忌まわしい事件が発生すると思う。またさような事件の渦中に私が飛び込むのだから、私もまた悪評を立てられると思うが、評判だけで私の仕事を妨害されては困る。もしこの摘発中に私の不正な行為が事実として確認されたら、軍事裁判なんてめんどうくさいことをしないで、私をつかまえてすぐ銃殺してください。しかし私のやり方がもし正しい線に乘つて動いているということが、総司令官において確認されたらどうぞ協力してほしい、こういうことを申し上げると同時に、この事件には日本人ばかりじやない、第三国人も関係していることが私には大よそ想像がつく。アメリカさんも関係するでしようということも私には考えられる。私はいずれの国の人を問わず、いやしくも私の良心に従つて摘発する以上、遠慮会釈なくこれを興行するがさしつかえないかということを念を押したところ、当時の憲兵総司令官は、君のことは報告を受けてよく知つている。全面的に協力する。もちろんアメリカ人といえども、不正なことがあれば徹底的に糾弾する。なお、おれの部下には五千人のMPがおるから、必要ならばこれをいつでも貸すから使え、こういうような激励を受けてこの摘発にかかつたような次第であります。摘発する当時日本の国内の一部の人たちは、なるべくなら講和が済むまで、独立まで、金属なんというのは隠しておいた方がいいじやないかというような話をして、私のやること自体が非国民の行動のごとく脅迫され非難を受けたのでありますけれども、私はかりに百億のタイヤ、一千億の金塊を、隠しておいて、そのためにあとでばれ、日本人の国際的信用を失うことがあつては、より大きな宝を失うものであると考え、そうして同時に、アメリカに預けておけばいつか返してもらえる、実はこう考えて、むしろ非難を受けながら、勇敢に、ある場合はアメリカさんの力を借り、あるいは同士の努力によつて摘発をかけて来たのであります。私たちの関係した中にアメリカさんの関係した事件もあると思いますが、できたら、こういう事件はこういう機会に明快に御判断願つて、もしアメリカさんの中に不正な者があつて持ち帰つた者があつたとするならば、アメリカの輿論に訴えて返してもらつていい、こういうふうに私は考えているのであります。それには政府と民間が協力すべきであつて、何か物を隠すようなやり方では、私はせつかくのこの日本のなけなしの富が現われて来ないのじやないかと、かように考えておるのであります。ただ最後にもう一点ここに申し上げておきたいのは今月号の文芸春秋の臨時増刊号に、元の陸軍大臣、終戦の当時でありますが、下村定大将の「帝国陸軍の骨を拾ふ」というので、「最後の陸軍大臣の記録」というのが下村大将の名前で出ております。これを御参考に読み上げておきたいと思うのであります。前文を抜きまして、「さて、元帥から賞められた復員の成果は、私共の方からいうと迅速静粛な解除と武装解除の面であつて、他の半面において軍は、衣糧その他軍需物資の不当処理という重大な失態を演じたのである。このことは実に軍がその最後の段階において拭いがたき汚点を残し、その後数ケ年に亘つて経済界を混乱せしめる一つの原因を作つた大痛恨事であつた。率直に申すと、軍需物資処理に関する様々の不始末は軍部内だけにあつたのではなく、又その根源は終戰間際における政府当局の一失に存し、東久邇宮内閣および其の後の歴代政府はそのあと始末をさせられたのだともいえるけれども、当時私共は左様な愚痴がましいことは一切いわず、全力を挙げて善後策を講じたのであるが、遂に力及ばなかつたことは誠に懺悔の至である。」という記事が載つております。私は政務次官として内務省にいた当時公文書に基いて隠退蔵物資の所在を確かめたのでありますか、当時私の手元に集まつた公文書によつて、軍の持つていた諸物資は当時の公定価格で計算して、総額六千億円あつたのであります。昭和二十一年であります。もしこれが十倍に上るとすれば六兆億円であります。大ざつぱに申しますれば、十年間日本国民は税金を一文も納めなくても、やりくりがつけただけの物資があつたということが証明されるのであります。今言う最終の陸軍大臣であつた下村大将がここに告白しているのは、この事実を実は指摘するものと私はかように考えます。当時の政府のでたらめなやり方が、ミズーリ号に呼び出された軍使が元帥からしかられて、大急ぎでその散乱した品物をかき集めて、あらためて雑品の整理のリストを司令部に出したときに、その数額はどのくらいあつたかというと、当時の金に換算して二千五百億円である。その最終に残つた二千五百億円すら満足に国民の手に渡つていない。この六千億に上る軍所有の物資が、これははなはだ私は言いにくい言葉であるかと思いますが、各地において知事が当選して来ておる、代議士が当選して来ておる、あるいは大臣がこの隠退蔵物資のおかげで当選して来ておるのであります。しかもかようなでたらめな終戰の跡始末が、最後に残つた一番調査のしやすい金塊、ダイヤモンドですら、いまなおまたやみからやみへ葬り去られようとしておるのではないかと、これを憂える。そこで私は行政監察委に、せめて国民の名において議会がこの結論を追究していただきたい、かように実は考えてお手数を煩わしたような次第であります。実を申しますと、本日初めてお呼出しを得ましたものですから、資料を全部まとめる機会がございませんのですが、できたら重ねてお呼びを願つて、徹底的に糾明していただけは、私たちのこれまでの苦労した一端が御了解が願えるかと、かように考える次第であります。
  76. 佐藤重遠

