○陰山
公述人 私は
全日本海員組合の
組合長陰山壽であります。
講和條約の発効する日がいよいよ目睫に追
つている今日、
戦争犠牲者に対して
国家が適切な
援護をすることの緊要性については、申し上げるまでもないのでありますが、しかし、その実施にあた
つて、
方法をもし誤るならば、その
精神が單に滅却されるだけではなくしてそのことを通して、国政に対する
国民の不信と不満を増大することによ
つて、平和
国家建設の
前途に大きな暗影を投ずることなきやを、私は思うのであります。このような意味におきまして、今回の
援護法案は、幾多の不備を内蔵しているという意味において、この審議にあた
つては、きわめて愼重を期せられるべきであると思うのであります。
従つて、私は先ほど来他の
公述人によ
つて述べられておりますように、十分愼重に扱うという意味において、本年度は一年限りの暫定
措置を講ずることによ
つて、来年度において、さらに完璧なものを制定するということが考慮されるべきであると考えるのであります。
しかし、具体的に本
法案に対して私が要請申し上げたい点を述べますならば、もちろんこの種の
援護の実施に際しては、
国家財政との関連において考慮されるべきであることは、もちろんでありますが、しかし、現在の
法案が予定している金額は、少額に失するという点であります。いま
一つは、最も重要なその
対象範囲の決定に際して、きわめて重大な過誤が存在するという点であります。特に私がこの
機会において申し上げたいことは、その
対象から船員が除外されておるということであります。おそらく戰時における船員の実情を知るならば、このような
措置が考えられるべきでないと思うのでありますが、事実は船員がその
対象から除外されているのであります。もしこのような不合理が看過されるならば、ただに
国家の名においてなされる
援護の
精神にもとるのみならず、私は
日本の自立の上に、きわめて重要な役割を持つ
日本海運の将来に対して、大きな悪影響をもたらすであろうということを申し上げたいのであります。
戰時における船員が、言語に絶する危険と困難の中において、作戰業務に従事いたしましたことは、結果して
軍人軍属の戰没率をはるかに上まわろ四割五分の最高率の
犠牲者を出しているのであります。このような船員が
対象範囲から除外されておるという事実は、物の本末を誤ること、これより大きなものはないと、私は言いたいのであります。私は
国会の名誉と責任と議員各位の良識によ
つて処理される本
法案は、このような点に対しての不合理が十分是正されるであろうことを強く要望し、かつ期待しているものでありますが、一部の人
たちにおいては、船員は一時金をもら
つている、あるいは船員保険の
遺族年金をもら
つているから、今度の
援護法の
対象にする必要はないというような説をなすものあるやに仄聞するのでありますが、なるほど一時金をもら
つているのは約五万五千の殉職船員の中に一万七千名あるということが、船員保險の
調査に載せられております。さらに船員保險の
遺族年金を現在
支給されておるものは約一万五千名あるのでありますが、前者の一時金については、單に船員のみならず、
軍人軍属といえ
ども、当時何らかの名義による一時金が
支給されておるはずであります。船員保險の
遺族年金の点に
至つては、これは
社会保險被保險者として、長きにわた
つてみずから零細な給料の中から保險料を醵出して、ようやくかち得た
権利であり資格であ
つて、しかも
現実に船員
遺族が年金としてもら
つておるものは、
年額六千八百円であります。
月額にして五百六十六円の少額にすぎない。このような
社会保險の年金をも
つているということを
理由として、
遺族援護法の
対象から除外して可なりという説が、もしあるといたしますならば、私は問題の性質が根本的に違うという点について、御再考を願いたいと思うのであります。
さらに私は、各位の御参考に資するために、戰時における船員活動の実情について、若干申し上げたいと存ずるのであります。船員の
法律上の身分につきましては、
昭和十七年の三月に
国家総動員法による戰時海運管理令によりまして、船舶がすべて
国家使用になり、これらの船舶に乗り組んでいる船員及び予備船員は、仰げて
国家に徴用されたのであります。爾来戦局の進展と悪化に俘
つていろいろな
措置が講ぜられたのでありますが、その
内容は、漸を追うて、回を重ねるに
従つて、船員と
国家の身分
関係が的確に明確化されて来たという点であります。
ここでなお御説明申し上げておきたいと思いますのは、皆さんも先刻御了承であろうと思いますが、戰時における船舶の区別と申しますか、につきましては、陸軍
関係の使用船舶はA船と称しております。海軍をB船、船舶運営会使用船舶をC船と称してお
つたのでありますが、これらの船に乗り組んでいる船員の身分につきましては、A、B船には甲船員と乙船員とございます。C船員は一本でありますが、この陸海軍のA、B船舶における甲船員と申しますのは、船へたくさんの兵員が乗船したために、急な食事その他の雑務に必要な臨時船員であります。本来から申しますならば、これは普通の船員の範疇に入るべき人
たちではないのでありますが、それらの臨時船員は、直接輸送司令部
関係において雇用されたため、
給與を軍から
支給されておるところの船員であ