    佐藤委員長 深澤義守君。どうかお約束の通り簡単にひとつお願いいたします。
  77. 深澤義守

    ○深澤委員 要点だけ伺います。今まで聞きました諸参考人の御意見政府の答弁との関係において、非常に疑問な点がございますので、二、三この際確かめておきたいと思います。昭和二十年の十月一日にMPが日本銀行を封鎖した、こう言われているのでありますが、そのときに日銀倉庫にありましたところの金銀等についての政府資料というものが、ここに出されているのであります、これは二十七年五月十九日に大蔵省資料として出されているのでありますが、その第二にあります政府分として金が六トン六百三十一キロ、日本銀行分として百一トン五百九キロ、合計百八トン百四十キロ、銀が政府分として千四百七十九トン四百七十キロ、こういうふうに、昭和二十年十月一日MPが日本銀行を閉鎖したときに、政府並びに日本銀行の帳簿、記録からそういうものがあつたのだというぐあいに、資料が出されているのでありますが、これはその通り間違いないか、この際政府責任ある御答弁々願いたいと思います。
  78. 横山正臣

    横山説明員 先日提出いたしました資料は、政府の帳簿に基いて調査いたしたものでありますので、間違いないと存じます。
  79. 深澤義守

    ○深澤委員 そうすると、その際MPから封鎖された日本銀行倉庫にはこれ以外のものはなかつたのか。ダイヤモンド等は一切なかつかのか。その点はどうです。
  80. 横山正臣

    横山説明員 ダイヤモンドにつきましては、その当時日本銀行にあつたということは、きよう初めて皆様からお聞きいたしました次第で、今まで私どもは存じておりません。ただその日本銀行金庫には、そのほかに諸外国、タイとか仏印でありますが、このためにイヤ・マークした金があつたということを聞いております。これは日本政府のものでもなし、日本銀行のものでもなし、当然その国のものでありますので、聞くところによりますと、進駐軍の手によつてそれぞれ関係国へ送られたと聞いております。
  81. 深澤義守

    ○深澤委員 今まで各参考人が申しておられたところの交易営団——日本銀行金庫の中にはダイヤモンドの相当量が、それは国民から買い上げた分やいろいろなものが、池山氏の名義として保管されておつたということを証言されている。それは全然政府としては関知しないところであつた、あるいは日本銀行としては何ら帳簿に載つていなかつたものである、こういうぐあいに了解してよいのですか。
  82. 横山正臣

    横山説明員 日本銀行の措置といたしまして、いわゆる所有のもの家保管している場合と、それから普通の銀行業務にもありますが、いわゆる保護預かりというのがあります。従つて先ほどお話のダイヤモンドはおそらく保護預かりだと思いますので、これは日本銀行といたしましては單に保護預かり金庫なら金庫一箇と、こういうふうな整理をしているだけでありまして、いわゆる所有のものとかいうような日本銀行財産台帳には載らないものであります。おそらくそれがそういうふうに日本銀行の中にあつたのかわかりませんけれども、その点は帳簿にはありません。
  83. 深澤義守

    ○深澤委員 そういたしますとMPに封鎖されたという場合においては、そういうものも一切含めて封鎖されたのか。それとも政府あるいは日本銀行の記録に載つているその分のみが封鎖さされて、他の民間の預かり分は封鎖されたという形にはなつていなかつたのか。その点はどういうことでありますか。
  84. 横山正臣

    横山説明員 私はその点詳しくは存じておりませんが、日本銀行にあつた日本銀行所有のものと、先ほど申し上げましたイヤ・マークのものは接收されたということを聞いているだけであります。それ以外の民間のものがあつたかということすら存じておりません。
  85. 深澤義守

    ○深澤委員 横山さんはその当時やはり理財局の管理課長をおやりになつてつたのですか。
  86. 横山正臣

    横山説明員 私は終戦当時上海におりまして引揚げて帰つたものですから……。
  87. 深澤義守

    ○深澤委員 そうすると、ちようど石田理財局長がお見えになりましたのでお聞きいたしますが、昭和二十年十月にMPによつて日本銀行が閉鎖された場合において、政府並びに日銀の記録にあるところの金銀はこれは資料として出されておるのでおります。本日参考人諸氏の御意見によりますと、当時日本銀行交易営団ダイヤモンドが、相当量保管されておつたということが明らかになつたのであけます。しかしながら今横山管理課長の御説明によると、そういうものは知らないと、こうおつしやるのです。但し日本銀行に民間あるいは各会社その他室団等の預かり品は、どういうぐあいに処置されたかわからないと、こういうふうにおつしやつておられますが、その当時日本銀行に民間がそういう金属類についての預けておいたものについては、政府並びに日本銀行としては何らこれを関知しない状態にあつたのか。それとも接收をした場合において、つまり二十年十月一日MPが封鎖した場合においては、政府並びに日本銀行のものについてのみ封鎖して、そういう民間関係や営団、公団の関係のものについては、何ら封鎖をしなかつたのか。そういう事情をひとつお伺いしたいのでりあます。
  88. 石田正