つたのでありますが、船とともに徴用されたその船に乗り組んでおつた本来の船員は、乙船員として扱われて来たのであります。しかしその従事する業務は、もちろん軍属といいましても、軍政場系統の軍属と軍令系統の作戰業務に従事する軍属と区別さるべきであると思いますが、船員の場合はA、B、C各船員を通して、すべて軍の作戦行動の任務に従事したのであ
つて、軍令系統の輸送作戦業務に従事したのであります。ただこれらの本来の、当然
職業軍属として扱わるべき船員が、なぜしからば
職業軍属として
給與が軍から直接支払われなかつたかと申しますと、あのような混乱の時期において、事務の簡素化によ
つてこれを処理して行く必要上、船主に支払うべき用船料と、その船に乗り組んでいる船員を軍属として採用し、それに対して
支給すべき
給與を、合算して軍が船主に支払うという意味において、船舶使用料の中に、船員の
給與も含まれて支払われてお
つたのであります。さらに、このほかに二割の御用船
手当というものが、乗り組みの船員に対して軍の経理から直接支払われるという
措置がとられてお
つたのでありますが、今回の
援護法案において、この本来船員として扱うこと必ずしも妥当ならずと考えられる臨時船員、いわゆる陸軍の甲船員のみがその
対象として考慮されて、以外の本来の船員のすべてが、その
対象から除外されているというこの一点は、何といたしましても、
事情を知る者にと
つて、断じて容認できない一点であるのであります。
私がさらに申し上げたいのは、しからば、船員はどのような作戰業務に従事しておつたかということであります。これは
戦争の初期において、あるいは戰争の末期において多少かわ
つて参
つてはおりますが、常時船員は航海中対潜、対空監視の任に当ると同時に、敵飛行機あるいは潜水艦の襲撃を受けるならば、直接戰闘に参加して戰
つたのであります。さらに前線においてその乗船が撃沈された場合に、生き残つた船員は、近くの島にはい上
つて、そこの軍とともに、身分不明確のままに作戦行動に従事し、戰闘に従事して、多くの戦死者を出しておるのであります。私は戰時において、ひとり船員のみが最大の
犠牲を払つたと申し上げるのではないのでありますけれ
ども、その実態において、船員は、A船、B船、C船の乗組たるとを問わず、すべてこれ
軍人と同様の作戦任務に従事して来たという点、そうした船員の実情が、先ほど申し上げましたように、四割五分という最高率の戰没者を出す結果にな
つたのであります。
このような実情を考えて参りますとき、さらにA船B船の船員の配乗事務が、どのような形において行われておつたかと申しますと、A船B船、陸海軍の使用船舶に対しては、予備船員というものがなか
つたのであります。
従つて、もし陸海軍の船に船員の下船者ができた場合には、その補充は船舶運営会のC船員の労務給源から供給されてお
つたのであります。
従つて、A船に乗
つておつた船員が撃沈されて帰
つて参りますと、それは船舶運営会のC船員として、船舶運営会の予備員に編入をされる。その場合に、海軍のB船に欠員ができれば、そのC船員である予備員は、ただちにB船の乗組として派遣される。このように
一つの労務給源からA船B船C船の船員の配乗事務は行われてお
つたのであ
つて、一年の間に、短い期間の間に、A船に乗組み、あるいはB船に乗組み、C船に乗組むというようなことが、多くの船員には繰返されて来てお
つたのであります。そういうような点から申しましても、ABC船の乗組を、單に形にとらわれて差別待遇をするというがごときは、私は実情を無視するこれよりはなはだしいものはないと思うのであります。このように考えて参りますと、私は船員の取扱いに関しては、当然今度の
援護法に、もし
軍人、軍属のみを限定して、その
対象として考える場合を考えて見ましても、船員は軍属として扱われるべきものであるということを申し上げたいのであります。
しかし、最初に申し上げましたように、私は必ずしもこの
法案において、たとえば私
どもの主張する船員が軍属として取扱いを受ける結果に
なつたといたしましても、それをも
つて国の名においてなされるところの
援護法として完全であるということは思わないのでありますが、当面の
措置として、暫定
措置として、この一年限りのものとして処理される場合に、私は
軍人軍属に限定されるとするならば、この場合、船員は当然軍属の範疇に入れらるべきものであるということを皆さんに申し上げたいのであります。
それから、具体的にいろいろ申し上げたいことはたくさんございますけれ
ども、要約をいたしますと、ただいま申し上げたことに盡きるのでありますが、
現実に私は、今ここに傍聴に見えております船員の
——これは陸軍の乙船員であります。A船の乙船員の無線局長が、この通り、これは
昭和十七年の十一月、まだ戰争の初期でありますが、戰争の初期において功五級の金鶏勲章並びに動六等單光旭日章及び五千四百円という金をやる、こういうものをもら
つております。
軍人以外の者に対して、このような、当時の軍の考え方から申しますれば、厚い論行功賞を船員の中に行われた者があるというこの
一つの事実を通しても、船員が戰時において、いかに軍同様の困難な作戦業務に挺身して来たかということはわかるのでありまして、以上申し上げたことはきわめて簡単ではございますが、私は
軍人と同様の危険と困難の中に作戰業務に従事した船員に対して、
援護法によ
つて支給されるべき金額の多寡は別といたしましても、
軍人と同様に扱われるべきであるという点について、各位の十分なる御理解をお願い申し上げたいと思うのであります。
その他の点につきましては、もし御質問がございましたならば、それによ
つてお答えを申し上げることにいたします。