    石田政府委員 途中から参りましたので少し御質問に対しまする答弁が的をはずれている点があるかもしれませんが、その点はひとつ御了承願いたいと思います。終戦当時におきまして、政府日本銀行が関与しておつたのは金だけでございます。日本銀行は銀その他の今度問題になつておりますところのダイヤモンドにいたしましても、そういうものに対しては何ら関与するところがなかつた。金だけはこれは正貨準備でございますから、当然日本銀行として金を持つております。それ以外のものにつきましては関与せざるところでございます。また政府といたしましても、その後終戰後におきまして編成がございましたが、金資金特別会計というものがございまして、金の買上げということを実施いたしておつたわけでございます。従いまして金についてはこれは政府としてやつたわけでございまするし、またその所管は大蔵省でございますから、大蔵省といたしましては金属特別会計の金に関する限りは責任を持つてつたわけでございます。さて、進駐軍が入つて参りまして、そうしていろいろと接收という事実が行われたわけでございますが、これは当時の状況から申しまするならば、日本銀行の金を押さえた。われわれ大蔵省が金資金特別会計におきまして持つておりまするところの金を押えた。こういうことはすぐわかつたわけでございます。それからまた日本銀行地下室の一部を占拠いたしまして、そうしてそこのところを占有いたしておつたということはわかつておるわけでございます。その後銀、白金あるいはダイヤモンドというようなものは、その金庫の中に入れておるということを漸次推測するに至つたのでございますが、しかしそれは何ら向う側から報知があつたり、あるいはこちらが調べた結果、そういうことが判明しているという状況ではなかつたわけでございます。その後先ほど申しましたようなぐあいに、政府といたしましては金資金特別会計というので、金だけな預かつてつたのでございますが、司令部の方からの命令によりまして金だけを扱うのではなく、銀を入れたらどうかという問題が起つて参りました。また白金属を入れるべきである、こういう問題も起つて来たのです。これらは終戰後の問題でございます。従いましてわれわれは終戰後におきまして、新しく新産金及び新産銀それから白金の生産されたもの、それらは大蔵省におきまして、金資金特別会計を貴金属特別会計という名前にかえまして集中いたし、また配給をするという準備もいたすことに相なつたわけでございます。しかしながらダイヤモンドに至りましては、これは全然関与しないわけであります。但しその後に至りまして、白金ダイヤモンドにつきましては、日本の産業上におきましてそういうものが不足をいたします。外国から輸入するといつても輸入することができない。そこで日本銀行の庫の中にそういうふうなものがあるということがだんだんわかつて参りましたので、あるいは工業用ため等におきまして、ある程度これの解除をしてもらいたい、こういう問題が起つて来たわけであります。その解除をいたしますにつきまして、白金の解除を受けたものもございます。またダイヤモンドの解除を受けたものもございます。この解除を受けましたものがどういう数量であるかということは、われわれの方として手元でやりましたものははつきりいたしているわけであります。それに対しまして代替物として金を持つて来い、こういうことがありました。金を持つて来いということは、要するにわれわれは終戰当時存在したものを接收せられるということは、これは何とも言えなかつたのでありますが、終戰後におきまして、新しく産せられるところの金とか銀とか白金とかいうものは、これは接收すべきところの性質のものではないということを言つておりまして、その点は向うも認めたわけであります。従いまて、われわれが金を買い上げておるということはわかつております。従つてその中から解除を受けるなら代替物を持つて来い、こういう状況で推移して参つたわけであります。なお他方接收せられましたところの金、銀及び白金それからダイヤモンドというものがあるのでございますがこういう問題が数学的にある程度われわれの方ではつきりいたしましたのは、御承知の通り終戰後日本の外貨資金が欠乏しておる。そこで司令部が持つておりますところのそれらのものを、ある程度担保に入れまして、そうして外国の銀行から、綿花を得たりなんかするところの借金をすることが起つて来たわけであります。そのときにその担保に入れたところの数量はこういうものであるというので、金額が出て来た。これがわれわれが関知したところの初めでございまして、そこでそういう金額のものが、私記憶がはつきりしておりませんが、たしか大体全体といたしまして二億ドル見当のものが、日本銀行地下室にあるのだということで、金額的に初めて確認することができた。しかしこれにつきましては、その当時におきましても、日本にこれは返してやるのだということははつきり言つておらないのであります。われわれが爾後苦心いたしましたものは、これは当然日本側に返還さるべきものだ。どこから出て来たか、所有者はだれであつたかということはわからぬけれども、これは少くともわれわれに返してもらうべきものだ、かように考えまして、これまで折衝を大いにいたしたわけであります。それが結実いたしまして、今度は返すということになつたのであります。そこでこの回收いたしましたもののオリジン等につきましては、先ほど御質問がありましたが、金なんかにつきましては、われわれといたしましては初めから保管いたしておりますから、はつきりしたことが言えるわけであります。しかしそのほかのものにつきましては、遺憾ながらどこからどう入つて来てどうなつたかわからない、こういう状況であります。そこでこういう法案を提出して御審議を願つておる、かような状況であります。
  89. 深澤義守

    ○深澤委員 今理財局長ダイヤモンドあるいは白金筆を接收解除し、そのかわりに金を代替物として入れたいということでありますが一体ダイヤモンドはどのくらい接收解除をされて金を入れたのか、そしてそのダイヤモンドの性質は、一体工業用なのかあるいは装飾品なのか、どういう品位のものであつたかというようなことがおわかりになりましたならば、御説明願いたい
  90. 横山正臣

    横山説明員 ダイヤモンドの解除につきまして二種類ありまして、まず代替の金属を要求しないでただ無條件で解除されたものが一七六九・一六カラツト、それからダイスとして千四百七十四箇あります。それから次に代替解除、これが代替金の地金を出したものでありますが、三二五五〇・四三カラット、器具として百七十一箇、代替の地金といたしまして八七七九七・八グラム、その当時の代価といたしまして約二千六百三十四万八千四百六十五円六十銭、この代替の出し方につきましては、司令部において解除するものを評価いたしまして、その当時の金の時価で幾ら納入しろという指令を出して、それに基いて納めた、こういうことになつております。
  91. 深澤義守

    ○深澤委員 その代替並びに無條件で解除したタイヤは、工業用でありますか、それとも装飾用でありますか。
  92. 横山正臣

    横山説明員 私の聞いておるところは、大体工業用だと聞いております。主として会社その他の産業方面に利用されておるように思います。
  93. 深澤義守

    ○深澤委員 そうすると、どうも参考人意見と非常に食い建つて来るわけであります。さらに私がお伺いしたいのは、そういたしますと、日本銀行がMPによつて封鎖された当時の、日本政府並びに日本銀行の記録によるこの資料が正しいといたしまするならば、今度接收解除をされまして、その数量が明らかになつたのでありますが、その明らかになりました数量は、ここに資料が出ておりますように、金においては百二トン幾ら、銀においては二千三百六十五トン何キロということになつております。もちろんその後の資料によりまして、大体日本銀行が封鎖された当時の数量と金等は同量であります。大体同じであります。ところがその接收をされたときから解除をされる間におきまして、参考人が申されたように東京湾の金塊の事件もございますし、その他幾多の接收がございまして、九十トンあるいは百トンというものがこれ以外にあるべきである、こういうりくつは私は十分わかつて来るのであります。つまり日本銀行接收された当時の数と解除されたときの数とが同じであるか、その間において接收したものは、一体どこに行つたかという疑問は当然わいて来る。その間の事情について、大蔵省は何ら不思議がなく、接收当時と解除当時の数量が同じである、従つて金塊等の事件については何ら疑問がないというぐあいに考えられておるのか。それともこれは相当疑問がある、九十トン、百トンという程度のものがどこかに行つたに違いない、というような疑問があられるのではないかと思うのですが、その点の見解をひとつ承りたいと思います。
  94. 石田正

    石田政府委員 深澤委員の御質問は、右か左かということをお聞きになつておると思うのでございますが、われわれといたしましては、右か左かが断定し得ない状況にありますので、この法案のようなことによりましてできるだけ資料を集めまして、どうなつておるかを究明して参りたい、かように考えておるのであります。
  95. 深澤義守

    ○深澤委員 おそらくその中にはたとえば外国に返したとかなんとかいう問題もございましよう。ところが政府は外国に出した資料としては、五日二十日の資料の末尾に金が一トン幾ら、銀が二百二十一トン幾ら、白金が三キログラム、ダイヤモンドが十二万七千二百十五カラットという程度のものがございますが、これは一体どこに返したものでありますか。
  96. 横山正臣

    横山説明員 これは大蔵省が関係したのでございませんが、政府として賠償庁が関与いたしまして、それぞれ略奪品と認定いたされまして、当該の略奪された国に返還されたのであります。これが返還の国別に申しますと、英国、オランダ、中国、フランス、フイリツピン、米国、これだけあります。
  97. 深澤義守

    ○深澤委員 非常に時間が迫つておりますので、きよう参考人に詳しくお聞きする機会は、時間がないようであります。世耕さんも希望されておるように、十分の説明をしたいという御意見もございますので、明日も御出席を願いまして詳しい御答弁を願いたいと思うので、私はきようはこの程度で打切ります他のいろいろな問題もございますから、一応質問はこれで打切ります。
  98. 佐藤重遠

    佐藤委員長 本日の参考人の方々よりの意見聴取は、この程度にとどめたいと存じます。参考人の方々におかれましては、御多忙中にもかかわらず、長時間にわたり忌憚のない貴重なる御意見を開陳せられまして、まことにありがとうございました。委員会かうお礼を申し上げます。     —————————————
  99. 佐藤重遠

    佐藤委員長 次に本日本委員会に付託せられましたたばこ専売法の一部を改正する法律案議題として、提案者より提案理由説明を聽取破いたします。提案者議員井上知治君。
  100. 井上知治

    井上知治君  ただいま議題となりましたたばこ專売法の一部を改正する法律案提案理由を御説明申し上げます。昭和二十七年度のタバコ專売益金は千二百五億円、すなわち一般歳入総額の約一割四分を予定されていそのでありますが、このような巨額の国家收入に直接大なる役割を演じているのはタバコ耕作農民であります。しかるに御承知の通りタバコの耕作は、一般農作物に比して多額の生産資金を要し、しかも苗床本圃より乾燥、調理等生産に要する期間は短かくも九箇月、長きは十一箇月を要し、一般農作物の七、八箇月に比し著しく長期にわたるのであります。のみならず専売公社の收納計画上の都合もありまして、かつてに納付するというわけにも参りません。それでありますから、このタバコは現金化するまでの期間がきわめて長く、これらの事情のため肥料代等の生産資金は、その間農林中央金庫等の金融機関より借入をしなければならない実情でありまして、さなきだに重税にあえぐ耕作農民はこのような長期にわたる金利負担等のため、少からず困窮いたしておる次第であります。従いまして、農家経済逼迫の折から、農民のこのような資金上の不安を多少なりとも緩和することができますならば、耕作農民は安んじてタバコの生産に専念することができ、ひいてはタバコの品質向上と生産確保をはかることともなるゆえんと考えられますので、今回この法律案提案いたしまして、耕作農民に対しタバコ耕作資金乏して、葉タバコ收納代金の一部を前渡しすることができることといたしたのであります。以上が提案趣旨の大要でありますが、何とぞすみやかに御審議の上、満場の御賛成あらんことを切望いたします。
  101. 佐藤重遠

    佐藤委員長 これより質疑に入ります。三宅則義君。
  102. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 ただいま井上議員よりの提案の理由を拝聴いたしておりましたが、政府に一つお尋ねをしたいのです。今提案の理由にありました通り、タバコ耕作農民のために、長日月を要しまするから、金融面が非常に困難である。まことに同情すべき事柄でありますので、早く前払いをしてやるということについては賛成であります。今の提案の理由にありましたが、政府といたしましては、実際にどのくらいを何箇月くらい前に前払いをする用意を持つておりますか、この御用意のほどをひとつこの際承りたい。
  103. 久米武文

    久米政府委員 ただいま井上さん外百二十八名の提出にかかるたばこ専売法の一部を改正する法律案、これは国会の各党派を打つて一丸とする、国会みずからイニシアチーヴをとられました完全な議員立法であります。この法律案の審議の途中におきまして、実は大蔵省の事務当局間におきましては、いろいろ論議を重ねた事項もございますが、国会の皆様が政策としてこういうことがせひ必要だということでお進めになります場合に、実際に收納代金の一部を支払うというその額及び時期というものにつきましては、私どもといたしましては、もし七月に払うことが必要であるといたしますならば、大体收納代金の一割五分程度を限度とするという程度に、ただいまのところ考えて起ります。
  104. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 今私は、耕作者に対しまして、最初から收納いたしますまでの間におきまして、どのくらいずつ割振つてやるかということをお尋ねいたしたわけでありまして、七月とすれば一割五分ということでなくて、全般を通じましてどういう計画のもとにこれをお払いになるか。たとえば七月には一割五分、八月には二割、九月にはこうなつてという割当がないのかどうか。最初に一割五分払つたならば、あとは完了のときに払うのか。その点をひとつはつきりしていただきたい。
  105. 久米武文

    久米政府委員 現在専売公社で收納いたしまする葉タバコの收納代金は、現在の実行上九月に入りますと、收納代金の四割の範囲内において概算払いができるというふうな仕組みになつておりますので、結局七月には一割五分という限度があり、それから九月に入ればさらに二割五分つけ足して、前後二回を通算して四割というふうな——これごく常識的に申し上げてのことでありまして、会計法上の用語その他の点は正確に申し上げられませんけれども、大体そういう目安でおります。
  106. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 場合によりまして、最初に七月に一割五分、九月にあとの三割五分、合計四割、最後の六割というものは、十一月ころやることになりましようか。それともどういうふうになりましようか。そういうこともひとつ参考に聞かしていただきたい。
  107. 久米武文

    久米政府委員 残りの六割は葉タバコの等級を鑑定して、收納代金が何十何円というふうにはつきりいたしまして、確定した上でお払いいたします。
  108. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 すぐ払うかどうか。
  109. 久米武文

    久米政府委員 確定いたしましたらお払いいたしますから、従いましてその時期は、九月に確定するところもございます。それから十月に確定するところ、十一月に確定するところ、十二月に確定するところ、一月に確定するところ、三月に確定するところもございます。それですから一番おそい場合は三月ころであります。
  110. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 そういたしますと、九月に大体四割入りますから、あとの六割はその年月あるいは鑑定の程度等によりまして徐々に払う、こういうふうに了承してよろしゆうございますでしようか、承りたい。
  111. 井上知治

    井上知治君 九州方面は割合にタバコが早くとれますから、早く收納代金をもらえます。東北地方になりますと、タバコの生産が非常に遅れます。タバコを納めた日に收納代金を払いますから、生産の遅れたところは、従つて收納代金を遅れてちようだいします。そうしてこのタバコの肥料代金は、賠償金の約二割程度でございます。またその二割程度の範囲内において、肥料代金をば前渡しをお願いいたしたいというのであります。そうしてこの予算は、大蔵省予算とは関係がございません。専売公社が融通してくれるのでありますからして、割合にそういうところは簡單に大蔵省も納得してくれると思つております。
  112. 三宅則義

    ○三宅(則)委員 関連いたしまして、今まで農林中央金庫等からも相当借りたというふうに聞いておりますが、もしおわかりになりましたら、この際承りたい。同時に今度はもう一つ久米監理官に伺いますが、塩と関係があるわけでありますから、塩の方との関係はどうなつておりますか。
  113. 久米武文

    久米政府委員 私は提案者ではございませんけれども、われわれに対する御質問があつたものとしてお答えいたしますれば、この法律案はタバコの耕作の特殊事情にかんがみて必要とするものでありますので、他には類推適用がないと考えております。
  114. 佐久間徹

    ○佐久間委員 動議を提出いたします。ただいま議題となつておりますたばこ専売法の一部を改正する法律案につきましては、質疑も大体盡されたと思われますので、この際本案については、質疑を打切り、討論を省略して、ただちに採決に入られんことを望みます。
  115. 佐藤重遠

    佐藤委員長 ただいまの佐久間君の動議のごとく決定すそに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  116. 佐藤重遠

    佐藤委員長 御異議ないようですから、本案に対する質疑は以上をもつて打切り、討論を省略して、ただちに採決に入ります。たばこ専売法の一部を改正する法律案を原案の通り可決するに賛成の諸君の御起立を願います。     〔総員起立〕
  117. 佐藤重遠

    佐藤委員長 起立総員。よつて本案は原案の通り可決いたしました。(拍手)なお本案に関する委員会報告書の件につきましては、委員長に御一任を願いたいと存じます。次会は明十七日午前十時から開会することにいたしまして、本日はこれにて散会いたします。午後四時三十分散会